平成12年(わ)第244号,平成13年(わ)第2号,第4号,第31号各殺人,強盗予備,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件 主文 被告人Aを死刑に,被告人Bを懲役18年に処する。 被告人Bに対し,未決勾留日数中600日をその刑に算入する。 被告人Aから,押収してある自動装てん式けん銃1丁(平成13年押第8号の21),サイレンサー1個(同号の22),実包16個(同号の23),自動装てん式けん銃1丁(同号の19),サイレンサー1個(同号の20),実包3個(同号の9ないし11),回転式けん銃1丁(同号の14)及び実包4個(同号の15ないし18)を没収する。 理由 (被告人両名の身上経歴等) 1 被告人Aは,昭和27年12月9日静岡県で出生し,中学2年生の時に父の営む木工所が倒産したため,家族が北海道旭川市に移り住み,Aはその希望で一人静岡県に残って生活したものの,中学3年生の時に北海道に行き,父の働く木工所で仕事を手伝うなどしていた。Aは,その後,再び静岡県に戻って運輸会社で働いていたが,交通事故が原因で北海道の親元へ戻り,母の勤める食堂で働き,17歳の時に同食堂で働いていた北海道出身の現在の妻と知り合って,昭和46年に同人と結婚し,同人との間に3人の子をもうけた。Aは,同妻とは昭和54年に一度離婚して,その後別の女性と再婚したが,その後も現在の妻との交際を続け,再婚した女性と離婚した後の平成11年10月再び現在の妻と結婚した。Aは,現在の妻と1度目の結婚をした後の昭和48年から土建業を経営していたが,手形をだまし取られたことなどから資金繰りが悪化し,昭和54年に交通事故を装って保険金合計2000万円余りをだまし取った詐欺等の犯行に及び,これらにより昭和57年に懲役2年6月に処せられて服役した。Aは,昭和58年ころ,服役の間にa会系の暴力団組員 昭和54年に交通事故を装って保険金合計2000万円余りをだまし取った詐欺等の犯行に及び,これらにより昭和57年に懲役2年6月に処せられて服役した。Aは,昭和58年ころ,服役の間にa会系の暴力団組員と知り合い,服役後,その舎弟となって暴力団組員としての活動を始めた。その後,Aは,昭和60年に覚せい剤取締法違反(覚せい剤の自己使用)の罪で懲役10月に,昭和61年に同じく覚せい剤取締法違反(覚せい剤の自己使用)の罪で懲役1年2月に処せられたが,このころ,服役中にc会の暴力団組員と知り合い,出所後,同会での活動を始め,平成2年2月ころ被告人B〈当時旧姓〉と知り合ってAの若い衆にした。同年10月ころ,Aは,5代目b組d組内e組の舎弟となり,e組内f会を名乗って活動を始めたが,同年11月から12月にかけて,暴力団への密売目的でけん銃合計90丁余り及びけん銃用実包合計約1500発を入手して所持していたという銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」ともいう。)違反,火薬類取締法違反の罪を犯し,平成3年8月に懲役7年に処せられ,平成10年4月服役を終えて出所した。出所後も,Aは,平成12年6月ころe組を破門になるまで,暴力団組員として活動した。 2 被告人Bは,昭和44年10月2日千葉県で出生したが,小学校低学年の時に父が病死し,小学校4年の時にBほか4名のきょうだいを置いて母が出奔したため,以後は養護施設で育ち,昭和60年に中学校を卒業した。Bは,高校に進学したが,程なく中退して運送店の手伝いなどをし,昭和61年に窃盗罪で中等少年院に,昭和62年に強盗未遂罪等で特別少年院に送致された。平成元年ころ,千葉県内で土工として勤務した先の社長が暴力団組員であったことから,Bは,その若い衆として暴力団の活動を始め,平成2年2月ころ,知人を介して当時c会組員であ で特別少年院に送致された。平成元年ころ,千葉県内で土工として勤務した先の社長が暴力団組員であったことから,Bは,その若い衆として暴力団の活動を始め,平成2年2月ころ,知人を介して当時c会組員であったAと知り合い,意気投合してAの若い衆として活動するようになった。平成3年8月Aが前記銃刀法違反等の罪で服役した際,Bは,Aとの連絡役をするため,平成3年12月にAを養親として養子縁組をし,その後,札幌市で運送業のアルバイト等をしていた。Bは,平成7年にいわゆるデン助賭博のおとり客(さくら)となった賭博幇助罪で罰金刑に処せられ,平成9年3月,生活苦から車上狙い等をしたことにより,窃盗,窃盗未遂罪で同年5月に懲役1年2月(3年間刑執行猶予)に処せられたが,同年10月再度車上狙いをしたため,平成10年1月窃盗罪により懲役1年2月に処せられ,前記執行猶予も取り消されて併せて服役し,平成12年3月12日に刑務所を出所した。この間,Bは,前記きょうだいとは養護施設を卒園したころから現在に至るまで音信不通の状態であり,また,母とは,Bが20歳のころに一度再会したものの,平成7年ころから再び連絡が取れなくなっており,出所後は,後記Pビルの事務所等でAと生活を共にしていた。 (第1の犯行に至る経緯) 1 Aは,平成10年4月,銃刀法違反等の罪による服役を終えて刑務所を出所した後,平成11年9月ころ,Eと知り合い,平成12年3月ころ,東京都豊島区〈以下略〉にあるPビル5階に共同で事務所を借りてそれぞれ仕事をしていた。そのころ,Bが刑務所を出所し,AとBは生活,行動を共にするようになった。 2 Cは当時5代目b組2代目g会h組i一家の副長,Dは当時同i一家若頭の地位にあったところ,同i一家組長であったFとCとの間にはかねてから確執があった。平成10年ころ,Cは にするようになった。 2 Cは当時5代目b組2代目g会h組i一家の副長,Dは当時同i一家若頭の地位にあったところ,同i一家組長であったFとCとの間にはかねてから確執があった。平成10年ころ,Cは,Dに,Fの殺害の話を持ちかけ,その後も,FとCの溝は深まり,CとDは,折に触れて,殺害を引き受けてくれそうな外国人マフィア等を探すために外国人と接触するなどしていた。 3 Aは,前記銃刀法等違反を実行した際,Lにけん銃24丁及び適合実包を保管料150万円で預けていたが,同人が,これらのけん銃等を警察官に提出したために自分の刑が重くなったと考え,また,けん銃等の一部をLが勝手に売却した様子であったことから,平成10年10月ころ,Lに会って金を払うように求めた。しかし,Lは,結局これに応じず,平成11年3月ころ,同人の父が暴力団j一家の元総長で,Fがかつて同一家の系列に属していたというつてを頼って,富山県高岡市〈以下略〉所在のi一家組事務所に逃げ込んだ。その後,Aは,同組事務所でD及びCと面談したところ,Aの説明を聞いたCやDは,Lの話よりもAの話が筋が通っていると考えた。そこで,Dは,同組事務所にいたFにその旨報告したが,Fは金の支払いを渋ったため,結局,Gから貸与を受けて,Aに100万円又は150万円を渡した。この件をきっかけに,AとDは相互に電話をかけて連絡を取り合う関係となった。 4 平成12年1月24日ころ(以下は,全て平成12年の出来事である。),Aは,Aに中国人マフィアに関する情報がないか聞いてみようと考えていたC及びDからの誘いで,同人らと東京都新宿区所在のQホテルで会った。Aは,C及びDから,「実は,殺したい人間がいるんだけど,外国人を使ってそいつを殺してもらえないか。」,「どれくらい(金が)かかりますか。」などと切り出された と東京都新宿区所在のQホテルで会った。Aは,C及びDから,「実は,殺したい人間がいるんだけど,外国人を使ってそいつを殺してもらえないか。」,「どれくらい(金が)かかりますか。」などと切り出された。Aは,1500万円くらいかかるなどと答えたが,Aの若い衆2人が同席していたため,具体的な殺害依頼を受けるには至らなかった。そのころ,Aは,Dにけん銃の購入を勧めたところ,4月下旬ころ,Dからけん銃を購入したいという連絡があった。そこで,Aは,5月2日にDから代金120万円の振込みを受けた後,自動装てん式けん銃1丁(平成13年押第8号の19),サイレンサー1個(同号の20)及び適合実包16個を密売人を介してDに送付し,数日後,Dはこれらを受領した。 5 Aは,いよいよCとの間でFの殺害をAに依頼することを決めたDから,一度高岡に来てほしいと頼まれ,富山県高岡市に行くこととした。Aは,6月1日,飛行機で富山県に向かい,同日昼過ぎころ到着して,富山空港に迎えに来ていたD運転の自動車に乗り,高岡市内のホテルRに向かった。同ホテル又は同ホテルに向かう途中の前記自動車内で,Aが,Dに,殺したい人間がいるという話は誰のことか聞いたところ,Dは,Aに,「実は,俺の所のオヤジをやってほしいんだ。」などと言って,Fの殺害を依頼した。引き続き,同ホテルの喫茶店で,AはDからFを殺害する理由などを聞いていたが,この間,Dが,携帯電話をかけてCも呼び出そうとしたので,Aは,目立ってしまい犯行発覚の手がかりになってしまうおそれがあると考えて,これを制止した。Aは,同日午後6時ころから,D運転の自動車に乗り,Dの案内でFの家やFの愛人の家等を見て回り,一度ホテルに戻った。その後,Aは,Dと夕食を共にすることになったが,この時もDはCを呼び出そうとしたので,前同様の理由 ころから,D運転の自動車に乗り,Dの案内でFの家やFの愛人の家等を見て回り,一度ホテルに戻った。その後,Aは,Dと夕食を共にすることになったが,この時もDはCを呼び出そうとしたので,前同様の理由でこれを制止した。同ホテルに宿泊したAは,翌6月2日,一人で富山空港に向かう途中に高岡市内の地図を購入してから,飛行機で東京に戻った。 6 Aは,かねて,中国人グループとつながりを持っていたEから,中国人グループが強盗をするのに適当な会社や個人の家等に関する情報を教えてほしいと頼まれていた。Aは,Dからの依頼をEを介して中国人らに持ちかけることとし,そのころ,前記Pビルの事務所で,Eに「強盗に見せかけて,殺してほしい奴がいるんだけど,中国人に頼むことはできないか。」などと話した。Eが中国人マフィアにその話を伝えることを了解したので,Aは,Dから支払われる約束になっていた1500万円のうち,まず約半分に相当する800万円を送金してもらおうと考え,Dにその旨依頼し,6月7日,DからPビルの事務所に宅配便で送付されてきた800万円をMを介して受け取った。また,そのころ,Aは,Dから,F方付近の住宅地図のコピー2枚(高岡市全図のコピー1枚及びW〈地番略〉の住宅地図のコピー1枚)を受け取ったほか,隠し金庫の位置等の説明が付記されているF方内の見取図,FG夫婦のみが写っている写真の送付を受けた。この写真は,ゴルフ場で,FG夫婦をCとDが挟み4人横一列に並んで写っていた写真のうち,CとDが写っている両端部分が切り離され,FG夫婦が写っている部分のみが残されたものであった。更に,Aは,Aが購入してきた高岡市内の地図をコピーしたものを貼り合わせて,自らF方付近の地図1枚(W駅付近の住宅地図1枚)を作成した。 7 Aは,そのころ,前記Pビルの事務所で,中国人グルー った。更に,Aは,Aが購入してきた高岡市内の地図をコピーしたものを貼り合わせて,自らF方付近の地図1枚(W駅付近の住宅地図1枚)を作成した。 7 Aは,そのころ,前記Pビルの事務所で,中国人グループ側の中心人物であるHらと会い,Hに対し,強盗に見せかけてFG夫婦を殺害してくるように依頼した。しかし,Hに殺人はしないと断られたため,結局,AはHに強盗のみを依頼してHから承諾を受け,前記800万円の中から準備金として200万円をEを介してHに交付した。6月中旬ころ,Aは,埼玉県川口市内のカラオケ店等で,Eと共に,Hら中国人グループと打ち合わせを重ねる一方,Bにも,中国人を使った強盗を計画しているので,中国人を自動車に乗せて石川県を経由して富山県まで連れて行く役や,宅配便を装って相手に玄関を開けさせる役をするように言い,Bはこれを了解した。 8 6月17日ころ,A,B及びEは,高岡市に行ってF方を下見し,F方に向かうルートやF方の様子をビデオカメラで撮影した。6月21日,A,B,E及びHら中国人グループが,東京都武蔵野市〈以下略〉にあるホテルSの1室に集まり,Aらは,Hら中国人グループに,F方等の様子が収録されているビデオテープを再生して見せるとともに,Dから入手した前記写真,見取図及び地図,Aが作成した地図,Aが入手してきた自動装てん式けん銃1丁(平成13年押第8号の21),サイレンサー1個(同号の22)及び適合実包16発(同号の23)をHら中国人グループに渡した。当初,強盗は6月25日に実行する予定であったが,Fに葬儀参列の予定が入ったため実行予定日が6月28日となり,Hは,6月27日,実行行為を担当する中国人らを埼玉県川口市内のカラオケ店に集めて強盗の謀議を遂げた。しかし,Eが用意してきた自動車の調子が悪かったため,結局6月30日に 予定日が6月28日となり,Hは,6月27日,実行行為を担当する中国人らを埼玉県川口市内のカラオケ店に集めて強盗の謀議を遂げた。しかし,Eが用意してきた自動車の調子が悪かったため,結局6月30日に実行することとなった。Aらは,この時までに,バール等の強盗の道具や偽造ナンバープレートを用意したほか,Eに普通乗用自動車(ワゴン車)を手配させてその準備を済ませた。 9 6月29日午後0時30分ころ,中国人らは,後記「T」駐車場で,前記自動装てん式けん銃やバール等が積み込まれた普通乗用自動車ほか1台の自動車2台に分乗し,同普通乗用自動車をKが運転し,Bがほか1台の自動車を運転し,K運転の自動車を先導して石川県経由で富山県に向かい,もって,判示第1の強盗予備の犯行に及んだ。 (罪となるべき事実第1)被告人両名は,E,H,I,J,Kらと共謀の上,富山県高岡市〈以下略〉F方に押し入り,金品を強取する計画のもとに,被告人B,K,I,Jらにおいて,平成12年6月29日午後0時30分ころ,埼玉県草加市〈以下略〉T駐車場において,自動装てん式けん銃1丁(平成13年押第8号の21),サイレンサー1個(同号の22),適合実包16個(同号の23),脇差し1振,バール8本,住宅地図写し等を積載した普通乗用自動車ほか1台に乗車し,Kが同自動車を運転し,被告人Bがほか1台の自動車を運転し,K運転の自動車を先導して石川県経由で富山県に向けて出発し,同日午後7時30分ころ,金沢市k町〈以下略〉付近駐車場に至り,もって,強盗の罪を犯す目的でその予備をしたものである。 (第2の各犯行に至る経緯等) 1 Bらは,同日,金沢市に到着した後,Bは中国人らを引率してF方をもう一度下見し,翌朝に出発することを決めたうえ,I,K,Jら5名と,B及び他の中国人らとに別れて金沢市内の2つのホ に至る経緯等) 1 Bらは,同日,金沢市に到着した後,Bは中国人らを引率してF方をもう一度下見し,翌朝に出発することを決めたうえ,I,K,Jら5名と,B及び他の中国人らとに別れて金沢市内の2つのホテルに分宿した。しかし,6月30日午前7時12分ころ,Iらが自動装てん式けん銃等が入ったかばんを持ってバール等が積載された普通乗用自動車に乗り込み出発しようとした際,不審者が宿泊しているという通報を受けて付近に張り込んでいた警察官が,Iを逮捕し,強盗予備の犯行が発覚した。A及びEは,B及び中国人らが石川県経由で富山県に向けて出発した後,E運転の普通乗用自動車(以下「チェイサー車」ともいう。)で,6月30日午前4時14分ころ東京都内の練馬インターから関越自動車道に入って富山県方面に向かい,北陸自動車道を経て,同日午前8時09分ころ金沢東インターに到着した。しかし,同日午前7時30分ころ,Bからの電話連絡等により中国人らが警察官に捕まって強盗の計画が実行不能になったことが分かった。Aは,同日午前9時07分ころ,Dにそのことを電話で連絡した。 2 Aは,6月30日にDに計画の失敗を電話で連絡した際,Dとの間で機会をうかがって再度計画を実行することとする一方,Aが中国人らに渡した地図や写真等が押収されていないかなどの捜査に関する情報を教えてもらうようDに依頼した。その後,AとEは,前記チェイサー車に積載されていた偽造ナンバープレートや脇差しを,石川県羽咋郡l町〈以下略〉所在のUダム近くの駐車場付近に隠した。その後,Aに対し,中国人らから,Eを通じて弁護料を負担してほしいという要求があった。Aは,7月3日ころDに400万円の送金を求め,Dから,同月4日に200万円,同月6日に200万円の銀行振込を受けて,合計400万円を受け取った。Aは,この400万 担してほしいという要求があった。Aは,7月3日ころDに400万円の送金を求め,Dから,同月4日に200万円,同月6日に200万円の銀行振込を受けて,合計400万円を受け取った。Aは,この400万円のうち50万円を,Eを通じてHに渡した。 3 7月10日ころ,Aは,Dから,「中国人たちが写真などを持っていたらしい。中国人たちが持っていたオヤジと姉さんの写真は,3枚しかなくて,俺の写真がなくなっていることがばれたら,俺が疑われる。何とかしてくれないか。」という連絡を受けた。Aは,Eに連絡を取って,Eを通じてHにそのような事実がないか聞いたが,EからHはこれらを絶対に捨てたと言っているなどと報告を受けたため,Dに対して,中国人は持っていっていないと言っていると連絡をした。しかし,Dが強く抗議してきたので,AもHに再度確認しようとしたが,そのころからHらとは連絡が取れなくなってしまった。 4 7月12日昼ころ,Aは,Dから,今度は,「オヤジが警察の要請で中国人が持っていた写真などを確認しに行くことになった。明日昼ころまでに,オヤジが金沢東警察署に行く予定になっている。」という連絡を受けるとともに,「何とかこれを止めないと,俺が中国人に写真を渡したことが分かってしまい,俺が殺されてしまう。Aさん〈当時旧姓〉何とかしてくださいよ。」などと暗にF殺害を依頼された。Aが,Eにそのことを伝えると,Eは,AからEにも危害が及ぶ可能性があるなどと聞かされたため,最後には,Aに,「冗談じゃあないですよ。そんなことにならないように,やられる前にきちんと手を打って下さいよ。」と言ってF殺害を促した。Aは,その後もDから再三にわたって同様の電話を受けたため,高岡市に行くこととした。同日午後4時8分から9分ころ,AとBは,東京都台東区〈以下略〉の通称アメや横町内の いよ。」と言ってF殺害を促した。Aは,その後もDから再三にわたって同様の電話を受けたため,高岡市に行くこととした。同日午後4時8分から9分ころ,AとBは,東京都台東区〈以下略〉の通称アメや横町内のスポーツ用品店で,ジャンパーや帽子を各自購入した。Aは,Dとの電話の際,Dに3名で高岡市に行くことを伝えるとともに,Dとの間でDがけん銃2丁を準備することが決まった。 5 その後,AとBは,B運転の普通乗用自動車(以下「センチュリー車」という。)に乗り,同日午後8時50分ころ練馬インターから関越自動車道に入り,途中,Eと,あらかじめ合流場所として決めておいた高坂サービスエリアで合流し,同サービスエリアでEが運転してきたチェイサー車のナンバープレートに,番号を写真撮影されないようにするための半透明のカバーを取り付けるなどして,Aが同乗するB運転のセンチュリー車及びE運転のチェイサー車の2台で,北陸自動車道を経由して高岡市に向かった。Aは,まず,先に偽造ナンバープレート等を隠しておいたUダムに行き,同所でナンバープレートを取り替えることとし,Dに対し,国道159号線を通り,県道29号線(高岡羽咋線)からUダムに一たん向かい,その後,同県道を通って高岡市内に入ると連絡するとともに,Dとの間で,同ダムから同県道を高岡市方面に向かう道路の途中でDと落ち合い,Dからけん銃等を受け取ることを決めた。 6 Aは,B運転のセンチュリー車が金沢東インターを降りた翌7月13日午前3時27分ころ,Dに金沢東インターに着いたという連絡をし,その約30分後にUダムに到着して,先に同ダムに到着していたEと合流した。Aは,Bにチェイサー車のナンバープレートを取り替えておくように指示したうえ,一人でセンチュリー車を運転して前記県道29号線を高岡市方面に30分くらい進んだとこ に同ダムに到着していたEと合流した。Aは,Bにチェイサー車のナンバープレートを取り替えておくように指示したうえ,一人でセンチュリー車を運転して前記県道29号線を高岡市方面に30分くらい進んだところで,対向車線を走行してきていたDと合流した。Dは,先にAから購入していた自動装てん式けん銃1丁及びサイレンサー1個,別にDらが入手していた回転式けん銃1丁(平成13年押第8号の14)並びにこれらの適合実包(同号の9ないし11,15ないし18はその一部)を持参してきており,Aは,Dが運転してきた車の中で,これらの自動装てん式けん銃等を受け取った。その際,AはDに「俺たちがやるの。」と聞いたが,Dから改めて「お願いしますよ。」などと言われた。Aは,自動装てん式けん銃と回転式けん銃のそれぞれに実包を装てんしたほか,実包2発をポケットに入れ,Uダムに戻った。 7 Aは,受け取ったけん銃を試射することとし,B及びEと共に,石川県羽咋郡l町〈以下略〉付近で停車し,同所の林道を奥に入った場所(以下「試射現場」ともいう。)で,Aは自動装てん式けん銃を2発発射し,BはAの指示で回転式けん銃を1発発射した。Aは,Bが発射する様子を見て,その腕前が悪く,誤って自分に弾丸が当たってしまうかもしれないなどと考えたことから,Bらに気づかれないように注意しながら,回転式けん銃の弾倉から空薬きょう1個と実包1個を抜いてその場に投棄し,弾倉を回転させて引き金を2回引いても弾丸が発射されないようにした。このとき,回転式けん銃の発射音がかなり大きかったことから,Eは,Aらに対し,回転式けん銃の上にセカンドバッグを被せて発射すれば音が小さくなると助言した。そこで,Aは,Bが持っていた化粧ポーチを被せて回転式けん銃を発射することとし,Bは,前記のように2回撃っても弾丸が発射されな けん銃の上にセカンドバッグを被せて発射すれば音が小さくなると助言した。そこで,Aは,Bが持っていた化粧ポーチを被せて回転式けん銃を発射することとし,Bは,前記のように2回撃っても弾丸が発射されないようにされた回転式けん銃を,空にした化粧ポーチの中に入れて持っていた。Aら3名は,センチュリー車をその場に置き,E運転のチェイサー車にAとBが同乗して試射現場から出発した。その後,午前5時25分ころ,富山県氷見市内でチェイサー車のタイヤがパンクしたため,AはDに連絡して工具等を持ってきてもらうように依頼したが,午前5時40分ころ付近のバス営業所で工具を借りて修理することができたため,Dは組事務所に戻り,Aらは,午前6時24分ころ同市内のガソリンスタンドでタイヤのパンクを修理した。 8 Aは,FG夫婦の所在について,先に,Dから「今晩,オヤジ夫婦は強盗から狙われているので,姉さんが家に帰るのを嫌がって事務所に泊まることになった。」と聞いていたところ,午前6時ころ,Dから「まだ,しばらく,オヤジ夫婦は事務所から出ないようだ。」と連絡があった。そこで,Aらは,午前7時ころ,富山県高岡市〈以下略〉のコンビニエンスストアで朝食を買って食べたが,このとき,Aの指示でガムテープも購入した。その後,Aらは,F方近くにある高岡市〈以下略〉所在のV株式会社ショールーム南側駐車場(以下「V駐車場」という。)に移動して待機し,この時までにAやBは購入した前記ジャンパー等を着るなどして準備したが,Bは,化粧ポーチ内に入れておいた回転式けん銃の弾倉を確認したところ,実包2発が抜けていてそのままでは直ちに発射できない状態になっていたことに気づき,弾倉を回すなどして,直ぐに弾丸を発射できる状態にした。 9 午前8時57分ころ,V駐車場で待機していたAらに,Dから「オヤジた 抜けていてそのままでは直ちに発射できない状態になっていたことに気づき,弾倉を回すなどして,直ぐに弾丸を発射できる状態にした。 9 午前8時57分ころ,V駐車場で待機していたAらに,Dから「オヤジたちが家に帰ることになった。」と連絡があり,続いて午前8時59分ころ,「今,オヤジたちが事務所を出ました。紺色のベンツが行くはずだから,見ていてください。」などと連絡があった。Dは,このころ,犬の散歩のためにF方に行くこととなっていたNに電話をかけ,組事務所にFらが忘れていったバッグ等を取りに来させてF方に近づかないようにした。一方,Aは,なかなかベンツがやってこないと思っていると,Dから電話があり,「もう,とっくに着いているはずだ。家に行って見てきてください。」という連絡があった。Aは,F方の前を通ると,Nと思われる若い衆がいる様子だったので,Dからの電話に対し,「若い衆も来ているし,だめだ。」などと言ってV駐車場で待機するなどしていたが,更に,Dから,「今,ほかに誰もいません。今から5分は大丈夫だから,すぐに行ってください。」という連絡があったので,Aら3名は直ちにF方に向かい,F方付近で,Aが自動式けん銃を,Bが回転式けん銃を持ってE運転のチェイサー車から降り,F方に入って,判示殺人及び銃刀法違反の犯行に及んだ。 (罪となるべき事実第2)被告人両名は,C及びDと共謀の上,前記第1の事実に関する写真(F及びGが写ったカラー写真の切れ端)等の証拠品が警察に押収されていて,Fが警察署に証拠品の確認に行くという情報を得たことから,F及びGの口を封じて前記第1の事実,ひいてはFG夫婦殺害計画の発覚を防ぐとともに,Gについては併せて被告人両名によるF殺害を隠ぺいするなどの目的で,F及びGを殺害しようと企て, 1 平成12年7月13日午前9時30 前記第1の事実,ひいてはFG夫婦殺害計画の発覚を防ぐとともに,Gについては併せて被告人両名によるF殺害を隠ぺいするなどの目的で,F及びGを殺害しようと企て, 1 平成12年7月13日午前9時30分ころ,前記第1のF方1階8畳和室において,F(当時56歳)に対し,殺意をもって,被告人Aにおいて,あらかじめ準備して所持していた自動装てん式けん銃(平成13年押第8号の19)で,Fの頭部等をめがけて実弾2発を発射し,それぞれ同人の左鼻孔前縁及び右下顎角部に命中させ,よって,即時同所において,同人を右下顎角部銃創による脳損傷により死亡させて殺害した, 2 前記第2の1の日時ころ,前記第1のF方1階北東4.5畳和室において,G(当時52歳)に対し,殺意をもって,被告人Aにおいて,あらかじめ準備して所持していた前記第2の1の自動装てん式けん銃で,Gの後頭部及び背部をめがけて実弾2発を発射し,それぞれ同人の左後頭部及び右背面に命中させ,よって,即時同所において,同人を左後頭部銃創による脳損傷により死亡させて殺害した, 3 前記第2の1の日時ころ,前記第1のF方において,前記第2の1の自動装てん式けん銃及び回転式けん銃(同号の14)各1丁を,同自動装てん式けん銃に適合する実包8個(うち3個は同号の9ないし11),同回転式けん銃に適合する実包4個(同号の15ないし18)と共に携帯して所持したものである。 (事実認定の補足説明等)第1 本件審理経過の概要及び争点等被告人両名は,いずれも第2回公判期日における被告事件に対する陳述(罪状認否)で,全ての公訴事実(ただし,各殺人及び銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件については,被告人両名の共謀によるという当初の訴因に対する罪状認否である。)を認めたが,AはD及びCの本件各犯行への関与を秘匿し続け,また,被告 だし,各殺人及び銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件については,被告人両名の共謀によるという当初の訴因に対する罪状認否である。)を認めたが,AはD及びCの本件各犯行への関与を秘匿し続け,また,被告人両名が,いずれも自分がけん銃を発射してF及びG殺害の実行行為をしたと供述していたため,F及びG殺害の実行行為者が,A,Bのいずれであるかが主たる争点とされていた。しかし,このような状況下で,第28回公判期日にいったん審理が終結した後(以下「第1次結審」ともいう。),A及びBに付されていた接見等禁止が付されなくなり,AやBが暴力団関係者らと接見したことや,AがBに信書を送ったこと等を契機に,A及びBが,検察官に対してそれまでとは異なる供述を始めた。すなわち,BはF及びG殺害の実行行為者はAであると供述し,AはD及びCの関与を認める旨供述した。そのため,弁論が再開され,再開後の第29回公判期日において殺人及び銃刀法違反の各公訴事実につきD〈当時旧姓〉を共犯者に加える訴因変更が,第31回公判期日において同各公訴事実につき更にCを共犯者に加える訴因変更がなされた。しかし,その一方,A及びBは殺意等(計画性や積極性を含む)について否認ないしあいまいな供述をするなどし,また,Aは,第32回公判期日のAに対する被告人質問からCの関与を否定する供述に転じた。 そこで,以下,まず,①FG夫婦殺害の実行行為者について判断を示したうえ,弁論再開後の主要な争点である,②AのF及びGに対する殺意等,③BのF及びGに対する殺意等及びAとの殺人の共謀の有無(Bは幇助犯にとどまるとの弁護人の主張に対する判断も含む)について順次判断を示し,更に,④D及びCとの殺人の共謀の有無についても本件の罪となるべき事実の認定に必要な限度で判断を示し,最後に,⑤自動装てん式けん銃の加重 るとの弁護人の主張に対する判断も含む)について順次判断を示し,更に,④D及びCとの殺人の共謀の有無についても本件の罪となるべき事実の認定に必要な限度で判断を示し,最後に,⑤自動装てん式けん銃の加重所持罪にかかる適合実包の個数について判断することとする。 第2 FG夫婦殺害の実行行為者について関係各証拠によれば,F及びGはいずれも自動装てん式けん銃(以下,単に「自動式けん銃」という。)でそれぞれ2発ずつ撃たれて殺害されたことが認められるところ,A及びBは,一方が自動式けん銃を他方が回転式けん銃を所持してF方に入り,途中両被告人がけん銃を交換した形跡は窺われないから,自動式けん銃を所持してF方へ入った一人の人物がF及びGを殺害したと認められる。ところで,被告人両名は,F方に入る前に各けん銃をそれぞれ試射しているところ,F方で自動式けん銃を所持しそのけん銃で殺害の実行行為をした人物が同じ自動式けん銃を試射し,F方で回転式けん銃を所持していた人物が同じ回転式けん銃を試射したものと考えるのが最も自然である。この点,Eは,試射の際,Aが自動式けん銃を,Bが回転式けん銃を試射したと,捜査・公判を通じて一貫して供述している〈証拠略〉。Eは,Bが試し撃ちをしたとき,ぎこちない様子でけん銃を持っていたので,Bが試し撃ちする様子を注意して見ていたから,Bが回転式けん銃を発射したことは間違いないなどと,その根拠を説明しているところ,Bのけん銃の発射技能が拙劣であったことはAも一致して供述しているうえ,その供述内容には具体的な心情描写も含まれている。しかも,AとBがそれぞれどちらのけん銃を試射したのかは,E自身の刑事責任の軽重に大きな影響を与える事項ではなく,Eがことさらにこの部分について虚偽の供述をする動機は乏しい。これらに鑑みると,Aが自動式けん とBがそれぞれどちらのけん銃を試射したのかは,E自身の刑事責任の軽重に大きな影響を与える事項ではなく,Eがことさらにこの部分について虚偽の供述をする動機は乏しい。これらに鑑みると,Aが自動式けん銃を試射し,Bが回転式けん銃を試射したというEの供述には十分な信用性が認められる。また,試射現場には,自動式けん銃から発射された弾丸2発と回転式けん銃に適合する実包1発が遺留されていたが(なお,回転式けん銃から発射された弾丸は発見されていない。)〈証拠略〉,この弾丸等の遺留状況は,試射の状況に関するAの供述,すなわち,Aが自動式けん銃を2回試射し,Bに回転式けん銃を渡す前に同けん銃の弾倉から薬きょう1個と実包1個を抜いた〈証拠略〉という供述と合致している。他方,第1次結審前にBは,試射の状況につき,Bが自動式けん銃を1回発射したと供述しているが,試射現場に,自動式けん銃から発射された弾丸が2発残っていることと矛盾している。そうすると,自動式けん銃を試射したのはAであると認められ,ひいては,自動式けん銃でFG夫婦を射殺した人物もまたAであると推認することができる。 また,Gの殺害状況につき,Gに撃ちこまれた2発の弾丸のうち,同人の背部に撃ちこまれた弾丸は,うつぶせに倒れていたGの右背面から射入して右鎖骨部から射出されたことが認められる。この点,Aは,Gの左横から足側に移動し,まず後頭部目がけてけん銃を撃った後,背部目がけて2発目のけん銃を発射したと供述あるいは再現していて,この2発目のけん銃発射と前記弾丸の軌道とが概ね符合している。ところが,Bは,その第1次結審前の供述や再現によれば,うつぶせに倒れているGの左横の位置から後頭部目がけてけん銃を発射した後,そのままの位置から背部を射撃したというのであり,背部に命中させた弾丸に関し,この供述ない 第1次結審前の供述や再現によれば,うつぶせに倒れているGの左横の位置から後頭部目がけてけん銃を発射した後,そのままの位置から背部を射撃したというのであり,背部に命中させた弾丸に関し,この供述ないし再現は弾丸の軌道と合致していない。 これらの事情に加え,Fの手元にあった固定電話の受話器が外れていたことからすると,Fが殺害される直前に受話器を持っていたことがうかがわれるところ,そのような状況は,Aの供述や再現にはあらわれているが,第1次結審前のBの供述や再現にはあらわれておらず,F殺害時の状況についてAの供述や再現の方がより客観的な状況に添ったものとなっている。しかも,Bの第1次結審前の供述によると,F殺害現場となった8畳和室には殺害を実行したBのみが入っていてAは入っていないというのであるが,そうであるのに,AがFの手元にあった受話器の状況を具体的に供述できるはずもなく,この意味でもBの供述には疑問がある。また,E運転のチェイサー車でF方から逃走した際のAとBの会話内容について,Aの供述とEの供述とがほぼ一致している反面,Bは,第1次結審前において,BがF殺害の実行行為を担当したことを前提として,Aからターゲットの殺害状況を尋ねられたので,Aに対し顔面に2発撃ち込んだと報告した旨供述しているが,この点も,Eは,AとBがターゲットを撃ち殺した状況について話していたことはなかったと供述しており,このE供述と合致していない。 Bは,前記のとおり,第1次結審後,AがFG夫婦殺害の実行行為者であると供述するに至ったが,第1次結審後の供述中,実行行為者がAであるとする部分については,特に不合理というべき部分はない。Bは,第1次結審前に虚偽の供述をしていた理由について,「当初Aは黙秘していると聞いたことから,恩義のあるAをかばうために自分が実行行 Aであるとする部分については,特に不合理というべき部分はない。Bは,第1次結審前に虚偽の供述をしていた理由について,「当初Aは黙秘していると聞いたことから,恩義のあるAをかばうために自分が実行行為者となる決意をした。その後,Aが自分が実行行為者であるという供述をしていることが分かったが,供述を訂正するのは容易でなく,今さらうそをついていたとは言えないと考えて,うそをつき通すことにした。」などと,また,第1次結審後,供述を変えることとした理由については,「接見に来た暴力団幹部から本当の話をしてほしいと言われたことや,Aから手紙が来て,AもDらの関与を公にするので,これ以上うそをつかず,知っていることを正直に話してほしいと頼んできたため,これ以上我を張っていてもAが苦しむだけだと思った。」などと説明している。Bが相当期間暴力団に身を置いていたことや,Aとの上下関係等に鑑みると,これらの説明は,暴力団特有の論理に深く根ざしたものとして,首肯するに足るものである。 以上によれば,F及びGを現実に殺害した実行行為者は,いずれもAであると認められる。 第3 AのF及びGに対する殺意等について 1 FについてAのFに対する殺意について検討すると,凶器は殺傷能力が十分に認められる自動式けん銃であり,しかも,Aはそれまでにけん銃を取り扱ってきた経験があるうえ,犯行前にそのけん銃を自ら試射しているのであるから,その性能をよく理解していたと認められる。また,Aは,しゃがんでいたFの左鼻孔前縁に弾丸を命中させ,続いて後方に倒れたFの右下顎角部に弾丸を命中させていて,いずれも頭部という身体の枢要部に弾丸を命中させているうえ,2メートル未満の至近距離からのど仏等の枢要部を狙って射撃したことや,2発目は既に転倒しているFにとどめを刺す目的でけん銃を撃っ させていて,いずれも頭部という身体の枢要部に弾丸を命中させているうえ,2メートル未満の至近距離からのど仏等の枢要部を狙って射撃したことや,2発目は既に転倒しているFにとどめを刺す目的でけん銃を撃ったことも認められる。これらに照らせば,AにはFに対する確定的殺意があったことは明らかである。 ところで,Aは,弁論再開後の当公判廷において,Dから高岡に来てくれと頼まれた段階では,自分たちがFを殺害する実行犯の役をやらされるとは思っていなかった,Fとは最初は2000万円の件について話そうと思っていた,Fの態度いかんによっては話し合いで終わり殺害には至らないのではないかという気持ちがあった,Fが受話器を持ったまま立ち上がり電話機を振り上げて自分を殴りにかかってきたのでけん銃で撃ったなどと供述して,F方に入る段階ではいまだFを殺害する意思がなく,偶発的にFを殺害するに至ったかのような供述をしている。 しかし,この供述は,Fが金沢東警察署にまさに写真等の証拠品を確認に行くという状況下で,その口を封じるためにDと連絡を取り合って殺人等の犯行に及んだという状況や,そのために犯行前にはけん銃の試射までしているという状況に全くそぐわない。また,Fの手元にあった電話機や受話器の状況は,電話機が座卓の上に普通に置かれ,その上に受話器が外れた状態で置かれていたというもので〈証拠略〉,Fが受話器を持ったまま立ち上がり自分を殴りにかかってきたというAの供述とはおよそ合致しないものである。第1次結審後,すなわちDの関与等を供述する気持ちになっていた状況下でA自身が作成した上申書〈証拠番号略〉中にも,そのような記載が全くなく,むしろ,「Fもちゅうこしになってきたので私は顔面にむかって拳銃で1発撃っております」と,第1次結審前に供述していた殺害状況とほぼ同じ供述をして 申書〈証拠番号略〉中にも,そのような記載が全くなく,むしろ,「Fもちゅうこしになってきたので私は顔面にむかって拳銃で1発撃っております」と,第1次結審前に供述していた殺害状況とほぼ同じ供述をしている。これらに照らすと,F殺害状況に関する弁論再開後のAの公判供述は到底信用できない。 Aは,第1次結審後,検察官に対し,「高岡に向かう前の段階で,Dは自分たちにFG夫婦殺害の実行行為をする役目をさせようと考えていることは分かっており,場合によっては自分たちが実行犯になるかもしれないと思った。遅くともDからけん銃を受け取った段階でFを殺害するという共謀がまとまった。」旨の供述をしている〈証拠略〉。高岡市に向かう前の段階で,DとAのいずれが言い出したのかはともかく,両名の間で既に道具としてけん銃を使うという話が出ていたことは明らかであるし,Aは,高岡市に向かう前に,東京都内でジャンパーや帽子を購入しているが,この点について,Aは,第1次結審前ではあるが,けん銃を発射すると硝煙反応が出るため,けん銃発射後に着衣を投棄して犯行発覚を免れることができるようにするためであるとも供述している〈証拠略〉。そして,Aは,石川県に到着した後も,Dからけん銃を受け取る際に実行犯となることを強硬に拒否する態度を示していないし,その後,Aの指揮でBと共にけん銃の試射をしているのであって,結局,Aは,Dから翌日Fが金沢東警察署に証拠品を確認に行くとの連絡を受け,高岡市に向かってから殺害に至るまでの間に明確な消極的態度を示しておらず,それどころか,殺害現場においてもF殺害をためらった様子は全く認められない。Eの供述によっても,A自身も,Dからの前記連絡を聞いて何とか手を打たなくてはいけないと思っていたことや,EからF殺害の懇請を受けていたことも認められる〈証拠略〉。 らった様子は全く認められない。Eの供述によっても,A自身も,Dからの前記連絡を聞いて何とか手を打たなくてはいけないと思っていたことや,EからF殺害の懇請を受けていたことも認められる〈証拠略〉。 そうすると,Aの検察官に対する前記供述は信用することができ,Aは,高岡市に向かう段階で,既にF殺害の実行犯となる可能性を高い確率で認識していたし,遅くともDからけん銃を受け取った段階ではF殺害の意思が固まっていたと認められる。したがって,Fの殺害は偶発的であったというAの公判供述は到底信用できない。 2 GについてAのGに対する殺意についても,やはり,Aは,殺害するのに十分な性能を有する自動式けん銃を凶器として用い,その性能を理解しながら,床に額をつけて許しを乞うGの左後頭部に弾丸を命中させ,続いてそのまま崩れるようにうつぶせに倒れたGの右背面に弾丸を命中させていて,2発の弾丸をいずれも頭部,胴体といった身体の枢要部に命中させている。しかも,Aは,1メートル未満の至近距離から各部位の付近に狙いを定めて射撃していることや,2発目は既に後頭部に弾丸を撃たれてうつぶせに倒れているGにとどめを刺す目的でけん銃を撃ったことも認められる。これらに照らせば,AはGに対しても確定的な殺意を有していたことは明らかである。 ところで,Aは,G殺害の計画性等について,第1次結審後,検察官に対し,「東京から高岡に向かう前の段階では,自分がFを殺害することになるかもしれないと思ったものの,Dの言うとおりにGまで殺害する必要はないと思っていた,Dからけん銃を受け取った時点では,DはGの殺害も依頼してきていて,Gも必ずAが殺してくれると思っていただろうが,自分は『Gが抵抗するなどして,殺さざるを得ない状況になったときには,殺害せざるを得ない』と考えた,F方に入る 点では,DはGの殺害も依頼してきていて,Gも必ずAが殺してくれると思っていただろうが,自分は『Gが抵抗するなどして,殺さざるを得ない状況になったときには,殺害せざるを得ない』と考えた,F方に入る時は,帽子をかぶり,サングラスをかけていたので,瞬時の出来事であるからGに顔などが分からないだろうと考え,逃走するために(Gが)逃げないようにガムテープで拘束しておけばよいと考えた。しかし,焦ってしまい,買って用意してあったガムテープを車の中に忘れてしまった。」旨供述し,また,G殺害の動機を,「Fを殺害した後,奥の部屋に逃げたGが,土下座して『お金はないけど』などという自分を泥棒扱いして馬鹿にするような言葉を言ってきたため,Fを殺害して興奮していたときだったので,さらに激高したためである」と供述して〈証拠略〉,結局,F方に入るときからGを殺害するつもりだったのではなく,G殺害も偶発的な事情によるものであると主張する。 しかし,Aは,第1次結審前には,「Gが地図等を見てしまうと,Gに自分たちがやったことがばれてしまい,結局,自分たちの命が狙われることになるので,FとGの2人を殺害する必要があった」〈証拠略〉とか,「家に入って2人を殺害する以上,自分たちの犯行がばれないようにする必要がありました。」〈証拠略〉などとG殺害の動機を述べているところ,Gをいかなる理由で殺害したかは,DやCの本件への関与を隠すこととは直ちに結びつくものではなく,そのためにことさら自己に不利な供述をする必要もない。また,客観的には,既に地図に付着していた指紋によりAの関与は捜査機関に発覚しつつあったのであるが,A自身の認識として,Gが証拠品を確認することによって,Aの関与が発覚し自分に危害が加えられる危険が迫ると考えることも不自然ではなく,Aも弁論再開後の当公判廷で「指 機関に発覚しつつあったのであるが,A自身の認識として,Gが証拠品を確認することによって,Aの関与が発覚し自分に危害が加えられる危険が迫ると考えることも不自然ではなく,Aも弁論再開後の当公判廷で「指紋べたべただからやばい」とも供述している〈証拠略〉。したがって,Aのこの供述はそれなりに信用することができる。また,Aが高岡市に向かう途中でDから受けた連絡には,FだけでなくGの所在に関する情報も含まれており,高岡市に到着した後も,「まだ,しばらく,オヤジ夫婦は事務所から出ないようだ。」という連絡を受け,V駐車場で待機していた殺人の犯行直前の段階では,Dから,「オヤジたちが家に帰ることになった。」すなわちFと共にGもF方に戻るという連絡を受けている。そうすると,遅くともこの段階では,AらがF方にけん銃を持って入る際には,GがF方に在宅することになることは確実となっていたのであるから,Gに顔を見られたり,Gの抵抗に遭うなどしてGまで殺害するに至る可能性が高いことは十分理解していたと考えるのが合理的である。無抵抗のGに対しほぼ連続して2回もけん銃を発射しているというG殺害の態様や,たとえ興奮していたとしても,Aの述べる動機のみでは人命を奪う動機としていかにも薄弱であると考えられることにも照らすと,少なくとも,Aがその場の激高のみでGを殺害したとは到底認められない。 他方,Aは,F方に入る前の午前7時ころ,コンビニエンスストアでガムテープを購入していることが認められる〈証拠略〉。そうすると,Aが供述するように,G殺害には消極的で,Gはガムテープで縛って放置するにとどめる意思があったとも考えられないではない。しかし,暴力団組長方に入って組長を殺害するというのであるから,極めて緊迫した状況となることが容易に想定されることからすると,速やかにGを緊縛 置するにとどめる意思があったとも考えられないではない。しかし,暴力団組長方に入って組長を殺害するというのであるから,極めて緊迫した状況となることが容易に想定されることからすると,速やかにGを緊縛するにはBとの役割分担等につき十分な打合せが必要であると考えられるのに,これらについて,Aからの具体的な指示やAとBとの間の詳細な打合せがあったわけでもなく,実際にF方に入った時にも,ガムテープを持って行っていない。そうすると,Aが当初女性であるG殺害にやや消極的な意図を持っていたことは否定できないとしても,ガムテープを購入していることは,F方に入る時点で既にG殺害の意思を有していたと認めることの妨げとはならない。 もっとも,Fは,当初はCに運転させて金沢東警察署に証拠品の確認に行くと言っており,Gが運転して行くことは,7月13日にF及びGが組事務所から自宅に戻る直前に決まったものである〈証拠略〉。したがって,それまでは,GがFと当然に一緒に行動することとなっていたわけではない。また,7月13日に証拠品を確認するのはFであるから,殺害して口を封じる必要が特に切迫していたのはFであったといえる。 これらに鑑みると,Aが,前日にDから殺害依頼を受けた段階から,F殺害の意思と同じように,確実にGを殺害するという意思まで持ち続けていたとは断定できず,その限度でAの供述の全てを否定することはできないが,遅くとも,AらがV駐車場でDからGもF方に戻るという連絡を受けた段階では,AはGを殺害する意思を固めていたと認めるのが相当であり,これに反するAの供述は信用できない。 第4 BのF及びGに対する殺意等及びAとの共謀について 1 弁論再開後のBの公判供述の内容Bは,F方に入るとき,Aについてこいと言われたからついて行っただけで,何のためにF方に入るのかは ない。 第4 BのF及びGに対する殺意等及びAとの共謀について 1 弁論再開後のBの公判供述の内容Bは,F方に入るとき,Aについてこいと言われたからついて行っただけで,何のためにF方に入るのかは全く考えていなかったなどと供述して,F及びGに対する殺意及びAとの殺人の共謀を否認している。 2 殺意についてア Fに対する殺意まず,Bは,F方に入る段階で,AとBがそれぞれF方でけん銃を使用することとなる可能性を十分に認識していたと認められる。すなわち,Bは,犯行前にAと共に試射現場で回転式けん銃を試射しており,このことによって,Bが殺害の実行行為を担当する可能性を強く認識したと考えるのが合理的である。しかも,F方に入る段階で,Bの所持していた回転式けん銃は化粧ポーチに入れられているところ,前記試射現場では,Bが試射した回転式けん銃の発射音が大きかったため,Eがセカンドバッグを被せて撃つと音が小さくなるという助言をしているから〈証拠略〉,回転式けん銃を発射する可能性があるからこそ,わざわざこのEの助言を踏まえて発射音を小さくするために化粧ポーチが使われていたと考えられる。そして,Bは,F方に入る際,Aから「行くぞ」又は「来い」と言われただけであるのに,自己の判断で,回転式けん銃が入っていることを認識していた化粧ポーチを持ち出し,携行している。 Bは,殺意の点につき,第1次結審後,検察官に対して,「Aから受け取ったけん銃を化粧ポーチに入れておくことにした。Eがけん銃にセカンドバッグなどを被せると撃ったときの音が小さくなると言ったので,実際けん銃を使うときは化粧ポーチを使おうと思った。F方近くの駐車場(V駐車場)でけん銃を確かめたところ,弾が2発抜けていたことが分かった。1発しか試し撃ちをしていないのに,2発弾がなくなっているのは何 ん銃を使うときは化粧ポーチを使おうと思った。F方近くの駐車場(V駐車場)でけん銃を確かめたところ,弾が2発抜けていたことが分かった。1発しか試し撃ちをしていないのに,2発弾がなくなっているのは何故だろうと思い,そっとげき鉄を引いて,弾倉を1回まわして玉(弾)が込められている位置がげき鉄に当たるようにして,玉(弾)を発射できるようにした。その後,F方に入る前までに,化粧ポーチの中のけん銃のげき鉄を引いていつでもけん銃を発射できる状態にした。」などと供述している〈証拠略〉。この供述は,Bに接見等禁止が付されなくなった後,暴力団関係上の上位者で,養親でもあるAから正直に話すように指示されて話すに至ったもので,このような供述経緯に照らしてBが虚偽の供述をしているとは考えがたい。また,Eからセカンドバッグを被せると撃ったときの音が小さくなるという助言を受けた部分についてはEの供述と一致し,回転式けん銃を確かめたところ実包が2発抜けていたという部分については,試射現場で回転式けん銃から実包を1発抜いたというAの供述,更に,同現場での実包の遺留状況と合致していて,核心的部分について証拠上十分な裏付けがある一方,Bは弁論再開後の公判で,V駐車場で回転式けん銃を確認した部分を否定したが,その理由として刀を確認したのと間違えたなどとおよそ合理性のない供述をしている〈証拠略〉。前記検察官調書では,殺意や共謀の認定に関して重要な意味を持つ,BがAから「やるときはちゅうちょするなよ。」と言われた事実の有無については,そのようなAの指示はなかったというBの言い分がそのまま録取されているのであるから,無理にBの言い分を否定する調書が作成されたとも解されない。以上によれば,第1次結審後のBの検察官に対する供述は極めて信用性が高く,その供述によれば,BはF方で自 のまま録取されているのであるから,無理にBの言い分を否定する調書が作成されたとも解されない。以上によれば,第1次結審後のBの検察官に対する供述は極めて信用性が高く,その供述によれば,BはF方で自分が回転式けん銃を発射する可能性も十分認識していたものと認められる。 このように,Bは,試射の段階では,回転式けん銃というそれ自体極めて殺傷力の高い凶器を使用する可能性を認識していたのであり,そもそも,AがBらを連れて高岡市に来た目的が,強盗のターゲットだった人物が証拠品を確認に行くという情報を得たため何らかの手を打つためであることは,Bも認識していたのであるから,これらを総合すれば,Bには,遅くとも試射の段階ではFに対する殺意を生じていたことが明らかに認められる。 イ GについてGに対する殺意の有無については,Gの所在に関するBの認識が重要となるところ,Bは,その弁論再開後の公判供述によっても,遅くとも,V駐車場においては,Aから,組長(F)と姐さん(G)が事務所を出たとか,待機中のAやBらの目の前を通るはずだなどと聞かされていたことが認められる〈証拠略〉。Bが,先の強盗予備の準備過程で,F方の下見をしたり,ターゲットの家に住んでいる人物としてFとGが写真に写っていたのを見ていることを考慮すると,まさにその写真に写っていたFG夫婦がF方に向かっていることを,かなり明確に理解できていたはずである。 そうすると,この段階では,Bは,F方が殺害の実行現場となり,そこにはFのみならずGも在宅する状態となる可能性が高いと認識していたと認められる。そのような認識の下で,Bは,前記のとおり,B自身が発射する可能性を理解していた回転式けん銃を所持していたのであるから,状況次第では,犯行発覚を免れる等の目的で,殺害現場のF方に居合わせるGをも殺害する うな認識の下で,Bは,前記のとおり,B自身が発射する可能性を理解していた回転式けん銃を所持していたのであるから,状況次第では,犯行発覚を免れる等の目的で,殺害現場のF方に居合わせるGをも殺害することを十分に予測していたと認められる。 この点,Bは,第1次結審前ではあるが,「F殺害実行時にGに顔を見られてしまうかもしれないので,殺人が発覚しないようにするためにはGも殺害する必要があった。覆面等をしておらず,特に自分には顔に傷が残っているので,一目見られれば記憶に残ってしまう。」と検察官に供述している〈証拠略〉。この供述は,Bが殺人の実行行為者であるという虚偽の供述を前提としたものであるから,その信用性には慎重な検討が必要であるものの,内容自体には不合理な点はないうえ,Bの顔に一見して目立つ傷跡が残っていることや,給油所でパンクを直した際店員に顔を見られてしまわないように注意していたことが認められること〈証拠略〉等に鑑みると,この供述の信用性はなお失われていないと考えられる。そうすると,BにもG殺害の動機があるといえる。 もっとも,Bは,東京都内のアメや横町でジャンパー等を購入した段階では,Aから「強盗のターゲットが明日,写真を確認に行くらしい。それを確認されてしまうとこっちが狙われる。」などと聞かされ,富山県に行くことは分かったと認められるものの,Bらが自らけん銃を使用するという認識があったとまでは認められない。Bが,Aらと共に高岡市に向かう途中等に,Aから「やるときはちゅうちょするなよ。」という指示を受けたか否かについても,この事実は,Bが,自分が実行行為者であると虚偽の供述をしていた第1次結審前に供述していたのみで,Aは一貫して否定し,Bも第1次結審後はそのような指示はなかったと供述している。もっとも,Eは,AからBに「やるとき ,自分が実行行為者であると虚偽の供述をしていた第1次結審前に供述していたのみで,Aは一貫して否定し,Bも第1次結審後はそのような指示はなかったと供述している。もっとも,Eは,AからBに「やるときは,びびるんじゃねえぞ」というようなアドバイスがあったようにも供述しているが〈証拠略〉,これは既に高岡市に着いてからの場面についての供述であり,少なくともAとBが東京から高岡市に向かう途中での発言ではないのは,Eが別の車に乗っていたことに照らして疑問の余地はない。したがって,東京から高岡市に向かう途中で,Aから「やるときはちゅうちょするなよ」という指示があったというBの第1次結審前の供述は,Bが自ら罪をかぶるつもりで供述した疑いが強く,そのような指示があったとは認められない。 そうすると,Bが,東京から高岡市に向かう段階で既にG殺害の認識を有していたとまではいえず,前記のとおり,遅くとも,試射した後にV駐車場でGがF方に戻ることを認識した段階で,G殺害の意思が具体化したと認められる。 3 Bの弁論再開後の供述の信用性他方,Bは,弁論再開後の公判廷において前記のとおり殺意等を否定しているが,その内容は極めてあいまいであるか不自然である。すなわち,Bは,けん銃を試射したときや,F方に入った際の心理状態について,Aに指示されたから〈証拠略〉とか,Aについてこいと言われたからついて行っただけである〈証拠略〉などと述べるのみで,極めて具体性や迫真性に乏しく,Bは,実質的には供述を避けているというほかない。また,化粧ポーチの中に入っていた回転式けん銃をV駐車場で確認したという場面について,Bは,弁論再開後の公判期日でこれを否認し始めたが,前記のとおり,第1次結審後の検察官に対してはその旨の事実を述べていたのに,弁論再開後の公判期日で否認に転じた 駐車場で確認したという場面について,Bは,弁論再開後の公判期日でこれを否認し始めたが,前記のとおり,第1次結審後の検察官に対してはその旨の事実を述べていたのに,弁論再開後の公判期日で否認に転じたのは,刀を確認したことと勘違いしたためであるなどと,不自然極まりない供述をしている。しかも,Bの弁論再開後の公判供述の態度は,Aをかばい,あるいはAの供述に迎合しようとする姿勢が顕著である。例えば,第1次結審後,検察官に対して,AがGにけん銃を突き付けている様子を見ていたと述べている〈証拠略〉のに,弁論再開後の公判ではその様子は見えなかったと供述したり〈証拠略〉,F方に入る際にAがけん銃を持っていたことについて,「わかりません」とか,「おどかすだけかもしんないじゃないですか」などと供述したり〈証拠略〉している。そうすると,Bが殺意を否認しているのも,Bの刑を軽くしようとして,再三にわたり,Bには殺意がなかったと供述ないし主張するAに迎合している側面もあると理解される。 以上によれば,殺意がなかったというBの弁論再開後の公判供述は到底信用することができない。 4 AとBとの間の殺人の共謀についてBの弁護人は,殺人についてBは幇助犯であると主張し,その根拠として,実行計画等について,DとAは明示的な謀議を遂げているが,Bは十分な謀議を遂げていないこと,Bの関与は消極的であること,犯罪の結果についてBは利害を有せず,現に利得の分配を受けていないことなどを指摘する。 しかし,Bは,Aと一緒に,前記アメや横町内のスポーツ用品店でジャンパー等を購入しており,この段階で,少なくとも,強盗のターゲットだった人物が翌日証拠品を確認に行くことを防ぐために,何らかの役割を担う目的で富山県に行くことが分かり,その際着用するためにジャンパー等を購入してい ており,この段階で,少なくとも,強盗のターゲットだった人物が翌日証拠品を確認に行くことを防ぐために,何らかの役割を担う目的で富山県に行くことが分かり,その際着用するためにジャンパー等を購入していることを理解していたと認められる。この認識の下,Bは,Aと一緒に高岡市に向かい,F方に入るに至るまで,Aが一人でDからけん銃を受け取った場面を除いて,終始Aと行動を共にしているのであるから,明示的な謀議がなくても,暗黙のうちに意思を通じるに足りる状況にあったというべきである。しかも,Bは,Aと共に,自らも回転式けん銃を試射したうえ,同回転式けん銃を化粧ポーチに入れて所持し,その後,前記のとおり,B自身の判断で,引き金を引けば直ちに弾丸を発射できるように弾倉の位置を直していたのであり,Aから口に出して言われるまでもなくその意を察し,B自身が殺人の実行行為に及ぶ可能性を十分認識しながらそのための準備をしていたといえる。いよいよF方に入ろうとする際にも,Aから個別具体的な指示はなく,「行くぞ。」という号令があったにすぎないのに,特に意表をつかれた様子もなく,速やかに,あらかじめ発射できるようにした前記回転式けん銃を,発射音を小さくするための化粧ポーチに入れて持ち出しているのであり,このことは,AとBとの間で暗黙のうちに殺害の意思疎通が十分にできていたことを如実に物語るものである。犯行現場での状況を見ても,たとえBのいた場所がF方の玄関付近であったとしても,状況次第ではその場所に家人等が飛び出してきても何らおかしくないのであり,現実にBが回転式けん銃を発射する可能性は十二分にあったのであるから,Bは犯行現場で殺人の実行行為者に匹敵する役割を担っていたといえる。また,強盗予備や殺人の犯行が発覚すればBにとっても不利益であるから,その発覚を免れるため する可能性は十二分にあったのであるから,Bは犯行現場で殺人の実行行為者に匹敵する役割を担っていたといえる。また,強盗予備や殺人の犯行が発覚すればBにとっても不利益であるから,その発覚を免れるためのF及びG殺害につきBも利害を有していたといえるし,なるほど経済的利益についてはBが犯罪遂行の過程で具体的に意欲していたとまでは認めることができないが,AとBは,暴力団関係上の上下関係やそれに加えて養親子関係をも通じて,経済的基盤を共通にする部分があったのであるから,客観的に見て,Aが利益を得ることによってBも利益を得る結果となるのは疑う余地がない。したがって,B自身の利害が全くなかったとはいえない。 以上によれば,Bも,Aとの間で,F及びG殺害の意思を相通じてF方に臨場し,けん銃発射の用意をしていたことは明らかである。 なお,Bの弁護人は,BがDとの面識がなかったことを指摘して,BとDとの間には共謀がないとも主張している。しかし,Bは,Dとは,Aを介して順次共謀したと認められるから,BがDとの面識を有していなかったことをもって,この両名間の共謀を否定する理由とはならない。 5 Aの供述についてところで,Aは,弁論再開後,当公判廷において,Bとの共謀はなかった旨供述しているが,これまでに述べたAとBの行動経過に全くそぐわないうえ,共謀の成否に関する重要な事実関係について,例えば,Bに試射させた理由については,たまたまBが山道を上がってきて,一つ道具が余っていたから1発撃たせただけと述べたり,BをF方に連れて行った理由については,EとBを同じ車の中に入れておくと,何するかわからんという不安があったからと述べるなど,いずれも不自然極まりない供述をしている。また,Aは,Bにけん銃を渡した理由について,現に何かあったときには自分が玄関に行って 中に入れておくと,何するかわからんという不安があったからと述べるなど,いずれも不自然極まりない供述をしている。また,Aは,Bにけん銃を渡した理由について,現に何かあったときには自分が玄関に行ってBからけん銃を取り上げるという考えだったと供述しているが,まさにFG夫婦を殺害しようという切迫した状況下で,玄関に配していたというBのところにわざわざけん銃を取り上げに行くのはむしろ自己の生命身体を危険にさらす行為であるから,およそそのように考えていたとは認めがたい。また,Aが実包を抜くなどしてから回転式けん銃をBに渡したのは,試射時のBの状況からBの撃った弾丸がどこに行くか分からず不安に感じたからというのであり,Bが回転式けん銃を使用するという前提に立っているのであるから,AがBからけん銃を取り上げて撃つ予定だったというのは矛盾している。以上によれば,Bとの共謀を否定するAの供述は全く信用できない。 6 結論以上によれば,BのF及びGに対する殺意及びこれらについてAとの共謀を認定することができる。 第5 D及びCとの共謀について 1 Dとの共謀についてAは,DからG殺害をも依頼されたと供述するのに対し,Dは,Fの殺害は依頼したが,Gの殺害まで依頼したことはなかったなどと供述しているので,この点の共謀の有無について検討する。 Dは,強盗予備の犯行前の6月中旬ころ,Aに写真を送付していることが認められるところ,この写真にはFのみならずGも一緒に撮影されているが,その写真はもともとFG夫婦のみが写っていたものではなく,CとDがFG夫婦を挟み,この4名が一列に横に並んで撮影されたものを,Dが,CとDが写っていた両端部分を特に切り離して送付しているのであるから,Gの写っている部分をDが意図的に残したことは明白であり,仮に,Fの 夫婦を挟み,この4名が一列に横に並んで撮影されたものを,Dが,CとDが写っていた両端部分を特に切り離して送付しているのであるから,Gの写っている部分をDが意図的に残したことは明白であり,仮に,Fのみが殺害依頼の対象であれば,わざわざGの撮影されている部分を残して送付する理由はないはずである。この点,Dは,写真を送付した経緯について,Aから,GとFの愛人とを区別するために姐さん(G)の写真も欲しいと言われたので,そのように思って送付しただけであり,殺害を依頼したのはあくまでFのみである旨供述している。しかし,Fのみを殺害する目的であればFのみが撮影されている部分を送付すれば事足りるのであるし,Gの写真まで必要な理由についてDが細かく確認した様子がないことも,事柄の重要さに照らして不自然であるから,Dの供述ではGの撮影されている部分まで送付した理由を十分説明できているとはいえない。したがって,Dが自分から写真を送付したのか,Aの依頼を受けたため写真を送付したのかはともかく,遅くともGも写っている写真を送付した段階では,Dにおいて,FのみならずGも殺害の対象となっていることを認識していたと,強く推認される。 また,Dは,6月2日の段階で,強盗に見せかけて殺害することを依頼した点も否定しているが,その後,Dは,Aに,D自身が作成し,更に金庫のありか等をも付記したF方内の見取図を送付しており,Dも,この段階ではF殺害時に中国人マフィアが強盗もしてくることを容認したという限度では,当公判廷でも事実を認めている〈証拠略〉。もっとも,Aの供述するように,6月2日の段階で,DからAに強盗に見せかけて殺害するように依頼があったかどうかについては,疑問の余地は残る。すなわち,Dは,強盗の話は自分やCから出た話ではなく,Aから,6月中旬ころ,殺人だけをす 6月2日の段階で,DからAに強盗に見せかけて殺害するように依頼があったかどうかについては,疑問の余地は残る。すなわち,Dは,強盗の話は自分やCから出た話ではなく,Aから,6月中旬ころ,殺人だけをする中国人は余りおらず,一応手配はしてあるが,お土産(現金のこと)があると言ったら,すぐに中国人が集まってくるので,金庫の場所を教えてくれといわれた旨供述している〈証拠略〉ところ,この供述は,Aが,かねてEから中国人マフィアが強盗するのに適当な家等を教えてほしいと言われていたことや,Hがそのころ殺人の依頼を拒んでいたことと符合するし,他方,6月1日には強盗に見せかけて殺害するという話が全くなかったのに,翌6月2日に急きょ強盗に見せかけて殺害するという計画に変更されたというのはやや唐突とも思われること,Dらが強盗実行者が奪ってきた財産を受け取るという謀議をした事実もなく,そのような利益もないのにわざわざ強盗に見せかけるように指示する理由が乏しいことからすると,Dの供述もそれなりに信用することができ,共犯者への責任転嫁の危険のあるAの供述をそのまま採用することはできない。しかし,いずれにせよ,DがAにF方の見取図を送付した段階では,DとAとの間で,強盗に見せかけて殺害することで意を通じていたといえる。 Fが写真等の証拠品を確認に行くことが判明した7月12日の段階について検討すると,まず,このときの殺害依頼の動機は,Dが自己の殺害計画への関与が発覚することを恐れたというものであり,そうであれば,確認予定の写真に写っていて,その元となったCとDの部分を切り離す前の写真と同一の写真を持っていると考えられるGが,この写真を確認することによっても,Dが手引きしたことを疑われる結果となるのであるから,発覚を免れるためにGの殺害をも依頼したと考えるのが自然で す前の写真と同一の写真を持っていると考えられるGが,この写真を確認することによっても,Dが手引きしたことを疑われる結果となるのであるから,発覚を免れるためにGの殺害をも依頼したと考えるのが自然である。Dは,Fについては写真を見たら殺されるかもしれないと思ったが,姐さんはそこまでではないので写真の複製を準備しておけば大丈夫だと思ったと供述しているが〈証拠略〉,Gが写真等を確認すれば,Dの関与が発覚し,ひいてはDの地位等が危うくなるのは疑いがなく,写真の複製を準備したところで写真を持っていた人物が限られている以上,発覚を免れうるものではないから,Dの供述する理由が,直ちにG殺害依頼の有無を左右するとも解されない。 しかも,Dは,Aとの間でけん銃2丁を準備することが決まった段階で,けん銃を使って「姐さん(G)を見張る」という認識を有していて,Gにけん銃を突き付けることになることは理解していたし〈証拠略〉,けん銃2丁をAに渡した後Fらの動静をAに伝えていたころには,F殺害時にGがFの近くにいることになることを理解している〈証拠略〉。そうであれば,Dは,殺害現場の状況次第ではGに向かってけん銃が発射されてしまう可能性があることを分かっていたというほかなく,そのような認識の下で,DはAにけん銃2丁を渡し,しかも,Fと共に行動するGの動静についてもそのまま伝え,特段,Gを殺害しないようにするための明確な指示をしていないのであるから,このことは,DがG殺害を容認していたことのあらわれと見るのが最も合理的である。 以上に加え,Aは,A自身にも独自の利益や殺害の必要性がなかったわけではないが,基本的には,Dから依頼されて殺害を実行しているのであるから,仮に,Aの言うような犯行現場でのGの言葉に対する激高が加わっていたとしても,それだけで依頼もないのに の必要性がなかったわけではないが,基本的には,Dから依頼されて殺害を実行しているのであるから,仮に,Aの言うような犯行現場でのGの言葉に対する激高が加わっていたとしても,それだけで依頼もないのにGまで殺害するとは考えがたいこと,殺人等の犯行後,Dが,Fが組長を務めていた暴力団の組長となり,これに伴って,種々の経済的利益を得ることができたのもGまで殺害したからこそであると認めることができることなどを併せ考慮すると,Dは,G殺害を認識かつ認容し,その旨Aと意思を相通じていたと認めることができる。 2 Cとの共謀(1) 当公判廷で実施された証拠調べ等のうち,C共謀の認定に関わる主要な証拠等は,Dの供述及びAの第1次結審後の供述である。 Dは,当初のF殺害計画はCから持ちかけられたものであるし,7月12日にFが警察署へ写真を確認に行くという情報を得て,発覚を防ぐためにFを殺害することとしたのも,Cとの共謀に基づくものである旨供述する。 Aは,第1次結審後第31回公判期日まで(供述変更前)は,CとDの両名から,強盗殺人に見せかけてFG夫婦を殺害することを依頼されており,FG夫婦殺害はDのみならずCとも共謀して実行したものである旨供述していたが,第32回公判以降(供述変更後)は,6月1日まではCもF殺害計画に関与していたが,6月2日以降,Gも殺害し,また,強盗殺人に見せかけて殺害することとなった以後はCは関与しておらず,FG夫婦殺害についてCとの共謀はないと供述している。 (2) そこで,Cとの共謀について検討する。 まず,Aの変更前の供述についてみると,前記供述経過に照らしてこの供述には基本的な信用性が認められるうえ,Aは,Dに対して悪感情を抱く一方,Cには好感情を抱いていることが窺われることに照らしても,ことさらうそを言ってC についてみると,前記供述経過に照らしてこの供述には基本的な信用性が認められるうえ,Aは,Dに対して悪感情を抱く一方,Cには好感情を抱いていることが窺われることに照らしても,ことさらうそを言ってCの関与があったと供述する理由はない。他方,Aは,突然にCの関与を否定し始めたが,その供述の変更にはおよそ合理的な理由を見出すことができない。Aの変更後の供述内容を見ても,例えば,6月2日の段階では既に具体化していたF殺害計画から,十分な理由もなく突然Cが離脱したというのは余りにも唐突で不自然であるし,Cとの共謀を否定する理由についても,「(CとDがどういう話をしているかというのは)わかんないことですけど,大体薄々話の内容を聞いて,今までの流れを総合すると,そういうふうに感じるわけです。」〈証拠略〉などと,極めてあいまいで具体的な根拠に乏しい説明をするにとどまっている。そうすると,Cとの共謀を否定するAの変更後の供述は全く信用できず,Cとの共謀を認める変更前の供述の方がむしろ信用性が高いというべきである。 また,Dの供述については,G殺害や強盗に見せかけて殺害する点について関与を否定する部分は,前記のとおり信用できないが,Cとの連絡状況等に関する部分は,それ自体かなりの具体性があるうえ,Oの検察官調書〔謄本〕〈証拠番号略〉によれば,7月12日の深夜,Oが,Cからの指示でCの自宅に電話をかけるとDが電話口に出て,Dから氷見の山奥にあるダムに向かう道を尋ねられたというのであるから,Dの供述中,CとDが相互に連絡をとってOにUダムに向かう道を尋ねたという共謀の成立に密接にかかわる部分について,裏付けも存在する。他方,当公判廷で取り調べた証拠のうちDの供述に明らかに反する証拠は,Aの変更後の供述のみであるが,その供述は信用できず,その他,特にD う共謀の成立に密接にかかわる部分について,裏付けも存在する。他方,当公判廷で取り調べた証拠のうちDの供述に明らかに反する証拠は,Aの変更後の供述のみであるが,その供述は信用できず,その他,特にDの供述を覆すべき有力な証拠はない。 そうすると,当公判廷で取り調べた証拠の限度では,Cとの共謀を肯定するDの供述や変更前のAの供述の信用性を否定しうる証拠がないのであるから,結局,これらの供述によってCとの共謀を認定することができることとなる。 第6 自動式けん銃に装てんされていた実包の個数についてAは,銃刀法違反の公訴事実中,自動式けん銃のけん銃加重所持の点について,所持していた適合実包の数は8発ではなく7発であると主張する。 しかし,関係各証拠によれば,同自動式けん銃はF及びG殺害に使用されたものであることが明らかであるところ,Fの体内から2発,Gの体内から1発の弾丸がそれぞれ発見されているほか,Gの殺害現場となった4.5畳和室の北側フローリング寝室の床上にGの身体を貫通した弾丸1個が遺留されているから,これらにより,F方で自動式けん銃から合計4発の弾丸が発射されたことが認められる。また,Aらは犯行後この自動式けん銃を高岡市内の用水路に投棄しているところ,同けん銃が発見されたときの状況は,同けん銃の銃口内に弾丸1発が詰まっていたほか,打ちがら薬きょう1個と適合実包3発が同けん銃に装てんされていたというものであるが,同けん銃を発見した人物の供述によれば,同人が発見直後に誤ってその引き金を1回引き,不発させていることが認められるから,銃口内に詰まっていた弾丸1発と,打ちがら薬きょう1個は,この行為によって生じたものと認められ,そうすると,投棄した時には実包4発が同けん銃に装てんされていたことになる。以上を総合すると,F方で自 銃口内に詰まっていた弾丸1発と,打ちがら薬きょう1個は,この行為によって生じたものと認められ,そうすると,投棄した時には実包4発が同けん銃に装てんされていたことになる。以上を総合すると,F方で自動式けん銃を発射する前の段階において,自動式けん銃に装てんされていた適合実包の数は8発であると認められる。 (累犯前科) 1 被告人Aは,平成3年8月8日東京地方裁判所で銃砲刀剣類所持等取締法違反,火薬類取締法違反の罪により懲役7年に処せられ,平成10年4月9日その刑の執行を受け終わったものであって,この事実は〈証拠略〉によって認める。 2 被告人Bは,(1)平成9年5月23日市川簡易裁判所で窃盗,窃盗未遂罪により懲役1年2月(3年間刑執行猶予,平成10年2月10日横浜地方裁判所でその猶予取消し)に処せられ,平成12年3月11日その刑の執行を受け終わり,(2)平成10年1月13日神奈川簡易裁判所で窃盗罪により懲役1年2月に処せられ,平成11年1月31日その刑の執行を受け終わったものであって,これらの事実は〈証拠略〉によって認める。 (法令の適用)被告人両名の判示第1の所為は刑法60条,237条に,判示第2の1及び第2の2の各所為はいずれも刑法60条,199条に,判示第2の3の所為は包括して刑法60条,銃砲刀剣類所持等取締法31条の3第2項(1項),3条1項にそれぞれ該当するところ, 1 被告人Aについて,判示第2の1及び第2の2の各罪について所定刑中いずれも死刑を選択し,前記の前科があるので刑法56条1項,57条により判示第1及び第2の3の各罪の刑について,判示第2の3については同法14条の制限内で,それぞれ再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条1項本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の2の罪の刑で処断し いて,判示第2の3については同法14条の制限内で,それぞれ再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条1項本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の2の罪の刑で処断して他の刑を科さないこととして被告人Aを死刑に処し,押収してある,自動装てん式けん銃1丁(平成13年押第8号の21),サイレンサー1個(同号の22),実包16個(同号の23)は,いずれも判示強盗予備の犯罪行為を組成した物であり,自動装てん式けん銃1丁(同号の19)(サイレンサー1個(同号の20)はその従物),実包3個(同号の9ないし11),回転式けん銃1丁(同号の14)及び実包4個(同号の15ないし18)は,いずれも判示銃砲刀剣類所持等取締法違反の犯罪行為を組成した物で,被告人A及び共犯者以外の者に属しないから,刑法19条1項1号,2項本文を適用してこれらを被告人Aから没収し, 2 被告人Bについて,判示第2の1及び第2の2の各罪について所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し,前記の各前科があるので刑法56条1項,57条により判示各罪の刑について,判示第2の1,第2の2及び第2の3については同法14条の制限内で,それぞれ再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の2の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Bを懲役18年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中600日をその刑に算入する。 訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人両名に負担させないこととする。 なお,検察官は,求刑で,脇差し1振(平成13年押第8号の40)及び脇差しの鞘1本(同号の41)も没収すべきであると主張する。しかし,これらは,判示強盗予備の関係では,前記「T」にお いこととする。 なお,検察官は,求刑で,脇差し1振(平成13年押第8号の40)及び脇差しの鞘1本(同号の41)も没収すべきであると主張する。しかし,これらは,判示強盗予備の関係では,前記「T」において普通乗用自動車に積み込まれたものではなく,Bらが出発した後,これとは別にA及びEが石川県経由で富山県に向かった時に自動車に積載されていた物にすぎないから,強盗予備の用に供しようとした物とまでは認められず,また,判示殺人の関係でも,前記UダムでE運転車両(チェイサー車)の助手席マットの下に積み込まれたものではあるが,被告人両名がF方に入った際に携帯していった物ではなく,実行行為時までに同脇差しを誰が使用するかが具体的に定められたと認めるに足りる証拠はないから,殺人の用に供しようとした物ともいえない。その他,刑法19条1項各号所定の要件に該当すると見うる事情はない。よって,これらは没収しないこととする。 (量刑の理由) 1 事案の概要本件は,被告人両名が,DらからF殺害の依頼を受けたことに端を発し,まず強盗に見せかけてFG夫婦を殺害することを企図して,E及び中国人の犯罪集団らと共謀の上及んだ強盗予備の事案と,この計画が警察官に発覚して失敗に終わった後,Fが強盗予備の犯人が所持していた写真等の証拠物を警察署へ確認に行くという情報を得たDらからその旨の連絡を受け,Dらと共謀の上,F及びGの口を封じる等の目的で,F及びGの2名をけん銃で射殺したという,殺人及び銃刀法違反(以下「殺人等」という。)の各事案である。 2 被告人両名に共通する情状について検討する。 本件各犯行において,被告人らは,強盗に見せかけてFG夫婦を殺害することを企図し,F及びGの写真,F方付近等の住宅地図の写し,F方内の見取図等をDから入手し,あるいはAにおいて自ら準備し, る。 本件各犯行において,被告人らは,強盗に見せかけてFG夫婦を殺害することを企図し,F及びGの写真,F方付近等の住宅地図の写し,F方内の見取図等をDから入手し,あるいはAにおいて自ら準備し,被告人両名がEと富山県高岡市内のF方に赴いて下見をし,その様子をビデオカメラで撮影する一方,Eを通じて中国人の犯罪集団とも結託し,そのビデオテープや写真,地図等を使って綿密な謀議を行い,バールや脇差し等の犯行道具や,犯行発覚を免れるための偽造ナンバープレート,犯行に使用する自動車を準備するなどして強盗予備の犯行に及び,その後,前記写真等をFらが警察署に確認に行くという情報が入るや,直ちに口封じのため殺害する必要があるなどとして,犯行時に着用するためのジャンパーや帽子を購入し,Dと緊密に連絡を取り合ったうえ,同人からけん銃2丁を受け取り,これらを試射し,DからF及びGの動静について逐一情報を得ながら,その情報に基づき,F及びGが自宅に戻り,かつ,他の組関係者がF方にいない隙を的確に捉え,現場から直ちに離脱できるよう,あらかじめEに一定時間後に門扉前道路で自動車で待機しておくように指示したうえ,F方に入り,FG夫婦の殺害に至り,犯行後,直ちにその自動車に乗り込んで速やかに逃亡し,犯行に使用したけん銃2丁等,連絡に使用した携帯電話,ジャンパーや帽子,偽造ナンバープレート等を順次投棄し,更に犯行に使った被告人らの自動車を解体処分するなど,入念な罪証隠滅行為をしている。このように,本件は,周到な準備や綿密な計画に基づき,共犯者らと緊密な連絡を取り合いながら遂行された凶悪犯罪である。FG夫婦殺害に向けられた顕著な計画性と,その計画に従って極めて冷静に2名もの殺害が完遂されていることには生命の尊厳に対する思いや被害者らに対する憐憫の情がみじんも感じられ 行された凶悪犯罪である。FG夫婦殺害に向けられた顕著な計画性と,その計画に従って極めて冷静に2名もの殺害が完遂されていることには生命の尊厳に対する思いや被害者らに対する憐憫の情がみじんも感じられず,罪質は極めて悪い。 犯行動機を見るに,強盗予備の犯行は相当高額の報酬目当てで及んだもの,殺人等は,主として,Fらが写真等の証拠品を確認に行くことでFG夫婦殺害計画への関与が発覚することを恐れたDらから依頼を受け,殺害計画への関与が発覚することを防ぐため,また,Gについては併せて被告人両名によるF殺害の犯行を隠ぺいするため,F及びGの口を封じる目的で及んだものであり,殺人等はAら自身の違法行為に起因するものであることに鑑みても,いずれも身勝手極まりなく,およそ正当化の余地がない。 ところで,殺人等の犯行について,検察官は,Aは1億円の報酬獲得を主たる動機として本件犯行に及んだものであり,強盗殺人に類する悪質な犯行であると主張する。確かに,Aは,第1次結審後,Dとの間で1億円の報酬約束があったと供述しているが,他方でDはこれを明確に否定しているところ,1億円の報酬を支払うという会話が出た状況は,Aの供述によれば,6月1日にDとAが自動車でFの愛人方を下見に行った際,Fが金を貸しているというパチンコ店の近くを通りかかったときにDから話が切り出されたというものであるが,それまでにもDはホテル等でF殺害を依頼しているのに,その時に1億円もの報酬の話がなかったことからすると,報酬の話を切り出された経緯がやや唐突で不自然な印象がある。その後,殺人等の犯行に至るまでに1億円の報酬約束が特に再確認されたような形跡もなく,Aは第38回公判期日において殺人の当日にけん銃をDから受け取った時にも報酬のことを確認したとも供述しているが,この場面での報酬約束 に至るまでに1億円の報酬約束が特に再確認されたような形跡もなく,Aは第38回公判期日において殺人の当日にけん銃をDから受け取った時にも報酬のことを確認したとも供述しているが,この場面での報酬約束は審理の最終段階になって初めて供述したに過ぎないことに鑑みると,そのまま信用することはできない。DとAが一致して認める1500万円の交付約束及びそれに基づく金銭の交付状況が極めて具体性に富んでいることに比べて,1億円の報酬約束をめぐる状況は全体として漠然としているとの印象が残る。また,Aは第1次結審後にDらの関与を供述するようになった理由について,弁論再開後の公判廷ではDから約束の報酬が支払われていないことも理由であるかのように述べているが,第1次結審後,検察官に対しては,むしろ,AがF方から盗みをしたという話になっていて,所属していた暴力団の上部団体が高額の損害賠償を求められているという話を聞いたため,これを否定して自己の沽券を守るとともに,同暴力団の窮地を救いたいという気持ちからであると供述している〈証拠略〉。しかも,Fらを殺害しなければならないことは,殺人等の犯行前日である7月12日に急きょ決まったことであり,殺害依頼を受けた後は,Fが7月13日に警察署に出頭する前に,なんとしてもFやGを殺害しなければならないという極めて切迫した状況にあったものである。以上に鑑みると,Aにおいて,7月12日に殺害依頼を受けてからその翌日に殺害遂行に至る過程において,どれほど具体的な確実性をもって1億円の報酬獲得を考えていたか疑問が残る。息子のMに対する発言状況等に照らすと,Aにおいてもある程度高額の報酬をもくろんでいたことは否定できないとはいえ,検察官の主張するように1億円の報酬獲得目的が主要な動機であるとは認定できず,ましてや強盗殺人に匹敵するとい 況等に照らすと,Aにおいてもある程度高額の報酬をもくろんでいたことは否定できないとはいえ,検察官の主張するように1億円の報酬獲得目的が主要な動機であるとは認定できず,ましてや強盗殺人に匹敵するという主張は正当とはいえない。もっとも,このことは,殺人等の犯行動機の身勝手さや悪質さを何ら減じるものではなく,結局,犯行動機には,一片の酌量の余地もないという点に変わりはない。 犯行の態様を見ると,Aは,F方においてFと顔を合わせるや,ためらうことなく至近距離からFの顔面を狙撃し,そのまま後ろに倒れたFにとどめを刺す目的でFの下顎角部を狙撃している。また,Gに対しては,けん銃を突き付け,いわば人質に取った状態でFの居場所を案内させたうえ,Gが,その目前でFが射殺されたため慌てて別室に逃亡し,床にひれ伏し金品の提供を申し出るなどして必死に命乞いをするのにも構わず,至近距離からGの後頭部を狙撃し,そのまま崩れるようにうつぶせに倒れたGにやはりとどめを刺す目的でその背部を狙撃している。犯行態様は冷酷かつ残忍であり,とりわけ,必死の命乞いをするGを殺害した点は無慈悲この上ないというべきである。被害者両名はいずれもその場で血まみれになって絶命していて,凄惨を極めている。 2名もの尊い生命が奪われた結果は極めて重大であり,量刑上最も重視すべき事情であることは詳論するまでもなく,突如として死の恐怖に直面したF及びGの驚愕や,F殺害の様子を目の当たりにさせられたうえ,床にひれ伏して必死の命乞いをしたときのGの絶望感は,筆舌に尽くしがたいものがある。Fは暴力団組長,Gはその妻ではあったが,同人らがその親族らにとってかけがえのない存在であることはいうまでもなく,被害者両名の長女,Fの父及びGの姉ら遺族の処罰感情は峻厳を極め,この3名はいずれも被告人らの極刑 長,Gはその妻ではあったが,同人らがその親族らにとってかけがえのない存在であることはいうまでもなく,被害者両名の長女,Fの父及びGの姉ら遺族の処罰感情は峻厳を極め,この3名はいずれも被告人らの極刑を求めている。とりわけ,犯罪者によって一度に両親を奪われることとなった被害者両名の長女藪中愛は,第1次結審時には「この先両親にいろんな事をしてあげたかったし,自分の歩んで行く姿を常に見ていてほしかったのです。世間からはどういう風に見られている親であろうが,私にとっては唯一の家族であり,人としてもとても尊敬できる大切な2人でした。そんな2人を失った事は私自身もある意味死んだも同然で(す)。私は死刑という判決にしか納得はしません。」などと,癒しがたい被害感情や峻烈な処罰感情を述べ,最終結審時にもその被害感情や処罰感情には変わりがなく,むしろ,被告人両名の弁論再開後の供述態度に接してその感情が更に強まっていることも窺われる。これら遺族に対して,慰謝の措置は全くとられておらず,今後そのような措置がとられる見込みも乏しい。 また,本件は,白昼,住宅地において,一度の機会に2名もの人命がけん銃で奪われたものであり,犯行現場がF方内であったため,公衆の面前でけん銃が発射されるような事案に比べて一般人が直接巻き添えになる危険性は少なかったとはいえ,暴力団が絡んだ凶悪事件で関係する組員以外の一般人に危害が及ぶ場合が少なくないことに鑑みると,近隣住民や社会一般に与えた不安や衝撃が大きいことは明白であり,社会防衛の見地も到底軽視することはできない。 ところで,Fは被害に遭った当時暴力団組長の地位にあったものであるところ,この点について,検察官は,FG夫婦はあくまでも一般市民として被告人両名に殺害されたのであるから,Fが暴力団組長であったことをもって被告人 は被害に遭った当時暴力団組長の地位にあったものであるところ,この点について,検察官は,FG夫婦はあくまでも一般市民として被告人両名に殺害されたのであるから,Fが暴力団組長であったことをもって被告人両名に有利な情状とすべきでないと主張するのに対し,弁護人らは,組織間の抗争であるかどうかはともかく,暴力団組織内における抗争事件であることは間違いないことなどを指摘して,このことを量刑上考慮すべきであると主張する。確かに,本件は,Fが組長を務める暴力団i一家内でのFとCの確執を発端とし,CらにおいてF殺害を発案し,Cと意思を相通じたDがAに殺人を依頼したものであるから,Fは暴力団i一家の組長であったからこそ殺害されるに至ったもので,目的実現のためには犯罪行為をもいとわない暴力団組員らを率いる暴力団組長という立場に内在する危険性が現実化したという一面があることは否定できず,Fはあくまで一般市民として殺害されたという検察官の主張に直ちに与することはできない。しかし,本件犯行当時,抗争事件が生起しつつあるような具体的状況があったわけではなく,Fは暴力団組長の地位にあったこと以上に,何らかの積極的な攻撃行為を仕掛けるなどことさら犯罪を誘発する行為にまで及んでいたことは窺えないのであるから,このことを過大に被告人両名に有利にしんしゃくするのは相当とはいえない。Fの妻であったにすぎないGとの関係では,なおさらこの理が妥当し,むしろ一般市民に近い立場にあったものというべきである。 3 次いで,各被告人の個別的な情状について検討する。 (1) Aは,犯行計画の遂行の過程において,Dと緊密に連絡を取り合いながら,自らの判断で,ジャンパー等の着衣を準備したり偽造ナンバープレート等を取り付けるなどの犯行発覚防止の工作を施し,的確に実行できるようにけん銃を試射す の過程において,Dと緊密に連絡を取り合いながら,自らの判断で,ジャンパー等の着衣を準備したり偽造ナンバープレート等を取り付けるなどの犯行発覚防止の工作を施し,的確に実行できるようにけん銃を試射することを決め,DからのF及びGの動静に関する随時の連絡に即応して,実行行為者側のBやEを統率し,殺害実行の時機を逃すことなく犯罪を遂行しているのであり,殺人等の犯行においてほぼ一貫して主導的かつ中心的な役割を果たしている。また,Aは,2名もの人命を奪う残虐な殺害行為をまさに自らの手で行っている。これらの事情は,量刑にあたって,相当重要な位置を占めると考えられる。 ところで,Aの弁護人は,AはDらに利用されたものであり,殺害には消極的であったなどと主張して,このことをAに有利にしんしゃくすべきであると主張する。 なるほど,本件各犯行は,まず強盗予備の段階において,FとCの確執を原因としてCやDがF殺害を発案し,これをAに持ちかけたことを契機として殺害計画が具体的に進行し始めており,殺人等の段階においても,Aは,Fが写真等の確認をするという情報を得たDから「俺が殺されてしまう。Xさん(Aのこと)何とかしてくださいよ。」と強く依頼されたため最終的に殺害を決意するに至っているから,Dらが各犯行の発端を作ったという一面は否定できない。しかしながら,殺害計画の遂行過程でAが果たした役割の大きさ,Bらを統率していった状況のほか,A自身も発覚を妨げる必要があり,また,Aが相当高額な報酬をもくろんでいたことが窺われることなどに照らせば,本件各犯行においてAが従属的立場にあったなどとは到底いえないことは明らかである。まして,Aは,Dとは別の組織に所属していた者で,両者の間に上下関係はなく,Dからの依頼を事実上拒むことができないような立場にあったわけ が従属的立場にあったなどとは到底いえないことは明らかである。まして,Aは,Dとは別の組織に所属していた者で,両者の間に上下関係はなく,Dからの依頼を事実上拒むことができないような立場にあったわけでもないから,Dに引きずられていったなどとも評価することは到底できない。結局,発案者こそDらであるが,犯罪を成し遂げる過程では,Aは,Dから随時提供される情報等に速やかに呼応しながら,BやEを指揮して実行行為に向けた具体的な行動を取り,まさに車輪の両輪となって犯罪実現に大きく寄与したものであるから,その果たした役割はDに比して何ら遜色ないものである。 殺害意思が消極的であったとの主張について検討しても,前記のようなAが果たした役割に加え,犯行から離脱することが困難なわけでもないのにそのまま殺害の実行に及んでいること,F殺害をためらった様子が全く窺えないことに照らせば,Fに対しては当初から強固な殺意を持ち続けていたのは明らかであるし,Gについては,F方に入る前にガムテープを購入していることなどに照らして,消極的な気持ちがあったというAの供述を全面的に否定することはできないものの,殺害時には確定的な殺意に基づき,無抵抗のGを残虐な方法で殺害しているのであるから,有利にしんしゃくする余地があるとしても,その程度は自ずと限られた範囲にとどまるというべきである。 Aの前科関係を見ると,Aは,昭和57年以降,前科4犯を有し,いずれも懲役刑の実刑に処せられているほか,最初の服役を契機に暴力団活動を開始しており,その活動歴は活発で相当に長期に及んでいる。とくに直近の前科を見ると,Aは,平成3年8月に銃刀法違反,火薬類取締法違反の罪で懲役7年に処せられていて,その刑期は決して短くないうえ,内容も,暴力団に対する密売目的で,けん銃94丁及び実包14 とくに直近の前科を見ると,Aは,平成3年8月に銃刀法違反,火薬類取締法違反の罪で懲役7年に処せられていて,その刑期は決して短くないうえ,内容も,暴力団に対する密売目的で,けん銃94丁及び実包1498発を所持していたという暴力団特有の反社会性が顕著に反映されているものであって,罪質は非常に悪い。それにもかかわらず,Aは,平成10年4月に刑の執行が終了して出所した後も,本件犯行直前まで暴力団組員として活動し,けん銃や適合実包の密売行為に関わっていたばかりか,本件強盗予備で準備された自動式けん銃等と,殺人の犯行で使用された自動式けん銃等は,いずれももともとAが入手してきたものである。矯正教育の効果は全くなかったというほかなく,その年齢等も考慮すると,顕著に反社会的なAの人格態度は相当に強く固着しているといわざるをえない。反省悔悟の情を検討しても,Aは被害者やその遺族に対する謝罪の言葉を口にするけれども,その供述態度,すなわち,Aは,第1次結審前は,暴力団特有の論理に基づき,あるいは家族への見返りを当て込んでCやDの関与をことさらに隠し,弁論再開後は,A自身やBの殺意等について不合理な弁解を繰り返し,Cの関与についても不可解な供述の変遷をしているばかりか,最終結審前に至って,Fが暴力団組長であったことを棚に上げて被害者らの遺族が一方的な処罰感情を表明しているなどという不満を表明してまでもいる〈証拠略〉ことに鑑みると,特に第1次結審後は一度死刑の求刑がされたという特異な状況下で供述していたことを最大限考慮したとしても,Aには真摯な反省悔悟の情を見出すことはできない。 (2) Bは,強盗予備事件では,下見及びビデオ撮影や,ホテルでの謀議に参加したうえ,自ら中国人らを先導して金沢市に向かい,F方の下見を指揮するなど重要な役割を果たしている。 すことはできない。 (2) Bは,強盗予備事件では,下見及びビデオ撮影や,ホテルでの謀議に参加したうえ,自ら中国人らを先導して金沢市に向かい,F方の下見を指揮するなど重要な役割を果たしている。殺人等事件では,Bは,終始,Aと行動を共にしながら,回転式けん銃を試射し,F方付近での待機中に回転式けん銃の弾倉を直ちに発射できるように直して準備を整えたうえ,犯行現場では,発射音が響き渡らないように化粧ポーチを被せた状態で回転式けん銃を持ち,Aと一体となってF方に入り,玄関先で見張りをするなどの役割を果たしている。このように,Bがけん銃を持って見張り等の役割を担当していたことが,Aの冷静で的確な殺害行為に大きく寄与していることは優に認められるし,状況次第ではB自身がけん銃を発射していても全くおかしくない状況にあったのであるから,犯行現場でBが果たした役割にはAに準じうるものがあり,F方の外で,自動車内で待機していたに過ぎないEとはその果たした役割に格段の違いがある。Bにも,10年余りにわたる暴力団組員としての活動歴があり,凶悪犯罪こそ含まれていないものの,前科3犯を有し,うち2回は服役しているうえ,出所後わずか約1年半の後に本件犯行に及んでいる。弁論再開後のAに迎合的な供述態度に鑑みても,Bには暴力団特有の価値観が定着しつつあることが窺われる。反省悔悟の情につき検討しても,Bの述べる謝罪の言葉はそれなりに真摯なものとも受け取れる部分もあるが,その供述態度,すなわち,Bは,第1次結審前は自分が実行行為を行ったと虚偽の供述をして,暴力団関係上の上位者でありかつ養親であるAをかばおうとし,弁論再開後は,Aの供述に迎合するような態度を示しており,特に第1次結審前の供述態度については,B自身が,遺族の心情を考えるよりもオヤジをかばう気持ちが強かっ でありかつ養親であるAをかばおうとし,弁論再開後は,Aの供述に迎合するような態度を示しており,特に第1次結審前の供述態度については,B自身が,遺族の心情を考えるよりもオヤジをかばう気持ちが強かったなどと供述していることに照らすと,やはり,反省が十分に深まっているとまで認めることはできない。 他方,Bは,DとAとの間の緊密な謀議や連絡に直接加わっていたものではなく,基本的には暴力団関係における絶対的上位者であるAの断片的な指示に従い,その意を汲んで行動していたにとどまり,B自身が自らの判断で積極的に行動していた場面は回転式けん銃の弾倉を直した点を除いてはほとんどなかったものであるから,その地位や役割はAやDに比して従属的であるといえる。殺人の実行行為時においても,Bは結果的には1発もけん銃を発射することなく,ほぼ玄関先にどとまっていたに過ぎないのであるから,もとより殺人等の共同正犯であることに合理的な疑いを入れる余地はないものの,殺害の結果発生に対する具体的な寄与の程度はそれほど大きいとはいえない。報酬等については,Bが現実味を持って得られる見込みを認識していたとまでは認められず,Bが独自の経済的利益を特に意欲して犯行に及んでいたとはいえない。これらの事情はBにとって特に有利にしんしゃくすべきであるし,また,Bの不遇な成育歴は多少なりともBに有利に酌むことができると考えられる。 4 そこで結論であるが,以上のとおり,なにより被害者2名の生命を奪ったという結果が極めて重大であり,特筆すべき周到かつ綿密な計画に基づき共犯者らと緊密な連絡をとって2人の生命を奪うという凶悪な犯罪が極めて冷静に遂行されていること,殺害の方法は,Fに対しては何らのためらいなく,Gに対しては必死の命乞いを無視して,それぞれの身体の枢要部にけん銃で弾丸2発を って2人の生命を奪うという凶悪な犯罪が極めて冷静に遂行されていること,殺害の方法は,Fに対しては何らのためらいなく,Gに対しては必死の命乞いを無視して,それぞれの身体の枢要部にけん銃で弾丸2発を撃ち込むという冷酷かつ残虐なものであること,口封じ目的という殺害動機にいささかたりとも酌むべきところがないこと,被害者らが暴力団組長の夫とその妻であったことを過大に評価することはできず,遺族の処罰感情も峻烈で極刑を求めていること,社会的影響も軽視できないこと等に照らして,被告人両名の刑事責任は極めて重大であるというべきところ,Bについては,Dとの謀議は直接はかかわっておらず,基本的にはAの絶対的な指示,命令に基づいて行動していたものでその従属性が顕著であること,殺人の実行行為時に果たした役割は限定的であること,具体的な経済的利益を意欲して犯行に及んでいたとも認められないことなどAに比して特に有利に酌むべき事情が存在し,更に,その不遇な成育歴をも併せ考慮すると,各殺人罪について有期懲役刑を選択するのが相当であり,しかも,その処断刑の最長期をもって臨むことはいささか重きに過ぎるというべきである。しかし,Aについては,Dに劣らぬ地位にあって実行行為側の共犯者らを率い,あるいは主体的に犯罪遂行の準備をし,最後には自ら残虐な実行行為を行うなど,ほぼ一貫して主導的で中心的な役割を果たしており,前科関係等も芳しくないことをも併せ考慮すると,他方において,本件殺害等の計画はAが発案したものではないこと,F及びG殺害に至る過程で報酬目的を具体的に意欲していたとまではいえないこと,一応は遺族に対する謝罪の言葉を口にしていることなど,Aに有利にしんしゃくする余地のある事情を最大限考慮したとしても,Aの刑事責任はまことに重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防 えないこと,一応は遺族に対する謝罪の言葉を口にしていることなど,Aに有利にしんしゃくする余地のある事情を最大限考慮したとしても,Aの刑事責任はまことに重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,Aを極刑に処することはやむを得ないものと認められる。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑被告人Aにつき死刑,没収。被告人Bにつき無期懲役)平成16年3月26日富山地方裁判所刑事部裁判長裁判官神沢昌克裁判官水野将徳裁判官三輪篤志
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