平成17(ワ)858 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成19年2月23日 札幌地方裁判所
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判決文本文14,962 文字)

- 1 -判示事項の要旨被告A病院に医師として勤務していた原告が,被告に対し,①同病院に採用された際の赴任旅費の支払を受けていないとして,赴任旅費21万0106円又は同額の損害賠償及び②同病院に勤務中に積み立てていた金員のうち原告の出張旅費に充てられなかった31万0940円の損害賠償を請求した事案で,赴任旅費について被告の消滅時効の援用は権利の濫用に当たり許されず,出張旅費について原告の損害を認めたうえ,被告の旅費としての弁済供託は損害賠償債務についてされたものとは認められないとして原告の請求を全部認容したものである。 主文 被告は,原告に対し,52万1046円及びこれに対する平成17年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は,被告の負担とする。 事実及び理由 第1当事者の求める裁判 請求の趣旨( ) 主文第1項及び第2項に同じ。 ( )仮執行宣言 請求の趣旨に対する答弁( )原告の請求を棄却する。 ( )訴訟費用は,原告の負担とする。 ( )仮執行免脱宣言 第2事案の概要本件は,被告が現在設置運営する病院に医師として勤務していた原告が,被告に対し,①同病院に採用された際の赴任旅費の支払を受けていないとして,赴任旅費21万0106円又は同額の損害賠償及び②同病院に勤務中に積み立てていた金員のうち原告の出張旅費に充てられなかった31万0940円の損- 2 -害賠償並びにこれに対する平成17年4月16日(訴状送達の日の翌日)から年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。 裁判所に顕著な事実及び争いのない事実並びに後掲証拠上容易に認められる事実等( )当事者等 ア被告は,平成16年4月1日,独立行政法人国立病院機構法(平成14年法律第 した事案である。 裁判所に顕著な事実及び争いのない事実並びに後掲証拠上容易に認められる事実等( )当事者等 ア被告は,平成16年4月1日,独立行政法人国立病院機構法(平成14年法律第191号)の施行によって発足し,厚生労働省の所掌事務のうち国立病院及び国立療養所の所掌事務に関する国の権利及び義務を承継した独立行政法人であり,独立行政法人国立病院機構A病院(国立療養所A病院を同日名称変更。以下,名称変更の前後を通じて「A病院」ということがある。)の上記権利義務を国から承継した。 イ原告は,医師としてC病院に勤務し,平成13年ころからA病院において専門研修を受けていた。 原告は,平成14年8月1日にA病院に心臓血管外科医師として採用され,平成17年3月31日に退職した。 ウBは,平成13年4月から平成16年2月までA病院の庶務課庶務班長であった者である。 ( )A病院への採用に係る赴任旅費について ア原告は,住民登録を従来の住所である札幌市南区としたまま,平成13年9月からA病院の宿舎に居住していたが,平成14年8月1日に住民登録を上記宿舎に移転した。 イ原告のA病院への採用に際し,赴任旅費の請求及び支出があった旨の文書(乙1)が存在する。 上記文書は,国立療養所A病院事務長D宛の書面で,出発地欄には「札幌」,到着地欄には「A」,精算額欄には「210,106円」,備考欄には「平成14年8月1日付採用に伴う赴任旅費」とそれぞれ手書きで記- 3 -載されており,請求者の氏名欄には原告の記名と「原告」の押印がある。 また,左下部には,「上記のとおり旅費を請求します。平成14年9月30日」という記載と「上記の金額を領収しました。」という記載(日付欄数字以外は不動文字)がそれぞれ存在し,その下の「氏名」の不動文字の横に「受 には,「上記のとおり旅費を請求します。平成14年9月30日」という記載と「上記の金額を領収しました。」という記載(日付欄数字以外は不動文字)がそれぞれ存在し,その下の「氏名」の不動文字の横に「受領代理人B」の記名と「B」の押印がある。 ( )原告の学会等への出張旅費について アA病院の院長及びBは,原告に対し,平成14年8月ころ,原告が学会等に参加するために出張する際の旅費について,予算の確保が困難なため,従前月額10万円だった残業手当を月額15万円に増額するので,その中から月々2万円ずつを積み立ててもらい,そこから旅費を支出するよう申し入れ,原告はこれを承諾した。なお,この当時,A病院に勤務する原告以外の医師も,同趣旨の説明を受け,原告と同様に給与からの積立てに応じていた。 イA病院では,F信販株式会社が原告の給与振込口座から医局会費と併せて引き落としてA病院の職員の親睦団体であるG会に引き渡した金銭の中からBが上記アによる積立金を受領し,これを平成14年9月30日にA信用金庫で開設された原告名義の預金口座(以下「本件口座」という。)に入金するという形で管理していた。 本件口座には,平成16年3月31日まで19回にわたって合計39万2000円が入金された(甲1,証人B,原告本人)。 ウ原告は,平成14年9月から平成16年2月までの間に別紙一覧表のとおり,合計14回にわたって,札幌,東京,金沢等で行われた学会や会議に出席をした。 原告は,上記学会等の参加に際し,その都度,A病院職員に航空券等の手配を委任し,同職員から航空券等と航空券等を購入後の残金とされる現金を受け取っていた。 - 4 -エBは,別紙一覧表の3,7ないし14の出張にかかる旅費として,平成15年1月29日から平成16年2月19日までの間に合計33万528 券等を購入後の残金とされる現金を受け取っていた。 - 4 -エBは,別紙一覧表の3,7ないし14の出張にかかる旅費として,平成15年1月29日から平成16年2月19日までの間に合計33万5280円を本件口座から引き出した。 オ前記ウのうち,別紙一覧表の1ないし13の出張に係る旅費については,支出官であるA病院事務長宛(一部については,A病院事務部長宛)に原告名義の旅費精算請求書又は旅費概算請求書が提出され,44万1700円が旅費として公金から支出された(甲2の1ないし13)。 カBは,平成16年4月に本件口座を解約し,原告に4万7788円を引き渡した。 キ被告は,平成16年12月13日,原告に対し,出張旅費の精算金として31万0940円を支払おうとしたが,原告は,これを受領しなかった。 ク被告は,平成17年11月18日に上記金員をH地方法務局A支局に供託した(乙8)。 原告の主張( )赴任旅費について ア原告は,A病院の院長から,赴任旅費は支給されないと明言されていたが,実際は予算として原告に対する赴任旅費21万0106円が支給され,これをBが代理受領していた。 しかし,原告は,自ら赴任旅費の請求をしたり,Bから赴任旅費を受領したことはない。 イ(ア)したがって,原告は,被告に対し,赴任旅費請求権を有している。 被告の消滅時効の援用は権利の濫用であり,許されない。 (イ)仮に,上記請求権が時効によって消滅しているとすれば,原告は,被告の職員であるA病院の院長らの虚偽の説明により,その権利を失ったものであるから,被告に対し,不法行為に基づく赴任旅費相当額の損害賠償請求権を有する。 - 5 -( )出張旅費について ア原告は,被告から,「学会出張の予算が公金からは出なくなる」「給料から積み立てる」「旅費予算が ,不法行為に基づく赴任旅費相当額の損害賠償請求権を有する。 - 5 -( )出張旅費について ア原告は,被告から,「学会出張の予算が公金からは出なくなる」「給料から積み立てる」「旅費予算が出ないときは個人の積立金で出張する」という趣旨の説明を受けて積立てに応じた。 被告は,後に,上記のシステムについて,A病院が管理する「旅費運用資金」と称される金銭が存在し,そこから旅費相当額を立替払したうえで,支出負担行為をして公金から旅費を現金化し,旅費運用資金に繰り入れるが,支出負担行為ができない場合は,個人の積立金を取り崩して現金化し,旅費運用資金に戻入するという趣旨の説明をしている。 しかし,旅費運用資金を通じての会計処理は,あってはならない違法な会計処理であり,旅費運用資金は裏金である可能性が高い。 原告は,正規に旅費支出がされない場合にのみ,積立金から引き出して,原告個人の負担で出張することを了解して積立金の保管を容認していたにすぎず,上記のような違法な会計処理を前提とした引出しは認めていない。 したがって,被告の行為は横領に当たる。 イ被告は,原告に対し,「学会出張の予算が公金からは出なくなる」などと述べて,公金による旅費支給はできないかのように原告を欺罔し,原告を錯誤に陥れて,給与から月々2万円の積立てをすることを了解させた。 上記の行為は,月々2万円の積立てをさせた詐欺行為である。 ( )供託について 原告は,本件訴訟において不法行為に基づく損害賠償金及び訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めている。しかし,その債権に対する有効な弁済の提供あるいは供託といえるためには,それが損害賠償金としての提供(供託)であること及び損害賠償金と遅延損害金全額についてのものであることが必要である(本件訴訟において,原告が遅延損害金につ 効な弁済の提供あるいは供託といえるためには,それが損害賠償金としての提供(供託)であること及び損害賠償金と遅延損害金全額についてのものであることが必要である(本件訴訟において,原告が遅延損害金につき,訴状送達の日の翌日からの部分を一部請求をしていても,被告は不法行為時から- 6 -の遅延損害金全額を提供又は供託すべきである。)。 しかし,被告は,出張旅費精算金として,しかも遅延損害金を付すことなく,弁済の提供及び供託をしたものであり,このような弁済の提供及び供託は債務の本旨に従ったものとはいえず,原告の損害賠償請求権を消滅させるものではない。 3被告の主張( ) 赴任旅費について アBは,平成17年9月30日午後5時過ぎころ,原告に対し,A病院の原告が所属する医局において,赴任旅費21万0106円を支払った。 イ赴任旅費請求権は,国家公務員法第1次改正法附則3条で準用される労働基準法115条により,2年で時効により消滅する。 原告の赴任旅費請求権は既に消滅時効期間が経過しており,被告は上記消滅時効を援用する。 ( ) 出張旅費について アA病院では,勤務医が学会に出席するための出張旅費(以下,単に「旅費」ということがある。)について,所要額の一部しか予算上確保されないことが予想されたため,平成14年5月から,各人の給与のうち月額2万円ずつを旅費として支出してもらい,これを各人別に積み立てて保管(以下,この保管に係る金員を「旅費積立金」という。)し,予算の不足により旅費を支出できないときは,これを取り崩し,旅費に充てることとした。 イ当時,A病院では事業計画で要望した予算額が年度当初に一度に示達されることはなく,大半は年度末の2月から3月に示達されるのが実態であった。このため,年度当初又は年度途中において,勤務医のすべて イ当時,A病院では事業計画で要望した予算額が年度当初に一度に示達されることはなく,大半は年度末の2月から3月に示達されるのが実態であった。このため,年度当初又は年度途中において,勤務医のすべての学会出張旅費について,順次支出行為を行うことは困難であることから,「旅費運用資金」という名目で事実上運用されていた手持ち現金により旅費相- 7 -当額を立て替えていた。すなわち,勤務医の学会出張がある場合,まず旅費運用資金から旅費相当額を当該勤務医に立替払し,その後,予算示達があれば,支出負担行為を行って予算から旅費を支出して旅費運用資金に繰り入れ,予算示達がなければ,当該勤務医の自己負担による出張とし,旅費積立金から払い戻した旅費相当額を旅費運用資金に戻入していた。また,旅費積立金の戻入後に予算示達があれば,支出負担行為を行い,旅費を旅費積立金口座に繰り入れることとしていた。 ウA病院は,別紙一覧表記載の原告の旅費につき,旅費運用資金から立替払をした後,旅費積立金から旅費運用資金に戻入したものがある。ただし,戻入の際,既に予算示達があったのにそれを見落として旅費積立金から旅費運用資金に戻入したり,旅費積立金から旅費運用資金に戻入後に予算示達があったのに旅費運用資金から旅費積立金に返戻しなかったりしたことがあるが,いずれも事務上の過誤に基づくものであり,不法行為を構成するものではない。 また,被告に過誤による旅費積立金の払戻しや旅費の不支給があったとしても,原告には旅費積立金の返還請求権又は旅費請求権が存在するから,損害の発生を観念する余地はない。 ( ) 供託について 被告は,平成16年12月13日,原告に対し,出張旅費精算金31万0940円の弁済の提供をしたが,原告から受領を拒絶されたため,平成17年11月18日に上記金員を供 ない。 ( ) 供託について 被告は,平成16年12月13日,原告に対し,出張旅費精算金31万0940円の弁済の提供をしたが,原告から受領を拒絶されたため,平成17年11月18日に上記金員を供託した。 したがって,原告の被告に対する出張旅費に関する権利は消滅している。 第3当裁判所の判断 赴任旅費について( )上記第2の1の事実に,証拠(甲10,18,乙1ないし3,乙4の1及 び2,乙7,9の1ないし3,乙12,証人,証人B,原告本人。ただし,I- 8 -後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 ア原告は,平成14年6月ころ,Bに対してA病院への採用に伴って赴任旅費が支給されるかどうかを問い合わせたが,明確な回答がなく,A病院に採用された後,院長から赴任旅費は支給されない旨の回答を得た。 イBは,原告に対し,平成14年8月1日にA病院の宿舎に転居したことが明らかとなる住民票の提出を求め,原告は,同日,上記宿舎に住民登録を移転し,Bにその住民票を交付した。 ウBは,上記住民票を基に予算申請を行い,同年9月2日に赴任旅費が予算として示達された。 A病院のJ庶務係長は,同月30日,Bの指示を受けて,Bを受領代理人とする同日付けの原告の札幌からAへの赴任に係る赴任旅費21万0106円の旅費精算請求書(乙1),原告及び他の2名の職員名義の同日付け委任状(乙2。旅費の受領権限をBに委任する旨を内容とするもの)を作成し,同病院の支出官(事務長)に提出した。 支出官は,上記原告の赴任旅費21万0106円及び他の職員2名の旅費合計56万5870円の支払のため,Bを受取人とする金額77万5976円の小切手を振り出した(乙3はその小切手振出済通知書,乙4の1,2は同内訳)。 J庶務係長は,同 106円及び他の職員2名の旅費合計56万5870円の支払のため,Bを受取人とする金額77万5976円の小切手を振り出した(乙3はその小切手振出済通知書,乙4の1,2は同内訳)。 J庶務係長は,同日,K銀行A中央支店に上記小切手を呈示してその支払を受け,他の職員2名に旅費として56万5870円を交付し,残金21万0106円をBに交付した。 エ原告は,同日午後2時から午後4時2分まで,A病院の手術室において下肢静脈瘤の手術を行い,その後,午後5時ころには,心不全を合併した左主幹部病変の不安定狭心症の患者に対する緊急手術のスタッフとして再び手術室に入室しており,医局にいなかった。 - 9 -( )アBは,原告が同日午後5時過ぎころに医局におり,その際に赴任旅費2 1万0106円入りの封筒を手渡し,原告はそれを診察衣のポケットに入れたと証言する。 しかし,同日午後5時ころには,手術室に入室しており医局にいなかったという原告の供述(甲10の陳述書の記載を含む。以下同じ。)は,その際の患者の症状や重篤さ,手術開始予定時間等の手術のスケジュールに照らしても合理的で,疑いを挟むべき点は見出せない。 イ他方,Bの証言を前提とすると,同人は,20万円以上の多額の現金を領収書や受領印をもらうことなく渡し,受け取った原告は,それをまもなく手術着に着替えることになる診察衣のポケットに入れたことになるが,このようなことは通常考え難いうえ,原告がその直後に重大な手術を控えていたことからすると,病院関係者であるBに然るべき配慮があって当然であり,そのような状況にもかかわらず,20万円以上の現金が手渡しで授受されたという状況は不自然である。 また,Bは,医師は忙しいので領収書を徴せず,受領印も自分で押した旨証言するが,原告との間の他の金員の授受の際には実際に かかわらず,20万円以上の現金が手渡しで授受されたという状況は不自然である。 また,Bは,医師は忙しいので領収書を徴せず,受領印も自分で押した旨証言するが,原告との間の他の金員の授受の際には実際に原告が作成した領収書(乙9の1ないし3)が存在すること,上記赴任旅費額は領収書のやり取りもなく交付される金額としては多額であること等からすると,Bの証言は信用できず,他に被告が原告に赴任旅費を支払ったことを認めるべき証拠はない。 したがって,原告には赴任旅費が支払われていないと認められる。 ( )原告は,赴任旅費につき,赴任旅費請求権又は不法行為に基づく損害賠償 請求権を選択的に行使すると主張するので,以上を前提に原告の請求について検討する。 ア上記のとおり,原告が赴任旅費を現実に受領したとは認められないから,原告は,被告に対する赴任旅費請求権を有する。 - 10 -イところで,国家公務員第一次改正法(昭和23年法律第222号)附則3条は,「一般職に属する職員に関しては,別に法律が制定実施されるまでの間,国家公務員法の精神にてい触せず,且つ,同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において,労働基準法及び船員法並びにこれらに基く命令の規定を準用する。但し,労働基準監督機関の職権に関する規定は,一般職に属する職員の勤務条件に関しては,準用しない。」と規定しているところ,国家公務員の給与その他の手当てに関する消滅時効について,民間企業に勤務する労働者と異なる定めをした規定はなく,かつ,国家公務員法の精神に照らしても,異なる定めをすべき根拠は見出せないから,労働基準法115条が準用され,赴任旅費請求権は同条にいう賃金に該当すると解される。 そうすると,赴任旅費請求権は,2年間行使しないことによって消滅することになる。 めをすべき根拠は見出せないから,労働基準法115条が準用され,赴任旅費請求権は同条にいう賃金に該当すると解される。 そうすると,赴任旅費請求権は,2年間行使しないことによって消滅することになる。 ウ被告は,上記消滅時効を援用し,原告は,それが権利の濫用であると主張する。 (ア) 債務者の時効の援用は,債務者が債権者の権利行使を妨げるような行為をし,そのため債権者が権利行使を行い得なかったような場合には,信義則違反又は権利の濫用として許されないことがあると解される。 (イ) A病院の院長が同病院に採用後の原告に対し,赴任旅費は支給されない旨の回答をしたこと及びBが赴任旅費を原告に交付しなかったことは前記のとおりである。 院長が原告に対し,いかなる根拠・背景に基づいて上記回答をしたのかを直接明らかにする証拠はない。 しかし,院長は,原告に対し,赴任旅費は支給されないと回答する一方,原告の採用直前の同年7月ころには,Bに対し,赴任旅費の予算申請をしてみてはどうかと述べており(乙7),原告への上記回答をした- 11 -際は,既に赴任旅費の予算申請のための手続がされていた可能性が高い。 そして,実際に原告の赴任旅費が予算から支給されているにもかかわらず,これが原告に支払われていないことに照らすと,院長は,赴任旅費が予算によって支給されないとの認識の下に上記回答をしたのではなく,これが予算によって支給される可能性を認識しながら,それを原告に支払わないようにするため,原告には赴任旅費が支給されないと回答したと推認でき,この推認を覆すに足りる証拠はない。 (ウ) このように債務者側が債権者に対し,権利がないと誤信させる目的で虚偽の説明を行い,それを受けて債権者が権利を行使しなかったために消滅時効期間が経過した場合は,債務者の時効の援用は権利の濫用に (ウ) このように債務者側が債権者に対し,権利がないと誤信させる目的で虚偽の説明を行い,それを受けて債権者が権利を行使しなかったために消滅時効期間が経過した場合は,債務者の時効の援用は権利の濫用に当たり,許されないというべきである。 エしたがって,被告の時効の援用は許されず,原告の赴任旅費の請求は理由がある。 出張旅費について( )旅費運用資金について ア上記第2の1の事実に,証拠(甲7,10,11,乙11,13,証人,証人B,証人L,原告本人。平成18年12月15日付け調査嘱託回I答書)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (ア) A病院には,原告が採用される前から,「旅費運用資金」と称される金銭が存在していた。旅費運用資金は,現金で金庫に保管され,その管理は経理関係者ではなく事務長補佐が行っていたが,その出納に関する帳簿も作成されず,その原資や発足の経緯も不明とされており,いわゆる公金として管理されている金銭ではなく,本来存在してはならない違法な金銭であった。 (イ) A病院に勤務する医師の学会などへの出張旅費は,平成14年から平成16年6月ころまでの間,旅費運用資金から立て替えられていた。 - 12 -この立替金については,同額が個々の医師の旅費積立金から旅費運用資金に戻入されることがあり,また,当該出張に予算措置がとられ公金から旅費が支給された場合は,それも旅費運用資金に繰り入れられていた。 その結果,旅費運用資金は,同一の出張について,旅費積立金からの戻入と公金からの旅費の繰入を二重に受け入れることはあったが,公金として支給された旅費が旅費積立金に直接繰り入れられたり,旅費運用資金から旅費積立金に返戻されることはなかった。 (ウ) A病院は,平成16年6月ころ,旅費運用資金による旅費の立替え はあったが,公金として支給された旅費が旅費積立金に直接繰り入れられたり,旅費運用資金から旅費積立金に返戻されることはなかった。 (ウ) A病院は,平成16年6月ころ,旅費運用資金による旅費の立替えを廃止した。判明している旅費運用資金の残高は,その時点で約425万円であり,このうち少なくとも約134万円は旅費の二重受入れにより原告を含む8名の医師に返還されるべきものであるが,約77万円が5名の医師に返還されたものの,残余の約57万円は原告を含む3名の医師から受取を拒否されたため,返還されていない。 上記残高のうちその余の約291万円については,旅費運用資金の原資や出納が不明であるため,どういう経緯で存在するに至ったか,誰かに返還すべき金銭か否か等はいずれも明らかではない。 イ以上を前提に旅費運用資金について検討する。 (ア) 上記のとおり,旅費運用資金は,本来存在してはならない違法な金銭であるうえ,預貯金等の形式を取らず,出納も不明なまま,帳簿等も作ることなく,A病院の事務長補佐によって金庫に現金で保管されていたものであり,このような状況は,行政機関による金銭の管理としても異常であり,また,数百万円の金銭の管理方法としても異常である。 そして,旅費運用資金の存在は本件訴訟に至るまで明らかにされず,原告が出張する際にチケットの手配等をしていたA病院職員のMでさえも,その旅費は公金によって支出されるものと考えており,同資金の存- 13 -在や内容を認識していないこと(甲11,乙13),同資金が上記のような異常な方法で管理されていたこと,被告は,同病院の事務長補佐が同資金を実際に管理し,その額も数百万円と多額なものであるのに,本件訴訟においても同資金の使途や原資,積立ての経緯・目的等について何ら具体的かつ合理的な説明もないこと等からすると 病院の事務長補佐が同資金を実際に管理し,その額も数百万円と多額なものであるのに,本件訴訟においても同資金の使途や原資,積立ての経緯・目的等について何ら具体的かつ合理的な説明もないこと等からすると,これを裏金と呼ぶかどうかはともかくとして,同病院では何らかの不正な目的に基づき,「旅費運用資金」と称する金銭を保管してこれを運用していたと推認され,この推認を覆すに足りる証拠は存在しない。 (イ) 被告は,旅費運用資金は裏金と呼ばれる金銭ではなく,同資金を用いた旅費の運用は必要であるなどと主張する。 しかし,前者については,被告が帳簿もなく原資も不明であるとしながら,裏金でないことだけを強調するもので論理的に破綻しているといわざるを得ず,後者については,仮に同資金が旅費の円滑な運用に何らかの形で資するとしても,それによって不正な目的による金銭の保管や運用が許されるものではないことはもとより,同資金が旅費の円滑な運用だけを目的とするものであれば,被告は同資金が形成された経緯や原資等を説明できて当然であるから,被告の上記主張は本件における事実認定及び判断において斟酌されるべきものでない。 (ウ) なお,上記のとおり,平成16年6月に旅費運用資金の残高約425万円の3割以上に当たる約134万円は,公金によって旅費が支給されているから,各医師の旅費積立金に返戻すべきものである。 しかし,残余の約291万円について権利を主張する者は見当たらないこと,旅費運用資金を担当する者やその他のA病院の職員が個人の金を出し合って多額の積立てをするとは考え難いこと,旅費運用資金への金銭の出入りで判明しているものは,各医師の旅費積立金と公金である各医師の学会等への出張旅費だけであること等を総合すると,残余の約- 14 -291万円についても,原資が判明している約1 資金への金銭の出入りで判明しているものは,各医師の旅費積立金と公金である各医師の学会等への出張旅費だけであること等を総合すると,残余の約- 14 -291万円についても,原資が判明している約134万円と同様に,原告やその他のA病院職員から何らかの名目で徴した金員か,A病院からこれらの者に支払われるべき給与・手当・旅費等であり,これらが旅費運用資金に繰り入れられて積み重ねられた結果,上記残高が形成されたと推認される。 ( )以上を前提として,本件の請求について検討する。 ア原告が,A病院の院長から,学会等に参加するために出張旅費について予算の確保が困難であること,各医師に残業手当の中から月々2万円ずつを積み立ててもらい,そこから各自の旅費を工面すること等の説明を受け,積立てに応じたことは争いがない。 しかし,A病院には「旅費運用資金」と称される多額の現金が存在し,それが旅費に充てられていたというのであるから,各医師が月々2万円ずつの積立てに応じなければならないほど旅費の支出に逼迫するような状況は考えにくく,また,仮に旅費の支出に困窮する事態となるとしても,月々の積立てによるのではなく,その都度,必要額を支出してもらう等の精算も可能であり,院長が上記説明のような積立てを提案しなければならない合理的な根拠も見当たらない。 イまた,被告は,旅費の予算確保が困難であるため,医師に残業手当を積み立ててもらい,その中から旅費を支出しようとしたと主張するが,同病院が各医師に残業手当の積立てを打診した平成14年ころにおいて,旅費の予算確保が困難になったなどとするL及びBの証言は,これを裏付ける証拠がない。なお,たしかに平成15年度については,年度当初は示達額が少なく,年度末に相次いで示達されたという形跡はあるものの,年度別でみると,平成 なったなどとするL及びBの証言は,これを裏付ける証拠がない。なお,たしかに平成15年度については,年度当初は示達額が少なく,年度末に相次いで示達されたという形跡はあるものの,年度別でみると,平成13年度ないし平成15年度にかけて職員旅費に大きな増減はなく,平成15年度の示達額が一番多い(調査嘱託回答書)から,いずれにせよ,旅費の予算確保が困難であったことを推察できる事情がある- 15 -とはいえず,上記主張は理由がない。 ウ以上に加え,上記( )で検討したとおり,旅費運用資金は不正な目的に よって保管運用され,その原資は原告その他のA病院職員に支払われるべき給与・手当・旅費等の公金が適正に支払われることなく繰り入れられて積み重ねられたものであると推認されること,旅費積立金から旅費運用資金に戻入された別紙一覧表3,7ないし14の出張にかかる旅費のうち,別紙一覧表の14の出張に係る旅費を除くすべての旅費が公金から支出されたにもかかわらず,旅費運用資金から原告の旅費積立金への返戻は一度もされなかったこと,また,原告以外の医師についても同様であり,少なくとも医師8名について合計約134万円について同様の処理が行われていたが,このような一貫した処理が単なる事務上の過誤によって繰り返されていたとは到底考えられないこと,院長が原告に旅費の積立てを依頼した際にも旅費運用資金等を含めた一連の処理についての説明がされた形跡はないこと等の事情を総合すると,院長が原告に対して給与からの積立てを求めた真意は,予算が削減される旅費を確保することにあったのではなく,旅費が予算から支給されるであろうことを予想しつつ,各医師にも旅費名目で積立てをさせることにより,同一の出張に係る旅費を二重に取得し,旅費運用資金を増加させることにあったと推認され,これを覆すに く,旅費が予算から支給されるであろうことを予想しつつ,各医師にも旅費名目で積立てをさせることにより,同一の出張に係る旅費を二重に取得し,旅費運用資金を増加させることにあったと推認され,これを覆すに足りる証拠はない。 エそうすると,A病院では,原告を含む医師に月々の積立てを求めることなく,公金からの支出によって旅費を賄うことが可能であったにもかかわらず,不正な目的で保管運用していた旅費運用資金をさらに増加させるため,上記積立てを求めたと推認できるから,A病院の院長が原告に対し,月々2万円の給与振込口座からの引き落としと積立てを求めた行為は不法行為(詐欺)に該当し,被告は,その使用者として,これにより原告に生じた損害を賠償する責任を負う。 - 16 -( )損害の算定 ア原告が,被告の説明に基づいて給与振込口座からの引き落としを了解し,平成14年9月30日から平成16年3月31日までの間に引き落とされて積み立てた総額は39万2000円である。原告は,このうち4万7788円の返還を受け,また,自らの通信会社への通話料合計8932円及び私的旅行とされた別紙一覧表の14に係る旅費2万4340円については,本件口座の預金から負担する形で損害が回復されたといえるため,これらを控除した31万0940円が現存する損害となる。 イ被告は,原告には旅費積立金の返還請求権又は旅費請求権が存在するから,損害の発生を観念する余地はないと主張する。 たしかに,原告は給与からの積立てに同意して旅費積立金の管理を被告に委任し,現在に至るまで上記委任契約の取消しの意思表示をしていないから,原告は同契約に基づく旅費の精算金請求権を有していると解されるし,また,旅費請求権を有していると考える余地もある。 しかし,原告の損害は,預金を詐取されたことによって生じたも 思表示をしていないから,原告は同契約に基づく旅費の精算金請求権を有していると解されるし,また,旅費請求権を有していると考える余地もある。 しかし,原告の損害は,預金を詐取されたことによって生じたものであるから,原告に精算金請求権又は旅費請求権が存在するとしても,それによって損害が発生しないことにはならず(原告は,いずれかの権利を選択的に行使することができ,精算金請求権又は旅費請求権を行使して現実に弁済を受けた場合には,その範囲で損害が回復されたと解する余地があるにすぎない。),上記主張は理由がない。 供託について( )被告が原告に対し平成16年12月13日に出張旅費の精算金として31 万0940円を支払おうとしたが,原告がこれを受領しなかったこと及び被告が平成17年11月18日に上記金員を供託したことは争いがない。 ( )上記弁済の提供及び供託の効力を検討する。 ア被告は,旅費の精算金として弁済の提供をしたが,原告は,これを受領- 17 -せず,本件訴訟において不法行為に基づく損害賠償を請求している。 上記の旅費に係る精算金債権と損害賠償債権はいずれも金銭債権であるが,債務者は充当対象となる債権を指定することができるのに対し,債権者は債務者の意思に反して充当指定をすることができない(民法488条参照)ことからすれば,上記弁済の提供をもって損害賠償債権に対する弁済の提供があったとすることはできない。 また,これを原告が受領拒絶したとしても,損害賠償債権につき,いわゆる権利供託の要件である債権者の受領拒絶があったとはいえないし,被告は旅費の精算金として供託をしているのであるから,被告の損害賠償債務についての供託があったとすることもできない。 イもっとも,原告が旅費の精算金債権を行使して現実の弁済を受けた場合には,その範囲 告は旅費の精算金として供託をしているのであるから,被告の損害賠償債務についての供託があったとすることもできない。 イもっとも,原告が旅費の精算金債権を行使して現実の弁済を受けた場合には,その範囲で損害が回復される関係に立つことは前記2の( )のとお りである。また,原告の旅費の精算金債権は被告の上記供託で消滅し,原告は供託された金銭の払渡しを受ける権利を取得したと解される。 そこで,上記供託がされ,原告が損害相当額の供託物払渡請求権を取得したことにより,原告の損害が回復されたといえないかが問題となり得る。 しかし,供託者は被供託者が供託物の払渡しを受けるまでは取戻しが可能であるから,原告の取得した供託物払渡請求権は未だ不確定なものであって,このような不確定な権利の取得は精算金債権に対する現実の弁済と同視することはできず,これによって原告の損害が填補されたということもできない。 ウなお,原告は,精算金債権と損害賠償債権のいずれを行使するかを自由に選択することができ,原告が精算金債権の行使を拒絶し,損害賠償債権を行使したからといって,直ちに原告の権利行使が不当であるとはいえない。しかも,原告の有する精算金債権は詐欺を理由とする委任契約の取消しの意思表示をすれば消滅する権利であり,かつ,原告は明示の意思表示- 18 -こそしていないものの,詐欺に基づいて委任契約を締結したことを認めたうえで不法行為に基づく損害賠償請求をしているという本件の事情下では,原告が精算金債権を行使することなく,損害賠償債権を行使することが実質的にみて不当であるといった理由も見出せない。 ( )そうすると,被告の弁済の提供及び供託によって,原告の損害賠償請求権 が否定されるものではない。 よって,原告の請求は全部理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担に 理由も見出せない。 ( )そうすると,被告の弁済の提供及び供託によって,原告の損害賠償請求権 が否定されるものではない。 よって,原告の請求は全部理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担については民事訴訟法61条を適用し,仮執行宣言は本件の事案に照らすと相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結の日平成19年1月12日)札幌地方裁判所民事第5部裁判長裁判官笠井勝彦裁判官前原栄智裁判官渡邉充昭

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