平成22(行ウ)18 生活保護費返還処分取消請求事件

裁判年月日・裁判所
平成24年10月18日 神戸地方裁判所 その他
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判決文本文30,683 文字)

- 1 -主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求尼崎市福祉事務所長が平成20年9月17日付けで原告に対し行った生活保護費返還決定処分を取り消す。 第2 事案の概要 1 本件は,生活保護の被保護者である原告が,平成18年12月1日に障害基礎年金の支給事由が発生したとして平成19年1月分からの障害基礎年金の支給を平成20年3月13日に受けることとなったことに対し,尼崎市福祉事務所長(以下,「福祉事務所長」といい,同事務所を「福祉事務所」という。)が,生活保護法(以下「法」という。)63条を適用して,遡って支給された障害基礎年金97万2059円(以下「本件遡及支給分」という。)に相当する支給済みの保護費に相当する額の返還を命じる平成20年9月17日付けの処分(以下「本件処分」という。)を行ったところ,原告が,原告に同条を適用するのは誤りである,本件処分には福祉事務所長の裁量権の逸脱,濫用がある,調査義務違反があるなどと主張して,行政事件訴訟法3条2項に基づき,本件処分の取消しを求める事案である。 2 前提事実(証拠等の掲記がない項は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等原告は,昭和▲年▲月▲日生まれの女性である。 原告は,平成14年7月,Aと結婚し,平成▲年▲月▲日,同人との間にBを儲けたが,平成19年6月26日,Aと離婚した。(乙1の1,7)(2) 生活保護の開始原告は,平成19年7月10日付けで,同年6月20日を開始時期とする - 2 -生活保護開始決定を受け,同日から生活扶助,住宅扶助及び医療扶助に係る保護費を受給している。(甲1,乙15)(3) 障害基礎年金受給の経 日付けで,同年6月20日を開始時期とする - 2 -生活保護開始決定を受け,同日から生活扶助,住宅扶助及び医療扶助に係る保護費を受給している。(甲1,乙15)(3) 障害基礎年金受給の経緯ア原告は,平成18年12月1日,社会保険庁長官に対し,平成16年10月ころから○症状があるとして,同月を受給権発生日とする障害基礎年金の裁定請求(予備的に事後重症による請求)をしたが,社会保険庁長官は,平成19年1月30日,障害基礎年金を支給しない旨の処分をした。 (甲12,弁論の全趣旨)イ原告は,同年2月9日,社会保険審査官に対し,上記不支給処分に対する審査請求をしたが,社会保険審査官は,同審査請求を棄却する旨の決定を行った。 ウ原告は,同年11月8日,社会保険審査会に対し,上記不支給処分に対する再審査請求をした。 エ社会保険庁長官は,平成20年3月13日,原告に対し,原告の傷病による障害の状態が裁定請求日である平成18年12月1日において国民年金法施行令別表2級の程度に該当するとして,同日を受給権発生日とする2級の障害基礎年金を支給する旨の処分をした。 なお,原告は,その後,ウの再審査請求を維持したが,社会保険審査会は,平成20年3月31日,同再審査請求を棄却する旨の裁決を行った。 オ原告は,同年4月15日,平成19年1月分から平成20年3月分までの障害基礎年金として110万4075円を受給した。(乙17,弁論の全趣旨)(4) 本件処分原告は,保護の開始から平成20年9月1日までで,231万6363円の保護費を受給していた。 福祉事務所長は,同年9月17日,原告に対し,前記(3)オで受給した1 - 3 -10万4075円のうち,同年2月分及び同年3月分の13万2016 231万6363円の保護費を受給していた。 福祉事務所長は,同年9月17日,原告に対し,前記(3)オで受給した1 - 3 -10万4075円のうち,同年2月分及び同年3月分の13万2016円については,同年4月15日が本来の支払日であったことから,通常支給分の障害基礎年金として収入認定をし,平成19年1月分から平成20年1月分までの97万2059円(本件遡及支給分)については,法63条に基づき,同額に相当する支給済みの保護費に相当する額の返還を命じる処分(本件処分)を行い,次の内容を書面で通知した。(甲2,乙15,弁論の全趣旨)① 資力発生後扶助額 231万6363円② 返還対象額 97万2059円③ 自立更生資金認定額 0円④ 返還決定額 97万2059円⑤ 返還期限平成20年10月31日⑥ 返還方法同封の納付書で最寄の指定金融機関等に納付してください。なお,一括返還が困難な場合には分割での返還等相談に応じますのでご連絡ください。 (5) 審査請求原告は,平成20年11月17日,兵庫県知事に対し,本件処分に対する審査請求を行ったが,兵庫県知事は,平成21年10月1日,同審査請求を棄却する旨の裁決を行った。(甲1)(6) 訴訟提起原告は,平成22年3月29日,本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著) 3 争点(1) 法63条適用の可否(争点1)(2) 裁量権の逸脱,濫用の有無(争点2) - 4 -(3) 調査義務違反の有無(争点3) 4 争点に対する当事者の主張(1) 争点1(法63条適用の可否)について【原告】ア法6 裁量権の逸脱,濫用の有無(争点2) - 4 -(3) 調査義務違反の有無(争点3) 4 争点に対する当事者の主張(1) 争点1(法63条適用の可否)について【原告】ア法63条の適用場面ではないこと法63条の趣旨に照らせば,同条は,①本来受けるべきでなかった保護金品を受けた場合で,かつ,②保護の実施機関が,<ア>法4条3項の急迫した事由があるとして保護を行った場合,<イ>調査不十分のため資力があるにもかかわらず,資力なしと誤認して保護を決定した場合又は<ウ>保護の程度の決定を誤って不当に高額な決定をした場合に限定して適用される規定である。 原告は,後記(2)【原告】イ(イ)のとおり,本来平成18年10月13日には保護を受けることができたのであるから,本件は,①本来受けるべきでなかった保護金品を受けた場合に当たらないし,原告に対する保護は②のいずれの場合にも当たらない。 したがって,原告に法63条を適用することはできない。 イ 「資力」に該当しないこと法63条の「資力」とは,法4条1項の「その利用し得る資産,能力その他あらゆるもの」と同義であって,「その利用し得る資産」とは,保護開始時において現実に使用,収益,処分の権能を持っているもの,「その他あらゆるもの」とは,現実には資産になっていないが容易に資産となし得るものをいい,その性質上直ちに現実に活用することが困難である資産は,「その利用し得る資産」にも「その他あらゆるもの」にも含まれない。 本件遡及支給分は,平成20年3月13日になって初めて支給する旨の処分がなされたのであり,保護の開始時である平成19年6月20日の時 - 5 -点においては,現実に使用できる権能を持っている資産ではなかったし,容易に資産となし得るものでもなかった する旨の処分がなされたのであり,保護の開始時である平成19年6月20日の時 - 5 -点においては,現実に使用できる権能を持っている資産ではなかったし,容易に資産となし得るものでもなかったから,「その利用し得る資産」にも「その他あらゆるもの」にも当たらない。 したがって,本件遡及支給分に係る年金受給権は,法63条の「資力」には当たらず,これを「資力」として行われた本件処分は違法である。 ウ 「資力」の発生時期の認定の誤り本件遡及支給分に係る年金受給権が「資力」に当たるとしても,本件処分は,「資力」が発生した時期を障害基礎年金の受給権発生日である平成18年12月1日と認定した誤りがある。 障害基礎年金の場合,老齢基礎年金と異なり,本人や家族なども年金の支給対象となる障害があることを自覚していないことも多く,その障害認定を受けるためにも複雑な手続を要するから,裁定がされてはじめて受給権があることが明らかとなる。特に原告の場合,再審査請求後に裁定がなされたのであって,原告の障害基礎年金の受給権の存在自体が極めて不確実であったといえるから,原告の障害基礎年金の受給権の存在が客観的に確実性を有するに至った,すなわち,「資力」が発生したと判断されるのは,裁定がなされた平成20年3月13日というべきである。 したがって,原告に法63条を適用するとしても,平成20年3月13日以降に支給された保護費を標準として返還額を決定すべきであって,保護開始日(平成19年6月20日)からの保護費全額を標準としてなされた本件処分は違法である。 エ実施機関が「資力」の存在を認識していないこと厚生労働省は,法63条を資力があることを認識しながら保護費を支給した場合の事後調整の規定と解釈しており,実施機関が保護の開始当初から資力の存在を認識し 施機関が「資力」の存在を認識していないこと厚生労働省は,法63条を資力があることを認識しながら保護費を支給した場合の事後調整の規定と解釈しており,実施機関が保護の開始当初から資力の存在を認識していたことを適用の前提としている。 法63条の「資力があるにもかかわらず」との文言並びに実施機関に法 - 6 -28条,29条及び61条が被保護者の資産について調査する権限を与えていることからすれば,法63条は,実施機関が被保護者の資産を調査した結果,直ちに活用することはできないが,手続を経れば活用できる資産があることが判明した場合であっても,必要な保護を行うことを妨げるべきでないことを前提とするもので,実施機関が,上記調査をしても認識するに至らない資産については,法63条の「資力があるにもかかわらず」の要件を満たさないというべきである。 福祉事務所長は,原告の保護を開始する以前に上記調査を行ったが,その時点で本件遡及支給分が存在することを認識することは不可能であったし,平成20年3月13日までその存在することを認識することはできなかった。 したがって,原告につき同日以前に法63条を適用する余地はなく,本件処分は違法である。 オ憲法29条に違反すること保護が開始される以前は,原告の有する資産に対する管理処分権能に何ら制約はないはずである。本件処分は,未だ原告が保護を受けていなかった時期に対応する障害基礎年金の遡及支給分について,法63条の「資力」に該当するとして,原告の管理処分権能について制約を加える処分であるから,憲法29条の私有財産の不可侵の保障に反する。 したがって,本件処分は,憲法29条に反し,違法である。 【被告】ア法63条の適用法63条は,「急迫の場合等」と規定しているほか,保護の補足性の原 9条の私有財産の不可侵の保障に反する。 したがって,本件処分は,憲法29条に反し,違法である。 【被告】ア法63条の適用法63条は,「急迫の場合等」と規定しているほか,保護の補足性の原則から資力を有する状態で受給した保護金品について事後的に調整する点にその趣旨があるから,同条の適用は原告がアで主張する場合に限られるものではない。 - 7 -イ 「資力」に該当すること生活保護制度は,資本主義社会における基本原則の一つとして自己責任の原則を前提とした上で,生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じて必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障することによって,その自立を図る補足的な制度であって,法4条1項は,保護の補足性の原則を定めている。 そして,法63条は,保護の補足性の原則から,資力を有する状態で保護を受けた場合に後に保護金品を返還させ,事後的に調整を図る点にその趣旨があるから,同条の「資力」とは,法4条1項の「その利用し得る資産,能力その他あらゆるもの」,すなわち,最低限度の生活を維持するために活用されるべきものを有することと同義であって,現金等直ちに現実に活用することが可能な資産のみならず,その性質上直ちに現実に活用することが困難である資産をも含むというべきである。 したがって,本件遡及支給分に係る年金受給権は,法63条の「資力」に当たる。 ウ 「資力」の発生時期年金受給権は,その裁定請求及び支給決定の有無にかかわらず,年金支給事由が生じた日に当然に発生する具体的権利であり,年金が遡及支給される場合は,その支給決定がなされるまでは当該年金を直ちに現実に活用することは困難であるが,支給決定がなされると年金支給事由が生じた日の属する月の翌月分から支給されることからすれば,年金支給 支給される場合は,その支給決定がなされるまでは当該年金を直ちに現実に活用することは困難であるが,支給決定がなされると年金支給事由が生じた日の属する月の翌月分から支給されることからすれば,年金支給事由が生じた日に「資力」が発生したものとして取り扱われるべきである。 したがって,本件遡及支給分に係る年金受給権は,その支給事由が生じた平成18年12月1日に発生したというべきであり,同日より後の保護開始日(平成19年6月20日)以降に支給された保護費を返還の対象とする本件処分は適法である。 - 8 -エ資力についての実施機関の認識原告は,実施機関が保護の開始当初から資力の存在を認識していることが法63条の適用の前提となると主張するようであるが,そのような要件は,同条の文言上も同条の趣旨からも要求されない。 オ憲法29条に反しないこと法は,被保護者の財産に関する管理処分権そのものを制約するものではなく,保護の補足性の原則から,他に活用すべき資力をもってしても生活に困窮する場合に保護を実施することを趣旨とするものである。仮に保護開始前に支給された年金額に相当する金銭が被保護者の手元に残っている場合は,原則として,それを活用した後に保護が開始されるか又は直ちに保護が実施される場合でも収入認定があった場合と同様に一定額が控除されて保護費が支給されるのであって,保護開始前に取得した財産は,生活費に充当されることが予定されている。 原告は,保護開始前に年金受給権が発生していたものであるが,現実にはこれを受給していなかったため,生活費を賄うため,立て替えて保護費が支給されたのであって,これを法63条で事後的に調整することは,法の予定するところであり,憲法29条に反しない。 (2) 争点2(裁量権の逸脱,濫用の有無 ため,生活費を賄うため,立て替えて保護費が支給されたのであって,これを法63条で事後的に調整することは,法の予定するところであり,憲法29条に反しない。 (2) 争点2(裁量権の逸脱,濫用の有無)について【原告】ア法63条は,「保護の実施機関の定める額」として,返還額の決定を被保護者の状況を知悉し得る保護の実施機関の裁量に委ねているが,この裁量は,全くの自由裁量ではなく,保護費が被保護者の自立更生のためにやむを得ない用途に使われた場合,使用額が社会通念上容認される程度である場合,全額返還を行うことが自立を著しく阻害する場合においては,返還額からその分を控除すべきで,保護の実施機関の判断に合理性がない場合には,その裁量権の逸脱,濫用として違法となるというべきである。 - 9 -イ本件処分は,次の理由から,福祉事務所長に与えられた裁量権の逸脱,濫用があり,違法というべきである。 (ア) 自立更生資金に当たること原告は,それぞれ借金の返済として,平成20年4月16日に従兄弟のCに対し60万円を,同月17日に友人のD及びE(以下,上記3名を併せて「Cら」という。)に対し各10万円を,本件遡及支給分から支払った。被保護者が借金を返済することを認めずに返還を求めるのは被保護者の経済的更生を阻害するため,かかる借金の返済に充てた部分は,自立更生資金として返還額から控除すべきである。 また,原告は,同年5月末ころ,Aとの離婚問題について相談した弁護士と司法書士に対し,その相談料として本件遡及支給分から合計8万円を支払った。離婚問題は法律問題であり,法律の専門家への相談料は,原告の自立更生に必要な費用であるから,自立更生資金として返還額から控除すべきである。 (イ) 保護の申請権が侵害されたこと原告がCらから借金を 問題は法律問題であり,法律の専門家への相談料は,原告の自立更生に必要な費用であるから,自立更生資金として返還額から控除すべきである。 (イ) 保護の申請権が侵害されたこと原告がCらから借金をするに至ったのは,原告の保護の申請権が被告の職員によって約8か月間も侵害され,適切に保護が開始されなかった結果,生活費や居宅を確保する費用を賄う必要があったからである。保護の申請権を侵害する行為は,憲法25条に反する重大な違法行為であるから,法63条の適用に当たっては,このような事情も考慮しなければならない。 すなわち,原告は,当時,○で就労することが不可能で収入がなく,AからDV(ドメスティックバイオレンス)を受け,Aからも実母や実姉からも生活費の援助を受けることができない要保護状態であったため,平成18年10月13日,福祉事務所の保護課を訪れ,保護を申請したい旨述べた。しかし,職員は,原告に対し,高齢でないと保護を受 - 10 -けることはできないなどと虚偽の受給要件を述べて,上記申請を受け付けなかった。 原告は,同年11月ころにも保護課を訪れて保護を申請したい旨述べたが,職員は,原告が離婚していないこと,実母と同居していることを理由に上記申請を受け付けず,原告がAのDVを説明しても,Aと連絡をとるように述べるのみであった。 原告は,同年12月ころにも保護課を訪れて保護を申請したい,住居を確保するための費用がない旨述べたが,職員は,一時扶助として転居費用を出す制度があるにもかかわらず,転居費用を援助する制度はないと説明をして,上記申請を受け付けなかった。 原告は,平成19年1月19日,同年5月中旬,同年6月12日にも保護課を訪れ,その都度保護を申請したい旨述べたが,職員は,原告が保護を受けられるかどうか何ら調査することなく 請を受け付けなかった。 原告は,平成19年1月19日,同年5月中旬,同年6月12日にも保護課を訪れ,その都度保護を申請したい旨述べたが,職員は,原告が保護を受けられるかどうか何ら調査することなく,原告に婚姻関係の破綻について過度の説明を求めるなど,故意に保護の開始時期を遅らせ,同月20日まで申請を受け付けなかった。 以上のような被告による原告の保護申請権侵害行為によって原告が80万円の借金を負ったことは明らかであり,被告は,法63条による返還額決定の際に自らの違法を是正するために少なくとも80万円については返還を免除すべきである。 (ウ) 本件処分が重い処分であること本件処分は,平成20年10月31日までに,97万2059円を一括で支払うことを求める処分であり,原告には極めて酷である。 原告は,本件遡及支給分の大部分を費消しているので,本件遡及支給分全額に相当する保護費の返還を求められれば,今後受給する保護費から差し引かれる形で返還をするということになり,長期にわたり,最低生活費を下回る生活を続けることを余儀なくされる。 - 11 -【被告】ア法は,最低限度の生活保障及び要保護者の自立助長という目的と保護の補足性の原則との調整を,被保護者の生活状況等に通暁する保護の実施機関の裁量に委ねている。 生活保護行政の実務においては,被保護者に対する収入認定に当たっては,その収入が被保護者の自立助長に資する場合は収入として認定せず,必要経費として収入から控除することとし,法63条の返還額についても,原則として当該資力を限度として支給した保護費の全額を返還額とすべきとしつつ,一定の範囲で自立更生資金として,返還額から控除することとしている。 イ本件処分に,福祉事務所長の裁量権の逸脱,濫用はない。 資力を限度として支給した保護費の全額を返還額とすべきとしつつ,一定の範囲で自立更生資金として,返還額から控除することとしている。 イ本件処分に,福祉事務所長の裁量権の逸脱,濫用はない。 (ア) 自立更生資金に当たらないこと被保護者が保護開始前の借金を返済することは,自立更生に必要とはいえない。債務超過の場合は,本来破産手続等により経済的更生を図ることができるし,借金の返済に必要な額を自立更生資金とみてこれに相当する保護費を返還させないとすると,税金を財源とする保護費によって第三者の私債権の満足を得させる結果となるほか,被保護者の保護開始前の生活をも保障する結果となり,保護を要する状態に立ち至ったときから将来に向かってその最低限度の生活の維持を保障しようとする法の目的から著しく逸脱し,妥当でない。 (イ) 保護の申請権の侵害の事実はないこと原告が福祉事務所の保護課を初めて訪れたのは平成19年1月19日であって,それ以前には,平成18年9月にBの養育等の相談のため,被告のα支所内の尼崎市保健センターα地域保健担当(以下「α地域保健担当」という。)を訪れ,同年10月13日に原告の今後の身の振り方等の相談のためソーシャルワーカーとともに福祉事務所の福祉課を訪 - 12 -れたのみであり,平成19年1月19日以前に原告が保護課を訪れた事実及び原告がα地域保健担当又は福祉課を訪れた際に原告が保護を受けたい旨の意思を示したといった事実はない。 職員は,同日,原告がAと離婚しておらず,転居を予定しているとのことであったので,直ちに保護の決定に必要な扶養関係・生計関係や家賃等の必要生活費の判断をすることができなかったことから,これらの整理を行って再度相談するよう原告に伝えたが,原告は,同年6月12日まで保護 ったので,直ちに保護の決定に必要な扶養関係・生計関係や家賃等の必要生活費の判断をすることができなかったことから,これらの整理を行って再度相談するよう原告に伝えたが,原告は,同年6月12日まで保護課に訪れることはなかった。職員は,同日において離婚の成否が不明であったため,原告にAに対して離婚届の提出を書面で催告するように述べ,その後,原告が催告をしたとして同月20日に訪れ,保護の申請をしたため,同日から保護を開始することになったものである。 以上のとおり,福祉事務所長や保護課の職員が,原告の保護の申請権を侵害した事実はない。 (ウ) 本件処分は重い処分ではないこと本件処分は,本件遡及支給分を原資として支給済みの保護費を返還させるものにすぎず,原告が日々の生活に必要な毎月の保護費の支給には影響を及ぼさないものである。 職員は,原告に本件遡及支給分を費消することのないように説明しており,原告がこれを費消しないでさえいれば,容易に返還することができたはずであり,本件処分が原告にとって極めて酷とはいえない。被告は,原告が本件遡及支給分の大半を費消しているから,原告の資力に応じた分割による返還も検討している。 (3) 争点3(調査義務違反の有無)について【原告】法1条,5条及び9条等に照らせば,保護の実施機関は,法63条を適 - 13 -用するに際して被保護者の生活実態及びその需要を調査する義務を負っている。 原告は,平成20年4月15日,福祉事務所に赴き,本件遡及支給分を受領したことを報告し,これをCらからの借金の返済に充てたいと述べたところ,職員は,原告から当時の生活実態及びその需要について一切聴取することなく,本件遡及支給分を借金の返済に充てることはできない,費消しないようにと指 これをCらからの借金の返済に充てたいと述べたところ,職員は,原告から当時の生活実態及びその需要について一切聴取することなく,本件遡及支給分を借金の返済に充てることはできない,費消しないようにと指示するのみで,実際に原告を訪問するなどの調査を行わなかった。 その後も,福祉事務所は,原告やその代理人F弁護士から原告の生活実態及びその需要について聴取をすることなく,本件遡及支給分は全額返還されなければいけないという態度に終始していた。 福祉事務所長は,本件処分を行うまでの間に,当時の原告の生活実態及びその需要を把握することを怠り,原告の借金の経緯についての具体的な検討を行わず,漫然と本件処分を行ったものであり,調査義務違反という手続上の瑕疵が存在する。 したがって,本件処分は,手続的違法があり,取り消されるべきである。 【被告】法63条の適用に当たって,保護の実施機関に被保護者の生活実態及びその需要を調査する義務があるとしても,その義務違反があるか否かは,個別具体的な事情を総合的に勘案して判断されなければならない。 すなわち,職員は,原告が保護の申請時に借金がない旨を申告していたことから,原告に借金がないことを前提にその後も家庭訪問等により継続的に原告の生活実態の把握を行い,その際,特段自立更生のために必要な経費の支出は予定されていなかった。原告及びF弁護士は,破産手続等により経済的更生を図りうる過去の私的な借金の返済に関して述べるのみ - 14 -で,本来の自立更生のために必要な経費への充当する必要があることについて何ら述べなかった。そのため,職員は,原告から保護費を返還させるに当たり,特段,原告の自立を著しく阻害すると認められるような事情は見当たらないとして,上記に加えて更に原告の生活実態等を聴取する必要 て何ら述べなかった。そのため,職員は,原告から保護費を返還させるに当たり,特段,原告の自立を著しく阻害すると認められるような事情は見当たらないとして,上記に加えて更に原告の生活実態等を聴取する必要性はなかったものである。 福祉事務所長は,原告が受けた本件遡及支給分に相当する保護費につき,自立更生資金として返還免除とすべき部分があるか否かを,それまでに把握していた全事情に基づき慎重に検討して本件処分に至ったものであって,調査義務に反すると評価すべき事情は見当たらない。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(法63条適用の可否)について(1) 法63条の趣旨及び適用場面法63条は,被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護費を支給した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならないと規定し,本来受けるべきでなかった保護金品を受けた場合の費用返還義務を定めている。 すなわち,法4条1項は,保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる旨規定して保護の補足性の原則を定め,また,法8条1項は,保護の程度について,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行う旨規定し,法60条は,被保護者は,常に,能力に応じて勤労に励み,支出の節約を図り,その他生活の維持,向上に努めなければならない旨規定している。これらの規定は,法の定める生活保護制度が,資本主義社会における基本原則の一つとしての自 - 15 -己責任の原則を前 節約を図り,その他生活の維持,向上に努めなければならない旨規定している。これらの規定は,法の定める生活保護制度が,資本主義社会における基本原則の一つとしての自 - 15 -己責任の原則を前提とした上で,憲法25条の理念に基づき,生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障することによって,その自立を図る補足的な制度であることを明らかにしたものということができる。他方,法4条3項は,同条1項の規定は,急迫した事由がある場合に,必要な保護を行うことを妨げるものではない旨規定しているが,これは,生活に困窮する者が,法4条1項にいう利用し得る資産等を有する場合においても,これを直ちに現実に活用することが困難な場合に当該生活困窮者の最低限度の生活を保障する観点から,保護の補足性の原則の例外として,保護を行うこととしたものと解される。 上記のとおり,生活保護制度が補足的な制度であり,法4条3項が利用し得る資産等を有する場合においても保護を行うこととしていることに照らせば,法63条は,法4条3項に基づき保護費を受給した場合等において,当該受給者においてその資力を現実に活用することができる状態になったときには,当該受給者に対し,保護費の返還義務を課すこととしたものと解される。そして,かかる法63条の趣旨及び同条の文言が「急迫の場合等」とあって法4条3項所定の「急迫の場合」に限定していないことに照らせば,法63条は,法4条3項による保護が行われた場合のみならず,先に行われた保護の時点では必要であるとして保護が行われたが,後に資力があったことが判明した場合に,これを事後的に調整するためにも適用されるものと解するのが相当である。 原告は,法63条は,本来受けるべきでなかった保護金品を受けた るとして保護が行われたが,後に資力があったことが判明した場合に,これを事後的に調整するためにも適用されるものと解するのが相当である。 原告は,法63条は,本来受けるべきでなかった保護金品を受けた場合で,かつ,法4条3項による保護の場合,調査不十分のため資力があるにもかかわらず資力なしと誤認して保護を決定した場合及び保護の程度の決定を誤って不当に高額な決定をした場合のいずれかの場合に限定して適用されるべきであると主張するが,独自の理論であって採用することはできず,原告 - 16 -が主張する理由で,原告への法63条の適用が否定されることにはならない。 (2) 法63条の「資力」該当性ア前記(1)のとおり,生活保護制度が補足的な制度であることに照らせば,法4条1項にいう「利用し得る資産,…その他あらゆるもの」とは,現金等,直ちに現実に活用することが可能な資産はもとより,その性質上直ちに処分することが事実上困難であるとか,その存否及び範囲が争われる等の理由により,直ちに現実に活用することが困難であるものも含まれるというべきである。 そして,法63条の趣旨及び同条と法4条との関係に照らせば,法63条の「資力」とは,法4条1項の「利用し得る資産,…その他あらゆるもの」と同義であって,法63条の「資力があるにもかかわらず,保護を受けたとき」に該当するためには,保護を受けた時点において「利用し得る資産,…その他あらゆるもの」を有していることを要するものと解するのが相当であり,現実に直ちに活用することができるか否かはこの「資力」該当性を左右しないものというべきである。 原告は,法63条の「資力」とは,法4条1項の「その利用し得る資産,…その他あらゆるもの」と同義で,現実に使用,収益,処分の権能を持っていることが必要であると主張 右しないものというべきである。 原告は,法63条の「資力」とは,法4条1項の「その利用し得る資産,…その他あらゆるもの」と同義で,現実に使用,収益,処分の権能を持っていることが必要であると主張する。しかし,前記(1)のとおり,法4条3項は,同条1項の規定は急迫した事由がある場合に必要な保護を行うことを妨げるものではない旨規定するところ,これは,生活に窮する者において同項にいう利用し得る資産等を有するが直ちにこれを現実に活用することが困難な場合を想定していると考えられることからしても,同項の「その利用し得る資産,…その他あらゆるもの」は,現実に使用,収益,処分の権能を有するものに限られないというべきである。 イ本件についてみると,前提事実(2)(3)のとおり,原告は,平成19年6 - 17 -月20日を開始時期として保護が開始されたが,平成20年3月13日,社会保険庁長官から平成18年12月1日に支給事由が発生したとして障害基礎年金を支給する旨の処分を受けており,本件遡及支給分に係る年金受給権は,法63条の「資力」に当たるというべきである。 (3) 法63条の「資力」の発生時期ア法8条1項は,保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとし,同条2項は,その基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これをこえないものでなければならないとして,具体的な保護の基準及び程度について規定していることに照らせば,法は,保護の要否及び程度については,当該保護を行う時点において,客観的に定まり得ることを前 れをこえないものでなければならないとして,具体的な保護の基準及び程度について規定していることに照らせば,法は,保護の要否及び程度については,当該保護を行う時点において,客観的に定まり得ることを前提としているものと解される。 そうすると,法4条1項の「利用し得る資産,…その他あらゆるもの」とは,前記(2)のとおり,現実に直ちに活用し得るものである必要はないものであるが,当該保護を受ける時点においてその内容が客観的に確定し得るものであることが必要であり,換言すれば,当該保護を受ける時点において,客観的に存在し,かつ,当該要保護者に帰属していることを要するものというべきであって,法63条の「資力」も,保護を受けた時点において,客観的に存在し,当該被保護者に帰属していることを要するものというべきである。 イそして,障害基礎年金は,その支給事由が生じた日に受給権が発生するものであり(平成19年法律第109号による改正前の国民年金法16条,18条1項,30条,同条の2ないし4参照),当該年金受給権は,支給事由が生じた日から客観的に存在するものといえるから,障害基礎年 - 18 -金が遡って支給されることとなった場合については,支給事由が生じた日に年金受給権という法63条の「資力」が発生したものとして,同条を適用すべきと解するのが相当である。 原告は,障害基礎年金は,老齢基礎年金と異なりその障害認定を受けるにも複雑な手続を要する,特に本件は再審査請求後である平成20年3月13日になってはじめて年金受給権が存在することが認められたのであって,年金受給権の存在が客観的に確実性を有するに至ったと判断されるのは同日とすべきと主張する。しかしながら,国民年金法の定める給付は,その種類(老齢基礎年金,障害基礎年金,遺族基礎年金等 たのであって,年金受給権の存在が客観的に確実性を有するに至ったと判断されるのは同日とすべきと主張する。しかしながら,国民年金法の定める給付は,その種類(老齢基礎年金,障害基礎年金,遺族基礎年金等)にかかわらず,その支給事由が発生すれば同法に従った給付が行われるのであって,その意味で年金受給権は,その支給事由が生じた日から客観的に存在するものといえるのである。本件では,平成18年12月1日に事後重症による年金支給請求をしたことによって,原告に年金受給権が発生したのであって,請求の当初にはそれが認められず,再審査請求後に認められたものではあるが,客観的には同日から年金受給権が確実に存在していたというべきであり,原告の主張するように支給事由があるとの裁定を受けるまでの過程をもって,その存在が客観的に確実であるか否かを判断するものではない。 ウしたがって,原告は,障害基礎年金の支給事由が生じたとされた平成18年12月1日,本件遡及支給分の年金受給権を法63条の「資力」として取得したものと認めるのが相当である。 (4) その他の原告の主張及び指摘についてア原告は,平成18年10月13日には保護を受けることができたのであるから,本来受けるべきでなかった保護金品を受けた場合に当たらず,本件は法63条の適用場面ではないと主張する。 しかし,法63条の適用については前記(1)で述べたとおりであり,ま - 19 -た,後記3のとおり,原告が同日において保護を受けることができたと認めることはできず,原告の主張を採用することができない。 イ原告は,「生活保護手帳別冊問答集2009」(乙14)を根拠として,厚生労働省は,法63条を受給者に資力のあることを認識しながら保護費を支給した場合の事後調整の規定と解釈しており,実施機関が保護 イ原告は,「生活保護手帳別冊問答集2009」(乙14)を根拠として,厚生労働省は,法63条を受給者に資力のあることを認識しながら保護費を支給した場合の事後調整の規定と解釈しており,実施機関が保護の開始当初から資力の存在を認識していたことを適用の前提とするもので,本件では,被告は平成20年3月13日まで年金受給権の存在を認識していなかったから,同日以前において法63条を適用することはできないとも主張する。 しかし,上記問答集には,収入申告が過少であった等のため保護費の不当な受給が行われた場合に,法63条と法78条のいずれを適用すべきかという問いに対する答えとして,本来,法63条は実施機関が受給者に資力があることを認識しながら保護費を支給した場合の事後調整の規定と解すべき旨の記載はあるが,これは,法63条の適用場面が,不正な手段により保護を受けた場合の法78条の適用場面とは異なることを説明しようとしたにすぎないというべきである。法63条の文言及び前記(1)で述べた同条の趣旨に照らせば,同条の適用が,実施機関が資力の存在を認識しながら保護を開始した場合に限られると解することはできない。 ウ原告は,本件処分は,未だ原告が保護を受けていなかった時期に対応する障害基礎年金の受給権を法63条の「資力」に該当するとして,原告の財産に対する管理処分権能について制約を加える処分であるから,憲法29条の私有財産の不可侵の保障に反すると主張する。 しかしながら,そもそも,本件処分は,保護開始時点で本件遡及支給分の年金受給権が存在しており,事後的にみれば資力があったにもかかわらず保護費を支給していたので,保護開始後に支給した保護費に相当する額の返還を求めるものであって,遡及支給された年金自体が返還請求の対象 - 20 -ではない 的にみれば資力があったにもかかわらず保護費を支給していたので,保護開始後に支給した保護費に相当する額の返還を求めるものであって,遡及支給された年金自体が返還請求の対象 - 20 -ではないのであるから,保護開始前の原告の財産に対する管理処分権能に制約を加えるものとはいえない。すなわち,原告の場合,保護開始前である平成18年12月1日には年金受給権が発生し,平成19年1月分以降は障害基礎年金を受給できたはずであったが,現実にはこれを受給していなかったため,立て替えて保護費が支給されたものであって,後に本件遡及支給分が支給されることとなった場合に法63条で調整することは法が予定することであって,憲法29条に反するということはできない。 エ原告は,「生活保護手帳別冊問答集2009」(乙9,14)に,保護費の額を遡及変更して過渡分を返還させる場合は法的安定性の観点から2か月分程度を限度とすべき旨の記載があることを根拠に,本件処分が2か月分の保護費を超えて返還するよう求めるものであり,原告の法的安定性を著しく脅かしていると指摘する。 しかしながら,本件処分は,本件遡及支給分を原資として既に支給された保護費に相当する額の返還を求めるものにすぎないから,原告としては,支給された本件遡及支給分を返還すれば足りるのであり,これによって原告の法的安定性が害されるわけではない。 オ原告は,本件では法63条によって返還を求めるのではなく,本件遡及支給分を原告の収入として認定し,法26条によって保護を一時的に停止するという方法を採るべきであった,法63条の返還の場合は,遡及支給分を既支給の保護費相当額に満つるまで返還しなければならず,将来的に受給する保護費の一部から分割の方法により返還することを強いられ,最低限の生活が実質的に侵害されると 63条の返還の場合は,遡及支給分を既支給の保護費相当額に満つるまで返還しなければならず,将来的に受給する保護費の一部から分割の方法により返還することを強いられ,最低限の生活が実質的に侵害されると指摘する。 しかしながら,本件処分は,原告が保護費を受給しているところに,本件遡及支給分が支給されることとなったため,それを原資として支給済みの保護費に相当する額の返還を求めるものにすぎず,本来,将来的に受給する保護費の一部からの返還を求められるものではない。法26条によっ - 21 -て保護を停止した場合には,それ以後原告は本件遡及支給分に係る金銭をもって生活を維持し,その間保護費は支給されないこととなり,本件遡及支給分に係る金銭が尽きて再び要保護状態となったら保護を開始することになるところ,保護を停止している期間中に支給されなかった保護費の金額が本来返還されるべき金額に相当することになるのであれば,法63条を適用する場合と同様の効果が得られることになるが,保護を停止した後短期間で本件遡及支給分に係る金銭を費消し,再び要保護状態となった場合には,結局,本来返還されるべき費用に相当する金額が返還されたのと同様の効果は得られずに保護を再開することになり,法63条を規定した法の趣旨が全く没却されることになる。原告は本件遡及支給分を費消してしまったとするが,本件遡及支給分を原告の収入として認定し,法26条によって保護を一時的に停止するという方法を採るとしたら,まさに短期間で要保護状態となって保護を再開することになってしまうことが予想され,原告の指摘は,上記法の趣旨を無視するものといわざるを得ない。 カ以上のとおり,その他の原告の主張及び指摘も,いずれも採用することができない。 (5) 以上述べたところによれば,原告につき,本件遡及 の指摘は,上記法の趣旨を無視するものといわざるを得ない。 カ以上のとおり,その他の原告の主張及び指摘も,いずれも採用することができない。 (5) 以上述べたところによれば,原告につき,本件遡及支給分の年金受給権という「資力」があるにもかかわらず保護を受けたとして,法63条を適用することは適法である。 2 争点2及び争点3を判断するに当たって,前提事実,掲記する証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1) 原告は,昭和▲年▲月▲日,父であるG,母であるHとの間に次女として生まれたが,12歳のころに両親が離婚し,Hによって育てられた。他に兄弟姉妹として,姉のI,妹のJ,弟のKがいる。なお,原告は,平成5年,当時勤めていた会社の同僚の男性(L姓)と結婚し,同人との間に子を儲けたが,平成11年に離婚し,同人が子を引き取った。(乙6の3,7) - 22 -(2) 原告は,平成14年7月,Aと結婚し,平成▲年▲月▲日,同人との間にBを儲け,専業主婦となり,AとBと3人で,Aの自宅(以下「A宅」という。)で生活していた。 原告は,Aから,Bのミルク代等の生活に必要な費用がもらえない,原告の存在を否定するような発言をされる等が重なって精神的に不安定となり,平成16年10月,Mで○と診断され,同年11月からはN病院(以下「N」という。)に通院し,同年12月6日には障害者手帳2級の交付を受けた。原告は,平成18年8月ころには服薬自殺を試み,約1週間,Nに入院した。(甲3,12,乙7,原告本人)(3) 原告は,同年9月,Nを退院した後,Bを連れてHの自宅(以下「H宅」という。)に行き,H宅での生活を開始した。 当時,Hは,身体障害者1級の認定を受け,1か月8万2000円程度の年金収入を得ており,H宅には,Hのほか,手 院した後,Bを連れてHの自宅(以下「H宅」という。)に行き,H宅での生活を開始した。 当時,Hは,身体障害者1級の認定を受け,1か月8万2000円程度の年金収入を得ており,H宅には,Hのほか,手取りで1か月10万円程度の収入を得ているIと,失業中のJが同居しており,原告とBの食費は,HやIから援助してもらっていた。(甲3,原告本人)(4) 原告は,同年9月8日ころ,Hが医師から早急に入院するよう言われており,原告自身も医師から1か月の入院を勧められているため,Bの世話をしてくれるところを知りたいとして,α地域保健担当に相談に行った。(乙1の1)(5) 原告は,同年10月13日,Bが入院していたO病院(以下「O病院」という。)の医療福祉相談員のPとともに,被告の健康福祉局の福祉部(福祉事務所)の福祉課(家庭児童相談,婦人相談などを担当している。)を訪れ,職員のQに対し,Aから言葉の暴力等のDVを受け,1か月前からH宅に身を寄せているが生活費等の面でいつまでもH宅にいることはできないとして,今後の身の振り方について相談した。 Qは,DVを受けている場合,女性家庭センターの一時保護を受けて母子 - 23 -支援施設に入所する方法と,生活保護を受けて住居を確保する方法があること,離婚するには,家庭裁判所に離婚調停を申し立て,婚姻費用や養育費を請求する方法があることなどを説明したところ,原告は,一度帰宅し,Aの様子や家の状況を探ってみて気持ちの整理をし,再度相談したい旨述べた。 原告は,帰宅後,自分の居場所がないと感じ,Pに電話をし,離婚調停を申し立てたい,Aの両親の意向を聞きたい等と伝えた。Pは,同年10月17日,原告から上記内容の電話があったことをQに伝えた。(乙1の2,19,証人P)(6) 原告は,同年11月ころ,A 婚調停を申し立てたい,Aの両親の意向を聞きたい等と伝えた。Pは,同年10月17日,原告から上記内容の電話があったことをQに伝えた。(乙1の2,19,証人P)(6) 原告は,同年11月ころ,Aから離婚調停を申し立てられた。(証人P,原告本人)(7) 原告は,同年12月1日,社会保険庁長官に対し,原告の○につき,平成16年10月を受給権発生日とする障害基礎年金の裁定請求(予備的に事後重症による請求)をした。 (8) 原告は,平成19年1月19日,福祉課を訪れ,転居したい,生活保護の相談をしたい旨述べたため,職員のRは,保護課(生活保護の相談・申請受理までの事務を担当する課。)に連絡をした。 原告は,保護課の個別のブースに案内され,職員のSに対し,AからDVを受けており,現在H宅に居候していること,○でNの医師から就労しないよう指導されており収入がないこと,Aと離婚調停中であり,Bの親権者でもめていること,兵庫県尼崎市β×-3の3階に転居を予定しており,その敷金についてはHらから協力してもらうことなどを説明した。 Sは,原告に対し,転居や離婚調停等の整理を行い,再度相談に来るよう伝えた。(乙1の2,3,19,証人T,原告本人)(9) 原告は,平成19年1月30日付けで社会保険庁長官から障害基礎年金を支給しない旨の処分を受け,これを不服として,同年2月9日,社会保険審査官に対し,審査請求をした。 - 24 -(10) 同年3月ころ,Bの親権者の話合いがまとまらず,原告が離婚をしない方針を選択したため離婚調停は不調となり,原告はBを連れてA宅に戻り,Aと生活することになった。 原告は,同月19日,Pとともに福祉課を訪れ,職員に対し,Bから「お母さん嫌い」と言われること,Aから無視されることなどを相談した。 ,原告はBを連れてA宅に戻り,Aと生活することになった。 原告は,同月19日,Pとともに福祉課を訪れ,職員に対し,Bから「お母さん嫌い」と言われること,Aから無視されることなどを相談した。 原告は,同月22日,福祉課を訪れ,職員に対し,Aとは家庭内別居状態であること,Bの世話はAがしており,原告は体調が悪くて家事が全くできず辛いこと,Nの医師からは入院を勧められているが,Aが入院中に離婚届を提出するのが心配であることなどを相談した。職員は,原告に対し,Aの意向のみで離婚が成立するわけではなく,離婚届の不受理届を提出しておくことも可能であり,原告の体調が回復してBとの関わりができれば母子関係が取り戻せるので,入院することを考えてはどうか,離婚については体調回復後に考えてはどうかなどと助言した。(乙1の2,証人P)(11) 原告は,同年4月,○のためO病院に約1週間入院し,退院後,A宅に戻った。 原告は,同年5月,Aから離婚するに当たっての慰謝料として50万円を受け取り,現在の住所地(以下「原告宅」という。)への転居費用に充て,同年5月21日,原告宅に転居した。原告は,同年6月8日,Aに対し,所定事項を記入した離婚届を送付した。(乙1の1・2,4,証人P,離婚届の送付につき,原告本人)(12) 原告は,同年6月12日,Pとともに保護課を訪れ,職員のUに対し,Aから50万円を出させて同年5月21日から原告宅に住んでいること,離婚すること及び親権者をAとすることは話がついたが,Bとの面接交渉権で話合いがまとまらず,たまりかねてAに離婚届を郵送したこと,Aが離婚届を提出したかどうかは定かではないこと,○で就労ができないため保護を申請したい旨を述べた。 - 25 -Uは,原告に対し,離婚の成否が不明であるので,A 離婚届を郵送したこと,Aが離婚届を提出したかどうかは定かではないこと,○で就労ができないため保護を申請したい旨を述べた。 - 25 -Uは,原告に対し,離婚の成否が不明であるので,Aに離婚届の提出を内容証明郵便で促し,1週間経っても回答がなければ保護の申請を受け付けること,その際,印鑑,年金手帳,最終残高を記帳した預貯金通帳,現在の住所地の賃貸借契約書を持参するよう説明した。(甲16,乙4,証人P,原告本人)(13) 原告は,同年6月20日,福祉課を訪れ,Uに対し,Aから回答がなかったとして保護を申請したい旨を述べた。 原告は,保護を申請する理由として,病気の状態が悪いため仕事が全くできないこと,資産は現金300円と預貯金額1000円を有するのみで負債はないことを申請書等に記載し,保護の申請をし,被告はこれを同日付けで受理した。 なお,同年6月26日,原告とAの離婚届が受理され,Bの親権はAとされた。(乙5,6の1~3,7)(14) 福祉事務所の担当課(保護の申請があった場合に,保護要件についての調査をしたり,当該要件を満たしている申請者の保護開始決定を行ったり,保護開始後に被保護者に対して生活状況等の実態把握や指導助言などを行う課。)の職員のVは,同年7月2日,保護開始に当たっての調査として,原告宅を訪問し,住居の状況,同年6月20日時点における資産の状況,原告の従前の生活状況,扶養義務者及び能力状況等を調査し,ケース記録票を作成した。 被告において原告の保護の要否が検討され,同年7月10日付けで,原告に対し,同年6月20日を保護の開始時期とする保護開始決定がされた。 (乙7,19,21,証人V)(15) Vは,同年8月27日,原告宅を訪問した。Vは,原告からNへ週に1度通院しているが,体調が思 対し,同年6月20日を保護の開始時期とする保護開始決定がされた。 (乙7,19,21,証人V)(15) Vは,同年8月27日,原告宅を訪問した。Vは,原告からNへ週に1度通院しているが,体調が思わしくないこと,外出は犬の散歩を2,3日に1度と時折買い物に行く程度であることなどを聴き取った。 - 26 -Vは,同年9月26日,原告宅を訪問したが留守のため,同月28日,再度,原告宅を訪問した。Vは,原告から,1か月程前から○の治療のため毎日Nに通院していること,週に2日精神科にも通院していることなどを聴き取った。これを受け,担当課は,原告の生活状況を概ね把握することができたとして,今後の訪問を毎月1回から3か月に1回に変更することとした。 Vは,同年12月28日,原告宅を訪問した。Vは,原告から,Nの精神科の通院は続いていること,食事を摂る時間が不規則になっていること,Hらが従前のH宅よりも遠方に引っ越して不安なことも多いがIらが月に1度訪ねてくること,Aに原告宅の住所を知られてしまったことなどを聴き取り,原告に対し,Aとの間に何かあれば,福祉事務所に報告するよう伝えた。 Vは,O病院から,原告が平成20年1月31日に同病院に入院し,同年2月18日に退院したこと,単身で生活させることには不安があり,原告には訪問看護が必要になることなどの連絡を受けた。 Vは,同年3月11日,原告宅を訪問し,原告から,現在,週に1度O病院とNに通院していること,前回の訪問後にAが原告宅に来たことがあることなどを聴き取った。これを受けて,担当課において,原告の生活実態の把握ができ,生活状況が安定しているとして,今後の訪問を3か月に1回から4か月に1回に変更することとした。(乙7,21,証人V)(16) 原告は,社会保険審査官か 担当課において,原告の生活実態の把握ができ,生活状況が安定しているとして,今後の訪問を3か月に1回から4か月に1回に変更することとした。(乙7,21,証人V)(16) 原告は,社会保険審査官から審査請求を棄却する旨の決定を受け,平成19年11月8日に社会保険審査会に対し再審査請求をしていたところ,社会保険庁長官から,平成20年3月13日付けで平成18年12月1日を受給権発生日とする2級の障害基礎年金を支給する旨の処分を受け,平成20年4月15日,平成19年1月分から平成20年3月分までの障害基礎年金として110万4075円を受給した。 (17) 原告は,同年4月15日,担当課を訪れ,Vに対し,平成19年1月分 - 27 -から平成20年3月分までの障害基礎年金を受給したことを報告したところ,Vから,受給した障害基礎年金の相当額を返還する必要があるので,費消してしまわないように説明を受け,当該障害基礎年金を身内からの借金の返済に充てたいと述べたところ,Vから,借金の返済に充てることは認められないとの説明を受けた。 担当課のX係長及びVは,同年4月24日,原告とPに対し,障害基礎年金を遡及して受給した分に相当する保護費については,法63条により返還の対象となることを説明した。 原告から依頼を受けたF弁護士は,同年5月16日,担当課を訪れ,受給した障害基礎年金のうち80万円をCらの借金の返済に充てており一括返済が難しいこと,原告が平成18年10月に生活保護の相談をした際に申請を受け付けてもらえなかったため,自身で住居を構える必要があって当該借金をする必要が生じたものであるから原告に返還を求めない方向で検討してほしいこと,この件については,F弁護士を介することとし,直接原告本人には連絡を取らないよう述べた。応対したVらは,F弁 て当該借金をする必要が生じたものであるから原告に返還を求めない方向で検討してほしいこと,この件については,F弁護士を介することとし,直接原告本人には連絡を取らないよう述べた。応対したVらは,F弁護士の説明について,平成18年10月の相談については福祉事務所に記録がなく,転居費用はAからの支払金でまかなったとの原告の説明と食い違うと考え,記録にとどめた。 F弁護士は,平成20年5月26日に担当課に電話をし,受給した障害基礎年金は,借金の返済のほか,F弁護士以外の弁護士,司法書士,O病院への支払に充て,現在の残額は6万円程度であると説明し,同年5月28日には担当課を訪れ,現在の残額が6万2058円であること,本件遡及支給分相当額の返還を求めることは,原告の自立助長に反するのではないかと述べつつ,Cらに対して原告が返済した金額を戻してもらうよう交渉するとも述べた。 F弁護士は,同年7月22日,担当課を訪れ,借金を返済した相手方から - 28 -11万円程度を回収することはできたが,本件遡及支給分の全額を返還の対象とすることは納得できず,いくらかは自立更生資金として認め,返還額を減額するよう検討してほしい旨述べた。(乙7,16,20,21,証人V)(18) 福祉事務所長,担当課のW課長,X係長及びVは,同年7月31日,本件遡及支給分に法63条の適用があるが,自立更生資金と認定して返還額を控除すべき部分があるかについて検討することとし,F弁護士とのやり取りを踏まえた結果,原告が借金の返済に充てた部分は自立更生資金として認めがたいとして,本件遡及支給分の全額につき法63条を適用して同額に相当する保護費の返還を求めることとし,現実的に一括返済が困難である場合は,原告と相談の上,分割返済を検討することとした。(乙7,20,21,証 ,本件遡及支給分の全額につき法63条を適用して同額に相当する保護費の返還を求めることとし,現実的に一括返済が困難である場合は,原告と相談の上,分割返済を検討することとした。(乙7,20,21,証人V)福祉事務所長は,同年9月17日,原告に対し,本件処分を行った。 3 争点2(裁量権の逸脱,濫用の有無)について(1) 法63条は,被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護費を支給した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならないと規定し,その受けた保護金品に相当する金額を一律に返還させるのではなく,その金額の範囲内において保護の実施機関に返還させるべき額を決定させることとし,返還額について保護の実施機関の裁量を認めている。これは,法が最低限度の生活を保障するとともに保護金品が被保護者の自立を助長することを目的としていること(1条)に照らし,保護金品が被保護者の自立に資する形で使用された場合には,その返還を免除することが法の目的にかなうからである。 もっとも,保護の実施機関の裁量は,全くの自由裁量というべきではなく,当該世帯の自立更生のためにやむを得ない用途に充てられたものかどう - 29 -か,社会通念上容認できる程度であるか,保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害するかどうかについての判断に合理性がない場合は,その裁量権の逸脱,濫用として違法となるというべきである。 以下,原告が福祉事務所長の裁量権の逸脱,濫用に当たると主張する各事由について検討する。 (2) 自立更生資金に当たるかについてア原告は,Cらに対し,借金の返済として本件遡及支給分から合計8 以下,原告が福祉事務所長の裁量権の逸脱,濫用に当たると主張する各事由について検討する。 (2) 自立更生資金に当たるかについてア原告は,Cらに対し,借金の返済として本件遡及支給分から合計80万円を支払っており,かかる借金の返済は,原告の経済的更生に資するものとして自立更生資金として返還額から控除すべきと主張する。 原告は,保護が開始される前に,原告の生活費や住居を確保するための費用を賄うためCらから借金をしたと主張している(なお,前記2(11)のとおり,少なくとも原告宅の確保には,原告はAから受け取った50万円を原資としている。)。原告は,保護の開始前に,私人に対して貸金債務を負っていたというものであり,本来,要保護者が理由や経緯の如何を問わず債務超過の状態にあるのであれば,破産手続等によって経済的更生を図るべきであるところ,法63条に基づく保護費の返還額を決定するに当たって,保護開始前に発生した借金の返済に充てる部分について自立更生資金としての控除を認めることは,保護費をもって保護開始前に発生した第三者の私債権を満足させることにほかならず,自己責任の原則を前提として生活に困窮する国民に対して最低限度の生活を保障しようとする生活保護の制度趣旨に反するものであって,相当ではない。 イ原告は,Aとの離婚問題について相談した弁護士と司法書士に支払った相談料は,原告の自立更生のために必要な費用であるから返還額から控除すべきとも主張し,原告の陳述書(甲3)には,Aからの離婚調停の申立てについての相談料として弁護士と司法書士に合計8万円を支払った旨の記載がある。 - 30 -前記2(6)(10)のとおり,原告は平成18年11月ころAから離婚調停を申し立てられ,同調停は保護開始前の平成19年3月ころには不調で終わって 円を支払った旨の記載がある。 - 30 -前記2(6)(10)のとおり,原告は平成18年11月ころAから離婚調停を申し立てられ,同調停は保護開始前の平成19年3月ころには不調で終わっている。そうすると,原告が実際にそのような相談料を支払っていたとしても(なお,支払を裏付ける客観的な証拠は提出されていない。),前記アと同様,保護の開始前に生じた金銭債務にすぎないから,これを自立更生資金として返還額から控除することは,アと同様,生活保護の制度趣旨に反するものであり,相当ではない。 ウしたがって,原告のいずれの主張も採用することはできない。 (3) 保護の申請権が侵害されたかについてア原告は,平成18年10月13日,保護課を訪れ,保護の申請をしたが,職員が虚偽の保護の受給要件を述べるなどしてこれを受け付けず,原告の保護の申請権の侵害をしたと主張し,それに沿う証拠として,原告の陳述書(甲3),Hの陳述書(甲11),福祉課の職員のQが原告を保護課につないだとのPの証言,原告の供述がある。 しかしながら,前記2(5)のとおり,原告は,同日,今後の身の振り方について相談したQから,DVを受けている場合には母子支援施設に入所する方法と保護を受けて別に住居を確保する方法があること,離婚するには離婚調停を申し立てて婚姻費用等を請求する方法があることなどの説明を受けているが,Qに対し,一度帰宅してAの様子等を探ってみて気持ちを整理して再度相談したいと述べ,帰宅してから,Pに対し,電話で,離婚調停を申し立てたいなどと述べているのであって,これによれば,同日にQに相談した時点では,離婚するか否か等のAとの関係をどうするかという点が原告の関心事で,かつAの態度によってはAとの生活をやり直すことも考えていたとみられ,この時点で,原告 ,これによれば,同日にQに相談した時点では,離婚するか否か等のAとの関係をどうするかという点が原告の関心事で,かつAの態度によってはAとの生活をやり直すことも考えていたとみられ,この時点で,原告が保護を申請したいとの明確な意思を持っていたとは考えにくい。同日に福祉課において作成された婦人相談票(乙1の2)の1枚目の処遇内容欄,5枚目の経過記録の平成 - 31 -18年10月17日付け欄には,原告が当時生活保護を申請する意思を持っていたことや申請をしたが断られたこと等を窺わせる記載はない。同経過記録の平成19年1月19日の欄には,「生保相談したい」との記載があり,更に「保護課面接担当につなぐ」との記載があることと対比すると,平成18年10月13日の時点でQに原告が生活保護の申請の意思を示し,Qが原告を保護課に連れて行ったとすれば,そのことをQが婦人相談票に記載しない理由が全く見当たらない。また,原告が同日保護課で保護の申請を相談して断られたのであれば,同月17日のQとの電話においてそのことが話題に上るものと考えられるが,同日そのような話をしたというくだりは,原告の供述にすらなく,前記のとおり同日の経過記録にもそのことに関する記載はない。他方,証拠(乙3~5,19,証人T)によれば,保護課においては,保護の相談に対応したときには,申請に至らない場合でも,面接記録票を作成する取扱いになっていたことが認められるところ,同月13日の原告に関する面接記録票が作成されていることを認めるに足りる証拠はない。 これらのことに照らしてみると,原告の主張に沿う前記の各証拠をもって,原告が同日に福祉課の職員に対して保護を申請したい旨述べたことや,その後保護課を訪れて保護を相談し,保護を申請したい旨述べたと認めることはできない。 イ原告は, 張に沿う前記の各証拠をもって,原告が同日に福祉課の職員に対して保護を申請したい旨述べたことや,その後保護課を訪れて保護を相談し,保護を申請したい旨述べたと認めることはできない。 イ原告は,同年11月ころ及び同年12月ころにも,保護課を訪れて保護を申請したい旨述べたが,職員は,Aと離婚をしていないこと等を理由に申請を受け付けなかった,転居費用の扶助について誤った説明をしたと主張し,これに沿う証拠として原告の陳述書(甲3),原告の供述がある。 しかしながら,前記アのとおり保護課において保護の相談がされた場合には面接記録票を作成する取扱いとなっているところ,原告が主張する日にちの原告の相談に関する面接記録票が作成されたことを認めるに足りる - 32 -証拠はなく,その他に原告の主張を裏付ける客観的な証拠もなく,後記ウのとおり,原告は,平成19年3月ころまでは,Aと離婚するか否か,Bとの生活をどうするか否かについてその自身の考えが定まっていなかったものとみられるから,平成18年11月ころ及び同年12月ころに保護課を訪れて保護を申請したい旨述べたと認めることはできない。 ウ原告は,平成19年1月19日,同年5月中旬,同年6月12日にも保護課を訪れ,保護の申請をしたが,職員は,原告が保護を受けられるかどうかについて何ら調査することなく,婚姻関係の破綻について過度の説明を求め,故意に保護の開始時期を遅らせ,同月20日まで申請を受け付けなかったと主張する。 しかしながら,前記2で認定したとおり,原告は,平成18年11月ころにAから離婚調停を申し立てられ,平成19年1月19日には保護課の職員に対し,Aと離婚調停中であることなどについて説明し,同年3月には,原告が離婚をしないでAとやり直す方向で離婚調停が不調に終わり, Aから離婚調停を申し立てられ,平成19年1月19日には保護課の職員に対し,Aと離婚調停中であることなどについて説明し,同年3月には,原告が離婚をしないでAとやり直す方向で離婚調停が不調に終わり,原告は一旦,Bを連れてA宅に帰り,Aとの生活を再開している。そして,原告は,同年3月19日と同月22日には,福祉課を訪れ,Bから「お母さん嫌い」と言われることや,Aが勝手に離婚届を提出するのではないかなどの心配があることなどを相談している。これらの事実に照らせば,原告は,同年3月ころまでは,Aと離婚せず,Bと生活をしたいという考えもあり,今後の生活の方針についての原告自身の考えが定まっていなかったものとみられ,このような原告自身の態度に照らすと,職員のSが,同年1月19日,原告に転居や離婚調停等の整理を行って再度相談に来るよう伝えたことは,何ら不当なものではないというべきである。 以上に加え,原告が同年5月中旬に保護課を訪れたと認めるに足りる客観的な証拠はなく,原告が同年1月19日の次に保護課を訪れたのは,同年6月12日であると認められるところ,原告からAに離婚届を郵送した - 33 -が離婚届が提出されたか定かではないことを述べられ,職員のUが,Aに離婚届の提出を促し,1週間経っても回答がなければ保護の申請を受け付けること,その際,必要な書類等を持参するよう説明したことなどの経過に照らすと,保護課の職員が故意に保護の申請を遅らせたと評価すべき事情は見当たらないというべきである。 エその他,原告は,平成18年当時,被告においては,保護の申請を受け付けず,窓口で追い返す水際作戦が行われていたなどと指摘するが,それを認めるに足りる証拠はない。 オ以上述べたとおり,原告が平成19年6月20日に保護を申請する以前において,原 護の申請を受け付けず,窓口で追い返す水際作戦が行われていたなどと指摘するが,それを認めるに足りる証拠はない。 オ以上述べたとおり,原告が平成19年6月20日に保護を申請する以前において,原告の保護の申請権が侵害されたと認めることはできない。 (4) 本件処分が重い処分であるかについてア原告は,本件処分が平成20年10月31日までに97万2059円を一括で支払うことを求める処分であり,原告に極めて酷である,原告が本件遡及支給分の大部分を費消しているので,本件遡及支給分の全額に相当する金員の返還を求められれば,今後受給する保護費から差し引かれる形で返還をしていくことになり,長期にわたり,最低生活費を下回る生活を続けることを余儀なくされるなどと主張する。 イしかしながら,本件処分は,支給済みの保護費を返還させるものであるが,原告がこれとは別に受給した本件遡及支給分を原資とすることが想定されているのであって,原告の今後の保護費の支給額に影響を及ぼすものではないから,本件処分が97万2059円を一括で支払うことを求める内容であることをもって,原告にとって極めて酷な処分ということはできない。 また,前記2(17)のとおり,原告は,平成20年4月15日の時点で,既にVから本件遡及支給分を借金の返済に充てないように説明を受けていたにもかかわらず,原告の主張によれば,同月16日及び同月17日に本 - 34 -件遡及支給分から合計80万円を支払ったというのである。このような事情の下では,原告が今後,本件処分で定められた額を長期にわたって分割して返還していかなければならないとしても,そのことを保護の実施機関の裁量権の逸脱,濫用と評価することはできない。 ウしたがって,原告の前掲主張は採用することができない。 にわたって分割して返還していかなければならないとしても,そのことを保護の実施機関の裁量権の逸脱,濫用と評価することはできない。 ウしたがって,原告の前掲主張は採用することができない。 (5) 以上述べたとおり,本件では,福祉事務所長が法63条に基づき保護費の返還額を決定するに当たって,その裁量権を逸脱,濫用したと評価すべき事情は見当たらず,本件処分が,裁量権の逸脱,濫用を理由に違法と認めることはできない。 4 争点3(調査義務違反の有無)について(1) 原告は,福祉事務所長が当時の原告の生活実態及びその需要を把握することを怠り,原告の借金の経緯についての具体的な検討を行わず,漫然と本件処分を行ったとして,調査義務違反という手続上の瑕疵があると主張する。 (2) 法は,生活に困窮する国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的としていること(1条),保護は,要保護者の年齢別,性別,健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して,有効かつ適切に行うものとしていること(9条)からすれば,保護の実施機関が法63条を適用してその返還額を決定するに当たっては,被保護者の生活実態及びその需要を調査する義務を負うものというべきである。 本件についてみると,前記2で認定したとおり,Vは,平成19年7月2日に保護開始に当たっての調査として原告宅を訪問した後,同年8月27日,同年9月26日,同年12月28日,平成20年3月11日に原告宅を訪れて,原告の生活状況,病院への通院状況等を聴き取っている。そして,原告が同年4月15日に障害基礎年金が支給されたことを報告した際,原告 - 35 -は,Vに対し,支給された障害基礎年金を身内からの借金の返済 状況,病院への通院状況等を聴き取っている。そして,原告が同年4月15日に障害基礎年金が支給されたことを報告した際,原告 - 35 -は,Vに対し,支給された障害基礎年金を身内からの借金の返済に充てたいと述べたのみで,自立更生資金と認められるような費用に充当すべき必要性があることについて何ら述べていない。同年5月以降は,原告が依頼したF弁護士が,担当課に対し,法63条に基づく返還の件については直接原告に連絡をとらないよう申し入れるとともに,本件遡及支給分を借金の返済等に充てた,自立更生資金として一部でも認めて欲しいと要望し,借金の理由として平成18年10月に生活保護の相談をした際に受け付けてもらえなかったことを挙げて説明するのみで,それ以上に自立更生資金と認められるような費用に充当すべき必要性があることについて述べていないものであり,福祉事務所長ほか担当課の職員は,F弁護士とのやり取りを踏まえて,原告について自立更生資金として法63条の返還額から控除すべき部分があるか否かを検討し,本件処分に至ったものである。 これらの事実の下では,福祉事務所長や担当課の職員に,原告やF弁護士から自立更生資金として認めることが必要か否かについての生活実態や需要があるかについて更に聴き取り,調査する義務があったと認めることはできず,福祉事務所長に調査義務違反があったと認めることはできない。 (3) したがって,本件処分に手続上の瑕疵があったと認めることはできない。 5 結語以上述べたとおりであるから,本件遡及支給分の年金受給権を法63条の「資力」とみて,本件遡及支給分に相当する額の保護費の返還を命じる本件処分は適法であり,その返還額の決定に当たっての裁量権の逸脱,濫用も認められず,また,手続違反も見当たらない。 法63条の「資力」とみて,本件遡及支給分に相当する額の保護費の返還を命じる本件処分は適法であり,その返還額の決定に当たっての裁量権の逸脱,濫用も認められず,また,手続違反も見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 - 36 -神戸地方裁判所第2民事部 裁判長裁判官栂村明剛 裁判官植田智彦 裁判官近藤紗世

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