- 1 -主文 本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。 ( )控訴人らは,被控訴人に対し,各自,430万4974円及び内39 2万3272円に対する平成15年10月10日から,内38万1702円に対する平成16年9月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 ( )被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。 本件附帯控訴をいずれも棄却する。 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを2分し,その1を被控訴人の,その余を控訴人らの各負担とする。 事実及び理由 第1控訴の趣旨 控訴人ら( )原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。 ( )被控訴人の請求をいずれも棄却する。 被控訴人(附帯控訴)( )原判決を次のとおり変更する。 ( )控訴人らは,被控訴人に対し,各自1039万3613円及び内392 万3272円に対する平成15年10月10日から,内647万0341円に対する平成16年9月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,自動車を運転していた被控訴人が,停止中に後続車から追突されるという交通事故により人身損害を被ったとして,控訴人ら(後続車の運転者及び保有者)に対し,損害賠償金1040万7441円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。 - 2 -原審が,請求の一部(465万4338円)を認容したところ,控訴人らが控訴し,その後,被控訴人も附帯控訴(ただし,上記第1の2( )のとおり, 請求を減縮)した。 前提事実( )平成15年2月8日午前0時40分ころ,a県b郡町d丁目e番地f c先の国道10号線上において,被控訴人運転の普通乗用自動車(以下「被控訴人車両」という)が前方赤色信号に従って停車しているところに 15年2月8日午前0時40分ころ,a県b郡町d丁目e番地f c先の国道10号線上において,被控訴人運転の普通乗用自動車(以下「被控訴人車両」という)が前方赤色信号に従って停車しているところに,後続。 車である控訴人g運転の普通乗用自動車(以下「控訴人車両」という)が。 追突するという交通事故(以下「本件事故」という)が発生した。 。 ( )控訴人hは,控訴人車両の保有者である。 ( )被控訴人は,当初,i病院で,頚椎捻挫等の診断を受けたが,その後, 近所のj医院に転院し,さらに,k病院のl医師により,低髄液症候群,外傷性脊椎髄液漏が認められると診断されて,以後その関係の治療を受ける一方,頚椎の専門医であるm医院やカイロプラクティック,鍼灸院等で頚椎捻挫の治療も継続し,また,漢方治療を試みるなどしている。 争点及びこれを巡る当事者の主張( )被控訴人が本件事故により受傷したかどうか。特に,被控訴人に外傷性 脊椎髄液漏,低髄液症候群の症状があるかどうか,これがあるとして,それは本件事故によるものであるか。 (被控訴人)ア被控訴人は,本件事故により,外傷性頚部症候群(頚椎捻挫,外傷性)脊椎髄液漏,低髄液症候群の傷害を受けた。 (ア)被控訴人は,本件事故の翌日から首や背中のこわばりを感じ,翌10日には痛みが激しくなってi病院に,さらに近医のj医院に転院したが良くならず,n医師に「低髄液圧症候群」の可能性を示唆されて,k病院の専門医であるl医師を受診したところ,上記の診断を受けたもの- 3 -である。その後は,その治療に当たってきたが,その間に,その診断を疑問視する医師はいなかった。なお,外傷性脊椎髄液漏とは,外傷が原因で脊椎レベルから髄液の異常漏出をもたらしている状態をいい,低髄液症候群とは,何らかの原因で脳脊 たってきたが,その間に,その診断を疑問視する医師はいなかった。なお,外傷性脊椎髄液漏とは,外傷が原因で脊椎レベルから髄液の異常漏出をもたらしている状態をいい,低髄液症候群とは,何らかの原因で脳脊髄液が減少(漏出)し,その絶対量が不足している状態で引き起こされる多彩な症状を呈しているものをいう。そして,後者は,従来「低髄液圧症候群」といわれていたのが,髄液の漏出はあっても髄液圧は正常な例が多いことから,上記のように称されるようになったもので,現在ではさらに「脳脊髄液減少症」と称することが提唱されている。 (イ)控訴人は,被控訴人には起立性頭痛が見られないとか,髄液圧はほぼ正常であるとか,さらには髄液漏自体の医学的根拠が乏しいとまで主張するが,それらは,今日の医学が認めている低髄液症候群とは異なる過去の理解に立った指摘であって,その病像に対する正確な知識が不足した,いわば控訴人の御用医師の偏頗な見解を根拠とするものであり,不当である。現に症状に苦しんでいる患者がいるのに,自分の限られた医学知識で分からなければ,詐病であるかのようにいうのは許されない。 イ(ア)被控訴人は,本件事故の際,停車した被控訴人車両の車内でたまたま横を見ていたとき,突然に控訴人車両に追突され,自車が約40センチメートル前に押し出されたもので,相当の衝撃があった。 (イ)控訴人は,双方の車両に損傷がないとか,軽微であることを指摘するが,控訴人車両のバンパーは弾力性があるウレタンバンパーであるから損傷が少なかったとしても,被控訴人車両が受けた衝撃が少ないことにはならないし,被控訴人車両はリヤバンパーの修理をしている。 (控訴人ら)ア被控訴人が本件事故により受傷したことは否認する。本件事故の態様は,被控訴人車両の約2.4メートル後ろに停車した控訴人車両が,控訴人 し,被控訴人車両はリヤバンパーの修理をしている。 (控訴人ら)ア被控訴人が本件事故により受傷したことは否認する。本件事故の態様は,被控訴人車両の約2.4メートル後ろに停車した控訴人車両が,控訴人g- 4 -の足がブレーキから離れたために前に進み,同控訴人が咄嗟にブレーキをかけたが間に合わず,被控訴人車両に追突したというもので,その衝突時の速度は時速1,2キロメートルであり,控訴人車両は衝突と同時に停止し,両車両はほとんどくっついた状態であったし,車両にほとんど損傷はなかった。したがって,衝突の衝撃はごく軽微であり,被控訴人が受傷するはずはない。 イ(ア)低髄液圧症候群は,脳脊髄液が漏出して脳脊髄液が減少し,脳が沈下して頭蓋内の痛覚の感受組織が下方に牽引されて生じる頭痛を特徴としており,国際頭痛学会の特発性低髄液圧性頭痛の診断基準も,低髄液圧症候群の最も特徴的な症状を起立性頭痛としている。また,その他の診断基準として,画像所見や髄液圧が一定の数値より低いことなどの他,硬膜外血液パッチ(ブラッドパッチ)後72時間内に頭痛が解消することが挙げられている。 ところが,被控訴人には,起立性頭痛の症状が見られないし,硬膜外血液パッチの効果もなかったから,被控訴人は,低髄液圧症候群ではないことになり,また,画像所見からも疑問がある。被控訴人の主張は,低髄液圧症候群の定義を理由なく拡大しているだけで,医学的根拠がない(被控訴人の主張の根拠となっている見解の診断基準は曖昧で,他の疾病との区別すらできない。 。)(イ)仮に,被控訴人が低髄液圧症候群であったとしても,同症状はくしゃみやいきみなどの原因でも生じるので,本件事故後にその症状が発生した可能性があり,本件事故によるものとはいえない。 ウ上記のような本件事故の態様からして,被控訴人に であったとしても,同症状はくしゃみやいきみなどの原因でも生じるので,本件事故後にその症状が発生した可能性があり,本件事故によるものとはいえない。 ウ上記のような本件事故の態様からして,被控訴人には外傷性頚部症候群の発生もない。仮に,その発生があるとすれば,被控訴人の場合,バレー・リュー症候群か頚椎神経根症が考えられるが,通常3か月の通院治療で十分である。 - 5 -( )本件事故により生じた被控訴人の損害 ア被控訴人(ア)治療費109万5341円(イ)入院雑費14万4000円(ウ)通院交通費33万1830円(エ)文書料2万8400円(オ)休業損害559万4042円被控訴人は,本件事故のころ,母親の看病をしていたものであり,母親を看取った後は当然就職するつもりであったが,本件事故による傷害のため,平成15年4月2日に母親が死亡した後も就職できなかった。 平成15年の賃金センサス女子労働者全年齢平均の年額340万0300円を基礎に,平成15年2月9日から平成16年9月15日までの585日間の休業損害は,上記のとおりとなる。 (カ)傷害慰謝料230万円(キ)弁護士費用90万円(ク)合計1039万3613円イ控訴人ら否認する。本件事故により被控訴人が何らかの傷害を負ったとしても,それはごく軽微なものであった筈である。しかるに,被控訴人の症状は,異常に長期化しており,それは心因的要素が影響しているものと思われる。 また,仮に髄液漏が生じているとしても,それは被控訴人が通常人に比べて髄液漏れが生じやすい体質であるためであることが考えられる。 本件事故による被控訴人の損害を算定するに当たっては,以上の事情を考慮して民法722条の類推適用をすべきである。 第3当裁判所の判断 争点( )について い体質であるためであることが考えられる。 本件事故による被控訴人の損害を算定するに当たっては,以上の事情を考慮して民法722条の類推適用をすべきである。 第3当裁判所の判断 争点( )について - 6 -( )本件事故の状況 証拠(甲8,乙2,原審での被控訴人,控訴人gのほか,各項の末尾に掲記した証拠)によると,以下の事実が認められる。 ア本件事故直後,被控訴人と控訴人gは,事故の有無,程度について言い争いとなり,2人で最寄りの派出所に行き,被控訴人において,控訴人車両に追突されたとして,本件事故の届出をした(甲1)。 イその後,平成15年2月13日,本件事故現場で,被控訴人と控訴人gが立ち会って実況見分が行われた。その実況見分調書には,両車両が衝突したこと,両車両はそのままの位置で停止したことなどが記載されている。 (乙1)ウ本件事故について,被控訴人は,衝突により,被控訴人車両が前に押し出されて,両車両の間隔が40センチメートル程度開いた状態で停止したが,被控訴人も後ろから上半身を押される感じで,身体が前後に振られたなどと陳述する。これに対し,控訴人gは,被控訴人車両が赤信号で停止したのに続いて,その2.4メートル程度後ろに控訴人車両を停車させたが,レシートを見ているうち,足がブレーキペダルから外れて控訴人車両が前進し始めたので,慌ててブレーキを踏んだところ,被控訴人車両に追突する間際で停止したなどと主張していたが,その後,追突したことは認めるに至った。 ( )本件事故による衝撃の程度及びそれによる被控訴人の受傷の可能性 ア本件事故については目撃者もなく,上記のような両当事者の対立する供述等があるのみであるから,本件事故による衝撃の程度を確実に認定することは甚だ困難である。 イただ,本件事故は,被控訴 能性 ア本件事故については目撃者もなく,上記のような両当事者の対立する供述等があるのみであるから,本件事故による衝撃の程度を確実に認定することは甚だ困難である。 イただ,本件事故は,被控訴人車両に続いて,その2.4メートル程度後ろに一旦停止した控訴人車両が,控訴人gの足がブレーキペダルから外れたため再び前進し始め,これに気付いた同控訴人において慌ててブレーキ- 7 -をかけたものの,及ばず追突したというものであることからすれば,控訴人車両の初速度は極めて低速であり,また,追突までに進行した距離もたかだか2.4メートル程度ということになるから,控訴人車両の追突時のスピードも低速であったと見てよい。したがって,控訴人車両の追突時の運動エネルギー(衝突力)もかなり小さかったものということができる。 また,控訴人車両のバンパーが弾力性のあるものであることを考慮に入れても,同バンパーに衝突の痕跡がなく,被控訴人車両の後部バンパーの疵も比較的軽微であることも,本件事故による衝撃がそれ程大きくなかったことを裏付けるものである。 ウもっとも,被控訴人はサイドブレーキを引いていなかったというのであるから,いきなり追突されれば,それがそれ程大きな力ではなくても,その弾みでブレーキペダルから足が外れ,車両が前に押し出されるということは十分あり得るものといわなければならない。そうであれば,被控訴人がそれなりの衝撃を受け,それにより頚部等に傷害を負うということも考えられることである。 したがって,本件事故による衝撃の程度が小さいから人体に被害が及ぶことはないとする控訴人らの主張は,採用の限りではない。 ( )本件事故後の被控訴人の受診状況と診断結果 ア証拠(甲4,8,113,原審での被控訴人,及び各項の末尾に掲記)によると,以下の事実が認めら いとする控訴人らの主張は,採用の限りではない。 ( )本件事故後の被控訴人の受診状況と診断結果 ア証拠(甲4,8,113,原審での被控訴人,及び各項の末尾に掲記)によると,以下の事実が認められる。 (ア)被控訴人は,本件事故の翌日である平成15年2月9日に首や背中の痛みが現れ,その翌日である同月10日に痛みが猛烈に激しくなったとして,i病院の救急外来を受診した。 被控訴人は,土曜(8日)の夜から左肩が痛い,停車中に追突された,シートベルトはしていた,吐き気はないなどと説明し,首,背中が痛いと訴え,頚椎捻挫,左肩打撲及び胸部打撲と診断された。 - 8 -その後,同年3月17日まで,同病院に通院し,同年2月13日には,約7日間の安静加療を要すると思われるとの診断がされたが,神経学的所見は認められず,頚部MRI所見でも器質的異常は確認されなかった。 しかし,被控訴人には,不定愁訴が多く見られたため,対症的にリハビリ加療が続けられた。 (甲71,73,乙14(各証))(イ)被控訴人は,同年3月24日から,自宅に近いj医院に通院するようになり,頚椎捻挫と診断されたが,n医師は,被控訴人に検査で異常はないものの,後頚部痛に加えて下肢がビリビリし,吐き気や両眼のチカチカ感があるところから,低髄液圧症候群の可能性が考えられるとして,同年4月10日に,k病院のl医師に紹介状を書いた(甲74ないし76,80,乙19。 )(ウ)被控訴人は,同年4月16日に,k病院を受診し,本件事故からの経緯や自分の多様な痛みその他の症状を説明し,l医師の勧めで,脳MRIを受診したところ,その画像で脳沈下の可能性があると診断され,脊椎髄液漏の疑いがあるとして,入院してRI脳槽造影を行うことになった。同年6月2日に入院し,同月3,4日に同造影が実施されたが, RIを受診したところ,その画像で脳沈下の可能性があると診断され,脊椎髄液漏の疑いがあるとして,入院してRI脳槽造影を行うことになった。同年6月2日に入院し,同月3,4日に同造影が実施されたが,その結果,注入したアイソトープが早期に膀胱に到達し,腰椎レベルでもやもやした画像が出,さらに24時間後のアイソトープの残量が著しく少ないこと(なお,この点は,その後の同検査の結果と大きく相違する)が判明し,l医師は,これらの所見から,被控訴人を脊椎髄液漏。 と診断した。被控訴人に対しては,その治療としてブラッドパッチ療法が試みられた(ただし,被控訴人に,その際,造影剤による副作用が出たため,途中で中止された)が,症状はあまり改善しなかった。 。 その後,被控訴人は,同年7月11日に,気分不良などを訴えて,同病院に再度入院した。さらに同年12月1日に3回目の入院をしたが,- 9 -その際,被控訴人は,体のむくみや尿が出ないことを訴えており,RI脳槽造影などを行ったところ,脊椎髄液漏の所見は見出せず,脳MRIでも病的所見はなかった。ただ,l医師は,これは髄液漏がないのではなく,検出が難しい,胸椎,頚椎レベルでの漏れだしの可能性はあると考え,被控訴人に「すべてが”水もれ”のためではなく,頚椎捻挫の一部ですぐ症状がとれるわけではない」と説明した。この際は,ブラッドパッチ療法(前同様,途中で中止)や別の治療が試みられたりししたものの,はかばかしくなかった。 また,被控訴人は,平成16年7月14日から,同病院に4回目の入院をしたが,この際のRI脳槽造影などでも異常な所見はなく,ブラッドパッチ療法を実施したものの,被控訴人が足や耳の痛みを訴えたためやはり途中で中止した。 (甲3,17,78,乙17,22,28,当審証人l。 )(エ)一方,被控訴人は, 異常な所見はなく,ブラッドパッチ療法を実施したものの,被控訴人が足や耳の痛みを訴えたためやはり途中で中止した。 (甲3,17,78,乙17,22,28,当審証人l。 )(エ)一方,被控訴人は,平成15年8月25日から,頚椎の専門医であるm医院に通院している(甲11,弁論の全趣旨。 )被控訴人は,これ以外にも,m医院の紹介によりoカイロプラクティック,及びpカイロプラティックに通院した他,漢方の治療を受けるためq病院に通院し,他にも,自分の判断や人に勧められてr鍼灸院,s治療院などに通院し,現在も通院治療を継続している(乙25,弁論の全趣旨。 )イ以上の受診状況及び診断結果並びに追突事故の場合の通例(経験則)に照らせば,被控訴人が本件事故により頚椎捻挫ないしは外傷性頚部症候群の傷害を負ったことが認められる。控訴人らはこの点をも極力否定するが,同主張は採用できない。 ウ問題は,被控訴人に,低髄液圧症候群,外傷性脊椎髄液漏の傷害が認められるか否か,それが認められるとして,本件事故と因果関係があるかど- 10 -うかである。 (ア)低髄液圧症候群(又は低髄液症候群)については,従来の定説は,脳脊髄液が漏出してこれが減少し,脳が沈下して頭蓋内の痛覚の感受組織が下方に牽引されて生じる頭痛を特徴とすることから,最も特徴的な症状を起立性頭痛とし,画像所見や髄液圧が一定の数値より低いことなどの他,硬膜外血液パッチ後72時間内に頭痛が解消するなどを診断基準としている(乙7,32の1。これは,低髄液圧症候群の症状とそ)の機序を論理的に分かり易く説明したものということができ,その病名にも相応しいものである。ところが,髄液が漏出しても髄液圧が低下しない例もあり,また,その典型症状がなく,それ以外の症状が生じる場合があるところから,上記定説で 明したものということができ,その病名にも相応しいものである。ところが,髄液が漏出しても髄液圧が低下しない例もあり,また,その典型症状がなく,それ以外の症状が生じる場合があるところから,上記定説では説明できない患者があるとして,この病気の範囲をより広くとらえようとする新たな学説(以下,便宜「新説」という)が提唱されるに至っている。新説によれば,病名も「脳。 脊髄液減少症」と称すべきであるとされるのである(甲12,108,161。 )しかしながら,従来の定説では説明できない患者が出てくるという意味において,同説に限界があるというのは確かであるが,他方,新説によると,脳脊髄液減少症の範囲を画することが極めて曖昧になり,その機序も説明が困難になるということは否定できない。現に,当審証人lの証言(以下「l証言」という)によっても,脳脊髄液減少症の症状。 としては実に多種多様なものが含まれることになるが,それらが脳脊髄液の減少といかなる関係にあるのかが説明できているとは言い難く,また,それらは極めて普遍的に見られる症状であるために,他の病気(例えば,頚椎捻挫)に因るものとの区別が不可能になってしまいかねないように思われる。 (イ)上記のような医学上の論争はさておき,被控訴人に低髄液症候群が- 11 -あるとの診断をしたのはk病院のl医師である(他にも,同様の診断をした医師は少なくないが,それらの医師はl医師の上記診断に追随したにすぎないことは見易いところである)から,被控訴人の低髄液症候。 群の有無については,l医師の診断内容を検討することが不可欠であるし,またそれで足りるものといってよい。 (ウ)そこで,この点を見るに,l医師は,被控訴人の脳MRIの画像で脳沈下の可能性があると判断し,脊椎髄液漏を疑い,被控訴人を入院させて,平成1 可欠であるし,またそれで足りるものといってよい。 (ウ)そこで,この点を見るに,l医師は,被控訴人の脳MRIの画像で脳沈下の可能性があると判断し,脊椎髄液漏を疑い,被控訴人を入院させて,平成15年6月3,4日にRI脳槽造影を行ったところ,注入したアイソトープが早期に膀胱に到達し,腰椎レベルでもやもやした画像が出,さらに24時間後のアイソトープの残量が著しく少ないことが判明したことから,脊椎髄液漏の診断をしたものである(上記ア(ウ)前段。 )しかしながら,定説によれば最も典型的な症状であるところの起立性頭痛は被控訴人には見られない(この点についてのl証言は多分に曖昧で「夕方になってひどくなってくるということは,それは大体,起立,性頭痛の症状になります」などと証言している。しかし,これをもって被控訴人の起立性頭痛を認めることはできない)のであり,ブラッド。 パッチ療法を試みたものの,被控訴人の症状はあまり改善しなかったというのである(もっとも,造影剤による副作用が出たため,途中で中止せざるを得なかったということからすると,この点を余り重視することはできない。また,その後,実施したRI脳槽造影(平成15年1。)2月3日,平成16年7月)では,いずれも脊椎髄液漏の所見は見出せず,脳MRI(平成15年5月1日,同年12月4日)でも病的所見はなかったし,ブラッドパッチ療法も見るべき効果はなかった(ただし,いずれも途中で中止)というのである(上記ア(ウ)中段及び後段。 )(エ)MRミエログラフィーの画像上,髄液の漏出が客観的に確認された- 12 -というのであれば,髄液漏を疑う余地はないが(乙32の1,上記)(ウ)のRI脳槽造影において「腰椎レベルでもやもやした画像が出た」というのを,それと同視することはできない。また,アイソ 12 -というのであれば,髄液漏を疑う余地はないが(乙32の1,上記)(ウ)のRI脳槽造影において「腰椎レベルでもやもやした画像が出た」というのを,それと同視することはできない。また,アイソトープが早期に膀胱に到達したことと,24時間後のアイソトープの残量が著しく少なかったということは,楯の両面を表しているにすぎず,しかも,髄液は脊椎部分で相当程度吸収されていること及びそれには相当の個人差があること,そもそもアイソトープを注入するための腰椎穿刺部位からこれが洩れ出すということもあり得ること(乙32の1・3)などを考慮すると,1回だけのRI脳槽造影の結果に基づいて上記のような確定診断をすることには疑問があるものといわなければならない。特に,その後,2回にわたり実施したRI脳槽造影ではいずれも脊椎髄液漏の所見は見出せず,脳MRIでも病的所見はなかったというのであれば,l医師としては,最初に下した脊椎髄液漏の診断を再検討して然るべきではなかったかと思われる。現に,同医師は,その後,被控訴人に対して「すべてが”水もれ”のためではなく,頚椎捻挫の一部ですぐ症状がとれるわけではない」と説明しているのであり,これは,被控訴人の症状が脊椎髄液漏によるものというよりは,頚椎捻挫によるものと見るべきであるということを強く示唆したものと見てよい。然るに,その一方で,同医師は,それでもなお髄液漏がないのではなく,検出が難しい胸椎や頚椎レベルでの漏れ出しの可能性はあるなどと考えて,当初の診断を維持したのであるが,その場合には,1回目のRI脳槽造影で「腰椎レベルでもやもやした画像が出た」ということとの整合性が問われることになろう。 (オ)以上によれば,被控訴人に脊椎髄液漏があるとするにはなお合理的な疑問が残るものといわなければならない。 ( )争 ルでもやもやした画像が出た」ということとの整合性が問われることになろう。 (オ)以上によれば,被控訴人に脊椎髄液漏があるとするにはなお合理的な疑問が残るものといわなければならない。 ( )争点( )についてのまとめ - 13 -以上の次第で,被控訴人が本件事故により頚椎捻挫(外傷性頚部症候群)の傷害を負ったことは認められるが,被控訴人主張の症状が脊椎髄液漏によるものと認めることはできないから,本件事故により脊椎髄液漏が生じたとはいえない。 とはいえ,被控訴人にその主張のような症状が持続していることは確かであり,本件事故前から,被控訴人にそのような症状があったとか,それにより治療を受けていたということは認められないから,上記症状は本件事故により生じた頚椎捻挫(外傷性頚部症候群)によるものと認めるのが相当である。 争点( )について ( )治療費 ア被控訴人は,本件事故により,頚椎捻挫(外傷性頸部症候群)のほか脊椎髄液漏の傷害を負ったとして治療を受けてきたものであるところ,上記1( )のとおり,被控訴人に低髄液圧症候群は認められず,その主張の症 状は頚椎捻挫(外傷性頚部症候群)によるものであると考えるべきであるから,被控訴人の主張する治療費のうち,低髄液圧症候群の関係の治療費は,本件事故と因果関係が認められないことになる筋合いである。 しかしながら,被控訴人は,自らの症状を訴えて,各医療機関を受診しただけであって,低髄液圧症候群との診断をしてその治療をしたのは医療機関側の判断と責任によるものであるから,被控訴人が現にその関係の治療費を支払っている以上,それを安易に減額することは相当ではない。そこで,以下においては,この点を考慮に入れつつ,本件事故と因果関係のある治療費を算定することとする。 イ被控訴人は, その関係の治療費を支払っている以上,それを安易に減額することは相当ではない。そこで,以下においては,この点を考慮に入れつつ,本件事故と因果関係のある治療費を算定することとする。 イ被控訴人は,本件事故後,平成16年9月15日までの間において,次のとおり入通院したこと,その関係で合計98万3341円(t薬品に対する薬代12万5219円を含む)の治療費を支払ったことが認められ。 - 14 -),る(争いがない,甲9,10,23,46の2,47の2,48(各証78,79,乙22,23。 )(ア)平成15年2月10日から同年3月17日までi病院(通院)(イ)同年2月12日uクリニック(通院)(ウ)同年3月24日から同年5月31日までj医院(通院)(エ)同年4月16日から同年5月14日k病院(通院)(オ)同年5月15日から同月22日までq病院(通院)(カ)同年6月2日から同年7月1日までk病院(入院)(キ)同年7月2日から同月10日まで同病院(通院)(ク)同年7月11日から同月14日まで同病院(入院)(ケ)同年7月15日から同年11月10日同病院(通院)(コ)同年7月15日から同年8月23日までj医院(通院)(サ)同年7月31日から同年8月14日までq病院(通院)(シ)同年8月25日から平成16年9月1日までm医院(通院)(ス)同年9月8日から同年10月11日までv病院(入院)(セ)同年11月22日から平成16年9月15日まで同病院(通院)(ソ)同年12月1日から同月13日までk病院(入院)(タ)平成16年7月14日から同月28日まで同病院(通院)(チ)同年9月7日から同月15日までj医院(通院)ウまた,被控訴人は,次のとおり,カイロプラクティック及び鍼灸院に 病院(入院)(タ)平成16年7月14日から同月28日まで同病院(通院)(チ)同年9月7日から同月15日までj医院(通院)ウまた,被控訴人は,次のとおり,カイロプラクティック及び鍼灸院に通院したことが認められる(甲51ないし54の各2。これらは被控訴人)の症状を緩和するために行われたものであって,そのうち医師の指示によるもの((ア)及び(イ))については必要な治療として認めることができる。 )。 そして,その治療費は合計8万4000円である(52の1,53の1(ア)平成15年9月16日から同月26日まで,平成16年2月2日から同年7月2日までoカイロプラクティック- 15 -(イ)平成15年9月29日から同年11月21日までpカイロプラティック(ウ)同年11月22日から同年12月13日までr鍼灸院(エ)同年12月17日から平成16年1月4日までs治療院エ上記イ及びウによれば,治療費として認められるのは合計106万7341円である。 ( )入院雑費 被控訴人は,上記認定のとおり,96日間入院したものであり,入院期間中の1日当たりの雑費は,1500円が相当であるから,その合計は14万4000円となる。 ( )通院交通費 通院は,公共交通機関を利用するのが原則であって,症状がそれに耐えられない場合に始めてタクシーの利用が認められる。被控訴人は,相当タクシーを利用しているが(甲24,46の4,47の4,48の3,これらに)ついて,その立証はないし,1日に3,4回利用した日もある(甲48の3)ので,これらのすべてを損害と認めることはできない。また,その請求には,自動車(自家用車と考えられる)を利用して公共交通料金に換算し。 たり,駐車料や高速代を含めたりしているものもあるので,証拠(甲24, のすべてを損害と認めることはできない。また,その請求には,自動車(自家用車と考えられる)を利用して公共交通料金に換算し。 たり,駐車料や高速代を含めたりしているものもあるので,証拠(甲24,46の1,4ないし6,甲47の1,4,5,甲49の1ないし3,甲50の1,4ないし6,甲48の4,甲51の1,3,甲52の1,3,甲56の1,2)上の合計額である32万7110円(因果関係を認めなかったr),鍼灸院分800円(甲51の1,3,s治療院分3920円(甲54の13)を除く)のうち,16万円の範囲で認めることとする。 。 ( )文書料 証拠(甲57の1ないし4)によれば,被控訴人は,2万8400円の文書料を要したことが認められ,その全額について,本件事故と相当因果関係- 16 -のある損害と認める。 ( )休業損害 ア証拠(甲8,原審での被控訴人)によると,被控訴人(生年月日省略)は,大学を卒業して平成10年4月から半年ほど就労したが,母親の介護をするため,仕事を辞め,それからは,自宅で一日中母親の面倒を見ながら家事に従事する生活を続けていたこと,本件事故により,被控訴人は,母親の世話がほとんどできなくなったこと,母親は平成15年4月2日に死亡したこと,被控訴人はその後も就職していないこと,以上の事実が認められる。 イ上記のとおり,被控訴人は,本件事故に遭うまでの間,母親の介護をしながら家事労働に従事していたのであり,以前は就職していたことでもあるから,母親が死亡してその介護から解放されるならば,改めて就労する意思と能力はあったものであって,上記休業期間においても就労する蓋然性はあったものということができる。しかるに,本件事故を機に,それが不可能になったというのであるから,その間の休業損害が発生していることになる。 ったものであって,上記休業期間においても就労する蓋然性はあったものということができる。しかるに,本件事故を機に,それが不可能になったというのであるから,その間の休業損害が発生していることになる。 ところで,被控訴人は,上記事実によると,母親の生存中は,本件事故により,母親の介護など家事労働の労働能力の50%の制約があったと考えるべきであり,その後の期間は昨今の就職事情から短期間に適当な就職先が確保できたかは疑問もあるので,その期間の休業損害については,平均賃金の70%の範囲で,これを損害と認めるのが相当である。その計算の基礎に,平成15年の賃金センサス女子労働者全年齢平均の年間賃金額である349万0300円を用いて算出すると,平成15年2月9日から母親が死亡した同年4月2日までの53日分が25万3405円(円未満切り捨て,以下同じ,その後の分が356万1061円(1年と167)日分)で,合計381万4466円となる。 - 17 -( )傷害慰謝料 本件事故の状況及びそれによる衝撃の程度,被控訴人の受傷の内容及び上記入通院日数,その他本件に現われた諸事情を勘案すると,本件における慰謝料は150万円とするのが相当である。 ( )ところで,控訴人らは,被控訴人の症状の異常な長期化は,心因的要素 が影響していると主張する。確かに,上記1( )のとおり本件事故は軽微な ものであり,被控訴人の受けた衝撃も強度であったとは考えられないことからすると,被控訴人の頚椎捻挫の症状が長期化した背景には,被控訴人の心因的要素があると考えざるを得ない。そうであれば,損害の公平負担の観点からして,民法722条を類推して,その損害のうち治療費と文書料を除いた額の5割を減ずるべきである。そうすると,106万7341円+2万8400円+(14万400 そうであれば,損害の公平負担の観点からして,民法722条を類推して,その損害のうち治療費と文書料を除いた額の5割を減ずるべきである。そうすると,106万7341円+2万8400円+(14万4000円+16万円+381万4466円+150万円)×0.5=390万4974円が損害となる。 ( )弁護士費用については,本件訴訟の経緯や認容額を考慮して40万円と するのが相当である。 ( )以上によると,被控訴人の損害として認められるのは,合計430万4 974円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金である。 ところで,被控訴人は,訴状においては392万3272円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成15年10月10日)からの遅延損害金を請求していたが,その後,請求を拡張したことに伴い,同拡張分についてはその旨の準備書面を原審口頭弁論期日で陳述した日の翌日(平成16年9月29日)から請求していたものである。したがって,上記認容額のうち392万3272円に対しては平成15年10月10日から,その余の38万1702円に対しては平成16年9月29日から,各支払済みまでの遅延損害金を支払うべきものである。 そうすると,上記結論と異なる原判決は変更を免れない。その限度で本件控- 18 -訴は一部理由があるが,本件附帯控訴は理由がないから棄却することとする。 よって,主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第3民事部裁判長裁判官西理裁判官有吉一郎裁判官吉岡茂之
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