平成26年10月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成25年(ワ)第6158号職務発明対価請求事件(口頭弁論の終結の日平成26年9月2日)判決 神奈川県小田原市〈以下略〉原告A同訴訟代理人弁護士大井法子 同 石新智規 同 亀井弘泰 同 近藤美智子 同補佐人弁理士黒瀧眞輔 東京都中央区〈以下略〉被告野村證券株式会社 同訴訟代理人弁護士根本浩 同 松山智恵 同 江頭あがさ 同補佐人弁理士伊藤健太郎 主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,2億円及びこれに対する平成22年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2 事案の概要本件は,被告 理由 第1 請求被告は,原告に対し,2億円及びこれに対する平成22年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,リスクチェックの実- 2 -行を伴う証券取引所コンピュータに対する電子注文の際の伝送レイテンシ(遅延時間)を縮小する方法等に関する職務発明について特許を受ける権利を承継させたとして,特許法35条3項及び5項に基づき,相当の対価の支払を求める事案である。なお,原告は,後記の被告発明規程に基づく出願時報奨金3万円の支払請求はしていない。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,書証の枝番の記載は省略する。以下同じ。)(1) 当事者被告は,有価証券の売買並びに売買等の媒介,取次ぎ及び代理,取引所金融商品市場(外国金融商品市場を含む。)における有価証券の売買等の委託の媒介,取次ぎ及び代理等を業とする株式会社である。 原告は,平成20年5月12日に被告に特別選任職として雇用され,平成21年6月1日に特定社員となった。 (2) 原告の職務発明及び特許を受ける権利の承継等ア原告は,遅くとも平成22年8月23日までに,後記ウの(ア)及び(イ)の発明(以下「本件発明」と総称し,それぞれの発明を「本件発明1」及び「本件発明2」という。)をした(なお,本件発明が原告の単独による発明であるかについては争いがある。)。本件発明は,その性質上,被告の業務範囲に属し,かつ,発明をするに至った行為が被告における原告の職務に属するものであって,特許法35条1項所定の職務発明に当たる。 イ被告は,同日までに,本件発明について特許を受ける権利(外国に出 範囲に属し,かつ,発明をするに至った行為が被告における原告の職務に属するものであって,特許法35条1項所定の職務発明に当たる。 イ被告は,同日までに,本件発明について特許を受ける権利(外国に出願する権利を含む。)を承継し,原告は,同条3項に基づき相当の対価の支払を受ける権利を取得した。 ウ同日,原告その他の共同発明者らを出願人として,米国特許商標庁に- 3 -本件発明に係る特許の仮出願がされ,平成23年8月23日にその本出願がされた(以下,これらの出願を併せて「本件米国出願」といい,同出願に係る明細書(甲13)を「本件明細書」という。なお,当時の米国特許法の下では,発明者以外の者は特許出願の出願人になることができなかったため,一旦発明者である従業員において特許出願をした上で,発明に関する権利が当該従業員から使用者に譲渡された旨の譲渡書面を米国特許商標庁に提出するという手順を踏む必要があった。)。平成24年10月23日付けで補正された後の本件米国出願に係る特許請求の範囲の請求項1及び29の記載は,次のとおりである。 ●(省略)●(3) 本件システム被告の海外関連会社であるノムラ・セキュリティーズ・インターナショナル・インク(以下「ノムラ・セキュリティーズ」という。)は,米国の証券取引所において,アルゴリズムを組み込んだコンピュータを使用して自動電子決済を高速高頻度で実施するプログラム取引(以下「高頻度取引」という。)を行う際に,平成22年8月頃から,NXTDirectという名称のシステム(以下「本件システム」という。)を導入した取引を行っており,その後,同取引はノムラ・セキュリティーズから被告の海外関連会社であるインスティネット・エルエルシー(以下「インスティネット」という。)に引き継がれた。本件システムの概 を導入した取引を行っており,その後,同取引はノムラ・セキュリティーズから被告の海外関連会社であるインスティネット・エルエルシー(以下「インスティネット」という。)に引き継がれた。本件システムの概要は,別紙「本件システムとその処理の流れ」のとおりである。 (4) 本件米国出願の経緯米国特許商標庁の審査官は,本件米国出願について,平成25年2月6日付けで,本件発明は●(省略)●に開示されており,米国特許法102条(b)項(我が国の特許法の新規性欠如に相当する規定)に基づき拒絶すべきである旨のオフィスアクションを通知した。 - 4 -これに対して出願人ら(ただし,原告はこの手続に実質的に関与していない。)は,応答書において,●(省略)●などと述べたが,審査官は,同年11月13日付けの最終オフィスアクションにおいても,本件米国出願は拒絶すべきものであるとの見解を変えなかった。これに対して,被告及び被告のグループ会社(以下,これらを併せて「被告グループ会社」という。)ないし出願人らが平成26年5月13日の応答期限までに応答しなかったことから,同日の経過により,同年2月13日をもって本件米国出願は放棄され,本件米国出願については特許権を取得できないことが確定するとともに(以下,米国特許商標庁において本件米国出願が審査されていた平成22年8月23日から平成26年5月13日までの期間を「本件審査期間」という。),米国以外の国においても特許権を取得できないことが確定した(なお,米国特許法122条(b)(2)(B)(i)の非公開申請をする際,出願人は,公開制度を有する外国で対応特許が将来的に出願されないことの証明書を添付する必要がある。)。 (乙22~25,57)(5) 被告の職務発明に関する規程の定め被告は,従業員による職務 願人は,公開制度を有する外国で対応特許が将来的に出願されないことの証明書を添付する必要がある。)。 (乙22~25,57)(5) 被告の職務発明に関する規程の定め被告は,従業員による職務上の発明等の取扱いについて,「発明又は考案に関する規程」(甲4。以下「被告発明規程1」という。)及び「報奨金に関する定め」(甲5。以下「被告発明規程2」といい,被告発明規程1と併せて「被告発明規程」という。)を定めている。その内容は,次のとおりである(被告発明規程2の報奨金のうち,出願時,権利取得時及び実施時に支払われる報奨金をそれぞれ「出願時報奨金」,「取得時報奨金」及び「実施時報奨金」という。)。 ア被告発明規程1「(報奨金)第5条当社が社員等から承継した職務発明について,特許又は実用新- 5 -案の出願を行ったとき,当該職務発明に係る特許権又は実用新案権を取得したとき,及び発明又は考案の実施により当社が金銭的利益を得たときには,当該職務発明を行った社員等に対して出願1件ごとに報奨金を支払うものとする。(第2項省略) 3 報奨金の額,支払方法等については,別途定める手続きにより決定するものとする。(以下略)」イ被告発明規程2「 規程(注・被告発明規程1)第5条第3項に規定する報奨金の額及び支払方法は以下の通りとする。 1 報奨金の額 報奨金特許実用新案出願時(1件あたり)3万円5千円権利取得時(1件あたり)10万円1万5千円発明又は考案(特許権又は実用新案権を取得したものに限る。)を実施したことにより当社が金銭的利益を得た場合 次の各部で構成する「特許等協議委員会」の協議により決定する(※)。 法務部長,人事部長,財務部長及び当該発明者の所属部店 に限る。)を実施したことにより当社が金銭的利益を得た場合 次の各部で構成する「特許等協議委員会」の協議により決定する(※)。 法務部長,人事部長,財務部長及び当該発明者の所属部店長但し,役員又は重要な職員への報奨金については,別途執行役会による承認を要する。 ※【協議内容及び協議における考慮要素】(協議内容)・他社から実施料収入を得た場合又は自ら当該特許を実施することにより収入を得た場合,各年度について次の諸点につき協議の上,決定するものとする。 - 6 -①当該特許の貢献によりもたらされた収入金額②①で定めた収入金額に関わる利益率及び利益金額③②で定めた利益金額に占める発明者の貢献の割合及びその金額・なお,①~③の判定根拠となる資料は,当該発明者の所属部店が提示するものとする。また,上記収入は,原則として当該発明が会社に譲渡されたときもしくは特許出願時のいずれか早い方から計算する。 ・以上により算出された金額(③の金額)をもって実施時報奨金とする。決定された実施時報奨金については,経営戦略会議に報告するものとする。 (考慮要素)協議にあたっては,次の事項を考慮するものとする。 ①基本的には,発明者の貢献割合の低い発明に対しては,高額な支払は行わない。 ②発明者への報奨金額の妥当性に関する協議内容・根拠は,書面に明確に記録する。 ③発明者のほかに,共同して発明に貢献した役職員がいる場合には,定められた実施時報奨金の分配比率を決定する。 (以下略)」(6) 別件訴訟原告は,平成24年5月23日,被告から解雇通知を受けた。現在,当庁には,原告・被告間の解雇の有効性をめぐる訴訟(東京地方裁判所平成24年(ワ)第22452号。以下「別件訴訟」という。)が係属している。 成24年5月23日,被告から解雇通知を受けた。現在,当庁には,原告・被告間の解雇の有効性をめぐる訴訟(東京地方裁判所平成24年(ワ)第22452号。以下「別件訴訟」という。)が係属している。 2 争点原告の特許法35条3項及び5項に基づく本件請求に対し,被告は,被告- 7 -発明規程の定める限度でしか相当の対価の支払義務はない旨主張する(同条4項)。これに対し,原告は,本件で被告発明規程の定めにより対価を支払うことは不合理であるから,その定めは本件には適用されない旨主張し,被告はこの主張を争う。原告が被告発明規程に基づく出願時報奨金3万円の支払を請求していないことから,上記の不合理性が否定されれば原告の請求は棄却されることとなる(被告発明規程2によれば,出願時報奨金以外の報奨金の支払は,当該発明について特許権を取得したことが要件とされている。)。他方,上記の不合理性が肯定された場合には,同条5項所定の考慮要素に照らして本件における相当の対価の請求の可否及び金額を判断すべきこととなる。したがって,本件の争点は,次のように整理することができる。 (1) 被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性(2) ((1)が肯定された場合)相当の対価の請求の可否及び金額ア本件システムの本件発明の構成要件充足性イ独占的利益の有無ウ本件システムの運用により被告が受けるべき利益の額エ本件発明の単独発明性オその他の考慮要素(上記ア~オは争点(2)に関して争いのある考慮要素である。) 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点(1)(被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性)について(原告の主張)①被告発明規程の策定に際して協議がされたことはないこと,②具体的な対価の算定方法 張(1) 争点(1)(被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性)について(原告の主張)①被告発明規程の策定に際して協議がされたことはないこと,②具体的な対価の算定方法や支払条件等を定めた被告発明規程2は,英語版,日本語版を問わず,被告の社内イントラネット上で開示されていないこと,③被告発明規程1も日本語版のイントラネットでしか開示されておらず,日- 8 -本語を理解しない原告には実質的に開示されていなかったこと,④原告は被告から本件発明に係る報奨金の算定について意見聴取を受けていないこと,⑤被告発明規程2が実施時報奨金の支払を特許登録がされた場合に限定しているのは,被告発明規程1の定めと矛盾していること,⑥出願時報奨金の3万円という金額は社会通念上低額であることなどに照らせば,本件において被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことは不合理というべきである。 (被告の主張)被告発明規程のように,職務発明につき出願時,権利取得時及び実施時に段階を分けて相当の対価を支払うこととし,特許権を取得した場合に限り実施時報奨金を支払う旨定めることは,発明の価値に応じて支払の基準を明確化する点で合理的であり,その支払金額も他社の基準ないし社会通念に照らして低額とはいえない。また,被告は,被告発明規程1を社内のイントラネットを通じて従業員に開示している。したがって,本件において被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことが不合理とはいえない。 (2) 争点(2)(相当の対価の請求の可否及び金額)について(原告の主張)ア本件システムの本件発明の構成要件充足性本件発明1の構成要件3及び本件発明2の●(省略)●を意味しており,本件システムは,別紙「本件発明と本件システムの対比」のとおり,本件発 告の主張)ア本件システムの本件発明の構成要件充足性本件発明1の構成要件3及び本件発明2の●(省略)●を意味しており,本件システムは,別紙「本件発明と本件システムの対比」のとおり,本件発明の構成要件を充足する。そのことは,被告が本件米国出願の暫定出願書類において,本件システムの●(省略)●旨主張していること,本件システムが特許出願中のものであることを被告自身がプレス・リリースで公表していることからも明らかである。したがって,被告は自ら又は被告グループ会社に許諾して本件発明を実施しているということが- 9 -できる。 イ独占的利益の有無被告は,米国特許出願を非公開手続により行うことで,高頻度取引の分野で事実上の排他的利益を確保することを選択した。そのことは,①本件システム導入前の高頻度取引における最短のレイテンシは約170マイクロ秒であったが,本件システムはこれを約3マイクロ秒以下にまで短縮することに成功したこと(甲9),②被告のプレス・リリース等(甲18~22)に,本件システムのレイテンシが3マイクロ秒以下で業界をリードしているなどの記載があること,③被告は別件訴訟の被告準備書面において,仮に競合他社が本件システムと同等の高速性を有するプラットフォームを本件システムより低廉な手数料で提供した場合には,顧客は当該競合他社との取引に乗り換える可能性が極めて大きい旨の主張をしていることからも明らかである。被告は,米国特許商標庁のオフィスアクションに対して十分な対応をせず,特許の可能性を自ら放棄したに等しく,このような被告の姿勢は,被告が,本件発明を秘密情報として保持することにより,特許権を取得しなくても事実上の排他的利益が十分に得られることを示すものである。 ウ本件システムの運用により被告が受けるべき利益の額 姿勢は,被告が,本件発明を秘密情報として保持することにより,特許権を取得しなくても事実上の排他的利益が十分に得られることを示すものである。 ウ本件システムの運用により被告が受けるべき利益の額高頻度取引におけるレイテンシの低減による注文の迅速性は,注文発注業務を仲介するブローカー間の競争における優劣を決する上で特に重要な要素の一つであり,被告グループ会社には,本件発明に起因する多額の利益が生じた。その利益の額は,アジア地域の証券取引所における被告グループ会社の売上げの8割に当たる882億7504万3362円及びその他の地域の証券取引所における売上げの1割に当たる73億6464万2044円(合計956億3968万5406円)に及ぶ。 エ本件発明の単独発明性- 10 -原告は,平成20年夏頃には単独で本件発明を完成させ,平成21年9月には,原告の管理下でロンドンの技術チームがその実証を完了していたから,本件発明は原告の単独発明である。 オその他の考慮要素以上のほか,本件において相当の対価の額が定められるに当たっては,①原告の入社時の職務は本件発明とは直接関係がなかったこと,②原告に対する給与等は本件発明による被告への貢献を評価したものではないこと,③本件システムのランニングコストは極めて低いこと,④被告グループ会社は,本件システムの開発リスクをほとんど負っていなかったこと,⑤被告グループ会社は,本件システムの運用を通じ,他のサービスについても新たな顧客の獲得という利益を得ていることが考慮されるべきである。 これらの事実からすれば,本件発明についての原告の貢献度は前記ウの合計金額の3割を下ることはなく,原告は被告に対し相当の対価として286億9190万5621円を請求することができる。 カよって,原告は の事実からすれば,本件発明についての原告の貢献度は前記ウの合計金額の3割を下ることはなく,原告は被告に対し相当の対価として286億9190万5621円を請求することができる。 カよって,原告は,被告に対し,特許法35条3項及び5項に基づき,相当の対価である2億円(上記オの金額の内金請求)及びこれに対する平成22年8月23日(本件米国出願の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)ア本件システムの本件発明の構成要件充足性●(省略)●したがって,被告又は被告グループ会社は本件発明を実施していない。 イ独占的利益の有無原告の主張は争う。●(省略)●システムは,本件米国出願の前後から多くの技術文献に開示されており(乙26~32),当業者であれば- 11 -技術的に格別なものではなかった。被告は,このような事情を考慮し,このまま費用と時間をかけて手続を進める意味に乏しいと判断し,本件米国特許出願の権利化を断念することにしたものである。このように,被告は,本件発明について,事実上も第三者による実施を排除することができていなかった。 ウ本件システムの運用により被告が受けるべき利益の額原告の主張は争う。そもそも本件システムは,上記アのとおり,本件発明の構成要件を充足するものではないし,被告は米国において本件システムを運用する事業を行っていない。また,米国において本件システムを運用するノムラ・セキュリティーズ又はインスティネットも,顧客から得た報酬から,証券取引所が提供するスペースにサーバを設置するための賃料等の諸経費を控除すると,赤字となるものであり,被告グループ会社としても本件システムを運用する事業から利益を上げていない。 エ本件発明の単独発明性被告グル ペースにサーバを設置するための賃料等の諸経費を控除すると,赤字となるものであり,被告グループ会社としても本件システムを運用する事業から利益を上げていない。 エ本件発明の単独発明性被告グループ会社の関連部署は,平成21年9月頃から共同して,株式の高頻度取引プラットフォームを低レイテンシ化するための検討を開始し,ノムラ・セキュリティーズに所属するBを中心とした検討チームが組織された。同チームが数か月間にわたり,当時知られていた様々な処理方法の長所及び短所を調査した結果,●(省略)●この知見が本件発明へとつながった。本件発明が本件米国出願の出願人らの共同発明であることは,原告自身,その出願業務を受任していた弁護士宛てに送ったメールにおいて,共同発明者のリストに特定の1名を追加をしてほしい旨の依頼をしていたことからも明らかである。 オその他の考慮要素原告の主張は争う。 第3 当裁判所の判断- 12 - 1 争点(1)(被告発明規程の定めにより相当の対価を支払うことの不合理性)について(1) 証拠(甲4,5,乙7~11)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア被告は,特許法35条を改正する平成16年法律第79号が平成17年4月1日に施行された後,原告が被告に入社する前に,前記前提事実(5)の内容のとおりに被告発明規程1を改正するとともに,被告発明規程2を策定した。被告が,原告の入社の際又はその後に,被告発明規程に関する協議を原告と個別的に行ったり,その存在や内容を原告に説明したりすることはなかった。なお,被告が被告発明規程を策定又は改定するに当たり被告の従業員らと協議を行ったことをうかがわせる証拠はない。 イ被告発明規程1は,被告が社内に設けているイントラネットを通じて被告の従業員らに開示され 告が被告発明規程を策定又は改定するに当たり被告の従業員らと協議を行ったことをうかがわせる証拠はない。 イ被告発明規程1は,被告が社内に設けているイントラネットを通じて被告の従業員らに開示されており,原告もその内容を確認することができた。これに対し,被告発明規程2は,従業員らに開示されておらず,原告が本件発明に係る特許を受ける権利を被告に承継させる前に原告に個別的に開示されることもなかった。 ウ被告発明規程には,対価の額の算定について発明者からの意見聴取や不服申立て等の手続は定められていない。また,被告がこれまでに職務発明をした従業員に出願時報奨金及び取得時報奨金を支払った例はあるが,事前に支払をする旨の通知をしたにとどまり,当該従業員からの意見の聴取はされていない。 エ独立行政法人労働政策研究・研修機構が上記特許法35条の改正後に上場企業を対象に行った平成18年7月7日付け調査結果によれば,回答企業のうち87.5%が特許等の出願時に,81.8%が特許権等の登録時に報奨金を支払うとしており,その約8割が定額制を採用してい- 13 -るところ,その額は出願時が平均9941円(最大10万円,最小1000円),登録時が平均2万3782円(最大30万円,最小1200円)であった。また,自社実施又は他社への実施許諾等があった場合にいわゆる実績補償を行う企業は76.8%であり,その大部分が評価に基づいて金額を決定しているところ,過半数の企業は上限を設けておらず,上限額を設けた企業の平均値は約1208万円(自社実施時)ないし約2292万円(他社への実施許諾又は権利譲渡時)であった。 (2) 特許法35条4項によれば,使用者等は,勤務規則等において従業者等から職務発明に係る特許を受ける権利等の承継を受けた場合の対価につき定めること (他社への実施許諾又は権利譲渡時)であった。 (2) 特許法35条4項によれば,使用者等は,勤務規則等において従業者等から職務発明に係る特許を受ける権利等の承継を受けた場合の対価につき定めることができ,その定めが不合理でないときは使用者等が定めた対価の支払をもって足りるところ,不合理であるか否かは,① 対価決定のための基準の策定に際しての従業者等との協議の状況,② 基準の開示の状況,③ 対価の額の算定についての従業者等からの意見聴取の状況,④ その他の事情を考慮して判断すべきものとされている。そうすると,考慮要素として例示された上記①~③の手続を欠くときは,これら手続に代わるような従業者等の利益保護のための手段を確保していること,その定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になることなど特段の事情がない限り,勤務規則等の定めにより対価を支払うことは合理性を欠くと判断すべきものと解される。 これを本件についてみるに,上記認定事実によれば,① 被告は,被告発明規程の策定及び改定につき,原告と個別に協議していないことはもとより,他の従業員らと協議を行ったこともうかがわれないし(上記(1)ア),② 被告において対価の額,支払方法等について具体的に定めているのは被告発明規程2であるが,これは原告を含む従業員らに開示されておらず(同イ),③ 対価の額の算定に当たって発明者から意見聴取することも予定されていない(同ウ)というのである。 - 14 -さらに,④ その他の事情についてみるに,まず,対価の支払に係る手続の面で,被告において上記①~③に代わるような手段を確保していることは,本件の証拠上,何らうかがわれない。 次に,対価の額及び支払条件等の実体面については,被告発明規程2の定める出願時報奨金及び取得時報奨 告において上記①~③に代わるような手段を確保していることは,本件の証拠上,何らうかがわれない。 次に,対価の額及び支払条件等の実体面については,被告発明規程2の定める出願時報奨金及び取得時報奨金の額(特許1件当たりそれぞれ3万円及び10万円。前記前提事実(5))は,いずれも他の企業と比較して格別高額なものとはいえない(上記(1)エ)。また,実施時報奨金については,上限額の定めはないものの,この点は多数の企業と同様の取扱いをしているにとどまり(同上),被告において他社より高額な対価の支払が予定されていたとは解し難い。なお,実施時報奨金の支払につき,被告発明規程1が単に「発明又は考案の実施により当社が金銭的利益を得たとき」としているのに対し,これを受けて定められた被告発明規程2は「特許権又は実用新案権の取得したものに限る」としているが,特許権等の取得を要件としたことの根拠も本件の証拠上明らかでない。 以上によれば,本件発明について,被告が原告に対し被告発明規程の定めにより対価を支払うこと(出願時報奨金のみを支払い,実施時報奨金は支払わないとすること)は不合理であると判断するのが相当である。そこで,特許法35条3項及び5項による相当の対価の請求の可否について検討することとする。 2 争点(2)(相当の対価の請求の可否及び金額)について事案に鑑み,まず争点(2)イの考慮要素(独占的利益の有無)について判断する。 (1) 前記前提事実に証拠(甲8,11,14,乙12,26,28,30,32)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。 ア証券会社等が米国の証券取引所でブローカーとして取引を行うためには,証券取引所の会員となる必要があるところ,被告は米国の証券取引- 15 -所の会員ではなく,ノムラ・セキュリティー れる。 ア証券会社等が米国の証券取引所でブローカーとして取引を行うためには,証券取引所の会員となる必要があるところ,被告は米国の証券取引- 15 -所の会員ではなく,ノムラ・セキュリティーズ及びインスティネットがその会員であることから,本件システムは両社により運用されており,被告グループ会社トップの野村ホールディングス株式会社(以下「野村ホールディングス」という。)において本件発明に係る権利を他の権利と一括して管理している。原告以外の共同発明者とされている者は,本件発明に係る特許を受ける権利を既に野村ホールディングスに譲渡しており,被告も原告から承継した本件発明に係る特許を受ける権利を野村ホールディングスに譲渡済みである(ただし,原告は,野村ホールディングス宛ての発明譲渡証(甲14)には署名していない。)。なお,被告が野村ホールディングスに本件発明に係る特許を受ける権利を譲渡した際に,何らかの対価が確定的に授受されたことを認めるに足りる証拠はない。 イ本件米国出願がされた平成22年8月の前後から,FPGAを実装することで既存の純粋なソフトウェアでは不可能なほど加速された低レイテンシの市場データ配信処理が可能になるとの論文(乙32)の公表(平成21年10月),リスクアナライザ等をFPGA等の再構成可能なハードウェアとして実装する構成を開示した米国特許出願公報(乙26)の公開(平成22年4月),再構成可能なハードウェアであるFPGA上に高頻度・低レイテンシのアルゴリズム取引のために効率的なイベント処理プラットフォームを構築することで,レイテンシを2桁近く削減することができたとの研究成果(乙28)の公表(平成22年9月)等が相次いでいた。また,本件審査期間中にも,業界では高頻度取引における柔軟性又は低レイテンシを損なうこと で,レイテンシを2桁近く削減することができたとの研究成果(乙28)の公表(平成22年9月)等が相次いでいた。また,本件審査期間中にも,業界では高頻度取引における柔軟性又は低レイテンシを損なうことなくカスタム・ハードウェアのパフォーマンスを提供する方法としてFPGAを実装する方法が検討されており,そのアプローチによると,リスク管理等で1000倍ものパフォーマンスの高速化が可能になるとの研究成果(乙30)も- 16 -公表されていた(平成24年8月)。 ウ上記イの研究にみられるとおり,本件米国出願がされる前後から,証券業界においては高頻度取引の分野で低レイテンシを実現することが課題とされており,被告グループ会社を含む各社が競争関係にあった。ただし,本件審査期間において,高頻度取引の分野で被告グループ会社と競合する他社(以下「競合他社」という。)がどの程度の取引速度を実現していたか,また,被告グループ会社が競合他社に対して競争的優位を有していたかを認めるに足りる証拠はない。 (2) 本件発明は米国で特許出願されたものであり,このような場合についても特許法35条3項及び5項が類推適用されると解されるものの(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照),本件発明については新規性の欠如を理由に特許を受けられないことが確定している(前記前提事実(4))。このことは,特許を受ける権利の承継人が将来成立することのあるべき独占的地位に由来する独占的利益の不発生を推認させる事実であるから,相当の対価を請求する者は,それにもかかわらず上記の独占的利益が発生したことを相当の根拠をもって主張立証する必要があると解すべきである。 上記認定事実によれば,被告が野村ホールディングスに本件発明に係る特許を受ける権利を譲渡し かかわらず上記の独占的利益が発生したことを相当の根拠をもって主張立証する必要があると解すべきである。 上記認定事実によれば,被告が野村ホールディングスに本件発明に係る特許を受ける権利を譲渡した際に,何らかの対価が確定的に授受されたことを認めるには足りない(上記(1)ア)。また,本件米国出願の前後から本件審査期間を通じて,FPGAを実装することで格段に加速された低レイテンシの取引を実現できることを示唆又は開示する研究成果の公表等が相次いでいたこと(同イ),高頻度取引の分野で被告グループ会社が競合他社に対して競争的優位を保っていたと認めるに足りないこと(同ウ)からすると,本件審査期間中,被告が本件発明に係る技術分野で競合他社の市場参入を排除することができていたとも認め難い。 - 17 -以上によれば,本件審査期間において,被告に本件発明に基づく独占的利益が生じていたと認めることはできない。また,本件審査期間経過後は,米国以外の国においても,本件発明につき特許権を受けることができないことが確定したから(前記前提事実(4)),被告に本件発明に基づく独占的利益が生ずる見込みはないというほかない。 よって,その余の考慮要素につき判断するまでもなく,原告は,被告に対し,本件発明について相当の対価の支払を請求することはできないものと解するのが相当である。 (3) これに対し,原告は,①本件システムによる処理方法は本件発明の技術的範囲に属しており,被告又は被告グループ会社は本件発明の実施により多額の利益を得ている,②被告が高頻度取引の分野で本件発明に基づく独占的利益を得ていたことは,原告作成の「HistoryofElectricTrading:TheChangingFaceofLatency」と題する書面(甲9。以下「 件発明に基づく独占的利益を得ていたことは,原告作成の「HistoryofElectricTrading:TheChangingFaceofLatency」と題する書面(甲9。以下「甲9文献」という。)の記載,被告のプレス・リリース等(甲18~22)及び別件訴訟における被告準備書面等(甲7,29,47)の記載から明らかである,③被告は米国特許商標庁のオフィスアクションに対して十分な対応をせず,特許の可能性を自ら放棄したに等しい旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。 ア本件システムが本件発明の実施に当たるとしても,被告は本件発明を実施する権限を有するのであるから(特許法35条1項参照),本件システムの運用により利益を得たことが直ちに相当の対価の発生を基礎付けるものではない。被告が法律上も事実上も本件発明に基づく独占的利益を得ていたと認められないことは上記のとおりであり,被告による本件発明の実施の有無はこの点の判断を左右するものではない。 イ原告が挙げる上記②の根拠は,いずれも,被告が本件審査期間に高頻- 18 -度取引の分野で本件発明に基づく独占的利益を確定的に得ていたことを裏付けるものとは認められない。 まず,甲9文献中の各社のレイテンシを比較したグラフは,原告が被告から解雇通知を受けた後に原告自身が作成したものであって(弁論の全趣旨),そのデータを裏付ける客観的証拠も示されていない。 また,プレス・リリース等の記載については,確かに,特許出願中の技術はレイテンシが3マイクロ秒以下で業界をリードしているとの記載があることは認められる(甲18)ものの,これらのプレス・リリースは,いずれも被告グループ会社において,その提供するサービスの優位性を対外的に宣伝する媒体であって,裏付けとな リードしているとの記載があることは認められる(甲18)ものの,これらのプレス・リリースは,いずれも被告グループ会社において,その提供するサービスの優位性を対外的に宣伝する媒体であって,裏付けとなる客観的データないし資料も示されていない。被告が,上記プレス・リリース発表の際,前記(1)イの研究成果等を把握していたかどうかは定かではなく,これらを踏まえてもなお自社が業界をリードしていると判断していたのかどうかも明らかではない。したがって,上記プレス・リリースは,被告グループ会社が実際に本件審査期間に高頻度取引の分野で競争的優位を保っていたことを裏付ける証拠として十分なものではない。 さらに,別件訴訟における被告準備書面等には,確かに,原告が被告において取り扱っていたデータが流用されることにより競合他社に対する速度優位性や価格競争力が損なわれる可能性があるとの記載があるものの,原告が取り扱っていたデータは,本件発明の根幹部分だけではなく,発明に至る様々な試行錯誤の過程で作成された文書や検証データが含まれていたものと認められる(甲47)。そうすると,このような文書が流用されることにより競争的優位が損なわれる可能性があると主張していることは,被告が本件審査期間において高頻度取引の分野で競争的優位を確立していたことを裏付けるに足りないというべきである。 ウ ③の主張についても,前記前提事実(4)に加え,前記(1)イの事実に照- 19 -らせば,本件米国出願を拒絶した米国特許商標庁の審査官の審査に誤りがあり,これに対する被告の対応が不誠実なものであったなどの事情はうかがわれず,原告の主張は失当である。 3 結論以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 であったなどの事情はうかがわれず,原告の主張は失当である。 主文 以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官長谷川浩二 裁判官清野正彦 裁判官植田裕紀久
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