主文 1 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。 2 一審原告の請求を棄却する。 3 一審原告の本件控訴を棄却する。 4 訴訟費用は第1,2審とも一審原告の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 一審原告(1) 原判決を次のとおり変更する。 (2) 一審被告は一審原告に対し,金1650万6532円及びこれに対する平成12年3月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 一審原告は,当審において,上記のとおり,付帯請求の起算日を平成10年11月11日から平成12年3月18日に改める請求の減縮をした。 2 一審被告主文第1,2項同旨第2 事案の概要本件は,薬局を経営する一審原告が,①医院を経営する一審被告との間で,マンツーマン分業契約(医療機関が特定の一つの受入薬局と連携して,患者において発行された処方箋を受入薬局に持ち込み,受入薬局が処方箋に従って調剤するもの),あるいは院外処方箋発行契約(診察を受けた投薬を必要とする患者に対し,患者の意思に反しない限り,院外処方箋を発行する義務を負うものであって,当該患者を医療機関に回す義務まで伴わない契約)を締結していた,いずれにしても,一審被告は一審原告に対し,外来患者に投薬の必要がある場合,院外処方が可能であれば,処方箋を発行すべき契約上の義務を負っていた,②そうでなくとも,一審原告には一審被告から処方箋の発行を受け得る法的保護に値する期待権があったが,一審被告がこれに違反して処方箋を発行しなかったため,薬局の閉鎖を余儀なくされて損害を被ったとして,一審被告に対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償を求めている事案の控訴審である。 原審は,一審被告には院外処方箋発行契約の債務不履行があった ため,薬局の閉鎖を余儀なくされて損害を被ったとして,一審被告に対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償を求めている事案の控訴審である。 原審は,一審被告には院外処方箋発行契約の債務不履行があったとして,一審原告の請求を一部認容したため,一審原告及び一審被告の双方が控訴したものである。 1 争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実(1) 一審原告は,平成9年2月24日に設立された薬局の経営等を目的とする有限会社である(甲1)。 一審被告は,C医院を経営する医師である。 (2) 一審原告は,平成9年6月1日にその肩書住所地でB薬局を開業し,一審被告は,同年7月1日にその隣でC医院を開業した。 一審被告は,来院する患者に対し,院内処方の他に,院外処方箋を発行し,患者においてこれを一審原告に持ち込み,一審原告は,その処方箋に従って調剤をしていた。 (3) ところが,平成9年9月11日以降,一審被告は,同月12日に院外処方箋1枚を発行したが,他には院外処方箋を発行しなかった。 (4) 一審原告は,平成9年10月7日に薬局を閉鎖し,同月27日に福岡市長に対しその廃止届をした(甲32,54)。 2 主たる争点(1) マンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約の成否ア一審原告の主張(ア) 調剤薬局である一審原告は,医院を経営する一審被告との間で,医薬分業を前提として,開業前の平成9年2月24日から同年5月31日ころまでの間に,明示又は黙示に,前記のマンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約を締結した。 (イ) 行政(特に厚生労働省)は,医薬分業の形態として面分業(医療機関が受入薬局と連携せずに,患者がいずれかの調剤薬局に処方箋を持ち込み,薬剤の処方・交付を受ける分業)が望ましいとしているが,決してマンツーマン分業(点分業)を否定して 業の形態として面分業(医療機関が受入薬局と連携せずに,患者がいずれかの調剤薬局に処方箋を持ち込み,薬剤の処方・交付を受ける分業)が望ましいとしているが,決してマンツーマン分業(点分業)を否定しているわけではなく,いわゆる第二薬局(医療機関と経営主体が同じであったり,同一敷地あるいは近接地にあり,経済面,機能面,構造面等で独立していない薬局をいう。)の排除を目指しているのである。このような薬局は,医療機関から独立していないという性質上,薬剤師が医師の処方箋をチェックすることが困難であり,ひいては,医薬分業の目的である「薬物療法の有効性と安全性の確保」の実現が困難になるから,その解消が望まれるのである。 (ウ) また,薬局業務運営ガイドラインには,「薬局は医療機関と処方箋の斡旋について約束を取り交わしてはならない。」とされ,同ガイドラインに関する厚生省薬務局企画課長通知において,「薬局と医療機関との間で処方せんをその薬局に斡旋する旨の約束をすることは,一切禁止されるものである。」とされているが,医療機関が,患者の意思にかかわらず,処方箋が特定の薬局にのみ持ち込まれるよう計らうような場合(例えば,患者に対し処方箋の持ち込み先を具体的に指定したり,処方箋を患者に交付せず,医療機関から直接薬局に交付するなど。)はともかく,患者が特定の薬局に持ち込むことを想定して処方箋を発行することをもって「処方箋の斡旋」ということはできず,一審原告も,投薬の必要な患者について,患者本人の意思に反しない限り,院外処方箋を発行することを内容とする契約が成立したと主張しているのであるから,上記マンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約は何ら法令等に抵触するものではない。 (エ) 仮に,一審原告と一審被告との間のマンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契 張しているのであるから,上記マンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約は何ら法令等に抵触するものではない。 (エ) 仮に,一審原告と一審被告との間のマンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約が,これらの行政法規に違反することがあっても,それらの契約が当然に私法上無効となることはない。 イ一審被告の反論(ア) 一審被告が,一審原告に対し,薬局の開業を依頼したり,その経営の安定を保証したりしたことはない。協同,協力して経営を行うことを約束した事実もない。一審被告は,一審原告との間で,明示又は黙示に,マンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約を締結したことはない。したがって,一審被告が一審原告に対し院外処方箋を発行する義務を負うことはない。また,近所に医院と薬局がある場合に,実際上の便宜の観点から,双方が事実上協同することを約束することがあるとしても,それが法律的拘束力のある契約として,損害賠償責任の根拠となり得るまでに高められるのは,特殊な場合(例えば,医療機関が嫌がる薬局を説得して近くに誘致し,院外処方箋を出してその薬局に絞ったときなど)に限られると解すべきであるが,本件にはそのような事情はない。 (イ) 一審原告主張のマンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約は,法令によってその締結が禁じられている上,一審原告にのみ利益をもたらすものであって,一審被告がこのような契約を締結する合理性もない。 (ウ) 禁反言の抗弁また,一審原告代表者の夫であるDは,一審被告に対し,「一審被告の隣で薬局を開設するのは,一審被告の能力,医院経営,患者数(院外処方箋の数)等を独自に予測,計算して,一審原告が自らの経営判断で行うものである。法令及びこれに基づく行政指導により,一審被告との間でマンツーマン分業契約は締結できない。したがって 営,患者数(院外処方箋の数)等を独自に予測,計算して,一審原告が自らの経営判断で行うものである。法令及びこれに基づく行政指導により,一審被告との間でマンツーマン分業契約は締結できない。したがって,一審被告が,薬局の経営について何ら拘束されたり,責任を負ったりすることはない。自分自身,新規開業の医師に対し,常にそのように指導している。」旨明言していた。他方,同人は,「一審被告が院外処方箋を発行し,これを一審原告が受けることになれば,実質的に契約が成立し,その時から一審被告は一審原告に対し,一審原告のために処方箋を発行する義務を負い,一審原告は一審被告に対し処方箋発行請求権を有することになって,両者間に法的権利義務ないし拘束関係が成立する。」等という説明は一切していない。そして,一審原告代表者は薬局経営の全くの素人であり,その夫であるDが実質的に経営を取り仕切っていたことからすると,Dの言動は一審原告の言動であるというべきである。 よって,一審原告は,いかなる意味においても,上記言動に反し,契約の成立及びこれによる権利を主張することは,信義則上許されない。 (エ) 仮に,一審原告と一審被告の間に院外処方箋発行に関する何らかの合意が成立したとしても,義務内容の分量的特定はできていないし,患者が処方箋をどこに持ち込むかも不明なのであるから,一審被告の負うべき債務はせいぜい自然債務的なものであって,これを根拠に訴権を行使し,又は強制履行を求めることはできない。 (オ) 本来,「マンツーマン分業」というのは,あくまで「個々の薬局が,周辺の医師と話し合い,処方箋の発行を進めよう」というものであり,医師と薬局の信頼関係の形成,確立,維持という地道な努力によって形成され機能していく分業体制であって,いかなる意味でも医師を「契約」によって拘束して 合い,処方箋の発行を進めよう」というものであり,医師と薬局の信頼関係の形成,確立,維持という地道な努力によって形成され機能していく分業体制であって,いかなる意味でも医師を「契約」によって拘束して処方箋発行を「義務」づけこれを確保するといったような関係ではない。 (2) 債務不履行の成否ア一審原告の主張一審被告は,マンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約に基づき,院外処方箋を発行すべき義務があったのに,一審原告に対し,平成9年9月11日以降,院内処方に切り替え,同月12日に1枚の不正な処方箋を発行した他は,処方箋を一切発行しなかった。 イ一審被告の反論一審被告は,一審原告に対し,院外処方箋を発行する義務などなかったが,一度は水に流して再度院外処方箋の発行を申し出たのに,一審原告からこれを拒否されたものである。また,一審原告側の諸言動に対する不信感が増大する一方,患者の利益を優先的に考えて院内処方としたものである。一審被告に債務不履行はない。 仮に,そこに何らかの債務不履行を観念することができるとしても,一審原告は,分業関係の維持にとって不可欠な医師と薬局の信頼関係の形成,確立,維持のための地道な努力を怠ったものであり,これにより一審原告と一審被告の分業関係は維持することができなくなったのであるから,一審被告には,債務不履行につき,帰責事由は存在しない。 (3) 不法行為の成否ア一審原告の主張仮に上記契約の成立が認められないとしても,一審原告には一審被告から院外処方箋の発行を受け得る法的保護に値する期待権があったにもかかわらず,一審被告は,上記(2)アのように,不正な処方箋1枚の他は処方箋を一切発行せず,これを違法に侵害したものである。 イ一審被告の反論一審原告にはその主張するような法的保護に値する利益はなく,一審 ,一審被告は,上記(2)アのように,不正な処方箋1枚の他は処方箋を一切発行せず,これを違法に侵害したものである。 イ一審被告の反論一審原告にはその主張するような法的保護に値する利益はなく,一審被告が院外処方箋を発行しなかったのも,上記(2)イのような事情によるものであり,一審被告には不法行為はない。 (4) 損害ア一審原告の主張一審原告は,一審被告の上記債務不履行又は不法行為により,薬局の閉鎖を余儀なくされ,次の合計1650万6532円の損害を被った。 ① 固定資産除売却損害 693万9120円② 営業損失第1期 71万3071円同第2期 870万4563円③ 営業外損失第1期 1万0541円同第2期 13万9237円イ一審被告の反論一審原告が薬局を閉鎖したのは,上記(2)イのような事情及び経営判断の甘さから自ら招いたものである。なお,一審原告の後に薬局を営業した者も,経営不振により薬局を閉鎖している。 第3 当裁判所の判断 1 債務不履行について(1) 事実経過証拠(甲1,2,3及び4の各1・2,5,6ないし8の各1・2,9,10,13,14の1ないし4,15ないし19,20の1ないし6,21及び22の各1・2,23,24の1・2,25,26,27の1・2,28,29の1・2,30の1ないし3,31,32,38,39の1の1ないし4,39の2の1・2,41,43,45,46,48ないし57,58及び59の各1・2,60,61,63,64ないし66,乙3,5ないし7,証人D,同E,同F,同A,一審原告代表者(1,2回),一審被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件の事実経緯として,次の事実が認められる。 ア(ア) 一 ,63,64ないし66,乙3,5ないし7,証人D,同E,同F,同A,一審原告代表者(1,2回),一審被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件の事実経緯として,次の事実が認められる。 ア(ア) 一審原告代表者は,歯科衛生士をしていたこと等から,調剤薬局の開業に興味を持ち,平成8年1月29日ころ,株式会社データベースと薬局経営のコーディネイトを受ける契約をしたが,所期の目的を達せず,同年7月ころ契約を解約した。その後,薬品の卸売りを営む株式会社H(現商号「株式会社I」,以下「H」という。)で経営相談室次長を務め,社団法人日本医業経営コンサルタント協会の認定資格を有する夫のDに,薬局経営のコーディネイトを依頼していた。 他方,一審被告は,勤務医をしていたが,医院の開業を目指し,平成7年10月ころから,コンサルタント業者のG株式会社(以下「G」という。)に顧問料を支払って医院の開設・経営等の相談をしていた。また,建築業者のJ株式会社(以下「J」という。)に対しても,開業場所や医院の建物及び設備の設計・建築等の相談をしていた。 (イ) 一審被告は,平成8年10月ころ,J福岡支店長のFから紹介を受けて,以前にK医院の開設を計画したことがあった福岡市□区△a丁目b番c号所在の土地に自己の医院を開設することにした。 (ウ) △地区は,病院や薬局が密集した地域である。 イ(ア) Dは,平成8年10月ころ,仕事上の知人であるFから,△地区に開設予定の一審被告医院の隣で調剤薬局を開設することを打診され,同月28日,J福岡支店において,Fの立会いの下に,一審被告及びその妻のAと会談し,一審被告と一審原告代表者が医薬分業によりそれぞれ医院,薬局を経営することなどの話し合いをした。 (イ) そして,同年12月15日には,一審原告代表者が,その弟のL及びDと 及びその妻のAと会談し,一審被告と一審原告代表者が医薬分業によりそれぞれ医院,薬局を経営することなどの話し合いをした。 (イ) そして,同年12月15日には,一審原告代表者が,その弟のL及びDと共に一審被告の自宅を訪れて,一審被告夫妻に対し一審原告代表者において薬局を経営する旨の挨拶を行った。 (ウ) その後,一審被告と一審原告代表者とはそれぞれ医院あるいは薬局の開設の準備に取りかかった。Dは,妻が開設する薬局であることから,一審被告に対し,Hの従業員としての立場とは別に,診療圏の分析,開業計画書の作成及び求人依頼票の作成等多岐にわたり無償で助言や援助を行った。Lも,一審原告の事務長として,以前証券会社に勤務し人事関係の経験を有していたことから,一審被告医院のスタッフ採用面接の立会,就業規則の作成等について協力した。こうして,一審原告は,平成9年2月24日に設立された。 (エ) 一審原告代表者は,同年3月8日,D及びLと共に一審被告の自宅を訪れ,一審原告の管理薬剤師がEに決まったことやその経歴・人柄等を報告した。 ウ(ア) 一審原告は,平成9年6月1日に,一審被告医院の隣に一審原告の意向に従って設計・建築された建物を家主から賃借して,調剤薬局専門の「B薬局」を新規開設した(ただし,実際には一審被告医院の開業に合わせて同年7月1日に開業した。)。その入口は一審被告医院に向かい分かりやすいように斜めに設置されている。他方,一審被告医院は,一審原告の開業から1か月遅れの同年7月1日に開業(診療科目・内科,消化器科,外科,肛門科,リハビリテーション科)されたが,一審被告医院の建物設計図には薬局の位置が明示されておらず,調剤スペースや薬剤保管スペースが特に独立して設けられなかった。 (イ) また,一審原告の薬剤師Eは,医院開業前の同年6月1 科)されたが,一審被告医院の建物設計図には薬局の位置が明示されておらず,調剤スペースや薬剤保管スペースが特に独立して設けられなかった。 (イ) また,一審原告の薬剤師Eは,医院開業前の同年6月18日に,一審被告医院において使用される薬剤について,一審被告と打ち合わせを行い,一審原告は打ち合わせの線に沿って一審被告医院で使用される薬剤を薬品卸業者に発注して揃えた。一審被告が,薬剤師会を通じるなどして近隣の薬局に自己の使用薬剤のリストを公開するようなことはなかった。 (ウ) そして,開業時間は,一審被告医院が月曜日から土曜日まで午前8時30分から午後7時まで(実際は午後10時まで。日曜日も午前8時30分から午後零時まで開業。ただし,祭日は休診),一審原告が月曜日から土曜日まで午前8時30分から午後6時まで(ただし,日祭日は休業)であった。このように両者の開業時間に多少のずれがあり,かつ,一審被告医院には入院施設(3室6床)もあって,一審被告医院では院内処方の必要もあったが,一審被告医院内には待合室に医薬分業の意義及び院外処方箋を発行する旨の張り紙が掲示され,受付に一審原告の薬局のチラシが備えてあり,一審被告医院で通院治療を受けた患者は,治療後に受付で「B薬局」と名前の入った(ただし,後に「C医院」の名前に変更された。)クリアファイルに入れた処方箋を渡されるなどしていた。 エ(ア) また,一審被告医院の開業に先立つ平成9年6月5日に,一審原告のスタッフと一審被告医院のスタッフの顔合わせの会合が催され,同月17日と19日には両者合同での接遇研修が実施された。なお,同月17日の接遇研修の際,一審被告の妻から一審原告代表者に対し,金銭や駐車場の利用等のリベートを要求するかのような発言がされた。一審被告医院の開業後には,一審原告及び一審被告 が実施された。なお,同月17日の接遇研修の際,一審被告の妻から一審原告代表者に対し,金銭や駐車場の利用等のリベートを要求するかのような発言がされた。一審被告医院の開業後には,一審原告及び一審被告のスタッフによる合同のランチミーティングもたびたび行われた。 (イ) このようにして,同年7月1日の一審被告医院の開業後,一審被告により入院患者及び夜間の外来患者を除く患者に対して発行された院外処方箋は専ら一審原告に持ち込まれていた。その過程で,一審被告から一審原告に対し,同月26日ころ,交通事故に遭った患者の自己負担金を患者に返還するようにとの要求があった。また,一審被告と一審原告との間では,薬品の貸借が行われていたが,一審原告代表者は,同年8月30日,一審被告から,一審原告が貸与していた薬品を無償で医院に使わせるように要求された。この件は,両者間で,薬価ではなく一審原告の仕入価額で清算することとなった。さらに,老人慢性疾患外来総合診療料を選択している医療機関では,慢性疾患の老人外来患者について薬剤の一部負担金を免除し,その分を国が負担するという制度があり,一審被告もこの制度を選択していたが,同年9月5日,一審被告から一審原告に対し,今後はこの制度を選択しないので患者から一部負担金を徴収するようにと通知された。 オ(ア) 一審被告は,平成9年9月10日までは,患者に対して院外処方箋を発行し,一審原告においても,持ち込まれた処方箋に従って患者に薬剤を処方していた。一審被告は,同月11日,患者が来院していたのに,事前に何らの説明もなく,突然一審原告への処方箋の発行を中止して,すべて院内処方に切り替えた。そこで,同日,一審原告代表者,E及びDにおいて,一審被告医院にこれを問い質しに行ったが,やり取りの末,一審被告が翌日から処方箋を出す旨返答す の処方箋の発行を中止して,すべて院内処方に切り替えた。そこで,同日,一審原告代表者,E及びDにおいて,一審被告医院にこれを問い質しに行ったが,やり取りの末,一審被告が翌日から処方箋を出す旨返答する一方で,帰り際に一審被告の妻はこれを出さないと述べていた。 (イ) 同月12日,一審被告は,1枚の不正処方箋(入院患者の治療のため使用する皮膚病の薬剤をその妻が患者であるかのようにして出した処方箋)を発行したが,一審原告に持ち込まれたのはそれのみであった。そこで,一審原告代表者は,同月13日,福岡市□区の薬剤師会会長にこの件を相談した上,患者に交付した薬剤を回収した後,Dと共に,一審被告医院で疑義照会のため一審被告と面会したが,話はつかなかった。 一審原告は,日祭日の同月14日及び15日,台風が襲来していた同月16日を休業していた。一審被告は,同日,関係修復のために,Fを交えて,一審原告の薬局において,一審原告代表者及びDと面談し,同人らに対し,謝罪すると共にこれまでのことを水に流して元のようにやり直すように申し出た。これに対し,一審原告代表者らは,それにはこれまでのようにリベート要求や薬局の経営への介入の問題が起きないように具体的な取り決めがされることが前提であるとして,直ぐには応じなかった。同月17日,今度は一審被告の妻が一審原告の薬局に謝罪に訪れたが,応対した一審原告代表者及びEとの間で,前日同様のやり取りで終わった。 カその後も,一審原告は,薬局を開いており,他の医療機関から発行された若干の処方箋の調剤をしていたが,一審被告からの院外処方箋の発行はなかった。また,一審原告は,薬局の密集した地域にあって,他の医療機関からの処方箋を受けることも困難であることから,薬局の経営を継続することができなくなり,同年10月7日に薬局を閉 外処方箋の発行はなかった。また,一審原告は,薬局の密集した地域にあって,他の医療機関からの処方箋を受けることも困難であることから,薬局の経営を継続することができなくなり,同年10月7日に薬局を閉鎖した。 (2) マンツーマン分業契約及び処方箋発行契約の成否の検討の観点ア医薬分業の実際一般に,医療機関において患者に対し薬剤を処方する場合の方法は,医療機関内で処方・交付する院内処方と,医療機関は処方箋を発行するのみで,患者が処方箋を調剤薬局に持ち込み薬剤の処方・交付を受ける院外処方とに大別される。また,院外処方の場合,医療機関が特定の一つの受入薬局と提携し,患者が当該薬局に処方箋を持ち込むことを想定して処方箋を発行し,その患者において,受入薬局に処方箋を持ち込み,薬局が処方箋に従って調剤するいわゆるマンツーマン分業(点分業)と,医療機関が特定の受入薬局と提携せずに,患者が自由に調剤薬局を選択するに任せ,患者がいずれかの調剤薬局に処方箋を持ち込み,薬剤の処方・交付を受ける面分業との二つの形態があるとされている。 現状では,面分業を基本として院外処方を行っている医療機関は少なく,提携先の医療機関がない調剤専門の薬局はほとんどないとされている。このようにマンツーマン分業は,現状では医療業界では広く行われている医薬分業の態様であって,特殊なものではない。 イ本件における一審原告と一審被告の連携の実際本件においても,一審原告と一審被告は,それぞれの薬局・医院を開業する過程において,開業時期,両建物の位置関係,営業時間,使用薬品の確認,共同の接遇研修の実施等について綿密な打ち合わせのもとに実行に移しており,薬局・医院の開業後も院外処方箋の発行,それによる調剤,薬剤の貸借,共同のランチミーティングの実施等,両者が現実に密接に連携してそれぞれの の実施等について綿密な打ち合わせのもとに実行に移しており,薬局・医院の開業後も院外処方箋の発行,それによる調剤,薬剤の貸借,共同のランチミーティングの実施等,両者が現実に密接に連携してそれぞれの事業を行っていたことなどに照らすと,一審原告と一審被告との間には,処方箋発行に関し相応の合意があったと認められるのであり,これをもって,マンツーマン分業契約少なくとも院外処方箋発行契約が締結されたとする一審原告の主張にも,相当の根拠があるというほかない。 ウ上記合意の解釈の必要性しかし,後記のとおり,医療機関と調剤薬局との間では,処方箋発行に関しては,その発行の態様の如何にかかわらず,合意内容について契約書等の書類は交わさないように行政指導がされており,このことは医療関係者にとっては周知の事実であると認められる。そして,このような医薬分業の在り方に関する法令や行政指導の実際が,医薬分業に関し何らかの意思表示,合意を指向する当事者に規制的に働き,抑制的効果をもたらすであろうことも,容易に知り得るところである。現に,一審原告と一審被告との間にも,前記処方箋発行に関する合意につき契約書等の書類は交われていない。 そうすると,上記合意は,連携を指向することが,医院にとっても薬局にとっても好都合であるという双方の利害の一致を原因とした,「単なる事実上の約束,協力・協同関係の確認」をしたにとどまるのか,それを越えて一審原告が主張するように,黙示的に,マンツーマン分業契約あるいは処方箋発行契約という,合意の当事者を拘束し,損害賠償請求権の発生根拠となり得る「契約」にまで高められていたものかについては,さらに,医薬分業に関する法令及び行政指導の実際との関係において,合意の当事者間の意思表示に包含される効果意思の内容に立ち入って,その合意の意味するとこ 契約」にまで高められていたものかについては,さらに,医薬分業に関する法令及び行政指導の実際との関係において,合意の当事者間の意思表示に包含される効果意思の内容に立ち入って,その合意の意味するところを解釈することが必要になる。 (3) 合意の当事者の効果意思の検討ア医薬分業に関する法令及び行政指導の実際,医薬分業の在り方(ア) 医師法及び薬剤師法医師法は,医師に対し,一定の例外の場合を除いて,処方箋の交付義務を課し(22条),薬剤師法は,医師等による例外の場合を除き,薬剤師以外の者による販売又は授与の目的での調剤を禁止し(19条),また,「薬剤師は,医師,歯科医師又は獣医師の処方せんによらなければ,販売又は授与の目的で調剤してはならない。」と定め(23条1項),さらに,「調剤に従事する薬剤師は,調剤の求めがあった場合には,正当な理由がなければ,これを拒んではならない。」と規定している(21条)。両法を併せると,法は,医薬分業を是としていることが明らかである。 そして,医薬分業は,医師と薬剤師のそれぞれの専門性を生かしながら協同して患者本位の良質の医療を提供すること,即ち,医療品の適正使用の観点から薬剤師が医師の処方箋に基づき正しく調剤するとともに,患者に対する服薬指導,薬歴管理及び相互作用のチェック等を行うことにより薬物療法の有効性と安全性を確保することにあると考えられる。そして,その目的を達成するためには,調剤薬局が医療機関から独立してその業務にあたることが,制度的にも確保されていることが不可欠であると考えられる。 (イ) 厚生省令厚生省令(平成9年当時,以下同じ。)は,調剤薬局の医療機関からの独立性を確保する観点から,以下のように規定している。 ① 保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則第2条の3保険薬局は,その 省令厚生省令(平成9年当時,以下同じ。)は,調剤薬局の医療機関からの独立性を確保する観点から,以下のように規定している。 ① 保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則第2条の3保険薬局は,その担当する療養の給付に関し,次の各号に掲げる行為を行ってはならない。 一保険医療機関と一体的な構造とし,又は保険医療機関と一体的な経営を行うこと。 二保険医療機関又は保険医に対し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として,金品その他の財産上の利益を供与すること。(甲14の2)② 保険医療機関及び保険医療養担当規則第2条の5a 保険医療機関は,当該保険医療機関において健康保険の診療に従事している保険医(以下「保険医」という。)の行う処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行ってはならない。 b 保険医療機関は,保険医の行う処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として,保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受してはならない。 ③ 同規則第19条の3a 保険医は,処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行ってはならない。 b 保険医は,処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行うことの対償として,保険薬局から金品その他の財産上の利益を収受してはならない。(甲14の3)そして,上記「指示等」には,「誘導」も含むと解されている。 (同)(ウ) 薬局業務運営ガイドラインまた,薬局自らが自主的に達成すべき目標であると同時に,薬局に対する行政指導の指針として,薬局の業務運営の基本事項について厚生省が平成5年4月に定 ている。 (同)(ウ) 薬局業務運営ガイドラインまた,薬局自らが自主的に達成すべき目標であると同時に,薬局に対する行政指導の指針として,薬局の業務運営の基本事項について厚生省が平成5年4月に定めた薬局業務運営ガイドラインは,「薬局は国民が自由に選択できるものでなければならない。」とした上,「医療機関,医薬品製造業者及び卸売業者からの独立」として,次のとおり定めている。 ① 薬局は医療機関から経済的,機能的,構造的に独立していなければならない。 ② 薬局は医療機関と処方せんの斡旋について約束を取り交わしてはならない。 ③ 薬局は医療機関に対し処方せんの斡旋の見返りに,方法のいかんを問わず,金銭,物品,便益,労務,供応その他経済上の利益の提供を行ってはならない。(甲15,乙15の1)(エ) 厚生省薬務局企画課長の各都道府県衛生主管部(局)長あて通知そして,上記ガイドラインの運用について同月30日付けで発せられた同省薬務局企画課長の各都道府県衛生主管部(局)長あて通知には,医療機関,医薬品製造業者及び卸売業者からの独立について,「薬局は医療機関から経済的,機能的,構造的に独立していなければならないとは,保険薬局としての適格性に欠けるいわゆる第二薬局は,薬務行政上も適切とは言えないということである。」,「医薬分業の趣旨や薬局の基本理念からして薬局と医療機関との間で処方せんをその薬局に斡旋する旨の約束をすることは,形式のいかんを問わず,また,いずれがイニシアチブをとったかの別を問わず,一切禁止されるものである。また,薬局は,処方せん斡旋の見返りに医療機関に対し,いかなる方法によっても経済的な利益を提供してはならず,経済的な利益の提供を行った事実が判明した場合には,直ちに中止を命ずる等指導の徹底を図られたい。」と記載されている。(乙1 りに医療機関に対し,いかなる方法によっても経済的な利益を提供してはならず,経済的な利益の提供を行った事実が判明した場合には,直ちに中止を命ずる等指導の徹底を図られたい。」と記載されている。(乙15の2)(オ) 専門家の意見調剤薬局と医療機関との間のマンツーマン分業に関し,その合意の効力を肯定し,上記薬局業務運営ガイドラインないし厚生省薬務局企画課長通知は行政指導の指針であって法的強制力はないとする専門家も,そのような合意を書面として作成しないよう指導する旨陳述し(甲83,甲43も同旨),一審原告の代表者の夫で,医業経営コンサルタントの認定登録を受け,社団法人日本医業経営コンサルタント協会の会員たる立場にあり,厚生行政に通暁していると言うDも,契約書を交わすことは福岡県の指導で禁止されており,これを交わさないのが実情であると述べている。(甲46,乙5,証人D)(カ) 医薬分業の在り方上記(ア)ないし(オ)の事実に証拠(甲78の1ないし4,79,乙16,17)を併せると,医療機関と薬局が医薬分業に関して締結した合意の効力を否定する明白な規定は存在しないものの,法の目指す医薬分業の在り方は,面分業(医療機関が受入薬局と連携せずに,患者が自由な意思で調剤薬局を選択し,いずれかの調剤薬局に処方箋を持ち込み,薬剤の処方・交付を受ける分業)であって,特定の医療機関と特定の薬局が結び付くことは,医薬分業の本旨に悖るものとして,極力これを避けるべきものとするのが,法の精神であり,行政もその精神に沿って,医薬業界の指導に努めてきたものと認められる。 そして,合意を書面で交わすことを排除しようとする行政指導が,医薬分業に関し法的拘束力のある契約を締結すること自体は差し支えないが,それを証する契約書という書面の作成を排除しようとしているものでは そして,合意を書面で交わすことを排除しようとする行政指導が,医薬分業に関し法的拘束力のある契約を締結すること自体は差し支えないが,それを証する契約書という書面の作成を排除しようとしているものではなく,契約の締結それ自体を排除しようとしていることも明らかであると言うべきである。 イ前記合意の当事者の医薬分業の在り方に関する認識前記認定事実によれば,一審原告及び一審被告は,それぞれ調剤薬局及び医院を開設する主体として,医薬分業に関する法令及び行政指導の実際,医薬分業の本来の在り方を当然承知していたと推認される。一審原告代表者は,薬剤師の資格を持たない家庭の主婦であるが,夫であるDが特定の医療機関との間で,処方箋を回してもらう旨の合意を書面で交わすことが禁止されていることを知悉していたところから,一審原告代表者自身も,そのことを承知の上で前記合意に至ったものと推認される。 ウ契約の成否,債務不履行責任の有無そして,このような医薬分業の在り方に関する法令や行政指導の実際が,医薬分業に関し何らかの意思表示,合意を指向する当事者に規制的に働き,抑制的効果をもたらすことは前示のとおりである上,上記合意は,双方が協力,協同して正常に実行に移す限り,当面双方の利害が一致しており,双方に相応の好都合,便宜をもたらすのに対し,これを法的拘束力のあるものとすると,殊に一審被告にとっては,本来実情に応じて変容し得るはずの自らの医院経営の在り方を将来にわたって規制される反面において,一審原告の経営の安定を保証させられるかのような効果を受忍せざるを得ない不衡平な状況に置かれる内実を有するものであるから,これを回避する意思が働くものと考えられる。また,一審原告についても,合意を書面で交わすことが禁止されていることを承知していたと推認され,したがって, 平な状況に置かれる内実を有するものであるから,これを回避する意思が働くものと考えられる。また,一審原告についても,合意を書面で交わすことが禁止されていることを承知していたと推認され,したがって,その趣旨が書面の作成を排除するにとどまらず契約の締結それ自体を排除しようとしていることも認識していたと考えられるから,前示の医薬分業に関する法令,行政指導の実情及び医薬分業の在り方の下では,一審被告との前記合意につき,双方間の信頼関係が存続する限りは事実上尊重されるとの期待を抱いていたとしても,それを越えて法的拘束力あるものとして保護されるとまで考えていたと認めるのは相当でない。 そうすると,前記合意の双方の効果意思は,「単なる事実上の約束,協力・協同関係の確認」にとどまるのであって,その違背の際に「損害賠償請求権の発生根拠となり得る法律的効果を欲する意思」「必要とあれば法律的手段に訴える意思」を包含するとは認められないのであるから,一審原告の主張するマンツーマン分業契約あるいは院外処方箋発行契約の成立は認められない。 そして,「損害賠償請求権の発生根拠となり得る法律的効果を欲する意思」「必要とあれば法律的手段に訴える意思」を欠き,「単なる事実上の約束,協力・協同関係の確認」にとどまる前記合意は,一審被告が主張するように,医師と薬局の信頼関係の形成,確立,維持という地道な努力にその存立の基盤を有するものであって,なにがなんでも法の力によってその実現を図ろうとする法的拘束力にその存立の基盤を有するものではない。それが合意の当事者の意思であったと認められる。また,その合意の存立の基盤である双方の信頼関係が崩壊したことから,本件紛争が生じていると言って差し支えない。加えて,その信頼関係の崩壊の原因ないし責任の所在は問うところではない。 したがっ れる。また,その合意の存立の基盤である双方の信頼関係が崩壊したことから,本件紛争が生じていると言って差し支えない。加えて,その信頼関係の崩壊の原因ないし責任の所在は問うところではない。 したがって,債務不履行を理由とする一審原告の本訴請求は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がない。 2 不法行為の成否について以上に見てきたところによれば,一審原告が言う一審被告から院外処方箋の発行を受け得る地位は単なる事実上の地位にすぎず,法的保護に値する地位,期待権があるとは認められないから,一審原告の不法行為に基づく損害賠償請求も理由がない。 3 結論よって,一審原告の本訴請求は全部理由がないのに,その一部を認容した原判決は不当であるから,一審被告の控訴に基づき,原判決中一審被告敗訴部分を取り消して,一審原告の請求を棄却し,一審原告の本件控訴を棄却することとする。 福岡高等裁判所第1民事部裁判長裁判官宮良允通裁判官石井宏治裁判官野島秀夫
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