主文 1 原判決主文第1項を次のとおり変更する。 (1) 控訴人が平成10年2月3日付けで被控訴人に対し行った,被控訴人の平成6年分の所得税更正及び過少申告加算税賦課決定のうち,事業所得の金額を1081万7321円として計算した額を超える部分を取り消す。 (2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。 2 訴訟費用は第1・2審を通じてこれを10分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。 2 上記取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は第1・2審とも被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要塗装工事業を営む白色申告事業者である被控訴人が平成6年分及び平成8年分の所得税について確定申告をしたところ,控訴人は,被控訴人の取引先等に対する反面調査等によって把握した被控訴人の売上金額を基礎に,類似同業者から推計された平均特前所得率を乗じる等して被控訴人の事業所得金額を算出し,所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。そこで,被控訴人が,推計の必要性も合理性もなく,控訴人が推計によって算出した事業所得金額は実際の事業所得金額を上回っているとして,その実額を主張し,本件各処分の取消しを求めたのが本件である。 原審は,控訴人の担当係官がした税務調査において,被控訴人が第三者の立会に固執し,すべての帳簿の提示要請にも応じなかったとして,控訴人が推計の方法により事業所得額を算出する必要性があったものと認めたが,推計の合理性については,控訴人の採用した同業者の抽出基準自体には合理性があるとしたものの,抽出過程に関しては,特前所得率の低い同業者2件が抽出漏れとなっていたことは軽視できず,抽出された同業者16件の所得率が高 いては,控訴人の採用した同業者の抽出基準自体には合理性があるとしたものの,抽出過程に関しては,特前所得率の低い同業者2件が抽出漏れとなっていたことは軽視できず,抽出された同業者16件の所得率が高率であるのに比し,抽出漏れとなった同業者2件のそれが著しく低率であることからすれば,抽出漏れを単なる見落とし等と捉えるのは不自然であり,かつ,本件各処分・異議決定・審査裁決・本件訴訟の各段階において算定された同業者の平均特前所得率が,抽出された同業者がすべて異なるにもかかわらずほぼ同一であることからすれば,その抽出過程には控訴人の担当者による恣意の介在を否定できないとして,推計の合理性を否定し,結局,その余の点を判断するまでもなく,本件各処分は違法であると判断し,被控訴人が自認する事業所得金額により計算した額を超える部分を取り消して,その余の請求を棄却した。 そこで,控訴人が原判決の敗訴部分を不服として控訴を提起した。 1 前提となる事実及び争点原判決2頁20行目及び24行目の「別表」をいずれも「原判決別表」と改める(以下,原判決の引用部分中の「別表」はすべて「原判決別表」と読み替える。)ほか,原判決「第2 事案の概要」の2・3(原判決2頁14行目から同3頁16行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 2 争点に関する当事者の主張(1) 原判決「第3 争点に関する当事者の主張」(原判決3頁18行目から同10頁15行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 (2) 原判決10頁15行目の次に改行して,次のとおり付加する。 「5 実額反証に関する具体的主張(1) 被控訴人提出の帳簿等についてア得意先別売上帳(甲A2~8,10~17)〈控訴人の主張〉(ア) 平成8年分につき「P1」に対する売上げ271万9766円が存在するのにこれを 具体的主張(1) 被控訴人提出の帳簿等についてア得意先別売上帳(甲A2~8,10~17)〈控訴人の主張〉(ア) 平成8年分につき「P1」に対する売上げ271万9766円が存在するのにこれを記帳していなかった。 本件調査当時からバインダー方式の売上帳に記帳・保存されていたのであれば,当初より売上げとして主張できたはずであるし,売上げに計上する必要がないのであれば,売上帳に記帳する必要はなかったはずであって,被控訴人の主張は不自然である。 (イ) P1への売上げは現金取引であるが(甲B24),そうであれば,他にも現金売上げが存在すると疑うに足りる相当な理由があるというべきであり,上記売上帳が被控訴人の売上の全てを記載したものとは認められない。 〈被控訴人の主張〉P1については,被控訴人が名義貸しをしたに等しく,一旦被控訴人名で代金を受領したが,そのまま下請業者の松田塗装店に支払ったので,収入に挙げなかったにすぎない。 イ経費明細帳・給料明細(甲E1~121)〈控訴人の主張〉経費明細表として被控訴人が提出する甲E1~121は,いずれも肩書きに甲号証番号が付されているので,本訴提起後に作成されたことが明らかである。 〈被控訴人の主張〉経費明細表は経費の原始記録をワープロで集計したもので,説明の便宜のために甲号証番号を印字したにすぎない。 ウ月別総括表(乙17〔差替後の甲A1〕,甲A9)〈控訴人の主張〉(ア) 月別総括表の現金売上欄は,請求書控えに基づき記載したものというが(被控訴人本人),被控訴人は「P1」への売上げは申告の必要がないとして処理していたのであるから,申告の基となる月別総括表(甲A9)には計上されるはずがないのに,平成8年3月分に計上されている(甲A10,12~17)。このことは甲A9が本訴提起後に作成され ないとして処理していたのであるから,申告の基となる月別総括表(甲A9)には計上されるはずがないのに,平成8年3月分に計上されている(甲A10,12~17)。このことは甲A9が本訴提起後に作成されたもので,ひいては売上帳(甲A17)や請求書控え(甲B111)も本訴提起後に作成されたことを示している。 (イ) 事業所得の金額として,平成6年分の確定申告書には505万円,平成8年分の確定申告書には500万円と記載し,かつ,事業専従者控除として,平成6年分は80万円,平成8年分は86万円を控除して計算している(乙19,20)。 しかし,申告の基であるはずの月別総括表には,事業所得の金額として,平成6年分は505万3429円(乙17,なお,甲A1では504万2219円),平成8年分は500万2257円(甲A9)と記載されていて,申告書の記載額と齟齬がある。 また,被控訴人の供述する事業所得の金額は,本件係争各年分の収入金額から必要経費を単純に控除したもので,事業専従者控除は一切されていない。月別総括表に基づいて確定申告書を作成したのであれば,このような食い違いが生じるはずがなく,証拠として提出された月別総括表とは別に月別総括表が存在するか,あるいは,そもそも申告時には月別総括表が存在せず,本訴提起後に作成されたかのいずれかである。 (ウ) したがって,月別総括表を信用することはできない。 〈被控訴人の主張〉(ア) 月別総括表は原始記録ではなく収支の全体像を総括するためのものであるから,手書きや印字の総括表が作られてもおかしくはなく,控訴人の主張はいいがかりにすぎない。 (イ) 事業所得の金額はこれまでの資料を再検討して実額を提示したもので,被控訴人の実態を反映していることに間違いない。 (2) 売上額〈控訴人の主張〉ア控訴人の主張する売 がかりにすぎない。 (イ) 事業所得の金額はこれまでの資料を再検討して実額を提示したもので,被控訴人の実態を反映していることに間違いない。 (2) 売上額〈控訴人の主張〉ア控訴人の主張する売上金額と被控訴人の主張する売上金額とが相違する取引先は,平成6年分が三光設備工業株式会社とP2,平成8年分がP2とP1である。 控訴人が各取引先から照会回答書を得た結果によれば,三光設備工業株式会社もP1も控訴人主張の売上額が正しく,被控訴人提出の領収書控え(甲B1,2,24)の金額は誤りである。また,P2との取引はすべて現金決済であり,被控訴人が現金出納帳を記帳していないため,被控訴人主張の売上額の裏付けはない。 イ P1の売上げに関する請求書控え(甲B111)は,同人に交付した請求書(乙18)と比較すると,被控訴人が主張する複写とは思えない相違点があり,請求書控えが後日作成されたことを物語っている。また,領収書控え(甲B24)も,P1に交付された領収書(乙25)と比較すると,割印の有無に相違があるから,これも領収書控えが後日作成されたことを裏付けるものである。 ウ以上のとおり,被控訴人の主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引につき捕捉漏れのない総収入金額であるとは認められない。 〈被控訴人の主張〉ア請求書控えと請求書とに記載の齟齬があるのは,印刷時から請求書用紙の縦横線がずれていたものがかなりあり,送付分と控えとを別々に記載したからである。 イ領収書とその控えとで割印の有無に相違があるというのは事実無根である。コピーをする際,薄くなったり黒ずんだにすぎない。 (3) 必要経費ア領収書の加除訂正〈控訴人の主張〉(ア) ラウンジ「ジュリアン」の領収書(甲C17)は,「H.6」と他の文字の筆跡とが異なる上,被控訴人が現金出納帳 たり黒ずんだにすぎない。 (3) 必要経費ア領収書の加除訂正〈控訴人の主張〉(ア) ラウンジ「ジュリアン」の領収書(甲C17)は,「H.6」と他の文字の筆跡とが異なる上,被控訴人が現金出納帳を備え付けていないことから,実際に平成6年に支払がなされたかが不明である。 (イ) また,東亜交通株式会社の領収書(甲C2017)の乗務員名「P3」と宛先名「P4様」とは,被控訴人の供述では同時に記載されたというが,原本を確認すると,「P3」分は黒サインペンで書かれているのに,「P4様」分は黒ボールペンで書かれており,同供述は到底信用できない。 (ウ) 株式会社関山の領収書(甲C998)やナイトラウンジ「ゆう」の領収書(甲C1057の3)の年月日,金額(甲C998では宛名も)に明らかに元の字を消した跡があり,被控訴人が書き換えたものである。 (エ) 有限会社シオエ文具の領収書(甲C1667)では,領収金額「12300」の数字のうち「1」と「2300」のインクが相違し,オオタの領収書(甲C2214)では,領収金額「13600」の数字のうち「1」はボールペンで,「3600」はペンで記載され,尼崎交通株式会社の領収書(甲C2437の2)では,領収金額「7130」の「7」は「1」に書き足して「7」に改めた形跡があるなど,不自然な改竄の跡がみられる。 〈被控訴人の主張〉被控訴人は書き換えなどはしておらず,控訴人の言い掛かりにすぎない。 イ領収書の支払先,支払内容等が不明確〈控訴人の主張〉(ア) 接待交際費を示すという「サブリナ」の領収書(甲C2397)には,サブリナの印・金額・宛名が記載されているのみで,年月日・住所・内容の記載がなく,それが平成8年の支払に係ることを示すものがない。 (イ) 株式会社トミヤの領収書(甲C2036)も,支払内容が不明であ ブリナの印・金額・宛名が記載されているのみで,年月日・住所・内容の記載がなく,それが平成8年の支払に係ることを示すものがない。 (イ) 株式会社トミヤの領収書(甲C2036)も,支払内容が不明である上,同社は貴金属・宝飾品等を扱う会社であり,そこへの支払が被控訴人の事業と関連性を有しているとは認められない。 〈被控訴人の主張〉被控訴人の長男が当時岡山県に居住して通勤していたので,顧客への土産として株式会社トミヤから時計を購入したものである。経費の費目を接待交際費とすべきところを誤って記載したにすぎない。 ウ年分の違う領収書の内容を記載〈控訴人の主張〉平成8年分の経費明細帳(甲E83)の1月10日欄の飲食代金2100円は,対応する領収書の日付が7年1月10日であって(甲C1232),齟齬しており,実際に支払われたものか不明である。 〈被控訴人の主張〉誤りを認める。 エ事業との関連性が不明確(ア) 車両に係る支出〈控訴人の主張〉被控訴人所有の車両に係る重量税・自動車保険料・自賠責保険料・修理代・車検代金・ガソリン代の全額を必要経費に計上しているが,その車両は自動二輪車・タウンエース・マークⅡ・ボンゴ・ソアラ(他に車種不明の1台も)であり,これらを家事用に一切使用していないとは考えられない。家事関連費は主たる部分が事業所得を生ずべき業務の遂行に必要で,その必要部分を明らかに区分できる場合に限り,必要経費に算入できるが,これらの車両に係る支出には家事関連費が含まれており,それを区分することができないから全額を必要経費に算入することはできない。 〈被控訴人の主張〉すべて業務用に使用している。 (イ) 建物(事業所兼居宅)に係る支出〈控訴人の主張〉被控訴人の建物は事業所兼居宅として使用しているから,その建物に係る水道光 できない。 〈被控訴人の主張〉すべて業務用に使用している。 (イ) 建物(事業所兼居宅)に係る支出〈控訴人の主張〉被控訴人の建物は事業所兼居宅として使用しているから,その建物に係る水道光熱費・電話代・火災保険料に家事関連費が含まれることは明らかで,それを区分できないから,全額を必要経費に算入することはできない。 〈被控訴人の主張〉業務用と家事用とはすべて案分している(甲E63)(ウ) 旅費交通費〈控訴人の主張〉a 支払日が休日1月1日・3日・8月13日ないし15日のタクシー代金・高速道路料金・駐車料金を必要経費に計上しているが,正月三が日や8月の盆は休日が通例であり,これらの費用は業務に関連しない。 b 支払先が遠隔地岡山県で支払われたタクシー代金・高速道路料金,鹿児島空港で支払われた通行料金は業務に関連したとは考えられない。 〈被控訴人の主張〉零細業者は正月も盆もなく下見や打ち合わせに出かける必要がある。岡山県での支出は被控訴人の長男が週末岡山県で要する費用を負担したもので,鹿児島県での支出は義弟の家の外壁塗りの見積りのために要したものである。 (エ) 通信費〈控訴人の主張〉被控訴人は,国際電話料金を韓国での研修旅行に関連するというが,研修旅行の交通費は被控訴人が負担しながらそれを必要経費に計上せず,電話代のみを経費に計上するのは不自然である。また,国際電話料金の支払日も経費明細帳(甲E78,80)と領収書(甲C1430,2104)とで相違している。 〈被控訴人の主張〉税務署員の要請で交通費を研修費に計上せず電話代のみを経費に計上したものである。 (オ) 接待交際費〈控訴人の主張〉交際費の相手方は単に「お得意様」とのみ記載されていて不明であるから,業務遂行上必要な支出であったとはいえない。 〈被控訴 代のみを経費に計上したものである。 (オ) 接待交際費〈控訴人の主張〉交際費の相手方は単に「お得意様」とのみ記載されていて不明であるから,業務遂行上必要な支出であったとはいえない。 〈被控訴人の主張〉すべて業務に必要な交流や打ち合わせに支出した。 (カ) 研修費・諸会費・雑費〈控訴人の主張〉これらの支出の理由が「仕事のつき合い」というだけでは,業務遂行上必要であったとはいえない。 オ領収書等の未提出〈控訴人の主張〉必要経費につき出金伝票のみで領収書のないものが多数存在するし,現金出納帳を備え付けていないため,支出の事実を確認できない。また,出金伝票の作成日に疑問のあるもの,使途不明なものもある。 〈被控訴人の主張〉取引先から領収書をもらえないのが実情であるため,やむなく出金伝票で替えている。 カ給料支払明細書〈控訴人の主張〉被控訴人は,従業員の出勤状況を大学ノートにメモ程度に記載していたというが,その大学ノートを証拠として提出せず,給料支払明細書控えのみを提出するため,実際の労働日数などを裏付けるものはなく,その記載を直ちに信用することができない。また,P5に係る給料支払明細書控えの一部が別綴りとされ,係印欄の印影が他の給料支払明細書とは異なっている。さらに,P6の平成6年10月分の給料支払明細書は原本が残され,係印欄に押捺がないなど不自然なものがある。 〈被控訴人の主張〉従業員の勤務日数・年月日はプライバシーに関わることで開示できない。本件では給料支払の金額が明らかになれば足りる。係印欄の印影が異なるのは担当者が複数の印章を持っているからである。 キ外注費〈控訴人の主張〉外注費に関しては,請求書がなく領収書のみのもの,出金伝票のみのものがあるが,工事現場の記載がないため,業務の関連性が不明で,請求 複数の印章を持っているからである。 キ外注費〈控訴人の主張〉外注費に関しては,請求書がなく領収書のみのもの,出金伝票のみのものがあるが,工事現場の記載がないため,業務の関連性が不明で,請求や支払の事実も不明である。 〈被控訴人の主張〉小さな業者は請求書を作成せず,即金で処理することも多いので,出金伝票で処理している。」 3 当審における補充主張【控訴人】(1) 抽出過程の合理性被控訴人の本件係争年分の事業所得額を算定するに当たり,同業者の抽出過程に恣意が介在した可能性は皆無である。その理由は次のとおりである。 ア課税標準となるべき所得金額の算定は,収入金額と必要経費の実額を計算して決定するのが原則であって,その算定は納税者の誠実な協力等が前提となって初めてなし得るものである。そのため,所得金額の計算基礎となる経済取引の実態を最もよく知っている納税者は,税務職員から求められれば申告税額の内容が正しいことを説明すべき立場にある。 一方,①納税者が帳簿書類を備え付けておらず,収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合(帳簿書類の不存在),②納税者が一応帳簿書類を備え付けているものの,二重帳簿が作成されているなど,その内容が不正確で信頼性に乏しい場合(帳簿書類の不備),③納税者又はその取引関係者が調査に協力しないため直接資料が入手できない場合(調査非協力)のように,税務署長が所得を実額で把握できないときには推計課税が許される。 イ所得税法156条は,間接的な資料によって所得を認定する方式(推計課税)を許容しているが,それは直接資料を用いて所得を認定する方式である実額課税に代わるものではあっても,それ自体一つの課税の方式であって,所得の実額の近似値を求める,いわば概算課税の性質を有しているというべきであ いるが,それは直接資料を用いて所得を認定する方式である実額課税に代わるものではあっても,それ自体一つの課税の方式であって,所得の実額の近似値を求める,いわば概算課税の性質を有しているというべきであるから,そこでの推計の合理性は,所得の実額との関係で厳密な整合性を有する必要はなく,実額課税に代わる方式にふさわしいと言い得る程度の推計の合理性で足りるというべきである。 そうであれば,推計の合理性は,真実の所得金額を推認する方法の合理性ではない。 所得税法156条は税務署長に恣意的な推計を許すものではないが,他方,税務署長に必要以上の時間と労力をかけて資料の探索を求めることも,推計の必要性を生じさせた納税者の行動・態度等に鑑み適当ではないから,結局,税務署長において現に入手し又は容易に入手し得る資料の限定性,調査時間及び調査能力の制約,納税義務者間の公平等との関連で,採用された推計方法が,実額課税の代替的手段として当該納税義務者の所得近似値を求め得る方法として社会通念上相応の合理性(一応の合理性)があると認められる必要があり,かつ,それをもって足りるというべきである。 したがって,課税庁の採用した推計方法に実額課税の代替的手段にふさわしい一応の合理性が認められる場合は,納税者において,実額反証等の積極的な主張立証に成功しない限り,推計課税は合理的で適法なものと認められる。 ウ控訴人が本件訴訟係属段階において採用した同業者の抽出基準(本件抽出基準)は,次のとおりであり,同業者の類似性を判別する要件として合理的である。 ① 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること② 塗装工事業を営んでいること③ 上記②以外の業種目を兼業していないこと④ 青色事業専従者がいること⑤ 事業所が尼崎税務署及びその隣接税務署管内にあること⑥ 年間 確定申告書を提出していること② 塗装工事業を営んでいること③ 上記②以外の業種目を兼業していないこと④ 青色事業専従者がいること⑤ 事業所が尼崎税務署及びその隣接税務署管内にあること⑥ 年間を通じて事業を継続して営んでいること⑦ 売上金額が平成6年分については3100万円以上1億2500万円未満,平成8年分については3500万円以上1億4100万円未満であること⑧ 対象年分の所得税について,不服申立て又は訴訟が係属中でないことエ本件抽出基準に基づき課税庁の行う同業者の抽出の過程は,課税庁の恣意が介在する余地のないものでなければならないから,本件抽出基準に従い該当する同業者を機械的に抽出したことが必要であり,また,そのような恣意性の排除がなされれば,抽出過程の合理性の確保として十分である。 そこで,同業者を抽出するに当たり,大阪国税局長は,尼崎税務署並びに同署に隣接する西淀川税務署・東淀川税務署・豊能税務署・西宮税務署及び伊丹税務署の各税務署長に対し,本件係争年分を通じて本件抽出基準を満たす者をすべて抽出し,その同業者の売上げ・仕入れ・経費等の数額等を報告するよう通達(以下「本件通達」という。)を発し,各税務署長は,これに公文書で回答し,これらの照会書や回答書を書証として提出する方式(いわゆる通達回答方式)を採用した。 この通達回答方式においては,同業者の氏名が全く記載されないが,税務職員は自己が職務上知り得た秘密を漏らしてはならないことが法律上義務付けられている以上,同業者の氏名・住所を開示しないのはやむを得ないところである。 その結果,業種・業態及び事業規模等において被控訴人と類似する同業者として,各税務署長から報告されたのは16件であった。 オ被控訴人は,本件通達に従って抽出された同業者16件には,少なくとも本件抽出基 結果,業種・業態及び事業規模等において被控訴人と類似する同業者として,各税務署長から報告されたのは16件であった。 オ被控訴人は,本件通達に従って抽出された同業者16件には,少なくとも本件抽出基準に該当するP7とP8の2件が漏れていると主張するが,その根拠とされているのは,平成6年分に関しては,P7につき,確定申告書控えの写し(甲21の2)と青色申告決算書控えの写し(甲4),P8につき,青色申告決算書控えの写し(甲6,20)であり,平成8年分に関しては,P7・P8ともに青色申告決算書控え1頁目の写し(甲5,7)のみである。 しかし,控訴人の要請にもかかわらず,被控訴人は,平成6年分のP7の申告書控えと決算書控え(甲19,21の2)の各原本,P8の申告書控えの原本・写しとも提出しなかった。仮に提出されていれば,各書証の信憑性を確認し,例えば,決算書の4頁の製造原価の計算欄に塗装業以外に関する記載があるか否かを確認することにより,兼業の有無を把握でき,本件抽出基準該当性を判断することが可能であった。これらの原本が確認できない以上,申告書や決算書が現実に所轄税務署に提出されたか否かは不明という他ない。したがって,本件抽出基準に該当するか否かは不明であって,P7やP8を抽出すべき同業者と認めることはできない。 そして,本件抽出基準は,本件係争年分を通じて該当する者を抽出するものであるから,平成6年分が該当しない以上,同業者として抽出されることはない。 なお,P7の申告書控え(甲21の2)には,尼崎税務署の受付印が存在するかのようにも見得るが,その受付印は申告書控え自体に押捺されたものではなく,「確定申告書受付書」の税務署受付印欄に押捺されたものを申告書控えの下部に重ねてコピーをしたものである。 通常,申告書(税務署提出用)と申告書控えとが 付印は申告書控え自体に押捺されたものではなく,「確定申告書受付書」の税務署受付印欄に押捺されたものを申告書控えの下部に重ねてコピーをしたものである。 通常,申告書(税務署提出用)と申告書控えとが同時に提出されたときは,税務署担当者は,申告書控えと税務署提出用とを照合の上,申告書控えの左上部分に受付印を押捺した後,これを納税者に交付し,納税者が申告書(税務署提出用)のみを提出しながら,その事実を証する文書を希望したときは,確定申告書受付書を納税者に交付する。 したがって,甲21の2の存在から,それが現実に提出された申告書控えの写しであると認めることはできない。 カ同業者の抽出作業は,本件抽出基準に基づき,限られた期間内に複数名が手分けをして,各税務署に提出された申告書を1枚1枚繰りながら,条件に該当する者を一次的に抽出し,さらに,具体的内容を確認するため,決算書の記載内容を調べる等して抽出基準のいずれかに合致しない者は除外するという手順で手作業により行う。 本件抽出基準のうち申告書から確認できるのは,①青白区分,②③職業,④青色事業専従者の有無,⑦収入金額の各項目であり,決算書から確認できるのは,⑤事業所の所在地,⑥事業の継続性の各項目と,収入金額や職業,青色事業専従者の詳細である。 ところが,申告書の枚数は膨大であり,所定事項の記載漏れがあるものも混ざっていることから,抽出過程で基準に該当する同業者が漏れる可能性は否定できず,本件においても,P7の本件係争年分の申告書控えの各収入金額欄に記載がなかったことから,形式的な抽出作業中に除かれた可能性が高い。 そうであれば,その作業自体は機械的に行われているから,P7やP8が漏れたことが恣意的な除外でないことは明らかである。 キ P7やP8の上記オの申告書等に記載された数額を前提に, れた可能性が高い。 そうであれば,その作業自体は機械的に行われているから,P7やP8が漏れたことが恣意的な除外でないことは明らかである。 キ P7やP8の上記オの申告書等に記載された数額を前提に,本件抽出基準に従って抽出された同業者16件にP7らを加えて平均特前所得率を計算すると,平成6年分は18.68%,平成8年分は19.45%となり,これを元に被控訴人の事業所得の金額を推計すると,平成6年分が1081万7321円,平成8年分が1275万7418円となる。 本件更正処分の金額は平成6年分が1109万0963円,平成8年分が1167万9651円であるから,仮にP7らを加えて計算しても,平成6年分は27万3642円(税額では7万4400円)下回るが,平成8年分は107万7767円上回ることとなる。 このことからみて,P7らの特前所得率が低いとしても,課税庁が恣意的に除外してまで原処分の維持にこだわる必要はなかったというべきである。 ク各段階の特前所得率の平均値がほぼ同一であることは,同業者の特前所得率の平均値の実態を表しているもので,異とすべきではない。課税庁において,各段階で推計により算定された事業所得金額をほぼ同額にしなければならない必要性は全くない。 (2) 事業所得金額の認定ア納税者が所得の実額を主張し,推計課税の方法により認定された額が実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには,その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的な疑いを入れない程度に立証することを要すると解すべきであって,その実額の存在をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りると解すべきものではない。なぜなら,申告納税制度の下における納税者は,税法の定めるところに従い正しく申告する義務を負い,税務調査に対しては,その所 的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りると解すべきものではない。なぜなら,申告納税制度の下における納税者は,税法の定めるところに従い正しく申告する義務を負い,税務調査に対しては,その所得金額を算定するに足りる直接資料を提示し,正しく申告していることを税務職員に説明する義務を負うところ,これに違反し,課税庁をして推計課税を余儀なくさせた納税者が実額反証を許される結果,申告納税義務を遵守する誠実な納税者よりも利益を得るような事態を生ぜしめるべきでないことは当然であるばかりか,納税者は自己に有利な証拠を提出するのは容易であるのに対し,実額反証後に課税庁が行う反面調査等の証拠の収集は,確認すべき個々の経済取引がなされてから相当の年月を経過しているため限界があるなど対等な立場にないため,かかる納税者にこのような立証責任を負担させても酷であるとはいえないからである。 イ実額反証において,納税者は,①納税者の主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての捕捉漏れのない総収入金額であること,②その収入に対応する必要経費が実際に支出されたこと,③必要経費が当該事業と関連性を有すること,を合理的な疑いを入れない程度にまで主張立証しなければならない。 したがって,被控訴人が推計課税の基礎とされた収入金額を認めたからといって,それが直ちに実額所得を算定する場合における総収入金額として当事者間に争いのない事実になるものではない。 被控訴人は,総収入金額を主張立証した上で,その必要経費に係る支出の事実及び直接費用については収入金額との個別対応の事実を,間接費用については期間対応の事実をそれぞれ主張立証しなければならない。 ウ推計の必要性が認められる本件において,仮にP7やP8が本件抽出基準に合致していて抽出すべき同業者の中に加えるべき 事実を,間接費用については期間対応の事実をそれぞれ主張立証しなければならない。 ウ推計の必要性が認められる本件において,仮にP7やP8が本件抽出基準に合致していて抽出すべき同業者の中に加えるべきものであるなら,少なくとも,同業者16件にP7らを加えた18件の同業者の特前所得率の平均値をもって算出した所得金額が最終的に合理的な金額として認められるべきである。 【被控訴人】(1) 控訴人がしたという通達回答方式では,各税務署長の回答が,本件通達の基準に該当したか否かの審査を適正に経たかどうかは一切検証されることがない。 それにもかかわらず,同方式による同業者の抽出と同業者平均率とは必ず更正処分による所得金額を少し上回るようになっている。 いわゆるバブル経済崩壊後の長期不況の直撃を受けている中小零細業者,とりわけ被控訴人のような零細な事業者の同業者がすべて黒字を計上し,平均すると20%を超える所得率を計上していること自体,社会経済の実態からはあり得ないことである。 退職した元税務職員が取材に答えているように,通達回答方式では,無作為に同業者を選定していることになっているが,実際は都合の良い所得率の高い同業者を選定しているのが実態である。 ところが,本件では,被控訴人の尽力で,本件通達の基準を満たす同業者で,かつ,所得率の著しく低い業者が2件発見されたことから,本件抽出基準に基づく抽出が実際は操作されていたことが判明した。それゆえ,この2件の同業者は氷山の一角にすぎず,他に同様の同業者が多数存在し,それらが控訴人によって恣意的に抽出から除外されている公算が大きいと考えるのが合理的である。 (2) 本件のP7についてみると,P7が申告をした尼崎税務署では,P9調査官が申告書・決算書等を倍半基準に従って抽出し,次いで,同署の異議担当者が同署管 いる公算が大きいと考えるのが合理的である。 (2) 本件のP7についてみると,P7が申告をした尼崎税務署では,P9調査官が申告書・決算書等を倍半基準に従って抽出し,次いで,同署の異議担当者が同署管内の同業者を申告書・決算書から抽出し,さらに,本件通達を受けて,同署の経験豊富な職員が申告書の表裏・決算書のすべての面を検討したはずである。 申告書には収入金額の記載がなくとも,決算書には収入金額が明記されているから,尼崎税務署の税務職員が人を変え3度にわたって抽出をした以上,申告書に収入金額の記載がなかったからといって,抽出漏れとなることは絶対にあり得ない。 抽出が手作業で行われたのであればなおさらであり,また,税理士が作成に関与していなければ,より慎重に審査するはずであって,抽出漏れの危険性はかえって少なくなるはずである。 P7の申告書控え(甲21の2)の下欄の「確定申告書受付書」に税務署受付印が押捺されているのは,被控訴人が集団申告をして受付書の交付を受けたからである。そして,申告書控え(甲21の2)と決算書(甲19)の記載内容はすべて一致しており,P7の住民税・県民税課税額証明書(甲10)の営業所得金額も申告書・決算書の所得金額と一致している。尼崎市の税務職員が尼崎税務署に提出された申告書の写しを入手して地方税の納付書を作成するからである。P7の申告書控えが現実に尼崎税務署に提出された申告書と同一であることは明らかである。 (3) P8についてみても,決算書(甲20)をみれば,本件抽出基準の8つの条件をすべて充足することが明らかである。 (4) ところで,本件更正処分において,P9調査官が尼崎税務署管内から抽出した同業者は4件であるが,異議の段階で抽出された同業者は18件で,裁決の段階で抽出された同業者は16件である。また,本件抽出基準に ところで,本件更正処分において,P9調査官が尼崎税務署管内から抽出した同業者は4件であるが,異議の段階で抽出された同業者は18件で,裁決の段階で抽出された同業者は16件である。また,本件抽出基準により抽出された同業者は16件(うち尼崎税務署管内5件)である。 同じ対象から抽出したのに,P9調査官の抽出件数は4件で,本件抽出基準により抽出されたのが5件となるのは不自然であるが,それはさておき,本件抽出基準により抽出された5件について平成8年分の所得率をみると,平均18.93%とされている。一方,P9調査官の抽出した4件についてみると,平成8年分の所得率は18.47%である。 そこで,上記5件から1件を省き,4件で平均所得率を計算すると,それぞれの組み合わせのうち,平均所得率18.11%となるのがP9調査官の抽出した件数の平均所得率に最も近似している。しかし,それに一致はしない。 そうすると,控訴人の主張するような本件更正処分はあり得ないこととなり,控訴人の主張する同業者平均所得率は同業者を恣意的に操作して,被控訴人の所得とかけ離れた過大な所得を推計しているということができる。 こうした恣意的な抽出が可能なのは,そもそも同業者が存在するか否か,いかなる対象からいかなる方法で抽出されたのか等が全く検証できないことに由来する。 第3 当裁判所の判断当裁判所は,被控訴人の請求は,本件各処分の内,被控訴人の平成6年分の事業所得の金額を1081万7321円として計算した額を超える部分についての取消を求める限度で理由があるが,その余は理由がないと判断するもので,その理由は以下のとおりである。 1 争点(1)(推計の必要性及び調査の適法性)について当裁判所も,本件においては推計の必要性があり,調査は適法であったと判断するが,その理由は,原判決「 もので,その理由は以下のとおりである。 1 争点(1)(推計の必要性及び調査の適法性)について当裁判所も,本件においては推計の必要性があり,調査は適法であったと判断するが,その理由は,原判決「第4 当裁判所の判断」の1(原判決10頁18行目から同17頁11行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 2 争点(2)(推計の合理性)について(1) 税務署長は所得税について更正又は決定をする場合に推計課税の方法によることができるが,推計課税は,納税者が帳簿書類を備え付けず,又は帳簿書類があってもその内容に不備があり,あるいは帳簿書類の提出に協力しないなど,直接資料から所得金額を実額で把握できない場合に,初めてそれに代わる所得の認定方法として採用されるものであるから,その推計は真実の所得金額に近似するよう合理的な基準に基づき合理的な方法によってされなければならない。 (2) 控訴人が,①本件更正処分をするに当たり,被控訴人の取引先等に対する反面調査によって被控訴人の収入金額を一応実額で把握した上,これに倍半基準等によって得た類似同業者の平均特前所得率を乗じて,被控訴人の事業所得金額を算定し,②本訴においては,本件抽出基準を定め,いわゆる通達回答方式によって被控訴人と類似の同業者を抽出し,原判決別表2記載のとおり,被控訴人の事業所得金額を算定したことは,原判決17頁13行目から同19頁末行までのとおりであり,本件抽出基準自体に合理性があることは,原判決20頁1行目から同21頁3行目までのとおりであるから,いずれもこれを引用する。 (3) そこで,本件抽出基準に基づく抽出過程が合理的であったか否かにつき検討する。 ア抽出過程が合理的であるためには,課税庁の行う抽出が,抽出基準に基づき機械的に行われ,課税庁の恣意が介在する余地のないものでなけ 件抽出基準に基づく抽出過程が合理的であったか否かにつき検討する。 ア抽出過程が合理的であるためには,課税庁の行う抽出が,抽出基準に基づき機械的に行われ,課税庁の恣意が介在する余地のないものでなければならず,そのような恣意が排除される方式の抽出であれば,特定の意図をもってなされるなどの特段の事情がない限り,抽出過程の合理性が認められるということができる。 いわゆる通達回答方式は,国税局長から管内の税務署長宛に同業者の抽出基準を示し,これに合致する類似同業者の売上げ・仕入れ・経費等の総額を照会して報告を求め,税務署長からは確定申告書等に基づいて調査した結果抽出基準に該当する同業者の氏名を伏せて照会事項につき回答書を提出する方式であるから,対象者の抽出が基準に照らして機械的に実施されれば,課税庁の恣意が介在する余地のない方式ということができる。 この点につき,被控訴人は,通達回答方式は抽出基準に従った適正な抽出がされたか否かは一切検証されることがないと批判する。 確かに,通達回答方式による回答書は,税務職員の守秘義務に抵触することから同業者の氏名が公表されることはなく,そのため,抽出作業の適正は担当する税務職員に全面的に委ねられることとなり,はたして回答にある同業者が実在するか否か,その事業規模や事業内容等が当該納税者に類似するか否か,ひいては特定の意図の下に抽出が行われなかったかどうか等の事後的審査は,ひとえに抽出に関与した税務職員の供述の信用性にかかることになる。そして,これに対する納税者からの反証は極めて困難である。 したがって,抽出作業の適正を確保するためにも,納税者の反論の機会を保障するためにも,通達回答方式による同業者の抽出に関しては,例えば,対象となった青色申告書の総数,そのうち法人事業者と個人事業者との区分(各申告書数 業の適正を確保するためにも,納税者の反論の機会を保障するためにも,通達回答方式による同業者の抽出に関しては,例えば,対象となった青色申告書の総数,そのうち法人事業者と個人事業者との区分(各申告書数),類似業種に当たる申告書の数等,定められた各抽出基準毎にそれに該当する数を記録し,回答書に記載して報告するなど,抽出作業が適正に実施されたことを客観的に担保し,事後的な審査を可能にする方策が講じられなければならない。 さらに,係争中の案件に関しては,保存期間経過後の申告書等であっても,将来の司法審査を見据えて特別の保存体制をとることが望まれる。 しかしながら,こうした方策が肝要であるとしても,通達回答方式は,適正に実施されれば,一定の抽出基準に該当する同業者を網羅的に抽出することが可能であって,守秘義務に配慮しつつ客観的かつ公正な抽出を保障しうる方式であることは否定できず,また,抽出作業の担当者などを尋問することによって抽出の経緯を審査することも可能であるから,現行法制上はこの方式を直ちに不適法なものということは困難である。 イ被控訴人は,本件抽出基準に基づき抽出された同業者16件のほかに,同基準に該当するP7・P8の2件の同業者が抽出から漏れていたことを挙げて,同基準に基づく抽出には恣意が介在した疑いがあると主張する。 (ア) P7・P8の2件の同業者が本件抽出基準に該当するにもかかわらず抽出から漏れていたことは,原判決22頁2行目から同28頁13行目までのとおりであり,P7の特前所得率は平成6年分が3.47%,平成8年分が5.49%,P8の特前所得率は平成6年分が12.13%,平成8年分が-0.31%であったことは,原判決28頁14行目から同29頁10行目までのとおりであるから,いずれもこれを引用する(但し,同28頁22行目「287万 前所得率は平成6年分が12.13%,平成8年分が-0.31%であったことは,原判決28頁14行目から同29頁10行目までのとおりであるから,いずれもこれを引用する(但し,同28頁22行目「287万4089円」を「287万4039円」に改める。)。 (イ) しかし,上記2件の抽出漏れがあるからといって,直ちに恣意が介在した疑いがあると認定することはできない。すなわち,a 証拠(乙1ないし12,16,33ないし35,原審証人P10)及び弁論の全趣旨によれば,本件通達を受けた各税務署長は,各部署の責任者に同通達に基づく調査を指示し,各部署の責任者は所属職員の複数名に対し,本件抽出基準に従った同業者の抽出を指示したこと,所属職員らは,まず確定申告書について,同基準の①(青色申告であること),②(塗装工事業を営むこと),④(青色事業専従者がいること),⑦(売上金額)の該当の有無を確認し,次いで,決算書について,同基準のすべての項目を確認し,それらすべてに該当する者をリストに挙げて責任者に報告し,責任者は該当者につき決算書に照らして同基準に該当することを再度確認した上,同基準⑧(不服申立ての有無)を調査して,「同業者調査表」を作成したこと,そして,各税務署長はその調査表を大阪国税局長宛に報告したこと,以上の事実が認められる。 このような抽出手順の下では,通常は特定の意図をもった抽出がされる余地は少ないと考えられる。第一次的な抽出作業に複数名が関与しているときは,その全員につき同一の意図が共有されていなければならないからである。 仮に特定の意図をもった抽出をするのであれば,国税局長(ないしその担当者)から各税務署長(ないしその担当者)宛にその指示が出され,各税務署長から各部門の責任者へ,各責任者から所属職員へと順次その意図が周知されなければなら 出をするのであれば,国税局長(ないしその担当者)から各税務署長(ないしその担当者)宛にその指示が出され,各税務署長から各部門の責任者へ,各責任者から所属職員へと順次その意図が周知されなければならず,本件においては,本件更正処分で示された特前所得率を上回る特前所得率を達成するよう指示を出すことになろうが,そのためには関係税務署のすべてにその指示を出した上で平均値を調整する必要があり,かなり複雑な調整の指示が必要になるはずであるが,本件通達の下でそうした指示があったことを窺わせるに足りる証拠はない。かえって,本件通達に基づく抽出の結果(原判決別表3,4)では,平均特前所得率を大幅に下回る所得率の同業者も抽出されているのであって,そうした指示の存在とは相容れないというべきである。 b 一方,P7の確定申告書(甲21の2)によれば,本件抽出基準のうち,上記①②④は確認しうるものの,⑦については収入金額欄が空白のため確認できず,そのために決算書(甲19)を確認するまでもなく,非該当として除外された可能性を否定できない。 また,P8については,決算書(甲20)は証拠として提出されているが,確定申告書が控えも含めて提出されていないため,本件抽出基準のいずれが確認され,あるいは確認されなかったのかが判然としない。そのため,P7と同様に,申告書の調査のみで非該当として除外された可能性を否定できない。 そうであれば,P7・P8の2件の同業者が抽出漏れであっても,それを直ちに控訴人の恣意の介在を示すものと評価することは困難といわざるを得ない。 (ウ) したがって,被控訴人の同主張は採用することができない。 (エ) なお,本件では,尼崎税務署,国税不服審判所,大阪国税局が抽出した同業者の特前所得率の平均値が,その対象とする同業者が異なるにもかかわらず,近似値 被控訴人の同主張は採用することができない。 (エ) なお,本件では,尼崎税務署,国税不服審判所,大阪国税局が抽出した同業者の特前所得率の平均値が,その対象とする同業者が異なるにもかかわらず,近似値を示しており,そのため,被控訴人の本件係争年分の事業所得金額がすべて本件各処分で認定された所得金額をいずれも上回るものであることは,前記認定のとおりであるが,これら各段階における特前所得率の平均値がほぼ近似値を示していることは,同業者の特前所得率の平均値の実態を表していると見ることもでき,このことから,本件抽出において控訴人の恣意が介在したとみることはできない。 ウそして,上記イ(イ)aで認定した抽出手順に照らせば,本件通達に基づく同業者の抽出は機械的にされたものということができるから,本件抽出基準に基づく抽出は合理的であったと認められる。 3 争点(3)(被控訴人の事業所得金額)について(1) 上記のとおり,本件抽出基準に基づき抽出された16件の同業者については,その抽出過程に合理性があると認められるところ,P7・P8の2件の同業者がその抽出から漏れていたのであるから,結局,本件抽出基準に基づき抽出されるべき同業者はこの2件を加えた18件となり,その平均特前所得率は,次のとおりとなる。 P7の特前所得率平成6年分 3.47%平成8年分 5.49%P8の特前所得率平成6年分 12.13%平成8年分 -0.31%16件の同業者の平均特前所得率平成6年分 20.04%(原判決別表3の平均)平成8年分 21.54%(同別表4の平均)総計18件の平均特前所得率平成6年分 18.68%平成8年分 19.43%(2) 被控訴人の事業所得金額ア売上金額証拠(甲A2,3,5ないし8,10ないし12,14ないし16,乙21ないし25〈枝番 均特前所得率平成6年分 18.68%平成8年分 19.43%(2) 被控訴人の事業所得金額ア売上金額証拠(甲A2,3,5ないし8,10ないし12,14ないし16,乙21ないし25〈枝番を含む〉)によれば,被控訴人の売上金額は少なくとも平成6年分が6219万1230円,平成8年分が7001万2434円であったことが認められる。 被控訴人は,売上金額は平成6年分が6213万4285円,平成8年分が7001万1719円であったと主張し,甲A1,9を提出するが,これらは原始記録の裏付けがなく,取引先の反面調査の結果等である上記甲A5,乙21ないし25の内容に照らし,採用することができない。 イ特前所得率平成6年分 18.68%平成8年分 19.43%ウ特前所得金額(ア×イ)平成6年分 1161万7321円平成8年分 1360万3415円エ事業専従者控除額平成6年分 80万円平成8年分 86万円オ事業所得金額(ウ-エ)平成6年分 1081万7321円平成8年分 1274万3415円(3) 以上によれば,被控訴人の事業所得金額は,平成6年分が1081万7321円,平成8年分が1274万3415円となる。 4 争点(4)(実額反証)について(1) 推計課税の方式は,実額による所得金額の把握が困難な場合にその近似値を求めるための代替手段であるから,更正処分等の取消訴訟においても,実額による所得金額の立証は許され,実額が立証されたときは,それに従って更正処分等を取り消すべきであるが,一旦推計課税の方式による更正処分等がされた後では,実額による所得金額の主張立証は納税者の側で負担すべきものと解するのが相当である。 課税庁において反面調査により被控訴人の総収入金額を実額で把握し,これに同業者の特前所得率を乗じて事業所得 では,実額による所得金額の主張立証は納税者の側で負担すべきものと解するのが相当である。 課税庁において反面調査により被控訴人の総収入金額を実額で把握し,これに同業者の特前所得率を乗じて事業所得を推計する場合,課税庁の主張する総収入金額は,推計の合理性を基礎づける事実として,当該金額を下回らない収入があったというものにすぎないから,納税者において課税庁主張の総収入金額を前提に経費の実額を立証し,所得金額が推計による所得金額よりも過少であることを立証しただけでは,真実の所得金額が推計による所得金額よりも過少であることを立証したことにはならず,納税者が所得の実額を主張して推計の合理性を否定するには,納税者が補足漏れのない総収入金額,これに対応する必要経費及び事業との関連性を立証することが必要となると解すべきである。したがって,本件においては,被控訴人の側で,本件係争年分の収入金額・必要経費のすべてと必要経費がその収入に関連することとを主張立証すべきである。 そして,納税者が帳簿書類を備え付けておらず,あるいは帳簿書類の記載が不備なために推計課税がされたような場合には,その帳簿書類によって実額を立証することはできないから,他の代替手段により立証しなければならない。 (2) 被控訴人が本件係争年分の事業所得金額(実額)として主張する内容は原判決別表5・6記載のとおりである。 (3) 被控訴人主張の実額の検討ア被控訴人が提出した書証中の帳簿類としては,バインダー式の得意先別売上帳(甲A2~8,10~17),経費明細帳・給与明細(甲E1~121)のみであり,現金出納帳が提出されていないため,日々の現金の入出金の状況が明らかではない。また,被控訴人は当初平成8年分のP1に対する売上271万9766円を計上せず,控訴人の指摘によってその存在を認め あり,現金出納帳が提出されていないため,日々の現金の入出金の状況が明らかではない。また,被控訴人は当初平成8年分のP1に対する売上271万9766円を計上せず,控訴人の指摘によってその存在を認めたのであるが,上記得意先売上帳(甲A17)には,P1に対する売上が記載されている。得意先売上帳に記載しながら,売上として計上しなかった理由について被控訴人は名義貸しに等しいから計上しなかったと主張するが,その理由は必ずしも首肯しうるものではなく,現金出納帳が提出されないことから,現金取引において,P1と同様の事例が存在する可能性を否定することはできない。 イ確定申告書と月別総括表との齟齬被控訴人は,その事業所得金額を実額で算出する資料として月別総括表(甲A1,9)を提出し,これが原始記録に基づく正確な資料であり,確定申告書の基礎となった資料であると主張している。 ところで,被控訴人の確定申告書に記載された事業所得金額は,平成6年分が505万円,平成8年分が500万円であるが(乙19,20),これらは事業専従者控除額を控除した後の額である。一方,月別総括表に記載された事業所得金額は,平成6年分が504万2219円(差替前の乙17では505万3429円),平成8年分が500万1832円であるが,これらは事業専従者控除額を控除する前の額(現金売上額から現金仕入額とその他の経費のみを控除した額)である。 被控訴人主張を前提にすれば,月別総括表の事業所得金額から事業専従者控除額を控除した額が(端数の差はともかくとして)確定申告書の事業所得金額に一致しなければならないはずであるから,この相違は極めて不自然・不合理という他なく,これに対する被控訴人からの合理的な説明はされていない。 このような事態が生じるのは,被控訴人提出の甲A1,9の内容に何らか ければならないはずであるから,この相違は極めて不自然・不合理という他なく,これに対する被控訴人からの合理的な説明はされていない。 このような事態が生じるのは,被控訴人提出の甲A1,9の内容に何らかの作為が加えられているか,別に確定申告書の金額に合致する月別総括表が存在するかのいずれかではないかと考えられる。そのいずれであっても,被控訴人が実額の根拠と主張する最重要な資料について,その内容に重大な疑問を差し挟まざるを得ないのであって,そのまま信用できないことは明らかである。 ウ領収書の改変被控訴人が提出した領収書のうちには,内容を改変した形跡のあるものが見受けられる。すなわち,(ア) 有限会社シオエ文具作成の領収書(甲C1667)は,領収金額「12300」の数字のうち「1」と「2300」のインクが相違し,備考欄の「工事用アルバム」の記載もインクが相違する。 (イ) 「オオタ」作成の領収書(甲C2214)は,領収金額「13600」の数字のうち「1」はボールペンで,「3600」はペンで記載されている。 (ウ) 尼崎交通株式会社作成の領収書(甲C2437の2)は,領収金額「7130」の数字のうち「7」が「1」に書き足して「7」に改められた形跡がある。 このような,不自然な改変の跡があると,その他の領収書等についても,同様の改変がなされたのではないかとの疑いを払拭することができない。そうすると,原始記録として提出された資料についてもそれらをすべて真実のものと認めることは困難であり,これらの資料を基に経費を実額で算定することはできないといわざるを得ない。 エ以上のように,被控訴人にとって実額認定の根幹となるべき月別総括表の記載に不合理な点があり,原始記録である領収書にも不自然な改変がある点からすると,これらによって実額を算定することはできず い。 エ以上のように,被控訴人にとって実額認定の根幹となるべき月別総括表の記載に不合理な点があり,原始記録である領収書にも不自然な改変がある点からすると,これらによって実額を算定することはできず,被控訴人は,現金出納帳や元帳類,賃金台帳などを備え付けていないことを自認しているから,他に実額を認定するに足りる代替資料も存在しないという他ない。 そうすると,被控訴人の本件係争年分の捕捉漏れのない総収入金額が控訴人が捕捉した前記3(2)ア記載の金額を上回らないとは認めることができないから,これを前提として経費の額を検討することは相当でないことも考慮すると,結局,被控訴人の実額に関する主張は立証が不十分であって採用することができない。 5 結論以上の次第で,被控訴人の事業所得金額は,平成6年分が1081万7321円,平成8年分が1274万3415円となるから,本件各処分のうち,平成6年分については,被控訴人の事業所得金額を上記の額として計算した額を超える部分は違法であって取り消すべきであるが,その余の部分及び平成8年分については適法である。 してみると,本件各処分の取消しを求める被控訴人の本訴請求は,平成6年分の事業所得金額を1081万7321円として計算した額を超える部分の取消しを求める部分は理由があるが,その余は理由がなく,平成8年分については理由がない。 よって,これと異なる原判決は一部不当であるから,原判決主文第1項を本判決主文第1項のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第2民事部裁判長裁判官林醇裁判官小原卓雄裁判官小西義博 小原卓雄裁判官 小西義博
▼ クリックして全文を表示