令和7年2月13日判決言渡令和5年(行ウ)第119号遺族厚生年金不支給処分取消等請求事件主文 1 本件訴えのうち、遺族厚生年金を支給する旨の裁定の義務付けを求める部分を却下する。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求 1 厚生労働大臣が令和3年7月27日付けで原告に対してした遺族厚生年金を 支給しない処分を取り消す。 2 厚生労働大臣は、原告に対し、令和3年6月25日受付に係る遺族厚生年金の裁定請求につき、遺族厚生年金を支給する旨の裁定をせよ。 第2 事案の概要本件は、厚生年金保険の被保険者であった夫の亡A(以下「A」という。) を心神耗弱の状態で殺害し、殺人罪で執行猶予判決を受けた原告が、遺族厚生年金の裁定を請求したところ、厚生労働大臣から、「被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者には、支給しないため。」との理由で、遺族厚生年金を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたため、被告を相手に、本件処分の取消しを求めるとともに、遺族厚生年金を支給する旨 の裁定の義務付けを求める事案である。 1 関係法令等の定め(1) 厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)76条1項前段は、遺族厚生年金は、被保険者又は被保険者であった者(以下「被保険者等」という。)を故意に死亡させた者には、支給しない旨規定する(以下、同項にいう「故 意」のことを「厚年法上の故意」という。)。 なお、国民年金法71条1項前段は、遺族基礎年金、寡婦年金又は死亡一時金は、被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者には、支給しない旨規定する。 (2) 昭和34年8月21日年福発第30号通知「『故意及び 1条1項前段は、遺族基礎年金、寡婦年金又は死亡一時金は、被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者には、支給しない旨規定する。 (2) 昭和34年8月21日年福発第30号通知「『故意及び重大な過失』の解釈について」は、国民年金法第三章第六節(69条~73条)給付の制限規 定に係る「故意」の意義につき、「故意とは自分の行為が必然的に障害又は死亡等の一定の結果を生ずべきことを知りながらあえてこれをすることをい(う)」としている(乙4)。 2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の各証拠又は全論の全趣旨により容易に認められる事実) (1) 当事者等ア原告(昭和26年▲月▲日生)とA(昭和25年▲月▲日生)は、昭和49年▲月▲日に婚姻した(甲1)。 イ Aは、昭和40年3月から平成28年8月までの合計617か月間(51年5か月間)にわたり厚生年金被保険者であり、平成27年3月以降、 老齢厚生年金及び老齢基礎年金を受給していた(乙1~3)。 ウ原告は、平成30年▲月▲日、原告方において、殺意をもって、Aの鼻腔及び口を枕等で圧迫するなどし、Aを窒息により死亡させた(以下「本件犯行」という。)(甲9)。 原告は、Aの死亡当時、その配偶者であって、Aによって生計を維持し ていたことから、「遺族厚生年金を受けることができる遺族」(厚年法59条1項)に該当する。 (2) 本件犯行に係る刑事事件の判決原告は、令和元年▲月▲日、Bにおいて、本件犯行につき、殺人罪により懲役3年、5年間執行猶予の有罪判決(以下「本件刑事判決」という。)の 言渡しを受けた。本件刑事判決において、原告は、「本件犯行当時、重度か ら中等度の大うつ病性障害のため心身耗弱の状態にあった」と認定されている。(甲9) 本件刑事判決」という。)の 言渡しを受けた。本件刑事判決において、原告は、「本件犯行当時、重度か ら中等度の大うつ病性障害のため心身耗弱の状態にあった」と認定されている。(甲9)(3) 本件処分等ア原告は、令和3年6月25日、厚生労働大臣に対し、遺族厚生年金の裁定を請求した(甲2)。 イ厚生労働大臣は、令和3年7月27日付けで、原告に対し、「被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者には、支給しないため。」として、遺族厚生年金を支給しない旨の本件処分をした(甲3)。 (4) 審査請求等ア原告は、令和3年10月28日、本件処分を不服として審査請求をした が、近畿厚生局社会保険審査官は、令和4年3月2日付けで、審査請求を棄却する旨の決定をした(甲4、5)。 イ原告は、令和4年5月6日、上記決定を不服として再審査請求をしたが、社会保険審査会は、令和5年1月31日付けで、再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲6、7)。 ウ原告は、令和5年7月27日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。 3 争点(1) 争点1(原告に厚年法上の故意があったか否か)(2) 争点2(厚年法76条1項前段に除外規定がないことが違憲か否か) 4 争点に対する当事者の主張 (1) 争点1(原告に厚年法上の故意があったか否か)(原告の主張)ア刑法上の故意と厚年法上の故意は異なること刑法では、故意は構成要件に含まれ、違法性及び責任とは区別された概念である。ところが、厚年法では、違法性や責任がない場合についても 故意がないものと解されており、厚年法上の故意は、違法性や非難可能 性などを総合的に考慮して判断されている。また、厚年法上の故意が刑法上の故意と同一であることを定 ない場合についても 故意がないものと解されており、厚年法上の故意は、違法性や非難可能 性などを総合的に考慮して判断されている。また、厚年法上の故意が刑法上の故意と同一であることを定める規定もない(なお、この点に係る最高裁判例や下級審裁判例はなく、学説も見当たらない。)。 したがって、刑法上の故意が認められる場合であっても、厚年法上の故意が否定されることはあり得るというべきである。そして、厚年法76 条1項が絶対的給付制限の規定であること(これに該当すれば一切の遺族給付が認められないこと)を前提とすれば、厚年法上の故意の有無については、同項の趣旨に立ち返り、一切の遺族給付を認めるべきでない事案かどうかを慎重に判断すべきである。 イ厚年法76条1項前段の趣旨からの考察 厚年法76条1項前段の給付制限の趣旨は、①被保険者を故意に死亡させた者に遺族給付を支給することが人々の倫理観に反すること、②年金財政の悪化を防ぐため、モラル・ハザードの観点から、保険加入者が保険加入していることを利用して積極的に不当な利益を得ようとすることを防ぐこと、及び③年金給付の事故となる偶然性が損なわれることを防止するこ とにある(堀勝洋「年金保険法(第5版)」297頁参照)。 これを本件についてみるに、①本件犯行は原告の精神疾患の強い影響下で行われたものであること、うつ病の自分には介護ができないと精神的に追い詰められた末の犯行であること、本件刑事判決において執行猶予がついていること、再審査請求において複数の参与が原告の請求を容認すべき との意見を述べていることなどからすれば、原告に遺族厚生年金を支給しても人々の倫理観に反することはない。また、②原告に不正受給の意図は一切なく、本件犯行の特殊事情からすれば、同様の状況 べき との意見を述べていることなどからすれば、原告に遺族厚生年金を支給しても人々の倫理観に反することはない。また、②原告に不正受給の意図は一切なく、本件犯行の特殊事情からすれば、同様の状況を作り上げて不当な利益を得ようとする者がいるとは考え難く、原告に遺族給付を認めることがモラル・ハザードを招来する可能性はない。さらに、③本件犯行の際 に原告が精神疾患の強い影響により正常な判断能力を失っていたこと(特 に行動制御能力を欠いていたこと)を踏まえれば、年金給付の事故に求められる偶発性(偶然性)が損なわれるということもできない。 以上によれば、本件において原告に遺族厚生年金の支給を認めることは、厚年法76条1項の趣旨を踏まえても問題はなく、むしろ、支給を認めるべき事案であるから、原告に厚年法上の故意はないというべきである。 ウ保険法51条1号の自殺免責規定からの考察 保険法51条1号の自殺免責規定につき、精神障害中の自殺は同号にいう自殺には該当しないというのが確立した判例・通説であるところ、精神障害中の自殺に該当するかどうかは、一般的に、①うつ病罹患前の被保険者の本来の性格・人格、②当該行為に至るまでの被保険者の言動及 び精神状態、③当該行為の態様、④他の動機の可能性等の事情を総合的に考慮して、うつ病が被保険者の自由な意思決定能力を喪失ないしは著しく減弱させた結果、自殺に及んだことが必要という4要素に基づき判断されている。そして、上記4要素に照らし、自由な意思決定に基づかず殺人を行ったと評価される場合には、保険法上の故意は認められない というべきであり、保険法と趣旨を同じくする厚年法上の故意についても同様に認められないというべきである。 これを本件についてみるに、刑事事件の鑑定書(甲10 は、保険法上の故意は認められない というべきであり、保険法と趣旨を同じくする厚年法上の故意についても同様に認められないというべきである。 これを本件についてみるに、刑事事件の鑑定書(甲10)において、①原告につき、もともと反社会的な人格要素や攻撃性や衝動性は認めないとされていること、②本件犯行時、原告はうつ病の急性増悪期にあり、病状 の程度は中等度から重症であったとされていること、③本件犯行の態様は、衝動的にAの鼻腔及び口を枕等で圧迫して殺害したというものであるが、大うつ病性障害によって思考・判断や行動制御能力は著しく影響を受けていたなどとされていること、④本件犯行の動機は、うつ病に起因する自罰的な感情や罪悪感から精神的に追い詰められ、苦しさから逃れるためには Aを殺すしかないとの病的な思考に基づくものであり、うつ病に起因する もの以外の動機はないとされていることが認められ、これらの事情からすれば、原告は、本件犯行時において、精神障害により自由な意思決定をする能力を喪失ないし著しく減弱していた状態にあったといえ、厚年法上の故意はないというべきである。 (被告の主張) ア刑法上の故意と厚年法上の故意を別意に解する理由がないこと厚年法上の故意は、自分の行為が必然的に障害又は死亡等の一定の結果を生ずべきことを知りながら、あえてこれをすることをいうと解すべきである(昭和34年8月21日年福発第30号)。厚年法上の故意と刑法上の故意を別意に解する理由はない。 原告は、心神喪失や正当防衛など違法性や責任がない場合について、厚年法上の故意がないと解されているなどとして、厚年法上の故意は刑法上の故意とは異なる旨主張するが、原告の指摘においても、心神耗弱の場合に厚年法上の故意がないとされているもので がない場合について、厚年法上の故意がないと解されているなどとして、厚年法上の故意は刑法上の故意とは異なる旨主張するが、原告の指摘においても、心神耗弱の場合に厚年法上の故意がないとされているものではない。 イ原告の主張イ(厚年法76条1項前段の趣旨からの考察)について 厚年法76条1項前段の給付制限の趣旨は、年金給付の事故となるような偶発性が損なわれることを防止し、モラル・ハザードによる年金財政の悪化を防ぐ点にある。 原告は、遺族厚生年金の被保険者であるAを故意に死亡させたのであるから、年金給付の事故に求められる偶発性が損なわれているし、そのよ うな原告が遺族厚生年金を受け取るのであれば、狭義のモラル・ハザード(保険加入者が、保険に加入していることを利用して、積極的に不当な利益を得ようとする意味)が生じ得ることを否定できない。本件刑事判決において心神耗弱が認められるにとどまった原告について、帰責性がないともいえない。このように、原告について、厚年法76条1項前 段の趣旨が当てはまらないということはできない。 ウ原告の主張ウ(保険法51条1号の自殺免責規定からの考察)について原告は、保険法の分野において被保険者の自殺が精神障害の影響を受けている場合の自殺免責規定適用の解釈を、公的年金において年金の受給権者が被保険者を故殺した場合の受給制限の解釈に用いるべきであるとする。 しかし、①公保険の一種である厚年法の給付制限の趣旨は、社会保障と しての年金給付の性格等にあり、私保険である保険法の議論が妥当するものではないし、②被保険者を故意により死亡させ、その行為により生じた被保険者の死亡の結果として、自らが公的年金を受給できるか否かは、保険法において自殺者の遺族等が保険金を受給できるか否かと 当するものではないし、②被保険者を故意により死亡させ、その行為により生じた被保険者の死亡の結果として、自らが公的年金を受給できるか否かは、保険法において自殺者の遺族等が保険金を受給できるか否かとは全く異なる。 また、③公的年金制度の枠内においても、自殺と故殺は明白に区別されて おり、自殺の場合の解釈を故殺に用いることは想定されていない。 したがって、保険法の分野において被保険者が自由な意思決定を阻害された状態で自殺した場合に保険者の免責が認められないことは、公的年金の受給権者が被保険者を殺害した場合の故意の有無を検討するに当たり、何らの根拠にもならない。 (2) 争点2(厚年法76条1項前段に除外規定がないことが違憲か否か)(原告の主張)仮に、厚年法76条1項前段に除外規定がないこと(例外のない絶対的給付制限規定であること)により、原告のように特段の酌むべき事情がある者が遺族厚生年金を受給することができないとすれば、本来給付が認め られるべき者が給付を受けられず、憲法25条の生存権が保障されないこととなる。よって、厚年法76条1項前段に除外規定が設けられていないことは、憲法25条2項に反し違憲である。 (被告の主張)遺族厚生年金に関しいかなる給付制限規定を設けるかは、立法府の広い 裁量に委ねられているところ、被保険者等を故意に死亡させた者に係る遺 族厚生年金の絶対的給付制限を定める厚年法76条1項前段は、年金給付の事故となるような偶発性が損なわれることを防止し、モラル・ハザードによる年金財政の悪化を防ぐ趣旨で規定されたものであって、当該規定が著しく合理性を欠くとは認められない。よって、同項前段に除外規定が設けられていないことは、憲法25条2項に反するものではない。 る年金財政の悪化を防ぐ趣旨で規定されたものであって、当該規定が著しく合理性を欠くとは認められない。よって、同項前段に除外規定が設けられていないことは、憲法25条2項に反するものではない。 第3 争点に対する判断 1 争点1(原告に厚年法上の故意があったか否か)(1) 厚年法上の故意の意義ア厚年法76条1項前段は、「遺族厚生年金は、被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者には、支給しない。」と規定するところ、 この規定における「故意」(厚年法上の故意)について、厚年法上特に定義は定められていないから、その意義については、基本的に、「故意」という法令用語の一般的な意義に即して理解すべきである。 そして、国民年金法第三章第六節給付の制限規定に係る昭和34年8月21日年福発第30号通知は、故意とは、自分の行為が必然的に死亡等の 一定の結果を生ずべきことを知りながらあえてこれをすることをいうとしているところ(関係法令等の定め(2))、このような理解は、「故意」という法令用語の一般的な意義、すなわち刑法上の故意の意義に即したものといえ、厚年法上の故意の解釈としても正当なものというべきである。 イ上記のとおり、厚年法上の故意の意義については、刑法上の故意の意義 (法令用語としての一般的な意義)と基本的に同一のものとして理解すべきであるが、被保険者等を死亡させたことにつき刑法上の故意が認められる場合であっても、厚年法76条1項前段の趣旨に照らし、厚年法上の故意を否定すべき場合があり得るか、また、あり得るとすればそれはどのような場合であるかが問題となる。 厚年法76条1項前段の趣旨は、主として、①年金給付の事故となるよ うな偶発性が損なわれることを防止し、モラル・ハザード(保険加入者 ばそれはどのような場合であるかが問題となる。 厚年法76条1項前段の趣旨は、主として、①年金給付の事故となるよ うな偶発性が損なわれることを防止し、モラル・ハザード(保険加入者が保険に加入していることを利用して積極的に不当な利益を得ようとすること)による年金財政の悪化を防ぐ点にあるものと解されるが、加えて、②被保険者等を故意に死亡させた者に遺族厚生年金を支給することが人々の倫理観(社会通念)に反する点や、被保険者等を故意に死亡させたという 反社会性に対する制裁的な意味もあると解される(株式会社法研「厚生年金保険法解説」612~614頁、堀勝洋「年金保険法(第5版)」297~298頁等参照)。しかるところ、例えば、正当防衛や緊急避難により被保険者等を故意に死亡させた場合には、①その特殊な状況等からすれば、年金給付の事故となるような偶発性が損なわれているとはいえず、モ ラル・ハザードが生ずるおそれも乏しいといえるし、また、②違法性が阻却され刑事責任が否定されることからしても、反社会性があるとはいえず、遺族厚生年金を支給することが人々の倫理観(社会通念)に反するともいえない。そうすると、このような場合につき厚年法上の故意を否定し、遺族厚生年金の給付制限の対象としない解釈は、厚年法76条1項前段の上 記趣旨に照らし、十分にあり得るものと考えられる(前掲堀勝洋「年金保険法(第5版)」298頁も同旨)。また、心神喪失により被保険者等を故意に死亡させた場合についても、違法性阻却事由に係る上記解釈と同様に解し得ると考えられる。 しかし、例えば、過剰防衛や過剰避難など違法性を阻却するに至らない 場合や、心神耗弱であって責任を阻却するに至らない場合については、①年金給付の事故となるような偶発性が損なわれる られる。 しかし、例えば、過剰防衛や過剰避難など違法性を阻却するに至らない 場合や、心神耗弱であって責任を阻却するに至らない場合については、①年金給付の事故となるような偶発性が損なわれる場合があり得るし、モラル・ハザードが生ずるおそれもあり得るといえ、また、②刑の減軽等の対象となり得るにとどまり、反社会性はあるといえ、遺族厚生年金を支給することは人々の倫理観(社会通念)に反するといい得る。そうすると、こ れらの場合についてまで厚年法上の故意を否定し、遺族厚生年金の給付制 限の対象としないという解釈は、厚年法76条1項前段の上記趣旨に照らし、採用し難いというべきである。 したがって、被保険者等を死亡させた者に刑法上の故意がある場合につき、違法性阻却事由や責任阻却事由があるときは、厚年法上の故意を否定する解釈があり得るが、違法性や責任を阻却するに至らないときは、厚年 法上の故意を否定することはできないと解するのが相当である。 (2) 本件における検討ア本件犯行において、原告は、Aに対し、その鼻腔及び口を枕等で圧迫するなどして、Aを窒息により死亡させたものと認められ(甲9)、そのような行為が必然的にAの死亡という結果を生ずべきことを知りながらあえ てこれをしたものであって、刑法上の故意があると同時に、厚年法上の故意もあると認められる。また、原告は、心神耗弱の状態にあったと認められるが、上記(1)イのとおり、このことをもって厚年法上の故意を否定することはできない。 よって、原告は、厚年法76条1項前段の「被保険者又は被保険者であ った者を故意に死亡させた者」に該当するから、遺族厚生年金を支給しない旨の本件処分は適法である。 イ原告は、本件犯行当時、中等度から重症の大うつ病性障害により の「被保険者又は被保険者であ った者を故意に死亡させた者」に該当するから、遺族厚生年金を支給しない旨の本件処分は適法である。 イ原告は、本件犯行当時、中等度から重症の大うつ病性障害により行動制御能力を欠いていたと主張するが、本件刑事判決の認定や精神鑑定書の内容(甲9、10)を踏まえても、原告が当時行動制御能力を欠いていたと は認められない(なお、原告は、本件刑事判決において心神喪失の状態であると認定されるべきであったとは主張していない。)。また、原告は、本件犯行当時、自由な意思決定能力を喪失していたとも主張するが、心神耗弱の状態であったことに照らし、意思決定能力を全く喪失していたとは認められない。原告の主張はいずれも採用することができない。 (3) 原告の主張について ア原告は、第2の4(1)(原告の主張)イのとおり、要旨、原告に遺族厚生年金を支給しても人々の倫理観に反することはなく、原告に遺族厚生年金の受給を認めることがモラル・ハザードを招来する可能性はなく、年金給付の事故に求められる偶発性(偶然性)が損なわれるということもできないなどとして、厚年法76条1項前段の趣旨に照らし、原告につき厚年 法上の故意を否定すべき旨主張する。 しかし、上記(1)イのとおり、違法性阻却事由や責任阻却事由があるため刑事責任が否定される場合はともかく、心神耗弱であって責任を阻却するに至らない場合にまで、厚年法上の故意を否定することはできず、このことは、被保険者等を死亡させた行為に関連する諸般の事情(殺害の動機、 経緯、精神状態等)によって左右されないというべきである。 なお、本件犯行に至る経緯や本件犯行時の精神状態等につき、原告が主張するように、原告に酌むべき事情があることは否定し難いが、Aが抵 経緯、精神状態等)によって左右されないというべきである。 なお、本件犯行に至る経緯や本件犯行時の精神状態等につき、原告が主張するように、原告に酌むべき事情があることは否定し難いが、Aが抵抗してもなお犯行を継続したことなど本件犯行の態様等(甲9)から見て、反社会性がないとはいえず、原告に遺族厚生年金を支給することが人々の 倫理観(社会通念)に反しないともいえない。また、原告は、本件犯行当時、心神耗弱にとどまり、意思決定能力を喪失していなかったことも考慮すると、年金給付の事故に求められる偶発性が損なわれないとも、モラル・ハザードを招来する可能性がないともいえない。原告の上記主張は採用することができない。 イ原告は、第2の4(1)(原告の主張)ウのとおり、要旨、精神障害中の自殺(うつ病が被保険者の自由な意思決定能力を喪失ないしは著しく減弱させた結果としての自殺)は保険法51条1号の自殺免責規定における自殺には該当しないという考え方を、厚年法76条1項前段の解釈に援用し得るとした上で、原告は、本件犯行時において、精神障害により自由な意 思決定能力を喪失していた状態にあったから、厚年法上の故意はないと主 張し、これに沿う意見書(甲12)を提出する。 しかし、精神障害中の自殺は保険法51条1号の自殺免責規定における自殺には該当しないという考え方を、同条2号及び3号の故殺免責規定の解釈に援用するという考え方を示している裁判例や文献は特に見当たらない。また、実質的に見ても、被保険者が自殺した場合に保険者が免責され るかという問題(同条1号)と、保険契約者や保険金受取人が被保険者を死亡させた場合に保険者が免責されるかという問題(同条2号、3号)とは、議論の基礎となる状況が大きく異なる。したがって、保 れ るかという問題(同条1号)と、保険契約者や保険金受取人が被保険者を死亡させた場合に保険者が免責されるかという問題(同条2号、3号)とは、議論の基礎となる状況が大きく異なる。したがって、保険法の解釈としても、自殺免責規定に係る精神障害中の自殺の議論を、故殺免責規定の解釈にそのまま援用することには無理がある。 しかも、昭和40年法律第104号による改正前の厚年法73条は、「被保険者又は被保険者であった者が、自己の故意の犯罪行為により、又は故意に、廃疾若しくは死亡又はこれらの直接の原因となった事故を生ぜしめたときは、当該廃疾又は死亡に係る保険給付は、行わず…」と規定し、被保険者等の自殺(故意に…死亡…を生ぜしめたとき)の場合につき、遺 族年金を含む保険給付を行わない旨の規定を置いていたが、昭和35年10月6日保険発第123号厚生省保険局厚生年金保険課長通知(乙5)は、保険者において自殺が正常な精神状態のもとになされたことを積極的に立証し得る場合を除いて、同条による給付制限は行わないものとしてその適用場面を限定し、その後、昭和40年法律第104号により厚年法73条 が改正され、被保険者等の自殺の場合に係る遺族厚生年金の給付制限は行われないこととなった(なお、自殺は「故意の犯罪行為」ではないため、厚年法73条の2の給付制限は適用されない〔乙4参照〕。)。このように、厚年法は、被保険者等の自殺の場合について、上記のような改正等を経て、遺族厚生年金の給付制限を行わないこととしているのであるから、 被保険者等の自殺と被保険者等の故殺とで全く異なる取扱いをしているの であり、保険法よりもなおさら、自殺の議論を故殺の議論に援用することは困難である。 そうすると、保険法の自殺免責規定に係る自殺の解釈を 被保険者等の故殺とで全く異なる取扱いをしているの であり、保険法よりもなおさら、自殺の議論を故殺の議論に援用することは困難である。 そうすると、保険法の自殺免責規定に係る自殺の解釈を、厚年法76条1項前段の故殺(故意に死亡させた)の解釈に援用することはできないというべきであり、前者の解釈が後者の解釈の参考になるものともいえない。 原告の上記主張は採用することができない。 ウ原告は、以上の主張のほかにも、執行猶予判決となったことにより相続人の欠格事由に該当しないような場合(民法891条1号の「刑に処せられた者」に該当しない場合)においては、厚年法76条1項前段による給付制限をすべきでないなどと主張するが、同項前段には民法891条1号 の「刑に処せられた者」といった定めはなく、解釈でこのような要件を補うことは困難であり、原告の上記主張は採用することができない。 2 争点2(厚年法76条1項前段に除外規定がないことが違憲か否か)(1) 厚生年金制度は、憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であるところ、同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置 を講じるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱、濫用とみざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない(最高裁昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁、最高裁平成19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2345頁参 照)。 (2) 厚年法76条1項前段は、「遺族厚生年金は、被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者には、支給しない。」と規定し、一切の除外規定を置いておらず、被保険者等を故意に死亡させた )。 (2) 厚年法76条1項前段は、「遺族厚生年金は、被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者には、支給しない。」と規定し、一切の除外規定を置いておらず、被保険者等を故意に死亡させた者については、どのような事情があろうとも、例外なく遺族厚生年金の受給権を発生させないことと している(絶対的給付制限)。しかるところ、上記1(1)イで説示した同項 前段の趣旨に照らせば、同項前段に除外規定が設けられていないこと(あるいは相対的給付制限とされていないこと)が、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱、濫用があるとみざるを得ないものとはいえず、憲法25条2項に反するとはいえない。原告の上記主張は採用することができない。 3 遺族厚生年金を支給する旨の裁定の義務付け請求について 遺族厚生年金を支給する旨の裁定の義務付け請求は、行政事件訴訟法3条6項2号のいわゆる申請型の義務付けの訴えであると解されるところ、上記のとおり本件処分は適法であり、同法37条の3第1項2号の「当該処分が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在である」場合には該当しないから、本件訴えのうち上記請求に係る部分は、不適法であり却下すべきである。 第4 結論よって、本件訴えのうち、遺族厚生年金を支給する旨の裁定の義務付けを求める部分は不適法であるからこれを却下し、その余の原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第7民事部 裁判長裁判官徳地 淳 裁判官中村雅人 裁判官牛濵裕輝 裁判官中村雅人 裁判官牛濵裕輝
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