平成17(ワ)1958 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成18年7月21日 札幌地方裁判所
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判決文本文21,314 文字)

- 1 -判示事項の要旨本件は,原告が被告Aに対する傷害被告事件で起訴され有罪判決を受けたこと等につき,原告が,被告A及び同被告の受傷について加療4日を加療4か月と誤診した被告Bに対し,不法行為に基づく損害賠償を,被告国に対し,検察官(札幌地方検察庁浦河支部検察官事務取扱副検事)の違法な公権力の行使を理由とする国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求した事案で,検察官が通常要求される捜査を怠ったとして被告国に対する請求を一部認容し,その他の請求を棄却したものである。 主文 被告国は,原告に対し,50万円及びこれに対する平成17年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告の被告国に対するその余の請求並びに被告A及び被告Bに対する請求をいずれも棄却する。 訴訟費用のうち,原告と被告国との間に生じたものは,これを20分し,その19を原告の,その1を被告国の負担とし,原告とその余の被告らとの間に生じたものは,原告の負担とする。 この判決は,第1項に限り,本判決が被告国に送達された日から14日を経過したときに,仮に執行することができる。ただし,被告国が40万円の担保を立てるときは,その仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1当事者の求める裁判 請求の趣旨(1) 被告らは,原告に対し,連帯して,1000万円及びこれに対する被告国は平成17年10月1日から,被告A及び被告Bは同月2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 - 2 -(2) 訴訟費用は,被告らの負担とする。 (3) 仮執行宣言 請求の趣旨に対する答弁(1) 被告Aの答弁ア原告の被告Aに対する請求を棄却する。 イ訴訟費用のうち,原告と被告Aとの間に生じたものは原告の負担とする。 (2) 被告Bの答弁ア原告の被 請求の趣旨に対する答弁(1) 被告Aの答弁ア原告の被告Aに対する請求を棄却する。 イ訴訟費用のうち,原告と被告Aとの間に生じたものは原告の負担とする。 (2) 被告Bの答弁ア原告の被告Bに対する請求を棄却する。 イ訴訟費用のうち,原告と被告Bとの間に生じたものは原告の負担とする。 (3) 被告国の答弁ア原告の被告国に対する請求を棄却する。 イ訴訟費用のうち,原告と被告国との間に生じたものは原告の負担とする。 ウ仮執行の宣言は相当ではないが,仮執行宣言を付する場合は,その執行開始時期を判決が被告国に送達された後14日経過したときとすること,及び担保を条件とする仮執行免脱宣言を求める。 第2事案の概要本件は,原告が被告Aに対する傷害被告事件で起訴され有罪判決を受けたこと等につき,原告が,被告A及び同被告の受傷について誤診をした被告Bに対し,不法行為に基づく損害賠償を,被告国に対し,検察官(札幌地方検察庁浦河支部検察官事務取扱副検事)の違法な公権力の行使を理由とする国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求した事案である。なお,地名等は,当時の名称による。 前提となる事実争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。 ( ) 当事者 - 3 -ア(ア) 原告は,肩書地においてCファームという名称の繁殖馬を飼育する牧場を経営している。(乙イ2)(イ) 原告は,昭和61年ころD軽種馬農業協同組合の組合員となり,原告の飼育馬は平成9年ころから同組合の診療事業部診療課E診療所(以下「E診療所」という。)の獣医師による診療を受けていた。(乙イ2,3)イ被告Aは,E診療所の所長であり,上記事業部所属の獣医師である。 (乙イ2)ウ被告Bは,北海道苫小牧市所在のF総合病院の歯科医師で 所」という。)の獣医師による診療を受けていた。(乙イ2,3)イ被告Aは,E診療所の所長であり,上記事業部所属の獣医師である。 (乙イ2)ウ被告Bは,北海道苫小牧市所在のF総合病院の歯科医師である。(甲3,乙イ2)( ) 本件事件等 ア平成14年6月5日,Cファーム坂路馬場内において,原告が被告Aに暴行を加えて傷害を負わせるという出来事があった(以下,この出来事を「本件事件」といい,被告Aが負った傷害を「本件傷害」という。)。 (乙イ2ないし4)イ原告は,本件事件につき,平成15年2月24日に北海道警察札幌方面E警察署(以下「E署」という。)に傷害罪で通常逮捕され,同月25日に札幌地方検察庁浦河支部検察官に送致され,同支部検察官事務取扱副検事G(以下「G副検事」という。)の請求により,同日,勾留された。 (乙イ2)ウG副検事は,平成15年3月14日,原告に対する傷害被告事件(以下「本件刑事事件」という。)の公訴を札幌地方裁判所浦河支部に提起し(以下,この公訴の提起を「本件起訴」という。),同事件は,同年4月8日,札幌地方裁判所苫小牧支部に回付された。 本件刑事事件の公訴事実は,「被告人は,平成14年6月5日午後2時45分ころ,北海道沙流郡E町字Haaa番地Cファーム坂路馬場内にお- 4 -いて,A(当時45歳)に対し,その顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加え,よって,同人に全治約4か月間を要する下顎骨亀裂骨折等の傷害を負わせたものである。」というものであった。(甲5,乙イ2)エ札幌地方検察庁苫小牧支部検察官事務取扱副検事I(以下「I副検事」という。)は,平成15年7月15日の本件刑事事件の第4回公判期日において,「公訴事実中「全治4か月間を要する下顎骨亀裂骨折等」を「加療約4日間を要する左頬部,上口唇・下口唇部等 (以下「I副検事」という。)は,平成15年7月15日の本件刑事事件の第4回公判期日において,「公訴事実中「全治4か月間を要する下顎骨亀裂骨折等」を「加療約4日間を要する左頬部,上口唇・下口唇部等擦過創」に改める。」とする訴因変更を請求し,札幌地方裁判所苫小牧支部はこれを許可した。 (甲6,乙イ2)オ札幌地方裁判所苫小牧支部は,平成15年8月26日,原告に対し,本件刑事事件について,罪となるべき事実を「被告人は,平成14年6月5日ころ,北海道沙流郡E町字Haaa番地Cファーム坂路馬場内において,A(当時45歳)に対し,その顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加えて,同人に加療約4日間を要する左頬部,上口唇,下口唇部等擦過創を負わせた。」とする罰金6万円の有罪判決をした。 原告は,上記判決に対して控訴及び上告をしたがいずれも棄却され,同判決は平成16年6月29日に確定した。(乙イ2ないし4)カ原告は,平成15年2月24日に逮捕されて同月25日に勾留され,同年6月4日に保釈されるまでの間,身柄を拘束されていた。(乙イ2)キ本件傷害については,本件起訴までの間に,以下(ア)ないし(エ)の診断書等が存在していたが,(ウ)及び(エ)における被告Bの,被告Aには下顎骨亀裂骨折があり初診日から3か月程度の経過観察を要するとする診断(以下「被告B診断」という。)は誤診であった。 (ア) 平成14年6月5日付けJ病院のJ医師作成の診断書(以下「J診断書1」という。)(甲1,乙イ2)(イ) 平成14年6月6日付けJ医師作成の診断書(以下「J診断書2」と- 5 -いう。)(甲2,乙イ2)(ウ) 平成14年8月27日付け被告B作成の診断証明書(以下「被告B診断書1」という。)(甲3)(エ) 平成15年3月5日付け被告B作成の診断証明書(以下「被告B診 -いう。)(甲2,乙イ2)(ウ) 平成14年8月27日付け被告B作成の診断証明書(以下「被告B診断書1」という。)(甲3)(エ) 平成15年3月5日付け被告B作成の診断証明書(以下「被告B診断書2」という。)(乙イ8の1,2) 当事者の主張(原告の主張)( ) 本件事件及び被告B診断と本件起訴 ア本件事件は,原告と被告Aが言い合いの結果もみ合いとなり,原告も加療約7日間を要する傷を負ったというものである。 イ原告は,本件事件から8か月経過して突如逮捕され,本件事件の2か月以上後に作成された下顎骨亀裂骨折で加療約4か月を要するという被告B診断書1に基づいて起訴され,本件刑事事件の公判の過程で被告B診断が誤診であることが判明して訴因変更がされたが,有罪判決を受け,また,100日間にわたって勾留された。 ( ) 被告Aの責任 ア被告Aは,本件傷害が加療約3日間を要する左頬部,上口唇・下口唇擦過創であったにもかかわらず,本件事件から約1か月経過後の平成14年7月1日に被告Bの診断を受け,事実とは異なる「全治約4か月間を要する下顎骨亀裂骨折」という被告B診断書1を作成させ,これをE署や札幌地方検察庁浦河支部に提出し,原告を傷害罪で起訴させ,100日間の勾留をさせた。 イこれは,民法709条の不法行為を構成する。 ( ) 被告Bの責任 ア被告Bは,本件傷害につき,下顎骨亀裂骨折と事実と異なる診断をした点に故意又は過失がある。 - 6 -イまた,被告Bは,被告Aの下顎骨亀裂骨折に疑問を抱き始めて以降も,検察官からの問い合わせに対して,診断を変えておらず,この点に作為ないし重大な過失がある。 ウ被告Bの誤診がなく,本件傷害が全治4日間程度のものなら,原告に対して逮捕,起訴及び長期の勾留がされることはなく,原告が刑事 せに対して,診断を変えておらず,この点に作為ないし重大な過失がある。 ウ被告Bの誤診がなく,本件傷害が全治4日間程度のものなら,原告に対して逮捕,起訴及び長期の勾留がされることはなく,原告が刑事責任を問われたとしても,通常の事件処理に従えば,略式命令あるいは在宅起訴の可能性が大であった。 ( ) 被告国の責任 アG副検事には,本件傷害につき,既に「加療約3日間」とするJ診断書1及び2が存在したにもかかわらず,被告Aが被告Bをして作成させた被告B診断書1を安易に信用し,漫然と原告が被告Aに全治約4か月間を要する下顎骨亀裂骨折の傷害を負わせたとして起訴した過失がある。 イG副検事は,平成15年3月13日に,被告Bに対して簡単な電話聴取をしたのみで上記診断書をそのまま信用しているが,J診断書1及び2との違いが大きいのであるから,起訴するに際しては,改めてほかの医師の診断を求めるべきであったにもかかわらず,これをしなかった過失がある。 ウG副検事が少しの注意を払い,慎重に捜査をすれば,被告Bの誤診に気付いたはずであり,本件起訴のような誤った起訴がされることはなく,裁判の進行や勾留期間は異なっていたはずである。 エG副検事は国の公権力の行使に当たる公務員であり,同副検事には上記のとおりその公権力の行使に当たって過失があるから,被告国は,国家賠償法1条1項の責任を負う。 (5) 損害原告は,本件事件による逮捕が新聞で報ぜられ,狭い地域社会の中で名誉,信用が毀損され,また,原告が身柄を拘束されていた期間は牧場において最も忙しい出産や種付けの時期であった。これらのことからすれば,原告が被- 7 -告らの不法行為によって被った損害は,1000万円を下らない。 ( ) よって,原告は,被告らに対し,連帯して,損害賠償金1000万円及び こ であった。これらのことからすれば,原告が被- 7 -告らの不法行為によって被った損害は,1000万円を下らない。 ( ) よって,原告は,被告らに対し,連帯して,損害賠償金1000万円及び これに対する各訴状送達の日の翌日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告Aの主張)( ) 原告の主張( )(本件事件及び被告B診断と本件起訴)のうち,アは否認 し(被告Aは原告から一方的に暴行を受けたもので,原告は負傷していない。),イの被告B診断書1の作成経緯は認め,その余は知らない。 ( ) 原告の主張( )(被告Aの責任)は,否認し争う。 被告Aが被告Bから下顎骨亀裂骨折との診断を受け,その旨の診断書を捜査機関に提出した行為には,不法行為を構成する故意及び過失はない。 すなわち,被告Aは,本件傷害につき,本件事件直後の平成14年6月5日及び同月6日にJ医師による左頬部擦過創,上口唇・下口唇擦過創により約3日間経過観察等との診断を受け,捜査機関にJ診断書1及び2を提出した。しかし,被告Aは,数日経過しても顎部の痛みが消えず,次第に口を開くことが困難になったため,改めて同年7月1日にF総合病院を受診し,被告Bから「下顎骨亀裂骨折」との診断を受けたため,その旨の被告B診断書1を捜査機関に提出した。被告Aは,本件事件の被害者として,傷害の程度を正確に捜査機関に伝える意図で各診断書を提出したのであって,事実を歪めて診断書を作成させたことはなく,これらの行為に原告に対する不法行為を構成するような故意は観念できない。また,被告Aは,下顎骨亀裂骨折との診断を受けたからこそ,その旨の診断書を提出したのであって,自己の症状の理由につき専門家たる歯科医師の診断を信じたことをもって被告Aに不法行為を構成する過失が い。また,被告Aは,下顎骨亀裂骨折との診断を受けたからこそ,その旨の診断書を提出したのであって,自己の症状の理由につき専門家たる歯科医師の診断を信じたことをもって被告Aに不法行為を構成する過失があるとはいえない。 ( ) 原告の主張( )(損害)は,否認する。 (被告Bの主張)- 8 -( ) 原告の主張( )(本件事件及び被告B診断と本件起訴)のうち,イの被告 B診断書1の記載内容は否認し(同診断書の記載は「今後3ヶ月程度の経過観察を要する」である。),被告B診断が誤診であることが判明したことは認め,その余は知らない。 ( ) 原告の主張( )(被告Aの責任)のうち,被告Aが被告Bの診断を受け, 被告Bが被告B診断書1を作成したことは認め,被告Aが「全治約4か月間を要する下顎骨亀裂骨折」の診断書を作成させたことは否認し,その余は知らない。 ( ) 原告の主張( )(被告Bの責任)のうち,被告Bが誤診をしたことは認め, その余は否認し争う。 被告Bは,J病院でのレントゲンを見るまでは,ほかに客観的な資料がなかったため,診断書に従い,警察,検察庁からの問い合わせに対応したのであり,その対応は過失に当たらない。 ( ) 原告の主張( )(損害)は否認する。 仮に原告に損害が生じたとしても,それは原告の犯罪行為に基づき国家権力が正当に実施した逮捕,勾留及び起訴によって生じたもので,現に原告は有罪判決を受けている。 また,被告Bの作成した診断書は,検察官などの国家権力が逮捕,勾留及び起訴につき判断をする際の資料の一つにすぎず,原告の身柄拘束は罪証隠滅のおそれがあることを理由としており,原告が保釈されたのは,被告Aの証人尋問が終わって罪証隠滅のおそれがなくなったためであって,傷害の程度とは無関係であると考えられ すぎず,原告の身柄拘束は罪証隠滅のおそれがあることを理由としており,原告が保釈されたのは,被告Aの証人尋問が終わって罪証隠滅のおそれがなくなったためであって,傷害の程度とは無関係であると考えられること等からすれば,被告Bの誤診と国家権力による逮捕,勾留及び起訴との間の因果関係は検察官等の判断により断絶されており,したがって,原告の損害と被告Bの誤診との間の相当因果関係もない。なお,被告B診断における下顎骨亀裂骨折の点は誤診であったが,被告Aには左下顎顎関節捻挫で受傷日から4か月間の治療が必要であり,治- 9 -療期間の点に間違いはなかった。 (被告国の主張)( ) 原告の主張( )(本件事件及び被告B診断と本件起訴)のうち,アの原告 の受傷は原告の愁訴のみによる診断であり,イの逮捕,本件起訴,誤診の判明と訴因変更及び勾留は認め,その余は否認し争う。 ( ) 原告の主張( )(被告国の責任)のうち,本件起訴前にJ診断書1及び2 と被告B診断書1が存在したこと,G副検事が平成15年3月13日に被告Bに対する電話聴取をしたこと,本件起訴をしたことは認め,その余はいずれも争う。 原告に対する逮捕,勾留は,原告が暴行の態様等について不合理な弁明を繰り返すなどしたため,原告には罪証隠滅及び逃亡のおそれが認められるとしてされたもので,最終的に原告の主張は裁判所により排斥され,原告は本件刑事事件において有罪判決を受けているから,原告の主張する損害は,本件起訴によって生じたものではない。 公訴の提起は,検察官が裁判所に対して犯罪の成否,刑罰権の存否につき審判を求める意思表示であるから,起訴時における検察官の心証は,その性質上,起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑であれば足り,公訴提起時にお 否につき審判を求める意思表示であるから,起訴時における検察官の心証は,その性質上,起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑であれば足り,公訴提起時において検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば,その公訴の提起は違法性を欠く。G副検事は,本件起訴の際,J診断書1及び2,被告B診断書1及び2の計4通の診断書があったところ,J医師によれば,全治に要する期間あるいは加療を要する期間は診断当時の状況では確定し難いものであったとされていたのに対し,F総合病院は,設備を備えた総合病院であり,口腔専門の歯科医師がレントゲン撮影等の諸検査を行った上で診断をしたこと,被告Bが受傷後1か月程度経過してから骨折が判明すること- 10 -も通常あり得ると述べていたこと,暴行の態様から下顎骨亀裂骨折が生じることは十分考えられたこと等から,F総合病院における診断の方が信用性が高い正確な診断であると考え,被告B診断書1及び2に基づいて,原告が被告Aに対して全治4か月間を要する下顎骨亀裂骨折等の傷害を負わせたとする公訴事実を認定したもので,その判断過程は起訴時における各種の証拠資料を総合勘案した合理的なものであった。本件状況下において,G副検事には,ほかの医師の診断を求めるべき法的義務もなかったから,本件起訴には国家賠償法上の違法はない。 また,本件起訴後に,被告Bの診断はF総合病院のレントゲン機器の不具合による誤診と判明したが,そのようなレントゲン機器の不具合による誤診が生じていたとは通常予見し難く,G副検事の本件起訴に過失はない。 ( ) 原告の主張( )(損害)のうち,本件事件による原告の逮捕が新聞で報じ したが,そのようなレントゲン機器の不具合による誤診が生じていたとは通常予見し難く,G副検事の本件起訴に過失はない。 ( ) 原告の主張( )(損害)のうち,本件事件による原告の逮捕が新聞で報じ られたことは認め,その余は不知ないし争う。 第3争点に対する判断 前提事実並びに証拠(甲1ないし7,乙イ2ないし10)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない(なお,括弧内の証拠番号は掲記事実を認めた主要証拠である。)。 ( ) 本件傷害と診断等 ア原告は,平成14年6月5日午後2時30分過ぎころにCファームを訪れていた被告Aから,原告の牧場における診察を打ち切りたい旨伝えられ,これを応諾したが,さらに被告Aから未払診療費を支払ってほしいと言われ,そのような請求は獣医師である被告Aの職務外であり,また,E診療所の獣医師が誤診をしたり馬を死亡させたりしているにもかかわらず,そのような請求をすることに腹を立て,Cファーム坂路馬場内において,左右の拳で四,五回連続して被告Aの左右の頬や顎の辺りを殴打するなどの暴行を加え,被告Aは,この暴行によって顔面に傷害を負った。(乙イ- 11 -2)イ被告Aは,原告の攻撃が終わると直ちにその場を離れ,同日午後2時57分ころ,携帯電話で警察に通報した。 E署司法警察員は,同日午後3時15分ころ,上記通報によりCファームに臨場し,被告Aから被害申告を受け,その場で原告及び被告Aから事情聴取をした上,E署へ任意同行を求めた。原告及び被告Aは,E署における事情聴取において,それぞれ自らの傷害被害を訴え,相手方から先に攻撃を受けて防御したなどと供述し,両者とも病院で診療を受けた。E署は,原告及び被告Aをいずれも相手方に対する傷害事件の被疑者として取り扱い,同日,Cフ それぞれ自らの傷害被害を訴え,相手方から先に攻撃を受けて防御したなどと供述し,両者とも病院で診療を受けた。E署は,原告及び被告Aをいずれも相手方に対する傷害事件の被疑者として取り扱い,同日,Cファームにおいて実況見分を実施し,両者からそれぞれ同日付けの答申書の提出を受けた。(乙イ2,3)ウ被告Aは,原告から暴行を受けた後,下顎,頬等に痛みがあり,顔面に傷があったため,本件事件当日の平成14年6月5日にJ病院を受診し,J医師は,「H14年6月5日当院受診左頬部擦過創,上口唇+下口唇擦過創を認める。約3日間の経過観察を要する。」とするJ診断書1を作成した。 被告Aは,同月6日にもJ医師の診察を受けたが,同医師は,同日ころ同病院で撮影した被告Aの下顎付近のレントゲン写真などに基づいて,「H14年6月6日再受診①左頬部②上口唇③下口唇④左下口唇周囲⑤下顎⑥頚部前面①~⑥に軽度擦過創を認める②③に関しては縫合を必要とする裂創は認められず⑤に関しX-P上骨折等は認められず①④⑥に関し出血は認められず上述に関し約3日間の経過観察を要する」とするJ診断書2を作成した。 被告Aは,そのころ,J診断書1及び2をE署に提出した。(甲1,2,乙イ2,3)エ被告Aは,顔面の傷等は2週間ほどでほぼ治ったものの,下顎ないし顎- 12 -関節付近の痛みが増し,口を開きにくい状態となったため,同年7月1日にF総合病院へ行き,被告Bの診察を受けた。被告Bは,同日,被告Aの下顎付近のレントゲン写真(パノラマ写真。以下「本件パノラマ写真」という。)を撮影し,下顎骨亀裂骨折及び打撲による顎関節の捻挫があるなどと診断し,下顎骨亀裂骨折については経過観察をし,顎関節の捻挫による痛みを除去するためにソフトレーザー照射(理学療法の一種)による治療を続けるこ ,下顎骨亀裂骨折及び打撲による顎関節の捻挫があるなどと診断し,下顎骨亀裂骨折については経過観察をし,顎関節の捻挫による痛みを除去するためにソフトレーザー照射(理学療法の一種)による治療を続けることとした。 被告Aは,同日の初診を含め,同月5日,12日,19日,26日,同年8月2日,8日,27日及び同年9月5日の9日間,F総合病院に通院して被告Bの診療を受け,同年9月5日の受診の際には再度レントゲン写真が撮影されたが,同日以降は診療を受けなかった。 被告Bは,同年8月27日付けで,「診断名下顎骨亀裂骨折上記診断により今後3ヶ月程の経過観察を要する。右下及び左下の犬歯と第1小臼歯部相当下顎骨体に2ヶ所亀裂を認める。整復固定の必要性はないと判断します。7/1初診7/5,7/12,7/19,7/26,8/2,8/8,8/27」と記載した被告B診断書1を作成し,同診断書は,そのころ,被告AからE署に提出された。 なお,被告Bは,同年9月5日に2度目のレントゲン写真を撮影したころから被告Aの下顎骨亀裂骨折の存在はあやしいと考えるようになった。 (甲3,乙イ2,3,8の1,2)( ) 本件起訴までの経緯 アE署は,上記のとおり,本件事件を原告及び被告Aの他方に対する傷害被疑事件として扱い,両者を取り調べて供述調書を作成し,両者から診断書の提出を受けるなどして捜査していたが,その後,本件事件を原告の被告Aに対する傷害被疑事件であると判断し,平成15年2月17日に静内簡易裁判所裁判官に原告に対する逮捕状を請求し,同裁判官は,同日,逮- 13 -捕状を発付した。 原告は,本件事件につき,同月24日にE署に傷害罪で通常逮捕され,同月25日に札幌地方検察庁浦河支部検察官に送致され,G副検事の請求により,同日勾留された。 原告に対する上記逮捕,送 状を発付した。 原告は,本件事件につき,同月24日にE署に傷害罪で通常逮捕され,同月25日に札幌地方検察庁浦河支部検察官に送致され,G副検事の請求により,同日勾留された。 原告に対する上記逮捕,送致及び勾留の際の被疑事実は,原告が,被告Aの顔面付近を左右の手拳で10数回殴打し,被告Aに対し「左頬部擦過傷,上口唇・下口唇擦過傷,下顎骨亀裂骨折により115日間程の経過観察を要する傷害を負わせた」というものであった。(乙イ2)イ被告Bは,平成15年1月27日,被告B診断書1に関するE署司法警察員からの電話照会に対し,「その件については,診断書にありますとおり,昨年7月1日が初診日ですから,その日から3か月程の経過観察を要するということです。ですから,受傷日が昨年の6月5日ということであれば,3か月,つまり90日に25日を足して,115日間程の経過観察を要すると読みかえて下さい。なお,傷の状態から,殴られたことによって受けたものと認めて矛盾はありません。」と回答した。 被告Bは,原告の逮捕後もE署の司法巡査及び司法警察員から電話による照会を受け,同年3月3日の被告Aの治療内容に関する照会に対しては,「当歯科において,治療を受けていたAさんについては,下顎骨亀裂骨折で,3ヶ月の経過観察ということで通院しておりましたが,同骨折により顎関節に炎症があったことから,通院の際,同炎症部分にレーザー照射治療を施し,同経過観察期間内に治癒しております。」と回答し,同月4日の被告Aの受傷原因に関する「貴院において,診断治療されたA45歳について,下顎骨亀裂骨折と言う診断でしたが,この怪我についてAが,約2メートル位離れた位置から相手に突進し,その相手がこれを止めようとして,一回拳を差し出した場合に,このような怪我を負うことは考えられますか。」との照会に 言う診断でしたが,この怪我についてAが,約2メートル位離れた位置から相手に突進し,その相手がこれを止めようとして,一回拳を差し出した場合に,このような怪我を負うことは考えられますか。」との照会に対しては,「そのような状況で下顎骨亀裂骨折まで- 14 -負うことは考えられません。このような傷病は交通事故,殴り合いの喧嘩をした場合の双方の当事者若しくは一方的に殴られた場合に考えられます。」と回答した。 さらに被告Bは,同月5日,E署司法警察員からの被告Aの具体的治療内容及びその受傷原因についての捜査関係事項照会書による照会に対し,「診断名①下顎骨亀裂骨折②H147/1に左の顎関節の鈍痛を主訴に初診にて受診。パノラマ写真撮影し,右下及び左下の犬歯と第1小臼歯部相当下顎骨体に亀裂骨折を認めるが,整復固定の必要性はないと判断。 顎関節部の鈍痛に対してはソフトレーザーの照射により,改善したものと思われる。受診日は7/1,7/5,7/12,7/19,7/26,8/2,8/8,8/27,9/5の実日数9日で現在に至っています。③受傷の原因通常下顎骨々折の原因としては,1)交通事故2)ケンカ等で顔面を殴打された場合3)転倒などの際に顎をぶっつけた場合が考えられますが,今回のA様の場合は,直接顔面に相手の拳が当ったのかどうかが不明のため明確にすることは困難です。ただし直接拳が顔面に当ったとすれば可能性としては10%~20%の亀裂骨折が考えられます。」と記載した同日付け診断証明書(被告B診断書2)を提出した。(乙イ5ないし7,8の1,2)ウG副検事は,上記のような証拠資料を入手し,さらに平成15年3月7日,被告Aを取り調べ,要旨「被告Aは,未払の診療代を原告に請求して帰ろうとしたところ,原告から大声で怒鳴られ,振り向くと同時に顔面付近を 事は,上記のような証拠資料を入手し,さらに平成15年3月7日,被告Aを取り調べ,要旨「被告Aは,未払の診療代を原告に請求して帰ろうとしたところ,原告から大声で怒鳴られ,振り向くと同時に顔面付近を両手の手拳で5,6発くらい殴られ,その後も殴られた。本件事件当日J病院で治療を受けて診断書を書いてもらったが,その晩ひげを剃ったら喉にも傷があったので,翌日もJ病院で診察を受けて,左頬部,頚部前面等の擦過創により3日間の経過観察を要する旨の診断を受けた。2週間くらいで擦過創は治った。しかし,両顎の痛みが段々と強くなり,終いに- 15 -は痛みのため口を指1本くらいしか開けられなくなったので,平成14年7月1日にF総合病院で診察を受けたところ,レントゲン検査で下顎骨亀裂骨折が判明した。医師からは,顔面付近を殴られたため左の顎関節がずれて炎症を起こしていると説明を受け,左顎関節症と診断された。炎症を和らげるためレーザー治療を受け,鎮静剤を1週間分処方された。下顎骨亀裂骨折については,特に内科的治療や外科的治療を施さず,保存療法により自然に骨がつくのを待つように言われた。受傷してから2か月間くらいは物を噛むと痛みがあった。顎関節症については,同年8月27日に治療が終了した。」との供述を得た。 また,原告は,平成15年3月10日のG副検事の取調べに対し,要旨「原告が被告Aから治療費の請求を受け,支払えない旨答えたところ,被告Aが大声で「なにお」と言って原告の方に突進してきて,左肩を原告の方に突き出す形で原告の胸を突いてくるなどしたため,自分の身を守ろうとして被告Aが向かってくる方向に左腕を肩と同じ高さでまっすぐに突き出したところ,原告の左手の握り拳が被告Aの口元の左側に当たったが,それが被告Aの一番大きなけがになったと思う。原告は1歩も動いておら して被告Aが向かってくる方向に左腕を肩と同じ高さでまっすぐに突き出したところ,原告の左手の握り拳が被告Aの口元の左側に当たったが,それが被告Aの一番大きなけがになったと思う。原告は1歩も動いておらず,このようなことになったのは被告Aが悪く,原告の方からは手を出していない。」などと供述した。(乙イ2,3)エG副検事は,平成15年3月13日,J医師に対し,J診断書1及び2の「約3日間の経過観察を要する」との記載の趣旨について電話で照会し,J医師から,「経過観察3日間と言うのは,症状が全く気にならなくなる期間という趣旨です。全治するには,通常1週間から,2週間はかかると思いますが,それも本人の痛みの訴えがなくなることによって,判断できるので全治という表現はしませんでした。加療が何日必要かも全治と同様に本人の訴えがどうなるか分かりませんので,そのような表現は不適切だと思います。加療何日と言う診断もできません。」との回答を得た。 - 16 -また,G副検事は,同日,受傷直後に発見できなかった骨折が約1か月後に判明することがあるかを確認するため,被告Bに対して電話照会を行い,被告Bから,「Aさんの下顎骨亀裂骨折については,暴行の被害を受けてから約1か月後に私の診察により判明しましたが,そのように発症から1か月くらい経過して判明することは通常あり得ることです。一般的に上記骨折が発生してから3か月余りは,治癒しないからです。治癒というのは,ある程度骨の亀裂は残るものの,痛みが消失することをさします。 Aさんの初診は,平成14年7月1日であり,その日から全治約3か月であると判断しました。Aさんが傷害の被害にあったのが平成14年6月5日ですので,その日から起算しますと,全治約4か月ということになります。」との回答を得た。(甲4,乙イ9)オG副検 治約3か月であると判断しました。Aさんが傷害の被害にあったのが平成14年6月5日ですので,その日から起算しますと,全治約4か月ということになります。」との回答を得た。(甲4,乙イ9)オG副検事は,平成15年3月14日,本件事件につき,原告が被告Aの顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加え,被告Aに全治約4か月間を要する下顎骨亀裂骨折等の傷害を負わせたとする公訴事実による本件起訴をした。(甲5,乙イ2)( ) 本件刑事事件の経緯 ア本件刑事事件は,札幌地方裁判所苫小牧支部に回付され,平成15年5月20日に第1回公判が行われた。原告は,「起訴状記載の公訴事実は違います。私は暴行を加えていません。被害者が殴ってきたので,防御するために手を出しました。私から殴ってはいません。」と陳述し,原告の主任弁護人は,「被告人の暴行は,被害者からの暴行に対する反撃という意味での対応です。全治4か月は事実と異なります。」と陳述した。なお,主任弁護人の上記陳述のうち,前段部分は,同年6月3日の第2回公判期日において,「被告人は,被害者からの暴行に対して応戦しただけであり,傷害を負わせる意思はなかった。」と訂正され,また,同年7月22日の第5回公判期日において正当防衛の主張がされた。 - 17 -原告は,捜査段階及び同月15日の第4回公判期日における被告人質問においても,上記のような主張ないし供述を続けていた。(乙イ2)イ本件刑事事件の公判を担当したI副検事は,第1回公判期日において被告B診断書1の取調べを請求したが不同意とされたため,第2回公判期日において被告Bの証人尋問を請求して採用され,同年6月24日の第3回公判期日において被告Bの尋問が実施されることとなった。 I副検事は,同年5月21日,被告Aの症状等について確認するため,受傷直後にJ病 いて被告Bの証人尋問を請求して採用され,同年6月24日の第3回公判期日において被告Bの尋問が実施されることとなった。 I副検事は,同年5月21日,被告Aの症状等について確認するため,受傷直後にJ病院で撮影したレントゲン写真を持参して,被告Bのもとを訪ねた。被告Bは,I副検事に対し,本件パノラマ写真を示しながら,「この部分が亀裂骨折である」などと説明した。 ところが,被告Bは,同月22日,I副検事に対し,「昨日,受傷直後のものというレントゲン写真を見せてもらい,当院で撮影されている亀裂骨折がはっきりと撮影されていないことから念のため当院の他のレントゲン写真を確認したところ,骨折のない人に対してAさんと同じような傷が撮影されているものが数件発見されました。当院のレントゲン機器のトラブルでAさんの亀裂骨折が撮影されたものと思われます。Aさんや検察官に申し訳ないと思いますが,Aさんに対する亀裂骨折の私の診断は誤診でした。」,「なお,レントゲンの専門技師も交えてさらに調査中ですが,とりあえず,報告させていただきます。」と電話で申出をした。 その後,F総合病院においてさらに調査が行われ,同年6月上旬ころ,同病院のレントゲン機器(以下「本件レントゲン機器」という。)で撮影した場合,撮影の角度によって時折一定の場所に影が映ることがあることが明らかとなった。 被告Bは,第3回公判期日に行われた証人尋問において上記の経緯を供述し,被告Aに下顎骨亀裂骨折があるなどとする被告Bの診断が誤診であったことを認めた。 - 18 -なお,原告は,この間の同年6月4日,3回目の保釈請求に基づく保釈許可決定(保証金額200万円)により,保釈された。(乙イ2,10)ウI副検事は,同年7月15日の第4回公判期日において,上記経緯を受け,起訴状記載の公訴事実中,「全治約4 の保釈請求に基づく保釈許可決定(保証金額200万円)により,保釈された。(乙イ2,10)ウI副検事は,同年7月15日の第4回公判期日において,上記経緯を受け,起訴状記載の公訴事実中,「全治約4か月を要する下顎骨亀裂骨折等」を「加療約4日間を要する左頬部,上口唇・下口唇部等擦過創」に改めるとする訴因変更請求をし,その旨の訴因変更許可決定がされた。 I副検事は,同月22日の第5回公判期日において,原告に対し,罰金10万円を求刑した。(甲6,乙イ2)エ札幌地方裁判所苫小牧支部は,同年8月26日,原告に対し,原告が被告Aに対し「加療約4日間を要する左頬部,上口唇,下口唇部等擦過創」を負わせたとして,被告を罰金6万円に処する有罪判決を言い渡し,同判決は,その後確定した。(甲7,乙イ2ないし4) 上記認定事実及び前提となる事実に基づき,各被告の責任について検討する。 (1) 被告Aの責任の有無についてア被告Aは,平成14年6月5日及び同月6日にJ病院で診療を受け,顎や歯のあたりの痛みの訴えに対しては歯科医の診察を受けるように言われていたが(乙2の被告Aに対する証人尋問調書),顎の痛みが増すなどしたため,同年7月1日にF総合病院へ行き,被告Bから下顎骨亀裂骨折との診断を受け,同年9月5日まで同病院に通院してレーザー照射等の治療を受け,被告B診断書1をE署に提出した。しかし,その後,平成15年5月下旬になって被告Bの上記診断が誤診であることが判明した。 以上のような事実が認められるものの,被告Aの痛みの訴えが虚偽のものであったとか,被告Aが被告Bに対して何らかの働きかけをするなどし,事実を歪めて虚偽の内容の診断書を作成させたといった事実が存在したことを窺わせる証拠はない(被告Aが被告Bに被告B診断書2を作成させ,これを捜査機関に提出したと 対して何らかの働きかけをするなどし,事実を歪めて虚偽の内容の診断書を作成させたといった事実が存在したことを窺わせる証拠はない(被告Aが被告Bに被告B診断書2を作成させ,これを捜査機関に提出したとの事実を認めるべき証拠もない。)。なお,- 19 -被告Aは,獣医師であるが,人体やその外傷についても専門的な知識があると認めるべき証拠はなく,自己の怪我の状態については専門家である医師の判断を信じるほかはないと考えられ,被告Bの診断を信じ,上記診断書を提出したことに過失は認められず,その他,被告Aの行為に不当なものがあったとする根拠はない。 イよって,被告Aについて,原告に対する故意又は過失に基づく違法な行為があったとはいえず,不法行為責任は認められない。 (2) 被告Bの責任の有無についてア被告Bは,本件傷害について,平成14年8月27日付け被告B診断書1に下顎骨亀裂骨折により今後3か月ほどの経過観察を要する旨記載し,平成15年3月5日付け被告B診断書2にも同旨の記載をし,さらにE署の司法警察員やG副検事からの照会に対しても,被告Aには下顎骨亀裂骨折の傷害が認められ,原告の暴行によってこれが生じ得る旨回答していたが,被告Aに下顎骨亀裂骨折の傷害が存するとの診断が結果的に誤診であったことは上記認定のとおりである。 しかし,被告Bが,故意に内容虚偽の診断書を作成したとか,虚偽の診断内容を診断書に記載するなどし,これを捜査機関に直接あるいは被告Aを介して間接的に告げたなどと認めるべき証拠はない。 イ次に,上記誤診あるいは被告B診断書1及び2の作成等が被告Bの過失によるものであるか否かを検討するに,被告Bが上記診断をしたのは,被告B診断書2に記載されているとおり,平成14年7月1日の初診の際に撮影した本件パノラマ写真上,右下及び左下の犬歯 等が被告Bの過失によるものであるか否かを検討するに,被告Bが上記診断をしたのは,被告B診断書2に記載されているとおり,平成14年7月1日の初診の際に撮影した本件パノラマ写真上,右下及び左下の犬歯と第1小臼歯部相当下顎骨体に亀裂骨折があると認めたことに加え,被告Aが被告Bに説明したように顔面に拳が当たったのであれば,下顎骨亀裂骨折が生ずる可能性があると考えたことによるものであり(乙イ2),このような外力の作用により下顎骨亀裂骨折が生じ得るとした判断が不合理であるとする根拠はな- 20 -い。また,本件レントゲン機器の不具合は,本件パノラマ写真を撮影してから10か月以上も経過した平成15年5月22日になって初めて発見され,しかもそれは前日に被告Bが本件事件直後にJ病院で撮影されたレントゲン写真をI副検事から見せられ,念のため,F総合病院の他のレントゲン写真を確認したところ,骨折のない人についても傷が撮影されていたことから発見されたものであることからすれば,その不具合は気付きにくい性質のものあったと認められ,歯科医師である被告Bがこのような本件レントゲン機器の不具合を平成15年5月22日よりも前の時点で認識することは不可能であったと考えられ(この判断を覆すに足りる証拠はない。),被告Bが下顎骨亀裂骨折があると診断したことについて,過失があるとすることはできない。 また,被告Bは,被告Aの2度目のレントゲン写真撮影をした平成14年9月5日ころに下顎骨亀裂骨折との診断に疑いを持つようになっていたが,被告Aの症状は軽減し,顎関節捻挫に対してはレーザー照射による治療をしていたものの,下顎骨亀裂骨折については積極的な治療をしていなかったこと,同日で被告AのF総合病院における診療は終了したことからすれば,その時点でさらにCT等の他の検査の必要性 ー照射による治療をしていたものの,下顎骨亀裂骨折については積極的な治療をしていなかったこと,同日で被告AのF総合病院における診療は終了したことからすれば,その時点でさらにCT等の他の検査の必要性を認めなかったことは不合理とはいえない。そして,被告Bは,本件起訴に至るまでの間,上記のとおり,G副検事らの照会に回答したり,被告B診断書2を提出したりしているが,それらの時点では本件レントゲン機器の不具合の事実を知らず,また,J病院において撮影されたレントゲン写真等,下顎骨亀裂骨折の存在に疑問を抱かせるに足りる確たる資料や理由を認識していなかったことからすれば,上記のような回答をしたり,被告B診断書2を提出したことがその注意義務に違反するとはいえない。 したがって,被告Bの上記各行為について,過失があるとはいえない。 ウよって,被告Bについて,原告に対する故意又は過失に基づく違法な行- 21 -為があったとはいえず,不法行為責任は認められない。 (3) 被告国の責任の有無についてア公訴の提起は,検察官が裁判所に対してある特定の犯罪について,その成否,刑罰権の存否につき審判を求める意思表示であるから,起訴時における検察官の心証は,その性質上,起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により公訴事実に該当する罪につき有罪と認められる嫌疑であれば足り,公訴提起時において検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により公訴事実に該当する罪につき有罪と認められる嫌疑があれば,その公訴の提起は違法性を欠くと解すべきである(最高裁判所昭和53年10月20日第2小法廷判決・民集32巻7号1367頁,最高裁判所平成元年6月29日第1小法廷判決・民集43巻6号664頁参 れば,その公訴の提起は違法性を欠くと解すべきである(最高裁判所昭和53年10月20日第2小法廷判決・民集32巻7号1367頁,最高裁判所平成元年6月29日第1小法廷判決・民集43巻6号664頁参照)。 イ(ア) 原告は,上記認定のとおり,本件傷害について,捜査の当初から自らの暴行やその態様を否認し,その供述は理不尽な部分があり,必ずしも一貫したものではなかったが,被告Bの体当たりを止めるために拳を肩まで上げたところ被告Aの顔面に原告の拳が当たったなどとして正当防衛が成立するかのような主張をしていた。これらのことからすれば,本件傷害について刑事被告事件として起訴がされれば,犯罪の成否,本件傷害の具体的内容,程度,その発生機序等が公判においても争われる蓋然性が高いと予想し得た(現に,原告及びその弁護人は,本件刑事事件の公判においても正に上記の各点を争っている。)。そして,本件傷害の内容や程度は,原告による暴行の態様等を判断するためにも必要な客観的事実であるから,本件起訴に当たっては,それを認定し得る客観的な証拠資料を収集することが必要不可欠であった。 また,傷害の内容や程度は,犯罪の軽重に影響を及ぼす重要な事項で- 22 -あり,これを認定し得る客観的な証拠資料の存否を見極めることは,原告の起訴又は不起訴の判断,あるいは勾留の理由及び必要性の判断のためにも必要であった(なお,G副検事は,原告に対する保釈請求に対し,「被害者が加療4か月間という重傷を負っていること」等から保釈は相当ではない旨の意見を述べていること(乙イ2)からすれば,G副検事も,本件刑事事件において,傷害の程度を,原告の身柄を拘束するかどうかの判断資料の一つとしていたことが認められる。)。 このように,本件刑事事件においては,傷害の内容や程度は極めて重要であり,そのた も,本件刑事事件において,傷害の程度を,原告の身柄を拘束するかどうかの判断資料の一つとしていたことが認められる。)。 このように,本件刑事事件においては,傷害の内容や程度は極めて重要であり,そのために必要十分な証拠資料を収集することは捜査において通常要求されるものであったといえる。 (イ) そして,本件傷害については,上記に加え,その程度等につき,骨折がなく,3日ないし4日間の経過観察を要する擦過創であるとするJ診断書1及び2と,下顎骨亀裂骨折があり,受傷日から約4か月の経過観察を要するとする被告B診断書1及び2という,診断内容が顕著に異なる2種類の診断書が存在していたこと,さらに,J診断書2の記載からすれば,J病院においてもレントゲン写真が撮影され,被告Aの傷害の部位や程度につき比較的詳細な診断がされていたことが認められる。 これらの事実からすれば,検察官としては,顕著に相違する2種類の診断書のいずれが正当なものであるかを検討すべきは当然であり,その検討のためには,それぞれの診断の根拠とされているレントゲン写真を含む医療記録を入手して第三者の意見を聴取し(なお,平成15年5月21日にI副検事がF総合病院に行く際にJ病院で撮影されたレントゲン写真を持参していることからすれば,G副検事においても本件起訴の前にこれを入手することは容易であったといえる。),あるいは,少なくともJ医師及び被告Bに対し,相反する診断書の存在を告げた上で各診断書についての反論や補足説明を聴取し,その供述を記載した調書等- 23 -を作成するなどすべきであったといえる。しかるに,G副検事は,本件起訴に至るまで,勾留延長を得て原告の身柄を確保した上での捜査をし,上記のように顕著な相違のある診断書の存在を認識しながら,J医師に対し,経過観察という用語について尋ね, しかるに,G副検事は,本件起訴に至るまで,勾留延長を得て原告の身柄を確保した上での捜査をし,上記のように顕著な相違のある診断書の存在を認識しながら,J医師に対し,経過観察という用語について尋ね,被告Bに対し,亀裂骨折が後に判明することがあり得るかなどと確認したのみであって,診断の相違が何故生じたのか,各診断の根拠はどのようなものであるかなどを確認し,その相当性をさらに吟味しようとはしなかった。 上記の第三者の意見やJ医師及び被告Bの供述は,G副検事が,通常要求される捜査を遂行すれば容易に収集し得た証拠資料であり,そのような証拠資料を総合勘案すれば,本件傷害につき,合理的な判断過程により訴因変更前の公訴事実に該当する罪につき有罪と認められる嫌疑はないと認められ,上記公訴事実による本件起訴がされることはなかったといえるから,本件起訴は違法である。 ウまた,G副検事は,本件起訴に至るまで,本件傷害の内容及び程度につき,容易に行える上記のような捜査をせず,漫然と原告を勾留したまま本件起訴をしたものであり,このような公権力の行使に過失があると認められる。 エ被告国は,起訴時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により被告Aの負傷内容を認定して本件起訴をしたのであり,本件レントゲン機器の不具合によって誤診が生じていたなどとは通常予見し難いこと等から,本件起訴に違法性や過失はないと主張する。 しかし,検察官は医療の専門家ではないから,レントゲン写真を見ることのみで本件レントゲン機器の不具合があったことに気付くことなどは難しいとしても,本件事件において,重要である被告Aの傷害の程度につき,顕著な相違のある2種類の診断書が存在していたのであるから,医療の専門家ではない素人として,どちらの診断が正確かをより慎重に吟味するこ- 24 件事件において,重要である被告Aの傷害の程度につき,顕著な相違のある2種類の診断書が存在していたのであるから,医療の専門家ではない素人として,どちらの診断が正確かをより慎重に吟味するこ- 24 -とが求められていたと考えられる(前記のような捜査をすれば,むしろ簡単に本件レントゲン機器の不具合が判明したことも考えられるところである(K会L病院副院長Mの意見書(乙イ3)参照)。)。したがって,本件レントゲン機器の不具合による誤診の予見が難しいことを理由として本件起訴の違法性や過失がなくなるとすることはできない。 その他,被告国のG副検事の行為の違法性や過失を否定する主張は,上述したところによって採用することができない。 オ以上より,G副検事には公権力の行使に当たって,違法性,過失が認められるから,被告国は国家賠償法1条1項の責任を負う。 ( ) 損害について 本件刑事事件の判決及びそれに至る公判の経過からすれば,本件において通常要求される捜査を遂行して収集し得た証拠資料によれば,被告Aの傷害は,全治約4日間の擦過創であったと認められる。この程度の傷害であれば,いかに原告が本件事件につき理不尽な弁解をしていたとしても,原告が,勾留されたままで,いわゆる身柄付きの通常起訴をされ,しかも平成15年6月4日までの相当長期間にわたって勾留を続けられる事態は生じなかったと考えられ,原告は,本件起訴後の勾留による身体拘束により精神的苦痛を受けたことは明らかである。 しかし,一方で,原告は現に有罪判決(確定)を受けており,原告の被告Aに対する本件傷害が何ら正当化されるものではないのに,捜査段階からこれを否認して理不尽な弁解を続けていたことからすれば,罪証隠滅のおそれがあること等を理由に継続された上記身体拘束は,原告自身が招来したものとの側面を有す 正当化されるものではないのに,捜査段階からこれを否認して理不尽な弁解を続けていたことからすれば,罪証隠滅のおそれがあること等を理由に継続された上記身体拘束は,原告自身が招来したものとの側面を有することは明らかであり,これら諸般の事情を総合考慮すれば,上記苦痛に対する慰謝料は50万円とするのが相当である。 以上によれば,原告の被告国に対する請求は主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し,被告国に対するその余の請求並びに被告A及び被告Bに対- 25 -する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条を,仮執行の宣言及び免脱宣言について同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結の日平成18年6月16日)札幌地方裁判所民事第5部裁判長裁判官笠井勝彦裁判官馬場純夫裁判官矢澤雅規

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