平成14(ワ)182 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成15年3月25日 佐賀地方裁判所
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判決文本文7,411 文字)

主文 1 被告は,原告に対し,金8万円及びこれに対する平成14年6月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,自治会主催の溝浚え作業に従事した原告が,自治会の区長である被告から,同作業に従事する地域住民の面前で名誉及び信用を失墜する発言を受けたとして,被告に対し,損害賠償を請求する事案である。 1 争いのない事実等以下の事実は当事者間に争いがないか,又は括弧内掲記の証拠により容易に認めることができる。 (1) 被告は,平成14年3月21日,原告や被告らの居住する○○市○○地区の区長に就任した。 (2) ○○地区の戸数は約160で,地区内には○○班,△△班など8つの班が存在する。 (3) 原告は,△△班に属する住民である。 (4) ○○地区では,平成14年5月6日,自治会主催の町内一斉溝浚え作業(以下「本件作業」という。)が実施され,原告及び被告は本件作業に従事した。 (5) ○○地区には,別紙図面(方位は上が北である。)の赤色部分のとおり,AからB方向に流れる水路があり(以下,A,B等の記号はすべて同図面上の地点を指す。),緑色部分の原告所有地(2242畑と2698田)内を貫流して(甲一,乙二の1・2。以下,上記水路のうち,原告所有地内B-C部分を「本件水路」という。),Eにおいて,F方向と県道沿い方向の2つの水路に分岐している。 2 双方の主張(1) 原告ア被告は,本件作業中,△△ ・2。以下,上記水路のうち,原告所有地内B-C部分を「本件水路」という。),Eにおいて,F方向と県道沿い方向の2つの水路に分岐している。 2 双方の主張(1) 原告ア被告は,本件作業中,△△班に所属する原告を含む20数名の面前で,原告に対し,「この女はろくな女じゃない。」,「みんな覚えといて下さい。」等と発言した。 イ原告は,被告の上記発言により,公衆の面前で侮辱され,名誉及び信用を毀損されて,人格に対する社会的評価を著しく傷つけられ,多大な精神的損害を被った。 ウ上記精神的損害に対する慰謝料は100万円を下らない。 エよって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,慰謝料100万円及びこれに対する不法行為後である本訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (2) 被告ア上記(1)アないしウはすべて否認する。 イ被告は,本件作業の際,原告を含む地域住民に対して,「この人(原告)がろくでもないことをした。」と発言したにすぎない。 (3) 違法性阻却事由の有無についてア被告(ア) 仮に,被告の発言内容が原告主張のとおりであったとしても,原告は,私利私欲から,公共用物である本件水路(公有水面)を不法にコンクリートブロックで閉鎖した上,泥土で埋め立てるなどして公共の流排水を妨害し,地域住民らの生活の安全と公共の利益を害する行為に出た。かかる原告の行為は,公有水面埋立法第2条1項及び第39条1号に該当する違法行為(犯罪行為)であり,いわば「ろくでもない」行為である。 これに対して,被告の上記発言は,私利や原告に対する私怨から出たものではなく,本件作業を中断していた△△班の人達に公共の作業に参加して貰うため,必要な情報の開示とこのような公共の利益を害する行為の再発 に対して,被告の上記発言は,私利や原告に対する私怨から出たものではなく,本件作業を中断していた△△班の人達に公共の作業に参加して貰うため,必要な情報の開示とこのような公共の利益を害する行為の再発を防ぐための戒めの趣旨を含め,専ら公共の利害に関する事実(犯罪事実)に係り,かつ,公益を図る目的でなした発言であって,その内容も真実に沿うものである。さらに,被告の発言は,消極的な無価値判断であって名誉毀損の要素は稀薄であり,発言の語意自体名誉毀損というべき程のものではない。 このように,上記発言に至る経緯,発言の目的・内容とその真実性等を総合すると,被告の発言は,社会通念上違法性を欠き(違法性阻却),不法行為を構成しない。 (イ) 原告は,被告の当該発言前,本件水路のB付近をコンクリートブロックで閉鎖し,その下流約10mにわたり本件水路を土で埋め立てたところ,原告は,かかる行為を下記イの緊急避難的行為と主張する。しかしながら,そもそもDが塞がれたのは,降水時にBを通ってDに流れ出た水が,D-E間の水路が狭いために溢れ出て,周辺の大豆畑が冠水し,植え付けられた大豆が根腐れするおそれが生じたため,耕作者が冠水を防ぐ目的でしたものにすぎず,これこそ緊急避難的措置であった。原告は,これによって何ら被害を被った訳ではなく,被害のおそれがあるならば,Dの閉塞物を除去すれば足りたはずである。それを,そのようにはしないで,さらにBを閉塞したり10mにわたりB-C間の本件水路を埋め立てるなどした原告の行為は,明らかに正当な理由が存せず,緊急避難の成立する余地はない。 イ原告原告は,被告の問題発言前,本件水路のB付近をコンクリートブロックで閉鎖し,その下流約10mにわたり本件水路を土で埋め立てたが,これは,D付近を何者かが塞いだために採った自己防衛の い。 イ原告原告は,被告の問題発言前,本件水路のB付近をコンクリートブロックで閉鎖し,その下流約10mにわたり本件水路を土で埋め立てたが,これは,D付近を何者かが塞いだために採った自己防衛の緊急避難措置にすぎない。 3 争点(1) 本件作業における被告の発言内容(2) 上記発言の違法性の有無第3 争点に対する判断 1 争点(1)(本件作業における被告の発言内容)について(1) 証拠(甲三・四,証人丙野三郎,原告本人,被告本人<ただし,後記措信しない部分を除く>)及び弁論の全趣旨によると,本件作業(屋外における町内一斉の溝竣え作業)は,○○班と△△班の2班に分かれ,○○班は東側(A側)から,△△班は西側(Eから県道沿いに流れる水路の下流方向)から,それぞれB-C間の本件水路に向けて溝浚え作業を行うというものであり,当日は午前8時ころから本件作業が開始され,原告の所属する△△班は上記水路を下流からEまで作業を終え,午前9時ころにはF付近でたむろしていたところ,Aから作業を進めてきた○○班がB-C間の本件水路付近で埋設物の除去作業に苦労していたことから,被告が△△班のたむろする上記場所にまで駆け寄って来て,△△班の人達20数名に対して,精一杯の大声で,「あんた達は何ばしよっとですか。」,「先日言うとったごと,一緒に作業するごとなっとるでしょうが。」と言い,更に視線の合った原告に対し,罵声を浴びせかける勢いで言葉を発したが,その際のやりとりは以下のようなものであった。 被告:このおなごはろくなおなごじゃなかっ。みんな覚えとってくんさい。 原告:あなたは三郎と・・被告:三郎がなんきゃ。今日の溝浚えの日当はあんたに請求するからな。 (2) 以上に対し,被告は,自己の発言内容につき,「この人がろくなことはしとらんので,それをこちらに来て皆 告:あなたは三郎と・・被告:三郎がなんきゃ。今日の溝浚えの日当はあんたに請求するからな。 (2) 以上に対し,被告は,自己の発言内容につき,「この人がろくなことはしとらんので,それをこちらに来て皆の眼で見届けて下さい。」と言ったにすぎない旨供述する(乙三,被告本人)が,証人丙野三郎の証言及び原告本人尋問の結果に照らして容易に信用できず,他に被告の上記供述に沿う証拠はない。 2 争点(2)(上記発言の違法性の有無)について上記1認定のとおり,被告は,本件作業に従事する△△班の人達20数名の面前で,原告に対し,いきなり大声で上記発言に及んだと認められるところ,被告は,上記発言の違法性の有無につき,概ね,①原告は,被告の発言前,本件水路のB付近をコンクリートブロックで閉鎖し,その下流約10mにわたり本件水路を土で埋め立てているが,かかる原告の行為は法律に違反する行為で正当性を欠き,私利私欲に出たものである。これに対して,被告の発言は,真実を摘示して現状の確認を求めたにすぎず,内容自体原告の名誉を毀損するものではない,②被告の発言は,原告の不法行為により迷惑を被っている地域住民に対して,違法状態を除去し,公共の利益を図るため,真実を摘示して協力を求めたにすぎない,として違法性を阻却する旨主張する。よって,以下検討する。 (1) 被告の上記発言に至る経過証拠(甲一,二の1・2,三・四,五の1~9,乙一,二の1・2,三・四,証人丙野三郎,原告本人,被告本人)に前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 ア ○○町には,従前より,AからB方向に流れる水路があり,同水路は,Bで,C-H-Eへと流れる水路と,G方向へ流れる水路とに分岐し,主流は後者の水路であったところ,昭和40年代初めに実施された耕地整理事業にお ,従前より,AからB方向に流れる水路があり,同水路は,Bで,C-H-Eへと流れる水路と,G方向へ流れる水路とに分岐し,主流は後者の水路であったところ,昭和40年代初めに実施された耕地整理事業において,B-G間に土嚢が積まれるなどBからG方向に流れる水路が事実上閉鎖された。このため,水路は,以後,A-B-C-H-Eへと流れる水路に一本化され,長年にわたり,同水路が農業用灌水路及び生活排水路として利用されるに至った。しかして,同水路の維持管理は,農業用灌水については地元の生産組合(流水の調整)に,また,生活排水については地元区長(泥土の除去等の溝浚え作業)らに一任され,地区住民が溝浚え作業に従事するなど,これに協力する状態が続いた。なお,上記耕地整理事業では,県道が整備され,併せて,G-D間に円管が埋設され,かつ,D-E間にコンクリート製排水路が設置されるなどした。 イ平成13年ころ,○○地区の水路拡張工事が始まり,A-B間は順調に工事が行われた。ところが,B-C間の本件水路については,原告の長男三郎が,「本件水路に面する利水者は当該流水を使用していない。拡張するならB-G-Dルートの方が自然である。G-Dの埋設円管を大きくする方が工事費も安上りではないか。」などとこれに反対し,また,同人らの関係当局に対する働きかけで,G-D間の円管に接続するB-G間のコンクリート製水路の設置工事がなされた(乙一のNo.2の写真)。なお,原告や三郎らは,上記アの耕地整理事業計画では当初からB-G間に水路が設置されることになっていたとの認識を有していた。 ウこのように,本件水路とは別にBからG-D-Eに繋がる水路が完成したが,A-B-G間に比べて水路幅の狭いG-D-E間の水路(特に,D-E間はA-B-G間に比べて約半分の水路幅であった。)からの溢水 このように,本件水路とは別にBからG-D-Eに繋がる水路が完成したが,A-B-G間に比べて水路幅の狭いG-D-E間の水路(特に,D-E間はA-B-G間に比べて約半分の水路幅であった。)からの溢水被害を恐れた同水路の南側農地(大豆耕作)の所有者らが,Dに蓋とつっかえ棒をしてD-E間の水路への水の流入を塞いだため,流水がBからCの方(本件水路の方)にばかり流れ込むようになった。このため,原告らは,自力でDの障害物を除去したうえ,Bをコンクリートブロックで閉鎖し,水がBから本件水路内に流れ込まないようにした。 エこれに対して,本件水路の拡張工事を推進しようとする○○地区の区長代理らは,上記南側農地(大豆耕作)の所有者らと共に,Bに設置されたコンクリートブロックを自力で除去し,再びDに蓋とつっかえ棒をしてBからG-D-Eへの流れを止めた。このため,原告らは,再びBにコンクリートブロックを設置し,かつ,BからCに向けて約10メートルにわたり(ちなみにB-C間の距離は約30メートルである。)本件水路を土で埋め立てた(乙一のNo.1の写真)。 オそのころ新たに○○地区の区長に就任した被告(地元生産組合の組合長を兼務していた。)は,原告らの上記行為は不法投棄,公用物損壊の違法行為に当たるとし,Bのコンクリートブロックを除去するよう求めたが,原告らは,「水路はB-G-D-E間に新しくできており,本件水路に水を流す必要はない。先にDに蓋をした人がいるから,そっちをどうにかしたらいい。」と述べてこれに反対し,両者の意見が対立したまま本件作業当日を迎えた(この間,県道北側境界線に沿って原告所有の2698の土地との間にA-B間の水路幅と同じ幅の水路を移設する案が検討されたが,原告側の賛成を得られなかった。)。 カちなみに,本件作業の約1週間前に開催さ の間,県道北側境界線に沿って原告所有の2698の土地との間にA-B間の水路幅と同じ幅の水路を移設する案が検討されたが,原告側の賛成を得られなかった。)。 カちなみに,本件作業の約1週間前に開催された班長会議では,本件作業は,原告所有地内のB-C間の本件水路付近を○○班及び△△班の双方で共同して行うこととされたが,実際にはその趣旨が各班に徹底されないままであった。また,本件作業において,B-C間の本件水路内に埋め立てられた土は除去された(乙一のNo.3~No.8の写真)が,D-E間の水路の溝竣え作業は行われなかった。現在,B-G間は板で堰止めされ(甲二の1・2),D付近は土砂等で詰まり,D-E間も泥,石,ごみ等の堆積物がある(甲五の1~6)ため,B-G-D-Eの水路は事実上塞がれたままである。その結果,本件作業日以降における水の流れは,A-B-C-H-Eの本件水路側のみとなっている。 (2) 本件発言の違法性の有無ア以上認定の経緯に鑑みると,被告の前記発言は,AからBに流れる水路が,Bを分岐点として,本件水路側(C)とGを経てD-Eへ繋がる水路側のどちらに流れるのが本来的かという問題に関して基本的な認識を異にする原告らと被告を含む地区住民らとの間で意見の対立をみ(被告は,Dを塞いだ者の行為を咎めておらず,原告と対立する地区住民らと同一の立場に立っていたと推認するのが相当である。),互いに相手の主張する水路を塞ぐなどの実力行使に出る私的紛争が勃発する中で,公衆の面前において,一方的に発せられたものと認められる(ちなみに,乙四によれば,被告は,昭和40年代初めに実施された耕地整理事業において,原告の亡夫が今後の主流を本件水路とすることに同意したするが,前記(1)ア認定のとおり,同事業では,県道が整備され,併せて,G-D間に円管が埋 は,昭和40年代初めに実施された耕地整理事業において,原告の亡夫が今後の主流を本件水路とすることに同意したするが,前記(1)ア認定のとおり,同事業では,県道が整備され,併せて,G-D間に円管が埋設されたうえ,D-E間にコンクリート製排水路が設置されるなどしている。したがって,B-G-D-Eと繋がる水路を設置する計画が当初からあったとも推認でき,少なくとも原告の亡夫がB-G間の水路を閉鎖することに真に同意したと断定し得るかは疑問が残るところである。いずれにしろ,本件当時,原告側と被告側とに,水路の経路に関する認識に相違があったことは否定できない。)。 イ一般に,私的紛争の最中において,紛争当事者の一方が,他方当事者に対して,その社会的評価を低下させる発言をした場合,それが公衆の参加する静穏な社会活動の中で突然一方的になされたときは,その発言内容に侮辱的言辞を含む限り,発言者の意図にかかわらず,それ自体違法性を帯び不法行為を構成するといわざるを得ないところ,本件における被告の発言は,その内容からして,事実の摘示というより意見の表明にすぎず,発言者の社会的地位,発言の場所・機会,関係者の居住する地域性等を考慮すると,原告に対する侮辱的言辞を含む違法なものといわざるを得ない。 ウ確かに,B-G-D-Eルートに拘泥する余り,B-Cルートを閉鎖する挙に出た原告の対応にも行き過ぎがあったことは否定できないが,この点を考慮しても,被告の前記発言の違法性が阻却されるものではない。 なぜなら,原告の上記行動に対して法的手段に出るのはともかく,被告が上記発言に及ぶ必然性は認めがたいからである(少なくとも,被告が,公衆の面前で,いきなり原告を罵倒するような発言を一方的にする必然性があったとは認められない。)。 エ以上認定の諸事情(特に,被告は区長とい に及ぶ必然性は認めがたいからである(少なくとも,被告が,公衆の面前で,いきなり原告を罵倒するような発言を一方的にする必然性があったとは認められない。)。 エ以上認定の諸事情(特に,被告は区長という公的立場にありながら,原告の居住する地域住民の前で一方的に侮辱的発言をしたこと,しかしながら,その発言は1回限りであり,原告にもBを閉鎖するなどの行き過ぎな行為があったこと等の事情)を総合すると,被告の前記不法行為により被った原告の精神的損害を慰謝するには金5万円を,また本件事案の難易,認容額等にかんがみると,被告の負担すべき弁護士費用の額は金3万円をもって相当と認める。 2 結論よって,原告の本訴請求は,損害賠償金8万円及びこれに対する不法行為の後で本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成14年6月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 佐賀地方裁判所民事部裁判官榎下義康

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