昭和33(う)2290 入札妨害談合被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和40年5月28日 東京高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      原判決のうち被告人A、同B、同Cに関する部分および被告人Dに関す る有罪の部分を破棄する。      被告人Cを懲役七月に処する。      同被告人に対し、この裁判の確定した

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判決文本文11,714 文字)

主文 原判決のうち被告人A、同B、同Cに関する部分および被告人Dに関する有罪の部分を破棄する。 被告人Cを懲役七月に処する。 同被告人に対し、この裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予する原審における訴訟費用のうち、証人E、同F、同G、同H、同Iおよび同Jに支給した分は、同被告人が原審相被告人K、同L、同Mおよび同Nと連帯して負担すべきものとする。 被告人A、同B、同Dは、いずれも無罪。 本件公訴事実のうち、入札妨害の点については、被告人Cは無罪。 理由 本件控訴の趣意は、被告人Aの弁護人遊田多聞、同篠山千之、同柳原武男が連名で差し出した控訴趣意書、被告人Bの弁護人森吉義旭が差し出した控訴趣意書、被告人Dおよび同Cの弁護人中村信敏、同北村彌之助が連名で差し出した控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりで、これに対する当裁判所の判断は次に示すとおりである。 被告人Aの弁護人遊田多聞・同篠山千之・同柳原武男の控訴趣意第一点および第二点について。 論旨は、被告人Aに対する本件公訴事実は、それが真実であつてもなんらの罪となるべき事実を包含していないから、原裁判所は刑事訴訟法第三三九条第一項第二号によつて決定で公訴を棄却しなければならなかつたのに、これをしなかつたのは、不法に公訴を受理した違法があるというのである。そこで、この点についてまず考えてみるのに、刑事訴訟法第三三九条第一項第二号が「起訴状に記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき」に決定で公訴を棄却すべきことを規定しているのは、右のような場合には、進んで証拠調をしても、結局は被告事件が罪とならないものとして無罪の言渡をするほかないのであるから無意味であるこ していないとき」に決定で公訴を棄却すべきことを規定しているのは、右のような場合には、進んで証拠調をしても、結局は被告事件が罪とならないものとして無罪の言渡をするほかないのであるから無意味であることによるのであるが、このように実体の審理に全然入ることなく決定で公訴を棄却するのは、当該公訴事実がなんらの犯罪を構成しないことが明瞭で、争う余地のない場合でなければならない。なぜならば、法の解釈はもとより裁判所が当事者の主張に拘束されることなく独自に行なうものではあるけれども、この点についても問題があるかぎり当事者の弁論を十分に尽させたうえで判断をし、判決でその判<要旨第一>断を示すのが現行刑事訴訟法のたてまえだからである。ところで、被告人Aに対する本件公訴事実について</要旨第一>は、当裁判所もまたのちに説明するようにこの事実は刑法第九六条の三の罪を構成するものではないと解するのであるが、この点の解釈に関しては従来上告審の判例も明らかでなく、現に原審においては検察官の解釈と弁護人側の解釈とが対立していたのであるし、原裁判所が結局これを有罪と判断した事実からさかのぼつて考えてみても、決してその解釈が一般に明瞭で当事者の口頭弁論を聴くことなく決定で公訴を棄却するような状態にあつたものということはできない。それゆえ、原裁判所が本件公訴を受理し実体の審理に入つたことはまことに相当だというべきで、この点に関する論旨は理由がないといわなければならない。 被告人Aの弁護人遊田多聞・同篠山千之・同柳原武男の控訴趣意第四点、被告人Bの弁護人森吉義旭の控訴趣意第一点、被告人D・同Cの弁護人中村信敏・同北村彌之助の控訴趣意第二の第一点について。 論旨は、要するに原判示第一、第二、第三、第四、第六、第七の各事実は刑法第九六条の三第一項の罪を構成しないのに、これを 被告人D・同Cの弁護人中村信敏・同北村彌之助の控訴趣意第二の第一点について。 論旨は、要するに原判示第一、第二、第三、第四、第六、第七の各事実は刑法第九六条の三第一項の罪を構成しないのに、これを同条項に該当するとした原判決は法令の適用を誤つたものだというのである。 ところで、まず、中村・北村両弁護人の控訴趣意第二の第一点(一)は、刑法第九六条の三第一項の「公ノ入札」は一般競争入札だけを指し指名競争入札を含まないと主張するが、この主張の理由のないことについては多く説明する必要はないと思われる。およそ入札とは、契約の内容(たとえば価格)について二人以上の者を競争させ、原則として最も有利な申出をした者を相手方として契約を締結する競争契約であつて、文書によつてその申出をするものをいうのであり、入札施行者にとつて最も有利な契約内容を見出すため入札者をして自由競争をさせる契約締結の方法を指すのであるから、その点においては、競争者の範囲を限定しない一般競争入札とこれを指名された者だけに限定する指名競争入札との間になんら差異はなく、またその公正を確保する必要性も全く同一なのである。いいかえれば、一般競争入札も指名競争入札も入札の一態様にすぎないのであつて、特に指名競争入札をこれから除外する理由は発見することができない。刑法第九六条の三第一項の「公ノ入札」に指名競争入札を含まないとする所論は、その文理からみても、事の実質からいつても、理由がないといわざるをえないのである。 次に、論旨は、いずれも、本件においては公の入札が存在しなかつたのだから刑法第九六条の三第一項のい<要旨第二>わゆる入札妨害罪は成立しないと主張するので、この点について考えてみるのに、まず、同条項の規定する</要旨第二>「公ノ入札ノ公正ヲ害スヘキ行為」は「公ノ入札」が行なわれること 三第一項のい<要旨第二>わゆる入札妨害罪は成立しないと主張するので、この点について考えてみるのに、まず、同条項の規定する</要旨第二>「公ノ入札ノ公正ヲ害スヘキ行為」は「公ノ入札」が行なわれることを前提としているものと解しなければならない。なぜならば、公の入札の存在しないところにその公正を害すべき行為が行なわれることはありえないし、そもそもこの規定は、公の競売または入札は公正に行なわるべきものであるのに、偽計または威力というような不正な手段によつて公正を欠く競売または入札が行なわれるが、あるいは現にその公正が害されないまでも害されるおそれのある場合にこれを処罰しようとする趣旨のものだからである。もちろん、この規定の究極の目的とするところは、国または公共団体がその条件において適正な契約をするところにあるのではあるけれども、これを害しまたは妨げる行為がすべてこの規定に該当するわけではなく、この目的のために競売または入札という方法がとられた場合にその公正を害することによつて前記の目的に反したときだけがこの規定の対象とされているのである。それゆえ、国または公共団体の適正な契約締結を害しまたは害するおそれがある行為をすべてこの規定の罪にあたるとするのは、明らかにその規定の趣旨に反し、不当に解釈を拡張するもので、許されないところだといわなければならない。たとえば、国または公共団体において、契約を締結するためには競争入札の方法によるべきこととなつている場合に、それ以外の方法たとえば随意契約もしくはこれに類する方法をとつたときのごときは、結局においては国または公共団体にとつて最も適正な契約内容を見出そうとする制度の趣旨に反し、これに不利益を与える点において公正ならざる入札が行なわれた場合と多く選ぶところがないとしても、それは当該公務員の任務違背の問 は公共団体にとつて最も適正な契約内容を見出そうとする制度の趣旨に反し、これに不利益を与える点において公正ならざる入札が行なわれた場合と多く選ぶところがないとしても、それは当該公務員の任務違背の問題として処理せらるべきもので、前記罰条の適用外の問題だといわざるをえない。また、国または地方公共団体において入札を行なおうとしているのに、偽計または威力をもつてこれを施行させなかつた場合も、公務執行妨害罪その他の罰条に該当することは格別、刑法第九六条の三第一項の予想するところではないのである。 以上述べたように、刑法の前記条項の罪の成立には公の入札が行なわれることを必要とするのであつて、このことは原判決もまた前提として認めているところであり、原判決後になされた昭和三六年五月四日の東京高等裁判所第三刑事部判決(東京高等裁判所判決時報一二巻五号刑五九頁)もまたこの罪の成立には公の入札の存在することが必要だと説示しているのである。それゆえ、本件における問題は、はたして入札が行なわれたといえるかどうかにあるわけであつて、次にその点を考察してみなければならない。 この点に関し、前記東京高等裁判所第三刑事部判決は、「公の入札の存在するものと認め得るには国または公共団体の正当な権限を有する機関によつて適法に競争入札に附すべき旨の決定のなされたことを必要とし、且つそれを以て足る」と説示し、かつ「若し、右機関において真実入札手続をする意思がなく、実際は特定の業者と随意契約するものであるに拘らず入札手続を偽装する目的で入札に附する旨の決定をした場合においては、入札妨害の対象となるべき公の入札そのものが存在しないことゝなり、これに対し入札妨害はありえず、<要旨第三>同罪の成立する余地はない。」とした。しかしながら、権限ある機関により入札に付すべき決定のなされる の対象となるべき公の入札そのものが存在しないことゝなり、これに対し入札妨害はありえず、<要旨第三>同罪の成立する余地はない。」とした。しかしながら、権限ある機関により入札に付すべき決定のなされること</要旨第三>は、入札を行なうための官公署における事務上の手続としてまず第一に必要なことではあるが、それは官公署の内部における意思決定にすぎないのであつて、競争入札の手続そのものだとは必ずしもまだいい難いばかりでなく、このような決定がなされたとしても、なんらかの理由でそれが実施されなければ、やはり入札は行なわれなかつたというほかないのである。ただ、入札に付すべき旨の決定がなされているのにそれが部下の者によつて実施されないというのは通常は考えにくいところで、多くの場合は上司である決裁者が入札手続の行なわれないことを了解しつつ決裁を与えたようなときにかような事態が生じやすいというにすぎない。前記判決の説示の後段はこのような場合のことを述べたものと解されるが、しかし、問題の要点はあくまで入札手続が現に実施されたかどうかにあるのであつて、どのような決定がなされたかにあるのではないと考える。(「入札妨害罪」という実務上用いられる罪名から連想されるように入札の施行を妨げることがこの罪の内容をなしているのならば、入札に付する旨の決定の存否またはその内容が重要な意味をもつことになろうが、実は入札の公正を害することがその内容なのであるから、前にも説明したように、入札手続そのものが行なわれたかどうかが重要だといわなければならない。)ところで、原判決は、「東京都の行なう指名競争入札或いは随意契約は、一つの法律的な手続であるから、一定の売却につきそのいずれによつて処理がなされたかは、権限ある部局長がどのような決定をしたか、実際の手続がどのような形式に従つて行 なう指名競争入札或いは随意契約は、一つの法律的な手続であるから、一定の売却につきそのいずれによつて処理がなされたかは、権限ある部局長がどのような決定をしたか、実際の手続がどのような形式に従つて行なわれたかを客観的に考察して判断すべきである。」としたうえ、第五の事実を除く原判示各事実についていずれも指名競争入札が存在したものと判断しているのであるが、その根拠としては、(一)本件各物件売却の事務処理の権限を与えられた東京都の部局の長が当該物件の売却につき指名競争入札に付する旨の決定をしたこと、そして、その際同人らにおいて関係者が当初から特定の業者に落札を得させる目的で公正な自由競争を行なわせないようにする手段を講じていることを知悉していた事実は窺えないではないが、本件物件を特定の業者に払い下げるべき旨を職務上命令した事実は認めるに足りず、まして随意契約により売却すべき旨を命じた事実は全く認められないこと、(二)原判示のように原審相被告人O(第一の事実)、同P(第二の事実)、同Q(第三、第四の事実)、被告人B(第六の(イ)、第七の事実)が入札書を集めてこれを担当の吏員に提出し、最高額の入札書の名義人に対して契約が締結されていることを挙げているのである。しかしながら、右のうち(一)の指名競争入札に付する旨の決定のなされたことは、すでに説明したように、それだけで当然に指名競争入札が行なわれたことの根拠となるものではない(のみならず、その決定(決裁)の際当該部局の長において原判示のような手続がなされることを知つていたことが窺われることは原判決の判示するとおりであるし、むしろ一件記録に現われたところを総合すると、当該部局の長であつた者自身としては極力そのことを否定はしているものの、本件の名物件売却に関し部下の吏員に対して暗に特定の業者に払下げがな おりであるし、むしろ一件記録に現われたところを総合すると、当該部局の長であつた者自身としては極力そのことを否定はしているものの、本件の名物件売却に関し部下の吏員に対して暗に特定の業者に払下げがなされるように指示した疑いはかなり濃厚で、もしこのような指示がなされでいたとすれば、実質的にみて指名競争入札に付する決定があつたといえるかどうかも疑問となるし、部下の者がその趣旨に従つて実際は入札手続を行なわず書類上でだけこれを仮装するということも容易に考えられるのである。)。それゆえ、問題はこれに引き続いて入札手続がはたして行なわれたかどうかという点にあるのであるが、本件では原判示のように入札書が関係部局に提出され、その最高額の入札書の名義人がその価格で落札した旨の開札結果調書が担当吏員によつて作成され決裁を経ている事実はいずれも認められるけれども、これらの書面はあたかも真に指名競争入札が行なわたもののように作為するだけのために作成されあるい提出されたものにすぎず、現実には入札手続が行なわれないこともありうるのであるから、これだけではいずれとも断定するわけにいかず、さらに進んで実際に入札と目すべき行為が存在したかどうかを考察してみる必要がある。ところで、入札行為が存在したといいうるためには、もとよりそれが正規の方式にすべて適合していることまでを必要とするものではなく、またその実質が公正で真の競争に値するものであることも必要としないのであるが、少くとも入札というに足りる一定の外形を具えた行為が存在していることは必要だといわなければならない。その点について本件では、所定の入札日に入札者をして入札箱に入札書を入れさせたうえ開札をするという正規の手続は全く行なわれていないけれども、ともかく入札書は担当吏員の手もとに提出され、その最高額の入札者が落札者 て本件では、所定の入札日に入札者をして入札箱に入札書を入れさせたうえ開札をするという正規の手続は全く行なわれていないけれども、ともかく入札書は担当吏員の手もとに提出され、その最高額の入札者が落札者とされているのであるから、一見入札と称すべき行為が行なわれたようにもみえないではない。しかしながら、そもそも入札は競争契約の一つの形態であり、そのうちで競争に加わる者をして契約の内容を文書で表示させる方法によるものをいうのであつて、その点が口頭によつて競争するせり売りと異なるところなのである。そして、これを文書によつて表示させるのは、各競争者の表示する契約内容が他の競争者に知られないようにするためにほかならず、この契約内容の表示の秘密性こそまさに入札が他の競争契約と異なる本質的な要素だといわざるをえない。それゆえ、契約内容の申出が入札といいうるためには、その申出が文書によつてなされることはもちろん、その文書の内容が他の競争者に知られない形で提出されることを必要とし、もしこの要件を欠けば、その申出はすでに外形的にも入札とは目することができないのである。入札の方式として、名入札者が入札書の内容を他の入札者にわからないようにしてそれぞれ入札箱に入れるといら方法が確立していることも、この点にかんがみてまことに理由があるといわざるをえない。ところが、本件では、このような方式によらなかつたことは前述のとおりであるうえに、原判決が判示するように、入札書はあらかじめこれを取りまとめ一人の者が一括して都庁に持参して担当吏員に直接手渡したというのである。これは、右に述べたところから考えて、外形的にも入札とはいえない行為だといわなければならない。もともと、このようなことが行なわれたのは、すでに担当吏員を含めた関係者の間で特定の業者に物件を売却することの了解ができ たところから考えて、外形的にも入札とはいえない行為だといわなければならない。もともと、このようなことが行なわれたのは、すでに担当吏員を含めた関係者の間で特定の業者に物件を売却することの了解ができていて、外形的にも入札の方法をとる必要が全くなかつたからであり、本件においてその他入札手続に際して通常とられる手続が全く行なわれていないことも、関係者の間に形式的にもせよ入札を行なう意思が全然なかつたことを物語るものであつて、ただ、会計に関する規定によつて競争入札によらなければならない場合であつた関係上、書類の上では指名競争入札が行なわれたことにしておく必要があり、そのために入札書を差し出させたものと認められるのである。(この入札書が全く形式的なものと考えられていたことは、架空人名義のものもあり、また名義人が契約内容を白紙にして関係者に手渡したものが多いことからも窺われる。)。そこで、以上の事実から判断すると、これらの場合、書類の上では指名競争入札が行なわれたようにはなつているものの、実際においては入札としての要素を具えた行為は全く行なわれておらず、物件売却の契約は事実上は随意契約に類する方法に基づいてなされたとみるほかはない。 かように考えてくると、これらの場合における被告人らの行為は、指名競争入札によるべき場合に単にこれを仮装しただけで実際は別の方法によつたという点で責めらるべきものがあることはもちろんであるけれども、公の入札手続が存在しなかつたのであるから、その公正を害する行為をしたということはできず、本件の訴因とされた刑法第九六条の三第一項の罪を構成するものではない。したがつて、原判決が原判示第一、第二、第三、第四、第六および第七の各被告人の所為を有罪とし、これに刑法の右各条項を適用したのは法令の適用を誤つたもので、その誤りが判決に 罪を構成するものではない。したがつて、原判決が原判示第一、第二、第三、第四、第六および第七の各被告人の所為を有罪とし、これに刑法の右各条項を適用したのは法令の適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であるから、この点の論旨は理由がある。 被告人Cの弁護人中村信敏・同北村彌之助の控訴趣意第一の第一点について。 論旨は、原判決が弁護人の主張に対し判断を示した部分において、原判示第五の談合の事実に関し、一方において「指名競争入札にたずさわる吏員の一部が外部の者と通謀して実質的に指名競争を有名無実ならしめた」としながら他方において指名競争入札が存在したとし、また談合とは応札者たる部外の者相互の間の協定を指すものだと解すべきであるのに、右のように入札事務担当吏員もまた部外の者と通謀したと説示しながら被告人Cらの行為を談合だとしているのは、いずれも判決の理由にくいちがいがあるものだというのである。しかしながら、原判決中の弁護人の主張に対する判断の項をよく検討してみると、原判決が所論のように担当吏員の通謀について説示している部分は原判示第五の談合の事実以外のいわゆる入札妨害の原判示事実だけに関するものであつて談合の事実に関するものでないことはおのずから明らかで、そのことは、原判決が入札妨害に関する罪となるべき事実の中で担当吏員の部外の者との通謀を認定判示しているのに対し、第五の談合の罪となるべき事実としてはなんら担当吏員の通謀につき判示していないことによつても裏づけられるのである。したがつて論旨は原判決の説示の趣旨についての誤解に基づくもので、採用することができない。 同第二点について。 論旨は、原判示第五の毛布の購入は随意契約によつてなされたもので、指名競争入札によつたのではないから、談合罪成立の余地はなく、したがつて被告人 もので、採用することができない。 同第二点について。 論旨は、原判示第五の毛布の購入は随意契約によつてなされたもので、指名競争入札によつたのではないから、談合罪成立の余地はなく、したがつて被告人Cの原判示第五の(イ)の所為に刑法第九六条の三第二項の規定を適用した原判決は法令の適用を誤つたものだというのである。 そこで検討してみるのに、なるほど刑法第九六条の三第二項の談合罪の成立には公の競売または入札が行なわれたことが前提となることは所論のとおりである。したがつて、もし原判示第五の毛布の購入が随意契約によつてなされたものであるならば、談合罪の成立することはありえないといわなければならない。それゆえ、この場合毛布の購入が原判示のように指名競争入札によつたものか所論のように随意契約の方法によつたものかを考察してみると、まず、論旨は、本件の毛布購入については東京都財務局においてR株式会社から随意契約の方法で購入することが決定されたと主張するのであるが、原判決が証拠として挙示している東京都財務局経理部用品課昭和二九年度繊維関係原議綴(当裁判所昭和三三年押第八四六号の二)の中の「毛布五、〇〇〇枚の購入について」と題する伺書によれば右の毛布を指名競争入札によつて購入することに決裁がなされていることが明らかであつて、のちに説明するようにその後現に指名競争入札の手続が行なわれていることからみても、財務局としては指名競争入札に付すべき決定がなされたことは明白だといわなければならない。随意契約の方法によるか指名競争入札の方法によるかはもつぱら手続の形式の問題であつて、それらの方法が実質的に適正に行なわれるかどうかということとは別であるから、かりに右の意思決定をした機関において談合等の不正な方法で特定の業者が落札するであろうことをあらかじめ察知し予見して あつて、それらの方法が実質的に適正に行なわれるかどうかということとは別であるから、かりに右の意思決定をした機関において談合等の不正な方法で特定の業者が落札するであろうことをあらかじめ察知し予見していたとしても、そのことによつて右の決定が性質を変じて随意契約によるべき決定となるわけのものではないのである。次に、論旨は、本件において入札・開札の手続が行なわれた事実は争わないが、それは外形的なものにすぎないのであつて、本件の場合は入札施行者においてはじめから契約の相手方を決定しており、自由な競争による入札によりこれを決定する意思を有していなかつたのだから、この手続は入札とはいえない、とも主張する。しかしながら、すでに原判示入札妨害の各事実についての控訴趣意に対する判断の中でも述べたように、入札手続が行なわれたかどうかは、いわば外形的に入札たるの要素を具えた行為がなされたかどうかによつて判断さるべきことで、かりに談合その他の不正の行為によりその入札が自由競争の実を失つた不公正のものとなつた場合でも、そのためにそれが入札手続でなくなるものではないのである(もしそのように考えないとすれば、不正な談合の行なわれた場合のように、入札前にすでに落札者が事実上決定していて自由競争の実を失つている場合には、入れそのものが存在しないことになり、談合罪の存在自体を否定することにならざるをえない。)。そして、この<要旨第四>ことは、入札施行者の側において談合の行なわれることを察知し、さらに進んで特定の落札者を予期していた</要旨第四>場合でも同じだといわなければならない。けだし、公の入札が行なわれたかどうかは前述のとおり外形的・客観的にこれを観察して決すべきもので、かりに入札施行者の側の関係公務員が談合の行なわれる情を知つていたとしても客観的にみて入札手続であ 。けだし、公の入札が行なわれたかどうかは前述のとおり外形的・客観的にこれを観察して決すべきもので、かりに入札施行者の側の関係公務員が談合の行なわれる情を知つていたとしても客観的にみて入札手続であるものがその性質を失ういわれはないからである。もとより本件において、原判示のような談合の行なわれることを財務局の側で察知していたということは証拠上これを断定するのに十分でないのであるが(いわんや所論のように通謀した事実は本件に関するかぎり認められない。)、かりにこれを察知していた事実があるとしても、右に述べた理由によつて入札手続の存在を否定することはできないのである。そして、本件の場合は、入札妨害として起訴された他の事実の場合と違つて、事前に入札者に対する説明会を開き、入札の当日には所定の方式に従つて入札および開札がなされたのであるから、まさしく指名競争入札の手続は行なわれたとみなければならない(ちなみに、本件公訴事実の内容となつている各契約のうちこの毛布の購入の場合にだけ正式に入札手続が行なわれたのは、この場合には他の場合と違つて原局である民生局が契約事務を担当せず、本来これを担当すべき財務局が担当したためだと認められるのであつて、したがつて、他の契約の場合に入札手続の存在を否定しながらこの場合にだけこれを認めることは、なんら矛盾するものではない。)。そうであるとすれば、このことを、前提として原判決がその判示第五の事実につき刑法第九六条の三第二項の談合罪の成立を認めたのは正当であつて、なんら法令の適用に誤りがあるとはいえない。 それゆえこの点の論旨もまた理由がない。 以上に説明したとおり、被告人Cに関する原判示第五の(イ)の事実に関する弁護人の論旨は理由がないが、各被告人のその余の原判示事実に関する法令の適用の誤りを主張する論旨は理由があ もまた理由がない。 以上に説明したとおり、被告人Cに関する原判示第五の(イ)の事実に関する弁護人の論旨は理由がないが、各被告人のその余の原判示事実に関する法令の適用の誤りを主張する論旨は理由があり、かつ被告人Cについては、前記原判示第五の(イ)の所為と第六、第七の各所為とを併合罪として一個の刑が言い渡されているので、結局被告人全部についてその他の控訴趣意につき判断するまでもなく、刑事訴訟法第三九七条第一項・第三八〇条により原判決(被告人Dについてはその有罪部分)を破棄することとし、同法第四〇〇条但書を適用して被告事件につき当裁判所においてさらに判決をすることとする。 被告人Cにつき原判決が確定した原判示第五の(イ)の事実に法律を適用すると、同被告人の所為は刑法第九六条の三第二項(法定刑につき同条第一項・罰金等臨時措置法第三条第一項第一号)に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で同被告人を懲役七月に処し、情状により刑法第二五条第一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予することとし、刑事訴訟法第一八一条第一項本文・第一八二条を適用して、主文第四項に記載したとおり訴訟費用を同被告人に負担させることとする。 次に、被告人A、同B、同Dおよび同Cに対する本件入札妨害の公訴事実(被告人Aについては原判示第一、第二、第三、第四、第七の事実に対応するもの、被告人B、同D、同Cについては原判示第六、第七の事実に対応するもの)については、すでに説明したとおり刑法第九六条の三第一項の罪を構成しないものと判断されるので、被告事件が罪とならないものとして各被告人に対し刑事訴訟法第三三六条前段により無罪の言渡をすることとする。 (裁判長判事新関勝芳判事中野次雄判事伊東正七郎) 告事件が罪とならないものとして各被告人に対し刑事訴訟法第三三六条前段により無罪の言渡をすることとする。 (裁判長判事新関勝芳判事中野次雄判事伊東正七郎)

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