【DRY-RUN】主 文 本件控訴を棄却する。 理 由 本件控訴の趣意は、弁護人相沢登喜男提出の控訴趣意書に記載のとおりであるか ら、これを引用する。 一、 論旨第一点の一、
主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人相沢登喜男提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。 一、 論旨第一点の一、二(事実誤認)について。 所論の要旨は、原判決の認定にかかる、被告人が販売の目的をもつて所持した、わいせつ映画フイルム一四〇巻のうち五四巻は、未現像のフイルムであつて、科学的な処理を施さなければ画面を顕出することができないから、未だわいせつ図画とはいえないのに、原判決は、これをも含めて被告人を有罪としたので、原判決には、この点において事実誤認の瑕疵がある、というのである。 そこで、審按するに、原審において取り調べた証拠によれば、所論のいう「未現像の映画フイルム五四巻」は、被告人が自ら、女性二人をモデルに使い、淫びな動作で男女性交の姿態を実演させるなどして、その場面を撮影したもので、現像、編集の段階を経てこれを売却するつもりでいたところ、それに先立ち、発覚して検挙されたため、未現像のまま昭和四〇年二月二〇日司法警察員によつて領置され、次いで、被告人がA、Bらと共謀のうえ、右未現像のフイルムを、既に現像を終えた他のわいせつ映画フイルム三五巻と共に、昭和四〇年二月二〇日一宮市a町bc番地d荘e号室C方において、販売の目的をもつて所持した、として起訴され、原判決は、判示第二の二の一において、これを被告人の犯罪事実と認定したことが認められる。 <要旨>さて、撮影後未だ現像のなされていないフイルムは、そのままでは、撮影内容を知ることが不可能であるか</要旨>ら、たとえ、わいせつ行為を撮影したものであつても、どのような形象が描写されているかを、視覚によつて認識することのできない未現像のフイルムが、果して、わいせつ図画に該当するか否か疑問がない訳ではない 、たとえ、わいせつ行為を撮影したものであつても、どのような形象が描写されているかを、視覚によつて認識することのできない未現像のフイルムが、果して、わいせつ図画に該当するか否か疑問がない訳ではない。しかしながら、わいせつの場面を撮影したものであれば、未現像の段階においても、潜在的には、既に製作者の企画にかかるわいせつ場面の映像がフイルムの上に描写されているのであつて、ただ単に、右映像を顕出するための現像の作業を残すのみであり、この作業たるや、特に、高度の知識、技能を要するものではなく、所定の科学的操作を繰り返すことによつて、比較的容易になされうる作業であり、しかも、現像は、撮影者その他製作企画者によつて、撮影の作業と一貫してなされる要はなく、他の者(たとえば、未現像のままのフイルムを買い受けた者)の意図によつてもなされ得るものであるから、未現像のまま転々頒布、販売される可能性もあるものというべく、右のように、既に潜在的にわいせつ性を帯びており、現像も比較的容易になされ得るし、また、現像しないままでも頒布、販売が可能である以上、このような未現像の映画フイルムも、刑法一七五条の意図する目的に照らし、同条所定の頒布罪、販売罪、販売目的所持罪における、わいせつ図画に当るものと解するを相当とする。(未現像のフイルムをもつてしては公然陳列罪は成立する場合が考えられないことは、いうまでもない。)しかして、本件未現像のフイルムが、卑わいな場面を撮影したものであることは、既に述べたとおりであり、このフイルムは、領置された後、警察官が被告人の承諾を得て現像し、現在当裁判所の押収(昭和四〇年押第二三二号の六四)するところであつて、その映像がわいせつの図画に該当するものであることは明白であるから、被告人が、本件未現像のフイルムを原判示日時場所において、販売 現在当裁判所の押収(昭和四〇年押第二三二号の六四)するところであつて、その映像がわいせつの図画に該当するものであることは明白であるから、被告人が、本件未現像のフイルムを原判示日時場所において、販売する目的で所持していた事実を、わいせつ図画販売目的所持罪に当るとした原判決の認定は当然であつて、そこには、法令適用の誤りも、事実誤認のかども存しない。論旨は理由がない。 二、 論旨第一点の三(事実誤認)について。 所論の要旨は、原判示第三の弁護士法違反の所為は、被告人が弁護士法七二条所定の行為を業としてなした場合にのみ成立するところ、被告人は、何ら業として原判示の所為におよんだものではないから、原判決は、この点の事実認定を誤つたものである、というのである。 しかしながら、弁護士法七二条前段に規定する所為による犯罪は、報酬を得る目的が存すれば成立し、これを業としてなしたか否かは問うところでないから、業としてなしたことを必要とするとの所論は失当である。もつとも、原判決は、被告人が報酬を得る目的をもつて、原判示第三の各所為におよんだ旨の判示をしていないので、罪となるべき事実の摘示としては、正確でないとのそしりを免れないが、原判決が挙示する証拠を検討すると、被告人が報酬を得る目的をもつてこの犯罪を敢行したことは、十分これを認め得るのであつて、このことと、原判決掲記の適用法条および判示事実とを総合して率直に考察すれば、原判決は、起訴状に記載されているとおり、被告人が報酬を得る目的をもつて、原判示第三の犯行におよんだことを認定したものと判読できるのである。ともあれ、この論旨も採用できない。 三、 論旨第二点(量刑不当)について。 所論にかんがみ、更に記録を検討するに、証拠によつて認め得る本件各犯行の動機、態様、回数、被告人の経歴、前科、日常の生活態 もあれ、この論旨も採用できない。 三、 論旨第二点(量刑不当)について。 所論にかんがみ、更に記録を検討するに、証拠によつて認め得る本件各犯行の動機、態様、回数、被告人の経歴、前科、日常の生活態度、特に、被告人は、小学校卒業後古物商の店員となつたが、約二年の後博徒の群に身を投じ、爾来渡世人の生活を続け、その間昭和二四年一一月銃砲等所持取締令違反、暴行、殺人未遂罪により、懲役三年に、同二八年四月脅迫、横領、傷害、逃走罪により、懲役一年に各処せられるなど、とかく素行が修まらないこと、その他諸般の情状を勘案すると、原判決の量刑(懲役一年)は相当であつて、所論にいう諸事情を被告人の利益に斟酌しても、右量刑が重きに失するとは認め難く、論旨は理由がない。 よつて、刑訴法三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官小淵連裁判官村上悦雄裁判官藤本忠雄)
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