令和5(受)961 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和7年3月7日 最高裁判所第二小法廷 判決 棄却 広島高等裁判所 令和4(ネ)264
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判決文本文7,527 文字)

- 1 - 主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人河野誠、同岡村真央の上告受理申立て理由(ただし、排除された部分を除く。)について 1 本件は、静岡県警察所属のA警部補が自殺したことについて、A警部補の妻子である被上告人らが、静岡県警察を置く上告人に対し、上記の自殺は上告人の安全配慮義務違反によるものであり、被上告人らはA警部補の上告人に対する損害賠償請求権を相続したと主張して、その支払を求める事案である。 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 ⑴ A警部補(昭和55年7月3日生まれ)は、平成15年4月に静岡県警察に採用され、平成22年3月に下田警察署地域課に配属となり、その後、同警察署中央交番の交番長として勤務していたが、平成24年3月10日に自殺した。 ⑵ A警部補が勤務していた当時の中央交番における勤務制及び時間外勤務時間等の管理は、次のとおりであった。 ア中央交番の交番長を含む勤務員の勤務制は、3班に分かれて①当直、②非番及び③週休(又は日勤)を繰り返す交替制勤務とされていた。①当直とは、午前9時から翌日午前9時までの間(そのうち合計8時間30分は仮眠時間を含む休憩時間)、警ら、立番及び巡回連絡に加え、発生した事件事故の処理等の業務に従事するというもの、②非番とは、当直の勤務を終えた後、その日の当直の勤務を行う班が到着するまで中央交番に待機して引継ぎをした上で、下田警察署に赴いて所定の報告等を行うことで勤務終了となるというもの、③週休(又は日勤)とは、非番の令和5年(受)第961号損害賠償請求事件令和7年3月7日第二小法廷判決 引継ぎをした上で、下田警察署に赴いて所定の報告等を行うことで勤務終了となるというもの、③週休(又は日勤)とは、非番の令和5年(受)第961号損害賠償請求事件令和7年3月7日第二小法廷判決- 2 -翌日について、原則として週休日を割り振られるが、1か月に1、2回、日勤として、午前9時から午後5時45分までの間(そのうち1時間は休憩時間)、当直と同様の業務に従事するというものであった。 イ中央交番の勤務員は、勤務日誌に勤務別、勤務時間、活動内容等を具体的に記載することとされており、その勤務日誌は、下田警察署の地域課長、副署長、署長等に回覧されていた。 また、中央交番の勤務員は、毎月、正規の勤務時間以外に業務に従事した時間があるときは、当該日における勤務形態、勤務時間、時間外勤務時間、従事内容等を記載した時間外勤務実績報告書を作成し、地域課長に提出することとされていた。 地域課長は、A警部補の上司に当たる者であり、A警部補から同人に係る時間外勤務実績報告書の提出を受けていた。 ⑶ A警部補の中央交番における業務の内容、時間外勤務の状況等は、次のとおりであった。 ア A警部補は、中央交番の交番長として、勤務員の業務に加え、第1審判決別紙2「交番長の職務」記載の業務に従事していた。 イ中央交番管内では平成23年4月頃から住居侵入窃盗事件が連続して発生していたところ(以下、一連の住居侵入窃盗事件を「連続窃盗事件」という。)、A警部補は、平成24年2月7日に連続窃盗事件の捜査に専従する捜査班が編成された後も、正規の勤務時間以外の時間に自主的な見回り(以下「連続窃盗事件見回り」という。)をしていた。A警部補は、これについて、時間外勤務実績報告書に記載して地域課長に提出し、時間外勤務を行ったものと扱われていた。 ウ静岡県警察に 自主的な見回り(以下「連続窃盗事件見回り」という。)をしていた。A警部補は、これについて、時間外勤務実績報告書に記載して地域課長に提出し、時間外勤務を行ったものと扱われていた。 ウ静岡県警察においては、警察学校初任科課程を修了した実習生(以下、単に「実習生」という。)を対象とする職場実習が実施されており、実習生は原則として単独で職務の執行をすることができないため、実習生が何らかの業務に従事する場合には職場実習指導員が同行指導等をする必要があるとされていた。中央交番では、勤務員2名が上記捜査班に所属することになり、それに代わって実習生2名が- 3 -配置された。A警部補は、平成24年2月5日、職場実習指導員に指名され、以後、職場実習指導員の業務にも従事した。 エ A警部補は、平成24年3月期の異動に関し、下田警察署から異動になるとの見込みを持ち、同年2月頃から、週休日等に中央交番に出勤し、静岡県警察において異動の際に作成することとされていた引継書の作成等の作業(以下「引継作業」という。)を行った。 オ A警部補は、平成23年11月、オランダでの海外研修(平成24年4月8日出発、同年5月3日帰国予定。以下「本件研修」という。)について静岡県警察からの唯一の参加者として選出された。 A警部補は、平成23年12月18日、平成24年1月15日及び同年2月26日に静岡県沼津市内において各回4時間程度実施された事前会合に参加したほか、本件研修において英語で行うプレゼンテーションの準備作業にも従事した(以下、事前会合への参加を含む本件研修のための業務を総称して「本件研修準備」という。)。本件研修準備は、A警部補の静岡県警察における業務に当たるものであった。 カ A警部補の自殺前6か月の間における1か月ごとの時間外勤務時間数は、原判決別紙2 を総称して「本件研修準備」という。)。本件研修準備は、A警部補の静岡県警察における業務に当たるものであった。 カ A警部補の自殺前6か月の間における1か月ごとの時間外勤務時間数は、原判決別紙2「A警部補の勤務時間(控訴審認定)」中の「1 勤務時間合計」の表の「時間外勤務時間数」欄のとおりであり、自殺直前から遡って、順に117時間45分、56時間8分、69時間30分、98時間30分、96時間30分、25時間であった。 また、A警部補の自殺直前の1か月間における勤務状況は、同別紙中の「2 発症前1か月間(平成24年2月10日~同年3月10日)」の表のとおりであった。A警部補は、平成24年2月11日から同月24日まで14日間連続して勤務を行い、1日の週休日を挟んで、再び同月26日から同年3月10日(自殺の当日)まで14日間連続して勤務を行った。これらの連続勤務には、それぞれ5回の当直の勤務が含まれており、A警部補は、各当直明けの非番の日にも、平均して6- 4 -時間6分の勤務を行った。 ⑷ A警部補は、平成23年12月頃、静岡県警察において導入されていたストレス診断を受検したところ、その結果は、総合評価が最低評価であるE(かなり悪い)であった。A警部補は、地域課長にその旨を伝えたが、これにより何らかの対応がされることはなかった。 A警部補は、遅くとも平成24年3月上旬の時点において、うつ病エピソードを含む精神疾患を発症していた。 3 原審は、上記事実関係等の下において、上告人は、A警部補の自殺について安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うとした。所論は、A警部補の自殺と同人が従事した静岡県警察における業務との間に相当因果関係があるとはいえず、地域課長を含むA警部補の上司に当たる者ら(以下「A警部補の上司ら」という。)において 負うとした。所論は、A警部補の自殺と同人が従事した静岡県警察における業務との間に相当因果関係があるとはいえず、地域課長を含むA警部補の上司に当たる者ら(以下「A警部補の上司ら」という。)において、A警部補が静岡県警察における業務により心身の健康を損なって自殺するに至ることを具体的、客観的に予見することができたともいえないとして、原審の上記判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反があるというものである。 4⑴ 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。この理は、都道府県とその都道府県が置く都道府県警察の警察官との間においても別異に解すべき理由はなく、上記都道府県は、上記警察官に対し、上記注意義務を内容とする安全配慮義務を負うと解するのが相当である。 ⑵ 前記事実関係等によれば、A警部補は、自殺直前の約1か月間に、静岡県警察における業務として、それ以前から行っていた中央交番の交番長としての業務に- 5 -加えて、職場実習指導員の業務にも従事することとなった上、連続窃盗事件見回りをしていたほか、本件研修準備という中央交番の交番長としての業務とは異なる内容の業務にも従事していた。その結果、A警部補の自殺直前の1か月間における時間外勤務時間数は、その前の1か月間における約56時間から、その倍以上に増加して117時間を超えるに至っており、A 異なる内容の業務にも従事していた。その結果、A警部補の自殺直前の1か月間における時間外勤務時間数は、その前の1か月間における約56時間から、その倍以上に増加して117時間を超えるに至っており、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務の量は、従前から行っていた業務に相当程度の負荷を伴う複数の業務が加わることによって大きく増加していたといえる。また、A警部補は、3班に分かれての交替制勤務を行う中で、自殺直前の1か月間に、僅か1日の休みを挟んで14日間もの連続勤務を2回にわたり行っており、これらの連続勤務の中には、拘束時間が24時間に及ぶ当直の勤務がそれぞれ5回含まれていた上、A警部補は、各当直明けの非番の日にも相当の時間の勤務を行ったというのであるから、このような勤務の態様からしても、A警部補が自殺直前の時期に行っていた業務は、A警部補に相当程度の疲労や心理的負荷等を蓄積させるものであったということができる。以上によれば、A警部補は、上記の時期に、精神疾患の発症をもたらし得る過重な業務に従事していたということができるところ、A警部補が発症したうつ病エピソードについて、上記業務のほかには、その発症に寄与したと解すべき事情はうかがわれない。そうすると、A警部補が従事した静岡県警察における過重な業務がA警部補の精神疾患の発症及びこれによる自殺という結果の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性があると認めるのが相当である。 そして、A警部補の上司らは、A警部補が、管内で連続窃盗事件が発生している中央交番の交番長を務めつつ、職場実習指導員に指名され、本件研修の参加者にも選出されたことを当然に把握している立場にあった上、中央交番の勤務日誌を閲覧し、地域課長においてA警部補から時間外勤務実績報告書の提出も受けていたものであり、それにもかかわらず 本件研修の参加者にも選出されたことを当然に把握している立場にあった上、中央交番の勤務日誌を閲覧し、地域課長においてA警部補から時間外勤務実績報告書の提出も受けていたものであり、それにもかかわらずA警部補の上司らがA警部補の従事する業務の具体的な状況を把握し得なかったと解すべき事情はうかがわれない。したがって、A警部補の上司らは、A警部補が客観的にみて精神疾患の発症をもたらし得るような過重- 6 -な業務に従事していることを認識することができたというべきである。そして、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、その心身の健康を損なう危険があり、労働者が精神疾患を発症した場合には、その病態として自殺念慮が出現する可能性のあることは、A警部補が中央交番に勤務していた当時においても広く知られていたし、A警部補が自殺の3か月ほど前に受けたストレス診断で最低評価となっていたことも地域課長は知っていたのである。したがって、A警部補の上司らは、A警部補の業務を適切に調整するなど、その負担を軽減するための措置を講じなければ、A警部補がその心身の健康を損なう事態となり、精神疾患を発症して自殺するに至る可能性があることを認識することができたというべきである。そうであるにもかかわらず、A警部補の上司らは、A警部補の負担を軽減するための具体的な措置を講じていない。 ⑶ そうすると、A警部補の上司らは、A警部補に対する職務上の指揮監督権限を行使するに当たって、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してA警部補がその心身の健康を損なうことがないよう注意すべきであったにもかかわらず、これを怠り、その結果、A警部補が精神疾患を発症して自殺するに至ったというべきである。 5 したがって、上告 積してA警部補がその心身の健康を損なうことがないよう注意すべきであったにもかかわらず、これを怠り、その結果、A警部補が精神疾患を発症して自殺するに至ったというべきである。 5 したがって、上告人は、被上告人らに対し、A警部補が自殺したことについて、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、所論引用の判例(前掲最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決)に抵触するものではない。論旨は採用することができない。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官三浦守の補足意見がある。 裁判官三浦守の補足意見は、次のとおりである。 地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が安全配慮義務違反に基づく損害賠償- 7 -責任を負うか否かの判断に当たり、地方公務員の公務上の災害等に関する知見をしん酌することについて、補足的に意見を述べる。 使用者が、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うことについては、公務員の業務の関係においても異なるものではない。これは、労働者にせよ公務員にせよ、労働日又は勤務日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、その心身の健康を損なう危険があること等の知見を基礎としている。地方公務員災害補償法による公務上の災害に対する補償において、「強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象を伴う業務に従事したために生じた精神及び行動の障害並びにこれに付随する疾病」(地方公務員災害補償法施行規則1条の2、別表第1第9号)が対象とされ、労働基準法による災害補償や労 肉体的負荷を与える事象を伴う業務に従事したために生じた精神及び行動の障害並びにこれに付随する疾病」(地方公務員災害補償法施行規則1条の2、別表第1第9号)が対象とされ、労働基準法による災害補償や労働者災害補償保険法による保険給付において、「心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」(労働基準法施行規則35条、別表第1の2第9号)が対象とされているが、これらも、上記知見を基礎とする点で共通するものと考えられる。 そして、上記の各補償等に係る認定に関し、地方公務員の公務上の災害については「精神疾患等の公務災害の認定について」(平成24年3月16日地基補第61号。以下「認定基準」という。)が示され、労働者の業務上の疾病については「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日基発0901第2号厚生労働省労働基準局長通達。以下「労災認定基準」という。)が示されているが、これらは、精神障害に関する医学的知見等に照らし、一定の合理性を有するといってよい。地方公務員の業務の関係で、地方公共団体が国家賠償法1条1項又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うか否かを判断するに当たっては、当該地方公務員が従事した業務に係る諸般の事情を総合的に考慮すべきであるが、その際には、認定基準とともに労災認定基準に示された知見をもしん酌し得るもの- 8 -と考えられる。 もっとも、上記の各補償等は、無過失の危険責任に基づく制度であって、上記損害賠償責任とは趣旨を異にするものであり、上記の各基準も、法令が定めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。 また、本件との関 めるものではないから、これらに示された知見をしん酌し得るといっても、形式的に当てはめるべきものではなく、あくまでも、経験則上の一つの知見としてしん酌するというべきものである。 また、本件との関連でみると、認定基準において、「その他強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象」があったものと判断できる場合の一つとして、「発症直前の1か月以上の長期間にわたって、質的に過重な業務を行ったこと等により、1月当たりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合」が示されているが、同時に、これ「に準ずるような業務負荷があったと認められる場合」が示されており、これらは、単に、業務の質的な過重性や時間外勤務の時間数だけではなく、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。また、労災認定基準においても、「業務による強い心理的負荷が認められること」の要件に関し、具体的出来事の心理的負荷の強度の具体例が示されており、その中には、仕事の量・質に関する具体例として本件に関連するものが含まれるが、そのような具体例も例示であるから、これらを踏まえ、関係する諸事情を考慮して、その負荷の程度を評価すべき趣旨を含むものと解される。上記の各基準に示された知見をしん酌する場合も、以上の趣旨を踏まえて行うのが相当である。 (裁判長裁判官三浦守裁判官草野耕一裁判官岡村和美裁判官尾島明)

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