平成15年2月26日判決言渡仙台高等裁判所平成13年(ネ)第129号損害賠償請求控訴事件(原審・仙台地方裁判所平成11年(ワ)第1315号) 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴の趣旨(1)原判決を取り消す。 (2)被控訴人は,控訴人に対し,金4044万7012円及びこれに対する平成9年9月10日から支払いずみまで年5分の割合による金員を支払え。 (3)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 との判決,並びに仮執行宣言。 2 控訴の趣旨に対する答弁主文と同旨第2 事案の概要 1 本件は,控訴人が,被控訴人の運営する仙台市立病院(以下「被控訴人病院」という)において,脳動脈瘤の有無・形状を検査する目的で行ったデジタル・サブトラクション・アンジオグラフィ検査(脳血管造影検査,以下「DSA検査」という)を受けた際に,脳塞栓症を発症して右上下肢不自由(右片麻痺),言語機能障害(失語症)等の後遺症を被ったのは,被控訴人病院の医師の診療上の過失によるものであるとして,被控訴人に対し,民法715条の使用者責任に基づく損害賠償請求として,4044万7012円及びこれに対する不法行為の後の日である平成9年9月10日から支払いずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めて提訴したところ,原審が不法行為の成立を否定して控訴人の請求を棄却したので控訴人が控訴した事案である。 なお,控訴人は,平成14年11月6日の当審第3回口頭弁論期日において,仮に,DSA検査についての過誤が認められないとしても,被控訴人病院の医師らがDSA検査の危険性等について的確な説明をしなかったために,控訴人は本来であれば行う必要のないDSA検査に同意し,上記のような後 DSA検査についての過誤が認められないとしても,被控訴人病院の医師らがDSA検査の危険性等について的確な説明をしなかったために,控訴人は本来であれば行う必要のないDSA検査に同意し,上記のような後遺症を被ったとして,被控訴人病院の医師らの説明義務違反を理由とする慰謝料として2000万円の支払いを求めるとの主張を追加した。 2 争いのない事実等本件における「争いのない事実等」は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」中の「2 争いのない事実等」(原判決2頁2行目から同3頁14行目まで)と同一であるから,これを引用する。 第3 争点 1 脳塞栓症発症の原因(控訴人の主張)本件の脳塞栓症の原因としては,①a医師がカテーテルを挿入した時に血管壁からアテロームが剥離して,これが脳内動脈に詰まったか,②カテーテル挿入時に空気が混入し,空気が血流を止めたしまったか,③造影剤の濃度,浸透圧により血管がけいれんして収縮して血流が止まったことなどが考えられるので,いずれにしても控訴人の脳塞栓症が本件DSA検査に起因することは明らかである。 (被控訴人の主張)本件の脳塞栓症が発症する原因としては,DSA検査の際に①カテーテルがアテロームと接触し,アテロームの一部が剥離して塞栓子となり,脳内血管が閉塞した,②急激な血圧変化などのために脳内血管がけいれん収縮し,脳組織に不可逆的壊死が生じた,③造影剤のために血管のけいれん収縮を来たし,脳組織に不可逆的壊死が生じた,④造影剤は血清蛋白の電気的性質を変えるので,赤血球の収縮,凝集が生じ,その結果,赤血球凝集塊が生じて脳動脈を閉塞したか,あるいはカテーテル壁付近で同様の赤血球凝集塊が生じて脳動脈を閉塞した,⑤何らかの事情で血管内に空気が流入して,空気が塞栓子となり,脳動脈を閉塞したことが考えら 球凝集塊が生じて脳動脈を閉塞したか,あるいはカテーテル壁付近で同様の赤血球凝集塊が生じて脳動脈を閉塞した,⑤何らかの事情で血管内に空気が流入して,空気が塞栓子となり,脳動脈を閉塞したことが考えられるほか,⑥DSA検査とは無関係に,心臓などに元から存在していた赤血球凝集塊が遊離して塞栓子となり,脳内血管を閉塞したことが考えられるが,その原因を特定することは現在の医学水準では困難である。 可能性の問題として原因を考えるならば,①,④,⑥のいずれか,あるいは①と④の複合により脳塞栓症が発症した可能性が高く,②については,検査中に控訴人に急激な血圧変化がなかったことから否定される。また,平成8年9月10日午後5時30分以降にDSA検査により撮影した映像には,何らかの塞栓子による閉塞像が認められたことからみて,塞栓子を伴わない②,③の可能性は極めて低い。空気による塞栓の場合には,時間の経過により閉塞状態が改善されることは通常はないので,⑤は否定される。また,本件DSA検査の造影剤については,抗凝血作用を有し,副作用の少ないヘキサブリックスを使用しており,造影剤により凝血塊が生じたという可能性は極めて低い。 2 被控訴人の診療行為(DSA検査)上の過失(1)控訴人の本件DSA検査適応の有無(控訴人の主張)DSA検査の実施は,その高度の危険性にかんがみれば慎重になされるべきであり,生命にかかわる脳血管障害の発症する差し迫った危険のあるような場合に実施されるべきものであるところ,DSA検査施行前,控訴人は,一過性のめまい,後頭部痛を訴えていたものの,一般的な健康状態には問題がなかったのであって,重篤な脳血管障害が発症する危険性は乏しかった。その後,現在に至るまで脳動脈瘤の破裂等脳血管障害が発症していないことからみても,DSA検査の必要性はな 一般的な健康状態には問題がなかったのであって,重篤な脳血管障害が発症する危険性は乏しかった。その後,現在に至るまで脳動脈瘤の破裂等脳血管障害が発症していないことからみても,DSA検査の必要性はなかった。控訴人については,経過観察等の保存的措置に留めるべきであった。 (被控訴人の主張)ア控訴人は,平成8年6月5日及び同月12日,あおば脳神経外科においてMRA検査を行い,左内頚動脈,後交通動脈分岐部に動脈瘤の存在が疑われるとの診断を受けた。その後,控訴人は,同年8月2日,被控訴人病院脳神経外科外来を訪れ,上記あおば脳神経外科で撮影されたMRA画像の分析の結果,b医師から,左内頚動脈,後交通動脈分岐部に動脈瘤の存在が強く疑われるとの診断を受け,精密検査の目的で同年9月9日から被控訴人病院に入院することを決めた。 イ上記あおば脳神経外科で撮影されたMRA画像は,正面像と側面像しかないうえ,MRA画像では,空間分析能力が劣っており,また,動脈瘤の存在の疑われる箇所が中大脳動脈の屈曲部分であったので,血管が屈曲した部分が瘤状に写っている可能性を否定できず,動脈瘤の有無を確定的に判定することが困難であったため,確定診断のためには本件DSA検査が不可欠であった。 ウまた,脳動脈瘤が存在する場合には,手術の適否を含めたその治療方法の選択,手術方法の決定等のために,動脈瘤の正確な部位,柄部の大きさ,向き,形状,周辺血管の走行状況等を正確に把握して,動脈瘤破裂の可能性の有無,手術の手技的可能性の有無等を検討する必要があり,そのためにはDSA検査による高度の撮影画像を得ることが不可欠である。DSA検査について,差し迫った生命の危険がある場合にのみ実施すべだとするような医学的指針は存在しない。 エ控訴人は,自ら脳血管の精密検査を希望して被控訴人病院 の撮影画像を得ることが不可欠である。DSA検査について,差し迫った生命の危険がある場合にのみ実施すべだとするような医学的指針は存在しない。 エ控訴人は,自ら脳血管の精密検査を希望して被控訴人病院に来院し,b医師らから,DSA検査の必要性,同検査の造影剤による副作用及び合併症の危険性等について説明を受けたうえで,本件DSA検査に同意し,平成8年9月10日承諾書(乙4)に署名押印した。また,控訴人の長男も同日,上記同様の説明を受けて,上記承諾書に署名押印した(乙4の承諾書の日付は平成8年9月9日付けとなっているが,実際の署名押印の日付は同月10日である)。したがって,DSA検査が危険を伴う検査であり,これにより控訴人が上記後遺障害を被ったものであるとしても,被控訴人が実施したDSA検査については違法性がない。 (2)検査前における診断義務懈怠(控訴人の主張)DSA検査は,右大腿動脈からカテーテルを挿入し,総腸骨動脈,下大動脈,大動脈弓から右総頚動脈において血管造影を行い,その後一旦カテーテルを大動脈弓まで戻して,さらに左内頚動脈に進めて血管造影を行い,造影終了後カテーテルを右大腿動脈から引き抜くという作業が必要であるところ,カテーテルの操作は手探りで盲目的に行わざるを得ないのであるから,控訴人のように74歳という高齢であり,MRA画像からも動脈硬化症が認められる患者の場合には,DSA検査に際し,カテーテルを血管内に挿入し,それを押し進めれば,アテローム化した血管内壁から塞栓子(アテローム)が剥離し,これが血流と共に脳血管に流出し脳梗塞(脳塞栓症)を発症する可能性が極めて高いというべきである。したがって,DSA検査を実施する場合には,事前に眼底検査を実施して眼底血管の状態を直接視認するなどの方法により左内頚動脈の状況を観察し,動脈 塞栓症)を発症する可能性が極めて高いというべきである。したがって,DSA検査を実施する場合には,事前に眼底検査を実施して眼底血管の状態を直接視認するなどの方法により左内頚動脈の状況を観察し,動脈硬化症が進行しているなどのためにDSA検査中にアテロームが剥離して脳塞栓症を発症するような危険性が高いと判断されるときは,DSA検査を差し控えるべき義務があるというべきである。しかるに,被控訴人病院の医師は,眼底検査等を実施せず,控訴人の脳動脈等の状況を十分に検討することのないまま,安易にDSA検査を実施し,その結果,カテーテルの操作の際にアテロームが剥離し,それが塞栓子となり脳塞栓症を発症した可能性が極めて高いのであって,被控訴人医師らには上記注意義務を怠った過失がある。 (被控訴人の主張)動脈硬化症はDSA検査の禁忌ではない。DSA検査は,脳動脈瘤,脳動脈硬化,アテローム変性による脳血管の閉塞・狭窄などの患者に適応のある検査であり,それらの症状の有無・程度を含めた脳血管の状態を明らかにする目的で行われるものである。また,眼底検査によって判明するのは,半径0.ミリメートル未満の細動脈(眼動脈)の硬化状態であり,カテーテルの挿入されるべき血管の硬化状態を知ることはできない。DSA検査のマニュアル書にも眼底検査を行うべきことを指示するものはない。DSA検査に先だって,眼底検査をはじめその他動脈硬化に関する検査を行うべき医学的必要性はないし,そのような検査を行っても脳塞栓症を防止し得た可能性はない。 カテーテルを挿入すべき血管内に存在するアテロームについて,DSA検査前にその存在及び形態を確実に知る方法はない。カテーテルの接触によりアテロームの一部が剥離して塞栓子になりうる可能性はあるが,そのような塞栓子の発生を防止できる手段はない。ま ムについて,DSA検査前にその存在及び形態を確実に知る方法はない。カテーテルの接触によりアテロームの一部が剥離して塞栓子になりうる可能性はあるが,そのような塞栓子の発生を防止できる手段はない。また,仮に控訴人の脳塞栓症がアテロームによって発症したものであるとしても,アテロームは自然発生的に剥離するものであるから,本件DSA検査により発生したものとはいえない。 (3)検査中の監視義務懈怠(控訴人の主張)本件DSA検査は,高度の危険を伴う検査であり,不測の事態が生じる危険性があるから,検査を実施する医師には,検査の実施中,①患者の動静,特に手足に震え,両目の開閉状況,顔色等に注意をし,②1,2分ごとに,患者に声を掛けて,その返答を聞き,意識状態を確認し,③1,2分ごとに患者の血圧が正常かどうかを確認するなど,患者の容態に変化がないかどうかを観察し,その容態に変化があったときは,臨機の対応をとるべき注意義務がある。しかるに,被控訴人病院の医師らは,平成8年9月10日,本件DSA検査開始後同日午後5時25分までの間(以下,同月10日の出来事は,原則として日にちの記載を省略する),上記観察義務を怠り,控訴人の容態の変化に気付かないまま,漫然と本件DSA検査を続行した。控訴人の容態について,午後5時25分までカルテ及び看護記録に何らの記載もないのは,監視義務を怠っていた証左である。 (被控訴人の主張)被控訴人病院医師らは,本件DSA検査の実施中,控訴人に対して,声掛けに対する反応,眼・瞳孔・顔色等の観察,全身状態の観察を行い,適宜,血圧及び動脈血酸素飽和度の測定を行うとともに,指に測定プローベをつけて常時脈拍数の測定を行い,モニターで確認をしていた。また,DSA検査の実施中に,患者が頭や体を動かすと映像がぶれたり,カテーテルがずれて動脈 血酸素飽和度の測定を行うとともに,指に測定プローベをつけて常時脈拍数の測定を行い,モニターで確認をしていた。また,DSA検査の実施中に,患者が頭や体を動かすと映像がぶれたり,カテーテルがずれて動脈を損傷する危険があるので,患者に対しては,消毒,注射,レントゲン撮影作業の操作等の節目ごとに,安静にしているよう指示し,被控訴人の容態についてもその都度監視していた。 控訴人は,上記①ないし③の観察を常時行うべきであったと主張するが,レントゲン撮影中はレントゲン照射装置を患者の頭部の脇に設置するから,患者の顔色を観察したり,血圧を測定することは不可能である。また,映像のぶれを防止するためやカテーテルの位置がずれて動脈を損傷するのを防止するために,レントゲン撮影やカテーテルの操作中に声掛けを行ったり,瞳孔の観察等を行うことはできない。なお,控訴人の容態について,午後5時25分までカルテ及び看護記録に記載がないのは,特記事項がなかったことを意味するものであり,監視を怠っていたためではない。 また,脳塞栓症の発症は,何らの予兆もなく突然に発症するものであり,患者の顔色を観察していたり,血圧等を測定していたからといって,予知できるものではない。 (4)検査中止義務違反(控訴人の主張)午後5時25分の控訴人のカルテには,会話不能,傾眠と記載されている。 被控訴人病院の医師らは,同時刻になって,はじめて控訴人に声掛けをしたが,控訴人はうっすらと開眼したものの,発語せず,瞳孔差がなく,対光反射があるという状態であったのであるから,脳塞栓症の発症を疑うべきであった。したがって,同医師らは,遅くともこの時点において,本件DSA検査を直ちに中止すべきであった。しかるに,同医師らは,そのまま漫然と本件DSA検査を続行したため,控訴人は,午後5時30分ころに った。したがって,同医師らは,遅くともこの時点において,本件DSA検査を直ちに中止すべきであった。しかるに,同医師らは,そのまま漫然と本件DSA検査を続行したため,控訴人は,午後5時30分ころには声掛けに反応しなくなり,右上下肢の自動がなくなり,眼球左方偏位等の状態に陥り,脳塞栓症の症状が一層進んだのである。控訴人について,午後5時25分の時点で本件DSA検査を中止していれば,脳塞栓症の症状の悪化を防止することができた。 なお,ソセゴンの副作用による傾眠状態であれば,午後5時25分より前の午後4時56分の右内頚動脈撮影時にそのような状態が発現しているはずであるが,控訴人のカルテにその旨の記載はない。 (被控訴人の主張)脳塞栓症は何らの前兆のないまま突然発症するものであり,予測が不可能なことは上記のとおりであるうえ,控訴人の午後5時25分のカルテの記載は,「声がけ+胸骨刺激にうっすら開眼するも発語なし,瞳孔差なし,対光あり,左上下肢自動あり」というのであって正常な状態であった。その後午後5時30分までの間にも,控訴人の状態に脳塞栓症の発症を疑わせるような異常はなかった。また,DSA検査にあたっては,患者に検査前にソセゴン(ベンズアゾシン系鎮痛剤で手術前等に一般的に投与されている)を投与するため,傾眠状態になりやすく,午後5時25分の時点で,声掛け等に対する反応が鈍く,閉眼がちであったとしても異常なこととはいえない。なお,患者は,検査中に再々声掛けをされるために,次第に眼を開けたり,うなずくだけの反応となりがちであって,控訴人が声掛けに明確に反応しなかったことをもって異常とみることはできない。また,午後4時56分の時点ではDSA検査開始後の緊張状態にあったといえるから,そのころにソセゴンの影響による傾眠状態が発現していなくても不 確に反応しなかったことをもって異常とみることはできない。また,午後4時56分の時点ではDSA検査開始後の緊張状態にあったといえるから,そのころにソセゴンの影響による傾眠状態が発現していなくても不自然なことではない。 控訴人の午後5時26分撮影の左内頚動脈の造影像にも,脳塞栓症を疑わせる所見がないうえ,看護婦からも異常を窺わせる報告がなかったこと,午後5時25分の時点において控訴人の眼球に左右偏位がなかったこと等からみて,控訴人の脳塞栓症は午後5時26分以降5時30分までの間に発症したものと判断すべきである。脳神経細胞は,酸素とブドウ糖に関して蓄えを有しておらず,血流が途絶えると直ちに神経症状を呈するものであるから,午後5時25分に「失語」等の大脳皮質の障害を表象する症状があったのであれば,午後5時26分の左内頚動脈の造影像に脳塞栓症を疑わせる所見が認められるはずである。 被控訴人病院の医師らは,午後5時26分に左内頚動脈の撮影を最後に脳動脈瘤検査のための本件DSA検査を終了している。その後,同医師らが続行したDSA検査は,午後5時30分ころの控訴人の容態からみて,大脳半球に脳塞栓症の発症が疑われたため,その発症の有無と発症部位の特定をする目的のためである。したがって,同医師らが脳塞栓症の発症に気づきながら,脳動脈瘤診断目的で本件DSA検査を続行した事実はない。同医師らが,午後5時30分以降,DSA検査により脳塞栓症の発症部位を確認することができ,残置されたDSA検査のためのカテーテルを通じて血栓溶解剤を注入したことにより,速やかに閉塞血管の開通という効果が得られ,脳塞栓症の部位を最小限にくい止めることができた。控訴人の症状がこの程度で済んだのは,DSA検査のための撮影装置が設置され,左内頚動脈内にカテーテルが残置されていたため 管の開通という効果が得られ,脳塞栓症の部位を最小限にくい止めることができた。控訴人の症状がこの程度で済んだのは,DSA検査のための撮影装置が設置され,左内頚動脈内にカテーテルが残置されていたためである。 (5)本件DSA検査と脳塞栓症との因果関係(控訴人の主張)本件DSA検査に際し,被控訴人病院の医師に上記注意義務違反があったことにより,控訴人の脳塞栓症が発症し,あるいはその症状が増悪したことは明らかである。 (被控訴人の主張)控訴人の脳塞栓症の原因を特定することはできず,本件DSA検査との因果関係は明らかではない。 (6)損害損害に関する当事者双方の主張は,原判決14頁15行目から同15頁15行目までと同一であるから,これを引用する。 3 DSA検査受診前の説明義務懈怠(控訴人の主張)被控訴人医師らは,脳動脈瘤の危険性,DSA検査の危険性,及び脳動脈瘤手術の危険性について的確な説明をしなかった過失がある。医師から的確な説明を受けていれば,控訴人はDSA検査を受診することなどなかったものである。すなわち,脳動脈瘤が破裂した場合には,約50パーセントにおいて,死亡ないし重大な後遺障害が生じる危険性が認められるところではあるが,脳動脈瘤が破裂するのは人口10万人当たり15人前後(人口の0. 015%)であり,その発症率は極めて低いこと,DSA検査によって重篤な全身麻痺・言語障害が1%,片麻痺が2%程度発症するとされていること,また,仮に,脳動脈瘤についての確定診断がなされたとしても,その手術をする必要性の程度は必ずしも大きいとはいえないものである。したがって,控訴人が,これらの点について的確な説明を受けていれば,DSA検査を受けない選択もあり得たものである。しかるに,被控訴人医師らは,その点に関する説明を的確に行わなかっ えないものである。したがって,控訴人が,これらの点について的確な説明を受けていれば,DSA検査を受けない選択もあり得たものである。しかるに,被控訴人医師らは,その点に関する説明を的確に行わなかったため,控訴人ないしその長男であるc(以下「c」という)において,治療方針について,最善の選択をする機会を奪われた。したがって,仮に,本件DSA検査について被控訴人医師らに過失がないとしても,同医師らの説明義務懈怠により,控訴人は最善の選択をすべき利益を奪われたものというべきである。よって,被控訴人は,控訴人に対し,慰謝料として2000万円を支払うべきである。 (被控訴人の主張)(1)控訴人の主張は,重大な過失により時期を失してなされたものであることが明らかであるから,民事訴訟法157条1項により却下されるべきである。 (2)仮に,そうでないとしても,控訴人の主張は,次のとおり理由がない。 脳動脈瘤を有する患者の動脈瘤が破裂する可能性は,動脈瘤の大きさ,部位,形状,患者の年齢,活動性,高血圧等の破裂危険因子の有無等を総合して医師が判断すべきことであり,手術の危険性より,破裂の危険性が上回る場合には手術を勧めるのである。そして,手術をすべきかどうかの資料を得るための方法としては,当時においてDSA検査しか存在しなかったのである。 被控訴人病院のb医師は,平成8年8月2日,①あおば脳神経外科での検査結果からは脳動脈瘤も疑われること,②動脈瘤かどうかはDSA検査をしてみなければ分からないこと,③DSA検査の結果で治療の必要性があるかどうかが判明すること,④DSA検査は,動脈に管を入れるので,入院の必要があるし,造影剤の副作用やその他の合併症などの可能性があること,⑤動脈瘤が見つかった場合,その治療について相談しなければならないこと等の説明を と,④DSA検査は,動脈に管を入れるので,入院の必要があるし,造影剤の副作用やその他の合併症などの可能性があること,⑤動脈瘤が見つかった場合,その治療について相談しなければならないこと等の説明をした。また,控訴人は,息子をくも膜下出血により亡くしているので,その危険性を十分認識していた。また,DSA検査により脳塞栓症が発症する危険性については,その確率が極めて低いものであったから,具体的に説明するまでの義務はない。DSA検査は,血管に管を挿入する検査であるから,レントゲン撮影などとは異なり,その危険性が高いことは通常人であれば,当然予測できることである。 さらに,被控訴人医師らは,控訴人が平成8年9月9日に入院した際にも,入院検査目的を説明し,翌10日にも,d医師が,控訴人及び控訴人の長男cに,DSA検査について必要にして十分な説明をしている。 4 消滅時効消滅時効に関する当事者双方の主張は,原判決15頁17行目から同16頁3行目までと同一であるから,これを引用する(但し,原判決15頁23行目の「本件」を「原審」と改める)。 第4 当裁判所の判断 1 事実経過前記争いのない事実及び証拠(甲1,2,4,5の1,2,乙1ないし35(枝番を含む),45ないし47,原審及び当審証人b,同a)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。 (1)控訴人は,一過性のめまい及び後頭部痛を感じて,かかりつけの北川医院に相談したところ,あおば脳神経外科を紹介された。控訴人は,あおば脳神経外科において,控訴人の息子が四十代でくも膜下出血のために死亡した旨述べて,精密検査を希望し,平成8年6月5日及び同月12日,MRA検査を受けた。控訴人は,その結果,左内頚動脈及び後交通動脈分岐部に動脈瘤の疑いがあり,左中大脳動脈の動脈瘤も否定で めに死亡した旨述べて,精密検査を希望し,平成8年6月5日及び同月12日,MRA検査を受けた。控訴人は,その結果,左内頚動脈及び後交通動脈分岐部に動脈瘤の疑いがあり,左中大脳動脈の動脈瘤も否定できないとの診断を受け,更に精密検査を受けた方がよいと勧められ,被控訴人病院脳神経外科外来を紹介された。 (2)控訴人は,同年8月2日,被控訴人病院脳神経外科外来において,b医師の診察を受けた。b医師は,あおば脳神経外科で実施したMRA検査のフィルムから,左内頚動脈及び後交通動脈分岐部に動脈瘤の疑いがある,左中大脳動脈の動脈瘤の疑いも否定できない旨のあおば脳神経外科と同様の診断をした。b医師は,控訴人を診察した結果,神経学的に異常はなく,理学的所見にも特記すべき点がなく,脳外科的疾患に関して問題となる既往歴はないと判断して,控訴人に対し,MRA検査の結果からは,脳動脈瘤の存在が疑われること,動脈瘤が存在するかどうかはDSA検査をしなければ確定的にはわからないこと,DSA検査の結果で治療の必要性があるかどうかが判明すること,DSA検査は,動脈内に管を入れるので,入院しなければならないこと,DSA検査には造影剤の副作用や,その他合併症の危険があること,動脈瘤の存在が明らかになった場合には,治療についてさらに検討・相談しなければならないことを説明したうえで,DSA検査についての同意を得た。また,b医師は,控訴人に対し,お盆が明けてからDSA検査の予約をすればよいと説明した。 (3)控訴人は,同年9月9日午前9時30分ころ,上記動脈瘤の精密検査等の目的で,被控訴人病院脳神経外科に入院した。控訴人の入院時の状態は,脈拍数60,体温36. 2度,血圧142~78mmHgで,瞳孔差(-),対光反射(+),麻痺(-),握力差(-),痙攣 (-),硬 的で,被控訴人病院脳神経外科に入院した。控訴人の入院時の状態は,脈拍数60,体温36. 2度,血圧142~78mmHgで,瞳孔差(-),対光反射(+),麻痺(-),握力差(-),痙攣 (-),硬直(-),見当識(-),嘔吐(-),嘔気(-),頭痛 (-),意識判定は明瞭で,問いかけにスムーズに反応し,環境が変わって少しどきどきしている旨述べるなど,会話が円滑にできる状態であった。 被控訴人脳神経外科病棟の担当医であるa医師も,あおば脳神経外科で実施したMRA検査のフィルムから,左内頚動脈及び後交通動脈分岐部に動脈瘤の疑いがあり,左中大動脈の動脈瘤も否定できないと診断し,また,神経学的その他理学的には検査実施上問題となる異常所見のないこと,既往歴からも検査実施上問題はないことを確認したうえ,同月10日にDSA検査を実施することとした。 (4)被控訴人病院のd医師は,同月10日,被控訴人病院を訪れた控訴人の長男cに対し,控訴人同席のもとで,DSA検査の方法,DSA検査が塞栓や出血などの危険を伴うことを説明し,そのような危険を伴う検査であるため,控訴人の検査中には病院内に待機していて欲しい旨述べた。控訴人及びcは,上記のような説明を受けて,DSA検査に同意し,承諾書に署名押印した。cは,同日,仕事の予定を入れていて,病院内で待機することができないため,cの妻が病院で待機することとなった。 (5)同日午後2時ころ,控訴人の静脈に点滴が開始されるとともに,尿道にフォーレが挿入された。このときの控訴人の脈拍数は60,体温は3 5. 5度,血圧は160~70mmHg,瞳孔差(-),対光反射 (+),麻痺(-),握力差(-),痙攣(-),硬直(-),見当識 (-),嘔吐(-),嘔気(-),頭痛(-),意識判定は明瞭で,質問すべてに正答し,四 160~70mmHg,瞳孔差(-),対光反射 (+),麻痺(-),握力差(-),痙攣(-),硬直(-),見当識 (-),嘔吐(-),嘔気(-),頭痛(-),意識判定は明瞭で,質問すべてに正答し,四肢従命はスムーズにできた。 (6)同日午後4時20分ころ,控訴人に対し,硫酸アトロピンの筋肉注射が行われ,午後4時25分ころ,控訴人は,DSA検査室に運ばれた。入室直後の控訴人の状態は,脈拍数78,血圧163~96mmHg,動脈血酸素飽和度99%,頭痛,吐き気等特段の愁訴はなかった。 午後4時40分ころ,被控訴人病院の看護婦は,控訴人に対し,ソセゴンを静脈注射し,その後,鼠蹊部を消毒し,同部に局所麻酔剤キシロカインを注射した。 検査実施中,控訴人に対しては,脈搏及び動脈血酸素飽和度についてモニターが行われ,また,自動血圧計を設置して5~10分ごとに血圧測定が行われていた。また,控訴人は,DSA検査実施中,検査台の上に仰向け状態で,頭部及び両手を固定された。また,右鼠蹊部からカテーテルを挿入するため,右足も固定された。 被控訴人病院のa医師は,控訴人のすぐ右脇の顔が見える位置に立って,DSA検査を開始し,まず,控訴人の右大腿動脈にセルジンガー針で穿刺した後,ガイドワイヤーをセルジンガー針の中を通して,大腿動脈内に挿入し,その後,ガイドワイヤーを大腿動脈内に残したまま,セルジンガー針を抜いた。さらに,a医師は,大腿動脈内にカテーテルを挿入し,これを右内頚動脈まで進めて,造影剤を注入し,午後4時56分,右内頚動脈の脳血管造影を開始した。そのころの,控訴人は,脈拍数72,血圧150~82mmHg,動脈血酸素飽和度97%という状態であった。 a医師は,その後,カテーテルを左内頚動脈に進め,午後5時20分,同22分,同25分の3回にわたり の,控訴人は,脈拍数72,血圧150~82mmHg,動脈血酸素飽和度97%という状態であった。 a医師は,その後,カテーテルを左内頚動脈に進め,午後5時20分,同22分,同25分の3回にわたり,造影剤を注入し,方向及び角度を変えて,同所の脳血管撮影を行った。また,造影剤を注入する都度,看護婦が控訴人に対し,声掛けをして,その容態を確認していた。 そして,レントゲン撮影の結果,控訴人の左内頚動脈・後交通動脈分岐部と左大脳動脈に動脈瘤が存在することが確認された。 午後5時25分ころ,控訴人は,看護婦から声を掛けられ,胸骨刺激をされたものの,うっすらと開眼するのみで発語しない状態であったが,瞳孔差は認められず,対光反射が見られたので,a医師は,控訴人の容態に異常はないと判断して,午後5時26分,最後の撮影である斜位の左内頚動脈の脳血管撮影を行った(なお,午後5時26分に撮影した造影像には,脳塞栓症を疑わせる所見は認められていない)。 午後5時30分ころ,a医師は,控訴人の状態が,脈拍数76,血圧 141~88mmHg,動脈血酸素飽和度98%,呼吸はスムーズであったが,声掛けに反応せず,右半身の麻痺,失語,眼球の左方偏位(両目が左を向いていること)という明らかな異常所見が認められたので,左大脳半球に脳梗塞,脳出血等が発症した可能性が高いと判断し,控訴人の鼠蹊部から挿入されたままになっているカテーテルを利用して早期に血栓溶解剤を投与するのがよいと判断した。同医師は,先ず,脳循環の改善を図るために低分子デキストラン250ミリリットルの点滴を開始し,また,脳内血管の閉塞の有無を確認するために,午後5時33分,上記カテーテルを利用して,左総頚動脈の撮影を行い,その後,午後5時42分,左内頚動脈の撮影を行った。 その結果,控訴 の点滴を開始し,また,脳内血管の閉塞の有無を確認するために,午後5時33分,上記カテーテルを利用して,左総頚動脈の撮影を行い,その後,午後5時42分,左内頚動脈の撮影を行った。 その結果,控訴人の左前大脳動脈・左中大脳動脈に塞栓が認められ,控訴人に脳塞栓症が発症したことが明らかとなった。 午後5時50分ころ,a医師は,上記カテーテルを通じて,控訴人の左総頚動脈から,生理食塩水250ミリリットル及び血栓溶解剤ウロキナーゼ48万単位を投与した。控訴人は,この当時,血圧163~88 mmHg,動脈血酸素飽和度97%で,声掛けに対し,一応開眼はするという状態であった。 午後6時10分,a医師は,左内頚動脈の造影を行い,そのころ,脳保護剤である仙台カクテル(マニトール300,ユベラ3A,アレビアチン250ミリグラム)の点滴を開始した。 a医師は,午後6時10分の左内頚動脈の造影像により,左前大脳動脈の血流が再開通したものの,左中大脳動脈の血流は改善していないことを確認したので,再度,控訴人の左総頚動脈から,生理食塩水100 ミリグラム,ウロキナーゼ24万単位を注入した。この当時,控訴人の血圧は164~87mmHgであった。 その後,午後6時25分に撮影した造影像によると,控訴人の左中大脳動脈の閉塞部位にも改善が認められた。もっとも,左中大脳動脈の閉塞は完全に元に戻ったわけではなく,中心溝動脈,その周囲の動脈は閉塞したままであった。 午後6時28分,a医師は,それ以上のウロキナーゼ投与は出血の危険もあると考え,その投与をやめて,控訴人の鼠蹊部に挿入されていたカテーテルは抜去した。 控訴人は被控訴人病院を退院した後,リハビリ治療を行っていたが, 現在も上記後遺障害のため,右上肢の機能は廃用手となり,歩行が不可能となって, の鼠蹊部に挿入されていたカテーテルは抜去した。 控訴人は被控訴人病院を退院した後,リハビリ治療を行っていたが, 現在も上記後遺障害のため,右上肢の機能は廃用手となり,歩行が不可能となって,自力での行動が著しく制限されている。自力行動が著しく制限された結果,控訴人の上記動脈瘤の破裂の危険性も大きく減少し,外科手術の必要性が乏しくなったので,外科手術は行われていない。 2 脳動脈瘤の病態等証拠(乙10ないし16,33ないし35,原審証人b)によれば,次の事実を認めることができる。 (1)概念脳動脈瘤とは,頭蓋内の動脈が瘤状に拡大したものであり,これが破裂すると,くも膜下出血等の症状を呈するが,破裂を生じる前は無症状である。脳動脈瘤のほとんどは,血管の分岐部に発生し,特に,内頚動脈(前脈絡叢動脈,後交通動脈などの分岐部),前大脳・前交通動脈,中大脳動脈の最初の主分岐部に発症しやすい。 (2)病態等動脈瘤が破裂した場合,破裂の仕方と程度により症状は異なる。くも膜下腔へ出血した場合には,出血量が少なければ,頭痛や嘔吐のみで意識障害までは生じないが,くも膜下腔への出血が原因となって,多かれ少なかれ脳に浮腫が生じる。また,一時に大量の出血が生じた場合には,頭蓋内圧の亢進によって脳ヘルニアを引き起こし,数分ないし数時間で急死する。 脳内又は硬膜下への出血の場合には,上記のくも膜下出血の症状のほかに,片麻痺などの症状が発作直後から出現することが多く,脳浮腫も加わることによって頭蓋内圧の亢進の程度も強くなる。 また,くも膜下に出血した血液の破壊産物が,くも膜下腔を走る血管を刺激すると,血管の攣縮が誘発され,脳血管攣縮が生じる。その場合,攣縮の程度が強いと,血管流域に虚血を来たし,脳梗塞を招来する。脳血管攣縮は,脳動脈瘤破裂によ 液の破壊産物が,くも膜下腔を走る血管を刺激すると,血管の攣縮が誘発され,脳血管攣縮が生じる。その場合,攣縮の程度が強いと,血管流域に虚血を来たし,脳梗塞を招来する。脳血管攣縮は,脳動脈瘤破裂による死因の第一位を占める。 さらに,くも膜下腔に血液が充満した場合,あるいは脳室内に出血が穿破した場合には,髄液の循環が阻害されて,急速に脳室の拡大が起こり,頭蓋内圧が亢進する急性水頭症となる。また,血液がくも膜下腔に充満しなくても,血球の破壊産物がくも膜顆粒を閉塞することにより,髄液の吸収障害が起こって,徐々に脳質の拡大を来し正常圧水頭症となることがある。その他,脳動脈瘤自体が脳神経を圧迫することによって症状が発生する場合もある。 (3)死亡率,死因等脳動脈瘤の初回発作により,約50%が死亡し,さらに適切な治療が行われなければ,30%が10年以内に再出血によって死亡するといわれている。脳動脈瘤の破裂を防ぐためには,脳動脈瘤頚部の結紮又はクリッピング等の外科的療法が最も有効な治療である。 脳動脈瘤が破裂した場合には,上記のように生命の危険が高く,予後が不良である。一方,未破裂の脳動脈瘤についての上記手術の成績は良好であるから,破裂のおそれが高く,また,その部位,形状等からみて,手術が可能なものについては,外科的手術をすることが生命の危険回避のために有効であり,望ましいと考えられている。 (4)診断脳動脈瘤の確定診断を行うためには,造影剤を使用して,直接脳血管を造影する方法によることが不可欠である。脳血管造影は,鼠蹊部から大腿動脈にカテーテルを挿入し,これを内頚動脈,椎骨動脈に進め,造影剤を投与して造影する方法(セルジンガー・カテーテル法)によって行われる。また,脳動脈瘤は20%が多発性であるため,両側の内頚動脈及び椎骨動脈(左右合計4 入し,これを内頚動脈,椎骨動脈に進め,造影剤を投与して造影する方法(セルジンガー・カテーテル法)によって行われる。また,脳動脈瘤は20%が多発性であるため,両側の内頚動脈及び椎骨動脈(左右合計4本)の造影を行うことが望ましいとされている。 さらに,動脈瘤が見つかった場合には,その大きさや形状,底部の方向等を正確に把握することが,手術の適否等を判断するために必要である。また,動脈瘤は,血管の分岐部に発生することから,手術の準備のためには,母血管との関係,分岐した血管と動脈瘤との位置関係を十分に把握しておくことが必要である。そのため,種々の角度から造影したり,鮮鋭度を増すために,小照射野撮影や拡大撮影などの手技も用いられている。 MRA検査の場合には,造影剤を用いず,無被爆,非侵襲的に,脳血管造影を行うことが可能であるが,血管が重なって造影されるため,動脈と静脈を分離して表示することができないなど,空間分解能力が劣り,動脈瘤の存否,部位,形状等を的確に把握することができず,現時点では,MRA検査をもってDSA検査に代替することはできない。 3 脳塞栓症発症の原因証拠(乙17,18,19の1,2,34,39ないし46,当審証人a,同b)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。 脳塞栓症は,脳梗塞と同様に脳の血管が詰まる疾病であって,脳塞栓症の場合は,脳の血管自体には問題がなく,心臓などの他の部位からの血栓(凝血塊)が,脳の血管まで移動して血管に閉塞が起こり,あるいは動脈硬化によって動脈内に蓄積したアテロームという脂質が自然と遊離して血管に詰まることなどによって,脳に栄養が行かなくなり脳細胞が壊死して,片麻痺等の局所症状を呈する疾病である。脳梗塞と比べると病巣が大きく,重傷例が多いことから,予後も不良であり,梗塞巣が 遊離して血管に詰まることなどによって,脳に栄養が行かなくなり脳細胞が壊死して,片麻痺等の局所症状を呈する疾病である。脳梗塞と比べると病巣が大きく,重傷例が多いことから,予後も不良であり,梗塞巣が中大脳動脈全域又は前大脳動脈と中大脳動脈の領域全てに及ぶときは,脳ヘルニヤによって死亡することが多い。 本件脳塞栓症発症の原因としては,DSA検査に際して,①カテーテルが血管内のアテロームと接触し,アテロームの一部が剥離して塞栓子となり,脳内血管が閉塞した,②急激な血圧変化などのために脳内血管がけいれん収縮し,血流が止まり脳組織に不可逆的壊死が生じた,③造影剤のために血管のけいれん収縮を来たし,血流が止まり脳組織に不可逆的壊死が生じた,④造影剤は血清蛋白の電気的性質を変えるので,赤血球の収縮,凝集が生じ,その結果,赤血球凝集塊が生じて脳動脈を閉塞したか,あるいはカテーテル壁付近で同様の赤血球凝集塊が生じて脳動脈を閉塞した,⑤何らかの事情で血管内に空気が流入して,空気が塞栓子となり,脳動脈を閉塞した,⑥DSA検査とは無関係に,心臓などに元から存在していた赤血球凝集塊が遊離して塞栓子となり,脳内血管を閉塞した等のことが一応考えられないわけではない。 しかしながら,検査中に控訴人に急激な血圧変化がなかったこと,及び検査当日の午後5時30分以降撮影した映像に,何らかの塞栓子による閉塞像が認められたことからみて,塞栓子を原因としない上記②,③の可能性が極めて乏しいというべきである。また,造影剤により凝血塊が生じたという可能性についても,抗凝血作用を有し,副作用の少ないヘキサブリックスを使用していることからみて低いといえる。さらに,ウロキナーゼの投与により控訴人の脳梗塞の症状が改善していることからみて,同⑤の空気による塞栓の可能性も乏しいといえる。ま 用の少ないヘキサブリックスを使用していることからみて低いといえる。さらに,ウロキナーゼの投与により控訴人の脳梗塞の症状が改善していることからみて,同⑤の空気による塞栓の可能性も乏しいといえる。また,検査中にカテーテルが血管内のアテロームと接触し,アテロームの一部が剥離したとの可能性についても,カテーテルの挿入操作を終え,その後かなりの時間が経過し,造影検査を終える段階になってから控訴人に脳塞栓症が発症していることからみて,カテーテル操作が原因である可能性も乏しいというべきである。したがって,消去法的に考えるなら,⑥の可能性が一番高いということになるが,そのように推認できるような明確な証拠はなく,その原因を解明することは,現段階の医学的知見によっては不可能というほかはない。 4 被控訴人の過失について(1)控訴人のDSA検査適応の有無控訴人は,DSA検査の高度の危険性にかんがみれば,DSA検査は生命にかかわる脳血管障害の発症する差し迫った危険のある場合に実施されるべきものであるところ,控訴人には,そのような差し迫った危険性が乏しかったのであるから,DSA検査を回避して,保存的措置に留めるべきであったと主張するので判断する。 ア前記第4の1ないし3に認定した事実によれば,脳動脈瘤は,それが破裂する前には症状はなく,前兆なしに破裂すること,破裂した場合にはくも膜下出血等により死亡する危険性が極めて高く,一命をとりとめたとしても,その予後は不良である。一方,脳動脈瘤の破裂を防ぐためには,動脈瘤頚部の結紮又はクリッピング等の外科的療法が最も有効な治療方法であるところ,未破裂の脳動脈瘤については,外科的手術の成功率が高いのであるから,破裂のおそれがある脳動脈瘤が発見され,その部位,形状等からみて手術が可能であると判断される場合には,外科的 治療方法であるところ,未破裂の脳動脈瘤については,外科的手術の成功率が高いのであるから,破裂のおそれがある脳動脈瘤が発見され,その部位,形状等からみて手術が可能であると判断される場合には,外科的手術を実施して,未然に脳動脈瘤の破裂を予防することが,患者の生命の危険を回避ないし除去するために有効,適切な手段と考えられる。 ところで,前記認定のとおり,控訴人は,MRA検査を行ったあおば脳神経外科の医師,並びに同検査結果を読影した被控訴人病院脳神経外科のb医師らから,いずれも左内頚動脈及び後交通動脈分岐部に動脈瘤の存在を疑い,また,左中大脳動脈の動脈瘤の存在も否定できないとの診断を受けたことに加えて,控訴人の息子が四十代でくも膜下出血のために死亡していることなどをも考え併せると,控訴人に対しては,脳動脈瘤の有無についての確定診断を得て,その部位,形状等を正確に把握し,外科的手術の適否等を判断し,手術が可能であればそれを実施することが,脳動脈瘤の破裂による生命の危険から控訴人を守るために,最適の措置であったというべきである。したがって,控訴人には,DSA検査実施についての適応があったことは明白である。 なお,身体の侵襲を伴わないMRA検査では,その画像の空間分解能力が劣るため,動脈瘤の存在,部位,形状等を的確に造影することができず,DSA検査に代替することができないことは前記したとおりである。 しかも,控訴人については,DSA検査の結果,脳動脈瘤の存在が確知されたのであるから,本件DSA検査の必要性・有益性は客観的にも裏付けられていたというべきである。 また,控訴人の動脈瘤については外科的手術が現在も行われていないが,それは,控訴人が後遺障害のために行動が著しく制限されていて動脈瘤破裂の危険性が減少したためであるから,そのことをもっ きである。 また,控訴人の動脈瘤については外科的手術が現在も行われていないが,それは,控訴人が後遺障害のために行動が著しく制限されていて動脈瘤破裂の危険性が減少したためであるから,そのことをもってDSA検査の適応が否定されるものではない。 イまた,証拠(乙14,16,33,原審証人a)によれば,DSA検査においては,危険因子として,検査時間,造影剤の量,カテーテルの数・サイズ,被験者の年齢,被験者が糖尿病,高血圧症等に罹患しているかどうかなどが指摘されていたが,近時はDSA技術の普及,造影剤,カテーテル,ガイドワイヤー等の質の向上と相まって,その安全性が高まっていること,控訴人には,本件DSA検査施行時に,これを差し控えるべきような健康上の問題は存在せず,神経学的,理学的にも検査を不適とするような異常所見も認められなかったのであるから,控訴人が本件DSA検査について不適応であったということはできない。 ウよって,控訴人のこの点に関する主張は失当である。 (2)DSA検査前における診断義務懈怠控訴人は,DSA検査においては,大腿動脈からカテーテルを挿入し,これを左内頚動脈等まで進めるという作業を伴うものであるから,控訴人のように高齢で,動脈硬化症が認められる場合には,カテーテルを進める際に血管内壁からアテローム等の塞栓子が剥離して,これが血流と共に脳血管に流失して脳塞栓症を発症させる可能性があるので,検査前に眼底検査を実施して眼底血管の状態を直接視認し,動脈硬化症が疑われる場合には,DSA検査を差し控えるべき義務があるというべきところ,被控訴人病院の医師らは控訴人の眼底検査を実施せず,控訴人の脳動脈の状態を十分に検討しないで安易にDSA検査を実施した過失があると主張する。 しかしながら,証拠(乙10,11,14,15,24,3 被控訴人病院の医師らは控訴人の眼底検査を実施せず,控訴人の脳動脈の状態を十分に検討しないで安易にDSA検査を実施した過失があると主張する。 しかしながら,証拠(乙10,11,14,15,24,33,45,46,当審証人a,同b)並びに弁論の全趣旨によると,DSA検査は,脳動脈瘤,脳動脈硬化,アテローム変性による脳血管の閉塞・狭窄などの患者にも適応のある検査であり,それらの症状の有無・程度を含めた脳血管の状態を明らかにする目的で行われるものであるうえ,眼底検査によって判明するのは,半径0. 1ミリメートル未満の細動脈(眼動脈)の硬化状態であるから,これによってカテーテルの挿入されるべき血管の硬化状態を知ることはできない。また,DSA検査のマニュアル書にも眼底検査を行うべきことを指示するものはない。 カテーテルを挿入すべき血管内に存在するアテロームについて,DSA検査前にその存在及び形態を確実に知る方法は存在していないし,カテーテルの接触によりアテロームの一部が剥離して塞栓子になりうる可能性があるとしても,そのような塞栓子の発生を防止する手段はない。仮に控訴人の脳塞栓症がアテロームによって発症したものであるとしても,アテロームは自然発生的に剥離するものであるから,本件DSA検査の際のカテーテルの挿入によりアテロームが剥離したものと断ずることもできない。また,控訴人には前記認定のとおり,カテーテル挿入後,相当の時間が経過した後に脳塞栓症が発症していることに照らしても,カテーテル挿入等が原因となってアテロームが剥離した可能性は乏しいとみるべきである。 結局,本件DSA検査に先だって,眼底検査をはじめその他動脈硬化に関する検査を行うべき医学的必要性はないし,そのような検査を行っても脳塞栓症を防止し得た可能性はないというべきであって,控訴人 る。 結局,本件DSA検査に先だって,眼底検査をはじめその他動脈硬化に関する検査を行うべき医学的必要性はないし,そのような検査を行っても脳塞栓症を防止し得た可能性はないというべきであって,控訴人のこの点に関する主張も失当である。 (3)本件DSA検査中の監視義務懈怠控訴人は,被控訴人病院の医師らについては,検査開始後,控訴人に対する監視義務を怠ったまま漫然とDSA検査を実施し,午後5時25分になってはじめて控訴人の容態の変化に気付いたために,脳塞栓症の発見が遅れ,その症状を悪化させた過失があると主張する。 しかしながら,前記第4の1(6)に認定の事実及び証拠(乙3の1ないし5,28の1,2,5,33ないし35,45ないし47,原審及び当審証人a,同b)によれば,a医師らは,本件DSA検査実施中,控訴人に対して,脈搏及び動脈血酸素飽和度についてはモニターで確認をし,血圧については,自動血圧計を設置して5~10分ごとに測定を実施していたこと,a医師は,控訴人のすぐ右脇の顔が見える位置に立って,DSA検査を開始し,その後も,同医師及び看護婦らにおいて,消毒,カテーテル挿入,造影剤注入等の節目ごとに,控訴人に安静にしているように指示し,その様子を観察していたことが認められる。 なお,控訴人は,午後5時25分までカルテ及び看護記録に何も記載がないのは,監視義務を怠っていたことを示すものであると主張するが,この点は,特記事項がなかったので記載がないものと解するのが自然であり,これをもって,監視義務を怠っていたものと認めることはできない。他に,被控訴人病院の医師らが控訴人の容態についての監視義務を怠っていたことを窺わせる証拠はない。 よって,上記に関する控訴人の主張は採用できない。 (4)検査中止義務違反控訴人は,被控訴人病院の医師らが 人病院の医師らが控訴人の容態についての監視義務を怠っていたことを窺わせる証拠はない。 よって,上記に関する控訴人の主張は採用できない。 (4)検査中止義務違反控訴人は,被控訴人病院の医師らが午後5時25分ころ,控訴人に声掛けをしたところ,控訴人が発語せず,瞳孔差がなく,対光反射ありという状態にあるのがわかったのであるから,遅くともこの時点で脳塞栓症の発症を疑い,直ちにDSA検査を中止すべきであったのに,これを怠った過失があると主張する。 しかしながら,前記第4の1(6)に認定の事実及び証拠(乙3の1ないし5,28の1,2,5,31,33ないし35,原審及び当審証人a,同b)並びに弁論の全趣旨によると,控訴人は,午後5時25分に,カルテ上,声掛け及び胸骨刺激にうっすらと開眼するも発語せず,瞳孔差なし,対光反射あり,左上下肢自動ありとの記載がされており,その記載内容からは,控訴人に脳塞栓症が発症したことを疑わせるような異常な点は認められない。なお,DSA検査にあたっては,検査前に控訴人にソセゴンを投与しており,傾眠状態になりやすいのであるから,午後5時25分の時点で,声掛けに対する控訴人の反応が鈍く,閉眼しがちであったとしても,それが異常な事態の顕れであるともいえない。むしろ,同時点において,控訴人の眼球に左右の偏位がなかったこと,午後5時25分に脳塞栓症が発症していたとするなら,午後5時26分の造影像にそれを疑わせる所見が認められてしかるべきであるのに,それが認められないこと等に照らせば,同時刻に脳塞栓症が発症していたとは認めることはできない。 他に,同時刻に脳塞栓症が発症していたと認めるに足りる証拠はない。 そうすると,被控訴人病院医師らにおいて,午後5時25分の時点で脳塞栓症の発症を疑い,直ちにDSA検査を中止すべきであった きない。 他に,同時刻に脳塞栓症が発症していたと認めるに足りる証拠はない。 そうすると,被控訴人病院医師らにおいて,午後5時25分の時点で脳塞栓症の発症を疑い,直ちにDSA検査を中止すべきであったとする控訴人の主張は,その前提において失当であり採用できない。 (5)DSA検査受診前の説明義務懈怠控訴人は,被控訴人病院の医師らは,脳動脈瘤の危険性,DSA検査の危険性,及び脳動脈瘤手術の危険性について的確な説明をしなかった過失があると主張する。 しかしながら,この主張は,当審において10回もの弁論準備手続期日を重ね,控訴人の主張についての整理を行い,平成14年6月10日の本件第2回口頭弁論期日において弁論準備手続の結果を陳述して,当事者双方の主張を確定した後になされた新たな主張であって,控訴人代理人において上記弁論準備期日中に主張できなかったというような特別の事情も存在しない。したがって,控訴人代理人がこれを主張しなかったことには重大な過失のあることは明らかである。よって,上記主張については,民事訴訟法157条1項により,これを却下する。 なお,念のために,控訴人の上記主張について検討してみても,前記第4の1の(2),(4)に認定した事実によれば,被控訴人病院の医師らが,控訴人らに対し,DSA検査前にその危険性等について,必要にして充分の説明をしたことは明らかであり,この点に関する控訴人の主張も失当である。 (6)以上のとおりであって,控訴人に発症した脳塞栓症及びその後遺症が被控訴人病院の医師らの過失に起因するものと認めることはできない。 5 以上によれば,控訴人の被控訴人に対する本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,失当としてこれを棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却 5 以上によれば,控訴人の被控訴人に対する本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,失当としてこれを棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとする。 よって,控訴費用の負担につき,民事訴訟法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。 仙台高等裁判所第三民事部裁判官小林崇裁判官浦木厚利裁判長裁判官喜多村治雄は,退官につき署名押印することができない。 裁判官小林崇
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