平成21(ワ)11294 補償金請求事件

裁判年月日・裁判所
平成22年9月30日 大阪地方裁判所
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判決文本文38,428 文字)

- 1 - 主文 原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1当事者の求めた裁判 原告の請求の趣旨(1)原告が被告との間において,水俣病患者東京本社交渉団(団長田上義春)と被告間で昭和48年7月9日締結された別紙1協定書記載の協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位にあることを確認する。 (2)被告は原告に対し,1600万円及びこれに対する昭和59年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3)訴訟費用は被告の負担とする。 (4)(2),(3)についての仮執行宣言 請求の趣旨に対する被告の答弁(1)本案前の答弁原告の請求の趣旨(1)の訴えを却下する。 (2)本案に対する答弁主文同旨第2事案の概要 要約(1)本件の請求本件は,水俣病の認定を受けた患者(原告)が,水俣病を発生させた原因企業である被告と水俣病患者団体との間で昭和48年7月9日に結ばれた水俣病補償協定に基づき,協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位にあることの確認を求め,かつ,協定に定める患者本人の慰謝料1600万円(最低ランクであるCランクの金額)とこれに対する利子(認定の効力発生日より支払日までの期間について- 2 -年5分)の支払を求めた事案である。 (2)前提事実(争いのない事実)原告は,昭和59年3月5日の認定申請に基づき,平成19年8月15日に水俣病の認定を受けた。水俣病補償協定には,協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用するとの定めがあり,民法537条1項は,「契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは,その第三者は,債務者に対して直接にその給付を請求する 者についても希望する者には適用するとの定めがあり,民法537条1項は,「契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは,その第三者は,債務者に対して直接にその給付を請求する権利を有する。」と定めている。 原告は,いわゆる水俣病関西訴訟の原告の一人であり,認定前の平成13年4月27日の大阪高等裁判所判決に基づき,被告は原告に対し,判決で認容された損害賠償額650万円とこれに対する遅延損害金512万9600円の合計1162万9600円の全額を平成13年9月6日までに支払済みである。 (3)原告の主張の骨子(請求原因)水俣病補償協定は,民法537条1項の第三者(協定締結以降認定された患者)のためにする契約にあたり,協定締結以降認定された水俣病患者である原告は,被告に対して,協定に定める補償給付を請求する権利を有する。 (4)被告の主張の骨子(争点)被告は,原告が水俣病患者として被った損害は,すべて補塡されており,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の確定判決によって具体的な全損害額が確定している者は,協定の適用対象となる第三者にあたらないと主張して,原告の請求を争った。 争いのない事実(1)水俣病補償協定水俣病を発生させた原因企業である被告は,水俣病患者東京本社交渉団(団長田上義春)との間で,昭和48年7月9日,別紙1協定書のとおりの水俣病補償協定(以下「本件協定」という。乙1)を結んだ。本件協定には,冒頭に「水俣病患者東京本社交渉団と,チッソ株式会社(被告)とは,水俣病患者,家族に対する補償- 3 -などの解決にあたり,次のとおり協定する。」と記載され,次に前文(略),その次に下記の本文と協定内容が記載されている。 「〈本文〉一チッソ株式会社は,以上前文の事柄を踏まえ,以下の事項を確約する。 (1)本協定の履行 次のとおり協定する。」と記載され,次に前文(略),その次に下記の本文と協定内容が記載されている。 「〈本文〉一チッソ株式会社は,以上前文の事柄を踏まえ,以下の事項を確約する。 (1)本協定の履行を通じ,全患者の過去,現在及び将来にわたる被害を償い続け,将来の健康と生活を保障することにつき最善の努力を払う。((2)以下略)二チッソ株式会社は,以上の確認にのっとり以下の協定内容について誠実に履行する。 三本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用する。(四項以下略)〈協定内容〉チッソ株式会社は患者に対し,次の協定事項を実施する。 一患者本人及び近親者の慰謝料 患者本人分には次の区分の額を支払う。 現在までの水俣病による(その余病若しくは併発症または水俣病に関係した事故による場合を含む)死亡者及びAランク1800万円Bランク 1700万円Cランク 1600万円 この慰謝料には認定の効力発生日(括弧内略)より支払日までの期間について年5分の利子を加える。 このランク付けは,環境庁長官及び熊本県知事が協議して選定した委員により構成される委員会の定めるところによる。 近親者分は前記死亡者及びA,Bランクの患者の近親者を対象として支払う。 近親者の範囲及びその受くべき金額は昭和48年3月20日の熊本地裁判決にならい3の委員会が決定するものとする。 二治療費- 4 -公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(以下「救済法」という。)に定める医療費及び医療手当(公害健康被害補償法が成立施行された場合は,当該制度における前記医療費及び医療手当に相当する給付の額)に相当する額を支払う。 三介護費救済法に定める介護手当(公害健 )に定める医療費及び医療手当(公害健康被害補償法が成立施行された場合は,当該制度における前記医療費及び医療手当に相当する給付の額)に相当する額を支払う。 三介護費救済法に定める介護手当(公害健康被害補償法が成立施行された場合は当該制度における前記介護手当に相当する給付の額)に相当する額を支払う。なお,同法が実施に移されるまでの間は救済法に基づく介護手当に月1万円の加算を行なう。 四終身特別調整手当 次の手当の額を支払う。なお,このランク付けは一の3の委員会の定めるところによる。 Aランク1月あたり6万円Bランク 〃 3万円Cランク 〃 2万円 実施時期は昭和48年4月27日を起点として毎月支払う。ただし,(中略)昭和48年4月28日以降の認定患者は認定日を起点とする。 手当の額の改定は,物価変動に応じて昭和48年6月1日から起算して2年目ごとに改定する。ただし,その間,物価変動が著しい場合にあっては1年目に改定する。物価変動は熊本市年度消費者物価指数による。 五葬祭料 葬祭料の額は生存者死亡のとき相続人に対し,金20万円を一時金として支払う。(2項略)六ランク付けの変更 生存患者の症状に上位のランクに該当するような変化が生じたときは一の3の委員会にランク付けの変更の申請をすることができる。(2項,3項略)七患者医療生活保障基金の設定(略)」(2)公健法4条2項の認定- 5 -原告は,昭和10年熊本県水俣市において出生し,昭和33年大阪に移住した水俣病患者であり,昭和59年3月5日に公害健康被害補償法(現在の「公害健康被害の補償等に関する法律」,以下「公健法」という。)4条2項の認定の申請をし,平成19年8月15日,熊本県知事から,公健法4条2項により,原告の疾病が水 月5日に公害健康被害補償法(現在の「公害健康被害の補償等に関する法律」,以下「公健法」という。)4条2項の認定の申請をし,平成19年8月15日,熊本県知事から,公健法4条2項により,原告の疾病が水俣病であり,かつ水俣市及び葦北郡の地域に係る水質の汚濁の影響によるものであることの認定を受けた(甲1)。 公健法4条2項は,第2種地域(同法2条2項,同法施行令1条及び別表第2により,熊本県水俣市が定められている。)の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該第2種地域につき公健法2条3項の規定により定められた疾病(同法施行令1条及び別表第2により,熊本県水俣市につき水俣病が定められている。)にかかっていると認められる者の申請に基づき,当該疾病が当該第2種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁によるものである旨の認定を行う旨を定め,公健法4条5項は,公健法4条2項の認定は,その申請のあった日にさかのぼってその効力を生ずる旨を定めている。原告については,公健法4条5項に基づき,申請日である昭和59年3月5日にさかのぼって公健法4条2項の認定の効力が生じたことになる。 (3)水俣病関西訴訟原告は,昭和60年5月29日,被告のほか国及び熊本県に対し,各自3300万円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める損害賠償請求の訴えを提起した(水俣病関西訴訟)。原告は,この訴状(乙4)の請求の原因において,要旨次のとおり主張した。 「水俣病とは,被告水俣工場におけるアセトアルデヒド製造工程内で生成された有機(メチル)水銀が工場廃水に含まれて排出され,水俣湾及び周辺海域の魚介類を汚染し,その魚介類を多量に摂食したことにより惹起された中毒性疾患であり,被告は,水俣病につき過失又は故意に基づく不法行為責任を負 チル)水銀が工場廃水に含まれて排出され,水俣湾及び周辺海域の魚介類を汚染し,その魚介類を多量に摂食したことにより惹起された中毒性疾患であり,被告は,水俣病につき過失又は故意に基づく不法行為責任を負う。 原告は,被告の不法行為による水俣病罹患の結果,肉体的,精神的,経済的,社会的に甚大な損害を被り,その損害は3000万円を下るものではない。原告は,- 6 -請求金額の1割相当の300万円の弁護士費用を加えた3300万円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払を求める。」大阪高等裁判所は,水俣病関西訴訟の控訴審の平成12年7月25日に終結した口頭弁論に基づき,平成13年4月27日に言い渡した判決(以下単に「大阪高裁判決」ともいう。甲13)において,被告に対し,原告に対する650万円の損害賠償とこれに対する昭和60年10月24日(訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた。大阪高裁判決は,原告の被告に対する請求に関する部分は上告されることなく確定し,被告は,原告に対し,判決で支払を命じられた損害賠償の元金650万円と遅延損害金512万9600円の合計1162万9600円を平成13年9月6日までに全額支払った。 大阪高裁判決の理由の要旨は,次のとおりである。 「証拠によれば,第1記載の事実が認められ,原告の症候は第2記載のとおりであると判断される。 第1メチル水銀曝露歴 生活歴・職歴昭和10年熊本県水俣市Aにおいて出生昭和33年大阪に移住 家庭内認定患者(略) 魚介類摂取状況家業は漁業であって,主食はさつまいも,副食は魚介類といった生活が中学校卒業まで続いた。中学卒業と同時に漁師になったが,漁獲高が急激に減少していったため漁業を続けることができず,昭和33年に大阪に働きに出た。 第2症 主食はさつまいも,副食は魚介類といった生活が中学校卒業まで続いた。中学卒業と同時に漁師になったが,漁獲高が急激に減少していったため漁業を続けることができず,昭和33年に大阪に働きに出た。 第2症状 阪南中央病院の平成9年の検査によれば,舌の2点識別覚に異常はなく,両手親指の2点識別覚の障害の程度は*である。 四肢末端優位の感覚障害- 7 -阪南中央病院の検査によれば,四肢末梢,口周囲+左半身の感覚障害がみられるとされている。 小脳性運動失調阪南中央病院の検査によれば,言語障害はなし,四肢の協調運動障害はあり,平衡障害は疑いありとされている。 求心性視野狭窄阪南中央病院の検査によれば,軽度の視野狭窄ありとされている。 難聴阪南中央病院の検査では,中程度の感音性難聴とされている。 既往症又は水俣病以外の疾患(略)第3 判断 以上,原告はメチル水銀曝露歴が一応認められ,両手指先の2点識別覚には障害があるところ,これが頸椎狭窄による影響あるいは脳血管障害による影響からきているとは認め難い。また,原告には四肢末梢の感覚障害がみられるところ,両親が認定患者である。 そうすると,本件診断準拠(1)(舌先の2点識別覚に異常のある者及び指先の2点識別覚に異常があって、頸椎狭窄などの影響がないと認められる者),(2)(家族内に認定患者がいて、四肢末梢優位の感覚障害がある者)に該当しており,原告が,メチル水銀中毒症に罹患していると認めて相当である。 原告には軽度の求心性視野狭窄が認められること等の原告に認められる症状の程度からすれば,慰謝料額としては600万円が相当である。 そうすると,被告の賠償額は,これと弁護士費用50万円との合計額650万円である。 なお,原告については,当審口頭弁論終結の日にはまだ熊本県公害健康被害認定審査 料額としては600万円が相当である。 そうすると,被告の賠償額は,これと弁護士費用50万円との合計額650万円である。 なお,原告については,当審口頭弁論終結の日にはまだ熊本県公害健康被害認定審査会の検診は診査途中であったため,その結果は入手できていない。」(4)本件協定が原告にも適用されるか否かについての争いの存在- 8 -原告は,本件協定の本文三項において「本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用する」と定めることから,本件協定は,民法537条1項の第三者(協定締結以降認定された患者)のためにする契約にあたり,協定締結以降認定された水俣病患者である原告は,協定本文三項の規定に基づき本件協定の協定内容の適用を受けることができると主張し,平成21年5月29日,被告に対し,民法537条2項に定める第三者のためにする契約の利益を享受する意思を表示した(甲2の1・2)。これにより原告は,協定に定める患者本人の慰謝料などの本件協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位にあると主張する。 これに対し,被告は,原告が水俣病患者として被った損害は,すべて補塡されており,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の確定判決によって具体的な全損害額が確定している者は,協定の適用対象となる第三者にはあたらないなどと主張し,原告が本件協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位にあることを争っている。 そのため,原告に関しては,本件協定の協定内容一項3に定めるランク付けは,いまだにされていない。 原告の主張(1)請求原因の要旨原告は平成19年8月15日に公健法により,水俣病であるとの認定を受けた。 公健法により認定された者は公健法の定める種々の補償給付を受けることができる。また,公健法により認定された者は本件協定により,公健法の補 19年8月15日に公健法により,水俣病であるとの認定を受けた。 公健法により認定された者は公健法の定める種々の補償給付を受けることができる。また,公健法により認定された者は本件協定により,公健法の補償給付に代えて,より有利な補償協定上の給付(一時金のほか,治療費,介護費,終身特別調整手当など)を受けることができる。本件協定は第三者のためにする契約であり,原告は被告に対し平成21年5月28日付で受益の意思表示を行った。これまで公健法により認定された者について,被告は例外なく補償協定を締結し,履行してきた。 第三者のためにする契約であることは,「本協定内容は,協定締結以降認定され- 9 -た患者についても希望する者には適用する」との文言自体やこれまでの協定の履行状況から明らかである。また,本問題における有権解釈として確立していると言っても過言ではない(甲5の22頁,甲8)。第三者のためにする契約である以上,第三者の権利は受益の意思表示によって発生し,本件では原告は確定的に本件協定上の権利を取得する。被告がこれまで手続上,個別に認定患者と補償協定を締結していた事実があったとしても,受益の意思表示によって原告が本件協定上の権利を取得していることに変わりはない。 原告に対してはいまだランク付けは行われていないが,本件協定の協定内容一項に定める患者本人の慰謝料について,原告は,被告に対し,少なくとも協定内容一項1に定めるA~Cランクのうちの最低ランクであるCランクに相当する1600万円の慰謝料の請求権及びこれに対する認定の効力発生日(公健法により認定申請日である昭和59年3月5日)から支払済みまで協定内容一項2に定める年5分の割合による利子の支払を求める権利を有する。 よって,原告は,被告に対し,原告が本件協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地 である昭和59年3月5日)から支払済みまで協定内容一項2に定める年5分の割合による利子の支払を求める権利を有する。 よって,原告は,被告に対し,原告が本件協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位にあることの確認を求め,かつ,本件協定の協定内容一項に基づき,上記の慰謝料1600万円とこれに対する利子の支払を求める。 (2)被告の主張に対する反論本件請求が確定判決の既判力に抵触するとの被告主張は誤りである。本件協定は,公健法上の補償給付制度に代わるものである。公健法上の補償給付制度は,不法行為に基づく損害賠償請求そのものではない。従って本件協定の対象となっている権利は不法行為に基づく損害賠償請求そのものではないし,本件協定は,不法行為に基づく損害賠償請求権に関する和解契約ではない。先行する損害賠償判決は,過失責任主義の下での因果関係ある損害が,それが立証された範囲でのみ救済されたのである。従って救済範囲はかなり狭い。本件協定は,不法行為に基づく損害賠償請求権に関する和解契約ではない以上,本来の運用どおり,公健法の認定がされた者に対して,本件協定による救済がなされるべきである。公健法による救済は,民事- 10 -責任を踏まえつつも,民事責任そのものではない。従って,民事裁判において損害が確定しても,公健法による給付は受けられるのであり,それに代わる補償協定の給付も受けられるのである。公健法13条1項は,民事損害賠償による補塡がなされたあとに公健法上の給付を求める場合のあることを前提としている。公健法上の給付との「調整」は必要であっても,一切,公健法上の給付がされないということは無いのである。この理は,補償協定に基づく給付においても同様である。 公健法上の補償給付制度は,通常の損害賠償制度とは異なる。公健法は公害患者の迅速な救済を目的とし 健法上の給付がされないということは無いのである。この理は,補償協定に基づく給付においても同様である。 公健法上の補償給付制度は,通常の損害賠償制度とは異なる。公健法は公害患者の迅速な救済を目的としたものであり,公害被害者の健康被害の補償を目指したものである。公健法の認める「公害患者」と認定されれば,その健康被害の補償が得られる。これは損害賠償責任に基づく給付ではなく,公健法が定めた救済である。 公健法は,過失責任主義に基づく,加害者の賠償による救済とは異なる。損害賠償制度においては,単に「公害患者」だと認定されただけでは賠償を受けることはない。その救済が原因者の過失によるものであること,その被害が原因者の行為によるものであること,その被害が原因者の行為と因果関係があることなどいくつかの要件を全部満たして初めてその救済(損害賠償)が認められるものである。これでは公害患者の救済にならない。かくて公健法はまさしく患者救済のために,公害患者と認定されれば救済するシステムを作ったのである。ここには,公害患者の受けた損害が,加害企業の行為との相当因果関係にある損害であることの立証などは不要であり,いわゆる過失責任主義に基づく損害賠償制度とは異なるのである。本件協定は,内容的にも通常の損害賠償制度そのものとは異質な点を有する。例えば,慰謝料のランク付けや近親者の範囲,終身特別調整手当のランク付けは,環境庁長官及び熊本県知事が協議して選定した委員により構成される委員会の定めるところによるとされている。また,同委員会はランク付けの変更も行い,水俣病による死亡かどうかの死因の判定も行うことになっている。終身特別調整手当の額の改定は,物価変動に応じて2か月ごとに行うこととされており,より公害患者の実態に即した補償が行われるようになっている。 - 11 -公 うかの死因の判定も行うことになっている。終身特別調整手当の額の改定は,物価変動に応じて2か月ごとに行うこととされており,より公害患者の実態に即した補償が行われるようになっている。 - 11 -公害健康被害補償制度のあらましは,次のとおりである。公害が社会問題となった昭和44年には,「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(昭和44年12月15日法律第90号。以下「救済法」という。)が制定され,当面の緊急措置として医療費等の給付を行う行政上の救済措置が講ぜられることになった。公害による患者の健康被害を回復するためには,各種の治療行為が必要であるが,その費用は患者にとって大きな負担である。本来,公害病患者の医療費は,原因者たる加害企業がこれを負担するものであるが,当時の日本の民事法制度下では,故意過失の有無,因果関係の究明等の点で患者側にとっては立証に困難な場合が多く,また裁判の結論を得るまでには長期間を要した。そのため,緊急に救済を必要とする健康被害の救済には間に合わない場合が多かったのである。救済法は,こうした背景の下に公害対策基本法に基づき,公害に係る健康被害者を迅速かつ適正に救済することを目的とする行政上の制度として制定されたものであった。被害者が不法行為による損害賠償の請求をするためには,加害者に故意又は過失が必要であるといういわゆる過失責任主義は,損害賠償法の基本であるが,救済法は,その損害賠償とは別に,無過失責任をもとに,公害被害者の保護の徹底を図るという見地から,健康被害について加害者に過失がないとされた場合でも,被害者に対する救済措置を講じたものである。即ち,無過失責任とすることにより,公害健康被害の解決にあたり被害者の損害塡補を円滑に行わせることを目指したのである。具体的には,故意過失の立証を不要とすることによ する救済措置を講じたものである。即ち,無過失責任とすることにより,公害健康被害の解決にあたり被害者の損害塡補を円滑に行わせることを目指したのである。具体的には,故意過失の立証を不要とすることにより公害患者の負担を軽減し,また,公害健康被害のあることをもって救済対象とし,損害賠償法にいうところの行為との相当因果関係のある損害の立証も不要とした。救済法に続き,昭和48年に制定された公害健康被害補償法(昭和48年10月5日法律第111号。公健法)もその延長上にある。それまでの救済法による救済制度は応急的な行政上の特別措置として,医療費(社会保険の自己負担分),医療手当及び介護手当の支給を行うこととしていたが,公健法による公害健康被害補償制度は,医療費(従来社会保険が負担としていた分も含めて)のほか,障害補償費,遺族補償費,児童補償手当等7種類の給付- 12 -を行い,あわせて必要な公害保健福祉事業を行うこととし,被害者の救済の徹底を期することとした。そして,従来の救済制度は,公害健康被害補償制度の発足とともにこれに発展的に吸収されることとなった。つまり救済法は,公健法に発展的に継承されたのである。 本件協定は,公健法上の補償給付制度に代わるものである。救済法が制定された後の昭和48年に,水俣病第1次訴訟の勝訴者らが,被告と裁判判決以上の救済を目的として締結したのが本件協定である。即ち原因者チッソの加害責任を前提に,水俣病患者の広範囲にわたる救済を目的としたものである。そしてその救済とは,水俣病患者・家族の過去・現在・将来にわたる補償責任であることは,その協定書前文に明示されている。そして,本件協定が成立した昭和48年当時には,すでに救済法が制定されており,同法に基づいて,水俣病患者であることを行政が認定していた。そしてその認定によって, は,その協定書前文に明示されている。そして,本件協定が成立した昭和48年当時には,すでに救済法が制定されており,同法に基づいて,水俣病患者であることを行政が認定していた。そしてその認定によって,患者は救済されるというシステムとなっていた。 そのような救済法による救済システムが存する中で,被告との間で本件協定が締結されたのである。本件協定で重要なのは,①民事裁判において勝訴した患者が裁判の判決以上の内容を協定したものであること,②本件協定締結以降に認定された患者についても希望すれば本件協定による給付を受けることが出来ることである。このことで,救済法による認定申請によって水俣病と認定された患者は,無論,救済法による救済を受けることも出来るが,本件協定の給付を希望すれば,「協定事項」によって本件協定による一時補償金などの支払を受けることが出来るようになった。つまり,本件協定の成立で,昭和46年8月7日付け環境庁事務次官通知(以下「昭和46年事務次官通知」という。)の「認定の要件」によって水俣病と認定されることで,「認定患者」は,救済法の救済を受ける代わりに,本件協定に基づいて自動的にチッソから一時補償金などの支払を受ける権利を有することになったのである。いわば救済法による水俣病の「認定」という確認行為によって,チッソからの補償金などが支払われるという法的地位を,「水俣病患者」は取得したといえるのであるが,これは具体的な救済を救済法の救済に代わってなすものである。 - 13 -「認定患者」の受益の意思表示の効果は,この「協定事項」に基づく請求権が発生する点にあるといえる。救済法は前述の通り,公健法に発展的に継承された。それゆえ上記の構造はそのまま公健法制定後も引き継がれた。即ち,公健法による認定申請によって水俣病と認定された患者は,公健法によ する点にあるといえる。救済法は前述の通り,公健法に発展的に継承された。それゆえ上記の構造はそのまま公健法制定後も引き継がれた。即ち,公健法による認定申請によって水俣病と認定された患者は,公健法による救済を受けることも出来るが,本件協定の給付を希望すれば,公健法の救済に代わって,本件協定による一時補償金などの支払を受けることが出来るのである。なお,「認定患者」とは昭和46年事務次官通知の「認定の要件」を満たす患者が「認定患者」であり,この当時,昭和46年事務次官通知による水俣病の認定要件(認定基準)が定められており,水俣病患者はこの認定要件で認定されるべき者であった。したがって,水俣病患者と認定されるべき「認定患者」は昭和46年事務次官通知における認定要件を前提にして,この認定要件で水俣病と認定される被害者であった。しかし,昭和52年7月1日付け環境庁企画調整局環境保健部長通知「後天性水俣病の判断条件について」の策定により,水俣病患者が期待をかけた水俣病認定制度は,公健法の理念に背き,完全に閉塞状態に陥っているのである。多くの患者がやむを得ず司法的救済を求めるに至ったのは,永らく認定審査会における認定制度(行政救済)が,閉塞状態に陥っていることが主因であり,水俣病関西訴訟もその1つである。原告もまた,昭和59年3月5日,熊本県に水俣病認定申請をしたが,公健法の趣旨に従った迅速な処分がなされなかった。そこで,行政の姿勢の転換を求めて,昭和60年5月に水俣病関西訴訟をやむなく提起するに至ったところ,認定申請をしてから約23年後の平成19年8月15日に熊本県知事からようやく認定処分を受けた。 本件協定は,それまで水俣病の発生と拡大について何らの責任も取ろうとしなかった被告に対して,第1次訴訟の熊本地裁判決を契機として,「汚染原因者としての責任 に熊本県知事からようやく認定処分を受けた。 本件協定は,それまで水俣病の発生と拡大について何らの責任も取ろうとしなかった被告に対して,第1次訴訟の熊本地裁判決を契機として,「汚染原因者としての責任」を被告に認めさせたものとして,極めて重要な意義を有するものである。 本件協定の意義役割につき考える場合には,その本文のみならず,前文も併せて熟読する必要がある。被告は,本件協定で「水俣病の加害者としての責任を認め」「潜在患者の発見と救済」を約束した。即ち,被告は「水俣工場で有害物質を含む排水- 14 -を流し続け,廃棄物の処理を怠り,広く対岸の天草を含む水俣周辺海域を汚染してきた。その結果,悲惨な『水俣病』を発生させ,人間破壊をもたらした事実を率直に認める」(前文第一項)とし,「貧窮にあえぐ患者及びその家族の水俣病に罹患したこと自体による苦しみ,チッソ株式会社の態度による苦痛,加えて種々の屈辱,地域社会からの差別等により受けた苦しみに対して,チッソ株式会社は心から謝罪する」(前文第三項)とし,さらに「見舞金契約の締結等により,水俣病が終わったとされてからは,チッソ株式会社は水俣市とその周辺はもとより,不知火海全域に患者がいることを認識せず,患者の発見のための努力を怠り,現在に至るも水俣病の被害の深さ,広さは究めつくされていないという事態をもたらした。チッソは,これらの潜在・・患者・・に対する責任を痛感し,これら患者・・の・発見・・に努め,患者・・の・救済・・に・全力・・をあげる・・・・ことを約束する」(前文第五項)と誓約し,かつ本文の第一項(1)では「本協定の履行を通じ,全患者・・・の過去,現在及び将来にわたる被害を償い続け,将来の健康と生活を保障することにつき最善の努力を払 約束する」(前文第五項)と誓約し,かつ本文の第一項(1)では「本協定の履行を通じ,全患者・・・の過去,現在及び将来にわたる被害を償い続け,将来の健康と生活を保障することにつき最善の努力を払う」ことを確約した。本件協定により取り決められた補償の内容(一時金1600~1800万円,終身特別調整手当,月額2~6万円など)は,水俣病の深刻な被害の実情からすれば,決して十分なものとはいえないのであるが,公健法に定める補償給付の体系と比べると,彼我の優劣はあまりにも明白である(別紙2比較表参照)。そして,本件協定の本文第三項には「本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用する」と一義的に明確に規定された(第三者のためにする契約条項)。そこでいうところの「認定された患者」とは,「行政認定を受けた者」に限られるのか,あるいは「行政認定を受けていないが司法認定を受けた者」が含まれるのかについては争いの余地があるとしても,少なくとも「行政認定を受けた者」がこれに含まれることは疑いの余地がない。そうであるとすれば,本文の第一項(1)には全患者を対象としていることなどをふまえて考えると第三項の文言の解釈としては,「協定締結以降に行政認定された患者が希望(受益の意思表示)すれば」被告との間で具体的な法律関係が発生し,被告は本件協定に取り決められた補償内容どおり- 15 -給付をなす義務を誠実に履行しなければならない責任を負担するものである。その第三者条項については,もとより何らの条件を付加したり限定的に解釈したりすることを正当化・合理化する余地は全くないのである。 被告は,受益の意思表示だけで具体的な法律関係が発生するものではなく,個別の和解契約の締結などの具体的手続が必要である等と主張するが,被告の主張する具体的手続は,現 理化する余地は全くないのである。 被告は,受益の意思表示だけで具体的な法律関係が発生するものではなく,個別の和解契約の締結などの具体的手続が必要である等と主張するが,被告の主張する具体的手続は,現実にはそのような手続をふんでいるというだけのことで,被告との間の具体的な法律関係の効力の発生自体に何ら影響するものではない。 国や熊本県は,本件協定成立以後,認定制度と補償協定が直結したものとして理解し,水俣病患者が行政認定を受ければ,チッソに対して当然に協定書による補償を請求する権利が発生すると解してきた。被告自身もこれまで一貫して,行政認定を受けた患者に対しては協定書による補償をなすべきであることを実質的に認めていた。即ち,被告は第2次訴訟の第一審において,「本件は原告(いずれも認定棄却患者)が水俣病に罹患しているか,罹患しているとしてその場合にはそれによる障害度,被害度はどう評価されるかが中心の問題で」「水俣病であるとするためには,少なくとも現在最も信頼しうる医学者によって行われた,水俣病であるとの確実な医学上の診断を要する」ところ「審査会における医学的診断は現在最も信頼しうるものの一つである」とし,かつ「右の協定に定める数額(1800万円ないし1600万円)の支払いは審査会・・・に・よる・・水俣病であるないし有機水銀の影響を否定できないとの医学的判断に基づいて水俣病と認定・・された・・・患者・・に関するものであって,医学的に右のような判断がなされないものについてまで,これを支払う趣旨ではない」と主張していた(熊本地裁昭和54年3月28日判決-判例時報927号の97頁,110頁の被告の主張)。しかも,被告の自認するとおり,実際の取扱いにおいても,水俣病患者であると認定された場合,これまで被告が当該患者と 熊本地裁昭和54年3月28日判決-判例時報927号の97頁,110頁の被告の主張)。しかも,被告の自認するとおり,実際の取扱いにおいても,水俣病患者であると認定された場合,これまで被告が当該患者と(本件協定と同一内容の)和解契約を締結しなかったことはないのである。 民法は,信義則を明文化し「権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。」(1条2項)と定めている。ここに「信義・誠実」とは,- 16 -契約関係その他一定の社会的接触関係にある者は,相互に相手方から正当に期待される信頼を裏切らないように,誠意をもって行動すべきことをいう。当事者間にいかなる内容の権利又は義務が生ずるかを決定するにあたっても,信義・誠実を基準とすべきであるから,信義則は,法律行為(契約等)の解釈における準則ともなるのである。原告を含む水俣病罹患者が,これまでの先行する被告の行為や態度に基づき「行政認定を受ければ本件協定に基づく補償を受けることができる法的権利・地位にある」と信頼することは,当然に保護されるべき利益であって,被告が今日に至って突然態度をひるがえし,正式に熊本県知事から認定を受けた原告との間で個別の契約の締結ないし契約の履行を拒絶したりするのは,禁反言の原則,信義・誠実の原則や法の根底をなす正義の理念・衡平の原則に反し,明らかに不当で到底許容されるべき筋合ではない。 被告の主張(1)本案前の答弁の理由原告は,本件訴訟において,1600万円の給付を求めており,重ねて1600万円の給付を求める地位を確認する利益はない。また,原告は,水俣病関西訴訟において,包括請求として損害額全額3300万円(慰謝料3000万円,弁護士費用300万円)を請求し,大阪高裁判決において,損害額650万円が認容され同判決は確定している。原告が追加 水俣病関西訴訟において,包括請求として損害額全額3300万円(慰謝料3000万円,弁護士費用300万円)を請求し,大阪高裁判決において,損害額650万円が認容され同判決は確定している。原告が追加的に本件協定による給付を受ける地位を求めることは,既に大阪高裁判決において確定している給付判決と同一内容の請求権の存在の確認を求めるものにすぎない。しかも,原告は,大阪高裁判決で認容された650万円及びこれに対する損害金512万9600円の合計1162万9600円を平成13年9月6日までに全額支払を受けており,訴えの利益を認める必要がないことは明らかである。よって,原告の請求のうち,確認請求部分については全体として訴えの利益を欠き,却下を免れない。 (2)原告の主張に対する反論原告は,本件協定が第三者のためにする契約であると主張する。しかし,本件協- 17 -定は,民法に定める典型的な第三者のためにする契約とは異なり,受益の意思表示だけで具体的な法律関係が発生するものではなく,具体的に次のような手続が必要となる。 まず,水俣病と認定された場合,当該水俣病患者は,①患者団体のいずれかに加入して,当該患者団体に適用される補償協定の効力を当該患者が適用を受ける旨の承諾書を提出するか,②個別に本件協定と同一の内容の和解契約を締結するか,のいずれかの手続を履践し,その後,③公害等調整委員会又はランク付け委員会にランク付けの調停を申請し,ランク付けを決定してもらい,これに基づき具体的な給付が行われるのである。 もっとも,水俣病患者であると認定された場合,これまで被告が当該患者と和解契約を締結しなかったことはない。 本件協定が,仮に第三者のためにする契約であるにせよ,本件協定が予定している「第三者」とは,本件協定の対象となっている権利に照らせば,不法行為 で被告が当該患者と和解契約を締結しなかったことはない。 本件協定が,仮に第三者のためにする契約であるにせよ,本件協定が予定している「第三者」とは,本件協定の対象となっている権利に照らせば,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟によって具体的な損害額が確定していないが,水俣病であると認定された患者を対象としているのであって,既に不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の確定判決によって具体的な全損害額が確定している者は「第三者」に該当せず,およそ本件協定の適用対象とならない。 本件協定は,いわゆる劇症性患者を含む極めて深刻な被害を受けた患者が起こした第1次訴訟の判決が昭和48年3月20日に下されたことを踏まえ,水俣病患者との紛争を解決するために,水俣病患者として認定された者に対する全損害の塡補を目的として昭和48年7月9日に水俣病患者東京本社交渉団との間で締結されたものであって,その本質は不法行為に基づく損害賠償請求に関する和解契約にほかならない。本件協定における一時金の額が1600万円~1800万円とされているのは,第1次訴訟の判決の水準にならったものである。すなわち,本件協定は,水俣病患者であると認定された場合,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟により具- 18 -体的な損害額が確定していないときにおいても,損害をランクに応じて想定して,その賠償を行うことを内容とした和解契約である。したがって,逆に,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟が提起され,判決確定により具体的な全損害額が確定した場合には,当該確定判決により示された金額が全損害額として確定し,これにより損害賠償請求という紛争は解決されたのであるから,かかる水俣病患者との間では,もはや本件協定に基づきランクにより損害を想定するという前提を欠くのであって,本件協定の埒外というほかない。本件協定は, 損害賠償請求という紛争は解決されたのであるから,かかる水俣病患者との間では,もはや本件協定に基づきランクにより損害を想定するという前提を欠くのであって,本件協定の埒外というほかない。本件協定は,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟により具体的な損害額が確定していない場合において,水俣病患者との紛争を解決するために,水俣病患者であると認定された場合,水俣病患者が現実にいかなる因果関係のある損害を被ったかを問うことなく,第1次訴訟の判決に並ぶ水準の補償を行うという和解契約であって,現実に不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において損害額が認定され確定した者まで想定して締結したものではない。水俣病患者が既に不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の確定判決を受けている場合,当該確定判決の内容そのものが紛争解決の基準とされるのであるから,同じく不法行為に基づく損害賠償請求権に関する和解契約である本件協定に基づき,当該水俣病患者が重ねて損害賠償請求を行うことは,確定判決の既判力に反するもので紛争の蒸し返しにほかならず,禁反言,信義則に反するものである。 原告は,水俣病関西訴訟において,損害額全額として3300万円(慰謝料3000万円,弁護士費用300万円の合計)を請求し,損害額全額として650万円が認容された。これに対し,被告は,平成13年9月6日までに遅延損害金を含めて認容額全額を既に支払っている。これにより,原告の損害は,確定判決により確定した損害額全額について既に現実に塡補されている。このように不法行為による損害賠償請求について下された大阪高裁判決において原告の損害が確定し,原告はその全額の支払を受けている。すなわち,原告と被告との紛争はもはや存在しないのである。そのような原告との間で,更に,不法行為に基づく損害賠償請求に関する和解契約である本件協定に 損害が確定し,原告はその全額の支払を受けている。すなわち,原告と被告との紛争はもはや存在しないのである。そのような原告との間で,更に,不法行為に基づく損害賠償請求に関する和解契約である本件協定に基づいて,すでに存在しない紛争について,しかも,- 19 -損害の実態と乖離した水準に従い,再度和解契約を締結しなければならないなどということは,論理的にも実質的にもあり得ないことである。本件訴訟は,後遺症のように前訴の基準時以降に新たに損害が判明したなどということを根拠に損害賠償を求めているものではない。大阪高裁判決当時と現在の違いは,原告が水俣病患者として認定されたという一点のみである。原告が水俣病患者として認定されたからといって,大阪高裁判決に従って既に補塡されている損害以上の損害が発生しているわけではない。認定患者が本件協定に基づいて一時金を受け取るためには,公害等調整委員会又はランク付け委員会による調査を経てランク付けを決定する必要がある。これは,現実の被害を調査して,それに対する補償額を決定する必要があるからにほかならない。しかし,原告は,既に大阪高裁判決によって,現実に被った損害に対する補償額が650万円であると,裁判所によって既判力をもって判断されているのである。まさに原告の損害額は,大阪高裁における事実認定の結果,650万円とされ,それについては既に補塡されているのであり,原告が水俣病患者と認定されたからといって,新たな損害が発生したわけではない。損害の補塡は,現実に被った損害を前提として行われるのが本則であり,原告は,大阪高裁判決によって,現実に被った損害が明確にされている以上,水俣病患者の認定を受けたとの一事をもって,現実に存在していない損害について被告が和解を強制されなければならない法的根拠はない。本件協定が想定して によって,現実に被った損害が明確にされている以上,水俣病患者の認定を受けたとの一事をもって,現実に存在していない損害について被告が和解を強制されなければならない法的根拠はない。本件協定が想定していた損害の実態と乖離していることが大阪高裁判決によって明白となっている原告に対してまで,更に被告に本件協定に基づく和解契約を締結する義務はない。 原告は,本件協定は公健法上の補償給付制度に代わるものであると主張する。被告として,本件協定が,被害者の救済手法として,公健法上の補償給付制度に代わる機能を有していることを否定するものではない。現にこれまで水俣病と認定された場合,当該患者は例外なく公健法上の給付申請ではなく,本件協定に基づく補償を求めているのが実情である。しかし,公健法上の補償給付制度自体,民事上の損害賠償の肩代わりであり,これと同じ機能を有する本件協定も,損害賠償請求権に- 20 -関する和解にほかならない。そもそも公健法上の補償給付制度は,公害による健康被害者の迅速かつ公正な保護を図るため,汚染原因者の負担において,認定された患者に対して補償を行うという,民事責任を踏まえた制度であって,本来的には原因者と被害者との間の損害賠償として処理されるものについて,民事訴訟には多大な労力と時日を要すること等を考慮して,制度的な解決を図ろうとしたものである。 したがって,年金等の社会保障制度とは異なり,あくまで損害賠償の肩代わりとしての機能を有するとされる(乙2,3)。このことは,公健法13条が,補償給付と損害賠償の調整規定を置き,給付を受けることができる者に対して同一の事由について,損害の補塡がなされた場合,その価額の限度で給付は行われないとされていることからも明らかである。また,公健法上の7種類の補償給付も,訴訟において請求される損害項目 きる者に対して同一の事由について,損害の補塡がなされた場合,その価額の限度で給付は行われないとされていることからも明らかである。また,公健法上の7種類の補償給付も,訴訟において請求される損害項目と一定の対応関係がある。すなわち,療養の給付及び療養費,療養手当並びに葬祭費は積極損害,障害補償費,遺族補償費,遺族補償一時金及び児童補償手当は消極損害(逸失利益)及び精神的損害(慰謝料)に相当する。 第3裁判所の判断 要約当裁判所は,本件協定は,協定締結後に認定された水俣病患者についても希望する者には適用されるものであるが,水俣病罹患を原因とする被告に対する不法行為による損害賠償請求権が,確定判決により認定前に確定していたときは,その後に認定を受けた水俣病患者に適用することまで予定しているものではないと判断する。 すなわち,本件協定が,協定締結後に認定された水俣病患者についても希望すれば協定内容の適用を受けることができると定めた趣旨は,その認定患者と被告との間における水俣病罹患を原因とする損害賠償ないし補償をめぐる紛争が現に存在し,ひいては協定内容に基づく被告の補償を受けることによって紛争を解決する必要性があることを当然の前提として想定したものと考えられる。ところが,水俣病罹患という同じ原因により既に確定判決によって被告に対する不法行為による損害- 21 -賠償請求権が確定すれば,水俣病によって患者が過去,現在及び将来被るすべての損害についての被告に対する不法行為による損害賠償請求に関する紛争が,司法判断により解決している。したがって,認定前に確定判決により被告に対する水俣病による損害賠償請求権が確定した者については,司法による紛争解決の結果,被告との間の紛争を協定によって解決する必要性がなくなっているから,協定の適用対象である「協 に確定判決により被告に対する水俣病による損害賠償請求権が確定した者については,司法による紛争解決の結果,被告との間の紛争を協定によって解決する必要性がなくなっているから,協定の適用対象である「協定締結以降認定された患者」から当然に除かれる趣旨で協定が締結されたものと解するのが相当である。 協定締結の経緯及びこれに基づく被告の補償並びに水俣病の認定制度証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1)本件協定締結に至る経緯及び協定に基づく被告の補償①見舞金契約に基づく補償昭和34年11月,水俣病患者家庭互助会(以下「患者互助会」という。)は,被告に対し,患者1人あたり300万円の補償請求をし,昭和34年12月30日,熊本県知事のあっせんにより,患者互助会と被告との間で見舞金の支払に関する契約が成立し,被告は見舞金(死亡者弔慰金30万円,生存者年金10万円)の支払を行った。この見舞金契約の第3条には,「本契約締結日以降において発生した患者(協議会(昭和35年2月4日,厚生省に設置された「水俣病患者診査協議会」)が認定した者)に対する見舞金については,被告はこの契約の内容に準じて別途交付するものとする」旨の条項も盛られた。 ②水俣病補償処理委員会の斡旋による補償昭和43年9月26日,厚生省が,水俣病は,被告水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成されたメチル水銀化合物が原因で発生したものである旨の政府見解(いわゆる「公害認定」)を発表したことを契機に,患者互助会は,昭和43年10月6日,①死者1300万円,②生存患者年金60万円などの補償要求を決定し,被告との補償交渉に入った。 昭和44年2月28日,厚生省は患者互助会に対し,補償処理の第三者機関の設- 22 -置について,「委員選定は厚生省に一任し,結論には異論なく 円などの補償要求を決定し,被告との補償交渉に入った。 昭和44年2月28日,厚生省は患者互助会に対し,補償処理の第三者機関の設- 22 -置について,「委員選定は厚生省に一任し,結論には異論なく従う」旨の確約書の提出を求め,その後,患者互助会は,確約書の提出をめぐって,「一任派」と「自主交渉派(訴訟派)」に分裂した。 昭和44年4月25日に「水俣病補償処理委員会」が設置され,昭和45年5月25日,同委員会から,患者・被告双方に斡旋案が提示され,さらに患者側の要望で増額改訂した斡旋案が同月27日に再提示され,患者・被告双方ともこれを受諾した。こうして,第三者機関による解決を選んだ患者64世帯に対しては,昭和45年6月18日に新たに補償金が支払われた。妥結金額は,①死者一時金170~400万円,②生存者一時金80~200万円,③生存者年金17~38万円,④生存者の一部につき調整一時金20万円である。 昭和44年12月15日,救済法が施行されて公害被害者認定審査会が設置され,昭和45年6月24日,救済法に基づく認定が行われたが,認定された5人のうち4人とは,水俣病補償処理委員会による補償体系によって補償合意をした。 ③新認定患者との補償交渉(甲7)昭和46年8月7日,環境庁事務次官は,「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について(通知)」と題する通知(昭和46年事務次官通知)を発し,同日,環境庁長官は,川本輝夫らを水俣病でないとした熊本県知事の認定申請棄却処分を取り消す裁決をした。昭和46年事務次官通知は,後記(2)②のとおり水俣病の認定の要件を定めたものであり,この通知に従って認定がされる患者が増えることが予想されるようになった。 昭和46年10月6日,熊本県知事は,先の裁決で棄却処分を取り消された川本輝夫らを含む16名を の認定の要件を定めたものであり,この通知に従って認定がされる患者が増えることが予想されるようになった。 昭和46年10月6日,熊本県知事は,先の裁決で棄却処分を取り消された川本輝夫らを含む16名を水俣病患者と認定した。以後,被告は,昭和46年事務次官通知以降に認定された患者との補償交渉という新たな水俣病補償問題を抱えるようになり,患者との補償交渉において,昭和46年事務次官通知が発せられる前に認定された患者(旧認定患者)と昭和46年事務次官通知以降に認定された患者(新認定患者)を区別して取り扱うようになった。 - 23 -④水俣病第1次訴訟と本件協定の締結厚生省への一任に反対した患者互助会の29世帯は,昭和44年6月14日,被告を相手取って,損害賠償請求を熊本地方裁判所に提訴した(水俣病第1次訴訟)。 裁判の過程では,訴訟を取り下げて水俣病補償処理委員会による補償金を受け取る者,また救済法に基づく認定(昭和45年6月及び46年4月の旧認定患者)を受けて訴訟に加わる者もあり,最終的には患者家庭32世帯(対象患者数45人)となった。請求額は,本人分(1人当たり)について,提訴時には死亡者・重症者800万円,労働不能者700万円,労働可能者600万円であったが,請求額の増額により,それぞれ1人当たり1800万円,1700万円,1600万円となり,家族分についても増額された。そして,昭和48年3月20日,熊本地方裁判所は,原告の請求を全部認容し,被告に対し,総額9億3730万円余(弁護士費用を含む。)の損害賠償支払を命じた。被告は,判決前に控訴権を放棄し,水俣病第1次訴訟判決に従い,賠償金を支払った。認容額の体系は,次のとおりである。 ア本人分死亡または重症1800万円中症 1700万円軽症 棄し,水俣病第1次訴訟判決に従い,賠償金を支払った。認容額の体系は,次のとおりである。 ア本人分死亡または重症1800万円中症 1700万円軽症 1600万円イ家族分本人が死亡,重症または中症のときそれぞれの実情に応じて1人当たり配偶者 600万円ないし350万円親 450万円ないし100万円子 300万円ないし100万円水俣病第1次訴訟の原告ら(訴訟派)は,判決後,自主交渉派(川本輝夫ら被告と直接交渉をしていた新認定患者ら)とともに,水俣病患者東京本社交渉団(団長・田上義春=訴訟派,水俣病第1次訴訟の原告)を結成し,自主交渉派と一緒に被告本社に座り込み,被告社長との交渉に入り,次の要求をした(甲6の158頁)。 - 24 -ア判決額は過去の慰謝料とし,このほかに今後の生活・医療補償を支払う。 イ生活・医療補償は,①生存者・遺族年金,②医療費・介護手当などとする。 ウ訴訟分離3家族への補償昭和48年7月9日,環境庁において,当時の環境庁長官三木武夫,衆議院議員馬場昇,熊本県知事沢田一精,水俣病市民会議会長日吉フミコの4名の立会いの下で,被告と水俣病患者東京本社交渉団(団長・田上義春)との間で,別紙1協定書に調印して本件協定が締結された。本件協定は,協定内容として,被告が患者(認定を受けた患者を指している。)に対し,①患者本人又は近親者の慰謝料(水俣病第1次訴訟判決と同じように3つのランク付けをして基本的に同額とされた。)のほかに,②治療費(救済法(公健法の成立施行後は同法)に定める医療費及び医療手当に相当する額),③介護費(救済法(公健法の成立施行後は同法)に定める介護手当に相当する額,ただし,公健法施行前は月1 ほかに,②治療費(救済法(公健法の成立施行後は同法)に定める医療費及び医療手当に相当する額),③介護費(救済法(公健法の成立施行後は同法)に定める介護手当に相当する額,ただし,公健法施行前は月1万円加算),④終身特別調整手当(①と同じ3つのランクにより2~6万円),⑤葬祭料20万円を支払うことを定めた。その上で,本件協定は,本文三項において,「本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用する。」旨を定めた。 なお,公健法の法案は,本件協定締結前の昭和48年6月19日に国会に提出されており,本件協定にいう「認定」とは,救済法又はこれに代わるものとして制定される見込みであった公健法による水俣病の認定(後記(2))をいうものである。 ⑤協定締結後の認定患者の補償被告は,本件協定締結後,他の各患者会派とも本件協定と同一内容の協定を締結し,昭和48年12月25日,水俣病第2次訴訟の原告らを中心に結成された水俣病被害者の会とも協定締結に至り,全ての患者団体との間で,本件協定と同一内容の協定を成立させた。なお,水俣病被害者の会には,未認定患者も多数参加していたが,被告は,同会との間でも,認定患者のみを補償の対象者とする本件協定と同内容の協定を締結したものである。 本件協定に基づく補償は,慰謝料があるなどの点で,公健法による補償よりも有- 25 -利であるため,協定締結後に認定された者は,公健法による補償給付ではなく,本件協定と同一内容の補償を受けている(甲4)。その場合,当該患者は,①患者団体のいずれかに加入して,当該患者団体に適用される補償協定の効力を当該患者が適用を受ける旨の承諾書を提出するか,②個別に本件協定と同一の内容の補償に関する契約を締結するか,のいずれかの手続を履践し,その後,③公害等調整委員会又はランク付 用される補償協定の効力を当該患者が適用を受ける旨の承諾書を提出するか,②個別に本件協定と同一の内容の補償に関する契約を締結するか,のいずれかの手続を履践し,その後,③公害等調整委員会又はランク付け委員会にランク付けの調停を申請し,ランク付けを決定してもらい,これに基づき具体的な給付が行われるのが通例である。もっとも,本件協定締結後に認定された患者で協定内容の適用を希望する者について,これまで被告が当該患者と本件協定と同一内容の補償に関する契約を締結しなかったことはない。被告は,損害賠償請求訴訟の判決確定後に認定された者に限り,確定判決により補償の問題は解決されているとの立場をとり,補償に関する契約の締結を拒んでいる。 (2)水俣病の認定及び認定患者の救済・補償制度①公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(救済法)公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和44年12月15日法律第90号。同日施行)は,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発した場合において,当該疾病にかかった者に対し,医療費,医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることにより,その者の健康被害の救済を図ることを目的として制定された法律である(1条)。 救済法の概要(水俣病の救済に関する部分)は,次のとおりである。上記の疾病が多発している地域(指定地域)及びその疾病を政令で定め(2条1項,2項),指定地域を管轄する都道府県知事が,当該指定地域につき定められた疾病にかかっている者について,その者の申請に基づき,公害被害者認定審査会(20条)の意見をきいて,その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁によるものである旨の認定を行う(3条1項)。政令において,熊本県水俣市を指 の申請に基づき,公害被害者認定審査会(20条)の意見をきいて,その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁によるものである旨の認定を行う(3条1項)。政令において,熊本県水俣市を指定地域とし,その疾病として水俣病を定めた。都道府県知事は,①認定を受けた者が- 26 -当該認定に係る疾病について診察,薬剤の支給その他所定の医療を受けたときは,医療費を支給し(4条~6条),②認定を受けた者で,当該認定に係る疾病について所定の医療を受けており,かつ,その病状が一定の程度をこえるものに対し,医療手当を支給し(7条,8条),③認定を受けた者で,当該認定に係る疾病による一定の範囲の身体上の障害により介護を要する状態にあり,かつ,介護を受けているものに対し,介護手当を支給する(9条)。都道府県知事が行う医療費,医療手当及び介護手当(医療費等)の支給に要する費用は,都道府県が支弁し(10条),その費用は,国4分の1,都道府県4分の1,事業者2分の1の負担とされる(13条~18条)。都道府県知事は,認定を受けた者が当該認定に係る疾病に関し損害賠償その他の給付を受けた場合において,これらの給付のうちに医療費等の支給に相当する給付があると認められるときは,その価額の限度において,医療費等の全部若しくは一部を支給せず,又はすでに支給した医療費等の額に相当する金額を返還させることができる(24条)。 ②水俣病の認定の要件(昭和46年事務次官通知)昭和46年事務次官通知は,同年7月に発足して救済法を所管した環境庁の事務次官が,昭和46年8月7日,水俣病認定申請棄却処分に係る審査請求に対する裁決に際しあらためて法(同通知において救済法を指す。)の趣旨とするところを明らかにし,もって健康被害救済制度の円滑な運用を期するため,都道府県知事等に対し 病認定申請棄却処分に係る審査請求に対する裁決に際しあらためて法(同通知において救済法を指す。)の趣旨とするところを明らかにし,もって健康被害救済制度の円滑な運用を期するため,都道府県知事等に対し,通知に示した水俣病の認定の要件等の事項に十分留意し,法に基づく認定に係る迅速な処分を行うべく努めるよう指示した通知である。通知に示された留意すべき事項は,次のとおりである。 「第1水俣病の認定の要件 水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起る神経系疾患であって,次のような症状を呈するものであること。 イ後天性水俣病四肢末端,口囲のしびれ感にはじまり,言語障害,歩行障害,求心性視野狭窄,- 27 -難聴などをきたすこと。また,神経障害,振戦,痙攣その他の不随意運動,筋強直などをきたす例もあること。 主要症状は求心性視野狭窄,運動失調(言語障害,歩行障害を含む。),難聴,知覚障害であること。 ロ胎児性または先天性水俣病知能発育遅延,言語発育遅延,言語発育障害,咀嚼嚥下障害,運動機能の発育遅延,協調運動障害,流涎などの脳性小児マヒ様の症状であること。 上記1の症状のうちいずれかの症状がある場合において,当該症状のすべてが明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まないが,当該症状の発現または経過に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められる場合には,他の原因がある場合であっても,これを水俣病の範囲に含むものであること。 なお,この場合において「影響」とは,当該症状の発現または経過に,経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関与していることをいうものであること。 2に関し,認定申請人の示す現在の臨床症状,既往症,その者の生活史および家族における同種疾患 たは経過に,経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関与していることをいうものであること。 2に関し,認定申請人の示す現在の臨床症状,既往症,その者の生活史および家族における同種疾患の有無等から判断して,当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては,法の趣旨に照らし,これを当該影響が認められる場合に含むものであること。 法第3条の規定に基づく認定に係る処分に関し,都道府県知事等は,関係公害被害者認定審査会の意見において,認定申請人の当該申請に係る水俣病が,当該指定地域に係る水質汚濁の影響によるものであると認められている場合はもちろん,認定申請人の現在に至るまでの生活史,その他当該疾病についての疫学的資料等から判断して当該地域に係る水質汚濁の影響によるものであることを否定し得ない場合においては,その者の水俣病は,当該影響によるものであると認め,すみやかに認定を行なうこと。 - 28 -第2軽症の認定申請人の認定都道府県知事等は,認定に際し,認定申請人の当該認定に係る疾病が医療を要するものであればその症状の軽重を考慮する必要はなく,もっぱら当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染または水質の汚濁の影響によるものであるか否かの事実を判断すれば足りること。 第3すでに認定申請棄却処分を受けた者の取扱い都道府県知事等は,認定申請に係る疾病が,当該指定地域に係る大気の汚染または水質の汚濁の影響によるものではない旨の処分を受けた認定申請人について,上記の趣旨に照らし,あらためて審査の必要があると認められる場合には,当該原処分を取り消し,関係公害被害者認定審査会の意見をきいて,当該認定申請に係る処分を行なうこと。 第4民事上の損害賠償との関係法は,すでに昭和45年1月26日厚生事務次官通 められる場合には,当該原処分を取り消し,関係公害被害者認定審査会の意見をきいて,当該認定申請に係る処分を行なうこと。 第4民事上の損害賠償との関係法は,すでに昭和45年1月26日厚生事務次官通達において示されているように,現段階においては因果関係の立証や故意過失の有無の判定等の点で困難な問題が多いという公害問題の特殊性にかんがみ,当面の応急措置として緊急に救済を要する健康被害に対し特別の行政上の救済措置を講ずることを目的として制定されたものであり,法第3条の規定に基づいて都道府県知事等が行った認定に係る行政処分は,ただちに当該認定に係る指定疾病の原因者の民事上の損害賠償責任の有無を確定するものではないこと。」③公害健康被害補償法(公健法)公害健康被害補償法(昭和48年10月5日法律第111号。昭和49年9月1日施行。現在の公害健康被害の補償等に関する法律)は,事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁(水底の底質が悪化することを含む。)の影響による公害に係る損害を塡補するための補償を行うとともに,被害者の福祉に必要な事業を行うことにより,健康被害に係る被害者の迅速かつ公正な保護を図ることを目的として,救済法に代わるものとして(公健- 29 -法附則10条),制定された法律である(公健法1条)。この補償を行うために支給される給付(補償給付)は,①療養の給付及び療養費,②障害補償費,③遺族補償費,④遺族補償一時金,⑤児童補償手当,⑥療養手当,⑦葬祭料の7つである(公健法3条)。 公健法の概要(水俣病の補償に関する部分)は,次のとおりである。事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染または水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質と 俣病の補償に関する部分)は,次のとおりである。事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染または水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域(第2種地域)及びその疾病を政令で定め(2条2項,3項),第2種地域を管轄する都道府県知事が,当該第2種地域につき定められた疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,当該疾病にかかっているかどうかについては公害健康被害認定審査会(44条)の意見をきいて,当該疾病が当該第2種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁によるものである旨の認定を行う(4条2項)。 政令において,熊本県水俣市を第2種地域とし,その疾病(指定疾病)として水俣病を定めている。都道府県知事は,①被認定者(4条2項の認定を受けた者,4条4項)の指定疾病について,診察,薬剤の支給その他の所定の療養の給付を行い(19条),療養の給付を行うことが困難であると認めるときなどは,療養費を支給し(24条),②被認定者の指定疾病による障害が一定の程度に該当するものであるときは,その障害の程度に応じた障害補償費を支給し(25条),③被認定者が指定疾病に起因して死亡したときは,遺族補償費を支給し(29条),④被認定者が指定疾病に起因して死亡した場合において,その死亡の時に遺族補償費を受けることができる遺族がないときは,遺族補償一時金を支給し(35条),⑤被認定者で一定の年齢に達しないものの指定疾病による障害が一定の程度に該当するものであるときは,その障害の程度に応じた児童補償手当を支給し(39条),⑥被認定者が指定疾病について所定の療養を受けており,かつ,その病状が一定の程度に該当するものであるとき 一定の程度に該当するものであるときは,その障害の程度に応じた児童補償手当を支給し(39条),⑥被認定者が指定疾病について所定の療養を受けており,かつ,その病状が一定の程度に該当するものであるときは,その病状の程度に応じた療養手当を支給し(40条),⑦- 30 -被認定者が指定疾病に起因して死亡したときは,葬祭料を支給する(41条)。本件協定による補償と公健法の給付の比較は,別紙2比較表(甲9)のとおりである。 都道府県知事が行う補償給付の支給に要する費用は,都道府県が支弁し(47条),その負担は,熊本県水俣市の水俣病に関しては,全額,被告(水俣病に影響を与える水質の汚濁の原因となる物質を排出した事業者)から徴収する特定賦課金によって賄われる(48条,62条,63条)。補償給付を受けることができる者に対し,同一の事由について,損害の塡補がされた場合においては,都道府県知事は,その価額の限度で補償給付を支給する義務を免れる(13条1項)。 確認の訴えの適法性について本件協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位にあることの確認を求める原告の訴えは,先に提起された協定に定める慰謝料の支払を求める請求についての裁判が,訴訟の進行中に争いとなっている法律関係(協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位)の成立又は不成立に係るものであるときに,原告が請求を拡張して,その法律関係の確認の判決を求めたものであって,このような訴えが中間確認の訴え(民事訴訟法145条)として適法であることは,明らかである。水俣病関西訴訟の確定判決に既判力があるからといって,既判力をもって確定した不法行為による損害賠償請求と,本件の確認の訴えの対象である協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位とは,別の権利ないし法律関係であるから,その確認を求める訴えが,既 て,既判力をもって確定した不法行為による損害賠償請求と,本件の確認の訴えの対象である協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位とは,別の権利ないし法律関係であるから,その確認を求める訴えが,既判力によって不適法とされるものではない。 本件協定が原告に適用されるか否かについて(1)判断の基礎となる事実第2の2の争いのない事実及び上記2の認定事実を要約すれば,以下のとおり認められる。 被告は,水俣病の原因企業として,水俣病患者との間での補償交渉を続け,昭和34年12月には,患者団体との間で見舞金契約の締結に至ったものの,昭和43年9月26日の水俣病の政府見解を機に,補償問題が再び持ち上がった。昭和44- 31 -年4月には,一部の患者(一任派)から厚生省に設置された水俣病補償処理委員会に解決を一任する了承を得られ,同委員会における解決策の検討が始められたが,他方で,患者団体の一部が分裂した訴訟派からは,昭和44年6月,水俣病第1次訴訟が提起されるに至った。 被告は,昭和45年5月には,一任派の患者との間で,水俣病補償処理委員会の斡旋に従って補償の合意ができ,昭和44年12月に施行された救済法による認定患者の一部との間でも,同委員会の斡旋内容に沿った補償合意ができた。しかし,昭和46年8月に発せられた昭和46年事務次官通知により,その後に新認定患者の増加が予想されるようになり,被告は,新認定患者との間で,更なる補償交渉が必要となった。 昭和48年3月20日,被告は,判決前に控訴権を放棄した上で,原告らの請求を全部認めた水俣病第1次訴訟の判決を直ちに確定させた。しかし,第1次訴訟の判決確定後も,判決が確定した訴訟の原告ら(訴訟派)のほかに新認定患者らの自主交渉派を加えた水俣病患者東京本社交渉団(本件協定の当事者)が結成され,更なる補 を直ちに確定させた。しかし,第1次訴訟の判決確定後も,判決が確定した訴訟の原告ら(訴訟派)のほかに新認定患者らの自主交渉派を加えた水俣病患者東京本社交渉団(本件協定の当事者)が結成され,更なる補償交渉を求められ,判決認容額は過去の慰謝料とし,このほかに今後の生活・医療補償を支払うことなどを要求され,再び補償交渉をすることになった。 本件協定は,このような長年にわたる被告と患者との補償交渉の中で,環境庁長官,地元の国会議員,熊本県知事,水俣病市民会議会長の立会人も得て,水俣病患者東京本社交渉団と被告との間で,昭和48年7月9日に締結されたものである。 本件協定の締結時点では,水俣病の政府見解及び熊本地方裁判所の第1次訴訟の判決確定を経て,水俣病患者に対する被告の損害賠償責任については,被告の不法行為上の過失責任は明白となり,水俣病患者との補償交渉をめぐる課題は,水俣病患者の確定と患者に対する補償の内容程度の問題のみとなっていた。 本件協定は,救済法又はこれに代わるべき公健法による県知事の認定(行政認定)を受けた患者に対し,第1次訴訟の判決認容額と同じ水準の金額の慰謝料をランク付けに応じて支払うこととしているほか,別紙2比較表のとおり,公健法の給付に- 32 -ほぼ対応する治療費,介護費,終身特別調整手当,葬祭料を支払うことを内容とするものである。慰謝料以外の補償給付については,水俣病第1次訴訟の判決による救済を超えているといえるし,慰謝料の支払の点では,公健法の補償給付を超えているともいえる。しかし,補償の方法においては,救済法又は公健法は,都道府県知事が患者を認定し,認定患者に対し都道府県知事が直接補償給付を行うというあくまで行政上の制度であり,最終的な費用負担が原因企業に求められるにすぎないのに対し,本件協定は,原因企業である被告自ら 県知事が患者を認定し,認定患者に対し都道府県知事が直接補償給付を行うというあくまで行政上の制度であり,最終的な費用負担が原因企業に求められるにすぎないのに対し,本件協定は,原因企業である被告自らが,認定患者に対し,直接補償することとしている点で異なっている。 被告は,本件協定締結後,すべての患者団体との間で,同一内容の協定を結んだ。 本件協定締結当時,係属中であった水俣病第2次訴訟の原告らを含む患者団体との間でも,認定患者のみを対象とする趣旨で,本件協定と同一内容の協定を結んでいる。本件協定は,「本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用する。」と定めており,被告は,原告を含む損害賠償請求訴訟の判決確定後に認定を受けた者を除き,協定の適用を希望するすべての認定患者との間で,本件協定と同じ内容の補償協定を結び,これに基づく補償をしている。 水俣病関西訴訟は,被告の不法行為による水俣病罹患の結果,肉体的,精神的,経済的,社会的に甚大な損害を被り,その損害は3000万円を下るものではないとする包括的な損害賠償請求として,弁護士費用300万円を加えた3300万円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払を求めた原告の請求に対し,確定した大阪高裁判決において,原告が,メチル水銀中毒症に罹患していると認められ,軽度の求心性視野狭窄が認められること等の原告に認められる症状の程度からすれば,慰謝料額としては600万円が相当であり,被告の賠償額は,これと弁護士費用50万円との合計額650万円であると判断されたものであり,被告は,この判決の認容額全額を平成13年9月6日までに原告に支払った。 (2)争点に対する判断本件協定の本文三項において「本協定内容は,協定締結以降認定された患者につ- 33 -いても希望する者には適用する。」と 認容額全額を平成13年9月6日までに原告に支払った。 (2)争点に対する判断本件協定の本文三項において「本協定内容は,協定締結以降認定された患者につ- 33 -いても希望する者には適用する。」と定めた趣旨について,協定の文言,協定締結の経緯,協定締結後の認定患者に対する被告による補償の実施経過等の諸事情に即して協定締結当事者の意思を合理的に解釈すれば,当事者である水俣病患者東京本社交渉団あるいはその他のいずれかの患者団体に属するか否かにかかわらず,あるいは被告と別途補償合意を締結するか否かにかかわらず,協定締結後に救済法又は公健法により県知事から水俣病と認定された患者については,患者が協定内容の適用を希望しさえすれば,すなわち民法537条2項にいう契約の利益を享受する意思表示をすれば,協定内容がその患者についても適用され,協定に定める補償給付を被告に対して直接請求する権利を有することを定めた民法537条1項の第三者のためにする契約であると認めるのが相当である。 しかし,本件協定の締結の目的は,前記経緯に照らして協定当事者の意思を合理的に解釈すれば,水俣病による被告の患者に対する損害賠償ないし補償をめぐる紛争につき,補償内容をあらかじめ確定させ,その上で,その補償内容の適用を受ける水俣病患者の確定については,法律に基づく県知事の認定という公的な判断(行政認定)に依拠することによって,将来認定される可能性のある水俣病患者に対する関係も含め,可能な限り広い範囲であらかじめ紛争解決の道筋を開いておくことにあったと解される。 すなわち,本件協定締結当時は,水俣病発生に関する被告の過失責任が政府見解や第1次訴訟の判決を通じて明白となり,患者との補償交渉の焦点は,水俣病患者の確定とこれに対する損害賠償ないし補償の内容の問題となっていた。一方で,当 は,水俣病発生に関する被告の過失責任が政府見解や第1次訴訟の判決を通じて明白となり,患者との補償交渉の焦点は,水俣病患者の確定とこれに対する損害賠償ないし補償の内容の問題となっていた。一方で,当時は,昭和46年事務次官通知が発せられ,これに定められた認定の基準に基づき審査が促進されることにより,認定患者が更に増えていく可能性があった。そのため,将来にわたって増加するであろうと予想される認定患者と被告との補償ないし損害賠償をめぐる紛争を最小限にとどめることは,患者団体にとっても被告にとっても,協定締結にあたって大事な考慮要素とされたはずである。 このような締結当時の状況を踏まえて解釈すれば,本件協定において,補償内容- 34 -が類型化・定型化された趣旨は,一定の補償内容という決まった形の選択肢をあらかじめ用意することによって,なるべく多くの水俣病患者との補償交渉を将来にわたって早期円滑に解決する利点が,被告にも,また,これを選択する患者側にもあり,そのために補償内容が定型化されたものと解される。また,協定による補償の対象を水俣病の認定患者に限定しているが,その理由は,認定をする県知事が公の機関であるとともに第三者機関でもあり,しかも認定は救済法又は公健法に位置づけられた制度であって,法律に基づいて適正な認定がされることが,制度的に保障されることにあったと認められる。すなわち,県知事の認定を補償対象者の要件とすることにより,補償対象となる水俣病患者の確定をめぐる紛争の発生を可能な限り防ごうとしたものと解される。 そして,本件協定の補償内容が,第1次訴訟の判決の認容額を上回る補償を含み,また,救済法又は公健法の内容をも上回る補償を含んでいることは,可能な限り多くの認定患者が,補償や損害賠償について被告との個別の交渉をせずに,協定の適用を 1次訴訟の判決の認容額を上回る補償を含み,また,救済法又は公健法の内容をも上回る補償を含んでいることは,可能な限り多くの認定患者が,補償や損害賠償について被告との個別の交渉をせずに,協定の適用を希望するようにしてもらい,紛争を最大限予防する呼び水となるように配慮したものと解される。そのような配慮をした結果として,現に係属していた水俣病第2次訴訟の原告らを含む患者団体とも被告は同じ内容の協定を結ぶことができた。 そもそも本件協定は,その冒頭に「水俣病患者東京本社交渉団と,チッソ株式会社とは,水俣病患者,家族に対する補償などの解決にあたり,次のとおり協定する。」と定め,「補償の解決」が主な目的であることを明記している。補償と損害賠償とは表現が異なるが,本件協定の本文一項(1)において,被告は,本件協定の履行を通じ,全患者の過去,現在及び将来にわたる被害を償い続けることを確約しており,被害の償いとは,不法行為による損害賠償を意味することが明らかである。不法行為による損害賠償制度は,水俣病の罹患という被害が確定していれば,それによる過去,現在及び将来にわたる被害の償い(賠償)を損害賠償請求訴訟によって請求することができるものであり,その点でも本件協定の補償と本質的な違いはない。 - 35 -原告は,本件協定は,公健法上の補償給付制度に代わるものであり,不法行為に基づく損害賠償請求権に関する和解契約ではないと主張する。しかし,前記認定の経緯からすれば,少なくとも既に認定されていた患者との間で補償協定を結ぶ趣旨には,損害賠償請求訴訟をやめることが含まれていると認められる。以上の検討によれば,本件協定が,水俣病についての患者と被告との不法行為に基づく損害賠償請求に関し,当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約した和解契約としての いると認められる。以上の検討によれば,本件協定が,水俣病についての患者と被告との不法行為に基づく損害賠償請求に関し,当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約した和解契約としての性質を有することは明らかである。補償の内容が,第1次訴訟の判決や救済法・公健法の補償の水準を超えることは(別紙2比較表参照),この協定締結を契機になるべく多くの紛争を抜本的に解決しようとして被告が譲歩したものであり,補償内容が確定していることは,これ以上の補償の請求をしないこととする点で,患者団体も譲歩したものと解される。治療費・介護費・葬祭料や終身特別調整手当の支給を含む点では,一時金による賠償が一般的である通常の損害賠償とは異なるけれども,それは,損害賠償請求訴訟においては一時金として請求することが可能な将来の損害について,契約自由の原則の下で,一時金とは別の支払方法の合意をするなどきめ細かい配慮を加えたものと解される。しかし,それだからといって主たる目的が補償ないし損害賠償の問題の解決であることには変わりはないというべきであり,解決しようとしている紛争の内容が違うわけではない。また,公健法の補償給付は,財源として原因企業である被告の拠出金を予定しているにすぎず,制度上は,県知事が患者を認定し,その県知事が自ら認定患者に法律で定めた補償給付を行う制度である。原因企業が直接患者に対して,法律とは別の内容の補償給付をすることを約束した本件協定とは,制度の仕組みが根本的に異なる。 以上検討したところによれば,本件協定が,協定締結後に認定された水俣病患者についても希望すれば協定内容の適用を受けることができると定めた趣旨は,その認定患者と被告との間における水俣病罹患を原因とする損害賠償ないし補償をめぐる紛争が現に存在し,ひいては協定内容に基づく被告の ついても希望すれば協定内容の適用を受けることができると定めた趣旨は,その認定患者と被告との間における水俣病罹患を原因とする損害賠償ないし補償をめぐる紛争が現に存在し,ひいては協定内容に基づく被告の補償を受けることによって紛争を解決する必要性があることを当然の前提として想定したものと考えられる。 - 36 -既に確定判決によって被告に対する不法行為による損害賠償請求権が確定した場合には,それが明示の一部請求としてされたときは別として,原則としてその時点において,水俣病によって患者が過去,現在及び将来被るすべての損害についての被告に対する不法行為による損害賠償請求に関する紛争が司法判断により既判力をもって解決し,患者と被告との間の紛争は,根本的に解決済みとなっているのである。 すなわち,県知事による認定前に,確定判決により被告に対する水俣病による損害賠償請求権が確定した者については,司法による紛争解決の結果,被告との間の紛争を協定によって解決する必要性がなくなっているのであるから,形式的には協定本文三項の「協定締結以降認定された患者」にあたるとしても,協定の趣旨,目的及び性質に照らして実質的に解釈すれば,水俣病患者と被告との間の補償ないし損害賠償をめぐる紛争解決を目的とする和解契約であるという協定の性質上当然に,この「協定締結以降認定された患者」から除く趣旨で協定が締結されたと解するのが相当である。 協定を全体的にみても,協定の前文(別紙1協定書参照)は,被告の認識・反省・陳謝・謝罪・遺憾の意の表明(一,二,三,八項),第1次訴訟の判決の履行意思の表明(四項),潜在患者の発見に努め,患者の救済に全力をあげるとの約束(五項),今後,公害を絶対に発生させないことの確約(六項),水俣病患者の治療等の具体的方策を講ずる約束(七項)などであって,補償 表明(四項),潜在患者の発見に努め,患者の救済に全力をあげるとの約束(五項),今後,公害を絶対に発生させないことの確約(六項),水俣病患者の治療等の具体的方策を講ずる約束(七項)などであって,補償協定の適用範囲に関する上記判断を左右するものではない。また,本文一項(1)において,被告は,「本協定の履行を通じ,全患者の過去,現在及び将来にわたる被害を償い続け,将来の健康と生活を保障することにつき,最善の努力を払う」旨確約していることも,それは協定の履行意思の強い表明であると解されるのであって,上記判断を左右するものではない。むしろ,前記のとおり,協定の冒頭には,「補償の解決」を協定の主な趣旨として謳っているといえるのである。 公健法13条1項が,補償給付と同一の事由による損害の塡補がされた場合に,都道府県知事の補償給付の免責がされることを定めていることも,単に都道府県知- 37 -事の公健法上の補償給付義務を限定するための調整規定にすぎない。この調整規定があるからといって,本件協定が司法解決後の認定患者について更に補償給付をすべき義務を被告に想定していたと解する根拠にはならない。しかも本件協定には,損害賠償との調整の定めはない。 原告の場合には,昭和59年3月5日の認定申請後,平成19年8月15日の認定処分までの間,実に23年を要し,その間,昭和60年5月29日に被告に対する損害賠償請求訴訟(水俣病関西訴訟)を提起し,認定前の平成13年4月27日に大阪高裁判決が言い渡され,この判決が確定し,同年9月までに損害賠償の支払を受けている。水俣病関西訴訟の判決においては,水俣病による損害を包括的に請求した原告の請求に対して,損害額が確定され認容されているから,原告と被告との間の水俣病罹患を原因とする不法行為による損害賠償請求権については,過去, 訟の判決においては,水俣病による損害を包括的に請求した原告の請求に対して,損害額が確定され認容されているから,原告と被告との間の水俣病罹患を原因とする不法行為による損害賠償請求権については,過去,現在及び将来の損害を含めてすべて司法判断により解決済みとなっている。 原告は,判決確定後に認定を受けているが,認定によって水俣病による損害が拡大したわけではないし,損害賠償請求権をめぐる新たな争いが生じたわけでもない。 認定によって生じた被告との間の紛争は,原告が本件協定の適用を受けられるか否かという紛争であって,損害賠償をめぐる紛争ではない。 本件協定が,協定の適用対象者を認定患者としている意義も,認定によって紛争が生じるととらえているのではない。水俣病そのものによって原因企業である被告と患者との間で生じていた紛争を可能な限り幅広く合理的に解決する方法手段として,前記のとおり,補償内容を定型化した上で,補償交渉で大きな争点であった補償すべき水俣病患者の確定の方法について,公正さが制度的に保障される第三者の公的判断である認定に依拠することで,患者と被告の双方が納得のいく解決を目指したものと解される。司法解決がされれば水俣病をめぐる紛争が解決され,本件協定による紛争解決の必要がなくなる。したがって,本件協定において紛争解決の基準とされた認定の有無は,紛争解決の必要がなくなる以上,もはや問題とする必要がなくなるはずである。このように考えると,司法解決の有無を問わず,認定患者- 38 -となれば,だれでも協定の適用を受けられるものと協定締結当事者が想定していたとは,到底考えられないのである。 なお,本件協定の立会人のうち,亡くなった当時の環境庁長官三木武夫を除く3人の立会人は,平成21年12月18日付けの「1973年水俣病補償協定書について協定書締 とは,到底考えられないのである。 なお,本件協定の立会人のうち,亡くなった当時の環境庁長官三木武夫を除く3人の立会人は,平成21年12月18日付けの「1973年水俣病補償協定書について協定書締結立会人の声明」(甲8)において,「この協定書は,川本輝夫氏ら,1971年行政不服審査請求によって逆転認定を受けた患者の自主交渉派と第1次訴訟で全面勝訴した患者家族とが合流して,「水俣病患者東京交渉団」を結成し,チッソ本社交渉を行って締結されたものである。即ち,裁判で勝訴した患者・家族とチッソが交渉して,裁判判決以上の内容を協定したものである。今日,チッソが関西訴訟の原告に対して,判決で決着ずみとして補償協定締結を拒否しているのは,この経過と協定の内容からいって,明らかな協定違反である。」と述べている。 しかし,第1次訴訟で勝訴した患者らが協定に加わっているとしても,判決は協定締結前の事情にすぎない。既に判決が確定した第1次訴訟の原告が当事者となっているからといって,協定締結後に判決が確定した者も協定の対象とすることが合意されたと解する根拠にはならない。また,協定の内容が裁判判決以上の内容を協定したものであるとしても,それは第1次訴訟と比較して裁判判決以上というにすぎない。協定によらずに司法解決を求めた者が将来あった場合に,その者との間でされる裁判判決の内容が,この協定を下回ることは協定締結時点では分からないはずである。裁判と協定とは,紛争解決のために用意されたそれぞれ独立の道筋であって,司法は,行政認定の有無や協定の内容などにはかかわりなく独立の判断をするのである。裁判と協定のどちらが有利であるか,裁判の判決前にあらかじめ決まるものではない。それは,判決前には認定を受けられず,ひいて協定による補償を受けられなかったため,やむを得ず司法救済を をするのである。裁判と協定のどちらが有利であるか,裁判の判決前にあらかじめ決まるものではない。それは,判決前には認定を受けられず,ひいて協定による補償を受けられなかったため,やむを得ず司法救済を求めた原告についても同じである。 水俣病関西訴訟の判決によって認容された原告の慰謝料の額は,本件協定の慰謝料の額よりも少なくなっている。しかし,それは,原告の水俣病の症状が裁判所によ- 39 -って評価され,そのように判断されたという結果論にすぎない。 結論 以上によれば,本件協定が,民法537条1項の第三者のためにする契約であるとしても,水俣病による損害賠償請求についての紛争解決を目的とする協定の性質からみて,第三者として本件協定の適用を受けられる者は,「協定締結以降に認定された患者」(本文三項)をすべて含むのではなく,被告に対する水俣病による損害賠償請求権について認定前に確定判決を受けた者は,解釈上当然に除かれる。認定前に,水俣病関西訴訟の確定判決により被告に対する損害賠償請求権が確定していた原告は,判決確定後に認定を受けたといっても,本件協定の解釈上,協定の適用を受けることができる第三者にはあたらない。したがって,原告が本件協定の適用を希望して協定の利益を享受する意思表示をしたとしても,本件協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位を取得することはない。 また,上記認定判断によれば,被告が,損害賠償請求権が確定した後に認定を受けた原告以外の患者に対して本件協定の適用を認めた事例があるわけではないから,これまでの先行する被告の行為や態度に基づき,原告を含む水俣病患者が,既に確定判決による司法救済を受けているにもかかわらず,行政認定を受ければ本件協定に基づく補償を受けることができる法的権利・地位にあると信頼することが,当然に保護されるべ ,原告を含む水俣病患者が,既に確定判決による司法救済を受けているにもかかわらず,行政認定を受ければ本件協定に基づく補償を受けることができる法的権利・地位にあると信頼することが,当然に保護されるべき利益となっているともいえない。したがって,司法救済後に熊本県知事の認定を受けた原告との間での補償協定の締結を拒絶した被告の行為が,禁反言の原則,信義・誠実の原則や法の根底をなす正義の理念・衡平の原則に反すると決めつけることもできない。 したがって,本件協定に基づく補償給付を受ける権利を有する地位にあることの確認を求める訴えは理由がない。また,協定に定める患者本人の慰謝料1600万円(最低ランクであるCランクの金額)とこれに対する利子の支払を求める請求についても,ランク付けが未了で給付の条件が成就していない点はさておき,前提となる補償給付を受ける権利を有する地位があるとはいえないから,理由がない。 - 40 -大阪地方裁判所第13民事部裁判長裁判官小林久起裁判官加藤員祥裁判官田之脇崇洋

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