- 1 -平成23年4月27日判決言渡平成21年(ワ)第5779号損害賠償請求事件判決 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は,原告らの負担とする。 事実 及び理由 第1 請求 1 被告らは,原告Aに対し,連帯して1億3832万0923円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告Bに対し,連帯して330万円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告らは,原告Cに対し,連帯して330万円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告らは,原告Dに対し,連帯して330万円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,原告A(以下「原告A」という。)が,被告医療法人社団E会(以下「被告法人」という。)が開設し運営するF診療所(以下「被告診療所」という。)において,医師である被告F(以下「被告F」という。)の診察を受け,心筋梗塞の疑いがあるという理由で,被告診療所から救急車により転送される途中で心肺停止状態となり,その後蘇生したものの低酸素脳症による意識障害(遷延性植物状態)の後遺障害が残ったことにつき,被告Fには,原告Aに対して行った心電図検査の結果,原告Aが急性心筋梗塞を発症している疑いがあることが明らかになった時点で,原告Aを直ちに経皮的冠動脈形成術(以- 2 -下「PCI」という。)等の専門的治療を行うことのできる病院に転送すべきであったのにこれを怠った注意義務違反があり があることが明らかになった時点で,原告Aを直ちに経皮的冠動脈形成術(以- 2 -下「PCI」という。)等の専門的治療を行うことのできる病院に転送すべきであったのにこれを怠った注意義務違反があり,これにより上記のような後遺障害が生じたと主張して,被告法人に対しては不法行為(使用者責任)又は診療契約上の債務不履行に基づき,被告Fに対しては不法行為に基づき,損害賠償を求めた事案である。 2 前提となる事実(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。証拠等を掲記しない事実は,争いのない事実である。) 当事者ア原告Aは,昭和24年8月18日生の男性であり,原告B(以下「原告B」という。)はその妻,原告C(以下「原告C」という。)及び原告D(以下「原告D」という。)は,いずれも原告Aと原告Bとの間の子である。 イ被告法人は,肩書地において,内科,リウマチ科,皮膚科,耳鼻咽喉科を診療科目とする被告診療所を開設し運営している。 被告Fは,被告診療所に勤務していた内分泌,甲状腺を専門とする医師であり,平成19年7月31日(以下,特に断りがない限り,日付は平成19年のものである。)及び翌8月1日に,原告Aを診察した者である(被告F本人[1],弁論の全趣旨)。 診療経過ア 7月31日(火曜日)の診療経過原告Aは,7月31日昼過ぎころ,被告診療所に来院し,被告Fの診察を受けた。この際,原告Aは,被告Fに対し,週末にゴルフを終えて帰宅したところ,38度の発熱があり,自分で冷湿布をしたが,発熱は続いている,咳が出るので自分で風邪薬を飲んだが,倦怠感と腹部秘結感があるなどと自らの症状を説明した。被告Fが,原告Aの血圧を電子血圧計で測定したところ,収縮期圧が90mmHg(以下単位を省略する。)台で いる,咳が出るので自分で風邪薬を飲んだが,倦怠感と腹部秘結感があるなどと自らの症状を説明した。被告Fが,原告Aの血圧を電子血圧計で測定したところ,収縮期圧が90mmHg(以下単位を省略する。)台であっ- 3 -た。そこで,被告Fは,水銀圧血圧計で再度原告Aの血圧を測定したところ,収縮期圧100,拡張期圧70(以下「収縮期圧/拡張期圧」で示す。)であった。 被告Fは,原告Aに対し,吸入の処置を行うとともに,20%ブドウ糖20mℓ及びノイロトロピン(鎮痛解熱剤)を注射投与し,併せてPA(総合感冒薬),メジコン(鎮咳剤),ポンタール(鎮痛解熱剤),ムコスタ(胃薬)を処方した。また,被告Fは,原告Aに対し,具合が良くならない場合は,翌日も受診するよう指示した。(乙A1[6,11,14,15],3の1,8[1,2],被告F本人[2ないし4])イ 8月1日(水曜日)の被告診療所における診療経過原告Aは,8月1日午後2時ころないし午後2時10分ころ(正確な時刻については争いがある。以下,本項において,時刻に争いがある場合には同様の表記をする。),点滴を受けることを希望して,被告診療所に来院し,被告Fの診察を受けた。原告Aは,被告Fに対し,熱感があり,食欲不振,腹部膨満感及び秘結感,胃痛,不眠を訴え,血圧検査の結果は,152/78であった。被告Fは,原告Aに対し,タケプロン(胃薬)及びマイスリー(睡眠導入剤)を処方したものの,同原告から,会社出勤がだるくて辛く,特に階段を昇るのが苦しく,歩行も遅くしかできない,胸部の重圧感があるとの訴えを聞いたことから,被告Fは,原告Aに対し,心電図検査を行うこととし,午後2時14分ころないし午後2時20分ころから,検査室において心電図検査を行った。 被告Fは,同日午後2時19分ころないし午後2時25分 とから,被告Fは,原告Aに対し,心電図検査を行うこととし,午後2時14分ころないし午後2時20分ころから,検査室において心電図検査を行った。 被告Fは,同日午後2時19分ころないし午後2時25分ころ,原告Aの心電図検査の結果を見て,心筋梗塞を疑わせる所見があると判断し,原告Aに対し,血液検査により白血球数の検査及び心筋トロポニンT(心筋構成蛋白)検査を行うこととし,午後2時28分ころ,原告Aに対し,ソルデム(輸液)3A・500cc及びノイロトロピンを点滴投与すると同時- 4 -に,原告Aから採血をした。午後2時30分ころ,血液検査のうち白血球数が8800/μL(以下単位を省略する。)であることが判明した。 同日午後2時45分ころ,原告Aの心筋トロポニンT検査の結果が陽性であると判明した。そこで,被告Fは,点滴中の原告Aに対し,血液検査においても異常所見があり,心筋梗塞の疑いがあり,入院が必要となるので救急車を手配する旨説明した。原告Aは,この説明を受けた直後から,急に不穏状態となり,苦悩に満ちた表情で,体熱感,胸部苦悶を訴え,呼吸促迫が増大したことから,被告Fは,原告Aに対し,酸素吸入及びクーリングを開始した。また,この状況を看護師から聞いた被告法人の代表者であるG医師(以下「被告代表者」という。)は,看護師に対し,原告Aにニトロダームテープ(血管拡張剤)を貼付するよう指示し,同看護師は,原告Aに,ニトロダームテープを1枚貼付した。 被告Fは,同日午後2時50分ころ,H大学医学部附属H医院(以下「H医院」という。)に対し,電話で,原告Aの受入れを要請したところ,原告Aの受入れの可否を判断するための資料として,心電図検査の結果をファックス送信するよう指示された。そこで,被告診療所の事務員であるI(以下「I」という。)が,原告A Aの受入れを要請したところ,原告Aの受入れの可否を判断するための資料として,心電図検査の結果をファックス送信するよう指示された。そこで,被告診療所の事務員であるI(以下「I」という。)が,原告Aの心電図検査の結果をH医院にファックス送信したが,その後しばらくして,H医院から,ファックスが送信されてこないので,別の番号にファックス送信するよう指示を受け,これを行った。 H医院は,被告Fに対し,同日午後3時15分ころ,原告Aを受け入れる旨回答した。そこで,Iは,午後3時17分ころ,救急車の手配を行い,被告Fは,原告Bに対し,電話で,原告Aが緊急搬送となる旨を伝え,原告Aの勤務先にも同原告が入院となる旨を伝えた。 救急車は,同日午後3時23分ころ,被告診療所に到着した。救急隊員は,原告Aを救急隊のストレッチャーで救急車に収容し,被告代表者がこ- 5 -れに同乗して,午後3時36分ころ,H医院に向けて出発した。(甲A4[10,21,23,46,113],5,6,乙A1[6ないし9,11ないし13,16ないし19],2,3の2,乙A4,5,8[2ないし7],9[1,2],10[1ないし5],被告F本人[5ないし7,9,10])ウ被告診療所から転送後の診療経過原告Aは,救急車による搬送中の8月1日午後3時45分ころから,意識レベルが低下し,JCSⅢ-300(刺激しても覚醒せず,全く動かない状態),呼吸喪失,心拍数1分間当たり60回(以下1分間当たりの心拍数のみを表示する。)となり,午後3時47分ころにはCPA(心肺機能停止),PEA(無脈性電気活動。心電図上は何らかの脈拍があるのに,脈拍が触れない状態)となった。そのため,原告Aに対し,マスクで用手換気をするなどの心肺蘇生措置がされるとともに,原告Aの搬送先が,CCU(冠動脈疾 脈性電気活動。心電図上は何らかの脈拍があるのに,脈拍が触れない状態)となった。そのため,原告Aに対し,マスクで用手換気をするなどの心肺蘇生措置がされるとともに,原告Aの搬送先が,CCU(冠動脈疾患集中治療室)があり,かつ,H医院よりも近傍にあるJ大学病院(以下「J大病院」という。)に変更されることとなった。 原告Aを乗せた救急車は,同日午後3時48分ころ,J大病院に到着した。原告Aは,J大病院到着時において,CPA及びPEAが継続しており,到着後直ちに心臓マッサージが再開され,右上肢及び左上肢よりルートを確保し,冷却生理食塩水による大量急速補液による脳低温治療法が開始されるとともに,気道確保のために挿管が行われ,午後4時5分ころからPCPS(経皮的心肺補助)が開始され,午後4時10分ころにはIABP(大動脈内バルーンパンピング)が挿入された。 原告Aに対し,緊急冠動脈造影が実施されたところ,左冠動脈に強い狭窄が認められたが,ニトロ(亜硝酸剤)の投与により狭窄が解除された。 その後,同日午後4時16分ころ,原告Aの自己心拍が再開した。その後,原告Aに対し,カテコラミン(昇圧剤)等が投与され,循環動態は安定し- 6 -た。 原告Aは,同月3日にはPCPSが抜去され,同月7日にはIABPが抜去され,同月14日には人工呼吸器による呼吸管理から離脱したが,意識レベルはJCSⅢ(刺激しても覚醒しない。)A(無動性無言症)となり,心筋梗塞による院外心肺停止後の蘇生後脳症を呈していると診断された。 原告Aは,J大病院入院時より,急性腎不全が認められ,連日,接続緩徐式血液ろ過透析が行われ,同月15日からは血液ろ過透析が行われていたが,同月28日より自尿が認められ,9月4日には透析より離脱し,同月13日,蘇生後脳症,腎不全に対するリハビリテーシ 連日,接続緩徐式血液ろ過透析が行われ,同月15日からは血液ろ過透析が行われていたが,同月28日より自尿が認められ,9月4日には透析より離脱し,同月13日,蘇生後脳症,腎不全に対するリハビリテーション等の加療目的で,K病院に転院し,平成21年9月29日,L病院に転院した。(甲A4[3ないし5,10,21ないし24,40,41,45,53,54,113ないし115,119,127,130,153],5,6,乙A9[2,3],原告B本人[7,11]) 原告Aの状態原告Aは,急性心筋梗塞による低酸素脳症及び慢性腎不全によりK病院に入院したが,その後も,意識レベルはJCSⅢ-300,弛緩性麻痺で体動も自力では取れない植物状態であり,平成20年2月1日の時点で,改善の見込みはないと診断された(甲A7)。 3 争点 被告Fにおいて,心電図所見の確認後,直ちに原告AをPCI等専門的治療を実施できる病院へ転送しなかった注意義務違反の有無 被告Fの前記⑴の注意義務違反と原告Aに生じた後遺障害との間の因果関係の有無 原告らが被った損害の有無及びその額 4 争点についての当事者の主張- 7 - 争点(被告Fにおいて,心電図所見の確認後,直ちに原告AをPCI等専門的治療を実施できる病院へ転送しなかった注意義務違反の有無)について(原告らの主張)ア被告Fは,原告Aの心電図所見を確認した時点で,急性心筋梗塞の疑いがあると診断できたこと 原告Aが被告Fに訴えた症状原告Aは,被告Fに対し,8月1日の診察の際,「胸部重圧感」,「今日は会社勤務がだるくて辛く,特に階段を昇るのが苦しく,歩行も遅くしかできない。」(乙A1[6])のほか,明確に胸痛を訴えていた。 このことは,原告Aが,7月31日には胸部不快感を,8 感」,「今日は会社勤務がだるくて辛く,特に階段を昇るのが苦しく,歩行も遅くしかできない。」(乙A1[6])のほか,明確に胸痛を訴えていた。 このことは,原告Aが,7月31日には胸部不快感を,8月1日午前5時の時点では前胸部痛を訴えていたこと(甲A4[21]),被告F自身が,診療録の傷病名欄に「胸内苦悶」と記載し,また「胸部の重圧感有り」と記載していること(乙A1[1,6])から明らかである。 心電図の検査結果は急性心筋梗塞の所見を示していること原告Aの心電図(乙2)には,4つの誘導(Ⅱ,Ⅲ,aVf,V6)でST上昇が見られる一方,V1,V2の各誘導でST降下が見られ(甲B19,甲B25),これは急性心筋梗塞を強く疑わせる所見である。 イ急性心筋梗塞の疑いのある患者は,心筋トロポニンT検査をするまでもなく,直ちにPCI等専門的治療を実施できる病院に転送するべきであること外来患者に急性心筋梗塞が疑われる場合(ST上昇型心筋梗塞の場合は特にその必要がある。),侵襲的治療を行う専門的設備を有しない病院の医師は,確定診断に固執することなく,直ちに専門病院へ搬送することが- 8 -必要であるとされる(甲B13,14)。 この急性心筋梗塞の疑いの所見は,まず第1に心電図検査で得ることができ,その際,患者の症状・病歴も併せて検討される(甲B13,15,17)。 原告Aは,8月1日の被告診療所受診時,前記アのとおり胸痛等の症状を訴えているうえ,前記アのとおり心電図の検査結果は急性心筋梗塞の所見を示している。 急性心筋梗塞の確定診断のためには,心筋トロポニンT検査の結果も一つの要素とされているが,そもそも転送に当たって確定診断まで要するものではないし,たとえ転送前に同検査をしたとしても,転送に当たってその結果を待つ必要 診断のためには,心筋トロポニンT検査の結果も一つの要素とされているが,そもそも転送に当たって確定診断まで要するものではないし,たとえ転送前に同検査をしたとしても,転送に当たってその結果を待つ必要はなく,結果が判明した時点において転送先病院へ検査結果を送付すれば足りる(甲B6,13ないし17)。 ウ直ちに原告AをPCI等専門的治療を実施できる病院へ移送しなかったこと(転送義務違反の具体的態様)被告Fは,遅くとも8月1日午後2時19分ころには心電図検査の結果を把握し,原告Aが急性心筋梗塞を発症しているとの所見を得ていたにもかかわらず,午後2時50分になって,ようやくH医院に対して受け入れ要請の電話をし,救急車の手配は午後3時17分まで遅滞した。 エ被告らの主張に対する反論被告らは,原告Aに何ら臨床症状がなかったことを前提とする主張をしているが,事実に反する。原告Aには,前記アのとおり,心筋梗塞を疑わせる臨床症状があった。 また,被告らは心電図には急性心筋梗塞の典型的所見が現れていないとするが,心電図の読み方を間違えているし,被告F自身が心電図カルテの所見欄に急性側壁梗塞・急性下壁梗塞・要治療と記載していること(乙A2[4])と矛盾する。 - 9 -さらに,一刻を争う急性心筋梗塞の患者の搬送につき,心筋トロポニンT検査の結果を漫然と待つこと自体が誤った判断である。 (被告らの主張)ア原告Aの臨床症状及び心電図所見のみでは,急性心筋梗塞と診断できないこと 原告Aは急性心筋梗塞の典型的な臨床症状を訴えていなかったこと急性心筋梗塞は,典型的には,突然起こる圧迫するような,または絞めつけられるような前胸部痛が特徴的である。顔面蒼白や冷汗を伴い,恐怖感を感じ,胸痛の持続時間は15分以上ないし数時間に及び,通常, 急性心筋梗塞は,典型的には,突然起こる圧迫するような,または絞めつけられるような前胸部痛が特徴的である。顔面蒼白や冷汗を伴い,恐怖感を感じ,胸痛の持続時間は15分以上ないし数時間に及び,通常,15分以上続く胸痛の場合は狭心症よりも急性心筋梗塞を疑う,胸痛は喉,顎,又は左肩や左上腕内側に放散することがあり,背部痛の場合もあるといった臨床症状を呈する(乙B7資料3[1])。 この点,原告Aの主訴は,熱感・腹部膨満感・秘結感の持続,倦怠感,食欲不振,胃痛,不眠であり,よって,急性心筋梗塞に典型的な臨床症状を訴えていなかった。 心電図には急性心筋梗塞の典型的所見が現れていないこと原告Aの8月1日の心電図検査の結果上,原告ら指摘のとおり,Ⅱ,Ⅲ,aVF,V6の各誘導にST波の上昇が見られる。 しかし,a 心電図の診断学においてV1ないしV4誘導では2mm未満,その他の誘導では1mm未満の上昇までは正常範囲とされているところ(乙B7資料2[3,5,234]),原告Aの心電図においては,Ⅱ,Ⅲ,aVFの各誘導に関しては,仮にTa波が存在すると仮定したとしても1mm以上の上昇を認めるのはⅡ誘導のみである。 また,ST部分については「2mmまでの上昇は健常者でもみられる」と紹介する文献もあり(乙B7資料6[31]),これによればⅡ誘導- 10 -についても異常とまではいいきれない。 bV6誘導についてもST上昇は2mmを超えるか超えないかの程度でしかないばかりか,隣接する2誘導以上における0.1mV(心電図の1mmに相当)以上のST上昇は,通常ST上昇型心筋梗塞を示唆する所見と説く知見(乙B7資料5[8])に合致しない。 cV6誘導でSTが上昇している一方で,V4誘導でSTが低下していることは合理的に説明ができない。 d 昇は,通常ST上昇型心筋梗塞を示唆する所見と説く知見(乙B7資料5[8])に合致しない。 cV6誘導でSTが上昇している一方で,V4誘導でSTが低下していることは合理的に説明ができない。 dV1,V2誘導でQSパターンが出現していることについても,他の誘導と整合性をもって説明をすることは困難である。原告Aに前壁梗塞の既往があり,かつそのことを被告Fが知っていれば,矛盾なく理解し得るが,そのような情報の全くない中で,全体を整合して理解することは困難である。 e 急性心筋梗塞の心電図に特徴的とされるT波の尖鋭化は存在せず(乙B7資料4[170図1]),STの型も,急性心筋梗塞の場合特徴的とされている上方に凸型を呈していない(乙B7資料4[169])。 以上により,原告Aの心電図所見は,急性心筋梗塞を始めとする心筋虚血を念頭に置くべき所見であることは間違いないものの,進んで急性心筋梗塞を強く示唆する所見とまではいい切れないというべきである。 イ被告Fが,原告Aに対し,心筋トロポニンT検査を実施した後に転送したことが,転送義務違反とはならないこと 原告Aに対し,心筋トロポニンT検査を実施したことは妥当であること上述のとおり原告Aは主訴,心電図所見の点から典型的な急性心筋梗塞の像を呈していなかった。 そのため,被告Fは,搬送の要否をスクリーニングする目的で心筋トロポニンT検査を実施したものであり,その判断は適切である。 心筋トロポニンT検査の結果確認後,直ちに原告Aを転送したこと- 11 -被告診療所では,心筋トロポニンT検査の結果を確認した8月1日午後2時45分から5分後の午後2時50分にはH医院に対し受入要請を行っており,搬送の着手に遅れはない。 争点(被告Fの前記⑴の注意義務違反と原告Aに生じた後遺障 検査の結果を確認した8月1日午後2時45分から5分後の午後2時50分にはH医院に対し受入要請を行っており,搬送の着手に遅れはない。 争点(被告Fの前記⑴の注意義務違反と原告Aに生じた後遺障害との間の因果関係の有無)について(原告らの主張)以下の事実に照らすと,被告Fの転送義務違反と原告Aの後遺障害との間には,因果関係があるというべきである。 ア被告Fが原告Aの心電図所見を確認することのできた時間は遅くても8月1日午後2時19分ころであること原告Aが被告診療所に来院したのは,8月1日午後2時ころか,それから間もなくである。そして,原告Aに対する心電図検査は午後2時14分ころに行われている(甲A3[2],乙A1[12])。 イ午後2時19分ころに救急搬送を開始すれば,後遺障害が生じることは避けられたこと被告Fが,原告Aの心電図記録を確認してから転送先に対する受入要請の電話をするまでに要した時間は約36分(仮に被告Fが午後2時19分ころに心電図を確認したとすれば約31分)である。 原告AがPCPSを受けたのは同日午後4時5分ころであるところ,被告Fが,仮に午後2時14分ころに転送先へ受入要請の電話をしていれば,その転送手配が緩慢であったことを度外視しても,原告Aは,午後3時29分ころの時点(仮に受入要請の電話が午後2時19分ころであったとすれば,午後3時34分ころ)の時点で,整備の整った専門病院でPCPSその他の処置を受けることができた。 しかるに,原告AがCPAに陥ったのは同日午後3時47分ころである。 被告Fが,原告Aの心電図記録を確認した後直ちに転送先へ受入要請の- 12 -電話をしていれば,原告は今回のCPAを避けられたか,仮にCPAに陥ったとしても設備の整った専門病院で迅速・適切な処置を受けること 原告Aの心電図記録を確認した後直ちに転送先へ受入要請の- 12 -電話をしていれば,原告は今回のCPAを避けられたか,仮にCPAに陥ったとしても設備の整った専門病院で迅速・適切な処置を受けることができた。 CPA後速やかに血流再開をすれば,脳機能の回復は期待できるが,数分以上の心肺停止後に血流が再開した場合には,完全な脳機能の回復を期待することは不可能である(甲B5,14,18)。 ウ被告らの主張に対する反論仮に被告らの主張のように,被告Fが原告Aの心電図所見を確認した時刻が8月1日午後2時25分ころであったとしても,その時点において転送先への受入要請の電話をしていれば,原告Aは午後3時40分の時点で,整備の整った専門病院でPCPSその他の処置を受けることができたのであって,後遺障害の発生を避けることはできたというべきである。 (被告らの主張)以下の事実に照らすと,被告Fの転送義務違反があったとしても,それと原告Aの後遺障害との間には,因果関係がないというべきである。 ア被告Fが原告Aの心電図所見を確認した時間は早くても8月1日午後2時25分ころであること原告Aは,8月1日午後2時10分ころ,被告診療所に来院し,被告Fは,午後2時15分ころから,原告Aの診察を始めた。そして,原告Aは,午後2時20分ころ,検査室に入室し,心電図検査が行われ,午後2時25分ころ,被告Fが,原告Aの心電図検査の結果を確認した。 イ心電図所見の確認後直ちに救急搬送を開始したとしても,後遺障害が生じることは避けられなかったこと仮に,心電図の所見を確認してから直ちに受入要請の電話をするとしても,原告Aに状況を説明して了解を取り付け,スタッフを呼んだり,診察待ちの患者の手配などをしていれば5分程度の時間的経過を要するので,- 13 - 所見を確認してから直ちに受入要請の電話をするとしても,原告Aに状況を説明して了解を取り付け,スタッフを呼んだり,診察待ちの患者の手配などをしていれば5分程度の時間的経過を要するので,- 13 -心筋トロポニンT検査を実施しなかったとしても,短縮できる時間は20分程度である。 一方,原告Aが被告診療所を出発したのが8月1日午後3時36分であり,J大病院に到着したのが午後3時48分,原告Aに対してPCPSが開始されたのが午後4時5分であったから,被告診療所出発からJ大病院到着までに12分,被告診療所出発からPCPS開始までに29分を要していることになる。 よって,仮に原告Aを収容した救急車が被告診療所を20分早く出発することができたとすると,被告診療所の出発が午後3時16分,J大病院到着が午後3時28分,PCPS開始が午後3時45分となる。 原告Aが救急車内で意識レベル低下に見舞われたのは午後3時45分ころであったから,原告らの主張するとおりに理想的に事が運んだとしても,PCPSの開始はギリギリ間に合うかどうかでしかない。 なお,原告Aは,当初,J大病院ではなくH医院に搬送される予定であった。被告診療所のある東京都中央区Mから見て,J大病院はH医院の手前にあたり,救急車で信号に制止されることなく走行したとしても2~3分程度は要する。そうすると,計算上,原告Aが意識レベルを低下し始める前までにPCPSを実施するのは至難である。 争点(原告らが被った損害の有無及びその額)について(原告らの主張)ア原告Aの損害 1億3519万8552円 積極損害 5702万1225円a 入院診療費 50万0248円原告Aは低酸素脳症による 1億3519万8552円 積極損害 5702万1225円a 入院診療費 50万0248円原告Aは低酸素脳症による後遺障害によって,現在遷延性植物状態なのであって,同居の家族が妻である原告B1人のみであることに鑑みれば,入院治療は必要不可欠のものである。 - 14 - J大病院での入院診療費24万4248円 K病院及びL病院での入院診療費25万6000円b 将来の入院診療費 157万9560円原告Aが今後植物状態を脱する見込みはない。 c 雑費 92万4485円 K病院入院時の雑費87万5285円 L病院入院時の雑費4万9200円d 将来の雑費 720万6742円e 付添看護費 658万4000円原告Aは植物状態であるため,身体を清潔に保つためのケアや心身が硬直しないようにするためのマッサージなど,看護師では対応しきれないケアを妻が日々行う必要があり,実際に,妻である原告Bは原告A入院後,今日まで1日たりとも欠かさずに病院へ通い,上記ケアを行っている。 f 将来の付添看護費 3843万5960円原告Aの回復の見込みがない以上,その生ある限り,上記ケアは必要である。 g 付添人宿泊費 23万2480円原告Aが心筋梗塞で倒れ,生死の境という状況にあった間 原告Aの回復の見込みがない以上,その生ある限り,上記ケアは必要である。 g 付添人宿泊費 23万2480円原告Aが心筋梗塞で倒れ,生死の境という状況にあった間,妻である原告Bは何かあったときには直ちに病院へ駆けつけられるように,病院近くに宿泊せざるを得なかった。 Nでの宿泊費- 15 -16万3600円 Oでの宿泊費6万8880円h 付添人交通費 48万5111円原告Bは,原告Aの容態が安定するまではもちろんのこと,その後も先に述べたケアのために毎日病院へ通わざるを得ず,そのためには交通費の支出が必須である。 J大病院入院時の交通費 4万5240円① 電車代 3万2240円② 駐車場代 1万3000円 K病院入院時の交通費 43万5659円 L病院入院時の交通費 4212円i 将来の付添人交通費 63万3559円j 文書代 43万9080円 医師面談・意見書作成費用 35万0000円 その他診断書料等 8万9080円 消極損害(逸失利益) 2588万6550円a 60歳定年までの減給分 157万5630円b 定年後の逸失利益 2431万0920円 後遺症慰謝料 4000万0000円 弁護 までの減給分 157万5630円b 定年後の逸失利益 2431万0920円 後遺症慰謝料 4000万0000円 弁護士費用 1229万0777円被告らは,任意の賠償に応じないため,本件のような医療事件にあっては,原告Aの訴訟提起・追行には弁護士への訴訟委任が不可欠であり,被告らに,弁護士費用相当損害金として,上記ないしの合計金1億2290万7775円の1割である1229万0777円を負担させるのが相当である。 - 16 -イ原告B,原告C及び原告Dの損害各330万0000円 慰謝料各300万0000円原告Aは一命は取り留めたものの,植物状態であって,妻・子らにとっては,夫であり父である原告Aの死に匹敵する精神的苦痛を被っており,固有の慰謝料が認められるべきである。 弁護士費用各30万0000円上記アと同様に,原告B,原告C,原告Dについても,被告らに,弁護士費用相当損害金として,各自の慰謝料額300万円の1割である各30万円を負担させるのが相当である。 (被告らの主張)争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件の診療経過等につき,次の事実が認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 7月31日以前の診療経過原告Aは,平成18年12月5日,収縮期圧160との高血圧を主訴として,被告診療所を受診した。血圧は135/74,143/78,137/75,心拍数80で,しばらく血圧測定をするよう指導を受けた。 原告Aは 平成18年12月5日,収縮期圧160との高血圧を主訴として,被告診療所を受診した。血圧は135/74,143/78,137/75,心拍数80で,しばらく血圧測定をするよう指導を受けた。 原告Aは,同月11日,熱感,咽頭痛,咽頭発赤を主訴として被告診療所を受診した。血圧は136/78,129/74,154/89,144/92,心拍数83であり,ロキソニン(解熱剤)の処方を受けた。 原告Aは,同月18日,被告診療所を受診し,血圧は124/70で,心拍数は76であり,塩分を控えるようにとの食事指導と2か月間血圧測定をして問題がなければ,薬物の服用は不要である旨の指示を受けた。この後,- 17 -原告Aは,自己判断により被告診療所へ通院しなくなった。 原告Aは,7月23日,じんましんを主訴として被告診療所を受診し,プレドニン(ステロイド剤),セルテクト(抗アレルギー剤)の処方を受けた。 (乙A1[3,5],8[1]) 7月31日(火曜日)の診療経過原告Aは,7月31日昼過ぎころ,被告診療所に来院し,被告Fの診察を受けた。この際,原告Aは,被告Fに対し,週末にゴルフを終えて帰宅したところ,38度の発熱があり,自分で冷湿布をしたが,発熱は続いている,咳が出るので自分で風邪薬を飲んだが,咳嗽,咽頭痛,全身倦怠感,腹部膨満感,腹部秘結感,食欲不振,四肢関節痛等があるなどと自らの症状を説明した。被告Fが,原告Aの血圧を電子血圧計で測定したところ,収縮期圧90台であった。そこで,被告Fは,水銀圧血圧計で再度原告Aの血圧を測定したところ,100/70であった。 被告Fは,原告Aに対し,吸入の処置を行うとともに,20%ブドウ糖20mℓ及びノイロトロピンを注射投与し,併せてPA,メジコン,ポンタール,ムコスタを処方した。また,被告Fは,原告Aに対 あった。 被告Fは,原告Aに対し,吸入の処置を行うとともに,20%ブドウ糖20mℓ及びノイロトロピンを注射投与し,併せてPA,メジコン,ポンタール,ムコスタを処方した。また,被告Fは,原告Aに対し,具合が良くならない場合は,翌日も受診するよう指示した。(乙A1[6,11,14,15],3の1,8[1,2],被告F本人[2ないし4]) 8月1日(水曜日)の被告診療所における診療経過原告Aは,8月1日午後2時過ぎころ,点滴を受けることを希望して,被告診療所を受診し,午後2時15分ころから,被告Fの診察を受けた。原告Aは,被告Fに対し,熱感があり,食欲不振,腹部膨満感及び秘結感,胃痛,不眠を訴え,血圧検査の結果は,152/78であった。被告Fは,原告Aに対し,タケプロン及びマイスリーを処方したものの,原告Aから,会社出勤がだるくて辛く,特に階段を昇るのが苦しく,歩行も遅くしかできない,胸部の重圧感があるとの訴えを聞いたことから,被告Fは,以前の症例経験,- 18 -前日の原告Aの症状等に照らし,原告Aが心筋梗塞,急性腎不全等に罹患している可能性を疑い,原告Aに対し,心電図検査を行うこととし,午後2時20分ころから,検査室において心電図検査を行った。 被告Fは,同日午後2時25分ころ,原告Aの心電図検査の結果を見て,急性側壁及び下壁梗塞を疑わせる所見とともに陳旧性前壁梗塞の所見を認め,原告Aに対し,血液検査により白血球数の検査及び心筋トロポニンT検査を行うこととし,午後2時28分ころ,原告Aに対し,ソルデム3A・500cc及びノイロトロピンを点滴投与すると同時に,原告Aから採血をした。 午後2時30分ころ,血液検査のうち白血球数8800であることが判明した。 同日午後2時45分ころ,原告Aの心筋トロポニンT検査の結果が陽性であ ピンを点滴投与すると同時に,原告Aから採血をした。 午後2時30分ころ,血液検査のうち白血球数8800であることが判明した。 同日午後2時45分ころ,原告Aの心筋トロポニンT検査の結果が陽性であると判明した。そこで,被告Fは,点滴中の原告Aに対し,血液検査においても異常所見があり,心筋梗塞の疑いがあり,入院が必要となるので救急車を手配する旨説明した。原告Aは,この説明を受けた直後から,急に不穏状態となり,苦悩に満ちた表情で,体熱感,胸部苦悶を訴え,呼吸促迫が増大したことから,被告Fは,原告Aに対し,酸素吸入及びクーリングを開始した。また,この状況を看護師から聞いた被告代表者は,看護師に対し,原告Aにニトロダームテープを貼付するよう指示し,同看護師は,原告Aに,ニトロダームテープを1枚貼付した。 被告Fは,同日午後2時50分ころ,H医院に対し,電話で,原告Aの受入れを要請したところ,原告Aの受入れの可否を判断するための資料として,心電図検査の結果をファックス送信するよう指示された。そこで,被告診療所の事務員であるIが,原告Aの心電図検査の結果をH医院にファックス送信したが,その後しばらくして,H医院から,ファックスが送信されてこないので,別の番号にファックス送信するよう指示を受け,これを行った。 H医院は,被告Fに対し,同日午後3時15分ころ,原告Aを受け入れる- 19 -旨回答した。そこで,Iは,午後3時17分ころ,救急車の手配を行い,被告Fは,原告Bに対し,電話で,原告Aが緊急搬送となる旨を伝え,原告Aの勤務先にも同原告が入院となる旨を伝えた。 救急車は,同日午後3時23分ころ,被告診療所に到着した。救急隊員は,原告Aを救急隊のストレッチャーで救急車に収容し,被告代表者がこれに同乗して,午後3時36分ころ,H医院に向けて出発 を伝えた。 救急車は,同日午後3時23分ころ,被告診療所に到着した。救急隊員は,原告Aを救急隊のストレッチャーで救急車に収容し,被告代表者がこれに同乗して,午後3時36分ころ,H医院に向けて出発した。なお,同日午後3時24分ころ,原告Aは,その意識レベルは,JCSⅠ(刺激しないでも覚醒している。)-3(自分の名前,生年月日が言えない。)で,呼吸困難な状態であり,呼吸は浅く46/分,心拍数は108,血圧は144/100,SpO2(経皮的酸素飽和度)は84%であったが,10ℓの酸素投与により90%となった。(甲A4[10,21,23,46,113],5,6,乙A1[6ないし9,11ないし13,16ないし19],2,3の2,乙A4,5,8[2ないし7]9[1,2],10[1ないし5],被告F本人[4ないし10,12ないし15,18,20,24]) 被告診療所から転送後の診療経過原告Aは,救急車による搬送中の8月1日午後3時33分ころ,SpO2が100%から80%,心拍数が140から100となり,午後3時45分ころから,意識レベルが低下し,JCSⅢ-300,呼吸喪失,心拍数60となり,午後3時47分ころにはCPA,PEAとなった。そのため,原告Aに対し,マスクで用手換気をするなどの心肺蘇生措置がされるとともに,原告Aの搬送先が,CCUがあり,かつ,H医院よりも近傍にあるJ大病院に変更されることとなった。 原告Aを乗せた救急車は,同日午後3時48分ころ,J大病院に到着した。 原告Aは,J大病院到着時において,CPA及びPEAが継続しており,到着後直ちに心臓マッサージが再開され,右上肢及び左上肢よりルートを確保し,冷却生理食塩水による大量急速補液による脳低温治療法が開始されると- 20 -ともに,気道確保のために挿管が行われ,午後4 着後直ちに心臓マッサージが再開され,右上肢及び左上肢よりルートを確保し,冷却生理食塩水による大量急速補液による脳低温治療法が開始されると- 20 -ともに,気道確保のために挿管が行われ,午後4時5分ころからPCPSが開始され,午後4時10分ころにはIABPが実施された。 原告Aに対し,緊急冠動脈造影が実施されたところ,左冠動脈に強い狭窄が認められたが,ニトロの投与により狭窄が解除されたため,冠攣縮が原因の急性心不全と考えられた。その後,同日午後4時16分ころ,原告Aの自己心拍が再開した。その後,原告Aに対し,カテコラミン等が投与され,循環動態が安定した。 原告Aは,同月3日にはPCPSが抜去され,同月7日にはIABPが抜去され,同月14日には人工呼吸器による呼吸管理から離脱したが,意識レベルはJCSⅢAとなり,心筋梗塞による院外心肺停止後の蘇生後脳症を呈していると診断された。 原告Aは,J大病院入院時より,急性腎不全が認められ,連日,接続緩徐式血液ろ過透析が行われ,同月15日からは血液ろ過透析が行われていたが,同月28日より自尿が認められ,9月4日には透析より離脱し,同月13日,蘇生後脳症,腎不全に対するリハビリテーション等の加療目的で,K病院に転院し,平成21年9月29日,L病院に転院した。(甲A4[3ないし5,10,21ないし24,40,41,45,53,54,113ないし115,119,127,130,153],5,6,乙A9[2,3],原告B本人[7,11]) 事実認定の補足説明ア原告らは,原告Aが8月1日に被告診療所を受診した際,被告Fに対し,前記認定に係る主訴のほか,胸痛を訴えた旨主張する。そして,被告Fは,原告Aの診療録に,胸内苦悶,胸部の重圧感ありと記載しており(乙A1[1,6]),転送先のJ大 療所を受診した際,被告Fに対し,前記認定に係る主訴のほか,胸痛を訴えた旨主張する。そして,被告Fは,原告Aの診療録に,胸内苦悶,胸部の重圧感ありと記載しており(乙A1[1,6]),転送先のJ大病院の診療録には,同日午前5時に前胸部痛があった旨の記載があり(甲A4[21]),同病院のP医師(以下「P医師」という。)作成の診断書にも8月1日に胸痛,呼吸困難が出現- 21 -し,近医(被告診療所)を受診した旨の記載がある(甲A2,4[45])。 また,前記認定のとおり,原告Aは,被告Fに対し,8月1日の診療時に胃痛を訴えていたところ,原告Bは,7月31日及び8月1日に,原告Aが胃が痛いと言いつつ,上腹部ないし胸部に触れていたのであり,原告Aには胸痛があったかのような供述をする(甲C19,原告B本人[2,3,5,13,16])。 しかし,被告Fは,原告Aが7月31日及び8月1日の被告診療所受診時において,胸痛について訴えることはなかった旨供述する(乙A8[3,9]被告F本人[4])とともに,被告F作成の診療録の胸部の重圧感あり(乙A1[6])との記載については,原告Aが胸が重いと話していたことを記載したものである旨供述する(乙A8[3],被告F本人[17])。 そして,被告Fは,診療録表紙の胸内苦悶という傷病名の記載(乙A1[1])については,前記認定に係る原告Aの主訴は心筋梗塞の典型的な症状ではなかったものの,以前に類似の主訴で心筋梗塞と診断された症例を経験していたことから原告Aに対し心電図検査を実施することとしたため,心電図検査の保険診療報酬請求の便宜のために胸内苦悶と記載したにすぎない旨供述する(乙A8[3],被告F本人[7,8,15ないし17])ところ,Q医師(以下「Q医師」という。)は,原告Aの場合にそのように記載する必 療報酬請求の便宜のために胸内苦悶と記載したにすぎない旨供述する(乙A8[3],被告F本人[7,8,15ないし17])ところ,Q医師(以下「Q医師」という。)は,原告Aの場合にそのように記載する必要があったかどうかはさておき(Q医師は,心電図検査の保険診療報酬請求のためには必ずしも必要でないが,心筋トロポニンT検査の保険診療報酬請求のためには胸内苦悶の記載が必要であるとする。),保険診療報酬請求の便宜のためにこのような記載をすることは一般的にはあり得ることである旨供述していること(証人Q[2,29,30])に照らすと,被告Fによる原告Aの診療録の上記各記載をもって,原告Aが被告Fに対し,8月1日の診療時に,胸部の重圧感のほかに,胸痛をも訴えたと認めることはできない。 - 22 -また,J大病院のP医師作成の診断書(甲A2,4[45])に,8月1日に胸痛,呼吸困難が出現し近医を受診した旨記載された経緯につき,P医師は診療録を参考に記載し,その内容が救急隊からの情報か原告らからの情報か被告Fからの情報かは分からない旨回答していること(調査嘱託の結果),及び,原告BがJ大病院の医師に対し原告Aが同日午前5時ころに胸が痛いと話していた旨伝えたと供述していること(原告B本人[17])に照らすと,J大病院の診療録の記載やP医師作成の診断書の記載から,原告Aが被告Fに対し,同日の診療時に,胸痛を訴えていたと認めることもできない。 そして,原告Aが胃が痛いといいながら胸部ないし上腹部に触れていたとの原告Bの上記供述についてみると,上記の原告Aの行動から直ちに原告Aが胸痛を呈していたとまで認めることは困難である上に,原告Aは,原告Bから胃痛とは違うのではないかとの指摘を受けたにもかかわらず,胸部ないし上腹部の痛みについて,胃痛である旨回答してい 直ちに原告Aが胸痛を呈していたとまで認めることは困難である上に,原告Aは,原告Bから胃痛とは違うのではないかとの指摘を受けたにもかかわらず,胸部ないし上腹部の痛みについて,胃痛である旨回答していたこと(原告B本人[16])に鑑みれば,原告Aは被告Fに対し8月1日の診療時には胃痛がある旨を訴えたにすぎないと認めるのが相当である(被告F本人[14])。 以上に照らすと,原告Aが被告Fに対し,8月1日の診療時に,胸痛を訴えていたとは認められず,他にこれを認めるに足りる適確な証拠はない。 イ原告らは,8月1日の診療経過につき,原告Aが被告診療所に来所したのが同日午後2時ころ,被告Fの診察を受け,心電図検査が開始されたのが午後2時14分ころ,被告Fが上記心電図検査の結果を確認したのが遅くとも午後2時19分ころであると主張する。そして,原告Aの心電図検査の結果には8月1日午後3時14分との記載があるところ(乙A2[2]),本件に係る証拠保全事件(東京簡易裁判所平成19年第070190号事件)の11月15日付け検証調書中には,被告Fの説明とし- 23 -て,心電図カルテ記載の午後3時14分との表示は1時間誤っており,実際の時刻は午後2時14分ころである旨の記載があり(甲A3),被告Fは,11月19日,原告Aの診療録に,心電図測定は午後2時14分に実施した旨記載している(乙A1[12])。また,原告Aの勤務先の同僚は,原告Aが8月1日午後1時45分ころ,勤務先を出て被告診療所に向かったこと,勤務先と被告診療所との間の距離は徒歩5分程度であり,当時原告Aの状態が悪かったことを考慮しても,15分もあれば到着するはずである旨供述する(甲C20[3])。 しかし,被告Fは,被告診療所は受付を午後1時ころから開けているものの,診療は午後2時より 時原告Aの状態が悪かったことを考慮しても,15分もあれば到着するはずである旨供述する(甲C20[3])。 しかし,被告Fは,被告診療所は受付を午後1時ころから開けているものの,診療は午後2時より前に開始することはない,原告Aは,点滴希望ということで順序を繰り上げたものの,被告Fの午後の診療開始から3人目ないし4人目の患者であった,通常の患者であれば1人5分ないし10分程度診察に時間を要し,点滴のみを希望する患者の場合も診察を行い,通常なら2分程度で診察を行っている,前記証拠保全事件の検証期日において,心電図検査の開始時刻を2時14分ころと説明したのは,心電図計の時刻の調整をしていなかったため原告Aの心電図検査の結果が午後3時14分と記載されていたことと原告Aを午後2時から開始された午後の診療の早い段階で診察したことを併せて,1時間位繰り上がると推測したからであるが,心電図計の設定時刻がどの程度正確な時刻と異なっていたのかは分からない,診療録の11月19日の記載は証拠保全による検証がされたことを受けて,経過を整理して記載したものである旨供述する(乙A8[2ないし4],被告F本人[12,13,18ないし20,32])。 また,Iは,8月1日午後2時10分ころ,被告診療所の受付からの内線電話により,原告Aが点滴を希望して来院したことを知った,原告Aは,早くても午後2時15分ころ,午後の外来診療の3ないし4人目の患者として,診察室に入ってきた,被告Fの原告Aに対する診察は5分程度要し- 24 -ており,その後,診察室を出て心電図検査のため検査室に移動した,その約5分後に心電図検査の結果を入手し,午後2時25分ころ,被告Fにこれを渡した旨供述する(乙A10[1ないし3])。 以上のとおり,被告Fが,前記証拠保全事件の検証期日において,8月 移動した,その約5分後に心電図検査の結果を入手し,午後2時25分ころ,被告Fにこれを渡した旨供述する(乙A10[1ないし3])。 以上のとおり,被告Fが,前記証拠保全事件の検証期日において,8月1日に原告Aに対し心電図検査を実施した時刻を午後2時14分ころと説明した根拠が,心電図検査結果の時刻が午後3時14分となっており,これを推測で1時間繰り上げたことにあるところ,心電図計の時刻設定が正確な時刻とどの程度異なっていたのかが判然としない以上,被告Fの上記説明及びこの直後にされた診療録の記載はいずれもにわかに採用することができない。かえって,本件では,原告Aは診察後に心電図検査を受けているところ,患者1人当たりの診療時間や原告Aが同日の被告Fの3人目ないし4人目の患者であったとの上記供述に照らすと,被告Fが原告Aを診察した時刻は午後2時15分ころであると推認するのが合理的というべきである。また,本件では原告Aの心電図検査後に血液検査(白血球数の検査)が行われているところ,血液検査の結果が判明したのは,午後2時30分ころである(乙A1[9])。そうだとすると,以上の心電図検査前後に行われた診察,心電図検査に要する時間及び血液検査の時間帯からは,心電図検査の開始時刻は午後2時20分ころ,その検査結果を被告Fが確認するのは午後2時25分ころと推認するのが合理的というべきであり,これらの推認を覆すに足りる適確な証拠はない。 2 医学的知見証拠及び弁論の全趣旨によれば,急性心筋梗塞につき,次の医学的知見が認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 急性心筋梗塞とは,冠動脈の不安定プラーク(粥腫)の破裂と引き続いて起こる冠動脈血栓による心筋壊死のことである。その典型的な症状は胸痛で,3 等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 急性心筋梗塞とは,冠動脈の不安定プラーク(粥腫)の破裂と引き続いて起こる冠動脈血栓による心筋壊死のことである。その典型的な症状は胸痛で,3- 25 -0分以上持続する前胸部から心窩部の圧迫感や絞扼感がみられる。その程度は一般に狭心症によるものより強く,耐え難い,焼け火箸を突っ込んだ,鉄板を押し付けられたといった激しい表現をされる苦痛が多いが,軽い圧迫を感じるだけの場合もあり,特に高齢者や糖尿病患者の場合,痛みを感じないものが多い。また,自律神経症状として冷汗,悪心,頻脈,顔面蒼白等も伴う。梗塞による心機能低下のために,呼吸困難,息切れを感ずることも多く,めまい,失神,乏尿,動悸,血圧低下も起こる。急性期にはあらゆる種類の不整脈が生じ,致死的不整脈も多い。広範囲な壊死に伴い心臓の機能が極端に低下すると,全身臓器に有効な血液が供給できず,心原性ショックの状態となる。 心電図所見においては,発症極早期ではST上昇に先行してT波の増高が見られ,発症後の典型的な経時的変化としては,超急性期にはT波が尖鋭化,急性期にはドーム状のST上昇(心筋傷害),数時間後(亜急性期)には異常Q波(心筋壊死),その後冠性T波(心筋虚血)が出現する。また,血液検査においては,心筋トロポニンT等の心筋逸脱酵素の上昇が認められる。 心筋梗塞に対する最善の治療法は,梗塞責任血管をできるだけ速やかに再灌流させることであり,その方法としては,PCIないしPTCA(冠動脈バルーン形成術)と血栓溶解療法とがあるが,血流改善にすぐれる,合併症が少ない,費用対効果にすぐれるなどの理由で,我が国では前者の方が広く普及しているとされる。(甲B2[58ないし61],5[149],6[10,28],7[39],8[33,34, すぐれる,合併症が少ない,費用対効果にすぐれるなどの理由で,我が国では前者の方が広く普及しているとされる。(甲B2[58ないし61],5[149],6[10,28],7[39],8[33,34,37,45,47ないし54],13[110ないし112],15[43],17[1356],乙B5[109,112],7資料3[1,2],資料4[169],資料5[4]) 3 争点(被告Fにおいて,心電図所見の確認後,直ちに原告AをPCI等専門的治療を実施できる病院へ転送しなかった注意義務違反の有無)について原告らは,①原告Aが被告Fに対し,8月1日の診察の際,胸痛,胸部重圧感,倦怠感,階段を昇るのが苦しく歩行も遅くしかできないといった主訴を呈- 26 -していたこと,②原告Aの心電図所見には,Ⅱ,Ⅲ,aVf,V6の4つの誘導でST上昇が見られる一方,V1,V2の各誘導でST下降が見られ,これは急性心筋梗塞を強く疑わせる所見であるとして,被告Fは,心筋トロポニンT検査をするまでもなく,直ちに原告AをPCI等専門的治療のできる病院に転送すべき注意義務があったにもかかわらず,転送のためには不要な心筋トロポニンT検査を実施しその結果を漫然と待ち,転送の手配を同日午後3時17分ころまで行わなかった注意義務違反がある旨主張する。 そして,Q医師は,原告Aの心電図所見につきⅡ,Ⅲ,aVf,V6の各誘導でST上昇が認められる一方,V1,2の各誘導でST下降及びQSパターンが出現していることを含め総合的に考慮すると,陳旧性前壁梗塞及び急性下壁側壁梗塞が疑われ,歩行がしにくい,胸部重圧感を訴えていた原告Aの臨床症状と上記のような急性冠症候群を疑わせる心電図所見を併せると,心筋トロポニンT検査をするまでもなく直ちに専門病院に委ねるべきである,原告Aの心電 歩行がしにくい,胸部重圧感を訴えていた原告Aの臨床症状と上記のような急性冠症候群を疑わせる心電図所見を併せると,心筋トロポニンT検査をするまでもなく直ちに専門病院に委ねるべきである,原告Aの心電図所見のみでも,上記の所見に加えて,全体的に低電位であることに照らすと,9割以上の可能性で心筋梗塞と診断できる旨供述する(甲B10[3ないし5],19[1,2],24,証人Q[2,3,9,10,22ないし25])。また,証拠(甲B6[10,13,26,30],13[111,112],14[306],15[43],17[1355,1358])中には,急性心筋梗塞の疑いがあれば,直ちに専門医に転送すべきであり,血液検査の結果を待つべきではないなどの原告らの主張に沿う又は沿うかに見える記載が存在する。加えて,前記1認定のとおり,被告F自身も,原告Aの心電図所見に,急性側壁及び下壁梗塞を疑わせる所見とともに陳旧性前壁梗塞の所見を認めており,その根拠として,Ⅱ,Ⅲ,aVf,V6の各誘導でST上昇が認められると供述している(乙A8[4],被告F本人[9,10,21,23,24])ところである。 しかし,まず原告Aの症状から検討すると,前記1,ア認定のとおり,- 27 -原告Aが,被告Fに対し,8月1日の診察時において,胸痛を訴えたとは認められず,また,前記1ア説示のとおり,被告Fが診療録に記載した胸内苦悶との記載は,保険診療報酬請求のためのものにすぎず,原告Aの実際の臨床症状ないし主訴であるとは認められない。そして,前記1認定に係る原告Aの8月1日の主訴ないし症状,すなわち,熱感,食欲不振,腹部膨満感及び秘結感,胃痛,不眠,会社出勤がだるくて辛く,特に階段を昇るのが苦しく,歩行も遅くしかできない,胸部の重圧感があるといった主訴ないし症状は, の主訴ないし症状,すなわち,熱感,食欲不振,腹部膨満感及び秘結感,胃痛,不眠,会社出勤がだるくて辛く,特に階段を昇るのが苦しく,歩行も遅くしかできない,胸部の重圧感があるといった主訴ないし症状は,必ずしも急性心筋梗塞の典型的ないし特徴的な症状ということはできない(乙A8[3,9],乙B7[4,8],証人Q[26,28,29],証人R[4ないし6,8ないし10,28],被告F本人[17,33,34])。 確かに,医学文献においては,心筋虚血による痛みは,胸痛(狭心痛)というより胸部不快感,胸部圧迫感,胸や喉が詰まる感じと訴えることの方が多い(甲B16[121]),ST上昇型急性心筋梗塞の症状としては前胸部の不快感を自覚することが多いが,痛みというより局在がはっきりしないある程度の範囲をもって示される重苦しい,絞めつけられる,圧迫される,絞られる,焼け付くような感じなどと表現されることが多い(甲B17[1356]),急性冠症候群における胸痛の性質は重苦しい,圧迫される,絞めつけられる,息が詰まる,焼けるようなという表現が多く,痛みというより不快感として訴えることもある(乙B7資料5[4])との記載があり,原告Aの階段を昇るのが苦しく,歩行も遅くしかできない,胸部の重圧感があるとの症状については,上記各医学文献で示されているような,胸部不快感等として表される急性心筋梗塞の症状であると評価できないわけではない。しかしながら,前記1⑶認定のとおり,8月1日の被告診療所における診察時には原告Aには熱感があり,その血圧も152/78であって,必ずしも心筋梗塞によって循環動態が悪化しているとはいえないことから,急性心筋梗塞と診断するには疑問もあったこと(証人R[9,22,23])のほか,原告Aの訴えた上記の各症状がいずれ- 28 -も心筋梗塞の 梗塞によって循環動態が悪化しているとはいえないことから,急性心筋梗塞と診断するには疑問もあったこと(証人R[9,22,23])のほか,原告Aの訴えた上記の各症状がいずれ- 28 -も心筋梗塞の典型的な症状とはいえないことは前述のとおりであり,かつ,急性心筋梗塞以外の疾患でも現れる症状であるから,急性心筋梗塞は鑑別診断すべき一つの疾病となるにすぎず(証人R[11,21],被告F[8,10,16,32,33]),診療に当たる医師としては,あくまで急性心筋梗塞の可能性を念頭に置かなければならないというにとどまると考えるべきである。 次に,心電図検査の結果について検討すると,証拠(甲B6[13],8[45],13[112],14[306],乙B7資料3[1,3])中には,①内臓痛と考えられる胸痛が数十分持続していれば専門医に搬送する心構えが大切である,②激しく30分以上持続する前胸部痛と特異的心電図変化が認められれば急性心筋梗塞と診断する,③急性心筋梗塞が疑われるときには,そこで必要な検査は心電図検査に限られ,典型的な心電図所見がなくとも,病歴さえしっかりしていたら,ためらわずにCCUに送るべきである,④胸痛を主訴に来院した患者に対しては,数分以内に心電図,血液生化学検査を行い診断を確定することが肝要である,⑤ほとんどの急性心筋梗塞は,胸痛の自覚症状,心電図所見,血清酵素の上昇から診断が確定されるが,これらのうち少なくとも2つがあれば心筋梗塞と診断してよく,急性心筋梗塞と診断されたら直ちにCCUに救急車で移送し治療をしなければならず,絞めつけられるような前胸部痛が15分以上持続する場合やニトログリセリン舌下で寛解しない場合は,救急車を要請し,CCUのある施設に速やかに搬送すべきであり,典型的な心電図所見が見られなくても症状から疑いがあれ るような前胸部痛が15分以上持続する場合やニトログリセリン舌下で寛解しない場合は,救急車を要請し,CCUのある施設に速やかに搬送すべきであり,典型的な心電図所見が見られなくても症状から疑いがあればCCU入室の適応と考えられるとの医学文献の記載があるが,これらは,その記載の趣旨及び内容のほか,急性心筋梗塞では,急性期の再灌流療法が予後に大きく影響するので,原則として,胸痛が続く例はAMI(急性心筋梗塞)と確診できなくとも転送した方がよいが,一方,ST波が上昇しているが無症状,または非定型胸痛と考えられる例では,正常亜型や二次性変化など経時的に変化しないST波の上昇の鑑別のために,自院の以前の心電図や他院の心電図を至急取り寄せる努力をする- 29 -とする文献(甲B26[1477])もあることからすると,いずれも胸痛の自覚症状を前提として,心電図所見又は血清酵素の上昇から心筋梗塞と診断できるが,前記2認定に係る急性心筋梗塞の典型的な症状である胸痛の症状,あるいは胸痛の症状と共に特異的な心電図所見があればCCUを有する専門医療機関に転送すべきであるとするものであり,心筋梗塞の疑いの前提として,急性心筋梗塞に典型的ないし特徴的な胸痛の症状が存在することを前提にしたものということができる。また,R医師(以下「R医師」という。)は,受入側である大学病院での経験を踏まえて,患者の適切な振り分けという観点に照らすと,急性心筋梗塞の典型的な症状がない場合に心電図所見のみで患者を専門医療機関に転送することは相当ではなく,専門医療機関から受入れを拒否される場合もあり得る旨供述するところである(乙B7[5,10,11],証人R[6,18,19,26,27])。 また,仮に患者が胸痛という典型的な急性心筋梗塞の胸部症状を示していなくとも,心電図検査の結 合もあり得る旨供述するところである(乙B7[5,10,11],証人R[6,18,19,26,27])。 また,仮に患者が胸痛という典型的な急性心筋梗塞の胸部症状を示していなくとも,心電図検査の結果次第では,医師に専門医療機関への転送義務を認めるべき場合があるとしても(R医師も,心電図所見だけでは急性心筋梗塞は診断できないとしつつ,患者の症状の訴えから重症と判断し,心電図所見も非常に典型的であるとして患者を専門的医療機関へ転送することは,臨床現場の医師の判断としてあり得る旨供述している(証人R[27])。),本件において,被告Fに心電図の検査結果が判明した午後2時25分ころの時点において原告Aを専門的医療機関へ転送する義務があったとは認められない。すなわち,確かに,原告Aの心電図検査の結果によれば,Ⅱ,Ⅲ,aVF,V6の各誘導にST波の上昇が見られ,急性心筋梗塞を含む虚血性心疾患の存在が示唆されるが,他方で,基線のとり方に争いがあるものの,仮に原告らの主張するとおり基線をとったとしても,ST波の上昇幅は,Ⅲ,aVFの各誘導では1mm程度,Ⅱ,V6の各誘導でも2mm程度であるところ(甲B19,乙A2[2,3],乙B7資料7),健常者でも2mm以内のST波の上昇は見られるとされている- 30 -こと(乙B7[5],乙B7資料1の1ないし1の3,乙B7資料2,乙B7資料6[31]),一般的には急性心筋梗塞の場合にはT波の増高及び異常Q波が見られるところ,原告Aの心電図所見ではT波の増高及び異常Q波が認められないこと(甲B10[3],乙A2[2,3],乙B7[7])に鑑みれば,原告Aの心電図検査の結果は典型的な急性心筋梗塞の状態を示すものとはいえないから,急性心筋梗塞は鑑別診断すべき一つの疾病となるにすぎず,診療に当たる医師としては,あく ],乙B7[7])に鑑みれば,原告Aの心電図検査の結果は典型的な急性心筋梗塞の状態を示すものとはいえないから,急性心筋梗塞は鑑別診断すべき一つの疾病となるにすぎず,診療に当たる医師としては,あくまで急性心筋梗塞の可能性を念頭に置かなければならないというにとどまるものというべきである。 そうすると,胸痛という典型的な急性心筋梗塞の臨床症状が認められず,また心電図検査の結果もST波の上昇は見られるものの,典型的な急性心筋梗塞の状態を示しているとはいえない状態にあり,かつ,熱感や血圧の状況には急性心筋梗塞以外の疾患を疑わせるような所見も認められたのであるから,心電図検査の結果が得られただけの段階においては,少なくとも循環器科を診療科目とせず,内科,リウマチ科,皮膚科,耳鼻咽喉科を診療科目とする被告診療所あるいは被告診療所に勤務する内分泌科,甲状腺を専門とする医師である被告Fにとっては,急性心筋梗塞を鑑別診断すべき一つの疾病として急性心筋梗塞の可能性があることを念頭に置いて検査・治療を続ける必要はあるものの,原告Aを直ちにPCI等専門的治療のできる専門医療機関に転送すべきことが医療水準となっていたものとは認められず,また,そのような義務があったと認めることもできない。そして,被告Fが心筋トロポニンT検査を実施し,それが陽性と判明した8月1日午後2時45分ころの時点ではじめて,被告Fに,原告AをPCI等専門的治療のできる専門医療機関に転送する義務が生じたものというべきである。 以上によれば,前記1認定のとおり,被告Fが,8月1日午後2時45分ころ心筋トロポニンT検査の結果が陽性と判明した直後に,原告Aに病状及び入院の必要性を説明し,午後2時50分ころにH医院に電話で患者の受入要請- 31 -を行い,午後3時15分ころ受入可能との回 ころ心筋トロポニンT検査の結果が陽性と判明した直後に,原告Aに病状及び入院の必要性を説明し,午後2時50分ころにH医院に電話で患者の受入要請- 31 -を行い,午後3時15分ころ受入可能との回答を得て,午後3時17分ころ救急車を手配した結果,午後3時23分ころ救急車が被告診療所に到着したことから,原告Aは,午後3時36分ころ救急車に収容されて被告診療所を出発し,その後原告Aの容体が悪化したため,急遽J大病院に搬送されることとなり,午後3時48分に同病院に到着したものであり,その間約1時間3分を要したものであるところ,この間,IがH医院に原告Aの心電図所見をファックス送信しようとしたが,H医院に到着せず,再度これを送信し直したという事情はあるものの(その原因が被告らにあるものと認めるに足りる証拠はない。),急性心筋梗塞(ST上昇型)の診療に関するガイドライン中には,急性心筋梗塞発症から3ないし12時間以内であれば,搬送時間を考慮し90分かつ発症12時間以内にバルーン拡張可能であれば,直ちにPCIが可能な施設に移送すべきであるとするものも存在すること(甲B17[1363,1364]),午後2時45分ころ以降,原告Aが不穏状態となりその対処が必要となっていたことなどに照らすと,本件において,被告Fに転送義務違反を認めるほどの転送措置の遅延があったということはできない。 4 結論以上の次第であり,原告らの本件請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部 裁判長裁判官村田渉 - 32 - 裁判官西澤健太郎 裁判官成田晋司は,転任のため,署名押印することができない。 所民事第34部 裁判長裁判官 村田 渉 裁判官 西澤 健太郎 裁判官 成田 晋司は,転任のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官 村田 渉
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