平成21年1月28日判決言渡平成17年(ワ)第763号損害賠償請求事件主文 被告は,原告aに対し2021万9487円,その余の原告らに対し各624万4828円及び上記各金員に対する平成16年7月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求被告は,原告aに対し4444万0423円,その余の原告らに対し各1198円0141円及び上記各金員に対する平成16年7月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,平成16年7月14日に肝細胞がん(以下「肝がん」という)により死亡したb(昭和10年10月10日生)の相続人である原告らが,被告が設置するc内科・循環器科(以下「被告医院」という)の院長であり,bの主治医であったd医師(以下「d医師」又は「被告代表者」という)が,慢性肝炎に罹患していたbに対し,その病状が肝硬変に進行していたのを看過し,肝がんの早期発見のために必要とされる検査を怠った過失によりbが死亡したとして,被告に対し,不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害の賠償及びbが死亡した日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 前提となる事実(証拠等の記載がない事実は当事者間に争いがない) (1) 当事者等アbは,生前,有限会社eの代表取締役を務めていた。 原告aは,bの妻であり,その余の原告らは,いずれもbの子である。 原告らは,bの死亡により同人の有する権利義務を,その法定相続分(原告aが2分の アbは,生前,有限会社eの代表取締役を務めていた。 原告aは,bの妻であり,その余の原告らは,いずれもbの子である。 原告らは,bの死亡により同人の有する権利義務を,その法定相続分(原告aが2分の1,その余の原告らが各6分の1)に従い,それぞれ相続した。(甲C1ないし5)イ被告は,平成10年10月26日から肩書住所地において被告医院を設置,経営する医療法人である。 d医師は,県立f病院(以下「f病院」という)の勤務医を経て,平成9年8月ころ被告医院を開設し,平成13年7月1日に被告理事長に就任した者である。 (2) 事実経過の概要アbは,昭和63年7月20日,胸痛を主訴としてf病院を受診し,切迫梗塞との診断により同年8月1日から同月6日まで同病院に入院し,退院後は月1回の割合で同病院に通院していた。当時,d医師は同病院の内科の循環器部門に勤務しており,bの循環器部門の担当医であった。(乙A2,弁論の全趣旨)bは,昭和63年8月24日,f病院において腹部CT検査を受け,放射線科医により,肝臓は腫大しているが,肝硬変ではないとの診断がなされ,その後,平成元年8月17日から平成5年10月22日まで,ほぼ年に1回の割合で計5回消化器専門医による腹部超音波検査が実施されたが,いずれも肝硬変との診断はなされなかった。(乙A2,9)イbは,平成9年8月27日,被告医院においてd医師による診察を受けて慢性肝炎と診断され,以後,糖尿病,心筋梗塞及び慢性肝炎等の治療のため,d医師を主治医として,被告医院に月1回程度通院していた。(乙A1) ウ被告医院に通院中,bに対しては,別紙1診療経過一覧表中の年月日欄,診療経過欄及び検査・処置欄記載のとおり診察及び各種検査,投薬処置等が行われるとともに,平成9年8月27日から平成16年6月22日に 告医院に通院中,bに対しては,別紙1診療経過一覧表中の年月日欄,診療経過欄及び検査・処置欄記載のとおり診察及び各種検査,投薬処置等が行われるとともに,平成9年8月27日から平成16年6月22日にかけて断続的に,肝がんの腫瘍マーカーである血中αフェトプロテイン検査(AFP検査)が行われたが,その間,bに対して超音波検査等の画像診断は一度も行われなかった。なお,bがf病院及び被告医院で受けた血液検査の結果は,おおむね別紙2検査結果一覧表のとおりである。(乙A1ないし4)エ平成16年6月22日,被告医院においてbのAFP検査が行われたところ,AFP検査の値(以下「AFP値」という)が135.8ng/mlと上昇し,肝がんの発症が疑われたため,d医師は,bにf病院を紹介した。 オbは,平成16年6月25日,f病院に検査入院し,検査の結果,肝がんと診断されたが,既に手術療法などの治療を行うことができないほど進行していたため,肝がんに対する治療は行われなかった。 カbは,平成16年7月14日,肝がんのため死亡した。 争点 (1) d医師に,bに対する肝がん早期発見のための適切,相当な検査を怠った過失があるか。 (2) 因果関係の有無(3) 損害額 争点に対する当事者の主張別紙3争点整理表のとおり第3当裁判所の判断 一般的知見(1) 慢性肝炎,肝硬変に関する一般的知見(甲B2,4,6,7,甲B11な いし14,甲B16,17,乙B3)ア慢性肝炎は,炎症の持続,線維化の進行に伴い,肝実質が線維性隔壁で分断され,同時に肝細胞の再生像が出現し,再生結節が形成され,肝硬変へと至る。肝硬変は,肝障害の終末像であり,その原因のほとんどはウイルス肝炎によるものであるが,アルコール,自己免疫あるいはその他諸々の原因で成立する可能性があ が出現し,再生結節が形成され,肝硬変へと至る。肝硬変は,肝障害の終末像であり,その原因のほとんどはウイルス肝炎によるものであるが,アルコール,自己免疫あるいはその他諸々の原因で成立する可能性がある。 肝硬変の半数近くは肝臓の形態学的所見以外に全く異常を示さない無症候性肝硬変であり,このような肝硬変は,超音波検査等の画像診断や肝生検,腹腔鏡などの形態学的診断以外では診断できない。また,浮腫や腹水,くも状血管腫等は,肝硬変の典型的な自他覚症状であるが,このような症状が出現する例は,既に肝硬変が進展した例であって,経過観察例では,これらの症状が出現する前の診断が必要である。 イ慢性肝炎は,組織学的には,肝線維化の程度及び壊死,炎症の活動性の程度によって分類され,平成7年ころから日本では,線維化の程度はF0(線維化なし)からF4(肝硬変)の5段階,壊死・炎症の活動性の程度は4段階(A0~A3)に区分するという新犬山分類が汎用されている。 このような慢性肝炎の病態進展度の診断は,各ステージからの肝硬変への進展や発がんに対応した治療方針を決定する上で重要であり,その診断に当たっては,肝生検病理組織からの評価が最も重要であるが,肝生検には入院が必要であり,また,患者に侵襲を加える方法であるため,頻回に経過を追って行うことは困難であって,日常診療においては,血液生化学検査やICG15分停滞率(停滞率が15%を超えると異常であるとされ,25%以上を示す場合にはF4〔肝硬変〕と診断可能とされている)などの肝線維化マーカーなどにより病態進展度や肝線維化の程度を予測することが求められる。 これらの指標のうち,血小板数が最も簡便で,肝線維化の進展とよく相 関するとされ臨床診療において汎用されており,一般的に,上記分類の指標として,18万/μL(マイクロリ 測することが求められる。 これらの指標のうち,血小板数が最も簡便で,肝線維化の進展とよく相 関するとされ臨床診療において汎用されており,一般的に,上記分類の指標として,18万/μL(マイクロリットル)以上でF1,15万以上18万未満/μLでF2,13万以上15万未満/μLでF3,10万/μL以下でF4(肝硬変)であるとされる。 ウ「原発性肝癌取扱い規約」第4版(乙B3)によれば,肝がんは単純結節型など5つの肉眼分類がなされるが,この5つの分類が困難な場合には,結節型,塊状型,びまん型の3類型に分けられる。 この場合のびまん型とは肝臓全体が無数の小さいがん結節により置換され,肉眼的に肝硬変と鑑別することが困難なものをいう。一般にびまん型の肝がんは,初期の小さい肝がんの段階では結節型として発見されることが多く,日本肝がん研究会による肝がん追跡調査によれば,原発性肝がん1万6375例のうちびまん型は589例であり,全体の約3.6%に過ぎない。 エ肝がんの進行度(ステージ)はⅠないしⅣ(A,B)の4段階に分けられ,ステージⅠは,①腫瘍個数が単発であること,②腫瘍径が20㎜以下であること,③脈管侵襲がないこと(門脈,肝静脈及び肝内胆管のいずれにも侵襲〔腫瘍栓〕を認めないこと)の3要件すべてを満たす場合を言い,ステージⅡは,このうち2要件を満たす場合,ステージⅢは1要件のみを満たす場合をいう。 オ肝がんに対する治療法としては,一般に,肝切除法という手術療法のほか,冠動脈塞栓術(TAE),抗がん剤の動注療法及びエタノール注入療法(PEIT)がある。このうち,肝切除法が最良の方法とされ,残された肝機能と肝がんの進展の程度を総合判断してその適応が判断される。第15回全国原発性肝がん追跡調査報告によれば,肝切除法による治療による5年累積生存率 。このうち,肝切除法が最良の方法とされ,残された肝機能と肝がんの進展の程度を総合判断してその適応が判断される。第15回全国原発性肝がん追跡調査報告によれば,肝切除法による治療による5年累積生存率は52%であり,ステージ別では,Ⅰ:73%,Ⅱ:60%,Ⅲ:40%,ⅣA:24%,ⅣB:16%である。また,術後5年 累積再発率は約70ないし80%である。 TAEは,肝がんの完全壊死が認められるが,効果の低い場合もあり,手術不能な肝がんに対する治療として有用であるが,肝機能低下の著しい症例や大きな門脈塞栓の存在する症例の場合には,肝不全を引き起こす可能性があるため,禁忌とされている。 抗がん剤の動注療法は,TAEが不能な症例について行うことがあるが,その効果は不十分な場合も多い。 PEITは,腫瘍径30㎜以下,3個以下の肝がんに良い適応があり,腫瘍の完全壊死を得られることも多く,直径15㎜以下の高分化な肝がんに対しPEITを施行した場合の予後は良好であり,脂肪化が主な原因と考えられる高エコーの直径20㎜以下の肝がんの予後も良好であるとする検証結果も見受けられる。 (2) 肝がんの早期発見のための検査義務に関する一般的知見(甲B1,3,6,8,16,17,乙B4)ア肝がんは,併存病変の約8割が肝硬変,約1割が慢性肝炎(その多くは組織学的に進展した慢性肝炎)であり,肝がん患者のうち7割以上がC型肝炎ウイルス(HCV)抗体陽性と,発症要因が比較的限定的であるため,肝がんの早期発見,治療のため,一定の危険群を設定し,これに該当する患者を対象にその危険度に応じて適切な検査を定期的に行うことが有用であり,危険群に該当する患者の診療を行う医師は,当該患者に対して,肝がん早期発見のための適切な検査を行う義務がある。 イ肝がんの背景因子としては,肝硬変 に応じて適切な検査を定期的に行うことが有用であり,危険群に該当する患者の診療を行う医師は,当該患者に対して,肝がん早期発見のための適切な検査を行う義務がある。 イ肝がんの背景因子としては,肝硬変,慢性肝炎,HCV抗体陽性の他,B型肝炎ウイルス(HBs),アルコールの多飲,高年齢(50歳台以上),男性などといった因子も挙げられる。 そのため,一般臨床医に対する教科書である「日本医師会生涯教育シリーズ肝疾患診療マニュアル」(甲B17)では,肝硬変を超高危険群,ウ イルス性の慢性肝炎及び非肝硬変のアルコール性肝障害を高危険群,その他の肝障害を危険群と設定し,これらの患者に対して,それぞれ定期的に諸検査を行うよう指針を定めている。同指針は,超高危険群患者に対しては,AFP検査を月に1回,腹部超音波検査を2,3か月に1回,腹部CT検査を6か月に1回,高危険群患者に対しては,AFP検査を2,3か月に1回,腹部超音波検査を4ないし6か月に1回,腹部CT検査を6か月ないし1年に1回並びに危険群に対しては,AFP検査を6か月に1回,腹部超音波検査及び腹部CT検査を1年に1回行うこととしている。 ウ腹部超音波検査は非侵襲性であり,他の画像診断に比べて安価であるため利用しやすく,直径20㎜以下の肝がん検出率は90%以上と肝がんの早期発見において他の検査より秀でている。また,肝がんの直径の倍加時間は通常3か月程度と考えられており,直径30㎜以下の小肝がんを発見するには腹部超音波検査を3,4か月ごとに定期的に行うことが効果的であるとされている。 血液検査によるAFP値の測定は,特異度が低く,基準値を低く設定すると陽性的中率が下がるため,通常,AFP値が200ng/ml以上の場合には肝がんと診断して良いとされる。ただし,直径30㎜以下の小さな肝がんに対し FP値の測定は,特異度が低く,基準値を低く設定すると陽性的中率が下がるため,通常,AFP値が200ng/ml以上の場合には肝がんと診断して良いとされる。ただし,直径30㎜以下の小さな肝がんに対しては,AFP陽性率は4分の1程度と高くない。 一方,AFP値の持続的上昇はがんの存在を強く示唆し,100ng/mlから200ng/ml程度でも,経時的に3ポイント以上,上昇する場合には肝がんの疑いが濃厚となるため,肝がんの早期発見のためには,定期的なAFP値測定が重要となる。 なお,がん細胞のAFP産生能とその個数(腫瘍体積)の積が血清AFP濃度に反映されるため,肝がんのステージ別陽性率は,ステージの進行に伴い上昇する。 争点(1)(d医師に,bに対して肝がん早期発見のための適切,相当な検査 を怠った過失があるか)について(1) 後掲各証拠,調査嘱託の結果及び弁論の全趣旨に前掲前提となる事実を総合すれば,次の各事実が認められる。 ア平成9年7月末までのf病院における診療経過(乙A2,9,被告代表者)(ア) 昭和63年8月2日に測定されたbのICG15分停滞率は17%であった。 (イ) 平成3年10月3日から平成9年6月30日までの間に行われた血液検査の結果によれば,bの血小板数は,平成4年8月21日の8.7万/μL及び平成8年6月21日の8.9万/μLを除いて,おおむね10万以上15万未満/μLの数値であった。 (ウ) 入院当時のbの平均飲酒量は,一日にビールの大瓶1本程度であり,平成元年10月27日当時は,一日に日本酒2合程度であった。 (エ) 消化器専門医の超音波検査による診断結果は,5回とも脂肪肝との診断がなされているが,それに加え,平成2年9月18日の診断では,「頸部壁がやや肥厚し,辺縁が鮮明に描出されず」と診断され,平成4年 ) 消化器専門医の超音波検査による診断結果は,5回とも脂肪肝との診断がなされているが,それに加え,平成2年9月18日の診断では,「頸部壁がやや肥厚し,辺縁が鮮明に描出されず」と診断され,平成4年11月9日には,「辺縁鈍」「慢性肝疾患」との診断もなされている。 イ平成9年8月以降の被告医院及びf病院における診療経過(乙A1ないし4,乙A9,被告代表者)(ア) 平成9年9月25日,d医師はbに対する触診により,「硬い」「辺縁が鈍」であるとの肝硬変を疑わせる所見を得た。 (イ) d医師は,bに対し,平成9年8月27日から平成16年6月22日までの間に,断続的に計18回AFP検査を行っていたが,平成15年7月24日に検査した後は,平成16年6月22日に至るまで一度も検査を行わなかった。bのAFP値は,平成16年6月22日が135. 8ng/mlであったのを除くと,いずれも20ng/ml以下の数値であった。 (ウ) 平成13年8月23日,同年12月5日及び平成14年3月1日の各日にbの血小板数検査が行われ,検査結果はそれぞれ,9.5万/μL,11.4万/μL,12.1万/μLであった。 (エ) 被告医院に通院していた間,bのγGTPの数値は,おおむね100前後から200前後を推移しており,平成16年2月26日には211,同年5月19日には377,同年6月22日には602であった。 (オ) 平成16年6月25日のf病院における検査結果により,bはHBs,HCVともに陰性であり,肝門部に主座を置くびまん性の肝がんであると診断された。また,同日に施行された超音波検査結果により,「門脈内に充実性」が認められた。 (カ) 被告医院通院時もbは相当量の飲酒を続けており,平成16年6月25日の診察当時,bの平均酒量は一日に日本酒2合程度であった。 (2) た超音波検査結果により,「門脈内に充実性」が認められた。 (カ) 被告医院通院時もbは相当量の飲酒を続けており,平成16年6月25日の診察当時,bの平均酒量は一日に日本酒2合程度であった。 (2) 上記認定事実等に基づき,d医師に,bに対する肝がん早期発見のための適切,相当な検査を怠った過失があったかについて検討する。 アbの病態について(ア) 証拠上,d医師がbが肝硬変であるとの確定診断をしたとは認められない。 (イ) f病院入院時において線維化マーカーであるICG15分停滞率が17分と基準値を超えていたこと及びf病院通院時の血小板数はおおむねF3レベルの高度の線維化を示唆する低値を示していたこと,f病院通院時の超音波検査で「辺縁が鈍」との所見を得ていたことからすれば,f病院通院時よりbの肝臓は一定程度の線維化が進展していたことが推認される。 f病院においては,消化器専門医により脂肪肝との診断がなされてい るが,脂肪肝と肝の線維化とは相反するものではなく,bの血中中性脂肪(TG)の検査値は,f病院通院中は最低値で105mg/dl,最高値では964mg/dlと非常に高値で推移していたために,肝硬変には至っていないという意味から脂肪肝との診断がなされたものと解すべきである。(甲B6の1,2)(ウ) 加えて,γGTP,GOT及びGPTの数値がf病院通院時から継続して高値であったこと,平成16年のf病院での診察時においても飲酒量が一日に日本酒2合程度と申告しており,平成元年当時と変わっていないこと,d医師も「相当程度飲んでいるようだ」と認識していたことからbは一日に日本酒2合程度の飲酒を継続していたことが推認されるところ,前記1の一般的知見によればアルコール多飲は肝硬変への進展との相関性が認められており,被告医院で3回のみ施行され していたことからbは一日に日本酒2合程度の飲酒を継続していたことが推認されるところ,前記1の一般的知見によればアルコール多飲は肝硬変への進展との相関性が認められており,被告医院で3回のみ施行された血小板数の検査値も依然としてF3ないしF4の線維化を示唆するものであったことも併せ考慮すれば,被告医院通院時もbの肝臓は線維化を進展させ,肝硬変に至らないまでも高度の線維化をしていたと推認できる。 (エ) また,d医師自身も「肝硬変に近いということは言ったかもしれません」と供述しており,bの慢性肝炎の肝線維化が高度に進展していたことを認識していたことが認められる。 (オ) 以上より,被告医院通院時のbの病態は肝線維化の進展した重度の非ウイルス性慢性肝炎であり,d医師はf病院から継続してbの主治医であったことから,それを当然に認識していたものと認められる。 イd医師がbに対してなすべきであった検査について(ア) 前記1(2)のとおり,肝がん発症の危険群に属する患者の治療を担当する医師は,当該患者に対し適切な検査を行う義務があると認められる。 (イ) 被告は,bはHBs,HCVともに陰性であり,その病態も肝硬変に 至っていないなどとして,被告医院においては頻回の検査を行う義務までは認められない旨主張する。 確かに,被告医院通院当時においても,肝がん発症者のうち,HBs及びHCV抗体陽性患者がその多くを占めることが広く認められており(甲B6,9,17,乙B2),平成9年発行の専門書「肝癌-診断と治療」(乙B1)においては,海外の文献を参照して,アルコール単独での肝発がんは否定的になっている旨記載されている。 しかし,当時,肝がん発症者のうち約1割の者はHBs,HCV抗体がともに陰性であることもまた認められており,上記乙B1においてアルコール ール単独での肝発がんは否定的になっている旨記載されている。 しかし,当時,肝がん発症者のうち約1割の者はHBs,HCV抗体がともに陰性であることもまた認められており,上記乙B1においてアルコール多飲が肝硬変への進展に影響を与えることは認め,非ウイルス性のアルコール性肝障害と肝がんとの相関関係については今後の検討課題である旨記載されていることから,アルコール単独での肝発がんが否定的であるとする見解が,当時わが国で広く支持されていたものとは認められない。 また,甲B17その他の文献においてもウイルス性,非ウイルス性にかかわらず,肝硬変患者は肝がん発症の高危険群又は超高危険群とされており,前記1の一般的知見のとおり,肝硬変は慢性肝炎の肝線維化の進展像であり,その鑑別は困難な場合もあるため,肝硬変に至らない非ウイルス性のアルコール性肝障害患者に対しても,一定程度の定期検査を義務付ける甲B17の指針は是認できるものであって,同旨の市田意見もまた相当である。 (ウ) 被告は,d医師は開業医であり,被告医院の所在するf市近郊においては,甲B17の指針や甲B6の1,2の意見のような頻回の検査は実施されていなかったのであるからd医師にはそこまでの頻回の検査義務は課されておらず,d医師の行った検査は保険診療の指導に従ったものであり,義務の懈怠はないとも主張する。 しかし,少なくとも,当該地域における腹部超音波検査の施行状況は証拠上明らかでなく,CT検査については,d医師が行ったという開業医5名への聴き取り調査(乙A10)によれば,5名中3名が非ウイルス性の慢性肝炎患者に対して施行することがあるとし,うち2人は1年ないしそれ以上の間隔で定期的に施行すると答えており,非ウイルス性の慢性肝炎患者に対して一定の画像検査による経過観察が必要であるという 性の慢性肝炎患者に対して施行することがあるとし,うち2人は1年ないしそれ以上の間隔で定期的に施行すると答えており,非ウイルス性の慢性肝炎患者に対して一定の画像検査による経過観察が必要であるという認識は当該地域の開業医においても認められる。また,肝がんの早期発見のための超音波検査の施行は専門医以外には困難だとしても,d医師は腹部の画像診断は専門医に任せるべきだと考えてCTはf病院に依頼していると供述しており,専門医に依頼することも十分に可能だったのであって,自らが施行することが困難だとしても,検査義務がないとはいえない。 さらに,g社会保険事務局指導医療官による「平成19年度の保険医集団指導」と題する書面(乙A10)によれば,検査・画像診断については,「段階を踏んで必要最小限の回数で実施する」とあるが,健康診断,研究的診療を禁止していることと併せて考慮すれば,上記の必要最小限とは,治療,診断に必要な最小限の回数をいうのであって,甲B17の指針や甲B6の1,2の意見のいう定期的な諸検査は,この最小限の回数に当たると解するのが相当である。 (エ) 以上より,bの病態は,前記アのとおり,被告医院に通院していた期間を通して,高度に線維化した重度の非ウイルス性のアルコール性慢性肝炎であって,線維化が回復する傾向にはなかったのであるから,d医師は,bを肝がんの高危険群に当たる者として,AFP検査等の腫瘍マーカー検査を2,3か月に1回及び超音波検査を4ないし6か月に1回実施すべき義務があったにもかかわらず,平成13年8月23日以降は,AFP検査を1年に1回程度しか行わず,超音波検査は一度も行わ なかったのであって,この点で,d医師にはbに対し肝がん早期発見のための適切,相当な検査を怠った過失があると認められる。 争点(2)(因果関係)の有 回程度しか行わず,超音波検査は一度も行わ なかったのであって,この点で,d医師にはbに対し肝がん早期発見のための適切,相当な検査を怠った過失があると認められる。 争点(2)(因果関係)の有無(1) 早期発見の可能性ア前記1の一般的知見及び前記2(1)認定事実によれば,肝がんの直径倍加速度は約3か月であり,bに対しては,肝がん発見に至るまで10年余の間,超音波検査は一度も行われておらず,肝がんの疑いを示すAFP高値を示した平成16年6月22日より前,約1年にわたりAFP検査を行っていなかったのであり,甲B3によれば,140例の肝硬変患者を6年にわたり,3か月ごとの超音波検査及び2か月ごとのAFP検査を定期的に繰り返して経過観察して検証した結果,40例が肝がんを発症し,そのうち約7割については直径20㎜以下の小さい早期肝がんであったという報告もなされていることからも,2,3か月に一度のAFP検査と4ないし6か月に1度の超音波検査を行っていれば,初期の小さい肝がんの段階で発見し得た高度の蓋然性が認められる。 イ被告は,bの肝がんがびまん型であったことをもって,びまん型肝がんの場合は非腫瘤部との比較ができず超音波検査によっても発見が困難であった旨主張する。 しかし,一般にびまん型肝がんは,初期の小さい肝がんの段階では結節型として発見されることが多く,日本肝がん研究会による肝がん追跡調査によれば,原発性肝がん1万6375例のうちびまん型は589例であり,全体の約3.6%に過ぎない(甲B4,6,7)。そして,本件においては,実際には検査が実施されていないのであるから,bの肝がんが発症当初からびまん型であったため超音波検査によっても発見することが困難であったと認めることは相当でない。 (2) 治療可能性 ア前記1の一般的知見 実施されていないのであるから,bの肝がんが発症当初からびまん型であったため超音波検査によっても発見することが困難であったと認めることは相当でない。 (2) 治療可能性 ア前記1の一般的知見のとおり,直径20㎜以下の小さい肝がんで早期に発見された場合には,肝切除法やPEITなどの治療方法が選択肢として存在し,bの肝臓は触診で硬さを感じる状態であり,高度の線維化が推認されるが,肝切除法が不適応であったとしても,その余の方法によることも可能である。 イまた,被告は平成16年6月22日とその3日後のAFP値の上昇率をもってbの肝がんの進行が通常よりも早いと推測するが,AFP値は,がん細胞のAFP産生能とその個数(腫瘍体積)の積が反映されるのであって,肝がんのステージが高ければ当然に上昇率は上がると考えられるため,当時のbの肝がんはステージⅣBの末期がんだったことを考慮すれば,これをもってbの肝がん自体の進行速度が早かったものと判断することはできない。 ウさらに,平成16年のf病院での検査及び診断結果によれば,bの肝がんは門脈付近から増殖したことが推測できるが,早期に発見されていれば,少なくともステージⅢであった可能性は十分に認められるのであって,これにより治療可能性がないとはいえない。 (3) したがって,d医師がbに対して適切な検査を施していれば,bは,平成16年7月14日の時点においても生存し得た高度の蓋然性が認められるというべきであって,d医師がbに対し肝がんの早期発見のための検査を怠った過失とbの死亡との間には因果関係が認められる。 争点(3)(損害)(1) 逸失利益1384万7450円ア逸失利益の算定に当たり,d医師が前記2イに摘示した検査義務を尽くしていた場合に,bの予後がいかなるものであったかが問題となるた 。 争点(3)(損害)(1) 逸失利益1384万7450円ア逸失利益の算定に当たり,d医師が前記2イに摘示した検査義務を尽くしていた場合に,bの予後がいかなるものであったかが問題となるため,以下に検討する。 (ア) 上記説示のとおり,d医師がbに対して適切に検査を行っていれば, bの肝がんは早期の小さな肝がんとして発見することが可能であり,ステージⅠないしⅡであれば,肝切除を行った場合,約7割の確率で5年間の生存が可能である。 また,160例の30㎜以下の肝がん患者に対し,切除法又はPEITを施行した場合の予後は,5年生存率が約50%であったという検証例や,35例の直径15㎜以下の高分化な肝がんに対しPEITを施行した場合の4年生存率が95.2%という検証例もある。また,脂肪化が主な原因と考えられる高エコーの直径20㎜以下の肝がんの予後も良好とされる。 ただし,術後5年累積再発率は約70ないし80%であり,年率では20%前後(甲B6)であることを加味すれば,その予後は一定程度制限されるものと解される。 (イ) もっとも,現実には検査の不実施のため,証拠上,bの肝がんの発症時期を確定することは困難であるため,定期的な検査の実施により肝がんを早期に発見し適切な治療法を施したであろう時期もまた不明であるといわざるをえないが,前記3で述べた早期発見可能性及び治療可能性,上記(ア)の治療後の予後等の事実,その他弁論の全趣旨を総合考慮すれば,本件においては,検査により肝がんが早期に発見され,適切な治療が受けられたならば,bは少なくとも現実の死亡時から5年間は生存可能であり,そのうち前半2年間は稼働可能であったものと認めるのが相当である。 イbは死亡した年の前年度720万円の稼働収入及び年額204万2130円の年金を得ていたため の死亡時から5年間は生存可能であり,そのうち前半2年間は稼働可能であったものと認めるのが相当である。 イbは死亡した年の前年度720万円の稼働収入及び年額204万2130円の年金を得ていたため(甲C6),bの死亡による逸失利益の年額は,稼働可能期間(現実の死亡時から2年間)については稼働収入年額から生活費として4割を控除した432万円に年金額を加えた636万2130円,稼働不能期間(その後3年間)については年金額に生活費として 6割を控除した81万6852円が相当と認められ,前者には2年間のライプニッツ係数1.8594を,後者には5年間のライプニッツ係数4. 3295から2年間のライプニッツ係数を引いた2.4701をそれぞれ乗じた額の合計1384万7450円が,逸失利益として本件過失と相当因果関係ある損害と認められる(計算式は次のとおり)。 稼働可能期間{720万円×(1-0.4)+204万2130円}×1.8594=1182万9744円稼働不能期間204万2130円×(1-0.6)×2.4701=201万7706円合計1182万9744円+201万7706円=1384万7450円(2) 慰謝料合計2400万円うち原告aにつき1200万円その余の原告らにつき各400万円前記判示事実等によれば,bは,d医師による検査の不実施により,適切な治療を受けて延命する機会を奪われたものであり,原告らは,bが早期に死亡したことにより多大な精神的苦痛を被ったのであると認められる。そこで,その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮して,原告らに対する慰謝料(bに対する慰謝料を相続した分を含む)としては,原告aにつき1200万円,その余の原告らにつき各400万円が相当であると認める。なお,原告らの主張を全体的に考察すると,遺族固有の慰 に対する慰謝料(bに対する慰謝料を相続した分を含む)としては,原告aにつき1200万円,その余の原告らにつき各400万円が相当であると認める。なお,原告らの主張を全体的に考察すると,遺族固有の慰謝料のほかに,bに対する慰謝料を相続した分も含めて請求しているものと解するのが相当である。 (3) 葬儀費用原告aにつき150万円弁論の全趣旨より,原告aに対して生じた葬儀費用150万円はd医師の過失と相当因果関係のある損害として認められる。 (4) 過失相殺について 被告は,bがd医師による節酒指導に従わずに相当量の飲酒を続けたことから肝臓が相当のダメージを受けていたのであって,この飲酒が同人の死亡に対して相当程度寄与しているとして過失相殺を主張する。 d医師は,bに対する飲酒指導として「慎むように何度かお話しした」と供述するが,前掲認定事実によれば,bの飲酒量については,f病院入院時と通院時に1度カルテに記載があるのみであり,酒量の把握については,「かなり飲んでいる」という認識に留まっていたことが認められるが,このようなd医師の指導は,アルコール性肝障害患者に対する指導としては不十分なものであったと言わざるを得ない。 一方,bは,f病院通院期間から被告病院通院期間を通しておおむね月1回程度真面目に通院しており,治療に対して真しな態度も窺えるものの,前掲認定事実によれば,f病院での初診時以降,平均酒量はほとんど変わっていなかったことが推認され,γGTP値の推移などによれば,飲酒の継続がbの肝臓に与えた負担は小さくない。 以上認定した事実を併せ考慮すれば,d医師による指導の不十分さを考慮してもなお,bの飲酒継続がbの死亡に対し一定割合で寄与したと認められ,その割合は1割と認めるのが相当である。 したがって,次の計算式のとおり,前記(1) 考慮すれば,d医師による指導の不十分さを考慮してもなお,bの飲酒継続がbの死亡に対し一定割合で寄与したと認められ,その割合は1割と認めるのが相当である。 したがって,次の計算式のとおり,前記(1)ないし(3)の各合計額の1割を過失相殺した額がそれぞれd医師の過失と相当因果関係のある損害であると認められる。 ア原告aについて{1200万円+150万円+(1384万7450円÷2)}×(1-0.1)=1838万1352円イその余の原告らについて{400万円+(1384万7450円÷6)}×(1-0.1)=各567万7117円(5)弁護士費用原告a183万8135円その余の原告ら各56万7711円 本件事案の内容,本件訴訟の審理の経過,本件の認容額等の事情を総合考慮すると,原告らに生じた弁護士費用のうち,本件不法行為又は債務不履行と相当因果関係ある損害として前掲各損害額の1割と認めるのが相当である。 (6) 合計原告a2021万9487円その余の原告ら各624万4828円 結論 以上の次第であるから,原告らの請求は,原告aについては2021万9487円,その余の原告らについては各624万4828円及び上記各金員に対する不法行為の日(b死亡の日)である平成16年7月14日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容することとし,その余の請求はいずれも失当であるから棄却することとして,主文のとおり判決する。 岐阜地方裁判所民事第2部裁判長裁判官西尾進裁判官永山倫代裁判官山本菜有子 倫代裁判官 山本菜有子
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