令和3年11月5日判決宣告広島高等裁判所松江支部令和2年(う)第37号強盗殺人被告事件原審鳥取地方裁判所平成31年(わ)第7号主文本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中280日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 事案の概要 1 控訴趣意等本件控訴の趣意は,弁護人安藤有理作成の控訴趣意書に記載されているとおり であるから,これを引用する。論旨は,訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張であり,前者は原判決が第2次控訴審判決の拘束力を認めたのは法令の解釈適用を誤っているというもので,後者は被告人は本件公訴事実の犯人ではないというものである。 これに対する答弁は,検察官小出幹作成の答弁書に記載されているとおりであ るから,これを引用する。 2 原判決(第2次第一審判決)の概要原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,被告人は,平成21年9月29日午後9時40分頃,鳥取県米子市所在のホテル(以下「本件ホテル」という。)新館2階事務所(以下,単に「事務所」という。)において,金品を物色するなど していたところ,同ホテル支配人A(当時54歳。以下「被害者」という。)が同所に入ってきたため,金品を強取しようと考え,同人に対し,殺意をもって,その頭部を壁面に1回叩き付け,頸部をひも様のもの又は手で絞め付けるなどしてその反抗を抑圧し,同所にあった同人管理の現金約26万8000円を強取し,その際,前記暴行により,同人に遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折,脳挫傷, 硬膜下血腫等の傷害を負わせ,よって,平成27年9月29日,前記遷延性意識 障害による敗血症に起因する多臓器不全により同人を死亡させて殺害したというものである。 原判決は,強盗殺人罪の成立を認め,被告人を 害を負わせ,よって,平成27年9月29日,前記遷延性意識 障害による敗血症に起因する多臓器不全により同人を死亡させて殺害したというものである。 原判決は,強盗殺人罪の成立を認め,被告人を無期懲役に処した。 3 審理経過本件の起訴後の審理経過は次のとおりである。 ⑴ 第1次第一審判決(鳥取地方裁判所平成28年7月20日判決)第1次第一審の審理終結時の本件公訴事実は,強取した現金の額を約43万2910円とする以外は,原判決が認定した事実(前記2)とおおむね同一である。 第1次第一審判決は,被告人が被害者に殺意をもって暴行を加え,被害者管 理の現金約26万8000円を持ち去ったことは認定したが,暴行は財物奪取を目的としたものではなかったとして,強盗殺人罪の成立を認めず,殺人罪及び窃盗罪の成立のみ認め,被告人を懲役18年に処した。これに対し,検察官及び弁護人が控訴した。 なお,同判決は併合審理された詐欺の事実につき無罪を言い渡し,検察官は 同事実につき控訴を申し立てず,同事実の無罪が確定した。 ⑵ 第1次控訴審判決(広島高等裁判所松江支部平成29年3月27日判決)第1次控訴審判決は,被告人が本件の犯人であることの証明は十分でなく,第1次第一審判決には事実誤認があるとして,同判決を破棄し,無罪を言い渡した。これに対し,検察官が上告した。 ⑶ 上告審判決(最高裁判所平成30年7月13日判決)上告審判決は,第1次控訴審判決が第1次第一審判決に事実誤認があるとした判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとして,第1次控訴審判決を破棄し,差し戻した。 ⑷ 第2次控訴審判決(広島高等裁判所平成31年1月24日判決) 第2次控訴審判決は,第1次第一審判決に事実誤認があるとして,同判決中 があるとして,第1次控訴審判決を破棄し,差し戻した。 ⑷ 第2次控訴審判決(広島高等裁判所平成31年1月24日判決) 第2次控訴審判決は,第1次第一審判決に事実誤認があるとして,同判決中 有罪部分を破棄し,差し戻した。これに対する上告はされなかった。 ⑸ 原判決(鳥取地方裁判所令和2年11月30日判決)原判決の概要は前記2のとおりである。これに対し被告人が控訴した。 第2 原判決の理由の概要 1 認定事実 原判決がその理由において認定した主要な事実は以下のとおりであり,当裁判所もこれを是認できる。 ⑴ 何者かが,平成21年9月29日午後9時40分前後頃,本件ホテルの事務所において,被害者に対し,その頭部を壁面に1回叩き付け,頸部をひも様のもの又は手で絞め付けるなどし,同人に遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折等 の傷害を負わせた(以下「本件事件」又は「本件犯行」といい,年の記載のない月日は平成21年の月日を,日の記載のない時刻は本件事件当日の時刻を指す。)。 被害者は,平成27年9月29日,前記遷延性意識障害による敗血症に起因する多臓器不全により死亡した。 ⑵ 本件ホテルは,いわゆるモーテル型のラブホテルである。建物外部と各客室との間のドア(以下「客室出入口ドア」という。)の開閉時刻,従業員が客室の清掃を始める際にボタンを押した時刻及び清掃終了時にボタンを押した時刻等は,本件ホテルのコンピュータに記録される。 ⑶ 本件ホテルでは,客室使用料等は原則として各客室に設置された精算機で精 算される。 事務所には,金庫内に釣銭補充用現金(精算機内に不足した金種を補充して釣銭を規定数に保つための現金)として主に千円札と硬貨からなる総額45万円の現金が常時保管されていた。 精算機の不調等に備 。 事務所には,金庫内に釣銭補充用現金(精算機内に不足した金種を補充して釣銭を規定数に保つための現金)として主に千円札と硬貨からなる総額45万円の現金が常時保管されていた。 精算機の不調等に備えるため,フロントにはレジが置かれ,主に釣銭用とし て合計5万円(千円札40枚と硬貨,以下「ドロワー現金」という。)が用意さ れていた。 ⑷ 被害者は,本件ホテルの支配人であり,週1回程度,本件ホテルを訪れて各客室の精算機内等の売上金を回収し,集計して本社へ送金する作業を行っていた。精算機の集金時には,金庫から釣銭補充用現金を持参して精算機内の釣銭を補充し,売上金は事務所で一時保管されていた。被害者は,本件ホテルを訪 れた際,主に事務所の隣室である310号室を宿泊場所とし,同室の客室出入口ドアや2階従業員用通路との間のドアを施錠されない状態にしていた。 被告人は,3月半ばより約半年間にわたり本件ホテルに店長として勤務し,本件事件の約2週間前より休職していた。 ⑸ 本件事件当時,被害者のほか,B,被告人の姉であるCほか2名の従業員が 本件ホテルで勤務していた。 被害者及び前記4名の従業員は,午後8時過ぎ頃から,フロントに隣接する休憩室で夕食を兼ねた休憩(以下,単に「夕食」という。)をとった。 Bは,午後9時26分頃,フロントのコンピュータを操作し,305号室の生ビールの売上げを入力した(以下「305号室の売上入力」という。)。 午後9時34分頃,310号室の客室出入口ドアが1回開閉された(以下「310号室の開閉」という。)。 Cほか2名の従業員は,夕食終了後,3人一組となり106号室,306号室,108号室及び102号室の順に清掃を行った。106号室の清掃終了時刻が午後9時48分頃に,306号室の清掃終了時 う。)。 Cほか2名の従業員は,夕食終了後,3人一組となり106号室,306号室,108号室及び102号室の順に清掃を行った。106号室の清掃終了時刻が午後9時48分頃に,306号室の清掃終了時刻が午後9時59分頃に記 録された(以下「本件清掃記録」という。)。 ⑹ 被告人は,午後8時頃,Cから電話を受け,本件ホテルの客室に設置されたスロット機の売上金の回収方法を教えるために午後10時頃に本件ホテルに行く約束をし,午後8時30分頃,本件ホテルまで車で約15分の距離にある自宅から車で本件ホテルに向かい,午後8時35分頃,当時交際していたDか らの電話を受け,午後9時13分頃,同人との通話を終えた。 ⑺ 被告人は,午後10時頃,本件ホテルの新館従業員用出入口付近でBと出会い,その後,102号室を清掃していたCを訪ねた。Cが事務所に行き,倒れている被害者を発見し,Bが午後10時12分に119番通報した。 ⑻ 本件事件発生後,事務所内には,事務机引き出し内に114万円余の現金があるなどしたが,事務所内に保管されているはずの現金合計額に少なくとも千 円札267枚を含む約26万8000円が不足していた。 ⑼ 被告人は,9月30日(本件事件翌日)午前9時34分頃から同日午前9時39分頃にかけて,ATM機から被告人名義の口座に230枚の千円札を入金し,1万円札7枚を引き出した(以下「本件入出金」といい,被告人が入金した230枚の千円札を「本件千円札」という。)。 ⑽ 被告人は,9月30日午後3時10分頃,車の修理を終えると,車で米子市を離れ,10月4日に同市に戻るまで大阪府周辺に滞在し,この間に警察から連絡を求められている旨を認識したが対応せず,9月30日午後6時23分頃から10月3日午前11時17分頃まで,家 と,車で米子市を離れ,10月4日に同市に戻るまで大阪府周辺に滞在し,この間に警察から連絡を求められている旨を認識したが対応せず,9月30日午後6時23分頃から10月3日午前11時17分頃まで,家族やDからの電話の着信及びメールの受信に応答しなかった。 被告人は,米子市に戻った後,Dと頻繁に会う等していたが,11月5日に警察に発見されるまで,自宅には帰らず,家族から送金を受けるなどしながら車上生活を続け,警察への連絡出頭はしなかった。 2 第2次控訴審判決の拘束力原判決は,第2次控訴審判決の拘束力は,第1次第一審判決が,①直接証拠で あるB証言(夕食終了時刻は午後9時40分頃であったと証言した。)を取り上げて信用性を吟味しなかったこと,②本件清掃記録から推定される夕食終了時刻の推認力を過小に評価したこと,③Cの救急隊員に対する説明(夕食終了時刻を午後9時40分頃と説明した。)について,証拠価値が乏しいと見たこと,④以上を前提に,夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定し,更に殺人と窃盗を認定し たことをそれぞれ否定する部分に生じていると判断し,原審の証拠調べによって, 前記②及び③のいずれも拘束力からの解放は生じないとした。 3 夕食終了時刻原判決は,本件清掃記録から推定される夕食終了時刻は,おおよその夕食終了時刻を考える上では相当程度の推認力を有すると,Cの救急隊員に対する説明は,夕食終了時刻に対する推認力はある程度はあるとそれぞれ判断し,B証言がこれ らとそれぞれ整合し,それ自体一貫性・具体性があり,これと矛盾する客観的事情も特になく,弁護人の主張を踏まえても信用することができるとして,これと関係証拠とにより,夕食終了時刻は午後9時40分頃と認められるとした。 4 被告人の犯人性原判決は, れと矛盾する客観的事情も特になく,弁護人の主張を踏まえても信用することができるとして,これと関係証拠とにより,夕食終了時刻は午後9時40分頃と認められるとした。 4 被告人の犯人性原判決は,①本件千円札の所持及び本件入出金は,230枚の千円札を日常生 活で所持し,入金する機会は極めて少ないこと,被害金と金種及び枚数が類似すること,本件直後の朝の入金であり,一部は1万円札に両替までしていることとあいまって,被告人が本件の犯人であり,本件犯行で得た大量の千円札を隠そうとしたという事実を強く推認させること,②310号室の開閉は夕食終了前に行われ,犯人が事務所に侵入する目的で本件ホテル内に侵入した際のもので,31 0号室が施錠されておらず,同室から事務所に侵入できることや事務所における現金保管状況を知っていたなどの犯人像に被告人が合致すること,③被告人は,午後9時13分頃から午後10時頃まで本件ホテル周辺にいたから,本件犯行に及ぶ機会があったこと,④本件事件後,被告人が他者との連絡を絶って警察の捜査等を避けるために逃走し,米子市に戻った後も警察を避けていること,⑤被告 人以外の内部事情を知る関係者が計画性を持って犯行に及ぶならば,より安全な時間帯を狙うのが自然であり,被告人以外の者が本件犯行に及んだ具体的可能性が認められないことを挙げ,このような事実関係が同時に存在することは,被告人が本件の犯人であると考えなければ合理的な説明ができないとして,被告人の犯人性を認めた。 原判決は,①の判断において,弁護人が,本件千円札の所持や本件入出金の経 緯に関する被告人供述(7月末頃に回収したスロット機の売上金に含まれていた約270枚の千円札を自身の1万円札と交換した,本件入出金は妻への生活費等の送金である等)の裏 所持や本件入出金の経 緯に関する被告人供述(7月末頃に回収したスロット機の売上金に含まれていた約270枚の千円札を自身の1万円札と交換した,本件入出金は妻への生活費等の送金である等)の裏付けのひとつとして,被告人が7月末に約21万円をスロット機の運営会社に送金した際に銀行に持ち込んだ紙幣は100枚未満であった事実を挙げたのに対し,被害者にもスロット機の売上金の千円札と本件ホテル の売上金中の1万円札等を両替する機会があった,被告人が個人の金銭を使用してドロワー現金の両替を行う必要性は乏しい,本件事件当時の被告人に23万円ものへそくりを所持し続けられる金銭的余裕などなかったことがうかがわれる,6月以降は妻に少額の生活費しか渡していなかった被告人が本件事件翌日に限り16万円もの送金をするのは不自然である,入金した金銭は被告人が全額引き 出して費消しており生活費等の送金とは認め難いなどとして,被告人供述は信用できないとした。 5 被告人に成立する罪名原判決は,被告人は,当初より金品を窃取する目的で事務所に立ち入り,同所で現金を物色するなどしていたところ,事務所に戻った被害者が抵抗する間もな く,いきなり激しい暴行を加え,その後,事務所内に保管された現金を取得しており,その暴行は,金品を強取するとともに,自身の犯行を隠蔽する目的で加えられたもので,殺意があり,被告人には強盗殺人罪が成立するとした。 第3 当裁判所の判断 1 原判決が被告人の犯人性を認めたことが論理則,経験則等に照らして不合理で あるということはできず,被告人について強盗殺人罪の成立を認めたことに誤りは認められない。 以下,控訴趣意に沿って検討する。 2 訴訟手続の法令違反の論旨について⑴ 所論は,原判決が第2次控訴審判決の拘束力 きず,被告人について強盗殺人罪の成立を認めたことに誤りは認められない。 以下,控訴趣意に沿って検討する。 2 訴訟手続の法令違反の論旨について⑴ 所論は,原判決が第2次控訴審判決の拘束力を「午後9時40分まで夕食休 憩中であった」という判断について認めたという認識を前提に,夕食終了時刻 の認定の根拠とされる本件清掃記録による推定やCの救急隊員への説明の推認力の評価の誤りを主張して,これらが夕食終了時刻に関するB証言を補強するということはできず,また,同証言は,それ自体の合理性,供述の変遷及び他の証拠との整合性に照らして信用性がないから,原判決が前記拘束力を認めたことは法令の解釈適用の誤りであると主張し,第2次控訴審判決には何ら拘 束力は認められないとする。なお,所論はこれを前提として,原判決が夕食終了時刻を午後9時40分頃と認定したことは事実誤認であると主張し,被告人の犯人性を否定する根拠の一つとするものと解される。 ⑵ 論旨が,第2次控訴審判決の証拠評価に誤りがあるため,同判決が第1次第一審判決を破棄した直接の理由である判断にも誤りがあるというものであれ ば,それは破棄判決の破棄の直接の理由である判断であっても誤りがある場合には拘束力が生じないことを前提とするもので,裁判所法4条が上級審の裁判所の裁判に拘束力を認めている趣旨に反し,失当である。 ⑶ 原判決は,前記第2の2のとおり,第2次控訴審判決の拘束力を,①(夕食終了時刻の)直接証拠であるB証言を取り上げて信用性を吟味しなかったこと, ②本件清掃記録から推定される夕食終了時刻の推認力を過小に評価したこと,③Cの救急隊員に対する説明について,証拠価値が乏しいと見たこと,④以上を前提に,夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定し,更に殺人と窃盗を 記録から推定される夕食終了時刻の推認力を過小に評価したこと,③Cの救急隊員に対する説明について,証拠価値が乏しいと見たこと,④以上を前提に,夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定し,更に殺人と窃盗を認定したことをそれぞれ否定する部分に生じていると判断した。論旨が,原判決が第2次控訴審判決の拘束力を「午後9時40分まで夕食休憩中であった」とい う事実について認めたというのは必ずしも正確ではないが,前記①ないし④に拘束力が生じるという原判決の判断を争う趣旨であると解される。 そして,原審の証拠調べ等によって第2次控訴審判決の破棄の直接の理由である判断の基礎が失われた場合には,同判断の拘束力からの解放が生じると解されるが,第2次控訴審判決の拘束力の範囲を原判決の前記判断のとおりとす ると,以下のとおり,その拘束力からの解放を認めなかった原判決の判断に誤 りはない。 ア原判決は,前記②及び③について,新たな証拠調べを経ても,拘束力からの解放は生じないとした(前記第2の2)。 原判決が夕食終了時刻を午後9時40分頃と認定したこと(前記第2の3)は,本件清掃記録から推定される夕食終了時刻及びCの救急隊員に対する説 明の各推認力を検討し,夕食終了時刻は午後9時40分頃であったとするB証言の信用性を吟味して,前記①についても拘束力からの解放は生じないとし,これを前提として,前記④のうち,夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定した第1次第一審判決の判断を否定する部分の拘束力の解放はないと判断し,さらに,夕食終了時刻を積極的に認定したものと解することができ る。 原判決が,前記夕食終了時刻の認定を前提に,被告人に強盗殺人罪が成立するとしたこと(前記第2の5)は,前記④のうち,殺人と窃盗を認定した第1次第一審判決の判断を のと解することができ る。 原判決が,前記夕食終了時刻の認定を前提に,被告人に強盗殺人罪が成立するとしたこと(前記第2の5)は,前記④のうち,殺人と窃盗を認定した第1次第一審判決の判断を否定する部分の拘束力の解放がないことをいうものと解することができる。 イ第2次控訴審判決は,要旨,第1次第一審判決が前記①ないし③に係る証拠評価等を行い,これに基づいて夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定したことを否定し,305号室の売上入力は夕食中に行われ,夕食終了時刻は午後9時40分頃であり,被告人は,夕食中に310号室から事務所に侵入し,被害者が夕食を終えて事務所に戻った際に金品を物色するなどしており, その姿を被害者に見とがめられて,強盗殺人に及んだことが認められるとして,殺人と窃盗を認定した第1次第一審判決の判断を否定している。 原審では,第2次控訴審判決の後,以下のとおり,証拠関係の変動が生じたが,これらはいずれも前記①ないし④の各拘束力を解放するに足りない。 原審では,夕食終了時刻は午後9時40分頃であったとするB証言に関 連して,Bの捜査段階の供述調書が取り調べられたが,その内容の多くは 第1次控訴審で取り調べられたBの捜査段階の供述調書並びに第1次第一審及び第1次控訴審におけるBの証言に顕れていてこれらとの特段の齟齬はなく,前記B証言に関する第2次控訴審判決の判断を揺るがすものではない。 原審では,Dの義妹であるEの証人尋問が行われ,同人は,8月まで本 件ホテルで勤務していたが,夕食中にB以外の従業員が飲み物を客室に持って行くとき,Bが休憩室を出てフロントで売上げの入力をするのは見たことがない旨証言した。これは,305号室の売上入力が夕食中にされた旨の第2次控訴審判決の判断に沿わ 以外の従業員が飲み物を客室に持って行くとき,Bが休憩室を出てフロントで売上げの入力をするのは見たことがない旨証言した。これは,305号室の売上入力が夕食中にされた旨の第2次控訴審判決の判断に沿わない証言である。 しかし,この証言は,本件ホテルにおける業務処理のルールなどではな く,Bの現実の業務処理の仕方を証人の認識した限りで証言したにすぎず,本件事件当日のBの業務処理に関する推認力には疑問がある。そして,第1次第一審でも,Bは当初,夕食中に注文があるとメモを取っておいて後でフロントでその売上げを管理することを肯定し,被告人は,その知っている限りでは,フロント係は夕食中に注文を受けた場合には夕食終了後に フロントに行って売上げの処理をする旨供述し,Cは,本件事件当日の夕食中にBがフロントで売上の処理をしたことは絶対にない旨証言している。第2次控訴審判決は,このように同判決の前記判断に反する証言及び供述がある証拠状況においてなお,第1次第一審判決の夕食終了時刻の認定が誤っている旨判断したもので,これらの証言及び供述に比べて原審証 人Eの証言の信用性や証明力が特に高いとはいえないから,同証言が305号室の売上入力が夕食中にされた旨の第2次控訴審判決の判断を揺るがすものとはいえない。 原審では,夕食終了時刻に関するCの救急隊員に対する説明に関連して,救急救命士からの聴取状況,救急活動報告書に関する書類が取り調べられ ているが,第1次第一審の証拠の記載内容と大きくは異ならず,特段の齟 齬はないから,Cの救急隊員に対する説明に関する第2次控訴審判決の判断を揺るがすものではない。 原審では,第1次第一審で取り調べられたものよりも広い時間帯の本件ホテルのドア開閉等のコンピュータ記録に関する書類,本件ホテ 員に対する説明に関する第2次控訴審判決の判断を揺るがすものではない。 原審では,第1次第一審で取り調べられたものよりも広い時間帯の本件ホテルのドア開閉等のコンピュータ記録に関する書類,本件ホテルの建物内の映像,本件ホテルのサービス,管理システム,宿泊伝票等に関する書 類が取り調べられ,Cの再度の証人尋問が行われているが,第2次控訴審判決の説示に反する内容は乏しい。 原審では,被告人の第1次控訴審の供述調書は公判手続の更新の対象とされず,再度被告人質問が行われている。しかし,客室の客室出入口ドアが開閉された際のチャイムや音声に関する供述内容はBの第1次第一審 の証言に断片的にではあるものの顕れており,第2次控訴審判決は客室の客室出入口ドアが開閉された際に休憩室に開閉を知らせるチャイム等の音が聞こえることを前提としても被告人は夕食中に310号室から事務所に侵入したと認められると判断したものと解されるから,被告人がより詳細な供述をしたからといって,前記判断を揺るがすものとはいえない。 客室の清掃作業に関する供述内容はCら本件ホテルの従業員の第1次第一審での証言と大きく異ならないから,本件清掃記録から推定される夕食終了時刻の推認力等に関する第2次控訴審判決の判断を揺るがすものとはいえない。Dとの交際の経緯に関する供述内容は第2次控訴審判決の説示に影響するほどのものではない。その余の供述内容も,核心部分は同判 決までの被告人の供述やその他の証拠に顕れており,新たに供述した内容は同判決の説示に大きく関わるものではない。 原審では,第1次第一審で取り調べられた証拠に係る公判手続の更新において,指紋の付着に関する検察官の主張の撤回等に伴って更新の対象から除外された証拠があるほか,更新に代えて要約・整理された証拠が取 原審では,第1次第一審で取り調べられた証拠に係る公判手続の更新において,指紋の付着に関する検察官の主張の撤回等に伴って更新の対象から除外された証拠があるほか,更新に代えて要約・整理された証拠が取り 調べられたものも多いが,第2次控訴審判決が判断の根拠とした証拠に関 しては,実質的な変更は生じていない。 ⑷ なお,第2次控訴審判決が,第1次第一審判決について,「強盗殺人罪の成立を認めなかった点で判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり,破棄を免れない。」などと判示したことに鑑みると,第2次控訴審判決の拘束力を,強盗殺人罪の成立を認めなかった第1次第一審判決の判断を否定する部 分に生じると解することも考えられるが,前記のとおり,原判決は,前記④に拘束力を認め,そのうち,殺人と窃盗を認定した第1次第一審判決の判断を否定する部分の拘束力の解放がない旨の判断を示したと解されるのであるから,結論において,強盗殺人罪の成立を認めなかった判断を否定する部分に拘束力を認め,かつ,その解放を認めなかったものと解することができる。 ⑸ 以上のとおり,訴訟手続の法令違反の論旨に理由はない。 3 事実誤認の論旨について前記のとおり,原判決が被告人の犯人性を認めたことが,論理則,経験則等に照らして不合理であるとはいえない。以下,所論に基づき補足する。 なお,第2次控訴審判決は,第1次第一審判決が被告人の犯人性を認めた点に は誤りがないとしたが,これは破棄の理由たる判断すなわち原判決に対する消極的否定的判断ではないから,この点に拘束力は生じないと解される。第2次控訴審判決は,被告人は,被害者が夕食を終えて事務所に戻った際に金品を物色するなどしており,その姿を被害者に見とがめられて,強盗殺人に及んだことが認められる の点に拘束力は生じないと解される。第2次控訴審判決は,被告人は,被害者が夕食を終えて事務所に戻った際に金品を物色するなどしており,その姿を被害者に見とがめられて,強盗殺人に及んだことが認められる旨も説示するが,これは,別に被告人の犯人性を認定したことを前提に, 夕食終了時刻の認定及びこれに基づいて認められる被害者の事務所への入室時刻と,310号室の開閉記録から推認される犯人の事務所への入室時刻との先後関係を認定するもので,この部分で被告人の犯人性を認定しているわけではないから,前記説示をもって,被告人の犯人性に拘束力が及ぶとはいい難く,これを認めなかったと解される原判決の判断を前提として検討する。第2次控訴審判決 も,単に「強盗殺人罪の成立を認めなかった点」が事実誤認であると説示し,被 告人がその主体であることを含めていない。 ⑴ 夕食終了時刻について所論は,夕食終了時刻は午後9時26分頃であるとして原判決の夕食終了時刻の認定の誤りを主張するが,夕食終了時刻の認定は犯人の侵入経路の認定や犯人が事務所に入室した際の被害者の所在の認定を介して被告人の犯人性の 認定に関連する面はあるものの,被告人の犯人性を左右する事情ではない。 すなわち,被告人の犯人性に関して,被告人が本件千円札を所持し,本件入出金をした事実の推認力が強いことは,原判決が適切に説示するとおりである。 本件犯行に及ぶ機会の有無や被告人の本件事件後の行動に関する原判決の認定,評価にも不合理な点はない。これらの事情に加えて,被告人以外の者が犯 人である可能性が抽象的なものにすぎないことを総合すると,被告人の犯人性に合理的な疑いを入れる余地はない。 仮に夕食終了時刻が午後9時26分頃であったとしても,被告人の犯人性に合理的な疑いを入れる事情と る可能性が抽象的なものにすぎないことを総合すると,被告人の犯人性に合理的な疑いを入れる余地はない。 仮に夕食終了時刻が午後9時26分頃であったとしても,被告人の犯人性に合理的な疑いを入れる事情とはならない。所論は,勤務中の従業員が共犯者を招き入れた可能性を主張しており,夕食終了時刻が午後9時26分頃であれば その可能性が高まる旨主張するものと解されるが,夕食終了時刻が午後9時26分頃であったとしても勤務中の従業員が共犯者を招き入れた可能性は抽象的なものにとどまる。 ⑵ 侵入経路,犯人像等について所論は,犯人が本件ホテルと無関係の第三者であって,310号室以外の本 件ホテルの出入口から侵入した可能性を主張するが,仮に犯人の侵入経路が310号室でなかったとしても,被告人以外の者が犯人である可能性は抽象的なものにとどまり,被告人の犯人性を左右する事情ではない。 所論は,被告人が犯人であるとすれば,金庫内の26万8000円を奪取するよりも事務机引き出しの114万円を奪取するのが合理的である旨主張す るが,本件犯行前に被告人が事務机引き出しの中の114万円の存在を容易に 認識できたことを当然の前提とすることはできないし,本件犯行が誰かに露見する前に事務所から立ち去ろうとした被告人が,即座に持ち去ることができた現金(なお,被害金の26万8000円が金庫内にあったのか被害者が事務机の上などに持ち出していたのか,そのほとんどが千円札であることを容易に認識できたか否かなどの詳細も明らかでない。)のみを奪取したとしても不合理 ではない。 所論は,本件犯行後の被告人に血痕の付着等の異常はなかった旨や事務所や被害者の身体から被告人の体組織片等は検出されていない旨主張するが,被告人は被害者と事務所で会話などする中でその ではない。 所論は,本件犯行後の被告人に血痕の付着等の異常はなかった旨や事務所や被害者の身体から被告人の体組織片等は検出されていない旨主張するが,被告人は被害者と事務所で会話などする中でその隙を見て暴行を加えたとも考えられる。原判決が説示するように,被害者は頭部への打撃により意識を喪失し, その状態で頸部を絞められたものと認められるから,被害者の抵抗は乏しかったと考えられ,本件犯行の顕著な痕跡が残らなくとも不自然ではない。 所論は,被告人には殺意を抱く動機は全く認められない旨主張するが,現金を強取し,かつその発覚を免れるために被害者の殺害に及んだとしても何ら不合理ではない。 ⑶ 犯行機会等について所論は,被告人が本件ホテルに到着したのは午後10時頃である旨主張するが,これを裏付ける証拠はない。 所論は,被告人が午後10時頃に本件ホテルにおり,本件事件後直ちに逃走しなかったことは本件の犯人として合理性がない旨主張するが,被告人が,そ の時点で,本件犯行が発覚しておらず,仮に発覚していても自身が嫌疑をかけられてはいないだろうと考えて,午後10時過ぎに本件ホテルでCに会うなど本件事件前に予定されていたとおり行動しても不合理ではないし,逃走することによってかえって嫌疑をかけられるおそれがあると考えて敢えて残ったとしても不自然ではない。 ⑷ 本件千円札の所持及び本件入出金について 所論は,原判決が本件千円札所持の経緯に関する被告人供述の信用性を否定した点について,被告人が7月末頃のスロット機の売上金の回収の際に約270枚の千円札を自身の1万円札と交換したのでなければ,多数の千円札の所在の説明がつかない旨主張する。 しかし,スロット機の売上金に占める千円札と百円硬貨の割合や,同売上金 の回収の際に約270枚の千円札を自身の1万円札と交換したのでなければ,多数の千円札の所在の説明がつかない旨主張する。 しかし,スロット機の売上金に占める千円札と百円硬貨の割合や,同売上金 のスロット機の運営会社と本件ホテルの運営会社の分配割合に照らすと,被告人が7月末頃に回収したスロット機の売上金約30万円に含まれる千円札が190枚弱にすぎず,うち90枚程度を本件ホテルの運営会社が取得し,残りの大半の千円札は銀行に持ち込まれてスロット機の運営会社に対する送金に充てられた,という可能性も否定できないから,銀行に持ち込まれた千円札が 100枚未満だったとしても,所論のいう多数の千円札の所在の説明がつかないという前提は採用することができない。また,両社に分配されなかった千円札があったとしても,被害者による釣銭補充用現金等の両替に充てられた可能性があることは原判決が説示するとおりである。 所論は,被害者による両替を裏付ける事情はない旨主張する(なお,所論は, 本件ホテルの運営会社に送金する売上金を両替することに合理性はない旨も主張するが,原判決が被害者による両替の可能性をいう部分では,釣銭補充用現金を含むものを「売上金」としているものと解される。そして,釣銭補充用現金に千円札を補充する必要性は所論も前提としている。)。しかし,原判決は,被害者による両替の事実を認定し,これにより直ちに本件千円札所持の経緯に 関する被告人供述の信用性を否定したものではなく,両替の可能性があることをもって被告人供述の信用性を減殺する事情と評価しているのであり,その評価は不合理ではない。 所論は,被告人には経済的余裕があった,ドロワー現金の両替を行う必要性があり,被告人がその両替をしていた,本件入出金は妻の生活費に充てるため であ いるのであり,その評価は不合理ではない。 所論は,被告人には経済的余裕があった,ドロワー現金の両替を行う必要性があり,被告人がその両替をしていた,本件入出金は妻の生活費に充てるため であったなどと主張するが,原判決が挙げた被告人供述の信用性を減殺する各 事情に関する被告人の説明があり,同説明が不合理でない旨主張するにすぎず,同説明の信用性の裏付けは乏しい。本件千円札所持の経緯に関する被告人供述について第1次控訴審判決は,第1次第一審判決が挙げた被告人供述の信用性を減殺する複数の事情については被告人が説明をしているなどとして,同判決の認定,判断が論理則,経験則等に照らして不合理であるとしたが,上告審判 決は,第1次控訴審判決は,第1次第一審判決の説示を分断し,被告人の説明の信用性が否定できない理由をほとんど示さないまま,被告人の説明によれば第1次第一審判決の判断は不合理であるなどと結論付けている部分が見受けられ,被告人供述の信用性を否定した第1次第一審判決の判断が不合理であることを具体的に示したものとは評価できないとした。本件千円札所持の経緯に 関する被告人供述の信用性に関する原判決の判断構造は第1次第一審判決とおおむね同様であり,前記所論は上告審判決の拘束力に照らしても採用できない。 所論は,被告人が本件入出金により本件犯行で得た大量の千円札を隠そうとしたとの原判決の説示について,ATM機による入金は防犯カメラの映像等が 残る,被告人の自動車にも千円札は収納可能であるとして,本件入出金は千円札の隠匿の態様として不合理である旨主張するが,車内に収納しても大量の千円札を現金で所持しているという日常生活では通常ない状況にあることは変わらないから,防犯カメラの映像等に捜査が及ぶおそれを具体的に想定せず, として不合理である旨主張するが,車内に収納しても大量の千円札を現金で所持しているという日常生活では通常ない状況にあることは変わらないから,防犯カメラの映像等に捜査が及ぶおそれを具体的に想定せず,前記状況を変更しようとしたとも考えられる。なお,被告人が本件犯行の被害 金の隠匿とまでは意識しておらず,単に大量の千円札は保管及び利用上不便であるため本件入出金を行ったものであるとしても,被告人の犯人性は左右されない。 ⑸ 本件事件後の行動について所論は,被告人の10月3日までの行動は,妻との距離を置こうとした,親 戚の供養のため名古屋市に行こうとしたなどの理由がある旨主張するが,被告 人が同日まで妻以外の家族やDとの連絡も絶った理由を合理的に説明できる事情はうかがわれず,原判決が逃走と評価したことは不合理ではない。所論は,同月4日以降も逃走と受け取られるような行動はない旨主張するが,そうであるとしても警察を避けていることが認められる旨の原判決の評価に不合理な点はない。 所論は,本件事件後に被告人が逃走しなければならない事情はなかった旨主張しており,捜査機関が被告人を逮捕できる証拠を収集していなかったから被告人の逃走の必要はなかった旨主張するものと解される。しかし,犯罪を犯した者が逃走を図るのは,必ずしも捜査機関が既に十分な証拠を収集しているとの認識が前提となるものではなく,今後捜査機関が証拠を収集すれば自身に嫌 疑がかかる可能性があると考えて逃走を図ることも十分考えられるから,被告人が警察による本件事件の捜査の開始を知って逃走を図ったとしても何ら不合理とはいえない。 ⑹ 消極的事実等について所論は,原判決は被告人が犯人であれば当然にあるべき事実がないという消 極的事実を検討していない旨主張 の開始を知って逃走を図ったとしても何ら不合理とはいえない。 ⑹ 消極的事実等について所論は,原判決は被告人が犯人であれば当然にあるべき事実がないという消 極的事実を検討していない旨主張するが,本件犯行の状況に照らすとその痕跡が当然に残るべきものとはいえないことは前記のとおりであり,被告人の犯人性を否定する他の消極的事実は見当たらない。 所論は,被告人の犯行の経緯ないし動機が明確でない旨主張するが,これらの詳細が判明しなければ被告人の犯人性を認め得ないものではない。 ⑺ その余の所論を踏まえても,原判決が被告人の犯人性を認めたことが,論理則,経験則等に照らして不合理であるとはいえない。 事実誤認の論旨にも理由はない。 第4 結語よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用して当審 における未決勾留日数中280日を原判決の刑に算入し,当審における訴訟費用 は,刑訴法181条1項ただし書により被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。 令和3年11月5日広島高等裁判所松江支部 裁判長裁判官久保田 浩 史 裁判官光野哲治 裁判官福嶋一訓
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