平成19年5月17日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成17年(ワ)第10476号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成19年3月8日判決主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1請求被告は,原告に対し,1135万7282円及び内金935万7282円に対しては平成14年3月14日から,内金200万円に対しては平成14年4月30日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,右下腹部痛を訴えて被告の運営する共立湊病院(以下「被告病院」という。)を受診した原告が,被告病院の担当医師には,虫垂炎の診断を遅延し,早期に手術を行わなかった過失及び後医に対し正確な情報を提供しなかった過失があり,そのため,原告は,腹膜炎から亜腸閉塞の後遺障害を負うに至ったと主張したうえ,更に,同医師から説明・顛末の報告も受けられず,精神的損害を被ったと主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は債務不履行に基づき,損害の賠償を求める事案である。 前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)(1)当事者ア原告原告は,昭和9年○月○○日生まれの女性である。 イ被告 被告は,共立湊病院組合から委託を受けて被告病院を運営する社団法人である。被告病院は,1市5町村によって構成される「共立湊病院組合」が主体となって,平成9年4月25日共立湊病院組合条例第1号に基づき設置・管理する病院であるが,実際の管理は,同条例9条及び地方自治法244条の2第3項に基づき,被告に対し委託されており,被告病院のスタッフは被告との間で雇用契約を締結して,被告の指揮監督を受ける立場にある(乙C1ないし4,弁論の全趣旨)。 (2)診療経過ア被告病院を受診するに 基づき,被告に対し委託されており,被告病院のスタッフは被告との間で雇用契約を締結して,被告の指揮監督を受ける立場にある(乙C1ないし4,弁論の全趣旨)。 (2)診療経過ア被告病院を受診するに至った経緯原告は,平成14年2月20日ころから,右下腹部痛を感じ,ときどき発熱もみられたうえ,同年3月13日ころから,腹部,腰部痛が強くなり,尿量も増加したことから,同月14日,B外科胃腸科医院(以下「B医院」という。)を受診した。同病院のB医師(以下「B医師」という。)は,問診,触診,血液検査,尿検査等の結果から,虫垂炎の発症か尿路結石を疑ったが,確定診断をするには至らなかったため,原告に対し,被告病院を受診するよう勧め,同病院の医師に宛てて紹介状を作成した(甲A3の1ないし3,乙A1・13頁,乙A6の1・2頁)(以下,特に年を示さない限り,すべて平成14年のことである。)。 イ被告病院における診療経過(ア)3月14日a原告は,3月14日,被告病院外科を受診し,C医師(以下「C医師」という。)の診察のほか,血液検査,超音波検査,尿検査,CT検査等を受けた。原告の右下腹部恥骨上には圧痛が認められたが,反跳痛は認められなかった。また,白血球数12050,CRP1.97,尿潜血(+)であったが,CT検査では,はっきりした所見が得られず,超音波検査では,子宮膀胱窩に径1cmの腫瘤が認められた (乙A1・5ないし12,22,23,25頁)。 b原告は,同日,C医師の指示により,被告病院婦人科を受診したが,同科においては,特段の病状が認められなかった(乙A1・12頁,乙A2)。 cC医師は,原告に対し,フロモックス(経口抗生剤)及びビオフェルミン(整腸剤)を処方して,経過を観察することとした(乙A1・5頁)。 (イ)3月15日から同 った(乙A1・12頁,乙A2)。 cC医師は,原告に対し,フロモックス(経口抗生剤)及びビオフェルミン(整腸剤)を処方して,経過を観察することとした(乙A1・5頁)。 (イ)3月15日から同月20日まで原告は,3月15日から同月20日まで被告病院外科を受診し,血液検査や抗生剤投与等による経過観察を受けた。 原告は,同月20日午前の診察では,発熱もなく,自発痛もないに等しい状態であったが,同日午後から痛みが増強し,同日午後10時20分の診察では痛みが腹部全体に及んだため,骨盤腹膜炎の疑いで被告病院から伊東市立伊東市民病院(以下「伊東市民病院」という。)へ搬送された(乙A1・15ないし24,26頁)ウその後の経過(ア)原告は,3月21日午前0時50分ころ,骨盤内炎症性疾患の疑いで,伊東市民病院に入院した。当初は抗生剤を投与しつつ保存的治療で経過観察とされていたが,翌22日にも症状が改善しなかったため,同日,開腹手術を受けたところ,虫垂の穿孔と,膿瘍の形成が認められたことから,急性虫垂炎,限局性腹膜炎と診断され,虫垂切除及びドレナージの緊急手術(以下「本件虫垂切除術」という。)が行われた(甲A1・1ないし16頁,甲A5の1・17ないし23,51ないし55頁,甲A5の2・3,24ないし26頁,証人G書面尋問)。 (イ)原告は,その後,4月8日に伊東市民病院を退院したが,退院後も,右上腹部痛が続いていたことから,同病院で外来診療を受け,8月5日 施行の超音波検査で胆嚢結石が認められ,手術を勧められた(甲A5の2・31,33,34頁,乙A7・4頁)。そこで,原告は,平成14年9月から平成15年7月まで,順天堂大学医学部附属静岡病院(以下「順天堂大学静岡病院」という。),伊東市民病院及びDクリニック(以下「Dクリニック」という。 A7・4頁)。そこで,原告は,平成14年9月から平成15年7月まで,順天堂大学医学部附属静岡病院(以下「順天堂大学静岡病院」という。),伊東市民病院及びDクリニック(以下「Dクリニック」という。)をそれぞれ受診し,胆石症に対する検査等を受けた後,同年8月1日,Dクリニックの紹介により,E胃腸病院に入院し,同月6日,胆嚢摘出手術(以下「本件胆嚢摘出術」という。)を受けた(甲A5の2・35,36,42ないし44,47ないし54頁,乙A7・4ないし11頁,乙A8の1・4頁)。 (ウ)その後,原告は,平成16年1月6日から同月12日まで,亜腸閉塞の病名で,伊東市民病院に入院し,輸液治療を受けた(甲A5の3・1,3,4頁)。 (エ)また,原告は,平成16年10月5日から同月19日まで,胆嚢手術後遺症等の傷病名でB医院を受診し(乙A6の2・1頁),平成17年6月10日及び同月17日,胆嚢摘除術後障害等との傷病名でF医院(以下「F医院」という。)を受診した(乙A9・2ないし4頁)。 エその余の診療経過は,別紙診療経過一覧表記載(略)のとおりである(ただし,当事者の主張が相違する部分を除く。)。 (3)虫垂炎(甲B1ないし10,21ないし23,26,乙B1ないし4)ア虫垂炎は,虫垂に生じる急性炎症性疾患であり,食欲不振,悪心,嘔吐,腹痛,発熱,便通異常等の自覚症状がみられ,血液所見として白血球増多,CRP上昇が認められる。 イ他覚的所見として,主に次のものがある。 (ア)マックバーニー圧痛点臍と右上前腸骨棘を結ぶ線(臍棘線)上で,右側から5cm(同線上ほぼ外側3分の1の点)の部分の圧痛 (イ)ランツ圧痛点両側の上前腸骨棘を結ぶ線上で,右から3分の1の部分の圧痛(ウ)ブルンベルグ徴候(反跳痛)右下腹部を触診するとき,徐々に圧迫し 同線上ほぼ外側3分の1の点)の部分の圧痛 (イ)ランツ圧痛点両側の上前腸骨棘を結ぶ線上で,右から3分の1の部分の圧痛(ウ)ブルンベルグ徴候(反跳痛)右下腹部を触診するとき,徐々に圧迫し急に手指を離すと,同部に疼痛を訴える。炎症が前腹壁腹膜に及んでいることを示す腹膜刺激症状である。 (エ)筋性防御圧痛部を圧迫したときに手に感じる腹壁の反射的緊張。炎症が壁側腹膜に及び,右下腹部の腹壁が緊張した状態にあることを指す。腹膜刺激症状の1つである。 (オ)ローゼンシュタイン徴候背臥位に比べ,左側臥位で右下腹部の圧痛が増強する。 (カ)直腸指診直腸指診で直腸右壁に圧痛があれば,小骨盤腔内に炎症が波及していることが疑われる。 ウ治療外科的治療としては虫垂切除術があるが,抗菌薬の著しい進歩により,抗生物質投与で治療すべき症例もある。 争点 (1)虫垂炎の診断を遅延した過失・情報提供義務違反による債務不履行又は不法行為の成否ア過失の有無(ア)3月14日時点で急性虫垂炎の診断を遅延し,早期手術を行わなかった過失の有無(原告の主張)a以下の点から,被告病院の担当医師は,3月14日の診察時,原告 に対し,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の早期手術を行うべき義務があった。 (a)虫垂炎の症状としては,食欲不振,嘔吐,右下腹部を中心とする腹痛,発熱等があり,原告は,3月14日の診察で,これらの症状を訴えていた。 (b)白血球数が10000以上であることは,虫垂炎の診断上,重要な所見であるとされている。原告は,3月14日に受けた血液検査で,白血球数12050という結果が出ており,白血球数が増加していた。 (c)原告が被告病院に持参したB医師の紹介状には,B医師の診察時にマックバーニー徴候が存在したこと,原告の実弟 けた血液検査で,白血球数12050という結果が出ており,白血球数が増加していた。 (c)原告が被告病院に持参したB医師の紹介状には,B医師の診察時にマックバーニー徴候が存在したこと,原告の実弟が過去に虫垂切除術を受けたことがあることなどから,虫垂炎の発症が疑われる旨が記載されていた。また,原告は,3月14日の診察時,被告病院の担当医師に対し,B医師から盲腸かもしれないと言われた旨伝えた。 bにもかかわらず,被告病院の担当医師は,3月14日の診察時,原告に対し,虫垂炎の確定診断を行わず,原告の症状を漫然と放置した。 (被告の主張)a被告病院の担当医師が,3月14日の時点で,原告に対し,急性虫垂炎の確定診断をすべき注意義務はなかった。 (a)原告の症状について腹痛,発熱,白血球数の増加等をはじめとして,一般的に虫垂炎の所見とされるものは,どれも極めて特異性が低い所見ばかりであり,虫垂炎特有の症状や検査所見はほとんどないため,虫垂炎を正確に診断することは非常に難しいとされている。 原告の3月14日時点における症状は,圧痛点が虫垂炎に典型的 なマックバーニー圧痛点やランツ圧痛点よりも,かなり下腹部にあり,反跳痛もみられないなど,急性虫垂炎の症状としては極めて非典型的なものであった。 また,CT検査でも明確な所見がなく,超音波検査では子宮直腸窩に腹水が認められず,むしろ虫垂炎の存在に否定的な所見が得られていた。 (b)後医の診断について搬送先の伊東市民病院においても,3月21日の時点では,産婦人科医師が,診察の結果から,骨盤内炎症性疾患(PID)を疑っており,外科医師が急性虫垂炎の確定診断をしたのは,翌22日午後,原告を開腹して,虫垂の穿孔を確認した時点である。これは,臨床症状や検査結果だけでは,原告に対し,急性虫垂炎の診断 患(PID)を疑っており,外科医師が急性虫垂炎の確定診断をしたのは,翌22日午後,原告を開腹して,虫垂の穿孔を確認した時点である。これは,臨床症状や検査結果だけでは,原告に対し,急性虫垂炎の診断ができなかったことを示すものである。 (c)B医師からの紹介状について前医からの紹介状は,病歴についてのエピソードを後医に伝えるために作成されるが,担当医師は,そのような病歴を前提としつつも自らの診察によって診療を進めていくものである。 また,B医師からの紹介状の記載中,「虫垂炎」といった文字は,判然としなかった。 b被告病院の担当医師は,3月14日の初診時,急性虫垂炎の可能性を念頭に置きつつ,骨盤腹膜炎等の他疾患との鑑別も含めて,保存的治療として,経口抗生剤であるフロモックスを処方しており,診断,治療に関して不適切な点はない。 (イ)3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で急性虫垂炎の診断を遅延し,早期手術を行わなかった過失の有無(原告の主張) 仮に,3月14日の時点で急性虫垂炎との診断を下し,早期手術を行わなかったとしても,以下の理由から,被告病院の担当医師は,遅くとも3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の緊急手術を行うべき義務があったにもかかわらず,これを怠った。 a原告の腹痛は,3月18日までに激化しており,腰も伸ばせない状態であった。また,白血球数12050,CRP8.5と異常値を示し,38度を超える高熱が続いていた。更に,3月18日の腹部超音波検査でも腹腔内に液体の貯留が認められ,膿瘍が疑われる状況であった。 そして,原告の腹痛は,3月19日以降も増大し,同月20日には,白血球数13500,CRP9.28で,炎症症状が悪化し,腹部超音波検査でも腹腔内に液体の貯留が められ,膿瘍が疑われる状況であった。 そして,原告の腹痛は,3月19日以降も増大し,同月20日には,白血球数13500,CRP9.28で,炎症症状が悪化し,腹部超音波検査でも腹腔内に液体の貯留が認められた。 また,原告の症状が婦人科の病状ではないことも明らかになっていた。 b3月22日に原告に対して急性虫垂炎の緊急手術を行った伊東市民病院のG医師(以下「G医師」という。)は,開腹時の原告の腹部所見として「少なくとも数日経過した腹膜炎である。」と述べている(甲A4)。これによれば,原告の虫垂は,既に3月22日の数日前に穿孔を起こして膿瘍を形成しており,遅くともその時点では虫垂切除の適応があった。 (被告の主張)被告病院の担当医師に,遅くとも3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の緊急手術を行うべき義務はなかった。 a原告は,3月16日に痛みが軽減した後,同月17日にも痛みに変 化はなく,同月18日も痛みはしくしく程度というものであって急激に腹痛が増強していたわけではない。白血球数も3月15日に13400だったのが同月18日には12050に低下していた。圧痛もみられないか又は軽度で経過しており,同月18日は,圧痛も筋性防御もなかった。 b原告は,3月20日午後9時頃から腹部全体に痛みが突然増強し,白血球数は3月21日時点で8430だったのが,翌22日には23100となり,CRPも28.3に上昇した。このような経過からすれば,原告に虫垂穿孔が生じたのは,3月20日午後のことであると考えられる。 (ウ)伊東市民病院に対する情報提供義務違反の有無(原告の主張)被告病院の担当医師は,3月20日,原告を転院させるにあたって,手術の緊急性について判断するための情報を正確に提供する義務があっ 。 (ウ)伊東市民病院に対する情報提供義務違反の有無(原告の主張)被告病院の担当医師は,3月20日,原告を転院させるにあたって,手術の緊急性について判断するための情報を正確に提供する義務があったにもかかわらず,これを怠った。 a原告は,3月20日までの時点において,腹水,膿瘍が認められ,強い痛みを感じており,一刻も早い開腹手術が必要であった。 したがって,被告病院の担当医師には,原告を伊東市民病院に搬送するに当たり,搬送先の医師が手術の緊急性について判断するための情報を正確に提供すべき義務があった。 bにもかかわらず,被告病院の担当医師は,伊東市民病院に対する紹介状に,原告の症状を「骨盤腹膜炎?」と書き,また,腹痛の程度,炎症反応を示す白血球数,CRPの数値の変化について不正確な記載をしたうえ,早期手術の必要性を判断するにあたって有用な情報である腹水の存在を伝えなかった。これらは,緊急手術の必要性について誤った情報を与えたものであり,情報提供義務違反がある。 (被告の主張)原告の主張は争う。 イ因果関係の有無(ア)早期に虫垂炎の診断ができた場合の早期手術の適応の有無(原告の主張)a以下のとおり,3月14日の時点で,仮にそうでなくても,遅くとも3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で,原告には虫垂切除の緊急手術の適応があった。 (a)高齢者の虫垂炎の場合,一般には生体反応が弱いため,訴える疼痛や発熱,白血球増多や,各種の他覚的所見も病像に比較して軽度で,筋性防御も欠く場合が多く,軽度の右下腹部痛のみが陽性所見の場合も多い。また,穿孔を起こす前に手術を行えば予後もよいことからして,疑わしい症状が存する場合には緊急手術が進められるべきである。 3月14日時点で,原告は,右下腹部痛,発熱,白血球増加,マックバ 合も多い。また,穿孔を起こす前に手術を行えば予後もよいことからして,疑わしい症状が存する場合には緊急手術が進められるべきである。 3月14日時点で,原告は,右下腹部痛,発熱,白血球増加,マックバーニー徴候の存在,食欲不振,歩行困難,腰を伸ばせないほどの痛みが存在し,CRPの値は1.97であったものであり,原告が高齢者であることをも考慮すれば,3月14日の時点で虫垂切除の緊急手術が行われるべきであった。 (b)急性虫垂炎について手術の必要性を判断する1つの基準として,Alvarado’sscoreがあり,症状として①「右下腹部(回盲部)に痛みが移動,限局する」を1点,②「食欲不振」を1点,③「吐気嘔吐」を1点,理学所見として④「右下腹部(回盲部)に圧痛」を2点,⑤「腹膜刺激症状」を1点,⑥「発熱」を1点,血液検査で⑦「白血球増加」を2点,⑧「左方移動あり」を1点として,合計10点のうち7点以上の場合には,手術が必要と判 断される(甲B13)。 3月14日の時点で,原告は,①「右下腹部(回盲部)に痛み」1点,②「食欲不振」1点,④「右下腹部(回盲部)に圧痛」2点,⑥「発熱」1点,⑦血液検査で「白血球増加」2点の合計7点であり,この点からも,急性虫垂炎に対し手術が必要であったといえる。 bまた,仮に3月14日の時点で虫垂切除の緊急手術の適応がなかったとしても,前記のとおり,伊東市民病院のG医師が開腹時の原告の腹部所見として「少なくとも数日経過した腹膜炎である。」と述べていること(甲A4)からすれば,原告の虫垂は,既に3月22日の数日前に穿孔を起こして膿瘍を形成していたと推認され,遅くともその時点では虫垂切除の適応があったと考えられる。 (被告の主張)被告病院において,原告に虫垂切除の緊急手術の適応はなかった。 a一昔前までは に穿孔を起こして膿瘍を形成していたと推認され,遅くともその時点では虫垂切除の適応があったと考えられる。 (被告の主張)被告病院において,原告に虫垂切除の緊急手術の適応はなかった。 a一昔前までは,虫垂炎といえばすぐ手術であったが,現在では強力な抗菌薬が開発されたことから,虫垂炎と診断されても,直ちに開腹手術を受けなければならない患者は20から30%くらいで,残りは抗生物質など,炎症を抑える治療をすれば治まるとされている。 そして,急性虫垂炎に対する手術適応の判断については,検査法が発達した現代においても判断の重点は筋性防御等の腹膜刺激症状の有無に置くべきであるとされている。白血球数の増加やCRPの上昇は,生体の炎症反応を広く示唆するにすぎず,これだけをもって手術適応を判断することはできない。 b①37.1℃以上の発熱,②ブルンベルグ徴候陽性,③筋性防御,④白血球数10000以上という所見がそろった場合に,強く手術適応が示唆される(乙B4・598頁)。しかし,原告は,3月14日初診時,反跳痛がなく,その後同月20日までの経過においても,ブ ルンベルグ徴候陽性,筋性防御といった所見を欠いており,腹膜刺激症状は一度もみられず,圧痛もないか,あっても軽度にとどまっていた。 よって,原告は,被告病院受診中,急性虫垂炎の早期手術の適応がなく,保存的治療を行うのが妥当であった。 c被告病院では,3月14日に経口抗生剤フロモックスを処方し,翌15日からは毎日パンスポリンの点滴投与を行い,3月18日からはミノマイシンを追加投与しているから,診断の有無にかかわらず,虫垂炎に対する抗菌薬療法は適切に行われているといえる。 d原告は,Alvarado’sscoreが合計7点だったことをもって,手術適応があったと主張するが,正確な当てはめがされて にかかわらず,虫垂炎に対する抗菌薬療法は適切に行われているといえる。 d原告は,Alvarado’sscoreが合計7点だったことをもって,手術適応があったと主張するが,正確な当てはめがされていない。 すなわち,①右下腹部(回盲部)に痛みは存在しておらず,恥骨上に圧痛が存在していた。②食欲不振の訴えはなく,B医師からの紹介状には「嘔気なし」と記載されていた。④圧痛点は,通常の虫垂炎の圧痛点と異なっていた。⑥発熱は,前医では「発熱(-)」とされており,被告病院においても,微熱が出たり出なかったりという程度であった。 よって,基準に確実に合致するのは「白血球増加」の2点だけであり,Alvarado’sscoreを前提にしても,手術適応があったとはいえない。 (イ)亜腸閉塞が生じた原因(原告の主張)a原告は,被告病院において,急性虫垂炎の発見が遅れたため,虫垂に穿孔が生じ,腹腔内に膿瘍ができるようになったことから,亜腸閉塞の後遺障害を残すに至ったものである。 被告病院において急性虫垂炎の診断を行い,早期に虫垂切除を行っていれば,亜腸閉塞の発症を防ぐことができたといえるから,前記ア(ア),(イ)の急性虫垂炎の診断を遅延した過失と亜腸閉塞の発症との間には,因果関係が存在する。 また,被告病院の担当医師が,伊東市民病院の医師に対して,原告の症状を正確に伝えていれば,同病院において直ちに虫垂切除術が施行され,亜腸閉塞の発症が回避されたと考えられるから,前記ア(ウ)の情報提供義務違反と亜腸閉塞の発症との間には,因果関係がある。 b原告は,急性虫垂炎,限局性腹膜炎で緊急手術を受けた後の3月25日以降,腹痛,便秘等の症状が現れ,その症状が断続的に続いており,そのころから亜腸閉塞が発症していたと考えられるから,本件胆嚢摘出術が亜腸 は,急性虫垂炎,限局性腹膜炎で緊急手術を受けた後の3月25日以降,腹痛,便秘等の症状が現れ,その症状が断続的に続いており,そのころから亜腸閉塞が発症していたと考えられるから,本件胆嚢摘出術が亜腸閉塞の原因とは到底考えられない。 (被告の主張)a原告に生じた亜腸閉塞の症状は,手術に伴う一般的な術後癒着によるものである。被告病院において早期に虫垂切除の緊急手術を施行し,あるいは伊東市民病院において搬送後直ちに同手術が施行されたとしても,いずれにしろ術後癒着が生じたと考えられるから,被告病院において虫垂切除の緊急手術を行わなかったことと亜腸閉塞の発症との間に因果関係はない。 bまた,以下の点からすれば,原告の亜腸閉塞の症状は,平成15年8月6日に施行された本件胆嚢摘出術に起因するものであると考えるのが合理的である。 (a)本件胆嚢摘出術の開腹創は,右季肋下切開であり,開腹した創の長さだけ新たな癒着が生じるのが通常であるから,胆嚢摘出時の腹腔内操作が後の癒着性腸閉塞の原因となったことが十分考えられ る。 (b)伊東市民病院の診療録によれば,本件虫垂切除術後には胆石症の症状(右上腹部痛)を訴えていたのみであり,順天堂静岡病院の診療録(乙A7)及びE胃腸病院の診療録(乙A8)にも現病歴として亜腸閉塞の記載はない。亜腸閉塞と考えられる症状の訴えがあったのは,平成16年1月に入ってからであること(甲A5の2・61ないし71頁)からすれば,平成15年8月の本件胆嚢摘出術が亜腸閉塞の発症に影響を与えた可能性が高いといえる。 なお,原告は,本件虫垂切除術から退院までの間に,腹痛,便秘等の症状が現れ,これが断続的に続いていたと指摘するが,これは消化管手術後の経過としては全く自然なものであり,この時点で癒着性亜腸閉塞が生じたとする根拠にはなり 切除術から退院までの間に,腹痛,便秘等の症状が現れ,これが断続的に続いていたと指摘するが,これは消化管手術後の経過としては全く自然なものであり,この時点で癒着性亜腸閉塞が生じたとする根拠にはなり得ない。 また,伊東市民病院において平成14年4月25日及び同年8月5日にみられた右上腹部痛も胆嚢炎による症状であり,亜腸閉塞の存在を示すものではない。 (c)本件胆嚢摘出術の手術所見(乙A8の2・51頁)には,「胆嚢炎による周囲との癒着のほか,腹膜炎(虫垂炎)の影響が軽度みられるが手術操作には影響がない」と記載されており,胆嚢炎による癒着があったが,虫垂炎による癒着は軽度であったことが明らかである。 (d)原告の症状については,平成16年10月5日,B医院において「胆のう手術後遺症」と診断され,平成17年6月10日,F医院においても「胆嚢摘除術後障害」との傷病名が付されている。 ウ損害(原告の主張)(ア)治療費60万円 (イ)入通院慰謝料203万円原告は,被告病院に平成14年3月14日から同月20日まで,伊東市民病院に同日から平成16年1月12日まで,入院(期間26日)又は通院(期間21か月)したものであり,これに対する慰謝料は,203万円が相当である。 (ウ)逸失利益282万7282円原告は,亜腸閉塞の症状を残すに至ったものであり,これは,「局部に頑固な神経症状を残すもの」として,後遺障害等級12級(労働能力喪失率14%)に該当する。 平成15年賃金センサス女性労働者学歴計349万0300円を基礎に,労働能力喪失率を14%,就労可能年数を7年として,ライプニッツ方式(ライプニッツ係数5.786)により中間利息を控除すれば,原告の逸失利益は,282万7282円である。 (エ)後遺障害慰謝料290万円(オ) 4%,就労可能年数を7年として,ライプニッツ方式(ライプニッツ係数5.786)により中間利息を控除すれば,原告の逸失利益は,282万7282円である。 (エ)後遺障害慰謝料290万円(オ)弁護士費用100万円エまとめよって,原告は,被告に対し,虫垂炎の診断を遅延した等の不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償金935万7282円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)原告の主張は争う。 なお,亜腸閉塞は,程度の軽い腸管通過障害であり,労働能力喪失に結びつく障害とはいえず,今後の症状改善も十分に考えられるから,逸失利益の根拠にはならない。 (2)説明義務違反・顛末報告義務違反による債務不履行又は不法行為の成否 ア説明義務違反(原告の主張)被告病院の担当医師は,3月14日,原告に対する診療の際,盲腸でないと言うのみで,具体的病名を挙げて説明することなく,薬で様子を見ようというのみで,どのような薬を何の為に処方するのかの説明もなかった。 したがって,被告病院の担当医師は,原告に対し,十分な説明義務を尽くしていないといわざるを得ない。 (被告の主張)原告の主張は争う。 イ顛末報告義務違反(原告の主張)(ア)インフォームド・コンセントは,患者の自己決定権を尊重するものであり,それが医療に対する社会的信頼を高めることになるという趣旨に照らせば,医師は,患者に正しい診断を下せなかった場合,後にその病名が明らかになった時点で,患者の求めに応じて,自己の行った医療行為の内容や疾患を診断できなかった理由を説明すべき顛末報告義務を負う。 (イ)しかし,被告病院のC医師は,4月30日,原告から急性虫垂炎,腹膜炎の診断ができなかった理由について 自己の行った医療行為の内容や疾患を診断できなかった理由を説明すべき顛末報告義務を負う。 (イ)しかし,被告病院のC医師は,4月30日,原告から急性虫垂炎,腹膜炎の診断ができなかった理由について説明を求められたのに対し,全く説明を行わず,かえって自己の行為を正当化しようとして,原告を深く傷つける言動をとったものであり,顛末報告義務違反がある。 ウ損害200万円原告が被告病院C医師の説明義務違反・顛末報告義務違反及びその際の対応等によって被った精神的苦痛を金銭に見積もれば,200万円を下ることはない。 エまとめ よって,原告は,被告に対し,説明義務違反・顛末報告義務違反の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償金200万円及びこれに対する平成14年4月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)ア虫垂炎及び腹膜炎の確定診断をしたのは後医である伊東市民病院の医師であるから,それらについて説明義務を負うのは同病院の医師であり,被告病院の担当医師は,説明義務を負うものではない。 また,4月30日の時点では,すでに伊東市民病院における手術,治療が終了していたから,被告病院の担当医師には,療養指導的な意味での説明義務もなかった。 イC医師が,自己の行為を正当化しようとして,原告を傷つける言動をとった事実もない。 第3当裁判所の判断 認定事実前記前提事実のほか,証拠(各認定の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,原告の診療経過について,以下の事実が認められる。 (1)被告病院受診までの経過ア原告は,2月20日ころから,右下腹部痛を感じ,ときどき発熱もみられた。そして,3月13日ころから,腹部,腰部痛が強くなり,尿量も増加したことから,同月14日,B医院を 被告病院受診までの経過ア原告は,2月20日ころから,右下腹部痛を感じ,ときどき発熱もみられた。そして,3月13日ころから,腹部,腰部痛が強くなり,尿量も増加したことから,同月14日,B医院を受診することとした(甲A3の1ないし3,甲A8,乙A1・13,14頁,乙A6の1・2頁)。 イ3月14日,B医院のB医師は,原告に対し,問診,触診,血液検査,尿検査等を行い,その結果から虫垂炎の発症か尿路結石を疑ったが,確定診断をするには至らなかった(甲A3の1ないし3,乙A1・13,14頁)。 そのため,B医師は,原告に対し,被告病院を受診するよう勧め,同病院の医師に宛てて,「発病は先月20日頃よりとのこと,右下腹部痛(嘔気-)で時々発熱ありと。昨日より腹-腰部痛高度,尿量増加(多尿)。 3月14日当院受診。体温(37.4℃),昨夜(37.8℃)とのこと。 尿蛋白(-),ウロビリノーゲン(-),糖(-),潜血(++),遠心赤血球(+),白血球11200やや増加。McBurneyP(+),Blumberg(-),Rosenstein(-)です。経過が長いこと,實弟が昔虫垂切除しているとのことで確診が出来ません。中の方に潜った慢性の虫垂炎? 又は尿路の結石? 兎に角歩行困難(腰を伸ばせない)です。」などと記載した紹介状を作成した(甲A3の1ないし3,乙A1・13,14頁)。 (2)被告病院における診療経過ア3月14日(ア)a3月14日,原告は,B医師の作成した紹介状を持参して,被告病院外科を受診した。そして,診察において,担当医師であったC医師に対し,2月20日ころから下腹部痛があったこと,微熱が出たり出なかったりしていたこと,頻尿になり,尿量が多かったが,昼間は尿量が多くなかったこと,3月12日からは,右下腹部から背部に痛み C医師に対し,2月20日ころから下腹部痛があったこと,微熱が出たり出なかったりしていたこと,頻尿になり,尿量が多かったが,昼間は尿量が多くなかったこと,3月12日からは,右下腹部から背部に痛みがあったこと,B医院で「かくれ盲腸」と言われたことなどを訴えた(甲A8,乙A1・5頁,証人C反訳書1・3頁)。 bC医師は,前記(1)イのB医師の紹介状の記載及び前記aの原告の訴えから,虫垂炎の可能性も念頭におきつつ触診を行ったところ,原告の右下腹部に圧痛を認めた。しかし,圧痛点は,Rappの四角形圧痛域(臍と恥骨結合を結ぶ垂直線,恥骨結合と右上前腸骨棘を結ぶ線,臍を通る水平線,及び右上前腸骨棘を通る垂直線に囲まれた区域)内にあったものの,マックバーニー圧痛点等の虫垂炎に典型的な 圧痛部位よりも下方にずれた恥骨上であった。筋性防御,反跳痛等の腹膜刺激症状は認められなかった(乙A1・5頁,乙A10,証人C反訳書1・3ないし5頁,反訳書3・7,16,20頁)。 cまた,原告は,血液検査の結果,白血球数12050,CRP1. 97,尿沈渣検査の結果,尿潜血(+),白血球0~1,赤血球10~15であった(乙A1・5,22,23,25頁)。CT検査では,はっきりした所見が得られず,超音波検査では,円形,三層構造の「何かはわからないちょっと気になる陰影」が指摘され,子宮膀胱窩に径1cmの腫瘤が認められたが,異常なしと診断された(乙A1・5ないし12頁)。 dC医師は,圧痛の部位,尿潜血(+)等から,まずは尿路感染症,尿路結石等を疑っていたが,CT検査ではっきりした所見が得られず,超音波検査で子宮膀胱窩に腫瘤が認められたことから,婦人科的疾患の可能性も考えて,原告を被告病院婦人科に紹介した(乙A1・12頁,証人C反訳書1・5頁,反訳書3・23,2 っきりした所見が得られず,超音波検査で子宮膀胱窩に腫瘤が認められたことから,婦人科的疾患の可能性も考えて,原告を被告病院婦人科に紹介した(乙A1・12頁,証人C反訳書1・5頁,反訳書3・23,24頁)。 (イ)同日,原告は,被告病院婦人科を受診した。その際,原告には,右下腹部痛が認められたが,痛みは腹壁に近く,内診指の移動では痛みはなかった。内診上,熱感が認められたが,局所性はなかった。また,経膣超音波検査にて,左卵巣嚢腫の存在が疑われたが,ダグラス窩(子宮直腸窩)に腹水の所見は認められなかった。そこで,婦人科医師は,C医師に対し,左卵巣嚢腫であり,婦人科的には問題がない旨の診断結果を報告した(乙A1・12頁,乙A2・2,6頁,乙A10,証人C反訳書1・5,6頁)。 (ウ)同日,原告は,再び被告病院外科で,C医師の診察を受けた。C医師は,原因不明ではあるが炎症の程度としては軽度と考えられる感染が下腹部にあると判断した。しかし,腹膜刺激症状を認めなかったことか ら,保存的に経過をみることとして,原告に対し,フロモックス(経口抗生物質)及びビオフェルミン(整腸剤)5日分を処方した(乙A1・5頁,乙A10,証人C反訳書3・8,9頁)。 イ3月15日3月15日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を受け,38℃の発熱,下腹部痛を訴えた。C医師は,触診を行い,3月14日と同じ部位に圧痛を認めたが,反跳痛は認められず,直腸診でダグラス窩にも圧痛は認められなかった。しかし,血液検査の結果,白血球数13400,CRP5.59と,炎症所見は増強したため,C医師は,パンスポリン(抗生剤)を点滴にて投与し,ボルタレン座薬(解熱鎮痛剤)を処方した(乙A1・15,22,23頁,乙A10)。 ウ3月16日3月16日,原告は,被告病院外科を 増強したため,C医師は,パンスポリン(抗生剤)を点滴にて投与し,ボルタレン座薬(解熱鎮痛剤)を処方した(乙A1・15,22,23頁,乙A10)。 ウ3月16日3月16日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を受け,痛みが改善したこと,38℃の発熱,咳,下痢があることを訴えた。C医師は,触診を行い,原告の右下腹部に圧痛の改善を認めた。また,原告は,血液検査の結果,白血球数11030,CRP6.54であった。C医師は,前日同様,パンスポリンを点滴にて投与した(乙A1・15,22,23頁)。 エ3月17日3月17日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を受け,痛みに変化はないこと,座薬は効いていることを訴えた。C医師が触診を行ったところ,右下腹部の圧痛は(±)であった。C医師は,前日同様,パンスポリンを点滴にて投与した(乙A1・15頁)。 オ3月18日3月18日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を受け,高熱が出ること,痛みは「しくしく程度」であることを訴えた。C医師が触 診を行ったところ,圧痛は認められなかったが,血液検査の結果,白血球数12050,CRP8.09と炎症所見の増強が認められた。また,腹部超音波検査で膀胱右側頭側に小骨盤に接して腹水の所見が認められ,膿瘍が疑われたが,同部位に圧痛はなかった。そこで,C医師は,骨盤腹膜炎の可能性を疑い,パンスポリンに加え,骨盤腹膜炎の第1選択薬であるミノマイシン(抗生剤)を点滴で投与し,クラビット(経口抗菌剤),ミノマイシンカプセル,ビオフェルミン5日分を処方した。また,尿検査の結果,潜血(+++),粘液糸(+),細菌(+)であり,C医師は,一度泌尿器科への受診が必要ではないかと考えた(乙A1・16,17,22,23,26頁,乙A10,証人C反訳書1・7, また,尿検査の結果,潜血(+++),粘液糸(+),細菌(+)であり,C医師は,一度泌尿器科への受診が必要ではないかと考えた(乙A1・16,17,22,23,26頁,乙A10,証人C反訳書1・7,8頁,反訳書3・9,10,19,20頁)。 カ3月19日3月19日,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を受け,体温は解熱傾向にあることを訴えた。C医師が触診を行ったところ,圧痛は認められなかった。C医師は,パンスポリン及びミノマイシンを点滴で投与した(乙A1・16頁)。 キ3月20日(ア)3月20日午前,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を受け,発熱はなくなったこと,ボルタレン座薬を使用したこと,朝立ちくらみがあったことを訴えた。また,圧痛(±),反跳痛(±)で,自発痛はないに等しい状態であった。しかし,白血球数13500,CRP9.28と,炎症所見はさらに増強した(乙A1・21,22,24頁)。 (イ)同日,原告は,帰宅後,午後1時ころから腹部の痛みが増強し、ボルタレン座薬により一旦は軽快したが、午後9時ころから再び痛みが腹部全体に増強したため,被告病院を受診することとした(甲A8,乙A 1・21頁)。 (ウ)同日午後10時20分,原告は,被告病院外科を受診し,C医師の診察を受けた。C医師は,触診を行い,原告の下腹部に広範囲の圧痛を認めたが,反跳痛は認められなかった。また,CT検査で膀胱右側に液体貯留が疑われた(乙A1・21頁,乙A10,証人C反訳書3・21頁)。 そこで,C医師は,原告を伊東市民病院産婦人科に搬送することを決定し,同病院同科のP医師宛てに,診断名として「骨盤腹膜炎?」,3月20日の所見について「WBC13000,CRP10と炎症反応の悪化が認められております。症状は,発熱,痛みとも改善し することを決定し,同病院同科のP医師宛てに,診断名として「骨盤腹膜炎?」,3月20日の所見について「WBC13000,CRP10と炎症反応の悪化が認められております。症状は,発熱,痛みとも改善してきていたのですが,本日PMより急に腹部全体の鈍痛になっております。骨盤内の膿瘍等が考えられますが,原因がはっきりしません。」などと記載した紹介状を作成した(乙A1・20頁,証人C反訳書3・1,14頁)。 (3)その後の経過ア原告は,3月20日,伊東市民病院に搬送され,同月21日午前0時50分ころ,骨盤内炎症性疾患疑いにより同病院に入院した。原告には,右下腹部に圧痛,反跳痛が見られた。同日午前8時30分ころ,CT検査の所見を元に,外科へのコンサルトがなされたが,腹部CTでは,骨盤内に炎症反応によると思われる腹水が多量に貯留しており,鑑別することができなかった。そこで,伊東市民病院の外科担当医師は,婦人科的な骨盤腹膜炎か,虫垂炎かを鑑別するため,一晩抗生剤投与による保存的治療での経過観察をする必要があると考え,「骨盤内を中心とした腹水を認める。 結腸や消化管内膜などの炎症所見は明らかでない。とりあえず骨盤腹膜炎として,保存的処置で良い。」と回答し,抗生剤投与による保存的治療を選択した。なお,原告の状態は,虫垂炎であったとしても,手術のタイミングは,同日でも翌日でも,結果に差はないと判断された(甲A5の1・ 19ないし21頁,証人G書面尋問)。しかし,同月22日になっても腹痛が治まらず,CRPが28.03と上昇するなど,症状が改善しなかったため,緊急手術が行われることとなり,原告は,同日午後1時30分から,伊東市民病院で開腹手術を受けた。そして,虫垂の穿孔と,膿瘍の形成が認められたことから,急性虫垂炎,限局性腹膜炎と診断され,本件虫垂 ,緊急手術が行われることとなり,原告は,同日午後1時30分から,伊東市民病院で開腹手術を受けた。そして,虫垂の穿孔と,膿瘍の形成が認められたことから,急性虫垂炎,限局性腹膜炎と診断され,本件虫垂切除術が行われた(甲A1・2ないし6,9ないし11頁,甲A5の1・1,3,4,17,18,22,39,51ないし56頁,甲A5の2・3,4頁,甲A8,証人G書面尋問)。 イ本件虫垂切除術施行時,原告は,虫垂が壊死し,穿孔しており,その周囲に膿瘍を形成し,小腸や大腸で膿瘍が被覆された限局性の腹膜炎を生じていた。病理組織検査の結果によれば,広範かつかなり著しく陳旧化した線維化が粘膜下層や筋層との区別がわからないほどに見られ,慢性に経過していた虫垂炎ないし反復性の虫垂炎として見られたものが,最後に蜂窩織炎の像を取ったものと考えられた。また,開腹時の腹部所見は,少なくとも数日経過した腹膜炎であった。伊東市民病院の担当医師は,原告に対し,開腹後すぐの時点で,虫垂炎との確定診断をした(甲A4,甲A5の2・27頁,証人G書面尋問)。 ウ原告は,4月8日,伊東市民病院を退院した(甲A1・2,4,5頁,甲A5の1・1,28頁,甲A8)。 エ原告は,4月30日,被告病院において,C医師と面会し,伊東市民病院を退院したことなどを伝えた(甲A8,乙A10,証人C反訳書1・12,13頁,反訳書3・3ないし6頁,原告反訳書2・13ないし15頁)。 オ原告は,伊東市民病院退院後も,右上腹部痛が続いていたことから,同病院で外来診療を受け,8月5日施行の超音波検査で胆嚢結石が認められ,手術を勧められた(甲A5の2・31,33,34頁,乙A7・4頁)。 そこで,原告は,平成14年9月から平成15年7月まで,順天堂大学静岡病院,伊東市民病院及びDクリニックをそれぞれ受 められ,手術を勧められた(甲A5の2・31,33,34頁,乙A7・4頁)。 そこで,原告は,平成14年9月から平成15年7月まで,順天堂大学静岡病院,伊東市民病院及びDクリニックをそれぞれ受診し,胆石症に対する検査等を受けた後,同年8月1日,Dクリニックの紹介により,E胃腸病院に入院し,同月6日,本件胆嚢摘出術を受けた(甲A5の2・35,36,42ないし44,47ないし54頁,乙A7・4ないし11頁,乙A8の1・4頁)。 カその後,原告は,平成16年1月6日から同月12日まで,亜腸閉塞の病名で,伊東市民病院に入院し,輸液治療を受けた(甲A5の3・1,3,4頁)。 キまた,原告は,平成16年10月5日から同月19日まで,胆嚢手術後遺症等の傷病名でB医院を受診し(乙A6の2・1頁),平成17年6月10日及び同月17日,胆嚢摘除術後障害等との傷病名でF医院を受診した(乙A9・2ないし4頁)。 争点(1)ア(ア)(3月14日時点で急性虫垂炎の診断を遅延し,早期手術を行わなかった過失の有無)について(1)原告は,被告病院の担当医師には,3月14日の診察時,原告に対し,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の早期手術を行うべき義務があったと主張する。 (2)そして,前記1認定事実及び後掲証拠によれば,①B医師の作成した紹介状には,B医師の診察時,原告には発熱,白血球数の増加,右下腹部痛,マックバーニー徴候等が認められ,虫垂炎が疑われた旨記載されており,C医師は,3月14日,この紹介状の記載に目を通したこと(前記1(1)イ,(2)ア(ア)b),②原告は,3月14日の診察時,C医師に対し,2月20日ころから下腹部痛があったこと,微熱が出たり出なかったりしていたこと,3月12日からは,右下腹部から背部に痛みがあったこと,B医院で「かく ),②原告は,3月14日の診察時,C医師に対し,2月20日ころから下腹部痛があったこと,微熱が出たり出なかったりしていたこと,3月12日からは,右下腹部から背部に痛みがあったこと,B医院で「かくれ盲腸」と言われたことなどを訴えたこと(前記1(2)ア(ア)a,なお,原 告は,3月14日,食欲不振についても訴えた旨供述するが(甲A8),これを裏付ける証拠はなく,直ちに採用することはできない。),③原告は,3月14日の診察時,右下腹部のRapp四角形圧痛域内に圧痛が認められ(前記(2)ア(ア)b),同圧痛域内に限局した所見が認められる場合には虫垂炎を疑うべきとされていること(甲B1・555頁,甲B3・542頁,甲B4・366頁,甲B5・503頁,甲B22・596頁,乙B3・1432頁,証人C反訳書3・28頁),④原告は,3月14日,白血球数が12050であり,B医院受診時よりも増加しており,CRPも1.97で,炎症症状があったこと(前記1(2)ア(ア)c)がそれぞれ認められる。 (3)しかし,この点については,以下の点を指摘できる。 ア診断義務について(ア)3月14日,C医師は,B医院からの紹介状の記載や原告の訴えから,虫垂炎の可能性も念頭に置いて触診を行ったが,原告の圧痛点は,Rappの四角形圧痛域内にあったものの,マックバーニー圧痛点等の典型的な圧痛部位よりも下方にずれた恥骨上に位置していた(前記1(2)ア(ア)b)。圧痛がRapp四角形圧痛域内に認められたことからすれば,虫垂炎を鑑別の1つとして疑うべきであったということはできるけれども,他方で,虫垂炎の圧痛点としては、マックバーニー圧痛点やランツ圧痛点が典型的な好発部位とされており(甲B4・366頁,甲B6・618頁,甲B21・323頁,甲B26・618頁,乙B1・2頁 れども,他方で,虫垂炎の圧痛点としては、マックバーニー圧痛点やランツ圧痛点が典型的な好発部位とされており(甲B4・366頁,甲B6・618頁,甲B21・323頁,甲B26・618頁,乙B1・2頁,乙B4・597頁,証人C反訳書1・4,5頁),原告の圧痛部位は非典型的であったといえることに照らすと,虫垂炎の確定診断をすべきであったとまでは認められない。 (イ)また,3月14日,原告は,C医師に対し,2月20日ころから下腹部痛があり,微熱が出たり,出なかったりしていたと訴えた(前記1(2)ア(ア)a)。急性虫垂炎の場合には,発症から来院までの時間は, 通常24時間以内と急性の経過をたどるのであるから(甲B21・323頁),この点からも,原告の症状は,急性虫垂炎としては非典型的であったといえ,虫垂炎の確定診断をすべき義務があったとは認められない。 (ウ)虫垂炎の診断は,症状が揃わない非典型的な場合には,診断に困惑することがあり,鑑別すべき疾患は,胃疾患,胆嚢疾患,急性膵炎,急性腸炎,イレウス,尿路系疾患,婦人科系疾患等数多く存在するところ(甲B1・557,558頁),圧痛がマックバーニー圧痛点やランツ圧痛点ではなく恥骨上に位置しており,位置的には泌尿器,生殖器の疾患が考えやすい位置であったこと(前記1(2)ア(ア)b,証人C反訳書3・24頁),尿潜血が陽性で,2月20日ころから,下腹部痛と共に頻尿があったとの訴えもあったこと(前記1(2)ア(ア)a,c)からすれば,C医師が,3月14日の時点で,虫垂炎よりも尿路感染症や婦人科系疾患を強く疑ったのが不合理であるとまではいえない。 これに対し,原告は,3月14日の尿沈渣検査で白血球0~1,赤血球10~15であったこと(前記1(2)ア(ア)c)からすれば尿路感染症の可能性は否定され,虫 疑ったのが不合理であるとまではいえない。 これに対し,原告は,3月14日の尿沈渣検査で白血球0~1,赤血球10~15であったこと(前記1(2)ア(ア)c)からすれば尿路感染症の可能性は否定され,虫垂炎患者の25~40%でも尿検査で異常所見が認められることからすれば,尿潜血が陽性であったのはむしろ虫垂炎を疑わせる所見の1つであると主張する。 この点,確かに,尿検査において高拡視野で白血球数5~20以上,赤血球数30以上を認めれば,尿路感染症の可能性が高いとされている(甲B20・239頁,甲B21・325頁)。しかしながら,前記のとおり,原告には尿潜血が認められていたことなどに照らせば,白血球数,赤血球数について有意所見が得られていなかったとしても,尿路感染症の疑いが完全に否定されるものとは解されず,また,このことから,尿路感染症の疑いを除外して,直ちに虫垂炎を疑うべきであるともいえ ない。 また,虫垂炎患者の25~40%で尿検査に異常所見が認められるとしている文献が存在するが(甲B21・325頁),他方,急性虫垂炎では尿検査で一般に異常所見を認めないとする文献も存在すること(甲B3・543頁)に照らせば,尿潜血が陽性であったことが虫垂炎を疑わせる有力な所見であったとも認められない。 さらに,原告は,3月14日,被告病院婦人科において,婦人科系疾患が否定されているから,虫垂炎を疑うべきであったと主張する。 しかしながら,同日,婦人科の内診で,内診指の移動で痛みがなかったからといって,そのことから,直ちに婦人科系疾患の疑いが完全に除外されるとは言えず,また,そのことから,虫垂炎を疑うべきであるともいえない。 (エ)原告には,3月14日,発熱,白血球数増加,CRPの上昇が認められ,これらはいずれも炎症反応を示すものとして,虫垂炎の症状と 言えず,また,そのことから,虫垂炎を疑うべきであるともいえない。 (エ)原告には,3月14日,発熱,白血球数増加,CRPの上昇が認められ,これらはいずれも炎症反応を示すものとして,虫垂炎の症状として把握可能なものではあるが(前提事実(3)ア),一方,前記のとおり,原告は,虫垂炎の典型的所見とは異なる病像を示していたこと,尿潜血が陽性であり,尿路感染症等の他の疾患も疑われたこと,婦人科系疾患でも尿路感染症でも,炎症を伴うものであれば,発熱,白血球数の増加,CRPの上昇が見られても矛盾しないことに照らすと,上記炎症所見から,直ちに虫垂炎の確定診断をすべきであったとはいえない。 (オ)原告は,3月20日に伊東市民病院に転院したが,転院後の伊東市民病院においても,原告に対し虫垂炎の確定診断をし得たのは,開腹手術に着手した後であった(前記1(3)イ)。 以上によれば,3月14日の診察時に,被告病院担当医師が,他の疾患を除外して,原告の症状を虫垂炎によるものと診断すべき義務があったとまで認めることはできず,これを前提に,虫垂切除の早期手術を行うべき 義務があったとする原告の主張は,採用することができない。 この点につき,原告は,高齢者の場合,生体反応が弱いため,訴える疼痛や発熱,白血球の増加や各種他覚的所見も病像に比較して軽度で,筋性防御を欠く場合が多く,軽度の右下腹部痛のみが陽性所見である場合も多いから,疑わしい場合には,他の疾患との鑑別診断を行い,他の疾患の可能性が否定ないし著しく低いと考えられた場合には,急性虫垂炎との診断を下し,手術に踏み切るべき義務が存する旨主張する。 そして,高齢者の虫垂炎の場合には,原告主張のように,各種の他覚的所見が軽度である場合も多いから,疑わしい場合には早期に開腹手術を行う方が予後が良好である旨指摘する 切るべき義務が存する旨主張する。 そして,高齢者の虫垂炎の場合には,原告主張のように,各種の他覚的所見が軽度である場合も多いから,疑わしい場合には早期に開腹手術を行う方が予後が良好である旨指摘する文献もある(甲B1・556頁)。 しかしながら,前記認定のとおり,原告は,急性虫垂炎としては非典型的な症状であって,急性虫垂炎と診断する決め手を欠く状況にあったこと,他の疾患の可能性も否定しきれない状況にあったことからすれば,被告病院担当医師が,直ちに他の疾患を除外して,虫垂炎と診断できたとは認められず,したがって,直ちに手術に踏み切るべきであったと認めることはできない。 イ手術適応についてまた,原告は,被告病院の担当医師が,3月14日の時点で,虫垂切除の早期手術を行うべきであったと主張するので,この点につき検討する。 3月14日の診察時,原告には,筋性防御,反跳痛等の腹膜刺激症状が認められなかった(前記1(2)ア(ア)b)。これらは,炎症が前腹壁腹膜に及んでいないことを示唆する所見であり(前記前提事実(3)イ(ウ),(エ)),手術適応を判断する上で重要な所見であると考えられている(甲B6・618頁,甲B26・618頁,乙B3・1432頁,乙B4・598頁,証人C反訳書1・1,2頁)。したがって,原告が,3月14日当時,手術適応にあったとは認めることができない。。 また,3月14日時点では,CT検査の結果,子宮膀胱窩については異常なしと診断され(前記1(2)ア(ア)c),また,経膣超音波検査でダグラス窩に腹水の所見は認められず(前記1(2)ア(イ)),これらも虫垂炎の症状が進行していたことについて否定的な所見であると認められる(証人C反訳書1・6頁)。 これらの点からすれば,3月14日の時点で,原告が,早期手術の絶対的適応があったとは イ)),これらも虫垂炎の症状が進行していたことについて否定的な所見であると認められる(証人C反訳書1・6頁)。 これらの点からすれば,3月14日の時点で,原告が,早期手術の絶対的適応があったとは認められず,そして,虫垂炎の確定診断ができない場合や症状が軽微である場合には,抗生剤投与による保存的治療を行う場合もあるとされていることに照らせば(前記前提事実(3)ウ,甲B3・543頁,乙B1・2,3頁),被告病院の担当医師が,3月14日,抗生剤投与により保存的に経過を観察することとした(前記1(2)ア(ウ))のが不適切であったとはいえない。 なお,原告は,Alvarado’sscore(甲B13)によれば,3月14日の時点で,①「右下腹部(回盲部)に痛み」1点,②「食欲不振」1点,③「右下腹部(回盲部)に圧痛」2点,④「発熱」1点,⑤血液検査で「白血球増加」2点の合計7点であったから,この点からも,急性虫垂炎に対し手術が必要であったと主張する。 しかしながら,「右下腹部(回盲部)に痛み」,「右下腹部(回盲部)に圧痛」の項目については,虫垂炎に典型的な場所にはなかったこと,「発熱」も「微熱が出たり出なかったり」との訴えであったこと,原告がC医師に対し,食欲不振を訴えたと認めるに足りる証拠は存しないことに照らせば,原告の点数が7点に達していたとは認められず,手術適応があったとの主張は採用できない。 (4)以上によれば,被告病院の担当医師に,3月14日の診察時,原告に対し,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の早期手術を行うべき義務があったとは認められない。 争点(1)ア(イ)(3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で急性虫垂炎の診断を遅延し,早期手術を行わなかった過失の有無)について(1)原告は,被告病院の担当医師には,遅 れない。 争点(1)ア(イ)(3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で急性虫垂炎の診断を遅延し,早期手術を行わなかった過失の有無)について(1)原告は,被告病院の担当医師には,遅くとも3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の緊急手術を行うべき義務があったと主張する。 (2)アこの点,前記1(2)認定事実によれば,3月14日から同月20日にかけての白血球数及びCRPは以下のとおりであり,また,3月15日及び同月16日には38℃の発熱があり,3月18日にも高熱があったことが認められ,これらによれば,原告は,上記期間中,炎症症状が悪化していたことが推認される(甲B11,証人C反訳書3・18頁)。 白血球数CRP3月14日120501.973月15日134005.593月16日110306.543月18日120508.093月20日135009.28イまた,3月18日,腹部超音波検査により膀胱右側頭側に腹水の所見が認められ,膿瘍が疑われたこと(前記1(2)オ),3月20日午後,腹部の痛みが増強したこと(前記1(2)キ(ア),(イ)),3月20日午後10時20分の診察時,CT検査により膀胱右側に液体貯留が疑われたこと(前記1(2)キ(ウ))がそれぞれ認められる。 ウ以上に加え,転院後,伊東市民病院の担当医であったG医師が,3月22日の本件虫垂切除術時における腹部所見について,「少なくとも数日経過した腹膜炎である」との意見を述べていること(甲A4),C医師もG医師の上記意見を正面からは否定していないこと(証人C反訳書3・2,3頁)を併せ考えると,原告は,3月18日から同月20日ころ,虫垂が 穿孔し,腹膜炎を合併したと推認することができる。 (3) 医師の上記意見を正面からは否定していないこと(証人C反訳書3・2,3頁)を併せ考えると,原告は,3月18日から同月20日ころ,虫垂が 穿孔し,腹膜炎を合併したと推認することができる。 (3)しかし,他方,以下の点を指摘することができる。 ア診断義務について(ア)3月15日,原告は,C医師の診察を受けたが,圧痛の位置は,前日同様,典型的な部位よりも下方にずれた場所にあり,反跳痛は認められなかった。また,直腸診でダグラス窩にも圧痛が認められず,虫垂炎を否定する方向の所見であった(前記1(2)イ,証人C反訳書1・7頁)。 その後も,原告は,C医師の診察を受けたが,圧痛の位置は,3月14日と変わらず,3月20日に範囲が広がったものの,引き続き典型的な部位よりも下方にずれた場所にあった(証人C反訳書3・20,21頁)。 (イ)3月18日,尿検査の結果,原告は,潜血(+++),細菌(+)であった。C医師は,原告に泌尿器科を受診させることを考えた(前記1(2)オ)。 以上のとおり,原告の圧痛の位置は,3月15日以後も虫垂炎としては非典型的な位置であって,むしろ泌尿器,生殖器の疾患を疑わせる場所のままであったこと,圧痛の位置,尿検査の結果から,骨盤腹膜炎や尿路感染症が否定しきれない状況が続いていたこと,そして,前記2(3)ア(オ)指摘のとおり,伊東市民病院でも,原告を虫垂炎と診断し得たのは,開腹手術に着手した後であったことに照らせば,被告病院の担当医師において,3月20日までに,原告を虫垂炎と確定診断すべき義務があったとは認められない。 イ手術適応について(ア)3月15日から17日まで被告病院の担当医師は,3月15日,原告に白血球,CRPの上昇が 見られ,炎症傾向の増悪が認められたことから,パンスポリン(抗生剤)の点滴投与を 術適応について(ア)3月15日から17日まで被告病院の担当医師は,3月15日,原告に白血球,CRPの上昇が 見られ,炎症傾向の増悪が認められたことから,パンスポリン(抗生剤)の点滴投与を開始したところ(前記1(2)イ),翌16日には,原告の痛み,圧痛の改善が認められ(前記1(2)ウ),翌17日には,圧痛が(±)まで改善した(前記1(2)エ)。その間,CRPは若干上昇したものの,白血球数は一旦減少傾向を示しており(前記1(2)イ,ウ),反跳痛等の腹膜刺激症状も特に認められていないことからすれば(前記1(2)イ),3月15日から17日まで,原告の症状は,CRPの上昇にもかかわらず,むしろ落ち着いていたものとみられ,被告病院の担当医師が,3月17日まで抗生剤の投与によって原告を保存的に経過観察をしたことが不適切とはいえず,手術適応にあったとは認められない。 (イ)3月18日3月18日,超音波検査で,原告の膀胱右側頭側に小骨盤に接して腹水の所見が認められ,膿瘍が疑われ,白血球数,CRPの炎症所見も,前々日に比し若干上昇したことが認められる(前記1(2)オ)。 そして,腹水,膿瘍は,消化管穿孔を疑わせる一事情となりうること(証人C反訳書3・32頁),高齢者の場合には,虫垂炎が進行しても,腹膜刺激症状等の他覚的所見が出現しない場合がありうること(甲B1・556頁,甲B2・1050頁,甲B18,甲B26・236頁,乙B4・598頁),C医師も,3月18日ころから開腹手術が必要でないかと考え始めた旨供述すること(証人C反訳書3・19頁)に照らせば,原告に対しては,3月18日の時点で,虫垂炎との確定診断まではできないとしても,腹水,膿瘍の原因を確認するため,試験的に開腹手術を施行するという選択肢もあり得たところである。 しかしながら,虫 ば,原告に対しては,3月18日の時点で,虫垂炎との確定診断まではできないとしても,腹水,膿瘍の原因を確認するため,試験的に開腹手術を施行するという選択肢もあり得たところである。 しかしながら,虫垂や消化管の穿孔によって回盲部周囲やダグラス窩に膿瘍を生じ,腹膜炎を発症すれば,激烈な圧痛が認められるのが通常 であるところ(甲B1・556,557頁,甲B4・370ないし372頁,甲B6・619頁,甲B7・368頁,甲B18,19,甲B22・517,518頁,甲B23・196頁,甲B26・619頁,証人C反訳書3・25,30頁),原告は,3月18日の診察時,腹水の所見が認められた膀胱右側頭側部位も含めて,圧痛は認められなかったこと(前記1(2)オ),ボルタレンの投与によって鎮痛作用により痛みが抑えられることは考えられるが,圧痛を抑えるのは困難な場合が多いこと(証人C反訳書3・31頁)に照らせば,C医師が,3月18日,原告から強い痛みの訴えがなかったことから,消化管の穿孔を強く疑わなかったとしても,そのことが直ちに不合理とも認められない。 そして,①3月18日当時,原告は,下腹部の痛みの程度も「しくしく程度」と述べていたこと(前記1(2)オ,原告は,この点につき,痛みのため夜も眠れないほどであったとC医師に訴えた旨供述するが(甲A8),診療録の記載に照らし,採用することはできない。),②開腹手術には癒着等による合併症発症の危険が伴うため,保存的治療により経過をみることにも利点が存在することなどに照らせば,3月18日時点で開腹手術に踏み切るか否かは,なお医師の裁量に委ねられていると解すべきであり,被告病院の担当医師に3月18日の時点で開腹手術を施行すべき法的な注意義務があったとまでいうことはできない。 これに対して,原告は,高齢者の虫垂炎 は,なお医師の裁量に委ねられていると解すべきであり,被告病院の担当医師に3月18日の時点で開腹手術を施行すべき法的な注意義務があったとまでいうことはできない。 これに対して,原告は,高齢者の虫垂炎の場合には,他覚的所見を欠くことが多く,穿孔を起こす前に手術を行えば予後は良好であるため,疑わしい症状が存する場合には緊急手術を行うべきである旨主張する。 しかし,①高齢者の虫垂炎についても,「診断が確定次第,可及的すみやかに開腹手術を行う」と述べる文献が存在し,疑わしい症状があれば直ちに緊急手術を行うことが一般的とも認められないこと(甲B6・621頁),②前記のとおり,開腹手術には合併症発症の危険が伴うこ と,③3月21日に転送された伊東市民病院でも,骨盤腹膜炎か虫垂炎かを鑑別するため,3月22日までは抗生剤投与による経過観察を続けており,1日を争って開腹手術に踏み切るべき緊急な状況とは判断されなかったこと(前記1(3)ア)などに照らせば,原告の主張を採用することはできない。 そして,前記2(3)アのとおり,原告の症状について,尿路感染症や婦人科系疾患の可能性を疑うことにも合理性があったことが認められること,骨盤腹膜炎は,虫垂炎との鑑別が難しい疾患の1つであるとされていること(甲B4・374頁)などからすれば,超音波検査で膿瘍が疑われた部位に圧痛が認められなかったことから,なお骨盤腹膜炎の可能性を疑い,その第1選択薬であるミノマイシンを追加投与して,その効果の有無をみようと考えたこと(前記1(2)オ)が不合理であったということはできない。 (ウ)3月19日,20日3月19日,原告は,解熱傾向にあると述べ,圧痛も認められなかった(前記1(2)カ)。また,3月20日午前,原告は,発熱がなくなったと述べ,圧痛(±),反跳痛(±)で自発痛 ウ)3月19日,20日3月19日,原告は,解熱傾向にあると述べ,圧痛も認められなかった(前記1(2)カ)。また,3月20日午前,原告は,発熱がなくなったと述べ,圧痛(±),反跳痛(±)で自発痛はないに等しい状態であった(前記1(2)キ(ア))。 したがって,C医師が,3月19日,20日午前の時点で,症状が落ち着いていると判断し,ミノマイシンの投与を継続して経過を観察したことが不合理であったとは認められない。 そして,3月20日午後10時20分,原告が腹部の痛みの増強を訴えて受診し,下腹部に広範囲の圧痛が認められ,CT検査で膀胱右側に液体貯留が疑われた時点で,C医師は,原告を伊東市民病院産婦人科に搬送することとしたものであり(前記1(2)キ(ウ)),その判断が遅過ぎたということもできない。 (4)以上によれば,被告病院の担当医師には,遅くとも3月20日の伊東市民病院への搬送前までの時点で,急性虫垂炎の確定診断をし,虫垂切除の緊急手術を行うべき義務があったとの原告の主張を採用することはできない。 争点(1)ア(ウ)(伊東市民病院に対する情報提供義務違反の有無)について(1)原告は,被告病院の担当医師が,伊東市民病院に対する紹介状に,原告の症状を「骨盤腹膜炎?」と書き,また,腹痛の程度,炎症反応を示す白血球数,CRPの数値の変化について不正確な記載をしたことで,手術の緊急性を判断するための情報を正確に提供すべき義務に違反した旨主張する。 そして,前記1(2)キ(ウ)に認定のとおり,C医師は,3月20日,伊東市民病院に対する紹介状に,診断名として「骨盤腹膜炎?」と記載し,また,3月20日の所見について「WBC13000,CRP10と炎症反応の悪化が認められております。症状は,発熱,痛みとも改善してきていたのですが,本日PMより 断名として「骨盤腹膜炎?」と記載し,また,3月20日の所見について「WBC13000,CRP10と炎症反応の悪化が認められております。症状は,発熱,痛みとも改善してきていたのですが,本日PMより急に腹部全体の鈍痛になっております。骨盤内の膿瘍等が考えられますが,原因がはっきりしません。」と記載したことが認められる。 (2)しかし,前記認定のとおり,原告は,3月20日午前の診察時,発熱はなく,白血球数13500,CRP9.28,圧痛(±),反跳痛(±)で,自発痛はないに等しい状態であり,また,同日午後1時ころから腹部の痛みが増強し,同日午後10時20分の診察時には,右下腹部の圧痛が広がっていたことが認められる(前記1(2)キ)。これによれば,紹介状の「WBC13000,CRP10と炎症反応の悪化が認められております。症状は,発熱,痛みとも改善してきていたのですが,本日PMより急に腹部全体の鈍痛になっております。」という記載は,検査数値のわずかな差異はあるとはいえ,3月20日に認められた所見と整合していることが認められ,C医師の前記記載が,腹痛の程度,炎症反応を示す白血球数,CRPの数値の変化について不正確なものであったとは認められない。 また,前記判示のとおり,原告の臨床症状は虫垂炎のものとしては非典型 的であり(前記2(3)ア,3(3)ア),痛みの状況,圧痛の位置などから,3月18日以降も,原告の症状について,婦人科系疾患である骨盤腹膜炎を疑ったことが不合理であるとはいえないことからすれば,紹介状に診断名として「骨盤腹膜炎?」と記載したことをもって,C医師が手術の緊急性を判断するための情報を正確に提供すべき義務に違反したということはできない。 (3)したがって,被告病院の担当医師に伊東市民病院に対する情報提供義務違反があったと ことをもって,C医師が手術の緊急性を判断するための情報を正確に提供すべき義務に違反したということはできない。 (3)したがって,被告病院の担当医師に伊東市民病院に対する情報提供義務違反があったとは認められない。 争点(2)(説明義務違反,顛末報告義務違反による債務不履行又は不法行為の成否)について(1)説明義務違反について原告は,3月14日,C医師が,原告に対し,盲腸でないというのみで,具体的病名を挙げて説明をせず,どのような薬を何のために処方するのかの説明もなかったから,説明義務違反がある旨主張する。 この点につき,原告は,3月14日,C医師から「盲腸でない」と言われた旨供述するけれども(原告反訳書2・8頁),前記認定のとおり,当時,盲腸でないと断定できる状況にはなかったこと,C医師が「盲腸でない」と述べたことはないと否定していること(証人C反訳書1・6頁)に照らして,原告の供述を採用することはできない。 また,3月14日当時,C医師が具体的病名を挙げなかったこと,処方した薬の内容,目的について説明しなかったことが直ちに説明義務違反になるとも言えず,原告の説明義務違反に関する主張は採用できない。 (2)顛末報告義務違反についてア原告は,患者に正しい診断を下せなかった場合,医師は,後にその病名が明らかになった時点で,患者の求めに応じて,自己の行った医療行為の内容や疾患を診断できなかった理由を説明すべき顛末報告義務があるにもかかわらず,C医師は,4月30日,原告から急性虫垂炎,腹膜炎の診断 ができなかった理由について説明を求められたのに対し,全く説明を行わず,かえって自己の行為を正当化しようとして,原告を深く傷つける言動をとり,顛末報告義務に違反した旨主張する。 イ確かに,患者と医師又は医療機関との間に診療契約が存在す れたのに対し,全く説明を行わず,かえって自己の行為を正当化しようとして,原告を深く傷つける言動をとり,顛末報告義務に違反した旨主張する。 イ確かに,患者と医師又は医療機関との間に診療契約が存在する場合,医師又は医療機関は,患者に対し,診療行為の受任者としての報告義務を負っていると解することが可能である(民法645条)。 しかしながら,その義務内容は,個々の事案によって異なるものというべきであり,仮に医師が患者に正しい診断を下せなかったとしても,その判断理由を説明すべき一般的な報告義務を負っているとは解されない。 そして,本件では,3月22日の時点で,すでに後医の伊東市民病院において本件虫垂切除術が施行されており,4月30日の時点では,原告の虫垂炎に対する治療が終了していたこと,原告が,C医師に対し,虫垂炎の診断ができなかった理由について明確に説明を求めたとは認められないこと(証人C反訳書3・6頁,原告反訳書2・14頁)に鑑みると,同日,C医師が,原告に対し,虫垂炎の確定診断をすることができなかった理由を説明すべき義務があったとは認められない。 また,原告は,4月30日,被告病院においてC医師と面会した際,同医師が大きな声で怒鳴りながらカルテを机に叩きつけ,原告の話を聞かずに立ち去った旨供述するが(甲A8,原告反訳書2・14,15頁),C医師がこれを否定する供述をしていること(証人C反訳書1・13頁,反訳書3・5頁),他に原告の主張を認めるに足りる証拠はないことからして,前記原告の供述を採用することはできない。 ウよって,C医師に顛末報告義務違反があったとの原告の主張を採用することはできない。 第4 結論 以上によれば,被告病院の担当医師に原告の主張する注意義務違反があった とは認められず,原告の請求は,その余の点について判断する 違反があったとの原告の主張を採用することはできない。 主文 以上によれば,被告病院の担当医師に原告の主張する注意義務違反があったとは認められず,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 理由 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官秋吉仁美裁判官渡邉隆浩裁判官佐藤哲治は,転官のため,署名押印することができない。裁判長裁判官秋吉仁美
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