平成13(ワ)6038 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成16年1月21日 大阪地方裁判所
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判決文本文68,858 文字)

主文 1 被告らは,原告A1に対し,連帯して,1億4431万8175円及びこれに対する平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告A1に対し,連帯して,平成15年11月1日から同原告が死亡するに至るまで,毎月末日限り,30万円を支払え。 3 被告らは,原告A2及び同A3に対し,連帯して,それぞれ275万円及びこれらに対する平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は,これを10分し,その7を被告らの負担とし,その余を原告らの負担とする。 6 この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは,原告A1に対し,各自,1億6970万6237円及びこれに対する平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告A1に対し,各自,平成15年11月1日から同原告が死亡するに至るまで,毎月末日限り,88万5000円を支払え。 3 被告らは,原告A2及び同A3に対し,各自,それぞれ862万5000円及びこれらに対する平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,原告A1が,被告Bの開設するC病院で診療を受けた後,被告和歌山県の設置・管理する和歌山県立医科大学附属病院(以下「和歌山医大病院」といい,大学を指すときは「和歌山医大」という。)に転送されて,同病院で急性喉頭蓋炎と診断され,気道確保の処置を受けた際,呼吸停止及び心停止となり,その後蘇生したものの,低酸素脳症のためいわゆる植物状態に陥ったこと(当事者間に争いがない。以下「本件事故」という。)について,原告A1及びその両親であるその余の原 た際,呼吸停止及び心停止となり,その後蘇生したものの,低酸素脳症のためいわゆる植物状態に陥ったこと(当事者間に争いがない。以下「本件事故」という。)について,原告A1及びその両親であるその余の原告らが,被告らに対し,債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償責任があるとして,次のとおりの請求をした事案である(1の被告Bの使用者責任と2の被告和歌山県の使用者責任は,不真正連帯債務)。 1 被告Bに対する請求C病院の担当医であったD,E及びFの各不法行為についての使用者責任による損害賠償請求権に基づき,選択的に,同医師らを履行補助者とする債務不履行責任による損害賠償請求権に基づき,前記第1の金員の支払 2 被告和歌山県に対する請求上記D医師及びF医師の行為は,被告和歌山県の事業の執行についてなされたものであり,かつ,同医師らは,同被告の指揮監督下にあるとして,同医師らの上記各不法行為についての使用者責任又は和歌山医大病院の担当医であったG及びHの各不法行為についての使用者責任による損害賠償請求権に基づき,選択的に,G医師及びH医師らを履行補助者とする債務不履行責任による損害賠償請求権に基づき,前記第1の金員の支払第3 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。) 1 当事者(1) 原告A1は,昭和42年3月28日生まれで,本件事故が発生した平成11年8月14日当時,満32歳であった(甲C1)。 (2) 原告A1は,禁治産宣告の審判を受け,平成11年11月6日に同審判は確定した(甲C1)。 (3) 原告A2は,原告A1の父であり,禁治産宣告を受けた同原告の後見人である。原告A3は,原告A1の母である。 (4) 被告Bは,C病院を開設している。 (5) 被告和歌山県は,和歌山医大病院を設置・管理している。 告A1の父であり,禁治産宣告を受けた同原告の後見人である。原告A3は,原告A1の母である。 (4) 被告Bは,C病院を開設している。 (5) 被告和歌山県は,和歌山医大病院を設置・管理している。 2 診療経過等(1) C病院における診療経過(同病院から和歌山医大病院までの救急車による搬送時の状況を含む。以下,C病院における診療経過というときは,特に断らない限り,搬送時の状況を含む。)は,別紙診療経過一覧表(C病院)のとおりである。 (2) 和歌山医大病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表(和歌山医大病院)のとおりである。 (3) 原告A1は,低酸素脳症のため,言語機能を喪失し,摂食不能,排便・排尿は自力では不可能であり,全くの寝たきりで常に介護を要する状態となり,平成11年9月13日に,回復の見込みなく症状が固定したとの診断を受けた(甲A2,丙A3)。 (4) 原告A1は,和歌山医大病院を退院後,I病院,J病院,K病院,L病院等に転院したが,低酸素脳症からの回復が期待できないため,平成13年6月15日,L病院から退院した(甲A2,甲C20)。 第4 本件に必要な基礎的な医学的知見 1 急性喉頭蓋炎について(甲B2,乙B1,2,7ないし9,14,丙B4ないし6,11,証人H〔第1回〕)急性喉頭蓋炎は,細菌感染による喉頭蓋に限局した急性化膿性炎症であり,舌根から喉頭蓋基部のリンパ組織に生じた炎症が蜂窩織炎の形で,喉頭蓋に波及したものと考えられている。披裂部や披裂喉頭蓋ひだに発赤や腫脹が及んでいる場合には,呼吸困難を生じやすいとされており,その進行も早く死に至ることもある一方で,早期に診断できて適切な治療を施せば治療可能の疾患である。比較的まれにしかみられない症例であり,西欧では小児に多いとされるが,我が国では成人に多く,小児では希であると 早く死に至ることもある一方で,早期に診断できて適切な治療を施せば治療可能の疾患である。比較的まれにしかみられない症例であり,西欧では小児に多いとされるが,我が国では成人に多く,小児では希であるとされる。しばしば咽頭炎と誤診されるが,激しい咽頭痛,嚥下痛があり,咽頭に異常所見を認めない症例では急性喉頭蓋炎を疑うとされている。 急性喉頭蓋炎の症状としては激しい咽頭痛・嚥下痛・嚥下困難・悪寒戦慄などがみられる。さらに,炎症が披裂喉頭蓋ひだから声門方向に広がった場合には,ゆっくりした弱々しい短時間の発声(いわゆるmuffledvoice)しかできなくなったり,喘鳴(ヒューヒューという音),呼吸困難によるチアノーゼがみられることがある。 急性喉頭蓋炎の診断は,喉頭鏡や喉頭ファイバースコープによって,赤色あるいは赤紫色の腫脹した喉頭蓋が観察でき,重症のものでは膿瘍の形成を認めることができる。また,頸部側面レントゲン撮影を行うと,喉頭蓋,披裂喉頭蓋ひだの腫大を認めることがある。なお,披裂部や披裂喉頭蓋ひだに発赤や腫脹が及んでいることはあるが,声門部の炎症所見は希である。血液検査所見は,この疾患に特徴的なものはなく,細菌感染による白血球増加,血沈亢進,CRP強陽性などの所見が得られる。 急性喉頭蓋炎の治療法としては,症状が急速に進行し,気道狭窄をきたすことがあるので,入院させた上で,抗生物質を大量投与したり,浮腫が強いものであればステロイドも投与する。呼吸困難があれば,気管内挿管(気管切開に比べて迅速ではあるが,腫脹が肥大して気道が閉塞した場合には挿管できない可能性がある。)あるいは気管切開によって,気道を確保するが,喉頭蓋の腫脹が進行すると気管内挿管も困難となり,挿管操作の刺激によりかえって気道狭窄が進行する危険性があるので,切迫した呼吸困難がある 可能性がある。)あるいは気管切開によって,気道を確保するが,喉頭蓋の腫脹が進行すると気管内挿管も困難となり,挿管操作の刺激によりかえって気道狭窄が進行する危険性があるので,切迫した呼吸困難がある場合には,まず緊急処置として輪状甲状間膜穿刺を行ってから気管切開術を行うことが考えられるとされている。 2 口蓋扁桃炎について(丙B25,証人H〔第1回〕)炎症のうち主たる病変が口蓋扁桃にあるものをいい,急性扁桃炎や扁桃周囲炎・扁桃周囲膿瘍などに分類される。 急性扁桃炎の症状としては,咽頭痛が強く,ときには嚥下痛や放射性耳痛を伴い,発熱・全身倦怠感・悪寒戦慄がみられるが,これによって,咽頭を閉塞するということはほとんどあり得ない。 扁桃周囲炎・扁桃周囲膿瘍の症状としては,片側性の咽頭痛が強く,嚥下痛や嚥下困難,放散性耳痛を伴い,発熱・全身倦怠感・悪寒戦慄・呼気の悪臭がみられるが,喉頭蓋,声門に炎症が波及した場合には,呼吸が難しくなることがある。 3 ミニトラックⅡセルジンガーキットを用いた気道確保について(丙B2)ア ミニトラックⅡセルジンガーキット(以下「ミニトラックキット」という。)には,ガード付きスカルペル,16Gツーイ針(以下「穿刺針」という。),10mlシリンジ(以下「シリンジ」という。),ガイドワイヤー,ダイレーター(穿刺孔を拡大するもので外径5.3㎜,以下,ミニトラックキットないし経皮的気管切開術のキットに含まれるダイレーターを区別することなく,単に「ダイレーター」ということがある。),イントロジューサー,フランジ付き気管カニューレ(以下「カニューレ」という。),ネックテープ,サクションカテーテル,15㎜コネクターが含まれている。 イ ミニトラックキットを用いた気道確保(以下「ミニトラックによる気道確保」という。)のうち,ミニト 「カニューレ」という。),ネックテープ,サクションカテーテル,15㎜コネクターが含まれている。 イ ミニトラックキットを用いた気道確保(以下「ミニトラックによる気道確保」という。)のうち,ミニトラックキットの添付文書に記載された輪状甲状間膜を穿刺する手技(以下「輪状甲状間膜穿刺」という。)は,次のとおりである(以下,穿刺針,ガイドワイヤー,ダイレーター及びカニューレを順次気道内に挿入することを,「ミニトラック穿刺」という。)。 (ア) 術部を消毒し,輪状甲状間膜を触診して探し,局所麻酔を行う場合には,術部に局所麻酔剤を注射する。 (イ) スカルペルで皮膚面を縦に約1㎝切開し,気管を動かさないようにしながら,シリンジを付けた穿刺針を輪状甲状間膜に通して挿入する。挿入後,シリンジ内に空気が吸引されるかどうかによって,正しい位置に挿入されたかを確認する。 (ウ) シリンジを外し,ガイドワイヤーを穿刺針を通して,気管内に挿入する。 (エ) 穿刺針を抜き取った後,ダイレーターをガイドワイヤーに沿って,輪状甲状間膜に挿入する。 (オ) その後,ガイドワイヤーはそのまま残して,ダイレーターを抜き取り,カニューレをはめたイントロジューサーをガイドワイヤーに沿って進め,気管内部まで挿入する。 (カ) 最後に,イントロジューサーとガイドワイヤーを一緒に抜き取る。 第5 争点 1 D医師は,平成11年8月13日午後9時20分ころの外来受診時に,原告A1の病名を急性喉頭蓋炎であると診断し,耳鼻咽喉科専門医のいる病院へ転送すべき義務があったのに,これを怠ったか。 2 D医師は,同日午後10時以降翌朝までの間,C病院に入院した原告A1の全身状態を観察すべき義務があったのに,これを怠ったか。 3 E医師らは,同月14日午前8時30分ころ,原告A1の気道を確保すべき義務があ ,同日午後10時以降翌朝までの間,C病院に入院した原告A1の全身状態を観察すべき義務があったのに,これを怠ったか。 3 E医師らは,同月14日午前8時30分ころ,原告A1の気道を確保すべき義務があったのに,これを怠ったか。 4 E医師及びF医師は,同日午前8時35分ころから午前9時20分ころまでの間に,原告A1の転送先病院である和歌山医大病院の担当医に対し,原告A1の医療情報を正確かつ明確に告知するとともに直ちに気道確保の準備に着手するよう依頼すべき義務があったのに,これを怠ったか。 5 上記1ないし4の過失と原告A1の前記後遺障害との間に,相当因果関係があるか。 6 G医師及びH医師は,同日午前9時45分ころ急性喉頭蓋炎と診断した後,直ちに,原告A1に対し,気道確保を行うべき義務があったのに,これを怠り,気道確保が遅滞したか。 7 G医師及びH医師は,同日午前10時15分ころ,原告A1に対し,ミニトラックによる気道確保を行う際に,抗不安剤ないし筋弛緩剤を投与すべき義務があったのに,これを怠ったか。 8 H医師は,ミニトラックによる気道確保の手技を誤ったか。 9 上記6ないし8の過失と原告A1の前記後遺障害との間に,相当因果関係があるか。 10 D医師及びF医師が行った各診療行為は,被告和歌山県の事業の執行についてなされたものか。また,被告和歌山県とD医師又はF医師との間で,指揮監督関係があるか。 11 損害の有無及び額第6 争点に対する当事者の主張 1 争点1(D医師の外来受診時における診断,転送義務)について(原告らの主張)(1) およそ医師は,善管注意義務を負っており,如何なる診療科目であれ応診した以上,医師として一般的に要求されている注意義務を尽くさなければならない。もし,当該医師において当該患者に対し医療水準を充たす診療をなし得 は,善管注意義務を負っており,如何なる診療科目であれ応診した以上,医師として一般的に要求されている注意義務を尽くさなければならない。もし,当該医師において当該患者に対し医療水準を充たす診療をなし得ないときは,当該診療科目の専門医のいる病院に当該患者を直ちに転送すべきである。 (2) 急性喉頭蓋炎は,①喉頭痛,・下痛,②舌骨・甲状軟骨間の皮膚の圧痛,自発痛,③呼吸困難,④発生障害,⑤発熱,⑥全身倦怠,⑦脱水症状,⑧チアノーゼ等の症状から診断すべきものとされている。 本件で,D医師は,平成11年8月13日午後9時20分ころ(以下,特に断らない限り平成11年を指す。),原告A1を診察して,①咽頭部痛,②中等度の呼吸困難,③発熱(38℃),④全身倦怠,⑤発汗等の症状を認め,喉頭部に炎症が及んでいる可能性を考えたのであるから,頸部側面ないし喉頭部のレントゲン撮影や血液検査等を施行していたなら,急性喉頭蓋炎であると診断することができたのに,何らの検査もせず,十分な根拠もないまま安易に「扁桃腺腫大による上気道閉塞」であると誤診した過失がある。 (3) D医師は,原告A1について上記の症状を認め,喉頭部に及ぶ炎症の可能性を考えたものの,耳鼻咽喉科については専門外であり,しかも,診療条件が悪く,喉頭部の腫脹につき確定診断をなし得なかったのであるから,同日午後9時30分ころには,原告A1を耳鼻咽喉科の専門医のいる和歌山医大病院等に転送すべきであった。 しかるに,D医師は,原告A1を転送せず漫然とC病院で入院治療した過失がある。 (被告Bの主張)D医師が診察した8月13日午後9時20分ころの原告A1の状態は,胸部の呼吸音は清明で,笛声音はなかったが,扁桃の腫脹が認められ,体温38℃,血圧98/40であり,同医師は,扁桃腫大(扁桃炎)と診断した。 な 察した8月13日午後9時20分ころの原告A1の状態は,胸部の呼吸音は清明で,笛声音はなかったが,扁桃の腫脹が認められ,体温38℃,血圧98/40であり,同医師は,扁桃腫大(扁桃炎)と診断した。 なお,扁桃より奥の喉頭蓋(声門部)は,診察し得なかったが,急性喉頭蓋炎は,日本では発症例が少なく,しかも,その日は,盂蘭盆会にあたり,胃腸肛門科を主たる診療科目とするC病院が,その時点で急性喉頭蓋炎と診断できなかったのは,診断ミスとはいえない。現に,翌14日午前8時35分に原告A1を診察したE医師も,原告A1の呼吸困難を上気道閉塞(狭窄)によるものと診断しつつも,その原因疾患について急性喉頭蓋炎という診断名には至り得なかったのであり,それより10時間前のD医師の診察時において,原因疾患を急性喉頭蓋炎と診断し得なかったことをもってミスということはできない。 また,D医師が診察した時点における原告A1の症状からすれば,直ちに耳鼻咽喉科のいる病院に転院させるべきであったとはいえない。たとえ,上記の時点で転院させたとしても,本件において行われたと同様の処置以外に特別の処置はない。 2 争点2(D医師の経過観察義務)について(原告らの主張)原告A1は,入院時既に「上気道閉塞」の状態にあり,呼吸困難を訴えていた上(乙A1・p1),入院後も,呼吸困難を強く訴え続けていたのであるから,D医師は,心電図モニター,酸素飽和度測定器等を設置したり,看護師(当時は看護婦であるが,便宜上以下「看護師」という。)に指示して頻回に訪室させる等して,常時,バイタルサインないし全身状態を注意深く観察し,これらバイタルサインないし全身状態の把握を通じて症状の重傷度・緊急度を判定すべきであった。 しかるに,D医師は,上記医療機器を設置しなかった上,看護師に対し,頻回に訪室して 状態を注意深く観察し,これらバイタルサインないし全身状態の把握を通じて症状の重傷度・緊急度を判定すべきであった。 しかるに,D医師は,上記医療機器を設置しなかった上,看護師に対し,頻回に訪室してバイタルサインのチェックを厳格に行うよう指示しなかったため,看護師はナースコールによって訪室するに留まり,しかも,原告A1のバイタルサインとしては,8月14日午前0時の体温,同日午前7時の体温・脈拍しか測定されておらず,また,D医師は,看護師から原告A1が呼吸困難を訴えているなどの報告を電話で受けながら,同月13日午後9時20分ころから14日午前7時までの間,自ら一度も訪室せず,原告A1のバイタルサインないし全身状態を注意深く観察しなかったため,その症状の重傷度・緊急度の判定を誤った過失がある。 (被告Bの主張)原告らは,D医師が一度も訪室することがなかったと主張するが,医療機関における診療は,医師と看護師が一体となって診療にあたるものであり,C病院では転院までの約10時間の間に看護師が7回訪室して,その都度呼吸音の聴取,体温,血圧及び脈拍等のバイタルサインのチェックを行って,D医師に正確に伝え,同医師は,ステロイド剤のソルコーテフ200mgの投与を3回指示し,さらにボルタレン坐薬の挿入を2度指示しているのである。 この間,患者の気道狭窄が進行していたとは思われるが,直ちに気管内挿管等をしなければならない状態に至ったとは認められなかった。その判断の誤っていなかったことは,8月14日午前8時35分にE医師が診察した時点においても直ちに気管内挿管をしなければならないとは判断しなかったこと及び午前9時20分に転送先の和歌山医大病院に到着後も直ちに気管内挿管されることなく,午前10時10分ころまでミニトラック等を含む気道確保等がなされなかったことからも ばならないとは判断しなかったこと及び午前9時20分に転送先の和歌山医大病院に到着後も直ちに気管内挿管されることなく,午前10時10分ころまでミニトラック等を含む気道確保等がなされなかったことからも明らかであり,D医師が患者の状態が直ちに気管内挿管を要する程の状態に立ち至っていると判断しなかったことが誤りとはいえない。 3 争点3(E医師らの気道確保義務)について(原告らの主張)原告A1は,8月14日午前8時30分ころの時点で,呼吸苦を強く訴えて痰も飲み込めない様子で,しかも眼をギョロギョロさせて苦しそうな様子であり,チアノーゼも認められるなど,気道閉塞がかなりの程度進行し,完全閉塞の危険が存在したのであるから,E医師は,同日午前8時30分ころには,ミニトラックによる気道確保等の措置を講じるべきであった。 しかるに,E医師は,上記の時点で,上気道閉塞の解除が必要と判断しており,C病院にあるミニトラックによる緊急気道確保等の措置をなし得たにもかかわらず,気道確保の措置を講じなかった過失がある。 (被告Bの主張)E医師の診察時点における原告A1の状態は,次のとおりであった。 すなわち,E医師は,酸素吸入を試みるため,病室より詰め所まで車椅子で移動させて診察したのであるが,呼吸困難のため起座呼吸の状態で,扁桃の腫大が著明であり,上気道閉塞が認められたものの,意識状態は清明であり,バイタルサインは安定していた。同医師は,100%酸素マスクにより酸素を投与し,酸素飽和度が100%維持できていることを確認した上で,ソルコーテフ500mgの点滴を行うこととした。 そして,同医師は,原告A1の状態からして気道確保及び上気道閉塞の原因である扁桃炎の根治の必要があると認め,和歌山医大病院に転送することとしたのである。しかしながら,その時の原告A1の状態 とした。 そして,同医師は,原告A1の状態からして気道確保及び上気道閉塞の原因である扁桃炎の根治の必要があると認め,和歌山医大病院に転送することとしたのである。しかしながら,その時の原告A1の状態は,転送前に気管内挿管,ミニトラックによる気道確保等を行っておかなければならない状態とは認められず,和歌山医大病院転院後に上気道狭窄の解除を施行してもらう時間的余裕は十分にあると判断したのである。そして,その判断の誤りでなかったことは,救急車による搬送途中における原告A1の状態(乙A2の3,8の3)や同乗していたF医師の把握した原告A1の症状(乙A7)により,また,和歌山医大病院に到着後,ミニトラックによる気道確保まで約50分の余裕があったことからも明らかである。 したがって,E医師らが転院前に,ミニトラックによる気道確保等上気道閉塞解除の処置をとらなかったことをもって,注意義務違反があったとすることはできない。 4 争点4(E医師及びF医師の医療情報告知義務)について(原告らの主張)和歌山医大病院に転送の受入れを申し込んだE医師及び救急搬送に同行したF医師は,原告A1が急性喉頭蓋炎により気道閉塞に陥り呼吸困難の状態にあったのであるから,原告A1を転送するに際して,和歌山医大病院の医師に対し,原告A1の病名が急性喉頭蓋炎であること,原告A1が上気道閉塞により呼吸困難の状態にあり容態が著しく悪いこと,このため,至急,気道確保をなす必要があることを正確かつ明確に告げるとともに,直ちに気道確保の準備に着手するよう依頼する義務を負っていた。 しかるに,E医師及びF医師は,転送の際,和歌山医大病院の医師に対し,原告A1の病名が扁桃炎であると説明した上,扁桃炎による呼吸困難の症状があり,気道閉塞の解除と扁桃炎の根治を目的として転送する旨記載した紹介状 医師及びF医師は,転送の際,和歌山医大病院の医師に対し,原告A1の病名が扁桃炎であると説明した上,扁桃炎による呼吸困難の症状があり,気道閉塞の解除と扁桃炎の根治を目的として転送する旨記載した紹介状を交付するなど,病名等につき誤った情報を提供しており,原告A1の病名が急性喉頭蓋炎であること,原告A1が上気道閉塞により呼吸困難の状態にあり容態が著しく悪いこと,このため,至急,気道確保をなす必要があることを正確かつ明確に告げることを怠り,直ちに気道確保の準備に着手するよう依頼しなかった過失がある。 (被告Bの主張)医療情報の告知義務の点については,F医師というよりむしろE医師の関与の多い部分である。 E医師は,8月14日午前8時35分ころ(救急車要請の前)に和歌山医大病院救急・集中治療部に電話連絡をし,気管内挿管等による気道確保とその後の原因疾患の治療の必要性があると伝えて,収容可能との返事を得たものである。すなわち,同医師は,転院受入れの承諾を得るため,転院先に対し,症状の詳細について口頭で説明し,さらに気管内挿管又はミニトラックによる上気道狭窄の解除が必要であることを伝えているところであり,症状の説明及び対応する治療方法については,C病院の紹介状(乙A1・p5)記載の内容を敷衍したものである。 なお,電話連絡や紹介状において,上気道閉塞の原因として,扁桃の腫大が著明と記載したことは,結果的には誤りであったかもしれない。しかしながら,上気道閉塞の解除が,気管内挿管,ミニトラックによる気道確保等を意味するものであることは,医療従事者であれば,誰しも理解し得るところであるから,上気道閉塞を来たした原因疾患が急性喉頭蓋炎であることを的確に指摘しなかったとしても,上気道閉塞の解除が第一次的な転院の目的であることは,容易に理解し得たはずである。 理解し得るところであるから,上気道閉塞を来たした原因疾患が急性喉頭蓋炎であることを的確に指摘しなかったとしても,上気道閉塞の解除が第一次的な転院の目的であることは,容易に理解し得たはずである。 次に,F医師の関与について述べれば,F医師の主たる任務は,上記のとおり,救急車による搬送途中における原告A1の症状把握と急変時における対応であり,併せて和歌山医大病院の担当部署に対し原告A1を引き継ぐことである。F医師は,原告A1のC病院入院時における診療には,殆ど携わっていなかったが,E医師から,原告A1の症状及び転院の目的について説明を受け,和歌山医大病院に対する紹介状を託され,原告A1を和歌山医大病院の救急・集中治療部に引き継いだものである。 そして,F医師は,救急車に同乗した後,搬送中の原告A1の意識状態,呼吸状態,血圧,酸素飽和度及びバイタルサインをチェックし,C病院出発時の状態と大きな変動がないことを確認し,和歌山医大病院到着後,救急隊と共に原告A1を救急室まで搬入し,担当医師に紹介状を手渡して引継ぎするまでの間も,原告A1を放置することなく,同人の症状の変化の有無に注意しつつ,和歌山医大病院転院までの間の経過について紹介(依頼)目的と併せ,説明したのである。 以上のとおり,E医師が,和歌山医大病院救急・集中治療部に対し,電話により紹介状の内容を詳しく説明した上,F医師に紹介状を同部に手渡すよう依頼したことにより,F医師において,紹介状を手渡し,経過についても説明しているから,和歌山医大病院が処置するに必要にして十分な医療情報を提供したものといえる。 原告らは,事前に気道確保の準備に着手するよう依頼すべきであったというが,転院先の医療機関に対する情報提供としては,上記情報の提供で十分であり,人的スタッフや物的施設が整い,常に万全を期し いえる。 原告らは,事前に気道確保の準備に着手するよう依頼すべきであったというが,転院先の医療機関に対する情報提供としては,上記情報の提供で十分であり,人的スタッフや物的施設が整い,常に万全を期している和歌山医大病院救急・集中治療部に対し,気道確保の準備に着手するよう依頼する必要まではなかったし,転院を依頼した医療機関が,転院先に対し,準備に着手すべき旨の指示めいた依頼はすべきではないともいい得る。 (被告和歌山県の主張)8月14日午前8時35分過ぎころに,C病院のE医師から和歌山医大病院救急・集中治療部外来に電話があり,電話を受けた事務職員が,扁桃腺肥大の患者紹介と聞いて,救急外来の前日からの当直医であったM医師に取り次いだ。E医師の依頼は,扁桃炎で呼吸困難の患者を救急搬送するので受け入れて欲しいとのことであり,M医師はこれを了承したなお,E医師からの上記電話では,マスク酸素吸入をしていること,酸素飽和度100%であることの説明はあったが,症状の推移や投薬内容,呼吸困難の程度についての具体的な説明はなかった。 原告A1は,同日午前9時20分ころ,C病院のF医師に付き添われて救急車で搬送されてきた。F医師は,G医師にC病院の紹介状を手渡したが,紹介状に記載された事実以外に特に補足説明はなかった。 5 争点5(上記争点1ないし4の過失と原告A1の後遺障害との間の因果関係)について(原告らの主張)C病院の担当医の上記争点1ないし4の過失がなければ,原告A1は,低酸素脳症により植物状態になっていなかった。 (被告Bの主張)C病院の担当医が原告A1の入院期間中急性喉頭蓋炎の確定診断に至らなかったこと,8月14日午前8時30分ころまで転院の措置を講じなかったこと,診療の過程において気道確保の処置を取らなかったことと,和歌 病院の担当医が原告A1の入院期間中急性喉頭蓋炎の確定診断に至らなかったこと,8月14日午前8時30分ころまで転院の措置を講じなかったこと,診療の過程において気道確保の処置を取らなかったことと,和歌山医大病院に転院後に原告A1が心肺停止となって,低酸素状態に陥り,植物状態になったこととの間には,いずれも因果関係はない。 6 争点6(G医師及びH医師の気道確保義務)について(原告らの主張)和歌山医大病院のG医師及びH医師は,8月14日午前9時45分ころ,原告A1の声門が見えない程上気道が閉塞し,極めて強い呼吸困難の訴えがあり,急性喉頭蓋炎であると確定診断した以上,直ちに気管内挿管あるいは気管切開等によって気道を確保すきべであった。 しかるに,G医師及びH医師は,急性喉頭蓋炎であると確定診断しておきながら,その後,同日午前10時6分に頸部正面のレントゲン撮影,同日午前10時9分に胸部立位のレントゲン撮影,同日午前10時11分に腹部正面のレントゲン撮影,同日午前10時13分に頸部側面のレントゲン撮影を施行する等必要のない診療を繰り返し行い,約30分もの間,時間を徒に空費したものであり,確定診断後直ちに気道確保の措置を講じなかった過失がある。 (被告Bの主張)原告A1の症状経過及び診療経過は,乙A第3号証の2のとおりである。 (被告和歌山県の主張)(1) H医師は,原告A1の呼吸苦が強く,緊急に気道を確保する必要性があると判断したが,喉頭ファイバー検査で声門が見えず経口挿管は困難と考えられ,また,盲目的挿管操作の刺激によりさらに気道狭窄が進行する危険性も考えられた。そこで,H医師は,気管切開の方法も考えたが,気管切開のために仰臥位にすると,声門閉塞が増強して呼吸困難が増悪するために,迅速にかつ半座位でも簡便に行えるミニトラックによる気道確 険性も考えられた。そこで,H医師は,気管切開の方法も考えたが,気管切開のために仰臥位にすると,声門閉塞が増強して呼吸困難が増悪するために,迅速にかつ半座位でも簡便に行えるミニトラックによる気道確保を第一選択とし,ミニトラックによる気道確保を実施した上で気管切開をすることとした。 (2) ところで,原告A1は,喉頭ファイバー検査で急性喉頭蓋炎と診断されたが,同検査は経口的に行われるために声門までしか観察できない。緊急気道確保を実施するに際して,声門下及び下気道の情報を知る必要があり,頸部正面・側面レントゲン撮影は必要である。また,緊急処置をするに際して全身状態を把握する上で胸部・腹部レントゲン撮影も必要であり,さらに,原告ら及び付添い家族らに対して,病状,原因,気道確保の必要性,気道確保の方法と危険性,気道確保後の治療予定などを詳細に説明して理解と承諾を得ることも必要である。 (3) 一方,原告A1の容態は,8月14日午前9時20分救急処置室搬入後,午前10時15分ミニトラックによる緊急気道確保を開始するまでの間,呼吸困難が増悪するなどの症状の悪化は認められず,特に変化はなかった。すなわち,酸素飽和度は98~100%と正常であり,落ち着いた状態で平穏に起座呼吸をし,意識清明で医師の問いかけにも動作で返答をして意思の疎通もできており,午前10時15分の血圧は,136/83と正常であった。 (4) 以上のとおり,原告A1の呼吸困難の程度は,一刻一秒を争って緊急気道確保をしなければならないような差し迫った状態ではなく,問診,インフォームドコンセント,レントゲン検査を行う時間的余裕は十分にあったから,気道確保が遅れたことはない。 7 争点7(G医師及びH医師の抗不安剤等の投与義務)について(原告らの主張)原告A1の体動は激しく,抵抗力を有して ントゲン検査を行う時間的余裕は十分にあったから,気道確保が遅れたことはない。 7 争点7(G医師及びH医師の抗不安剤等の投与義務)について(原告らの主張)原告A1の体動は激しく,抵抗力を有していたのであるから,G医師及びH医師は,ジアゼパム等の鎮静剤を投与し,あるいは,筋弛緩剤を使用する等して,鎮静状態を得てから,ミニトラックによる気道確保を施術すべきであった。 しかるに,G医師,H医師の両名とも,気管内挿管困難症例にミニトラックによる気道確保で対応できる経験も技量もないためか,原告A1が8月14日午前10時10分ころ,上気道が閉塞して窒息状態に陥り,体動が激しかったにもかかわらず,抗不安剤等の鎮静剤も筋弛緩剤も使用せずに,ミニトラックによる気道確保を実施した過失がある。 (被告Bの主張)原告A1の症状経過及び診療経過は,乙A第3号証の2のとおりである。 (被告和歌山県の主張)急性喉頭蓋炎は,気道が確保されれば予後は良く,薬物治療の効果が現れ改善に向かう。したがって,自発呼吸を温存して緊急気道確保をすることが望ましく,呼吸抑制作用や呼吸停止作用の強い鎮静剤や筋弛緩剤を使用することはかえって危険であり,緊急気道確保に際しては使用しないのが一般的知見である。 8 争点8(H医師のミニトラックによる気道確保の手技の誤り)について(原告らの主張)半座位で気道確保する場合,甲状腺及び大血管が損傷することを避けるために,輪状甲状間膜穿刺が第一選択であり,H医師が行った第1気管輪直上付近に皮膚横切開を行って,第2・第3気管軟骨間(以下「第2・3気管輪間」といい,気管軟骨のことを「気管輪」ともいう。)に向けてミニトラック穿刺を行う手技(以上の手技をまとめて,以下「本件穿刺法」という。)は,医学上一般的に許されていない。なお,文献(丙B3)によ 間」といい,気管軟骨のことを「気管輪」ともいう。)に向けてミニトラック穿刺を行う手技(以上の手技をまとめて,以下「本件穿刺法」という。)は,医学上一般的に許されていない。なお,文献(丙B3)によれば,輪状甲状間膜穿刺を行う場合にも,「位置的に下方に行きすぎると甲状腺などを,側方に行きすぎると大血管を損傷し,思わぬ大出血をきたすことがある。」と指摘されている。 しかるに,H医師は,上記のとおり手技を誤ったため,甲状腺又は甲状腺動脈を損傷させて,大量出血を惹起させたことにより,術野が遮られてミニトラックによる気道確保を断念し,本来適応のない気管内挿管を盲目的に試行することを余儀なくされ,これに難渋したことから気道確保が遅れた過失がある。 (被告和歌山県の主張)H医師は,前述したとおり,頸部側面レントゲン写真からは,下気道に炎症波及による浮腫狭窄が認められなかったことから,一旦は,輪状甲状間膜穿刺を予定した。しかし,輪状甲状間膜穿刺を実施しようとして頸部を触診した時に,頸部に熱感があったことから,喉頭ファイバーで確認できなかった声門下の炎症の有無を気にして注意を払っていたH医師は,頸部側面レントゲン写真では下気道に炎症波及による浮腫狭窄は認めなかったものの,レントゲン写真では浮腫狭窄に至らない炎症の有無が判定できないこと,喉頭ファイバー所見で喉頭蓋から披裂喉頭蓋ヒダに発赤腫脹が認められたこと及び上記の頸部の熱感から,輪状甲状間膜付近にまで炎症が波及している可能性があると考えるに至った。そして,H医師は,炎症部位に挿入手技を行えば,挿入手技の刺激により粘膜の腫脹が生じ,さらなる気道狭窄をきたす危険があることから,炎症の波及していないと考えられる第2・3気管輪間で挿入手技を行うのがより安全であると咄嗟に判断した。 本件穿刺法における の刺激により粘膜の腫脹が生じ,さらなる気道狭窄をきたす危険があることから,炎症の波及していないと考えられる第2・3気管輪間で挿入手技を行うのがより安全であると咄嗟に判断した。 本件穿刺法における穿刺部位である第2・3気管輪間は,「jacksonの気管切開三角」内にあり,通常解剖学的には太い主要動静脈や迷走神経が走行していない気管切開の安全領域である。そして,本症例は,緊急気道確保を要する救急医療であるところ,喉頭ファイバーや頸部レントゲン写真による上記所見,触診で得られた頸部の熱感,このような限られた情報をもとに,輪状甲状間膜付近の気管粘膜への披裂喉頭蓋ヒダからの炎症波及の可能性を考えて炎症部に対する挿入手技は避けるべきであるとの一般的知見及び気管輪間においてミニトラック穿刺を行う手技は安全性に特に問題はないとの一般的知見から,ミニトラックによる気道確保をより安全に行うべく穿刺部位として第2・3気管輪間を選択したことは,患者の安全を考えた上でのことであり,救急医療における医師の裁量行為として何ら問題はない。 回顧的にみても,原告A1の第2・3気管輪間付近には甲状腺峡部は存在しないし(一般的に,ミニトラックによる気道確保の手技は,セルジンガー法〔経皮的穿刺法〕であるところ,同法では,甲状腺を穿刺・圧排しても出血はほとんど起こらず,出血があったとしても圧迫止血で済む。),動静脈の損傷をきたした事実も,病状に影響を及ぼすような出血をきたした事実も明らかに存在しない。 出血の原因は,皮膚切開部位の皮膚の毛細血管の静脈うっ血によるものであり,出血の程度も大量出血ではなく,経口挿管後に自然止血した。 以上のとおり,ミニトラックによる気道確保の手技にミスはなく,同手技による甲状腺や大血管の損傷による大出血は起こしていない。 9 争点9(上記争 の程度も大量出血ではなく,経口挿管後に自然止血した。 以上のとおり,ミニトラックによる気道確保の手技にミスはなく,同手技による甲状腺や大血管の損傷による大出血は起こしていない。 9 争点9(上記争点6ないし8の過失と原告A1の後遺障害との間の因果関係)について(原告らの主張)和歌山医大病院の担当医の上記争点6ないし8の過失がなければ,原告A1は,低酸素脳症のため植物状態になっていなかったといえるが,上記争点8の過失との因果関係について以下敷衍する。 仮に,H医師の手技ミスにより大量出血が起きなかったなら,ほんの数分で気道確保ができたのであるが,大量出血により術野が遮られたため,H医師が,再度,ミニトラックによる気道確保を試みたもののこれを断念し,その後,M医師が本来適応のない気管内挿管を試みたが難渋し,8月14日午前10時35分ころになってようやく気道確保に成功した。しかし,原告A1は,同日午前10時15分ころから午前10時35分ころまでの間の低酸素脳症のため植物状態になったのである。 以上のとおり,H医師の手技ミスと原告A1が植物状態になったことの間には,相当因果関係がある。 (被告和歌山県の主張)H医師は,急性喉頭蓋炎と診断して適切かつ迅速に気道確保のために,本件穿刺法を実施したものである。 原告A1が呼吸停止・心停止に一時的に至った原因は,気道内分泌物やガイドワイヤーなどの不可避的な刺激に起因して急激に気道閉塞が増悪し,興奮状態となってガイドワイヤーを自己抜去し,あるいは,急速に低酸素血症・高二酸化炭素血症が進行して呼吸停止・心停止となったものである。あるいは不可避的に反射が亢進して心停止・呼吸停止となったものである。 そして,気道閉塞の急激な増悪により,皮膚切開部の毛細血管が怒張(静脈うっ血)して暗紫色の出血 吸停止・心停止となったものである。あるいは不可避的に反射が亢進して心停止・呼吸停止となったものである。 そして,気道閉塞の急激な増悪により,皮膚切開部の毛細血管が怒張(静脈うっ血)して暗紫色の出血で視野を奪われ,かつ,体動が激しく,ダイレーターで拡張した穿刺孔もすぼまったのでミニトラックによる気道確保は不可能となり,18G注射針5本による気道確保をしたが,呼吸停止・心停止となった。 以上の経過からすれば,和歌山医大病院の医師の医療行為あるいは穿刺部位の選択を含むミニトラックによる気道確保の手技と呼吸停止との間に相当因果関係がないことは明らかである。 10 争点10(被告和歌山県の民法715条の使用者責任)について(原告らの主張)F医師は,平成11年8月当時,和歌山医大第2外科に籍を置いてC病院に勤務していた者であるが,C病院での診療行為は,和歌山医大第2外科における医師としての臨床研究を目的として行われていた側面を有する。そして,その研究成果は和歌山医大第2外科において享受されるものであるから,F医師のC病院での診療行為は,被告和歌山県の事業の執行としてなされた一面を有する。また,このような大事な研究活動の一環としてC病院で診療行為を行っていたことから,F医師は,和歌山医大第2外科の担当教授の指導・監督を受けながら,C病院で診療行為を行っていた。したがって,F医師は,被告和歌山県との間で指揮監督関係にあった。 D医師も和歌山医大に籍を置いてC病院に勤務していた者であり,F医師と同様の関係にある。 (被告Bの主張)F医師は,本件診療については,和歌山医大病院とは関係なく,すべてC病院の指揮監督下にあった。のみならず,F医師は,前記のとおり救急車への同乗,和歌山医大病院への患者の引継ぎに携わったのみであり,実質的な診療行為には については,和歌山医大病院とは関係なく,すべてC病院の指揮監督下にあった。のみならず,F医師は,前記のとおり救急車への同乗,和歌山医大病院への患者の引継ぎに携わったのみであり,実質的な診療行為には殆ど携わっていない。 (被告和歌山県の主張)平成11年8月当時,D医師は和歌山医大博士研究員であり,F医師は和歌山医大研究生であった。 博士研究員(D医師),研究生(F医師)の身分は,和歌山医大学則施行細則第11条,第13条に定められているとおり,無給で研究費用自己負担の学術研究者であり,勤務先臨床医療について,和歌山医大は指導・監督などを行う立場になく一切無関係である。勤務先臨床医療は,和歌山医大における学術研究とは一切無関係である。 11 争点11(損害の有無及び額)について(原告らの主張)(1) 原告らは,C病院及び和歌山医大病院の各医師の各過失行為によって,次のとおりの損害を被った。 ア 積極損害小計3097万1830円(ア) 治療関係費(既払分) 80万9900円原告A1は,治療費として,別紙治療費等一覧表記載のとおり,80万9900円の支払を余儀なくされた。 (イ) 付添看護費及び付添介護費(過去分)原告A1は,本件事故発生直後から現在に至るまで,栄養分の摂取や排便,排尿にも看護・介護を要するほか,障害が高度で痰を喉に詰まらせないよう呼吸管理を行うなど常に監視を要する介護が必要な状況にあり,その看護・介護に当たっては多大な精神的緊張と労力を要した。 a 入院中の看護費用 537万6000円原告A1は,本件事故日である平成11年8月14日から退院日である平成13年6月15日まで合計672日間の入院付添を要したが,同期間中 入院中の看護費用 537万6000円原告A1は,本件事故日である平成11年8月14日から退院日である平成13年6月15日まで合計672日間の入院付添を要したが,同期間中の付添看護費用としては,上記のとおり甚大な精神的負担と肉体的労力を要することから,日額8000円が相当である。 この点,入院中の看護が24時間看護であっても,上記のとおり,呼吸管理,循環管理,栄養管理等,きめ細やかな看護・介護を要するのであり,入院治療となっても,原告A1の家族の看護・介護は不可欠である。 8,000円×672日=5,376,000円b 自宅療養中の介護費用 1303万5000円原告A1は,平成13年6月15日の退院後から計算日である平成15年10月31日まで合計869日間の自宅介護を要したが,同期間中の付添介護費用としては,上記のとおり過大な負担を要することから,日額1万5000円を下らない。 この点,自宅介護サービスがあることを斟酌するとしても,同サービスは時間的制約があることから,家族による看護・介護が不可欠であることに変わりはなく,もし24時間の介護サービスを利用するなら,一日当たり,少なくとも2万4000円ものヘルパー費用が発生する。 15,000円×869日=13,035,000円(ウ) 入院及び介護雑費(過去分)a 入院雑費 228万6950円原告A1は,植物状態であることから,病衣,室料,紙おむつ等の入院雑費として,別紙治療費等一覧表記載のとおり,既に228万6950円の支出を余儀なくされた。 差額室料については,原告A1は,植物状態にあり,上記のとおり,呼吸管理等に関する生命維持装置の設置が不可欠であるところ,複数患者と同室の場合,多数人が入退室 6950円の支出を余儀なくされた。 差額室料については,原告A1は,植物状態にあり,上記のとおり,呼吸管理等に関する生命維持装置の設置が不可欠であるところ,複数患者と同室の場合,多数人が入退室し,生命維持装置が誤操作される危険がある上,易感染性患者であって雑菌の侵入を予防する対策を講じる必要もあり,個室が必要不可欠である。 b 介護雑費 130万3500円原告A1は,平成13年6月15日の退院後から計算日である平成15年10月31日まで合計869日間の自宅介護を要したが,同期間中の付添介護雑費としては,おむつ代,ガーゼ,綿,経管栄養チューブの消毒液等の支出を余儀なくされるところ,これらの雑費は,日額1500円を下らない。 1,500円×869日=1,303,500円(エ) 自宅改装費 645万8980円原告A1は,入院費用の捻出が困難となり,平成13年6月15日,退院を余儀なくされ,自宅で療養しているが,植物状態であるため,バリアフリーにする必要から自宅を改装した。すなわち,甲C第34号証の1のとおり,自宅居間を原告A1の寝室に改装してベッドを置き,その隣室に,甲C第34号証の2のとおり,浴室を設けて大型の浴槽を設置するなど,自宅を介護に適した構造に改造する費用として,合計577万5000円(甲C19の2,3)を支出した。 さらに,介護用機器の購入費として,68万3980円(甲C19の1)を支出した。 (オ) 交通費等 168万9340円原告A1の看護・介護は,前記のとおり,24時間態勢を余儀なくされ,原告A2,同A3及び原告A1の弟の妻の3人が交代で担当しており,名古屋の病院で入院治療を受ける際,上記3名の交通費及び宿泊費が不可欠 告A1の看護・介護は,前記のとおり,24時間態勢を余儀なくされ,原告A2,同A3及び原告A1の弟の妻の3人が交代で担当しており,名古屋の病院で入院治療を受ける際,上記3名の交通費及び宿泊費が不可欠であったことなどから,原告A1の看護に伴う交通費として,別紙交通費等一覧表記載のとおり合計168万9340円を支出した。 (カ) 文書料 2万8035円原告A1は,診断書及び診療報酬明細書の作成費用として,別紙治療費等一覧表記載のとおり,上記金額を支払った。 イ 後遺障害による逸失利益 8659万8811円原告A1は,高卒の男子であるところ,本件事故当時である賃金センサス平成10年第1巻第1表産業計企業規模計高卒男子労働者全年齢平均年収は528万8800円である。また,原告A1の症状固定時の年齢は32歳であるから,就労可能年数は35年であり,35年のライプニッツ係数は16.374である。 そして,原告A1の後遺障害の程度は,後遺障害等級1級であるから,労働喪失率は100%であり,この障害は今後回復する見込みは全くなく終身継続することは明らかである。 よって,原告A1の逸失利益を算出すると,次のとおりとなる。 5,288,800×1.0×16.374=86,598,811ウ 慰謝料小計4500万円(ア) 原告A1分(後遺障害慰謝料) 3000万円原告A1の後遺障害の程度は,上記のとおり,後遺障害等級1級であるが,原告A1が一家の支柱であったことからすれば,後遺障害慰謝料は上記金額が妥当である。 なお,被告和歌山県は,当初,緊急気道確保の手技として,輪状甲状間膜穿刺を行ったと主張し,H医師,G医師らもその主張に沿う証言を 支柱であったことからすれば,後遺障害慰謝料は上記金額が妥当である。 なお,被告和歌山県は,当初,緊急気道確保の手技として,輪状甲状間膜穿刺を行ったと主張し,H医師,G医師らもその主張に沿う証言をしていたにもかかわらず,カルテ上,第2・3気管輪間に,ミニトラック穿刺を実施したとの記載があることを指摘されるや,従前の主張を撤回し,不自然な弁解に終始している。このような被告和歌山県の態度は,本件穿刺法により,甲状腺又は甲状腺動脈等の血管を損傷させ大量出血させたことを殊更隠蔽するために行ったものであることを強く推認させるものであり,著しく信義に悖り甚だ不誠実であるとの批判を免れない。したがって,このような不誠実な態度は,慰謝料の増額事由に該当する。 (イ) 原告A2及び同A3 2人分 1500万円原告A1の両親である原告A2及び同A3は,原告A1の上記後遺障害により甚大な精神的損害を被った。これを慰謝するには上記金額が相当である。 エ 弁護士費用 2438万5596円原告らは,本件訴訟を提起するため,弁護士である原告ら訴訟代理人に訴訟委任をした。その弁護士費用は,本件訴訟の難易度を考慮して,損害額の15%が相当である。 (ア) 原告A1分損害額 1億4757万0641円弁護士費用 2213万5596円(イ) 原告A2及び同A3分損害額合計 1500万円弁護士費用 225万円オ 以上の損害額の小計 1億8695万6237円(2) 定期給付金請求原告A1は,本件の傷害及び後遺障害により,下記のとおり,月額合計88万5000円の損害を被ることが確実であり,同損害は,原告A1が死亡 1億8695万6237円(2) 定期給付金請求原告A1は,本件の傷害及び後遺障害により,下記のとおり,月額合計88万5000円の損害を被ることが確実であり,同損害は,原告A1が死亡するまで発生し続ける。したがって,被告らは,原告A1に対し,連帯して,平成15年11月1日から死亡するに至るまで,毎月88万5000円を支払う義務がある。 ア 治療関係費(将来分) 月額24万円原告A1の家族は,これまで,24時間態勢で原告A1を看護・介護してきたが,体力の限界を感じており,被告らから損害賠償金を受領すれば,即時,入院させて入院治療を受けさせる考えである。 そして,原告A1は,現在,障害者保険の適用により,治療費の負担はないものの,上記(1) ア(ウ) aで主張したとおり,差額室料につき負担を余儀なくされる。 したがって,原告A1の入院加療には,差額室料として,1日当たり8000円,1か月当たり24万円を要する。 イ 付添看護費及び付添介護費(将来分) 月額60万円原告A1は,入院中でも付添看護・介護を要するところ,その費用としては,日額2万円が相当であり,1か月当たり60万円が相当である。 仮に原告A1が自宅療養を継続するとしても,付添看護・介護を要することに変わりはなく,その費用も,日額2万円が相当であり,1か月当たり60万円を下らない。 ウ 入院雑費(将来分) 月額4万5000円原告A1は,入院雑費として,おむつ代,ガーゼ,綿,経管栄養チューブの消毒液等の支出を余儀なくされるが,これらの費用は,日額1500円を下らないから,1か月当たり4万5000円が相当である。 仮に原告A1が自宅療養を継続するとしても,上記支出を要することに変わりはな 液等の支出を余儀なくされるが,これらの費用は,日額1500円を下らないから,1か月当たり4万5000円が相当である。 仮に原告A1が自宅療養を継続するとしても,上記支出を要することに変わりはなく,その費用も,日額1500円が相当であり,1か月当たり4万5000円を下らない。 (被告Bの主張)いずれも否認する。 (被告和歌山県の主張)いずれも否認する。 (1) 積極損害についてア 入院中の付添看護費用について入院中の付添看護費用は生じない。すなわち,原告A1の入院先病院は,和歌山医大病院,I病院,J病院,K病院,L病院であるが,いずれの病院もいわゆる完全介護で入院付添看護を要しない医療体制を採っていることがレセプトからも分かる。 イ 自宅療養中の介護費用について自宅療養中の介護としては,公的制度として,身体障害者福祉法17条の4又は同条の6の自宅介護サービス(デイサービス等)を受けることができ,原告A1の場合には所得がなく利用自己負担額はなしで受けられる。 自宅療養中の介護費の過去分及び将来分についてはかかる公的制度の利用を斟酌すべきである。 (2) 後遺障害逸失利益についてア 生活費控除について遷延性植物状態の患者の逸失利益の算定の上で,生存生活上の必要経費は治療費・介護費・介護雑費であるが,往診医療費・入院治療費の自己負担分は全額免除され,自宅療養中の介護費用は公的制度の活用により軽減され,入院中の付添介護は病院の完全介護システムにより不要であることなど,介護費及び介護雑費については全額別途損害計算で填補されており,結局,一般通常人に必要とされる生活費は要しない状態にあり,死亡の場合の逸失利益算定に準じる。 よって,原告A1の逸失利益の算定に際しては,50%の生活費控除をすることが衡平の理念に合致する。 ,結局,一般通常人に必要とされる生活費は要しない状態にあり,死亡の場合の逸失利益算定に準じる。 よって,原告A1の逸失利益の算定に際しては,50%の生活費控除をすることが衡平の理念に合致する。 イ 逸失利益算定の基礎収入について原告らは,原告A1の逸失利益算定の基礎収入として,賃金センサス平成10年第1巻第1表産業計企業規模計高卒男子労働者全年齢平均年収528万8800円を主張するが,誤りである。 (ア) 原告A1は,飲食業(炉端焼)を自営し,Nの外に従業員5名(月額給与合計63万円,年額合計756万円)を雇っていたとのことであるが,確定申告は行わず,甲C第21号証の1,2で収入が試算されている。 しかしながら,以下のとおり,上記試算は不正確である。 まず,粗利率は,総務省の統計では,従業員数2.81人規模で58.9%であるのに対し,従業員5人で73.38%(甲C21の1)又は70.82%(甲C21の2)と不自然に高率を示している。 炉端焼という生鮮食品を売り物とする場合には,ネタが日持ちしないことで売上原価が高率となるのが常識であることを考えれば,試算表の粗利率は一層異常に高い。 また,営業利益率も,統計では,従業員2.81人と人件費が少ない規模で23.6%,従業員5人規模で14.9%,近畿圏で15%と報告されているのに対し,試算表では従業員5人規模にもかかわらず,営業利益率は30.28%(甲C21の1),又は23.56%(甲C21の2)と統計値から著しく乖離した異常高値を示している。 以上のとおり,これらの試算表の粗利率及び営業利益は信憑性がなく,仮に甲C第21号証の1の売上(7.5か月)1757万円に,従業員5人規模の統計営業利益率14.9%を掛ければ,営業利益は7.5か月で261万円,12か月で417万円となる。甲 利益は信憑性がなく,仮に甲C第21号証の1の売上(7.5か月)1757万円に,従業員5人規模の統計営業利益率14.9%を掛ければ,営業利益は7.5か月で261万円,12か月で417万円となる。甲C第21号証の2の売上(7.5か月)1602万円で同様に試算すれば,営業利益は12か月で380万円となる。 したがって,逸失利益算定の基礎収入は,原告らの立証が極めて不十分であるから,控えめに年額380万円で算定すべきである。 (イ) 仮に,平均賃金を算定の基礎とするならば,原告らの主張する学歴別全年齢平均賃金は,東京・大阪・名古屋地裁各交通部の協議会での協議結果のとおり,幼児・学生など若年者に適用する場合であり,原告A1のような成人の有職者には年齢別平均賃金が適用されることから,症状固定日当時の賃金センサス平成11年第1巻第1表産業計企業規模計高卒男子労働者30~34歳平均年収468万2100円を基礎として算定すべきである。 第7 当裁判所の判断 1 争点1(D医師の外来受診時における診断,転送義務)について(1) 別紙診療経過一覧表(C病院)の事実に,証拠(甲A3,乙A1,4,5,証人N,同D)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 ア 原告A1は,8月13日午後6時30分ころ,身体の震え,咽頭部痛等を訴えて,C病院を受診したところ,同病院のO医師は,感冒,咽頭炎,扁桃炎と診断し,抗生物質及び補液の点滴と解熱剤(座薬)を投与した。 イ 原告A1は,一旦帰宅したものの,呼吸困難を覚えて,同日午後9時20分ころ,再度C病院を受診した。同病院の当直医であったD医師が診察したところ,38℃の発熱と,中等度の呼吸困難があり,扁桃に軽度の腫脹があることを認めたが,原告A1の他のバイタルサインが正常であること,肺の聴診音には異常はなく, 病院の当直医であったD医師が診察したところ,38℃の発熱と,中等度の呼吸困難があり,扁桃に軽度の腫脹があることを認めたが,原告A1の他のバイタルサインが正常であること,肺の聴診音には異常はなく,呼吸音は清明であること,発声障害,笛声音及びチアノーゼはなかったこと等から,扁桃よりも奥の喉頭蓋を診察し得なかったこともあり,急性喉頭蓋炎の疑いは持たず,両側の扁桃腺腫大による呼吸困難であると診断した。 そして,D医師は,上記の診断に基づき,同日午後6時30分の初診時に,抗生物質の点滴投与をしていたことから,この時点で抗生物質を投与することはせず,浮腫を軽減させるためにステロイド剤であるソルコーテフ200㎎を点滴した上で,経過観察をするために原告A1を入院させた。 (2) 原告らは,D医師は,8月13日午後9時20分ころ,原告A1を診察して,①咽頭部痛,②中等度の呼吸困難,③発熱(38℃),④全身倦怠,⑤発汗等の症状を認め,喉頭部に炎症が及んでいる可能性を考えたのであるから,頸部側面のレントゲン撮影や血液検査等を実施して,急性喉頭蓋炎であると診断すべきであるのに,検査をすることなく安易に扁桃腺腫大による上気道閉塞であると確定診断したものであり,仮にD医師が耳鼻咽喉科については専門外であることや診療条件が悪いこと等から,喉頭部の腫脹につき確定診断をなし得なかったとしても,この時点で原告A1を耳鼻咽喉科の専門医のいる和歌山医大病院等に転送すべきであったと主張するので,以下検討する。 8月13日午後9時20分ころの時点での原告A1の上記呼吸困難等の症状は,その後の和歌山医大病院での診断結果等に照らせば,急性喉頭蓋炎による症状であったといえるが,前記認定の事実によれば,当直医であったD医師は,急性喉頭蓋炎の疑いは持たず,扁桃腺腫大による上気道閉塞と診 その後の和歌山医大病院での診断結果等に照らせば,急性喉頭蓋炎による症状であったといえるが,前記認定の事実によれば,当直医であったD医師は,急性喉頭蓋炎の疑いは持たず,扁桃腺腫大による上気道閉塞と診断したものである。 しかしながら,扁桃炎の症状は,急性喉頭蓋炎の症状と類似した点もある上,急性喉頭蓋炎は,日本では発症例が少なく(前記第4の医学的知見,証人D),しばしば咽頭炎と誤診されることがあるとされていること(丙B5),C病院は,胃腸肛門科を主としており,しかも,診察の行われたのは,盆の8月14日の午後9時過ぎで,当直医であるD医師しかいない時間帯であったこと(前記(1)の事実)等を考慮すると,消化器外科が専門であり,耳鼻咽喉科の領域の疾患である急性喉頭蓋炎についての知識は余りなかったことがうかがえるD医師(証人D)が,午後9時20分ころの時点における原告A1の症状をもって,扁桃腺の腫大による上気道閉塞と診断し,急性喉頭蓋炎を疑わなかったとしても,一概に非難することはできないというべきである。したがって,D医師が,この時点で急性喉頭蓋炎を疑って,頸部レントゲン検査や血液検査を実施し,それにより急性喉頭蓋炎と診断すべきであったとまではいえない。 そして,D医師は,上記の診断をした上で,前記認定のとおり,ステロイド剤であるソルコーテフ200㎎を点滴した上で,経過観察をするために原告A1を入院させたものであるが,この時点での原告A1の症状は,中等度の呼吸困難はあったものの,体温以外のバイタルサインは正常であり,肺の聴診音には異常はなく,呼吸音は清明で,発声障害,笛声音及びチアノーゼもなかったことに照らすと,この段階で,気道確保のための処置をしたり,あるいは和歌山医大病院等へ転送して耳鼻咽喉科の専門医による診察を受けさせなければならない程の 明で,発声障害,笛声音及びチアノーゼもなかったことに照らすと,この段階で,気道確保のための処置をしたり,あるいは和歌山医大病院等へ転送して耳鼻咽喉科の専門医による診察を受けさせなければならない程の緊急性があったとまではいえない。そして,前記第4の医学的知見によれば,D医師が行った上記のような治療方法は,急性喉頭蓋炎の治療法としても妥当するものであるから,D医師が上記のような治療をした上で経過観察のため入院させたこと自体は,必ずしも医療水準に反した処置とはいえないというべきである。 2 争点2(D医師の経過観察義務)について(1) 前記のとおり,経過観察の措置自体は不適切であったとはいえないが,経過観察を行うに際しては,D医師には,以下のような注意義務があるというべきである。 すなわち,前記第4,2の医学的知見によれば,口蓋扁桃炎のうち扁桃周囲炎・扁桃周囲膿瘍については,喉頭蓋,声門に炎症が波及した場合には,呼吸困難をきたす可能性があるが,急性扁桃炎については,呼吸困難や気道閉塞を生ずる可能性はほとんどないとされているところ,D医師が診察した時点では,扁桃の軽度の腫脹にとどまり,中等度の呼吸困難をおこすような扁桃の状態ではなかったことがうかがえる。そして,D医師自身,診察できた範囲では扁桃腺の腫脹しか確認できなかったので,感冒,扁桃炎,咽頭炎と診断したが,診察できない喉頭部の炎症性疾患も念頭にあったというのであるから(乙A5,証人D),D医師は,原告A1の呼吸困難の原因が扁桃炎によるものではない可能性も視野に入れて,看護師に対し,原告A1の呼吸状態等について注意深く観察し,原告A1の呼吸困難の程度が進行したような場合には,速やかに詳細を報告するよう指示し,その報告如何によっては自ら診察すべき義務があったというべきである。 (2) 呼吸状態等について注意深く観察し,原告A1の呼吸困難の程度が進行したような場合には,速やかに詳細を報告するよう指示し,その報告如何によっては自ら診察すべき義務があったというべきである。 (2) そこで,D医師が上記の注意義務を尽くしたか否かについて検討するに,別紙診療経過一覧表(C病院)に,証拠(甲A3,乙A1,5,証人N,同D)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告A1は,8月13日午後10時ころに入院した直後から,ヒューヒューという狭窄様の呼吸音を伴う強い呼吸困難と咽頭痛があり,D医師は,看護師に対し,バイタルサインのチェックを指示したこと,同月14日午前0時ころ,ナースコールにより看護師が訪室したところ,強い咽頭痛の訴えがあったことから,D医師の指示によりソルコーテフ200㎎の点滴を行ったが,その際,体温を測ったところ,37.1℃であったこと,原告A1は,上記点滴が行われた後には,少し呼吸状態が楽になるものの,すぐに元の呼吸困難の状態に戻り,同日午前1時45分ころ,再びナースコールにより看護師が訪室したところ,狭窄様の呼吸で,強い呼吸困難の訴えがあったことから,D医師の指示によりソルコーテフ200㎎の点滴を行ったこと,同日午前2時30分ころにもナースコールがあり,強い呼吸困難と咽頭痛の訴えがあったことから,D医師の指示によりボルタレン座薬を投与したが,ボルタレン坐薬によっても,咽頭痛は軽快しなかったこと,原告A1は,一時的にまどろむことはあったが,息苦しさから飛び起きることを繰り返すような状況にあり,同日午前6時ころのナースコールにより看護師が訪室したところ,狭窄様の呼吸で強い呼吸困難の訴えがあったため,D医師の指示によりボルタレン座薬を投与したこと,D医師は,ナースコールにより訪室した看護師からの電話連絡で原告A1の状態につい 護師が訪室したところ,狭窄様の呼吸で強い呼吸困難の訴えがあったため,D医師の指示によりボルタレン座薬を投与したこと,D医師は,ナースコールにより訪室した看護師からの電話連絡で原告A1の状態について報告を受けていたが,自ら訪室して原告A1を診察したことはなかったこと,が認められる。 (3) 以上認定の事実によれば,D医師は,看護師から,電話で原告A1の状態について報告を受けていたのであるから,入院後ステロイド剤のソルコーテフを3回に分けて合計600㎎投与したにもかかわらず,入院後8時間経過した8月14日午前6時の時点においても呼吸状態には改善がみられず,ヒューヒューという狭窄様の呼吸音を伴う強い呼吸困難と咽頭痛が8時間以上継続していたことを認識していたというべきである。 そして,以上の点に加え,D医師は,本件当時,扁桃の腫脹は軽度であったことなどから,喉頭部の炎症性疾患も念頭にあった上(乙A5),急性喉頭蓋炎についての教科書的知識はあり,重症例では呼吸困難が急速に進行し,その場合は気道確保が救命の唯一の手段であることを認識していた旨証言していること等を併せ考慮すると,D医師は,遅くとも8月14日午前6時の時点までには,原告A1を自ら直接診察して,急性喉頭蓋炎の診断まではできなかったとしても,同人の呼吸困難はC病院で対処できるような口蓋扁桃炎によるものではなく,その下部にある喉頭部の腫脹による気道狭窄によるものではないかという疑いを持つべきであったといわなければならない(後記認定のとおり,和歌山医大病院のH医師の診察によれば,扁桃には異常が認められなかったというのであるから,この時点で診察しておれば,扁桃炎の程度は,原告A1の上記のような呼吸困難をもたらすものではないと判断し得たと考えられる。)。そして,前述したとおり 桃には異常が認められなかったというのであるから,この時点で診察しておれば,扁桃炎の程度は,原告A1の上記のような呼吸困難をもたらすものではないと判断し得たと考えられる。)。そして,前述したとおり,ステロイド剤の点滴にもかかわらず,症状の改善がみられないこと等をも併せ考慮すると,さらに症状が悪化すれば,気道閉塞に至る可能性を予見できたというべきであるから,この時点で自ら頸部のレントゲン撮影をして気道の状態を診断し,気道確保の準備をするか,それができないのであれば,呼吸困難の原因の鑑別,原告A1の呼吸状態の改善,気道確保等を目的として,耳鼻咽喉科の専門医がいる和歌山医大病院等へ搬送すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った過失があるというべきである。 これに対し,D医師は,原告A1の入院後の状態について,看護師から,呼吸を苦しがっているとか,咽頭痛が強いなどと電話で報告を受けていたものの,看護師から特に診察が必要であるとの要請もなかったことなどから,看護記録の記載(乙A1p18)程には重症ではないと判断したと証言する。 しかしながら,D医師は,8月14日午前1時45分の狭窄様の呼吸であるとの報告は聞いていないが,他は概ね看護記録の記載どおりの報告があったと証言しており,同医師の証言を前提としても,原告A1の症状の推移に照らすと,呼吸困難の程度は改善どころか進行し,重症化していると考えるのが普通であるから,たとえ看護師から診察が必要であるとの要請がなかったとしても,医師としては,看護師の判断に任せるのではなく,自ら診察して原告A1の状態を把握すべきであったのにこれをせず原告A1が重症ではないと判断したことには,過失があるといわざるを得ない。また,仮に看護師の報告が不十分なため,そのように判断し得なかったとしても,前記( 1の状態を把握すべきであったのにこれをせず原告A1が重症ではないと判断したことには,過失があるといわざるを得ない。また,仮に看護師の報告が不十分なため,そのように判断し得なかったとしても,前記(1)のとおり,看護師に対し,原告A1の呼吸状態について厳重に経過観察するよう指示しておれば,看護師から原告A1の呼吸状態についてより正確な報告がなされていたと考えられるから,D医師は,看護師への指示義務に違反していたということになる。 被告Bは,また,E医師が8月14日午前8時35分に診察した時点においても直ちに気管内挿管をしなければならないとは判断しなかったこと及び同日午前9時20分に転送先の和歌山医大病院に到着後も直ちに気管内挿管されることがなかったことから,D医師が直ちに気管内挿管等の気道確保をしなければならない状態に立ち至っていると判断しなかったことが誤りとはいえないと主張する。 しかしながら,後述するとおり,転送先の和歌山医大病院に到着した段階で,一刻を争って気道確保をしなければ窒息するというような状態にまでは至っていなかったというだけであって,原告A1の呼吸困難の程度はそれ程余裕のある状態ではなかったというべきである。そして,前述したとおり,D医師は,原告A1の臨床症状や治療経過等から,呼吸困難が悪化し,気道閉塞に至ることは予見できたのであり,しかも,ひとたび気道閉塞に陥れば,重大な結果が生じることが予想されるのであるから,医師としては,たとえ診察した時点では,直ちに気管内挿管等をしなければならない状態ではなかったとしても,患者の臨床症状や治療経過等から,症状の悪化が予想される場合には,気道閉塞に備えいつでも気道確保ができるようにその準備はしておく必要があるというべきである(乙B1,9〔丙B11も同じ。〕参照)。したがって 症状や治療経過等から,症状の悪化が予想される場合には,気道閉塞に備えいつでも気道確保ができるようにその準備はしておく必要があるというべきである(乙B1,9〔丙B11も同じ。〕参照)。したがって,D医師は,遅くとも8月14日午前6時の時点までには,気道閉塞して窒息状態に陥ることに備えていつでも気道確保ができるように自らその準備を整えるか,あるいは耳鼻咽喉科の専門医のいる病院に転送すべきであったというべきである。したがって,被告Bの上記主張は採用できない。 (4) 以上要するに,D医師は,8月13日午後9時20分ころから午後10時ころまでの時点で,原告A1の呼吸困難の原因が扁桃腺の腫大によるものではない可能性を視野に入れつつ,原告A1を看護する看護師に対して,原告A1の呼吸状態等について厳重に経過観察し,もし原告A1の呼吸困難の程度が進行したのであれば,速やかに詳細をD医師に報告するように指示すべきであり,さらには,遅くとも同月14日午前6時の時点までには,原告A1を自ら診察し,原告A1の呼吸困難は,C病院で対応できるような通常の口蓋扁桃炎によるものではないと診断して,気道確保の準備を整えるか,あるいは呼吸困難の原因の鑑別,原告A1の呼吸状態の改善及び気道確保等を目的として,耳鼻咽喉科の専門医がいる和歌山医大病院等への搬送を実施すべきであった。 しかるに,D医師は,看護師からの報告を受けたにもかかわらず,自ら診察することを怠った結果,その判断を誤り,原告A1を専門医がいる和歌山医大病院等へ搬送するなどしなかったのであり,また,その原因が看護師からの報告が不十分であったことにあるとすれば,それは,看護師に対する指示が不十分であった結果であって,いずれにしてもD医師に過失があるといわざるを得ない。 3 争点5(C病院の医師の過失と原告A1 からの報告が不十分であったことにあるとすれば,それは,看護師に対する指示が不十分であった結果であって,いずれにしてもD医師に過失があるといわざるを得ない。 3 争点5(C病院の医師の過失と原告A1の後遺障害との間の因果関係)について前記2のとおり,D医師の診療行為には過失があるところ,同過失がなければ,原告A1は,少なくとも2時間程度早く和歌山医大病院に転送されていたことになる。そして,G医師が,もっと早期に転送を受けていれば,本件とは違った措置をとることができたと証言していることに照らすと,同病院において余裕をもって気道確保を行うことができたと考えられ,その結果,原告A1が低酸素脳症に陥ることはなかったといえるから,D医師の上記過失と原告A1が現在植物状態となっていることとの間には相当因果関係があるというべきである。 この点,被告Bは,C病院の医師が和歌山医大病院等への転送を早期に実施しなかったことと,原告A1が心肺停止になって低酸素状態に陥り,現在のような状態になったこととの間には因果関係がないと主張するが,前述したとおり,D医師の過失により転送までに時間が経過したことによって,和歌山医大病院において緊急にミニトラックによる気道確保を行わなければならなくなり,その結果,後述するとおり,原告A1が低酸素脳症に陥ったというべきであるから,因果関係がないとはいえない。 以上によれば,D医師は,不法行為責任を負うというべきである。 4 被告Bの使用者責任について前記認定の事実によれば,D医師は,被告Bの被用者であり,同被告の事業の執行として診療を行ったというべきであるから,被告Bは,原告ら主張のその余の過失について判断するまでもなく,使用者責任を負い,原告A1に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。 5 争点6(G医師 執行として診療を行ったというべきであるから,被告Bは,原告ら主張のその余の過失について判断するまでもなく,使用者責任を負い,原告A1に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。 5 争点6(G医師及びH医師の気道確保義務)について(1) 別紙診療経過一覧表(和歌山医大病院)の事実に,証拠(甲A3,4,乙A1,2の3,6,7,8の3,丙A1ないし4,7ないし11,17,19ないし23,証人N,同E,同F,同M,同G,同H〔第1回〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 ア C病院のE医師は,8月14日午前8時35分ころ,和歌山医大病院の救急外来の当直医であったM医師に,扁桃炎で呼吸困難の患者がいるので受け入れてほしい旨電話で要請したところ,了承を得たので,C病院のF医師が同乗して,原告A1を救急車で和歌山医大病院に搬送し,午前9時20分ころ同病院に到着した。 イ 救急車内での原告A1の状態は,呼吸数18回/分(正常範囲),血圧131/82(正常範囲),脈拍数111/分(頻脈),血中酸素飽和度97%(正常範囲)であった。原告A1は,酸素マスクによる酸素の投与を受けており,起座呼吸ではあったが,呼吸苦で暴れるようなことはなく,意識状態は清明で,身振りをまじえて意思疎通をすることは可能であった。 ウ 原告A1は,和歌山医大病院に到着後直ちに救急処置室に搬入され,救急外来の当直医であったG医師が,診察したところ,意識は清明であったが,声は出にくく,かなりの呼吸困難(起座呼吸)があり,聴診で気道の狭窄音を聴取した。また,体温は37℃,脈拍は120~130と頻脈で,血圧は139/75とほぼ正常であった。そこで,G医師は,心電図,酸素飽和度モニターを装着して毎分3リットルでマスク酸素吸入を開始し,静脈ルートを確保したが,酸素飽和度 脈拍は120~130と頻脈で,血圧は139/75とほぼ正常であった。そこで,G医師は,心電図,酸素飽和度モニターを装着して毎分3リットルでマスク酸素吸入を開始し,静脈ルートを確保したが,酸素飽和度は,98~100%で安定していた。 G医師は,扁桃炎による呼吸困難の症状があり,上気道閉塞の解除と扁桃炎の根治を目的として転送する旨記載されたF医師持参のC病院の紹介状を読んだ上で,F医師に対し,引き継ぎのための質問をしたが,詳しい説明はなかった。 和歌山医大病院救急・集中治療部では,救急患者の全身状態を把握するために,原則として,救急患者全例に胸部・腹部単純レントゲン撮影を行っているところ,G医師は,上記の原告A1の状態から,一刻を争って直ちに緊急気道確保をしなければならないような差し迫った状態ではないと判断し,胸部・腹部単純レントゲン撮影を指示した。 エ 和歌山医大病院の耳鼻咽喉科医であるH医師は,同日午前9時40分ころ,救急外来に行き,G医師から,原告A1について,咽頭痛と呼吸困難でC病院から紹介された患者で,上気道の閉塞が疑われるとの説明を受け,また,原告A1の呼吸状態について,仰臥位になると呼吸困難が増悪するが,座位で100%酸素マスクで酸素飽和度は維持できるとの説明を受けた。H医師は,前記C病院の紹介状にも目を通した上で,原告A1の口腔内を額帯鏡で診察したところ,扁桃には異常がなかったので,喉頭病変を疑い,午前9時45分ころ,喉頭ファイバーで喉頭を観察したところ,喉頭蓋の著明な発赤と腫脹があり,声帯が全く確認できない程声門を閉塞していたので,急性喉頭蓋炎と診断した。 オ H医師は,午前9時55分ころ,喉頭蓋の炎症を軽減させる目的でステロイド剤(ソルメドロール500㎎)を点滴内投与するとともに,声門下や下気道の状況を調べるため たので,急性喉頭蓋炎と診断した。 オ H医師は,午前9時55分ころ,喉頭蓋の炎症を軽減させる目的でステロイド剤(ソルメドロール500㎎)を点滴内投与するとともに,声門下や下気道の状況を調べるために頸部レントゲン撮影の指示をした。 そして,H医師は,気道確保の必要性があると判断したが,前記のとおり,喉頭蓋の著明な腫脹があり,声帯が全く確認できない程声門を閉塞していたことから,経口挿管は困難と考え,迅速かつ半座位でも簡便に行えるミニトラックによる気道確保を選択した。 カ 胸部・腹部単純レントゲン撮影及び頸部正面・側面レントゲン撮影は,別紙診療経過一覧表(和歌山医大病院)のとおり,午前10時6分ころから午前10時13分ころにかけて行われた。なお,頸部側面レントゲン写真の所見では,喉頭蓋の著明な腫脹と声門上部完全閉塞が認められた。 キ H医師は,原告A1に対し,気道確保を行うことを説明した上,午前10時15分ころ,ミニトラックによる緊急気道確保を開始した。 (2) 原告らは,G医師及びH医師は,8月14日午前9時45分ころ,原告A1の声門が見えない程上気道が閉塞し,極めて強い呼吸困難を訴えていた上,急性喉頭蓋炎であると確定診断した以上,直ちに気管内挿管あるいは気管切開等によって気道を確保すべきであり,同日午前10時6分から午前10時13分にかけての頸部レントゲン撮影,胸部・腹部レントゲン撮影は,いずれも不必要であったと主張する。 そして,鑑定人Pの鑑定意見(平成14年11月10日付け鑑定書,口頭での鑑定意見の陳述及び平成15年8月5日付け補充鑑定書を総称して,以下「鑑定結果」ないし「鑑定意見」という。)も,喉頭ファイバー検査で,喉頭蓋の著名な腫大,浮腫が認められている上,咽頭や喉頭の炎症が気管に及ぶことは極めてまれであるから,急性喉頭 定書を総称して,以下「鑑定結果」ないし「鑑定意見」という。)も,喉頭ファイバー検査で,喉頭蓋の著名な腫大,浮腫が認められている上,咽頭や喉頭の炎症が気管に及ぶことは極めてまれであるから,急性喉頭蓋炎と診断するには喉頭ファイバー検査のみで十分であり,前夜半から早朝にかけてのC病院入院時における原告A1の呼吸困難の状況や,ミニトラック穿刺中に呼吸停止をきたしたこと等から,原告A1の呼吸困難は限界に近く,時間的な猶予はほとんどなかったと考えた方が妥当であり,レントゲン検査を省略しても可及的早期に気道確保を行うべきであった,というものである。 (3) そこで検討するに,一般に,救急診療においては,患者についての情報が少ない中で,限られた時間内にでき得る限りの情報を的確に収集して患者の状態を把握し,適切に対処することが求められていることから,医師は,限られた時間内に,どのような検査と治療を行うかの高度な判断を迫られているといえる。 ア これを本件についてみるに,前記認定のとおり,C病院からの紹介状や電話では,C病院入院中における詳細な症状の経過や検査データ等は明らかではなく,扁桃炎による呼吸困難の症状があるという程度の情報しかなかったのであるから,和歌山医大病院に搬送された時点での原告A1についての情報は,乏しかったというべきである。 そうすると,和歌山医大病院でのH医師の喉頭ファイバー所見で,喉頭蓋の発赤,腫脹が認められ,急性喉頭蓋炎と診断されたことにより,原告A1の呼吸困難の原因は,急性喉頭蓋炎による上気道閉塞にあることは予想されたものの,原告A1についての情報が少ない中で医師が適切な治療を行うためには,緊急性と検査に要する時間との兼ね合いもあるが,胸部・腹部レントゲン撮影によって,心疾患や肺疾患の有無等を調べるなどして,その全身状態を 1についての情報が少ない中で医師が適切な治療を行うためには,緊急性と検査に要する時間との兼ね合いもあるが,胸部・腹部レントゲン撮影によって,心疾患や肺疾患の有無等を調べるなどして,その全身状態を把握しておいた方が望ましいといえる(丙A30〔和歌山医大救急・集中治療部教授Qの意見書〕,丙A32〔R大学救急・災害医学教授Sの意見書〕,丙A33〔T大学名誉教授Uの意見書〕)。 また,喉頭ファイバー検査は,経口的に行われるために声門までしか観察できず,声門下の状態が確認できないことから,気道確保の手技の選択,方法等を判断するためには,頸部正面・側面レントゲン撮影により,声門下及び下気道の浮腫の有無・程度,同各部位の変形,奇形の有無を確認する必要があることも否定できないというべきである(丙A29〔和歌山医大耳鼻咽喉科教授Vの意見書,Q意見書,S意見書,U意見書,丙A35〔W病院手術部長Xの意見書〕)。この点について,P鑑定人は前記のような鑑定意見を述べるが,咽頭や喉頭の炎症が気管に及ぶことが極めてまれであるとしても,それは一般論であって(S意見書),原告A1についてその可能性がないとまではいえないし,気管の炎症が喉頭に及ぶことはしばしばみられること(U意見書),そして,仮に下気道にまで炎症が及んでいた場合には,気道確保の方法を再検討する必要も出てくること(証人G)等に照らすと,頸部正面・側面レントゲン撮影の必要性があることは否定できないというべきである。 イ もっとも,原告A1の気道閉塞の危険が差し迫っており,直ちに気道確保をしなければ,生死にかかわると判断される場合には,上記のレントゲン撮影を省略して直ちに気道確保をすべきであると考えられるところ,前記認定のとおり,喉頭蓋の著明な腫脹があり,声帯が全く確認できない程声門を閉塞している にかかわると判断される場合には,上記のレントゲン撮影を省略して直ちに気道確保をすべきであると考えられるところ,前記認定のとおり,喉頭蓋の著明な腫脹があり,声帯が全く確認できない程声門を閉塞していることにより,原告A1が呼吸困難を強く訴えていたことからすれば,必ずしも余裕がある状態ではなく,P鑑定人の鑑定意見のような見解もあり得るところである。 しかしながら,前述したとおり,和歌山医大病院に搬送された時点での原告A1についての情報は限られていたところ,同時点における原告A1の意識は清明であり,血圧も139/75と安定し,呼びかけしてもうなずいたり手振りで反応することが可能であったこと,呼吸は起座呼吸とはいえ,毎分3リットルの酸素マスク下で酸素飽和度は98%から100%で安定していたこと等に照らすと,G医師やH医師らが,上記のレントゲン撮影を行うだけの時間的余裕はあり,これを省略して直ちに気道確保をしなければならない程,呼吸困難の程度が逼迫していると判断しなかったとしても,必ずしもその判断が誤りであったとはいえない(V意見書,Q意見書,S意見書,U意見書)。そして,後述するとおり,ガイドワイヤーの自己抜去,出血という事態が生じなければ,気道確保に成功していたと認められることからすると,上記のレントゲン撮影を行ったことが気道確保の遅れにつながったとはいえず,事後的客観的にみても,G医師やH医師らの判断に誤りはなかったというべきである。 (4) 以上によれば,G医師及びH医師が,原告A1の胸部,腹部及び頸部の各レントゲン撮影を行った後に,気道確保を試みたことは,医師の裁量の範囲内というべきであり,債務不履行ないし過失があるとはいえない。 6 争点7(G医師及びH医師の抗不安剤等の投与義務)について(1) ミニトラックによる緊急気道確保時の状 試みたことは,医師の裁量の範囲内というべきであり,債務不履行ないし過失があるとはいえない。 6 争点7(G医師及びH医師の抗不安剤等の投与義務)について(1) ミニトラックによる緊急気道確保時の状況は,後記7において認定するとおりであるが,別紙診療経過一覧表(和歌山医大病院)の事実に,証拠(丙A20,21,証人M,同G,同H〔第1回〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告A1が和歌山医大病院に搬送されてからガイドワイヤーを自己抜去する直前ころまでは,意思疎通を行うことができ,興奮したり暴れたりすることはなかったが,カニューレを挿入しようとした時に体動が激しくなって,ガイドワイヤーを自己抜去し,自己抜去後は呼吸困難が増悪し,体動が一層激しくなったことが認められる。 (2) この点,原告らは,原告A1が激しく体を動かす程の抵抗力を有していたのであるから,G医師及びH医師は,ジアゼパム等の抗不安剤を投与し,あるいは,筋弛緩剤を使用する等して,鎮静状態を得てから,輪状甲状間膜穿刺を行うべきであったと主張する。そして,C病院のE医師も,個人的見解であるとしながらも,同病院では,体動が激しいと予想される患者に対しては,ジアゼパムなどのマイナートランキライザーを使用して鎮静させており,本件もこれを使用すればよかった旨証言し,同医師の陳述書(乙A6)及び同医師他2名の陳述書(乙A9)の記載も同旨である。 しかしながら,以下の理由により,かかる主張及び証言等を採用することはできない。 M医師の証言によれば,自発呼吸とは,自ら横隔膜を下げて胸腔内を陰圧にするとともに,声門を開くという協調的な動作によって,空気を体内に入れるという動作であるところ,自発呼吸を止めるとこのような協調性がなくなり,アンビューバッグによって空気を強制的に押し込んでも,自分で声門を もに,声門を開くという協調的な動作によって,空気を体内に入れるという動作であるところ,自発呼吸を止めるとこのような協調性がなくなり,アンビューバッグによって空気を強制的に押し込んでも,自分で声門を開かなくなり,強制換気,陽圧換気が困難になることが非常に多いことから,気道狭窄及び気道閉塞による呼吸困難の患者に対しては,なるべく自発呼吸を残してやることが重要であると考えられていることが認められる。 かかる医学的知見を前提として検討するに,証拠(乙B11,丙A20,21,丙B16,V意見書,Q意見書,S意見書,U意見書,X意見書,証人M,同G,同H〔第1回〕)によれば,鎮静剤は,呼吸抑制が強く,気道狭窄のある患者に対しては呼吸停止を招くことが非常に多いので,喉頭浮腫によって患者が興奮して暴れたりした場合であっても,救急の分野,とりわけ原告A1のような呼吸困難及び気道閉塞のある患者に対しての使用は禁忌とされていることが認められる。実際,鎮静剤であるバルビタールの能書(丙B17)には,鎮静剤には呼吸抑制作用があるため,呼吸機能が低下している患者には原則禁忌とされ,同じく鎮静剤であるジアゼパムの能書(丙B18)にも,作用が強く現れる衰弱患者及び静注時に無呼吸,心停止が起こりやすい呼吸予備力が制限されている患者に対しては,慎重投与とされており,同剤の使用の重大な副作用として,舌根の沈下による上気道閉塞が,また,呼吸器疾患に用いた場合,呼吸抑制が現れることがあるとされている。 また,証拠(乙B4,11,丙A20,21,丙B21,22,V意見書,Q意見書,S意見書,U意見書,X意見書,証人M,同G,同H〔第1回〕)によれば,筋弛緩剤は,鎮静剤以上に呼吸停止を招きやすく,確実に気管内挿管するのが困難であることが予想される場合に,筋弛緩剤を使用すると, S意見書,U意見書,X意見書,証人M,同G,同H〔第1回〕)によれば,筋弛緩剤は,鎮静剤以上に呼吸停止を招きやすく,確実に気管内挿管するのが困難であることが予想される場合に,筋弛緩剤を使用すると,自発呼吸をなくすことになり,極めて危険であるから,原告A1のような呼吸困難及び気道閉塞のある患者に対する使用は,全くの禁忌であることが認められる。実際,筋弛緩剤である塩化スキサメトニウムの能書(丙B19)には,使用時に呼吸停止を起こすことが非常に多いとされているし,同じく筋弛緩剤である臭化パンクロニウムの能書(丙B20)にも,重要な基本的注意として呼吸抑制を起こすので必ず調節呼吸を行うとされ,換気不全により患者の自発呼吸の再開が遅れることがあることから,呼吸困難及び気道閉塞のある患者に対しては慎重投与とされている。 そして,P鑑定人の鑑定意見も,筋弛緩剤やジアゼパムなどの鎮静剤は,程度の差はあるものの筋弛緩作用を持ち,舌根部を沈下させ,咽頭の筋緊張を緩めて気道を狭めるなど,呼吸困難を増強する副作用があることから,本件の場合,投与は避けた方がよいというものである。 これに対して,E医師は,ミニトラックによる気道確保の際に激しい体動が予想される患者には,ジアゼパムを使用することがあるとするが,一方で,一般的な見解としてはジアゼパムを呼吸困難の患者に対して使用することは原則的には禁忌であり,個人的な経験では使用しても大丈夫であると認識していたにすぎず,一般的な方法であるというわけではないと証言していることからすれば,あくまでも個人的な経験に基づくものであって,一般的に行われている方法とまではいえないというべきであるから,同医師の見解を採用することはできない。 (3) 以上によれば,原告A1については,自発呼吸を温存して緊急気道確保することが望ま あって,一般的に行われている方法とまではいえないというべきであるから,同医師の見解を採用することはできない。 (3) 以上によれば,原告A1については,自発呼吸を温存して緊急気道確保することが望ましく,呼吸抑制作用や呼吸停止作用を有する鎮静剤や筋弛緩剤を使用すべきではないといえるから,G医師及びH医師が,原告A1に対する緊急気道確保に際し,ジアゼパム等の鎮静剤や筋弛緩剤を使用しなかったことは適切であったというべきである。 なお,P鑑定人の鑑定意見の中には,患者を鎮静させ手術操作を容易にする上では,上記薬剤投与は有用であり,もしミニトラックによる気道確保中に呼吸停止が起こっても,脳に不可逆的な障害が起きない数分以内に気道確保が行えると判断した場合は,これらの薬剤を投与した方がよいとする部分もある。 しかし,上記認定事実のとおり,原告A1が,ミニトラックによる気道確保を行う時点までに興奮したり,暴れたりする兆候はみられず,あえて原告A1に対して上記薬剤を投与しなければならない事情はうかがえないし,Q意見書やS意見書にあるように,そもそも原告A1に対する緊急気道確保を確実に行えるという保証はないから,少なくとも本件は,上記薬剤を投与すべき場合に該当するということはできない。 したがって,G医師及びH医師に,原告ら主張の債務不履行ないし過失があるとはいえない。 7 争点8(H医師のミニトラックによる気道確保の手技の誤り)について(1) ミニトラックによる気道確保及び気管切開術の状況ア 別紙診療経過一覧表(和歌山医大病院)の事実に,証拠(丙A19ないし21,24,27,28,34,証人M,同G,同H〔第1,2回〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (ア) H医師は,G医師の介助のもとで,和歌山医大病院救急処置室において いし21,24,27,28,34,証人M,同G,同H〔第1,2回〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (ア) H医師は,G医師の介助のもとで,和歌山医大病院救急処置室において,8月14日午前10時15分ころから,以下のとおり,ミニトラックによる緊急気道確保の施術を開始した。 ① 半座位の体位にある原告A1の頸部をイソジンで消毒し,丸い穴のあいた覆布をかぶせ,輪状軟骨の下方の皮下に血管走行がないことを確認したうえ,横皮膚切開を入れるために,1%エピネフリン入りのキシロカインを血液の逆流のないことを確かめながら局注し,局所麻酔をした。 ② スカルペルで,輪状軟骨の下方の皮膚に約2,3㎝横切開を入れた(皮膚切開の位置については,後記イで詳しく判示する。)ところ,通常の皮膚切開に伴う程度の出血しかなかった。 ③ 原告A1が半座位のため,皮膚により視野を取ることができなかったので,H医師が皮膚の上方と下方をモスキート鉗子でつまみ,これをG医師が上下に引っ張った上で,筋肉を剥離して,視野を確保し,気管前壁を指先で確認した。 ④ ガイドワイヤーが喉頭の方へ向かないように,皮膚切開部分からやや斜め下方に向けて,穿刺針で第2・3気管輪間の輪状靱帯を穿刺し,シリンジに抵抗なく空気が入ってくることによって,気管内へ穿刺されていることを確認した。 ⑤ 穿刺針を留置して,シリンジだけを外し,ガイドワイヤーを穿刺針の中に通して,気管内へ挿入し,穿刺針だけを抜き取った。 ⑥ ガイドワイヤーに沿って,ダイレーターを気管内へ挿入して,穿刺孔を拡大した。 ⑦ ダイレーターだけを抜き取り,カニューレをガイドワイヤーに沿わせながら,気管内へ挿入しようとしたまさにその時,原告A1が突然暴れ出して,ガイドワイヤーを手で自己抜去した。 (イ) その際,同じ救急処置 イレーターだけを抜き取り,カニューレをガイドワイヤーに沿わせながら,気管内へ挿入しようとしたまさにその時,原告A1が突然暴れ出して,ガイドワイヤーを手で自己抜去した。 (イ) その際,同じ救急処置室内で事務処理のためコンピュータを操作していたM医師は,原告A1のいるベッドのあたりで,ベッドがきしむような音とか,大きな声が聞こえたので,原告A1の方へ向かい,H医師らに事情を聞くと,ガイドワイヤーが抜けたとのことであった。そこで,M医師は,気管内挿管をすることにしたが,声門はおろか喉頭蓋も十分観察することができなかったので,盲目的気管内挿管を試みたものの,原告A1に激しい体動が認められ,挿管に難渋した。 (ウ) 一方,自己抜去後,ミニトラック穿刺がなされていた箇所から,出血が始まり,M医師が挿管している間,押さえておかないとあふれてくる程の激しい出血があった。そのため,H医師は,穿刺部位の視野を確保できず,出血している皮膚切開部をガーゼで押さえながら,カニューレの再挿入を試みたが,ダイレーターで一旦広げた穿刺孔がすぼみ,かつ,出血で視認できず,カニューレを再挿入することができなかった。 (エ) そこで,気道確保のために18ゲージの注射針5本を穿刺して,そこから酸素を流し入れる処置を行うとともに,引き続き盲目的気管内挿管が試みられたが,挿管操作中に,原告A1は呼吸停止及び心停止となった。そのため,原告A1に対して,蘇生薬(ボスミン1mg,メイロン250mg)の点滴投与や心マッサージをしながら,盲目的気管内挿管が試みられた結果,午前10時35分に,M医師から代わったY医師によって気管内挿管が成功し,それにより原告A1の心拍動が再開し,心肺ともに蘇生した。 (オ) 同日,午前10時45分ころ,術者H医師,介者G医師により気管切開術を行った。その際 から代わったY医師によって気管内挿管が成功し,それにより原告A1の心拍動が再開し,心肺ともに蘇生した。 (オ) 同日,午前10時45分ころ,術者H医師,介者G医師により気管切開術を行った。その際,原告A1は仰臥位で,頸部伸展状態とし,1%エピネフリン入りキシロカインを局注し,局所麻酔した。 その後,H医師は,前記ミニトラック穿刺の際の皮膚切開線(約2~3㎝)をさらに横切開で約1~2㎝広げた。そして,メスで広頸筋と皮下脂肪を切離し,モスキート鉗子で前頸筋群を鈍的に左右に分けて剥離を進め,甲状腺峡部を露出・確認した。 次に,モスキート鉗子で甲状腺峡部を気管前壁から剥離し,コッヘル鉗子で峡部の左右を挟みメスで甲状腺峡部を切断して,甲状腺断端を縫合結紮し,第2~第4気管輪を視野に入れられるようにしたところ,第2・3気管輪間付近の気管前壁にミニトラック刺入痕があることを確認した。なお,その際,右の前頸静脈と右の上甲状腺動脈から出血が認められたので,絹糸で結紮した。 そして,上記ミニトラック刺入痕を中心に第2~第4気管軟骨間を十字切開して開窓し,同部位にカニューレを挿入し,午前11時20分ころ,気管切開術を終了した。 イ ミニトラックによる緊急気道確保を行った際の皮膚切開部位及びミニトラック穿刺部位(ア) この点については,以下の証拠がある。 ① 和歌山医大病院のカルテ(丙A4・p3)には,「やや仰臥位で輪状軟骨よりやや下方で横切を入れ,穿刺針を気管(第2,3)に刺入し」との記載がある。 ② H医師は,当初,その陳述書(丙A21)及び証言(第1回)において(以下,陳述書の記載と証言の両者を指すときは「証言等」という。),輪状甲状間膜穿刺を選択し,半座位の状態にある原告A1の頸部をやや伸展させて甲状軟骨を確認して,その下の輪状軟骨との間の )において(以下,陳述書の記載と証言の両者を指すときは「証言等」という。),輪状甲状間膜穿刺を選択し,半座位の状態にある原告A1の頸部をやや伸展させて甲状軟骨を確認して,その下の輪状軟骨との間の輪状甲状靱帯を確認し,その部位を中心に消毒して,皮膚に横切開を入れ,輪状甲状間膜を穿刺したとしていた。 ところが,その後,裁判所が,ミニトラックの穿刺部位について,上記カルテには第2・3気管輪と記載があることとの関係について釈明したところ,H医師は,その陳述書(丙A24,34)及び証言(第2回)において,穿刺部位は第2・3気管輪の輪状靱帯であると上記証言等を変更した。また,皮膚切開の位置については,丙A第28号証の陳述書には,第2・3気管輪間の輪状靱帯の正中付近の皮膚に横切開を入れたとの記載が,丙A第34号証の陳述書には,輪状軟骨の下方の皮膚に横切開を入れたとの記載がそれぞれあり,その証言では,輪状軟骨の下方,具体的な位置については記憶がはっきりしないが,第1気管輪ないし第2気管輪ぐらいの高さであったと思うというものである。 ③ P鑑定人は,皮膚切開の位置は,輪状軟骨下縁から第1気管輪にかけての高さであるとし,その根拠として,P鑑定人による原告A1の頸部の視診・触診(甲A6の1ないし6の11)によって,輪状軟骨右側より斜め下方に向かい,輪状軟骨下縁正中部を経て斜め上方に向かい輪状軟骨左側に至るややV字型の横切開が確認されたことを挙げる。 ④ V意見書は,P鑑定人が患者を観察した体位は仰臥位であるが,実際にミニトラックによる気道確保を行ったのは半座位であるところ,皮膚切開部分の瘢痕は,仰臥位では実際に皮膚切開を行った位置よりは頭側に移動するので,瘢痕からでは確実にどの高さで皮膚切開を行ったかは判定できないとする。 ⑤ Q意見書は,ガイドワイヤー等 るところ,皮膚切開部分の瘢痕は,仰臥位では実際に皮膚切開を行った位置よりは頭側に移動するので,瘢痕からでは確実にどの高さで皮膚切開を行ったかは判定できないとする。 ⑤ Q意見書は,ガイドワイヤー等の瘢痕はほとんど残らないし,気管切開術が行われた後では穿刺部位を瘢痕から特定することは困難であるとする。 ⑥ S意見書は,頸部の皮膚と気管・喉頭との結合は,非常に粗であり可動性に富んでいるから,気管穿刺時の輪状軟骨や気管輪と皮膚との位置関係は,穿刺部を固定する指で皮膚をどの程度移動させたか,患者が座位か仰臥位か等で2㎝前後のずれは容易に生じるし,創の治癒過程で生じる皮膚の癒着によって,穿刺部位と瘢痕の位置がずれる場合があるとする。 ⑦ U意見書は,V意見書やS意見書の内容と同旨であり,U意見書添付資料6による実験を行って,普通の頸部の位置と頸部を伸展させた位置では,8~16㎜程度移動することを明らかにし,皮膚の視診・触診所見のみから穿刺方向や穿刺部位を確定することは不可能であるとする。 (イ) そこで検討するに,確かにV意見書,S意見書及びU意見書に述べられているとおり,患者が仰臥位の場合,半座位で皮膚切開を行った位置よりは頭側に移動するから,P鑑定人が観察した頸部の瘢痕の位置関係を根拠に,皮膚切開の位置が,輪状軟骨下縁から第1気管輪にかけての高さであると断定することはできないが,上記カルテの記載やH医師の証言等を総合すると,皮膚切開の位置は,おおよそ輪状軟骨下縁から第1・2気管輪間くらいまでの高さであったと認めるのが相当である。 次に,ミニトラックを気管内に穿刺した部位は,H医師の証言(第2回)及びカルテ(丙A4)の記載によれば,第2・3気管輪間であると認められる。したがって,上記皮膚切開位置は,上記穿刺部位よりもやや上方であるということにな 気管内に穿刺した部位は,H医師の証言(第2回)及びカルテ(丙A4)の記載によれば,第2・3気管輪間であると認められる。したがって,上記皮膚切開位置は,上記穿刺部位よりもやや上方であるということになる。 ウ ミニトラック穿刺部位における甲状腺の有無(ア) この点について,被告和歌山県は,ミニトラックの穿刺部位に甲状腺は存在しないと主張するところ,これに沿う以下の証拠がある。 ① H医師は,原告A1の筋肉を剥離して気管前壁を確認した時には甲状腺に触れておらず,注射針で気管を穿刺した際にも甲状腺峡部をかすったかもしれないが,甲状腺そのものを刺した感覚はなかったと証言し(第2回),陳述書(丙A37)において,CT(丙A25の1,25の2)の所見について,後記のX意見書と同様の見解をとり,原告A1の第2・3気管輪間には甲状腺組織は存在しないとする。 ② X意見書は,CT(丙A25の1,25の2)のスライス18(丙A25の1の最下段3コマ目)の気管輪のくぼんだ部分は,気管輪と思われる硬性な構造物が局所的に陥没した所見であるから,同部分をミニトラック穿刺部位と想定するのが妥当であるとし,原告A1のミニトラック穿刺部位が第2・3気管輪間付近であること及び上記CTのスライス18が第2気管輪を中心とする第1から第3気管輪であることからすれば,スライス18の部位は,第2気管輪付近であるとしている。 そして,その位置関係を前提に,気管切開口が開口されているスライス19(丙A25の1の最下段4コマ目)は第3気管輪に相当する高さであるところ,同部位の高さまでは,甲状腺は左右に分離して存在し,気管の前面には認められず,スライス20(丙A25の2の1コマ目)にある第4気管輪付近で甲状腺峡部が切断されたものであるとする。 ③ 和歌山医大のV教授と同医大助教授との連名の 右に分離して存在し,気管の前面には認められず,スライス20(丙A25の2の1コマ目)にある第4気管輪付近で甲状腺峡部が切断されたものであるとする。 ③ 和歌山医大のV教授と同医大助教授との連名の陳述書(丙A38)は,甲状腺の形態は個人によって違いがあり,特に甲状腺峡部の形態は個人によってかなり違いがあるとした上で,上記CTのスライス20(第4気管輪相当の高さ)以降で甲状腺峡部を切除して左右に分けており,スライス22(第6気管輪相当の高さ)では甲状腺峡部を切除していないので左右に分かれていないことから,原告A1の甲状腺峡部の位置は,第4~第6気管輪相当の高さに存在していたと考えられるとしている。 (イ) 前記 ア,イの認定事実をもとに,上記①ないし③の証拠について検討するに,以下の理由により,H医師が気管切開をした部位は,第2~第4気管輪付近であり,上記CTのスライス18は,第2気管輪付近ではなく,第1気管輪付近を撮影したものである可能性が高いというべきである。 すなわち,カルテ(丙A3,4)や,H医師の証言(第2回)及び陳述書(丙A21,27,28,34)によれば,H医師は,第2~第4気管輪付近(ただし,丙A3及び21では第2・3気管輪間)を気管切開したとし,H医師は,それに沿って,CTの読影を行い,スライス18は第1気管輪を撮影したものであるとしていた(丙A26)。また,V意見書(特にp5)も第2・3気管輪間に気管切開を行ったことと丙B第32号証を引用して第2・3気管輪に甲状腺峡部があることを前提として意見を述べていた。 にもかかわわらず,X意見書が提出された後,H医師は,X意見書を解説する陳述書(丙A37)において,第3~第5気管輪付近を気管切開したとして気管切開の部位を変更し,V教授も,前記陳述書(丙A38)で,これと同旨の ず,X意見書が提出された後,H医師は,X意見書を解説する陳述書(丙A37)において,第3~第5気管輪付近を気管切開したとして気管切開の部位を変更し,V教授も,前記陳述書(丙A38)で,これと同旨の意見を述べ,原告A1の甲状腺峡部の位置は,第4~第6気管輪相当の高さに存在していたと考えられるとしている。 しかしながら,① H医師は,耳鼻咽喉科の専門医であるところ,自ら気管切開術を施行しており,気管切開の部位を誤ってカルテに記載したとは考え難いことである(むしろ,H医師は,本件訴訟において,「ミニトラックで輪状甲状間膜を穿刺したとずっと思っていたことから,カルテにミニトラック挿入術のこととして記載されている第2・3気管輪というのは気管切開の時の記載であると誤解していた。」旨証言している〔第2回〕。)。 また,② H医師は,本件訴訟に際して,上記CTを読影し,当然,スライス18の位置の気管輪にくぼみがあることを認識していたと考えられるところ,同医師の陳述書(丙A24)において,上記CTでは,ミニトラック穿刺の部位は確認できないとした上,上記CT解説(丙A26)において,スライス18は第1気管輪であるとしていることからすれば,X意見書が提出されるまで,スライス18の位置の気管輪のくぼみをミニトラック穿刺痕とは全く考えていなかったことを示すものというほかない。そして,V意見書についても,その作成に際して,当然,カルテやレントゲン,そして上記CTを検討したと考えられるところ,耳鼻咽喉科の専門医たるV教授が,スライス18の気管輪のくぼみに気づくことなく,意見書を作成したとは考え難いといわざるを得ない。 さらに,③ 前記認定の事実によれば,原告A1に対する気管切開は,ミニトラックによる気道確保の際の皮膚切開線を延長することで行われたものであると 意見書を作成したとは考え難いといわざるを得ない。 さらに,③ 前記認定の事実によれば,原告A1に対する気管切開は,ミニトラックによる気道確保の際の皮膚切開線を延長することで行われたものであるところ,ミニトラックによる気道確保の際には,半座位の姿勢で輪状軟骨下方から第2気管輪付近までのいずれかの位置で皮膚切開が行われ,気管切開の際には,仰臥位で頸部を伸展させて行っていることからすると,気管切開術の際の皮膚切開線は,H医師の証言(第2回)及び陳述書(丙A28)やU意見書等が指摘するとおり,ミニトラックによる気道確保の際よりも(U意見書によれば8~16㎜程度)上方に移動することとなるから,輪状軟骨直上よりやや上方から少なくとも第1気管輪直上付近の間となっていたと推認される。そして,このことは,H医師が,その陳述書(丙A28)において,「ミニトラック挿入時の皮膚切開線を横に約1~2㎝広げて皮膚や皮下結合組織(筋肉など)を筋鈎で上下方向(頭側と足側)にかなり引っ張って視野を取りましたが,気管切開は仰臥位で頸部を伸展させて行いましたので,皮膚切開線の高さが少し上方に上がり第2・3気管輪との高さにずれが生じて視野が取りにくかったことを覚えています。」と述べていることとも符合する。 そうすると,H医師は,輪状軟骨直上よりやや上方から少なくとも第1気管輪直上付近の間の位置から気管切開を行うことになるから,同位置に近接した第1気管輪から第2気管輪付近の位置から気管切開を行うのが自然であるし,気管切開として一般的に行われている上気管切開が第1・2気管輪間で,中気管切開が第2・3気管輪間でそれぞれ行われるのが通常とされていること(U意見書資料⑨,丙B39)とも符合するから,気管切開部位に関するH医師の上記陳述書の記載は信用性が高いというべきである。し 中気管切開が第2・3気管輪間でそれぞれ行われるのが通常とされていること(U意見書資料⑨,丙B39)とも符合するから,気管切開部位に関するH医師の上記陳述書の記載は信用性が高いというべきである。しかも,被告和歌山県の主張によれば,甲状腺峡部は,第2・3気管輪間にはなく,第4~第6気管輪に存在することになるのであるから,出血の点等を考慮すれば,なおさら上記のとおり一般的に行われている第2・3気管輪間で行う方が合理的であるにもかかわらず,あえて第3~第5気管輪を十字切開して気管切開を行ったということになるが,これは,上記文献(U意見書資料⑨)において,中気管切開術は,副損傷や合併症が少ない最も無難な術式であるのに対し,第3~第5気管輪を切開する下気管切開術は,カニューレの変換がしにくく,神経・血管の損傷,気胸等を起こしやすくなるので,現在はあまり行われていないということに照らしても,極めて不自然というほかない。 なお,X意見書は,上記スライス18の気管輪に認められるくぼみについて,「気管輪と思われる硬性な構造物が局所的に陥凹した所見である」として,これをミニトラック穿刺部位であるとみるのが相当であるという。確かに,同スライスの気管輪の形状は,通常とは異なっているが,ミニトラック穿刺以外に,原告A1の呼吸確保のために,18ゲージ針が5本も気管内に挿入されていること及び第1気管輪直上以上の位置から,気管切開術が行われていることからすると,スライス18の気管輪に認められるくぼみは,18ゲージ針の挿入や気管輪を十字切開したときなどのミニトラック穿刺以外の原因によっても十分に生じ得ると考えられるから,必ずしもミニトラック穿刺部位であるとはいえない。 以上によれば,X意見書の意見は採用できないし,これと同旨のH医師の上記証言等及びV教授らの上記 の原因によっても十分に生じ得ると考えられるから,必ずしもミニトラック穿刺部位であるとはいえない。 以上によれば,X意見書の意見は採用できないし,これと同旨のH医師の上記証言等及びV教授らの上記陳述書も,X意見書が提出されたことを契機として,同人の見解を自己に有利に援用して従前の見解を変更したものといわざるを得ず,採用することができない。 (ウ) 以上からすると,上記CTのスライス18の位置は,第1気管輪付近であって,スライス19が第2気管輪付近,スライス20が第3気管輪付近であると認めるのが相当である。 そして,少なくとも第2気管輪付近から下には甲状腺峡部が存在するのが解剖学的には通常であり(丙B32,33Ref9,44),前記認定のとおり,第2~第4気管輪付近で行われた本件気管切開術において,甲状腺峡部が離断され,上甲状腺動脈から出血がみられていること(P鑑定人の鑑定結果によれば,甲状腺を栄養する上甲状腺動脈は,甲状腺の前面を分枝を出しながら下内方に至り,正中部の甲状腺峡部で左右の動脈が連絡する走行をとることが認められる。)を総合すると,H医師がミニトラックを穿刺した第2・3気管輪間には,甲状腺峡部が存在していたと認めるのが相当である。 なお,スライス19ないし21では,甲状腺が左右に分離しているようにみえるが(丙A37,38),これは,気管切開のために甲状腺峡部を離断した後の影像と認められるから,前記認定に消長をきたすものではない。 以上によれば,H医師がミニトラックを穿刺した部位には,甲状腺峡部が存在するところ,前記認定のとおり,ミニトラック穿刺の際に,押さえておかないとあふれてくる程の激しい出血があったのは,ミニトラック穿刺によってこれを傷つけたことが原因であると認められる。 なお,H医師は,甲状腺そのものを穿刺した ,ミニトラック穿刺の際に,押さえておかないとあふれてくる程の激しい出血があったのは,ミニトラック穿刺によってこれを傷つけたことが原因であると認められる。 なお,H医師は,甲状腺そのものを穿刺した感覚がないと証言するが,そのような手の感覚がどの程度信頼性があるかはともかくとして,少なくとも甲状腺峡部を「かすった」可能性については認める証言をしているところである。 また,被告和歌山県は,H医師が甲状腺を穿刺していない理由として,皮膚切開を行って筋肉を剥離した場所に甲状腺が存在しなかったことを挙げるが,ミニトラック穿刺が,皮膚切開した位置からやや下方に向けてなされていること(前記認定)からすれば,仮に上記場所に甲状腺が存在しなかったとしても,H医師がミニトラック穿刺の際に甲状腺を穿刺することは十分考えられるから,必ずしも被告和歌山県の主張を裏付けることにはならない。 さらに,被告和歌山県は,出血原因は静脈うっ血であると主張するが,後述するとおり,甲状腺峡部等からの出血に静脈うっ血が加わって出血が増大したとみるのが相当であるから,H医師が甲状腺を穿刺していない根拠とはなり得ない。 (2) 以上認定の事実を前提として,本件穿刺法によって,緊急気道確保を行うことが医学的に許されるものであるかどうかについて検討する。 ア 被告和歌山県は,ミニトラックキットはセルジンガー法による気道確保の器具(セルジンガーキット)であるところ,セルジンガー法を基本手技とする経皮的気管切開術においては,第2・3気管輪間を穿刺することになっており,経皮的気管切開術よりも小さく気管壁の開窓を行うミニトラック穿刺はさらに安全性が高いと評価されること,ミニトラックキットのパンフレット(丙B1)及び取扱説明書(丙B2)によれば,ミニトラック穿刺の部位は,輪状甲状間膜とされて く気管壁の開窓を行うミニトラック穿刺はさらに安全性が高いと評価されること,ミニトラックキットのパンフレット(丙B1)及び取扱説明書(丙B2)によれば,ミニトラック穿刺の部位は,輪状甲状間膜とされているが,同部位での使用が困難な場合に気管輪間で実施することまで禁止されていないことは,使用説明書上禁忌として記載されていないことからも明らかであるところ,H医師は,頸部に熱感が認められたこと等から,輪状甲状間膜付近にまで炎症が波及している可能性があると考え,炎症の波及していないと考えられる第2・3気管輪間で挿入手技を行うのがより安全であると判断したものであること,文献(U意見書資料⑧)には,ミニトラック穿刺を第2・3気管輪間に行っていることが記載されていること等から,H医師が本件穿刺法により気道確保を行ったことは,患者の状態に即応したものであり,救急医療における医師の裁量行為として何ら問題はないと主張する。 また,経皮的気管切開術において使用されているキットのパンフレット及び取扱説明書(丙B33)において,緊急の気道確保用としての使用を禁じ,緊急気道確保としての使用は絶対的禁忌である旨の記載があることについて,被告和歌山県は,以下の証拠によれば,経皮的気管切開術の安全性・簡便性・短時間性は我が国のみならず広く世界で認知されており,販売元の使用上の注意書きとは異なる使用・緊急気道確保への応用適用を臨床医家がその責任において行うことには,十分に客観的合理的根拠が認められるから,医師の裁量行為として臨床実務において許される行為であると主張する。 (ア) 文献について証拠(丙B33Ref1,Ref2,Ref5ないしRef9,丙B34ないし38)によれば,経皮的気管切開術においては,外科的気管切開術に比べ処置時間が短く,出血についてもあまりなく, 文献について証拠(丙B33Ref1,Ref2,Ref5ないしRef9,丙B34ないし38)によれば,経皮的気管切開術においては,外科的気管切開術に比べ処置時間が短く,出血についてもあまりなく,出血した場合でも圧迫止血できたものがほとんどであるとされていることが認められる。さらに,証拠(丙B33Ref2,Ref6,丙B38)によれば,経皮的気管切開術を緊急気道確保に使用することについて,「処置時間が極めて短いことは,緊急気管切開への適応性を示唆している。」,「気管切開の適応がある場合には,緊急気道確保の第一選択となる可能性も将来的に考えられる。」,「緊急気道確保の際にも,挿管困難に対して輪状甲状靱帯切開としてトラヘルパーやミニトラックⅡを緊急避難的に用いることを考慮すれば,不可能ではないと思われる。」などと指摘されていることが認められる。 (イ) 意見書について① V意見書は,ミニトラックによる気道確保と基本的に操作が似ている経皮的気管切開術が,出血が極めて少なく,出血があっても圧迫止血で処置できていることからすれば,本件穿刺法に何ら問題はないし,経皮的気管切開術が緊急気道確保に使用禁止とされている点についても,その理由は,気管穿刺法に比べて時間がかかること,気道の反射が強いこと,やや出血が多いことにあると考えられるところ,気管穿刺法であるミニトラックによる気道確保では,施行時間・反射・出血のいずれも大幅に少ないと考えられることからすれば,緊急気道確保に使用することは問題がないとする。 ② Q意見書は,甲状腺峡部には,血流はほとんどなく,この部位での穿刺による甲状腺からの出血の頻度は少ないし,圧迫で止血可能であるところ,経皮的気管切開術における出血の合併症は少なく,ほとんどが圧迫で止血しており,安全に施行できるとする。 ③ S意見 の部位での穿刺による甲状腺からの出血の頻度は少ないし,圧迫で止血可能であるところ,経皮的気管切開術における出血の合併症は少なく,ほとんどが圧迫で止血しており,安全に施行できるとする。 ③ S意見書は,セルジンガー法による経皮的気管切開は,手技が簡便で短時間で施行可能で,剥離をほとんど必要としないために創部の感染がほとんどなく,創部出血も特別な処置を必要とせずほとんどの場合圧迫止血やガーゼ交換のみで完全止血するとし,さらに,同意見書添付資料②によれば,経皮的気管切開法が簡便かつ短時間で気道確保が可能であることから,緊急気管切開への応用も考えられるとし,R大学救急部では,重度挿管困難症例の緊急気道確保として経皮的気管切開を行い,救命に成功した経験があるとされている。 ④ U意見書は,近年セルジンガー法により気管内にカテーテルを挿入する方法は,ミニ気管切開として気管輪間に挿入されており,また,経皮的気管切開術においては,皮膚切開を行い,気管前面を露出し,直視下に,気管を穿刺して空気が吸引されることを確認してから,ガイドワイヤーを挿入し,これをガイドにダイレーターで周囲を広げるもので,甲状腺を避けて穿刺するようにするものであるとし,たとえ,甲状腺を穿刺してもこの部分は甲状腺峡部で細くなっており,血管は少なく,さらにダイレーターが楔のように働き甲状腺組織を圧迫するので,生命を脅かすほどの大量出血が起こることはないとする。 (ウ) H医師の証言についてH医師は,第2・3気管輪間は,一般には大きな太い血管がないとされているいわゆるジャクソンの気管切開三角に含まれること及び甲状腺を斜め下に刺すことによって,甲状腺を直接穿刺するという可能性はないことから,本件穿刺法は禁忌ではないと証言する(第2回)。 イ これに対し,P鑑定人の鑑定意見は,以下のと に含まれること及び甲状腺を斜め下に刺すことによって,甲状腺を直接穿刺するという可能性はないことから,本件穿刺法は禁忌ではないと証言する(第2回)。 イ これに対し,P鑑定人の鑑定意見は,以下のとおりである。 ミニトラックキットは,その操作説明書にもあるとおり,本来輪状甲状間膜に刺入すべきもので,安全性,迅速性の上からも気管輪への刺入は想定されておらず,本件穿刺法は,① 成人の気管輪軟骨は硬く,各気管輪をつなぐ靱帯も輪状甲状靱帯に比べると大幅に狭いため,ここに外径5.3㎜のダイレーターを刺入することは技術的,物理的に極めて困難であること,② 第2・3気管輪間の気管の前面は血管に富む甲状腺で覆われており,甲状腺を避ける操作を行わなかった場合,気管に穿刺針を刺入する前に甲状腺を傷つけ,大量の出血をきたす危険があること(甲状腺峡部であったとしてもこれを傷つけた場合には出血する。),③ 輪状甲状間膜穿刺と異なり,第2・3気管輪間への穿刺は,気管までの距離が長くなり,しかも途中に軟部組織が多く,かつ気管に孔をあけなければならないため時間がかかること等の理由により,医学的に不適切である。 H医師は,輪状甲状間膜への穿刺を行わなかった理由として,当該部分の皮膚の熱感から気道粘膜の炎症を懸念したと述べているが,頸部側面レントゲン写真では,そのような所見は認められず,変更の理由を医学的に説明することは難しい。 ウ そこで検討するに,P鑑定人が本件穿刺法は医学的に不適切であるとする理由のうち,上記理由①については,V意見書,Q意見書,S意見書及びU意見書等によれば,第2・3気管輪間を穿刺するCiaglia法では,挿入チューブの太さは,直径7~8㎜であるのに対して,ミニトラックでは,直径5.4㎜であって,挿入は容易であり,耳鼻咽喉科あるいは救急部の医師 よれば,第2・3気管輪間を穿刺するCiaglia法では,挿入チューブの太さは,直径7~8㎜であるのに対して,ミニトラックでは,直径5.4㎜であって,挿入は容易であり,耳鼻咽喉科あるいは救急部の医師にとってミニトラックの第2・3気管輪間への挿入は技術的,物理的に困難な手技であるとは認められないから,これを採用することはできないので,上記理由②及び③について,以下で検討する。 (ア) まず,本件穿刺法に類似した方法であるとされる経皮的気管切開術について検討するに,経皮的気管切開術には,ⅰ 皮膚切開後に切開部位をペアン鉗子等で探索的に剥離を行い,切開部位周辺の甲状腺や頸動脈等を確認する方法(丙B33Ref5,Ref6など,以下「ⅰの方法」という。)とⅱ 皮膚切開後剥離などを行わずに穿刺針を穿刺して,その後ダイレーターによって剥離を行う方法(丙B33Ref1,Ref2,Ref8,Ref9,丙B38など,以下「ⅱの方法」という。)の大きく分けて二つの手技があると考えられる。さらに,経皮的気管切開術の際の穿刺部位としても,第1気管輪及び第1・2気管輪間(丙B33Ref1など),第1~第3気管輪間(同Ref2,Ref8など),第2・3気管輪間(同Ref6,丙B38など),第1・2気管輪間,第2・3気管輪間及び第4・5気管輪間(同Ref5など)など様々である。 (イ) これを本件についてみるに,前記認定の事実によれば,H医師が皮膚の上方と下方をモスキート鉗子でつまみ,これをG医師が上下に引っ張って,筋肉を剥離して,視野を確保し,さらに気管前壁を指先で確認しているが,実際に穿刺針を穿刺した部位である第2・3気管輪間の周辺については筋肉の剥離等を行っていないと認められるから,本件で実施された方法は,上記のⅱの方法に該当するといえる(かかる方法が適切かどう るが,実際に穿刺針を穿刺した部位である第2・3気管輪間の周辺については筋肉の剥離等を行っていないと認められるから,本件で実施された方法は,上記のⅱの方法に該当するといえる(かかる方法が適切かどうかについては後に検討する。)。 そこで,主としてⅱの方法に関する文献を検討するに,確かに,被告和歌山県が主張するように,ⅱの方法による経皮的気管切開術においては,処置時間が短く,出血についてもあまりなく,出血した場合でも圧迫止血できたものがほとんどであると認められる(その理由としては,皮下の筋肉等の剥離を避けたこと及び気管内チューブによって圧迫止血がなされたことが考えられるところである〔U意見書,丙B33〕。)。 しかしながら,P鑑定人が指摘するとおり,第2・3気管輪間の気管の前面は血管に富む甲状腺で覆われていることからすれば,出血をきたす可能性がないとはいえず,経皮的気管切開術の文献でも,甲状腺の位置を十分確認して穿刺する(丙BRef5),甲状腺がないことを十分確認の上,第2・3気管輪間の輪状靱帯正中部に刺入した丙BRef6)等と甲状腺に注意を払うべきであるとの記述がみられる。また,経皮的気管切開術において使用されているキットの説明会用資料(丙B33)にも,甲状腺や前頸静脈,無名動脈を確認するよう注意を促す記載がある。 これに対し,Q意見書,U意見書及びH医師の証言(第2回)によれば,甲状腺峡部であれば出血は少ないと指摘するが,気管切開に関する文献(U意見書資料⑨,丙A39,40等)によれば,気管切開術では,甲状腺峡部を切断した後,断端を結紮縫合して止血することになっており,甲状腺峡部からの出血を前提としているのであって,U名誉教授自身,その論文(U意見書資料⑨)で,第2・3気管輪を切開する中気管切開の場合,甲状腺からの出血が問題となるの て止血することになっており,甲状腺峡部からの出血を前提としているのであって,U名誉教授自身,その論文(U意見書資料⑨)で,第2・3気管輪を切開する中気管切開の場合,甲状腺からの出血が問題となるので,注意を要すると述べており,上記のP鑑定人の鑑定結果を併せ考慮すると,上記Q意見書等の意見は直ちに採用できない。そして,文献によれば,「予期せぬ出血,ミスカニュレイション,抜去困難などの短期・長期の合併症が危惧される。短期・長期合併症の評価には更なる経験が必要である。」(丙B37・平成11年2月号),「近年,合併症に関する報告が多数発表されており,慎重に検討する必要があると思われる。稀ではあるが重篤な合併症も存在し,十分な知識と慎重な操作が必要とされる。」(S意見書添付資料②・平成14年3月発行)とされ,本件事故当時においては,経皮的気管切開術の安全性が完全に確立されたものであったとまではいうことができない状況であったと考えられる。 (ウ) そこで,経皮的気管切開術の緊急気道確保への応用について検討するに,緊急気道確保は,窒息の差し迫った危険がある場合に行うものであるから,より迅速かつ安全・確実な方法で行うべきものであるところ,P鑑定人の鑑定意見や上記(イ)によれば,経皮的気管切開術は,本件事故当時においては,出血の危険性があること等から安全性が完全に確立されたものであったとまではいえず,また,輪状甲状間膜穿刺よりも時間がかかるという問題点があるといわざるを得ない。 そして,文献をみても,経皮的気管切開術について,当初は,「ciaglia法の手技の評価は現在進行中であり,緊急気道確保法としての大規模な検証は行われていない」(U意見書資料⑧・平成4年発行)というものであり,その後の文献でも,前述したとおり,あくまでも「緊急気道確保の第一選択とな 価は現在進行中であり,緊急気道確保法としての大規模な検証は行われていない」(U意見書資料⑧・平成4年発行)というものであり,その後の文献でも,前述したとおり,あくまでも「緊急気道確保の第一選択となる可能性も将来的に考えられる。」とか「緊急気道確保の際に用いることは不可能ではないと思われる。」などという記載にとどまっていることや,X意見書も,本件穿刺法が危険か否かについては,主として気管前面を甲状腺組織が覆っているか否かによるとして,甲状腺が高い位置に存在するか錐体葉が大きい場合には,甲状腺を貫いて穿刺するか,あるいは甲状腺を離断して気管に到達する必要があるところ,この操作には数分間を要し,また,この操作が気管・喉頭の浮腫を増長する危険性もあるので,このような場合には輪状甲状間膜を穿刺すべきであるとしていること等を併せ考慮すると,本件事故当時においては,緊急気道確保への応用が確立されたものであるとはいい難い。 この点について,前記認定のとおり,R大学において,緊急気道確保として経皮的気管切開を行った事例があるとされるが,同事例を紹介している文献が平成14年発行のものであることやあくまでも少数の例と考えられることからすれば,必ずしも本件事故当時の知見を示すものということはできないし,同文献によっても,経皮的気管切開術の緊急気管切開への応用も考えられるという記述にとどまっているのである。 そして,経皮的気管切開術において使用されているキットのパンフレット及び取扱説明書(丙B33)において,緊急の気道確保用としての使用を禁じ,緊急気道確保としての使用は絶対的禁忌である旨の記載があることは,前述したとおりであるが,上述したことからすれば合理的な理由があるというべきであるし,医療器具のパンフレット及び取扱説明書の記載は,医療器具の問題点等につ 使用は絶対的禁忌である旨の記載があることは,前述したとおりであるが,上述したことからすれば合理的な理由があるというべきであるし,医療器具のパンフレット及び取扱説明書の記載は,医療器具の問題点等についての情報を有している製造業者又は販売業者が,患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対し,必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,医師は,特段の合理的な理由がない限り,使用上の注意に従うべき義務があるというべきである。 (エ) もっとも,本件穿刺法は,ミニトラック穿刺を第2・3気管輪間に行うものであるから,経皮的気管切開術そのものではない。そして,V意見書は,経皮的気管切開術が,緊急気道確保に使用禁止とされている理由は,気管穿刺法に比べて,時間がかかること,気道の反射が強いこと,やや出血が多いことにあると考えられるところ,気管穿刺法である本件穿刺法では,施行時間・反射・出血のいずれも大幅に少ないことからすれば,緊急気道確保に使用することは問題がないとする。 しかし,本件穿刺法と経皮的気管切開術は,本件穿刺法の方がチューブがやや細く(5.4㎜と7~9㎜),その結果ダイレーターも細いという違いがあるものの,その手技において大きく異なるところはないから(なお,経皮的気管切開術においては,ダイレーティング鉗子による拡張を行うものもあるが,ダイレーターによる穿刺と同様に,あくまでもいわゆる鈍的剥離を行うものにすぎないから,やはり大きな違いはない。),V意見書がいうように,本件穿刺法の方が,経皮的気管切開術に比べて,施行時間・反射・出血のいずれにおいても大幅に少ないということはできず,X意見書やP鑑定人の鑑定意見も,これと同旨の見解であると考えられる。 そうすると,輪状甲状間膜穿刺と本件穿刺法を比べた場合,P鑑定人の鑑定結果及び ずれにおいても大幅に少ないということはできず,X意見書やP鑑定人の鑑定意見も,これと同旨の見解であると考えられる。 そうすると,輪状甲状間膜穿刺と本件穿刺法を比べた場合,P鑑定人の鑑定結果及びX意見書にあるとおり,本件穿刺法の方が,気管までの距離が長く,しかも途中に軟部組織が多く,甲状腺峡部を貫く必要があり,かつ輪状甲状間膜ではなく気管に孔をあけなければならないこと等から,輪状甲状間膜穿刺より時間がかかり,出血も多くなると考えられる。 そして,前述したとおり,ミニトラックキットのパンフレット及び取扱説明書には,ミニトラック穿刺の部位は,輪状甲状間膜とされていることを併せ考慮すると,本件穿刺法は,経皮的気管切開術同様,緊急気道確保には原則として使用禁止であるというべきである。 (オ) 以上によれば,第2・3気管輪間にミニトラック穿刺をする本件穿刺法は,本件事故当時,原則として許されず,① 輪状甲状間膜に穿刺することができない場合等特段の合理的な理由があり,かつ,② ミニトラックを適切な用法に従って使用すること等の条件を満たした場合に限り,例外的に許されると解するのが相当である。そして,仮に緊急気道確保の際に,本件穿刺法を用いるとしても,本件穿刺法ないし経皮的気管切開術に習熟した医師が,緊急時には外科的気管切開を行うことができる状態で行うことが最低限必要であると考えられる(U意見書添付資料⑧参照)。 エ そこで,本件において,上記①の条件を満たしているかどうかについて検討する。 被告和歌山県は,H医師が,原告A1に対して緊急気道確保を行う前に頸部を触診したところ,熱感があったため,喉頭ファイバーで喉頭蓋や披裂喉頭蓋ひだの発赤腫脹を認めたことと考え合わせて,輪状甲状間膜の後方の気管粘膜に炎症が起こっている可能性があると考えたところ, に頸部を触診したところ,熱感があったため,喉頭ファイバーで喉頭蓋や披裂喉頭蓋ひだの発赤腫脹を認めたことと考え合わせて,輪状甲状間膜の後方の気管粘膜に炎症が起こっている可能性があると考えたところ,炎症がある部分にダイレーターや穿刺針を挿入すると,気管の粘膜を刺激して腫脹が生じ,さらなる気道閉塞をきたす危険性があることから,第2・3気管輪間を穿刺することとしたと主張し,H医師もこれに沿う証言をする(第2回)。 ところで,H医師の証言は変遷しており,当初は,喉頭ファイバー検査時には声門より下が見えず,気道の状態が分からなかったところ,炎症が起こっている部位にミニトラック穿刺をするのは適切でないことから,下気道がどのような状態になっているのかを確認するために頸部レントゲン撮影をした,頸部側面レントゲン写真(丙A11)によって,気道の閉塞は声門の直上までであり,下気道まで炎症が及んでいないことが初めて分かったので,輪状甲状間膜を穿刺するのが最良であると考えて,原告A1の輪状甲状間膜を穿刺した旨証言(第1回)し,これを説明するために図示までしていた(丙A17,23)。 にもかかわらず,H医師は,上記のとおり,第2・3気管輪間を穿刺したとその証言を変更し,その理由について,当初,輪状甲状間膜に穿刺したと考えており,カルテの「穿刺針を気管(第2,第3)に刺入し」との記載についても,気管切開時のことを誤ってミニトラックによる気道確保の際のことととして記載したものと考えていたが,偶然,ミニトラック穿刺を第2気管輪に行った症例に遭遇したことから,原告A1に対しても,第2・3気管輪間に穿刺したことを思い出した旨証言する(第2回)。 そこで,以上のようなH医師の証言の変更をも踏まえて,ミニトラック穿刺部位として,輪状甲状間膜ではなく第2・3気管輪間を選択した理 ,第2・3気管輪間に穿刺したことを思い出した旨証言する(第2回)。 そこで,以上のようなH医師の証言の変更をも踏まえて,ミニトラック穿刺部位として,輪状甲状間膜ではなく第2・3気管輪間を選択した理由に関するH医師の上記証言(第2回)を検討するに,以下の理由により,同証言を信用することはできないといわざるを得ない。 すなわち,H医師の上記証言(第2回)では,輪状甲状間膜に穿刺したと思い込んでいた理由について,納得し得るだけの合理的な説明がなされておらず,H医師が直接ミニトラックによる気道確保を行い,カルテにも上記のとおり,正確に記載していることを併せ考慮すると,証言の変更は不自然であるといわざるを得ない。のみならず,介者であったG医師の証言も,輪状甲状間膜穿刺を行ったということを前提としているが,穿刺部位という基本的な部分に関して術者と介者の2人とも誤解していたとは通常では考え難いというべきである。この点について,H医師は,本件事故の状況から慌てていたので誤解しており,G医師やM医師にも輪状甲状間膜穿刺をした旨話していたと証言する(第2回)が,H医師は,本件事故直後に第2・3気管輪間に穿刺したと正確にカルテ(丙A3,4)に記載しており,G医師も状況を直接見ていることなどからすれば,同証言はたやすく信用することができない。 そうすると,H医師らが当初,輪状甲状間膜穿刺をしたと証言し,しかも,カルテにミニトラックによる気道確保の際に出血があったことの記載がなく,H医師やG医師らの尋問があるまで出血があったことを明らかにしなかったこと(弁論の全趣旨)をも併せ考えれば,出血があったことを明らかにしたくない意図すらうかがえるのであり,H医師の第2・3気管輪間を選択した理由についての証言に関しても,その信用性には疑いが残るといわざるを得ない。 さら をも併せ考えれば,出血があったことを明らかにしたくない意図すらうかがえるのであり,H医師の第2・3気管輪間を選択した理由についての証言に関しても,その信用性には疑いが残るといわざるを得ない。 さらに,H医師の証言内容(第2回)をみても,同医師は,原告A1を触診して頸部に熱感があることを確認した上で,頸部側面レントゲン写真(丙A11)を見たが,その時点(8月14日午前10時13分)では,輪状甲状間膜後方を含む下気道に炎症は及んでいないと判断したと証言しているのであって,咽頭や喉頭の炎症が気管に及び,声門下に狭窄があること自体,かなり珍しいこと(M医師の証言及び鑑定結果)をも考え合わせると,輪状甲状間膜穿刺を回避すべき特段の事情があったとは認められない。この点について,H医師は,上記のとおり判断した後に,原告A1の頸部を再度触診して判断を変更したものであり,最初の触診は不十分であった旨証言するが,触診は最も基本的な診察方法であることを考慮すると,最初の触診と2度目の触診の際の熱感に,判断を変更しなければならない程の差異があるとは考え難く,また,短時間に熱感の程度が増すことも考えがたいから,H医師の上記証言部分は,たやすく信用できない。 以上によれば,H医師がミニトラック穿刺を第2・3気管輪間に行った合理的な理由が他に認められない以上,上記①の条件については,これを満たしていないといわざるを得ない。 オ 次に,上記②について検討するに,前記認定事実のとおり,H医師は,皮膚の上方と下方をモスキート鉗子でつまみ,これをG医師が上下に引っ張って,筋肉を剥離して,視野を確保し,さらに気管前壁を指先で確認しているが,実際に穿刺針を穿刺した部位である第2・3気管輪間の周辺については筋肉の剥離等を行っていないと認められるところ,これは,以下の理由から, 剥離して,視野を確保し,さらに気管前壁を指先で確認しているが,実際に穿刺針を穿刺した部位である第2・3気管輪間の周辺については筋肉の剥離等を行っていないと認められるところ,これは,以下の理由から,不適切な手技であるといわざるを得ない。 すなわち,既に検討したとおり,ⅰの方法は,穿刺針及びダイレーターで穿刺する箇所に頸動脈等の大きな血管や甲状腺峡部が存在しないことを確認することによって,出血等を防止するのに対して,ⅱの方法は,ⅰの方法のように剥離・確認を行わないので,剥離によって生ずる出血が生じない上,手術に時間を掛けないですぐにカニューレ等を挿入して圧迫止血を待つなどして,結果的に出血を防止することになる。 にもかかわらず,H医師は,ⅰの方法と同じようにⅱの方法に比べれば時間を掛けて筋層を剥離して,気管前壁に触れているのに,あえて,斜めに穿刺した結果,穿刺部位に頸動脈等の大きな血管や甲状腺峡部が存在しないことを確認していないのであり,また,H医師の証言(第2回)によれば,皮膚切開部位から気管前壁に至る孔は,剥離の上指で気管前壁を触れた際のものとミニトラック穿刺の際の2箇所あることとなり,出血しやすい状態を作出したこととなるから,不適切な手技であるといわざるを得ない。 カ 以上によれば,H医師には,緊急気道確保のために,ミニトラックを輪状甲状間膜に穿刺すべき注意義務があるところ,特段の合理的理由がないにもかかわらず第2・3気管輪間へ穿刺し,しかも,その手技は不適切であるから,過失があるといわざるを得ない。 キ なお,H医師の証言(第2回)によれば,同医師は,本件事故当時までに,本件穿刺法を実施したのは,1回のみであり(そもそも緊急気道確保として行われたものかどうかは不明である。),経皮的気管切開術を実施したことはないこと及び本件事 よれば,同医師は,本件事故当時までに,本件穿刺法を実施したのは,1回のみであり(そもそも緊急気道確保として行われたものかどうかは不明である。),経皮的気管切開術を実施したことはないこと及び本件事故当時,和歌山医大病院の耳鼻咽喉科においては,経皮的気管切開術自体が行われていなかったことが認められる。さらに,M医師やG医師は,ミニトラック穿刺以外の気道確保の方法として,気管内挿管や気管切開等を挙げて,これらの器具は備え付けられていたと証言するが,経皮的気管切開術について,一切証言していないこと及び弁論の全趣旨を併せ考えると,本件事故当時,和歌山医大病院の救急・集中医療部においても,少なくとも通常の医療行為としては,経皮的気管切開術は行われていなかったと推認される。 以上の認定事実によれば,本件事故当時,H医師が,第2・3気管輪間への経皮的気管切開術について十分に習熟していたということはできない上,本件穿刺法について,H医師以上の経験を有していた者が,本件事故の際に監視・監督していたということはできない。 したがって,原告A1の本件穿刺法による緊急気道確保は,本件穿刺法ないし経皮的気管切開術に習熟した医師によって,実施されたということもできない。 8 争点9(H医師の上記過失と原告A1の後遺障害との間の因果関係)について(1) 原告A1に後遺症が生じた原因について前記7,(1) の認定事実によれば,ガイドワイヤーの自己抜去があったとしても,ミニトラックの穿刺孔を確認できないような出血が生じることがなければ,早期にミニトラックによる気道確保を行うことができ,心肺停止に至らなかったか,心肺停止になったとしても,原告A1が,気管内挿管の成功により気道確保がなされた結果,心拍動が再開し,心肺ともに蘇生していることからすれば,より早期に心肺を蘇生 とができ,心肺停止に至らなかったか,心肺停止になったとしても,原告A1が,気管内挿管の成功により気道確保がなされた結果,心拍動が再開し,心肺ともに蘇生していることからすれば,より早期に心肺を蘇生することができた結果,低酸素脳症が生じることはなかったと認めるのが相当である。 したがって,H医師の上記過失がなければ,ミニトラック穿刺による孔を確認できなくなるような出血が生じることがなかったといえるかどうかが問題となるので,以下検討する。 (2) 原告A1がガイドワイヤーを自己抜去した後の出血量及び出血原因について原告A1がガイドワイヤーを自己抜去した後の出血量については,証拠上正確には認定できないが,前記認定のとおり,押さえておかなければあふれてくる程の出血が生じ,それによりミニトラック穿刺による孔を確認できなかったものであり,相当量の出血があったものと推認できる。 そこで,出血原因について検討するに,前記認定の事実によれば,原告A1の第2気管輪付近から下の位置には,甲状腺峡部が存在していたと認められるから,H医師が第2・3気管輪に行ったミニトラック穿刺により甲状腺峡部を傷つけたことが原因で,術部の皮下組織,筋組織に加え,甲状腺峡部からの出血が始まったものと認めるのが相当である。もっとも,V意見書の指摘するとおり,8月14日午前10時35分の経口挿管により自発呼吸が再開し,直後になされた動脈血ガス分析の結果によれば換気状態が改善していること,ICU入室時の血液検査でのヘモグロビン値が正常値であること及び同日午後12時30分の気管内吸引実施以前の原告A1の胸部レントゲンにおいて無気肺像が認められないことなどからすれば,大きな動脈を傷つけたことによって,大量の出血が生じ,気道もしくは肺に流入するなどしたとは考え難いというべきである。 以上述 A1の胸部レントゲンにおいて無気肺像が認められないことなどからすれば,大きな動脈を傷つけたことによって,大量の出血が生じ,気道もしくは肺に流入するなどしたとは考え難いというべきである。 以上述べたことに加え,V意見書,S意見書,U意見書及び鑑定結果等を総合すると,出血の発生機序は,呼吸困難が進行していたところに,ガイドワイヤー抜去による刺激のために気道粘膜の浮腫が進行して,呼吸困難がさらに進み,その結果,動脈圧が上昇し,さらに血液還流の障害をきたして全身性の静脈うっ血が生じ,静脈圧が上昇したことも加わって,術部の皮下組織,筋組織,甲状腺の穿刺部からの出血が増大したものと認めるのが相当である。 (3) 本件穿刺法と輪状甲状間膜穿刺との出血量の比較についてP鑑定人の鑑定結果によれば,輪状甲状間膜穿刺においては,ほとんど出血することはなく,静脈うっ血が生じても出血量にあまり変化はないのに対して,ミニトラック穿刺を第2・3気管輪間に行った場合には,気管に到達するまでの距離が長く,しかもその間に軟部組織や甲状腺峡部が存在し,これを剥離・穿刺しなければならないことから,輪状甲状間膜への穿刺では起こならないような出血が生じ,出血量も輪状甲状間膜への穿刺の場合よりも多くなることが認められる。また,S意見書やU意見書は,自己抜去時にガイドワイヤーが甲状腺組織等を損傷した可能性があるとするが,そうであるとしても,輪状甲状間膜を穿刺していれば,甲状腺組織等を損傷することはないから,出血量は少なかったものと考えられる。 これに対して,Q意見書及びU意見書は,甲状腺峡部を傷つけたとしても出血量が少ないとするが,前記7,(2)において検討したとおり,かかる見解は採用できない。さらに,Q意見書,S意見書,U意見書及び文献(丙B33添付資料等)によれば,経皮的気管 部を傷つけたとしても出血量が少ないとするが,前記7,(2)において検討したとおり,かかる見解は採用できない。さらに,Q意見書,S意見書,U意見書及び文献(丙B33添付資料等)によれば,経皮的気管切開術においては出血することは少なく,出血があったとしても,圧迫止血によって止血できるとするが,本件では,前記認定のとおり,カニューレを挿入することはできず,結局,カニューレによる圧迫止血が行われなかったことになるから,本件の出血量が少なかったとの主張の根拠とはならない。 したがって,本件穿刺法のようにミニトラック穿刺を第2・3気管輪間に行うのではなく,輪状甲状間膜に行っていれば,本件事故のようにミニトラック穿刺による孔を確認できなくなるような出血が生じることはなかったというべきである。 (4) 結論以上によれば,H医師の上記過失がなければ,ミニトラック穿刺による孔を確認できないような出血が生じることはなく,その結果,早期にミニトラックによる気道確保を行うことができ,心肺停止に至らなかったか,心肺停止になったとしても,より早期に心肺を蘇生することができ,低酸素脳症が生じることはなかったと認められる。 そうすると,H医師の上記過失と原告A1の後遺症(植物状態)との間には相当因果関係があるといわなければならない。 この点,被告和歌山県は,原告A1の気道確保が遅れた原因は,同人がガイドワイヤーを自己抜去するという予想外の事態が生じたことによるものであって,H医師らのミニトラックによる気道確保の手技と原告A1の気道確保が遅れたこととの間には相当因果関係はないと主張する。 しかし,H医師らが原告A1の輪状甲状間膜にミニトラック穿刺を実施していれば,自己抜去があったとしても,上記のとおり,再びミニトラックによる気道確保を迅速に行うことができたと考えられ いと主張する。 しかし,H医師らが原告A1の輪状甲状間膜にミニトラック穿刺を実施していれば,自己抜去があったとしても,上記のとおり,再びミニトラックによる気道確保を迅速に行うことができたと考えられるから,H医師らの過失と原告A1の後遺症(植物状態)との間には相当因果関係があるというべきである。したがって,被告和歌山県の上記主張は採用することができない。 9 被告和歌山県の使用者責任について以上のとおり,H医師は,原告A1に対して,不法行為責任を負うところ,前記認定の事実によれば,H医師は,被告和歌山県の被用者であり,その事業の執行として,本件穿刺法に従ってミニトラックによる気道確保を実施したというべきであるから,被告和歌山県は,使用者責任を負い,原告A1に生じた後記損害を賠償すべき義務がある。したがって,争点10については判断しない。 10 争点11(損害の有無及び額)について(1) 一時金請求について(弁護士費用を除く。)ア 治療費関係 80万9900円別紙治療費等一覧表「対応する証拠欄」記載の各証拠によれば,平成11年8月13日から同12年11月15日までの治療費として,同一覧表「治療費関係」欄記載のとおり,80万9900円を支出したことが認められる。 イ 入院中の看護費用及び入院関連雑費 766万2950円(ア) 入院中の付添看護費用 537万6000円前記基礎となる事実2及び証拠(甲C20,31の2,31の3,32,丙B48)によれば,原告A1は,本件事故の発生した同11年8月14日から退院日である同13年6月15日まで合計672日間にわたって病院に入院していたこと,原告A1は,植物状態であることから,本件事故発生直後から現在に至るまで,呼吸管理として頻 た同11年8月14日から退院日である同13年6月15日まで合計672日間にわたって病院に入院していたこと,原告A1は,植物状態であることから,本件事故発生直後から現在に至るまで,呼吸管理として頻回な喀痰吸引と気道確保,栄養管理として経口摂取が困難であるため経鼻胃管栄養,感染症対策,褥瘡の予防等などの常に監視を要する介護が必要な状況にあったことが認められる。そして,その費用は1日8000円と認めるのが相当であるから,付添看護費用は次のとおりとなる。 8000円×672日=537万6000円この点,被告和歌山県は,原告A1が入院していた病院は,いずれもいわゆる完全介護で付添看護を要しない医療体制を採っていることから,入院中の付添看護費用は生じないと主張するが,原告A1は,上記認定事実のとおり,植物状態であり,呼吸管理等のきめ細やかな看護・介護を必要とする状況にあったことからすれば,原告A1の家族の看護・介護は必要であったというべきである。 (イ) 入院関連雑費 228万6950円別紙治療費等一覧表「対応する証拠」欄記載の各証拠によれば,病衣・室料・紙おむつ等の入院に必要な雑費として,同一覧表「入院雑費」欄記載のとおり,228万6950円を支出したことが認められる。そして,前記認定の原告A1の後遺障害の程度,支出の費目・金額等に照らすと,必要かつ相当な支出と認められるから,本件事故と相当因果関係ある損害と認める。 ウ 自宅療養中の介護費用及び介護雑費 868万円証拠(甲C20,31の2,31の3,32)及び弁論の全趣旨によれば,上記イで認定した事実が認められる他,原告A1は,退院後の同13年6月16日から同15年10月31日までの868日間,自宅介護を要する状態であったこと,必要な自 ,32)及び弁論の全趣旨によれば,上記イで認定した事実が認められる他,原告A1は,退院後の同13年6月16日から同15年10月31日までの868日間,自宅介護を要する状態であったこと,必要な自宅介護の内容としては,24時間態勢での呼吸管理等が含まれること,同期間中の付添介護雑費として,おむつ,ガーゼ,綿,経管栄養チューブの消毒液等の代金を支出する必要があったことが認められる。 以上認定の事実によれば,原告A1は,原告A2及び同A3らによる24時間態勢での介護が必要であったというべきであるから,公的制度として,自宅介護サービスを自己負担なしで受けることができることを考慮しても,その介護費用及び介護雑費として,1日1万円を認めるのが相当である。 よって,原告A1の自宅療養中の介護費用及び介護雑費としては,868万円(868日間分)が相当である。 エ 自宅改装費 645万8980円証拠(甲C19の1ないし3,34の1ないし3)によれば,自宅を介護に適した構造に改装する費用及び介護用機器の購入費として,それぞれ577万5000円,68万3980円を支出したことが認められる。そして,前記認定の原告A1の後遺障害の程度に鑑みると,必要性があり,金額も相当と認められるから,本件事故と相当因果関係ある損害と認める。 オ 交通費等 157万8970円証拠(甲C13ないし17〔枝番を含む。〕,20)によれば,原告A1の付添看護及び転院に伴う高速代金,駐車代金,航空運賃,宿泊費として,別紙交通費等一覧表記載のうち,「ガソリン代金」記載部分を除く157万8970円を支出したことが認められる。そして,前記認定の原告A1の後遺障害の程度に鑑みると,必要性があり,金額も相当と認められるか 交通費等一覧表記載のうち,「ガソリン代金」記載部分を除く157万8970円を支出したことが認められる。そして,前記認定の原告A1の後遺障害の程度に鑑みると,必要性があり,金額も相当と認められるから,本件事故と相当因果関係ある損害と認める。 原告らは,ガソリン代金(甲C15の1ないし15の49)に関して,原告A1の付添看護のために,和歌山医大病院やK病院に向かう際のガソリン代金であると主張するところ,確かに,ガソリン代金の支出の日時等は原告A1が入院していた期間と符合するものの,原告A1の付添看護のためのみに自動車が使用されてガソリンが消費されたことを認め得る証拠はないから,上記ガソリン代金11万0370円については,相当因果関係ある損害と認めることはできない。 カ 文書料 2万8035円別紙治療費等一覧表「対応する証拠」欄記載の各証拠によれば,原告A1は,診断書及び診療報酬明細書の作成費用として,同一覧表「文書料」欄記載のとおり2万8035円を支出したことが認められる。 キ 逸失利益 8659万9340円前記基礎となる事実2,(3)によれば,原告A1の後遺障害の程度は,自賠法施行令2条別表後遺障害別等級表1級の後遺障害に該当し,労働能力を100%喪失したことが認められる。 そして,証拠(甲C20,33)によれば,原告A1は,平成5年ころから居酒屋を経営していたことが認められる。 原告らは,原告A1の居酒屋経営による収入を推計する証拠として,甲C第21号証ないし第30号証〔枝番を含む。〕,同第33号証を提出するところ,それらの証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告A1の平成11年度の所得金額について,① 同11年1月24日から同月30日までの売上及び同業者の 第30号証〔枝番を含む。〕,同第33号証を提出するところ,それらの証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告A1の平成11年度の所得金額について,① 同11年1月24日から同月30日までの売上及び同業者の粗利率,② 同年1月から同年8月までの仕入代金,同業者の粗利率及び原告A1の預金通帳から推測される生活費等を基礎として,それぞれ約800万円,約570万円と推測している。さらに,原告A2の陳述書(甲C20)には,原告A1には,月50万円から80万円の収入があった旨の記載がある。 しかしながら,被告和歌山県が主張するように,原告A1の経営をしていた居酒屋の粗利率及び営業利益率は,飲食業の全国平均値(丙C2,弁論の全趣旨)に比べるとかなり高率であり,また,収入を推計するための資料についても限られた期間内のものである上,その正確性にも問題がないわけではないこと等に照らすと,上記推計に基づく所得金額は正確性を欠くといわざるを得ない。 一方で,被告和歌山県が主張するところの,原告A1の経営する居酒屋の売上高に全国平均の営業利益率を掛けて算出された数値を原告A1の所得金額であるとすることも,営業利益率は個々の店舗において差異があることや,売上高の推計についても限られた期間内(平成11年1月24日から同月30日までの売上)の資料に基づくものであること等に照らすと,これもまた正確性を欠くといわざるを得ない。 その上,居酒屋経営の業態からして,売上高,収入等は,年度ごとに,相当変動があると考えられることをも併せ考慮すると,結局,居酒屋経営による収入を基礎収入とすることは相当でないというべきである。 しかし,原告A1は,本件事故当時,居酒屋を経営するなど稼働能力があり,本件事故時及び症状固定時満32歳であることからすれば,平均賃金程度の収入を得る蓋然性があ ことは相当でないというべきである。 しかし,原告A1は,本件事故当時,居酒屋を経営するなど稼働能力があり,本件事故時及び症状固定時満32歳であることからすれば,平均賃金程度の収入を得る蓋然性があると認められるから,賃金センサス平成10年第1巻第1表産業計企業規模計高卒男子労働者全年齢平均年収528万8800円を基礎として,原告A1の後遺障害逸失利益を算定するのが相当である。 そして,原告A1は,症状固定時から少なくとも35年間の就労が可能であったと認められるので,ライプニッツ式計算法により年5分の中間利息を控除すると,原告A1の後遺障害逸失利益は,次のとおりとなる。 5,288,800円×16.3741(ライプニッツ係数)=8659万9340円この点,被告和歌山県は,遷延性植物状態の患者の逸失利益の算定の上で,生存生活上の必要経費は治療費・介護費・介護雑費であるが,往診医療費・入院治療費の自己負担分は全額免除され,自宅療養中の介護費用は公的制度の活用により軽減され,入院中の付添介護は病院の完全介護システムにより不要であることなど,介護費及び介護雑費については全額別途損害計算で填補されており,結局,一般通常人に必要とされる生活費は要しない状態にあるから,死亡の場合の逸失利益算定に準じるべきであって,原告A1の逸失利益の算定に際しては50%の生活費控除をすることが衡平の理念に合致すると主張する。 しかし,重度の後遺障害者の生活費であっても,通常の社会生活を送る者よりも低水準で済むはずであるとするのは妥当ではなく,むしろ,でき得る限り良好な治療・介護を求めることができるというべきであって,今後もかかる治療・介護のための生活費の支出を要することは明らかであるから,生活費を控除するのは相当でないというべきである。 ク 慰謝料本件事 療・介護を求めることができるというべきであって,今後もかかる治療・介護のための生活費の支出を要することは明らかであるから,生活費を控除するのは相当でないというべきである。 ク 慰謝料本件事故による原告A1の後遺障害が極めて重度であること等本件に現れた一切の事情を考慮すると,慰謝料として,次の額を認めるのが相当である。 (ア) 原告A1について 2500万円(イ) 原告A2及び同A3について各250万円前記認定の事実によれば,原告A1の両親である原告A2及び同A3は,本件事故により被害者の生命侵害の場合にも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたものと認められるから,民法709条と710条に基づき,自己の権利として慰謝料を請求し得る。 ケ 結論以上によれば,一時金請求についての損害額の合計(弁護士費用は除く。)は,次のとおりである。 (ア) 原告A1 1億3681万8175円(イ) 他の原告らそれぞれ250万円(2) 定期金請求についてア 入院看護について原告らは,原告A1の家族は,これまで,24時間態勢で原告A1を看護・介護してきたが,体力の限界を感じており,被告らから損害賠償金を受領すれば,即時,入院させて入院治療を受けさせる考えであると主張する。 確かに,証拠(甲C20,31の2,31の3,32)によれば,原告A1には,前記(1) イ(ア) のとおりの看護・介護が必要であることから,医学的には,24時間態勢で看護・介護できる医療施設が望ましいと考えられること,原告A2及び同A3らは,今後,引き続き自宅で原告A1を看護・介護することに,体力的・精神的な限界を感じていることが認められる。 しかしながら,原告らの上 できる医療施設が望ましいと考えられること,原告A2及び同A3らは,今後,引き続き自宅で原告A1を看護・介護することに,体力的・精神的な限界を感じていることが認められる。 しかしながら,原告らの上記主張が,被告らからの損害賠償金の受領を原告A1の入院の前提としていることなどからもうかがわれるように,現時点においては,原告A1が入院する時期を確定することはできないというほかない。 したがって,少なくとも本件口頭弁論終結時においては,原告A1が入院することを前提とする差額室料を相当因果関係ある損害と認めることはできないといわざるを得ない。なお付言するに,原告A1が,後日,現実に入院し,その結果,入院に伴う費用が後記の自宅介護に要する費用を上回ることとなった時には,民訴法117条に定める判決の変更を求める訴えを提起するということも考えられる。 イ 自宅介護について上記のとおり,入院に伴う費用を損害として認めることはできないとしても,前記(1) イで認定したとおり,原告A1は,同人が死亡するまで,自宅介護を要する状態にあると認められる。 したがって,原告A1の自宅療養中の介護費用及び介護雑費として,平成15年11月1日から同人が死亡するに至るまで,1日あたり1万円,すなわち1か月あたり30万円を認めるのが相当である。 ただし,上記の損害の請求のうち,本件口頭弁論終結の日(平成15年11月25日)より後の部分は,将来の給付を求める訴えに当たるが,被告らはその損害の発生を争っていることからすれば,あらかじめその請求をする必要がある場合に当たると解される。 ウ 結論以上によれば,定期金請求についての損害額は,1か月あたり30万円であると認められる。 (3) 弁護士費用について本件事案の内容,審理経過,一時金及び定期金請求に対する認容 れる。 ウ 結論以上によれば,定期金請求についての損害額は,1か月あたり30万円であると認められる。 (3) 弁護士費用について本件事案の内容,審理経過,一時金及び定期金請求に対する認容額等を考慮すると,弁護士費用としては原告A1につき750万円,他の原告らにつき各25万円を認めるのが相当である。 11 被告Bと被告和歌山県の連帯責任についてこれまで述べてきたところによれば,被告Bの不法行為と被告和歌山県の不法行為が,客観的に関連共同して,原告A1の後遺症(植物状態)という不可分一個の結果を招来しているから,民法719条所定の共同不法行為に当たるというべきである。したがって,被告らは,原告らの被った損害の全額について連帯して責任を負うべきものである。 第8 結語以上のとおりであるから,原告らの請求は,被告らに対し,原告A1において1億4431万8175円及びこれに対する平成11年8月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに平成15年11月1日から原告A1が死亡するまで毎月末日限り30万円の支払を,原告A2,同A3においてそれぞれ275万円及びこれらに対する平成11年8月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるから,その限度でいずれも認容し,その余の請求は理由がないからいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を各適用し,主文のとおり判決する。なお,被告和歌山県申立ての仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととする。 大阪地方裁判所第19民事部裁判長裁判官角隆博裁判官三 歌山県申立ての仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととする。 大阪地方裁判所第19民事部裁判長裁判官角隆博裁判官三島琢裁判官長田雅之

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