昭和47(う)1472 業務上過失致死被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和47年12月20日 東京高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      原判決中被告人に関する部分を破棄する。      被告人は、無罪。          理    由  本件控訴の趣意は、弁護人戸田等作成の控訴趣意書(ただし、七を除く)記載の

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判決文本文4,439 文字)

主文 原判決中被告人に関する部分を破棄する。 被告人は、無罪。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人戸田等作成の控訴趣意書(ただし、七を除く)記載のとおりであるから、これを引用する。これに対し、当裁判所は、次のとおり判断する。 所論は、原判決が被告人に過失を認めたのは、事実を誤認したものであり、右誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、破棄を免れない、というのである。 そこで、検討すると、原判決挙示の証拠を総合すると、被告人は、漁船A丸(五三・三トン)の船長としてこれに乗り組んでいたこと、同船は、昭和四四年八月二九日釜石港東北約一二〇キロメートルの海上でまぐろ延縄漁獲の操業中、延縄がスクリユーにからみ、そのシヤフトに巻きついたので、これを取り除くため、翌三〇日釜石港に入港して釜石市a町b番地c号先岸壁に、船尾を岸壁に向けて碇泊したが、同日午後四時二五分ころ、さきに機関長Bが依頼しておいた潜水夫Cの潜水作業船が到着して、本件漁船の右側に位置し、そこから綱夫がエアホースを操作し、右潜水夫が潜水して右の縄の取り除き作業を行なつたこと、右作業に先立ち、被告人は、右Cの依頼により、作業がし易いように、操機長Dに命じてギヤを後退の状態にさせてシヤフトを出したこと、そして、被告人は、右作業中、他の乗組員らとともに本件漁船の右舷後部において、他の船舶が本件漁船の右側近くに入港して来ることなどにより右作業が妨げられたり、潜水夫に危害を及ぼしたりすることのないよう、付近の監視にあたりながら、この作業を見守つていたこと、一方機関長Bは、同日午後二時ころ上陸し、飲食店で酒、ラーメンを飲食し、同日午後四時四〇分ころ帰船したのであるが、被告人から集合時刻が午後四時半である旨告げられていたのに の作業を見守つていたこと、一方機関長Bは、同日午後二時ころ上陸し、飲食店で酒、ラーメンを飲食し、同日午後四時四〇分ころ帰船したのであるが、被告人から集合時刻が午後四時半である旨告げられていたのに、当時時計を持つていなかつたため集合時刻に三〇分ばかりも遅れたものと思い込み、当時本件漁船が岸壁から九メートルばかり離れていて渡り板もなかつたところがら、たまたまそのとき本件漁船の左側に入港して来て着岸したいか釣り船をつたわつて本件漁船の左舷から帰船し、船長はもとより他の乗組員にも帰船の知らせをしないので、急いで機関室に入り、当時まだ縄の取り除き作業が行なわれていることにも、ギヤが後退の状態になつていることにも気付かず、出港準備のためエンジンを始動させたこと、そのため、スクリユーが回転して、おりからその近くで潜水して作業中の前記Cが左大腿、両側下腿、左前腕開放性骨折および左啓部から同大腿部にかけた挫創の傷害を負い、その結果同日午後五時二〇分ころ、同市d町e丁目f番g号E病院において失血死するに至つたことが認められる。 そして、原判決は、船長である被告人としては、右機関長Bその他上陸した乗組員に対し、集合時刻を午後四時(原判決挙示の証拠によれば、前記のとおり午後四時半と認めるのが相当である。)である旨告げており、またギヤを後退の状態にしてあつたのであるから、前記作業が行なわれているころ、機関長Bが帰船して被告人の目の届かない機関室において潜水作業中であることに気付かず、またギヤの状態が前記のようになつていることに気付かず、出航準備のためエンジンを始動させ、右潜水夫に危害を与えることを慮つて、人を配して機関室への立入りを禁止するとか機関長の気付き易いところに貼紙をして機関長の不注意なエンジン始動操作を防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠 せ、右潜水夫に危害を与えることを慮つて、人を配して機関室への立入りを禁止するとか機関長の気付き易いところに貼紙をして機関長の不注意なエンジン始動操作を防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠つたため本件事故が発生した旨判示している。 たしかに、被告人が原判示のような注意をしていれば、本件事故は、発生しなかつたはずであるが、問題は、被告人に右のような注意義務があるか否かであるので、この点について考えてみる。 原判決挙示の証拠によれば、縄の取り除き作業をその業者に直接依頼したのは機関長Bであり、その結果潜水夫が同日午後四時半ころまでに来ることになり、右Bは、同日午後二時ころ上陸した際、道路上で被告人に会い、その旨を告げたことが認められるのであるから、被告人は、右Bが、同日午後四時半ころから縄の取り除き作業が行なわれることを充分承知のうえで行動するであろうと考えたとしても、これは、当然といわなければならない。そして、当審証人F、原審証人Gの各供述およびBの検察官に対する供述調書によれば、機関長としては、エンジンを始動させる場合、ギヤがニユートラルに入つているかどうかを確認すべきものであり、通常そのように行なわれているというのであつて、機関長にかかる注意義務を課することは、当該船舶およびその乗組員の安全はもとより、該船舶に近接している他の船舶およびその乗組員の安全を確保する上から考えても当然というべく、これは、機関長の守るへき基本的な注意義務であると考えられる。しかるに、右Bは、前記のとおり縄の取り除き作業が行なわれているかどうか、またギヤがニユートラルに入つているかどうか確認せず、漫然エンジンを始動させたというのであるから、同人の行動は、極めて軽卒、異常なものといわざるを得ず、これが本件事故の主たる原因となつていることは、原判決も ニユートラルに入つているかどうか確認せず、漫然エンジンを始動させたというのであるから、同人の行動は、極めて軽卒、異常なものといわざるを得ず、これが本件事故の主たる原因となつていることは、原判決も認めるところである。 ところで、船舶の船長としては、通常、機関長のような地位にある職員について、同人がその持場において、その基本的な注意義務を守り、適切な行動に出るであろうことを信頼して行動することは、当然であつて、特段の事由がない限り、同職員がその職責上その知識経験に基づき当然守るであろう基本的注意を怠り、異常な行動に出るかもしれないことまで予想して、事故の発生の防止につとめなければならない業務上の注意義務があるものとは、解し難いのである。 <要旨>これを本件についてみるに、船長である被告人としては、機関長であるBが、みずから直接縄の取り</要旨>除き作業を業者に依頼していて、潜水夫の来る時刻を知つており、したがつて、その作業時間も予測していたはずであるから、同人が本件事故当時である同日午後四時四〇分ころ、潜水夫による縄の取り除き作業が行なわれていることを知っているものと考えることは、不合理ではなく、かかる作業の際にはギヤを後退に入れることも従来から行なわれていたのであるから、同人が右の時刻にエンジンを始動させる場合は、とくにギヤの位置をたしかめ、ニュートラルに入つているのを確認したうえでこれをなすであろうことを信頼するのは、当然であつて、本件のように、右作業時間中に帰船した機関長が、帰船の知らせもしないで、ただちに機関室に入つて、縄の取り除き作業中であるかどうかも、またギヤの位置がニエートラルになつているかどうかも確かめず、いきなりエンジンを始動させることのあり得ることまで予想して、人を配して機関室への立入を禁ずるとか、機関長の気付き易 中であるかどうかも、またギヤの位置がニエートラルになつているかどうかも確かめず、いきなりエンジンを始動させることのあり得ることまで予想して、人を配して機関室への立入を禁ずるとか、機関長の気付き易いところに貼紙をする等して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものとは、認め難いのである。 そうすると、原判決が、被告人に前記のような注意義務があるものとして、これを前提として業務上過失致死の責任を問うたのは、事実の誤認というほかなく、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は、理由があり、被告人に対する原判決は、破棄を免れない。 よつて、刑事訴訟法三九七条、三八二条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決する。 本件公訴事実は、「被告人は、漁船A丸の船長として船員及び船舶を指揮しているものであるところ、昭和四四年八月二九日午前一〇時ころ釜石港東北約一二〇粁の海上においてまぐろ延縄の操業中右延縄がスクリユーにからんで回転軸に縄が巻きついたため、翌八月三〇日釜石市a町b番地c号先に入港してこれを繋留し、機関長Bを通じ右回転軸に巻きついた縄の取り除き作業を依頼した潜水夫C(当三七年)が同日午後四時二五分ころ作業を始めるに当り、同人の要請でスクリユーの回転軸を船体の後方に出すためDをしてエンジンのクラツチを停止位置から後退位置に入れかえさせて潜水作業を行わせたのであるが、乗組員に対してはあらかじめ出港準備のため各人の持場に集合する時間を同日午後四時と指定していたのであるから、外出していた機関長Bが乗船して右潜水作業中に機関室に入りクラツチのギヤが停止の位置から後退の位置に入れかえられていることに気付かないまま出港準備のためにエンジンを始動するときは直ちにスクリユーが回転を起し潜水 機関長Bが乗船して右潜水作業中に機関室に入りクラツチのギヤが停止の位置から後退の位置に入れかえられていることに気付かないまま出港準備のためにエンジンを始動するときは直ちにスクリユーが回転を起し潜水夫に危険を与えるので、右潜水作業が終了するまで機関室に連絡員を派遣しておくなどして機関長に対する連絡を確実に行い、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、自から船尾において右潜水作業を監視したのみで、機関長に対する連絡措置をとらなかつた過失と、偶々集合時間に遅れて乗船した機関長Bが同日午後四時四〇分ころ機関室にかけつけ、右潜水作業は終了しているものと軽信し、かつエンジンのクラツチの状態も点検しないでエンジンをかけた過失との競合により、直ちにスクリユーを回転させ、折柄前記回転軸に巻きついた縄を取り除く作業に従事中の右Cに対し左大腿、両側下腿開放性骨折等の傷害を負わせ、その結果同人をして同日午後五時二〇分ころ釜石市d町e丁目f番g号E病院において失血死させるに至つたものである。」というのであるが、前示判断のとおり、右被告事件については、犯罪の証明がないから、刑事訴訟法四〇四条、三三六条後段により、無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判断する。 (裁判長判事堀義次判事平野太郎判事和田啓一)

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