平成20(た)1 住居侵入、強盗殺人、放火(再審)被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年9月26日 静岡地方裁判所
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判決文本文115,283 文字)

- 1 - 主文 被告人は無罪。 理由 [目次]第1 本件公訴事実の要旨 第2 本件再審公判に至る経緯と審理経過の概要 1 本件事件の発生等 2 確定審の審理経過⑴ 確定第1審⑵ 確定控訴審及び確定上告審 3 再審請求審の審理経過⑴ 第1次再審請求審⑵ 第2次再審請求審 4 本件再審公判の審理経過等⑴ 被告人の出頭免除 ⑵ 本件再審公判の審理経過第3 本件の争点及び当裁判所の判断の骨子 1 本件の争点 2 当裁判所の判断の骨子第4 当裁判所の判断 1 本件検察官調書に関する弁護人の主張の検討⑴ 本件検察官調書の要旨⑵ 取調べの態様及び経過等⑶ 本件検察官調書の証拠排除⑷ 被告人の自白に関する弁護人の主張の検討 ⑸ 小括- 2 - 2 5点の衣類に関する検察官の主張(本件主張②)の検討⑴ 検察官及び弁護人の主張⑵ 5点の衣類に関する当裁判所の判断の概要⑶ 5点の衣類と本件犯行及び被告人との結び付き⑷ 5点の衣類の血痕等の色調による合理的な疑い ⑸ DNA型鑑定による合理的疑いの有無⑹ 被告人の実家から押収された端切れの関連性⑺ 本件紙幣等の評価⑻ 小括 3 犯人像等に関する検察官の主張(本件主張①)の検討 ⑴ 検察官及び弁護人の主張⑵ 前提事実⑶ 検討⑷ 小括 4 被告人と犯人の整合性に関する検察官の主張(本件主張③)の検討 ⑴ 検察官及び弁護人の主張⑵ 被告人の左手中指の切創等⑶ 被告人のパジャマと他人の血液及び混合油の検出 括 4 被告人と犯人の整合性に関する検察官の主張(本件主張③)の検討 ⑴ 検察官及び弁護人の主張⑵ 被告人の左手中指の切創等⑶ 被告人のパジャマと他人の血液及び混合油の検出⑷ くり小刀と被告人の関係⑸ 被告人の本件犯行の動機 ⑹ 小括 5 総合評価第5 結論[凡例]以下、括弧内の「再甲」の番号は、証拠等関係カード記載の検察官請求証拠の番号を 示し、「再弁書」の番号は、同カード記載の弁護人請求証拠の番号を示す。また、公判調- 3 -書中の証人、鑑定人及び被告人の各供述部分については、単に証言又は供述と表記し、確定審の証拠については、「確○冊○丁」などと表記し、確定第1審で押収した証拠物については、便宜上、確定第1審の押収番号を付して表記する。 [略語一覧]本件会社 :C D :DE :EF :FG :G被害者ら :D、E、F及びG 従業員 :本件会社の従業員本件工場 :本件会社のみそ製造工場本件事件 :昭和41年6月30日午前2時頃、D方で火災が発生して家屋がほぼ全焼し、鎮火後、被害者ら合計4名の遺体が発見された事件本件犯行 :何者かによって敢行された本件公訴事実記載の犯行 1号タンク :本件工場の1号タンク白ステテコ :白ステテコ 1枚(昭和41年押第155号符号96)白半袖シャツ :白半袖シャツ 1枚(昭和41年押第155号符号97)ネズミ色スポーツシャツ:ネヅミ色スポーツシャツ 1枚(昭和41年押第155号符号98) 鉄紺色ズボン :鉄紺色ズボン 1本(昭和41年押第155号符号99)緑色パンツ 7)ネズミ色スポーツシャツ:ネヅミ色スポーツシャツ 1枚(昭和41年押第155号符号98) 鉄紺色ズボン :鉄紺色ズボン 1本(昭和41年押第155号符号99)緑色パンツ :緑色パンツ 1枚(昭和41年押第155号符号100)5点の衣類 :白ステテコ、白半袖シャツ、ネズミ色スポーツシャツ、鉄紺色ズボン及び緑色パンツ麻袋 :麻袋(南京袋) 1枚(昭和41年押第155号符号102) 端切れ :端布 1枚(昭和41年押第155号符号103)- 4 -本件検察官調書 :被告人の検察官に対する昭和41年9月9日付け供述調書(確20冊2712丁)確定第1審判決 :静岡地裁昭和43年9月11日判決(同昭和41年(わ)第329号)確定控訴審判決 :東京高裁昭和51年5月18日判決(同昭和44年(う)第24 0号)H1教授 :H1教授(肩書は当時のもの。以下、同じ。)H1鑑定 :H1教授が本件試料等につき実施したDNA型鑑定(再弁書89、90)本件再審開始決定:静岡地裁平成26年3月27日決定(同平成20年(た)第1号) H2教授 :H2教授H3助教 :H3助教H2教授ら :H2教授及びH3助教H4教授 :H4教授H5教授 :H5教授 H6教授 :H6教授令和3年度実験 :検察官が、令和3年9月から令和4年11月までの間、布に付着した血痕をみそ漬けにし、その色調変化を観察した実験H7教授 :H7教授H8教授 :H8教授 本件主張① :犯人が本件工場関係者であることが強く推認される上、証拠から推認される犯人の事件当時の行動を被告人がと た実験H7教授 :H7教授H8教授 :H8教授 本件主張① :犯人が本件工場関係者であることが強く推認される上、証拠から推認される犯人の事件当時の行動を被告人がとることが可能であったとの検察官の主張本件主張② :本件工場の1号タンク内から発見された5点の衣類は、被告人が本件犯行時に着用し、事件後に1号タンク内に隠匿したものであ るとの検察官の主張- 5 -本件主張③ :被告人が犯人であることと整合する諸事情が存在するとの検察官の主張犯行着衣 :犯人が本件犯行時に着用した衣類I :IJ1警部 :J1警部(階級は、本件事件当時のもの。以下、同じ。) J2警部補 :J2警部補J3警部補 :J3警部補K1検察官 :K1検察官J4巡査部長 :J4巡査部長J5警部補 :J5警部補 J6巡査部長 :J6巡査部長H9教授 :H9教授H9意見 :H9教授作成の平成4年12月9日付け鑑定書(再弁書139)、平成7年6月20日付け鑑定補充書(再弁書140)、平成24年8月1日付け鑑定書(再弁書142)及び平成29年9月10日 付け鑑定意見書(再弁書193)に基づく意見J7警部補 :J7警部補J7実況見分調書:J7警部補作成の昭和42年9月4日付け実況見分調書(確17冊2274丁)M1鑑定書 :M1作成の昭和42年9月20日付け鑑定書(確17冊2348 丁)着衣編の写真 :「清水市h会社重役宅一家四名殺害強盗殺人放火事件(着衣編)」と題する写真綴り(令和5年押第3号符号17、再甲38)H10教授 :H10教授H11実験 :H11准 着衣編の写真 :「清水市h会社重役宅一家四名殺害強盗殺人放火事件(着衣編)」と題する写真綴り(令和5年押第3号符号17、再甲38)H10教授 :H10教授H11実験 :H11准教授がみそ漬けされた人血のDNAの分解の程度等を鑑 定する目的で実施した実験(再甲135、再弁書6)- 6 -令和3年度実験捜査報告書:検察官が令和3年度実験に際してみそ漬けした試料を観察し、その状況を撮影した写真等を添付するなどして逐作成した捜査報告書(再甲176から183まで、197、201、206、212、219)H12教授 :H12教授 H13教授 :H13教授H13鑑定 :H13教授の鑑定書(再弁書267)に基づく意見H14教授 :H14教授確認メモ :裁判所書記官作成の「実験資料の確認(メモ)」(再弁書33)pH :水素イオン指数で、pH7は中性、pH7超はアルカリ性、pH 7未満は酸性を示す。 H8教授ら :共同鑑定書(再甲237)を作成したH8教授ら7名ppb :10億分の1の割合を表す単位ppm :100万分の1の割合を表す単位本件試料 :5点の衣類の血痕が付着しているとされる部分から採取した試料 及び被害者らの着衣から採取した試料H15鑑定 :H15教授が本件試料に近接した部位から採取した資料につき実施したDNA型等の鑑定(再甲64、65、再弁書91、92)対照試料 :5点の衣類及び被害者らの着衣の血痕が付着していないとされている部分から採取した試料 J8警部補 :J8警部補本件捜索 :昭和42年9月12日に実施された被告人の実家の捜索本件封 衣類及び被害者らの着衣の血痕が付着していないとされている部分から採取した試料 J8警部補 :J8警部補本件捜索 :昭和42年9月12日に実施された被告人の実家の捜索本件封筒 :二重封筒 1枚(昭和41年押第155号符号47)本件便箋 :手紙(便箋) 1枚(2片)(昭和41年押第155号符号48)本件紙幣 :紙幣 18枚(昭和41年押第155号符号49から53まで) 本件紙幣等 :本件封筒、本件便箋及び本件紙幣- 7 -本件雨合羽 :雨合羽(焼けたもの) 1枚(昭和41年押第155号符号5)H16鑑定 :H16教授作成の昭和47年3月18日付け鑑定書(確26冊1477丁)に基づく意見H17鑑定 :H17講師作成の昭和50年2月25日付け鑑定書(確27冊1858丁)に基づく意見 本件くり小刀 :くり小刀(柄とさやのないもの) 1丁(昭和41年押第155号符号4)H18意見 :H18教授の回答書2通(再弁書208、211)に基づく意見H19鑑定 :H19医師作成の鑑定書(再弁書207)に基づく意見本件缶 :L1が三角部屋前に置いた混合油の缶 被害者らの着衣等:Eの遺体の頭部及びその下にあった毛布、被害者らの焼け残った着衣、Dの遺体の頭部近くにあった男性用パンツ並びにボール紙M2鑑定書 :M2ほか1名作成の昭和41年10月20日付け鑑定書(確15冊1708丁)M2鑑定 :M2鑑定書に基づく意見 H20鑑定 :H20教授作成の昭和46年11月30日付け鑑定書(確25冊1丁)に基づく意見M3鑑定 :M3作成の昭和42年12月20日付け鑑定書(確19冊2574丁)に基づ H20鑑定 :H20教授作成の昭和46年11月30日付け鑑定書(確25冊1丁)に基づく意見M3鑑定 :M3作成の昭和42年12月20日付け鑑定書(確19冊2574丁)に基づく意見J9警部補 :J9警部補 [本文]第1 本件公訴事実の要旨本件公訴事実の要旨は、被告人が、昭和41年6月30日午前1時30分頃、金品強取の目的で、当時の静岡県清水市(現在は合併により静岡市清水区)所在の本件会社専務取締役D方居宅に忍び入り、金銭を物色中、Dに発見追跡され、同家裏口付近で格闘 するに至ったので、所携のくり小刀(刃渡り約12cm)を振るい、殺意をもって、D- 8 -(当時41歳)の胸部等を数回突き刺し、さらに、このことに気付いた家人をも殺害しようと決意して同家居間に至り、同所においてDの妻E(当時39歳)、Dの長男F(当時14歳)及び二女G(当時17歳)の胸部背部等を上記くり小刀でそれぞれ突き刺し、被害者らに瀕死の重傷を加えた上、Dが保管していた本件会社の売上現金20万4095円、小切手5枚(額面合計6万3970円)及び領収証3枚を強取し、次いで、上記の 犯跡を隠蔽する目的で被害者らに混合油を振りかけ、マッチでこれに点火して同家に放火し、もってDらの現住する木造平家建住宅1棟を焼燬するとともに、上記加害行為により、Dを右肺刺創等による失血のため、E及びFを胸部等刺創による出血と全身火傷のため、Gを心臓刺創による失血と一酸化炭素急性中毒のため、それぞれ死亡するに至らしめて殺害したというものである。 第2 本件再審公判に至る経緯と審理経過の概要 1 本件事件の発生等被告人は、昭和40年1月頃から、本件会社の従業員として勤務を開始し、同年3月頃から、本件工場2階の従業員寮で居住して 第2 本件再審公判に至る経緯と審理経過の概要 1 本件事件の発生等被告人は、昭和40年1月頃から、本件会社の従業員として勤務を開始し、同年3月頃から、本件工場2階の従業員寮で居住していた。昭和41年6月30日午前2時頃、本件会社専務取締役であったD方で火災が発生して家屋がほぼ全焼し、鎮火後、被害者 ら合計4名の遺体が発見される本件事件が発生した。被告人は、同年8月18日、本件公訴事実とほぼ同旨の強盗殺人及び放火並びに同年3月のみそ箱の窃盗の被疑事実で逮捕され、同年8月21日、勾留された。被告人は、当初、強盗殺人及び放火の事実を否認していたが、勾留中の同年9月6日に警察官に対し、同月9日に検察官に対し、それぞれ強盗殺人及び放火の事実について自白し、同日、本件公訴事実のとおりの住居侵入、 強盗殺人、放火罪で静岡地方裁判所に起訴された。 2 確定審の審理経過⑴ 確定第1審昭和41年11月15日、第1回公判期日が開かれ、被告人は、本件犯行を否認した。 検察官は、同期日の冒頭陳述において、被告人がパジャマを着て本件犯行に及んだ旨主 張した。その後、公判審理が続いていた昭和42年8月31日、従業員が、1号タンク- 9 -内でみその搬出作業中、そのタンク底部から、麻袋内に入れられ、多量の血痕が付着した5点の衣類(白ステテコ、白半袖シャツ、ネズミ色スポーツシャツ、鉄紺色ズボン及び緑色パンツ)を発見した。検察官は、同年9月11日、5点の衣類を証拠調べ請求し、同月13日の第17回公判期日において、被告人が、5点の衣類を着用して本件犯行に及び、その後にパジャマに着替えた上で、1号タンクに5点の衣類を隠匿した旨に冒頭 陳述を訂正した。 静岡地方裁判所は、昭和43年9月11日、採用済みの被告人の自白調書45通のうち て本件犯行に及び、その後にパジャマに着替えた上で、1号タンクに5点の衣類を隠匿した旨に冒頭 陳述を訂正した。 静岡地方裁判所は、昭和43年9月11日、採用済みの被告人の自白調書45通のうち、警察官に対する供述調書28通については自白の任意性を欠き、また、検察官に対する昭和41年9月10日付け以降の供述調書16通については、起訴後の任意捜査として許容される要件を満たしていないとして、いずれも証拠能力を否定する一方、検察 官に対する同月9日付け供述調書(本件検察官調書)については、警察官の取調べが強い影響を及ぼしたとは認められず、任意性を疑わせる事実もないとして証拠能力を肯定した。その上で、被告人が、5点の衣類を着用して本件犯行に及び、その後に5点の衣類を麻袋に入れて、1号タンク内に入れたと認め、証拠能力を認めた本件検察官調書以外の証拠から認められる事実を総合すれば、被告人が本件犯行の犯人であることの蓋然 性が極めて高いとし、要旨、次のとおりの罪となるべき事実を認定して被告人を死刑に処する旨の判決を言い渡した。すなわち、被告人は、昭和41年6月30日午前1時過ぎ頃、本件会社の売上金をもし家人に発見されたときは脅迫してでも奪おうと考え、くり小刀を携え、D方に侵入して金品を物色中、D(当時41歳)に発見されるや、金員強取の決意を固め、D方裏口付近の土間において、所携のくり小刀(刃渡り約12cm) で、殺意をもって、Dの胸部等を数回突き刺し、さらに、物音に気付いて起きてきた家人に対しても、殺意をもって、D方奥8畳間でE(当時39歳)の肩、顎部等を数回、F(当時14歳)の胸部、頸部等を数回、D方ピアノの間でG(当時17歳)の胸部、頸部等を数回、それぞれ上記くり小刀で突き刺し、次いで、Dが保管していた本件会社の売上現金20万 )の肩、顎部等を数回、F(当時14歳)の胸部、頸部等を数回、D方ピアノの間でG(当時17歳)の胸部、頸部等を数回、それぞれ上記くり小刀で突き刺し、次いで、Dが保管していた本件会社の売上現金20万4915円、小切手5枚(額面合計6万3970円)及び領収証3枚を強 取し、さらに、被害者らをD方もろとも焼毀してしまおうと考え、本件工場内の三角部- 10 -屋付近に置いてあった石油缶在中の混合油を持ち出し、これを被害者らの身体に振りかけ、マッチでこれに点火して放火し、よって、①Dらが現に住居に使用し、現在する木造平家建住宅1棟を焼損し、②Dを右肺刺創等による失血のため死亡させて殺害し、③Eを胸部刺創等による失血と全身火傷のため死亡させて殺害し、④Fを胸部刺創等による失血と全身火傷のため死亡させて殺害し、⑤Gを心臓刺創等による失血と一酸化炭素 急性中毒のため死亡させて殺害したというものである。 ⑵ 確定控訴審及び確定上告審これに対し、被告人が控訴した。東京高等裁判所は、5点の衣類が被告人のものであるか否か、本件工場内の混合油が本件放火に使用されたか否か、くり小刀と被害者らの創傷の関係等について、20名以上の証人又は鑑定人尋問等を実施した上で、昭和51 年5月18日、確定第1審判決を支持し、控訴を棄却する旨の判決をした。これに対し、被告人が上告したが、最高裁判所は、昭和55年11月19日、確定第1審判決摘示の犯罪事実を認めることができるから、これを維持した確定控訴審判決に事実の誤認はないなどとして、上告を棄却する判決をした。最高裁判所は、その後の判決訂正の申立ても棄却し、同年12月12日、確定第1審判決が確定した。 3 再審請求審の審理経過⑴ 第1次再審請求審被告人は、昭和56年4月20日、静岡地方裁判所に再 は、その後の判決訂正の申立ても棄却し、同年12月12日、確定第1審判決が確定した。 3 再審請求審の審理経過⑴ 第1次再審請求審被告人は、昭和56年4月20日、静岡地方裁判所に再審請求(第1次再審請求)を行ったが、静岡地方裁判所は、平成6年8月8日、提出された多数の証拠について、いずれも確定判決における事実認定に合理的な疑いを抱かせ、これを覆すに足りる蓋然性 のある証拠とは認められないなどとして、再審請求を棄却する決定をした。 これに対し、弁護人は、即時抗告を申し立て、その即時抗告審においても、多数の証拠を提出したが、東京高等裁判所は、平成16年8月26日、抗告を棄却する決定をし、平成20年3月24日、その特別抗告も棄却された。 ⑵ 第2次再審請求審 ア第1審- 11 -被告人の実姉である補佐人Nは、平成20年4月25日、刑訴法439条1項4号に該当する者(同人は、後に被告人の保佐人に選任され、同条1項3号に該当するに至った。)として、静岡地方裁判所に再審請求(第2次再審請求)を行った。静岡地方裁判所は、平成26年3月27日、H1教授が行った5点の衣類等のDNA型鑑定(H1鑑定)に関する証拠や5点の衣類の色調に着目して実施されたみそ漬け実験報告書等の新証拠 は、刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当するとして、本件について再審を開始するとの決定(本件再審開始決定)をするとともに、被告人に対する死刑及び拘置の執行を停止する決定をした。 イ抗告審及び差戻前抗告審検察官は、本件再審開始決定及び拘置の執行停止の決定に対し、即時抗告又は抗告を 申し立てた。抗告審(東京高等裁判所第11刑事部)は、平成26年3月28日、拘置の執行停止の決定に対する抗告を棄却する決定を 本件再審開始決定及び拘置の執行停止の決定に対し、即時抗告又は抗告を 申し立てた。抗告審(東京高等裁判所第11刑事部)は、平成26年3月28日、拘置の執行停止の決定に対する抗告を棄却する決定をした。また、差戻前抗告審(東京高等裁判所第8刑事部)は、平成30年6月11日、H1鑑定やみそ漬け実験報告書等の証拠価値はいずれも低く、これらの証拠が被告人に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとした本件再審開始決定の判断には、刑訴法435条6号の解釈適用を誤った 違法があるとし、本件再審開始決定を取り消し、本件再審請求を棄却する決定をしたが、死刑及び拘置の執行停止の裁判は取り消さなかった。 ウ特別抗告審これに対し、弁護人が特別抗告を申し立てた。最高裁判所は、令和2年12月22日、H1鑑定が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとした差戻前抗告審の前 記決定は結論において正当であるが、メイラード反応その他のみそ漬けされた血液の色調の変化に影響を及ぼす要因についての専門的知見等を調査するなどした上で、その結果を踏まえ、5点の衣類に付着した血痕の色調が、5点の衣類が1年以上みそ漬けされていたとの事実に合理的な疑いを差し挟むか否かについて判断する必要があるとして、本件を東京高等裁判所に差し戻す旨の決定をした。 エ差戻抗告審- 12 -差戻抗告審では、弁護人から、新たなみそ漬け実験報告書、H2教授らの鑑定書及び意見書、H4教授の鑑定書等が、検察官から、H5教授及びH6教授の検察官に対する供述調書、検察官が令和3年9月から行ったみそ漬け実験(令和3年度実験)の結果に関する各捜査報告書(令和3年度実験捜査報告書)等が提出され、上記5名の証人尋問が実施された。その上で、差戻抗告審は、令和5年3月13日、1年以上 9月から行ったみそ漬け実験(令和3年度実験)の結果に関する各捜査報告書(令和3年度実験捜査報告書)等が提出され、上記5名の証人尋問が実施された。その上で、差戻抗告審は、令和5年3月13日、1年以上みそ漬けされ た5点の衣類の血痕の赤みが消失することは、専門的知見によって化学的機序として合理的に推測することができ、原審で提出されたみそ漬け実験報告書は、1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残らないことを認定できる新証拠といえるから、1号タンクから発見された5点の衣類に付着した血痕の色調に赤みが残っていたことは、被告人を本件犯行の犯人とした確定第1審判決の認定に合理的な疑いを生じさせること が明らかであるとして、検察官の即時抗告を棄却する決定をし、同月21日、本件再審開始決定が確定した。 4 本件再審公判の審理経過等⑴ 被告人の出頭免除本件再審公判では、弁護人から被告人の出頭免除の申出があり、当裁判所は、検察官 の意見を聴いた上、被告人を公判期日に出頭させずに審理を行った。その理由は、次のとおりである。 一件記録によれば、被告人は、令和5年4月に精神科医によって、遷延した拘禁反応により公判において意味のある対応をすることが不可能な状態にあり、回復の見込みはないとの診断されていることに加え、令和4年12月の第2次再審請求の差戻抗告審に おける意見陳述の内容、令和5年9月に当裁判所が静岡地裁浜松支部で実施した事実の取調べの結果等を併せ考慮すれば、現在、被告人として自己が置かれている立場を認識、理解できておらず、本件事件について弁護人と意思疎通を図ることも、黙秘権等の訴訟法上の権利の趣旨を十分に理解することも甚だ困難な状態にあると認められる。 以上によれば、被告人は、刑訴法451条2項1号の「回復の見込が 本件事件について弁護人と意思疎通を図ることも、黙秘権等の訴訟法上の権利の趣旨を十分に理解することも甚だ困難な状態にあると認められる。 以上によれば、被告人は、刑訴法451条2項1号の「回復の見込がない心神喪失者」 に当たり、同条3項により公判期日に出頭することが必要的なものとはいえない。そこ- 13 -で、本件再審公判においては、被告人の公判期日への出頭を免除し、補佐人の出席の下、審理を行った。 ⑵ 本件再審公判の審理経過本件再審公判の審理経過の概要は、次のとおりである。 当裁判所は、検察官及び弁護人の意見を踏まえ、第1回公判期日(令和5年10月2 7日)において、確定審で取り調べられた全ての証拠を相当と認められる方法で簡易に取り調べた上で(刑訴規則213条の2第3号、4号参照)、同期日から第6回公判期日までにおいて、改めて、確定審で取り調べられた主要な証拠の要旨の告知及びそれに関連する書証の取調べを行い、第7回公判期日から第9回公判期日までにおいて、主として、再審請求審で取り調べられた証拠や本件再審開始決定確定後に新たに収集、作成さ れた書証の取調べを行った。また、第10回公判期日から第12回公判期日までにおいて、本件の最大の争点である1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残るか否かについて、検察官請求のH7教授、H8教授、弁護人請求のH2教授、H3助教、H4教授の個別尋問を行った上で、上記5名全員の対質尋問を行った。そして、第13回及び第14回公判期日において、5点の衣類等のDNA型鑑定に関する書証等を取り調 べ、第15回公判期日(令和6年5月22日)において、被害者ら遺族の心情意見陳述、論告弁論、補佐人による最終意見陳述等を行って結審した。 第3 本件の争点及び当裁判所の判断の骨子 1 本件 べ、第15回公判期日(令和6年5月22日)において、被害者ら遺族の心情意見陳述、論告弁論、補佐人による最終意見陳述等を行って結審した。 第3 本件の争点及び当裁判所の判断の骨子 1 本件の争点本件の争点は、被告人の犯人性、すなわち、被告人が本件犯行の犯人であるか否かで ある。 検察官は、被告人の自白を犯人性の立証に用いないことを前提として、犯人が本件工場関係者であることが強く推認される上、証拠から推認される犯人の本件事件当時の行動を被告人がとることが可能であったこと(本件主張①)、本件工場の1号タンク内から発見された5点の衣類は、被告人が本件犯行時に着用し、本件事件後に1号タンク内に 隠匿したものであること(本件主張②)、被告人が犯人であることと整合する諸事情が存- 14 -在すること(本件主張③)が認められると主張する。その上で、5点の衣類を除く本件主張①及び本件主張③の事実のみによっても被告人の犯人性は相当程度推認され、本件主張②の事実を併せ考慮すれば、被告人の犯人性は優に認められると主張する。そして、検察官は、1年余り1号タンク内でみそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残る現実的な可能性は否定されず、また、5点の衣類等のDNA型を鑑定したH1鑑定は信用性 が乏しいなどとして、弁護人の主張を踏まえても、被告人が本件犯行後、5点の衣類を1号タンク内に隠匿したことに合理的な疑いは生じず、5点の衣類がねつ造であるとの主張には根拠がないと主張する。 これに対し、弁護人は、本件は、被害者らに対する怨恨を晴らす目的での複数人による犯行であるから、動機のない被告人が本件犯行の犯人でないことは明らかである上、 血痕を付着させた着衣を1年以上みそ漬けした場合には血痕の赤みは消失するから、5点の衣類はその発見直前 数人による犯行であるから、動機のない被告人が本件犯行の犯人でないことは明らかである上、 血痕を付着させた着衣を1年以上みそ漬けした場合には血痕の赤みは消失するから、5点の衣類はその発見直前に1号タンク内に隠匿されたものであり、また、H1鑑定によれば5点の衣類の血痕のDNA型が被告人のものと一致しないなどとして、5点の衣類は、犯行着衣でも被告人の着衣でもなく、捜査機関によってねつ造された証拠であって、同様にねつ造された証拠である鉄紺色ズボンの共布と併せ、本件の証拠から排除される べきであると主張する。さらに、弁護人は、本件検察官調書について、任意性を欠く自白であるから証拠から排除されるべきである上、被告人の自白等は、被告人が無罪であることを積極的に示していると主張する。 2 当裁判所の判断の骨子当裁判所は、被告人が本件犯行の犯人であることを推認させる証拠価値のある証拠に は、三つのねつ造があると認められ、これらを排除した他の証拠によって認められる本件の事実関係によっては、被告人を本件犯行の犯人であるとは認められないと判断した。 すなわち、①被告人が本件犯行を自白した本件検察官調書は、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得され、犯行着衣等に関 する虚偽の内容も含むものであるから、実質的にねつ造されたものと認められ、刑訴法- 15 -319条1項の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たり、②被告人の犯人性を推認させる最も中心的な証拠とされてきた5点の衣類は、1号タンクに1年以上みそ漬けされた場合にその血痕に赤みが残るとは認められず、本件事件から相当期間経過後の発見に近い時期に、本件犯行 人の犯人性を推認させる最も中心的な証拠とされてきた5点の衣類は、1号タンクに1年以上みそ漬けされた場合にその血痕に赤みが残るとは認められず、本件事件から相当期間経過後の発見に近い時期に、本件犯行とは無関係に、捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、1号タンク内に隠匿されたもので、証拠の関連性を欠き、③5点の衣類のう ちの鉄紺色ズボンの共布とされる端切れも、捜査機関によってねつ造されたもので、証拠の関連性を欠くから、いずれも証拠とすることができず、職権で、これらを排除した結果、他の証拠によって認められる本件の事実関係には、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない、あるいは、少なくとも説明が極めて困難である事実関係が含まれているとはいえず、被告人が本件犯行の犯人であるとは認められない と判断した。 以下においては、まず、本件検察官調書に関する弁護人の主張を検討した上で、次に、被告人の犯人性の根拠に関する検察官の主張について、最大の争点とされる5点の衣類に関する主張(本件主張②)のうち、1号タンクに1年余りみそ漬けされた場合にその血痕に赤みが残るか否かという争点を中心に、5点の衣類の一つである鉄紺色ズボンの 共布とされた端切れの関連性についても検討し、最後に、その余の検察官の主張(本件主張①及び本件主張③)も検討して、上記判断に至った理由を説明する。 第4 当裁判所の判断 1 本件検察官調書に関する弁護人の主張の検討本件再審公判に至る経緯と審理経過の概要のとおり、本件検察官調書は、確定第1審 において証拠として採用されたまま、本件再審公判においても証拠として引き継がれている。 弁護人は、本件検察官調書は任意性を欠くとして証拠排除を求めた上、被告人の自白等は被告人が無罪であることを積極 において証拠として採用されたまま、本件再審公判においても証拠として引き継がれている。 弁護人は、本件検察官調書は任意性を欠くとして証拠排除を求めた上、被告人の自白等は被告人が無罪であることを積極的に示している旨主張している。当裁判所は、本件検察官調書は、任意性を欠き、証拠とすることができないものであるから、職権でこれ を排除するが、被告人が無罪であることを積極的に示しているとまではいえないと判断- 16 -した。その理由は、以下のとおりである。 ⑴ 本件検察官調書の要旨本件検察官調書の要旨は、次のとおりである。 被告人は、D方に入って本件会社の金をとろうと考え、昭和41年6月30日午前1時20分頃、家人に見付かったときに脅すために使おうと、刃の細くとがったナイフを パジャマのズボンの腹に差し込んで自室を出、パジャマのままだと人目に付きやすいと思ったので、本件工場の三角部屋で紺色のゴムの雨合羽を着た上で、同日午前1時30分頃、D方に侵入した。D方で金品を物色中、雨合羽が音を立てるので脱いでD方に置き、その際、ナイフを鞘から抜いて手に持ち、鞘を雨合羽のポケットに入れた。その後、土間でビニールの大きながま口の中を見るなどしていると、寝室で人の起きてくる気配 がした。便所の中に逃げ隠れ、裏口の方に走ったが、Dに見付かって追い掛けられ、Dから脛を蹴られるなどした。かっとなり、手に持ったナイフを振り上げるなどしたが、Dにナイフを取られそうになり、右手の拳骨でDのあごの辺りを一発殴ると、Dがよろよろとなってしりもちをついたので、その胸の辺りをナイフで何回もめちゃくちゃに突き刺した。通路の入口を見ると、Eが立っており、「ぜにだ」と言うと、Eは奥の方に逃 げて行った。Eを追い掛けると、ピアノのある部屋からGが出てきたの その胸の辺りをナイフで何回もめちゃくちゃに突き刺した。通路の入口を見ると、Eが立っており、「ぜにだ」と言うと、Eは奥の方に逃 げて行った。Eを追い掛けると、ピアノのある部屋からGが出てきたので、殺さなければ自分が犯人と分かってしまうと考え、飛び掛かってその胸を突き刺し、更に倒れたGの胸や首の辺りを何回もめちゃくちゃに突き刺した。後ろを振り返ると、FとEが立っており、殺してやろうという気になって、Fに飛び掛かったが、逃げられ、追い掛けて寝室の入口付近でFの胸の辺りをナイフで何度も突き刺した。その際、Eが「これ持っ て行って」と叫んで布の袋を三つくらい投げてよこしたが、それには目もくれずにFを刺した。倒れたFに駆け寄ったEに対しても、ナイフで何回もめちゃくちゃに突き刺した。その後、D方でナイフを放り出し、落ちていた金袋を拾い、裏口の鍵を開けるなどして本件工場に戻った。大変なことをしてしまったと思ったが、D方に火を点けて燃やしてしまえば、被害者らも火事で焼け死んだように見えると考え、本件工場の石油缶か らガソリンをポリ樽に入れてD方に戻り、被害者らの体にガソリンを掛けてマッチで火- 17 -を点けた。そして、本件工場に戻ってみそ樽の下に奪った金を隠し、風呂場でパジャマを洗って水に漬け、自分の部屋に戻った。Dの家から盗んで樽の下に隠した金は、同年7月2日に1万5千円、同月9日に1万円くらいを取り出して2回とも実家に持って行き、色々使った。同年7月11日か12日頃、樽の中から残っていた5万円を取り出し、知り合いのIの家に持って行き、自分の金だが取りに来るまで預かってほしいと言って 預けた。その後、半月か20日くらい経って取りに行ったが、Iがいなかったので返してもらえず、今でも預けたままになっている。 ⑵ 取調べの態様 分の金だが取りに来るまで預かってほしいと言って 預けた。その後、半月か20日くらい経って取りに行ったが、Iがいなかったので返してもらえず、今でも預けたままになっている。 ⑵ 取調べの態様及び経過等J1警部(確6冊2284丁)、J2警部補(確7冊2530丁)の確定第1審における各証言、留置人出入簿(昭和41年押第155号符号114)、被告人の取調べの一部 を録音したテープの反訳書(再弁書173から192まで)等の証拠によれば、本件検察官調書作成に至るまでの被告人の取調べの態様及び経過等は、次のとおりであると認められる(月日は、いずれも昭和41年である。)。 なお、捜査機関による被告人に対する取調べは、検察官による取調べを含め、被告人が逮捕された昭和41年8月18日から拘置所である静岡刑務所に移監される同年10 月18日までの間、全て清水警察署の取調室で行われた(確21冊、確28冊)。また、取調官は、証拠によって認定できる者のみを掲記しているが、他にも取調官がいた可能性は否定できない。 8月18日午前6時40分頃、警察の求めに応じて清水警察署に任意出頭し、直ちに取調べを受け、午後0時頃から午後1時頃までの昼食休憩後、再び取調べ を受けた。夕食休憩後の午後7時32分、通常逮捕され、午後10時05分頃までの間、取調べを受けた。取調べ主任官であるJ1警部のほか、J2警部補、J3警部補は、パジャマの血痕、アリバイ、手の傷について追及したが、被告人は、本件犯行への関与を否定した。同日の取調べ時間は、合計約13時間45分である。 8月19日 J1警部、J2警部補、J3警部補により、午前9時頃から午後9時50- 18 -分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。J1警部らは、パジャマの血痕について繰り ある。 8月19日 J1警部、J2警部補、J3警部補により、午前9時頃から午後9時50- 18 -分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。J1警部らは、パジャマの血痕について繰り返し説明を求め、J2警部補は、「君以外にない、はっきり言って。」、「絶対に君以外にないということは、僕ら確信持っている」、「なぜあんなことしちゃったの?(中略)なぜ○○(○は反訳不能)殺しちゃったの?」、J3警部補は、「犯人であるから釈明できんだぞ」、「君がクロ だということだよ。」などと追及した。同日の取調べ時間は、合計約10時間50分である。 8月20日 K1検察官による取調べのほか、J1警部、J3警部補により、午前9時20分頃から午後11時15分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調べ時間は、合計約9時間23分である。 8月21日 K1検察官による取調べのほか、J1警部、J2警部補、J3警部補により、午後2時35分頃から午後11時05分頃までの間、夕食休憩を除き、取調べを受けた。K1検察官は、「君以外に、誰がこういうことをした。」、「君のパジャマには人の血が付くはずがないというのに、大量の血液が付いてる。君が刺したのでなければ、どういうときに付くんだ。(中略)君以 外に考えようがないじゃないか。」(なお、被告人のパジャマに大量の血液が付いていた事実はない。)、「死んだ被害者達のことをよく考えてね、(中略)正直に言わなきゃだめだよ。」、(身に覚えがないとの被告人の応答に対して)「身に覚えのないということは、別にこちらは尋ねてないつもりだけれどもね。身に覚えがあるに違いないと思って尋ねてるわけだ。」などと繰り 返し追及した。同日の取調べ時間は、合計約7時間5分である。被告人に対する勾留決定及び接 にこちらは尋ねてないつもりだけれどもね。身に覚えがあるに違いないと思って尋ねてるわけだ。」などと繰り 返し追及した。同日の取調べ時間は、合計約7時間5分である。被告人に対する勾留決定及び接見等禁止決定がされたが、その勾留質問は、清水警察署内で行われた。 8月22日 J1警部、J2警部補らにより、午前8時35分頃から午後11時00分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調べ時間は、合 計約12時間11分である。弁護人との初回接見が約5分行われたが、その- 19 -内容は全て録音されていた。 8月23日 J1警部、J2警部補により、午前8時35分頃から午後11時頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調べ時間は、合計約12時間50分である。 8月24日 J1警部、J2警部補により、午前9時20分頃から午後11時頃まで の間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調べ時間は、合計約12時間7分である。 8月25日 J1警部、J3警部補により、午前8時35分頃から午後11時05分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調べ時間は、合計約12時間25分である。 8月26日 J1警部、J2警部補、J3警部補により、午前8時44分頃から午後11時10分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。J2警部補とJ3警部補は、諦めて真実を話すよう繰り返し求めた。同日の取調べ時間は、合計約12時間26分である。 8月27日 J1警部、J3警部補により、午前8時30分頃から午後11時12分 頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。J1警部は、「「私が犯人です」と、そういうように言ってみい。」などと告げて自白するよう繰り返し迫った上、「おまえさんがなあ、ほんとに申し訳なかった 頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。J1警部は、「「私が犯人です」と、そういうように言ってみい。」などと告げて自白するよう繰り返し迫った上、「おまえさんがなあ、ほんとに申し訳なかったって気持ちを出すまではな、ここにずっと置くだぞ。ええか。」、「1年でも2年でも置くからな。」、「あれだけの事件をしてな、悪かったっていう気持ちもな、表さん野 郎は、娑婆に出すあれはないわ。」などと告げた。J3警部補は、「おまえ、いい加減に往生しろや、往生を、おまえ。」などと告げた。同日の取調べ時間は、合計約13時間17分である。 8月28日 J1警部、J2警部補、J3警部補により、午前9時10分頃から午後11時02分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。J1警部は、ポ リグラフ検査で黒と出た場合は被告人が頭を下げる旨の供述調書を作成し- 20 -たり、パジャマに他人の血が付いていたら首をやる旨の誓約書を被告人に作成させたりした上、ポリグラフ検査及びパジャマの鑑定の結果を示すなどして自白を迫った。また、J1警部、J2警部補、J3警部補は、被害者らの写真も示しながら、繰り返し謝罪を求めた。同日の取調べ時間は、合計約12時間32分である。 8月29日 K1検察官による取調べのほか、J1警部、J2警部補又はJ3警部補により、午前10時40分頃から午後9時53分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。K1検察官は、「君以外に犯人がないことは、もう、確定的なんだよ。(中略)君がしゃべっても、黙っとっても、どっちみち証拠は、挙がるものは挙がってんだからねえ。だから、黙っておれば分からん だろうというような気持ちでおるとしたら、君、無駄だよ。」などと追及した。また、K1検察官は、被告人のパジャマに被害者の血が付いていた ものは挙がってんだからねえ。だから、黙っておれば分からん だろうというような気持ちでおるとしたら、君、無駄だよ。」などと追及した。また、K1検察官は、被告人のパジャマに被害者の血が付いていたとも申し向けている(なお、被告人のパジャマに被害者のものと断定できる血が付着していた事実はない。)。同日の取調べ時間は、合計約6時間25分である。弁護人2名との接見が合計20分間行われた。 8月30日 J1警部、J3警部補、J4巡査部長、J5警部補、J10警察官(階級不明)により、午前9時10分頃から午後11時08分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調べ時間は、合計約12時間48分である。 8月31日 K1検察官による取調べのほか、J1警部、J2警部補又はJ3警部補 により、午前9時30分頃から午後11時10分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。K1検察官は、「君は、が犯人だからねえ。君に言ってもらわないかんな。」、「君がやったんだろ?ねえ。君がやったんだろ? 正直に言いなさい。君がやったんだろ?」、「君が真実を言うまで、僕らはね、尋ねるからね。」などと繰り返し追及した。同日の取調べ時間は、合計 約11時間32分である。 - 21 -9月1日 J1警部、J2警部補又はJ3警部補により、午前8時40分頃から午後11時08分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調べ時間は、合計約13時間18分である。 9月2日 K1検察官による取調べのほか、J1警部、J2警部補により、午前8時40分頃から午後10時50分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受け た。同日の取調べ時間は、合計約11時間15分である。被告人は、医師の診断を受け、むくみ等の症状により脚気の疑いと診断され、注射及び から午後10時50分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受け た。同日の取調べ時間は、合計約11時間15分である。被告人は、医師の診断を受け、むくみ等の症状により脚気の疑いと診断され、注射及び投薬の治療を受けた。 9月3日 J1警部、J2警部補又はJ3警部補により、午前8時50分頃から午後11時10分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。同日の取調 べ時間は、合計約11時間50分である。弁護人との接見が15分間行われた。 9月4日 J1警部、J11警部(名前は不明)、J2警部補、J3警部補により、午前8時40分頃から翌日午前2時頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。J11警部、J3警部補は、ほとんど返答しない被告人に対し、 「てめえがあんなことしといてだな、それで人が、それで謝罪するようなことで、言うことはないとはどういうことだ。」、「意気地のねえ弱虫だな、てめえは。」、「てめえがやったことを、おまえ、言うのにだな、何をおまえ、考えてるだ。」と告げるなどして、自白するよう繰り返し迫った。また、J1警部、J2警部補は、「間違いないな?」、「おまえがやっただな?A。」、 「おまえがやったことに間違いないな?」、「頭下げなさい。」などと繰り返し迫った上、小便に行きたい旨の被告人の求めに対し、排尿前に返事をするよう要求し、さらに、取調室に便器を持ち込み、「そこでやんなさい。」と被告人に取調室内で排尿するよう指示したが、被告人は排尿できなかった。 同日の取調べ時間は、合計約16時間20分である。 9月5日 J1警部、J11警部、J5警部補、J3警部補、J12警察官(階級不- 22 -明)により、午前8時30分頃から午後11時35分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。上記J12警察 月5日 J1警部、J11警部、J5警部補、J3警部補、J12警察官(階級不- 22 -明)により、午前8時30分頃から午後11時35分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。上記J12警察官は、「娑婆に未練があんのか、おまえは。な。もうあきらめなさいよ、おまえ。娑婆に未練はもうあきらめなさいよ。はっきり言っといてやるから。ね。もうあきらめなくちゃいかんよ」、「おまえ、死刑になったってしょうがないじゃないか、おまえ、そう いうおまえみたいなの。」と告げるなどした。また、J11警部、J3警部補は、被告人が犯人であることは間違いないとして、被害者らに謝罪するよう繰り返し申し向けた。同日の取調べ時間は、合計約12時間50分である。 9月6日 J1警部、J11警部、J2警部補、J3警部補、J4巡査部長、J6巡 査部長により、午前8時30分頃から翌日午前0時頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受けた。被告人は、午前10時過ぎ頃、J4巡査部長及びJ6巡査部長に対し、本件犯行を自白したが、その際の録音テープは提出されていない。その後、J1警部らによって警察官調書6通が作成された。 被告人が自白後に小便に行きたいと申し出たのに対し、J2警部補、J4 巡査部長は、取調室内に持ち込んだ便器に排尿させた。同日の取調べ時間は、合計約14時間40分である。 9月7日 J2警部補、J4巡査部長により、午前10時05分頃から午後11時35分頃までの間、食事休憩を除き、取調べを受け、警察官調書1通が作成された。同日の取調べ時間は、合計約11時間30分である。 9月8日 K1検察官による取調べのほか、J2警部補、J3警部補により、午前10時15分頃から午後11時30分頃までの間、食事休憩等を除き、取調べを受け、警察官調書1 間30分である。 9月8日 K1検察官による取調べのほか、J2警部補、J3警部補により、午前10時15分頃から午後11時30分頃までの間、食事休憩等を除き、取調べを受け、警察官調書1通(本件検察官調書と同旨のもの)が作成された。同日の取調べ時間は、合計約11時間10分である。 9月9日 K1検察官による取調べのほか、J2警部補、J3警部補、J6巡査部 長により、午前9時10分頃から翌日午前0時頃までの間、食事休憩を除- 23 -き、取調べを受けた。K1検察官によって本件検察官調書、J2警部補らによって2通の警察官調書が作成された(K1検察官の取調べは、それぞれ、午後2時から午後7時頃まで、午後7時半頃から午後9時半頃までであった。)。同日の取調べ時間は、合計約11時間50分である。K1検察官は、午後11時20分、本件公訴事実のとおりの住居侵入、強盗殺人、放 火罪で被告人を起訴した。 ⑶ 本件検察官調書の証拠排除ア警察官による取調べの態様及び経過等前記の取調べの態様及び経過等によれば、被告人は、警察の求めに応じて清水警察署に任意出頭してから自白前日までの19日間、夜中又は深夜にわたるまで、1日平均約 12時間という相当長時間の取調べを連日受けたものと認められる。また、警察官らは、取調べの録音テープで一部判明した限りにおいても、本件犯行を否認する被告人に対し、被害者らの写真を示しつつ、同人らに対する謝罪を繰り返し求め、自白しなければ長期間勾留する旨を告知して心理的に追い詰め、犯人と決め付けて執ように自白を迫った上、尿意を催した被告人に対し、取調室内に便器を持ち込んで排尿を促すなどの屈辱的かつ 非人道的な対応を行ったものである。さらに、被告人は、任意出頭当日に逮捕され、接見等禁止を うに自白を迫った上、尿意を催した被告人に対し、取調室内に便器を持ち込んで排尿を促すなどの屈辱的かつ 非人道的な対応を行ったものである。さらに、被告人は、任意出頭当日に逮捕され、接見等禁止を伴う勾留がされていたにもかかわらず、自白に至るまでの弁護人との接見は3回、合計約40分にとどまり、その初回接見の内容は全て録音されていた。このような取調べの態様及び経過等を考慮すれば、被告人が警察官にした自白は、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、肉体的・精神的苦痛を 与えて供述を強制する非人道的な取調べによって獲得されたものと認められ、刑訴法319条1項の「強制、拷問又は脅迫による自白」であって、「任意にされたものでない疑のある自白」に当たることは明らかである。 イ検察官による取調べの態様及び経過等前記の取調べの態様及び経過等によれば、K1検察官は、被告人の逮捕の翌々日から 被告人が自白に至るまでの間、警察官と入れ代わり立ち代わり、清水警察署において、- 24 -証拠の客観的状況に反する虚偽の事実を交えるなどしながら、被告人を本件犯行の犯人と決め付ける追及的な取調べを繰り返し行っており、被告人が検察官に本件犯行を自白した昭和41年9月9日においても、勤務庁である静岡地方検察庁において取り調べることなく、同じ清水警察署において、前後の警察官による取調べの間に、連日の非人道的な取調べで心身共に疲弊した被告人に対する取調べを行って本件検察官調書を作成し たものである。以上のような検察官の取調べの態様、特に警察官による取調べとの密接な連携を考慮すれば、本件検察官調書は、警察官による取調べと連携して獲得されたものといえ、本件検察官調書についても、「強制、拷問又は脅迫による自白」であって、「任 態様、特に警察官による取調べとの密接な連携を考慮すれば、本件検察官調書は、警察官による取調べと連携して獲得されたものといえ、本件検察官調書についても、「強制、拷問又は脅迫による自白」であって、「任意にされたものでない疑のある自白」に当たることは明らかである。 これに対し、K1検察官は、確定第1審において、被告人が警察官に自白した後の昭 和41年9月8日の取調べの際、被告人に対し、警察と検察は異なるので警察で述べたことにこだわらなくてよいと告げたが、被告人が本件犯行を自白した、警察官調書を参考にせずに取調べを行って本件検察官調書を作成したなどと証言し、確定第1審判決は、これを根拠に挙げて本件検察官調書の任意性を認めている。しかし、被告人の逮捕の翌々日から、警察官と一緒になって被告人を本件犯行の犯人と決め付けて追及するなどし てきたK1検察官の一連の取調べの態様及び経過に加え、本件検察官調書の内容が昭和41年9月8日に作成された警察官調書とほぼ同旨であることに鑑みれば、検察官による取調べの際に、検察事務官のみを立ち会わせ、警察官を立ち会わせていなかったとしても、結局は、警察官と検察官が入れ代わり立ち代わり自白を強制していたことにほかならず、K1検察官の上記証言内容を踏まえても、本件検察官調書が警察官による取調 べと連携して獲得されたものであるとの上記判断は左右されない。 ウ本件検察官調書の任意性以上のとおり、本件検察官調書は、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、警察官と検察官の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって作成されたものと認められる上、犯行着衣 等に関する虚偽の内容も含むものであるから、実質的に捜査機関によってねつ造された により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取調べによって作成されたものと認められる上、犯行着衣 等に関する虚偽の内容も含むものであるから、実質的に捜査機関によってねつ造された- 25 -ものと評価できる。したがって、本件検察官調書は、刑訴法319条1項の「強制、拷問又は脅迫による自白」であって、「任意にされたものでない疑のある自白」に当たり、証拠とすることができないものであるから、刑訴規則207条によって、職権で、これを排除する。 ⑷ 被告人の自白に関する弁護人の主張の検討 弁護人は、H9意見に基づき、被告人の真実に反する自白は、被告人が無罪であることを積極的に示すものであると主張する。 H9意見の概要は、被告人の自白調書や取調べの録音テープを供述心理学を用いて分析した結果、被告人の自白には、真犯人であれば必ず知っているはずの事実を知らないという意味での無知の暴露が認められる上、真犯人が自らの体験記憶を供述した自然な 順行性がなく、無実の者が事件の証拠等から逆行的に犯行の筋書きを構成した逆行性の徴表が認められ、取調べの録音テープからも犯行の非体験者性が強くうかがわれるから、被告人の自白等は、被告人が無罪であることを積極的に示しているなどというものである。しかし、H9意見は、真犯人が自白する場合は、基本的に実体験を供述することを前提としているが、真犯人が自白する場合であっても、様々な理由で実体験を供述せず、 捜査官の質問や誘導又は証拠に合わせるなどして実体験とは異なる供述をすることも十分考えられることに鑑みると、H9意見はその前提自体が採用できない。真犯人が実体験を供述しない場合があるとすれば、H9意見がいう無知の暴露、逆行性、非体験者性等はその供述者が無罪であることを示すものとはいえず、 ことに鑑みると、H9意見はその前提自体が採用できない。真犯人が実体験を供述しない場合があるとすれば、H9意見がいう無知の暴露、逆行性、非体験者性等はその供述者が無罪であることを示すものとはいえず、H9意見がいう無知の暴露等が積極的に被告人の無罪を示しているというのは、論理の飛躍がある。したがって、H 9意見は、その具体的な内容を検討するまでもなく、被告人の無罪を示す証拠価値があるとまではいえない。 以上によれば、H9意見に被告人の無罪を示す証拠価値があるとまではいえず、被告人の自白が被告人の無罪を積極的に示しているという弁護人の主張は採用できない。 ⑸ 小括 以上のとおり、本件検察官調書は、「強制、拷問又は脅迫による自白」であって、「任意- 26 -にされたものでない疑のある自白」に当たるので、職権でこれを排除する。また、被告人の捜査段階の供述のうち、非人道的な取調べの中でも維持されていた本件犯行への関与を否認する供述は、犯人性を否定する直接的な証拠として評価することができるが、これを超えて、被告人の自白が被告人の無罪を示す証拠価値があるとまではいえない。 2 5点の衣類に関する検察官の主張(本件主張②)の検討 ⑴ 検察官及び弁護人の主張再審請求審を含むこれまでの経過とその重要性に鑑み、検察官の本件主張①から③までのうち、本件主張②、すなわち、本件工場の1号タンク内から発見された5点の衣類は、被告人が本件犯行時に着用し、本件事件後に1号タンク内に隠匿したものであるとの検察官の主張について最初に検討する。 検察官は、5点の衣類は、その発見の経緯及び状況並びに血痕の付着状況に照らし、本件の犯行着衣であると認められ、また、鉄紺色ズボンの共布が被告人の実家から発見されたことは、5点の衣類が被告 検察官は、5点の衣類は、その発見の経緯及び状況並びに血痕の付着状況に照らし、本件の犯行着衣であると認められ、また、鉄紺色ズボンの共布が被告人の実家から発見されたことは、5点の衣類が被告人の着衣であることを決定付けているなどとして、5点の衣類は、被告人が本件犯行時に着用し、事件後に1号タンク内に隠匿したものであると主張する。その上で、5点の衣類に付着した血痕の色調については、1年余り1号 タンクでみそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残る現実的な可能性があるから、弁護人の反証は、被告人の犯人性の認定に合理的な疑いを生じさせるだけの証明力を有さないと主張する。また、5点の衣類等のDNA型を鑑定したH1鑑定については、その信用性が非常に乏しく、判定されたDNA型は5点の衣類等に付着していた血液由来のものとは到底いえないから、5点の衣類が犯行着衣であることなどを否定する根拠とな り得ないと主張する。そして、捜査機関が鉄紺色ズボンの共布や5点の衣類をねつ造したとの弁護人の主張は、非現実的かつ実行不可能なものであると主張する。 これに対し、弁護人は、5点の衣類の損傷状況、血痕の付着状況等は、5点の衣類が本件の犯行着衣でないことや、被告人の着衣でないことを示していると主張する。その上で、5点の衣類を1年以上みそ漬けすれば、生地のみその色は濃くなり、血痕には赤 みは残っていないはずであるから、生地のみその色が薄く、血痕に赤みが残っていた5- 27 -点の衣類は、その発見直前に、身柄を拘束されていた被告人以外の者によって隠匿されたものであると主張する。また、H1鑑定は、5点の衣類の血痕に含まれる血液由来のDNA型を検出したもので、白半袖シャツの右肩の血痕部分から検出されたDNA型が被告人のDNA型と一致しないことは、被告人 ものであると主張する。また、H1鑑定は、5点の衣類の血痕に含まれる血液由来のDNA型を検出したもので、白半袖シャツの右肩の血痕部分から検出されたDNA型が被告人のDNA型と一致しないことは、被告人が犯人でないことなどを示していると主張する。そして、5点の衣類及び鉄紺色ズボンの共布は、捜査機関がねつ造したもので あるから、本件の証拠から排除されるべきであると主張する。 ⑵ 5点の衣類に関する当裁判所の判断の概要5点の衣類に関する当裁判所の判断の概要は、次のとおりである。すなわち、5点の衣類と本件犯行及び被告人との結び付きを示す事実関係によれば、5点の衣類が本件の犯行着衣であり、被告人の着衣であることが一応推認される。しかし、5点の衣類には、 いずれも、観察した者に赤みを感じさせる血痕が付着しているが、1号タンク内で1年以上みそ漬けした5点の衣類に赤みが残るとは認められず、かえって、5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合は、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。したがって、5点の衣類の血痕の色調によれば、1号タンクに新たなみそ原料が大量に仕込まれた昭和41年7月20日以前に5点の衣類が1号タンク内に入 れられたとは認められない。そうすると、勾留中の被告人が5点の衣類を1号タンク内に入れることは事実上不可能であるから、5点の衣類はその発見から近い時期に被告人以外の者によって1号タンク内に隠匿されたものであり、5点の衣類は本件の犯行着衣ではないと認められる。そして、5点の衣類を犯行着衣としてねつ造した者としては、捜査機関の者以外に事実上想定できず、捜査機関において5点の衣類のねつ造に及ぶこ とを現実的に想定し得る状況にあったこと等も併せ考慮すれば、5点の衣類は、本件犯行とは関係なく、捜査機関に は、捜査機関の者以外に事実上想定できず、捜査機関において5点の衣類のねつ造に及ぶこ とを現実的に想定し得る状況にあったこと等も併せ考慮すれば、5点の衣類は、本件犯行とは関係なく、捜査機関によってねつ造されたものと認められる。また、被告人の実家から押収された端切れも、端切れが押収された経緯と押収後の検察官の立証活動等に照らし、捜査機関によってねつ造されたものと認められる。したがって、職権でこれらの証拠を排除する。他方で、H1鑑定は、DNA型により個人を識別するための証拠価 値を有するものとはいえず、H1鑑定の結果は、5点の衣類が本件の犯行着衣でなく、- 28 -捜査機関によってねつ造された証拠であるとの上記判断を裏付けるものとはいえない。 ⑶ 5点の衣類と本件犯行及び被告人との結び付きア 5点の衣類と本件犯行との結び付きを示す事実関係関係証拠によれば、5点の衣類と本件犯行との結び付きを示すものとして、次の事実が認められる。 本件工場及び1号タンクの状況本件工場とD方との距離は約32mであり、本件工場1階には、1号タンクから6号タンクまでのコンクリート製のみそ醸造タンクが並んで設けられていた。1号タンクは、本件工場北側出入口から約21mの距離にあり、縦約2.29m、横約2.03m、深さ約1.65mで、そのうち約91cmが地下に埋没した構造となっていた。1号タンク は、赤みそを醸造するタンクである(J7実況見分調書)。 5点の衣類が発見された経緯等1号タンクには、本件事件当時、約160kgの醸造みそが保管されていた。昭和41年7月4日、本件工場の捜索が実施されたが、5点の衣類は発見されなかった。その後、1号タンクには、同年7月20日に4.376t、同年8月3日に3.850tのみ そ原料が 管されていた。昭和41年7月4日、本件工場の捜索が実施されたが、5点の衣類は発見されなかった。その後、1号タンクには、同年7月20日に4.376t、同年8月3日に3.850tのみ そ原料が仕込まれ、タンク内が一杯となり、板で蓋をして重石が乗せられるなどして醸造された。 被告人は、同月18日に逮捕され、その後勾留されていたところ、本件事件発生から1年余り経過した昭和42年7月25日、1号タンクから、みその取り出し作業が始まり、同年8月16日以降、本格的に取り出し作業が開始された。そして、本件事件から 約1年2か月後の同月31日、従業員であるL2は、1号タンクでみその搬出作業中、丸められた状態の麻袋が1号タンクの底から約3.5cmのところでみそに埋まっているのを発見し、その麻袋の中から5点の衣類を発見した。 (確5冊1691丁、1740丁、1766丁、再甲5、6) 発見時の5点の衣類の形状及び血痕の付着状況等 a 麻袋等- 29 -麻袋は、57cm×94cmの縦に長い「南京袋」と称されるものである。発見時の麻袋は、底の方に5点の衣類が入り、これを底辺にして口の方へぐるぐる巻きつけたようになっており、口の部分は無造作に丸められていた。また、麻袋は、その発見当時、袋全体がみその水分等で濡れてじめじめした状態であり、持ち上げると焦げ茶色の汁が垂れていて、表面にはみそが全般的に付着していた。5点の衣類は、しわまみれで無造作 に丸められた状態で麻袋に入っており、いずれも人血が付着し、全体的に血液が浸潤した状態にあった。 b 白ステテコ白ステテコは、白木綿製で裏返しとなっており、全般的に湿潤し、みそが染みて薄茶色となっていた。前側両膝部におびただしい血痕様の痕跡が、前の開きの最下 た状態にあった。 b 白ステテコ白ステテコは、白木綿製で裏返しとなっており、全般的に湿潤し、みそが染みて薄茶色となっていた。前側両膝部におびただしい血痕様の痕跡が、前の開きの最下部両側等 にも血痕様の痕跡が認められた。両膝部等の5か所にはA型の人血の付着が認められた。 c 白半袖シャツ白半袖シャツは、木綿製メリヤス生地で、裏返しになっており、かなり古いものと認められ、薄茶色になって濡れていた。白半袖シャツには、右上腕部、左胸部、前部、背部上部等に血痕様の痕跡が認められたほか、右袖上部には約1.0cmの間隔で直径約3 mmと約2.5mmの穴が2個あり、これらを中心に内側から外側に染み出た血痕様の痕跡の付着が認められた。右袖上部にはB型の人血、左胸部、前部、背部上部等の5か所にはA型の人血の付着が認められた。 d ネズミ色スポーツシャツネズミ色スポーツシャツは、裏返しになっており、後ろ襟部分にラインが入っていて、 みその水分等が染みて濡れていた。また、左胸のポケットに約5mm×約5mmの穴が、右袖上部に直径約3mmの穴様の損傷が認められ、前部全般、左肩部後側、両袖口周辺等に血痕様の痕跡が認められた。右袖口部分にはAB型(A型とB型の血液が混合した可能性もある。)の人血、前部、左肩部後側にはA型又は血液型不詳の人血の付着が認められた。 e 緑色パンツ- 30 -緑色パンツは、木綿製で裏返しになっており、薄茶色が染み込んではいるが、緑色がはっきりと認められ、湿潤していた。前側数か所と後側に血痕様の痕跡が認められ、前側3か所には、A型、B型、B型らしい人血の付着が認められた。 f 鉄紺色ズボン鉄紺色ズボンは、裏返しとなっておらず、みその水 潤していた。前側数か所と後側に血痕様の痕跡が認められ、前側3か所には、A型、B型、B型らしい人血の付着が認められた。 f 鉄紺色ズボン鉄紺色ズボンは、裏返しとなっておらず、みその水分等で湿潤してやや固くなってお り、しわまみれであった。右足部には、右足の裾から約22cm上部に逆L字型のかぎ裂き様の損傷(横約2.5cm、縦約4cm)があり、右足の裾から約46cm上部にめくれたような穴(横約2cm、縦約3.5cm)が認められた。左足部には3か所の損傷、すなわち、上から約1.5cm×約2mmの損傷、約3.5cm×約4mmの損傷、約1.2cm×約1.5cmの損傷が認められた。上記の損傷のうち、右足部の逆L字 型のかぎ裂き様の損傷、左足部の中間にある損傷(約3.5cm×約4mmのもの)は、損傷が裏生地にまで及んでいた。また、その生地は、黒色様であり、血痕付着状況の詳細は不明であったものの、裏地には、全般かつ広範囲に血痕様の痕跡が認められた。前側3か所にはA型の人血が、前立て裏側部には血液型不詳の人血が付着していた。 g 被害者ら及び被告人の各血液型 被害者らの血液型は、D・A型、E・B型、G・O型、F・AB型であり、被告人の血液型は、B型である。 (J7実況見分調書、M1鑑定書、確12冊782丁以下等)イ 5点の衣類と被告人との結び付きを示す事実関係次に、5点の衣類と被告人との結び付きを示すものとして、次の事実が認められる。 被告人が本件事件前に5点の衣類と類似する衣類を着用していたこと複数の従業員らは、本件事件前、被告人が、緑色のパンツ、襟に筋が入ったネズミ色スポーツシャツ、青みを帯びた黒っぽいズボン、腰のゴムの幅が広い白ステテコ、V字の襟首がたるんだ白半袖シャ ていたこと複数の従業員らは、本件事件前、被告人が、緑色のパンツ、襟に筋が入ったネズミ色スポーツシャツ、青みを帯びた黒っぽいズボン、腰のゴムの幅が広い白ステテコ、V字の襟首がたるんだ白半袖シャツを着用しているのを目撃した旨証言しており、これらの証言は相互にその信用性を高め合っていて信用できるから、これらの証言によって、被 告人は、本件事件前に5点の衣類と類似する衣類を着用していたと認められる。また、- 31 -複数の従業員らは、本件事件後に被告人が緑色パンツやネズミ色スポーツシャツを着用しているのを見ていないと証言しているから、上記と同様に信用できるこれらの証言によって、本件事件後に被告人が緑色パンツやネズミ色スポーツシャツを着用していなかったと認められる。 (確5冊1691丁、1711丁、1740丁、1766丁、1799丁、1814丁、 1837丁、1863丁、1869丁、再甲15) 被告人の右上腕部に傷があったことネズミ色スポーツシャツの右袖上部に直径約3mmの穴様の損傷があり、白半袖シャツの右袖上部に約1.0cmの間隔で直径約3mmと約2.5mmの穴が2個あって、その2個の穴の周囲に内側からにじみ出た状態のB型の血痕が付着していたところ、被 告人の右上腕部には、昭和41年8月18日の時点において、比較的新しい1.5cm×0.5cmの傷跡が認められた。また、警察官らが、同年7月4日に差し押さえた被告人着用の作業着の右肩やや下方の内側には、B型の血痕が内側から多数付着していた。 (確13冊1299丁、確15冊1700丁、1898丁、確16冊1909丁)ウ 5点の衣類と本件犯行及び被告人との結び付きの検討 まず、前記の5点の衣類と本件犯行との結び付きを示す事実関係によれば、5点の衣類 15冊1700丁、1898丁、確16冊1909丁)ウ 5点の衣類と本件犯行及び被告人との結び付きの検討 まず、前記の5点の衣類と本件犯行との結び付きを示す事実関係によれば、5点の衣類がD方から近い本件工場の1号タンク内から本件事件の約1年2か月後に発見されたこと、1号タンクには本件事件後の昭和41年7月20日に新たにみそ原料が仕込まれており、この仕込み後に1号タンク底部に5点の衣類を隠匿することは事実上不可能であること、5点の衣類には多量の血痕が様々な部位に付着しており、しかも被害者らの 血液型と一致する複数人の人血が付着していたほか、鉄紺色ズボンの両足の各前面部、ネズミ色スポーツシャツ及び白半袖シャツの右袖上部に損傷があったことが認められる。このような5点の衣類の形状及び血痕の付着状況等は、犯人が本件犯行に及んだ際に、返り血を浴びるなどして5点の衣類に被害者らの血液が付着し、被害者らの抵抗を受けるなどして5点の衣類の一部が損傷した可能性を示すものであり、5点の衣類が犯 行着衣であることを一応推認させるものである。もっとも、5点の衣類と本件犯行を結- 32 -び付ける血液型の一致は、個人識別証拠として、DNA型鑑定や指紋認証の一致ほどの高い証明力を有するものではない上、本件のように被害者らの血液型が全てのABO式血液型に該当する場合、被害者らの血液型との一致による犯行着衣の推認は、その証明力に一定の限界がある。 次に、前記の5点の衣類と被告人との結び付きを示す事実関係によれば、被告人が本 件事件前に5点の衣類と類似する衣類を着用していたが、本件事件後には少なくとも緑色パンツやネズミ色スポーツシャツは着用しておらず、被告人の実家に送付された荷物の中から5点の衣類と類似する衣類は発見されていないこと、被告人の 似する衣類を着用していたが、本件事件後には少なくとも緑色パンツやネズミ色スポーツシャツは着用しておらず、被告人の実家に送付された荷物の中から5点の衣類と類似する衣類は発見されていないこと、被告人の右上腕部に傷跡があり、その傷跡の部位がネズミ色スポーツシャツと白半袖シャツの損傷の部位とおおむね一致し、白半袖シャツの損傷部位に内側からにじみ出た状態で被告人の血液型と同 型のB型の血痕が付着していたことが認められる。これらの5点の衣類と被告人との結び付きを示す事実関係は、5点の衣類が被告人の着衣であることを一応推認させるものといえる。 エ弁護人の主張の検討弁護人は、5点の衣類と本件犯行及び被告人との結び付きに関連して、以下のとおり 主張する。 1号タンク内には約80kgのみそしか入っておらず、1号タンク内に5点の衣類を隠匿するのは不可能であるとの弁護人の主張弁護人は、1号タンク内には、本件事件当時、約80kgのみそが入っていたにすぎず、弁護人が実施した実験(再弁書194)によれば、約80kgのみそでは1号タン ク底部で約1.5cmの高さにしかならないから、1号タンク内に5点の衣類を隠匿することは不可能であると主張する。 確かに、従業員であるL3は、確定第1審において、本件事件後の昭和41年7月4日に在庫調査を行った際、1号タンクには80kg以上のみそがあった旨を証言しており、捜査報告書(再甲5)等の証拠によれば、同人が上記調査に基づき1号タンク内の みその量を80kgと報告したことが認められる。 - 33 -しかし、L3は、確定第1審において、薄暗い1号タンク内を急いで目測したもので、大体見当は付くものの違いはある旨(確5冊1766丁)、確定控訴審において、在庫調査の際は多過ぎてはまずいので少なめ -しかし、L3は、確定第1審において、薄暗い1号タンク内を急いで目測したもので、大体見当は付くものの違いはある旨(確5冊1766丁)、確定控訴審において、在庫調査の際は多過ぎてはまずいので少なめにしていた旨(確24冊1088丁)を各証言しており、同人が証言した80kgとの数値は必ずしも正確なものでなかったと認められる。他方、本件会社の製造課長であったL4は、本件事件当時のみその量について、帳 簿から計算して約160kgであった旨を証言しており、この証言は、昭和41年5月末の時点で600kg存在した1号タンク内のみそが6月中に合計440kg取り出された旨の出庫伝票等の記載(再甲5、6)によって強く裏付けられている。さらに、L4の上記証言は、同月26日頃から同月29日頃までの間に1号タンクのビニールシートを取って縁や外側を掃除した従業員のL5が1号タンク内のみその量につき200kg くらい残っていたと思う旨証言していることとも整合する。そうすると、信用できるL4の上記証言及び出庫伝票等の記載によれば、本件事件当時、1号タンク内には約160kgのみそが入っていたと認められる。したがって、約80kgのみそを用いた上記実験の結果をもって、本件事件当時、1号タンク内に5点の衣類を隠匿することが不可能であったなどとはいえない。以上に加え、L4は、約160kgのみその量を前提と すれば、1号タンク内の中心部はある程度底までいっているが、外壁部は20cmか30cmくらいあったと思う旨証言しており、約160kgというみその量に鑑みれば、本件事件当時、5点の衣類が入った麻袋を隠匿するに足りるみその量があったと認められる。 したがって、1号タンク内のみその量等に照らし、本件事件当時の1号タンク内に5 点の衣類を隠匿することが不可能であ 時、5点の衣類が入った麻袋を隠匿するに足りるみその量があったと認められる。 したがって、1号タンク内のみその量等に照らし、本件事件当時の1号タンク内に5 点の衣類を隠匿することが不可能であったとはいえない。 被告人が本件事件当時に鉄紺色ズボンを着用できなかったとの弁護人の主張弁護人は、被告人は、本件事件当時、鉄紺色ズボンを着用できなかったから、鉄紺色ズボンは被告人の着衣ではない旨主張する。 確かに、被告人は、確定控訴審において、昭和46年11月20日、昭和49年9月- 34 -26日及び昭和50年12月18日に各実施された5点の衣類の着装実験において、鉄紺色ズボンを着用できなかった。また、確定控訴審判決は、鉄紺色ズボンに「寸法4、型B」との規格が表示されており、B体(肥満体)の腰回りは84cm±1cmの寸法であるなどとして、被告人が本件事件当時に鉄紺色ズボンを着用できたと認定したが、弁護人の主張するとおり、鉄紺色ズボンの「B」の表示は寸法ではなく、色を表示するも のであるから、上記認定が誤りであったことは明らかである。 以上を前提に、被告人が本件事件当時に鉄紺色ズボンを着用できたか否かを改めて検討する。まず、第2次再審請求審において静岡地方裁判所が実施した検証の結果(再甲31)によれば、被告人が本件事件当時に使用していたベルトの内径は、最も多く使用された形跡のあったベルト穴を用いた場合、72.6cmから73.05cmであった。 したがって、被告人の本件事件当時の胴回りは、72.6cmから73.05cmであったと推定される。また、関係証拠によれば、鉄紺色ズボンは「Y体4号」のサイズで発注されたものであるところ、「Y体4号」の胴回りは76cm、わたり幅(太もも付け根部分の長さ)32cm(周径6 mであったと推定される。また、関係証拠によれば、鉄紺色ズボンは「Y体4号」のサイズで発注されたものであるところ、「Y体4号」の胴回りは76cm、わたり幅(太もも付け根部分の長さ)32cm(周径64cm)で縫製されており、いずれも±1cmの誤差があって、本件の鉄紺色ズボンには胴回りを約3cm詰めた跡があったことが認められる。 そうすると、鉄紺色ズボンの胴回りは、約72cmから74cmであったと推定される。 以上によれば、被告人の本件事件当時の胴回りは72.6cmから73.05cm、鉄紺色ズボンの胴回りは約72cmから74cmとなるから、被告人は本件事件当時に鉄紺色ズボンを着用できたと考えられる。 次に、確定控訴審の各着装実験時に被告人が鉄紺色ズボンを着用できなかった原因を 検討する。まず、第1回の着装実験は本件事件から既に5年以上が経過した昭和46年11月20日に実施されているところ、被告人の体重は、本件事件前の昭和40年11月8日の時点で55kg、逮捕後の昭和41年10月18日の時点で61kg、確定控訴審の各着装実験時で61.5kgから62kgであり、本件事件前と比較して逮捕後及び各着装実験時の体重は六、七kg増加していたことが認められる。次に、鉄紺色ズ ボンはしわまみれの状態で発見されているが、みそ漬けによる鉄紺色ズボンの収縮の有- 35 -無及び程度を推定したH12教授の確定控訴審における証言及び鑑定書によれば、その鑑定時点における鉄紺色ズボンの胴回りは68.5cm(湾曲した状態)又は70.3cm(平らにした状態)であり、鉄紺色ズボンには、本件事件当時の上記推定値(約72から74cm)と比較すると、最大5.5cm、最小1.7cmの収縮があったことが認められる。また、H12教授は、鉄紺色ズボンの糸密度を計測すると、 、鉄紺色ズボンには、本件事件当時の上記推定値(約72から74cm)と比較すると、最大5.5cm、最小1.7cmの収縮があったことが認められる。また、H12教授は、鉄紺色ズボンの糸密度を計測すると、胴回りの表生地 自体は収縮がほとんどなく、収縮のほとんど全てはしわによる見掛けの縮みによるものであって、裾幅の収縮がほとんどなく、胴部の収縮が大きいのは、胴部の裏地、芯地の収縮によるものと考えられる旨鑑定しており、上記鑑定は上記限度でその信用性に疑いを入れる余地がない。したがって、H12教授の上記鑑定によれば、鉄紺色ズボンは、みそ漬け等によって胴部の裏地等にしわが寄った結果、本件事件当時と比較して収縮し ていたと認められる。 以上のとおり、被告人は本件事件当時に鉄紺色ズボンを着用できたと考えられる上、被告人の逮捕後の体重の増加及び鉄紺色ズボンの収縮等を考慮すれば、被告人が各着装実験時に鉄紺色ズボンを着用できなかったのは、体重の増加及び鉄紺色ズボンの収縮が原因と認められる。このことは、各着装実験時の被告人の体重に大きな変化がないにも かかわらず、1回目の着装実験と比較して2回目の着装実験の方が鉄紺色ズボンの着用がより困難であったことからも裏付けられている。したがって、被告人が上記の各着装実験時に鉄紺色ズボンを着用できなかったことは、被告人が本件事件当時に鉄紺色ズボンを着用できなかったとの疑いを生じさせるものではない。 これに対し、弁護人は、H13教授の鑑定書(H13鑑定、再弁書267)に基づき、 みそ漬け前の鉄紺色ズボンのわたりのサイズは56.4cmから58cmと推定され、被告人の着装実験時の尻囲に適合するわたり幅は約63cmであるから、鉄紺色ズボンのわたり幅は被告人の着衣としては小さすぎると主張する。 しかし、H13鑑 サイズは56.4cmから58cmと推定され、被告人の着装実験時の尻囲に適合するわたり幅は約63cmであるから、鉄紺色ズボンのわたり幅は被告人の着衣としては小さすぎると主張する。 しかし、H13鑑定は、みそ漬けされていない共布(端切れ)の糸密度、鉄紺色ズボンのわたり部の縦糸本数平均値をそれぞれ算定し、わたり部の縦糸本数平均値(1015 本)を共布(端切れ)の糸密度(17.5~18.0本/cm)で除して、みそ漬け前の- 36 -わたり部のサイズを上記のとおり推定したものであるところ、同一生地であってもその部位や使用状況等で糸密度が異なり得ること(M4の確定控訴審における証言)が指摘されており、これを否定する証拠がないことなどを考慮すると、裾部である共布(端切れ)の糸密度を前提に、わたり幅のサイズを推定したH13鑑定の上記数値は、その正確性に疑問が残る。また、H13鑑定は、鉄紺色ズボンのわたり幅が64cmとして製 造されており、そのわたり部に詰められたような形跡がないこととも整合しない。さらに、被告人の着装実験(3回目)時の大腿上部の周径が55cmであったことを併せ考慮すれば、H13教授の上記鑑定の内容を踏まえても、本件事件当時、鉄紺色ズボンのわたり幅が鉄紺色ズボンを着用する妨げになったとの疑いは生じない。 以上によれば、被告人は、本件事件当時に鉄紺色ズボンを着用できたと認められる。 5点の衣類の血痕付着状況がねつ造証拠であることを示しているとの弁護人の主張弁護人は、5点の衣類の血痕の付着状況は、5点の衣類がねつ造証拠であることを示していると主張する。すなわち、a 被害者らは身体を動かせない状態で刺されており、犯人が返り血を大量に浴びることはなかったから、5点の衣類に多量の血液が付着して いること 造証拠であることを示していると主張する。すなわち、a 被害者らは身体を動かせない状態で刺されており、犯人が返り血を大量に浴びることはなかったから、5点の衣類に多量の血液が付着して いることは不自然である、b 5点の衣類に血液が下に向かって垂れた跡がないことは、5点の衣類が犯行着衣であることと矛盾する、c 白ステテコには両足部に多量の血液の付着部分がある一方、鉄紺色ズボンの裏生地に血痕の付着が認められないのは不自然である、d 白半袖シャツの前面に付着している血痕に人の手でそぎ落とされたような跡が残っており、これは捜査機関がそぎ落とした痕跡である、e 緑色パンツにB型の 血痕が付着しているにもかかわらず、鉄紺色ズボン及び白ステテコにB型の血痕が付着していないことは矛盾しており、このような5点の衣類の血痕付着状況は、5点の衣類が犯行着衣ではなく、ねつ造証拠であることを示しているというものである。 しかし、上記aについては、被害者らが拘束されて身動きができない状態で殺害されたとの弁護人の主張は、後記のとおり、被害者らの遺体を解剖した医師2名の鑑定書(確 12冊782丁以下)のほか、弁護人の依頼に基づいて鑑定を行ったH18意見やH1- 37 -9鑑定にも指摘がなく、専門的知見や判断に基づかないものであるから、根拠に乏しい。 上記bについては、血液が衣類に付着した場合に、弁護人の主張するように下に垂れるような跡が常に生じるのか不明である上、法医学者であるH14教授は、多数の衣類の血痕付着状況を観察した経験に基づき、5点の衣類の血痕が極めて自然な付着の仕方であるとの意見を述べており(再甲43)、これを否定する専門的知見も見当たらない。上 記cについては、5点の衣類が1号タンク内に入れられるまでの経過や保管状況は不明である上、 て自然な付着の仕方であるとの意見を述べており(再甲43)、これを否定する専門的知見も見当たらない。上 記cについては、5点の衣類が1号タンク内に入れられるまでの経過や保管状況は不明である上、5点の衣類は、麻袋にそれぞれ無造作に丸めて入れられ、みそ漬けされていたのであるから、他の衣類に血液が付着、浸透することや、血液又は血痕が一部流されるなどしたことは十分考えられる。また、衣類に対する血液又は血痕の付着等の仕方はその生地の性状等によって異なるといえるところ、H13教授(当時助教)がズボン地、 裏地、ステテコ地を重ねて実施した血液の浸透実験によれば、裏地よりもステテコ地の血液面積が若干大きくなるとの結果が出ているから(再弁書266)、上着に下着よりも多くの血液又は血痕が付着するとは一概にいえない。その上で、鉄紺色ズボンの裏地と白ステテコの血痕付着状況をみると、鉄紺色ズボンの裏地にも相応の血痕の付着が認められるから、鉄紺色ズボンと白ステテコの血痕の付着状況が不自然であるとはいえない。 上記dについては、弁護人の指摘する写真をみても、血痕をそぎ落としたと認定できるような跡は見当たらず、上記主張は根拠を欠く。上記eについては、鉄紺色ズボンと白ステテコからB型の血痕が検出されなかったことは、これらにB型の血痕が付着していないことを直ちに示すものではない上、衣類を脱いだ際に緑色パンツにのみ血痕が付着することも十分考えられ、H14教授は、緑色パンツ前面左側の血痕は手で触れたよう な血痕に見える、着用者の手についた血液が付着した感があるとの意見を述べている(再甲43)。 以上によれば、5点の衣類の血痕の付着状況は、5点の衣類がねつ造証拠であることを示しているとまではいえない。 ネズミ色スポーツシャツと白半袖シャツの損 意見を述べている(再甲43)。 以上によれば、5点の衣類の血痕の付着状況は、5点の衣類がねつ造証拠であることを示しているとまではいえない。 ネズミ色スポーツシャツと白半袖シャツの損傷状況が不自然であるとの弁 護人の主張- 38 -弁護人は、ネズミ色スポーツシャツに穴が1個しか開いていないにもかかわらず、白半袖シャツに穴が2個開いていることは不自然であると主張する。 しかし、ネズミ色スポーツシャツ及び白半袖シャツの各写真(再甲38等)並びにこれらの着装実験時の写真(確27冊1761丁)をみると、ネズミ色スポーツシャツと白半袖シャツの損傷位置はおおむね一致しているものと認められる。また、H14教授 は、ネズミ色スポーツシャツの穴が1個で白半袖シャツの穴が2個である理由は判然としないが、着衣を外側から損傷させた場合には、着衣の穴の数に一見すると矛盾があるような状況が生じることがあり、メリヤスシャツによれがある状態であった場合にはこのような損傷が生じ得るとの意見を述べており、これを否定する専門的知見も見当たらない。 以上によれば、ネズミ色スポーツシャツと白半袖シャツの損傷状況が不自然であるとはいえない。 白半袖シャツの右袖上部の血痕は被告人の右上腕部の傷から出血した血液が付着したものであるとは考え難いとの弁護人の主張弁護人は、H13教授の鑑定書(再弁書265)に基づき、白半袖シャツの右袖上部 の血痕は、被告人の右上腕部の傷から出血した血液が付着したものであるとは考え難いと主張する。 しかし、H13教授は、相当限られた動作だけの実験に基づいて上記の意見を述べており、他の様々な動作による血痕の付着可能性を十分残すものであるから、上記鑑定のみに基づき、白半袖シャツの右袖上部の血痕は しかし、H13教授は、相当限られた動作だけの実験に基づいて上記の意見を述べており、他の様々な動作による血痕の付着可能性を十分残すものであるから、上記鑑定のみに基づき、白半袖シャツの右袖上部の血痕は、被告人の右上腕部の傷から出血した血 液が付着したものでないとの疑いは生じない。 したがって、白半袖シャツの右袖上部の血痕は、被告人の右上腕部の傷から出血した血液が付着したものであると考えても矛盾しないといえる。 5点の衣類の緑色パンツは被告人のものでないとの主張弁護人は、被告人が着用していた緑色パンツは、本件事件後に被告人の兄が保管して いたから、1号タンク内から発見された緑色パンツは被告人のものでないと主張する。 - 39 -そこで検討すると、被告人の兄であるOは、被告人が逮捕された後の昭和41年10月頃、被告人に差し入れるため、実家で被告人の荷物の中から緑色パンツを預かり、拘置所に差入れを申し出たが、弁護人を通じて差し入れるように指示され、弁護人に依頼するとズボンだけを差し入れることになったので、緑色パンツを自宅に持ち帰って保管していた旨証言する(確6冊2015丁)。しかし、Oの上記証言は、被告人の実家に荷 物を送付したL1及びL6が緑色等のパンツを送った記憶はない旨証言していること(確5冊1814丁、1837丁)、Pが本件会社から送付された被告人の荷物の中に5点の衣類に類似する衣類はなかったと供述していること、昭和41年10月27日に弁護人がズボン等の複数の衣類を被告人に差し入れていること(確20冊2760丁)と整合しない上、ズボンだけを差し入れることになった上記経緯等も不自然な内容であっ て、信用できない。したがって、Oの上記証言に基づき、被告人が着用していた緑色パンツを被告人の兄が保管してい と整合しない上、ズボンだけを差し入れることになった上記経緯等も不自然な内容であっ て、信用できない。したがって、Oの上記証言に基づき、被告人が着用していた緑色パンツを被告人の兄が保管していたとの疑いは生じない。 以上によれば、Oの上記証言をもって、5点の衣類の緑色パンツが被告人のものでないとはいえない。 小括 以上によれば、弁護人の上記主張を踏まえても、5点の衣類は、本件の犯行着衣であり、被告人の着衣であることが一応推認される。 ⑷ 5点の衣類の血痕等の色調による合理的な疑いしかし他方で、5点の衣類の血痕等の色調によって、1号タンクに新たなみそ原料が大量に仕込まれた昭和41年7月20日以前に5点の衣類が1号タンク内に入れられた ことに合理的な疑いが生じる場合、勾留中の被告人が5点の衣類を1号タンク内に入れることは事実上不可能であるから、5点の衣類は、その発見から近い時期に被告人以外の者によって1号タンク内に隠匿されたものであるとの疑いが生じ、その結果、5点の衣類が犯行着衣であることなどの前記推認にも合理的な疑いを差し挟む余地が生じ得る。 そこで、5点の衣類の血痕等の色調を踏まえても、5点の衣類が昭和41年7月20- 40 -日以前に1号タンク内に入れられたものと認定できるか、換言すれば、5点の衣類の血痕等の色調は、5点の衣類が本件の犯行着衣であることなどの前記推認に合理的な疑いを差し挟むものであるか否か等を検討する。 ア 5点の衣類の血痕等の色調5点の衣類のカラー写真によってその血痕等の色調を認定できるか否か まず、5点の衣類のカラー写真によって、その血痕等の色調を把握できるか検討する。 5点の衣類のカラー写真としては、M1鑑定書の添付写真、着衣編の写真、静岡地方検察庁で 調を認定できるか否か まず、5点の衣類のカラー写真によって、その血痕等の色調を把握できるか検討する。 5点の衣類のカラー写真としては、M1鑑定書の添付写真、着衣編の写真、静岡地方検察庁で保管されていた写真を添付した平成25年5月31日付け検察官K2作成の捜査報告書(再甲37、再弁書12)の写真、写真の専門家であるH10教授が当時のネガフィルムを基に5点の衣類の色調を再現した写真(再甲35、再弁書14)が存在す る。これらの各写真は、とりわけ、静岡地方検察庁で保管されていた写真において、鮮やかな赤色、赤紫色の血痕が確認できる一方で、M1鑑定書の添付写真において、赤色の血痕が確認できないなど、血痕等の色合いが明らかに異なっている。その原因としては、カラー写真は、被写体の現実の色を正確に再現することが難しく、露出、光量等の撮影方法、現像、焼付け時の各処理の方法によって色合いが左右されることに加え、経 年劣化や退色により撮影した写真の色を保持するのが難しいことが挙げられる(再甲36)。現に、M1鑑定書の添付写真等は、撮影と作成から50年以上が経過したことで相当劣化して退色したことが明らかなものである。以上のような5点の衣類のカラー写真の状況やカラー写真の特性等を考慮すれば、M1鑑定書の添付写真、着衣編の写真及び静岡地方検察庁で保管されていた写真に基づき、5点の衣類の血痕等の色調を認定する ことは相当でない。また、H10教授が当時のネガフィルムを基に5点の衣類の色調を再現した写真は、保存状態が良好なネガフィルムに基づき、可及的に実際の色合いに近いものを再現したものであるが、背景のスケール等の色に基づいて色調を推定したもので、その色調の再現性にはおのずから限度がある上、当時の撮影方法が色調再現の観点から適切なものであった 実際の色合いに近いものを再現したものであるが、背景のスケール等の色に基づいて色調を推定したもので、その色調の再現性にはおのずから限度がある上、当時の撮影方法が色調再現の観点から適切なものであったか不明であり、現に、白ステテコの写真は露光がオーバーとな っていたことがうかがえる。そうすると、H10教授が再現した上記の写真に基づき、- 41 -5点の衣類の血痕等の微妙な色調を把握、認定することにも限界があるといわざるを得ない。 以上によれば、5点の衣類のカラー写真によって、その血痕等の色調を把握することには慎重にならざるを得ず、5点の衣類の血痕等の色調については、その血痕等を実際に肉眼で観察した者の説明を基本に認定するのが相当である。 色の見え方の基本的な原理次に、5点の衣類の血痕等を実際に肉眼で観察した者の説明に基づき、その色調を検討する前提として、人の色の見え方の基本的な原理は、次のとおりである。人が目で見える可視光の波長は、一般に380nmから780nmであり、波長の短い順に、紫、藍、青、緑、黄、橙、赤で構成されている。物体は、光源からの光の一部を吸収し、残り を反射するが、その反射した光が人の目に入り、色として認識される。また、色の見え方は、光源によって変化し、例えば、太陽光は、異なる光の波長がほぼ均一に含まれているのに対し、白熱電球は650nmから750nmの赤い光の波長を相対的に多く含んでおり、光源が太陽光である場合に比較して対象物がより赤みを帯びて見える。蛍光灯は、現在、青、緑、赤の3波長の蛍光発光で白色を作っており、その混合比率等によっ て様々な色味の蛍光灯がある。このように、光源によって物の見え方は変化するが、人の目には光源による発色の差を補正する機能があり、太陽光下でも白熱灯下でも青い を作っており、その混合比率等によっ て様々な色味の蛍光灯がある。このように、光源によって物の見え方は変化するが、人の目には光源による発色の差を補正する機能があり、太陽光下でも白熱灯下でも青いものは青く、赤いものは赤く見える。この補正機能を色彩恒常といい、デジタルカメラのホワイトバランスは、色彩恒常と同様に、光源による発色の差を補正し、自然光下で撮影した色に近い色合いで撮影できるようにした機能である。色の見え方は、以上の光源 のほか、明度(色の明るさの度合い)、彩度(色の鮮やかさの度合い)、照明光量(明るさ)や個人差による見え方の違い等にも影響される。 (再甲175、244、253)5点の衣類の血痕等を観察した者らによる説明関係証拠によれば、5点の衣類の血痕等を観察した者らによるその色調等の説明は、 次のとおりである。 - 42 -a 従業員らの供述発見時の5点の衣類の血痕等の色調についての従業員らの供述の要旨は、次のとおりである。 なお、L2は、主に、薄暗い1号タンク内における観察であり、その他の従業員は、屋根のない倉庫前における自然光下(曇天)での観察である。 L2 素人が見ても血だということが分かった。 L7 どの衣類にも紫色に変色している一目で血液と分かるしみが付いていた。 L4 赤茶けたどす黒いような一見して血と思われるものが付いていた。 L5 白ステテコや白半袖シャツに血のような茶色っぽいしみが付いていた。 L8 白ステテコや白半袖シャツに茶色っぽいような血が付いているようなしみが一杯付いていた。 L9 濃い茶色の部分が方々にあり、素人の我々が見ても、一見して血が変色したものだと分かった。 L10 白ステテコと ツに茶色っぽいような血が付いているようなしみが一杯付いていた。 L9 濃い茶色の部分が方々にあり、素人の我々が見ても、一見して血が変色したものだと分かった。 L10 白ステテコと白半袖シャツには一面にどす黒い部分があり、一見して血 がべっとり付いた部分と分かった。 L11 明らかに血であると思われるどす黒いような赤茶けた色が付いていた。 L12 白ステテコと半袖シャツは全体的に薄茶色に変色していて純白の部分は見当たらず、一面にどす黒くなった部分があり、素人が見ても血がべっとり付いた跡とすぐに分かった。 (確5冊1691丁、1711丁、再甲7、10から12まで、14から17まで)bJ7実況見分調書の記載J7警部補は、5点の衣類の発見当日、5点の衣類等の実況見分を実施し、実況見分調書を作成した(J7実況見分調書)。J7実況見分調書には、5点の衣類の色調等について、要旨、次のとおり記載がある。 なお、J7警部補の観察は、夕方から日没にかけての自然光下(曇天)でのものであ- 43 -る。 ⒜ 麻袋の状況麻袋は、袋全体が水、塩分などで濡れ、じめじめしており、持ち上げると焦げ茶色の汁が垂れた。 ⒝ 「白ステテコ 1枚」(白ステテコ)の状況 白ステテコは、全般的にみそが染みて薄茶色を呈しているが、特に両膝部などにおびただしい血痕様の赤紫色の付着が認められる。 ⒞ 「白半袖V襟シャツ 1枚」(白半袖シャツ)の状況白半袖シャツは、薄茶色になって濡れており、赤紫色の血痕様の付着が認められる。 ⒟ 「黒色ようスポーツシャツ 1枚」(ネズミ色スポーツシャツ)の状況 ネズミ色スポーツシャツは、みその水分、塩分などが染みて濡れているので 赤紫色の血痕様の付着が認められる。 ⒟ 「黒色ようスポーツシャツ 1枚」(ネズミ色スポーツシャツ)の状況 ネズミ色スポーツシャツは、みその水分、塩分などが染みて濡れているので、色は明確でないが、黒色様を呈する。 ⒠ 「グリーン男パンツ 1枚」(緑色パンツ)の状況緑色パンツは、薄茶色の染み込んだ中にもグリーン色がはっきり認められ、濡れている。表面に赤紫色の血痕様の付着があり、後面には薄い同様の血痕様の付着が認められ る。 ⒡ 「黒色ようズボン 1枚」(鉄紺色ズボン)の状況鉄紺色ズボンは、黒色ようで、みその水分、塩分などで濡れてやや固くなり、しわまみれである。裏地は、いずれもみそが染みて薄茶色になっているが、更にごく薄く赤紫色の血痕様のものが全般的に染み込んでいる。 なお、麻袋、5点の衣類等を合わせた重量は、合計7.2kgであった。 cM1鑑定書の記載M1は、5点の衣類の発見翌日の昭和42年9月1日から、血痕の付着の有無や血液型の鑑定を実施し、鑑定書を作成した(M1鑑定書)。M1鑑定書には、5点の衣類の色調等について、要旨、次のとおり記載がある。 なお、M1は、5点の衣類を観察した際、補助灯として白熱電球を用いた可能性があ- 44 -る(再甲245、252)。 ⒜ 麻袋麻袋は、みそ臭著明、湿潤し、色調は全般に濃茶褐色を呈している。 ⒝ 白ステテコ白ステテコは、全般的に湿潤、みその臭気著明で黄褐色に汚染されている。濃赤色 又は淡赤褐色の血痕が全面的に付着している。 ⒞ 白半袖シャツ白半袖シャツは、白ステテコと同色同臭で、右上腕部、左肩部、V襟下方前側に赤褐色の血痕の付着が3か所認められる。 又は淡赤褐色の血痕が全面的に付着している。 ⒞ 白半袖シャツ白半袖シャツは、白ステテコと同色同臭で、右上腕部、左肩部、V襟下方前側に赤褐色の血痕の付着が3か所認められる。 ⒟ ネズミ色スポーツシャツ ネズミ色スポーツシャツは、みそ臭が強く、全般的に淡黒色を呈し、胸から前面全般と左肩の部分に赤褐色の血痕が付着している。 ⒠ 緑色パンツ緑色パンツは、みその湿潤により、濃緑褐色を呈し、みそ臭著明で、裏返しになっており、下半分は全般に淡赤褐色を呈している。 ⒡ 鉄紺色ズボン鉄紺色ズボンは、湿潤、みそ臭強く、しわだらけである。裏返しにすると裏地は、全般に淡赤褐色又は赤色を呈し、広範囲に血痕の湿潤が認められる。 5点の衣類に付着した血痕の色調以上の5点の衣類の血痕等を実際に肉眼で観察した者らによる説明に基づき、5点の 衣類の血痕の色調を検討する。 まず、本件会社の複数の従業員らは、5点の衣類の血痕の色調について、茶褐色、黒褐色系の色合いであったと供述している。しかし、従業員らの供述は、5点の衣類に付着した血痕の色合いの差を意識的に観察した上で、これを厳密に表現したものとはいえない上、従業員らのうち多数の者が血と容易に分かるものが付着していた旨を供述して おり、赤色、赤紫色等の血痕が付着していた可能性を残すものである。現に、一部の者- 45 -は、紫色に変色した血痕が付着していたと供述している。そうすると、従業員らの供述によれば、5点の衣類の血痕の色調は、全体として茶褐色、黒褐色の印象を与えるものであったといえるものの、5点の衣類に赤みを感じさせる血痕が付着していた可能性は否定されない。 次に、J7実況見分調書及びM1鑑定書をみ 類の血痕の色調は、全体として茶褐色、黒褐色の印象を与えるものであったといえるものの、5点の衣類に赤みを感じさせる血痕が付着していた可能性は否定されない。 次に、J7実況見分調書及びM1鑑定書をみると、J7実況見分調書には、白ステテ コ、白半袖シャツ、緑色パンツ、鉄紺色ズボンの裏地に赤紫色の血痕様の付着が認められたと記載され、M1鑑定書には、白ステテコに濃赤色又は淡赤褐色、鉄紺色ズボンの裏地に淡赤褐色又は赤色、白半袖シャツとネズミ色スポーツシャツに赤褐色を呈した血痕の付着があったと記載されている。M1鑑定書は、白熱電球下での観察によるもので赤みが強調された可能性が否定できないが、J7実況見分調書及びM1鑑定書の記載は、 いずれも、職務として見分又は鑑定を実施し、血痕の色を含む5点の衣類の状態について注意深く観察した結果が記載されたものと考えられるから、その両者に一致して相応に強い赤みを感じさせる血痕が付着していたことを示す記載がされていることは、信用性を相互に高めるものといえる。 以上のような従業員らの供述、J7実況見分調書及びM1鑑定書の記載等を総合すれ ば、5点の衣類の血痕は、全体として、観察者に対し、茶褐色、黒褐色系の印象を与える色調であったものの、白ステテコには濃赤色又は赤紫色等の相応に強い赤みを感じさせる血痕が付着しており、その他の衣類にも赤みを感じさせる血痕が付着していたと認めるのが相当である。 これに対し、検察官は、5点の衣類に赤みを感じさせる血痕が付着していたことは争 わないものの、従業員らやJ7警部補の観察は、曇天下での光量が十分でない状況下でのもので、その観察環境が良好であったとはいえず、発見当時の5点の衣類の血痕の色合いは、M1鑑定書のような観察に適した照明を使用するなどの良好な観察環境下で 観察は、曇天下での光量が十分でない状況下でのもので、その観察環境が良好であったとはいえず、発見当時の5点の衣類の血痕の色合いは、M1鑑定書のような観察に適した照明を使用するなどの良好な観察環境下では赤みを感じさせる色に見え、曇天で光量不十分であるなどの良好とはいい難い観察環境下では黒、茶褐色系が強い色に見えるような色合いであったと主張する。 しかし、検察官の上記主張は、5点の衣類に赤紫色の血痕が付着していたとするJ7- 46 -警部補の説明が信用できないことを前提とするものであるところ、検察官の主張するように、J7警部補の血痕の色の表現が全て赤紫色であることをもって、直ちに上記説明の信用性に疑いが生じるとはいえず、その点で前提を誤っている。また、J7実況見分調書及びM1鑑定書は、いずれも、5点の衣類に付着した血痕の色調の微妙な差異を厳密に表現しているとはいえず、J7警部補及びM1が5点の衣類の血痕のうち赤みが残 ったものに着目し、その色調をJ7実況見分調書又はM1鑑定書に記載したことも、その観察の目的等に照らして十分考えられる。そうすると、従業員らとM1鑑定書等の説明の差異は、観察の目的等のほか、その着目・表現した血痕の違いにあるとも考えられるのであって、その差異を観察条件の適否にあると断定するだけの根拠があるとはいえない。以上に加え、前記のとおり、人には光源による発色の差を補正する色彩恒常があ ることも併せ考慮すれば、5点の衣類の血痕の色調は、補助灯として白熱電球を用いていない自然光下での観察においても、観察者に赤みを感じさせるものであったと認めるのが相当である。したがって、検察官の上記主張は採用できない。 イ 1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕の赤み5点の衣類には、いずれも、観察した者に赤みを感じさせ させるものであったと認めるのが相当である。したがって、検察官の上記主張は採用できない。 イ 1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕の赤み5点の衣類には、いずれも、観察した者に赤みを感じさせる血痕が付着していたと認 められることを前提に、1号タンク内で1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残るか否か、すなわち、5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号タンク内に入れられたものと認定できるかを検討する。 血液又は血痕の色調変化に関する基本的な知見等法医学の文献等(再甲43の添付資料)によれば、血液又は血痕の色調変化に関する 基本的な知見は、次のとおりである。すなわち、新鮮な血液は、暗赤色を呈するが、主として日光の作用で日時の経過とともに、赤褐色→褐色→帯緑褐色→灰色に変色する。これは血色素であるヘモグロビンがメトヘモグロビン、更にヘマチンと変化するためであるが、酸・アルカリ・酸化物などに触れることにより、容易に色調が変化することも考慮しておく必要がある。血痕も新鮮なものでは暗赤色であるが、次第に赤褐色→褐色→ 帯緑褐色→灰色へと変色する。血痕の経時的変化は、その血痕の環境(温度、湿度、日光- 47 -への曝露等)によって著しい差があり、血痕の色調からその陳旧度を正確に判断することは難しい。 さらに、H14教授の意見書(再甲43)は、血痕斑の色調変化は、血液の量や濃度、温度、湿度、日光への曝露、pH、水分量やアルコール含有の有無等の保存条件により千差万別となり、どの程度の時間経過でどのような色調になるかも一定せず、一、二年 以上を経ても赤みが保持されていることは日常的にも経験されるとしており、上記意見書に添付された血痕斑のサンプル試料の中にもこれに沿うものが存在する。 以上によれば、1年 かも一定せず、一、二年 以上を経ても赤みが保持されていることは日常的にも経験されるとしており、上記意見書に添付された血痕斑のサンプル試料の中にもこれに沿うものが存在する。 以上によれば、1年以上経過した血液又は血痕が赤みを保持していることが直ちに不自然とはいえず、1年以上みそ漬けされた5点の衣類に赤みを感じさせる血痕が付着していたことが不自然であるか否かを判断するためには、みそ漬け環境が血痕の色調変化 に与える影響を検討する必要がある。 血痕のみそ漬け実験の結果そこで、みそ漬けが血痕の色調変化に与える影響を検討する。 まず、みそ漬けされた血痕の色調変化に関しては、弁護人らが実施した各種実験、H11准教授が実施した実験(H11実験)、検察官が令和3年度に実施した実験(令和3 年度実験)が存在するところ、その概要及び結果等は、次のとおりである。 a 弁護人らが実施した各種実験⒜ 2008年(平成20年)4月14日付け味噌󠄀漬け実験報告書2008年(平成20年)4月14日付け味噌󠄀漬け実験報告書(再弁書1)は、5点の衣類を模した衣類に血液を付着させて麻袋に入れ、市販のみそとたまりの混合液の中に 漬け込んだ結果、みその種類とたまりの混合割合によって様々な色の濃さのみそ漬け衣類が作成できた上、20分足らずでM1鑑定書の添付写真と同様の色具合、血液の状態、しわの具合を再現できたなどというものである。 ⒝ 2009年(平成21年)9月19日付け1年2ヶ月味噌漬け実験報告書 2009年(平成21年)9月19日付け1年2ヶ月味噌漬け実験報告書(再弁書2)- 48 -は、5点の衣類を模した衣類等に血液を付着させ、約5時間の自然乾燥の上で麻袋に入れ、赤みそに1年2か月漬け込ん 09年(平成21年)9月19日付け1年2ヶ月味噌漬け実験報告書(再弁書2)- 48 -は、5点の衣類を模した衣類等に血液を付着させ、約5時間の自然乾燥の上で麻袋に入れ、赤みそに1年2か月漬け込んだ結果、衣類に付着した血痕の色は、みそ漬けから1か月で黒褐色化し、1年2か月後にはみその色より暗色の黒褐色となって、いずれも赤みが消失したというものである。 ⒞ 2010年(平成22年)9月23日付け再現仕込み味噌󠄀・味噌󠄀漬け 実験報告書2010年(平成22年)9月23日付け再現仕込み味噌󠄀・味噌󠄀漬け実験報告書(再弁書3)は、本件会社の原料を参考にみそを製造し、その製造みその中に5点の衣類を模した衣類等を麻袋に入れて漬け込んだ結果、衣類に付着した血痕の色は、約6か月後に濃黒紫色、黒色となって、赤みを消失したなどというものである。 ⒟ 味噌漬け血液色変化実験報告そのⅠからⅣまで味噌漬け血液色変化実験報告そのⅠからⅣまでは、いずれも令和3年にそれぞれ実験されたものであり、そのⅠ(再弁書16)は、白みそと赤みその差異等を検証したもので、その実験の結果、白みそに漬けた場合は、赤みそ漬けと比して時間を要するが、みそ漬けから4週間で血痕が黒色化するなどというもの、そのⅡ(再弁書17)は、血液 抗凝固剤の有無や生地(メリヤス編みとサテン織り)による差異等を検証したもので、その実験の結果、血液抗凝固剤を添加しても血液の黒色化は進み、サテン織りよりも糸密度が高いメリヤス編みの方が血液の黒褐色化が強いなどというもの、そのⅢ(再弁書18)は、麻袋による影響の有無を検証するもので、その実験の結果、麻袋を使用した方が黒褐色化が強いと思われるなどというもの、そのⅣ(再弁書19)は、血液型が異 なる血液をみそ原料に漬け 再弁書18)は、麻袋による影響の有無を検証するもので、その実験の結果、麻袋を使用した方が黒褐色化が強いと思われるなどというもの、そのⅣ(再弁書19)は、血液型が異 なる血液をみそ原料に漬けるなどした結果、長くても4日間で黒褐色化したなどというものである。 bH11実験H11実験(再甲135、再弁書6)は、検察官の依頼に基づき、みそ漬けされた人血のDNAの分解の程度等を鑑定する目的で実施された実験であり、醸造専門家の監修の 下、1号タンクのみその醸造過程をできるだけ再現し、Tシャツに付着させた血液を乾- 49 -燥、未乾燥等の条件別にみそ漬けしたというものである。H11実験の添付写真をみると、血痕の色調は、特に血痕付着後の未乾燥Tシャツに赤みが感じられたが、いずれも、みそ漬けから8日後には茶褐色となり、30日後には黒褐色又は茶褐色となって、遅くとも150日後には黒色又は黒褐色となって赤みを全く感じさせない色調となった。 c 令和3年度実験 ⒜ 令和3年度実験の趣旨及び概要検察官は、令和3年9月から令和4年11月までの約1年2か月間、布に付着した血痕をみそ漬けにし、その色調変化を観察する実験(令和3年度実験)を行った。その趣旨及び概要は次のとおりである(再甲171から174まで)。 令和3年度実験の趣旨は、5点の衣類が1号タンクでみそ漬けされた状況を精密に再 現するものではなく、専門家に知見を求める過程で得られた血痕の色調の変化に影響を及ぼす可能性のある要因に関する示唆を踏まえ、条件に差を設けた血痕のみそ漬け実験を実施することにより、条件の差による影響の有無・程度を観察し、その結果につき改めて専門家の知見を求めるというものである。 まず、令和3年度実験は、厚手(識別符号「あ」)と薄手( 血痕のみそ漬け実験を実施することにより、条件の差による影響の有無・程度を観察し、その結果につき改めて専門家の知見を求めるというものである。 まず、令和3年度実験は、厚手(識別符号「あ」)と薄手(識別符号「う」)の2種類の 綿製メリヤス編の布に、複数名の血液(静脈血を基本とし、一部動脈血)を付着させて血痕を作製(一部複数名の血液を混合し、より多くの血液を付着した血痕を作製。後述の識別番号丙5、6、丁5、6の各「あ」「う」等)し、これらの血痕付着布を麻袋の代用品としてティーバッグに入れたものを試料とした。 次に、みそ原料に関しては、当時の1号タンクのみそ原料の分量を参考とし、通常の 水道水(識別符号「甲」、「丙」)のほか、擬似井戸水(肥料等に起因する硝酸により汚染された水を想定した一定濃度の硝酸態窒素を含有する水。識別符号「乙」、「丁」)を用いた。 そして、ティーバッグ入り血痕付着布とみそ原料2から2.5kgを、酸素透過度が低いナイロン・ポリエチレン製のみそ手作り用チャック袋に入れたもの(低嫌気環境。 甲1から5まで、11、13、乙1から5まで、11、13の各「あ」「う」)と、脱酸素- 50 -剤を入れて真空パック機により袋内の空気を吸引して袋の口を電熱線により圧着したもの(高嫌気環境。甲6から10まで、12、14から16まで、乙6から10まで、12、14から16まで、丙1から6まで、丁1から6までの各「あ」「う」)を準備し、血痕をみそ漬けする日についても、血痕作製の当日(甲1、6、11から14まで、乙1、6の各「あ」「う」)、3日後(甲2、7、乙2、7、乙11から14まで、丙1、5、丁 1の各「あ」「う」)、5日後(甲3、8、15、16、乙3、8、15、16、丙2、6、丁2の各「あ」「う」)、10日後(甲4、9 )、3日後(甲2、7、乙2、7、乙11から14まで、丙1、5、丁 1の各「あ」「う」)、5日後(甲3、8、15、16、乙3、8、15、16、丙2、6、丁2の各「あ」「う」)、10日後(甲4、9、乙4、9、丙3、丁3、5の各「あ」「う」)、18日後(甲5、10、乙5、10、丙4、丁4、6の各「あ」「う」)の5通りとし、さらに、血液が付着した布を水又はお湯で洗ったものを用意した上で、それぞれみそ漬けした(甲11から14まで、乙11から14まで、丙1から4まで、丁1から4までの 各「あ」「う」)。 検察官は、以上のとおりの様々な異なる条件でみそ漬けした試料について、当初のみそ漬けから約半月後(再甲176)、約1か月後(再甲177)、約1か月半後(再甲178)、約2か月後(再甲179)、約2か月半後(再甲180)、約3か月後(再甲181)、約4か月後(再甲182)、約5か月後(再甲183)、約6か月後(再甲197)、約8 か月後(再甲201)、約10か月後(再甲206)、約1年後(再甲212)、約1年2か月後(再甲219)等にその一部(各4枚から19枚までの試料)を取り出すなどして観察し、試料の状況を撮影した写真等を添付した捜査報告書(令和3年度実験捜査報告書)を逐次作成した。 なお、上記のうち、当初のみそ漬け開始から約6か月後以降の試料の観察は、弁護人 の立会いの下で、約1年2か月後の観察は、第2次再審請求の差戻抗告審の裁判官2名及び裁判所書記官も立ち会って実施された。 ⒝ 令和3年度実験の結果令和3年度実験捜査報告書の添付写真のうち、約半月後から約6か月後までの間に合計9回にわたって観察された試料(甲1、乙1の各「あ」「う」)を見ると、血痕の色調 は、みそ漬けから約6か月までの間に経時的に黒褐色又 報告書の添付写真のうち、約半月後から約6か月後までの間に合計9回にわたって観察された試料(甲1、乙1の各「あ」「う」)を見ると、血痕の色調 は、みそ漬けから約6か月までの間に経時的に黒褐色又は茶褐色となって、赤みが相当- 51 -失われたことが確認できる。 もっとも、上記各試料を除きほとんどの試料が1回のみの観察(甲11、13の各「あ」「う」のみ2回)であり、上記各試料以外の試料に基づき、同一条件下における経時的な血痕の色調変化の傾向を把握することはできない。そこで、条件の相違を踏まえつつ、試料全体の経時的な色調変化の傾向を検討する。 みそ漬けから約10か月後以降の各試料の写真を見ると、血液を多量に付着させた血痕(丁6の「あ」「う」)、乾燥が進んだ血痕(甲5、9、10の各「あ」「う」)、お湯で洗った血痕(丁2、4の各「あ」「う」)等の試料の血痕に赤みが確認でき、上記写真によれば、時間の経過に伴って、各試料に茶褐色、黒褐色の血痕が多く確認されるようになるなどの傾向は認められない。 しかし、弁護人が各観察の際に試料を撮影した写真を見ると、蛍光灯下でフラッシュをたいて撮影されたものであるが、上記各試料に赤みが残っているとは認められない。 また、裁判所書記官が作成した「実験資料の確認(メモ)」(確認メモ)の添付写真を見ても、蛍光灯下又は白熱電球下でフラッシュをたかずに撮影されたものであるが、その試料(甲5、10、丁6の各「あ」「う」等)に赤みは認められない。 そこで、カラー写真による色調再現の限界を踏まえつつ、実際に肉眼で見た試料の色調により近い写真を検討すると、令和3年度実験捜査報告書の添付写真は、その撮影の際に赤い光の波長を相対的に多く含む白熱電球が用いられており、実際に肉眼で観察するよりも赤みを帯びた色調と 見た試料の色調により近い写真を検討すると、令和3年度実験捜査報告書の添付写真は、その撮影の際に赤い光の波長を相対的に多く含む白熱電球が用いられており、実際に肉眼で観察するよりも赤みを帯びた色調となった可能性が否定できない。その上、実際に蛍光灯下又は白熱電球下で試料を観察した裁判官2名を含む裁判体は、第2次再審請求の差戻抗告 審決定において、確認メモの添付写真が実際の試料の色調をより正確に再現したものであることを前提に、確認メモによれば、上記試料につき、令和3年度実験捜査報告書の添付写真よりも弁護人が撮影した写真の方が、肉眼で確認した試料の状況をより忠実に反映したものであることは明らかであると判断している。 以上のとおり、令和3年度実験捜査報告書に添付された写真の撮影方法や上記裁判官 2名の肉眼での試料の確認結果等を考慮すれば、検察官が写真撮影の際にホワイトバラ- 52 -ンスを白熱電球に設定し、カラーチャートと一緒に試料を撮影するなどして色調の再現及びその事後的な検証のために相応の配慮をしていたことを踏まえても、上記写真は、実際に肉眼で観察するよりも赤みを感じさせる色調であったとの合理的な疑いが残るものといわざるを得ない。そうすると、上記裁判官2名が実際に試料を観察した約1年2か月経過後の試料のほか、弁護人が撮影した写真(再弁書31)で赤みが認められない 約10か月後、約1年経過後の各試料についても、同一条件下での撮影であること等から、その血痕に赤みが残っていたとは認められない。 他方で、令和3年度実験捜査報告書の本文には、観察者である検察官が1年前後の長期間みそ漬けされた試料に赤みが認められた旨を報告する記載がある。しかし、検察官による令和3年度実験は、みそ醸造における嫌気度や乾燥の程度が血痕の黒褐色化を阻 観察者である検察官が1年前後の長期間みそ漬けされた試料に赤みが認められた旨を報告する記載がある。しかし、検察官による令和3年度実験は、みそ醸造における嫌気度や乾燥の程度が血痕の黒褐色化を阻 害する要因となり得ることが予想される状況において、嫌気度が高い試料を低い試料の2倍以上設けた上で、血痕作製からみそ漬けまでの期間が短い試料、つまり乾燥が進んでいない試料を早期に観察する一方、その期間が長い試料、つまり乾燥が十分に進んだと考えられる試料を約1年後、約1年2か月後に観察をするなど、観察条件の設定及び観察する試料の選択のいずれにおいても、長期間みそ漬けされた場合に、赤みが残りや すい手法が意図して採られていたとの評価が否定できない。このような検察官の実験手法及び態度に加え、前記のとおりの裁判官2名の肉眼での試料の確認結果等を考慮すれば、令和3年度実験捜査報告書の上記記載をそのまま信用することはできない。 以上によれば、令和3年度実験の結果、1年前後の長期間みそ漬けされた試料の血痕に赤みが残ったものがあったとは認められない。そして、令和3年度実験の結果を考察 すると、血痕をみそ原料に漬けた場合、条件の違いを踏まえても、その血痕の色調は、時間の経過に伴って赤みを失って茶褐色、黒褐色となるものが多く確認される傾向があると認められる。 d 小括以上のとおり、血痕のみそ漬け実験の結果、みそ漬けされた血痕は、時間の経過に伴 って、茶褐色、黒褐色に変色し、赤みを感じさせない色調になることが認められる。そ- 53 -して、弁護人らが実施した各種実験及びH11実験の結果、約1年以上みそ漬けされた血痕に赤みが残らず、また、赤みが残りやすい手法が採られた検察官の令和3年度実験においても、1年前後の長期にわたってみそ漬けされ 護人らが実施した各種実験及びH11実験の結果、約1年以上みそ漬けされた血痕に赤みが残らず、また、赤みが残りやすい手法が採られた検察官の令和3年度実験においても、1年前後の長期にわたってみそ漬けされた血痕に赤みが残る結果が確認されなかったことは、1年以上みそ漬けされた着衣に付着した血痕に赤みが残らないことを相応に推認させるものである。 もっとも、上記各実験における血痕の付着状況やみその量及びその醸造条件等は、1号タンク内に5点の衣類が入れられて醸造された場合の条件と大きく異なっているから、上記各実験の結果は、1号タンク内に1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残らないとの合理的な疑いを直ちに生じさせるものとまではいえない。 そこで、以下においては、専門的な知見を踏まえて、みそ漬けされた血痕が黒褐色化 する化学的機序について検討した上で、上記各実験結果を踏まえつつ、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残るかを検討する。 みそ漬けされた血痕が黒褐色化する化学的機序H2教授らの再審公判及び第2次再審請求の差戻抗告審における各証言(再弁書36、38)並びに両名が連名で作成の令和3年10月22日付け鑑定書(再弁書22)等に よれば、みそ漬けされた血痕が黒褐色化する化学的機序は、次のとおりである。 血液が赤く見える理由は、血液中の赤血球内に多量に含まれているヘモグロビンのヘムが赤いことによる。ヘモグロビンは、ポルフィリン誘導体に鉄が結合したヘムと、たんぱく質であるグロビンたんぱく質が結合したものであり、ヘムを含んだグロビンたんぱく質が4つ結合した複合体である。ヘムは、その環境によって赤色から黒紫色調まで の様々な色となるところ、赤色のヘムは、2価の鉄イオンが酸化されて3価となると、褐色、黒褐色を示す グロビンたんぱく質が4つ結合した複合体である。ヘムは、その環境によって赤色から黒紫色調まで の様々な色となるところ、赤色のヘムは、2価の鉄イオンが酸化されて3価となると、褐色、黒褐色を示すヘミン又はヘマチンと呼ばれる化合物となる。ヘモグロビンは、ヘムの鉄イオンに酸素が結合していない状態(還元型ヘモグロビン)では暗紫赤色調を示し、ヘムの鉄イオンに酸素が結合した状態(酸素化ヘモグロビン)では鮮やかな赤色を示す。これらの状態の場合は、ヘムの鉄イオンは2価の鉄イオンであるが、2価の鉄イ オンは容易に酸化し、酸化して3価の鉄イオンとなると、酸素結合機能を失った褐色の- 54 -メトヘモグロビンと呼ばれる状態となる。これを自動酸化という。生体内においては、褐色のメトヘモグロビンは還元酵素等によって還元(ヘムが3価鉄から2価鉄となる。)され、還元型ヘモグロビン(暗紫赤色)に戻って再び酸素結合機能を持つ。 みそのpHは、仕込み時で6程度、熟成時には5を下回る弱酸性であり、みその一般的な塩分濃度は10%程度である。血痕の付着した衣類をみその中に保存した場合、み その低いpHと高い塩分濃度によって、赤血球の細胞膜が損傷を受けるなどの溶血が生じる。前記のとおり、ヘモグロビン又はヘムは、酸化によって褐色のメトヘモグロビン、茶褐色又は黒褐色のヘミンとなるところ、赤血球の溶血によって、保護膜を失ったヘモグロビンは、みその低いpHと高い塩分濃度の影響を受けやすくなり、ヘムを酸化から保護するグロビンたんぱく質の変性、分解が進み、その酸化が促進される。そして、そ の変性に伴ってグロビンたんぱく質からヘムが遊離し、更に酸化が促進され、ヘムが酸化することでヘミンが生成される。その結果、メトヘモグロビン又はヘミンによる茶褐色系の色調が強くなる。このよ そ の変性に伴ってグロビンたんぱく質からヘムが遊離し、更に酸化が促進され、ヘムが酸化することでヘミンが生成される。その結果、メトヘモグロビン又はヘミンによる茶褐色系の色調が強くなる。このような酸化や変性の更なる進行に加えて、みそに含まれる微生物が持つ酵素の働きや自然分解によりグロビンたんぱく質、ヘム及びヘミンの分解が進行し、有色のヘム又はヘムの分解物の色も加わって混色が進むことで、減法混色の 原理、すなわち、様々な色を混ぜると最終的に色が黒くなる原理によって、茶褐色から黒褐色の色調に変化する。 さらに、グロビンたんぱく質は、みそ内に存在するプロテアーゼによって分解され、ペプチドとアミノ酸になり、みそに含まれる還元糖との間でメイラード反応が起こる。 メイラード反応は、たんぱく質等のアミノ基と糖等のカルボニル基との間に起きる一連 の反応を総括的に表したものである。メイラード反応は、初期、中期、後期の3段階に分けられ、後期の段階で、カルボニル化合物とアミノ酸とが反応して褐色のメラノイジン等が生成される。このようなメイラード反応により褐色のメラノイジン等が生成されることで更に混色が進み、黒茶褐色から黒褐色の色調に変化して赤みが失われる。 以上のようなみそ漬けされた血痕が黒褐色化する化学的機序に関するH2教授らの見 解は、同人らが実施した各実験の結果に的確に裏付けられている上、検察官請求証人で- 55 -あるH7教授、H8教授も反対の意見を述べておらず、十分に信用することができる。 1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残るか否かみそ漬けされた血痕が黒褐色化する化学的機序を前提に、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残るか否かを検討すると、共同鑑定書(再甲237)を作成したH8教授らの見解、H2教授ら みが残るか否かみそ漬けされた血痕が黒褐色化する化学的機序を前提に、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残るか否かを検討すると、共同鑑定書(再甲237)を作成したH8教授らの見解、H2教授ら及びH4教授の各見解の要旨は、次のとおりである。 aH8教授らの見解1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残らないとのH2教授ら及びH4教授の見解には根拠がなく、そのような命題が科学的に証明されたとはいえない。 まず、出血した血液にはフィブリンが含有されており、布に付着した赤血球はフィブリンで凝固し、赤血球同士が固まった状態となるところ、凝固した赤血球は、凝固の影 響により溶血が生じにくくなるなど、酸素濃度、pH、塩分濃度等の環境の影響を受け難いものとなるので、血痕の乾燥の程度は、溶血やヘモグロビンの変性等の化学反応の速度に影響を及ぼし、その黒褐色化を阻害する要因となる。しかし、H2教授らの見解は、血痕の乾燥の程度が化学反応の速度に与える影響を考慮していない。 次に、ヘモグロビンが酸化する速度は、酸素の絶対量ではなく、酸素濃度に依存する ところ、醸造中のみそ内の酸素は、主に酵母によって消費され、2から3週間、長くても1か月程度か、あるいは麹菌によってこれより早く、酸素が消費し尽くされる結果、醸造中のみそ内部は、酸素がほとんどない状態となる可能性がある。そのため、血痕が黒褐色化する速度を検討するには、醸造みそ内の低い酸素濃度及びそれが酸化速度に与える影響を考慮する必要があるが、H2教授ら及びH4教授の各見解では、それらが適 切に考慮、検討されていない。 さらに、醸造みそ中の酵母、乳酸菌、枯草菌等の微生物には、一酸化窒素(NO)又は一酸化炭素(CO)を産生するものがあり、これらの微生物等が赤みを保持させる が適 切に考慮、検討されていない。 さらに、醸造みそ中の酵母、乳酸菌、枯草菌等の微生物には、一酸化窒素(NO)又は一酸化炭素(CO)を産生するものがあり、これらの微生物等が赤みを保持させる可能性があるにもかかわらず、H2教授らの見解ではその影響も論じられていない。 以上のとおり、H2教授ら及びH4教授の各見解は、血痕の黒褐色化を阻害する要因 を適切に考慮できておらず、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残ることがな- 56 -いことの科学的根拠を述べることができていない。 (H8教授の再審公判における証言、再甲237)bH2教授らの見解みそ漬け環境下においては、中期間(数日から数週間)で、みその低いpHと高い塩分濃度等によって溶血、ヘモグロビンの変性、酸化が進行することに加え、ヘム、ヘミ ンの分解も進行することで、ヘム、ヘミン及びそれらの分解物の混色によって茶褐色から黒茶褐色の色調に変化し、赤みが失われる。また、長期間(数週間から約半年)で、ヘモグロビン等の変性、分解及び酸化が更に進行するとともに、メイラード反応によって褐色のメラノイジンが生成されるなどすることで、混色が一層進行し、黒茶褐色から黒褐色の色調に変化する。このような中長期間において、血痕が付着した衣類をみその中 で保存した場合に、血痕が赤みを保っていることはあり得ず、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残ることはない。 1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残るという事象は、体外に出た血液(血痕)が経時的に赤みを失って茶褐色から黒色を帯びた色調に変化するという普遍的な現象から逸脱する稀な事象である。しかし、H8教授らは、赤みが残る抽象的な可能性論 を繰り返すのみであり、科学的な反証となっていない。また、H8教授らは、酸素 帯びた色調に変化するという普遍的な現象から逸脱する稀な事象である。しかし、H8教授らは、赤みが残る抽象的な可能性論 を繰り返すのみであり、科学的な反証となっていない。また、H8教授らは、酸素が乏しい嫌気的環境が考慮されていないとするが、みその低いpHや高い塩分濃度、みそ中のプロテアーゼによるヘモグロビンの変性、分解等は、酸素とは無関係に進行する。さらに、みそ醸造における酸素濃度の低下は徐々に生じ、嫌気的な環境になるまで半月から1か月を要するので、その間は十分な酸素が存在する。加えて、ヒトの血液そのもの にもそれに含まれるヘム分子の大部分を酸化するのに十分な酸素が含まれており、仮に血液中に酸素が含まれなかったとしても、血液とほぼ同量の空気中にもその全てのヘム分子を酸化するのに十分な酸素が含まれているほか、みそ原料や醸造が進んだみそにも溶存酸素がある。このように、みそ醸造の過程には、ヘモグロビンの酸化に必要な十分な酸素が存在する。以上によれば、みその低い酸素濃度は、血痕の黒褐色化を遅滞させ る要因とはなるものの、1年以上というスパンで見た場合に、血痕が赤みを失うとの結- 57 -論には影響しない。 さらに、H8教授らは、血痕の乾燥の程度が黒褐色化を阻害する要因となると指摘するが、液相中よりも固相中の方が化学反応は一般論として遅いものの、血痕になっても水分が到達すればヘモグロビンの変性、酸化等の化学反応は進行するので、みそ醸造の過程で滲出するたまりが浸透することで、血痕の表面が再び水溶液化して化学反応は進 行するから、血痕の乾燥は、1年以上というスパンで見た場合に結論を左右するような本質的問題でない。また、血痕の乾燥の過程でヘモグロビンの変性が進むことやメトヘモグロビン等が生成されて混色が進行することなども考慮すれば 乾燥は、1年以上というスパンで見た場合に結論を左右するような本質的問題でない。また、血痕の乾燥の過程でヘモグロビンの変性が進むことやメトヘモグロビン等が生成されて混色が進行することなども考慮すれば、必ずしも血痕の黒褐色化を遅滞させる要因となるものでもない。このことは、サラシ及びメリヤス編みの生地を用いた実験の結果、血痕であっても血液と同様の色調変化が確認されていることに 裏付られている。その余の微生物による影響等の共同鑑定書の指摘を踏まえても、1年以上みそに漬けた場合に血痕が黒褐色化するとの結論は変わらない。 (再審公判及び第2次再審請求の差戻抗告審(再弁書36、38)におけるH2教授らの各証言、再弁書22、25、343、367等)cH4教授の見解 1年以上みそ漬けされた衣類に付着した血痕に赤みが残らないとのH2教授らの見解は支持できる。ヘモグロビンは、生体内で機能するものなので、生体外に出て、その環境が変性条件となれば直ちに変性する。血痕が乾燥する過程においても、赤血球が体外に出て溶血し、乾燥すれば、ヘモグロビンの変性やそれに伴うヘムの遊離が起こることは、普通に考えられる。さらに、みそ漬け環境の低いpHと高い塩分濃度は、ヘモグロ ビンの変性を非常に加速させ、ヘムを遊離させやすくする。ヘモグロビンが変性した場合、ヘムを酸化から守るグロビンたんぱく質の機能が失われるので酸素親和性が高まり、ヘムのみとなった場合は、更に酸素親和性が高まる。そして、ヘモグロビンの酸化反応の解析によれば、その酸化速度を決定する因子はpHであることが示されており、みそ漬け環境下のような低いpHでは、赤血球内のpHに比べて100倍程度、変性したヘ モグロビンであれば1000倍程度、ヘムだと100万倍程度の速さで酸化反応は進行 Hであることが示されており、みそ漬け環境下のような低いpHでは、赤血球内のpHに比べて100倍程度、変性したヘ モグロビンであれば1000倍程度、ヘムだと100万倍程度の速さで酸化反応は進行- 58 -する。このようなヘモグロビン及びヘムの酸化等の速度によれば、醸造中のみその低い酸素濃度を踏まえても、1年以上みそ漬けされた血痕のヘム、ヘモグロビンが赤みを持った還元型の状態であることはあり得ず、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕には赤みは残らないといえる。また、血痕と血液は状態が違い、化学反応の速度も異なるが、血痕のように固体になっていても水分はその内部まで浸透し、溶存酸素を含んだ水分がヘ モグロビンのヘム鉄まで到達することが可能となり、ヘモグロビン又はヘムは酸化するので、周囲に水分があれば血痕が褐色化するというH2教授らの見解は科学的に正しい。 (H4教授の再審公判における証言、再甲232、再弁書30、40、344等)d 検討以上の各知見を前提に、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残るか否かを検 討する。 まず、H8教授ら及びH2教授は、いずれも豊富な経験を有する法医学の専門家、H3助教は法医学及び化学の専門家であり、また、H4教授は、ヘモグロビン等のヘムを含むたんぱく質の機能、構造及び反応等について研究する化学の専門家であって、いずれの者も専門家としての十分な資質や能力を有している。そこで、上記の各見解の内容 について具体的に検討すると、H2教授らは、みそ漬けされた衣類に付着した血痕は、前記の化学的機序によって、みそ漬けから約半年で黒茶褐色から黒褐色の色調に変化するとの見解を述べている。このようなH2教授らの見解は、生体外の血液又は血痕が通常赤みを失って茶褐色から黒色を帯びた色調に変化する 的機序によって、みそ漬けから約半年で黒茶褐色から黒褐色の色調に変化するとの見解を述べている。このようなH2教授らの見解は、生体外の血液又は血痕が通常赤みを失って茶褐色から黒色を帯びた色調に変化するという経験則や、メイラード反応を含めたみそ漬けされた血痕が黒褐色化する化学反応の速度に関する専門的知見及び 経験則等を踏まえたものと考えられる。もっとも、H2教授らの見解は、ヘモグロビンの変性、酸化、メイラード反応等によって赤みが消失するという化学反応が、みそ漬けから約半年又は1年以内に生じることについて、十分な根拠を示しているとはいい難い。 H2教授ら又はH3助教が実施した各実験(再弁書22、25、367等)をみても、各実験の結果は、いずれも低いpHや高い塩分濃度の条件下で血液又は血痕が黒褐色化す る化学的機序を的確に裏付けるものではあるものの、みそ漬け環境下において約半年又- 59 -は1年以内に血痕に化学反応が生じて赤みが消失することまでを直ちに裏付けるものとはいえない。 しかし、H4教授は、みそ漬け環境下における低いpHと高い塩分濃度がヘモグロビンの変性等を非常に加速させ、変性したヘモグロビンの酸素親和性が高まり、低いpHがヘモグロビン及びヘムの酸化速度を加速させるというみそ漬け環境下におけるヘモグ ロビンの変性、ヘム及びヘモグロビンの酸化等の速度に照らし、1年以上みそ漬けされた血痕のヘム及びヘモグロビンが赤みを持つ還元型の状態であることはあり得ないとの見解を述べており、このような化学反応の速度に関する見解を否定する専門的知見は見当たらない。そして、このようなヘモグロビンの変性、ヘム及びヘモグロビンの酸化等の速度を踏まえたH4教授の上記見解は、これらの化学反応がみそ漬けから約半年後ま でに相応に進行することを前提 見当たらない。そして、このようなヘモグロビンの変性、ヘム及びヘモグロビンの酸化等の速度を踏まえたH4教授の上記見解は、これらの化学反応がみそ漬けから約半年後ま でに相応に進行することを前提としたH2教授らの上記見解の判断過程や、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕に赤みが残らないとのH2教授らの見解の結論を強く支えるものといえる。さらに、検察官請求証人であるH7教授も、自身のヘモグロビンを扱った研究や法医学者としての豊富な経験等に基づき、一般論として、1年以上みそ漬けされた衣類の血痕には赤みが残らないと証言しており、これもH2教授らの上記見解と整合 する。 以上に加え、弁護人らが実施した各種実験及びH11実験の結果、約1年以上みそ漬けされた血痕に赤みが残らず、また、赤みが残りやすい手法が採られた令和3年度実験においても、1年前後の長期にわたってみそ漬けされた血痕に赤みが残る結果が確認されなかったことは、H2教授ら及びH4教授の上記各見解を強く裏付けるものである。 他方で、H8教授は、前記のとおり、血痕の乾燥の程度や醸造中のみその酸素濃度の程度によっては、化学反応が起こらなかったり、化学反応の速度が遅くなったりして、1年以上みそ漬けされた場合であっても血痕に赤みが残る可能性があるとの見解を述べ、H5教授(再甲188、230)、H6教授(再甲191、231)もおおむね同旨の見解を述べている。 そこで、まず、血痕の乾燥の程度が血痕の黒褐色化に与える影響について検討する。 - 60 -液体である血液と比較した場合に固体である血痕の方が化学反応が遅くなるといえるものの、H2教授ら及びH4教授は、血液が血痕化する過程においても、ヘモグロビンの変性やヘムの遊離、ヘモグロビン及びヘムの酸化等は進むから、血痕の乾燥は必ず である血痕の方が化学反応が遅くなるといえるものの、H2教授ら及びH4教授は、血液が血痕化する過程においても、ヘモグロビンの変性やヘムの遊離、ヘモグロビン及びヘムの酸化等は進むから、血痕の乾燥は必ずしも血痕の黒褐色化を遅滞させる要因とならない上、血痕であっても水分が到達すればヘモグロビンの変性、酸化等の化学反応は進行するので、1年以上みそ漬けされた場合に 血痕の乾燥の程度は結論に影響を与えない旨の見解を述べており、上記見解は、血痕が黒褐色化する化学的機序等に照らして十分に合理性を有している。そして、血痕であっても水分が到達すれば上記の化学反応が進行して血痕が黒褐色化することは、H3助教がサラシ又はメリヤス編みの生地に血痕を作製して実施した各実験の結果によっても裏付られている(再弁書25、367)。以上によれば、血痕の乾燥の程度は、必ずしも血 痕の黒褐色化を遅滞させるとはいえず、1年以上みそ漬けした場合において、血痕の黒褐色化を妨げる要因とはならないものと考えられる。 次に、醸造中のみその酸素濃度の程度が血痕の黒褐色化に与える影響を検討する。 ヘモグロビンの酸化速度は、その酸素濃度に依存するので、醸造みその低い酸素濃度は、血痕の黒褐色化を遅滞させる要因となるものと認められる。しかし、醸造みそが低 い酸素濃度であっても、みその醸造過程において、みその原料等に血痕中の全てのヘモグロビンを酸化させるに必要な酸素が存在する上、H4教授は、醸造中のみその低い酸素濃度を十分踏まえた上で、ヘモグロビンの変性及びヘモグロビン、ヘムの酸化等の速度を考慮すれば、1年以上みそ漬けされた場合に、血痕のヘム、ヘモグロビンが赤みを保持した還元型の状態であることはあり得ないとの見解を述べており、このような化学 反応の速度に関する見解を否定する専門 考慮すれば、1年以上みそ漬けされた場合に、血痕のヘム、ヘモグロビンが赤みを保持した還元型の状態であることはあり得ないとの見解を述べており、このような化学 反応の速度に関する見解を否定する専門的知見は見当たらない。そうすると、H4教授の上記見解等に照らせば、醸造中のみその低い酸素濃度は、少なくとも1年以上みそ漬けした場合に、血痕の黒褐色化を妨げる要因とはならないものと考えられる。このことは、血痕のみそ漬け実験の結果(前記)、低い酸素濃度の醸造みそに漬けられた血痕が1年以内に黒褐色化したことにも裏付けられている。これに対し、H8教授らは、麹菌 の影響により、2週間から3週間よりも短期間で酸素が消費し尽くされ、醸造中のみそ- 61 -内部の酸素がほとんどない状態となる可能性があるとの見解を述べるが、一つの可能性を指摘するにとどまる見解である上、液体である醤油もろみに関する知見を基にした見解であって、これが半固体であるみその醸造に関しても妥当するという専門家による知見や資料は見当たらないから、上記の見解をもって、みそ醸造の過程で血痕の黒褐色化を妨げる要因となる程度に酸素濃度が低下するとは認められない。 その他、H8教授らは、みそ中の微生物による影響等を述べるが、いずれも可能性を指摘するにとどまる。 以上によれば、H8教授らが指摘する血痕の乾燥や醸造みその低い酸素濃度等の影響を考慮しても、1年以上みそ漬けされた着衣の血痕に赤みが残ることは通常想定し難いといえる。もっとも、H8教授らの見解等をも踏まえて検討すると、例えば、乾燥した 血痕に水分が浸透しない条件下でみそ漬けされた場合や、通常のみそ醸造過程で想定されないような極めて低い酸素濃度下で血痕がみそ漬けされた場合等において、1年以上みそ漬けされた血痕に赤みが残る可能 血痕に水分が浸透しない条件下でみそ漬けされた場合や、通常のみそ醸造過程で想定されないような極めて低い酸素濃度下で血痕がみそ漬けされた場合等において、1年以上みそ漬けされた血痕に赤みが残る可能性は否定できない。したがって、1年以上みそ漬けされた着衣の血痕があらゆる条件下において赤みを消失するとまではいえない。 e 小括 以上の検討によれば、前記のH2教授ら及びH4教授の各見解並びにこれを裏付けるH7教授の見解及びみそ漬け実験の結果等に照らし、通常、1年以上みそ漬けされた着衣の血痕に赤みが残るとは認められず、かえって、1年以上みそ漬けされた血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。もっとも、H8教授らの見解等を踏まえると、1年以上みそ漬けされた着衣の血痕があらゆる条件下において赤みを消失するものとま ではいえず、1号タンクに1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕が赤みを失うか否かを判断するに当たっては、証拠によって認定できる5点の衣類の状況、1号タンクの醸造条件等の本件の具体的な事実関係等をも踏まえ、5点の衣類の血痕が赤みを失って黒褐色化することを妨げる事情があるか更に検討する必要がある。 1号タンク内で1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残るか 否か等- 62 -そこで、H8教授らの見解等も踏まえつつ、5点の衣類の状況、1号タンクの醸造条件等の本件の具体的な事実関係に照らし、5点の衣類の血痕が赤みを失って黒褐色化することを妨げる事情があるか検討する。 まず、5点の衣類の血痕の乾燥の程度及び血痕への水分の浸透の程度等によって、血痕の黒褐色化が妨げられた可能性を検討する。 5点の衣類が本件の犯行着衣であり、本件犯行後に1号タンク内に隠匿されたとすれば、本件事件が発生 燥の程度及び血痕への水分の浸透の程度等によって、血痕の黒褐色化が妨げられた可能性を検討する。 5点の衣類が本件の犯行着衣であり、本件犯行後に1号タンク内に隠匿されたとすれば、本件事件が発生した昭和41年6月30日から1号タンクに新たなみそ原料が仕込まれた同年7月20日までの約20日間となる。もっとも、同年6月30日に多数の刺切創がある被害者ら4名の遺体が発見されて本件の捜査が開始され、同年7月4日に本件工場の捜索等が実施されたという本件の捜査経過等に鑑みると、本件事件発生直後以 外の時間帯に、本件犯行の犯人が、捜査機関により犯行着衣が発見されていないにもかかわらず、警察官や従業員らに発覚する危険を冒して、本件事件との関係性が疑われていた本件工場の1号タンク内に、犯行着衣を隠匿するとは考え難い。したがって、5点の衣類が上記の間に隠匿されたと仮定すると、本件事件発生直後である可能性が非常に高いといえる。そして、5点の衣類が本件事件発生直後に1号タンクの醸造みそ内に隠 匿されたとすれば、水分を約50%含む醸造みそに覆われ、麻袋に丸めて入れられた5点の衣類の状況等に照らし、新たにみそ原料が仕込まれるまでの約20日間に、その血液又は血痕の乾燥が十分進行したとは考えられない。したがって、5点の衣類の血痕が十分に乾燥した状態でみそ原料に漬け込まれたとの想定は、困難であるといわざるを得ない。また、みそ原料にもみそと同程度の水分が含まれているところ(再甲241)、H 4教授及びH3助教は、これを前提に、約8tのみそ原料が仕込まれた場合、1号タンク底部に入れられた5点の衣類は、みそ原料の圧力等によってみそ原料に含まれる水分が浸透した状態にあった旨の見解を述べており、上記の見解は合理的で十分信用できる。 したがって、5点の衣類の血痕は 号タンク底部に入れられた5点の衣類は、みそ原料の圧力等によってみそ原料に含まれる水分が浸透した状態にあった旨の見解を述べており、上記の見解は合理的で十分信用できる。 したがって、5点の衣類の血痕は、同年7月20日及び同年8月3日に合計約8tのみそ原料が仕込まれた後、みそ原料の水分が十分に浸透し得る状況にあったといえる。さ らに、みその発酵が進行すると液体であるたまりが発生し、たまりは、重石が乗せられ- 63 -ることで醸造中のみそ上部と下部にムラの少ない状態で存在するので(再甲241)、5点の衣類の血痕は、醸造過程で生成されるたまりによっても水分が十分に浸透し得る状態にあったといえる。現に、5点の衣類の発見当時の状況をみると、麻袋は、袋全体が濡れてじめじめし、持ち上げると焦げ茶色の汁が垂れており、その中に入っていた5点の衣類もいずれも濡れた状態で、麻袋も含めた重量は合計約7.2kgであって、相当 量の水分を含んでいたことが認められる。 以上によれば、5点の衣類が血痕の乾燥が十分進んだ状態でみそ原料に漬け込まれたとは想定し難く、仮に血痕の乾燥が進んだ状態であったとしても、1号タンク内の5点の衣類の血痕には、みそ原料やたまりの水分が十分に到達、浸透し得る状況であったといえる。したがって、5点の衣類の血痕の乾燥の程度や血痕への水分の浸透の程度が血 痕の黒褐色化を妨げる要因になったとは認められない。 次に、1号タンク底部の低い酸素濃度によって、5点の衣類の血痕の黒褐色化が妨げられた可能性について検討する。 1号タンクは、深さ約1.6mのコンクリート製のタンクであり、醸造中のみその嫌気度は、空気と接している上部よりも遠い下部の方が高いから(再甲193)、5点の衣 類が隠匿されていた1号タンク底部は、その上部との比較にお 6mのコンクリート製のタンクであり、醸造中のみその嫌気度は、空気と接している上部よりも遠い下部の方が高いから(再甲193)、5点の衣 類が隠匿されていた1号タンク底部は、その上部との比較において酸素濃度が低い状態であったと考えられる。しかし、半固体のみその酸素濃度の厳密な数値は不明であるが、H4教授は、同じく酵母が酸素を消費する清酒の酸素濃度に関する文献上の記載を参考に、仮に、醸造中のみそが清酒と同じ5ppb程度の低い酸素濃度であったとしても、みそ醸造下におけるヘモグロビンの変性、ヘム及びヘモグロビンの酸化等の速度に照ら し、1年以内に酸化が進行する旨の見解を述べており、このような化学反応の速度に関する見解を否定する専門的知見は見当たらない。また、半固体で気体を含む醸造みその酸素濃度が均一な液体である清酒よりも低いことを示す専門的知見が見当たらないことに加え、1号タンクは、板で蓋をされて重石が乗せられ、みそ原料の仕込み時にみそを踏む作業がされるなどしていたとはいえ、上部が空気と接する状態であり、深さも約1. 6mにとどまることも考慮すれば、1号タンク底部の酸素濃度が、清酒の上記酸素濃度- 64 -に比較して低い状態にあったとは認められない。その上、5点の衣類に付着した血痕は、1号タンク内にみそ原料が仕込まれるまでの約20日間は、1号タンク内外の酸素が十分存在する環境に置かれていたと考えられるから、その間にも血痕のヘモグロビン又はヘムの酸化は相応に進行したものと認められる。加えて、みそ原料が仕込まれた後も、酸素濃度の低下はみその酵母菌が酸素を消費することによって徐々に生じるのであっ て、みそ醸造の研究者によれば、人為的に25から30度程度に温度管理して発酵・熟成を行う温醸では、酸素が消費されて嫌気的な環境になるまで の酵母菌が酸素を消費することによって徐々に生じるのであっ て、みそ醸造の研究者によれば、人為的に25から30度程度に温度管理して発酵・熟成を行う温醸では、酸素が消費されて嫌気的な環境になるまでは、2から3週間、長くて約1か月程度を要するとされていることから(再甲241)、1号タンクにみそ原料が仕込まれてから約1か月の間にも非嫌気的な環境で血痕のヘモグロビン又はヘムの酸化が進行したものと考えられる。 以上によれば、1号タンク底部は、その上部よりも低い酸素濃度であったとはいえるものの、5点の衣類の血痕は、醸造みその発酵が進んで1号タンク内が低い酸素濃度となるまでの間に、黒褐色化に至る化学反応が相応に進行していたといえる上、発酵が進んで嫌気的な環境となった後も、1年以上みそ漬けした場合に血痕の黒褐色化を妨げる程度に低い酸素濃度下にあったとは認められない。したがって、1号タンク底部の低い 酸素濃度が5点の衣類の血痕の黒褐色化を妨げる要因となったとは認められない。 さらに、1号タンク内のみそ醸造の条件等がメイラード反応を抑制したことによって、血痕の黒褐色化が妨げられた可能性を検討する。 本件事件当時の駿河地域は、赤みそであっても色の濃くない淡色のみそが好まれる地域であったところ、温度が上がりにくい天然醸造であるなどの1号タンクの醸造条件や 当時の従業員らの供述等によれば、1号タンク内のみそは、赤みそとしては淡い黄褐色系の色合いであったと認められる(再甲49、50から58まで等)。そうすると、1号タンク内のみそには、褐色のメラノイジンが大量に生成されるようなメイラード反応は生じていなかったといえるものの、他方で、赤みそとしては淡い色合いであったとはいえ、1年以上の長期間醸造されたことでみそが熟成していたといえること、発見 イジンが大量に生成されるようなメイラード反応は生じていなかったといえるものの、他方で、赤みそとしては淡い色合いであったとはいえ、1年以上の長期間醸造されたことでみそが熟成していたといえること、発見時の麻 袋から焦げ茶色の汁が垂れていたことも併せ考慮すれば、1号タンク内のみそにもメイ- 65 -ラード反応が生じてメラノイジン等が相応に生成されていたと認められる。したがって、みそと同一の環境下にある5点の衣類の血痕に対するメイラード反応も生じており、褐色のメラノイジン等が相応に生成される状況にあったと考えられる(再甲169、170、再弁書21)。 以上によれば、1号タンク内の醸造条件等を考慮しても、1号タンクに1年以上みそ 漬けした場合の5点の衣類の血痕には、メイラード反応によって褐色のメラノイジン等が相応に生成されており、その他の物質との混色が進んでいたものと考えられる。したがって、1号タンク内のみそ醸造の条件等が5点の衣類の血痕の黒褐色化を妨げる要因となったとは認められない。 以上の検討によれば、5点の衣類の状況、1号タンクの醸造条件等の本件の具体的な 事実関係を踏まえても、5点の衣類の血痕が赤みを失って黒褐色化することを妨げる事情があったとはいえない。したがって、1号タンク内で1年以上みそ漬けした5点の衣類に赤みが残るとは認められず、かえって、5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合は、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。 検察官の主張 これに対する検察官の主張は、おおむね、H8教授らの見解に基づき、H2教授ら及びH4教授の各見解には根拠がなく、1年以上みそ漬けされた血痕に赤みが残る現実的な可能性が残るというものであり、H8教授らの見解も踏まえた前記の検討によれば、 H8教授らの見解に基づき、H2教授ら及びH4教授の各見解には根拠がなく、1年以上みそ漬けされた血痕に赤みが残る現実的な可能性が残るというものであり、H8教授らの見解も踏まえた前記の検討によれば、理由がないことは既に説示したとおりである。もっとも、前記の検討において明示的に触れていない点について、以下、補足して検討する。 まず、検察官は、検察官の本件主張①から③までに係る間接事実を総合すれば、被告人が本件犯行の犯人であることが強力に推認されるから、1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残るとの可能性が否定されない限り、5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号タンク内に隠匿された可能性は否定されず、被告人が犯人であることの認定に合理的な疑いが生じることはないと主張する。 しかし、被告人の犯人性が強く推認されるのは、5点の衣類が本件の犯行着衣であり、- 66 -かつ、被告人が本件犯行後に1号タンク内に5点の衣類を隠匿したとの事実が認められた場合の結果にすぎず、犯人性の推認の前提となる上記各事実の認定に当たり、1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残ることが合理的な疑いを差し挟む余地がない程度に証明される必要があるところ、赤みが残るとは認められないことは前述のとおりである。したがって、検察官の上記主張は採用できない。 次に、検察官は、H4教授は、第2次再審請求の差戻抗告審において、清酒を使った実験では酸素濃度が0.1%程度になるとの報告があった旨を証言したが、清酒の酸素濃度が0.1%になるとの実験結果等は存在しない上、H4教授が上記証言の趣旨につき当初の酸素濃度から0.1%程度になる旨を述べたものであると説明したことも不自然、不合理であるなどと主張する。 しかし、H4教授の証言は、飽くまで清 しない上、H4教授が上記証言の趣旨につき当初の酸素濃度から0.1%程度になる旨を述べたものであると説明したことも不自然、不合理であるなどと主張する。 しかし、H4教授の証言は、飽くまで清酒の液体中の酸素濃度を気体の酸素濃度に置き換えた目安として述べられたものであることが証言自体から明らかである上、清酒の酸素濃度5ppb(検出器の誤差を踏まえて相対的に誤差の小さな値を使用したもの)を水の飽和溶存酸素濃度8ppmで除すれば約0.07%となるから、目安として誤りとまではいえず、また、H4教授の専門的知見に基づく上記見解の合理性とも無関係で あるから、検察官の上記主張は揚げ足取りの感が拭えず、H4教授の上記見解の核心部分の信用性を左右するものではない。以上のほか、検察官は、H4教授の証言が信用できない旨るる主張するが、H4教授の上記見解自体の不合理性を指摘することも、これを否定する専門的知見を提示することもできておらず、検察官の主張にはH4教授の上記見解の合理性に影響を与え得るようなものは含まれていない。以上によれば、検察官 の主張を踏まえても、H4教授の上記見解は十分信用できるといえる。 さらに、検察官は、1号タンク底部の酸素濃度は0.01%未満であった可能性があるところ、酸素濃度とヘモグロビンの酸化反応の速度が比例することを前提とすれば、酸素濃度が大気中の20%から200分の1になると、単純計算で、大気中で3日間を要するヘモグロビンの酸化反応は600日を要することになり、このことは、酸素濃度 によって5点の衣類に赤みが残る可能性があることを示唆するものであると主張する。 - 67 -しかし、1号タンク底部の酸素濃度が0.01%未満であったとは認められない上、検察官の上記主張は、未変性のヘモグロビンの酸化速度を前 る可能性があることを示唆するものであると主張する。 - 67 -しかし、1号タンク底部の酸素濃度が0.01%未満であったとは認められない上、検察官の上記主張は、未変性のヘモグロビンの酸化速度を前提としたものであって、みそ漬け環境下においてヘモグロビンが容易に変性し、変性したヘモグロビンの酸素親和性が高まることなどは前記のとおりであるから、試算としても参考になるものではない。 加えて、検察官は、多くの試料に赤みが残る結果が確認された令和3年度実験の結果 は、条件によって5点の衣類の血痕にも赤みが残る可能性があることを示唆するものであると主張する。 しかし、前記のとおり、令和3年度実験において1年前後の長期間みそ漬けされた試料に赤みが残ったものがあったとは認められないから、検察官の上記主張は前提を欠く。 また、令和3年度実験は、5点の衣類が1号タンク内でみそ漬けされた状況を精密に再 現するものではなく、条件の差による影響の有無、程度を観察するなどの趣旨で実施されたものであって、1号タンクとはみそ量、血痕に触れる水分の量及び酸素濃度等の条件が大きく異なるから、仮に、個別の試料に赤みが残る結果があったとしても、直ちにその結果が5点の衣類の血痕に赤みが残る可能性を示唆するなどとはいえない。 小結 以上によれば、1号タンク内で1年以上みそ漬けした5点の衣類に赤みが残るとは認められず、かえって、5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合には、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。 ウ 5点の衣類の生地の色調次に、5点の衣類の生地の色調が1年以上みそ漬けされたものとして不自然であるか 否かを検討する。従業員らの上記供述等によれば、5点の衣類の生地は、その発見当時、みそで薄茶色に染まっ 地の色調次に、5点の衣類の生地の色調が1年以上みそ漬けされたものとして不自然であるか 否かを検討する。従業員らの上記供述等によれば、5点の衣類の生地は、その発見当時、みそで薄茶色に染まっていたことが認められる。 しかし、前記のとおり、1号タンク内のみそは赤みそとしては淡い黄褐色系の色合いであったから、5点の衣類の生地が薄茶色であったことが直ちに不自然とはいえない。 また、1号タンク内には約160kgの残存みそがあり、残存みそが濃い色であった可 能性は否定できないものの、醸造の専門家であるH21は、残存みそに大量の仕込みみ- 68 -そを投入した場合、仕込みみそのたまりが残存みそに染み込み、残存みそは仕込みみそと同じ濃さの色になるとの見解を述べており(再甲154)、この見解の信用性に疑いを入れる点はない。したがって、1号タンク内の残存みそが濃い色合いであったとしても、醸造の過程でたまりが染み込み、淡い黄褐色系の色合いに染まるものと考えられる。 これに対し、弁護人は、5点の衣類のカラー写真に基づき、発見当時の5点の衣類の 生地の色は薄いベージュか薄茶色であり、1年以上みそ漬けされたものとして不自然であると主張する。しかし、5点の衣類のカラー写真に基づき、その色調を認定することに限界があることは、前記のとおりである。 また、弁護人は、1号タンク内のみそは仕込みから1年2か月が経過しており、再現仕込み味噌󠄀・味噌󠄀漬け実験報告書(再弁書3)、H11実験及び令和3年度実験のみその 色からしても相当に褐変が進行していたといえるから、生地の色が相当濃い茶色に染まっていなければ不自然であると主張する。しかし、本件会社の元従業員らは、様々な色合いのみその写真を添付した味噌󠄀写真帳(再甲46)に基づき、当時の1号タンク内のみそを 、生地の色が相当濃い茶色に染まっていなければ不自然であると主張する。しかし、本件会社の元従業員らは、様々な色合いのみその写真を添付した味噌󠄀写真帳(再甲46)に基づき、当時の1号タンク内のみそをいずれも淡い色であった旨一致して供述(再甲52から57まで)しており、上記の各供述は、醸造専門家が1号タンク内のみそはその醸造方法に照らして褐色化しに くいとの見解を示していること(再甲49)と整合する。そうすると、再現仕込み味噌󠄀・味噌󠄀漬け実験報告書(再弁書3)、H11実験及び令和3年度実験のみその色は、1号タンク内のみそよりも相当濃い色合いであったと認められるから、これらのみその色合いと5点の衣類の生地の色合いを比較することは相当でない。 以上によれば、弁護人の上記主張を踏まえて検討しても、5点の衣類の生地の色調は、 その血痕の色調とは異なり、1年以上みそ漬けされたものとして不自然でないといえる。 エ検討5点の衣類の血痕等の色調による合理的な疑い前記のとおり、5点の衣類の血痕は、全体として、観察者に対し、茶褐色、黒褐色系の印象を与える色調であったものの、白ステテコには濃赤色又は赤紫色等の相応に強い赤 みを感じさせる血痕が付着しており、その他の衣類にも赤みを感じさせる血痕が付着し- 69 -ていたと認められる。他方で、1号タンク内で1年以上みそ漬けした5点の衣類に赤みが残るとは認められず、かえって、5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合には、血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。そうすると、5点の衣類に赤みを感じさせる血痕が付着していたことは、5点の衣類が、新たなみそ原料が仕込まれる昭和41年7月20日以前に1号タンク内に入れられたものではなく、その発 見に近い時期に、身柄を拘束さ の衣類に赤みを感じさせる血痕が付着していたことは、5点の衣類が、新たなみそ原料が仕込まれる昭和41年7月20日以前に1号タンク内に入れられたものではなく、その発 見に近い時期に、身柄を拘束されていた被告人以外の者によって1号タンク内に入れられたものであることを示しており、5点の衣類が本件の犯行着衣であることなどの前記推認に合理的な疑いを差し挟むものである。 そして、5点の衣類の血痕の色調により、5点の衣類が本件の犯行着衣ではないという疑いが合理的なものに高まったことに鑑みると、5点の衣類が1号タンクから発見さ れた事実自体が、上記の疑いを更に強めているといえる。すなわち、健全な社会常識に照らせば、強盗殺人を伴う本件犯行において、放火の犯行動機に強盗殺人の証拠隠滅の意図が含まれることは否定できず、実際に、D方の家屋はほぼ全焼している上、犯行着衣の一部である本件雨合羽や凶器の一部である本件くり小刀はD方の中庭で発見されている。それにもかかわらず、犯人が、犯行着衣をD方から持ち出しつつ、Dが専務取締 役を務める本件会社の、しかも、そのD方裏出入口と直線距離で31.8mしか離れていない本件工場の1号タンク内に敢えて犯行着衣を隠匿するということ自体、不自然で不合理な行動といわざるを得ない。そうすると、5点の衣類が1号タンクから発見されたという事実は、5点の衣類が犯行着衣ではないという上記の合理的疑いを差し挟む余地を更に強めているといえる。 以上のとおり、被告人以外の者が5点の衣類をその発見に近い時期に1号タンク内に隠匿したとすると、5点の衣類は、犯人が本件犯行時に着用していた犯行着衣でないと認められる。 捜査機関による5点の衣類のねつ造の可能性5点の衣類が本件の犯行着衣でない以上、5点の衣類は、何者かによってね すると、5点の衣類は、犯人が本件犯行時に着用していた犯行着衣でないと認められる。 捜査機関による5点の衣類のねつ造の可能性5点の衣類が本件の犯行着衣でない以上、5点の衣類は、何者かによってねつ造され たものと考えるほかない。真犯人又はその関係者によるねつ造の可能性も想定されるが、- 70 -捜査機関以外の者が、犯行着衣を加工し、その発見に近い時期に1号タンク内に隠匿するといった事態はおよそ想定し難く、5点の衣類を犯行着衣としてねつ造した者としては、事実上、捜査機関の者以外に想定することができない。 そこで、捜査機関が5点の衣類のねつ造に及ぶことを現実的に想定し得る状況であったか検討する。 確定第1審では、被告人は、捜査機関による非人道的な取調べによって本件犯行を自白して起訴されたが、第1回公判期日で否認に転じており、検察官としては、公判での有罪の立証活動にかなりの困難が伴うことが想定されていた上、5点の衣類が発見される前の証拠関係をみると、被告人が本件犯行の犯人であるとすれば整合する程度の限定的な証明力を有するにすぎない情況証拠しか存在せず、しかも、被告人の自白は、非人 道的な取調べによって得られた任意にされたものでない疑いのあるもので、J1警部(昭和43年1月19日実施・確6冊2284丁)やK1検察官(昭和43年2月29日実施・確7冊2583丁)の各証人尋問も不可避の状態にあった。そうすると、5点の衣類を除く当時の証拠関係によれば、被告人が無罪となる可能性は否定できない状況にあったといえるが、被告人の有罪を確信して本件捜査に臨んでいた捜査機関において、被 告人が無罪となることが到底許容できない事態であったことが優に認められる。以上のような本件の証拠関係等によれば、捜査機関が、被告人の有罪を決定付けるた 本件捜査に臨んでいた捜査機関において、被 告人が無罪となることが到底許容できない事態であったことが優に認められる。以上のような本件の証拠関係等によれば、捜査機関が、被告人の有罪を決定付けるために5点の衣類のねつ造に及ぶことは、現実的に想定し得る状況にあったといえる。 以上のとおり、5点の衣類を犯行着衣としてねつ造した者としては捜査機関の者以外に事実上想定できず、捜査機関において5点の衣類のねつ造に及ぶことを現実的に想定 し得る状況にあったことに加え、次の検察官の主張の中で検討するK1検察官による臨機応変かつ迅速な主張・立証活動との連携も併せ考慮すれば、5点の衣類は、本件犯行とは関係なく、捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、その発見から近い時期に1号タンク内に隠匿されたねつ造の証拠であると認められる。 検察官の主張 検察官は、捜査機関による5点の衣類のねつ造は非現実的で実行不可能なものである- 71 -と主張するので、検討する。 まず、検察官は、被告人が本件事件前に着用していた衣類に酷似し、使用感があり、販売ルートが整合する5点の衣類を用意した上で、被告人が実際に着用していた5点の衣類に類似する衣類を処分することは不可能又は著しく困難であると主張する。 しかし、検察官の主張を踏まえても、前記の状況にあった捜査機関において、5点の 衣類を用意すること等が物理的に不可能又は著しく困難であったとまではいえない。また、捜査機関は、昭和41年7月4日に被告人が当時居住していた本件工場の従業員寮の捜索等を実施しており、被告人の着衣を把握していたと認められる上、被告人が同年8月18日に逮捕されて以降、被告人の着衣を管理していた者はいなかったのであるから、被告人の荷物が同年9月27日頃に被告人の実 等を実施しており、被告人の着衣を把握していたと認められる上、被告人が同年8月18日に逮捕されて以降、被告人の着衣を管理していた者はいなかったのであるから、被告人の荷物が同年9月27日頃に被告人の実家に送付されるまでの間に、実際の 被告人の衣類を入手し、ねつ造に及んだ可能性も十分に認められる。そして、捜査機関が実際の被告人の衣類を用いてねつ造に及んだとすれば、昭和42年9月12日に被告人の実家から発見された端切れは、鉄紺色ズボンの実際の共布であったというだけであって、検察官が主張するように、被告人の実家から端切れが発見されたことの説明が不可能であるとか、端切れに関するPの供述や証言の内容を説明することが著しく困難で あるということはなく、また、警察が5点の衣類の販売ルートの解明に努めたことも当然の成り行きとして理解できる。その上、捜査機関が実際の被告人の衣類を用いてねつ造に及んだとすれば、事後に矛盾点が露呈してねつ造が発覚するなどの危険性も極めて低い。以上によれば、捜査機関において、5点の衣類をねつ造することが物理的に不可能又は著しく困難であったとはいえない。 次に、検察官は、5点の衣類を1号タンク内に隠匿するには、みその取出し作業が開始されて以降の限られた期間内に本件会社側の協力を得て行う必要があるが、醸造中のみそタンク内から血痕が付着した犯行着衣が発見された場合には本件会社の経済的打撃が大きく、その従業員の協力を得ることは著しく困難であると主張する。 しかし、本件工場の北側出入口は操業時は施錠されておらず、従業員以外の者も出入 りできる状況であって、少なくとも本件事件当時は、夜間も門とくぐり戸に打ち付けら- 72 -れた釘にひもを掛ける程度の施錠しかされていなかったから、捜査機関において、他の従業員に気付 出入 りできる状況であって、少なくとも本件事件当時は、夜間も門とくぐり戸に打ち付けら- 72 -れた釘にひもを掛ける程度の施錠しかされていなかったから、捜査機関において、他の従業員に気付かれずに1号タンク内に5点の衣類を隠匿することも可能であったといえる。したがって、5点の衣類の隠匿等に本件会社の従業員の協力が不可欠であったとはいえない。また、従業員の利害は本件会社の経済的利益と必ずしも一致するものではないから、本件会社に経済的打撃が生じることをもって、直ちにその従業員の協力を得る ことが著しく困難であったともいい難く、従業員の協力を得た上で限られた期間内に5点の衣類を隠匿する可能性も否定できない。 さらに、検察官は、5点の衣類が犯行着衣であることは、パジャマを着用して犯行に及んだ旨の被告人の自白と矛盾するもので、当時の検察官の立証方針に反するものであると主張する。 しかし、5点の衣類が発見された当時の証拠関係や被告人の取調べ状況を考慮すると、被告人の自白が任意にされたものでない疑いのあるもので、証拠として排除され、被告人が無罪となる可能性が否定できない状況にあったのであるから、被告人の自白と矛盾し、検察官の当初の立証方針に沿わないとしても、捜査機関が被告人の有罪を決定付けるために5点の衣類のねつ造に及ぶことは、現実的に想定し得る状況にあったといえる。 しかも、K1検察官は、昭和42年8月31日に5点の衣類が発見された後、同年9月5日の第16回公判期日において、次回期日が同年11月17日と指定されていたにもかかわらず、同年9月11日には、5点の衣類が本件犯行時に被告人が着用していた着衣であるとして、5点の衣類を含む証拠物とその証拠物を発見した従業員2名及び警察官1名の証人を証拠請求するとともに、1号タンク等 ず、同年9月11日には、5点の衣類が本件犯行時に被告人が着用していた着衣であるとして、5点の衣類を含む証拠物とその証拠物を発見した従業員2名及び警察官1名の証人を証拠請求するとともに、1号タンク等の現場検証を申請し、同月12日 に急きょ期日指定された同月13日の第17回公判期日において、犯行着衣をパジャマから5点の衣類に変更した冒頭陳述の訂正を行っている(確5冊1633丁から1671丁まで)。このような警察の捜査活動と連携したK1検察官による臨機応変かつ迅速な主張・立証活動を考慮すると、少なくともK1検察官にとって、被告人の自白と矛盾するような当初の立証方針の変更が、その立証活動に支障を来すほどの影響があったとは 到底認められない。 - 73 -以上によれば、検察官の上記主張を踏まえて検討しても、5点の衣類が捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、その発見から近い時期に1号タンク内に隠匿されたねつ造の証拠であるとの上記認定判断は左右されない。 ⑸ DNA型鑑定による合理的疑いの有無ア続いて、DNA型鑑定による合理的疑いの有無、すなわち、白半袖シャツの 損傷状況及び血痕付着状況等に照らし、白半袖シャツの右袖上部には本件犯人の血痕が付着している可能性があるところ、DNA型鑑定によって白半袖シャツの右肩の血痕部分から検出されたDNA型が被告人のDNA型と一致しないと認められ、5点の衣類が犯行着衣であるという前記推認に合理的な疑いが生じ得るか、言い換えれば、5点の衣類等のDNA型鑑定を実施したH1鑑定の結果は、5点の衣類が本件の犯行着衣でなく、 捜査機関によってねつ造された証拠であるとの前記判断を裏付けるものか検討する。 イ H1鑑定の概要H1教授は、5点の衣類の血痕が付着しているとされる部分から 本件の犯行着衣でなく、 捜査機関によってねつ造された証拠であるとの前記判断を裏付けるものか検討する。 イ H1鑑定の概要H1教授は、5点の衣類の血痕が付着しているとされる部分から採取した試料のほか、被害者らの着衣から採取した試料につき、血液細胞を他の細胞と分離して抽出する細胞選択的抽出法を採用した上で、DNA型鑑定を実施した。細胞選択的抽出法は、オーソ 抗Hレクチンを加えた生理食塩水に試料を入れて白血球も含めた血球細胞を凝集させ、遠心分離により比重の重い凝集した血球細胞を沈殿させて抽出液とすることで、血球細胞のみを選択しようとするものである。H1鑑定は、上記各試料(本件試料)から細胞選択的抽出法を用いて血球細胞を抽出した上、アイデンティファイラーキットを用いてPCR増幅(増幅回数は28回)し、STR型の判定を行った結果、検出されたアリル の多くが血液由来のアリルであり、白半袖シャツの右肩部分に付着した血液のDNA型が被告人のDNA型と一致しないことが確認されたなどというものである。 (再弁書89、90)ウ H15鑑定の概要第2次再審請求審では、H1鑑定のほか、H15教授によるDNA型鑑定も併せて実 施された。H15鑑定は、本件試料と近接した部位から採取した試料をチューブに入れ、- 74 -たんぱく質分解酵素処理を行ってDNAを抽出し、アイデンティファイラー、ミニファイラー、Yファイラーの3種類のキットを用いてPCR増幅(増幅回数は30回と35回の二通り)をし、STR型の判定を行った結果、一部の座位でアリルが検出されるのみで、全体として再現性を欠くため、検出されたアリルに基づき、個人の異同識別を行うことはできないなどというものである。 (再甲64、65、再弁書91、92)エ でアリルが検出されるのみで、全体として再現性を欠くため、検出されたアリルに基づき、個人の異同識別を行うことはできないなどというものである。 (再甲64、65、再弁書91、92)エ本件試料のDNA型鑑定の困難性 まず、H1鑑定及びH15鑑定がDNA型鑑定を行った本件試料等について検討する。 本件試料を採取した5点の衣類及び被害者らの着衣は、本件事件から40年以上という長期間にわたって常温で保存されていたものである。このような陳旧試料の場合、細菌 や酸素等によってDNAの分解が進行し、断片化することが知られており、室温で保存した場合はDNAの分解はかなり進行するとの見解もある(再甲83、89、135)。 したがって、本件試料は、その保存状況等に照らして、DNAの断片化が相当進行したことがうかがわれる。 また、みそ内は、たんぱく質や麹菌が生成したDNAの分解酵素が存在し、常温で保 管する場合よりもDNAの分解が進む程度が圧倒的に大きい環境にあり、みそから取り出された後も分解酵素や雑菌等による分解が進行する(再甲87、135、154)。したがって、本件試料を採取した5点の衣類は、一定期間みそ漬けされたことで、DNAの断片化が相当進行したものと考えられる。 さらに、DNAは、高温で処理されると分解されて検出困難となり、炭化すると残ら ないとの専門家の意見(再甲87)があるところ、被害者らの着衣は、ほとんど全焼したD方家屋の鎮火後に、D方に横たわっていた被害者らの各遺体の焼け残りから採取されたもので、被害者らの遺体は、混合油で焼かれたこと等により、外表が広範囲にわたって炭化変色した状態にあった。そうすると、被害者らの着衣についても、火災による高温の影響によって、DNAの断片化が相応に進行していたものと考えられる 混合油で焼かれたこと等により、外表が広範囲にわたって炭化変色した状態にあった。そうすると、被害者らの着衣についても、火災による高温の影響によって、DNAの断片化が相応に進行していたものと考えられる。 以上のような5点の衣類及び被害者らの着衣の保管状況に加え、みそ漬けや火災によ- 75 -る高温の影響を考慮すると、5点の衣類又は被害者らの着衣に血液由来のDNAが付着し残存しているとしても、極めて微量で相当劣化したものであったといえる。さらに、5点の衣類及び被害者らの着衣は、第2次再審請求審の40年以上前に発見されて以降、警察官、検察官、参考人、裁判所職員等の多数の者に触れられる機会が数多くあったが、DNA型鑑定を想定した取扱いや保管はされてこなかったものであり、本件試料が外来 物質によって汚染されている可能性は相当程度あるものといえる。 以上のことは、H1鑑定及びH15鑑定の約10年前に実施された5点の衣類及び被害者らの着衣のDNA型鑑定において、一部の座位でアリルが検出されたものの、外来DNAによる汚染等の可能性があり、DNA型の判定はできない旨の鑑定結果が出ていたこととも整合する(再甲62、63、再弁書106、107)。 以上のとおり、本件試料のDNAは、血液由来のDNAが付着し残存しているとしても、極めて微量で相当劣化したものであったといえ、外来DNAによる汚染の可能性も相当程度あるものと認められる。そして、以上のように微量かつ劣化した試料のDNA型検査については、検出されるべきピークが検出されないアリルドロップアウトや本来検出されるはずのない由来不明のアリルが検出されるアリルドロップインが生じたり、 コンタミネーションの危険性が大きくなったり、再現性が乏しくなったりするなどの検査の不安定性や型判定の困 や本来検出されるはずのない由来不明のアリルが検出されるアリルドロップインが生じたり、 コンタミネーションの危険性が大きくなったり、再現性が乏しくなったりするなどの検査の不安定性や型判定の困難性が指摘されている(再甲89等)。 以上によれば、極めて微量で相当劣化した本件試料の特質に照らし、本件試料のDNA型検査は、相当に困難を伴うものであったといえる。 オ本件試料のDNA型検査の不安定性及び困難性 次に、H1鑑定及びH15鑑定の結果によっても、本件試料のDNA型検査の不安定性及び困難性は明らかである。H1鑑定及びH15鑑定におけるDNA型検査をみると、いずれにおいても、アリルが全く検出されない座位が多数ある上、同一座位で再現性があるアリルが検出されたものも極めて少なく、1000RFU(アリルを測定する際の蛍光強度であり、150RFUが標準的な蛍光強度基準である。)を超えるような明瞭な ピークですら再現性が全く見られないなど、極めて微量のDNAしか存在しない試料に- 76 -特徴的なアリルの検出状況が認められた(再甲89)。また、H15鑑定においては、ミトコンドリアDNA型検査が実施されたが、その結果、5点の衣類及び被害者らの着衣からは被害者らと一致するミトコンドリアDNAは全く検出されなかった。ミトコンドリアDNA型検査は、一つの細胞に2コピーしか存在しない核DNAを対象としたSTR型検査に比べ、一つの細胞に1000コピー以上存在するミトコンドリアDNAを対 象とする検査感度が飛躍的に高いもので、微量かつ劣化した陳旧試料の分析に適しているとされる(再甲64、90、92、95)。しかし、上記のとおり、ミトコンドリアDNA型検査の結果、5点の衣類及び被害者らの着衣から被害者らと一致するDNA型が検出されなか 陳旧試料の分析に適しているとされる(再甲64、90、92、95)。しかし、上記のとおり、ミトコンドリアDNA型検査の結果、5点の衣類及び被害者らの着衣から被害者らと一致するDNA型が検出されなかったことは、5点の衣類及び被害者らの着衣に被害者らの血液に由来する検出可能な核DNAが残っていないことを強くうかがわせるものである。 以上のようなH1鑑定及びH15鑑定におけるアリルの検出状況、H15鑑定におけるミトコンドリアDNA型検査の結果等によれば、本件試料のDNA型検査の不安定性及び困難性は明らかといえる。そうすると、本件試料を鑑定したH1鑑定の信用性は、このようなDNA型鑑定の困難性を克服したものといえるかなどの観点から、慎重に検討する必要がある。 カ H1鑑定による本件試料のDNA型鑑定の困難性の克服の可否以上を前提に、H1鑑定が本件試料のDNA型鑑定の困難性を克服したものといえるか検討する。H1鑑定が採用した細胞選択的抽出法は、前記のとおり、オーソ抗Hレクチンを使用して血球細胞を凝集させることなどにより、血液由来の細胞とそれ以外の細胞とを分離、抽出することを目的とするものである。しかし、細胞選択的抽出法は、血 液細胞を選択的に抽出する効果があるか否か等は措くとしても、微量かつ劣化した試料のDNA型検査の困難性を克服してアリルを安定的に検出できる工夫がされたものではない。したがって、H1鑑定において、細胞選択的抽出法が採用されていることにより、本件試料のDNA型検査の困難性が解消又は改善されているとはいえない。また、H1鑑定がPCR増幅回数をキットのマニュアルどおり28回としたこと、PCR阻害物質 の除去性能が高いマックスウェル16を用いたことなども、その効果又は機能等に照ら- 77 -して上記 た、H1鑑定がPCR増幅回数をキットのマニュアルどおり28回としたこと、PCR阻害物質 の除去性能が高いマックスウェル16を用いたことなども、その効果又は機能等に照ら- 77 -して上記の困難性を解消又は改善させるものとはいえない。以上によれば、H1鑑定は、細胞選択的抽出法等を採用したことにより、本件試料から血液由来の細胞をそれ以外の細胞と分離抽出することに成功した上で、微量かつ劣化した本件試料のDNA型検査の困難性を克服したものであるとはいえない。 キ H1鑑定の血液由来のアリルを検出したことを疑わせる事情 以上に加え、H1鑑定には血液由来のアリルを検出したことを疑わせる事情も存在する。H1鑑定では200近いアリル、H15鑑定では63のアリルがそれぞれ検出されたところ、両者において完全に一致するアリルは二つ、一部が一致するアリルは二つにとどまっている。H1鑑定で検出されたアリルの多くが血液由来というのであれば、近接した部位から採取した試料を鑑定したH15鑑定においても一致するアリルが相応に 検出されるはずであって、H1鑑定とH15鑑定において一致するアリルがほとんどないことは、H15鑑定がPCR増幅回数を30回又は35回とした点などを踏まえても、H1鑑定が血液由来のアリルを検出したことを疑わせる事情といえる。また、H1鑑定においては、被害者らの着衣の一つの座位で五つの型が検出されるなど明らかに被害者らに由来しないアリルが検出されており、緑色パンツ、Eのメリヤスシャツ等のDNA 型がH1教授のDNA型とほとんど一致しているほか、H1教授自身も鉄紺色ズボンの三つの座位において外来DNAによる汚染を認めているなど、外来DNAによる汚染の可能性を示す具体的な事情が認められる。さらに、H1鑑定では、前記のとおり、 致しているほか、H1教授自身も鉄紺色ズボンの三つの座位において外来DNAによる汚染を認めているなど、外来DNAによる汚染の可能性を示す具体的な事情が認められる。さらに、H1鑑定では、前記のとおり、200近いアリルが検出されているところ、そのうち14種類のアリル(うち二つの型は判定が留保されている。)は出現頻度が極めて低いアリルであって、H1鑑定の結果は、確 率的、統計的に、実在するDNAを検出したものとは解し難いものである。その上、H1鑑定では、5点の衣類及び被害者らの着衣の血痕が付着していないとされている部分から採取した試料(対照試料)からDNA型が検出されていないものの、H15鑑定では対照試料からも複数のアリルが検出されており、H1鑑定においても複数の対照試料からABO式血液型のDNA検査でRFU1000を超える高いピークが検出されるな ど、対照試料が外来DNAに汚染されている可能性をうかがわせる事情も認められる。 - 78 -ク小括以上のとおり、微量かつ劣化した本件試料のDNA型検査の困難性は明らかであるところ、H1鑑定がその困難性を克服しているとはいい難い上、H1鑑定には血液由来のアリルを検出したことを疑わせる事情も存在することを併せ考慮すれば、H1鑑定において検出されたアリルが血液由来のものであるとは認定できない。したがって、第2次 再審請求の特別抗告審が同旨判断するとおり、H1鑑定は、DNA型により個人を識別するための証拠価値を有するものとはいえない。 ケ弁護人の主張これに対し、弁護人は、H1鑑定は、DNAの抽出精製にPCR阻害物質の除去性能が高いマックスウェル16を用いており、PCR増幅の過程でも標準的なアイデンテ ィファイラーキットを用いるなど、信頼性の高い標準的な検査手法を 鑑定は、DNAの抽出精製にPCR阻害物質の除去性能が高いマックスウェル16を用いており、PCR増幅の過程でも標準的なアイデンテ ィファイラーキットを用いるなど、信頼性の高い標準的な検査手法を採用している、H1鑑定は、アリルドロップアウトが生じることはあっても、アリルドロップインがないとされているPCR増幅回数28回を採用しているから、本件試料に実際に存在するDNA型が検出されている、H1鑑定において対照試料からDNA型が検出されなかったことは、外来DNAによる環境的な汚染の可能性がうかがわれないことを示してい る、H15鑑定は、PCR阻害物質が残存した鋳型DNAを用いながらPCR増幅回数を増やしたため、アリルドロップインを生じさせた可能性があり、H1鑑定と結論が相違することはむしろ当然である、検察官が主張する出現頻度のデータは僅か1350人を母数とするもので、H1鑑定の結果が実際の検査で出現することは十分あり得るなどとして、H1鑑定の結果が信用できると主張する。 しかし、上記については、マックスウェル16は市販のDNA抽出精製キットの一つにすぎず、微量かつ劣化した試料のDNA型検査の困難性を解消する効果、機能等を有するものでないし、アイデンティファイラーキットなどの信頼性の高い標準的な検査方法が用いられたことも、前記の困難性を解消するものではない。上記については、アリルドロップインは、一般に、大部分のアリルが再現性を有しているが、ごく一部に 再現性のないアリルピークがある場合の説明に用いるものであって、PCR増幅回数を- 79 -28回にとどめた場合に確率効果(増幅されたDNA断片数が試料に存在したアリル数を反映しないこと)が発生しにくいのも十分なDNAの量があることが前提条件になると考えられるか 増幅回数を- 79 -28回にとどめた場合に確率効果(増幅されたDNA断片数が試料に存在したアリル数を反映しないこと)が発生しにくいのも十分なDNAの量があることが前提条件になると考えられるから(再甲83、89)、微量かつ劣化した試料を対象とし、ほとんどの座位で再現性があるアリルが検出されなかった本件のような場合において、PCR増幅回数を28回にとどめたことが外来DNAの検出を妨げる効果を有するとはいえない。上 記については、確かに、H1鑑定では対照試料からDNA型が検出されなかったものの、前記のとおり、対照試料が外来DNAに汚染されている可能性をうかがわせる事情や血液由来のアリルを検出したことを疑わせる事情が認められるから、本件試料に外来DNAによる汚染の可能性がうかがわれないとは到底いえない。上記については、H15鑑定は、たんぱく質分解酵素等を用いてDNAを抽出し、複数のカラムやミニファ イラー等も併用した上、標準よりも多いPCR増幅回数を採用するなど、DNAを収集、検出できるよう工夫がされており、実在するDNAのアリルを検出し得る方法であったといえる。上記については、上記データは、日本人全体のアリルの出現頻度を推定するものとして用いることが統計的に問題ないと確認されている上、H1鑑定が実際に存在するDNAを検出したとの仮説は、確率的、統計的には採用し難いものである(再甲 146、147)。 以上によれば、弁護人の主張を踏まえて検討しても、H1鑑定は、DNA型により個人を識別するための証拠価値を有するものとはいえない。したがって、H1鑑定の結果は、5点の衣類が本件の犯行着衣でなく、捜査機関によってねつ造された証拠であるとの上記判断を裏付けるものとはいえない。 ⑹ 被告人の実家から押収された端切れ い。したがって、H1鑑定の結果は、5点の衣類が本件の犯行着衣でなく、捜査機関によってねつ造された証拠であるとの上記判断を裏付けるものとはいえない。 ⑹ 被告人の実家から押収された端切れの関連性ア端切れのねつ造の可能性前記のとおり、本件検察官調書が捜査機関によって実質的にねつ造されたものと評価できることや、5点の衣類が捜査機関によるねつ造と認められることを考慮すると、疑わしきは被告人の利益の原則に照らし、5点の衣類と被告人を結び付けるという端切れ も、抽象的な可能性の域を遥かに超えて、捜査機関によってねつ造された現実的可能性- 80 -を検討せざるを得ない。 イ端切れが押収された経緯と押収後の検察官の立証活動等関係証拠によれば、端切れが押収された経緯と押収後の検察官の立証活動等は、次のとおりである。 L1及びL6の従業員2名は、昭和41年9月27日、従業員寮にあった 被告人の衣類や所持品等を荷物に詰め込んで被告人の実家に送付したが、両名とも端切れについての記憶はなく、送付物の中に端切れは確認されなかった。 (確5冊1814丁、1837丁、1869丁)従業員のL2は、昭和42年8月31日、1号タンクでみその搬出作業中、1号タンクの中から、麻袋に入った5点の衣類を発見し、J7警部補らは、同日午後4 時35分から午後6時30分まで、5点の衣類等の実況見分を実施した。 (確5冊1691丁、J7実況見分調書)静岡県警察本部刑事部鑑識課法医理化学研究室(当時)のM1は、同年9月1日、刑事部長から鑑定依頼の電話を直接受けるなどして、5点の衣類等の血液型鑑定の嘱託を受け、5点の衣類等を鑑定資料として受領した。その際、「公判の日程が迫っ ていて、担当検事から急かされているとのことで 長から鑑定依頼の電話を直接受けるなどして、5点の衣類等の血液型鑑定の嘱託を受け、5点の衣類等を鑑定資料として受領した。その際、「公判の日程が迫っ ていて、担当検事から急かされているとのことで」9月20日までに結果を出してほしいと期限を切られた(再甲40)。 J7警部補は、同月4日、J7実況見分調書を作成した。J7実況見分調書には、「黒色ようズボン 1枚」(鉄紺色ズボン)の状況として、ズボンは黒色様で、みその水分、塩分などで濡れてやや固くなり、しわまみれ、裾はシングルで、裾の内側へ の縫込みは10cm、ズボンの裏地は、両足部の膝下部までの裏が白っぽい化せん様のもの、ポケットと上部の腰回り部が白っぽい木綿様の裏地で、いずれもみそが染みて薄茶色になっているが、更にごく薄く赤紫色の血痕様のものが全般的に染み込んでいる旨記載され、その見取図や写真が添付されている。 静岡地裁は、同年9月5日、確定第1審の第16回公判期日において、次 回期日を同年11月17日、次々回期日を同年12月8日と指定した(確5冊1633- 81 -丁)。 同年9月10日より前に、被告人の実家を警察官が訪れた(確7冊2388丁)。 J1警部ら警察官は、同月10日、「本件犯行に使用した手袋」及び「本件犯行時に使用して居たズボンのバンド」を差し押さえるべき物とした複数の捜索差押許 可状の発付を受けた(再甲24から27まで)。 K1検察官は、同月11日、1号タンクから発見された5点の衣類について、立証趣旨を「被告人が本件を犯した際着用していた着衣であること」として、5点の衣類を含む証拠物とその証拠物を発見した従業員2名及びJ7警部補1名の3人の証人を証拠請求するとともに、1号タンク等の現場検証を申請した(確5冊1647丁) 着用していた着衣であること」として、5点の衣類を含む証拠物とその証拠物を発見した従業員2名及びJ7警部補1名の3人の証人を証拠請求するとともに、1号タンク等の現場検証を申請した(確5冊1647丁)。 J1警部、J8警部補ら警察官は、同月12日午前8時15分から午前10時35分までの間、上記捜索差押許可状に基づき、Pを立会人として、被告人の実家の捜索(本件捜索)を実施し、茶の間においてベルト1本を発見し、差し押さえた。J8警部補は、同日午前8時50分頃、同方奥6畳間内北側整理ダンス上段向かって右側小引出し内から、黒色様布片1枚を発見し、同布片は、同年8月31日に1号タンク内で 発見された黒色ようズボンと同一生地同一色と認められ、このズボンの寸をつめて切り取った残り布と認められるとして、捜索責任者のJ1警部に報告し、Pから任意提出を受け、J1警部がこれを領置した(端切れの長さ12cm、幅22cm)。端切れの発見状況は、J13警察官が撮影し、その写真には、上記小引出し内の一番上にその約3分の1を占める状態で、黒色様布片が写っている。 (確17冊2272丁、2273丁、2323丁)静岡地裁は、同日、第17回公判期日として同月13日を指定した(確5冊1649丁)。 K1検察官は、同日の第17回公判期日において、犯行着衣をパジャマから5点の衣類に変更した冒頭陳述の訂正を行った(確5冊1666丁)。 K1検察官は、同月17日、静岡県浜北市(当時)iの駐在所で、Pを取調- 82 -べ、同日付けの検察官調書を作成した(確19冊2702丁)。 K1検察官は、同月18日、①1号タンクの中から発見された着衣は被告人のものであること等を立証趣旨として、L4、L5、L3、L1、L6、L10、L9、Q、P、 を作成した(確19冊2702丁)。 K1検察官は、同月18日、①1号タンクの中から発見された着衣は被告人のものであること等を立証趣旨として、L4、L5、L3、L1、L6、L10、L9、Q、P、R、Sの11名を証人として請求し、②同年9月20日付けM1作成の鑑定書について、1号タンクから発見された着衣には被告人の血液型と同じ型の血液と被害 者らの血液型と同じ型の血液型が付着していたことという立証趣旨を追加し、③「1号タンクから発見されたズボンの裾を切断した同ズボンの共布であること」を立証趣旨として端切れを証拠物として請求した上、④1号タンクから発見されたズボンと被告人の実家から発見された端切れについて、生地や染色の同一性と切断面の一致についての鑑定を請求した(確5冊1652丁)。 M1は、同月20日、5点の衣類について血痕付着の有無及びその血液型等に関するM1鑑定書を作成した(確17冊2348丁)。 科学警察研究所のM4は、同月29日、裁判官の鑑定命令を受け、鉄紺色ズボンと端切れが、①同一の生地であるか、②同一の染色であるか、③双方一致の切断面があるかという鑑定事項で鑑定を開始した。M4は、鉄紺色ズボンの一部を乾燥させ るなどした上で、同年12月4日、上記①について「同一種類の生地と思われる。」、上記②について「染色は似ているものと思われる。」、上記③について「一致する切断面を認める。」旨の鑑定書を作成した(確18冊2498丁)。 ウ検討捜査機関が端切れを押収した経緯等の検討 本件捜索の際に捜査機関が端切れを押収した経緯等には看過できない不合理な点が認められる。 まず、J8警部補は、バンドや手袋を目的物とした昭和42年9月12日の本件捜索で端切れを押収した経緯について、「同布片は に捜査機関が端切れを押収した経緯等には看過できない不合理な点が認められる。 まず、J8警部補は、バンドや手袋を目的物とした昭和42年9月12日の本件捜索で端切れを押収した経緯について、「同布片は、昭和42年8月31日、1号タンク内より発見された黒色ようズボンと同一生地同一色と認め」たと証拠品発見報告書に記載し ている。また、J1警部は、確定第1審の第29回公判期日(昭和43年5月9日)にお- 83 -いて、端切れの発見の状況について、「ベビーダンスのいちばん上に小引出が二つついておりまして向って右手の小引出をあけましたところが中に、いろいろメモ類とか、用紙のようなものとか、ごちゃごちゃボタンのようなものも入っていました、それに混って入っていました。それを、Pから任意提出を求めました」と証言し、端切れを押収したのは「一応その前に工場のタンクから血痕の付着したズボンが出ておりまして、それが どうもAのものではないかというように思われたんで、Aのうちへ行ったところタンスの中に、類似の、酷似している共布れがあったというようなことから、任意提出を求めてきたということです。」と証言している(確8冊2891丁)。 しかし、上記証拠品発見報告書の記載は、鉄紺色ズボンと同種サンプルとの比較ではなく、「黒色ようズボン」そのものと「同一生地同一色と認め」たというものであるが、 昭和42年8月31日に実施されたJ7警部補の実況見分の結果によれば、1号タンク内から発見された「黒色ようズボン 1枚」(鉄紺色ズボン)は、黒色様とはされているものの、「味噌の水分、塩分などで濡れてやや固くなり、しわまみれ」とされている。しかも、鉄紺色ズボンの現物は、同年9月1日に鑑定資料として提供されてしまっているから、J1警部及びJ8警部補は、被告人の実家にある他 の水分、塩分などで濡れてやや固くなり、しわまみれ」とされている。しかも、鉄紺色ズボンの現物は、同年9月1日に鑑定資料として提供されてしまっているから、J1警部及びJ8警部補は、被告人の実家にある他の衣類と端切れとの整合性を 確認することはできても、上記のみそなどで濡れて固くなった状態の鉄紺色ズボンと乾燥したままの状態で発見されている端切れが「同一生地同一色と認め」ることは甚だ困難であったと認められる。それにもかかわらず、捜査機関が、端切れを1号タンクから発見された「黒色ようズボン」の現物と「同一生地同一色と認め」ていることは、警察官が捜索差押許可状を請求する前に被告人の実家を訪れていたことも併せ考慮すると、被 告人の実家から押収されたという端切れが5点の衣類の一つである鉄紺色ズボンの共布の一部であって、捜査機関の者による持込みなどの方法によって、本件捜索以前に被告人の実家に持ち込まれた後に押収されたという事実を推認させるものである。 次に、J8警部補は、発見した黒色様布片1枚(端切れ)を、1号タンク内より発見された黒色ようズボンの「寸をつめて切取った残り布」、つまり、共布と認めたとも証拠品 発見報告書に記載している。しかし、共布は、片方だけが保管される可能性があるとし- 84 -ても、通常、ズボンの左右それぞれの裾から切り取られた2枚1組で存在するものであり、同年8月31日に1号タンクから発見された鉄紺色ズボンも、左右ともその裾がシングルに加工されていることが確認されている(J7実況見分調書)。被告人の実家から発見されたのは1枚だけであるから、その布片が、鉄紺色ズボンの共布、すなわち、「ズボンの寸をつめて切取った残り布」と判断するならば、経験則に照らして存在するはず のもう1枚の共布の存在が想定されてしかるべきで 1枚だけであるから、その布片が、鉄紺色ズボンの共布、すなわち、「ズボンの寸をつめて切取った残り布」と判断するならば、経験則に照らして存在するはず のもう1枚の共布の存在が想定されてしかるべきである。それにもかかわらず、もう1枚の「共布」の所在については、端切れを押収したJ1警部やJ8警部補らが立会人のPに尋ねた形跡はなく、K1検察官がPに対する取調べやその証人尋問で尋ねた形跡もない。このように、捜査機関は、一方で、本件との関連性を広くとらえて、一見して鉄紺色ズボンの共布とは判別できない端切れを共布と判断して被告人の実家から押収しなが ら、他方で、左右一組であったはずの共布のもう1枚の共布の所在については、1号タンクから発見された鉄紺色ズボンの裾の形状からもどこかに存在する蓋然性が高いにもかかわらず、立会人のPに尋ねることなどをしておらず、この点は、本件捜索を実施した警察官としては、矛盾する対応であり、不自然さを通り越した不合理な捜査活動といわざるを得ない。このような不合理な捜査活動は、本件捜索の目的が当初から被告人の 実家から端切れを押収することにあり、その端切れは、元々5点の衣類の一つである鉄紺色ズボンの共布の一部であって、捜査機関の者による持込みなどの方法によって本件捜索以前に被告人の実家に持ち込まれた後に押収されたという事実を推認させるものである。 K1検察官の立証活動の検討 本件捜索後のK1検察官の立証活動にも看過できない不合理な点が認められる。 まず、K1検察官は、被告人の逮捕の翌々日から、警察官と一緒になって被告人を本件犯行の犯人と決め付けて追及しており、昭和41年9月8日に作成された警察官調書とほぼ同旨の本件検察官調書を作成しているところ、昭和42年9月11日、1号タンクから発見された5点の衣 って被告人を本件犯行の犯人と決め付けて追及しており、昭和41年9月8日に作成された警察官調書とほぼ同旨の本件検察官調書を作成しているところ、昭和42年9月11日、1号タンクから発見された5点の衣類等について、立証趣旨を「被告人が本件を犯した際着用し ていた着衣であること」として証拠請求している。しかし、本件捜索によって被告人の- 85 -実家から端切れが押収されたのはその翌日の同月12日であり、K1検察官が端切れに関してPを取り調べたのは同月17日であるから、K1検察官は、5点の衣類と被告人を結び付ける端切れが押収されたり、本件捜索の立会人であるPから事情を聴取する前から、具体的な証拠が乏しい状況で、5点の衣類が被告人の着衣であると判断していたことが認められる。 次に、K1検察官は、同月5日に実施された第16回公判期日において、次回期日が同年11月17日と指定されていたにもかかわらず、同年9月12日に急きょ指定された同月13日の第17回公判期日において、犯行着衣をパジャマから5点の衣類に変更した冒頭陳述の訂正まで行っている。しかし、K1検察官が端切れに関して提出者であるPを取り調べたのは同月17日であるから、K1検察官は、端切れに関してPに対す る取調べも行わないうちに、2か月余り先に指定されていた次回の公判期日を待つことなく、5点の衣類が被告人の着衣であると判断していたことが認められる。 以上の事実は、捜査機関によって5点の衣類がねつ造された事実を裏付けるものともいえるが、K1検察官が、被告人の実家から端切れが押収されることを本件捜索以前から知っていたことを推認させる事情でもある。 Pの供述等の検討これに対し、Pの捜査段階の供述等についてみると、J8警部補作成の前記証拠品発見報告書には、本 ことを本件捜索以前から知っていたことを推認させる事情でもある。 Pの供述等の検討これに対し、Pの捜査段階の供述等についてみると、J8警部補作成の前記証拠品発見報告書には、本件捜索の際、Pに対し、端切れを見せると、Pが「Aのもので、AがCの葬式の時使ったものではないかね」と供述した旨の記載がある。また、Pの昭和42年9月17日付けの検察官調書には、「衣類の外に黒っぽい色の喪章の様な腕章の様なも の」が本件会社から送られてきた「南京袋の中か細長いダンボール箱の中に一緒に入っていたので、私はまだ新しい様だし喪章かなと思ってベビーダンスの抽斗の中にしまっておきました」、「この布はこの前家宅捜索に来た刑事さんが見つけて持って行きましたが刑事さんの話によるとズボンの裾を切ったものではないかという事でした。そう云われゝばその様にもみえました。この布はタンスの中にしまっておいたもので私の家では 切ったりさいたりなど全然手をつけてはおりません。」という記載がある(確19冊27- 86 -02丁)。 しかし他方で、Pは、昭和43年2月15日に行われた確定第1審の第24回公判期日において、証人として宣誓の上、本件会社から送付された3個の荷物の中に、黒っぽいズボンのすそを切断したような端切れが入っていたかという検察官の尋問に対し、「そういったものを私は一度も見ませんでした」、「警察官が引き出しの中にあったといって 私の前へ見せました」、そのとき初めて見たかという検察官の尋問に対し、「はい」などと答え、弁護人の反対尋問に対しても、警察官からズボンを切ったきれだと言われたが、私はそういったことは思いませんでした、腕章でもまいたようなきれですねと申しましたなどと答え、端切れが本件捜索前から存在していた点につき記憶がない旨証言 、警察官からズボンを切ったきれだと言われたが、私はそういったことは思いませんでした、腕章でもまいたようなきれですねと申しましたなどと答え、端切れが本件捜索前から存在していた点につき記憶がない旨証言している(確7冊2351丁)。 このように、Pの捜査段階の供述内容は、本件捜索以前から被告人の実家に端切れがあったか否かという点で公判での証言内容と食い違っているが、供述調書等の捜査機関が作成する書類は、公判供述と異なり、供述内容と供述状況・供述態度を一体として評価することができないから、捜査段階の供述の信用性を検討するには、供述内容のみならず、供述状況等も検討する必要がある。すなわち、証言等の公判供述は、公開の法廷 で、宣誓と偽証罪の制裁の告知の上、被告人や弁護人の立会いの上、尋問によって獲得されていくものであり、その供述内容から、要証事実をどの程度推認させるかという証明力を検討できるだけでなく、その供述状況等から、その証拠がどの程度信用することができるのかという証拠の信用性も検討できる。これに対し、捜査機関が作成する参考人の供述調書は、宣誓も偽証罪の制裁もなく、捜査の密行性の要請から、非公開の場所 で、被告人や弁護人の立会いもなく、基本的に捜査機関と供述者のみで作成されたもので、しかも、供述内容と供述状況等が切り離されているため、供述調書の記載内容から証明力を検討することはできても、その供述調書自体からは、証明力の前提となる証拠の信用性を判断することが困難である。特に現在においても捜査慣行上多用されている1人称の物語風の記載様式の場合、取調官自ら供述者の供述を要約録取した上、問いと 答えが明確に分離されていないものであるから、このような供述調書のみで、供述者の- 87 -原供述がどれだけ正確に表現されているか、 式の場合、取調官自ら供述者の供述を要約録取した上、問いと 答えが明確に分離されていないものであるから、このような供述調書のみで、供述者の- 87 -原供述がどれだけ正確に表現されているか、取調官の主観によって原供述の取捨選択や解釈に歪曲が混入していないかなどの証拠の信用性に関する評価を行うのは、甚だ困難といわざるを得ない。 そこで、Pの検察官調書の信用性について検討すると、まず、①被告人の実家から押収されたという端切れは、長さ12cm、幅22cmで、端切れの発見時の写真をみて も、小引出し内の一番上にその約3分の1を占める状態で黒色様布片(端切れ)が写っており、その存在を見間違えるような大きさではないことが認められる。また、②昭和41年9月27日に被告人の衣類や所持品等を荷物に詰め込んで被告人の実家に送った従業員2名は、いずれも「ズボンの切れ端のようなもの」や「輪になった布切れ」など端切れを想起させるものを記憶していないと証言しており、被告人の実家への送付物の中 に端切れは確認されなかったことが認められる。これらの事実は、「黒っぽい色の喪章の様な腕章の様なもの」が昭和42年9月12日の本件捜索より前に被告人の実家にあったという上記検察官調書の供述内容と整合しない一方で、端切れが本件捜索以前にはなかったというPの証言内容を裏付けるものといえる。次に、Pの上記検察官調書の供述状況等についてみると、Pは、K1検察官による取調べでは、自発的に話したというよ りも、検察官から「こうかこうか」という聞かれ方をした方が多かったかという質問に対し、「そういうことでございました。」と答えているから(確7冊2394丁)、K1検察官による取調べでは、誘導尋問や誤導尋問と同じような供述状況が疑われる。さらに、Pの検察官調書の末尾には、 質問に対し、「そういうことでございました。」と答えているから(確7冊2394丁)、K1検察官による取調べでは、誘導尋問や誤導尋問と同じような供述状況が疑われる。さらに、Pの検察官調書の末尾には、供述人の最初の署名・指印の後に、「この前刑事さんが家宅捜索に来たとき、家にある洋服やズボン等を全部調べましたが先程申上げました喪章の ような黒っぽい布と同じ色の生地の洋服類は全然ありませんでしたから前から家にあった生地でないことはたしかです」という供述が追記され、再び供述人の署名・指印がなされていることが認められる(確19冊2707丁)。このような追記の体裁は、供述調書の読み聞けの際に、供述者に対して増減変更を申し立てる機会を与えた(犯罪捜査規範179条2項(改正前の176条2項)参照)、すなわち、供述者が自発的に調書の訂 正を求めたり、思い出したことを追記したというよりも、取り調べた検察官が念押しの- 88 -ために付け加えたことを疑わせるものである。そうすると、捜査段階において、Pの上記検察官調書に本件捜索以前から端切れが存在していたかのような記載があることや、Pが端切れの押収当日に「ズボントモキレ」と記載した任意提出書を提出していることは、Pが自らの体験を自発的に供述したというよりも、想定外のものを警察官から発見されたと言われて混乱したまま、同じ引出し内にあった本件会社の葬式の返礼品と思わ れる品物(砂糖の箱)から連想して言及したもので、むしろ、捜査機関から、消去法的に、寮から送り返された被告人の荷物の中に端切れがあったという状況で理詰めで供述させられたことを強く疑わせるものである。さらに、Pの公判での供述態度をみても、確かにPは被告人の母親ではあるが、記憶が不正確なところもありながら、検察官の主尋問に対して記憶の限りで で理詰めで供述させられたことを強く疑わせるものである。さらに、Pの公判での供述態度をみても、確かにPは被告人の母親ではあるが、記憶が不正確なところもありながら、検察官の主尋問に対して記憶の限りで答えるなど、被告人をかばうような態度は特に見られないの であって、Pの証言の信用性を特に低めるものとはいえない。 これに対し、検察官は、Pが、検察官の取調べにおいて、自身の記憶と異なる供述をした覚えも、自身の説明と異なる供述調書が作成されたこともない旨証言していることや、検察官調書に署名・押印していることをもって、その供述内容の信用性が高まるかのように主張する。しかし、供述証拠の信用性は、他の証拠による裏付けや供述状況等 を総合的に評価して判断されるものである上、検察官が指摘するPの上記証言や供述調書の署名・押印は、作成の真正、すなわち、取調べにおける供述内容と供述調書の記載内容が一致していることを推認させるにすぎず、これらによって、内容の真正、すなわち、供述内容の真実性が直ちに裏付けられるものではない。検察官の上記主張は、任意性を確保しつつその裏付け捜査等によって十分な証拠の収集・把握に努めて供述を吟味 するという、捜査機関が自ら規律する取調べの在るべき姿(犯罪捜査規範168条、173条(改正前の165条、170条)、検察の理念の4項、5項参照)にも反しかねない主張であって、採用できない。 以上によれば、本件捜索以前に端切れの存在を認識していなかった旨のPの上記証言は信用できる一方で、本件捜索以前から端切れが存在していたかのような同人の上記検 察官調書の供述の信用性は乏しいといわざるを得ない。 - 89 -エ端切れの関連性以上のような端切れが押収された経緯と押収後の検察官の立証活動等は、被告人の実家から押 人の上記検 察官調書の供述の信用性は乏しいといわざるを得ない。 - 89 -エ端切れの関連性以上のような端切れが押収された経緯と押収後の検察官の立証活動等は、被告人の実家から押収されたという端切れが、捜査機関の者による持込みなどの方法によって本件捜索以前に被告人の実家に持ち込まれた後に押収されたものと考えなければ、説明が極めて困難である。そして、捜査機関による「強制、拷問又は脅迫」によって被告人の自白 が実質的にねつ造されたと評価できること、5点の衣類が捜査機関によってねつ造された証拠と認められること、確定第1審における検察官による有罪の立証活動の困難な状況などの本件捜索前の状況も併せ考慮すると、5点の衣類と被告人を結び付けるという端切れも、捜査機関によってねつ造されたものと認めるのが相当である。したがって、端切れは、本件とは関連性を有しない証拠であるから、刑訴規則207条によって、職 権で、これを排除する。 ⑺ 本件紙幣等の評価本件では、被告人が本件犯行の犯人であることを推認させる証拠価値が乏しく、また、検察官も犯人性の根拠として主張していないが、本件紙幣等のねつ造についても検討する。 関係証拠によれば、起訴後の昭和41年9月13日に、W郵便局において、封筒表面の右寄り部位に鉛筆書きの片仮名で「シミヅケイサツショ」と縦書きに書かれているが、切手も貼られず差出人名も書いていない「二重封筒 1枚」(本件封筒)が事故郵便物として発見され、その中には、「ミソコオバノボクノカバンノナカニシラズニアツタツミトウナ」と片仮名で鉛筆のようなもので書かれた「手紙(便箋) 1枚(2片)」(本件便 箋)と、「A」と片仮名で鉛筆のようなもので書かれた千円札2枚と血液型の不明の人血が付着する百円札1枚を含む、 ウナ」と片仮名で鉛筆のようなもので書かれた「手紙(便箋) 1枚(2片)」(本件便 箋)と、「A」と片仮名で鉛筆のようなもので書かれた千円札2枚と血液型の不明の人血が付着する百円札1枚を含む、いずれも約2分の1焼失している紙幣18枚(本件紙幣。 合計金額5万0700円)が同封されていたことが認められる(確13冊1099丁、1106丁、確16冊1921丁、確17冊2326丁、確18冊2399丁)。 本件紙幣等についてみると、本件封筒は、本件犯行を捜査している清水警察署の署長 宛とみられ、本件紙幣は、被告人の名前である「A」と書き記した千円札2枚と血液型- 90 -不明の人血が付着する百円札1枚を含むものであり、本件便箋は、本件紙幣が本件犯行に関連するものであることを示すものであるから、本件紙幣等は、被告人が本件犯行に関与していることや本件紙幣が本件犯行の被害品の一部であることを警察に対して示唆するものといえる。そして、確定第1審判決では、Iを取り調べたJ3警部補の証言内容とを総合して、被告人の交際相手のIは、被告人が本件犯行に関与して取得したもの であることを知って、被告人から何らかの方法で本件紙幣を預かり、本件封筒に同封して発送したものであると認定し、その上で、被告人が、強取した現金のうち5万円を、昭和41年7月11日か12日頃、I宅に持って行って預け、その後、半月か20日くらい経って取りに行ったが、Iがいなかったのでそのまま預けたままになっているという本件検察官調書の信用性を肯定して、本件紙幣を本件犯行の被害品の一部であるとし て被告人と結び付けており、確定控訴審判決においても、上記認定は支持されている。 しかし、Iが本件封筒を発送したことも、本件紙幣が本件犯行の被害品の一部であることも、いずれも認定することができ て被告人と結び付けており、確定控訴審判決においても、上記認定は支持されている。 しかし、Iが本件封筒を発送したことも、本件紙幣が本件犯行の被害品の一部であることも、いずれも認定することができない。すなわち、本件紙幣の焼け具合をみると、本件紙幣は、18枚とも、紙幣表面の左上と右下にある記番号部分が焼失している(確13冊1099丁等)。同じ種類の紙幣には全て異なる記番号が印刷されるから、このよ うな焼失は、何者かが人為的に紙幣の識別や由来等の特定を困難にするために行われたものと認められる。そして、常識的に考えて、紙幣を預けた犯人や犯人から紙幣を預かったとされる者は、紙幣を現金として使用するか又は証拠隠滅のために全て焼失することが想定されるから、これらの者が本件紙幣の記番号部分のみを焼失させることは考え難い。そうすると、本件紙幣の一部を焼失させたのは、本件紙幣等を警察に送付しよう とした者ということになる。しかし、Iは、本件封筒の発送について知らない旨証言しているだけでなく(確4冊1274丁)、確定第1審と確定控訴審の各筆跡鑑定の結果をみても、本件封筒の差出人がIであると認定することはできず、他にIが本件封筒を発送したと認めるに足りる証拠はない。 そこで、更に検討すると、本件では、捜査機関が、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽自白 を誘発するおそれの極めて高い状況下で、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する- 91 -非人道的な取調べによって、まず、昭和41年9月6日に、J1警部らが被告人の自白を獲得し、続いて、同月9日に、K1検察官が、警察官による取調べと連携して、本件検察官調書のとおり、本件紙幣等と被告人を結び付ける内容を含む被告人の自白を獲得したことは、既に認定したとおりである。そして、被告人が強取した5万円をIに 検察官が、警察官による取調べと連携して、本件検察官調書のとおり、本件紙幣等と被告人を結び付ける内容を含む被告人の自白を獲得したことは、既に認定したとおりである。そして、被告人が強取した5万円をIに預けたという自白をしたのは、警察官に対しては同年9月6日(確28冊1986丁)、検察官 に対しては同月9日であり(確20冊2712丁)、本件紙幣等は、その自白後の同月11日から12日に集配されていること(確13冊1104丁、1106丁)、確定第1審で証拠排除されている同年9月24日付け警察官調書においても、被告人が7月10日頃に5万円をIに預けたという本件検察官調書の内容と同一の調書が作成されていること(確28冊2385丁)からすると、本件紙幣等を警察に送付しようとした者は、上 記各供述調書の内容に符合させようとした捜査機関の者であることが疑われる。また、本件紙幣等のうち本件便箋等の記載が被告人が本件犯行に関与していることを示唆する一方で、本件紙幣の全てについてその識別や由来の特定に役立つ記番号部分が焼失しているという本件紙幣等の矛盾した特徴は、本件紙幣等を送付した者が、被告人を本件犯行の犯人であると確信しているが、有罪の証拠をねつ造してはならないはずの捜査機関 の者であるという疑いと整合する事情である。このような被告人に対する取調べの態様や本件紙幣の発見状況に加え、前記のとおり、Iが本件紙幣等を送付したという認定が客観的根拠の乏しいものであることも考慮すると、本件紙幣等もまた捜査機関の者によってねつ造されたものであることが強く疑われる。 もっとも、本件紙幣等の送付が捜査機関の者によるものであるという直接的な証拠は 見当たらず、また、本件紙幣等の送付が捜査機関の者によるものでないとするならば説明が極めて困難であるとはいえ 。 もっとも、本件紙幣等の送付が捜査機関の者によるものであるという直接的な証拠は 見当たらず、また、本件紙幣等の送付が捜査機関の者によるものでないとするならば説明が極めて困難であるとはいえないから、本件紙幣等を捜査機関の者がねつ造したとまでは認められない。 以上によれば、本件紙幣等は、捜査機関の者によるねつ造とまでは認められないが、本件において証拠のねつ造が行われる現実的可能性を検討する必要性を裏付ける証拠と して評価することができる。 - 92 -⑻ 小括以上のとおり、被告人の犯人性を推認させる最も中心的な証拠とされてきた5点の衣類は、本件犯行とは関係なく、その発見に近い時期に、被告人以外の者によって1号タンク内に隠匿されたものであると認められる。そして、5点の衣類を犯行着衣としてねつ造した者としては捜査機関の者以外に事実上想定できず、捜査機関において5点の衣 類のねつ造に及ぶことを現実的に想定し得る状況にあったこと等も併せ考慮すれば、5点の衣類は、本件犯行とは関係なく、捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、その発見から近い時期に1号タンク内に隠匿されたねつ造証拠であると認められる。また、5点の衣類と被告人を結び付けるという端切れも、捜査機関によってねつ造されたものと認めるのが相当である。したがって、5点の衣類及び端切れは、いずれも本件と は関連性を有しない証拠であるから、職権で排除され、被告人が本件犯行の犯人であることを裏付ける証拠にはならないといえる。 3 犯人像等に関する検察官の主張(本件主張①)の検討⑴ 検察官及び弁護人の主張検察官は、本件犯行の犯人が本件工場関係者であることが強く推認される上、証拠か ら推認される犯人の事件当時の行動を被告人がとることが可能であったと主張 の検討⑴ 検察官及び弁護人の主張検察官は、本件犯行の犯人が本件工場関係者であることが強く推認される上、証拠か ら推認される犯人の事件当時の行動を被告人がとることが可能であったと主張し(本件主張①)、その根拠として、本件犯行の犯人が事件当夜に本件工場にあった雨合羽を着て犯行現場に赴いたこと、本件工場にあった混合油が本件放火に使用されたことに加え、犯人が事件当夜本件工場に出入りしていたことをうかがわせる事実が認められると主張する。 これに対し、弁護人は、検察官が本件主張①の根拠として主張する上記各事実は認められず、本件は複数人によるその怨恨を晴らす目的での犯行であるから、動機のない被告人が本件犯行の犯人でないことは明らかであると主張する。 ⑵ 前提事実関係証拠によれば、以下の事実が認められる。 ア D方及び本件工場付近の状況等- 93 -D方は、北側(表通り側)にシャッターが取り付けられ、南側(線路側)に裏口があり、シャッターから裏口に通じる土間があって、その土間の南側部分は通路兼物置となっていた。D方居室内の間取りは、北側から順に、表八畳間と表応接間、仏壇の間と奥応接間、ピアノ部屋と食堂がそれぞれ東西に並んでおり、その南側が勉強部屋となっていた。勉強部屋の南側には中庭が、中庭の南側には2階建ての土蔵があった。そして、 D方の南側には線路が走っており、その線路を越えた場所に本件工場があった。D方南側の裏口と本件工場北側出入口との距離は約32mである。D方には、D、その妻E、同人らの二女G、長男Fが居住しており、長女Tは、本件事件当時、近所の祖父母方に居住していた。 本件工場は、みそ製造工場であり、1階にみそ醸造タンク、温醸室、宿直室、倉庫、三 角部屋、休憩室、更衣室等が、2階 男Fが居住しており、長女Tは、本件事件当時、近所の祖父母方に居住していた。 本件工場は、みそ製造工場であり、1階にみそ醸造タンク、温醸室、宿直室、倉庫、三 角部屋、休憩室、更衣室等が、2階に事務室、従業員寮があった。従業員寮は、休憩室の階段を上った場所にあり、板の間を挟んで北側の八畳間と南側の十畳間に別れ、従業員が2名ずつ居住していた。2階事務室は、三角部屋奥の階段を上がった場所にあり、本件工場北側出入口を入ってすぐ右側(西側)に三角部屋、その南側に倉庫があった。被告人は、昭和40年1月頃から本件会社で勤務し、同年3月頃から従業員寮の南側の十 畳間に他の従業員1名と居住しており、北側の8畳間にも2名の従業員が居住していた。 従業員寮に居住する従業員らは、D方の食堂で朝夕の食事をとっていた。被告人は、事件当夜、上記従業員寮の十畳間に一人で在室していた。 本件工場の北側正面出入口は、昼間の操業中は解放され、夜間施錠されていたものの、その門に取り付けられたくぐり戸は、門とくぐり戸に打ち付けられた釘に内側から麻の ひもを掛けることで戸締りがされていたが、本件前日はくぐり戸の戸締りがされていなかった。 イ火災の発生と遺体の発見本件事件当日の昭和41年6月30日(以下、月日は、特に断らない限り、昭和41年を指す。)午前2時頃、本件会社で火災が発生したことに近隣住民が気付き、消防隊に よる消火活動が行われ、午前2時32分頃、鎮火した。その鎮火後、ほとんど全焼した- 94 -D方の表八畳間からE及びFの焼死体が、ピアノ部屋と仏壇の間の境付近からGの焼死体が、裏口付近の通路兼物置からDの焼死体がそれぞれ発見された。被害者らの遺体にはそれぞれ多数の傷があり、Dには15か所、Eには6か所、Gには9か所、Fには10か所の刺切創 の間の境付近からGの焼死体が、裏口付近の通路兼物置からDの焼死体がそれぞれ発見された。被害者らの遺体にはそれぞれ多数の傷があり、Dには15か所、Eには6か所、Gには9か所、Fには10か所の刺切創が認められた。 ウ売上金の入った布袋の紛失、がま口財布の発見 本件会社では、販売係員が集金した売掛金、売上金を経理係が受け取り、金額を確認して布袋に入れた上、その布袋を甚吉袋にまとめ、専務であるDが夜間自宅に持ち帰り、翌日に戻すことになっていた。D方では、その甚吉袋は、表八畳間の北側夜具入れに保管されていたが、本件事件後、本件前日に甚吉袋内に入れられていた売上金在中の8個の布袋のうち、3個(本件公訴事実記載の被害品である現金20万4095円、小切手 5枚(額面合計6万3970円)、領収証3枚在中)が紛失していた。また、通常は土間の北側部分にある戸棚又は机の中に保管されていたがま口財布がD方の裏口付近の通路で上面が焼け溶けた状態で発見された。 エくり小刀の刃の発見警察官らは、本件事件当日の6月30日から7月2日までの間、令状に基づきD方の 検証を実施し、7月2日、仏壇の間のGの遺体付近において、炭化物の下から、柄の部分が消失したくり小刀の刃(本件くり小刀。くり小刀は、主に職人が用いる木工用具である。)を発見した。本件くり小刀は、先端がやや欠損しており、残存部分の刃の長さは約12.1cm、刃幅は最大約2.2cm、厚さ最大約0.45cmで先端に向かって細くなった形状をしていた。 ⑶ 検討ア本件犯行の犯人が事件当夜に本件工場にあった雨合羽を着て犯行現場に赴いたとの検察官の主張 認定事実以上の前提事実に加え、本件犯行の犯人が事件当夜に本件工場にあった雨合羽を着て 犯行現場に赴いた 件当夜に本件工場にあった雨合羽を着て犯行現場に赴いたとの検察官の主張 認定事実以上の前提事実に加え、本件犯行の犯人が事件当夜に本件工場にあった雨合羽を着て 犯行現場に赴いたとの検察官の主張に関し、関係証拠によれば、次の事実が認められる。 - 95 -a 本件雨合羽の遺留状況等D方の検証の北側責任者であったJ7警部補は、本件事件当日の6月30日午前4時頃、D方中庭において、一部焼けた状態で、右ポケットに木製の鞘が入った本件雨合羽を発見した。本件雨合羽は、5月頃、本件会社の販売係であるL13に支給されたものであり、L13は、6月28日に配達の際に本件雨合羽を着用したのち、同日午後3時 から3時半頃までの間に、本件工場の三角部屋又は更衣室に本件雨合羽を置き、その後は使用していなかった。また、本件雨合羽の後腰中央部、右前袖内側の2か所には血液型不明の人血の付着が認められた。 (確3冊743丁、790丁、確11冊734丁、再甲233)b 本件くり小刀と鞘の関係等 本件くり小刀の鞘は、刃体に合わせて1本1本作成されたもので、鞘に他の刃体が合致することは稀であるところ、本件雨合羽の右ポケットに入っていた鞘は、本件くり小刀と完全に合致するものであった。また、D方において、従前、本件くり小刀と同じような刃物は見られなかった。 なお、本件くり小刀の柄の部分は、火災によって焼失したものと考えられる。 (確4冊1456丁、1460丁、1409丁、確16冊1972丁、1987丁)c 被害者らの傷を形成した凶器被害者らの遺体を解剖した医師H22及び同H23の各鑑定書によれば、本件の凶器は、片刃の鋭利な有刃器でくり小刀又は切出しナイフ様のもの(D)、峰の幅5mmくらいで片刃の先端鋭利な有刃器 成した凶器被害者らの遺体を解剖した医師H22及び同H23の各鑑定書によれば、本件の凶器は、片刃の鋭利な有刃器でくり小刀又は切出しナイフ様のもの(D)、峰の幅5mmくらいで片刃の先端鋭利な有刃器でくり小刀又は切出しナイフ様のもの(G)、幅2.0cm 以内で長さ9.0cm以上の片刃の小刀のようなもの(E)、幅1.7cm以内で長さ9. 5cm以上の片刃の小刀様のもの(F)と推定された。さらに、確定控訴審において被害者らの解剖検査記録を精査し、凶器の種類、用法等を鑑定したH16教授作成の鑑定書をみると、被害者らの創傷の性状や刺創管の状況から全て同一の成傷器によるものとみて矛盾がなく、成傷器は刃幅2cm内外、刃長10cm又はそれ以上の片刃器と推定 され、多数の刺創がほとんど同じ形状の葉状構造を持ち、しかも大きさも一致している- 96 -ことは、刺創口の拡大が少ないことを示すものであり、これらのことからすれば、本件くり小刀が本件成傷器として格好なものと考えられるとされている。H16鑑定は、被害者らの外表の傷と内臓の傷との関係を含め、被害者らの各創傷の状況を十分検討して上記の鑑定意見を述べており、その判断過程に不自然不合理な点が見当たらないことなどから、十分信用できる。また、確定控訴審において本件くり小刀が唯一の凶器である としても矛盾・疑問がないかを鑑定したH17講師の鑑定書をみると、くり小刀による創傷が存する解剖例を調査した結果、くり小刀は、堅い骨や器物にその先端が刺入した場合に折損しやすい一方、肋骨を切断等しても先端部分が軟部組織に終わる刺創では刀身部に刃こぼれを来すことが少ないといえるところ、このように厚みがあって刃こぼれを来し難いくり小刀の形態や、被害者らの硬組織を刺切したとみられる創の数と性状、 被害者らの年齢等 わる刺創では刀身部に刃こぼれを来すことが少ないといえるところ、このように厚みがあって刃こぼれを来し難いくり小刀の形態や、被害者らの硬組織を刺切したとみられる創の数と性状、 被害者らの年齢等によれば、本件くり小刀1丁のみを使用することによって被害者らの創傷を生起することに矛盾・疑問はないものとされており、H17鑑定も、くり小刀によって生じた創傷がある遺体の実際の解剖例を踏まえた合理的なものであることなどから、十分信用できる。 したがって、H16鑑定及びH17鑑定によれば、本件くり小刀は、被害者らの傷を 形成した凶器として格好なものであり、本件くり小刀を被害者らの傷を形成した唯一の凶器とみても矛盾・疑問がないものと認められる。 (確12冊782丁、813丁、871丁、887丁、確26冊1477丁、確27冊1858丁) 判断 前記の前提事実及び認定事実のとおり、本件くり小刀は、Gの遺体付近から発見されたもので、被害者らの傷を形成した凶器として格好なものであること、D方では従前本件くり小刀と同じような刃物が見られなかったことなどから、本件くり小刀は、被害者らの傷を形成した凶器であると認められる。そして、本件事件の数日前に本件会社の従業員が本件工場に置いていた本件雨合羽がD方から発見されたこと、本件雨合羽の右ポ ケットに凶器である本件くり小刀と完全に合致する鞘が入っていたこと、本件雨合羽に- 97 -人血が付着していたことは、本件犯行の犯人が本件雨合羽を着用してD方に侵入したことを強く推認させる。 弁護人の主張これに対し、弁護人は、雨が降ってないにもかかわらず、音がする重い雨合羽を着て本件犯行に及ぶというのは不自然であるし、本件雨合羽及び鞘を発見した旨を報告した J7警部補作成 弁護人の主張これに対し、弁護人は、雨が降ってないにもかかわらず、音がする重い雨合羽を着て本件犯行に及ぶというのは不自然であるし、本件雨合羽及び鞘を発見した旨を報告した J7警部補作成の昭和41年6月30日付けの捜査報告書をみると、本件雨合羽を発見した日時が午前11時15分頃から午前4時頃と訂正されており、写真も添付されていないなど不自然な点があるなどとして、本件雨合羽及び鞘は、警察が本件工場関係者を犯人とするためにねつ造したものであると主張する。 しかし、雨合羽を着用する理由としては、夜間目立つことを避けるためなど様々な想 定ができるから、本件犯行の犯人が雨合羽を着用することが不自然とまではいえない。 また、本件雨合羽及び鞘の実況見分は、本件会社販売課長であるL14の立会いの下に行われている上、昭和41年7月6日付けJ7警部補作成の実況見分調書をみても、立会人による本件雨合羽等の指示説明の記載に加え、実況見分実施日と立会人等が記載された札と一緒に本件雨合羽及び鞘が撮影された写真が添付されており、6月30日とは 異なる日に実況見分が実施された形跡はない。さらに、弁護人が指摘する昭和41年6月30日付けJ7警部補作成の捜査報告書をみても、本件雨合羽の発見日時の訂正は、実況見分開始の時刻(午前11時15分頃)を誤ってその発見時刻として記載したことの誤記訂正とうかがわれる上、発見当日に作成された捜査報告書に写真が添付されていないことが不自然とはいえない。その他、捜査機関において捜査の初期段階から本件工 場関係者を犯人とするために証拠のねつ造に及ぶ理由は見出し難く、本件事件当日以降の捜査の初期段階における経過をみても、警察官による証拠のねつ造をうかがわせる事情は見当たらない。 以上によれば、弁護人の主張を踏まえて検 ために証拠のねつ造に及ぶ理由は見出し難く、本件事件当日以降の捜査の初期段階における経過をみても、警察官による証拠のねつ造をうかがわせる事情は見当たらない。 以上によれば、弁護人の主張を踏まえて検討しても、捜査機関が本件雨合羽及び鞘をねつ造したとの疑いは生じない。このことは、捜査機関が5点の衣類や端切れをねつ造 したと認められることによっても左右されるものではない。 - 98 -また、弁護人は、H16鑑定は、参考として提出された先端の折損がない新品のくり小刀を前提として見解を述べており、信用できないと主張する。確かに、H16鑑定は、先端の折損のない約13.6cm、刃幅が柄の部分で約2.1cmのくり小刀を前提に鑑定の結論を導いている。しかし、くり小刀の形状は、H16鑑定が被害者らの創傷の状況から成傷器を推定した過程に何ら影響しない上、本件くり小刀も先端がやや折損し ているとはいえ、十分鋭利なものであって、他の形状には大差ないのであるから、H16鑑定の結論は、本件くり小刀にも十分妥当するといえる。 さらに、弁護人は、H18教授の回答書2通、H19医師の鑑定書に基づき、被害者らには本件くり小刀では形成できない損傷が存在すると主張する。そこで検討すると、まず、H18教授の上記回答書は、Gの第9胸椎左側を切断した創傷について、女性モ デル10名(うちGの体形に近いモデルは4名)のCT画像を撮影し、外表から胸椎までの距離を測定すると、10例では平均17cm、そのうちGと体形が近い4例では平均16.5cmであり、皮膚及び皮下軟部組織がその厚さの半分まで陥凹するとみると、上記平均のいずれについても約14.7cmとなるから、仮に先端が折損していなかったとしても、約13cm前後の本件くり小刀では、Gの上記傷が形成できないなどとい さの半分まで陥凹するとみると、上記平均のいずれについても約14.7cmとなるから、仮に先端が折損していなかったとしても、約13cm前後の本件くり小刀では、Gの上記傷が形成できないなどとい うものである。しかし、体形には個人差があることからすれば、Gと体形が近いモデルを使用したとしても、別人の身体からGの傷の深さを推定することには無理があるといわざるを得ず、現に、身長、体重、胸囲の条件が似通ったモデルであっても、外表から胸椎までの距離に約2cmもの差異があったことが認められる。また、軟部組織の弾力性には個人差があることがうかがわれるにもかかわらず、H18意見が皮膚及び皮膚軟部 組織の厚さの半分まで陥凹するとした根拠は明らかでなく、H18意見においては、軟部組織とは別に胸郭も弾力性を有することが考慮されていない。そうすると、Gの傷を形成するために約14.7cm以上の凶器が必要であるとの上記数値を参考としても、刃体の長さに関する本件くり小刀との差異は、約2.6cmにすぎないから、体形等の個人差、軟部組織及び胸郭の弾力性等によっては、刃体の長さ約12.1cmの本件く り小刀でGの上記傷が形成できるものと認められる。したがって、本件くり小刀ではG- 99 -の上記傷が形成できないとのH18意見は採用できない。 次に、H19医師の上記鑑定書は、aDの身長や衣服の厚みなどを考えると、Dの胸部横径は35cmと考えられ、胸部中葉を貫通するには最低でも17.5cmの長さの刃物が必要である、bGの左前胸部の創傷は、上から下に向けて斜めに刺入されており、Gの身長は159cmと小さい方でないから、凶器の長さは20cm以上必要である、 cFの肝臓の刺創は、第6肋軟骨を斜めに貫通し、横隔膜を経由して肝臓に達しているが、肋軟骨の刺創の長さを1 おり、Gの身長は159cmと小さい方でないから、凶器の長さは20cm以上必要である、 cFの肝臓の刺創は、第6肋軟骨を斜めに貫通し、横隔膜を経由して肝臓に達しているが、肋軟骨の刺創の長さを1cm、肝臓の傷の深さを4cm、横隔膜の厚さを0.7cm(合計5.7cm)とし、本件くり小刀の刃幅1.2cm部分の刃先を5.7cmとすると、胸骨体から横隔膜までの距離がゼロとなってしまうので、凶器は本件くり小刀よりも細くて長いものが考えられるなどというものと解される。しかし、H19鑑定は、 上記aのDの創傷について、Dの胸部横径を35cmとした根拠やそれに基づき凶器の長さを推定した根拠は全く不明である。また、上記bのGの創傷についても、刃体が斜めに刺入されたことやその身長に基づき凶器や創管の長さを推定した根拠も全く明らかでない。さらに、上記cのFの創傷についても、本件くり小刀の刃幅1.2cm部分の刃先を5.7cmと推定した根拠も、前提となる肋軟骨の刺創の長さや横隔膜の厚さの 数値等の根拠も全く不明である。以上によれば、H19鑑定は、全体として客観的な根拠に乏しく、信用性が極めて低いものといわざるを得ない。 以上によれば、本件雨合羽及び鞘並びに本件の凶器に関する弁護人の各主張を踏まえて検討しても、本件犯行の犯人が本件工場に置かれていた本件雨合羽を着てD方に侵入したことが推認されるとの上記判断は変わらない。 イ本件工場の混合油が本件放火の犯行に使用されたとの検察官の主張前記の前提事実に加え、本件工場の混合油が本件放火の犯行に使用されたとの検察官の主張に関し、関係証拠によれば、次の事実が認められる。 認定事実a 本件工場内に置かれていた混合油の減少等 本件会社では釣り船用のモーターボートの燃料と 用されたとの検察官の主張に関し、関係証拠によれば、次の事実が認められる。 認定事実a 本件工場内に置かれていた混合油の減少等 本件会社では釣り船用のモーターボートの燃料として混合油(ガソリンと潤滑油の混- 100 -合物)を使用していたところ、従業員であるL1は、本件事件当日の1週間前である6月23日、混合油18ℓ缶を2缶購入し、同月26日、1缶を釣りで使用し、残り1缶(本件缶)を三角部屋前に置き、同月27日の朝に本件缶が同所に置かれているのを確認した。本件会社の従業員であるL15は、本件事件当日である同月30日午後1時頃、自動車に給油するためにガソリンを探索中、三角部屋南に位置する倉庫で混合油1缶を発 見し、L1らと確認したところ、その中身が減少しており、その残量は12.35ℓ(5. 65ℓの減少)であった。L1は、その後、混合油を使った者がいるか多くの本件工場の従業員に聞いて回ったが、混合油を使用した者は確認できず、警察官も本件工場の全従業員に確認したが同様の結果であった。また、本件缶の側面2か所には、血液型不明の人血が付着していた。 (確3冊836丁、確12冊993丁、確13冊1336丁、確15冊1807丁、1852丁、1890丁)b 本件放火に混合油が用いられたことEの遺体の頭部及びその下にあった毛布、被害者らの焼け残った着衣、Dの遺体の頭部近くにあった男性用パンツ並びにボール紙(被害者らの着衣等)には、その実況見分 時点において、それぞれ、ガソリン又は油様の臭気が認められた。 そして、被害者らの着衣等を鑑定したM2ら作成の鑑定書の内容は、次のとおりである。すなわち、被害者らの着衣等にはいずれもガソリン臭が感じられ、北川式ガソリン検知管検査の結果からガソリンの存在が 。 そして、被害者らの着衣等を鑑定したM2ら作成の鑑定書の内容は、次のとおりである。すなわち、被害者らの着衣等にはいずれもガソリン臭が感じられ、北川式ガソリン検知管検査の結果からガソリンの存在が認められる。また、これらの試料につきエーテルによる油分の抽出等を行ったところ、粘ちゅうな抽出液が得られ、昼光において緑色 蛍光を呈した上、被害者らの着衣等についてガスクロマトグラフ分析試験を実施したところ、ガソリンの高沸点分及び潤滑油の存在が認められたことから、被害者らの着衣等にはガソリンと潤滑油の混合油が付着している。そして、確定控訴審においてM2鑑定書の鑑定経過及び結果を合理的に導出できるか等について鑑定したH20教授は、M2鑑定書が本件工場内の混合油と被害者らの着衣等に付着していた混合油を同種と推定し たことは支持できないものの、M2鑑定がガソリン臭及び検知管の結果からガソリンの- 101 -存在を認めたのは妥当であり、一般的に動植物油が緑色蛍光を発することなく、その粘稠度などの性状等に基づき、この残留液の大部分が高沸点鉱物油と認めることは可能であって、ガスクロマトグラフにも妥当性が認められるとし、以上の限度でM2鑑定を支持している。以上のようなM2鑑定及びH20鑑定等によれば、被害者らの着衣等には混合油が付着していたことが認められ、本件放火には混合油が用いられたと推認できる。 また、確定第1審において裁判所から鑑定を命じられたM3は、被害者らの着衣等についてエーテル抽出、けん化処理等を行った上で、分光分析等の各種検査を実施した結果、被害者らの着衣等の大部分から検出された潤滑油様の油は、本件工場内の混合油と類似するか、かなり類似する油であると鑑定しており、M3鑑定は、その用いられた手法や判断の過程に不合理な点は見当たら 結果、被害者らの着衣等の大部分から検出された潤滑油様の油は、本件工場内の混合油と類似するか、かなり類似する油であると鑑定しており、M3鑑定は、その用いられた手法や判断の過程に不合理な点は見当たらず、信用できる。したがって、M3鑑定によれ ば、本件放火に用いられた混合油と本件工場内の混合油は類似する油であったと認められる。 (確11冊505丁、718丁、753丁、確15冊1708丁、確19冊2575丁、確24冊743丁、1189丁、確25冊1丁) 判断 前記の前提事実及び認定事実のとおり、本件工場とD方は線路を隔てて近隣に位置するところ、本件の数日前に本件工場に置かれていた本件缶内の混合油が本件事件後に5. 65ℓ減少していたこと、従業員及び警察官が相応の聴取、捜査を行ってもその間に混合油を使用した従業員を発見できなかったこと、本件放火に本件工場内の混合油と類似する混合油が用いられたこと、本件缶に人血が付着していたことなどの事情が認められ、 これらの事実によれば、本件工場の混合油が本件放火の犯行に使用された可能性は高いといえる。 弁護人の主張これに対し、弁護人は、H20鑑定は、潤滑油の存在を認めているものの、M2鑑定を全体として否定する趣旨であるなどとして、M2鑑定に基づき混合油が本件放火に使 用されたとはいえない旨主張する。しかし、H20鑑定は、M2鑑定がガソリンの存在- 102 -を認めたのは妥当であるとした上で、各試料の抽出液の色調及び粘稠度を理由に、上記抽出液を高沸点鉱物油と認めることは可能としているのであるから、被害者らの着衣等に混合油が付着しているとの限度でM2鑑定を支持していることは明らかである。その余の弁護人の主張を踏まえて検討しても、本件放火に本件工場の混合油と類似 とは可能としているのであるから、被害者らの着衣等に混合油が付着しているとの限度でM2鑑定を支持していることは明らかである。その余の弁護人の主張を踏まえて検討しても、本件放火に本件工場の混合油と類似した混合油が用いられたとの判断は変わらない。 ウ本件犯行の犯人が事件当夜本件工場に出入りしたことをうかがわせる事実が認められるとの検察官の主張前記の前提事実に加え、本件犯行の犯人が事件当夜本件工場に出入りしたことをうかがわせる事実が認められるとの検察官の主張に関し、関係証拠によれば、次の事実が認められる。 認定事実a 被害品の布袋の遺留状況J14巡査部長は、本件事件当日の6月30日午前5時頃、消防団員に対する聞き込み捜査の際、D方裏口外側のコンクリート部分付近に、被害品の布袋3個のうち1個が落ちているのを発見した。また、D方の検証の南側責任者であったJ9警部補ら警察官 は、同日午後2時頃、L14ら立会いの下、D方裏付近を検証していた際、D方裏出入口と鉄道線路の間の線路脇に、被害品である布袋1個が落ちているのを発見した。そして、発見された布袋1個には、血液型不明の人血が付着していた。 (確11冊505丁、確12冊896丁、確13冊1348丁、確15冊1804丁)b 本件工場内の捜索等の結果 警察官らは、7月4日、本件工場を捜索し、2階事務所階下に至る三角部屋奥の通路の側溝から、本件会社の手ぬぐいを発見した。その手ぬぐいには、AB型の人血とAB型らしい人血の付着が認められた(前記のとおり、被害者らの血液型は、D・A型、E・B型、G・O型、F・AB型であり、被告人の血液型はB型である。)。また、警察官らは、7月23日、本件工場の実況見分を実施し、風呂場の壁面2か所に人血の 記のとおり、被害者らの血液型は、D・A型、E・B型、G・O型、F・AB型であり、被告人の血液型はB型である。)。また、警察官らは、7月23日、本件工場の実況見分を実施し、風呂場の壁面2か所に人血の付着を認 め、うち1か所の血液型はA型であった。 - 103 -(確13冊1299丁、1308丁、確15冊1700丁、1811丁、1832丁) 判断 前記ア及びイの事実関係によれば、本件犯行の犯人が本件工場にあった本件雨合羽を着て犯行現場に赴いたことが推認され、本件工場の混合油が本件放火の犯行に使用された可能性が高いといえるところ、前記認定事実のとおり、本件事件後、D方裏口付近2 か所に被害品の布袋が遺留されていたこと、本件工場から血の付いた手ぬぐいが発見されたこと、本件工場風呂場に人血の付着が認められたことなどの事実は、上記推認等と整合する事情と評価できる。 弁護人の主張これに対し、弁護人は、D方裏口の裏木戸は施錠されていたから、本件工場とD方の 間に金袋が遺留されていたことは、本件犯行と本件工場を結び付けないと主張する。 そこで検討すると、昭和41年7月10日付けJ9警部補作成の検証調書(確11冊505丁)等の関係証拠によれば、裏木戸の構造、本件犯行後の状況等は、次のとおりである。すなわち、D方の裏木戸は、2枚の扉がD方側に観音開きになる構造で、上部及び下部の留め金と、中央部のかんぬきで施錠するようになっていた。D又はEは、就 寝前、かんぬきだけでなく、上下の留め金も施錠しており、2枚の扉を閉めた場合に隙間はなかった。本件事件後、かんぬきは、D方側から見て右側の扉(西側)のU字金具に炭化した状態で通されており、左側(東側)の扉には残っていなかった。上部の留め金は、オス金具とメス金 を閉めた場合に隙間はなかった。本件事件後、かんぬきは、D方側から見て右側の扉(西側)のU字金具に炭化した状態で通されており、左側(東側)の扉には残っていなかった。上部の留め金は、オス金具とメス金具が掛けられて一体となった状態で裏木戸から数mD方内に入った位置に落ちており、下の留め金は、オス金具とメス金具の施錠が解かれ、それぞれ左 右の扉の木枠に付いていた。また、裏木戸の扉は、消火活動時、隙間が空いており、外側からD方内の火が見え、押しても容易に開かず、外側から手で押したり蹴ったりなどすると徐々に開くような状態であった。そして、裏木戸があったD方通路兼物置は、火災によって屋根の大部分が焼け落ち、焼け崩れた家具類の上に瓦や土砂が覆いかぶさって雑然とした状況にあった。 以上によれば、D方の裏木戸は、内側から開けられる構造となっており、D方に侵入- 104 -した本件犯行の犯人が裏木戸を通って本件工場と行き来することは容易であったと認められる。現に、本件事件後に下の留め金が施錠されずにそれぞれ左右の扉に付いていたことは、本件犯行の犯人が下の留め金の施錠を解いたことをうかがわせるものである。 そして、消火活動時、閉まっていれば隙間がないはずの裏木戸に隙間ができており、外側から力を加えると徐々に少しずつ扉が開いたことに加え、焼失した可能性があるとは いえ左側(東側)の扉にかんぬきが残っていなかったこと、裏木戸の内側は瓦等が堆積していた状況にあったことなどを考慮すれば、消火活動時、裏木戸のかんぬきは施錠されておらず、消火活動時に扉が容易に開かなかった原因は、火災によって扉の内側に屋根等から落ちた物が堆積したことにあると推認できる。以上に加え、本件犯行の犯人がかんぬき及び下の留め金の施錠を解いてD方から出た際、上の留め金が扉から外れ 開かなかった原因は、火災によって扉の内側に屋根等から落ちた物が堆積したことにあると推認できる。以上に加え、本件犯行の犯人がかんぬき及び下の留め金の施錠を解いてD方から出た際、上の留め金が扉から外れて落 下した可能性があることを考慮すれば、弁護人の主張を踏まえて検討しても、D方裏口の裏木戸は、火災によって物が堆積するまでの間、D方に侵入した本件犯行の犯人が出入りできる状態にあったと認められる。したがって、本件犯行の犯人が裏木戸を通行できなかったことを前提とする弁護人の上記主張は採用できない。 エ犯人像等による推認の検討 犯人像等による推認の程度前記の事実関係によれば、本件犯行の犯人が本件工場に置かれていた本件雨合羽を着てD方に侵入したことが推認される上、本件工場の混合油が本件放火の犯行に使用された可能性が高いといえる。加えて、D方裏口付近2か所に被害品の布袋が遺留されていたことや、本件工場から血の付いた手ぬぐいが発見されたことなどの前記の各事情は、 上記の推認等と整合するものである。そして、関係証拠によれば、被告人は事件当夜に従業員寮に一人で在室しており、本件犯行に及ぶ機会があったと認められる。 しかし、前記の事実関係を総合しても、本件犯行の犯人が事件当夜に本件工場から本件雨合羽を持ち出したとまでは推認できない上、本件雨合羽の保管状況等に照らし、従業員以外の者が本件雨合羽を着用して本件犯行に及んだ可能性も排斥できない。また、 確かに、本件工場内の混合油が本件放火に使用された可能性は高いものの、本件缶の保- 105 -管状況や従業員による使用の確認の態様等に照らし、本件缶の混合油が本件犯行とは無関係に使用された可能性や、従業員以外の者が混合油を使用した可能性を排斥できず、本件の放火に本 件缶の保- 105 -管状況や従業員による使用の確認の態様等に照らし、本件缶の混合油が本件犯行とは無関係に使用された可能性や、従業員以外の者が混合油を使用した可能性を排斥できず、本件の放火に本件工場の混合油が使用されたとまでは断定できない。その余の事実についても、被害品の布袋が遺留されていた場所は、飽くまでD方裏口付近であって、本件犯行の犯人がD方裏口から脱出して本件工場以外の場所に向かった際に遺留したものと しても十分説明可能な位置である上、本件工場の手ぬぐい等の血は本件犯行以外の機会に付着した可能性が十分考えられる。 以上に加え、本件会社は、従業員数十人を雇用する会社であり、本件工場の2階には本件会社の事務室もあったのであるから、本件工場1階には、従業員以外の者も多数出入りしていたことがうかがわれるところ、本件工場の北側正面出入口は、昼間の操業中 は解放され、夜間施錠されていたものの、その門に取り付けられたくぐり戸は、門とくぐり戸に打ち付けられた釘にひもを掛ける程度の施錠しかされていなかった上、本件事件前日はくぐり戸の施錠もされておらず、従業員以外の者も夜間立ち入ることが可能であったものである。そうすると、本件工場外に居住していた従業員だけでなく、本件工場内の事情を知っていた従業員以外の者が事件当夜に本件工場に出入りして本件犯行に 及んだ可能性も十分考えられる上、本件雨合羽を入手した従業員以外の者が事件当夜に本件工場に出入りせずに本件犯行に及んだ可能性についても排斥できない。 以上の検討によれば、前記の事実関係は、本件工場と本件犯行との結び付きをうかがわせるものの、前記の事実関係をもって、本件犯行の犯人が本件工場の従業員であるとも、本件犯行の犯人が事件当夜に本件工場に出入りしたとも認定できず、前記の事実関 場と本件犯行との結び付きをうかがわせるものの、前記の事実関係をもって、本件犯行の犯人が本件工場の従業員であるとも、本件犯行の犯人が事件当夜に本件工場に出入りしたとも認定できず、前記の事実関 係は、本件工場内の寮に居住していた従業員以外の者、すなわち被告人以外の者が本件犯行に及んだ可能性を十分に残すものである。したがって、前記の事実関係は、被告人が本件犯行の犯人であれば整合する程度の限定的な証明力を有するにすぎない。 検察官の主張これに対し、検察官は、当裁判所が認定した前記の各事実と同旨の事実関係によれば、 本件犯行の犯人が本件工場関係者であることが強く推認される上、証拠から推認される- 106 -事件当時の行動を被告人がとることが可能であったと主張(本件主張①)し、被告人が犯人であることと整合するその他の事情(本件主張③の各事実)も併せ考慮すれば、被告人が犯人であることが相当程度推認されると主張する。しかし、仮に、検察官の上記主張が本件犯行の犯人が本件工場の従業員であると合理的な疑いを入れる余地なく認定できるとの趣旨であれば、そのような認定ができないことは前記のとおりである。他方 で、検察官の上記主張が本件工場関係者が本件犯行の犯人である可能性が高いというにとどまるものであれば、従業員だけでなく、従業員以外の外部の者による犯行可能性も十分残る以上、被告人の犯人性を推認させる証明力は相当限定的であるといわざるを得ない。したがって、検察官の上記主張を踏まえても、本件工場と本件犯行との結び付きを示す前記の事実関係は、被告人が本件犯行の犯人であれば整合する程度の限定的な証 明力を有するにすぎないものといえる。 本件が複数犯による怨恨を晴らす目的での殺人である旨の弁護人の主張弁護人は、被害者らの遺 、被告人が本件犯行の犯人であれば整合する程度の限定的な証 明力を有するにすぎないものといえる。 本件が複数犯による怨恨を晴らす目的での殺人である旨の弁護人の主張弁護人は、被害者らの遺体の状況等に照らし、本件は単独では実行不可能な犯行であり、その残虐な殺害方法等からすると被害者らに対する強い恨みを晴らす目的での犯行であって、犯人は本件工場と無関係の外部の者であるなどと主張する。 確かに、本件犯行が単独犯であることに合理的な疑いが生じれば、それを前提とした被告人の犯人性にも合理的な疑いが生じ、また、本件の犯行が本件公訴事実のとおりの強盗殺人ではなく、被害者らに対する怨恨を晴らす目的での犯行である合理的な疑いが残れば、被害者らに対する怨恨等があったとは認められない被告人の犯人性にも疑いが生じる余地がある。 そこで検討すると、前記前提事実のとおり、本件犯行後、本件会社の売上金が入った布袋3個が紛失していたことや、通常D方土間に置かれていたがま口財布がD方裏口付近から発見されたことは、本件犯行の犯人に金品を取得する目的があったことを強く推認させるものであって、被害者らに対する怨恨を晴らす目的であったという想定と整合しない。また、前記認定事実のとおり、被害者らの多数の創傷は、ほとんど同じ形状で 大きさも一致しており、本件くり小刀のみをもって被害者らの創傷が形成可能であるこ- 107 -とは、本件犯行が本件くり小刀のみを凶器とし、単独で遂行可能であることを示すものである。 これに対し、まず、弁護人は、被害者らの遺体にはベルトや鎖状の物で拘束された跡があるから、被害者らは拘束されて身動きができない状態で殺害されたと主張する。しかし、被害者らの遺体を解剖した医師2名の鑑定書はもとより、解剖検査記録を検討し た ベルトや鎖状の物で拘束された跡があるから、被害者らは拘束されて身動きができない状態で殺害されたと主張する。しかし、被害者らの遺体を解剖した医師2名の鑑定書はもとより、解剖検査記録を検討し たH16鑑定及びH17鑑定、弁護人の依頼に基づいて鑑定を行ったH18意見、H19鑑定においても、被害者らの遺体に拘束の跡があったことは指摘されておらず、弁護人の上記主張は専門的知見や判断に基づかないものである。また、被害者らの遺体は、混合油で焼かれたこと等により、外表が広範囲にわたって炭化変色し、人相も不明で、骨や筋肉が露出した部位もあったところ、被害者らの遺体の写真を子細に観察しても、 ベルト等で拘束された跡であると断定できるような痕跡は認められない。また、Fの左手及び左腕には防御創があり、拘束されて身動きができない状態で殺害されたという想定と整合しない。以上によれば、弁護人の主張を踏まえて検討しても、被害者らの遺体の写真は、被害者らの遺体に拘束の痕跡があったとの疑いを生じさせるものではない。 なお、弁護人は、真犯人を知っていた警察が被害者らが拘束されていた事実を故意に隠 したと主張するが、被害者らの遺体を解剖した医師2名の鑑定書に拘束の痕跡についての記載がないことと整合せず、憶測の域を出ないものである。 次に、弁護人は、Dの歯の欠損や右腕の骨折、Gの頭蓋骨に穴が開いたような損傷は、本件犯行の犯人が被害者らに苦痛を与える目的で打撃を加えたことによって形成されたものであると主張する。しかし、Dの遺体は、屋根から落ちた瓦や粘土のような物、炭 化物が高く積もった通路兼物置において、右手以外は埋まって仰向けの状態で発見されたのであるから、Dの歯の欠損や右手の骨折は、火災や落下物によるものとも考えられる。また、Gの左前頭部には陥没が認めら 化物が高く積もった通路兼物置において、右手以外は埋まって仰向けの状態で発見されたのであるから、Dの歯の欠損や右手の骨折は、火災や落下物によるものとも考えられる。また、Gの左前頭部には陥没が認められるが、Gの遺体はうつぶせで体の上部には焼け落ちた瓦、土砂、炭化物等が乗った状態で発見された上、Gの遺体を解剖したH22医師は、上記の頭部の陥没は火災によるものと考えられると確定第一審において証言 している。以上のような遺体の発見状況等によれば、Dの歯の欠損や右手の骨折、Gの- 108 -頭部の陥没は、火災や落下物によって形成されたものと考えるのが自然である。また、仮に、これらの損傷が本件の犯行によって生じたとしても、このことが直ちに本件犯行の犯人に怨恨を晴らす目的があったとの疑いを生じさせるものではない。 さらに、弁護人は、D方の多くの貴金属や現金が持ち去られていないことは、本件犯行の犯人に金品強取の目的はなかったことを示すものであると主張する。しかし、被害 品のほかにD方に多くの金品が残っていたことは、本件犯行の犯人が偶発的に本件強盗殺人の犯行に及んだことをうかがわせるものの、窃盗の目的でD方に侵入した本件犯行の犯人が強盗殺人に及んで動揺し、更に金品を物色する心理的、時間的余裕がなかったなどと考えれば不自然ではなく、D方に金品が残されていたことは、本件犯行の犯人に金品を得る目的があったとの上記推認を妨げるものとはいえない。 加えて、弁護人は、被害者らの創傷の数が極端に多く、その多くが浅いものであったことは、本件が強盗でないことや複数犯であることを示していると主張する。しかし、本件くり小刀は、その形状に照らし、極めて容易に刺入抜去を繰り返すことが可能なものであり、このような本件凶器の形状性質を考慮すれば、被害者らの多数の創 複数犯であることを示していると主張する。しかし、本件くり小刀は、その形状に照らし、極めて容易に刺入抜去を繰り返すことが可能なものであり、このような本件凶器の形状性質を考慮すれば、被害者らの多数の創傷が被害者らに恨みを有しない者によって形成されたとしても不自然とはいえない。また、前記 のとおりのD方の構造や被害者らの遺体の位置等によれば、本件くり小刀を用いて順次被害者らの殺害行為に及ぶことが可能であったと考えられる。したがって、被害者らの創傷の数や形状をもって、直ちに、本件犯行の犯人が怨恨を晴らす目的での複数犯であるとの疑いが生じるものではない。 以上によれば、弁護人の上記主張を踏まえて検討しても、本件犯行が被害者らに対す る怨恨を晴らす目的であったとの合理的な疑いは生じず、また、本件犯行は単独で遂行可能なものであると認められる。したがって、弁護人の上記主張は採用できない。 ⑷ 小括以上のとおり、本件工場と本件犯行との結び付きをうかがわせる事実関係は認められるものの、本件犯行の犯人が本件工場の従業員であるとも、本件犯行の犯人が事件当夜 に本件工場に出入りしたとも認定できず、本件工場内の寮に居住していた従業員以外の- 109 -者、すなわち被告人以外の者が本件犯行に及んだ可能性を十分に残すものであって、犯人像等に関する事実関係は、被告人が本件犯行の犯人であれば整合する程度の限定的な証明力を有するにすぎない。他方で、本件犯行が被害者らに対する怨恨を晴らす目的であったとの合理的な疑いは生じず、本件犯行は単独で遂行可能なものであると認められる。 4 被告人と犯人の整合性に関する検察官の主張(本件主張③)の検討⑴ 検察官及び弁護人の主張検察官は、被告人が事件当夜に左手中指の切創等の複数の創傷を負っていたこと ると認められる。 4 被告人と犯人の整合性に関する検察官の主張(本件主張③)の検討⑴ 検察官及び弁護人の主張検察官は、被告人が事件当夜に左手中指の切創等の複数の創傷を負っていたこと、被告人が着用していたパジャマから他人の血液及び混合油が検出されたこと、被告人が本件事件前にくり小刀を購入して所持していたことがうかがわれること、被告人には犯行 に及ぶ動機があったことが認められ、これらの被告人が犯人であることと整合する諸事情が存在することは、被告人が本件犯行の犯人であることを相当程度推認させると主張する。これに対し、弁護人は、上記各事実は認められないか、仮に認められたとしても、被告人の犯人性を推認するような証拠価値はないと主張する。 ⑵ 被告人の左手中指の切創等 関係証拠によれば、被告人は、本件事件当日の消火活動後、左手中指に傷を負っており、脱脂綿で繰り返し血をふき取り、包帯を巻くなどしていたことが認められる。また、本件事件後に上記の傷を観察した医師は、被告人の左手中指の切創は、刃物など何らかの鋭利なもので形成されたものと推定される旨証言しており、その証言の信用性に疑いを入れる事情は見当たらない。したがって、被告人は、事件当夜、左手中指に刃物など の鋭利なもので形成された傷を負っていたことが認められる。しかし、被告人は、本件事件後にD方の消火活動を行っていたと認められ、その消火活動の際に左手中指に傷を負った旨供述しているところ、これを排斥できる証拠は見当たらないから、上記の傷が本件犯行と別の機会に形成された可能性は十分にある。そして、このことは、消火活動の際にけがをした従業員が実際にいたことからもうかがえる。以上によれば、被告人が 事件当夜、左手中指に刃物などの鋭利なもので形成された傷を負っていた 性は十分にある。そして、このことは、消火活動の際にけがをした従業員が実際にいたことからもうかがえる。以上によれば、被告人が 事件当夜、左手中指に刃物などの鋭利なもので形成された傷を負っていたことは、被告- 110 -人が本件犯行の犯人であるとすれば整合する程度の証明力を有するにすぎないといえる。 これに対し、検察官は、被告人が事件当夜に負った傷は全部で約10か所であって、消火活動の際に負った傷としては余りに多いなどと主張する。しかし、関係証拠を精査しても、左手中指の上記の傷を除き、被告人が負っていた傷が事件当夜に形成されたも のとは認められず、検察官の上記主張は前提を欠く。 ⑶ 被告人のパジャマと他人の血液及び混合油の検出関係証拠によれば、被告人の血液型はB型であるところ、7月4日に押収された被告人のパジャマには、その上衣の左前面下側に血液型不明の人血、左胸ポケットにAB型の人血、その下衣の左腰に血液型不明の人血、右膝にA型の人血がそれぞれ付着してい たこと、混合油が付着していたことが認められる。しかし、パジャマを領置した旨を報告した捜査報告書には、パジャマ上衣の左ポケット下付近に、血痕かサビか醤油の染みか判断できないが、僅かに痕跡が認められたとの記載が、上記血液型を鑑定した鑑定書には、パジャマの上下に肉眼的に血液らしいものの付着は認められないとの記載があり、これらの記載に鑑みると、パジャマに付着していた血液は、肉眼で確認することが困難 な程度に少量であったと認められるから、本件犯行に関連して付着した可能性が高いものではない。また、被告人は本件工場内の従業員寮で生活していたのであるから、本件工場内の混合油や他人の血液が本件犯行とは無関係にパジャマに付着した可能性も否定できない。以上によれば、被告人が着用 ものではない。また、被告人は本件工場内の従業員寮で生活していたのであるから、本件工場内の混合油や他人の血液が本件犯行とは無関係にパジャマに付着した可能性も否定できない。以上によれば、被告人が着用していたパジャマに他人の血液及び混合油が付着していたことは、被告人が本件犯行の犯人であるとすれば整合する程度の限定的な証 明力を有するにすぎないといえる。 ⑷ くり小刀と被告人との関係関係証拠によれば、本件くり小刀を販売した可能性のある静岡県内の店舗は、沼津市内のU刃物店等の3店舗と認められるところ、U刃物店店員のVは、警察官から、従業員の顔写真28枚(うち被告人の顔写真2枚)を示され、被告人の顔写真1枚に見覚え があり、店に来ているかもしれないと供述している。しかし、Vの上記供述は、来店し- 111 -た客の中に被告人に似た者がいた可能性を述べるにとどまるものであり、被告人を識別する供述としての証拠価値を有するものではない。したがって、上記供述によっては、上記刃物店に被告人に似た者が来店した可能性があるといった程度の事実しか認められず、この事実は、被告人の犯人性を積極的に推認させるものではない。これに対し、検察官は、Vの供述によれば、被告人が上記刃物店を訪れていたと推認されると主張する が、Vは、来店した者を被告人と識別する趣旨の供述をしていないから、検察官の上記主張には明らかに無理があり、採用できない。 ⑸ 被告人の本件犯行の動機関係証拠によれば、被告人が、本件事件から約2か月前の4月頃、松下のじいさん(松下幸之助を指すものと考えられる。)を後ろから襲えば金が取れると発言し、本件事件か ら約1か月前の5月頃、本件会社の販売係の従業員に対し、Dが自宅に持ち帰る売上金を尋ね、冗談のように、結構入っているじ を指すものと考えられる。)を後ろから襲えば金が取れると発言し、本件事件か ら約1か月前の5月頃、本件会社の販売係の従業員に対し、Dが自宅に持ち帰る売上金を尋ね、冗談のように、結構入っているじゃないか、一発殴ればのびてしまうなどと発言したことが認められる。また、関係証拠によれば、被告人が本件事件当時、本件会社から支給された給料の半分近くを息子の養育費として母に渡していたこと、質店や本件会社から借入れをするなどしていたことが認められる。しかし、被告人が上記の発言を したことや金銭に窮していたことは、被告人が本件犯行の犯人であれば矛盾しない程度の事実関係であり、被告人の犯人性を積極的に推認させるものではない。むしろ、被告人には、金銭を必要とする切迫した事情があったとまではうかがえず、面識のある被害者らに露見する危険を冒してD方に侵入するまでの動機があったとは認められない。 ⑹ 小括 以上の検討によれば、被告人が事件当夜に左手中指に傷を負っていたこと、被告人のパジャマから他人の血液及び混合油が検出されたことなどの事実が認められるが、これらの事実は、被告人が本件犯行の犯人であるとすれば整合する、あるいは矛盾しない程度の限定的な証明力を有するにすぎない。 5 総合評価 以上のとおり、被告人の犯人性を推認させる最も中心的な証拠とされてきた5点の衣- 112 -類は、本件の犯行着衣であるとも、被告人が本件犯行後に1号タンク内に隠匿したものであるとも認められず、本件事件から長期間経過後のその発見に近い時期に、本件犯行とは関係なく、捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、1号タンク内に隠匿されたものであって、捜査機関によってねつ造されたものと認められる。また、5点の衣類と被告人を結び付けるという端切れも、捜査 関係なく、捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされ、1号タンク内に隠匿されたものであって、捜査機関によってねつ造されたものと認められる。また、5点の衣類と被告人を結び付けるという端切れも、捜査機関によってねつ造されたものと認め るのが相当である。したがって、5点の衣類及び端切れは、本件とは関連性を有しない証拠であるから、本件の証拠から排除され、被告人が本件犯行の犯人であることを裏付ける証拠にはならない。そして、5点の衣類を除いた証拠によって認められる事実関係は、被告人が本件犯行の犯人であるとすれば整合するといった程度の限定的な証明力を有するにすぎず、被告人以外の者による犯行可能性を十分に残すものである。 以上によれば、本件の事実関係には、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない、あるいは、少なくとも説明が極めて困難な事実関係が含まれているとはいえず、被告人を本件犯行の犯人と認めることはできない。 第5 結論刑訴法317条は、「事実の認定は、証拠による。」と定め、刑訴法318条は、「証拠 の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。」と定めているが、本件では、長い年月にわたり、各裁判所の異なる結論や意見が示されてきたところである。 しかし、刑事裁判においては、①適正な手続によって取り調べられた証拠によって、被告人が有罪であるという事実を認定する必要があり、また、②被告人が有罪であるという立証責任は検察官にあり、被告人が有罪か否かは、「疑わしきは被告人の利益に」の 原則に従って判断されなければならず、さらに、③被告人を有罪と認定するには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証、すなわち、健全な社会常識に照らして、被告人が無罪であるという疑いに合理性がないといえなければならないことが必要で 、さらに、③被告人を有罪と認定するには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証、すなわち、健全な社会常識に照らして、被告人が無罪であるという疑いに合理性がないといえなければならないことが必要である。このような刑事裁判の原則に従えば、被告人が本件犯行の犯人であると認定することはできない。 よって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑訴法336条- 113 -により被告人に対して無罪の言渡しをする。 令和6年10月9日静岡地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官國井恒志 裁判官谷田部峻 裁判官益子元暢

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