平成25(ワ)5136 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成27年4月15日 大阪地方裁判所
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判決文本文20,383 文字)

主文 1 被告は,原告に対し,3522万2231円及びこれに対する平成25年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを100分し,その39を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1 請求被告は,原告に対し,9028万3765円及びこれに対する平成25年3月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,亡Aの共同相続人の1人である原告が,Aは被告の従業員として長年にわたり塗装作業等に従事していたところ,被告の安全配慮義務違反により石綿肺にり患して死亡し,原告はその損害賠償請求権を遺産分割により単独相続したと主張して,被告に対し,債務不履行に基づき,総損害額9028万3765円及びこれに対する請求日の翌日である平成25年3月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 被告は,Aが石綿肺にり患したことは認められない上,石綿粉じんのばく露に関する安全配慮義務を負っていなかったなどと主張している。 2 前提事実(当事者間に争いがないか,後記各書証及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1) A(昭和10年▲月▲日生まれ)は,被告に入社した昭和26年6月から依願退職した平成10年6月30日までの約47年間,建築塗装工事等 を営む被告の従業員(塗装工)として内装の塗装作業等に従事した。塗装作業の現場には,新築工事現場と改修工事現場があり,改修工事現場における塗装作業は,塗り替え作業とも呼ばれる。Aは,昭和58年以前は,新 む被告の従業員(塗装工)として内装の塗装作業等に従事した。塗装作業の現場には,新築工事現場と改修工事現場があり,改修工事現場における塗装作業は,塗り替え作業とも呼ばれる。Aは,昭和58年以前は,新築工事現場と改修工事現場の双方で塗装作業に従事したものの,同年に昭和58年にa百貨店b店における内装工事の責任者に就任してからは,概ね同店での塗り替え作業に専従した。 新築工事現場における内装塗装作業は,基礎工事及び建物の躯体工事が終わり,内装工事の仕上げの段階で行われ,その工程には,下地調整作業(電動工具等を用いて,モルタル壁やボード壁といった素地の表面を平滑にする作業),シーラー塗り作業及び塗装塗り作業がある。シーラー塗り作業や塗料塗り作業の際には,塗装面をきれいにするため,それ以前の工程で発生した粉じんやほこりを刷毛等で取り除く必要があった。 また,塗り替え作業の場合は,下地調整作業において,前記作業工程に加えて,従前の塗料を取り除く作業が必要となる場合があった。 (2) Aは,間質性肺炎により,平成14年8月2日から同年9月14日まで,及び平成15年3月11日から同年6月17日までの合計143日間,甲病院に入院した。 Aは,平成15年6月17日,間質性肺炎により死亡した。Aの妻はB,子は原告及びCである。(甲4の1~4の6)(3) Bは,厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として,平成15年8月14日から平成25年2月15日までに合計1706万5309円,同月16日から当審口頭弁論終結時までに合計318万3832円を受領した(それとは別の支給確定分があるとの主張立証はない。)。 また,Bは,平成21年2月から平成26年8月までに,石綿による健康被害の救済に関する法律(以下「石綿救済法」という。)に基づく特別遺族 れとは別の支給確定分があるとの主張立証はない。)。 また,Bは,平成21年2月から平成26年8月までに,石綿による健康被害の救済に関する法律(以下「石綿救済法」という。)に基づく特別遺族年金として,合計1352万5000円を受領した。(甲41の1~41の 6,69~72)(4) B,原告及びCは,平成25年2月15日付け遺産分割協議をもって,同日,原告が,Aの被告に対する本訴請求債権を単独で相続する旨合意した。 (甲5の1~5の4)(5) 原告は,平成25年3月19日到達の特定記録郵便をもって,被告に対し,本訴請求債権の履行を請求した。(甲10の1,10の2) 3 争点及び争点に関する当事者の主張(1) Aの石綿ばく露の有無及び死亡との間の因果関係(原告の主張)ア下地調整においては削ったモルタル壁やボード壁から細かい粉じんが発生していたところ,モルタル壁やボード壁の多くには石綿が含まれていたため,被告の塗装工は,下地調整の際,石綿粉じんにばく露した。また,塗り替え作業における従前の塗料を削り取る作業の際には,古い塗膜が粉末状の粉じんとなって舞い上がるところ,従前の塗料には石綿含有のものがあり,塗装工は,この作業の際にも,石綿粉じんにばく露した。さらに,塗装工は,塗装工事に先立ち,壁,床,配管等に堆積した粉じんやほこりを掃除する必要があったところ,これらの粉じんやほこりには石綿が含まれており,塗装工は,この掃除作業の際にも石綿粉じんにばく露した。塗装工は,毎日の作業終了後の清掃や少なくとも週1回の一斉清掃においても,石綿粉じんにばく露した。 また,塗装工が塗装作業を行う同じフロア等で,別業種が,耐火被覆の吹き付けや天井のボードの切断作業等を行うことがあり,この場合 くとも週1回の一斉清掃においても,石綿粉じんにばく露した。 また,塗装工が塗装作業を行う同じフロア等で,別業種が,耐火被覆の吹き付けや天井のボードの切断作業等を行うことがあり,この場合,塗装工は,別業種の作業によって生じた石綿粉じんにばく露した。 Aは,被告の従業員(塗装工)として,約47年間にわたり前記作業を継続し,石綿粉じんにばく露し続けた。Aに胸膜プラークがあることや,被告の他の従業員に石綿関連疾患である中皮腫にり患した者がいることも 考慮すると,Aが,被告の作業現場において,石綿粉じんにばく露したことは,明らかである。 イ Aが長年にわたり石綿粉じんにばく露したことからすると,石綿粉じんのばく露と間質性肺炎(石綿肺)にり患して死亡したこととの間に因果関係があることは,明らかである。 (被告の主張)ア原告の主張アは否認し争う。被告の現場で取り扱っていた塗料は,石綿含有のものではなかった上,塗装作業は,仕上がりが汚れないよう,他の作業が終了した後に行われるのが通常であり,塗装作業の現場に石綿粉じんが大量に飛散していたことは,ありえない。また,下地調整におけるモルタルの凹凸をなくす作業等や塗装作業前の清掃は,被告の塗装工の作業ではなかった。 さらに,Aが昭和58年以前に従事したのは,主に改修工事現場での塗り替え作業であり,他の作業工程を全く伴わない作業であった。Aが同年からほぼ専従したb店での内装工事も,他の作業工程を伴わない壁の塗り替え作業であった。このように,Aが被告において従事した作業は,いずれも,石綿粉じんを大量に,かつ長期間にわたって吸入するおそれのあるものではなかった。 イ原告の主張イについて,Aの診療記録に「CT上,壁側・臓側胸膜肥厚と石灰化がみられる」との た作業は,いずれも,石綿粉じんを大量に,かつ長期間にわたって吸入するおそれのあるものではなかった。 イ原告の主張イについて,Aの診療記録に「CT上,壁側・臓側胸膜肥厚と石灰化がみられる」との記載があること,及び被告の他の従業員で石綿関連疾患である中皮腫にり患した者がいることは認め,その余は否認し争う。中皮腫にり患した当該従業員は,被告の現場以外で石綿粉じんにばく露したのであり,Aが被告の現場で石綿粉じんにばく露したことを裏付ける事情にはならない。また,胸膜の異常の原因が間質性肺炎の原因と一致するとは限らないところ,Aには,少なくとも33年間に及ぶ1日20本程度の喫煙歴など間質性肺炎の様々な原因が考えられるから,仮にAが石 綿粉じんにばく露したとしても,死亡との間の因果関係は,立証されていない。 (2) 被告の安全配慮義務違反の成否(原告の主張)ア被告は,Aが入社した昭和26年当時,また,どれほど遅くとも昭和35年には,被告の従業員が,石綿粉じんを吸入することによって,石綿肺等を発症して人の生命,健康に重大な影響を及ぼすことを予見可能であり,これを回避するために従業員の生命,健康に配慮する義務があった。具体的には,被告の従業員を,石綿粉じんを吸入するおそれのある作業に従事させる際,①石綿粉じんの発生及び抑制義務,②体内侵襲防護義務,③健康診断実施義務,④石綿肺発症の危険性に関する教育等を尽くす義務があった。 イ被告は,Aが入社した昭和26年から依願退職した平成10年まで,前記ア①~④のいずれの義務も尽くさず,安全配慮義務に違反した。 すなわち,被告は,被告の塗装現場において,粉じん発生防止及び抑制のための通気システムを設置せず,塗装工に対して撒水,噴霧などの湿化対策をとらず,更に粉じん作業 尽くさず,安全配慮義務に違反した。 すなわち,被告は,被告の塗装現場において,粉じん発生防止及び抑制のための通気システムを設置せず,塗装工に対して撒水,噴霧などの湿化対策をとらず,更に粉じん作業と非粉じん作業を混在させており,①の義務に違反した。 また,被告は,塗装現場において,従業員に対し,粉じんマスク等の呼吸用保護具の備え付けや支給をせず,装着の指導も行わずに,②の義務に違反した。 さらに,使用者は,法令上,常時粉じん作業に従事する労働者に対して3年に一度,じん肺検診を行わなければならず,また,石綿健康診断の実施が義務づけられていたところ,被告は,Aに対し,これらの健康診断等を実施しておらず,③の義務に違反した。 最後に,石綿肺の特徴や症状の重大性に照らすと,被告は,Aに対し, 石綿肺の原因,症状などの医学的知見,予防方法等について十分に教育を行い,防じんマスク着用等の石綿肺防止対策の重要性を認識させる義務があったところ,被告は,Aに対し,そのような措置をとっておらず,④の義務に違反した。 (被告の主張)ア原告の主張アは否認し争う。被告は,石綿を含む粉じん等が発生する可能性のある事業を行う事業主体ではなく,石綿を含む粉じんの発生について予見できなかった以上,原告が主張する安全配慮義務を負わない。 イ原告の主張イは否認し争う。②について,被告は,塗装工に対し,創業当初から,石綿粉じんの体内侵襲を防ぐことはできないものの,防じん用マスクを配付し,清掃(一斉清掃)や下地調整作業等,ごく微量であってもほこりが舞うような状況では,これを着用するよう指導していた。法令上,平成24年時点においてすら,石綿除去という極めて石綿ばく露の危険性が高い現場における作業であっても,石綿除去等以外 量であってもほこりが舞うような状況では,これを着用するよう指導していた。法令上,平成24年時点においてすら,石綿除去という極めて石綿ばく露の危険性が高い現場における作業であっても,石綿除去等以外の作業では,石綿の体内侵襲を防げない使い捨て防じん用マスクの備付けで足りるとされているのであるから,石綿除去現場とは比べられないほど石綿ばく露の危険性の低い内装塗装現場においては,その程度のマスクの備付けで十分であった。よって,被告に安全配慮義務違反はない。 (3) 原告の損害額(原告の主張)ア Aは,被告の安全配慮義務違反により,次の(ア)~(ク)のとおり合計9028万3765円の損害を被った。 (ア) 付添看護費(85万8000円)1日当たり6000円×143日=85万8000円が相当である。 (イ) 入院雑費(21万4500円)1日当たり1500円×143日=21万4500円が相当である。 (ウ) 葬儀関係費用(150万円)(エ) 休業損害(2283万8475円)Aは,平成10年7月1日から平成15年6月17日までの間(59か月と16日),休業せざるを得なかった。Aの休業時の年収は,460万3500円(平成10年賃金センサス男子労働者学歴計60~64歳年収額。月収に換算すると38万3625円)であるから,休業損害としては,2283万8475円(=月収38万3625円×(59ヶ月+16日/30日))が相当である。 (オ) 死亡逸失利益(2290万5175円)生活費控除率は3割が相当であり,Aの死亡逸失利益は,2290万5175円(=年収460万3500円×(1-0.3)×7.108(67歳の場合の就労可能年数である9年のライプニッツ係数) 生活費控除率は3割が相当であり,Aの死亡逸失利益は,2290万5175円(=年収460万3500円×(1-0.3)×7.108(67歳の場合の就労可能年数である9年のライプニッツ係数))を下らない。 (カ) 入通院慰謝料(376万円)Aは,前記アのとおり143日間入院し,また,平成10年以降,少なくとも49か月間通院を続けた。したがって,入通院慰謝料としては,376万円を下らない。 (キ) 死亡慰謝料(3000万円)Aは一家の支柱であり,長年にわたり石綿粉じんにばく露し,石綿肺を発症して生命を奪われた無念さに鑑みると,Aの死亡慰謝料は,3000万円を下らない。 (ク) 弁護士費用(820万7615円)弁護士費用は,前記(ア)~(キ)の合計額である8207万6150円の1割である820万7615円が相当である。 イ被告の主張イは否認し争う。原告らは,葬祭料を受領していない。 ウ被告の主張ウ,エは否認し争う。 (被告の主張)ア原告の主張アは否認し争う。原告の主張ア(エ),同(オ)に関し,Aが依願退職したのは,Aが年金受給資格を得たこと(当時62歳)に加え,高齢により従来の仕事を続けることが困難になったためであり,労働意欲,労働能力共に極めて低く,就労可能性はなかった。よって,休業損害及び死亡逸失利益は認められない。仮に死亡逸失利益の発生自体は認められるとしても,Aが一家の支柱であったとはいえず,生活費控除率は50%以上が相当である。 イ原告らは,労災保険給付として葬祭料を受領しており,損益相殺すべきである。 ウ従業員には職場の安全確保に配慮し,自己の健康,安全を保護すべき義務がある。Aが大量かつ長期間の石綿粉じんばく イ原告らは,労災保険給付として葬祭料を受領しており,損益相殺すべきである。 ウ従業員には職場の安全確保に配慮し,自己の健康,安全を保護すべき義務がある。Aが大量かつ長期間の石綿粉じんばく露の可能性を認識していたのであれば,それを被告に報告し,じんあい用マスクの改善等の措置を要求すべきであったにもかかわらず,それらの報告,要求を怠ったのであるから,過失相殺すべきである。 エ本来の責任主体は,建物所有者,元請事業者,石綿取扱業者等であり,塗装業者(被告)の結果に対する寄与度は著しく低いから,寄与度減殺されるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実証拠(乙21のほか後記各書証,証人D。ただし,後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおりの事実が認められる。 (1) 石綿は,ほぐすと綿のようになる一群の繊維状鉱物の総称であり,クリソタイル,アモサイト,クロシドライト等に分類される。石綿は,紡織性,抗張力,耐熱性,断熱性,防音性,耐腐食性などにその特長を有しており,石綿以外の単一の天然鉱物や人工物質にはほとんど見られないことから,「奇 跡の鉱物」と呼ばれ,古くから紡織品や建築材料等に広く利用されてきた。 我が国では,明治20年代に石綿製品の輸入が始まり,高度経済成長に伴って石綿の消費量が大きく伸び,昭和40年代半ばから昭和60年代にかけて大量消費が続いた。石綿は,戦後,経済復興の重要な資材として各分野で使用され,とりわけ建築材料として,工業用建築物や住宅用資材の屋根材,壁材,塗料などに広く利用された。その後,平成2年頃から急激に石綿の消費量が減少し,平成18年9月には,石綿含有製品の製造,使用等がほぼ全面的に禁止されるに至って,ほとんど利用されなくなった。(甲6,37 塗料などに広く利用された。その後,平成2年頃から急激に石綿の消費量が減少し,平成18年9月には,石綿含有製品の製造,使用等がほぼ全面的に禁止されるに至って,ほとんど利用されなくなった。(甲6,37,38,77)(2) 石綿関連疾患には,石綿肺,肺がん,中皮腫等がある。このうち石綿肺は,石綿の粉じんを大量に吸入することにより発生するじん肺であり,肺線維症(間質性肺炎)の一種である。ある程度以上の高濃度の石綿累積被ばく量を上回らない限り発症せず,その閾値は少なくとも25繊維/cc×年以上であるとされる。画像所見としては,石綿粉じんばく露から通常10年以上経過して,両側下肺野を中心に不整形陰影を呈するようになり,病状が進行すると下肺野に蜂巣肺を呈するようになる。自覚症状としては,労作時の息切れ,せき,たん等が見られ,病状が進行すると安静時でも息切れがして常時酸素吸入が必要となることもある。石綿の粉じんのばく露がなくなった後でも病変は徐々に進行し,拘束性呼吸機能障害を来して肺活量が減少するため,他のじん肺に比べても予後は悪く,治療は対処療法のみで本質的な治療方法はない。 肺線維症の原因としては,粉じん,膠原病,アレルギー,薬物等,様々なものがあり,中には原因の特定できないものもある。石綿粉じんを原因とする肺線維症が石綿肺,原因の特定できない肺線維症が特発性肺線維症である。 石綿肺の診断に当たっては,①職業上石綿ばく露があること,②胸部X線所見で,下肺野を中心に不整形陰影があること,③他の類似疾患や石綿以外 の原因物質による疾患が除外できることの3要件を必ず満たさなければならないとされる。そして,③のうち,特に石綿肺と特発性肺線維症との区別が困難とされ,そのため,我が国では専ら石綿に起因し,過去の石綿ばく露の指標となる胸 除外できることの3要件を必ず満たさなければならないとされる。そして,③のうち,特に石綿肺と特発性肺線維症との区別が困難とされ,そのため,我が国では専ら石綿に起因し,過去の石綿ばく露の指標となる胸膜プラーク(限局性,板状の胸膜肥厚)の所見が重要視されている。胸膜プラークは,石綿ばく露開始から10年未満では発生せず,15~30年を経て出現し,ばく露開始後20年を経過すると一部が石灰化する場合が出てくる。また,胸膜プラークは,石綿肺と異なり,低濃度の石綿ばく露でも発生しうる。 なお,特発性肺線維症の患者のうち7割に喫煙歴があることが知られており,喫煙は特発性肺線維症の危険因子の1つとされている。(甲6,29~34,乙19)(3) 欧米では,明治の終わり頃から石綿肺の精力的な調査研究が行われ,昭和5年頃には,石綿ばく露と石綿肺との因果関係に関する知見が疫学的にも病理組織学的にも確立されたが,我が国では,欧米から遅れて石綿紡織製品が国産化されたこともあって,昭和5年前後からようやく欧米の石綿肺の知見や症例が紹介され,石綿肺の危険性が指摘され始めた。保険院社会保険局健康保険相談所大阪支所長らにより,我が国で初めて本格的な石綿肺の調査が行われたのは,昭和12年~同15年のことであった。同調査では,泉南地域等に所在する石綿工場の労働者を対象として石綿肺の発生状況等が調査され,相当数の労働者に異常所見が見られるとともに,勤続年数が長期になるほど石綿肺の発症率が高くなる(勤続年数が3年以下でり患率は1. 9%,3~5年で20.8%,10~15年で60.0%,20年以上で100%)旨の結果が得られた。 もっとも,第2次世界大戦以前は,鉱山関係等の遊離けい酸粉じんによるけい肺が社会問題になっており,その対策に重点が置かれた。すなわ で60.0%,20年以上で100%)旨の結果が得られた。 もっとも,第2次世界大戦以前は,鉱山関係等の遊離けい酸粉じんによるけい肺が社会問題になっており,その対策に重点が置かれた。すなわち,昭和22年に公布,施行された労働基準法(労働安全衛生法による改正前の労 働基準法で,以下「旧労基法」という。)には,石綿に着目した規定は置かれず,粉じん一般につき,包括的に,発じん防止,吸入防止のための保護具の規定等が設けられたに過ぎず,その運用においても,けい肺予防対策に重点が置かれた。また,国は,昭和20年代に,けい肺対策のため,けい肺の実態調査(けい肺健診)を行い,その結果に基づき,指導基準として「けい肺措置要綱」を定め,環境対策,保護具対策,作業改善対策,健康管理対策,配置転換対策等の一連の予防対策の素地を確立するとともに,昭和30年7月にはけい特法(けい肺および外傷性せき随障害に関する特別保護法)を制定した。同法は,遊離けい酸粉じんによるけい肺に規制対象を限定しており,石綿肺は,規制対象とされなかった。 しかしながら,前記実態調査の結果によっても,けい肺粉じんのみならず石綿粉じんも重篤な障害をもたらすことが示され,昭和30年までには石綿を含めた鉱物性粉じん全体に対するじん肺対策を行う必要のあることが認識されるようになっていた。労働省は,昭和30年度から昭和34年度にかけて,けい肺以外のじん肺を対象とした調査研究を実施し,昭和34年度には「石綿肺等のじん肺に関する研究」として,7名の研究班を活動させた。また,労働省は,石綿粉じんの有害性を前提とした上,石綿肺を含めたじん肺規制法規を立法化するに当たって必要となるじん肺の管理区分の設定などに必要な詳細な知見を得るため,昭和31年から昭和34年にかけて,石綿肺の ,石綿粉じんの有害性を前提とした上,石綿肺を含めたじん肺規制法規を立法化するに当たって必要となるじん肺の管理区分の設定などに必要な詳細な知見を得るため,昭和31年から昭和34年にかけて,石綿肺の診断基準に関する研究を行った。そして,これらの研究の成果を踏まえ,昭和35年3月31日,けい特法が廃止されるとともに,鉱物性粉じん全てに適用されるじん肺法(以下「旧じん肺法」という。)が新たに公布され,同年4月1日施行された。(甲42,47)(4) 昭和22年施行の旧労基法は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものとして労働条件を確保することを目的とするものであり(1条),使用者に対し,粉じん等による危害を防止するために必 要な措置を講ずべき義務(42条),安全衛生教育を実施する義務(50条),健康診断を実施する義務(52条)を規定した。そして,同年に制定された労働安全衛生規則(昭和22年労働省令第9号。以下「旧安衛則」という。)は,旧労基法を受けて,使用者に対し,粉じんを発散する場所における業務に常時使用する労働者を雇い入れる場合,及び同業務に常時従事する労働者に対する健康診断実施義務(48条,49条),粉じんを発散する作業場におけるその原因を除去するための作業施設の改善努力義務(172条),粉じんを発散する屋内作業場における換気(局所排気,全体換気)装置の密閉等の実施義務(173条),著しく飛散する作業場における注水等の粉じん飛散防止装置の実施義務(175条),粉じんを発散する業務において,その作業に従事する労働者に使用させるための保護具等の備付義務(181条)等を課した。 昭和35年施行の旧じん肺法は,じん肺を「鉱物性粉じんを吸入することによって生じたじん肺及びこれと肺結核の合併した病気」と定義し(2 者に使用させるための保護具等の備付義務(181条)等を課した。 昭和35年施行の旧じん肺法は,じん肺を「鉱物性粉じんを吸入することによって生じたじん肺及びこれと肺結核の合併した病気」と定義し(2条1項1号),石綿肺もその対象とした上,労働省令で粉じん作業の範囲を定めるものとした(同条1項2号及び2項)。そして,これに基づき制定されたじん肺法施行規則1条及び別表第1の23は,「石綿をときほぐし,合剤し,ふきつけし,りゅう綿し,紡糸し,紡織し,積み込み,若しくは積みおろし,又は石綿製品を積層し,縫い合わせ,切断し,研まし,仕上げし,若しくは包装する場所における作業」を粉じん作業とした。さらに,旧じん肺法は,使用者に対し,じん肺の予防に関し,粉じんの発散の抑制,保護具の使用その他について適切な措置を講ずるように努める義務(5条),常時粉じん作業に従事する労働者に対してじん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教育を実施する義務(6条),常時粉じん作業に従事する労働者等に対して,じん肺健康診断を実施する義務(7~9条)を課し,同法6~9条の規定に違反した者には罰則を科することとした(45条)。(甲42,47) (5) 労働省労働基準局長は,昭和43年9月26日,「石綿をときほぐし,合剤し,吹き付けし,りゅう綿し,紡織する屋内作業あるいは石綿製品を切断し研磨する屋内作業については,旧安衛則173条により局所排気装置を設置する必要がある」旨の同日付通達を発出した。また,昭和45年9月には石綿取扱事業場の現状を把握するための総点検が行われ,労働省労働基準局長は,その結果を受けて,昭和46年1月5日,石綿肺の予防等を目的とした石綿取扱い事業場の環境改善を求める同日付通達を発出した。 同年4月には,このような石綿障害予防対策の重 ,労働省労働基準局長は,その結果を受けて,昭和46年1月5日,石綿肺の予防等を目的とした石綿取扱い事業場の環境改善を求める同日付通達を発出した。 同年4月には,このような石綿障害予防対策の重要度の高まりに応じ,関係者の義務を明確にするため特定化学物質等障害予防規則が制定された。同規則は,石綿を第2類物質(局所排気装置の対象物質)に指定し,使用者に対し,その屋内発散源への局所排気装置の設置,環境測定,呼吸用保護具の備付け等の義務を課した。(甲47,56)(6) Aは,昭和26年3月に中学校を卒業した後,同年6月20日に被告に入社し,以後依願退職した平成10年6月30日までの約47年間,被告の従業員(塗装工)として勤務した。 Aは,昭和58年までは,新築工事現場と改修工事現場の双方で塗装作業を行い,同年にa百貨店b店における内装工事の責任者になってからは,平成10年6月の依願退職まで,同店において被告が携わる改修工事現場における塗装作業(塗り替え作業)にほぼ専従した。また,Aは日給制であったため,被告の仕事がないときは他の会社の現場に応援に行くこともあったものの,その頻度は,全体の1,2割程度であった。(甲16~18)(7) 塗装作業は,下地調整作業,シーラー塗り作業,塗装塗り作業の順に行われるところ,下地調整作業においては,手触りを良くするため,サンドペーパーや電動のオービタルサンダー等を用いて,塗装面にある細かい凹凸をできる限りなくす作業や,パテでボード壁にあるボードとボードのつなぎ目の隙間を埋めた上,サンドペーパー等を用いて表面を平滑にする作業が行 われた。また,改修工事現場における塗装作業(塗り替え作業)では,前記作業に加えて,従前の塗料にネオリバーを塗って,へらでこそげ落とす作業が行われた。これ 用いて表面を平滑にする作業が行 われた。また,改修工事現場における塗装作業(塗り替え作業)では,前記作業に加えて,従前の塗料にネオリバーを塗って,へらでこそげ落とす作業が行われた。これらのサンドペーパー,へら等を用いた下地調整作業の際には,モルタル,ボード及びパテ等の細かい粉じんが発生した。 また,シーラー塗り作業や塗料塗り作業の際には,塗装面に付着した粉じんやほこりをはけ等で取り除く作業が行われ,その際にも,細かい粉じんやほこり等が舞うことがあった。 さらに,新築工事現場では,1週間に1回,一斉清掃(塗装作業のフロア等,指定されたフロアをほうきで掃いてごみを集めるもの)をすることが通例であり,その際,塗装作業前の工程で発生した粉じんやほこりが舞うこともあった。 被告は,塗装作業の際,このように細かい粉じんやほこりが舞うことを認識し,塗装工に対し,防じんマスク(スポンジマスクや紙マスク)を支給していたものの,そのマスクには,石綿粉じんのばく露を防ぐ効果はなかった。 なお,被告は,支給した防じんマスクの着用を個々の塗装工の判断に委ねていたところ,Aは,粉じんやほこりを気にして,この防じんマスクをまめに着用していた。 (8) 新築工事現場における塗装工事は,基礎工事及び建物の躯体の工事が終わり,内装工事の仕上げをする段階で行われた。例えば,ビルやマンションの新築工事の場合,フロアごとに工程が管理されており,塗装工があるフロアで塗装工事を行うのと同時並行で,別のフロアで別職種の者が内装工事を行ったり,耐火被覆の吹き付けを行ったりすることがあった。また,作業現場によっては,工期が詰まった突貫工事となることがあり,その場合,塗装工が塗装作業を行っているのと同じフロアの目に見える範囲で,ボード貼りやモルタル塗り等の作 行ったりすることがあった。また,作業現場によっては,工期が詰まった突貫工事となることがあり,その場合,塗装工が塗装作業を行っているのと同じフロアの目に見える範囲で,ボード貼りやモルタル塗り等の作業等が行われる場合もあった。 (9) 被告は,昭和26年6月から平成10年6月までの間を通して,被告 の塗装作業現場に,石綿粉じん発生防止,抑制のための通気システムを設置せず,また,撒水,噴霧などの湿化対策を取ることもなかった。また,被告は,塗装工に対して,石綿粉じんに対応できる防じんマスクの備え付け,着用指導をすることはなかった。さらに,被告は,塗装工に対して,石綿粉じんへのばく露に関し,健康診断を実施するなどの健康管理を行わなかった。 (10) Aは,石綿粉じんのばく露による体調の悪化により塗装工を続けることが難しくなったことから,平成10年6月30日,被告を依願退職し,その後,乙内科に通院するようになった(乙内科に通院を開始した具体的な時期を認めるに足りる的確な証拠はない。)。Aの依願退職時の月給は,合計30万円程度であった。なお,Aは,少なくとも昭和41年頃から平成11年頃までの約33年間にわたり,1日当たり20本程度喫煙していた。(甲12,13,16,18,19,22)(11) Aは,平成13年の冬,乙内科の担当医師から,丙病院を紹介され,同病院での精密検査の結果,間質性肺炎にり患しているとの診断を受けた。 Aは,丙病院を紹介された後も,乙内科への通院を継続した。(甲18,22)(12) Aは,平成14年8月2日,呼吸が困難になり,甲病院に緊急入院した。Aを検診した甲病院呼吸器内科の担当医師は,Aにつき,胸部CT上,左右下肺野に優位に分布する網状影を認め,かつ,壁側・臓側胸膜の肥厚と石灰化(胸膜プラーク ,呼吸が困難になり,甲病院に緊急入院した。Aを検診した甲病院呼吸器内科の担当医師は,Aにつき,胸部CT上,左右下肺野に優位に分布する網状影を認め,かつ,壁側・臓側胸膜の肥厚と石灰化(胸膜プラーク)が後背部に多く存在したこと,血清学的に膠原病を思わせる特異的所見がないこと,職歴にて約50年前より建物専門の塗装業に従事していたこと,特異な胸膜肥厚および石灰化が認められたことから,石綿ばく露が原因の肺線維症,すなわち石綿肺であると診断した。 Aは,平成14年9月14日に甲病院を退院し,乙内科での治療を続けたが,平成15年3月11日,呼吸が困難になり甲病院に再入院し,同年6月17日,間質性肺炎により死亡した。(甲3,22) (13)ア Bから平成20年10月17日石綿救済法の特別遺族年金の申請を受けたc労基署長は,甲病院に対し,Aの病状等についての意見を求め,甲病院の担当医師は,c労基署長に対し,同年11月11日付け意見書を提出した。同医師は,同意見書において,Aの胸膜プラークの有無及び範囲に関し,X線の検査によると両側下肺野に網状影があり,また,CTの検査によると両下肺背側および胸膜直下他全肺にわたり蜂巣肺が見られ,両側下肺の胸膜が石灰化している旨の意見を述べた。もっとも,同医師は,Aの石綿ばく露歴と発症(死亡)との因果関係に関し,「工事現場でホコリ(粉塵)(アスベスト)を多く吸引していたとのこと。間質性肺炎がアスベストによるものか原因不明。死因は間質性肺炎に気道感染が繰り返し起こしたことにより,重度の呼吸不全におちいり,死亡したものと思われる。」との意見を述べた。(甲12,19)イ c労基署長は,地方労災医員の医師に対し,Bの請求についての意見を求め,同医師は,平成20年12月22日,Aに関する意見書を提出 ,死亡したものと思われる。」との意見を述べた。(甲12,19)イ c労基署長は,地方労災医員の医師に対し,Bの請求についての意見を求め,同医師は,平成20年12月22日,Aに関する意見書を提出した。 同医師は,同意見書において,職歴上石綿ばく露の可能性が高いこと,Aの左横隔膜に胸膜プラークが見られること,喫煙指数が低く,職歴以外の外的因子がみられないこと,免疫学的異常所見もなく石灰化胸膜プラークを伴う通常型間質性肺炎像であることなどから,特発性間質性肺炎や膠原病性の可能性は低く,業務上り患した石綿肺と診断される旨の意見を述べた。(甲12,20)ウ c労基署長は,平成21年1月6日頃,Aの死亡原因が石綿救済法に該当する指定疾病である石綿肺であると認め,支給事由発生日を平成20年12月1日とみなして,Bに対する特別遺族年金の支給を決定した。(甲7,12,41の1~41の6) 2 争点(1)(Aの石綿ばく露の有無及び死亡との間の因果関係)について(1) 前記1で認定した事実によれば,Aは,昭和26年6月から平成10 年6月までの約47年間にわたり,被告の塗装工として,被告の塗装現場において塗装作業に従事したこと,塗装作業の際には,石綿を含むモルタル,ボード,塗料等の粉じんにばく露した可能性があること,Aの左右下肺野には胸膜プラークが認められるところ,胸膜プラークは我が国においては専ら石綿粉じんへのばく露に起因するものであることから,被告の作業現場には石綿粉じんが飛散しており,Aがそれを長年にわたって吸引し続けたことが認められる。 そして,石綿粉じんの吸引状況,吸引期間,Aの健康状態すなわち病院での精査結果や診察結果等を総合考慮すると,Aは,被告の作業現場における石綿粉じんの吸引を原因とする肺線維症,す められる。 そして,石綿粉じんの吸引状況,吸引期間,Aの健康状態すなわち病院での精査結果や診察結果等を総合考慮すると,Aは,被告の作業現場における石綿粉じんの吸引を原因とする肺線維症,すなわち石綿肺にり患し,それによって死亡したと認めるのが相当である。 (2) 被告は,仮にAが石綿粉じんを吸引したとしても,死因となった間質性肺炎の原因がそれと一致するとは限らないところ,喫煙など他の原因も十分考えられるから,石綿粉じんのばく露と死因となった間質性肺炎との間の因果関係は認められない旨主張する。そして,前記1で認定した事実によれば,甲病院の担当医師は,c労基署長に対し,間質性肺炎が石綿粉じんに起因するものであるかどうかは不明である旨の意見を述べたこと,また,喫煙は特発性肺線維症の危険因子の1つとされ,Aは約33年間にわたり1日当たり20本程度喫煙していたことが認められる。しかしながら,前記(1)で判示したとおり,Aの作業状況やその期間等に照らし,Aは石綿肺にり患したと認めるのが相当であり,かつ喫煙と石綿肺との因果関係を認めるに足りる証拠はないから,被告の前記主張は,前記(1)の判断を左右するものではなく,採用できない。 3 争点(2)(被告の安全配慮義務違反の成否)について(1) 安全配慮義務の前提として,使用者が認識すべき予見義務の内容は,生命,健康という被害法益の重大性に鑑み,石綿粉じんにばく露することに よって,生命,健康に重大な障害が生じる危険性があることについての認識があれば足り,生命,健康に対する障害の性質,程度や発生頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである。 前記1で認定した事実によれば,昭和5年前後には,石綿ばく露と石綿肺に関する欧米の知見が我が国にも紹介され,昭和12 の性質,程度や発生頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである。 前記1で認定した事実によれば,昭和5年前後には,石綿ばく露と石綿肺に関する欧米の知見が我が国にも紹介され,昭和12年から昭和15年にかけて石綿肺に関する本格的な調査が実施され,石綿工場の労働者の相当数に異常所見が見られるとともに,勤続年数が長期になるほど石綿肺の発症率が高くなる旨の結果が得られ,昭和20年から昭和34年にかけてけい肺のみならず石綿肺に対する対策が必要であると認識されるに至り,昭和35年には,石綿も規制対象とする旧じん肺法が制定され,石綿を吹き付けたり,石綿製品を切断,研磨したりする場所における作業が規制対象とされたというのである。そして,被告の塗装工は,サンドペーパー等を用いた下地調整の際,モルタル,ボード及びパテ等の細かい粉じんを発生させており,また,被告の塗装現場では,塗装作業と同時並行で,別フロアで耐火被覆の吹き付けが行われたり,内装工事が行われたりすることもあったというのであるから,被告は,昭和35年には,石綿を含む粉じんが人の生命,身体に重大な障害を与える危険性があること,及び被告の塗装工が石綿粉じんにばく露して,生命,身体に重大な障害が生じる可能性があることを十分に認識でき,また認識すべきであったと認められる。 そうすると,被告には,同年以降,被告の塗装工が石綿粉じんを吸入しないようにするための措置を講じるべき安全配慮義務があった。そして,前記1で認定した石綿粉じんによる健康被害の蓋然性,作業内容,同年頃までの知見や法令等による規制などに照らせば,被告は,同年以降,安全配慮義務の具体的内容として,①石綿粉じんの生じる作業とそうでない作業を隔離するなどして可能な限り塗装工が石綿粉じんに接触する機会を減少できるよう 等による規制などに照らせば,被告は,同年以降,安全配慮義務の具体的内容として,①石綿粉じんの生じる作業とそうでない作業を隔離するなどして可能な限り塗装工が石綿粉じんに接触する機会を減少できるような作業環境を構築するとともに,塗装工の作業場に堆積した粉じん等が飛散 しないように撒水等をする設備ないし態勢を整える義務,②粉じんの飛散するおそれのある場所で作業する塗装工が石綿粉じんを吸入しないように,塗装工に対して石綿粉じんの吸引防止効果のある粉じんマスクを支給し,その着用を指示指導する義務,③塗装工に対し,健康診断を実施したり,石綿粉じんの危険性を認識させるための必要な安全教育を実施したりして,同人の健康を管理する義務を負っていたというべきである。 (2) 被告が,昭和35年から平成10年6月までの間,①石綿粉じんの生じる作業とそうでない作業を隔離するなどして,可能な限りAが石綿粉じんに接触する機会を減少できるような作業環境を構築すること,及び,Aの作業場に堆積した粉じん等が飛散しないように撒水等をする設備ないし態勢を整えること,②Aに対して石綿粉じんへのばく露を防止する効果のある防じんマスクの着用を徹底させること,③Aに対して石綿粉じんばく露に関する健康診断を実施したり,石綿粉じんの危険性を認識させるための必要な安全教育をしたりしたことを認めることはできず,被告は,Aに対し,石綿粉じんに関する対策を何ら講じなかったことが認められるから,被告は昭和35年以降には安全配慮義務に違反していたというべきである。 (3) そして,前記1で認定したとおり,石綿肺が一定以上の高濃度の石綿累積ばく露がなければ発症しないものであることに加え,本件において,Aが昭和26年に入社してから平成10年に依願退職するまでの間,石綿粉じんへの 記1で認定したとおり,石綿肺が一定以上の高濃度の石綿累積ばく露がなければ発症しないものであることに加え,本件において,Aが昭和26年に入社してから平成10年に依願退職するまでの間,石綿粉じんへのばく露量という観点からのAの作業内容に顕著な差異があったことは認められず,一定量の石綿粉じんを継続的に長期間ばく露し続けたものと推認されることからすると,Aは,昭和35年以前の石綿粉じんばく露と同年以後の石綿粉じんばく露とが競合して,石綿肺にり患し死亡したものと認められる。よって,被告の昭和35年以降の安全配慮義務違反とAの死亡との間の因果関係は認められるものというべきである。 4 争点(3)(原告の損害額)について (1) 付添看護費(0円)前記前提事実によれば,Aは,通算143日間の入院を余儀なくされたことが認められるものの,甲22などの本件全証拠によっても,病院による看護とは別に付添看護が必要であったと認めることはできない。 (2) 入院雑費(18万5900円)前記前提事実及び前記1で認定した事実によれば,Aは,被告の安全配慮義務違反により,通算143日間の入院を余儀なくされており,Aの症状等にも照らすと,Aの被った入院雑費としては,合計18万5900円(1日当たり1300円)が相当である。 (3) 葬儀関係費用(150万円)Aの被った葬儀関係費用の損害としては,150万円が相当である。 被告は,原告らが受領した葬祭料を控除すべき旨主張するが,B,原告又はCがこれを受領したことを認めるに足りる証拠はないから,被告の前記主張は,採用できない。 (4) 休業損害及び死亡逸失利益(合計2799万1030円)ア前記1で認定した事実によれば,Aは,被告の安全配慮義務違反により, る証拠はないから,被告の前記主張は,採用できない。 (4) 休業損害及び死亡逸失利益(合計2799万1030円)ア前記1で認定した事実によれば,Aは,被告の安全配慮義務違反により,石綿粉じんにばく露し,肺疾患を発症して平成10年6月30日に依願退職せざるを得なくなったことが認められるから,同年7月1日以降の休業損害及び死亡逸失利益を請求することができるものというべきである。そして,前記1で認定したとおり,Aの依願退職時の月給は30万円程度であり,平成10年当時の62歳の就労可能年数は10年というべきであるから,Aは,同年7月1日から平成15年6月17日まで(約5年間。原告の主張するとおり59ヶ月と16日間として算定する。)の休業損害として,1786万円(=30万円/月×(59ヶ月+16日/30日))の損害を被ったものというべきである。 イまた,Aは,前記アの判示に照らし,死亡後5年分の死亡逸失利益の損 害を被ったものというべきであり,証拠(甲18)によれば,Aの死亡時において,B及びAの母親がAと同居し,Aの収入で生計を維持する見込みがあったと認められることから,生活費控除は35%が相当である。よって,Aの被った死亡逸失利益は,次式のとおり,1013万1030円をもって相当と認める。 30万円×0.65(=1-0.35)×12ヶ月×4.3295(就労可能年数5年に相当するライプニッツ係数)=1013万1030円(5) 入通院慰謝料(360万円)前記1で認定した事実によれば,Aは,甲病院に合計143日間入院し,少なくとも平成13年の冬から平成14年8月まで及び同年9月から平成15年3月までの合計約16ヶ月間,丙病院及び乙内科に通院したことが認められるから,入通院慰謝料としては,360万円 3日間入院し,少なくとも平成13年の冬から平成14年8月まで及び同年9月から平成15年3月までの合計約16ヶ月間,丙病院及び乙内科に通院したことが認められるから,入通院慰謝料としては,360万円が相当である。 (6) 死亡慰謝料(2700万円)前記1で認定したAの死亡に至った経緯,被告の安全配慮義務違反の態様など,本件に表れた一切の事情を考慮すれば,Aの死亡慰謝料としては,2700万円が相当である。 (7) 小計(前記(1)~(6)の合計) 6027万6930円(8) 損益相殺(-2024万9141円)前記前提事実によれば,Bは,遺族厚生年金として,平成15年8月14日から遺産分割協議のあった平成25年2月15日までに合計1706万5309円を,同月16日から当審口頭弁論終結時までに合計318万3832円を受領したというのである。このうち,遺産分割協議までに受領した合計1706万5309円については,Aの休業損害及び死亡逸失利益に係る損害額合計2799万1030円の元本との間で損益相殺的調整を行うべきである(最高裁平成24年第1478号同27年3月4日大法廷判決・裁判所時報1623号1頁参照)。よって,遺産分割協議時のAの休業損害及 び死亡逸失利益の損害額合計は,1092万5721円(=2799万1030円-1706万5309円)となる。また,Bが遺産分割協議後に受領した合計318万3832円については,Bの相続分である546万2860円(=1092万5721円×1/2)の元本との間で損益相殺的調整を行うべきであり,その結果,Bが受領した遺族厚生年金の全額が損益相殺的調整により控除されることになる。 他方,前記前提事実によれば,Bは,石綿救済法に基づく特別遺族年金を受領 殺的調整を行うべきであり,その結果,Bが受領した遺族厚生年金の全額が損益相殺的調整により控除されることになる。 他方,前記前提事実によれば,Bは,石綿救済法に基づく特別遺族年金を受領していることが認められるものの,特別遺族年金は,労働者災害補償保険法29条に規定する労働福祉事業の一環として行われ,その性質上,被災者遺族の生活の援護等によりその福祉の増進を図るためのものであるから,損害填補の性質を有すると解することはできない。よって,これをもって損益相殺すべきである旨の被告の主張は,採用できない。 損益相殺後の損害額(弁護士費用を除く。)は,4002万7789円(=6027万6930円-2024万9141円)となる。 (9) 過失相殺被告は,従業員には職場の安全確保に配慮し,自己の健康,安全を保護すべき義務があることを前提に,Aが石綿粉じんばく露への対策を自ら講じなかったことを過失相殺事由として主張する。しかし,本件の事実関係においては,使用者である被告がその従業員であるAを石綿粉じんばく露のある業務に就かせたのであり,Aが使用者の指示に従わなかったともAに石綿の危険性が簡単に理解できたとも認めるに足りる証拠がない。Aが石綿粉じんばく露による健康被害を避けるよう配慮しなかったとしても,それを過失相殺事由するのは相当でなく,被告の前記主張は,採用できない。 なお,石綿肺と喫煙歴との間の因果関係を認めるに足りる証拠はないから,Aが喫煙していたことをもって過失相殺することもできない。 (10) 寄与度減殺 従業員の生命,健康の保護は第1次的に使用者の責務であるから,Aの石綿ばく露に関する本来の責任主体が建物使用者,元請事業者等にあるということはできない。 しかしながら,前 度減殺 従業員の生命,健康の保護は第1次的に使用者の責務であるから,Aの石綿ばく露に関する本来の責任主体が建物使用者,元請事業者等にあるということはできない。 しかしながら,前記3(3)で判示したとおり,Aの死亡は,被告に責任のない昭和35年以前の石綿粉じんばく露と,被告が責任を負う昭和35年以後の石綿粉じんばく露とが競合して生じたものであるから,損害の公平な分担の見地から,被告は,Aに生じた損害(弁護士費用を除く。)の8割を限度として賠償すべき義務を負うものというべきである。 寄与度減殺後の損害額(弁護士費用を除く。)は,3202万2231円(=4002万7789円×0.8。円未満切捨て。)となる。 (11) 弁護士費用(320万円)弁護士費用については,事案の難易,請求額,認容額その他諸般の事情を斟酌して,320万円をもって相当と認める。 (12) 合計前記(1)~(11)によれば,原告の損害額は,3522万2231円(=3202万2231円+320万円)となる。 第4 結論以上によれば,原告の請求は,3522万2231円及びこれに対する平成25年3月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第8民事部 裁判長裁判官久留島群一 裁判官中山裕貴 裁判官田中秀幸は,転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官久留島群一 できない。 裁判長 裁判官久留島群一

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