令和4年11月8日宣告広島高等裁判所令和4年(う)第42号住居侵入、強盗殺人、窃盗被告事件原審広島地方裁判所平成31年(わ)第142号、同第177号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中170日を原判決の刑に算入する。 理由 1 本件控訴の趣意は弁護人藤岡達麻作成の控訴趣意書に、控訴趣意に対する答弁は検察官岡本安弘作成の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるからこれらを引用する。控訴理由は、訴訟手続の法令違反、事実誤認及び量刑不当である。 2 原判決が認定した「罪となるべき事実」の要旨は、以下のとおりである。 被告人は、⑴金品窃取の目的で、平成31年2月19日午後11時41分頃から同月20日午前0時41分頃までの間に、広島市a区b町の被害者方に1階台所窓から侵入し、同人(当時86歳)に発見されるや、同人を殺害して金品を強取しようと考え、殺意をもって、その胸腹部、左頸部等を刃物で多数回突き刺すなどし、よって、その頃、同所において、同人を左総頸動脈及び左内頸静脈切断による失血により殺害した上、同人所有の現金約2万6000円及びT所有の現金約9000円在中の財布1個を強取し(住居侵入、強盗殺人〔原判示第1〕)、⑵同月24日、兵庫県高砂市内の自転車駐車場において、自転車1台(時価約5000円相当)を窃取した(窃盗〔原判示第2〕)。 3 訴訟手続の法令違反の論旨について⑴ 論旨は、原判示第1に関し、①原審甲74号証(Tの警察官調書。以下「甲74」という。)並びに甲28号証及び甲29号証(いずれもTの検察官調書。 以下、それぞれ「甲28」「甲29」という。)はいずれも証拠能力が認められず、原裁判所がこれらを採用して事実の認定に供したのは刑 4」という。)並びに甲28号証及び甲29号証(いずれもTの検察官調書。 以下、それぞれ「甲28」「甲29」という。)はいずれも証拠能力が認められず、原裁判所がこれらを採用して事実の認定に供したのは刑訴法321条1項3号、2号前段、憲法31条に反すること、②原審弁護人らによる鑑定請求 は事案の真相を解明するために必要不可欠であるのに、原裁判所がこれを却下したのは刑訴法1条に反することから、原裁判所の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるというものである。 そこで、記録を調査して検討する。 ⑵ 甲74及び甲28、29の証拠能力についてア原判決は、上記各供述調書の証拠能力について、以下のとおり判断した。 甲74につき、Tが死亡し供述不能であることは明らかであり、Tの供述が被告人の現金奪取という犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであることは争いがない。Tが事件当時から甲74の録取時まで認知症にり患していた事実は認められるものの、事件前日(平成31年2月19日。以下、特に断らない限り月日は平成31年のものとする。)の行動につき、Tの供述内容は裏付け捜査の結果と整合している上、その行動内容(大型スーパー〔以下「F店」という。〕における買物や飲食等)自体からしても、Tにおいて、自己の行動を記憶し、記憶に基づいて話す能力は相当程度維持されていたものと認められる。このような認知能力の程度を前提とすると、Tは、甲74に録取された内容を理解した上で、間違いがないことを確認して自ら署名指印したといえる。その際、事情聴取を担当した警察官が殊更に供述を誘導したり押し付けたりした事情もうかがわれない。以上によれば、客観的に供述内容の信用性が担保されるような状況があったといえるから、特信情況に欠けると その際、事情聴取を担当した警察官が殊更に供述を誘導したり押し付けたりした事情もうかがわれない。以上によれば、客観的に供述内容の信用性が担保されるような状況があったといえるから、特信情況に欠けるところはない。したがって、刑訴法321条1項3号により証拠能力が認められる。 甲28、29につき、Tの署名指印が存在することに争いはなく、供述不能要件も満たす。したがって、いずれも同項2号前段により証拠能力が認められる。 イ以上の原判決の認定判断は正当としてこれを是認することができる。 甲74について補足すると、録取されているのは、外出や買物、食事等の 状況、金銭管理といった日常生活に関するものであって、あえてうそをつく動機は見当たらず、その内容も、翌日の通院に備えて財布内の現金を確認するなど自然で合理的なものであり、買物等の状況は客観的証拠に裏付けられている。甲74の記載中、就寝前に確認した際財布に9000円くらいは入っていたという点については、Tが化粧品を購入した際、店員に紙幣を多めに渡して1万円札1枚と千円札2枚を返され、その後の支払分を差し引くと、帰宅時には少なくとも9020円が財布に入っていたと考えられることと整合し、甲74の記載中、翌日の通院のため、財布やお薬手帳等を入れたショルダーバッグを1階居間に置いたという点については、TがA病院の眼科に2月20日午前9時に予約を入れていたことや、ショルダーバッグ及びお薬手帳が1階居間から発見されていることとも整合している。甲74を作成した警察官Uは、Tが高齢者でありTに認知症の疑いもあることから、取調べに十分な時間をかけ、Tを混乱させることのないよう供述をそのまま受け取るようにし、質問を大きな声でゆっくり何度も繰り返したり、調書の読み聞かせや作成の際も、対応 に認知症の疑いもあることから、取調べに十分な時間をかけ、Tを混乱させることのないよう供述をそのまま受け取るようにし、質問を大きな声でゆっくり何度も繰り返したり、調書の読み聞かせや作成の際も、対応する部分を指し示しながら大きな声でゆっくりТに読み聞かせ、その後Tにも改めて黙読させたりするなどし、一部は問答体で記載するなど供述を正確に録取するように配慮していることも考慮すると、甲74の供述は「特に信用すべき情況の下にされたもの」ということができる。甲74に証拠能力を認めた原審の判断に不合理な点はない。 以下、所論について検討する。 ウ所論は、甲74について、①刑訴法321条1項3号の要件である特信情況とはいわゆる絶対的特信情況であり、事件直後の衝撃的供述、財産上の利益に反する供述等、供述を信用すべき特別な事情がある場合をいうのであって、本件ではそのような特別な事情はない、②甲74の供述その他Tの警察官に対する供述には、客観的事実と整合しない点や、記憶の正確性について疑義を生じさせる点があり、甲74の作成時にはTの認知症は急速に悪化し ていたことからすると、Tには供述時において自己の行動を記憶し記憶に基づいて話す能力があったとは認められず、特信情況を否定する事情があるなどとして、①②の理由から、甲74の供述には特信情況がなく、刑訴法321条1項3号による証拠能力の取得は認められないと主張する。 しかしながら、①について見ると、刑訴法321条1項3号の「その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるとき」とは、所論が例示するような事情がある場合に限られるものではなく、ア及びイの事情を考慮すると、甲74の供述について特信情況を認めることができるのであって、原判決の証拠能力の判断に誤りはない。②につい は、所論が例示するような事情がある場合に限られるものではなく、ア及びイの事情を考慮すると、甲74の供述について特信情況を認めることができるのであって、原判決の証拠能力の判断に誤りはない。②について見ると、甲74には、外出や買物等の状況が相当程度具体的に供述されており、これらの事実が客観的証拠に裏付けられているのであるから、甲74が作成された3月5日時点において、Tに自己の行動を記憶し記憶に基づいて話す能力が相当程度維持されていたことは明らかである。所論が客観的事実と整合しないなどと指摘する点は、通常の認知能力を有していても記憶が曖昧になり得る周辺的事項や、事件直後の精神的動揺による混乱が考えられる事項であり、上記判断を左右しない。認知症の程度については、Tの認知能力は日によって差があり、原判示第1の事件発生(2月19日から同月20日にかけて)後間もない2月25日には長谷川式検査で30点中12点であった一方、甲74の供述をした日(3月5日)の翌日である3月6日には30点中19点であったことが認められる。そうすると、2月25日の検査結果は事件の衝撃による一時的な精神的機能の低下によるものとも考えられるところであるが、いずれにしても、既に検討したとおり供述の中核部分が客観的証拠に裏付けられている甲74について特信性を認めた原判決の認定を動揺させるものではない。 エ所論は、Tの各供述調書について、①Tの認知症の程度は急速に悪化しており、Tが供述調書に記載された内容を供述できたとは考え難いこと、②甲74では財布に病院の診察券、予約票と健康保険証を入れていたと記載され ているのに、予約票や健康保険証は財布に入る形状ではないことから、甲28、29ではショルダーバッグに病院の診察券や予約票と一緒に財布を入れていたと修正されて 証を入れていたと記載され ているのに、予約票や健康保険証は財布に入る形状ではないことから、甲28、29ではショルダーバッグに病院の診察券や予約票と一緒に財布を入れていたと修正されていたり、甲74ではショルダーバッグを1階居間のテーブルの上に置いたと記載されているのに、甲28、29では1階居間に置いたと簡略化して記載されるなど、警察官調書の記載が検察官調書で不自然に修正されていること、③検察官調書は、事情聴取に約1時間、調書作成に甲28は約40分、甲29は約30分を要しているが、警察官調書は事情聴取と調書作成で合計約17時間を要していることと比べて短過ぎること、④Tは本件の重要証人であり、かつ、認知症であったことは捜査機関も認識していたにもかかわらず、Tの供述を録音録画していないのは不自然であることを指摘し、以上の①~④の点を考慮すると、Tの各供述調書はいずれも警察官や検察官の作文であり、Tの供述を録取したものとはいえないと主張する。 しかしながら、①について見ると、Tが認知症にり患していたとしても、Tにおいて自己の体験した事実を供述する能力は維持されていたものと認められることはウで検討したとおりである。②について見ると、検察官調書は、警察官調書の供述内容を吟味し公判立証上必要な事項を確認し録取するなどといった意味をも有するものと考えられ、甲74と甲28、29の内容が全く同じでないことは当然である上、所論が指摘する記載の違いは不自然ではなく、供述の録取性を疑わせるものではない。③について見ると、甲28、29は、警察官による取調べで詳細に聴取された上で録取された甲74を前提として作成されており、事情聴取の時間が相対的に短くなるのは不合理ではなく、調書作成時間についても、甲74は手書きで5頁のものであるのに対し、 よる取調べで詳細に聴取された上で録取された甲74を前提として作成されており、事情聴取の時間が相対的に短くなるのは不合理ではなく、調書作成時間についても、甲74は手書きで5頁のものであるのに対し、甲28は本文3頁、甲29は2頁といずれも簡略なものでパソコンで作成されていることや、甲28、29の内容は相当程度甲74と重複していることに鑑みると、検察官調書が短時間で作成されていることをもって検察官の作文であるという疑いは生じない。④について見ると、Uの原審証言に よれば、取調べを録音録画するかどうかは取調べ警察官が判断することではなく、UがTの取調べに当たって録音録画をしていないことに恣意的な意図があったことはうかがわれない。所論は抽象的な可能性をいうものであって採用できない。 所論を全て検討しても、Tの各供述調書の証拠能力を認めた原裁判所の判断に誤りはない。 ⑶ 鑑定請求の却下についてア所論は、原裁判所は、公判前整理手続において、原審弁護人らが裁判員の参加する刑事裁判に関する法律50条に基づく鑑定の請求(以下「本件鑑定請求」という。)を却下したが、原審弁25号証によれば、幼少期にマルトリートメント(子どもの心身の発達に影響を及ぼす子育て、特に厳格体罰をいう。)を受けると脳の発達に影響を及ぼすという科学的知見があるところ、被告人は幼少期から厳格体罰を含む過酷な肉体的、精神的、経済的虐待を受けていたことから、脳に器質的な影響が生じている可能性があり、このような脳への器質的な影響の有無及びそれが犯行に及ぼした影響の有無については、専門家でなければ判断できないから、本件鑑定請求を却下した原裁判所の判断は刑訴法1条に違反すると主張する。 イそこで検討すると、本件鑑定請求に関する原審の手続経過は以下のとお 有無については、専門家でなければ判断できないから、本件鑑定請求を却下した原裁判所の判断は刑訴法1条に違反すると主張する。 イそこで検討すると、本件鑑定請求に関する原審の手続経過は以下のとおりである。 原審弁護人は、令和2年3月2日付け弁護人予定主張事実記載書面3において、被告人は父親から長年にわたり身体的・精神的虐待を受けていたところ、小児期の過度の体罰は、脳の発達にも影響を与えることが報告されており、被告人も、小学校時代に同級生に石を投げ付けたり中学校時代に同級生の顔面を拳で殴ったり、社会人になっても同僚の態度に腹を立てて殴ったり蹴ったりするなど衝動的にやり過ぎと思われる攻撃行為に及んだ経験があるから、本件においても、虐待による脳への影響が衝動的な攻撃行為につなが っている可能性があり、専門家による鑑定が必要であると主張し、同年5月12日、被告人が父親から虐待を受け続けたことは被告人の発達・成長にどのような影響を与えたか、被告人の犯行当時の精神状態、その原因、被告人の生い立ちや生育環境に影響を与えている場合にはその具体的な機序等を鑑定事項とする鑑定を請求し(本件鑑定請求)、資料として、原審弁25号証の原証拠である論考を添付した。これに対し、原審検察官は、同月28日付けの「鑑定請求に対する意見書」において、本件はいわゆる居直り強盗の事案であり、殊更異常な事案ではないこと、犯行による興奮状態で強度の攻撃を加える事案も多数あり、本件の犯行態様が異常とはいえないこと、すぐに居場所を特定され逮捕されることはないと考えて市内に数日間とどまっていたり本名で病院を受診するなどしたといった犯行後の行動も特段異常とはいえないことなどを主張し、鑑定は不必要であるとの意見を述べた。原審弁護人は、同日付けの鑑定請求書の補充 て市内に数日間とどまっていたり本名で病院を受診するなどしたといった犯行後の行動も特段異常とはいえないことなどを主張し、鑑定は不必要であるとの意見を述べた。原審弁護人は、同日付けの鑑定請求書の補充書において、虐待により脳に傷を負い、それが現在も後遺症として残っているのであれば、被告人の行動制御能力に影響を与えている可能性があり、実際、被告人には同僚や知人等多数の者から借金を重ねていることや、被告人自らけんかになったら力の加減ができないと訴えていることなど抑制力を欠く点があるとして、鑑定事項に、本件行為時における被告人の責任能力の有無を追加し、さらに、同年6月12日付けの弁護人予定主張事実記載書面5において同趣旨の主張をした。原審検察官は、同年7月8日付けの「鑑定請求に対する意見書2」において、被告人には行動制御能力に影響するような病歴はないこと、通常の社会生活を送り、問題行動もなかったこと、犯行前後及び犯行時、自己の行動を制御できていたことを挙げて、責任能力に関する鑑定は不必要との意見を述べ、同日付けの証明予定事実記載書3において、上記意見と同趣旨を挙げて被告人に完全責任能力が認められることを主張した。原裁判所は、同月27日の第6回公判前整理手続期日において、本件鑑定請求を必要性なしとして却下した。原 審弁護人はこれに対し異議申立てをしたが、原裁判所はこれを棄却した。 ウ上記のとおりの被告人の責任能力や本件鑑定請求をめぐる当事者の主張によれば、原審弁護人は、父親からの虐待による被告人の脳の器質的変化が本件犯行に影響を及ぼしていることをうかがわせる具体的な事情を指摘しておらず、原審検察官が立証を予定している内容によっても、何らかの精神障害により本件犯行当時の被告人の行動制御能力が減弱していたことはうかがわれない。 していることをうかがわせる具体的な事情を指摘しておらず、原審検察官が立証を予定している内容によっても、何らかの精神障害により本件犯行当時の被告人の行動制御能力が減弱していたことはうかがわれない。 以上によれば、原審の公判前整理手続において、本件鑑定請求を必要性がないとして却下した原裁判所の判断は、証拠採否の裁量を逸脱したものとはいえない。 ⑷ 所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。 4 事実誤認の論旨について⑴ 論旨は、要するに、原判示第1について、①被告人に被害者を積極的に殺害する意思はなかったこと、②被告人は、被害者所有の現金及びTの財布を被害者方から持ち出していないこと、③被害者を殺害した当時、被告人に強盗の故意はなかったことから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。 そこで、記録を調査して検討する。 ⑵ 原判決は、上記の点について、次のとおり判示している。 ア証拠から以下の事実が認められる。 被告人(当時身長約160㎝、体重約81㎏)は、2月19日午後11時41分以降、被害者方に1階東側の台所窓から侵入し、1階東側の居間に移動した。被害者(当時身長167㎝、体重61.6㎏)は、寝室(日向乃間)から廊下を通って居間へ行った。被告人は、被害者に近付き、手に持っていた包丁様の刃物を用いて攻撃を加えた。 被害者は、発見時、便所前の廊下に身体の右側を下にした状態で倒れてい た。被害者の両手には、手首から指先にかけて防御創と認められる傷が複数ある。胸部には3か所の刺切創(うち1か所は右心室表面に達する。)、腹部には1か所の刺切創(深さ約7.7㎝)がある。後頸部(左後頭部のおおむね耳の高さの位置)から背部(おおむね首の付け根左側)にかけて る。胸部には3か所の刺切創(うち1か所は右心室表面に達する。)、腹部には1か所の刺切創(深さ約7.7㎝)がある。後頸部(左後頭部のおおむね耳の高さの位置)から背部(おおむね首の付け根左側)にかけて6か所の刺切創又は刺創があり、創口は被害者の体に対しておおむね水平であり、その深さは約5㎝から約6.8㎝である。左側頸部には三つの刺創等で形成された哆開創(甲84号証図面1の第11創)があり、三つの刺創はそれぞれ、①深さ約6.7㎝で右下方に向かって骨に達し、②深さ約6㎝で右前下方に向かって頸椎に達し、③深さ約12.3㎝で右方やや前よりに向かい、右側頸部に達している。第11創は総頸動脈及び内頸静脈を切断し、これらの傷害により被害者は受傷後短時間で死に至った。なお、右側顔面・右側頸部には皮膚変色があるが、刃物によると見られる創傷はない。 被告人は、被害者に攻撃を加えた後、再度居間に戻り、その後、被害者の寝室である日向乃間に移動した。居間中央部分の床に置かれていたT所有の黒色ショルダーバッグの内側及び外側、Tの診察予約票が入っていたビニールケース並びに保険証が入っていたビニールケースには、それぞれ被告人の血痕が付着していた。また、日向乃間の室内においては、部屋の入口から室内に向かって左側の壁に沿って置かれた整理ダンスやその奥の床上に置かれていた黒色手提げかばんの内側及びとう籠内のハンドバッグの内側、並びに入口から室内に向かって右側の床の間に置かれていたレターケースの引き出し前面及び菓子缶等にも被告人の血痕が付着していた。千鳥乃間においては、入口(ドアノブ、板間の床上等)にのみ被告人の血痕が付着し、部屋の内部には付着していなかった。また、居間の内部には7か所、千鳥乃間及び天草乃間の入口付近にはそれぞれ3か所ずつ足跡があった。このうち、千鳥 (ドアノブ、板間の床上等)にのみ被告人の血痕が付着し、部屋の内部には付着していなかった。また、居間の内部には7か所、千鳥乃間及び天草乃間の入口付近にはそれぞれ3か所ずつ足跡があった。このうち、千鳥乃間の2か所は、被告人の靴と同型の足跡であった。 2月19日午後4時5分時点において、被害者方には、同日、被害者がB 銀行で払い出した現金のうち少なくとも2万6000円が存在していた(これが被害者からTに渡されたこともない。)。また、Tは、同日午後8時頃の時点において、現金約9000円が入っている財布を黒色ショルダーバッグに入れて居間に置いていた。事件後、現金2万6000円及びT所有の財布は被害者方から発見されていない(なお、Tの供述は、特信情況が認められる上、その内容自体も客観証拠と整合し合理性が認められるため十分信用することができる。)。 イ殺意について検討する。 殺害状況について検討すると、被害者の両手に防御創が存在していたことからすれば、被告人が被害者に対して攻撃を開始した際、両者は相対して立っていたと認められる。それに続けて、被告人は、被害者の胸腹部を刺したと考えるのが自然である。被害者の左側頸部及び後頸部の傷の深さ及び方向等の状態、被告人と被害者の身長差等に照らすと、左側頸部及び後頸部への刺突行為は、両者が相対して立った状態でなされたとは考え難い。被害者が身体の右側を下にして倒れている状態で行われたものと考えるのが合理的である。特に、左側頸部の傷(上記第11創)は右側頸部に達するほど深く、しかも下方に向かっているのであって、片手で持った刃物を単に突き刺すだけでは成傷し難いと考えられることからすると、被告人は、倒れている被害者に対し、両手で包丁様の刃物を持ち、相当強い力で同人の左側頸部を上から突 かっているのであって、片手で持った刃物を単に突き刺すだけでは成傷し難いと考えられることからすると、被告人は、倒れている被害者に対し、両手で包丁様の刃物を持ち、相当強い力で同人の左側頸部を上から突き刺したことが認められる。このような頸部への刺突態様は、被告人の左手の傷とも矛盾しない。 廊下や居間の明るさについて検討すると、被害者は、廊下を通って居間へ移動したのであり、夜間、真っ暗な状態のままで廊下を歩くとは考え難い。 居間や台所の明るさに関する証拠に照らせば、幾ら自宅とはいえ、被害者が真っ暗な状態のままで居間へ行くのは不自然というほかない。被害者は、被告人からの攻撃に対して防御姿勢をとっているのであるから、相手の存在や 行動を把握できる程度には明るかったものと認められる。 以上によれば、被告人は、被害者の存在及び自己の行為を認識しながら、上記のとおり両手で包丁様の刃物を持って被害者の左側頸部を突き刺しているのであって、このような行為は正に倒れた被害者にとどめを刺そうとする行為といえるから、被害者を殺害した当時、被告人には、被害者を積極的に殺害する意思があったことは明らかである。 ウ強取の事実及び強盗の故意について検討する。 被害者方に置かれていた現金2万6000円及びT所有の財布が事件後に発見されていないことからすれば、被害者方に侵入し、被害者を殺害して逃走した被告人がこれらの金品を奪ったと考えるのが自然である。同じ日に被告人以外の第三者が侵入して上記金品を奪った可能性は、常識に照らしておよそ考えられない。したがって、被告人が判示第1記載の現金等を被害者方から持ち出した事実が認められる。 以上の事実に加えて、居間や日向乃間に残された被告人の血痕の付着箇所からすれば、被告人は、金品が存在 い。したがって、被告人が判示第1記載の現金等を被害者方から持ち出した事実が認められる。 以上の事実に加えて、居間や日向乃間に残された被告人の血痕の付着箇所からすれば、被告人は、金品が存在している可能性が高い場所を狙って物色したことが認められる。その他の血痕の付着状況や足跡に照らせば、被告人が居間や日向乃間以外の部屋に入ろうとしたものの、内部の物色には至っていないことも認められる。被告人が被害者方に侵入して犯行を遂げるまでの時間は最長でも1時間と短く、被害者を殺害後直ちに各部屋の物色を開始したものと認められる。証拠上、金品奪取以外の目的をうかがわせる事情も見当たらない。以上によれば、被告人には、被害者方に侵入した時点においても、被害者を殺害した時点においても金品を奪う意思があったことが認められる。 ⑶ 以上の原判決の認定判断について見ると、左側頸部及び後頸部への刺突行為は被害者が身体の右側を下にして倒れている状態で行われたとする部分は、後記のとおり左側頸部の傷の一部については被害者が立っている状態で形成さ れた可能性も否定できない。また、被害者が、被告人から攻撃を受ける前に、寝室から廊下を通って居間へ移動したとする部分は、そのような被害者の移動の事実を認定できる証拠はない。以上のとおり、原判決の認定には一部事実誤認があるが、その点は後記のとおり結論に影響を及ぼすものではない。そして、その余の原判決の認定判断は論理則、経験則等に照らして不合理な点はなく、当審としても正当としてこれを是認することができ、原判決が被告人に積極的な殺意があったこと、原判示第1の現金等を持ち出したこと、被害者を殺害した当時、被告人に強盗の故意があったことを認めたことに誤りはない。 以下、所論について検討する。 ⑷ 被害者を積極的に殺 極的な殺意があったこと、原判示第1の現金等を持ち出したこと、被害者を殺害した当時、被告人に強盗の故意があったことを認めたことに誤りはない。 以下、所論について検討する。 ⑷ 被害者を積極的に殺害する意思があったかについてア所論は、原判決が、被告人が、被害者の存在及び自己の行為を認識しながら、身体の右側を下にして倒れている状態の被害者に対し、両手で包丁様の刃物を持ち、相当強い力で、左側頸部を突き刺したと認め、被告人に積極的殺意があったことを認定したことについて、以下のの理由から、原判決の認定には前提事実に誤認があると論難する。 原判決の認定する体勢を前提とすると、被告人は、被害者の後ろ側から刃物を逆手で持って刺突したことになるところ、①左頸部の傷(原審甲84の図面1及び8において、第11創として説明されている傷を指すものと解される。)の創洞が、逆手の場合に力が入りやすい手前方向でなく、右前下方に向かっていること、②後頸部の傷が刺突者から見て手前側の床に近い位置にあること、③便所扉に付着していた飛沫血痕が床面から98㎝の高さの位置から下に向かって斜めに飛んでいることと整合しない。被告人は、たまたま被害者方の台所で入手した包丁様の刃物を、その種類や形状を認識することなく、真っ暗な状況で、被害者にもたれかかられたような体勢の下、がむしゃらに手を振ったにすぎず、上記刺突行為は立った状態で行われたものであって、そのことは、左側頸部及び後頸部の傷の形 状及び便所扉の飛沫血痕の位置や向きとも整合する。原判決が認定した頸部への刺突態様は証拠と整合せず事実誤認がある。 原判決は、被告人が被害者を傷つけた場所について、相手の存在や行動を把握できる程度には明るかったと認定しているが、現場の明かりは東西に走る廊 部への刺突態様は証拠と整合せず事実誤認がある。 原判決は、被告人が被害者を傷つけた場所について、相手の存在や行動を把握できる程度には明るかったと認定しているが、現場の明かりは東西に走る廊下の西側に設置された非常灯のみであり、被告人が被害者を傷つけた場所は真っ暗であった。被害者は、寝室である日向乃間を出た廊下の西側から廊下の東側までは非常灯の明かりを頼りに移動することができるし、真っ暗でも物音から不審者の存在やその動向を察知し、また、廊下東側突き当たり南方向にある居間の窓明かりにより被告人が近付いてくるのを視認できた可能性があるから、被害者が防御姿勢をとったとしても不自然ではないが、被告人は居間から真っ暗な廊下東側を見ることになるため、被害者の状態を把握することが困難であった。したがって、被告人は被害者を狙って刺したものではない。 イそこで検討すると、被害者の後頸部から背部にある第5~10創は、刺切創又は刺創で、創口の向きがいずれも頸椎に対しておおむね垂直方向(第9、10創はやや斜め方向)であり、頭を少し右に傾けるとこれらの創口の向きは相互にほぼ平行となる上、これらの左創端は全て幅約0.2㎝であること、創洞の向きはおおむね右方向であること、創洞の深さは約5㎝~6.8㎝といずれも浅くないものであることに鑑みると、体の右側を下にうつ伏せ気味に倒れ頭が少し右に傾いた状態の被害者に対して、連続して相当強い力をもって刺突したことにより形成されたものと見るのが合理的である。左側頸部の第11創の②及び③は、連続する哆開創で、創口が頸椎に対しておおむね垂直方向にあること、創洞の向きはおおむね右方向であること、第11創の②は深さ約6㎝であり、③は深さ約12.3㎝に及びその創底が右側頸部の皮下に達していることに照らすと、上記第5~10創と おおむね垂直方向にあること、創洞の向きはおおむね右方向であること、第11創の②は深さ約6㎝であり、③は深さ約12.3㎝に及びその創底が右側頸部の皮下に達していることに照らすと、上記第5~10創と相前後して刺突された際の傷と考えられる。被告人の供述するように、立っている被害者に対し て刃物を振り回す行為によって生じたと見る余地はない。被告人の供述では、その左手の傷の説明もつかない。 もっとも、上記の各創傷とは異なり、第11創の①については、創口の方向が頸椎と平行な方向にあり、第5~10創並びに第11創の②及び③が生じた際の被告人及び被害者の体勢とは異なる体勢で刺突されたときの傷である可能性も否定できないが、そのことは、第5~10創並びに第11創の②及び③が、右側を下にして倒れ、頭が少し右に傾いた状態の被害者に対し、連続して相当強い力をもって刺突したことにより形成されたとの認定を左右するものではない。 そして、後頸部から背部にある第5~10創並びに左側頸部の第11創の②及び③は、頸部付近に集中しており相当の強い力をもって形成されたものであることに照らすと、被告人が意図的に頸部付近を狙って刺突したと見るのが自然であるから、それが可能となる程度には視認性があったことが明らかである。原判決は、「左側頸部や後頸部に傷が集中していることに照らせば、(中略)狙って刺したものといえる。」と説示しているところ、その判断に誤りはなく、所論が指摘する事情は上記の原判決の認定を左右するものではない。 したがって、被告人が、被害者の存在及び自己の行為を認識しながら、倒れている被害者に対し、同人の左側頸部を上から突き刺したことをも根拠として被害者を積極的に殺害する意思があったことを認めた原判決に誤りはない。 ウその他、所論は 自己の行為を認識しながら、倒れている被害者に対し、同人の左側頸部を上から突き刺したことをも根拠として被害者を積極的に殺害する意思があったことを認めた原判決に誤りはない。 ウその他、所論は、被告人に積極的な殺意がなかったことについてるる主張するが、いずれも原判決の認定を左右するものではない。 ⑸ 被告人が現金等を被害者方から持ち出したかについてア所論は、原判決は、Tの供述から事件前に原判示第1の現金等が被害者方に存在していたことを認定しているが、①本件当時Tには認知症の症状があ り、F店で飲酒もしていた上、本件後に認知症が急速に悪化していることから、物忘れや記憶違いの可能性があること、②Tが事件前後の重要な事実について客観的事実と整合しない供述をしていること、③Tは、財布を置いた場所について、2月20日には「こたつの部屋に置いたような気がするが思い出せない」、3月5日には「黒色ショルダーバッグに入れて1階居間のテーブルの上に置いた」、3月14日及び同月19日には「財布を入れたショルダーバッグは1階の居間に置いて準備した」と供述しており、変遷していること、④甲74で記載されている「F店から帰宅後に被害者から現金を受け取っていない」旨の供述が甲28、29に記載されていないのは不自然であり、検察官が確認したにもかかわらず、Tが供述しなかったと考えられ、供述の変遷を示すものであること、以上の①~④の点を指摘して、Tの供述は信用できず、Tが帰宅前に又は帰宅後に再び外出して財布を落とした可能性や、2階の寝室にあった現金に混入している可能性があることを主張する。 しかしながら、③について見ると、Tの供述は、財布の入ったショルダーバッグを1階の居間(こたつが設置されている)に置いたという点で大きな違いはなく、供述の変 入している可能性があることを主張する。 しかしながら、③について見ると、Tの供述は、財布の入ったショルダーバッグを1階の居間(こたつが設置されている)に置いたという点で大きな違いはなく、供述の変遷との評価は当たらない。④について見ると、警察官調書に記載されたことが検察官調書に記載されていないこと自体は不自然とはいえない。①及び②については、3⑵イ及びウで述べたとおり、Tの各供述調書の内容は、あえてうそをつく動機が見当たらない買物等の外出や習慣的事項に関するものであって、その内容も自然で合理的なものである上、重要な部分が客観的証拠に裏付けられているのであるから、Tの供述の信用性を認め、事件前にTが現金約9000円が入っている財布を黒色ショルダーバッグに入れて居間に置いていた事実や、被害者が銀行で払い出した現金をTに渡していない事実を認定した原判決に誤りはない。 イ所論は、原判決は、原審甲81号証により被害者が帰宅時点で少なくとも4万8692円を所持していたと認定し、これが事件後に発見されていない ことから被告人がこれを奪ったと認定しているが、原証拠である原審甲35号証によれば、被害者が銀行を出てから帰宅するまでの経路の全てが防犯カメラで確認できているわけではなく、また、往路と復路に3分の差が生じている区間が2か所あるから、被害者が別の店でも買物等をした可能性があり、被害者の帰宅時点での所持現金について十分な立証がないと主張する。 しかしながら、所論が、被害者が別の店でも買物等をした可能性があることの根拠とするところは、被害者の経路の全てが防犯カメラで確認できておらず、往復の時間に3分程度の差があるということのみであって、抽象的な可能性をいうものにすぎないから、被害者の所持現金についての原判決の認定を動揺させる 被害者の経路の全てが防犯カメラで確認できておらず、往復の時間に3分程度の差があるということのみであって、抽象的な可能性をいうものにすぎないから、被害者の所持現金についての原判決の認定を動揺させるものではない。 ウ所論は、原判決は、Tの財布や被害者が所持していたとされる現金が事件後に発見されていないことから、被害者方に侵入し被害者を殺害して逃走した被告人がこれらの金品を奪ったことを推認しているが、①被害者方の2階及び3階について、十分な捜索が行われた証拠はなく、また、原審弁20号証によれば、2階の寝室から多数の紙幣が発見されているから、TがTの財布を2階や3階に置いていたり、被害者がTに現金を渡してその現金が2階の寝室の現金に混入したり、あるいは被害者が2階の寝室に現金を持ち込んだりした可能性があること、②原審甲23号証によれば、被害者方は施錠されていない窓が多数あり第三者が侵入することは容易であった上、被害者の手帳には2月6日付けで「財布がなくなっている盗難か。」との記載があり、被告人の供述によれば、2月18日午後11時過ぎ頃、被害者方の台所窓の前の草むらから人影が出てきて、翌日にその窓が5cmくらい開いていたので、被害者の現金やTの財布は被告人以外の第三者によって窃取された可能性があることを指摘して、被告人が金品を奪ったとする原判決の推認は誤りであると主張する。 しかしながら、①について見ると、上記のとおり信用できるTの供述によ れば、Tが前夜財布を入れたショルダーバッグを居間に置いた事実や、Tが被害者から現金を受け取っていない事実を認定した原判決に誤りはない。被害者が自分の財布の金の全部又は一部をわざわざ2階の寝室の現金に混入させる合理的理由は考え難く、所論は抽象的可能性をいうものにすぎない。原審甲78号 取っていない事実を認定した原判決に誤りはない。被害者が自分の財布の金の全部又は一部をわざわざ2階の寝室の現金に混入させる合理的理由は考え難く、所論は抽象的可能性をいうものにすぎない。原審甲78号証によれば、被害者の寝室である日向乃間には、被害者が2月19日に銀行に行った際に所持していた黒色手提げかばんが置かれ、その中には年金証書や印鑑などの貴重品も入っていた上、上記かばんの内側には被告人の血痕があったことを考慮すると、上記かばん内に銀行で出金した現金の残金があり、これを被告人が持ち去ったと考えるのが合理的である。Tの財布についても、居間には、Tが財布を入れていたショルダーバッグがあり、この内側に被告人の血痕が付着していたのであるから、同様に被告人が持ち去ったと考えるのが合理的である。 ②について見ると、原判決が説示するとおり、同じ日に被告人以外の第三者が侵入して財布や現金を窃取した可能性は常識に照らして考え難い。所論の指摘するように被害者の手帳に盗難被害をうかがわせる記載があるとしても、自宅への侵入盗の被害についての記載なのか明らかでなく、その真偽も不明であって、その他に、本件当日に被告人以外の第三者が被害者方に侵入したことをうかがわせる具体的客観的事実はない。 したがって、被告人が被害者所有の現金約2万6000円及びT所有の現金約9000円在中の財布1個を奪ったことを認定した原判決に誤りはなく、所論の指摘は原判決の認定を揺るがせるものではない。 ⑹ 殺害行為時に強盗の故意があったかについてア所論は、以下の~の理由から、原判決が指摘する事実は強盗の故意の根拠とならないものであり、被告人は、被害者を殺害した時点において、強盗の故意がなかったと主張する。 原判決は、被告人は金品が存在する可能性が高い場所 、原判決が指摘する事実は強盗の故意の根拠とならないものであり、被告人は、被害者を殺害した時点において、強盗の故意がなかったと主張する。 原判決は、被告人は金品が存在する可能性が高い場所を狙って物色した こと、被告人は居間や日向乃間以外の部屋に入ろうとしたものの、内部の物色に至っていないこと、殺害状況や物色態様からすれば確実に金品を奪う行動を取っていることを根拠として、被害者殺害時点において被告人に金品を奪う意思があった事実を認定しているが、これらは被害者を殺害した後に金品奪取の意思を生じたことと矛盾しない。 原判決は、被告人が被害者方に侵入して犯行を遂げるまでの時間は最長でも1時間と短く、被害者を殺害した後直ちに各部屋の物色を開始したと認定しているが、1時間は決して短い時間とはいえず、被告人が侵入直後に被害者を殺害したとすれば、殺害後直ちに各部屋の物色を開始したとは認定できない。仮に殺害後直ちに物色を開始したとしても、その事実は被害者を殺害した後に金品奪取の意思を生じたことと矛盾しない。 原判決は、証拠上、金品奪取以外の目的をうかがわせる事情が見当たらないとしているが、被告人は、原審において、侵入目的については「何かあるのかなという興味本位で、入ったらどうなっているんだろうというその二つの興味でした」と供述し、また、被害者ともみ合いになった理由については「捕まりたくない、逃げなきゃと思って」と供述しており、被告人が被害者から突然声を掛けられた状況からすると、被告人が逮捕を免れ逃走する目的で被害者を殺害し、その後金品奪取の意思を生じさせた可能性は十分にある。 イしかしながら、原判決は、被告人が、深夜、面識もなく自分と何の関わりもない被害者方に台所窓から侵入し、少なくとも被害者に見付 害者を殺害し、その後金品奪取の意思を生じさせた可能性は十分にある。 イしかしながら、原判決は、被告人が、深夜、面識もなく自分と何の関わりもない被害者方に台所窓から侵入し、少なくとも被害者に見付かる直前には包丁様の刃物を手にし、被害者に見付かるやその刃物で被害者を殺害し、その後逃げることもなく被害者方にとどまって、広範囲にわたって金品を物色し、実際に金品を奪って逃走したという事実や、財物奪取以外の目的をうかがわせる事情も見当たらないことを総合して、被告人には、被害者方に侵入した時点においても、被害者を殺害した時点においても、金品を奪う意思が あったことを推認したものと解される。そのような原判決の認定判断に不合理な点はない。被告人の供述を検討しても、原判決の上記認定判断は揺らぐものではなく、被害者を殺害した時点において、被告人に強盗の故意があったと認めた原判決に誤りはない。 ⑺ その他、所論が種々主張する点を全て検討しても、原判示第1の事実を認定した原判決の判断に論理則、経験則等に照らし不合理な点はなく、原判決に判決に影響を及ぼす事実の誤認はない。 所論はいずれも採用できず、論旨は理由がない。 5 量刑不当の論旨について⑴ 論旨は、無期懲役を選択した原判決の量刑は重きに失し不当であると主張する。 そこで、記録を調査して検討する。 ⑵ 原判決は、「量刑の理由」において、要旨、次のとおり説示する。 被告人は、夜間、台所窓から被害者方に侵入し、被害者を殺害した上、金品を強取した。殺害態様は、倒れた被害者の頸部に繰り返し、刃物を深く突き刺すというものであって、刃物を用いた強盗事件の中でも非常に危険性の高い悪質な犯行である。被害者方及びその周辺の状況等に照らすと、不用意に犯行に及んだ場合、通行人から侵入してい 返し、刃物を深く突き刺すというものであって、刃物を用いた強盗事件の中でも非常に危険性の高い悪質な犯行である。被害者方及びその周辺の状況等に照らすと、不用意に犯行に及んだ場合、通行人から侵入しているところを目撃される可能性も十分にあると考えられる。そうすると、被告人は、綿密な計画性まではないにせよ、ある程度の下調べをしたことがうかがわれる。加えて、上記のような殺害行為に及んだことからすれば、犯罪遂行に対する強い決意を見て取ることができる。 一人の尊い命を奪ったという結果は誠に重大である。健康で穏やかに余生を過ごしていた被害者が、突如その生涯を終えることになったことの無念さは計り知れない。愛する家族を失った被害者家族が受けた悲しみも察するに余りあり、終始不合理な弁解を繰り返し、真摯な謝罪や反省もうかがえない被告人に対し、厳しい刑を望む心情も当然といえる。 被告人は、家出し、手持ち資金が尽きたため本件犯行を決意したものと思われる。家出の後、自己の欲求の赴くままにギャンブル等の遊興費に金を使い、働いて金を稼ぐことに何らの支障がないにもかかわらず、被害者を殺害してまで金品を強取するに至った意思決定は強い非難に値する。動機や経緯に酌むべき点は全くない。 以上の事情を前提に、同種事案(強盗殺人1件、凶器あり)の量刑傾向に照らして検討する。仮に、被告人が幼少期から実父の虐待を受け続けていたことが家出の背景にあるとしても、本件犯行を正当化するものではなく、有期懲役に減軽する余地はない。 以上によれば、無期懲役刑に処するのが相当である。 ⑶ 以上の原判決の量刑判断について見ると、原判決が挙げる量刑事情の認定、評価及びそれに基づく刑の量定に不当な点はなく、被告人を無期懲役刑に処した原判決の量刑は相当であっ 処するのが相当である。 ⑶ 以上の原判決の量刑判断について見ると、原判決が挙げる量刑事情の認定、評価及びそれに基づく刑の量定に不当な点はなく、被告人を無期懲役刑に処した原判決の量刑は相当であって、これが重過ぎて不当とはいえない。 ⑷ 所論は、①被告人は、幼少期から実父の過酷な虐待を受けており、複数回自殺未遂を起こし、うつ病と診断されるなど、過酷な虐待が被告人の精神に強い影響を与えていたものと考えられるところ、原判決は、このような幼少期からの過酷な肉体的、精神的、経済的虐待の事実を過小評価している、②厳格体罰を含む虐待は、脳に器質的な影響を生じさせる可能性があることから、被告人にもそのような器質的な影響が脳に生じていた可能性を否定できず、これが本件犯行に影響を与えた可能性も否定できない、③被告人は、被害者方に侵入する際凶器を所持しておらず、少なくとも被害者を殺害した行為については突発的なものであって計画性はなかった、④被告人には前科がなく、本件犯行に及ぶまでは一市民として善良な生活を送っていたなどと主張して、被告人に対する量刑は有期懲役に減軽するのが妥当であると主張する。 しかしながら、①について見ると、被告人が父親から虐待を受け続けていた事実があったとしても、そのことは、虐待とは無関係の被害者に対し原判示第 1のような犯罪行為を行うことについて何ら酌むべき事情となるものではない。②について見ると、被告人は、高校卒業後自衛隊や民間企業に勤務するなど社会生活を送っており、少年時の万引きの他には犯罪の経歴がうかがえないこと、犯行前後及び犯行時の行動に精神障害をうかがわせるものは見当たらないことに照らせば、仮に虐待が被告人の脳に器質的変化を生じさせたとしても、それが量刑を左右するほどに本件犯行に影響を与えているこ こと、犯行前後及び犯行時の行動に精神障害をうかがわせるものは見当たらないことに照らせば、仮に虐待が被告人の脳に器質的変化を生じさせたとしても、それが量刑を左右するほどに本件犯行に影響を与えていることはうかがわれない。したがって、虐待を受け続けていたことを有利な事情として考慮していない原判決の判断に不当な点はない。③について見ると、原判決は、被害者を殺害した行為について計画性があったとは認定していない。もっとも、原判決は所論指摘の事情を前提とした上で、「刃物を用いた強盗事件の中でも非常に危険性の高い悪質な犯行である」という犯情評価を踏まえ、被害者を殺害した行為については計画性がなかったことを、有利な犯情としては考慮できないと判断したものと解される。そのような評価は、裁判員を含む裁判体の健全な市民感覚を反映したものといえ、これが不当とはいえない。④について見ると、いずれも行為責任とは直接関係しない一般情状にとどまり、量刑上考慮するにも限度がある。 ⑸ 所論を全て検討しても、被告人を無期懲役刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当とはいえない。 所論は採用できず、論旨は理由がない。 6 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 令和4年11月9日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官伊名波宏仁 裁判官富張真紀 裁判官家入 宏仁 裁判官 富張真紀 裁判官 家入美香
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