令和4(く)25

裁判年月日・裁判所
令和5年6月5日 福岡高等裁判所 宮崎支部 棄却
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判決文本文51,429 文字)

令和4年第25号決定 主文 本件各即時抗告を棄却する。 理由 第1 抗告趣意等本件各即時抗告の趣旨及び理由は、主任弁護人森雅美作成の即時抗告申立書、令和4年7月12日付け即時抗告申立補充書、同年11月7日付け即時抗告申立補充書、同年12月9日付け即時抗告申立補充書、同年12月26日付け「検察官の当審検1(O回答書)に対する反論」と題する書面及び令和5年2月15日付け「検察官意見書に対する反論」と題する書面に各記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官山内峰臣作成の同年1月31日付け意見書に記載のとおりであるから、これらを引用する。 論旨は、要するに、原決定は新証拠について明白性の判断を誤っており、失当であるから、原決定を取り消し、本件各再審請求につき再審を開始するとの決定を求める、というのである(なお、略語の使用は、原則として、原決定の例による。)。 第2 確定判決の事実認定の要旨 1 Aに対する確定判決 犯行に至る経緯Aは、昭和25年3月Bと結婚し、鹿児島県曽於郡大崎町a、n番地においてBと共に農業に従事してきたものであるが、Bは10人兄弟の長男に当たり、同人方に屋敷を接して同人の実弟である二男C及び四男Dがそれぞれ居住し、同じく農業に従事していた。Dは日頃から酒癖が悪く、妻と離婚してからはそれが一層悪くなっており、飲んだ先々で迷惑をかけたり、酔い つぶれて道端に寝込んだりする有様で、親族らが迎えに行ってDを連れ帰ったことも何度かあった。Aは、勝気な性格で、口数も多く、Bが以前交通事故に遭って仕事も十分できない上、知能もやや劣ることから、長男の嫁としてb家一族に関する事柄を取り仕切っていた。Dは、Aによって妻と離婚 も何度かあった。Aは、勝気な性格で、口数も多く、Bが以前交通事故に遭って仕事も十分できない上、知能もやや劣ることから、長男の嫁としてb家一族に関する事柄を取り仕切っていた。Dは、Aによって妻と離婚させられ、一緒になることを妨害されているとしてAに反感を抱き、酒に酔ってはAを「打ち殺す」などと言って暴れ、一度はA方に押し掛けて入浴中のAを外まで追い回したこともあり、A夫婦及びCは日頃からDの存在を快く思っていなかった。 昭和54年10月12日、Bらの姉の子の結婚式が行われ、A夫婦を始め、Bの兄弟はDを除き全員出席したが、Dは当日朝から酒浸りであるなどとして、Bら兄弟はDを連れて行かなかった。同日午後7時過ぎには結婚式が終わり、Aらはそれぞれ帰宅した。Dは同日酒を飲んで外を出歩き、午後8時頃酔いつぶれて道路脇の溝に落ちているのを地域の住人に発見された。 Dの近隣に住むH、Iの両名がDを同人方まで届けたが、同人は前後不覚の状態であった上、着衣が濡れて下半身裸となっていた。そのため、H及びIは、Dを土間に置いたまま帰った。AはHから泥酔して道端に倒れているDを迎えに行く旨連絡を受け、同日午後9時頃H方に行って同人からDの様子を聞き、Hらに迷惑をかけたことを謝ったりした後、午後10時30分頃Iと帰宅する途中、Dの様子を見るため一人でD方に立ち寄った。Aは、泥酔して土間に座り込んでいるDを認めるや同人に対する恨みが募り、この機会に同人を殺害しようと決意し、C、次いでBに対し、共同してDを殺害しようと話を持ち掛け、両名はいずれもこれを承諾した。 罪となるべき事実Aは、①B、Cと共謀の上、D(当時42歳)を殺害するため、同人の絞殺に使う西洋タオルを携帯して、同日午後11時頃、鹿児島県曽於郡大崎町a、m番地所在の同人方に赴き、同所土間に座り込 なるべき事実Aは、①B、Cと共謀の上、D(当時42歳)を殺害するため、同人の絞殺に使う西洋タオルを携帯して、同日午後11時頃、鹿児島県曽於郡大崎町a、m番地所在の同人方に赴き、同所土間に座り込んで泥酔のため前後不 覚となっている同人に対し、B及びCにおいてこもごもDの顔面を数回ずつ殴打し、その場に倒れた同人をAを加えた3名で足蹴りするなどし、更に前記3名でDを同人方中六畳間まで運び込んだ上、同所において、Aが「これで絞めんや」と言って前記西洋タオルをBに渡すとともに、仰向きに寝かせたDの両足を両手で押さえ付け、CもまたDの上に馬乗りになってその両手を押さえ付け、Bにおいて前記西洋タオルをDの頸部に1回巻いて交差させた上、Aから「もっと力を入れんないかんぞ」と言われて、両手でその両端を力一杯引いて締め付け、よって、Dを窒息死に至らしめて殺害し、②前記殺害行為の後、Cが一旦帰宅して同人の長男FにDの死体を遺棄するため加勢を求めたところ、Fはこれを承諾し、ここにAは、B、C及びFの3名と共謀の上、同月13日午前4時頃、Aが照らし出す懐中電灯の灯りの下で、前記3名が、Dの死体を同人方牛小屋に運搬した上、Aから「まだ浅い、もっと掘らんか」と指図されて、同所の堆肥内にそれぞれスコップ又はホークを用いて深さ約50cmの穴を掘って、その中に前記死体を埋没させ遺棄した。 2 Bに対する確定判決 犯行に至る経緯Bは10人兄弟の長男に当たり、同人方に屋敷を接して同人の実弟である二男C及び四男Dがそれぞれ居住し、いずれも農業に従事していた。Dは日頃から酒癖が悪く、妻と離婚してからはそれが一層悪くなっており、飲んだ先々で迷惑をかけたり、酔いつぶれて道端に寝込んだりする有様で、親族らが迎えに行ってDを連れ帰ったことも何度かあった。 た。Dは日頃から酒癖が悪く、妻と離婚してからはそれが一層悪くなっており、飲んだ先々で迷惑をかけたり、酔いつぶれて道端に寝込んだりする有様で、親族らが迎えに行ってDを連れ帰ったことも何度かあった。Bの妻であるAは、勝気な性格の上、口数も多く、Bが以前交通事故に遭って仕事も十分できない上、知能もやや劣ることから、長男の嫁としてb家一族に関する事柄を取り仕切っていた。Dは、Aによって妻と離婚させられ、一緒になることを妨害されているとしてAに反感を抱き、酒に酔ってはAを「打ち殺す」などと 言って暴れ、一度はB方に押し掛けて入浴中のAを外まで追い回したこともあり、B夫婦及びCは日頃からDの存在を快く思っていなかった。 昭和54年10月12日、Bらの姉の子の結婚式が行われ、B夫婦を始め、Bの兄弟はDを除き全員出席したが、Dは当日朝から酒浸りであるなどとして、Bら兄弟はDを連れて行かなかった。同日午後7時過ぎには結婚式が終わり、Bらはそれぞれ帰宅した。Dは同日酒を飲んで外を出歩き、午後8時頃酔いつぶれて道路脇の溝に落ちているのを地域の住人に発見された。 Dの近隣に住むH、Iの両名がDを同人方まで届けたが、同人は前後不覚の状態であった上、着衣が濡れて下半身裸となっていた。そのため、H及びIは、Dを土間に置いたまま帰った。AはHから泥酔して道端に倒れているDを迎えに行く旨連絡を受け、同日午後9時頃H方に行って同人からDの様子を聞き、Hらに迷惑をかけたことを謝ったりした後、午後10時30分頃Iと帰宅する途中、Dの様子を見るため、一人でD方に立ち寄った。Aは、泥酔して土間に座り込んでいるDを認めるや同人に対する恨みが募り、この機会に同人を殺害しようと決意し、C、次いでBに対し、共同してDを殺害しようと話を持ち掛け、両名はいずれもこれを承 寄った。Aは、泥酔して土間に座り込んでいるDを認めるや同人に対する恨みが募り、この機会に同人を殺害しようと決意し、C、次いでBに対し、共同してDを殺害しようと話を持ち掛け、両名はいずれもこれを承諾した。 罪となるべき事実Bは、①C及びAと共謀の上、D(当時42歳)を殺害するため、同日午後11時頃、鹿児島県曽於郡大崎町a、m番地所在の同人方に赴き、同所土間に座り込んで泥酔のため前後不覚となっている同人に対し、B及びCにおいてこもごもDの顔面を数回ずつ殴打し、その場に倒れた同人をAを加えた3名で足蹴りするなどし、更に前記3名でDを同人方中六畳間まで運び込んだ上、同所において、Aが自宅から携帯してきた西洋タオルをBに渡すとともに、仰向きに寝かせたDの両足を両手で押さえ付け、CもまたDの上に馬乗りになってその両手を押さえ付け、Bにおいて前記西洋タオルをDの頸部に1回巻いて交差させた上、両手でその両端を力一杯引いて締め付け、よ って、Dを窒息死に至らしめて殺害し、②前記殺害行為の後、Cが同人の長男FにDの死体を遺棄するため加勢を求めたところ、Fはこれを承諾し、ここにBは、C、F及びAと共謀の上、同月13日午前4時頃、Aが照らし出す懐中電灯の灯りの下で、B、C及びFが、Dの死体を同人方牛小屋に運搬した上、同所の堆肥内にそれぞれスコップ又はホークを用いて深さ約50cmの穴を掘って、その中に前記死体を埋没させ遺棄した。 第3 従前の裁判手続の経緯等 1 Aの確定審Aは、本件殺人及び死体遺棄の事実で鹿児島地方裁判所に起訴されたが、捜査段階から一貫して本件への関与を否認していたところ、第1審公判では、弁護人がB、C及びFが本件に及んだことは争わなかったため、Aが本件に関与したか否かが争点となった。Dの死体を解剖したJ教授作成 捜査段階から一貫して本件への関与を否認していたところ、第1審公判では、弁護人がB、C及びFが本件に及んだことは争わなかったため、Aが本件に関与したか否かが争点となった。Dの死体を解剖したJ教授作成の鑑定書(J旧鑑定)を含む同意書証の取調べに加えて、B、C及びFの各証人尋問、Cの妻Gの証人尋問等が行われ、さらに、B及びCについては、刑訴法321条1項2号後段により検察官調書が採用され、被告人質問が実施されるなどした。J旧鑑定は、死体の腐敗が著しいため、損傷の有無、程度等は判然としないが、頸部、右側胸腹部、右上肢及び両下肢に外力が作用した痕跡があり、内部においても、頸部、右胸郭等に外力の作用した痕跡が認められ、他に著しい所見を認めないので、窒息死を推定するほかない、仮に窒息死したものとすれば頸部内部の組織間出血は頸部に外力の作用したことを推測させ、他殺を想像させるというものである。鹿児島地方裁判所は、昭和55年3月31日、前記罪となるべき事実等を認定し、Aを懲役10年に処した。 控訴審においても、Aが本件各犯行に関与したか否かが争われたが、同年10月14日、福岡高裁宮崎支部は控訴棄却の判決をし、その後Aの上告も棄却され、前記鹿児島地方裁判所判決が確定した。 2 Bの確定審 B及びCは本件殺人及び死体遺棄の事実で、Fは本件死体遺棄の事実でそれぞれ鹿児島地方裁判所に起訴され、これら3名の事件は併合審理され、3名は公訴事実を認めた。昭和55年3月31日、鹿児島地方裁判所は、Aに対するものと同様の前記罪となるべき事実等を認定した上、Bを懲役8年、Cを懲役7年、Fを懲役1年に処したが、3名はいずれも控訴せず、3名に対する第1審判決は確定した。同判決の証拠の標目には、前記J教授作成の鑑定書(J旧鑑定)謄本が掲げられている。 を懲役8年、Cを懲役7年、Fを懲役1年に処したが、3名はいずれも控訴せず、3名に対する第1審判決は確定した。同判決の証拠の標目には、前記J教授作成の鑑定書(J旧鑑定)謄本が掲げられている。 3 A第1次再審請求Aは、平成7年4月19日、第1次再審請求をし、A、B、C及びFのいずれも本件各犯行に関与していないと主張し、B、C及びFの各自白の信用性を争った。弁護人は、Dは溝に自転車ごと転落して事故死した可能性が最も高いから、絞殺を前提とする前記3名の各自白及び確定判決の認定事実はDの死因と矛盾するなどとして、新証拠としてJ教授により作成された補充鑑定書(J新鑑定)、K教授により法医学的見地から作成された鑑定書(K鑑定)等を提出した。これに対し、検察官は、U教授により法医学的見地から作成された意見書等を提出し、J教授、K教授、U教授、G、F、H及びIの各証人尋問等が行われた。 鹿児島地方裁判所は、平成14年3月26日、再審開始決定をした。その理由は、J新鑑定及びK鑑定によれば、Dの死体の頸部には絞殺を示す外部所見も内部所見も認められないから、死体の客観的状況はB及びCの各自白による犯行態様とは矛盾する可能性が高く、これらの自白の信用性を再検討する必要性が生じ、客観的証拠、B、C、Fその他の関係者の供述等の新旧全証拠を総合評価した結果、A、B、C及びFを本件各犯行について有罪とするには合理的な疑いが生ずるというものであった。これに対する即時抗告審で、福岡高等裁判所宮崎支部は、平成16年12月9日、鹿児島地方裁判所の前記決定を取り消し、再審請求を棄却した。その理由は、J新鑑定及 びK鑑定は、B及びCの各自白に基づく犯行態様や死因に疑いを生じさせないなどというものであった。Aによる特別抗告は平成18年1月30日に棄却された 求を棄却した。その理由は、J新鑑定及 びK鑑定は、B及びCの各自白に基づく犯行態様や死因に疑いを生じさせないなどというものであった。Aによる特別抗告は平成18年1月30日に棄却された。 4 A第2次再審請求及びB第1次再審請求Aは、平成22年8月30日、第2次再審請求をした。また、平成5年に死亡したBの長女である申立人は、平成23年8月30日、Bに対する確定判決について第1次再審請求をし、これらの再審請求は同時に審理された。 弁護人は、B、C及びFの各自白の信用性を減殺する新証拠として、L医師による法医学的見地からの意見に関する証拠、Q教授及びR教授が供述心理学の立場からB、C及びFの各自白等を対象として行った鑑定に関する証拠(Q・R第1鑑定)等を提出した。Q・R第1鑑定は、これらの自白には変遷があり、体験に基づかない供述であることを示す兆候も認められるというものである。 鹿児島地方裁判所は、新証拠にはB、C及びFの各自白の信用性を動揺させるような証拠価値は認められないなどとして、平成25年3月6日、各再審請求を棄却した。A及び申立人による各即時抗告は平成26年7月15日に棄却され、各特別抗告は平成27年2月2日に棄却された。 5 A第3次再審請求及びB第2次再審請求平成27年7月8日、Aは第3次再審請求をし、申立人はBに関する第2次再審請求をし、これらの再審請求は同時に審理された。弁護人は、新証拠として、M教授による法医学的見地からの意見に関する証拠(M鑑定)、Q教授及びR教授が供述心理学の立場からGの供述を対象として行った鑑定に関する証拠(Q・R第2鑑定)等を提出した。これに対して、検察官は、P教授による法医学的見地からの意見に関する証拠(P第1鑑定)等を提出し、M教授、Q教授、R教授及びP教授の各証人尋 て行った鑑定に関する証拠(Q・R第2鑑定)等を提出した。これに対して、検察官は、P教授による法医学的見地からの意見に関する証拠(P第1鑑定)等を提出し、M教授、Q教授、R教授及びP教授の各証人尋問等が行われた。 鹿児島地方裁判所は、平成29年6月28日、各再審請求につき、再審 を開始する決定をした。その理由の骨子は、①M鑑定は、死因を頸部圧迫による窒息死と推定したJ旧鑑定の証明力を減殺させた、②Q・R第2鑑定は、供述心理学の専門家によるGの供述の分析として一定程度の合理性を有し、Gの供述の証明力を減殺させるだけの証明力が認められる、③B、C及びFの各自白は、主要な支えであったJ旧鑑定が支えとしての証明力を失い、Q・R第1鑑定を踏まえると、それぞれ信用性に疑いのあることが明らかとなり、Gの確定審供述も、Q・R第2鑑定を踏まえると、B、C及びFの各自白の信用性を代わりに支えられるほどの証明力はないから、確定判決の事実認定については、そのような共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できないというものである。 これに対する即時抗告審で、福岡高等裁判所宮崎支部は、平成30年3月12日、検察官からの各即時抗告を棄却した。その理由の骨子は、①Q・R第2鑑定は無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは認められない、②M鑑定が、Dの死因は自転車ごと溝に転落した事故等による出血性ショックであった可能性が高いとした結論部分は十分な信用性を有するが、J旧鑑定はDの死因を推認し得るほどの証明力を有するものではなく、M鑑定によってJ旧鑑定の信用性が否定されたとしても、直ちにDの死因は頸部圧迫による窒息死であるとした確定判決の認定に合理的疑いを生じさせる関係にはない、③しかし、M鑑定の影響により、Dは溝に転落したことにより既に出血性ショックで死亡 れたとしても、直ちにDの死因は頸部圧迫による窒息死であるとした確定判決の認定に合理的疑いを生じさせる関係にはない、③しかし、M鑑定の影響により、Dは溝に転落したことにより既に出血性ショックで死亡し、あるいは瀕死の状態にあった可能性が相当程度存在することになり、H及びIの各供述の信用性には疑義が生ずる、④そうすると、DがH及びIによってD方に送り届けられたという事実及びDが窒息死させられたという事実が認められなくなる結果、B、C及びFの各自白並びにGの供述は客観的状況による裏付けを欠き、M鑑定が存在することから、これらの各自白や供述は大筋において合致するからといって直ちに信用できるものではない、⑤以上によれば、M鑑定は、新旧全証拠との総合判断により、確定 判決の事実認定に合理的疑いを生じさせるに足る証拠であるなどというものである。 これに対して検察官が特別抗告し、特別抗告審は、M鑑定にQ・R第2鑑定を含むその余の新証拠を併せ考慮してみても、確定判決の事実認定に合理的な疑いを抱かせるに足りるものとはいえず、原決定の判断には刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法があり、M鑑定及びQ・R第2鑑定が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとした原々決定の判断にも同様の違法があるといわざるを得ないなどとして、令和元年6月25日、原決定及び原々決定を取り消し、各再審請求を棄却した。 第4 本件再審請求(A第4次再審請求及びB第3次再審請求) 1 新証拠の概要原審において、弁護人によって新証拠として提出された主なものは、①g医科大学総合医療センター・高度救命救急センター長N教授により医学的見地から作成された令和2年3月27日付け鑑定書(弁1)、令和3年5月31日付け補充鑑定書(弁26)及び同年8月20日付け補充説明書(弁 総合医療センター・高度救命救急センター長N教授により医学的見地から作成された令和2年3月27日付け鑑定書(弁1)、令和3年5月31日付け補充鑑定書(弁26)及び同年8月20日付け補充説明書(弁28)並びに同教授作成の鑑定書等についての字幕での解説又は同教授による動画での解説を含む「現場再現動画(字幕版)」及び「現場再現動画(確定版)」と題する各記録媒体(弁11、23)、②l大学教授S作成の令和2年3月16日付けテキストマイニングによるH及びIの各供述の特徴に関する鑑定書(弁2)、同年12月10日付けテキストマイニングによるAの供述の特徴に関する鑑定書(弁9)及び「テキストマイニングによる供述の特徴に関する鑑定の概要」と題する各書面(弁12、19)、③Q教授及びR教授が供述心理学の立場からH及びIの各供述の特徴を分析した同年3月19日付け鑑定書(弁3)、同じくAの供述の特徴を分析した同年12月10日付け鑑定書(弁10)及び「供述心理学鑑定の概要」と題する各書面(弁13、20)である。これに対し、検察官は、h医科大学法医学教室O 教授により法医学的見地から作成された同年9月25日付け鑑定書(検1)、令和3年8月16日付け意見書(検6)及び同年9月22日付け意見書(検7)、P教授により法医学的見地から作成された同年5月28日付け鑑定書(検3、以下「P第2鑑定」という。)、科学警察研究所の研究員Tほか2名作成の令和2年8月28日付け意見書(検2)等を提出した。 また、当審において、弁護人は、N教授作成の令和4年11月7日付け意見書(弁32)、S教授作成の令和4年10月25日付け補充意見書(弁33)、Q教授及びR教授作成の同日付け補充意見書(弁34)を提出し、検察官は、O教授作成の令和4年11月29日付け回答書(当審検1)を提 弁32)、S教授作成の令和4年10月25日付け補充意見書(弁33)、Q教授及びR教授作成の同日付け補充意見書(弁34)を提出し、検察官は、O教授作成の令和4年11月29日付け回答書(当審検1)を提出した(以下、N教授の作成に係る鑑定書等及び原審における証言を併せて「N鑑定」、S教授の作成に係る鑑定書等及び原審における証言を併せて「S鑑定」、O教授の作成に係る鑑定書等及び原審における証言を併せて「O鑑定」といい、Q教授及びR教授の作成に係る鑑定書等並びに原審における各証言を併せて「Q・R鑑定」という。)。 N鑑定の要旨N鑑定は、N教授が救急救命医としての知見、経験等に基づき、医学的見地からDの死因、死亡時期等について意見を述べたものであるが、その要旨は、①Dの頸部の出血は、Dが顔面からの転落事故により、頭部が後方に反り、頸椎が過伸展したため、頸椎の支持組織である頸椎前縦靱帯を含む頸椎前方の組織が損傷され、後咽頭間隙に出血を来したもの(頸椎椎体前血腫)であり、Dは、頸椎の過伸展により直接頸髄が損傷され、非骨傷性頸髄損傷(頸椎に外力が加わったものの骨折や脱臼がなく、頸椎の配列が正常であるにもかかわらず、頸髄のみが損傷を受けることをいい、H及びIに発見された時点では第5頸髄以下の頸髄が損傷される低位頸髄損傷であったと考えられる。)を負い、運動機能障害に陥ったことは確実であり、胸郭(肋間筋)の運動麻痺のため横隔膜運動に頼る腹式呼吸の状態となっていた、②また、 転落事故に起因する頸椎の過伸展により損傷した頸椎前縦靱帯は、頸椎椎体前血腫が少なくとも第3頸椎から第7頸椎まで広がるなど、最大級のものであることからすると、破断あるいはそれに近い状態であり、H及びIに発見された時点で、Dの頸椎は外力により限度を超えた後屈、回旋/ 前血腫が少なくとも第3頸椎から第7頸椎まで広がるなど、最大級のものであることからすると、破断あるいはそれに近い状態であり、H及びIに発見された時点で、Dの頸椎は外力により限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態にあった、③さらに、Dは、飲酒に起因する尿量の増加により循環血液量が減少したこと、気温が低下する中、濡れた衣服のままで約2時間半いたことに起因する偶発性低体温などから、腸管血流を低下させて非閉塞性腸管虚血に陥り、その結果として広範な小腸の急性腸管壊死に陥っていたことは確実であり、H及びIに発見された時点では、非閉塞性腸管虚血による広範な小腸の急性腸管壊死のため、出血性ショック、敗血症性ショック及び代謝性アシドーシスを来し、具体的な死亡時期は確定できないものの、短時間のうちに死亡する状態であった、④その後、H及びIが頸椎保護(傷病者の頸部を用手的に又は器具を用いて固定し、頸髄損傷の発生や悪化を予防する処置)をしないまま救護したことにより、Dの不安定な状態にあった頸椎(②)には何度も繰り返し通常の限度を超えた後屈、右回旋/側屈を生じ、この後屈の結果、頸髄損傷を悪化させ、高位頸髄損傷(第4頸髄以上の頸髄の損傷)を受傷して、横隔神経麻痺から横隔膜運動の麻痺及び神経原性ショックによる血圧低下を来した可能性は極めて高く、また、上記右回旋/側屈の結果、J旧鑑定で認められるDの左鎖骨上部の著明な内出血から明らかなように、左椎骨動脈中枢部の損傷が生じたと考えられる、⑤左椎骨動脈中枢部の損傷(④)は、神経原性ショックによる血圧低下(④)、出血性ショック、敗血症性ショック及び代謝性アシドーシス(③)による血圧低下と相まって、延髄の血流低下による呼吸・循環中枢の機能不全を来した、⑥胸郭(肋間筋)の運動麻痺(①)と横隔膜運動の麻痺 )、出血性ショック、敗血症性ショック及び代謝性アシドーシス(③)による血圧低下と相まって、延髄の血流低下による呼吸・循環中枢の機能不全を来した、⑥胸郭(肋間筋)の運動麻痺(①)と横隔膜運動の麻痺(④)、更には延髄の血流低下による呼吸・循環中枢の機能不全(⑤)が相まって、呼吸停止を来した可能性が極めて高い、⑦以上のとおり、Dは、非閉塞性腸 管虚血による広範な小腸の急性腸管壊死等のため短時間で死亡するほど全身状態が悪化していたところ、H及びIに救護される過程で、高位頸髄損傷、左椎骨動脈中枢部の損傷のいずれか又は両方を受傷した結果、受傷から1分以内に呼吸停止を来し、呼吸停止から数分以内に死亡した可能性は極めて高く、Dは同人方に運ばれた時点では既に死亡していたことはほぼ確実であるなどというものである。 S鑑定の要旨ア S鑑定は、コンピュータを用いたテキストデータの解析技術であるテキストマイニングの手法を用いて、H及びIの各供述並びにAの供述の特徴を分析したものである。 イ S鑑定は、H及びIの各供述について、①両名の捜査段階の供述調書を分析すると、両名は、Dを車の荷台に乗せて連れ帰り、家の土間に置いたという共同行為について述べているにもかかわらず、Dが自分一人で歩いたかどうかという点において明確な齟齬がある、②A第1次再審請求におけるHの証人尋問調書を分析すると、Hは、Dを家に連れて帰った時の様々な出来事を記憶しながら、同人を家に運び入れる行為の記憶だけが特に不明瞭となっており、この点において、事件から一定の年月が経過していることを考慮しても、Hの供述調書との間には齟齬がある、③A第1次再審請求におけるIの証人尋問調書を分析すると、Iは、Dが家に入る前後の出来事についての記憶のみが特に不明瞭になっており、この していることを考慮しても、Hの供述調書との間には齟齬がある、③A第1次再審請求におけるIの証人尋問調書を分析すると、Iは、Dが家に入る前後の出来事についての記憶のみが特に不明瞭になっており、この点において、事件から一定の年月が経過していることを考慮しても、Iの供述調書との間には齟齬がある、④これら3つの齟齬について、これらを是正し得るに足る特別の事情が認められない限り、論理的に整合性をもって説明することはできないなどというものである(S鑑定のうち、H及びIの各供述の分析に係る部分を「S第1鑑定」ともいう。)。 ウまた、S鑑定は、Aの供述について、同人の捜査段階の供述調書、確 定審の公判調書及び被告人供述調書、A第1次再審請求の請求人尋問調書を分析すると、①AがDに保険金を掛けたという行動につき、行動と理由に矛盾・齟齬がない、②Iが、Aと共にDの様子を見に行きながら、D方に入らなかったという供述につき、矛盾・齟齬はない、③Dがどのようにして軽トラックの荷台に乗ったかに関するHのAに対する説明につき、根源的な疑問をもたらす矛盾・齟齬はないなどというものである(S鑑定のうち、Aの供述の分析に係る部分を「S第2鑑定」ともいう。)。 Q・R鑑定の要旨ア Q・R鑑定は、供述心理学の立場からスキーマ・アプローチの手法を用い、H及びIの各供述並びにAの供述の特徴を分析したものである。 イ Q・R鑑定は、H及びIの各供述について、「HとIが救出現場に到着し、その場所を去ってD宅に到着するまで」と「HとIがD宅に到着し、その場を去ってH宅に到着するまで」に関する供述をターゲット供述とした上で、①A第1次再審請求におけるH及びIの各証人尋問調書を分析すると、供述の全体的傾向として両名共にターゲット供述において供述への参加様式が H宅に到着するまで」に関する供述をターゲット供述とした上で、①A第1次再審請求におけるH及びIの各証人尋問調書を分析すると、供述の全体的傾向として両名共にターゲット供述において供述への参加様式が消極的なものになる傾向があり、情報付加あり供述(質問に含まれない新情報を含む供述)の内容を検討しても、両名共に、Dと自身との間の何らかの関係を説明する必要のある事項について供述が消極化している一方で、それ以外の事項についてはある程度具体的で複雑な供述がされている、②H及びIの捜査段階における各供述調書を分析すると、ターゲット供述については、Dとの相互行為に関する供述が希薄であり、特に同人方に到着した後に同人が一人で立ったり、玄関の中に入ったりした等の自発的行為をした場面でも、同人との間の言語的な相互行為は一切供述されていない上、Iの供述には変遷があり、HとIの各供述の間には齟齬が見いだされる、③このようなH及びIの各供述の特徴は、Dと直接的な接触のあった出来事に関する非体験性兆候として捉えることができるなどというものである(Q・R鑑定の うち、H及びIの各供述に係る部分を「Q・R第3鑑定」ともいう。)。 ウまた、Q・R鑑定は、Aの供述について、A第1次再審請求の請求人尋問調書、確定審の被告人供述調書、捜査段階の供述調書を分析した結果として、昭和54年11月24日付け警察官調書(A第1次再審弁78、弁16の2)においてのみ、同年10月12日夜のD方でのAとIの行為、同日夜にC方を訪問したことにつき、他者の行為の不在と供述の変遷という非体験性兆候が認められるが、その余の供述には注目すべき傾向は確認されず、非体験性兆候も認められなかったというものである(Q・R鑑定のうち、Aの供述に係る部分を「Q・R第4鑑定」ともいう。)。 験性兆候が認められるが、その余の供述には注目すべき傾向は確認されず、非体験性兆候も認められなかったというものである(Q・R鑑定のうち、Aの供述に係る部分を「Q・R第4鑑定」ともいう。)。 2 原判断の要旨原決定は、本件各再審請求を棄却したが、その判断の要旨は以下のようなものと解される。 各確定判決の事実認定の根拠Aに対する確定判決においては、関係証拠から、昭和54年10月15日(以下、特段の記載がない限り、月日の記載は昭和54年のそれを示す。)に発見されたDの死体の状況等、事件直前のDの状況等、実況見分時のD方内部の状況等、D方周囲の状況等、Aの事件直前の行動等及びDの事件前の行状等の客観的状況が認定され、これらから推認できる事実と、これらの事実によって支えられ、かつ大筋において相互に整合する内容のB、C及びFの各自白並びにGの供述が相まって、犯行に至る経緯及び罪となるべき事実が認定されたものと考えられる。また、Bに対する確定判決の認定事実及び証拠の標目の記載等に照らせば、Bの確定審で取り調べられた証拠はAの確定審で取り調べられた証拠と実質的に共通していると推測されるから、Bに対する確定判決の認定の根拠も同様であると解される。 証拠の新規性証拠の新規性は、当該証拠が未だ裁判所の実質的な証拠価値の判断を経 ていない場合に認められるところ、鑑定については、証拠資料としての意義、内容において従前の鑑定と異なると認められるときは新規性が認められると解するのが相当であり、N鑑定、S鑑定及びQ・R鑑定はいずれも新規性を認めることができる。 N鑑定の証明力についてア Dが非閉塞性腸管虚血による広範な小腸の急性腸管壊死に陥ったとの点について Dの死体は、牛小屋の堆肥の中に全 定はいずれも新規性を認めることができる。 N鑑定の証明力についてア Dが非閉塞性腸管虚血による広範な小腸の急性腸管壊死に陥ったとの点について Dの死体は、牛小屋の堆肥の中に全身が埋まった状態で発見され、J旧鑑定によれば、外表上腐敗が著しく、腸管は著しく腐敗、膨隆していたことなどが指摘されているから、Dの腸管の外見上の色調や性状についても、同人の死体の腐敗が進行していたことを念頭に置く必要がある。また、J教授は実際にDの死体に触れて解剖し、自らの視覚、触覚等を用いて写真には写っていない各部位も含めて見分し、鑑定書を作成しているが、N教授は死体を直接見分したものではなく、Dの腸管の一部のみが写った1枚の写真(J旧鑑定添付の写真10)から見て取れる色調や性状という限定的な情報から推論を重ねて、非閉塞性腸管虚血による急性腸管壊死との結論を導いており、判断の基礎となる情報に制約があることは否定し難い。そうすると、N鑑定が、Dの解剖時に撮影された1枚の写真に写った腸管の外見上の色調や性状を根拠に、Dの腸管の変色や膨隆が腐敗の影響であることを否定した上で、腸管の壁内血腫等の存在を示すものとしている点はJ旧鑑定の内容と整合せず、1枚の写真から得た限定的な情報に基づく推論により非閉塞性腸管虚血による急性腸管壊死と断定的に結論を導いている点においても推論の妥当性に疑問がある。 また、O鑑定及びP第2鑑定によれば、小腸に壁内血腫が生じていた場合には、色調、厚み等が健常部とは明らかに異なるから解剖において容易に確認でき、解剖医がそのことを所見として鑑定書に記載しないことは考え 難い旨指摘されているところ、J旧鑑定ではDの腸管の性状につき腐敗、膨隆という以上に特段の記載がないにもかかわらず、N鑑定が、腐敗の影響を否定 所見として鑑定書に記載しないことは考え 難い旨指摘されているところ、J旧鑑定ではDの腸管の性状につき腐敗、膨隆という以上に特段の記載がないにもかかわらず、N鑑定が、腐敗の影響を否定した上で、腸管虚血による出血性梗塞や腸管の壁内血腫の存在を示しているとする点は、実際に解剖をしたJ教授の認識や判断と余りに隔たりが大きく、無理な推論といわざるを得ない。 さらに、N鑑定が、写真に写ったDの腸管の色調や性状と、広範な急性腸管虚血の症例として医学教育関連のウェブサイトに掲載された写真とを比較し、肉眼的な所見が驚くほど一致しているとする点も、そもそも腐敗の進行した死体の腸管の色調や性状と生体のそれとを比較することの相当性も明らかではなく、これらの写真の相同や類似をもって、Dが広範な急性腸管壊死を来していたなどとはいえない。 加えて、N鑑定は、写真に写ったDの腸管の色調や性状の変化の有無・程度が部位により一様でないことを腐敗等の死後の変化でないことの根拠として挙げているが、P第2鑑定では、腸管の腐敗による変色の進行は死体が置かれた姿勢による死後の腸管での血液の分布、腸内細菌の状態等によっても影響される旨指摘されており、O鑑定では、腐敗ガスの貯留による腸管の膨隆も一律に生じるとは限らない旨指摘されていることからすれば、Dの腸管の色調や性状の変化が部位により一様でないことも、これらの変化が腐敗によることを否定するものとはいえない。 以上のことなどからすると、N鑑定において、Dの腸管の外見上の色調や性状から小腸の広い範囲における出血性梗塞や腸管の壁内血腫の存在を推論している点は採用できず、これらの存在を前提に、その原因を非閉塞性腸管虚血による急性腸管壊死と判断している点についても、証明力を認めることはできない。 イ Dが、 梗塞や腸管の壁内血腫の存在を推論している点は採用できず、これらの存在を前提に、その原因を非閉塞性腸管虚血による急性腸管壊死と判断している点についても、証明力を認めることはできない。 イ Dが、顔面からの転落事故により頸椎の過伸展を生じ、これにより非骨傷性頸髄損傷(低位頸髄損傷)による運動機能障害に陥っていたとの点に ついてJ旧鑑定には頸椎前面の組織間出血が著しかった旨の記載があることなどからすると、N鑑定のうち、Dの頸部に頸椎椎体前血腫が認められるとの部分はJ旧鑑定に沿うものであり、このような頸椎椎体前血腫が頸椎の過伸展により生じ得ることは十分に根拠のある機序といえる。また、Dは、10月12日夜、住人らに発見される前に溝に転落していたことが考えられるから、Dの頸椎の過伸展はこの溝への転落の際に生じた可能性があるといえる。そして、非骨傷性頸髄損傷は、頸椎の過伸展により頸髄が前後から圧迫を受けることにより生じるとされているから、Dが溝に転落し、その際に頸椎椎体前血腫を伴う程度の頸椎の過伸展が生じ、非骨傷性頸髄損傷を負った可能性自体は否定されない。 もっとも、①J旧鑑定にはDの頭部、顔面を含む体表に開放性損傷を認めた記載等がないこと、②同鑑定ではDの死体の両下肢の大腿伸側から屈側にかけて全面的に皮下出血斑が認められる等の記載があるのに、N鑑定においてこれらの出血の意味するところを適切に考慮していないことなどからすると、Dの受傷機転としては、地面等に顔面から突っ込むような態様で転落したという要因が一つの可能性として排除されないというにとどまる。 J旧鑑定には頸椎骨に骨折なしとの記載はあるものの、J教授は、頸椎前面の血腫を取り除くなどして頸椎、頸髄の損傷の有無等を確認しておらず、N鑑定が資料とした解剖時の写真等か ないというにとどまる。 J旧鑑定には頸椎骨に骨折なしとの記載はあるものの、J教授は、頸椎前面の血腫を取り除くなどして頸椎、頸髄の損傷の有無等を確認しておらず、N鑑定が資料とした解剖時の写真等からは頸髄損傷の存否や程度について直接的に判断を行うことは困難である。また、N教授が援用する頸椎椎体前血腫を認めた104の症例は、その母集団は外傷性頸髄損傷が疑われて入院した症例であり、これらの症例に非骨傷性頸髄損傷による運動機能障害が認められたからといって、頸椎椎体前血腫が生じている事例一般に必ず非骨傷性頸髄損傷による運動機能障害を伴うとはいえない。さらに、N教授は、Dが道路上で同じ姿勢のまま横たわっていたことなども、非骨傷性頸髄損傷 による運動機能障害に陥っていた根拠として指摘するが、Dはその時点までに相当量の飲酒をしていたと考えても不自然ではないから、酩酊の影響によるものとしても十分に説明できる。 以上のことなどからすると、N鑑定のうち、Dが溝に転落し、その際に頸椎椎体前血腫を伴う程度の頸椎の過伸展を生じ、これにより非骨傷性頸髄損傷を負った可能性があることを指摘する限度では証明力を認めることができるが、転落の態様が地面等に顔面から突っ込むような態様以外には考え難いとする点や、Dが運動機能障害に陥ったことが確実とする点、ひいては胸郭(肋間筋)の運動麻痺により横隔膜運動に頼る腹式呼吸の状態になっていたなどとする点は、的確な根拠を有さない。 ウ転落事故に起因する頸椎の過伸展により、Dの頸椎前縦靱帯は破断あるいはそれに近い状態となり、H及びIに発見された時点で、Dの頸椎は外力により通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態にあったとの点について前記イのとおり、Dが転落事故により頸椎椎体前血腫を伴う程度 、H及びIに発見された時点で、Dの頸椎は外力により通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態にあったとの点について前記イのとおり、Dが転落事故により頸椎椎体前血腫を伴う程度の頸椎の過伸展を生じた可能性が否定されない以上、頸椎前方の頸椎前縦靭帯にも何らかの損傷が生じていた可能性があり、頸椎椎体前血腫は解剖時の写真からは厚みこそ判然としないものの、上下に長い範囲に及んでいることなどからすれば、最大級のものといえるかはともかくとして、相応の大きさと評価することができ、頸椎前縦靱帯の損傷の程度も、前記血腫の大きさに対応する程度の重さであったとみることは可能である。 しかし、前記イのとおり、J旧鑑定では血腫を取り除いた上での頸椎前面の精査は行われておらず、頸椎前縦靱帯の損傷の有無、程度について何ら言及はない。また、N鑑定は、医学論文(ペニング論文)における「extensiveanteriorligamentousdamage」について「著しい前縦靭帯の損傷」と解釈しているが、「exten sive」を「著しい」と解釈した根拠につき首肯し得る説明がされているとはいえず、同論文の記載を根拠として、頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態にあったことは確実であるとの推論には疑問がある。さらに、Dの死体の発見時の写真と3DCG人体モデルを重ね合わせるなどして行われた分析・検討も、腐敗が進んだ死体では組織の軟化により生前の可動域を超えて関節が動くことも考えられることなどに照らし、Dの頸椎が外力により通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態であったとの結論を導けるとはいえない。 以上のことなどからすれば、頸椎の過伸展により、Dの頸椎前縦靭帯に血腫の大きさに対応する程度の損傷が生じた可 超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態であったとの結論を導けるとはいえない。 以上のことなどからすれば、頸椎の過伸展により、Dの頸椎前縦靭帯に血腫の大きさに対応する程度の損傷が生じた可能性があるとしても、頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態になっていたとはいえず、そうである以上、同人の頸椎が外力により通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態にあったということも困難である。 エ H及びIが頸椎保護をしないまま救護したことにより、Dの不安定な状態の頸椎に何度も繰り返し通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈が生じた結果、同人の頸髄損傷が悪化し、高位頸髄損傷が生じたとの点についてH及びIの各供述によっても、Dを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程で、Dの頸椎に何らかの保護を行っていたことはうかがえないから、仮に同人が非骨傷性頸髄損傷を負っていたとすれば、その症状が悪化したという可能性自体は一般論として否定できず、高位頸髄損傷にまで陥った可能性も排除されない。 しかし、既に指摘したとおり、J旧鑑定では頸髄の損傷の有無等は確認されておらず、Dの頸髄損傷の存否は、それが生じた部位も含め、死体の状況等に基づいて直接的に判断することは困難である。また、前記イのとおり、DがH及びIに発見された時点で非骨傷性頸髄損傷に陥っていたことは確実な前提とはいえず、その可能性を肯定できるにとどまるし、前記ウ のとおり、Dの頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態になっていたとはいえず、その頸椎が外力により通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態となっていたともいい難いから、H及びIの行為により非骨傷性頸髄損傷が悪化したというのも、高い蓋然性をもって推論できることとはいえず、あくまで の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態となっていたともいい難いから、H及びIの行為により非骨傷性頸髄損傷が悪化したというのも、高い蓋然性をもって推論できることとはいえず、あくまでもその可能性が否定されないというにとどまる。 以上のことなどからすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程で、同人の頸髄損傷が悪化し、高位頸髄損傷に陥っていた可能性が極めて高いとはいえず、その可能性が完全には否定できないというにとどまる。 オ Dの不安定な状態の頸椎に通常の限度を超えた回旋/側屈が生じた結果、左椎骨動脈中枢部の損傷が生じたとの点について前記のとおり、Dの頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態となっていたとはいえず、その頸椎が通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態にあったとはいい難い。また、Dの死体に認められる左鎖骨上部の内出血につき、J旧鑑定は「左鎖骨直上の皮膚内面に、かなり著しい皮下出血の痕跡を認める」としているところ、J旧鑑定では「組織間出血」と「皮下出血」との表現が使い分けられていることからすれば、J旧鑑定において「皮下出血」と記載されている左鎖骨上部の内出血は皮下の血管が破綻して皮下組織内に出血した状態と考えるのが自然である。さらに、仮に前記内出血が皮下組織よりも深い組織を出血源とするものであったとしても、Dのものと同様の内出血を認めた患者において左椎骨動脈中枢部の損傷が認められたというN教授の経験した1症例をもって、Dについても左椎骨動脈中枢部の損傷を生じていたと考えるのは論理の飛躍がある。 以上によれば、N鑑定のうち、Dの不安定な状態の頸椎に通常の限度を超えた回旋/側屈が生じた結果、左頸椎動脈中枢部の損傷が生じたとの点について証明力を認めることはでき 考えるのは論理の飛躍がある。 以上によれば、N鑑定のうち、Dの不安定な状態の頸椎に通常の限度を超えた回旋/側屈が生じた結果、左頸椎動脈中枢部の損傷が生じたとの点について証明力を認めることはできない。 カ小括 以上の検討によれば、N鑑定は、①Dが溝に転落し、その際に頸椎椎体前血腫を伴う程度の頸椎の過伸展が生じて非骨傷性頸髄損傷を負った可能性があること、②その際に頸椎前縦靭帯にも損傷が生じた可能性があり、仮にDが非骨傷性頸髄損傷を負ったとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程で、その症状が悪化し、高位頸髄損傷にまで陥った可能性も全く否定することまではできないとの限度で証明力を認めることができるが、N鑑定によっても、Dが非骨傷性頸髄損傷により運動機能障害に陥っていたことが確実であるとはいえず、前記の過程でその症状を悪化させ高位頸髄損傷にまで陥ったことが高い蓋然性をもって推定されるとはいえない。 また、N鑑定のうち、Dが非閉塞性腸管虚血による広範な小腸の急性腸管壊死に陥っていたとする部分や、同人の頸椎前縦靭帯は破断あるいはそれに近い状態となり、その頸椎が通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を容易に来す不安定な状態にあった結果、H及びIの不適切な救護により左椎骨動脈中枢部の損傷が生じたとする部分は採用できず、これらの部分を前提とする推論も採用の限りではない。 以上によれば、N鑑定は、Dの死因や死亡時期を高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえず、仮に同人が転落により非骨傷性頸髄損傷を負っていたとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が悪化し、高位頸髄損傷により横隔膜運動の麻痺や延髄の血流の低下による呼吸・循環中枢の機能不 傷性頸髄損傷を負っていたとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が悪化し、高位頸髄損傷により横隔膜運動の麻痺や延髄の血流の低下による呼吸・循環中枢の機能不全に陥って、呼吸停止を来した可能性があることは否定できないという限度で、その証明力を認めるのが相当である。そこで、これが無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるか否かは、その立証命題に関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ、これと対比しながら検討することになる。 N鑑定が旧証拠の証明力に及ぼす影響についてア J旧鑑定の証明力に及ぼす影響等についてN鑑定は、Dの死因及び死亡時期につき高い蓋然性をもって推論するものではないが、同人がH及びIにより軽トラックの荷台に乗せられるまでの過程で高位頸髄損傷を負った可能性が完全には否定されないことを指摘し、横隔膜運動の麻痺や呼吸・循環中枢の機能不全により呼吸停止を来した可能性は否定できないという限度で証明力を有するから、仮に確定審に提出されていた場合には、Dの死因としてJ旧鑑定が推定した可能性とは別の可能性も否定できないことを指摘する証拠として位置づけられ、こうした意味でJ旧鑑定の証明力を減殺することになる。もっとも、J旧鑑定は、それ単独では死因を積極的に推認しうるような証明力を有しておらず、各確定判決は、客観的状況から推認できる事実や、Dの頸部をタオルで絞めて殺した旨のB及びCの各自白と併せて、Dの死因を頸部圧迫による窒息死と認定したものと考えられるから、N鑑定によってJ旧鑑定の証明力が減殺されたとしても、直ちに各確定判決における頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせるとはいえない。 イ B及びCの各自白の信用性に及ぼす影響等について前記のとおり、N鑑定は、D 減殺されたとしても、直ちに各確定判決における頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせるとはいえない。 イ B及びCの各自白の信用性に及ぼす影響等について前記のとおり、N鑑定は、Dの死因及び死亡時期につき高い蓋然性をもって推論するものではなく、各確定判決における頸部圧迫による窒息死との認定に直ちに合理的疑いを生じさせるものではないから、B及びCの各自白の信用性を直ちに減殺する証拠とはいえない。そして、B及びCの各自白の信用性は、J旧鑑定によってのみ裏付けられているのではなく、前記客観的状況から推認できる事実によっても支えられているから、B及びCの各自白の信用性、更にはこれらと整合するFの自白及びGの供述の信用性が、N鑑定によって減殺されるか否かを検討するにあたっては、これらの自白の信用性を支えている事実関係の基礎となる証拠の信用性が減殺されるか否かにつ いても検討することが必要になる。 ウ H及びIの各供述の信用性に及ぼす影響についてH及びIの各供述は、H及びIがDを生きている状態で同人方まで届けたことが前提となっているところ、N鑑定は、前記のとおり、Dの死亡時期につき高い蓋然性をもって推論するものではないから、同人方到着時に同人が生きていたことを前提とするH及びIの各供述の信用性を直ちに減殺するとはいえない。しかし、これが確定審において仮に提出されていたとすれば、DがH及びIにより軽トラックの荷台に乗せられた後に呼吸停止を来した可能性を否定できない証拠となるから、H及びIの各供述のうち、荷台から降ろされたDが、H又はIの手助けを受けながらも、一人で立ち、D方玄関まで歩いて入って行った旨をいう部分は、虚偽を述べている可能性が高いということになり、これらを前提として同人を土間に置いた旨説明する部分 たDが、H又はIの手助けを受けながらも、一人で立ち、D方玄関まで歩いて入って行った旨をいう部分は、虚偽を述べている可能性が高いということになり、これらを前提として同人を土間に置いた旨説明する部分も直ちには信用し難いことになるので、こうした観点から検討を行う必要がある。 確かに、H及びIがD方に到着した時点で同人が死亡していることに気づいて動揺し、とっさに同人の死体を牛小屋の堆肥中に遺棄したのであれば、このことを隠蔽するため、Dは同人方に届けた時点では生きていた旨虚偽の供述をする動機がある。 しかし、H及びIがDの死体を牛小屋の堆肥中に遺棄したという可能性はおよそ考え難い。 aH及びIは、Dが道路脇で寝ていることを知らされ、酔っ払っていると思い、同人を自宅まで届けようとしてAに電話連絡した上で行動しており、何ら責められるような立場にあるとはいえず、頸椎保護に意を払わずにDを荷台に乗せたからといって、そのことを責任を追及され得る負い目と捉えることも考え難い。したがって、H及びIとしてはDの状態をBらに知らせるなどすれば足り、Dの死体を遺棄するという犯罪行為に及ぶというのは余り に不自然である。 b また、仮にH及びIがDの死体を牛小屋の堆肥中に遺棄したとすれば、H及びIがD方に到着した後、同人方を後にしてH方に到着した間の約30分間ということになるが、30分程度でDを埋めることを謀議し、2人で約70kgあるDを堆肥置場まで運び、堆肥を掘り、その中に同人を埋没させるなどしてH方に移動するというのは非常に困難である上、隣接するBらに気づかれる危険もあることなどからすると、そのような危険を冒して牛小屋の堆肥置場を死体遺棄の場所に選択するのも極めて不自然である。 c さらに、D方の中六畳間に敷かれていたとされるカーペッ るBらに気づかれる危険もあることなどからすると、そのような危険を冒して牛小屋の堆肥置場を死体遺棄の場所に選択するのも極めて不自然である。 c さらに、D方の中六畳間に敷かれていたとされるカーペットについて、何者かが付着した糞便等をふき取った上、屋外に搬出した可能性がうかがわれるが、H及びIがDを荷台から降ろして牛小屋に運んだとすれば、上記のような行為をした者が誰であるのかという説明が困難になる。 d 加えて、Hの11月29日付け警察官調書(確定審検81、A第1次再審弁92)等の関係証拠によれば、Hが、Dの葬式の後である10月17日夜、同人の親族が集まっていたB方に立ち寄り、「D、わいも3日間苦しかったろう、おいも3日間風呂に入らずきばった。すまんかった、何とか言ってくれ。」という趣旨のことを涙を流しながら言ったことが認められるところ、Hとしては、Dが死体となって堆肥に埋まった状態で発見された事態を避けるために他に取りえた行動があったのではないかなどと思い、「すまんかった」などと口にしたとしても不自然とはいえない。「わいも3日間苦しかったろう」との点は、Hが、Dの死体が10月15日に堆肥から発見された事実から、同人を送り届けた同月12日夜から約3日間にわたり同人が堆肥に埋められていたと考えたゆえの発言と理解するのが自然であるし、「おいも3日間風呂に入らずきばった」といった点も、Dが行方不明であることを知った10月14日以降の約3日間にわたり、同人の捜索や警察の事情聴取などで多忙であったことを受けた発言と考える余地もあるから、Hの 言動は同人が死体発見前からDが堆肥に埋まっていたことを知っていたことをうかがわせるものとはいえない。 翻って、H及びIの各供述を見ると、地域の住人からの知らせを受け、道路上に横たわってい 言動は同人が死体発見前からDが堆肥に埋まっていたことを知っていたことをうかがわせるものとはいえない。 翻って、H及びIの各供述を見ると、地域の住人からの知らせを受け、道路上に横たわっていたDのもとに軽トラックに乗って向かい、同人を軽トラックの荷台に乗せて同人方まで届け、生きている状態の同人を土間に置いたまま立ち去ったというものであり、この限度では相互に合致しており、客観的状況からの推認と矛盾する点も見当たらない。また、このようなH及びIの行動は、近隣に住むDを慮った、ごく自然な行動ということができる。 H及びIの各供述は、上記の限度で十分に信用性が高く、以下のとおり、弁護人が指摘する諸点も、H及びIの各供述の信用性を揺るがす事情とはいえない。 aH及びIの各供述は、Dが荷台から降ろされ同人方に入る際の状況のほか、同人方に到着した後の軽トラックの向き、同人の牛に草や水をやるために牛小屋に行ったのが同人を荷台から降ろすより前か後か等につき、食い違いが見られる。 しかし、Dが荷台から降ろされ同人方に入る際の状況についての両名の供述は、手助けの程度、態様はともかく、Dが荷台から降ろされた後に一人で立てたという点では合致している。また、Dが荷台から降ろされる際やその後にどの程度の手助けを受けたかについての相違は、各人とDの位置関係の違いや、同人に対する手助けを積極的に行ったHが具体的な供述となり、比較的消極的であったIが粗略なものにとどまったということで説明し得る。 さらに、軽トラックの向きや牛小屋に行ったタイミングについては周辺的な事情というべきであり、これらの点につき食い違いがあったからといって核心部分の信用性が揺らぐものではない。 bHの供述に関し、①弁護人は、10月15日の警察官の取調べではDが発見時も同人方への到着 というべきであり、これらの点につき食い違いがあったからといって核心部分の信用性が揺らぐものではない。 bHの供述に関し、①弁護人は、10月15日の警察官の取調べではDが発見時も同人方への到着後も一人では立つことはできなかった旨供述して いたのに、同月16日以降はかろうじてであれ一人で立って歩くこともできた旨供述しており、変遷があると主張する。しかし、10月15日付け警察官調書(確定審検76)と同月16日付け警察官調書(確定審検78、弁14の5)を比較すると、同月16日付け警察官調書においてDの状況等について調書上で詳細で具体的な記載がされているから、弁護人が主張する変遷はそのことが反映されたものと見ることができる。また、この2つの警察官調書は、Dの発見時の状況については同人が一人で立てずに手助けにより何とか立ち上がった旨いう点では整合的なものであるし、D方に到着した状況については同人はHらの手助けを借りなければ軽トラックの荷台から降りることもD方に入ることもできなかったものとして同じ趣旨を述べたものと理解できる。②また、弁護人は、Dをどこから運び入れたかについて、10月15日付け警察官調書では玄関からと述べていたが、10月16日付け警察官調書では玄関横の勝手口からと述べ、その後はまた玄関から入ったと供述を訂正しているが、実際に体験した者の供述であればこのようなことはあり得ないと主張する。しかし、10月16日付け警察官調書のみが玄関横の勝手口から入ったとなっているのは、取り調べにおけるHと警察官との単純な認識の齟齬が見過ごされたまま調書が作成されたことなどに由来すると考えることも可能であり、体験した者の供述を否定するような不自然な事情とはいえない。 cIの供述に関し、①弁護人は、D方に到着した後の状況について されたまま調書が作成されたことなどに由来すると考えることも可能であり、体験した者の供述を否定するような不自然な事情とはいえない。 cIの供述に関し、①弁護人は、D方に到着した後の状況について、当初の警察官の取調べでは牛小屋にはHのみが行ったと供述していたが、10月29日の検察官による取調べで初めて自分も牛小屋に行ったことを供述しており、警察官の取調べでは牛小屋に行ったことを故意に隠していたと主張する。しかし、Iが当初は自分も牛小屋に行ったことを供述していないからといって、そのことを故意に隠したと断定するのは無理がある。②また、弁護人は、H方からIと共に帰宅する途中で、AがD方に立ち寄った際の状況 について、当初はAに懐中電灯を渡したとの虚偽の供述をし、その後もDの様子を見に行こうとせず、所持していた懐中電灯をAに渡さず、足元を照らすこともしなかった旨供述しているのは不可解であると主張する。しかし、懐中電灯を渡したか否かについては当初の記憶違いを訂正したに過ぎないと理解できる上、IとしてはDを同人方に送り届けて間もない時点であったから、同人の様子を確認するまでもないと考えても不自然ではないし、懐中電灯で照らさなかった点も、同人の飲酒した際の行状等を知っていたIにおいて、Aに灯りを当てるとDが気付いて文句を言うのではないかと思ったという説明は不合理とはいえない。 d 弁護人は、H及びIが、D方を出た後、B方に立ち寄るなどしてAらにDを運んできたことを知らせもせずにH方に向かい、同人方でAと話をした際にも、Dをどのような状況で置いてきたかなどを伝えておらず、不自然であると主張する。しかし、Hは、事前にAにDを迎えに行くと説明しているから、同人を運んできた後、重ねて知らせなかったとしても不自然ではないし、H方でAに 況で置いてきたかなどを伝えておらず、不自然であると主張する。しかし、Hは、事前にAにDを迎えに行くと説明しているから、同人を運んできた後、重ねて知らせなかったとしても不自然ではないし、H方でAに対し、Dが全身びしょ濡れで下半身裸であったことなどを説明しており、それ以上の置いてきた状況を説明しなかったからといって不自然とはいえない。 e 以上のとおり、関係証拠から認められる事実関係等に照らすと、H及びIが、真実はD方に到着した時点において同人が死亡し又は瀕死の状態となっていたのにそれを隠蔽して虚偽の供述をしている可能性は想定し難く、H及びIの各供述の信用性は揺るがない。そうすると、DがH及びIにより荷台に乗せられた後に呼吸停止を来していた可能性が否定できない旨指摘するN鑑定の存在を踏まえても、H及びIの、生きている状態のDを土間において立ち去った旨の各供述は十分信用でき、N鑑定は、H及びIの各供述の信用性を減殺するものとはいえない。 まとめ 以上によれば、N鑑定は、Dの死因としてJ旧鑑定が推定する可能性とは別の可能性も否定できないことを指摘するという意味において、J旧鑑定の証明力を減殺する証拠といえるものの、J旧鑑定がDの死因の認定に関して有する証明力は限定的であり、N鑑定により各確定判決における頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いが生じるとはいえない。また、N鑑定は、H及びIの各供述の信用性を減殺するものとはいえず、これが確定審において提出されたとしても、H及びIが道路上に横たわっていたDを軽トラックの荷台に乗せて同人方まで届け、生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったとの事実認定は揺るがない。さらに、N鑑定は、各確定判決が有罪認定の前提にしたと考えられるその余の事実関係等の基礎となる証拠の証明力 せて同人方まで届け、生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったとの事実認定は揺るがない。さらに、N鑑定は、各確定判決が有罪認定の前提にしたと考えられるその余の事実関係等の基礎となる証拠の証明力を減殺する性質のものとはいえない。そうすると、N鑑定は、前記の客観的状況からの事実の推認に影響を及ぼすとはいえないから、これによって支えられているB、C及びFの各自白並びにGの供述の信用性を減殺するものとはいえない。 S鑑定の証明力等についてア S鑑定は、分析の対象とした各人の供述に現れる語句や概念の頻度等に着目してその供述の特徴を分析するものであるが、その検討の過程において、他の関係証拠の内容や、供述自体には現れない外在的事情等を考慮に入れてはいない。そうすると、S鑑定は、裁判所がS鑑定の指摘する特徴も踏まえて供述の信用性を適切に判断するための視点を提供する役割を有するにとどまり、その証明力が肯定されたとしても、分析の対象とされた供述の信用性を直ちに減殺又は増強するものとはいえない。S教授自身も、分析対象とした供述につき、テキスト上、齟齬がある、変遷がある又は矛盾があるということは判断できるが、それが実世界で何を意味するのかというのはテキスト分析の範囲を超えている旨証言している(S教授の原審証言129ないし131)。このような鑑定としての性質等に照らすと、S鑑定が有する証 明力は、そもそも限定的といわざるを得ない。 イ Aに対する確定判決の証拠の標目には、Aの公判供述は挙示されておらず、Aの検察官及び司法警察員に対する各供述調書についても、判示事実認定に反する部分を除く旨記載されており、Bに対する確定判決も同趣旨であると解される。また、A第1次再審請求における請求人尋問調書は、確定審では取り調べられていない。したがっ 書についても、判示事実認定に反する部分を除く旨記載されており、Bに対する確定判決も同趣旨であると解される。また、A第1次再審請求における請求人尋問調書は、確定審では取り調べられていない。したがって、Aの前記各供述や前記請求人尋問調書を分析の対象とするS第2鑑定の分析、評価が各確定判決において有罪判決の基礎とされた旧証拠の証明力に及ぼす影響はそもそも想定し難い。 ウ S第1鑑定は、Hの証人尋問調書につき、Dを「土間(に)置く」行為のみに関して、質問に対する沈黙や言いよどみが多数回発生していることを指摘するが、証人尋問において、証人が質問に対して言いよどみあるいは沈黙する等しても、その理由は必ずしも質問された事項に関する記憶が不明瞭であるからとはいえないから、これを質問された事項に係る記憶の不明瞭さの現れとすることには推論に飛躍があるといえる。また、「土間(に)置く」行為に関して沈黙や言いよどみが多くみられたとしても、その意味するところを評価するに当たっては、証人尋問においては質問者が重要と考える特定の事項について集中的に質問がされる傾向があるから、同行為に関してどの程度集中的に質問がなされたかなどを考慮する必要があるといえるが、S第1鑑定ではそのような考慮が十分にされたことはうかがえない。そして、同様のことはIの証人尋問調書の分析においても当てはまる。 エ以上のことなどからすれば、S鑑定のうち、S第2鑑定はおよそ有罪認定の基礎とされた旧証拠の証明力を減殺するものとはいえない。また、S第1鑑定についても、H及びIの各供述を含む旧証拠の証明力を減殺するものとはいえない。 Q・R鑑定の証明力等についてア Q・R鑑定が用いたスキーマ・アプローチの手法は、分析対象とした 各人の供述に現れる、供述者特有の体験語りの様 を減殺するものとはいえない。 Q・R鑑定の証明力等についてア Q・R鑑定が用いたスキーマ・アプローチの手法は、分析対象とした 各人の供述に現れる、供述者特有の体験語りの様式に着目して、その供述の特徴を分析するものであるが、Q・R鑑定は、その検討過程において、他の関係証拠の内容や、供述自体には現れない外在的事情等を考慮に入れてはおらず、裁判所に対し、同鑑定の指摘する点も踏まえて供述の信用性判断を適切に行うよう促す役割を有するものにとどまるといえ、同鑑定自体も、スキーマ・アプローチによる分析は、供述の虚偽性等を最終的に判断するものではなく、裁判所による供述の信用性に関する総合的判断をサポートする役目を果たすものである旨言及している。そうすると、Q・R鑑定は、その証明力が肯定されたとしても、分析の対象とされた供述の信用性を直ちに減殺又は増強するものとはいえず、その証明力はそもそも限定的なものといわざるを得ない。 イ Q・R鑑定は、スキーマ・アプローチの手法に適するとされる供述の逐語記録である証人尋問調書を対象とした分析を補充するものとして、捜査段階の供述調書についても分析の対象とされている。しかし、捜査段階の取調べにおいては、その目的等に応じ、供述者から聴取する事項が取捨選択され、聴取された事項がすべて供述調書に記載されているとは限らず、記載されたとしても適宜要約されることもあるところ、Q・R鑑定は、供述調書をも対象として分析を行うに際し、このような供述調書の作成過程や特性を適切に考慮しているとはいい難い。 ウ Q・R第3鑑定が分析したH及びIの各供述のうち、A第1次再審請求における各証人尋問調書は、各確定審では取り調べられていないから、仮にQ・R第3鑑定の証明力が肯定されたとしても、同鑑定のうち専ら各証人 R第3鑑定が分析したH及びIの各供述のうち、A第1次再審請求における各証人尋問調書は、各確定審では取り調べられていないから、仮にQ・R第3鑑定の証明力が肯定されたとしても、同鑑定のうち専ら各証人尋問調書に係る供述について論じる部分は、各確定判決の事実認定に影響を及ぼすものとはいえない。 また、A第1次再審請求における請求人尋問調書やAの捜査段階の供述調書等を分析の対象とするQ・R第4鑑定の分析・評価は、S第2鑑定に関 して述べたと同様の理由(前記イ)から、各確定判決の有罪認定の基礎とされた旧証拠の証明力に影響を及ぼすことはそもそも想定し難い。 エ Q・R第3鑑定は、非体験性兆候と捉える具体的な基準や枠組みが不明であるし、非体験性兆候と捉え得る供述の特徴を抽出する過程において、分析者の主観・恣意等をどのように排除しているか明らかではない。また、H及びIに発見された際やD方に到着した後の同人の状態を見ると、同人にみるべき能動的行為がなかったのは当然のことであり、H及びIにおいて、このような状態のDに対し、相互作用が生じるような言語的、身体的な働きかけをしなかったというのも不自然とはいえない。 オ以上のことなどからすれば、Q・R鑑定のうち、Q・R第4鑑定についてはおよそ有罪認定の基礎とされた旧証拠の証明力を減殺するものとはいえない。Q・R第3鑑定についても、H及びIの各供述を含む旧証拠の証明力を減殺するものとはいえない。 結論 N鑑定・S鑑定及びQ・R鑑定について、それぞれの証明力及び旧証拠の証明力に及ぼす影響は前記のとおりであり、これらの検討に照らせば、N鑑定、S鑑定及びQ・R鑑定の内容を総合して考慮したとしても、H及びIの各供述の信用性が減殺されるとはいえず、B、C及びFの各自白並びにGの供述の信用性 記のとおりであり、これらの検討に照らせば、N鑑定、S鑑定及びQ・R鑑定の内容を総合して考慮したとしても、H及びIの各供述の信用性が減殺されるとはいえず、B、C及びFの各自白並びにGの供述の信用性を支えている客観的状況から推認できる事実は左右されない。 そうすると、N鑑定がJ旧鑑定の証明力に及ぼす影響を踏まえても、これらの事実によって支えられ、かつ大筋において相互に整合するB、C及びFの各供述並びにGの供述の信用性が減殺されるともいえない。したがって、N鑑定、S鑑定及びQ・R鑑定は、その内容を総合して考慮しても、客観的状況から推認できる事実とB、C及びFの各自白並びにGの供述が相まって罪となるべき事実等が認定されている各確定判決の判断に動揺を生じさせるとはいえない。 第5 当裁判所の判断 1 原決定は、新証拠であるN鑑定、S鑑定及びQ・R鑑定について、①S鑑定及びQ・R鑑定はH及びIの各供述の証明力を減殺するとはいえない、②N鑑定は、J旧鑑定の証明力を減殺するものの、J旧鑑定の証明力は限定的なもので、各確定判決の有罪認定において重要なものとはいえない、H及びIの各供述の証明力、B、C及びFの各自白並びにGの供述の証明力を減殺するものではないから、各確定判決における事実認定に合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠ではないと判断しているが、この原決定の判断は、論理則、経験則等に照らしておおむね不合理なところはなく、当裁判所としても是認することができる。以下、各確定判決の認定の主たる根拠を示した上で、S鑑定、Q・R鑑定、N鑑定の順で、所論を踏まえて補足して説明する。 2 各確定判決の事実認定の主たる根拠について確定記録等によれば、Aに対する確定判決の認定の主たる根拠は、以下の及びの 定、Q・R鑑定、N鑑定の順で、所論を踏まえて補足して説明する。 2 各確定判決の事実認定の主たる根拠について確定記録等によれば、Aに対する確定判決の認定の主たる根拠は、以下の及びのようなものであり、の客観的状況から推認できる事実とB、C及びFの各自白並びにGの目撃供述が相まって犯行に至る経緯及び罪となるべき事実が認定されていると解される。また、Bに対する確定判決の認定事実及び証拠の標目の記載などに照らせば、Bの確定審で取り調べられた証拠はAの確定審で取り調べられた証拠と実質的に共通していると推測されるから、Bに対する確定判決の認定の主たる根拠も同様であると解される。 関係証拠から認められる客観的状況としては以下のものがある。 ア 10月15日昼過ぎ頃、D方牛小屋の堆肥置場において、堆肥に完全に埋没した状態で同人の死体が発見された。 イ J旧鑑定の結果、Dの両肺の気管支内腔に堆肥の粉末等が侵入したように見受けられないとされ、堆肥に埋没した状態で死亡したものではないと推測された。 ウ Dは、同月12日、酒を飲んで外を出歩き、夜になって道路脇の溝付近に倒れているのを地域の住人に発見されている。 エ D方は、B方及びC方に隣接しており、これらの敷地はそれぞれ周囲を崖や林に囲まれていることなどから、夜間、D方敷地内に立ち入る者として、同人方、B方及びC方の居住者か、これらの居宅への来訪者以外は現実的には想定し難い。 オ D方には物色された形跡がなかった。 カ AとDの間には確執があり、A、B及びCは日頃からDの存在を快く思っていなかった。 キ各確定判決において証拠の標目に掲げられたJ旧鑑定は、Dの死体は腐敗が著しく、頸部等に外力が作用した痕跡の他に著しい所見を認めないので窒息死を推定す 日頃からDの存在を快く思っていなかった。 キ各確定判決において証拠の標目に掲げられたJ旧鑑定は、Dの死体は腐敗が著しく、頸部等に外力が作用した痕跡の他に著しい所見を認めないので窒息死を推定するほかないなどというものにすぎず、死因を断定するものではなかった。 B、C及びFの各自白並びにGの目撃供述が存在し、これらが大筋で整合している。 また、H及びIは、溝付近で倒れていたDを軽トラックの荷台に乗せて、同人方に連れ帰り、生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったという旨の一致した供述をしており、の客観的状況からの推認やB、C及びFの各自白並びにGの目撃供述の信用性を判断するに当たっての前提となっている。 3 S鑑定の証明力について原決定は、S鑑定はその立証命題と関連するH及びIの各供述の証明力を減殺するものではないと判断したが、この原決定の判断は、論理則、経験則等に照らしておおむね不合理なところはなく、当裁判所としても是認することができる。 所論は、①原決定は、S鑑定が他の関係証拠の内容や、供述自体には 現れない外在的事情等を考慮に入れていないことを、S鑑定の評価を低める要素としているが、テキストマイニングによる鑑定で、そのようなことを考慮に入れたとすれば、第三者による検証が不可能な主観的なものになり、科学的鑑定ではなくなるから、原決定は科学的鑑定の意義を正解しておらず、不当である、②原決定は、Aの捜査段階の供述調書、確定審の公判調書及び被告人供述調書に関するS第2鑑定について、各確定判決はAの供述を有罪認定の基礎としておらず、旧証拠とはいえないから、Aの供述の信用性に関するS第2鑑定が旧証拠の証明力に影響を及ぼすことは想定し難い旨判示しているところ、Aは、捜査段階から一貫してIと共に帰宅する途 認定の基礎としておらず、旧証拠とはいえないから、Aの供述の信用性に関するS第2鑑定が旧証拠の証明力に影響を及ぼすことは想定し難い旨判示しているところ、Aは、捜査段階から一貫してIと共に帰宅する途中にD方を覗いた際、Dが土間に座り込んでいなかったと供述しているが、この供述は、Aが、D方を覗いた際、土間に座り込んでいるDを見て同人の殺害を決意した旨の確定判決の認定事実と矛盾しており、確定審の認定事実はH及びIが酔った状態のDを土間に置いたという供述の信用性を認め、この供述を前提としていることからも明らかなように、Aの供述の信用性とH及びIの各供述の信用性とは表裏一体の関係にあり、Aの供述の信用性が高まることはH及びIの各供述の信用性を減殺することになるから、原決定の判断には誤りがある、③S第1鑑定とQ・R第3鑑定は、独立した、異なった方法で、D方到着後のH及びIの各供述の信用性には疑問があるという結論を導き出したもので、相互に科学的証拠としての精度を高め合っている上、Dが同人方に到着した時点で既に死亡していた可能性があるというN鑑定と相互に補強し合う関係にあるから、H及びIの各供述の信用性の吟味は、N鑑定、S第1鑑定及びQ・R第3鑑定による証明力の減殺を前提に、新旧全証拠による総合評価としてなされなくてはならないのに、原決定は、N鑑定との関係でのみ検討して、生きていたDを土間に放置して退出したというH及びIの各供述の信用性に疑問はないと結論づけてしまい、S第1鑑定との関係では、具体的に検討することなく、H及びIの各供述の証明力を減殺しないとして おり、このような原決定の判断は方法論的に誤っているなどと主張する。 しかし、①の点は、供述の信用性を判断するためには、他の関係証拠の内容や、供述自体に現れない外在的事情等も考 て おり、このような原決定の判断は方法論的に誤っているなどと主張する。 しかし、①の点は、供述の信用性を判断するためには、他の関係証拠の内容や、供述自体に現れない外在的事情等も考慮に入れる必要があることは明らかであるところ、テキストマイニングによる鑑定はこれらを考慮に入れていないのであるから、S鑑定は供述のテキストデータとしての特徴を指摘し、裁判所がそうした特徴をも踏まえて供述の信用性を適切に判断するための視点を提供する役割を有するにとどまり、その証明力が肯定されたとしても、対象とされた供述の信用性を直ちに減殺又は増強するものとはいえないとした原決定の判断に誤りはない。②の点は、確かに、H及びIが酔った状態のDを土間に置いたのであれば、その後にAがD方を覗いた際、Dは土間にいたはずであるから(確定審の認定においてDは泥酔状態にあったから、一旦土間から移動し、再び土間に戻ってくるということは考え難い。)、Aの供述とH及びIの各供述は整合せず、Aの供述の信用性が高まることはH及びIの各供述の信用性を減殺するという関係にあるといえることからすると、Aの供述が確定判決の有罪認定の根拠となっていないという理由で、S第2鑑定が旧証拠の証明力に影響しないとした原決定の説示は適切とはいい難い。しかし、既に述べたように、S第2鑑定を含むS鑑定の性質からすれば、同鑑定は分析の対象とした供述の信用性を適切に判断するための視点を提供する役割を有するにとどまり、Aの供述の信用性を直ちに増強したりするものとはいえないから、S第2鑑定が旧証拠の証明力に影響を及ぼさない旨の原決定は結論において誤りはない。③の点は、原決定は、S第1鑑定を含むS鑑定の性質、手法等がもつ問題点を具体的に指摘して十分検討した上で、S鑑定はH及びIの各供述の証明力を減殺 影響を及ぼさない旨の原決定は結論において誤りはない。③の点は、原決定は、S第1鑑定を含むS鑑定の性質、手法等がもつ問題点を具体的に指摘して十分検討した上で、S鑑定はH及びIの各供述の証明力を減殺するものではないとの結論を導いており、この原決定の判断に誤りはない。また、S鑑定が弾劾の対象であるH及びIの各供述の証明力を減殺していないのであるから、総合評価の対象としなかった点でも原決定の判断に誤りはない。 その他にも、所論は種々主張するが、これらの主張を踏まえて検討しても、S鑑定がH及びIの各供述の証明力を減殺しないとした原決定の判断に影響を及ぼすものではない。 所論は採用できない。 4 Q・R鑑定の証明力について原決定は、Q・R鑑定はその立証命題と関連するH及びIの各供述の証明力を減殺するものではないと判断したが、この原決定の判断は論理則、経験則等に照らしておおむね不合理なところはなく、当裁判所としても是認することができる。 所論は、①原決定は、Q・R鑑定が他の関係証拠の内容や、供述自体には現れない外在的事情等を考慮に入れていないことを、Q・R鑑定の評価を低める要素としているが、スキーマ・アプローチによる鑑定が、主観的な解釈を伴う物語を対象にするのではなく、主観的な解釈を離れて言葉のみを対象としているからこそ鑑定の名に値するのであって、原決定は鑑定の意義を正解しないものである、②原決定は、Aの捜査段階の供述調書、確定審の公判調書及び被告人供述調書に関するQ・R第4鑑定について、各確定判決はAの供述を有罪認定の基礎としておらず、旧証拠とはいえないから、Aの供述の信用性に関するQ・R第4鑑定が旧証拠の証明力に影響を及ぼすことは想定し難い旨判示しているところ、Aは、捜査段階から一貫してIと共に帰宅する途中 基礎としておらず、旧証拠とはいえないから、Aの供述の信用性に関するQ・R第4鑑定が旧証拠の証明力に影響を及ぼすことは想定し難い旨判示しているところ、Aは、捜査段階から一貫してIと共に帰宅する途中にD方を覗いた際、Dが土間に座り込んでいなかったと供述しているが、この供述は、Aが、D方を覗いた際、土間に座り込んでいるDを見て同人の殺害を決意した旨の確定判決の認定事実と矛盾しており、確定審の認定事実はH及びIが酔った状態のDを土間に置いたという供述の信用性を認め、この供述を前提としていることからも明らかなように、Aの供述の信用性とH及びIの各供述の信用性とは表裏一体の関係にあり、Aの供述の信用性が高まることはH及びIの各供述の信用性を減殺することになるから、 原決定の判断には誤りがある、③原決定は、Q・R第3鑑定が分析対象としたH及びIの各供述のうち、A第1次再審請求における各証人尋問調書は各確定審では取り調べられていないから、仮にQ・R第3鑑定の証明力が肯定されたとしても、専ら同各証人尋問調書に係る供述について論じる部分は、各確定判決の事実認定に影響を及ぼさないと説示するが、同様にA第1次再審請求におけるH及びIの各証人尋問調書を対象としたS第1鑑定についてはそのような説示はないから、原決定の判断には明らかな齟齬がある、H及びIの捜査段階の各供述調書は、確定審において同意証拠として取り調べられた旧証拠であるから、その信用性を判断するために、H及びIのA第1次再審請求における各証人尋問調書を用いることは当然である、④Q・R第3鑑定とS第1鑑定は、独立した、異なった方法で、D方到着後のH及びIの各供述の信用性には疑問があるという結論を導き出したもので、相互に科学的証拠としての精度を高め合っている上、Dが同人方に到着した時点 定とS第1鑑定は、独立した、異なった方法で、D方到着後のH及びIの各供述の信用性には疑問があるという結論を導き出したもので、相互に科学的証拠としての精度を高め合っている上、Dが同人方に到着した時点で既に死亡していた可能性があるというN鑑定と相互に補強し合う関係にあるから、H及びIの各供述の信用性の吟味は、N鑑定、S第1鑑定及びQ・R第3鑑定による証明力の減殺を前提に、新旧全証拠による総合評価としてなされなくてはならないのに、原決定は、N鑑定との関係でのみ検討して、生きていたDを土間に放置して退出したというH及びIの各供述の信用性に疑問はないと結論づけてしまい、Q・R第3鑑定との関係では、具体的に検討することなく、H及びIの各供述の証明力を減殺しないとしており、このような原決定の判断は方法論的に誤っている、などと主張する。 しかし、①の点は、供述の信用性を判断するためには、他の関係証拠の内容や、供述自体に現れない外在的事情等も考慮に入れる必要があることは明らかであるところ、スキーマ・アプローチによる鑑定はこれらを考慮に入れていないのであるから、Q・R鑑定は、裁判所に対し、同鑑定の指摘する点も踏まえて供述の信用性判断を適切に行うよう促す役割を有するにとど まり、その証明力が肯定されたとしても、分析の対象とされた供述の信用性を直ちに減殺又は増強するものとはいえないとした原決定の判断に誤りはない。②の点は、確かに、H及びIが酔った状態のDを土間に置いたのであれば、その後にAがD方を覗いた際、Dは土間にいたはずであるから(確定審の認定においてDは泥酔状態にあったから、一旦土間から移動し、再び土間に戻ってくるということは考え難い。)、Aの供述とH及びIの各供述は整合せず、Aの供述の信用性が高まることはH及びIの各供述の信用性を 定においてDは泥酔状態にあったから、一旦土間から移動し、再び土間に戻ってくるということは考え難い。)、Aの供述とH及びIの各供述は整合せず、Aの供述の信用性が高まることはH及びIの各供述の信用性を減殺するという関係にあることからすると、原決定の説示は適切とはいい難い。 しかし、既に述べたように、Q・R第4鑑定を含むQ・R鑑定の性質からすれば、同鑑定は分析の対象とした供述の信用性を適切に判断するための視点を提供する役割を有するにとどまり、Aの供述の信用性を直ちに増強したりするものとはいえないから、Q・R第4鑑定が旧証拠の証明力に影響を及ぼさない旨の原決定は結論において誤りはない。③の点は、S第1鑑定は、確定判決の証拠となっているH及びIの捜査段階の各供述調書の供述の特徴を明らかにするため、同各供述調書の供述をA第1次再審請求におけるH及びIの各証人尋問調書の供述と比較させながら分析しており、主として同各供述調書の供述の分析をして検討していると考えられるが、他方で、Q・R第3鑑定は、同各供述調書の供述と同各証人尋問調書を別個に分析している上、同各供述調書を同各証人尋問調書の分析で得られた傾向と類似の傾向が見られるかという視点で、従属的な位置づけとして分析している(弁34)。 このような相違がS第1鑑定とQ・R第3鑑定には存するから、所論の指摘する相違は合理的に説明できる。③の点は、H及びIの捜査段階における各供述調書の信用性を判断するため、同各供述調書のみを資料として鑑定を行うことも十分考えられるから、A第1次再審請求におけるH及びIの各証人尋問調書を資料として使用するのが当然であるとはいえない。④の点は、原決定は、Q・R第3鑑定を含むQ・R鑑定の性質、手法等がもつ問題点を 具体的に指摘して十分検討した上で、Q・R鑑定は 尋問調書を資料として使用するのが当然であるとはいえない。④の点は、原決定は、Q・R第3鑑定を含むQ・R鑑定の性質、手法等がもつ問題点を 具体的に指摘して十分検討した上で、Q・R鑑定はH及びIの各供述の証明力を減殺するものではないとの結論を導いており、この原決定の判断に誤りはない。また、Q・R鑑定は弾劾の対象であるH及びIの各供述の証明力を減殺していないから、総合評価の対象としなかった原決定の判断に誤りはない。 その他にも、所論は種々主張するが、これらの主張を踏まえて検討しても、Q・R鑑定がH及びIの各供述の証明力を減殺しないとした原決定の判断に影響を及ぼすものではない。 所論は採用できない。 5 N鑑定についてN鑑定の証明力についてア原決定は、N鑑定の証明力につき、①Dが溝に転落し、その際に頸椎椎体前血腫を伴う程度の頸椎の過伸展を生じて非骨傷性頸髄損傷を負った可能性があり、②その際に頸椎前縦靭帯にも損傷を生じた可能性があり、仮にDが非骨傷性頸髄損傷を負ったとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が悪化し、高位頸髄損傷にまで陥った可能性も完全には否定することができず、高位頸髄損傷による横隔膜運動の麻痺や延髄の血流低下による呼吸・循環中枢の機能不全に陥って呼吸停止を来した可能性があることは否定できないという限度で、その証明力を認めるのが相当であるが、③N鑑定はDの死因や死亡時期を高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえない、④そのため、同鑑定が無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるか否かは、その立証命題に関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ、これと対比しながら検討する必要がある旨説示しているが、この原決定の判断は論理則、経験則等に照らして不合理な き明らかな証拠といえるか否かは、その立証命題に関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ、これと対比しながら検討する必要がある旨説示しているが、この原決定の判断は論理則、経験則等に照らして不合理なところはなく、当裁判所としても是認することができる。 すなわち、N鑑定は、専門的知見に基づく判断であり、Dの死因及び死 亡時期に関して、科学的推論に基づく仮説的見解を示すものとして尊重すべきである。しかしながら、N鑑定には、Dの死体が腐敗しており、既に死体解剖の時点で不鮮明又は不明となっていた所見が多かったことなどにより、死体解剖において収集された情報は、極めて限定的であったこと、当然のことながら、N教授は、死体を直接検分しておらず、J旧鑑定、J新鑑定及びA第1次再審請求におけるJ教授の証言で言及されている情報や解剖の際に撮影された12枚の写真からしか死体の情報を得ることができなかったこと、Dの死因と関連するとされる非骨傷性頸髄損傷、頸椎前縦靭帯の損傷や高位頸髄損傷はJ旧鑑定が切開していない部位に生じる損傷であり、十分な所見に基づいているとはいえないこと、Dが転落したという事情を想定し、これを重要な事情として考察を進めているが、左右の下肢に認められる大腿伸側から屈側にかけての全面的な皮下出血斑等の死体の広範な損傷状況について十分な説明をしているとはいい難いこと等の問題点が存する。このような問題点を考慮すると、N鑑定の証明力は高いものであるということはできないから、Dの死因や死亡時期を高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえず、仮にDが転落により非骨傷性頸髄損傷を負っていたとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が悪化し、高位頸髄損傷により横隔膜運動の麻痺や延髄の血流低下によ えず、仮にDが転落により非骨傷性頸髄損傷を負っていたとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が悪化し、高位頸髄損傷により横隔膜運動の麻痺や延髄の血流低下による呼吸・循環中枢の機能不全に陥って、呼吸停止を来した可能性があることは否定できないという限度で証明力を認めるのが相当であるとした原決定の判断に誤りはなく、また、このようなN鑑定の証明力を考慮して、同鑑定が無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるか否かは、その立証命題である関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ、これらと対比しながら検討するとした原決定の判断にも誤りはない。 イ所論は、①原決定は、Dの小腸の変色や膨隆の原因は腸管の血行障害(腸管虚血)による出血性梗塞(腸管壁内血腫)であり、血行障害(腸管虚 血)や出血性梗塞(腸管壁内血腫)の原因が非閉塞性腸管虚血と考えられ、Dが広範な急性腸管壊死を来していたことを否定しているが、頸椎椎体前血腫を頸部圧迫の所見と考えたJ教授が、非閉塞性腸管虚血が見落とされがちな重篤な症状であるとの知識がなかったために、腸管壁内血腫がDの死に関係していると思い至らなかった可能性は十分にある、②原決定は、転落事故に起因する過伸展により、Dの頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態になっていたことを否定するところ、頸椎前縦靭帯が破裂した場合には、それに伴って脊柱の前面を覆う大きな血管が破裂し、その出血によって大きな頸椎椎体前血腫が生じることが示されており(ペニング論文、弁32)、本件でもDの死体にはかなり大きな頸椎椎体前血腫が生じていた以上、頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態になっていたことは明らかである、③原決定は、N鑑定は、H及びIの救護活動の具体的な態様について再現動画(弁23)に主と きな頸椎椎体前血腫が生じていた以上、頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態になっていたことは明らかである、③原決定は、N鑑定は、H及びIの救護活動の具体的な態様について再現動画(弁23)に主として依拠しているが、同再現動画はH及びIの救護活動を正確に再現したものとはいえないから、同再現動画に依拠して、H及びIの救護活動によりDの頸椎に何度も繰り返し通常の限度を超えた後屈、回旋/側屈を生じさせる外力が加わったと推論するのはその推論の過程に疑問がある旨説示するところ、再現動画は、Dの転落現場で、映画監督の指揮のもとに、H及びIの各供述に基づいて、その救護活動を再現し、映像として記録して提出したものであり、N教授は、再現現場に臨み、再現された同救護活動を見た上で、専門的知識に基づいて、頸髄損傷を悪化させた可能性が高いことを説明したのであって、N鑑定が再現動画に依拠しているという説示は事実に反する、④原決定は、左鎖骨上部の内出血について、皮膚組織内の出血であるとして、左椎骨動脈中枢部の損傷が出血源であることを否定しているところ、解剖時の写真に写っている左鎖骨上部の内出血は、J教授が、解剖に当たって皮膚と広頸筋を切開し、胸骨、左右の肋骨の胸骨に近い部分、鎖骨の胸骨に近い部分、胸鎖乳突筋、前斜角筋を取り除いた後のものであり、 皮下組織は完全に除去されている、N教授は、自ら経験した珍しい事例を根拠に、Dの死体に左椎骨動脈中枢部の損傷が生じていた可能性があると指摘しており、専門的な知識のない原裁判所が、この指摘を無視することは許されないから、原決定の判断は誤りである、⑤原決定は、N鑑定の証明力につき、仮にDが転落により非骨傷性頸髄損傷を負っていたとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が いから、原決定の判断は誤りである、⑤原決定は、N鑑定の証明力につき、仮にDが転落により非骨傷性頸髄損傷を負っていたとすれば、H及びIがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が悪化し、高位頸髄損傷により横隔膜運動の麻痺や延髄の血流低下による呼吸・循環中枢の機能不全に陥って呼吸停止を来した可能性があることは否定できないという限度で、その証明力を認めるのが相当である旨説示しており、このN鑑定の証明力と生きているDを土間に放置して退出した旨のH及びIの各供述は整合しないから、原決定は、N鑑定によって、H及びIの各供述の信用性が大幅に減殺されていることを認めているなどと主張する。 ウ ①の点は、確かに、解剖当時、日本の医学界では非閉塞性腸管虚血の知見は一般的ではなかったことが認められる。しかし、O鑑定及びP第2鑑定では小腸に壁内血腫が生じていた場合には色調、厚み等が健常部とは明らかに異なるため、解剖において容易に確認できる旨指摘がなされ、N教授も腸管壊死や出血性梗塞が進行した場合には、腸管が太くなって色も赤黒くなる、壁の厚みも増して緊満状態になると述べている。そうすると、J教授が非閉塞性腸管虚血に関する知見を有しておらず、腸管の状態がDの死に関係している可能性に思い至らなかったとしても、実際に腸管を切り開くなどして見分しているのであるから、腸管に健常部と明らかに異なる色調、厚み等の所見があれば、これらの異常所見を鑑定書に記載しないことは考え難いといえるところ、J旧鑑定にはDの腸管の性状につき著しく腐敗、膨隆という以上に特段の記載がないことからすると、出血性梗塞や腸管の壁内血腫があったとのN教授の推論は採用できない。②の点は、所論の主張の根拠となるペニング論文をみると、頸椎前縦靱帯が破裂した場合には、頸椎椎体前血腫 載がないことからすると、出血性梗塞や腸管の壁内血腫があったとのN教授の推論は採用できない。②の点は、所論の主張の根拠となるペニング論文をみると、頸椎前縦靱帯が破裂した場合には、頸椎椎体前血腫 が生じるというものであり、逆に頸椎椎体前血腫があれば、必ず頸椎前縦靭帯が破裂あるいはそれに近い状態になっていることを示したものということはできない。加えて、解剖時の写真からは頸椎前面の組織間出血の厚みが判然としないことも考慮すれば、Dの死体の頸椎椎体前血腫の大きさから頸椎前縦靭帯が破断あるいはそれに近い状態にあったことが確実といえないとした原決定の判断に誤りはない。③の点は、原決定は、再現動画に「主として」依拠していると説示しており、N教授が再現現場に行かず、同現場で再現された救護活動を見ることなどもなく、再現動画のみに依拠しているとは説示していない。原決定は、N教授が転落現場に臨み、同現場で再現された救護活動を見るなどしたことを前提にして、再現動画が、映画監督の指揮のもとで、H及びIの各供述に基づいて再現された救護活動を正確に反映した内容になっていることから、N教授はH及びIの救護活動の態様についてその正確に反映された内容に「主として」依拠していると説示したものと考えられることからすると、原決定の説示は事実に反しているわけではない。また、再現動画は、H及びIの各供述に基づいて当時の状況として考え得る一つの可能性を再現したものに過ぎないことは原決定の説示するとおりである。④の点は、O鑑定(当審検1)によれば、首の皮膚を前正中で切開し、浅頸筋、頸部器官などを取り除いた後、首の左側の皮下組織を観察できるようにするなどしたもので、J旧鑑定添付の写真11に写っている左親指の右斜め下の部分に皮下組織が確認できることが認められるから、皮下組 筋、頸部器官などを取り除いた後、首の左側の皮下組織を観察できるようにするなどしたもので、J旧鑑定添付の写真11に写っている左親指の右斜め下の部分に皮下組織が確認できることが認められるから、皮下組織は除去されていない。④の点は、Dのものと同様の内出血を認めた1症例において、左椎骨動脈中枢部の損傷が認められたことを根拠に、Dにも左椎骨動脈中枢部の損傷が生じていたとするのは、やはり無理があるといわざるを得ない。 ⑤の点は、所論の指摘する原決定の説示部分は、あくまでも新証拠であるN鑑定の証明力を検討した結果を述べたものであり、後に述べるように、このN鑑定の証明力を前提とした上で、その後に同鑑定が関連する旧証拠の証明 力を減殺するか否かを検討するのであるから、当該説示部分からN鑑定によりH及びIの各供述の信用性が大幅に減殺されたことにはならない。また、所論は、N鑑定の証明力が高いことを前提にして、同鑑定によりH及びIの各供述の信用性が大幅に減殺されたとしているものと考えられるが、原決定は、同鑑定の証明力につき、「Dの死因や死亡時期を高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえず」、「高位頸髄損傷により横隔膜の運動麻痺や延髄の血流低下による呼吸・循環中枢の機能不全に陥って、呼吸停止を来した可能性があることを否定はできない」という限度にとどまると説示し、それ故に、無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるか否かは、その立証命題に関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ、これと対比しながら検討することになる旨説示しているのであり、所論の主張は当を得ないものである。 その他にも、所論はN鑑定の証明力について種々主張するが、いずれも原決定の結論に影響を及ぼすものとはいえない。 所論は採用できない。 N鑑定が旧証拠の証明力に及 主張は当を得ないものである。 その他にも、所論はN鑑定の証明力について種々主張するが、いずれも原決定の結論に影響を及ぼすものとはいえない。 所論は採用できない。 N鑑定が旧証拠の証明力に及ぼす影響についてア原決定は、5アのとおり、Dの死因及び死亡時期に関するN鑑定の証明力を判断した上で、この立証命題に照らすと、N鑑定の仮説的見解と抵触する可能性がある旧証拠としてJ旧鑑定、H及びIの各供述、B、C及びFの各自白並びにGの供述を挙げ、N鑑定がこれらの旧証拠を減殺するか否かを検討し、N鑑定は、①Dの死因としてJ旧鑑定が推定した可能性とは別の可能性も否定できないことを指摘する証拠として位置づけられ、そうした意味でJ旧鑑定の証明力を減殺するものの、J旧鑑定が単独で死因を積極的に推認し得るような証明力を有していない、②H及びIの各供述の証明力、B、C及びFの各自白並びにGの供述の証明力を減殺するものではないから、各確定判決における事実認定に合理的な疑いを抱かせ、その認定を覆すに足 りる蓋然性のある証拠ではない旨判断したが、この原決定の判断は、論理則、経験則等に照らしておおむね不合理なところはなく、当裁判所としても是認することができる。 イ J旧鑑定の証明力に及ぼす影響等について所論は、原決定は、N鑑定によってJ旧鑑定の証明力が減殺されることを認めるものの、J旧鑑定は単独では死因を積極的に推認し得るような証明力を有しておらず、各確定判決は、客観的状況から推認できる事実、B及びCの各自白を併せて、Dの死因を頸部圧迫による窒息死と認定したものと考えられるから、N鑑定によってJ旧鑑定の信用性が減殺されたとしても、直ちに頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせない旨説示するところ、原決定は、N鑑定によるJ旧鑑 息死と認定したものと考えられるから、N鑑定によってJ旧鑑定の信用性が減殺されたとしても、直ちに頸部圧迫による窒息死との認定に合理的疑いを生じさせない旨説示するところ、原決定は、N鑑定によるJ旧鑑定の証明力の減殺が認められると明確に判断したのであるから、新旧全証拠による総合評価、すなわち、全面的再評価により新証拠の明白性を判断すべきであると言い切るべきであったなどと主張する。 しかし、J旧鑑定は、各確定判決の有罪認定とその証拠関係の中で有罪認定の証拠として重要な位置を占めるものではなく、J旧鑑定の証明力が減殺されても、客観的状況から推認できる事実やB及びCの各自白により、Dの死因である頸部圧迫による窒息死という認定は維持され、確定判決の事実認定に合理的な疑いを抱かせるものではないのであるから、新旧全証拠を評価し直す必要性は認められない。所論は採用できない。 ウ H及びIの各供述の信用性に及ぼす影響について所論は、原決定がH及びIの死体遺棄の犯人性を説示する部分について、①原決定は、N鑑定の指摘する、Dが荷台に乗せられた後に呼吸停止を来していた可能性が真実であるとすれば、同人方に到着した時点においては同人が死亡し又は瀕死の状態に陥っていたことが考えられ、H及びIの各供述のうち、荷台から降ろされたDが、H又はIの手助けを借りながらも、一 人で立ち、D方の玄関まで歩いて行った旨述べる部分は、虚偽を述べている可能性が高いということになり、これらを前提として同人を土間に置いた旨説明する部分も直ちに信用し難いということになるから、こうした観点から検討を行う必要がある旨説示しながら、その後一転して、Dの死亡時期に関するN鑑定の証明力と無関係に、論点をすり替えてH及びIが死体遺棄の犯人なのかという点を論じており、失当である 、こうした観点から検討を行う必要がある旨説示しながら、その後一転して、Dの死亡時期に関するN鑑定の証明力と無関係に、論点をすり替えてH及びIが死体遺棄の犯人なのかという点を論じており、失当である、②H及びIは、Dが泥酔していると考えていたため、HがDの頬を2、3回叩いて目を覚まさせようとしたものの、Dが一人で立つこともできなかったことから、Dを抱きかかえて軽トラックの荷台の横から放り込んだという手荒な扱いをしており、その結果としてDが死んだのではないかと考え、とっさに死体遺棄をしたとしても何ら不思議ではない、③原決定は、Dの体重が約70kgであったこと、Dの死体が約40ないし50cmの深さの堆肥に埋まっていたことを挙げて、わずか30分程度のうちにDの死体を遺棄するのは不可能であるかのように説示しているが、H及びIはDを抱え上げて軽トラックの荷台に放り込んでいるし、堆肥はホークを使用すれば簡単に掘り返すことができるから、Dの死体を遺棄するために必要な時間は10分間もあれば十分である、④原決定は、D方の中六畳間に敷かれていたとされるビニールカーペットについて、何者かが付着していた糞便等を拭き取った上、屋外に搬出した可能性があるが、H及びIが死体遺棄の犯人であれば、このようなことをする必要がない旨説示するが、J旧鑑定ではDの肛門は開いているが、大便は洩出していないとされているから、ビニールカーペットに付着していた糞便はD殺害の証拠ではない、⑤Hの「D、わいも3日間苦しかったろう、おいも3日間風呂に入らずきばった」との発言は、Dの葬儀が行われた10月17日夜の発言ではなく、通夜が行われた同月16日の発言であり、「わいも3日間苦しかったろう」との発言は、HにおいてDが同月12日布団に入ったと認識していたことからすると(10月17日付け警察 0月17日夜の発言ではなく、通夜が行われた同月16日の発言であり、「わいも3日間苦しかったろう」との発言は、HにおいてDが同月12日布団に入ったと認識していたことからすると(10月17日付け警察官調書、確定審検79等)、Dが苦 しんだのは同月13日から発見された同月15日昼までの2日間となるはずであるのに、3日間と言ったのはHがDが同月12日夜に堆肥に埋められていたことを知っていたとしか理解できないし、「おいも3日間風呂に入らずきばった」との発言は、Dが発見されたのは同月15日であるから、この3日間は、Dが埋まっていた同月12日夜から同月15日昼まで、自身が風呂に入らなかったことを意味しているなどと主張する。 しかし、①の点は、N鑑定の証明力により、Dが同人方に到着した時点において死亡し又は瀕死の状態に陥っていた可能性が生じ、そのことを前提にすると、H及びIの各供述のうち、荷台から降ろされたDがH及びIの手助けを受けながらも一人で立つなどしたという部分やその後にDを土間に置いたという部分が虚偽である可能性が生じる上、Dの死亡に気付いたH及びIが、動揺してDの死体を堆肥中に遺棄した可能性、更にはこれを隠蔽するため虚偽の供述をする動機が生じるのであるから、H及びIが死体遺棄の犯人であるか否かは、N鑑定の証明力と無関係なものとはいえない。②の点は、H及びIは、近隣に住むDが道路脇の溝付近に倒れている旨の連絡を受け、同人が酔っていると思い、ともかく同人の住居まで送り届けようとの心情から、Aに事前に電話でその旨を連絡してDを迎えに行くなどしていることからすると、仮に同人方に到着した時点で同人が死亡し又は瀕死の状態になっていたとしても、何ら責められる立場にはないし、H及びIにおいて、Dがそのような状態になったのは酒が原因であ くなどしていることからすると、仮に同人方に到着した時点で同人が死亡し又は瀕死の状態になっていたとしても、何ら責められる立場にはないし、H及びIにおいて、Dがそのような状態になったのは酒が原因であると考えるのが通常であり、所論が指摘する頬を叩く行為や軽トラックに放り込む行為が原因だと思って責任を感じるということは考え難い。そうすると、仮にDが上記のような状態になっていたのであれば、H及びIは、救急通報したり、Bらに知らせたりするのが自然であり、動揺していてもDを堆肥の中に埋めるということは考え難い。更に言えば、仮にDが同人方に到着した時点で死亡し又は瀕死の状態になっており、H及びIが堆肥の中にDを埋めたのであるとすれば、I において、Aと共にH方を出てD方に行った際、Dが同人方に居ないのは明らかであるから、同人の様子を見ようとしたAを積極的に止めようとすると考えられるのに、そのような行動をとっておらず、Hにおいても、10月14日夜には警察にDが同人方にいないことを連絡した上、翌15日正式に警察にDが行方不明であることを届けており、自らが死体遺棄の犯人であることとは相容れない行動をとっていることも、H及びIが死体遺棄の犯人であることを否定する根拠となるものである。③の点は、H及びIは、Dが死亡していることに動揺するものと考えられるし、当然のことながら事前に埋める計画を立てていたわけでも、そのための道具を準備していたこともない。 このようなHとIが、わずか30分程度あるいはそれよりも多少長い時間の間に、Dの死体を堆肥内に埋めることの謀議を遂げた上、約70㎏程度はあったDを堆肥置場まで運び、最も深いところで40ないし50cmまでホークを使用して堆肥を掘り、Dの死体を埋め、Dの自転車を片付けるなどした上で、H方まで移動すること 謀議を遂げた上、約70㎏程度はあったDを堆肥置場まで運び、最も深いところで40ないし50cmまでホークを使用して堆肥を掘り、Dの死体を埋め、Dの自転車を片付けるなどした上で、H方まで移動することは困難であると考えられる。④の点は、確かに、中六畳間に敷いてあったビニールカーペットに糞便等が付着した時期及び中六畳間から移動された時期が必ずしも明らかではないから、この点に関する所論の主張は正当であるが、この点を除いても、既に述べたとおり、H及びIが死体遺棄の犯人でないことは明らかである。⑤の点は、この発言は意味するところが明らかではなく、その前後のやり取りもなくされており、多義的に理解し得るものである。また、上記発言がされた日について、所論は、A第1次再審請求におけるHの証言等に依拠しているが、Hは11月29日付け警察官調書(確定審検81、A第1次再審弁92)では10月17日の葬儀の夜であると述べており、20年以上も経過した平成13年にされた証言が同警察官調書よりも信用できるとは考え難い。さらに、所論が主張する同月13日から同月15日昼までを意味するとしても、これを3日間と表現することも十分に考えられる。「おいも3日間風呂に入らずきばった」との 発言も、Dが埋まっていた期間と同様に解さなければならない必然性はないし、Dが行方不明であることを知った同月14日以降の3日間に風呂に入らずきばったと理解することは十分に可能である。 また、所論は、H及びIの各供述の食い違い等について、⑥原決定は、H及びIの各供述について、Dが荷台から降ろされ同人方に入る際の状況について、手助けを受けた程度、態様はともかく、Dが荷台から降ろされた後に一人で立てたという点では一致している旨説示するが(原決定36頁)、他方で、Hの供述について、Hの1 され同人方に入る際の状況について、手助けを受けた程度、態様はともかく、Dが荷台から降ろされた後に一人で立てたという点では一致している旨説示するが(原決定36頁)、他方で、Hの供述について、Hの10月15日付け警察官調書(確定審検76)及び同月16日付け警察官調書(確定審検78)の食い違いについて、これらの記載はDが一人で立てず手助けにより何とか立ち上がれた旨いう点では特に相反しない整合的なものとして理解できる旨説示するとともに(原決定38頁)、DはHらの手助けを借りなければ軽トラックの荷台から降りることもD方に入ることもできなかったものとして同じ趣旨を述べるものとして理解できる旨説示しているから(同)、H及びIの各供述は、Dが荷台から降ろされた後に一人で立てたという点でも一致していない、⑦Hの供述を見ると、Dをどこから運び入れたかの点について、10月15日付け警察官調書(確定審76)では玄関から入ったと供述したが、10月16日付け警察官調書(確定審検78)では玄関横の勝手口から入ったと述べて供述を変遷させているが、実際に経験した者であればこのような間違いをすることはあり得ない、⑧Iの供述について、当初の警察官による取調べの際には牛小屋に行ったのはHだけであると供述していたのに、検察官による取調べではHと一緒に牛小屋に行ったと供述を変遷させているところ、Hだけが牛小屋に行ったのであればその目的は牛に水と餌をやるためだったといえるが、HとIの二人で牛小屋に行ったのであれば、牛に水と餌をやる目的であったのか、別の目的ではなかったのかという疑念が生じるため、Iは警察官による取調べの際には二人で行ったことを故意に隠していたといえる、⑨Gの1 0月16日付け警察官調書(確定審検97)によれば、Gは10月12日夜、H及びIが、D 生じるため、Iは警察官による取調べの際には二人で行ったことを故意に隠していたといえる、⑨Gの1 0月16日付け警察官調書(確定審検97)によれば、Gは10月12日夜、H及びIが、Dに「家に帰りついたど。降りらんな。」と声を掛けた後、Dが家に入るのは確認せず、HかIのどちらかが牛小屋との間を行き来する人影を見た旨供述しているところ、これは、HとIが、Dに降りるよう声を掛けた後、D方に入らず、牛小屋との間を行き来したことを示すものであるから、生きているDを土間に放置して退出したというH及びIの各供述の信用性に重大な疑問を投じるものである、⑩原決定は、H及びIの各供述が、Dが荷台から降ろされた後に一人で立てたという点では一致すると説示するが、この説示を前提とすると、Dは同人方に到着した時点で泥酔状態から覚醒していたことになるから、Dが土間に置かれた際、Aが土間に座り込んでいたDを見て殺害を決意した際、更には殺害の犯行の際にも、Dが前後不覚であったとの確定判決の認定と矛盾することになるなどと主張する。 しかし、⑥の点は、原決定がH及びIの各供述の一致する点について説示している部分は、Dが同人方に到着して荷台から降ろされた後、どうにか一人で立つことができた旨の説示であるのに対し、Hの供述に関する「DはHらの手助けを借りなければ軽トラックの荷台から降りることもD方に入ることもできなかったものとして同じ趣旨を述べるものと理解できる」という説示は、Dが同人方に到着した後に関する説示ではあるものの、荷台から降ろされた後にどうにか一人で立ったという場面ではなく、Dが荷台から降ろされる場面と同人方に入る場面の説示であるから、矛盾することにはならない。また、Hの供述に関する「Dが一人では立てず手助けにより何とか立ち上がれた旨いう点では特 という場面ではなく、Dが荷台から降ろされる場面と同人方に入る場面の説示であるから、矛盾することにはならない。また、Hの供述に関する「Dが一人では立てず手助けにより何とか立ち上がれた旨いう点では特に相反しない整合的なものとして理解できる」という説示は、Dを発見した時の状況に関する説示であって、Dが同人方に到着した後の状況に関するものではないから、所論の主張は当を得ていない。 そして、H及びIの各供述が、Dが荷台から降ろされ同人方に入る際の状況について、手助けを受けた程度、態様はともかく、Dが荷台から降ろされた 後に一人で立てたという点で一致しているという原判断に誤りはない。⑦の点は、10月16日の取調べを除き、玄関からDを運び入れたとの供述をしていることからすると、原決定が指摘するように、Hと同日取り調べに当たった警察官との単純な齟齬ということも十分考えられ、実際に体験した者の供述であることを否定するほどの不自然なものとは到底いえない。⑧の点は、牛小屋に行った目的について、一人で行った場合には牛に水と餌をやるためであり、二人で行った場合には別の目的のために行ったという疑念が生じるとまではいえない。⑨の点は、所論の指摘するGの供述は、同人が風呂に入ろうとして外に出た際、たまたま見聞きした内容を述べたものであり、H及びIがD方に到着してから退去するまで、HやIの言動に注目して見聞きしていたものとはいえないことからすると、HとIがD方に入らなかったことを裏付けているものとはいえない。⑩の点は、酩酊状態は時間経過とともに多少変化することは十分にあり得ることからすると、Dが同人方に到着して荷台から降ろされた後、一人で立つことができたからといって、Dの状態が大きく変化し、泥酔状態等から脱して覚醒したとまではいえず、確定判決の認定と は十分にあり得ることからすると、Dが同人方に到着して荷台から降ろされた後、一人で立つことができたからといって、Dの状態が大きく変化し、泥酔状態等から脱して覚醒したとまではいえず、確定判決の認定と矛盾することにはならない。 さらに、所論は、AとIがH方を出てD方に行った際、IがAと一緒にDの様子を見に行かなかったことについて、原決定は、IがDを同人方に届けて間もない時点であったから、改めて様子を確認するまでもないと考えても不自然ではない旨説示するが、既に約1時間は経過しているから、間もない時点とはいえない、⒝IはD方から出てきたAの様子について、特別変わった様子はなかった旨供述しているが(確定審検74)、確定審の認定によればAはDの殺害を決意した直後であったから、Aの様子には変化があったはずであり、Iの上記供述は不自然であるのに、原決定はこの点を考慮していない、Hは、同人方でAに対し、Dをどのような状況で置いたか説明していないが、Dは上半身のシャツは水に濡れ、下半身は裸であったの であり、当日夜の気温が下がる一方であったことも考慮すれば、毛布をかけることなく、土間に放置していることをAに伝え、すぐにでも適切な措置を講じなければならなかったにもかかわらず、Dの同人方に到着した後の様子を話さなかったばかりか、約1時間にわたり雑談に終始したことは不自然である、Hは、Aの逮捕後の11月17日、Aは10月12日午後10時半頃までH方に居たのだから、犯行の時間帯にはアリバイがある旨の発言をしているところ(A第1次再審弁76)、この発言はHが死体遺棄の犯行が行われた時刻が10月12日午後10時半頃までであることを知っていたことをうかがわせるものであるなどと主張する。 しかし、の点は、約1時間が経過していることを間 、この発言はHが死体遺棄の犯行が行われた時刻が10月12日午後10時半頃までであることを知っていたことをうかがわせるものであるなどと主張する。 しかし、の点は、約1時間が経過していることを間もない時点と判断するかはともかく、Iが1時間程度しか経過していないから、改めてDの様子を見に行く必要はないと考えたとしても、何ら不自然ではない。 ⒝の点は、Dの殺害を決意したAがその様子をさとられないようにするということは十分に考えられることであり、そのため、IがAの様子に気付かず、特別変わった様子はなかったと供述することも十分に考えられる。 の点は、所論は、Dが同人方に到着した時点で瀕死の状態であったにもかかわらず、Hらが適切な措置を講じることなく、Dを土間に放置してきたことを前提にしていると考えられるが、HにおいてDがそのような状態であることを知りながら、同人を土間に放置するということは考え難いし、約1時間にわたって雑談していたことはむしろDが所論の主張するような状態になかったことを示しているといえる。また、原決定が指摘するように、Hは、事前にAに連絡してDを迎えに行き、H方でも全身びしょ濡れで下半身裸であったなどと相応の説明はしており、特に取り繕っている様子も見られないのであるから、HにおいてDの状況をそれ以上に説明しなかったことは不自然とはいえない。 の点は、Hは、警察の取調べ等において、10月12日午後9時頃にDを同人方に送り届けた後、同月15日にDが堆肥の中から発見されるま での間、Dの所在が確認されていないことを知っていたと考えられる。そうすると、Hにおいて、最後に所在が確認できる10月12日午後9時頃から近接する時間に、犯行が行われたと考えたとしても何ら不思議でなく、このことから前記の発言をしたということは十 たと考えられる。そうすると、Hにおいて、最後に所在が確認できる10月12日午後9時頃から近接する時間に、犯行が行われたと考えたとしても何ら不思議でなく、このことから前記の発言をしたということは十分に考えられるから、同発言はHが死体遺棄の犯行が同日午後10時半頃までに行われたことを知っていたことをうかがわせるものとはいえない。 その他にも、所論は種々主張するが、これらの点を考慮しても、H及びIの各供述の信用性に影響を及ぼすものとは認められない。 所論は採用できない。 エ B、C及びFの各自白並びにGの供述の信用性に及ぼす影響について原決定は、①N鑑定はH及びIの各供述の信用性を減殺するものではなく、N鑑定が確定審に提出されていたとしても、H及びIが、道路上に倒れていたDを軽トラックの荷台に乗せて同人方まで送り届け、生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったという事実認定は揺るがない、②N鑑定は各確定判決が有罪認定の前提としたと考えられるその余の事実関係等の基礎となる証拠の証明力を減殺するものではないから、客観的状況からの事実の推認に影響を及ぼさず、これによって支えられているB、C及びFの各自白並びにGの供述の信用性を減殺しない旨説示しているが、この原決定の判断は、経験則、論理則等に照らして、不合理なところはなく、是認することができる。すなわち、各確定判決の認定の主たる根拠である客観的状況からの推認の前提となるH及びIの各供述の信用性は、N鑑定により減殺されず、十分認めることができるから、H及びIは、溝付近で倒れていたDを軽トラックの荷台に乗せて、同人方まで連れ帰り、生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったことが認められる。この前提と客観的状況に照らすと、故意にDの死体を埋めた犯人は、H及びIにその可能性がなくなる以上 クの荷台に乗せて、同人方まで連れ帰り、生きている状態の同人を土間に置いて立ち去ったことが認められる。この前提と客観的状況に照らすと、故意にDの死体を埋めた犯人は、H及びIにその可能性がなくなる以上はAらb家以外の者は想定し難いと推認することできる。そして、B、C及びFの 各自白並びにGの供述はこの推認によって支えられており、N鑑定はこの推認に影響を及ぼすものではないということができるから、これらの供述の信用性を減殺するとはいえないものである。 所論は、①GはAによってCが犯罪に巻き込まれたと思い込み、Cの責任を軽減するために、Aを首謀者に仕立て上げる巻き込みの供述をする危険性があるから、Gの供述は信用できない、②Gは、AがC方を訪ねてきたことについて、10月19日付け警察官調書(A第1次再審弁94)では同月13日朝であったと供述しているのに、同月29日付け警察官調書(確定審検98、A第1次再審弁82)及び11月3日付け検察官調書(確定審検102、A第1次再審弁84)では10月12日夜であったと供述を変遷させている上、訪ねてきた理由も美容院に預けていたGの衣類を届けるためであったと述べていることなどからすると、Gの供述は信用できず、Aは同日夜にはC方を訪ねていないなどと主張する。 ①の点は、確かに、Gは、Aを首謀者にするための巻き込みの供述をする危険があり、確定審の公判において、AがCにDを殺害することの加勢をするように言ったのを目撃したという供述をしている。しかし、この供述以外に、帰宅後においてCがD殺害の犯行を、Fが死体遺棄の犯行をそれぞれ自認する発言をしたのを聞いたとも供述しており、これらの供述はCとFの犯行を裏付けるもので、Aを首謀者に仕立て上げる巻き込みの危険がある供述ということでは説明できない。②の点 体遺棄の犯行をそれぞれ自認する発言をしたのを聞いたとも供述しており、これらの供述はCとFの犯行を裏付けるもので、Aを首謀者に仕立て上げる巻き込みの危険がある供述ということでは説明できない。②の点は、既に述べたように、Gは確定審の公判において、Aが10月12日夜C方を訪ねてきて、Cに対してDを殺したいから加勢するよう言い、Cがこれを承諾したのを目撃した旨明確に証言している。また、Gの供述の内容、更にはB、C及びFの各自白の内容は整合していて相互に支え合っている上、の推認によっても支えられており、変遷があることなどを踏まえても、これらの供述の信用性は相応に強固であるといえ、Gの供述は信用できる。 所論は採用できない。 6 結論以上によれば、S鑑定及びQ・R鑑定はH及びIの各供述を減殺するものとはいえない。また、N鑑定は、各確定判決が証拠の標目に掲げたJ旧鑑定の信用性を減殺するものではあるが、各確定判決の事実認定においてJ旧鑑定が占める重要性からすれば、各確定判決の事実認定に合理的疑いを生じさせるものとはいえず、H及びIの各供述の信用性、B、C及びFの各自白並びにGの供述の信用性を減殺するものとはいえない。そうすると、弁護人の提出する新証拠は、確定判決の事実認定に合理的疑いを差し挟むものとはいえないと判断した原決定に誤りはない。 論旨は理由がない。 よって、本件各即時抗告は理由がないから、刑訴法426条1項後段により主文のとおり決定する。 令和5年6月5日福岡高等裁判所宮崎支部 裁判長裁判官矢数昌雄 裁判官荒木精一 裁判官田裕紀 数昌雄 裁判官 荒木精一 裁判官 田裕紀

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