令和6(わ)153 死体遺棄被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年3月7日 福岡地方裁判所
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判決文本文6,605 文字)

主文 被告人を懲役1年6月に処する。 未決勾留日数中60日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。 理由 【罪となるべき事実】被告人は、令和6年2月2日、福岡市a区bc丁目d番e-f号ghのA方において、自己が出産した男児の死体をビニール袋に入れてA方ごみ箱内に投棄し、もって死体を遺棄した。 【証拠の標目】(省略)【争点に対する判断】 1 本件の争点本件において、被告人が、判示の日時場所において、自己が出産した男児(以下「本件男児」という。)の死体をごみ箱内に入れたことに争いはない。本件の争点は、かかる被告人の行為が、死体遺棄罪における「遺棄」に該当するか否か、被告人に同罪の故意が認められるか否かである。当裁判所は、判示のとおり、被告人の行為が「遺棄」に該当し、かつ被告人に故意も認められると判断したから、以下その理由を補足して説明する。 2 認定事実関係証拠によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 被告人は、令和5年7月頃、技能実習生としてベトナムから来日し、福岡市内の会社で働き始め、同年11月頃から職場の同僚であったAと交際を始めた。 ⑵ 被告人は、同年12月頃、元交際相手との子を妊娠していることに気付いた。 しかし、被告人は、妊娠の事実が会社や技能実習生の管理団体に発覚すると、ベトナムに帰国させられてしまうかもしれないことや、Aに元交際相手の子を 妊娠していると知られると、Aに別れを告げられてしまうかもしれないことをおそれ、妊娠していることを周囲に隠し続け、産婦人科を受診することもなかった。 また、被告人は、職場の同僚の女性と会社の寮で生活していたが、女性の方が妊娠に気付きやすいかもしれないなどと考え、その頃から主としてA方で寝泊 周囲に隠し続け、産婦人科を受診することもなかった。 また、被告人は、職場の同僚の女性と会社の寮で生活していたが、女性の方が妊娠に気付きやすいかもしれないなどと考え、その頃から主としてA方で寝泊まりするようになった。なお、A方は、いわゆるシェアハウスで、職場の同僚であるB(男性。)も居住していた。 ⑶ 被告人は、令和6年2月2日、午前7時頃に出勤したが、午前10時頃に腹痛を訴えて会社を早退し、A方に帰宅した。 被告人は、同日昼頃、A方トイレ内において、本件男児を出産したが、死産であった。被告人は、キッチンに移動し、はさみでへその緒を切断するなどした後、本件男児の死体をビニール袋(白色のレジ袋)に入れた。 A方キッチン横には、ごみ箱(幅33~39cm、奥行26cm、高さ52cm、角型。以下「本件ごみ箱」という。)があり、そこには、もともと中程まで生ごみ等の可燃ごみが入っていたところ、被告人は、その生ごみ等の上に本件男児の死体を置き、さらにその上から本件ごみ箱内にあったケーキの紙箱(以下「本件紙箱」という。)を被せた(以下、これを「本件行為」という。)。 本件紙箱は、本件ごみ箱の内寸にちょうど合う大きさであり、本件紙箱を被せたことにより、本件ごみ箱をのぞき込んでも本件紙箱より下の内容物は見えない状態になった。 ⑷ その後、被告人は、A方リビングで横になって休んでいたところ、同日午後4時頃、Aが被告人の体調を心配して会社を早退し、A方に帰宅した。Aは、被告人が大量に出血してひどく衰弱しており、床などが血まみれになっている状況を見て、その理由を被告人に尋ねたが、被告人は、帰宅中に交通事故に遭ったなどと説明し、本件男児を出産したことは話さなかった。 Aは、職場の同僚のCにA方の掃除を任せ、自らは、同日午後6時45分頃、 知人2名と共 被告人に尋ねたが、被告人は、帰宅中に交通事故に遭ったなどと説明し、本件男児を出産したことは話さなかった。 Aは、職場の同僚のCにA方の掃除を任せ、自らは、同日午後6時45分頃、 知人2名と共に被告人をDクリニックに連れて行った。しかし、同クリニックでは被告人の対応が困難であったため、救急車を呼ぶことになり、被告人は、同日午後7時35分頃、E病院に救急搬送された。この間、被告人がAやC、前記知人らに対して本件男児を出産した旨話すことはなかった。 さらに、被告人は、同病院救急科の医師から問診を受けた際、妊娠や出産をしたことはなく、事故に遭ったと説明した。同病院産婦人科が診察を引き継いだ後も、被告人は同様の説明を続け、出産の事実を認めなかった。最終的に、医師から、体内に胎盤が残っているので出産後のはずであるとの指摘を受けたため、被告人は、Aを退席させた上で本件男児の出産を認め、本件男児が死亡していると思ったためごみ箱の中に入れた旨説明した。 ⑸ 病院からの通報を受け、翌3日午前2時頃、警察官がA方に赴き、本件ごみ箱内から本件男児の死体を発見した。それまでの間に、Cが掃除によって出たごみを本件ごみ箱内に捨てたり、帰宅したBが本件ごみ箱を開けたりすることもあったが、CもBも、本件ごみ箱内の本件男児の死体に気付くことはなかった。 3 検討⑴ 刑法190条は、社会的な習俗に従って死体の埋葬等が行われることにより、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情が保護されるべきことを前提に、死体等を損壊し、遺棄し又は領得する行為を処罰することとしたものと解される。したがって、習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の「遺棄」に当たると解するのが相当である。 そうすると、他者が死体を発見することが困難な状況を と解される。したがって、習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の「遺棄」に当たると解するのが相当である。 そうすると、他者が死体を発見することが困難な状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討しただけでは足りず、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある(最高裁令和4年(あ)第196号令和5年3月2 4日第2小法廷判決・刑集77巻3号41頁参照)。 ⑵ まず、本件行為によって、外部から本件男児の死体を視認することはできなくなっており、第三者が本件ごみ箱内の本件男児の死体を発見することは困難になったということができるから、本件行為は死体を隠匿する行為に当たる。 そして、その外観や性質に照らして、本件ごみ箱内に死体が入っているのではないかとは思い至らないのが通常であること、仮にその蓋が開いていたとしても、本件紙箱を取り出し、その下の内容物を確認しない限り、本件男児の死体の存在に気付くことはできなかったことなどを踏まえると、本件行為が死体の発見を困難にした程度は大きかったといえる。現に、CやBが本件ごみ箱の中を見ても本件男児の死体が入っていることに気付かなかったことは、このような評価を裏付けるものである。そして、A方にはAやBが生活しているのであるから、同人らが本件男児の死体の存在に気付かないまま、他のごみと一緒に捨ててしまう危険性も高かった。したがって、本件行為は、適時適切な方法での埋葬等を困難にするものといえる。 加えて、本件行為は、単に死体を隠匿したという意味を有するにとどまらず、本件男児の死体を隠匿した場所がごみ箱であり、他の生ごみ等と 、本件行為は、適時適切な方法での埋葬等を困難にするものといえる。 加えて、本件行為は、単に死体を隠匿したという意味を有するにとどまらず、本件男児の死体を隠匿した場所がごみ箱であり、他の生ごみ等と一緒にするという態様であったことも十分に考慮する必要がある。本件行為は、本件男児の死体がビニール袋に入っているにせよ、他のごみにより汚損するおそれもある上、何より、外観上は本件男児の死体を他のごみと同列のものとして扱うかのように見えるものであり、死体を丁重に扱い、尊崇の念をもって弔うこととはかけ離れた行為と言わざるを得ない。したがって、本件行為は、その態様自体、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を著しく害するものであり、習俗上の埋葬等と相いれない処置というべきである。 以上によれば、本件行為は、習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体を隠匿する行為といえるから、「遺棄」に該当すると認められる。 ⑶ また、被告人は、本件ごみ箱の状況等を認識した上で、本件男児を本件ごみ 箱内に入れ、本件紙箱を上に被せるなどして意図的な隠匿行為に及んでいるのであるから、被告人が出産に伴う大量の出血により重い貧血状態にあったことなどを踏まえても、被告人の故意は優に認定できる。 4 弁護人の主張⑴ 弁護人は、①被告人が本件男児の死体を本件ごみ箱から取り出すことは可能かつ容易で、ごみ集積場に本件男児の死体を置くなどの終局的処分にも至っていないため、適時適切な埋葬はなお可能である、②本件ごみ箱内に本件男児の死体が入っていたのは約半日程度に過ぎず、一般的な葬送を行う場合でも、それ以上の時間を要するのが通常であるから、本件行為は埋葬等の適時性を失わせるものではないなどと述べて、本件行為が、習俗上の埋葬等と相いれない処置ということはできない旨主張する。 し う場合でも、それ以上の時間を要するのが通常であるから、本件行為は埋葬等の適時性を失わせるものではないなどと述べて、本件行為が、習俗上の埋葬等と相いれない処置ということはできない旨主張する。 しかし、本件男児の死体を他の生ごみ等と一緒に本件ごみ箱内に入れる本件行為が、その態様自体、習俗上の埋葬等と相いれない処置であることはすでに述べたとおりである。さらに言えば、①については本件男児の死体を本件ごみ箱から取り出すことが物理的に可能であるにせよ、他者が本件男児の死体を発見することが相当に困難であることにも変わりはないし、第三者が気付かずに他のごみと一緒に本件男児の死体を捨ててしまえば、被告人ですら取り戻すのが極めて困難になるのであって、本件行為はそのような危険も内包する行為というべきである。②についても、そもそも作為犯の遺棄は当該作為終了時に既遂に達するから、その後の隠匿時間の長短が、死体遺棄罪の成否に直接影響する事情であるということはできない。また、本件行為の態様や発見に至る経緯を踏まえると、結果的に警察官が早期に本件男児の死体を発見することができたことをもって、本件行為が死体の発見をさほど困難にするものではなく、埋葬等の適時性を失わせるものではなかったと評価することもできない。 したがって、弁護人の主張はいずれも採用できない。 ⑵ 被告人の故意に関し、弁護人は、被告人の公判供述に沿い、被告人は、本件 ごみ箱内に本件男児の死体を一時的に保管し、後で取り出そうと考えていたから、被告人に死体遺棄罪の故意は認められない旨主張する。 しかし、前記のとおり、被告人は、本件行為によって外から本件男児の死体を視認できない状況が作出されることや、他の生ごみ等と一緒に本件男児の死体を本件ごみ箱内に入れることになることを認識した上で、あえて意図的に 記のとおり、被告人は、本件行為によって外から本件男児の死体を視認できない状況が作出されることや、他の生ごみ等と一緒に本件男児の死体を本件ごみ箱内に入れることになることを認識した上で、あえて意図的にそのような行為に及んだのであるから、一時的に保管するつもりであったか否かに関わらず、死体遺棄罪の故意に欠けるところはなく、弁護人の主張は当を得ない。 加えて、被告人が、本件男児出産前、日本での稼働やAとの交際関係を継続するため、妊娠の事実を周囲に隠し続けていたこと、本件行為の態様、出産後も交際相手、知人、医師に対し、頑なに出産の事実を秘し、交通事故に遭ったという虚偽の説明を繰り返していたことなどからすれば、被告人は、本件男児の出産を周囲に隠したまま、本件男児の死体を処分しようと考えて本件行為に及んだと推認できる。本件ごみ箱に本件男児の死体を隠しておけば、同居人に出産が発覚することはなく、そのまま誰かが本件男児の死体の入ったごみ袋をごみ捨て場に捨てるだろうと思っていた旨の被告人の検察官調書の供述内容は、これらの事実と整合する自然なものであり、信用できる。 これに対し、被告人は、当公判廷において、本件男児の死体を処分するつもりはなく、本件男児の死体を本件ごみ箱内に置いて少し休みたかっただけであり、Aに本件男児の無残な死体を見られたくないという気持ちもあって本件紙箱を被せたが、本件男児の死体を隠すつもりはなく、むしろAも含む第三者に発見してもらいたいと思って本件ごみ箱の蓋は開けたままにした旨供述する。 しかし、一時的な保管場所としてごみ箱を選択することに疑問がないではないし、この点を措くとしても、Aや知人、医師にまで本件男児を死産したことなどを隠す理由は何ら見当たらない。被告人は、関係者に大量出血の原因が出産であることを話さなかった理由について 疑問がないではないし、この点を措くとしても、Aや知人、医師にまで本件男児を死産したことなどを隠す理由は何ら見当たらない。被告人は、関係者に大量出血の原因が出産であることを話さなかった理由について、自分は死んでしまうだろうと思い、 ほかに何も考えられなかったためであると述べるが、自身の生死がかかっている状況下であえて虚偽の説明を繰り返した理由として納得できるものとは言い難い。一方で、被告人は、本件男児の死体が本件ごみ箱内に入っていることを誰にも伝えなかったのは、A方に帰宅できるだろうと思っていたからであるとも述べており、供述内容は一貫していない。被告人の公判供述は、本件行為後の被告人の言動と整合しない上、その内容自体、一貫性のない不合理なものと言わざるを得ず、信用できない。したがって、弁護人の主張は、その前提を欠くものでもあって、採用できない。 5 結論以上によれば、弁護人の主張を踏まえ検討しても、本件行為が死体遺棄罪における「遺棄」に該当すること及び被告人が同罪の故意を有していたことは優に認められる。よって、被告人には死体遺棄罪が成立する。 【法令の適用】(省略)【量刑の理由】本件は、外国人技能実習生であった被告人が、交際相手方において、死産した本件男児の死体を、生ごみ等が捨てられていたごみ箱内に投棄した事案である。 被告人は、適切な方法で本件男児の埋葬等を行うべき立場にありながら、前述したような本件犯行に及んでおり、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を著しく害する悪質な犯行といえる。 もっとも、本件に至る経緯についてみると、被告人は、妊娠の発覚により帰国を余儀なくされるのではないか、また、本件男児が、来日前に元交際相手との間で身籠った子であったため、現在の交際相手から別れを告げられるのではないかなど 緯についてみると、被告人は、妊娠の発覚により帰国を余儀なくされるのではないか、また、本件男児が、来日前に元交際相手との間で身籠った子であったため、現在の交際相手から別れを告げられるのではないかなどと考え、妊娠を周囲に相談できないまま出産に至っている。そして、被告人は、本件男児を予期せぬタイミングで大量の出血を伴って死産したことにより、身体状態も精神状態も相当悪化している中、そのまま出産を隠し続けようと考え、本件犯行に 及んでいる。本件男児を出産した以上は、そのことを周囲に打ち明け、助力を得ながら適切な対応を行うべきではあったものの、上記のような経緯や被告人の意思決定の過程には、同情できるところがある。 これらのことを踏まえ、被告人には主文の刑を科した上、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。 (求刑懲役1年6月)令和7年3月7日福岡地方裁判所第4刑事部 裁判長裁判官鈴嶋晋一 裁判官田野井蔵人 裁判官中元隆太

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