- 1 -平成25年(う)第1464号覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件平成26年3月13日東京高等裁判所第10刑事部判決 主文 本件各控訴をいずれも棄却する。 被告人3名に対し,当審における未決勾留日数中各140日をそれぞれ原判決の懲役刑に算入する。 理由 第1 控訴の趣意本件各控訴の趣意は,被告人3名に共通であり,要するに,第1に,原審の訴訟手続には,①財務事務官作成の写真撮影報告書や差押調書等を刑訴法321条3項により証拠とした点,②弁護人の証拠調べ請求を却下した点,③検察官が証拠請求した白色結晶を「覚せい剤結晶」として証拠とした点,④裁判官独自の推定のルールにより裁判員の自由心証を規制するとともに検察官の証明責任を軽減した点において,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある,第2に,被告人3名がラスベガスの空港で機内預託したスーツケースに覚せい剤が入っていた事実は証明されず,また,被告人3名に覚せい剤輸入の故意はないのに,これらを認定して被告人3名を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。 第2 訴訟手続の法令違反の論旨について 1 財務事務官作成の写真撮影報告書や差押調書等を刑訴法321条3項により証拠とした点(1) 所論は,財務事務官作成の写真撮影報告書等(原審甲8ないし16)及び差押調書(原審甲17,38,50)について,①財務事務官が作成した書面に刑訴法321条3項を準用又は類推適用することはできない,②写真撮影報告書等には撮影時間や撮影時の状況等に関する記載がなく,ま- 2 -た,差押調書は法令上検証とは別個の処分である差押えの結果等を記載したものであるから,いず 適用することはできない,②写真撮影報告書等には撮影時間や撮影時の状況等に関する記載がなく,ま- 2 -た,差押調書は法令上検証とは別個の処分である差押えの結果等を記載したものであるから,いずれも性質上検証調書と同視できず,同項を準用又は類推適用することはできない,③作成名義に偽りがある,④記載内容に,見分結果やそれから論理的に推理される意見判断とはいえない記載が含まれていたり,誤りがある旨指摘し,これらの書面を同項により証拠とした原審には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があると主張する。 (2) 上記各書面は,税関職員が,被告人3名に係る犯則事件の調査において,<ア>所持品等を観察して確認した結果を,撮影した写真を貼付するなどして書面化し,被告人3名が携行していたスーツケース及び収納物の形状等を立証趣旨として証拠とされたもの(写真撮影報告書3通。原審甲8,11,14),<イ>押収品を観察して確認した結果を,撮影した写真を貼付するなどして書面化し,被告人3名から押収した覚せい剤の形状等を立証趣旨として証拠とされたもの(押収品写真撮影及び品名等訂正報告書・原審甲9,押収品写真撮影及び品名訂正報告書・原審甲12,押収品写真撮影報告書・原審甲15),<ウ>白色結晶の収納状態を観察して確認した結果を,撮影した写真を貼付するなどして書面化し,被告人3名から押収した覚せい剤の形状等を立証趣旨として証拠とされたもの(白色結晶の収納状態確認報告書3通。原審甲10,13,16),<エ>所持品の差押手続をした税関職員が,差押の日時及び場所,差押物件等を記載して書面化し,被告人3名から覚せい剤と認められる白色結晶等を差し押さえたこと等を立証趣旨として証拠とされたもの(差押調書3通。原審甲17,38,50)である。いずれの書面 び場所,差押物件等を記載して書面化し,被告人3名から覚せい剤と認められる白色結晶等を差し押さえたこと等を立証趣旨として証拠とされたもの(差押調書3通。原審甲17,38,50)である。いずれの書面も,原審において,作成名義人らを証人として尋問した上で刑訴法321条3項により証拠とされ,原判決では証拠の標目に掲げられて,税関検査で被告人3名のスーツケースから覚せい剤が発見されたことなどの犯罪事実の証明に用いられている。 - 3 -(3) 作成主体(所論①)について上記各書面の作成者は,いずれも関税法に定める税関職員であるところ,犯則事件の特殊性にかんがみ,同法の規定に基づき,犯則事件を調査するため必要があると認めるときは,犯則嫌疑者に質問したり所持する物件等を検査したりできるほか,裁判官の発する許可状により強制処分である臨検,捜索及び差押えができるものとされ,これらの調査をしたときには法令に定める事項を記載した調書を作成すべきものとされている(関税法第11章第1節,同法施行令第9章参照)。これらの規定に照らせば,税関職員による犯則事件の調査は,検察官,検察事務官又は司法警察職員が行う犯罪の捜査に類似する性質を有するものと認められるから,税関職員が犯則事件の調査において作成した書面であっても,検証の結果を記載した書面と性質が同じであると認められる限り,刑訴法321条3項所定の書面(以下「3項書面」という。)に含まれるものと解するのが相当である。 (4) 書面の性質(所論②)について刑訴法321条3項が,捜査機関の検証の結果を記載した書面について,その作成の真正が立証されれば証拠能力を認めることとしているのは,検証が場所や物の状態を五官の作用により客観的に観察して認識する作業であり,その結果が検証の直後 の検証の結果を記載した書面について,その作成の真正が立証されれば証拠能力を認めることとしているのは,検証が場所や物の状態を五官の作用により客観的に観察して認識する作業であり,その結果が検証の直後に業務として正確かつ詳細に記載されるという採証活動及び調書作成の特質に照らして,検証の結果を記載した書面の方が検証者による口頭の報告よりも正確で理解しやすい上,検証者の主観的意図によって虚偽が作出される余地も少ないことを理由とするものと解される。 このような趣旨を踏まえて考察すると,本件各写真撮影報告書等(原審甲8ないし16)は,税関職員が,犯則物件の発見状況や押収品を明らかにし,証拠として確保することなどを目的として,五官の作用により被告人3名の所持品や押収品の状態等を観察,確認して写真を撮影し,その結果- 4 -を撮影した写真を貼付するなどして書面化したものであって,採証活動及び調書作成の点において検証と性質を同じくするものであり,書面の方が口頭による報告より正確で理解しやすいものであるから,検証の結果を記載した書面と同質の書面と認められ,3項書面に含まれるものと解される。 所論は,撮影時間や撮影時の状況,条件に関する記載がない点を問題視するが,各書面の内容に照らせば,これらの記載がなくても検証の結果を記載した書面と同視し得る客観的,技術的性質を有するものと認められる。 一方,本件各差押調書(原審甲17,38,50)は,税関職員が,検証(臨検)とは目的や性質が全く異なる採証活動である差押えについて,処分の適正を期することを主眼として作成された書面であるから,差押えの際に対象物を認識して特定する作業をしていることや,差押調書の方が差押えをした者による口頭の報告よりも差押物件等を正確に了解させ得る面があることなどを考慮 眼として作成された書面であるから,差押えの際に対象物を認識して特定する作業をしていることや,差押調書の方が差押えをした者による口頭の報告よりも差押物件等を正確に了解させ得る面があることなどを考慮しても,検証の結果を記載した書面と同質のものとはいい難い。したがって,本件各差押調書は3項書面に含まれないから,所論③及び④について検討するまでもなく,これらを刑訴法321条3項により証拠とした原審の措置には同項の解釈,適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 (5) 写真撮影報告書等の作成名義及び記載内容(所論③及び④)について所論は,<ア>原審甲8,11及び14の各作成名義人は実際に写真撮影をしておらず,作成名義の真正を欠く,<イ>原審甲8,11及び14における試薬検査の結果の記載は,見分結果外の事情であり,見分結果を資料として論理則,経験則等により推理される意見判断ともいい難い,<ウ>原審甲9及び12における品名等の訂正部分は見分結果ではない,<エ>原審甲11及び14に記載された撮影者や撮影場所は実際のものと異なる,<オ>原審甲10,13及び16には不実の記載がある旨主張する。 税関職員の各公判供述によれば,原審甲8,11及び14は,複数の税関- 5 -職員が,被告人3名に係る犯則事件について,その所持品等の観察及び写真撮影,白色結晶の試薬による検査,それらの結果の書面化の各作業をそれぞれ分担して作成したものと認められる。具体的には,原審甲8は,被告人Xについて,Aが所持品等の観察及び写真撮影を行い,Bが試薬検査を行った上で,作成名義人のCが撮影された写真のデータを用いて印刷した写真を貼付したり試薬検査の結果を簡潔に記載するなどして作成したもの,原審甲11は,被告人Yについて,A,D及びEが所持品等の観察 を行った上で,作成名義人のCが撮影された写真のデータを用いて印刷した写真を貼付したり試薬検査の結果を簡潔に記載するなどして作成したもの,原審甲11は,被告人Yについて,A,D及びEが所持品等の観察及び写真撮影を行い,Bが試薬検査を行った上で,作成名義人のFが撮影された写真のデータを印刷した写真を貼付したり試薬検査の結果を簡潔に記載するなどして作成したもの,原審甲14は,被告人Zについて,A及びGが所持品等の観察及び写真撮影を行い,Bが試薬検査を行った上で,作成名義人のHが撮影された写真のデータを印刷した写真を貼付したり試薬検査の結果を簡潔に記載するなどして作成したものと認められる。 以上を踏まえ,まず所論<ア>について検討すると,原審甲8及び11の作成名義人であるC及びFは,いずれも被告人X及び同Yの所持品等の観察及び写真撮影並びに試薬検査に立ち会っておらず,応援として関与したにとどまり,これらの見分に実質的に関与していたと認めることはできない。 他方,原審甲14については,作成名義人であるHが,所持品等の観察及び写真撮影並びに試薬検査に立ち会い,これらの見分にも実質的に関与していたことが認められる。このような観点からみると,いずれも作成名義人として原審公判廷で作成経過を供述しているところ,見分に実質的に関与していた原審甲14については作成の真正の立証がなされたといえるが,見分に実質的に関与していない原審甲8及び11については,C及びFの各供述により作成の真正が立証されたとした原審の措置には誤りがあるといわざるを得ない。しかしながら,各写真撮影報告書の作成過程をみると,C及びFは,いずれも共有フォルダから写真データを取り出して印刷した- 6 -写真を貼付し,各写真の簡潔な説明書を記載し,また,白色結晶の写真に関して試薬 ,各写真撮影報告書の作成過程をみると,C及びFは,いずれも共有フォルダから写真データを取り出して印刷した- 6 -写真を貼付し,各写真の簡潔な説明書を記載し,また,白色結晶の写真に関して試薬検査の結果の簡潔な記載(「上記白色結晶については仮鑑定の結果覚せい剤と認められた」との記載)を付記したにとどまるのである。 その作成過程は,写真貼付部分は機械的なものであり,写真の説明書や試薬検査結果の付記の部分は見分者の代筆というべきものであって,C及びFの個人的な知見や憶測等が混入する余地はない。そして,写真撮影者(A,D,E)や試薬検査実施者(B)はいずれも証人として尋問を受け,原審甲8及び11の写真に関し,自ら対象物を観察して撮影した当該写真である旨や,写真にかかる白色結晶について試薬検査を実施し覚せい剤と確認した旨をそれぞれ供述しているものと認められる。そうすると,原審甲8及び11の各写真撮影報告書を作成したのはC及びFであり,同人らの作成名義が記載されてはいるものの,その機械的な,あるいは代筆としての作成過程に鑑みれば,実質的には見分に当たった写真撮影者や試薬検査実施者が各報告書を作成したと同視できるとともに,それが真正に作成されたものであることを供述したと理解することができるのであって,このような事情が認められる上記各写真撮影報告書にあってはその作成の真正の立証がなされたものというべきである。 次に,所論<イ>については,Bの公判供述によれば,被告人3名が所持していた各白色結晶について観察し,その際に試薬検査を実施した結果,試薬が覚せい剤を入れたときと同じ色に変化したことを観察,確認したものと認められるから,試薬検査の結果の記載は,見分結果及びこれから論理則,経験則等により推理される意見判断の範囲内のものと認められる。 薬が覚せい剤を入れたときと同じ色に変化したことを観察,確認したものと認められるから,試薬検査の結果の記載は,見分結果及びこれから論理則,経験則等により推理される意見判断の範囲内のものと認められる。 また,所論<ウ>については,原審甲9及び12における品名等の訂正部分は,押収品を観察した過程で確認した結果を記載したものであるから,この部分も3項書面に含まれるというべきである。 所論<エ>について,原審甲11及び14の各写真番号1の写真は,第5号- 7 -検査室においてAが撮影したものであり,各書面の記載と異なる。しかし,各写真番号1の写真は被告人3名の写真であり,その撮影後被告人ごとに各検査室で各携行品を撮影した経緯があったものであるところ,第2号検査室や第4号検査室は第5号検査室と同じ区画にある近接した部屋であること,各写真番号1以外の写真は書面上の撮影場所及び撮影者により撮影されていることからすると,各写真番号1の撮影場所や撮影者が異なることにより作成の真正が否定されるものではないというべきである。 さらに,所論<オ>について,原審甲10,13及び16の各写真番号1に関する記載は,各書面記載の確認年月日及び確認場所において,記載の従事職員が,初動捜査時に撮影した写真を観察して収納状態を確認した結果を記載したものであり,各書面にはその旨の説明もなされているのであるから,所論のいうような不実の記載はない。 2 弁護人の証拠調べ請求を却下した点所論は,原審の訴訟手続には,①被告人3名の無罪を示す弁護人請求の重要な証拠物や証人の証拠調べ請求を却下した点,②被告人3名の所持品自体の証拠調べ請求を却下し,それらの写真撮影報告書等を証拠として採用した点,③検察官と弁護人の証拠調べ請求について採否の基準を の重要な証拠物や証人の証拠調べ請求を却下した点,②被告人3名の所持品自体の証拠調べ請求を却下し,それらの写真撮影報告書等を証拠として採用した点,③検察官と弁護人の証拠調べ請求について採否の基準を異にするなど不公平である点において,関連性等の証拠の採否に関する判断を誤った違法や憲法37条2項違反があり,また,公平な裁判所による公平な裁判を受ける権利を侵害する憲法37条1項,市民的及び政治的権利に関する国際規約14条1項違反があるのであって,これらの違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである旨主張する。 しかし,①は,後記第3の2(6)のとおり,原審が却下した各証拠に依拠して所論が指摘する事実関係は,いずれも被告人3名の故意の認定に影響を及ぼすものではないから,これらの証拠調べ請求を却下した原審の措置が違法とはいえない。また,②は,本件事案の内容,争点及び各当事者の主張に照- 8 -らせば,被告人3名の所持品自体の証拠調べ請求を却下し,これを観察,確認した結果を記載した写真撮影報告書等を証拠とした原審の措置は合理的な裁量の範囲内のものであって,違法とはいえない。さらに,③も,本件の判断に必要か否かにより証拠の採否を判断していると認められるから,裁量を逸脱した不公平で違法な措置とはいえない。 3 検察官が証拠請求した白色結晶を「覚せい剤結晶」として証拠とした点所論は,原審は,被告人3名から押収した白色結晶と鑑定に付された白色結晶の同一性等が証明されていないのに,検察官が証拠請求した白色結晶を「覚せい剤結晶」として証拠とした点において,訴訟手続の法令違反がある旨主張する。 しかし,原審において覚せい剤結晶の取調べより前の段階で取り調べられた関係証拠(ただし,前記1において証拠能力を否定した本件各差押調書を除 点において,訴訟手続の法令違反がある旨主張する。 しかし,原審において覚せい剤結晶の取調べより前の段階で取り調べられた関係証拠(ただし,前記1において証拠能力を否定した本件各差押調書を除く。)によれば,羽田税関検査場で被告人3名が所持していたスーツケースの中に白色結晶が存在したこと,これらの白色結晶が押収されてその一部が鑑定に付され,鑑定の結果,覚せい剤と判明したことが認められるのであり,検察官はそのような立証がなされることを前提としてこれらの白色結晶を「覚せい剤結晶」として証拠請求したことが認められる。所論は白色結晶の同一性に疑問を呈するが,押収された白色結晶と鑑定に付された白色結晶の同一性は,押収品写真撮影報告書等(原審甲9,12,15)と鑑定書(原審甲37,49,64)にそれぞれ記載された目録番号等により認められる。 また,本件各差押調書の作成名義人(I,E及びG)の各公判供述によれば,被告人3名から押収された白色結晶は「平成24年東地領第2030号」という領置番号が付されて検察庁に保管されたことが認められ,その過程に白色結晶の同一性を疑わせる具体的な事情は窺われないから,押収された白色結晶と検察官が証拠請求した白色結晶の同一性も認められる。したがって,原審が,検察官の請求に係る白色結晶を覚せい剤結晶として証拠とした措置- 9 -に違法な点はない。 4 裁判官独自の推定のルールにより被告人3名の故意を認定した点原判決は,被告人3名がそれぞれ5000ドルの報酬に加え航空機代や滞在費も負担してもらう約束でアメリカから日本に高価な品物を運ぶことを引き受け,予め800ドルを受領した上,ラスベガスで受け取ったスーツケース内に本件スモークサーモンの箱(以下「本件箱」という。)が入っているのを見たことから,特段の事情 日本に高価な品物を運ぶことを引き受け,予め800ドルを受領した上,ラスベガスで受け取ったスーツケース内に本件スモークサーモンの箱(以下「本件箱」という。)が入っているのを見たことから,特段の事情がない限り本件箱の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないと認識したことが認められる旨判断しているところ,所論は,このような原判決の認定方法は,裁判官独自の推定のルールにより裁判員の自由心証を規制するとともに検察官の証明責任を軽減するものであって,憲法31条,市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項,裁判員法62条に違反する旨主張する。 しかし,原判決の上記判断は裁判官と裁判員の評議の結果を説示したものであり,裁判官が設定したルールにより裁判員の自由な心証形成を侵害したなどとする所論は憶測の域を出ていない。所論は,裁判員が上記の認定方法をするとは考え難く,判示の表現に照らして裁判官が説示したことに疑いはないなどというが,原審の論告で,検察官が,本件犯行態様から被告人3名の故意が強く推認される旨主張していることなどに照らせば,当事者の主張立証を踏まえた評議の結果として上記の判断に至ったものと考えられるし,裁判官が評議において上記のような考え方を自らの意見として述べたとしても違法とされる理由はない。また,原判決は,故意を推認させる方向の事実によれば推認に達するとした上で,これを否定する方向の事実が上記推認に合理的な疑いを生じさせるかという観点で被告人3名の供述の信用性等を検討して故意を認定しているのであって,検察官の証明責任を軽減しているものではない。所論はいずれも前提を欠く。 5 小括- 10 -前記1のとおり,原審が,本件各差押調書を3項書面として証拠とした点は,刑訴法321条3項の解釈,適用を誤っ 減しているものではない。所論はいずれも前提を欠く。 5 小括- 10 -前記1のとおり,原審が,本件各差押調書を3項書面として証拠とした点は,刑訴法321条3項の解釈,適用を誤った違法な措置である。そして,他に,同調書に証拠能力を認めることができる根拠は見当たらないから,同調書を証拠とした原審の措置は違法であるが,前記3及び後記第3の2のとおり,同調書を除いても原判示の罪となるべき事実が認められるから,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反とはいえない。 訴訟手続の法令違反の論旨は理由がない。 第3 事実誤認の論旨について 1 原判決の判断原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,被告人3名が,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,覚せい剤を日本国内に輸入しようと計画し,ラスベガスの空港でJ航空2140便に搭乗する際,ビニール袋39袋に小分けされた覚せい剤約10.981キログラムを食品の箱39箱に収納し,スーツケース3個に隠し,機内預託手荷物として同機に積み込ませ,ソルトレイクシティの空港でJ航空635便に積み替えさせ,同便により東京国際空港に到着し,スーツケース3個を機外に搬出させて日本国内に持ち込み,東京税関羽田税関支署旅具検査場を通過しようとしたが,税関職員に発見され目的を遂げなかったというものである。 原判決は,挙示の証拠によれば被告人3名がラスベガスの空港で機内預託したスーツケースに覚せい剤が入っていたことが認められるとした上で,①被告人3名が,それぞれ5000ドルの報酬に加え航空機代や滞在費も負担してもらう約束でアメリカから日本に高価な品物を運ぶことを引き受け,予め800ドルを受領した上,ラスベガスで受け取ったスーツケース内に本件箱が入っているのを見たことから,特段の事情がな 滞在費も負担してもらう約束でアメリカから日本に高価な品物を運ぶことを引き受け,予め800ドルを受領した上,ラスベガスで受け取ったスーツケース内に本件箱が入っているのを見たことから,特段の事情がない限り本件箱の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないと認識したことが認められるとした。そして,原判決は,②Mと名乗る男性やN(被告人Xの友人K- 11 -(以下「K」という。)の姉)の説明を完全に信用していたので本件箱の中に違法な物が入っているとは全く考えなかったという被告人3名の公判供述は,高額の報酬と引換えに中身が分からない物を日本まで運ぶ仕事を引き受ける理由として到底納得できないことなどから信用できないこと,③税関検査における被告人3名の言動も本件箱の中に違法な物が隠されているかもしれないと認識していたという認定に沿うものであることなどに照らせば,上記特段の事情があったことを窺わせる証拠はなく,被告人3名は本件箱の中に覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物が隠されているかもしれないと認識したことが認められると判断している。 2 当裁判所の判断(1) 被告人3名がラスベガスの空港で機内預託したスーツケースに覚せい剤が入っていたこと及び被告人3名が覚せい剤輸入の未必的な故意を有していたことを認めた原判決の判断は,正当なものとして当裁判所も是認することができる。以下,所論にかんがみ補足して説明する。 (2) 荷物積替えの回数所論は,本件ではロサンゼルスの空港においても機材変更に伴う荷物の積替えがなされたから,この点を認定していない原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある旨主張する。 確かに,関係証拠によれば,所論指摘の事実が認められるが,ロサンゼルスの空港を経由して積替えをしたとい を認定していない原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある旨主張する。 確かに,関係証拠によれば,所論指摘の事実が認められるが,ロサンゼルスの空港を経由して積替えをしたという事実は,本件覚せい剤輸入罪等の訴因を構成するものではないし,J航空635便として東京国際空港に到着したのであるから特定の点でも誤りはない。また,ロサンゼルスの空港における機内預託手荷物の積替えに際し,被告人3名のスーツケースが開けられ,収納されているスモークサーモンの箱がすり替えられたり,これに作為が加えられるなどしたことは全く窺われない。したがって,判決に影響を及ぼす事実の誤認はない。 - 12 -(3) 被告人3名が覚せい剤を輸入したこと所論は,ラスベガスの空港で機内預託した被告人3名のスーツケースに覚せい剤が入っていた事実は証明されていない旨主張する。 しかし,関係証拠(前記第2の1において証拠能力を否定した本件各差押調書を除く。)によれば,被告人3名がラスベガスの空港で機内預託したスーツケースにスモークサーモンの箱が多数入っていたこと,羽田税関において被告人3名のスーツケースに合計39個の本件箱が収納されており,各箱にビニール袋入りの白色結晶が1袋ずつ収納されていたこと,この39個のビニール袋入りの白色結晶が押収され,それぞれの一部が鑑定に付され,鑑定の結果,いずれも覚せい剤と判明したことが認められる。そして,被告人3名がラスベガスの空港で機内預託したスーツケースに収納されていたスモークサーモンの箱と本件箱との同一性に疑いを抱かせる具体的な事情は一切窺われない。そうすると,被告人3名がラスベガスの空港で機内預託したスーツケースに覚せい剤が入っていたことは優に推認できるから,その旨の原判示は正当である。 に疑いを抱かせる具体的な事情は一切窺われない。そうすると,被告人3名がラスベガスの空港で機内預託したスーツケースに覚せい剤が入っていたことは優に推認できるから,その旨の原判示は正当である。 (4) 覚せい剤輸入罪における故意の解釈所論は,覚せい剤輸入罪における覚せい剤の認識は,漠然とした疑いや不安では足りないのに,原判決は,被告人3名が,覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないという単なる不安や疑念を有していたことをもって,覚せい剤輸入の故意を認めており,故意の解釈を誤っている旨主張する。 しかし,原判決は,前記1①のとおり,具体的な事実関係に依拠して被告人3名が本件箱の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないと認識した旨認定しており,漠然とした疑いや不安を超えた認識を認定していることは明らかであって,所論は前提を欠く。 (5) 故意の認定手法- 13 -所論は,前記1①の原判決の認定手法は,高額の費用をかけて隠して運ぶ物という要素を優先的に取り上げ,これらの事実のみに依拠して証明責任を転換するような故意の推認をしており,故意を否定する方向の重要な要素を並列的に考慮しておらず,このような認定手法は恣意的であって経験則等に反する旨主張する。 しかし,原判決は,覚せい剤の認識を推認させる方向とこれを否定する方向の両方の事実関係を適切に考慮しているといえるから,所論は原判決を正解しないものであって,前提を欠く。 (6) 故意の判断内容ア所論は,前記1①の原判決の推認は経験則等に反するものであり,被告人3名が違法薬物の認識を有していたとするには合理的な疑いが残る旨主張する。 イそこで検討すると,関係証拠によれば,被告人3名がそれぞれ覚せい剤の入った本件箱を 則等に反するものであり,被告人3名が違法薬物の認識を有していたとするには合理的な疑いが残る旨主張する。 イそこで検討すると,関係証拠によれば,被告人3名がそれぞれ覚せい剤の入った本件箱を運搬するに至った経緯については,原判決の「争点に対する判断」2のとおりの事実が認められる。そして,被告人らは,いずれも5000ドルの報酬に加え航空機代や滞在費も負担してもらう約束で,アメリカから日本に高価な品物を運ぶことを引き受け,予め800ドルを受領した上,素性が知れないMからスーツケース3個を受け取り,それぞれ本件箱が入っているのを確認している。被告人3名は,本件箱の中に高価な隠匿物があることを容易に理解したはずであるし,自分らが専らその隠匿物を秘密裡に運搬する目的で日本まで行くことや,その運搬のために報酬や渡航費用等の多額の費用がかけられていることも分かっていたのである。そして,隠匿物が目的に反して発見される危険は常にあるから,被告人らは,当然隠匿物が何であるかを心配したはずであるが,Mから本件箱の中身を明らかにする具体的な説明はなく,その中身を見ることを禁じられていた。このような多額の費用をかけ,- 14 -かつ,発覚の危険を冒してまで秘密裡に本邦に持ち込もうとする物で,本件箱に隠匿し得る物として,通常想定されるのは覚せい剤を含む違法薬物であり,上記のような状況におかれた被告人3名においても,特段の事情のない限り,少なくとも,本件箱の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているかもしれないことを認識していたと推認できる。そうすると,本件箱の中身が違法薬物ではないと信じ切っていたなどの上記の推認を妨げる事情が窺われない限り,被告人3名は本件箱の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないと認識したことが認められるのであっ 箱の中身が違法薬物ではないと信じ切っていたなどの上記の推認を妨げる事情が窺われない限り,被告人3名は本件箱の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないと認識したことが認められるのであって,その旨の原判示には経験則等に反する不合理な点は存しない。 上記の特段の事情に関し,所論は,被告人3名はMやNに運ぶ物について質問し,その説明を信用して被告人3名がそれぞれ供述するとおり違法薬物以外の物を具体的に認識していた旨主張する。被告人3名が認識していたという内容は,原判決の「争点に対する判断」4のとおりであり,被告人Xは書類や宝石等ではないかと思った,被告人Zは企画書やハードディスク等ではないかと思った,被告人Yは遺灰,宝石,芸術品等を運ぶと思ったなどと供述している。しかし,被告人Xは,本件の約4か月前にKから話を聞いて,「話がうますぎる。」,「薬物が関係していないとどうやったら分かるのか。」などと,運ぶ物が違法薬物かもしれないと疑っていたのであり,その後,Mに会って話を聞いても運ぶ物が何か明らかにされないばかりか,Mの説明内容は,要するに,中身を教えることのできない高価な物の運搬を面識のない運搬の素人に高額の報酬で委託するなどという常識的に考えて不自然,不合理なものであり,上記疑念が払拭されるような内容とは到底いえない。被告人Zにとっても,同様に,中身を明らかにできない高価な物の運搬を面識のない素人に高額の報酬で委託するなどという不自然,不合理な説明以上の- 15 -ものではなく,実際に隠匿物が何か明らかにされなかったのであるから,違法薬物ではないと信じられる状況とは到底いえない。被告人Yは,原審公判で,Nを介して申込書を提出し,遺灰,宝石,芸術品等の価値ある物を海外に運ぶ会社に雇われ,これらの物を運ぶと思ったな あるから,違法薬物ではないと信じられる状況とは到底いえない。被告人Yは,原審公判で,Nを介して申込書を提出し,遺灰,宝石,芸術品等の価値ある物を海外に運ぶ会社に雇われ,これらの物を運ぶと思ったなどと供述するが,契約について会社に連絡をとったり,契約に関する書面を見たりしたことすらなく,まして契約書も作成していないというのであるから,会社に雇われたと思っていたという供述は信用できない。また,Nの説明というのもMの説明と同様であり,それ自体が不自然,不合理なものであった上,本件箱の中身についても曖昧に言うだけで確たる説明はなかったのであるから,運ぶ物が違法薬物ではないと信じられる状況とは到底いえない。このように,MやNらの説明を信じ,本件箱の中に違法薬物が入っているとは全く考えなかったという被告人3名の各公判供述は信用できないのであって,その旨の原判示は相当である。 ウ所論は,原判決が被告人3名の間で運ぶ物の中身等について話し合ったことが窺われないのは不自然であるとした点について,被告人3名が互いにMやNから異なる説明を聞いていたことを知っていたわけではないから,話し合いをしなかったことは不自然ではなく,むしろ,被告人3名がMらの説明を信じ疑問を抱いていなかったことを示すものであるなどと主張する。しかし,そもそもMやNの説明自体が上記のとおり不自然,不合理である上,中身についての確たる説明もないのであるから,通常であれば不安が募り情報を求めると思われるのであり,中身について話し合いが窺われないのも不自然であるとした原判示が不合理とはいえない。 所論は,被告人3名が,MやNと民族的,文化的な親近感や結び付きがあった上,Nと親しい友人であったこと,いずれも20代前半の社会経験に乏しい者であり,だまされやすい素地があった えない。 所論は,被告人3名が,MやNと民族的,文化的な親近感や結び付きがあった上,Nと親しい友人であったこと,いずれも20代前半の社会経験に乏しい者であり,だまされやすい素地があったことなどに照らせ- 16 -ば,MやNの説明を信じた理由が漠然としているとはいえないなどと主張する。しかし,本件箱の入ったスーツケースを持ってきたMは面識がなく素性も明らかでない人物であったのであり,Mの話が信用できる状況ではない。加えて,MやNの説明は,それ自体が不自然,不合理であると容易に気付く内容である上,Nが親しい友人であったとしても同人は本件箱の中身は知らなかったのであるから,中身についてのNの説明が信用できるような状況ではない。現に,被告人Xは,同じく運ぶ物の中身は知らなかった友人のKの話を聞いて上記のとおり疑念を抱いている。したがって,所論指摘の事情を考慮しても,Mらの説明を信じたという被告人3名の公判供述の信用性を否定した判断に疑問は生じない。 所論は,被告人XがKやNの日本渡航にも問題があったことを認識していたとする原判決の判断は誤っている,通常の人であれば,アメリカと日本を2回も無事に往復し,アメリカの税関で調査を受けたのに薬物事犯として捜査等されていないことを認識すれば,違法薬物を運んでいるという疑いは払拭されるはずであるなどと主張する。しかし,原判示のとおり,Kらも上記の2回とも運ぶ物を明らかにされていなかった上,帰国した際にアメリカの税関で長時間調査を受け,日本で受け取った1万ドル弱の現金を没収されるなどし,その理由も結局分からなかったというのであるから,被告人Xの上記疑念が払拭されたとは到底認め難い。 所論は,税関検査における被告人3名の言動について,覚せい剤の認識を裏付ける推認力は強くな その理由も結局分からなかったというのであるから,被告人Xの上記疑念が払拭されたとは到底認め難い。 所論は,税関検査における被告人3名の言動について,覚せい剤の認識を裏付ける推認力は強くない,被告人3名が同じ検査台に行き抵抗せずにX線検査に応じて笑顔を見せたりしていたが,覚せい剤であることが判明すると泣き出したこと,ばらばらで簡単に嘘と分かる説明をしたことなどは,むしろ,被告人3名において違法薬物の認識がなかったことを示しているなどと主張する。しかし,原判決の説示に照らせば,税関検査における被告人3名の言動に強い推認力を認めているものでない- 17 -ことは明らかである。また,所論指摘の被告人3名の言動は,いずれも本件箱に覚せい剤を含む違法薬物が隠されているかもしれないという未必的な認識を有していたことと矛盾したり,相容れないものではないから,原判示に誤りはない。 所論は,被告人3名が,渡航前に周囲の知人らに対して日本渡航の話をしたり,渡航に際して家族の写真や大学の勉強道具等を持参したり,到着後空港で記念の写真撮影をするなどした行動は,明らかに緊張感を欠いていること,被告人Yは自分が運んだスモークサーモンの箱の数も把握していなかった上,Mらとの通信履歴を残していたことなどは,違法薬物の認識がある者の言動や態度として説明が困難である旨主張する。 しかし,これらの行動は,いずれも,被告人3名が未必的な認識を持っていたが,自らの行為の重大性を十分理解していなかったことや,KやNが過去に同様の運搬目的で2回無事に往復したこともあって,発覚の危険性を現実のものと捉えていなかったことなどによるものと理解し得るから,故意の認定に疑いは生じない。 所論は,Lの公判供述に依拠して,被告人3名の言動等は,違法薬物の認識が って,発覚の危険性を現実のものと捉えていなかったことなどによるものと理解し得るから,故意の認定に疑いは生じない。 所論は,Lの公判供述に依拠して,被告人3名の言動等は,違法薬物の認識がない運び屋の特徴を備えており,このことは被告人3名が違法薬物の認識がなかったことを示している旨主張する。しかし,Lが特徴と指摘する各事情は,上記検討のとおり,いずれも被告人3名の故意の判断に影響を及ぼすものではない。 エその余の所論の指摘を踏まえても,前記の特段の事情を窺わせる証拠や事情は存しないのであって,被告人3名が本件箱の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているかもしれないと認識していたとした原判決の判断は正当と認められる。 (7) 以上のほか,所論が種々指摘する点を踏まえて検討しても,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認はなく,事実誤認の論旨は- 18 -理由がない。 第4 結論よって,論旨はいずれも理由がないから,刑訴法396条により本件各控訴を棄却し,刑法21条を適用して被告人3名に対し当審における未決勾留日数中各140日をそれぞれ原判決の懲役刑に算入し,当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用してこれを被告人3名に負担させないこととして,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官村瀬均裁判官秋山敬裁判官河本雅也)
▼ クリックして全文を表示