平成14年(ワ)第26801号 (平成16年12月20日判決言渡)平成16年12月20日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成14年(ワ)第26801号預金払戻等請求事件口頭弁論終結の日平成16年10月4日判決 主文 3 Yは,Xに対し,金600万円及びこれに対する平成14年12月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 4 XのZに対する請求を棄却する。 5 訴訟費用は,Xに生じた費用の3分の2とYに生じた費用を同被告の負担とし,Xに生じたその余の費用とZに生じた費用をXの負担とする。 6 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 Yに対する請求(1) (主位的請求)主文1項と同じ(2) (予備的請求)Yは,Xに対し,金600万円及びこれに対する平成14年12月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 Zに対する請求Zは,Xに対し,金600万円及びこれに対する平成14年12月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は被告らの負担とする。 4 仮執行宣言第2 事案の概要 1 本件は,Xが,XのYに対する預金について,当該預金の通帳が何者かに盗まれた後,Yの窓口において同通帳を提示した者の請求に応じて当該預金の払戻しが行われたと主張して,Yに対し,主位的に,①預金契約に基づく600万円の預金払戻し及びこれに対する訴状送達の日の翌日から商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(請求1(1))を求め,予備的に,②Yにおいて過誤払い防止策を講ずべき ①預金契約に基づく600万円の預金払戻し及びこれに対する訴状送達の日の翌日から商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(請求1(1))を求め,予備的に,②Yにおいて過誤払い防止策を講ずべき注意義務に違反した過失があり,これによって前記払戻金相当額の損害を被ったとして,不法行為に基づく払戻金相当損害金600万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(請求1(2))を求めるとともに,Zに対し,③Zにおいて,過誤払い防止策を講ずべき注意義務に違反した過失があり,これによって前記払戻金相当額の損害を被ったとして,不法行為に基づく払戻金相当損害金600万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(請求2。請求1とは単純併合)を求めた事案である。 2 前提事実(証拠を括弧書きしたほかは,当事者間に争いがない。)(1) Yは,平成14年1月15日,株式会社三和銀行と株式会社東海銀行が合併したもので,肩書地に本店を置き,銀行業を営むものである。 Zは,東京都内に本店又は支店を有する銀行(Yを含む。)を社員(会員)とする社団法人であって,銀行業務の改善進歩を図り,一般経済の発展に資することを目的として,①銀行営業及び銀行業務一般に関する社員,関係官庁,その他との連絡,②金融及び経済に関する調査及び研究,③銀行職員の養成教育,④銀行に関する広報等について事業を行っており,社団法人全国銀行協会の特別会員である。 (2) Xは,昭和61年7月9日,Y(旧三和銀行)本郷支店に普通預金口座(口座番号61585。以下「本件口座」という。)の開設を受けており(乙3),平成14年4月3日に行われた後記払戻しの直前における残高は636万3301円であった。 本件口座開設の際 普通預金口座(口座番号61585。以下「本件口座」という。)の開設を受けており(乙3),平成14年4月3日に行われた後記払戻しの直前における残高は636万3301円であった。 本件口座開設の際の「印鑑届」(乙3)には,Xの氏名,住所及び電話番号が記載されているほか,「お届け印」として,Xの印章が押印されているが,昭和62年4月15日付けで改印手続が採られ,改印後の印章(以下「本件印章」という。)が押印されている(以下,印鑑届上にある本件印章による印影を「届出印影」という。)。また,本件口座の預金通帳(以下「本件通帳」という。)には,平成14年4月3日当時,本件印章による印影(いわゆる副印鑑)が貼付されていた。また,Xは,昭和62年4月15日及び平成8年8月9日付けで住所変更届をしており,その後も転居していたが,住所変更届をしていなかった。 (3) 平成14年4月2日,Xは転勤に伴い直前に転居した群馬県太田市a町b番地c号において,本件通帳の盗難にあった。なお,本件印章は,Xが別に保管していたため,盗難にあわなかった(甲イ1,4)。 (4) 平成14年4月3日,Y本郷支店で窓口業務を担当していたDは,本件通帳を持って同支店を訪れた男性から,本件口座から600万円を払い戻して株式会社三井住友銀行綱島支店のE名義の普通預金口座に振込送金するよう依頼され,払戻し及び振込手続を行った(以下「本件払戻し」という。)。 (5) Xは,平成14年4月14日ころ,本件口座からキャッシュカードで預金の払戻しをしようとしたところ,残高が少ないのに気づき,Yに問い合わせし,同月22日,住所変更届とともに取引明細表発行依頼をして,同月26日,取引明細表の送付を受けて本件払戻しが行われたことを知り,同月30日,本件通帳の喪失届をし,同年5月1日,警察に盗難届出を せし,同月22日,住所変更届とともに取引明細表発行依頼をして,同月26日,取引明細表の送付を受けて本件払戻しが行われたことを知り,同月30日,本件通帳の喪失届をし,同年5月1日,警察に盗難届出をした(甲イ1,4,乙5,51)。 (6) Y(旧三和銀行)では,預金通帳に届出印と同じ印影を貼付する制度(いわゆる副印鑑制度)を平成13年5月21日をもって廃止した。 3 争点及び当事者の主張(1) 本件払戻しが債権の準占有者に対する弁済として有効か(Yに対する請求1(1)に対する抗弁の成否)。 ア Y本件払戻しは,その払戻請求者が正当な受領権限を有していなかったとしても,債権の準占有者に対する弁済に該当するから,Xの預金払戻請求権は消滅している。 (ア) 過失の有無に関する基準預金制度においては,預金者の利便性と,大量の事務を円滑に処理する必要性から,払戻請求書に押印された印影と銀行届出印の印影とを対比して確認することにより,払戻請求者等の権限を確認することとされている。判例上も,このような預金制度を前提として,金融機関における預金払戻手続においては,盗難届が提出されている場合や払戻請求者に不審な挙動がみられるなど,当該払戻手続をする者が正当な権利者でないことが印影照合担当者にとって容易に判断し得る場合を除いては,払戻請求書に押印された印影と銀行届出印の印影又は副印鑑とを肉眼による平面照合により印影の一致を確認すれば,民法478条により正当な預金の払戻しとされる。 したがって,特段の事情が存在しない限り,偽造印であっても,払戻請求書に押印されている印影と銀行届出印の印影が一致している限り,当該預金払戻しは有効である。そして,両印影の一致を確認した際に,払戻請求者につき,特に不審を抱かせ ない限り,偽造印であっても,払戻請求書に押印されている印影と銀行届出印の印影が一致している限り,当該預金払戻しは有効である。そして,両印影の一致を確認した際に,払戻請求者につき,特に不審を抱かせるような具体的事情が存在しない場合には,金融機関は,暗証番号確認はもちろん,他の確認手段で払戻請求者の受領権限を確認する必要は存在しない。 また,Yは,これまで,それなりの経費を負担しながら盗難通帳による被害抑止のための対策を実施し,その結果,被害を激減させるという成果を生んでいるのであり,判例理論を変更してYを始めとする金融機関に新たな法的義務を課す合理的理由は存しない。 (イ) 本件においてYに過失がないこと印影照合手続における過失の有無は,その事務に習熟した担当者が,迅速性が要求される限られた時間の中で,肉眼をもって本件払戻請求書の印影(以下「払戻印影」という。)と届出印影又は副印鑑とを慎重に熟視して平面照合し,別異の印章による印影であることが発見し得るのに,そのような印影の相違を看過したかどうかによって判断される。また,同一の印章によって顕出された印影であっても,朱肉の材質,付き具合,押印したときの力の入れ具合,印章の摩耗,欠損の程度,印影が顕出される紙の状態,性状,紙が置かれる面の状態等によって微妙な相違が生じることは避けられない。したがって,払戻請求書と印鑑届の印影に相違があってもそれはいわば当然のことであり,印影照合によって尽くすべき業務上の注意を払っているか否かは,相違があるかどうかではなく,相違があってもそれが押印条件の違いから生じる範囲内のものといえるかどうかにかかっている。 Xは,①払戻印影(別紙伝票印)の枠が届出印影(別紙届出印)に比して縦方向に短いこと,②払戻印影の「姜」の てもそれが押印条件の違いから生じる範囲内のものといえるかどうかにかかっている。 Xは,①払戻印影(別紙伝票印)の枠が届出印影(別紙届出印)に比して縦方向に短いこと,②払戻印影の「姜」の第6画の左部分のみが細いこと,③払戻印影の「姜」の第7画の「く」右下部分が枠と接していないが,届出印影では接合していることを指摘する。しかし,①については,朱肉の量等により枠の各線が太くなればその分だけ長さが違ってくるし,そもそも枠の縦方向の長さを実測すると,払戻請求書(乙2)も印鑑届(乙3)も同じく11mmであり違いはない。②及び③についても,朱肉の付着のムラや押印圧力等により線が切れたり細くなることは珍しいことではない。このような相違は,印章の使い込みによる変化や部分的欠落,紙の状態,押印する力の入れ方,朱肉の付き方等により生じ得る範囲の相違にすぎない。 したがって,払戻印影と,届出印影は同一の印章によるか,仮にそうでなくとも銀行の預金担当者が相当の注意を払って平面照合したとしても,両者の印影が異なるものだとは容易に判別できないものであったから,本件におけるXの払戻しにおける印影照合は,相当であったというべきである。 さらに,預金の払戻金額は,預金者がその資金需要に応じて任意に決めるものであって,多数の預金者の預金残高が千差万別であり,その資金需要の態様も様々であることに鑑みれば,高額であるとか,たまたま払戻金額が残高に占める割合が高いとか,過去の払戻実績よりも高額であるというようなことは珍しいことではなく,このような事情をもって不審事由であるとか盗難通帳と疑わせる特異な取引であるなどということはできない。 したがって,本件において,両印影の一致を確認したにもかかわらず,他の確認手段で払戻請求者の受領権限 もって不審事由であるとか盗難通帳と疑わせる特異な取引であるなどということはできない。 したがって,本件において,両印影の一致を確認したにもかかわらず,他の確認手段で払戻請求者の受領権限を確認しなければならないような特段の事情は存在しない。 イ X本件払戻しは,弁済受領権限のない者に対して行われたものである。そして,Yが払戻請求者を受領権限ある者と信じたことについて過失がないということはできないから,本件払戻しが準占有者に対する弁済として有効となることはない。 (ア) 過失の有無に関する基準最高裁昭和46年6月10日第一小法廷判決・民集25巻4号492頁は,手形・小切手の支払に際して印影照合を行う場合の銀行の注意義務に関し,特段の事情のない限り平面照合の方法で足りるとしているが,その一方で,照合事務担当者に対し,社会通念上一般に期待されている相当の注意をもって慎重に事を行うことを要求し,銀行実務の実情が必ずしも是認されるわけではないとしている。したがって,従前の取扱いあるいは慣行に従っていれば責任を免除されるというものではなく,銀行の過失の有無を判断するには,社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって印影照合に当たったといい得るか否かが検討されなければならない。 そして,本件払戻しが行われた平成14年4月当時,①スキャナー等の高性能化により,印影の偽造が極めて容易になり,平成10年ころから預貯金の過誤払いの被害が多発していたこと,②盗難通帳による過誤払いの深刻な被害状況を受けて,平成11年9月6日,警視庁から各都市銀行に対して,過誤払い被害の多発と,これを防止する策を講ずるよう要請する文書が出されており,Yにおいても,本件払戻しがされた平成14年4月までの間に,過 受けて,平成11年9月6日,警視庁から各都市銀行に対して,過誤払い被害の多発と,これを防止する策を講ずるよう要請する文書が出されており,Yにおいても,本件払戻しがされた平成14年4月までの間に,過誤払いを防止するための具体的な窓口対策を講ずる時間的余裕が十分にあったこと,③ATMによる払戻しにおいては,払戻額の上限が設けられ,暗証番号の確認の手続が採られており,ATMでの払戻手続よりも,高額の取引が行われる窓口での払戻手続の方が,預金の安全性確保の面で劣る状況になっていたこと,④郵便貯金については,払戻請求者の受領権限の正当性を確認することが必要とされ,一定の場合には払戻請求者に対して証明資料の提示を求めることが類型的に定められているため,印影の同一性を確認しただけで正当な払渡しになるわけではなく,銀行預金との間に安全性に差異が生じていたこと等の事情があったから,預金払戻しの際の受領権限確認に関して,「特段の事情のない限り,印影の平面照合で足りる」とする従来の基準は,明らかに社会的相当性を欠くものとなっている。 そこで,預金払戻しの際の受領権限確認に当たっては,無権限者による払戻請求である可能性の高さ及び被害の重大性に鑑みて,過誤払いの危険性が高いと考えられる一定の類型的場合,印影照合以外の手段を用いて払戻請求者が正当な権利者であることを確認する義務があるというべきである。 具体的には,定期預金,定期積立の解約の場合,払戻請求額がおおむね50万円以上の場合,払戻請求額が預金残高のほぼ全額又は過去の払戻履歴からみて突出した金額である場合等の特異な払戻しの場合には,印影照合に加えて,①筆跡照合,②払戻請求者にキャッシュカードの暗証番号を確認する,③預金者が個人の場合には写真付き身分証明書を確認し,預金者が法人 出した金額である場合等の特異な払戻しの場合には,印影照合に加えて,①筆跡照合,②払戻請求者にキャッシュカードの暗証番号を確認する,③預金者が個人の場合には写真付き身分証明書を確認し,預金者が法人等の団体の場合には,電話による確認を行う,④払戻請求者が本人か代理人であるかを尋ね,本人であれば,住所,生年月日,電話番号等の個人情報を尋ね,代理人であれば,これに加えて,本人との具体的な関係や身分を確認するため個人情報を尋ねるなどの方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するか否かを確認する注意義務があるというべきである。また,これらに該当しなくとも,何らかの契機により,銀行の窓口で預金の払戻請求をしている者が正当な受領権限を有しないのではないかと疑わしめる事情が存在した場合には,同様の確認を行う注意義務がある。 また,印影照合に当たっては,盗難通帳及び偽造印影による不正払戻請求の可能性があることを認識した上で,朱肉の色がロビー備付けの朱肉の色と異なっていないか,印章を押印した凹凸があるか,印影の文字が太く,スタンプのように見えないか,といった点に注意する義務を負うというべきである。 (イ) 本件においてYに過失がないとはいえないこと本件払戻しは,払戻金額が600万円と高額であること,払戻金額が預金残高の約94%と高率であること,払戻金額が過去の払戻実績に比べて突出した金額であること,平成11年4月1日から本件払戻しに至るまで,Y本郷支店の窓口における払戻しが一度も行われていなかったこと等の特徴があり,盗難通帳による不正払戻請求が多発している状況下においては,不正払戻請求の可能性を当然疑うべき事案であった。 したがって,過誤払い防止のためには印影照合以外の権限確認をする必要があり,Yは,印影照 よる不正払戻請求が多発している状況下においては,不正払戻請求の可能性を当然疑うべき事案であった。 したがって,過誤払い防止のためには印影照合以外の権限確認をする必要があり,Yは,印影照合以外に,暗証番号を確認する,偽造のチェックをした上で写真付き身分証明書を確認するなどの方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認すべき義務があり,それを怠って漫然と払戻しに応じた過失がある。 さらに,払戻印影(別紙伝票印)と届出印影(別紙届出印)には,①払戻印影の円周は,届出印影の円周と比較して,一見して縦方向の長さが短い,②払戻印影は,届出印影と比較して,「姜」の第6画の左部分のみが細い,③払戻印影は,「姜」の第7画の「く」右下部分が印影円周部分と接していないが,届出印影では接合しているといった,肉眼による平面照合の方法をもってしても容易に判別し得る相違点が認められる。 このように,届出印影と払戻印影には明らかな相違があるが,Yの窓口担当者であるDは,本件払戻しの際,印影の押し直しを求めることさえせず,漫然と払戻しに応じており,平面照合においても判別し得る印影の相違があるのにこれを見逃した過失がある。また,平面照合によって判別するのが困難であるとしても,本件払戻し当時は,過誤払い被害が多発していたこと,極めて高額・高率な払戻しであること等に鑑みれば,折り重ね照合や拡大鏡による照合等による一層慎重な印影照合を行うべきであったのに,これを怠った過失がある。 (2) Yに過誤払い防止策を講ずべき注意義務に違反した過失があるか(Yに対する請求1(2)の成否)。 ア X前記のとおり,平成10年ころからのピッキング被害の増加,スキャナー等による印影あるいは印章偽造の技術の進歩といった状況の した過失があるか(Yに対する請求1(2)の成否)。 ア X前記のとおり,平成10年ころからのピッキング被害の増加,スキャナー等による印影あるいは印章偽造の技術の進歩といった状況の変化により,①届出印は,故なく本人の意に反して他人の手に渡ることは希であること,②印影の偽造は困難であること,という印影照合による権限確認機能の前提条件となる経験則が崩壊していた。したがって,印影照合のみに立脚して権限確認を実施したり,不審事由がある場合だけに追加的確認を実施するのでは,過誤払いの増加を防止できないことは自明であった。 したがって,Yは,過誤払いの発生を防止するため,①副印鑑制度の早急な廃止及び副印鑑が貼付されている預金通帳の早急な回収を行う,②過誤払い防止のために職員研修・教育をする,③預金者及び社会一般に対して,過誤払い多発を知らせたり,その防止策への協力を呼びかけるなどの広報を行う,といった注意義務を負っていた。 本件払戻しの効果がXに帰属すると,Xの預金債権はその払戻額の限度で消滅するが,Xの預金債権の消滅は,Yがこれらの義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったことによって生じたものである。 イ YYは,盗難通帳による払戻しの多発を受けてその抑止のために複数の対策を実施し,過誤払いの被害を激減させるという成果を生んでいる。 そして,過誤払い防止策を講じるに当たっては,従前の預金払戻実務との連続性,対策の実施により預金者が受ける負担,払戻しを巡る店頭でのトラブルの可能性,決済口座としての円滑な払戻確保,預金約款との整合性,対策の費用対効果,盗難通帳による払戻件数の動向等の要素を総合的に考慮した上で,社会の経済活動を支える決済機能の維持,金融サービス業として預金者の利便性確 しての円滑な払戻確保,預金約款との整合性,対策の費用対効果,盗難通帳による払戻件数の動向等の要素を総合的に考慮した上で,社会の経済活動を支える決済機能の維持,金融サービス業として預金者の利便性確保,私企業としての経済合理性等の要請に応えつつ預金の安全を可能な限り確保しようと努めているのであって,Xの主張するような注意義務違反はない。 (3) Zに過誤払い防止策を講ずべき注意義務に違反した過失があるか(Zに対する請求2の成否)。 ア XZは,前提事実記載の事業を行っているところ,銀行業務の公益性から,一定の場合には,預金者に対し直接の義務を負う。 そして,遅くとも平成10年ころから,盗難通帳等を用いた過誤払いの被害が多発しており,預金者の財産に対する差し迫った危険が存在していたこと,Zは,平成11年11月24日に金融機関防犯連絡会会議において,警視庁から,過誤払い被害多発の状況に鑑み,被害防止策を講ずるよう要請を受けたほか,新聞各社の報道を通じ,過誤払い被害が多発している状況を認識し又は認識し得たこと,また,それ以前にも,Zは,各銀行から過誤払いの被害の情報を得ており,その被害が多発していることを認識し又は認識し得たこと,預金者が預金通帳や届出印等を窃取されないように対策を講じるだけでは過誤払いの被害の防止には不十分であり,Zが対策を講じなければ,過誤払い被害を防止することが困難であったことが認められる。 そうすると,Zは,加盟各行に対し,警視庁の要請の内容を迅速かつ正確に伝達すること,銀行窓口にて過誤払いを可及的に防止するために,印影照合に頼らない権限確認を行うための約款モデル案を作成し,加盟各行に伝達すること,加盟各行の職員に対し,窓口での過誤払い防止のための教育を行うこと,一般に対する過誤 いを可及的に防止するために,印影照合に頼らない権限確認を行うための約款モデル案を作成し,加盟各行に伝達すること,加盟各行の職員に対し,窓口での過誤払い防止のための教育を行うこと,一般に対する過誤払い多発とその防止策への協力呼びかけ等の広報を行うこと等を内容とする作為義務を負っていたというべきである。 また,Zは,昭和40年代に,全国銀行協会連合会(現在の全国銀行協会)と事務所を同じくし,副印鑑制度を用いた普通預金規定のひな形の作成に関与して,加盟各行にひな形を配布するという先行行為を行っているところ,過誤払い被害の多発によって,預金の安全性に関する重大な問題がひな形に存在することが明らかとなったのであるから,先行行為に基づき,ひな形の問題点を解消するために前記作為義務を負っていたというべきである。 しかしながら,Zがこれらの作為義務を怠ったため,Xは,本件払戻金相当額の損害を被った。 イ ZXの主張するような事情や先行行為に基づいて,ZがXに対し,直接に作為義務を負担することはない。 Zは,個々の預金者との間で一定の法的義務を負担しないことから公益法人の法人格を付与されている。したがって,Zが公益法人であることを理由として,Zの構成員であるYの預金者であるXに対して直接に作為義務を負担させることはできない。また,定款に掲げる事業目的は,権利能力の範囲を画するものであり,Zの第三者に対する法律上の権利義務とは何ら関係がない。 さらに,Zは,普通預金規定のひな形の作成に関与したわけではなく,Xに対して作成したわけでもない。このひな形は,多くの銀行がそれぞれの経営判断によって副印鑑制度を採用した事実を前提として作成したにすぎず,Zが先行行為に基づいてXに対して直接の作為義務を負担するとい 対して作成したわけでもない。このひな形は,多くの銀行がそれぞれの経営判断によって副印鑑制度を採用した事実を前提として作成したにすぎず,Zが先行行為に基づいてXに対して直接の作為義務を負担するということもできない。 なお,Zは,警視庁が金融機関防犯連絡会会議において提供する情報を,Yに対して迅速かつ正確に伝達する義務を負担するものではないし,まして個々の預金者であるXに対してそのような義務を負ってはいない。実際にも,Zは,警視庁から,各都市銀行に対して前記情報と同一の内容の書面を直接送付したとの連絡を受けていたから,Zが重ねて各都市銀行に対して伝達する必要はなかった。 第3 当裁判所の判断 1 証拠(甲1の1ないし9,2,4の1ないし4,5の1ないし4,9の1ないし3,35,51の1・2,52,甲イ3の1・2,4ないし6,甲ニ6,乙2ないし4,9,15,17,36,38,49,証人F,同D)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 盗難通帳等による過誤払いの状況平成10年末ころから,会社事務所等に侵入し,預金通帳や印章等を窃取した上,銀行の窓口において多額の預金を引き出す事案が多く発生していた。警視庁は,こうした状況を受けて,平成11年9月6日,Y(合併前の旧三和銀行及び旧東海銀行)を含む都市銀行9行に対し,「盗難通帳等使用による預金引出し事案の防止について(依頼)」と題する書面を交付して注意を喚起するとともに,同年11月24日,金融機関防犯連絡会会議において,Z等の金融機関の団体担当者に対し,前記書面の控えを交付して,協力を要請した。同書面には,「開店間もない時間に会社等名義の多額の預金を普段見かけない人が引出しに来た場合や,挙動が不審であると思われるような場合は,会社に確認の電話をしていただ 控えを交付して,協力を要請した。同書面には,「開店間もない時間に会社等名義の多額の預金を普段見かけない人が引出しに来た場合や,挙動が不審であると思われるような場合は,会社に確認の電話をしていただくか,確認がとれない場合には警察へ通報していただくなど,盗難被害に遭った通帳等を使われないように留意していただきたい」とされていた。 平成12年には,新聞紙上において,空き巣や事務所荒らし等の被害が平成11年ころから激増しており,盗んだ預金通帳の副印鑑をパソコン,スキャナー等で複製して,銀行窓口で現金を引き出す事件が急増していることが相次いで報道されるようになった。 また,副印鑑については,預金通帳の紛失盗難事故が発生した場合に,届出印鑑が知られてしまう危険性があるとして,盗難通帳による払戻しの防止の観点からは廃止が望まれていたところ,平成11年10月,株式会社東京三菱銀行が印鑑照会システムを導入した上で副印鑑制度を廃止した。さらに,平成12年から平成13年にかけて,複数の地方銀行等において,副印鑑制度を廃止するようになり,Yも,平成13年5月21日(旧東海銀行については合併日の平成14年1月15日)に副印鑑制度を廃止した。 平成16年,社団法人全国銀行協会は,正会員及び準会員181行を対象とした「盗難通帳による払出し件数・金額等に関するアンケート結果」について,平成12年度(会計年度。以下同じ)から平成15年度までの盗難通帳による払出し件数及びその金額が,平成12年度において,1118件,21億78百万円,平成13年度において786件,16億58百万円,平成14年度において1294件,41億65百万円,平成15年度において674件,19億58百万円であることを発表した。 (2) Yにおける払戻手続の厳格化Y 86件,16億58百万円,平成14年度において1294件,41億65百万円,平成15年度において674件,19億58百万円であることを発表した。 (2) Yにおける払戻手続の厳格化Yでは,平成11年中旬ころから盗難通帳による払戻しが増加し始めたことから,この事態に対応するため,平成12年2月に盗難通帳対策(以下「平成12年対策」という。)を導入した。この対策の骨子は,50万円以上の他店払いの個人の払戻請求のときは,印影照合に加え,①当該店舗窓口において以前に払戻しをした実績があるか,②当該払戻しが同日における初めての払戻しか,③払戻請求直前に同口座への入金がないか,④預金通帳の備考欄に自店の店番号が半数以上あるか,⑤午前10時以降の払戻しか,という5項目チェックを実施し,これらのいずれかに該当しない払戻請求者については届出住所の記入を求め,住所が相違していたり記入の様子が不自然だったときは,さらに確認資料の提示を求めての確認等を行うというものであった。 平成12年対策の導入後,Yにおける盗難通帳による払戻件数は減少し,低減傾向は平成13年まで続いた。しかし,平成14年になると,同件数が再び増加するようになったため,平成14年12月,平成12年対策を基礎として,盗難通帳による払戻しの実例の紹介や盗難通帳対策強化月間の設定等により窓口担当者の盗難通帳に対する感度を高めるほか,自店払いや振込みによる払戻しについても極力確認を行うよう奨励するとともに,窓口担当者や営業店が自らの判断によって最初から権限確認資料の提示を求めることを勧めるなどの対策強化を行った。 (3) 本件払戻し平成14年4月3日午前10時33分ころ,Y本郷支店の窓口において,窓口業務を担当していたDは,払戻しに訪れた男性から,本件口座から60 めるなどの対策強化を行った。 (3) 本件払戻し平成14年4月3日午前10時33分ころ,Y本郷支店の窓口において,窓口業務を担当していたDは,払戻しに訪れた男性から,本件口座から600万円を払い戻して株式会社三井住友銀行綱島支店のE名義の普通預金口座に振込送金するよう依頼された。Dは,本件口座に係る普通預金通帳,払戻請求書及び振込依頼書各1通の提出を受けて,払戻請求書に押印された印影をコンピュータ画面上に映し出し,それをオンライン端末に登録されている届出印影と照合(印鑑オンラインシステムによる照合。同システムでは平面照合のほか重ね合わせ照合ができ,これをすることになっている。)して相違ないものと判断して,他には何らの本人確認等をせず,本件払戻しを行った。 Dは,平成13年1月,UFJスタッフサービス株式会社に銀行窓口業務専用として登録し,同年2月から平成14年4月末までY本郷支店において窓口業務に従事していた。なお,Dは,証人尋問において,印影照合に要する時間は数秒で,明らかに印影が違うように見えたら,上司に確認する旨証言している。 (4) 従前の取引状況本件口座に係るXの従前(平成11年4月1日以降)の取引では,Y本郷支店の窓口における払戻しが一度もされておらず,同支店のATMの利用も平成13年4月以降はなかったほか,平成12年11月16日に100万円,平成13年12月30日に300万円のATMによる出金があった以外は,100万円以上の出金はなかった。 (5) 印影の照合払戻印影(別紙伝票印)と届出印影(別紙届出印)とは,①払戻印影の円周は,届出印影の円周と比較して,縦方向の長さが短く,このことは,本件払戻担当者が行ったコンピュータ画面による重ね合わせ照合により明らかであり,②払戻印影 届出印影(別紙届出印)とは,①払戻印影の円周は,届出印影の円周と比較して,縦方向の長さが短く,このことは,本件払戻担当者が行ったコンピュータ画面による重ね合わせ照合により明らかであり,②払戻印影は,届出印影と比較して,「姜」の第6画の「一」の左側3分の1の部分のみが極めて細くなっており,かつ,③払戻印影は,「姜」の第7画の「く」の右下部分が印影円周部分と接していないが,届出印影では完全に接合しており,②及び③の印影の相違は,平面照合でも明らかである。 2 以上の認定事実に基づいて,争点(1)(本件払戻しが債権の準占有者に対する弁済として有効か。)について検討する。 (1) 前記認定のとおり,本件払戻しの当時,盗難通帳やこれに貼付された副印鑑を基にして偽造した印章ないし印影を悪用して,銀行の窓口で多額の預金を引き出す事案が多数発生しており,警視庁から注意喚起の文書が都市銀行等に配布され,新聞でも報道されるなどしていた上,Yとしても,過誤払いを防止する必要から,その対策を講じていたというのである。 Xは,こうした社会状況の変化に伴って,印影照合は本人確認としての機能を喪失したから,過誤払いの危険性の高い取引については,印影照合以外に,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認する義務がある旨主張する。 確かに,前記のような社会状況の変化は,預金払戻実務に無視できない影響を及ぼす程度に至っており,払戻請求者が正当な受領権限を有するかの確認に当たって「社会通念上一般に期待される業務上相当の注意」の内容を定めるには,こうした変化を考慮する必要があるといえる。 しかし,窓口での払戻しに当たり,届出印の印影と払戻請求書の印影との照合により払戻請求者の受領権限を確認することは,銀行業界における長年の慣行であり,現在でも を考慮する必要があるといえる。 しかし,窓口での払戻しに当たり,届出印の印影と払戻請求書の印影との照合により払戻請求者の受領権限を確認することは,銀行業界における長年の慣行であり,現在でも本人確認等もなく預金通帳及び届出印章のみによって払戻しが受けられると考える利用者(預金者又は同人から依頼された者)も多いと思われること,Xの主張するような本人確認義務が生ずるには,金融機関も,それに対応し得る態勢を整備する必要があること等からすれば,本件払戻し当時,印影照合が本人確認(受領権限確認)としての機能を喪失しているとして,一定の取引においてXの主張するような義務が一律に生じていたとまでいうことはできず,不正な払戻請求の可能性が疑われる場合にどう対応すべきかは,個々の状況に応じて判断されるものであり,一定の取引において印影照合以外に一律に払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認する義務があったということもできない。 そうすると,本件払戻しの当時,払戻請求者が受領権限を有するかどうかを確認する銀行の窓口担当者としては,特段の事情がない限り,払戻請求書の印影と届出印の印影との照合(印鑑オンラインシステムが導入されている場合には,これによる照合)を中心として確認を行えば足りるといえるが,その印影照合に際しては,偽造印章ないし偽造印影を悪用する事案が多発していることを十分に念頭においた上での慎重な照合を行うことが,社会通念上一般に期待されていたというべきである。そして,このような照合を行ったとすれば発見し得る印影の相違を見逃して払戻しに応じた場合には,受領権限確認についての銀行の過失は免れないというべきである。 (2) これを本件についてみると,前記1(5)認定の印影の相違は,偽造印章ないし偽造印影を悪用した払戻請求である に応じた場合には,受領権限確認についての銀行の過失は免れないというべきである。 (2) これを本件についてみると,前記1(5)認定の印影の相違は,偽造印章ないし偽造印影を悪用した払戻請求である可能性もあり得ることを十分念頭においた上で慎重に印影照合を行ったとすれば,従前の肉眼による平面照合の方法をもってしても容易に判別し得る相違であるということができる。したがって,これら印影の相違を見逃して本件払戻しに応じたYには,受領権限確認についての注意義務違反があったというべきである。本件払戻しの窓口業務に当たっていたDは,必ずしも印影照合事務に習熟していたとはいえないこと,また,明らかに印影が違うように見えるかという観点から印影照合をしていたことがうかがわれ,受領権限確認のより所となるべき印影照合事務を,金融機関としての銀行の印影照合事務担当者に対して社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に遂行したとは認めがたく,そのために前記印影の相違を看過したといわざるを得ない。 この点,Yは,同一の印章によって顕出された印影であっても,微妙な相違が生じることは避けられず,印影照合によって尽くすべき業務上の注意を払ったか否かは,印影の相違があってもそれが押印条件の違いから生じる範囲内のものといえるかどうかにかかっていると主張する。 しかし,前記印影の相違は,その内容及び程度からして,押印時における着肉量,押圧力,押圧台等の影響によるものであるとか,印章の経年変化によるものであるとみることは困難である。さらに,偽造印章ないし偽造印影を悪用する事案が多発している社会状況に鑑み,払戻印影と届出印影の前記のような相違を認識したのであれば,Yの窓口担当者としては,再度の押印を求めたり,払戻請求者から印章を借りて自ら押し直した 造印影を悪用する事案が多発している社会状況に鑑み,払戻印影と届出印影の前記のような相違を認識したのであれば,Yの窓口担当者としては,再度の押印を求めたり,払戻請求者から印章を借りて自ら押し直したり,払戻請求者から氏名,住所,生年月日等の本人情報を確認してみるなど,過誤払いを防止する措置を講ずる注意義務があったというべきである。加えて,本件払戻しには,払戻請求額が600万円と多額であること,払戻金額が預金残高の約94%と高率であること,本件口座に係るXの従前の取引では,Y本郷支店の窓口における払戻しが一度もされていなかったほか,平成12年に100万円,平成13年に300万円のATMによる出金が一度ずつあった以外に100万円以上の出金はなかったこと等の事情があるから,上記のような過誤払いを防止する措置を全く講じていなかったYには,やはり注意義務違反があったといわざるを得ない。 そうすると,受領権限を有しない払戻請求者に対して本件払戻しを行ったことについて,Yに過失がないということはできない。 (3) 以上のとおりであるから,本件払戻しについて,Yが準占有者に対する弁済として免責されることはない。 3 次に,争点(3)(Zに過誤払い防止策を講ずべき注意義務に違反した過失があるか。)について検討する。 Xの主張は,Zが個々の預金者に対し,直接の作為義務を負うことを前提とするものである。 しかし,Zは,個々の預金者と直接の法的関係には立たないから,Xのために作為義務を負担していたとは認められない。 すなわち,Zは,銀行業務の改善進歩を図り,一般経済の発展に資することを目的として,前提事実(1)記載の事業を行うものであるところ,これらの事業は,社員である各銀行のために行われているものであると考えられるもので,目的に公益 改善進歩を図り,一般経済の発展に資することを目的として,前提事実(1)記載の事業を行うものであるところ,これらの事業は,社員である各銀行のために行われているものであると考えられるもので,目的に公益性があることから直ちに,Zが個々の預金者に対して作為義務を負担すると解することはできない。また,普通預金規定のひな形は,各銀行にあてて作成されたもので,個々の預金者に対して作成されたものではないから,ひな形の配布という先行行為に基づいてZにX主張の作為義務が生ずるとはいえない。 したがって,XのZに対する請求は,Zが社員たる銀行の顧客(個々の預金者)と直接の法的関係に立たず,Zの注意義務違反を認めることができないから,理由がない。 第3 結論以上のとおりで,XのYに対する主位的請求は理由があるから,これを認容し,XのZに対する請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第7部裁判長裁判官杉山正己裁判官田村政巳裁判官片山信(別紙伝票印) 省略(別紙届出印) 省略
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