主文 被告人を懲役30年に処する。 未決勾留日数中340日をその刑に算入する。 理由 【犯行に至る経緯】被告人は,平成18年12月に元夫であるAと結婚し,平成19年5月16日に長女B(死亡当時3歳),平成20年10月16日に長男C(死亡当時1歳)を出産して幸せな家庭を築き,三重県内で暮らしていた。ところが,平成21年5月,被告人が浮気をしたことでAとの関係が悪化し,被告人は,Aと離婚するに至った。 被告人は,BとC(以下「Bら」という。)を引き取って親権者となり,名古屋市で,キャバクラ勤めをしながら子育てをする生活を始めたが,同年9月頃には,託児所に預けようとするとBらが熱を出すことが続いたことから,託児所に預けずにBらを自宅に置いて勤めに出るようになった。その後,被告人は,同年10月頃から,Bらを自宅に置いたまま当時交際していた男性と会って,度々外泊をするようになった。 平成22年1月,被告人は,大阪市内の風俗店で勤務するようになり,Bらとともに,本件事件現場である大阪市a区bc丁目d番e号所在のマンション,g号室に入居した。しかし,被告人は,大阪に移り住む以前から,一人で夜の仕事をしながら子育てをすることに限界を感じており,そのような生活からの逃げ場を求めるように,同年3月頃から,客として来た男性と交際を始め,仕事が終わった後,その男性が勤めるホストクラブに頻繁に通うようになった。間もなく,被告人は,Bらを自宅リビングに放置したまま,その男性方に連日外泊し,Bらにコンビニで買った飲食物を与えるために短時間だけ自宅に帰るという生活をするようになった。 平成22年5月16日,被告人は,その男性方にBらを連れて行ったが,結局,Bの誕生日を祝うことなく過ごした。被告人は,Bの誕生日 食物を与えるために短時間だけ自宅に帰るという生活をするようになった。 平成22年5月16日,被告人は,その男性方にBらを連れて行ったが,結局,Bの誕生日を祝うことなく過ごした。被告人は,Bの誕生日も祝ってやれなかった,Bらに寂しい思いをさせないようにしないといけない,離婚しなければよかったな どと思う一方で,そういう現実を考えること自体嫌だという気持ちが一層強くなっていき,この日以降,徐々に帰宅しない期間を長期化させ,Bらを風呂に入れるなどの世話もしなくなった。被告人は,同年6月9日の直近では,同日の1週間から10日前に自宅に帰ったが,その際も,Bらの前に,二,三食分の飲食物を開封するなどして置いていくにとどまった。 Bらは,被告人から適切な養育を受けられなかったことによって,慢性的な低栄養状態に置かれ,遅くとも平成22年5月16日当時には,手足が痩せ細り,顔も無表情になるなど,被虐待児特有の症状が見られるようになっていた。 【罪となるべき事実】被告人は,平成22年6月9日に帰宅し,コンビニで買った蒸しパン,おにぎり等を開封するなどして,自宅リビングにいるBらの前に置いた。その際,被告人は,ゴミと糞尿が散乱した極めて不衛生な室内でBらが相当衰弱している様子を目の当たりにし,被告人のほかにBらの育児をする者はおらず,必要な食事を与えなければBらが死亡する可能性が高いことを認識したにもかかわらず,水道設備がなく,空の冷蔵庫が置いてあるリビングと廊下との間の扉に粘着テープを貼って固定し,さらに玄関ドアに鍵をかけ,Bらが出てこられない状態にした上で自宅から早々に立ち去った。そして,それ以後,被告人は,同月下旬頃までの間,Bらに食事を与える手立てを取ることもないまま,帰宅することなく放置し,その結果,同月下旬頃,Bらをいずれも脱水を伴う 上で自宅から早々に立ち去った。そして,それ以後,被告人は,同月下旬頃までの間,Bらに食事を与える手立てを取ることもないまま,帰宅することなく放置し,その結果,同月下旬頃,Bらをいずれも脱水を伴う低栄養による飢餓により死亡させて殺害した。 【証拠の標目】(略)【争点に対する判断】 1 争点本件の争点は,被告人に殺意が認められるか否かである。 本件では,食事を与えないという不作為を含めた被告人の行為について,Bらの生命を奪う客観的危険性の程度,その危険性に対する被告人の認識の有無及び程度が問題となる。 当裁判所は,関係各証拠によって認められる以下の事実から,被告人には殺意が認められると判断した。 2 関係各証拠によって認められる客観的事実被告人は,平成22年1月に大阪に転居して,判示マンションに入居したが,入居以来一度もゴミを出さず,ゴミをベランダやリビングに放置していた。そして,Bらを置いて外出する際には,Bらがリビングから出て水漏れ事故を起こしたりしないよう,リビングの扉に玄関側から粘着テープを貼っていた。リビング内には,トイレも含めて水道設備はなく,冷蔵庫は置かれているものの,ほとんどいつも空の状態であった。 被告人は,同年3月頃から,Bらをリビング内に置いたまま,外出して交際する男性方で寝泊まりしつつ,短時間だけ自宅に帰って,Bらにコンビニで買った飲食物を与えるという生活をするようになった。 Bらは,同年4月以降,水分摂取量,基礎代謝量が平均幼児に比して非常に少なく,かつ,栄養が極めて偏った状態で,健全な心身の発育が妨げられていたばかりか,被告人の育児放棄によって,遅くとも同年5月16日頃には,無表情となるなどの被虐待児特有の特徴が現われていた。被告人は,同日以降,徐々に帰宅しない期間を長期化させ 身の発育が妨げられていたばかりか,被告人の育児放棄によって,遅くとも同年5月16日頃には,無表情となるなどの被虐待児特有の特徴が現われていた。被告人は,同日以降,徐々に帰宅しない期間を長期化させ,数日にわたり帰宅せず,Bらを自宅リビング内に放置し,一時帰宅の際に二,三食分の食事を置いて,また外出することを繰り返し,同年6月9日(以下「本件当日」という。)の直近では,1週間から10日前に,二,三食分の飲食物を置いただけであった。なお,人間が水分及び栄養を摂取しない場合の生存可能日数は,多少の個人差はあるものの,一般的に約1週間から10日間であると考えられている。 以上のようなBらの養育状況からすると,Bらは,極めて不衛生で刺激もなく閉ざされた空間という劣悪な生活環境の中で,慢性的な低栄養状態に置かれていたといえ,本件当日の時点で,既にBらは相当衰弱し,生命の危険が生じていたものと合理的に推認できる。本件当日にわずかばかりの飲食物を与えることが若干の延命 措置になったとしても,Bらが相当衰弱し,生命の危険が生じている状態を改善させるものとは評価できない。 そして,被告人は,本件当日,蒸しパン,おにぎり,手巻き寿司とジュースを1人に1つずつ開封するなどして,Bらの前に置いてから,リビングの扉に玄関側から粘着テープを貼って閉め,玄関の鍵をかけて早々に立ち去り,平成22年7月29日まで自宅に戻ることはなかった。その結果,Bらは,冷蔵庫も空で,水道設備もなく水を飲むことも食物を取ることもできず,さらにクーラーもきいておらず,糞尿も含めてゴミが散乱するリビング内から出ることができない状態になった。 このような状態のリビングからBらが出てこられないようにした作為と,その後Bらを放置したという不作為は,Bらを死亡させる可能性が高い,危険な行為で するリビング内から出ることができない状態になった。 このような状態のリビングからBらが出てこられないようにした作為と,その後Bらを放置したという不作為は,Bらを死亡させる可能性が高い,危険な行為であることは言うまでもない。そして,このような危険性は,通常人であれば常識的に理解できるものである。 3 被告人の認識次に,被告人自身が,Bらを死亡させる可能性が高い,危険な行為であることを認識していたかについて検討する。 被告人は,本件当日,自宅に戻り,購入してきた食品を開封し,ジュースのパックにストローを刺すなどしてBらに与えており,かつ,被告人の精神鑑定を行ったD医師の供述から明らかなとおり,被告人には本件当日の前後を通じて意識障害はなかったことからすれば,被告人は,Bらが相当衰弱しているのを目の当たりにし,その状況を認識して,Bらの生命に対する危険が生じていることに思い至ったものと推認される。 また,被告人が帰宅しない期間を長期化させていたこと,当時のリビングの状況はゴミと糞尿だらけで到底生活できるような環境ではなかったこと,ところが被告人は多少の飲食物をBらに提供したのみで,Bらが健康な生活を送れるようにする手段を講じることなく,短時間で立ち去ったこと,本件当日以降,勤務先の上司からの電話によって帰宅せざるを得なくなるまでの約50日間,自宅に戻っていない ことからすると,被告人は,本件当日に自宅から立ち去った時点で,Bらの生命を維持できるように適時に必要な食事を与えるため,短期間のうちに帰ってくるつもりはなく,むしろ,それを超える程度の期間,Bらを放置する意思があったものと推認される。 被告人は,当公判廷において,「6月9日の時点で,子供達の様子はそれまでと変わりなく,ぐったりしていなかったし,ハイタッチとバイバイをして 程度の期間,Bらを放置する意思があったものと推認される。 被告人は,当公判廷において,「6月9日の時点で,子供達の様子はそれまでと変わりなく,ぐったりしていなかったし,ハイタッチとバイバイをして見送ってくれた」旨を供述するが,先に述べたように,Bらは本件当日の時点で相当衰弱していたことが客観的に明らかであるから,被告人が供述するような行動をとる余力が残っていたとは,到底考えることができない。この点について被告人があえて虚偽の事実を述べているとまではいえないが,衰弱したBらから目を背けたいという気持ちから,Bらが元気であった頃の過去の記憶と当時の記憶とを入れ替えている可能性が高い。 4 E教授及びD医師の各供述について起訴後,弁護人の依頼で心理鑑定を行ったE教授は,「被告人は,解離状態をもたらすトラウマ性体験があることから,目前の事柄に意識を集中することによって,自分にとっての否定的な認知,例えば,子供をこのまま放っておいたらどうなるだろう,子供が寂しいかなといった情緒を無意識のうちに,自動的にスイッチが切れるように意識から閉め出し,一種の自己催眠状態になる解離的認知操作という心理的対処の状態にあった。」「被告人は,過去のネグレクト体験から,見捨てられた幼少期の自分の姿を避けるのに必死で,子供達が死ぬことが,被告人の中で意識化される状態ではなかった。」などと述べている。そして,弁護人は,E教授の上記供述を踏まえて,被告人に殺意は認められないと主張する。 しかし,D医師は,被告人には本件犯行当時,解離性健忘,解離性障害等を含む精神疾患は認められず,何らの意識障害もなかったと供述しており,この判断に疑問を差し挟む余地はない。 そして,被告人自身,「6月9日から家に帰っていない間,子供をそのまま家に 置いたら死んでしまうと は認められず,何らの意識障害もなかったと供述しており,この判断に疑問を差し挟む余地はない。 そして,被告人自身,「6月9日から家に帰っていない間,子供をそのまま家に 置いたら死んでしまうという考えが浮かばないわけではないが,それを上から塗り潰すみたいな感覚だった。」「6月9日以降も,子供のことは常に頭の中にあり,お腹をすかせているかな,お風呂に入れたり世話をしたりしなければならないという気持ちがあった。」「ほんとは家に帰らなくてはいけないとか,2人のところにいなくてはいけないという,頭の中にある考えを塗り潰す感覚だった。」などと供述している。また,被告人は,Bらの存在を知る者からBらの様子を問われた際,託児所に預けているなどと,合理的で辻褄の合った嘘をついている。これらの点について,D医師は,「被告人は,自らの意思で考えないようにしようとしているので,解離ではない。子供がどうなるかを気にするがゆえに,帰らないといけないという気持ちが大きくなったものと理解される。嘘をついているのは,子供のことを何らか認識していたからと思われる。帰らなければいけないという葛藤があったが,考えないようにしたというのは,通常の人にあり得る正常な精神活動である。」旨説明しており,誠に説得的である。 これに対し,E教授の見解は,被告人の上記供述と整合しない上,被告人が嘘をついたことに関する説明も説得力に欠ける。また,E教授は,被告人は,本件当日,玄関先で応対してBらに会っていないのではないかなどと述べており,重要な点について,その前提とする事実が,被告人の当公判廷における供述とも,当裁判所の認定する事実とも異なる。また,E教授は,精神分析学に基づく一定の理論を被告人に当てはめて説明を試みているが,検察官指摘のとおり,被告人の嘘や本件当日の対応といった 判廷における供述とも,当裁判所の認定する事実とも異なる。また,E教授は,精神分析学に基づく一定の理論を被告人に当てはめて説明を試みているが,検察官指摘のとおり,被告人の嘘や本件当日の対応といった重要な事項の検討が十分になされているとは思われない。 以上によれば,E教授の供述は,殺意を認定することの妨げとはならない。 5 検討そうすると,客観的には,本件当日頃,Bらは他人の養育を必要とする幼児であったこと,実際に養育できたのは被告人のみであったこと,本件当日の時点で,Bらが相当衰弱しており生命の危険が生じていたこと,Bらがいたリビング内には,本件当日に被告人が持ち込んだ多少の飲食物以外には水も食料もなかったこと,被 告人がリビングの扉の玄関側から粘着テープを貼り,リビングの扉を閉めて玄関の鍵をかけたため,Bらがリビング内から自力で出ることは不可能な状態であったことの各事実が認められる。そして,被告人は,これらの客観的事実を認識していたといえる。 加えて,前述のとおり,被告人は,本件当日に自宅を立ち去った時点で,Bらの生命を維持できるように適時に必要な食事を与えるため,短期間のうちに帰ってくるつもりはなく,それを超えた期間,Bらを放置する意思があったものと推認され,実際に,被告人は,それ以降平成22年7月29日まで自宅に帰宅していない。さらに,同日,被告人がBらの遺体を確認した後,勤務先の上司に送信したメールには,被告人がBらの死を予期していたことをある程度推認させる記載がある。 以上の事実によれば,被告人は,本件当日に自宅を立ち去る時点で,立ち去るという行為が,リビングからBらを出られないようにすることであり,生命に危険が生じているBらを死亡させる可能性が高い,危険な行為であると認識し,その後も,その危険が日々高まってい る時点で,立ち去るという行為が,リビングからBらを出られないようにすることであり,生命に危険が生じているBらを死亡させる可能性が高い,危険な行為であると認識し,その後も,その危険が日々高まっていくことを承知しながら,何らBらの生命を救うための手立てを講じることなく放置したのであるから,これら一連の作為及び不作為について,被告人には,刑法上の殺意があると判断できる。 【法令の適用】被告人の判示所為のうち,各殺人の点は被害者ごとにいずれも刑法199条に該当し,これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるが,各殺人は,そのいずれもが等しく犯情は重く各殺人の間に軽重の差があるとは認め難く,同法10条によって各殺人のうちいずれが重いかを決することはできないから,判示各殺人のうちいずれであるかを特定することなく1罪として殺人罪の法定刑によって処断することとし,所定刑中無期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条2号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役30年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中340日をその刑に算入することとし,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととす る。 【量刑の理由】 1 被告人は,未だ幼く,親の保護がなければ生きることができない1歳と3歳の子供二人を,食べ物も飲み物も手に入れることができず,トイレに行くこともできず,クーラーも使えず,閉ざされた狭い空間で何らの刺激もなく,ゴミにあふれ,子供らの糞尿にまみれた不衛生極まりない部屋に放置した。子供らは,部屋を訪れることのない母親を待ち続け,ことごとくその期待を裏切られ,絶望の中,空腹と喉の渇きに四六時中苛まれながら,徐々に衰弱して命を絶たれた。このような子供らの苦しみは想像を絶するもので らは,部屋を訪れることのない母親を待ち続け,ことごとくその期待を裏切られ,絶望の中,空腹と喉の渇きに四六時中苛まれながら,徐々に衰弱して命を絶たれた。このような子供らの苦しみは想像を絶するもので,これに匹敵する苦しみは他に見出し難いほどである。確かに,本件は意欲して餓死させた犯行ではなく,大半を占めるのは不作為であるとはいえるが,その態様は「むごい」の一語に尽きる。被告人は,子供らが例えようのない苦しみを味わっている最中,その気にさえなれば,すぐに子供らを救いに行くことのできる場所にいながら,現実から目を背けて,複数の男性と遊興にふけったり,化粧をしてポーズを決め,写真を撮ったりしており,その行動自体,非難に値する。子供らは,本件犯行に先立ち,ほかに頼ることのできない母親である被告人から育児放棄を受けて発育が遅れ,衰弱し,被虐待児に特有の無表情が現れる状態に陥っていたところ,本件犯行により,何らの罪もないのに,極度に過酷な心身の苦痛を受けた挙げ句に,かけがえのない命を奪われ,大いなる前途を絶たれてしまった。子供二人の尊い命が奪われた結果は,誠に重大である。本件の量刑を決するに当たっては,以上のような,犯行態様の残酷さ,結果の重大性を何よりも重視すべきである。 2 また,本件は,幼い子供二人が自宅である都会のマンションの一室で母親に放置され,飢餓に苦しんで亡くなり,その遺体が腐敗した状態で発見されるという悲惨な事件であり,社会に大きな衝撃を与えるとともに,本件後,児童虐待に対する公的制度等がより手厚く整えられるなど,社会的影響も顕著であった。子供らの父親や父方の祖父母の処罰感情にも極めて厳しいものがある。さらに,被告人は,子 供らの遺体を発見した後にもなお,男性と会って遊興するなどしており,これは,被告人の現実逃避的な傾向や当時被 子供らの父親や父方の祖父母の処罰感情にも極めて厳しいものがある。さらに,被告人は,子 供らの遺体を発見した後にもなお,男性と会って遊興するなどしており,これは,被告人の現実逃避的な傾向や当時被告人が一種のパニック状態であったことを考慮しても,余りに不謹慎な行動であるといわなければならない。そして,児童虐待が増加の一途を辿る中,一般予防の見地も無視することはできない。 3 本件犯行に至る経緯,背景等について検討する。そもそも離婚に至った原因は,被告人の浮気であり,その他にも,被告人は夫に隠れて消費者金融から借金をしたり,離婚の直前に子供らを放って家出したりするという問題行動を起こしていた。 そして,離婚が決まった話合いの内容については被告人側と夫側の言い分に相違点があるとはいえ,結論として,被告人が自分の意思で子供らを引き取ると決めたのであるから,被告人は母親として,責任をもって子供らを適切に養育すべきであった。また,被告人が,子供二人を抱えた生活に限界を感じた際に,実父,実母,高校時代の恩師とその母親など,頼ろうと思えば頼ることのできる人物が複数存在したし,児童相談所をはじめとする公共機関に頼ることも客観的には可能であった。 被告人が真剣に子供らのことを考えるのであれば,周囲の人物や公共機関には頼ることができないと考えたり,あきらめたりせず,やはり最後まで助けを求めるべきであったし,助けを求めればこれを拒絶されることはなかったと考えられる。被告人には,困難に直面した際にその困難から目を背け,逃避してしまう傾向があることは自他共に認めているところ,本件犯行にはそのような被告人の性格が強く影響していることは否めない。 もっとも,被告人が離婚して子供らを引き取ることが決まった際,子供らの将来を第一に考えた話合いが行われたとはみられず,こ ろ,本件犯行にはそのような被告人の性格が強く影響していることは否めない。 もっとも,被告人が離婚して子供らを引き取ることが決まった際,子供らの将来を第一に考えた話合いが行われたとはみられず,このことが,本件の悲劇を招いた遠因であるともいうことができ,被告人一人を非難するのはいささか酷である。また,被告人が平成21年10月頃,インフルエンザにかかったときのエピソードに代表されるように,被告人は離婚後,幼い二人の子供を一人で引き取り,周囲の十分な人的援助や,養育費などの経済的援助を受けない中で,一人で仕事と育児をすることに限界を覚え,大きな精神的,体力的負担を感じていたことは事実であるし, 同じ頃,長男の誕生日に元夫に対し子供連れで動物園に行こうと持ちかけたが,断られてしまったことや誰からも祝いの電話等がなかったことなどから,被告人は,徐々に孤立感を強めていったものと認められ,これらの心情等については,多少なりとも同情の余地があるといえよう。 また,被告人が子供らを放置して交際する男性方に泊まるなどするようになった背景には,既にみたとおり,孤立感を覚える中で,育児に疲れた心身を癒す場を他に見出すことができなかったという事情があるものと考えられ,検察官が主張するような,男性との交際など自己の欲求を優先させ,これを満たすのに子供らが邪魔となり,そのため,子供らを放置するようになったという見方は,やはり被告人にいささか酷である。なお,本件犯行の最中,被告人が遊興にのめり込んだのは,子供らを放置していることを忘れたいがためという色彩が強く,遊興のために子供らを放置したという見方は相当とは思われない。 さらに,弁護人が指摘するとおり,被告人自身も実母から一時期,育児放棄を受けていた可能性があり,実母の育児放棄や継母からの差別的な養育が, のために子供らを放置したという見方は相当とは思われない。 さらに,弁護人が指摘するとおり,被告人自身も実母から一時期,育児放棄を受けていた可能性があり,実母の育児放棄や継母からの差別的な養育が,被告人による子供らの育児放棄の背景として,全く関係していないとまでは言い切れない。しかし,被告人は幼少期に実母の下を離れ,父親と共に住むようになってからは,父親が注いでくれる愛情を受けて育ち,高校入学後には,恩師とその実母の下で厳しいながらも愛情にあふれる生活を送り,結婚後は何一つ不満のないような円満な家庭を築いていた。このことからすると,被告人は実母及び継母の虐待から離れてからというもの,比較的恵まれた生活環境に置かれていたといえる。被告人の幼少期における虐待体験が心に深く根を下ろしていたとしても,その後の被告人が置かれたこのような環境からすれば,被告人には,虐待体験の影響から脱却する契機が相当程度与えられていたはずである。このようなことからすれば,被告人の生い立ちを,被告人に有利な事情として大きく考慮することはできない。 4 以上に述べた諸事情,殊に犯行態様の残酷さ,結果の重大さからすれば,被告人の刑責は極めて重いというべきであるが,既に指摘した犯行に至る経緯,背景等 における酌むべき事情,さらに,被告人に前科がないこと,被告人を支える人々の存在等も考慮した上,今後,本件で亡くなった子供らのような被害者が二度と出ることのないよう,行政を含む社会全般が,児童虐待の発見,防止に一層務めるとともに,子育てに苦しむ親に対して理解と関心を示し,協力していくことを願いつつ,被告人を,有期懲役の最高刑に処することとした次第である。 (求刑無期懲役)平成24年3月16日大阪地方裁判所第6刑事部 裁判長裁判官 いくことを願いつつ,被告人を,有期懲役の最高刑に処することとした次第である。(求刑無期懲役) 平成24年3月16日大阪地方裁判所第6刑事部 裁判長 裁判官西田眞基 裁判官堤雄二 裁判官十亀恵里
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