令和6年2月8日宣告広島高等裁判所令和5年第66号現住建造物等放火被告事件原審山口地方裁判所令和3年(わ)第152号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中180日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人濵田隆弘作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用するが、論旨は、⑴原審には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、⑵被告人に完全責任能力を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、⑶被告人を懲役3年6月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というものである。 そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討する。 なお、弁護人の主張内容に鑑み、以下、控訴理由の論理的順序にかかわらず、事実誤認をいう論旨に対する判断を示した後に訴訟手続の法令違反をいう論旨に対する判断を示すこととする(以下、略称等は原判決のそれと同様であり、月日は令和3年の月日であり年は省略する。)。 第1 事実誤認をいう論旨について原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、被告人が、実母が現に住居に使用し、かつ、同人が現にいる本件居宅に放火しようと考え、本件居宅1階北側洋室内の床面及びベッド上の布団に消毒用アルコールをまいた上、ライターで点火して火を放ち本件居宅を全焼させた、というものである。原判決は、被告人の責任能力について、被告人は解離性同一性障害の診断基準を満たしており、自身が「ベース」と呼んでいる主人格の他、「本体」及び「別」と呼んでいる人格が存在し、これらが意識しないところで切り替わり頻繁に出現していたことは否定できないが、 の診断基準を満たしており、自身が「ベース」と呼んでいる主人格の他、「本体」及び「別」と呼んでいる人格が存在し、これらが意識しないところで切り替わり頻繁に出現していたことは否定できないが、 主人格と他の人格との間には異質性はなく、どの人格も主人格から派生したものにすぎず、主人格と他の人格はほぼ同一であって連続性やつながりが強いものと評価でき、解離性同一性障害は本件犯行にほとんど影響していないとの鑑定医の証言を踏まえ、「本体」や「別」といった人格は、主人格である「ベース」から派生した連続性のあるものといえ、被告人はその供述によっても本件犯行当時火をつけることが悪いことであると認識していたことは明らかであり、善悪を判断する能力が低下していたとの疑いは生じず、また、解離性同一性障害の精神症状として、主人格とは異なる人格が出現し、記憶に一部欠落する部分があるとしても、別人格が主人格から派生した連続性の強いものであることからすれば、その精神症状は本件犯行当時の被告人の行動を決定し、コントロールする能力に著しい影響を及ぼしたとは考え難く、なお、本件放火の際には被告人は「別」の状態であったというが、その状態は離人感の症状が表れているにすぎないと指摘されており、行動をコントロールする能力が制限されていたとの疑いは生じないから、被告人の解離性同一性障害の精神症状が、本件犯行当時の被告人の善悪を判断する能力や、行動をコントロールする能力を失わせたり、著しく低下させたりすることはなかったものと認められるとの判断を示したものである。 1⑴ 被告人の精神鑑定を行ったB医師は、犯行前後及び犯行時におおむね被告人の記憶が保たれており、合目的的で一貫した行動をとっていることなどから、主人格と別人格に異質性はなく連続性やつながりが強いものと評価でき 精神鑑定を行ったB医師は、犯行前後及び犯行時におおむね被告人の記憶が保たれており、合目的的で一貫した行動をとっていることなどから、主人格と別人格に異質性はなく連続性やつながりが強いものと評価でき、被告人が「別」の状態のときに経験しているというテレビの画面越しに自分の行動を見ており画面に選択肢が出るけれど選べないという感覚は、離人感ないし現実感消失という状態で被告人自身が選んでいる実感がないだけであり、考えた結果行動することができるという意味での現実検討が保たれていることなどから、被 告人の解離性同一性障害の精神症状が本件犯行に与えた影響はほとんどないとの鑑定結果を証言し、本件犯行の動機は分からないが結論は変わらないと判断しているところ、原判決の認定判断はこのようなB医師が証言する鑑定結果を基礎としている。 ⑵ 所論は、B医師の証言について、①被告人の供述によれば犯行前後及び犯行時の記憶が保たれているとは評価できない、②行動が合目的的で一貫していると評価した事情には、B医師の推測にすぎないところや被告人供述と整合しないところがある上、放火後すぐに自宅を離れず、自宅を出た後も近郊を回り、結局自宅に近い警察署の横にある店舗に戻ったことなどの行動について適切な評価がなされていない、③別人格の間は記憶がない、あるいは途切れ途切れであるため、主人格と別人格で記憶が共有されているとはいえず、別人格の間に送信したメッセージは普段の被告人が送信するメッセージとはまるで異なっていることなどからすれば、主人格と別人格に異質性がなく連続性が強いという評価は誤っている、④現実検討とはDSM-5の定義では「自らが置かれた状況や取るべき行動を検討すること」であり行動制御を含まないのに、B医師は現実検討を考えた結果行動することができるという いという評価は誤っている、④現実検討とはDSM-5の定義では「自らが置かれた状況や取るべき行動を検討すること」であり行動制御を含まないのに、B医師は現実検討を考えた結果行動することができるという意味まで含むとしており、独自の見解をもとに犯行への影響を判断している、⑤精神障害が犯行に及ぼした影響を考える上で動機は極めて重要な要素であるにもかかわらず、B医師は具体的な検討をせずに犯行に与えた影響はほとんどないと判断しているなどと指摘し、被告人の鑑定を行ったB医師の証言には前提条件や評価に問題があるというのである。 しかしながら、上記所論①の指摘についてみるに、被告人は、原審公判廷において、犯行時及びその前後における自己の行動に関して記憶がないと述べる部分もあるが、自宅に到着して自転車を移動させ、 自室につながる物置場に座って部屋をぼうっと見た後、ホーロー容器に消毒用アルコールを入れてチャッカマンで火をつけ蓋で消した、3回以上火をつけた、部屋にアルコールをまき、ベッドにもまいた、その後、ロールスクリーンを下げて物置場から火を見ていた、何かをポケットに入れて立ち去った、火をつけた実感がなかったので携帯電話で火事のことを検索したなどと述べているのであり、本件犯行時の自己の行動状況だけでも、被告人は所論がいうような想像でつなぎ合わせたとは考え難い具体的で特徴的な内容の供述をしているのであって、犯行前後及び犯行時におおむね記憶が保たれていると指摘するB医師の評価に何ら不合理なところは認められない。上記所論②の指摘についてみても、B医師の証言には、自転車を移動させた理由は逃走手段の確保であるとする点など、被告人がそのような行動を取った理由について明確に述べていないところを推測で補って判断しているとみられる部分もあるが、被 B医師の証言には、自転車を移動させた理由は逃走手段の確保であるとする点など、被告人がそのような行動を取った理由について明確に述べていないところを推測で補って判断しているとみられる部分もあるが、被告人の客観的な行動状況等に照らせば、そのような推測が必ずしも不合理であるなどとはいえない。また、所論が指摘する放火後の行動も、自ら放火した家が燃える様子を確認し、その後周囲を徘徊し、家出中に過ごした場所に移動したというものであって、被告人の行動は、自宅に火を放ちそれなりに混乱していたにしても、およそ合目的的でないとか支離滅裂で一貫していないなどとは認められない。所論の指摘は、それなりに合目的的で一貫性があるというB医師の判断を論難するに足るものとはいえない。上記所論③の指摘についてみても、被告人は、頻繁に人格が切り替わっていた時期とされる犯行当時においても、前後の行動の大まかな流れを記憶し、前記のとおり犯行の状況をおおむね記憶しているのであるから、被告人がいう「本体」の場合を中心に一部記憶に欠落があると述べているところを考慮しても、このような記憶状態を主人格と別人格に異質性が なく連続性が強いという評価の根拠の一つとしたB医師の判断が不合理であるなどとはいえない。また、被告人が家出中に出会い系サイトで知り合った者に対して送信したメッセージに関し、その表現ぶりについても、B医師は、出会い系サイトという特定の場に見合った役割を演じているものと考えられ、そのやり取りの中でも被告人が言及する自己や家族についての基本情報は間違っていないと証言し、メッセージの表現が人格間の異質性を示すものでないことを具体的に指摘しているのであるから、所論の指摘は上記判断を左右するものとはいえない。上記所論④の指摘についてみても、B医師は、「別」の状態に 、メッセージの表現が人格間の異質性を示すものでないことを具体的に指摘しているのであるから、所論の指摘は上記判断を左右するものとはいえない。上記所論④の指摘についてみても、B医師は、「別」の状態について、選べないわけではなく選べない感じがするということであると述べているほか、「別」の状態を含む一連の推移において、行為の連続性があり目的志向的で、状況に即応した合目的的な行動に及んで犯行に至っていることをも指摘しており、これらの証言内容等からすれば、B医師は、「別」を含む一連の推移において行動制御能力も認められ、離人感の症状によって行動制御能力が失われるわけではないという趣旨の説明をしているものと解されるのであって、「離人感または現実感消失の体験の間、現実検討は保たれている」という観点のみから行動制御能力の判断をしているものとはみられないのであるから、所論はB医師が証言する判断内容を左右するような指摘とはいえない。上記所論⑤の指摘についてみても、B医師は、本件犯行の動機について明示的には述べていないものの、前記メッセージの記載内容から本件犯行の目的にはいわゆる不満の発散などといったことが含まれると理解しているものと考えられるところ、B医師は、本件犯行動機を断定的に説明することをしていないにすぎず、もとより動機が了解不能なものであっても犯行に影響を及ぼすことはないなどと判断しているものではない。所論はB医師の判断を的確に論難する指摘とは いえない。 なお、所論は、家族に対して抱える葛藤等、本件の動機となり得る事情の存在が認められるとしている原判決に対し、被告人は、家族については、好きとか嫌いとかよく分からない、苦手と述べるにとどまり、犯行の動機とはなり得ないし、被告人自身は本件犯行の理由については分からないと述べており るとしている原判決に対し、被告人は、家族については、好きとか嫌いとかよく分からない、苦手と述べるにとどまり、犯行の動機とはなり得ないし、被告人自身は本件犯行の理由については分からないと述べており、出会い系サイトでのやり取りは別人格の影響を受けている可能性があるから了解可能な動機はなく、また、幻聴が影響している可能性もあるなどともいうのである。しかしながら、前述したとおり、上記メッセージは被告人の本来の人格とは異質の人格をもってしか説明できないものとはいえず、このメッセージの内容も含めて動機となり得る事情は、被告人が原審公判廷で述べる家庭内での立場、実母や弟に対する感情等とも矛盾のないものであるから、原判決の判断が不合理であるなどとはいえない。また、被告人は当時犯行に影響を与えたと疑わせるような具体的な幻聴があったと供述しているものでもないから、幻聴の可能性をいう所論も採用の限りではない。 2⑴ 原判決は、B医師の証言を踏まえ、被告人が述べる各人格との間で性格等の相違は見られず、基本的に共通していること、人格の切り替わりに伴って行動を変えようとした形跡がみられないこと、家出をしてから放火に至るまでに一貫性を欠いた行動や不自然不合理な行動は見当たらないと指摘して、「本体」や「別」といった人格は、主人格である「ベース」と性格や考え方においてほとんど違いがなく、「ベース」から派生した連続性のあるものであるとの判断を示している。 ⑵ このような原判決の判断について、所論は、実母、弟、職場の同僚らは別人格の性格や状態を知らず、本件犯行のあった夜に初めて会いその時間も1時間に満たないAの認識を別人格の性格と評価すること はできず、別人格の趣味嗜好は証拠上現れていないし、出会い系サイトの相手とのメッセージのやり取りをみても た夜に初めて会いその時間も1時間に満たないAの認識を別人格の性格と評価すること はできず、別人格の趣味嗜好は証拠上現れていないし、出会い系サイトの相手とのメッセージのやり取りをみても主人格と別人格で性的指向の内容や程度、家族に対する感情は全く異なり、また、過去の茨城県への家出のことは被告人自身よく覚えておらず詳しい状況は明らかでなく、人格が「ベース」に切り替わったとしても意識せずに再び「本体」「別」に切り替わるので行動を変えることができたとはいえないし、そもそも、被告人は高校生の頃には人格の切り替わりが起きていたから、切り替わりや記憶の欠落にも対処できていたというにすぎない、さらに、事件当時の被告人の記憶が大きく欠落していることは行動の一貫性や連続性が欠如していることの証左であるし、被告人は家出をするまで実母と良好な関係にあり仕事上も問題なく過ごしていたのに突如として家出をするに至ったのであって、普段の被告人と一貫性のある行動とはいえず、他にも、自転車を自宅から離れた場所に移動させ、アルコールを容器に入れて火をつける行動を3回以上も繰り返し、着火剤や灯油もあったのにそれらを使わず、一定時間火を見つめ、証拠品となるチャッカマンを持ち出し警察に声を掛けられるまで持ち続け、既に指摘したとおり自宅を出た後近郊を1時間以上かけて回り警察官が目星を付けていた店舗に戻り、警察官の前でわらび餅を食べるなど、不自然不合理な行動がみられるなどと指摘し、「本体」や「別」は主人格とほとんど違いがなく「ベース」から派生した連続性のあるものという原判決の判断には誤りがあるというのである。 しかしながら、被告人は、高校生の頃から別人格が出現していたというのであるが、仮にその別人格が主人格とは全く独立した異質なものであるなら、同居してい 決の判断には誤りがあるというのである。 しかしながら、被告人は、高校生の頃から別人格が出現していたというのであるが、仮にその別人格が主人格とは全く独立した異質なものであるなら、同居していた実母や弟、職場の同僚等において、本来の被告人の言動としてはおよそ説明できない異質な言動について誰一人一度も気付くことがなかったとは考え難いのであって、周囲の者が 被告人の異質な言動を認識したことがあったという事情は一切うかがわれないのであるから、Aの認識を取り上げるまでもなく、被告人がいう別人格なるものが本来の人格とは独立した異質なものであるとの説明はやはり不自然であり、これまでの被告人の言動等からは何ら裏付けられていないといわざるを得ない。そして、被告人は、5月18日に家出をするまで、通常通り出勤し実母と通常の生活をする一方で、5月4日以降同月27日までの間、出会い系サイトで知り合った複数の人物とメッセージのやり取りをしているが、この間、被告人の述べるところでも、人格が頻繁に切り替わっていたにもかかわらず、被告人は、実母を含む家族への反感、家では自分を抑えていてストレスがあること、過去に建造物に放火したことがあること、火を見ると落ち着くこと、復讐として放火を匂わす文言など、自宅に放火するという行動に向かう一貫した内容のメッセージを送り、その後、実際に本件居宅に放火し、犯行後も携帯電話機で山口の火災情報を検索するなど、放火の意識、意図に沿う行動をしているのである。これらの事実は、被告人のいう別人格が主人格から派生した連続性のあるものであることをよく説明し得るものといえるのである。また、既に述べたとおり、犯行当時の被告人の記憶が大きく欠落しているとはいえず、犯行前のメッセージのやり取りについても全くの別人格によるものと考えな であることをよく説明し得るものといえるのである。また、既に述べたとおり、犯行当時の被告人の記憶が大きく欠落しているとはいえず、犯行前のメッセージのやり取りについても全くの別人格によるものと考えないと説明がつかないものではない。被告人が当時実母と平穏に暮らしていたとしても、被告人は、原審公判廷において、母親のことは苦手で家族といるときにストレスを抱えており、過去に茨城県に家出した際、「ベース」に戻った後も母親と会いたくないから実家に戻らなかったと述べているのであるから、家出が普段の被告人の行動と一貫性のない行動とはいえない。その余の所論が指摘する被告人の行動については、個々の行動の意味合いはそれなりに理解し得ないわけではなく、 いずれも被告人がその家族と住む自宅に放火したという本件犯行の経過において、およそ一貫性を欠いた不可解な行動であるなどと断じることはできない。 その他所論が指摘する事情を検討してみても、別人格は主人格である「ベース」とほとんど違いがなく、「ベース」から派生した連続性のあるものと評価した原判決の判断に合理的な疑いを生じさせるような事情は見当たらない。 3 さらに、所論は、行動制御能力の本質は、犯行が悪いことと判断できている場合にその行為を行わないでいることができる能力であり、被告人においては、人格の切り替えをコントロールすることはできず、本件当時は犯行前後を通じて人格が頻繁に切り替わり、火をつけるときは「別」の状態にあり選択肢を選ぶことができなかったのであり、原判決のいうように「精神症状が犯行へのためらいを抑えるものであり」「被告人自身が選択肢を選んでいる実感がない」のであれば、被告人が本件犯行を思いとどまることができたということには合理的な疑いが残るなどというのである。 しかしながら、 いを抑えるものであり」「被告人自身が選択肢を選んでいる実感がない」のであれば、被告人が本件犯行を思いとどまることができたということには合理的な疑いが残るなどというのである。 しかしながら、B医師は、被告人の人格が意識しないところで切り替わることを踏まえた上で、既に述べた諸事情から、別人格は主人格とほぼ同一で連続性があると評価しているのであって、所論の指摘を踏まえてみても、その判断が不合理であるなどということはできない。「別」の状態における離人感による「選択している実感がない」というのは、既に述べたとおり、B医師によれば、選べないわけではなくて選べないような感覚があるというにすぎないのであって、被告人は主人格とほぼ同一で連続性のある人格において本件犯行を行い、その犯行当時において、火をつけることが悪いことであると認識し、その上で、状況に即応した一貫性のある合目的的行動をとっており、自己の判断に従って選択 した行動を実行し得る能力を有していたとみられ、是非弁別能力はもとより、行動制御能力を欠く又は著しく減退していたと疑わせる事情は見当たらないのであるから、そのような離人感が被告人の責任能力に著しい影響を与えたものと解することはできない。所論は、本件犯行を主人格とは異質で連続性を欠く独立の別人格によるものとの理解の下、その別人格に対して主人格がコントロールできたかどうかを問題として原判決の判断を論難するものであって、そのような所論は前提を異にしており採用の限りではない。 4 以上のとおり、所論はいずれも原判決の責任能力に関する判断を的確に論難するものではなく、所論の指摘を踏まえてなお十分に検討してみても、原判決の判断に論理則、経験則等に照らし特段不合理なところは認められず、本件犯行当時、被告人に完全責任能力があっ する判断を的確に論難するものではなく、所論の指摘を踏まえてなお十分に検討してみても、原判決の判断に論理則、経験則等に照らし特段不合理なところは認められず、本件犯行当時、被告人に完全責任能力があったと認定した原判決の判断に誤りはない。 事実誤認をいう論旨は理由がない。 第2 訴訟手続の法令違反をいう論旨について論旨は、要するに、原審の証拠採否の判断について訴訟手続の法令違反をいうものであるが、具体的には、原審は、原審弁護人が請求した弁27号証及び弁28号証を必要性なしとして却下したが、これらの証拠は、事件直後の取調べにおいて、被告人が意識を失い、激しく痙攣し、自身を制御できなくなり机を何度もたたくという行動をしていたことが記録されている録音録画映像であり、被告人の解離性同一性障害の症状とその程度が重いことを直接的かつ具体的に立証するものであって、責任能力だけでなく情状面でも重要かつ必要性の高い証拠であるから、原審の決定は証拠の必要性の判断を誤ったものである、というのである。 しかしながら、上記各証拠の内容が所論のいうようなものであるとしても、録画された被告人の状態が解離性同一性障害の精神症状を示すも のかどうかは明らかではなく、また、それが直ちに本件犯行当時の精神状態を示すものとはいえない上、被告人の解離性同一性障害の症状やその程度については、被告人の精神鑑定を行った鑑定人の証人尋問により明らかにされているのであるから、上記各証拠を必要性なしとして却下した原審の訴訟手続に違法があるなどとはいえない。 訴訟手続の法令違反をいう論旨も理由がない。 第3 量刑不当をいう論旨について原判決の量刑事情の認定及び評価等その量刑判断は、量刑の理由の項において説示するところを含め、おおむね相当として是認す 訴訟手続の法令違反をいう論旨も理由がない。 第3 量刑不当をいう論旨について原判決の量刑事情の認定及び評価等その量刑判断は、量刑の理由の項において説示するところを含め、おおむね相当として是認することができる。 1 所論は、まず、原判決は、犯行態様が危険で悪質であり、結果も重いとし、動機や経緯に酌むべき点はないとしているが、①実母はすぐに本件居宅から退出しており、隣接する民家等の建物や人に被害はなく、本件居宅については火災共済金等が支払われ、付近の小学校の防球ネットの損傷については被害弁償がされていることを適切に考慮していない、②本件犯行には解離性同一性障害が影響しており、被告人は犯行動機については分からないと述べているのであるから、動機が身勝手で非難を免れないとの評価は当たらないなどと指摘して、本件を同種事案の中でも比較的重い部類に属すると判断した原判決の評価は誤りであるというのである。しかしながら、上記所論①についてみるに、被告人は、深夜、現に実母が就寝し、住宅等が隣接している本件居宅に放火し、全焼させているのであり、所論の指摘を考慮しても、本件は不特定又は多数人の生命、身体、財産を脅かす危険で悪質な犯行であったというべきであって、結果も重大と評価した原判決の判断に誤りはない。原判決も、財産的被害が填補されていることは相応に考慮しているとみられるところ、公共危険犯としての性質を有する本件犯行の悪質さや生じた結果の重大 性に鑑みれば、事後的な財産的被害の回復は基本的な本件犯情評価を左右するような事情とはいえない。上記所論②についてみても、原判決も、その説示内容をみれば、本件犯行当時被告人が解離性同一性障害に罹患していたという事情をも踏まえた上で量刑判断をしているものとみることができ、動機については確定的な認 所論②についてみても、原判決も、その説示内容をみれば、本件犯行当時被告人が解離性同一性障害に罹患していたという事情をも踏まえた上で量刑判断をしているものとみることができ、動機については確定的な認定はできないが、被告人には、家族に対して抱える葛藤等、動機となり得る事情の存在が認められ、その他に被告人に本件犯行に及んだことについて酌むべき事情があるとはうかがわれないのであるから、身勝手で非難は免れないと評価した原判決の判断に誤りがあるとはいえない。 また、所論は、③前科は10年前の事件であり、解離性同一性障害の影響を受けていた可能性があることを踏まえると、前科を殊更重要な要素として考慮すべきでない、④被告人は元来犯罪傾向のある粗暴な人物ではなく、真摯な反省を口にできないのは解離性同一性障害の影響であり、そのような状態にありながらも、被告人は、被害者に悪いことをしたと述べ、積極的に治療をすることを述べているのであるから、反省するとの言葉がないことをもって、真摯な反省がないと評価すべきでない、⑤実母や近隣住民が、一般的な宥恕にとどまらず、被告人の早期の社会復帰を願い実刑に処せられることを望んでいないことは、極めて有利な事情として考慮すべきであるなどと指摘して、その刑の執行を猶予すべきであるというのである。しかしながら、上記所論③についてみると、前科は10年前とはいえ可燃物を燃え上がらせて火力により建造物を損壊するという本件と同様の態様によるものであり、また、解離性同一性障害の影響があったとしても、被告人は、その当時から病識があったのであれば、それを踏まえた更生の機会があったのに適切な対応をせずに再び同種の犯行に至っているのであるから、このような前科を無視することはできないという限度で考慮した原判決の判断が不当であるとはい れば、それを踏まえた更生の機会があったのに適切な対応をせずに再び同種の犯行に至っているのであるから、このような前科を無視することはできないという限度で考慮した原判決の判断が不当であるとはい えない。上記所論④及び⑤についてみると、被告人が更生に向けた態度を示し、実母や近隣住民が被告人の早期の社会復帰を望んでいるにしても、これらの事情は考慮するにも限度のある一般情状に関わる事情であり、犯情評価を基本とする量刑判断を大きく左右するまでの事情とはいえない。 所論はいずれも採用の限りではなく、本件犯情等に照らせば、原判決も指摘する被告人のために斟酌し得る事情をなお十分に考慮してみても、本件は執行猶予が許容される事案とはいえず、原判決の量刑判断はやむを得ないものというべきであって、被告人を懲役3年6月に処した原判決の量刑は刑期の点においても重過ぎて不当であるとは認められない。 量刑不当をいう論旨も理由がない。 2 なお、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、実母の依頼を受けた社会福祉士により更生支援計画が策定されており、被告人は、解離性同一性障害の治療を受けることに同意し、住居も確保されているなどといった事情が認められる。しかしながら、これらの原判決後の事情は、あくまでも一般情状に関わる被告人の今後の更生に資する事情であり、その事柄の性質に照らせば、そのような事情が認められるからといって、原判決の量刑を事後的に見直す必要が生じているとはいえない。 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 令和6年2月9日 る未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 令和6年2月9日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官森浩史 裁判官富張真紀 裁判官家入美香
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