平成14(受)310 保険金請求事件

裁判年月日・裁判所
平成14年10月3日 最高裁判所第一小法廷 判決 棄却 福岡高等裁判所 平成12(ネ)1249
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判決文本文5,121 文字)

主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人北村晴男,同加藤信之,同越谷哲成,同佐野周造,同熊谷祐一郎,同寒川智美,同高辻庸子の上告受理申立て理由について 1 原審が適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。 (1) 被上告人は,上告人との間で,昭和53年8月1日,下記内容の集団扱定期保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し,昭和63年8月1日,これを更新した。 記ア保険の種類集団扱定期保険契約イ被保険者乙ウ保険金受取人被上告人エ保険期間契約日から10年間オ死亡保険金普通死亡のとき7000万円,災害による死亡のとき1億2000万円カ免責条項被保険者が,保険契約者又は保険金受取人の故意により死亡した場合には,上告人は死亡保険金を支払わない(以下「本件免責条項」という。)。 (2) 乙の妻である丙は,乙の女性関係に悩んでいたが,平成9年9月16日深夜から翌17日未明にかけて,自宅において,故意に乙の頭部を殴打し,乙は,頭部打撲による脳挫傷で死亡した(以下「本件事故」という。)。なお,丙は,乙を死亡させた直後に自殺した。 - 1 -(3) 被上告人は,昭和44年に設立され,乙が一代で築き上げた,公共工事を中心とする土木建築業を行う会社であり,本件事故当時は有限会社であったが,その後株式会社に組織変更した。被上告人の取締役は,本件事故当時,乙,丙,両名の長男である丁及び乙の弟であるDの4名であった。被上告人は,設立から本件事故当時まで順調に売上げを伸ばし,平成6年から8年の年間売上高は, 織変更した。被上告人の取締役は,本件事故当時,乙,丙,両名の長男である丁及び乙の弟であるDの4名であった。被上告人は,設立から本件事故当時まで順調に売上げを伸ばし,平成6年から8年の年間売上高は,3億3000万円前後であり,従業員は,関連会社を含め,20名から30名程度であった。 本件事故当時,乙は,被上告人の代表取締役であり,いわばワンマン経営者として,業務のほとんどを支配していた。丙は,被上告人の請負工事の受注や工事の施工には関与しなかったが,主として従業員の給与計算や社会保険関係の事務を担当していた。丙は,事務所にある,手形帳,印鑑及び権利証等を保管する金庫の鍵を乙と2人で所持し,毎日出勤して丙専用の机で上記の事務手続を行い,また,借入れの切替えを行うために取引銀行と交渉し,手形を振り出したりして資金調達に関与し,決算の際には乙と税理士事務所に同道するなどしていたが,その役割は,乙が会社を運営していく上で必要な業務の補助的性質のものであり,経営者としての立場で業務に関与してはいなかった。なお,丁は,本件事故当時,取締役でありながら被上告人の業務にはほとんどかかわらず,家庭電気製品を販売する会社を経営していたが,乙の死亡に伴い,被上告人の代表取締役に就任した。Dは,被上告人の現場責任者の地位にあったが,その経営には関与していなかった。 被上告人における平成8年度の役員報酬の年額は,乙が1140万円,丙が660万円,Dが564万円,丁が266万円であった。本件事故当時の被上告人の資本の総額は1500万円であり,各人の出資額は乙が820万円,丙及びDが各160万円,丁が100万円等であった。 2 本件は,被上告人が本件保険契約に基づき災害死亡保険金の支払を請求する事案である。上告人は,被上告人の取締役であった丙が乙を故意により死亡さ 丙及びDが各160万円,丁が100万円等であった。 2 本件は,被上告人が本件保険契約に基づき災害死亡保険金の支払を請求する事案である。上告人は,被上告人の取締役であった丙が乙を故意により死亡させた- 2 -ことをもって,本件免責条項に該当すると主張する。 3 本件免責条項は,商法680条1項2号本文及び3号の規定と同旨のものであるところ,いずれもその趣旨は,生命保険契約において,保険契約者又は保険金受取人が殺人という犯罪行為によって故意に保険事故を招致したときにも保険金を入手できるとすることは,公益に反し,信義誠実の原則にも反するものであるから,保険金の支払を制限すべきであるというところにある(最高裁昭和41年(オ)第933号同42年1月31日第三小法廷判決・民集21巻1号77頁参照)。 【要旨1】本件免責条項は,保険契約者又は保険金受取人そのものが故意により保険事故を招致した場合のみならず,公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして,第三者の故意による保険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受取人の行為と同一のものと評価することができる場合をも含むと解すべきである。したがって,保険契約者又は保険金受取人が会社である場合において,取締役の故意により被保険者が死亡したときには,会社の規模や構成,保険事故の発生時における当該取締役の会社における地位や影響力,当該取締役と会社との経済的利害の共通性ないし当該取締役が保険金を管理又は処分する権限の有無,行為の動機等の諸事情を総合して,当該取締役が会社を実質的に支配し若しくは事故後直ちに会社を実質的に支配し得る立場にあり,又は当該取締役が保険金の受領による利益を直接享受し得る立場にあるなど,本件免責条項の趣旨に照らして,当該取締役の故意による保険事故の招致をもって会社の行為 ちに会社を実質的に支配し得る立場にあり,又は当該取締役が保険金の受領による利益を直接享受し得る立場にあるなど,本件免責条項の趣旨に照らして,当該取締役の故意による保険事故の招致をもって会社の行為と同一のものと評価することができる場合には,本件免責条項に該当するというべきである。 これを本件についてみるに,【要旨2】被上告人が,年間売上高が3億3000万円前後,従業員数が関連会社を含め20名から30名程度の有限会社であること,乙が被上告人の業務のほとんどを支配しており,丙は,代表権のない取締役であり,主として従業員の給与計算や社会保険関係の事務を担当していたものの,その- 3 -役割は乙が被上告人を運営していく上で必要な業務の補助的性質のものであり,丙が経営者としての立場で被上告人の業務に関与してはいなかったこと,丙が乙の女性関係について悩んでおり,乙を死亡させた直後に自殺していることなど上記事実関係の下においては,丙が被上告人を実質的に支配し又は事故後直ちに被上告人を実質的に支配し得る立場にあったということはできず,また,丙が保険金の受領による利益を直接享受し得る立場にあったということもできず,公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして,丙が個人的動機によって故意に乙を死亡させた行為をもって被上告人の行為と同一のものと評価することができる場合には当たらないというべきである。なお,丙が資金調達面の事務に関与するため,金庫の鍵を所持し,取引銀行と交渉するなどの役割を果たしていたことや,役員報酬の年額が乙に次ぐものであったことなどの事実を考慮しても,丙の行為をもって被上告人の行為と同一のものと評価することができる場合に当たるということはできない。そうすると,本件免責条項に該当しないとして,被上告人の保険金請求を認容すべきも 事実を考慮しても,丙の行為をもって被上告人の行為と同一のものと評価することができる場合に当たるということはできない。そうすると,本件免責条項に該当しないとして,被上告人の保険金請求を認容すべきものとした原審の認定判断は,正当として是認することができる。 論旨は,原審の専権に属する証拠の取捨判断,事実の認定を非難するか,又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず,採用することができない。 よって,裁判官深澤武久の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 裁判官深澤武久の反対意見は,次のとおりである。 私は,取締役が故意に保険事故を招致した場合に,取締役の当該行為をもって会社の行為と同一のものと評価することができるときは,本件免責条項に該当するとの法廷意見の基準に賛成するが,本件事案においては,公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして,丙が故意に乙を死亡させた場合をもって被上告人の行為と同一のものと評価することができる場合には当たらないとする法廷意見- 4 -に賛同することはできない。 その理由は次のとおりである。 1 本件免責条項の趣旨は,保険契約者,保険金受取人が被保険者を故意に死亡させた場合に,保険金の請求を認めることは,公益及び信義誠実の原則に反し,保険事故の偶然性の要求にも合わないところにある。同族会社の取締役が被保険者である代表者を故意に死亡させた場合の免責条項該当性については,公益,信義誠実の原則及び保険事故の偶然性の要求を重視して判断されなければならない。 2 法廷意見の示す基準を公益,信義誠実の原則に照らし,保険事故の偶然性の要求を考慮して本件にあてはめた場合,丙が乙を故意に死亡させた行為を被上告人の行為と同一のものと評価することができ,本件免責条項に該当するという 基準を公益,信義誠実の原則に照らし,保険事故の偶然性の要求を考慮して本件にあてはめた場合,丙が乙を故意に死亡させた行為を被上告人の行為と同一のものと評価することができ,本件免責条項に該当するというべきである。 (1) 法廷意見が摘示する原審の確定した事実関係によれば,被上告人は,出資金1500万円(本件事故当時),年間売上金3億3000万円程度の,乙が一代で築いたワンマン経営の有限会社で,丙は代表権のない取締役であった。このような規模の被上告人において,丙の平成8年度の役員報酬の年額は,乙に次ぐもので,他の取締役の報酬を超えるものであったこと,丙が被上告人の金庫の鍵を所持し,借入れについて取引銀行と交渉し,手形を振り出すなど資金調達面を担当し,決算の際には乙と税理士事務所に同道していた。このようなことからすれば,丙の立場,役割は,被上告人の業務の補助的性質にとどまるものではなく,丙と被上告人は,経済的利益の共通性があり,丙が保険金を管理する権限を有しており,また,保険金受領による利益を直接享受し得る立場にあったものというべきものである。 (2) さらに,丙は,被上告人の業務に関して,法廷意見の指摘するところに加えて,従業員等に歳暮を送ったり,自宅でもてなしをしたり,飲食費を肩代わりしたほか,従業員が乙に叱責された時に間をとりもつなど気配りが行き届き,明朗な- 5 -性格とあいまって,従業員からの信頼が厚かったことが,原審において確定されている。取締役である長男丁は,他の会社の代表者をしており,被上告人の業務に関与していなかった。また,乙死亡により,被上告人の資本の総額における丙の持分は,仮に法定相続分に従って相続したとすると,570万円となり,38%と社員の中で最も多い出資割合になることなどに照らすと,丙は,事故後直ちに会社を実 亡により,被上告人の資本の総額における丙の持分は,仮に法定相続分に従って相続したとすると,570万円となり,38%と社員の中で最も多い出資割合になることなどに照らすと,丙は,事故後直ちに会社を実質的に支配し得る立場にあったものと評価することができる(丙は,乙殺害後,自殺しているが,保険金受取人が被保険者を殺害し,その直後に自殺を遂げ,殺害当時保険金取得の意図を有しなかったときでも,保険者は,保険金支払の責を免れることは,当審判例の示すところである。前掲最高裁昭和41年(オ)第933号同42年1月31日第三小法廷判決参照)。 3 上記のとおり,保険金受取人である被上告人の取締役である丙が代表者である乙を死亡させた本件において,丙が乙の女性関係について悩み,乙を死亡させた直後に自殺しており,その行為が個人的動機によるものであることを考慮しても,丙の行為は被上告人の行為と同一のものと評価することができる。被上告人の保険金請求権を認めることは,公益及び信義誠実の原則に反し,保険事故の偶然性の要求に適合しないものである。したがって,これを認容した原判決を破棄して被上告人の請求を棄却すべきである。 (裁判長裁判官深澤武久裁判官井嶋一友裁判官藤井正雄裁判官町田顯裁判官横尾和子)- 6 -

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