平成15(ワ)3788 損害賠償請求事件(通称 高等学院教諭職種変更)

裁判年月日・裁判所
平成17年12月16日 名古屋地方裁判所
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判決文本文77,333 文字)

平成17年12月16日判決言渡平成15年(ワ)第3788号損害賠償請求事件 主文 1 原告が,被告の設置するA高等学校教諭の地位にあることを確認する。 2 被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成15年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。 5 この判決は,第2項につき,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 主文第1項同旨 2 被告は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成15年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,被告に高等学校教諭として雇用されていた原告が,被告から,事務職員への職種変更があったと扱われ,校務分掌のはく奪,賃金不払,A高等学校AV学習センター(以下「AV学習センター」という。)指導員という職務のはく奪,不平等取扱いを受けたが,職種変更の事実はなく,被告の行為は,労働契約上の平等取扱義務に違反する債務不履行であるとともに,不法行為にも該当するとして,高等学校教諭の地位にあることの確認並びに慰謝料及び弁護士費用相当額の損害賠償金並びにこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めるものである。 2 争いのない事実等(1) 被告は,教育基本法及び学校教育法に従い,曹洞宗の教義にのっとり仏教主義による教育を行う学校として,B大学,B短期大学部,B大学歯科技工専門学校,B大学歯科衛生専門学校,A高等学校,A中学校を設置している。 (2) 原告は,昭和24年1月19日生まれで,昭和42年3月に被告が設置しているA高等学校を卒業後,C大学法学部法律学科に進学し,昭和46年3月,同大 門学校,A高等学校,A中学校を設置している。 (2) 原告は,昭和24年1月19日生まれで,昭和42年3月に被告が設置しているA高等学校を卒業後,C大学法学部法律学科に進学し,昭和46年3月,同大学を卒業し,D大学教育学部に在籍した後,昭和47年4月1日,被告にA高等学校社会科教諭として雇用された。 (3) 原告は,両球後視神経炎にり患し,昭和52年1月8日から同年4月7日まで90日間の療養休暇を取り,その後,休職し,同年7月4日,E医科大学病院に入院した。 その後,原告は,完全失明状態からは回復したが,弱視(右0.05,左0.03)のため,身体障害者手帳(視力障害3級)の交付を受けており,大きな文字しか読むことができない状況にある。 (4) 原告は,被告に対し,昭和53年4月3日から復職願を提出し,被告は,昭和54年3月5日,原告に対して,復職を命じたが,教科担当からは外し,AV学習センター指導員とした。 そのため,復職した原告は,AV学習センターなどの限られた機会にしか生徒との接触がなくなった。 原告は,AV学習センター構想などの改革・改善提案を行ってきたが,被告から,愛知県からの指導により図書館の耐震工事の必要性がある旨告げられた。 (5) A高等学校においては,毎年2月ころ,教員が校務分掌希望届を提出し,各教員に校務,部顧問が与託されてきた。 ところが,被告は,平成14年2月,平成14年度校務分掌希望届の用紙(甲3の1)からAV学習センターの項目を削除した。 (6) 平成15年3月25日,A高等学校において,各教科の平成15年度の校務分掌が発表されたが,平成15年度校務分掌(甲4の3)及び部顧問一覧(甲5の3)に原告の名が記載されていなかった。 原告は,F校長(以下「F校長」という。)を訪ね,事情をただした。 平成15年4月3日付けの 発表されたが,平成15年度校務分掌(甲4の3)及び部顧問一覧(甲5の3)に原告の名が記載されていなかった。 原告は,F校長(以下「F校長」という。)を訪ね,事情をただした。 平成15年4月3日付けの通知(甲6の1)で,F校長は,原告に対し,「この度平成15年度のA高校校務分掌決定にあたり,貴殿に担当して頂く校務分掌はありませんので,通知致します。なお,この事について,前もって15年3月24日に貴殿と相談したいと思いましたが,「人事の事なら弁護士を通して」とのことでした。したがいまして,貴殿の弁護士の連絡先について4月10日迄に文書をもってお知らせ頂きますようお願い致します。なお,校務分掌はありませんので,4月7日にはじまる新学期に出勤の要はありません事と,取り敢えず,4月分の給与はお支払いする事を申し添えます。また,この事について,弁護士を通す前に話し合いの機会を持つ意思があるならば,何時でも応ずる事と致しますのでその旨お申し出下さい。」と通知した。 これに対し,原告は,平成15年4月7日付けの「抗議書兼通知書」(甲6の2)をF校長あてに提出した。この文書の中で,原告は,「真面目で前向きで誠意の有る話し合いであるならば,原告の基本的人権にも関わることであるので,弁護士を通す前に話し合う意思が有る」旨伝えた。 その後,F校長より,平成15年4月11日付けで,同月25日に話合いを行う旨の通知(甲6の3)があり,かつ,原告の弁護士の連絡先を知らせるように依頼があった。 原告は,平成15年4月16日付け「抗議書兼通知書(二)」(甲6の4)をF校長に提出し,話合いに応じる旨回答した。 平成15年4月22日付けで,F校長から,話合いの用意がある旨の通知(甲6の5)があった。 原告は,平成15年4月24日付け「抗議書兼通知書(三)」(甲6の6)をF校長 ,話合いに応じる旨回答した。 平成15年4月22日付けで,F校長から,話合いの用意がある旨の通知(甲6の5)があった。 原告は,平成15年4月24日付け「抗議書兼通知書(三)」(甲6の6)をF校長に提出し,第1回の話合いに応じる旨回答した。 原告の依頼したG弁護士(以下「G弁護士」という。)は,平成15年4月25日,F校長に電話し,かつ,「働く障害者の弁護団の代表を務めているが,障害のある教師を活かしていくことが生徒にも決してマイナスではないと思うので理解をお願いする」旨記載したファックス(甲6の7)を送信した。 原告とF校長らとは,平成15年4月25日に話合いの場をもったが,学校側は現方針を変更する意思がなく,原告は,校務分掌をはく奪した理由を書面で欲しい旨申し入れた。 (7) 被告は,平成15年5月13日付けで,総務部人事課名で,原告の給与を同月分から2割のみ支給する旨,理由の説明もなく,一方的に通告した(甲7)。 就業規則にも給与規程にも根拠のない通告であり,被告の一方的賃金不支給は,労働基準法24条に違反する違法行為であった。 (8) 平成15年6月14日,被告の総務部人事課長であるH(以下「H課長」という。)から,原告に対し,同年3月31日付けのI学院長(以下「I学院長」という。)名による「A高等学校AV学習センター指導員の職をとく」との辞令(甲11)が郵送された。 (9) 原告が申し立てた賃金仮払仮処分事件において,被告は,原告に対し,不支給とした給与の支払を約束したが,その後も,被告は,原告に対し,校務を分掌させておらず,職員会議への出席も認めていない。 被告は,平成15年7月4日,原告に対し,不支給分の給与を全額支払った。 3 争点本件の主たる争点は,(1)原告の地位確認請求につき確認の利益があるか,(2)原告は,被告の設置 席も認めていない。 被告は,平成15年7月4日,原告に対し,不支給分の給与を全額支払った。 3 争点本件の主たる争点は,(1)原告の地位確認請求につき確認の利益があるか,(2)原告は,被告の設置するA高等学校教諭の地位にあるか,(3)被告に債務不履行ないし不法行為があったか,というものである。 (1) 争点(1)(原告の地位確認請求につき確認の利益があるか)について(被告の主張)アそもそも,労働者は,使用者に対し,就労請求権を有しておらず,使用者は,対価としての賃金を支払う限り,提供された労働力をどのように使用するかはもとより,全く使用しない自由も有している。したがって,被告が原告の提供する労働力を高校の教諭として利用しなかったとしても,また,校務分掌を命じなかったとしても,さらには,職員会議の出席を命じなかったとしても,何ら原告の契約上の権利を侵害しているものではない。 さらに,被告は,原告に対し,復職時の合意に基づき,現在においても高等学校教諭に適用される俸給表所定の賃金を支給し続けているのであるから,原告が主張するような賃金カットが行われている事実も存在しない。 なお,原告は,昭和54年3月5日に復職して以降,一度たりとも教壇に立ち授業を行ったことはないのであり,原告自身その状況について何らの異議も述べていなかったのである。 イそもそも,原告が主張するような被告による原告に対する差別的な取扱いがあったか否かについては,本訴における損害賠償請求の請求原因として,原告が主張・立証して裁判所に判断を仰ごうとしてきた事柄そのものなのであり,それとは別に教諭の地位の確認を求めなければならない必要性は全く存しないのである。 したがって,原告が主張する確認の利益は,全く存在しないのである。 ウ以上のとおり,原告の地位確認請求に係る訴えは, それとは別に教諭の地位の確認を求めなければならない必要性は全く存しないのである。 したがって,原告が主張する確認の利益は,全く存在しないのである。 ウ以上のとおり,原告の地位確認請求に係る訴えは,その訴えの利益を欠くことが明らかであるから,却下されるべきである。 (原告の主張)ア昭和47年4月1日,原告は,A高等学校社会科教諭として奉職したものであり,職種が特定されていた。 そして,以後,平成15年3月25日に,突如として校務分掌をはく奪され,同月31日付け辞令により「A高等学校AV学習センター指導員の職を解く」とされるまで,原告は,被告において,A高等学校教諭として扱われてきた。 イしかし,被告は,原告の職種そのものを争い,原告を復職させるに当たり,事務職員に職種変更したとして,これを賃金カット,校務分掌のはく奪,職員会議への出席拒否などの原告に対する差別的処遇を合理化する根拠としている。 ウこのように,被告が原告の職種そのものを争い,差別的処遇を合理化する根拠としている以上,被告の差別的処遇,不法行為事実を明らかにするためにも,この地位を確認する利益がある。 (2) 争点(2)(原告は,被告の設置するA高等学校教諭の地位にあるか)について (原告の主張)ア原告は,昭和47年4月1日から昭和51年12月14日まで,1週18から20時間の授業を受け持つほか,柔道部や文芸部の顧問,サッカー部の准顧問として,講習,練習,休暇中の特別講習,部の合宿・遠征試合・公式戦・インターハイ・全国大会等のために,平日,土曜日,日曜日,祝祭日,春期・夏期・冬期休暇,年末年始のほとんどすべてを費やし精力的に取り組んできた。 イ昭和51年1月17日,原告は,過労のため「自然気胸」となって1か月半ほど入院した。 しかし,退院後も同様の勤務状態が続い 期・冬期休暇,年末年始のほとんどすべてを費やし精力的に取り組んできた。 イ昭和51年1月17日,原告は,過労のため「自然気胸」となって1か月半ほど入院した。 しかし,退院後も同様の勤務状態が続いたため,過労と目の酷使のために,昭和51年12月14日の早朝,突然,両球後視神経炎(視神経萎縮)となった。このため,原告は,同月17日,J大学病院に入院し,同月31日,手術を受けたが,翌日の昭和52年1月1日から完全失明状態となり,その状態は2か月ほど続いた。 このため,原告は,昭和52年4月1日から休職した。 ウ昭和52年7月4日,原告は,J大学病院の紹介により,K大学病院に入院し,同年8月6日,開頭手術を受け,これにより原告の視力は完全失明状態からは回復したが,弱視(右0.05,左0.03)のため,同年12月5日,身体障害者手帳(視力障害3級)の交付を受けた。 エ昭和53年3月13日,原告は,社会科主任のL(以下「L」という。)を通じて,被告に対し,同月12日付け診断書を添付して復職願を提出した。 ところが,昭和53年3月21日,原告は,復職が不許可になったらしいと口頭で告げられた。 しかも,原告は,その際,初めて昭和53年1月3日付け休職辞令が昭和54年3月31日までとなっていることを聞かされた。 原告は,休職期間は従来3か月ごとに更新されてきたため,1年3か月という長期の休職が命じられたのは単純な事務的ミスであると思い,被告本部人事課に問い合わせたが,ミスではないという回答であった。 そこで,原告は,昭和53年3月27日,被告理事会あてに意見書(甲36)を提出し,①休職期間が従来の3か月ではなくて,今回に限って1年3か月と異常に長い理由の明示,②原告の休職希望期間は,昭和53年3月31日までであって,昭和54年3月31日までは希望してい 甲36)を提出し,①休職期間が従来の3か月ではなくて,今回に限って1年3か月と異常に長い理由の明示,②原告の休職希望期間は,昭和53年3月31日までであって,昭和54年3月31日までは希望していないので,昭和53年3月31日までとすること,③復職不許可理由の明示等について,文書での回答を求めた。同意見書には,昭和53年3月12日付け診断書を踏まえて,眼鏡矯正により文字を読むことができるようになったことが明記されていた。 しかし,これに対して何の回答もしないまま,被告は,原告の机を奪い,机の中の所持品をダンボール箱に一方的に片付けた。 オ昭和53年4月20日,原告がA高等学校の当時のM教頭及びN教務部長の3人で復職問題について協議したところ,上記両名は,復職不許可の理由について,「昭和52年12月の診断書より昭和53年1月の診断書の方が視力が低下しているためだ」と回答した。 しかし,前記のとおり,既に原告が復職願に添付して提出していた昭和53年3月12日付け診断書では視力が上がっていたため,その矛盾を追及したところ,同診断書を見ていないという回答であった。そこで,復職願と診断書を渡したLを呼んでその場で確認したところ,LはN教務部長に提出したと明言したため,M教頭やN教務部長は否定しきれず,同診断書が提出されたことを認めた。 しかし,視力の回復を証明した診断書が提出されたにもかかわらず,なぜ復職が認められないのか,被告は全く理由を明確にしようとしなかった。 その後,原告が当時加入していたA中学・高等学校教職員組合(以下「本件組合」という。)の委員長から,原告の復職問題は本件組合で取り上げるから待ってほしいと言われ,本件組合と被告とは,1年間の間,原告の復職をめぐって交渉を繰り返した。 カその間,原告は,昭和53年4月17日付けのJ大学 員長から,原告の復職問題は本件組合で取り上げるから待ってほしいと言われ,本件組合と被告とは,1年間の間,原告の復職をめぐって交渉を繰り返した。 カその間,原告は,昭和53年4月17日付けのJ大学付属病院のO医師(以下「O医師」という。)作成の診断書(甲16)を提出した。この診断書では,遠距離視力では,裸眼で右眼0.07,左眼0.04,矯正視力で右眼0.1,左眼0.05,近距離視力では,裸眼で右眼0.3,左眼0.1,矯正視力で右眼1.2,左眼1.0(近用特殊眼鏡使用)と明記されていた。さらに,原告は,昭和53年7月31日付けの同じくJ大学付属病院のO医師作成の診断書(甲17)を提出した。ここでは,裸眼は,遠距離視力の両眼,近距離視力の左眼のいずれも視力が向上しており,矯正視力は,遠距離視力の両眼,近距離視力の右眼のいずれも視力が向上しているものであって,近距離視力の矯正視力は,右眼が1.5,左眼が1.0であった。 キ被告は,昭和53年3月13日付けの原告の復職願に対し,翌年まで復職させなかった理由として,原告が「矯正不能」との診断書を提出したまま,復職願を提出した際にも復職可能との診断書を提出していないことを挙げている。 しかし,原告は,被告が主張する昭和53年1月7日付け診断書の後にも,前記のとおり,同年4月7日付け診断書及び同年7月31日付け診断書を提出しており,その視力によれば,原告の教壇への復職が不可能であるとか,債務の本旨に従った労務の提供が不可能になったとはいえない。現実には,全国の高校において,全盲の教師が教壇に立っており,社会科教諭としての原告の教壇復帰に何の支障もないことは,被告に提出されているこれらの診断書から明らかである。 ク本来,上記診断書によれば,原告の視力は矯正可能であり,教壇復帰は可能だったのである 会科教諭としての原告の教壇復帰に何の支障もないことは,被告に提出されているこれらの診断書から明らかである。 ク本来,上記診断書によれば,原告の視力は矯正可能であり,教壇復帰は可能だったのであるが,本件組合と被告との折衝の結果,昭和54年3月1日,原告の復職について,①従来どおり,A高等学校社会科教諭とする,②視力障害のある間は,AV学習センター専任指導員とする,③職員会議・教科会等の出欠は,学校行事等において学校側から特別の指示がない限りは,原告の自由裁量とする,④勤務時間は,原則として,開始,終了ともに一般教諭よりも1時間遅くする,という内容の復職条件につき合意した。 原告は,強く教壇復帰を希望していたが,本件組合による交渉の結果であることや,当時のP校長などから,「本件組合も合意をしたので,上記4条件をのまなければ,交渉は白紙に戻してもう1年休職です」との脅しもあり,やむなく同条件をのみ,復職に応ずることとなったものである。 ケ復職後の被告における原告の取扱いにおいても,給与だけでなく,校務分掌や部顧問などの校内での処遇も,被告発行の諸文書でもいずれも原告を教諭として扱ってきたものであり,復職時においては,本件組合も被告も原告も,関与しただれもが,原告が教諭として復職することに疑いを持たず,その間に何のずれもなかったのである。 すなわち,「AV学習センターへの誘い」(甲18)は,原告が当時の校長からA高等学校研究紀要に掲載するために執筆を依頼された文書であるが,これには,AV学習センターの企画運営について,「毎年各教科から選出されたAV学習センター教材研究員約10名とAV学習センター専任指導教諭1名とで構成されるAV学習センター研究員会議で行なっている。そして,このAV学習センター研究員会議のなかから選出された主任が,校長・教 V学習センター教材研究員約10名とAV学習センター専任指導教諭1名とで構成されるAV学習センター研究員会議で行なっている。そして,このAV学習センター研究員会議のなかから選出された主任が,校長・教頭・教務部長のもとで運営上の責任を有している。教材研究員は,市販教材の選定利用ばかりではなく,本校の生徒の実態に則した自主的教材を作成し,授業についてゆけない生徒たちの特別指導に当る為に各教材ごとに独自の教材研究を進めている。」と記載されており,当時,AV学習センターについては,被告としても相当に力を入れており,原告はその専任指導教諭として位置づけられていたのである。 「AV学習センターへの誘い(Ⅱ)」(甲19)は,上記「AV学習センターへの誘い」のその後の経過と実績を報告し,A高等学校研究紀要に掲載された文書であるが,ここでは,上記「AV学習センターへの誘い」以後,生徒や父兄の要求から進路指導を行い,「Qゼミ」と呼ばれる学習ゼミを実施し,4年間に多数の進学者を輩出したことが報告されている。 A高等学校の研究紀要に掲載されているように,被告の知らないところで個人的に進路指導をしていたのではなく,校長からの依頼により,原告は進路指導を行い,多大の成果を挙げてきたのである。 これらの当時の資料をみれば,AV学習センター専任指導員がAV機器の操作を教える役割であったなどという被告の主張は,全くの虚偽であることが明らかである。 このようなAV学習センターの位置づけ及び専任指導教諭の位置づけは,外部にA高等学校の実情を知らせる公式文書である「学校要覧」においても明確にされており,平成3年度の「学校要覧」(甲20)では,AV学習センターの運営組織という項において,「運営は各教科から選出された1~2名のAV学習センター教材研究員(10名)と専任の指導教諭が も明確にされており,平成3年度の「学校要覧」(甲20)では,AV学習センターの運営組織という項において,「運営は各教科から選出された1~2名のAV学習センター教材研究員(10名)と専任の指導教諭があたり」として,原告を専任指導教諭と明確に位置づけ,しかも,「AVの指導に教諭をおいたのは,AV学習センターが生徒に充分利用されるための適切なアドバイスが与えられるようにという配慮からである」とわざわざ教諭を置いたことの理由まで明記されているのである。 さらに,原告は,復職以来長年にわたり,校務分掌において教諭として取り扱われ,部顧問等でも他の教諭と同様に取り扱われてきた。被告は,これを事実上のものにすぎないというが,対外的に配布される学校要覧(甲20)にも,校務組織図に視聴覚・AVの下に原告の名が記載されているし,教職員一覧にも社会科教諭の欄に原告の氏名が記載され,校務分掌として「就職,AV,進路指導」と記載されているのであって,決して内部的な事実上のものなどではなかった。 また,被告作成の文書だけでなく,本件組合が毎年発行している教職員組合手帳においても,原告は社会科教諭として掲載されている。 以上のとおり,被告は,原告が復職後,内部的に事実上教諭扱いしたというだけではなく,対外的にも教諭として原告を取り扱ってきたものである。 コこれに対し,被告は,復職に当たり原告を「事務職員に職種変更した」と主張し,それを裏付ける書証として,乙2の昭和54年3月5日付けの復職を命ずる辞令を提出している。 しかし,乙2の辞令は,通常の辞令がタイプで打たれているにもかかわらず,手書きになっているものであり,また,通常辞令に記載されるはずの現資格職名が記載されておらず,しかも,辞令中に辞令副書を添付するとして,辞令副書に,給与として高等学校教諭俸給表を適用す かかわらず,手書きになっているものであり,また,通常辞令に記載されるはずの現資格職名が記載されておらず,しかも,辞令中に辞令副書を添付するとして,辞令副書に,給与として高等学校教諭俸給表を適用すること,その他の労働条件について事務職員に準ずることと記載されているというもので,辞令としては異例な形式であり,原告に対して交付されたものでもない。 実際には,原告に正式に交付された復職辞令は,甲15の1の昭和54年3月5日付けの辞令のみであり,同月23日午前9時に交付されたものである。同辞令によれば,事務職員などという記載はなく,それどころか,現資格職名欄には,「A高等学校教諭」と明示されており,発令事項欄には,「復職させる(ただし視力障害強度のため教壇にはたたないこと)A高等学校AV学習センター指導員を任命します高等学校教諭俸給表6番を給する」との文字が印刷されている。 原告が復職するに当たって,被告から交付された現物の辞令は,甲15の1であり,乙2などは,本件訴訟で被告から提出されるまでの間,原告が一度も見たことのない文書である。 そして,甲11の「AV学習センター指導員の職をとく」という平成15年3月31日付け辞令でも,原告の現資格職名欄は,「A高等学校教諭・AV学習センター指導員」と記載され,甲15の1の辞令の記載が引き継がれており,復職時に事務職員に職種変更したとの被告の主張と矛盾するものとなっている。 この点につき,被告は,上記辞令の「A高等学校教諭」の記載は,原告が当初被告に教諭として採用されていたことを示す以上の意味はない旨弁解するが,そもそも現資格職名欄は,「現在」の資格職名を示すものであり,採用時において,被告に教諭として採用されていたことを示すものではない。 サ被告は,原告が,約25年間という極めて長期間にわたり,被 るが,そもそも現資格職名欄は,「現在」の資格職名を示すものであり,採用時において,被告に教諭として採用されていたことを示すものではない。 サ被告は,原告が,約25年間という極めて長期間にわたり,被告から命ぜられた「AV学習センター指導員」として勤務してきたものであり,職種変更について黙示的に承諾している旨主張する。 しかし,異議をとどめることなく承諾したことをもって黙示の承認が成立するには,少なくとも原告において復職時に職種変更がなされたという認識が前提になければならないが,原告は,復職時から本件訴訟になるまで一度たりとも被告から職種変更などという話を聞いたことがない。このような状況でそもそも黙示の承認論など成立するはずがない。 被告は,乙3の職種変更との記載を根拠に職種変更論を主張するが,乙3の1枚目の辞令伺いは,被告の学内文書にすぎず,原告には一切交付されていない文書である。他方,原告に交付された辞令は甲15の1であり,同辞令には一切職種変更なる文字は記載されていない。そうすると,原告が職種変更について認識することはあり得ないのである。 また,被告は,黙示の承諾に関連して,原告がAV学習センター指導員として勤務してきた間,一度として教壇に復帰することを求めなかった旨主張する。 しかし,そもそも,AV学習センター指導員を命じられながら,「Qゼミ」を行い,生徒に学習指導を続け,被告から課された①既製教材の発見,発掘,整理整頓,②自主教材の作成,③大学入試に必要な辞書,参考書,入試問題集の整理整頓という3つの課題を誠実に履行してきた原告に,教壇復帰の意思がなかったということ自体あり得ないことである。実際には,原告は,平成3年6月ころ,A中学校再開に際し,当時のRA高等学校校長(以下「R校長」という。),SA中学校再開準備室長(以下「S室 帰の意思がなかったということ自体あり得ないことである。実際には,原告は,平成3年6月ころ,A中学校再開に際し,当時のRA高等学校校長(以下「R校長」という。),SA中学校再開準備室長(以下「S室長」という。)の働き掛けで,平成4年度からA中学校の公民の授業を1週6時間担当する話を打診されたことがあり,原告はこれを積極的に受け入れたが,社会科教科会議でT教諭(以下「T教諭」という。)が反対したため実現しなかったのである。 シ原告は,昭和47年4月1日,A高等学校社会科教諭として被告に奉職したものである。 教員は,一定の免許が前提となっている専門職であるから,労働契約としても,職種限定契約をなしていると理解される。職者限定契約の職種を変更をすることは,契約の一方当事者による一方的な命令ではなし得ないことは契約法上明らかであり,当事者間,つまり,原告と被告との間の合意による以外に職種変更ができないのである。 しかるに,原告の復職の際に,教諭から事務職員への職種変更について,明示の合意はいうまでもなく,黙示の承諾も成立しようがないから,原告は,A高等学校教諭たる地位にある。 スよって,原告は,被告に対し,原告が,被告の設置するA高等学校教諭の地位にあることの確認を求める。 (被告の主張)ア原告は,昭和51年12月までA高等学校において社会科教諭として教壇に立っていた。 イしかしながら,原告は,その後,「アレルギー性神経炎(視神経)」のため「両球後視神経炎」にり患し,昭和52年1月8日から同年4月7日まで90日間の療養休暇を取り,さらに,同月8日から昭和54年3月4日までの約2年間休職した。 なお,原告は,過労と目の酷使のために両球後視神経炎(視神経萎縮)となったと主張しているが,原告が自ら作成した昭和52年4月19日付け療養休暇願に 日から昭和54年3月4日までの約2年間休職した。 なお,原告は,過労と目の酷使のために両球後視神経炎(視神経萎縮)となったと主張しているが,原告が自ら作成した昭和52年4月19日付け療養休暇願によれば,その事由欄に「アレルギー性神経炎(視神経)のため,J大学に入院中」との記述があり,両球後視神経炎となった原因が過労と目の酷使によるものでないことを自ら認めているのである。 ウ原告から被告に対し提出された昭和53年1月7日付け診断書(乙1)によれば,原告の視力は,右0.03,左0.02という極めて低いものであり,両眼とも「矯正不能」という診断であった。 エこのように両眼の視力が極端に悪化し,しかも矯正不能と診断された状況の中で,原告は,被告に対し,昭和53年3月27日に,同年4月3日からの復職願を提出した。 しかし,上記復職願の復職事由には,前回提出した診断書のとおりである旨記載されていた。原告が被告に対し前回提出した診断書とは,上記昭和53年1月7日付け診断書であり,同診断書には「矯正不能」とされていたのである。 ところで,原告は,被告に対し,これよりも以前に昭和52年12月14日付けの診断書(乙31)を提出しているが,その診断書によれば,原告の視力は,右0.05,左0.03と診断されていたものであり,これと比較すると,昭和53年1月7日時点の原告の視力はむしろ悪化してさえいた。 当時のUA高等学校校長(以下「U校長」という。)は,上記復職願には就業規則14条1項で定める復職を可能とする旨の医師の診断書が添付されていなかった上,原告の視力の安定した回復が認められず,昭和52年12月14日付け診断書と昭和53年1月7日付け診断書を比較すると,原告の視力はむしろ右で0.02,左で0.01悪化していること,原告がり患理由として「教員として 定した回復が認められず,昭和52年12月14日付け診断書と昭和53年1月7日付け診断書を比較すると,原告の視力はむしろ右で0.02,左で0.01悪化していること,原告がり患理由として「教員としての学習指導・生活指導・部活指導・自作教材作成等による目の酷使と疲労」と主張していたことから,原告を教壇に復帰させることによって,原告の病状が更に悪化することを懸念し,さらには,もともと原告の視力では生徒にとって満足のいく授業を行うことが不可能であることから,原告を教壇に復帰させることは好ましくないと判断し(すなわち,健常者としての労務の提供をなし得るまで病状が回復しておらず,その意味で復職不可の状態であると判断し),原告に対して引き続き療養のため休職することを勧めた。 しかしながら,自己中心的な性格の原告は,U校長の上記配慮を聞き入れず,教壇への復帰ができるかのように主張して,復職させるよう強く求めたことから,困惑したU校長は,教職員の任命権者である故V学院長(以下「V学院長」という。)にその判断を求めた。 V学院長は,常任理事会を開催し,慎重に審議した結果,診断書によると原告の症状はむしろ悪化していること,原告がり患理由としている事由(教員としての学習指導・生活指導・部活指導・自作教材作成等による目の酷使と疲労)は,教員の職務として当然行うべき活動によるものであること,医師の診断(乙1)によれば,生徒にとって満足のいく授業が行えないと判断されること,教員として復職を認めれば疲労が蓄積し,今後の回復状況に悪影響を与え,一層症状が悪化することが懸念されること,また休職の更新も昭和55年4月7日まで可能なことから,復職は時期尚早であり,原告本人のためにも治療に専念させるべきであると判断し,原告の復職を認めないことに決定した。 オ原告は,前記復 ること,また休職の更新も昭和55年4月7日まで可能なことから,復職は時期尚早であり,原告本人のためにも治療に専念させるべきであると判断し,原告の復職を認めないことに決定した。 オ原告は,前記復職願提出の当時,本件組合の組合員であった。当時の本件組合の活動は,当時の我が国の一般的な組合活動が盛んな状況と軌を一にして非常に活発であった。特に,本件組合は,結成されて余り年数を経ていなかったことから,初めての事例でもあり,実際に原告がどの程度教諭としての仕事ができるのかということを冷静に判断しないままやみ雲に原告の復職を支持するという方向に走り出し,ついにはスト権を確立してまでして,かなりの気負いを持って,原告の教諭への復職を被告に対し強く要求し続けた。 しかしながら,当時の原告の視力の回復状況からみて,原告を直ちに復職させるより引き続き休職させ療養に努めさせるとの前記理事会の判断こそが,最善の措置であった。 原告の復職要求の裏には,休職制度により被告から支給される給与が,昭和53年4月7日までは標準給与の100分の80であるのに対し,同月8日からは100分の50に減額されることにあったようで,原告は視力の回復よりも金銭面に強い焦りを感じていた。 しかしながら,被告は,原告の休職期間の更新も可能であり,完治に向けて療養することが,原告のためにも,生徒のためにも妥当であるという考えであったこと,また,本件組合との数度にわたる交渉により,原告が強く復職を求める理由が休職中の給与受給額の変更にあることを察知したことから,原告が安心して療養できるよう,引き続き昭和53年10月7日までは標準給与の100分の80を支払うという,極めて温情ある特別な処置をとることとした。 しかしながら,原告は,100分の80の受給満了期限が近づいてきたころから,生徒 き続き昭和53年10月7日までは標準給与の100分の80を支払うという,極めて温情ある特別な処置をとることとした。 しかしながら,原告は,100分の80の受給満了期限が近づいてきたころから,生徒にとって満足のいく授業もできないのに,被告に対し,再び執拗に復職させるよう要求してくるようになった。 これに対し,被告は,年度途中であることと,原告の症状から復職させても原告に授業を持たせることはできないと判断し,原告の復職を認めなかった。 かように,被告やU校長が,原告に対し特別な配慮をしているにもかかわらず,原告が,授業を行うために必要にして十分な視力も回復していないのに,かつまた,り患理由を「教員としての学習指導・生活指導・部活指導・自作教材作成等による目の酷使と疲労」としながら,教壇復帰を執拗に求めた理由ないし目的は,生徒の教育への影響などそっちのけで休職中の給与が減額されないようにするということのみにあったからにほかならないのであって,このため,原告は,被告に対し,休職期間中の給与が減額されることとなる時期が近づくと,強く復職を要求していたにすぎないのである。 これに対し,被告は,原告の復職について,まず生徒にとって満足のいく授業が可能であるかどうかを第1に,また,原告が主張しているり患理由に照らし,原告の健康面(現在の視力の維持・向上)に配慮し,併せて原告の教員としての生徒の管理能力や生徒父兄に与える心理的影響等を検討し,原告の視力がこのまま回復しないのであれば,原告を教諭として教壇に復帰させることは困難であると判断した。もっとも,被告は,仮に原告の職種を教壇に立つ教諭以外の業務に変更したとしても,教育現場では,原告の弱視の程度からして,原告の視力が回復しない場合には,原告が耐えられるだけの業務は存在しないとも判断していた。 この 仮に原告の職種を教壇に立つ教諭以外の業務に変更したとしても,教育現場では,原告の弱視の程度からして,原告の視力が回復しない場合には,原告が耐えられるだけの業務は存在しないとも判断していた。 このため,被告やU校長はじめ,学校関係者は,原告が休職者として被告に在籍することが可能な期間がまだ1年以上あり,その間治療を継続し原告の視力が回復することを願っていたのであり,それでも不幸にして視力が回復しない場合には,休職期間満了につき,私傷病により原告を退職させることもやむを得ないと判断していた。 カ原告の休職期間中に支給される給与の額が減額される節目において,原告及び本件組合は,被告に対し,執拗に原告を復職させることを要求してきた。 原告は,休職期間が3年目に入ると休職期間中被告から給与が一切支給されなくなることに強い焦りを感じ,そのころになると,本件組合に自らの復職問題を取り上げるよう強く働き掛けるようになった。 原告が所属していた本件組合の上部団体は,A県私立学校教職員組合連合であり,当時は経営者側との対決姿勢を鮮明に打ち出していた。したがって,傘下単組においてもストライキ,座り込み,エントツ闘争等を頻繁に行い,経営者側を度々困惑させており,本件組合も例外ではなく,経営者側と頻繁に対立を繰り返していた。当時は,15歳人口も増加し,生徒確保も順調であったため,経営者側も父母生徒に与える影響と学校のイメージダウンを恐れ,組合に対して強行姿勢はとらず,組合からの要求に屈してしまうことが多かった。 原告の復職についての本件組合との交渉においては,V学院長が責任者であり,団体交渉前の事務折衝は,内容により学監,総務部長,U校長らが,それぞれ担当したが,原告の復職問題についても本件組合の態度は極めて強硬であった。被告の理事会が原告の復職を認めない 長が責任者であり,団体交渉前の事務折衝は,内容により学監,総務部長,U校長らが,それぞれ担当したが,原告の復職問題についても本件組合の態度は極めて強硬であった。被告の理事会が原告の復職を認めないことを決めた直後には,本件組合は,「高校幹部の責任を追及する」とか,原告の復職問題は本件組合として「特別に重要視せざるを得ない問題」であるとして,団体交渉を要求し,私学ストのほかに,「独自ストを用意している」などと公言した。 被告は,結局,ストライキが生徒父母に与える影響,学校のイメージダウンを恐れ,本件組合の要求を一部のみ,原告の復職を認めざるを得なくなった。しかしながら,被告は,生徒の教育を預かる学校として,原告の症状から原告を教諭として(すなわち,教育職員として)復職させることは,生徒のためにも妥協できないとの強い意思を失っていなかった。 このため,被告は,原告を事務職員として復職させ,その事務職員の仕事として,あえて必要もないAV学習センター指導員という専任の仕事を新たに特別に設けて,就業規則10条に基づき,原告の職種を雇用契約所定の「教諭」から「事務職員」へ変更した上で,昭和54年3月5日付けで,原告を同センター指導員として復職させ,しかもその給与については,本来であれば適用されることがない高等学校教諭俸給表6番を適用する(なお,休日・休暇・勤務時間・出勤・退出等については,勤務の実態に即して事務職員の規定に準ずるものとして取り扱うこととする)という,極めて異例かつ温情的扱いをすることとした。すなわち,被告の財政状況に照らし,たとえ本来の職務を履行することができない者であっても,一人程度ならこれを解雇することなく雇用し続けることができたことから,仏教系の学校としての温情から,原告から賃金に見合った労務の提供を受けないにもかかわらず 職務を履行することができない者であっても,一人程度ならこれを解雇することなく雇用し続けることができたことから,仏教系の学校としての温情から,原告から賃金に見合った労務の提供を受けないにもかかわらず賃金を支払うこととしたものである。 キ AV学習教育とは,古くはテープレコーダーやスライドなどの機器を用いて行う「視聴覚教育」に端を発した教育であり,その後使用する機器がテレビ,ビデオデッキ等へと進歩し,これらの視聴覚機器を用いて,生徒が授業で使用された各教科のVTR教材を,後日自主的に再視聴すること等によって教育効果を高める教育法である。 被告は,昭和48年度からの高等学校の新学習指導要領により,教育内容が能力,適性によって多様化することを予測認識し,昭和42年に高等学校の施設が移転することに伴い,視聴覚教育の拡充を図り,昭和47年に旧図書館の一部を改良して視聴覚機器を備えた上記AV学習教育のためのAV学習センターを開設した。 AV学習センター開設当初は,AV学習センター担当教諭,視聴覚助手,図書館司書の3名で同センターの運営を兼務で行っていたものであり,上記3名で,どのような機材を購入しそれをどのようにして利用するかなどの企画立案をし,事務職員である視聴覚助手が,生徒や教諭が希望する番組や教養番組等を選択して番組の録画を行っていた。また,現在でこそビデオデッキ等の機器は,ほとんどの家庭に普及しているが,被告においてAV学習センターが開設された昭和47年ころは,ビデオデッキ等はいまだ一般家庭には余り普及していなかったため,生徒たちは,これらの操作方法に習熟していなかった。そこで,ビデオデッキ等の機器の操作については,視聴覚助手が説明を行った上,生徒自らが行う形で運営されていた。 AV学習センターは,上記のとおり,仕事量としてはそれほどあるわ 法に習熟していなかった。そこで,ビデオデッキ等の機器の操作については,視聴覚助手が説明を行った上,生徒自らが行う形で運営されていた。 AV学習センターは,上記のとおり,仕事量としてはそれほどあるわけではないので,原告が復職する以前は,特に専任の指導員を配置することなく,教諭が同センターの担当を兼務していたが,実際の業務はそれほどなかった。 しかし,原告が復職するに当たり,AV学習センターの職務のみを行う「AV学習センター指導員」という仕事が特に設けられた。 なお,AV学習センター指導員の行う「指導」とは,生徒たちに対し機材を用いて何らかの教育を行うという意味の「指導」ではなく,機器類の操作の「指導」という意味にすぎないから,同センター指導員の職務は,教員資格を有する者でなければ担当できないような職務ではなく,むしろ事務職員の行うべき職務なのである(しかも,事務職員であっても,兼務も可能な程度の業務であった。)。 被告は,専任教諭として復職することが不可能な原告に対する温情的な措置として,昭和54年3月5日,原告に対してAV学習センター指導員のみを担当させる(したがって,本来専任教諭が単独で専従する職務ではなく,兼務の対象にすぎない職務を担当させる)という特別な配慮を行ったのである。 原告が実際にAV学習センター指導員としての業務に就いたのは,昭和54年の夏休み明けに原告がAV学習センター規則を誠実に遵守する旨の誓約書(乙45)を提出した同年9月4日からである。 原告が復職した昭和54年については,仕事の引継ぎもあり,その当時のAV学習センターの担当教諭であった教諭(ただし,兼務)と二人で同センターの運営を行っていたが,翌年からは原告が一人で同センターの運営を担当するようになった。なお,原告が復職したころには,既に視聴覚助手や図書館司 の担当教諭であった教諭(ただし,兼務)と二人で同センターの運営を行っていたが,翌年からは原告が一人で同センターの運営を担当するようになった。なお,原告が復職したころには,既に視聴覚助手や図書館司書はAV学習センターの仕事に直接的には関与しなくなっていた。 原告は,当初は生徒の昼休み時間と授業後の時間において,それほど多くはなかったが,AV学習センターの利用者に対してVTRの貸出しや教材についての相談にのっていたほか,各教科の教諭より教材プリントをもらい受け,生徒の要望に応じて学習教材の提供や助言を行っていた。 ク被告の就業規則においては,「教育職員」,「事務職員」,「医療職員」,「技能職員」及び「労務職員」という5つの職種を定めているが,これらは等しく「職員」であり,教育職員はその一部なのである。したがって,その労働契約の内容も基本的な部分においては共通であって,使用者である被告は,就業規則10条が定める「業務上の必要があるとき」との要件が存在する場合には,それらの職種に拘束されることなく,職種間の異動をなし得る権利を有しており,それらの「職員」はその義務を負っていることは明白である。 被告と原告は,昭和47年4月に被告が原告を上記5つの職員の中の教育職員として採用するという労働契約を締結したのであるが,上記の被告の就業規則の定めによれば,いわゆる職種限定の労働契約ではなく,使用者側からみれば,職員の中の5つの職種間を異動させ得る権利を留保した内容の,労働者側からみれば,その義務を承認した内容の労働契約であることはいうまでもないのである。 原告は,前記のとおりの経緯によって,病気休職した後,極めて異例な形で復職したものであって,通常,復職は休職前の労働契約において合意された質と量の労務を提供できるまでに回復した場合に許されるべきところ 告は,前記のとおりの経緯によって,病気休職した後,極めて異例な形で復職したものであって,通常,復職は休職前の労働契約において合意された質と量の労務を提供できるまでに回復した場合に許されるべきところ,原告はいわば当時の労働運動の勢いをかって,そのような回復の状態に至ることなく,いわば強引に被告に復職を認めさせたのである。 したがって,原告が被告に提供できる労務は,教育職員としての質も量も満たしていなかったので,事務職員の仕事であるAV学習センター指導員の業務が特別に設定され,その専任とされたのである。 このような被告から原告に対する復職命令が,就業規則10条の職種の変更の要件を満たすものであったことは明白というべきである。 以上のとおり,被告は,事務職員としての業務(AV学習センター指導員)を特に新設し,給与については教育職員のそれを支給することを約し,原告と被告はその線において一定の互譲をなしたのである。しかし,かかる互譲の結果は,労働契約という継続的契約関係におけるその時々の事情の下でのものであり,その前提としては,原告の視力が回復し,原告が被告に対して昭和47年4月締結時の労働契約において約された質と量の労務を提供できるまでの間という条件が付されていたことはいうまでもないのである。すなわち,被告は,原告に対して,復職発令時点で,その後原告が定年退職するまでの間恒久的に事務職員の業務であるAV学習センター指導員の仕事を,教育職員の給与のまま行わせるとの約束をしたものではないのである。 ケ前記のとおり,被告と本件組合との団体交渉により,被告と本件組合との間において,原告を事務職員として復職させ,AV学習センター指導員の仕事の専任をさせるが,給与面では教諭扱いとして,職名変更による不利益を与えないという合意がおおむね形成された。 被告 本件組合との間において,原告を事務職員として復職させ,AV学習センター指導員の仕事の専任をさせるが,給与面では教諭扱いとして,職名変更による不利益を与えないという合意がおおむね形成された。 被告の辞令はタイプ打ちが原則であるのに乙2のような手書きの辞令が存在するのは,被告と本件組合との交渉において,原告をAV学習センター指導員として復職させるという合意が形成された直後に,急きょ手書きの辞令が作成され,原告に交付されたからであり,被告は,昭和54年3月5日,同日付けの「A高等学校AV学習センター指導員を任命します高等学校教諭俸給表6番を給する辞令副書を添付する」と記載した手書きの辞令(乙2)を原告に交付した。 しかし,その後,本件組合は,乙2の辞令では,名実共に,換言すれば外形的にも,教諭としてではなく事務職員として復職するものであることが明確になってしまうとして,乙2の辞令発付の翌々日である昭和54年3月7日に,「団体交渉申し入れ(緊急)」なる文書(乙13)をもって,被告に対し,ストライキをちらつかせながら乙2の辞令の訂正を求めてきた。このため,被告は,本件組合と交渉を続け,結局,昭和54年7月24日,原告に対し,日付を遡らせた同年3月5日付けの「復職させる (ただし,視力障害強度のため教壇にはたたないこと) A高等学校AV学習センター指導員を任命します高等学校教諭俸給表6番を給する」と記載した辞令(甲15の1)を再度原告に交付した。 しかしながら,甲15の1の辞令に係る被告内部の起案書(乙3)においても,復職のほか職名変更の文言にも○印が付され,「A高等学校AV学習センター指導員を任命します」と記載されており,原告の職種を「教諭」から「AV学習センター指導員」へ変更することを命じていることは明白であること,原告の給与原簿( ○印が付され,「A高等学校AV学習センター指導員を任命します」と記載されており,原告の職種を「教諭」から「AV学習センター指導員」へ変更することを命じていることは明白であること,原告の給与原簿(乙48の1)の「所属及び職名」欄にも「54.3.5 AV学習センター助手」と記載されていること等からも明らかなように,甲15の1の辞令の交付は,原告をAV学習センター指導員(事務職員)として復職させるという被告と本件組合との間の合意を変更するものではなかったのであり,そのことは本件組合も了解していたのである。 以上のとおり,原告は,昭和54年の夏休み明けの同年9月4日からAV学習センター指導員の職務に就いたが(辞令上は同年3月5日付け,また,同辞令の交付は同年7月24日),それは,原告が,教育職員(教諭)としての労務(当初の労働契約で合意された健常者と同一の質と量の労務)の提供ができるようになることを前提条件としつつ,当面事務職員の業務を行うこと(したがって,それは就業規則10条の職種変更をなすことにほかならない。),しかし,給与についてのみ特別に高等学校教諭俸給表6番を支給するとの人事発令の結果によるものであり,原告を事務職員に職種変更することについては,本件組合と被告との合意によるものであり,したがって,原告も少なくともこの時点では十分納得したものであった。 ところで,甲15の1の辞令が作成された経緯の詳細までは,他の職員には説明されていなかった。そして,原告の事務机は引き続き職員室内に残され,原告も自由に立ち入っていたり,AV学習センター指導員の仕事についても,形式上は校務分掌の手続を経ていたこと,学校の発行する文書中の教諭の欄からも原告の氏名を抹消していなかったこと等もあって,他の教育職員の多くは,原告が被告によって職種変更されている 仕事についても,形式上は校務分掌の手続を経ていたこと,学校の発行する文書中の教諭の欄からも原告の氏名を抹消していなかったこと等もあって,他の教育職員の多くは,原告が被告によって職種変更されている事実を知らなかったのである。これは,被告が,当時の本件組合の意向も尊重し,原告の職種替えを余り鮮明な形では公表しないという方針をとったためであった。 しかしながら,原告が教育職員から事務職員へ職種変更された事実は,被告のような私立高等学校の場合,専任教員として発令され,授業を担当している等の要件を満たす教諭については,愛知県より一人当たり所定の金額の補助金が支給されるが,原告は上記のとおり教諭として発令されておらず,その職務にも従事していないことから,被告は原告をその補助金の計算基礎の人数には加えていないことからも明らかである。 そして,原告に対する平成15年3月31日付け辞令(甲11)においても,原告の「現資格職名」欄に「A高等学校教諭」とされているわけではなく,「A高等学校教諭 AV学習センター指導員」と併記されているが,これも原告が当初被告に教諭として採用されていたことを示すこと以上の意味はなく,このような記載に,以上のような経緯の存在を明確に読み取ることができる。 なお,AV学習センターを,校務分掌の一つとして兼務で担当する教員の任免は,校長に任されているところであるが,専任事務職員としてのAV学習センター指導員という業務は,被告の理事会が本件組合との交渉を妥結させるための手段として例外的に新設したポストであり,任命は学院長辞令(乙2)となっているのである。したがって,原告に対するAV学習センター指導員の職を解く辞令(甲11)も,学院長の名前で発令されているのである。 コこのように原告の職務内容は,昭和54年7月24日に同年3月5日付 ているのである。したがって,原告に対するAV学習センター指導員の職を解く辞令(甲11)も,学院長の名前で発令されているのである。 コこのように原告の職務内容は,昭和54年7月24日に同年3月5日付けにて,事務職員となったものであるが,復職までの本件組合の強力な対応,原告自身の攻撃的な性格等の事情から,原告の机がその後もAV学習センターのほかに職員室内に置かれたままとなり,このため教諭の仕事もしていない原告が職員会議に出席していたり,校務分掌決定時の希望聴取も原告に対して他の教諭らと同様に行われたりしていたが,これらは飽くまでも事実上のものとして行われていたにすぎないのである。 サ原告は,昭和53年1月7日付けの乙1の診断書を提出した後,昭和53年4月17日付けの甲16の診断書を被告に提出していると主張し,また,本件訴訟になってから急に,原告の視覚障害も,甲17の診断書にあるように,種々の工夫により職務の遂行に何ら問題のない程度である旨主張し始めた。 しかしながら,甲16と甲17の診断書が被告に正式に提出された事実はない。上記各診断書は,正式に被告へ提出され受理されるという手続をとられたものではなく,W元学監(以下「W元学監」という。)に対して本件組合の当時のX執行委員長からそのコピーのみ(乙39の3,4)が事実上渡されたもののようであり,したがって,理事会にもかけられていなかったのである。 なお,これらのコピーのうち,乙39の4の右欄外に,昭和53年7月県教委教職員課の採用基準に視力矯正で0.6以下は不採用としているとの記載がされており,W元学監は,これを受け取った時点で自ら原告の復職はこの県教委の基準に照らしても不可能であると判断していたことが明らかである。 原告の復職問題についても要求項目の一つとしていた本件組合が,甲16や甲 元学監は,これを受け取った時点で自ら原告の復職はこの県教委の基準に照らしても不可能であると判断していたことが明らかである。 原告の復職問題についても要求項目の一つとしていた本件組合が,甲16や甲17の診断書を入手したにもかかわらず,特に教宣ビラにもそのことを書き立てることすらしなかったのは,このような経緯があったからにほかならない。 このように,甲16や甲17の診断書をめぐっては,本件組合とW元学監との間でやり取りがあり,原告の視力ではたとえ矯正しても県教委の採用基準も満たさないことが確認されていたことが明らかであって,このことからも,原告の復職問題は,原告と被告,本件組合と被告のいずれの間においても,原告の視力では教壇復帰は不可能であり,したがって,原告は事務職員の仕事である「AV学習センター指導員」の専任となることで合意決着していたことが明確に裏付けられているのである。 そして,被告が,昭和54年7月24日ころに,同年3月5日付け辞令(甲15の1)を原告に交付して以降,原告は,一度たりとも教壇に立ち授業を行ったことはないのであり,約25年という長きにわたり,被告の指示どおり「AV学習センター指導員」の地位にあるものとして出勤していたものであって,原告自身その状況について何らの異議も述べてはいなかったのである。かかる事実こそ,原告自身が昭和53年4月17日付けの甲16の診断書を入手した当時,自分の視力では「教諭」として責任を持って生徒の教育ができないことを自覚しており,教諭ではなく,AV学習センター専任指導員という事務職として復職し,原告自身もそれを受け入れていたことの何よりの証左なのである。 原告が主張する前記程度の労働の質では,そもそも昭和47年4月の労働契約で求められている債務の本旨に従った履行の提供とは到底いえない内容な 自身もそれを受け入れていたことの何よりの証左なのである。 原告が主張する前記程度の労働の質では,そもそも昭和47年4月の労働契約で求められている債務の本旨に従った履行の提供とは到底いえない内容なのである。 シ以上のとおり,原告は,前記のような経緯の中で,約25年間という極めて長期間にわたり,A高等学校において,被告から命ぜられた「AV学習センター指導員」として勤務してきたものであり,その間,被告に対して,一度として教壇に復帰することを求めなかったものであるから,辞令の記載内容のいかんにかかわらず,職種変更について原告が黙示的に承諾していることもまた明らかというべきである。 (3) 争点(3)(被告に債務不履行ないし不法行為があったか)について(原告の主張)ア前記復職後,原告は,AV学習センター,部活動,土曜講座などの限られた機会しか生徒との接触はできなかったが,指導を受けにくる生徒に対して懸命に指導をし,それらの生徒及び保護者からは感謝をされてきた。 イしかし,被告は,復職後も原告を退職に追い込むべく,障害者となった原告に対する数々の嫌がらせ行為を続けてきた。 原告は,教壇から降ろされること自体,不本意であったが,与えられたAV学習センター指導員として自らの本分を尽くそうと,度々,被告に対し,AV学習センターについての多くの改革,改善提案を行ってきた。 ところが,被告は,原告の提案を全く無視し,逆に平成10年6月20日から同年9月30日にかけて,図書館耐震工事の必要性があるとして,AV学習センターを破壊しようとしてきた。 原告は,復職時の条件としてAV学習センター指導員とされたことを伝え,被告にAV学習センター再開の嘆願書等を提出し,再開をねばり強く訴えてきた。 しかし,その後も,平成12年6月21日には,当時のA高等学校の幹部 の条件としてAV学習センター指導員とされたことを伝え,被告にAV学習センター再開の嘆願書等を提出し,再開をねばり強く訴えてきた。 しかし,その後も,平成12年6月21日には,当時のA高等学校の幹部が,同僚教員に原告と関係を持たないよう注意指導するなど,被告は原告の職場における自由な人間関係の形成を妨害する行動に出た。 平成12年9月1日には,W元学監やY校長(以下「Y校長」という。)が,原告に事務職への配転を強要してきたが,原告はこれを拒否した。 平成12年11月1日,AV学習センターが再開されたが,被告は,生徒指導用の机の備付け要求に直ちに応じないなど,AV学習センターを不要視し,妨害した。 平成14年2月12日には,被告は,平成14年度校務分掌希望届用紙(甲3の1)から,全く一方的にAV学習センターの項目を削除してきた。 さらに,被告は,平成14年2月19日,被告が開催している土曜講座のアンケート一覧表に原告が担当する項目を掲載しなかった。 以上のとおり,被告からは原告の復職後も継続して嫌がらせ行為が続けられていたが,原告は,毎日1時間近くの超過勤務をしながら。生徒の学習指導・土曜講座の講演等の職務に励んできた。 ウ以上のような状況下で,以下のとおりの被告による差別扱いが行われた。 (ア) 校務分掌のはく奪a 毎年2月ころ,A高等学校では,教師は校務分掌希望届を提出し,原告も毎年提出し,ほとんど希望どおりに校務,部顧問が与託されてきた。 b 平成15年3月25日に各教科の平成15年度の校務分掌が発表された。 しかし,原告の名は,平成15年度校務分掌(甲4の3),部顧問一覧(甲5の3)のどこにも記載されていなかった。 原告には全く寝耳に水のことであり,F校長を訪ね事情をただしたところ,原告の校務分掌については被告の顧問弁護士を通して話 校務分掌(甲4の3),部顧問一覧(甲5の3)のどこにも記載されていなかった。 原告には全く寝耳に水のことであり,F校長を訪ね事情をただしたところ,原告の校務分掌については被告の顧問弁護士を通して話し合いたいので,原告も弁護士を立てるか,自分で話し合うよう回答して,話を打ち切った。 c 平成15年4月3日付けの通知(甲6の1)で,F校長から,原告に対し,「この度平成15年度のA高校校務分掌決定にあたり,貴殿に担当して頂く校務分掌はありませんので,通知致します。なお,この事について,前もって15年3月24日に貴殿と相談したいと思いましたが,「人事の事なら弁護士を通して」とのことでした。したがいまして,貴殿の弁護士の連絡先について4月10日迄に文書をもってお知らせ頂きますようお願い致します。なお,校務分掌はありませんので,4月7日にはじまる新学期に出勤の要はありません事と,取り敢えず,4月分の給与はお支払いする事を申し添えます。また,この事について,弁護士を通す前に話し合いの機会を持つ意思があるならば,何時でも応ずる事と致しますのでその旨お申し出下さい。」との通知があった。 d これにつき,原告は,平成15年4月7日付けの「抗議書兼通知書」(甲6の2)をF校長あてに提出した。この文書の中で,原告は,「真面目で前向きで誠意の有る話し合いであるならば,原告の基本的人権にも関わることであるので,弁護士を通す前に話し合う意思が有る」旨伝えた。 e その後,F校長より,平成15年4月11日付けで,同月25日に話合いを行う旨の通知(甲6の3)があり,かつ,原告の弁護士の連絡先を知らせるように依頼があった。 f 原告は,平成15年4月16日付け「抗議書兼通知書(二)」(甲6の4)をF校長に提出し,話合いに応じる旨回答した。 g 平成15年4月22日付 原告の弁護士の連絡先を知らせるように依頼があった。 f 原告は,平成15年4月16日付け「抗議書兼通知書(二)」(甲6の4)をF校長に提出し,話合いに応じる旨回答した。 g 平成15年4月22日付けで,F校長から,校務分掌のはく奪の撤回はしないが,話合いの用意がある旨の通知(甲6の5)があった。 h 原告は,平成15年4月24日付け「抗議書兼通知書(三)」(甲6の6)において,第1回の話合いに応じる旨回答した。 i 原告は,平成15年4月14日ころ,「働く障害者の弁護団」の代表であるG弁護士に状況を電話で説明し,相談した。 G弁護士は,平成15年4月25日,F校長に電話し,「原告のためにもA高校のためにも原告を活かした教育活動を進めて欲しい」旨伝え,かつファックス(甲6の7)送信した。 j 原告とF校長らとは,平成15年4月25日に話合いの場をもったが,学校側は現方針を変更する意思がなく,原告は,校務分掌をはく奪した理由を書面で欲しい旨申し入れ,F校長はこれを約束した。ところが,その文書はいまだ提出されていない。 (イ) 賃金不払被告は,平成15年5月13日付けの書面(甲7)により,総務部人事課名で,原告の給与を平成15年5月分から2割のみ支給する旨,理由の説明もなく,一方的に通告してきた。 就業規則にも給与規程にも2割支給を正当化する条項はなく,被告の一方的賃金不支給は,労働基準法24条に違反する違法行為であった。 (ウ) 一方的な職務のはく奪a 被告の総務部人事課のH課長から,原告に対し,平成15年3月31日付けのI学院長名による「A高等学校AV学習センター指導員の職をとく」との辞令(甲11)が同年6月14日に郵送された。 この文書によれば,原告につきAV学習センター指導員の職を解くことは既に平成15年3月31日で確定しており,辞令ま AV学習センター指導員の職をとく」との辞令(甲11)が同年6月14日に郵送された。 この文書によれば,原告につきAV学習センター指導員の職を解くことは既に平成15年3月31日で確定しており,辞令まで出されていたことになる。なお,この辞令によれば,AV学習センター指導員の職を解いた後,原告の職務について何ら触れられていない。 b 被告は,原告が視覚障害者となったことを理由に原告を教科担当から外し,その後,長期にわたって原告をAV学習センター専任指導員の地位にとどめてきたものである。原告は,AV学習センター指導員として,生徒の指導に当たり,また,部活動顧問,各種委員会委員,土曜講座の講師を務めるなど,いずれの面でも教員として教育活動を行うのに全く支障のないことを示している。 ところが,被告は,原告が生徒を教育するのに何の支障もないことを知りながら,原告を教育業務に戻すどころか,事務職への配転を求め,原告がこれに応じないとみると,AV学習センターを閉鎖するとの通告を行ってきたのである。 c 原告の障害は弱視であって,原告は,大きな文字なら読むことができ,生徒に対して講義するには何ら支障を来さない。実際に,全国でも,多くの全盲の教師が現在も教壇に立っているのであり,弱視という障害を理由にして教育業務を外さなければならない合理的理由は全く存在しない。 しかも,被告が配転先として挙げる事務職は,弱視である原告にとって,職務を遂行することがより困難な職種であることは容易に推測できるところであって,原告を退職に追い込むための配転としか考えられない。 これに引き続いてAV学習センター閉鎖を実行し,原告にかろうじて残されていた生徒に対する指導の機会を奪おうとするのが,今回の被告の通告である。 これは,障害を理由とした不合理な差別である。 d これに対 に引き続いてAV学習センター閉鎖を実行し,原告にかろうじて残されていた生徒に対する指導の機会を奪おうとするのが,今回の被告の通告である。 これは,障害を理由とした不合理な差別である。 d これに対し,被告は,AV学習センターの本来の目的が機能しなくなったのは,遅くとも平成10年6月ころからであり,被告は,それ以降,AV学習センターを完全に閉鎖することを計画していた旨主張する。 しかし,AV学習センターの跡地には現在書架があるが,この書架は以前奥にあったものを跡地に持ってきたものであり,被告が中学校の開架式書架を作ると言っておきながら現在に至るも設置されていない状況に照らし,限られた図書館のスペースを有効利用する切迫した必要性に迫られた旨の被告の主張が信用できないことは明らかである。 むしろ,被告は,原告に分掌すべき校務をなくそうとして,AV学習センター廃止の必要性もないのに廃止してしまったものといえる。 (エ) 不平等扱いその後も被告は,原告に対し,何ら職務を明示することなく,上記一方的賃金不払に対して,原告が仮処分を申し立てた際も,被告は,賃金の支払のみは約束したものの,その後も,校務分掌外しを継続し,職員会議への出席も望ましくないとして差別扱いを継続してきた。 (オ) 被告は,遅くとも平成15年7月15日の段階で,原告を解雇する方針であることを本件組合に対する文書(乙14)の中で明らかにしており,以上の差別扱いは原告を退職に追い込むためのねらいに基づくものであった。 エ(ア) 被告の原告に対する上記差別扱いは,憲法14条の平等原則に違反する行為であり,障害者という「社会的身分」を理由とした賃金,職務等の労働条件についての差別取扱いであって,労働者の均等待遇を求めている労働基準法3条に違反する違法行為である。 (イ) これは,使用者が 行為であり,障害者という「社会的身分」を理由とした賃金,職務等の労働条件についての差別取扱いであって,労働者の均等待遇を求めている労働基準法3条に違反する違法行為である。 (イ) これは,使用者が労働者に労働契約上負うべき平等取扱い義務に違反する行為であって,債務不履行として,これに基づき生ずる原告の損害を賠償する義務を被告は負うものである。 (ウ) 同時に,被告の上記各行為は,民法709条の不法行為に該当するものである。 オ(ア) これに対し,被告は,原告の視力が大幅に低下したことを理由にして,教員としての債務の本旨に従った労務の遂行が不可能になったと判断し,その上で温情的措置として,事務職員に職種変更したが,給与は教員の給与を支払ってきた旨主張する。 しかし,被告の主張は,正確な原告の健康状態を前提にしていない点で,主張自体失当といわざるを得ないが,さらに,原告が弱視になったことによって教員としての債務の本旨に従った労務の遂行が不可能だという点に重大な誤りがある。前記のとおり,全国でも,多くの全盲の教師が現在も教壇に立っているのであり,弱視という障害を理由にして教育業務を外さなければならない合理的理由は全く存在しないのである。 法律上は,障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「雇用促進法」という。)によって,一般事業主及び国,地方公共団体は,それぞれ身体障害者又は知的障害者を一定割合で雇用することが義務付けられている。この雇用義務が除外される職種が定められているが,その中に中高等学校教員は入っていない。つまり,現行法上,教員のうち一定割合で障害者を雇用することが義務付けられているのである。そのため,厚生労働省及びその外郭団体であるZ協会は,雇用促進のための種々の施策を講じ,障害を持つ教師の雇用促進を推進している。Z協会が発行して 障害者を雇用することが義務付けられているのである。そのため,厚生労働省及びその外郭団体であるZ協会は,雇用促進のための種々の施策を講じ,障害を持つ教師の雇用促進を推進している。Z協会が発行しているパンフレット(甲21)は,学校法人が障害者雇用の義務を負うとし,教育現場において障害者が教育に携わることが教育的効果が大きいとして,障害者の雇用を促し,しかも,実際に教育現場で就労している障害者の実例を紹介し,その中には全盲の高校教員の例や左眼球を摘出し,右眼も0.1以下の視力の高校教諭の例など,全く問題なく教員として勤務している例が紹介されており,このような例は,全国に数多くある。 以上のとおり,法律的にも実態的にも,視覚障害であることは直ちに教員としての債務の本旨に従った労務の遂行が不可能になったとはいえないのであって,被告の主張は,その根底において誤っている。 雇用促進法は,個々の障害者の雇用を具体的な使用者に義務付けるものではないということは,原告も前提としているところであるが,少なくとも労働者が具体的な労働契約を締結した際には,使用者に「障害者というだけで」労働者としての適格性を否定することは認めていないと考えるべきであって,視覚障害者であることを主張すれば,定型的に何の論証もなく,「債務の本旨に従った労務の提供は不可能」という議論は誤りである。 原告の視覚障害は,矯正視力が,右眼1.5,左眼1.0(SMC近用特殊眼鏡使用)であり(甲17),種々の工夫により職務の遂行に何ら問題ない程度である。大きな文字であれば自ら読むことも可能であるし,細かい文字でも器具を使用したり,家庭で家族の助けを求めたりすることで障害を補うことができる。しかも,被告によって教壇復帰を拒否されていた間も,原告は,AV学習センターで生徒の個別指導を継続してき 細かい文字でも器具を使用したり,家庭で家族の助けを求めたりすることで障害を補うことができる。しかも,被告によって教壇復帰を拒否されていた間も,原告は,AV学習センターで生徒の個別指導を継続してきており,原告の教育指導能力にも問題はない。 原告の視覚障害の存在によって教員として債務の本旨に従った労務の提供が不可能となったという被告の認識自体が誤りであって,それを前提にした被告が教壇復帰を拒みながら教員としての給与を支給したことをもって温情的措置と主張すること自体,障害者差別の自認に当たるものといわなければならない。 被告は,原告を健常者である教諭として採用し,健常者としての労務が提供される前提の給与を支給することを約し,その内容の労務の提供を求める権利を取得した旨主張する。この被告の議論は,健常者としての労働契約と障害者としての労働契約があり,それが厳然と区別される質の違いがあるということを前提にしている。しかし,そもそも労働契約には,提供される労働の質と量はあっても,健常者としての労働と障害者としての労働などという契約が存在するわけではない。被告の主張は,健常者としての労務の提供を障害者はできるはずがないということを全く疑わない議論である。本来,問われるべきなのは,教諭としての労働契約の前提となっている質や量の労務の提供が不能といえるか否かであり,提供不能といえて初めて被告の主張は成立するのである。それは,契約の解釈と労働実態の分析を前提に原告が提供できる労働の質と量に対する具体的な主張であるはずである。ところが,被告は,このような議論を行おうとせず,「原告が視覚障害者となった」という一事のみで,労働契約として必要な労務の提供が不可能になったという定型的な主張を行っているにすぎない。頭から視力障害者は教師として不適格だと考える被 を行おうとせず,「原告が視覚障害者となった」という一事のみで,労働契約として必要な労務の提供が不可能になったという定型的な主張を行っているにすぎない。頭から視力障害者は教師として不適格だと考える被告の発想自体が障害者差別思想に基づくものである。 (イ) また,被告は,労働者は就労請求権を持たないのであるから,被告が賃金を支給している以上,職務上,どのような扱いをしようと平等に取り扱うよう要求することはできないかのごとき主張をし,これを理由に原告の差別扱いという債務不履行ないし不法行為の主張が成り立たない旨主張する。 しかし,これは就労請求権問題と平等取扱い問題とを混同する議論であり,被告の主張は前提を誤っている。 就労請求権とは,使用者に労働の受領義務を負わせるかどうかという問題である。これに対して,原告が問題としている差別扱いによる債務不履行ないし不法行為の問題は,使用者が労働者をどのように処遇するかという問題であり,労働基準法3条の均等待遇の問題である。均等待遇原則に違反する場合には,強行法規に違反したものとして,不法行為による損害賠償責任が認められることは当然である。そもそも,就労請求権が求められなければ,使用者が労働者をいかように扱ってもよいということにはならない。労働契約あるいはその内容となっている就業規則によって定められた範囲内において,使用者は,労働者が供給すべき労務の内容及び時間・場所等を裁量により決定し,業務命令によってこれを指示することができるが,この裁量の範囲を超えた指示をすることは許されないし,外形的に業務命令により指示できる事項であると認められる場合でも,それが主観的に不当な動機,目的で発せられたり,労働者が通常甘受すべき程度を超える著しい不利益を受ける場合など,業務命令権を濫用した違法な行為が許されない 指示できる事項であると認められる場合でも,それが主観的に不当な動機,目的で発せられたり,労働者が通常甘受すべき程度を超える著しい不利益を受ける場合など,業務命令権を濫用した違法な行為が許されないことは明らかである。 原告が求めているのは,被告に原告の労働の受領義務があるということではなく,本来の原被告間の労働契約の内容からすれば,被告が原告に対してなした労務の内容及び供給の態様についての指示が,業務命令権の裁量の範囲を超える障害者差別に基づく違法な行為であるがゆえに,債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求権を追及するというものである。 被告の就労請求権をめぐる主張は,就労請求権が認められない以上,使用者は賃金さえ支払えばどのような業務命令を行おうと違法性はないという主張であり,これが誤っていることは,仕事の取り上げや業務命令権を濫用した業務命令を不法行為と判断し,損害賠償を命じた多くの裁判例から明らかである。 (ウ) さらに,被告は,賃金カットは,金銭の不払であるから,慰謝料請求権は発生しない,また,担当者の法の誤解による過失である旨主張する。 しかし,金銭の不払等が使用者の労働者に対する嫌がらせとして行われた場合には慰謝料請求の対象となることは,多くの判決によって認められているところである。賃金という労働者の生活の糧となるものをカットすることは労働者にとって最も大きな打撃を与えることになる。それが使用者によって労働者に対する嫌がらせや差別行為として行われるときには,極めて悪質な不法行為となることは明らかである。原告に対する8割にも及ぶ賃金カットは,それ自体,労働者にとって生活ができなくなることを示している。 そして,その前後の経過を見れば,平成15年4月25日と同年5月23日の原告と被告側の話合いにおいて,原告に対する賃金カッ 賃金カットは,それ自体,労働者にとって生活ができなくなることを示している。 そして,その前後の経過を見れば,平成15年4月25日と同年5月23日の原告と被告側の話合いにおいて,原告に対する賃金カットをちらつかせた話合いが行われており,しかも,原告代理人弁護士によるF校長への電話や,I学院長とF校長あての平成15年5月21日付け回答書(甲9の1)における労働基準法違反となる旨の事前の警告などにかかわらず,その後に弁護士とも相談した上であえて賃金カットを行ったものであり,同年5月分のみならず,同年6月分給与,夏期賞与もカットし続けたものであって,原告の生活に及ぼす甚大な影響を知りながら実行されたものであり,被告がようやくこの賃金カットを是正したのは,原告が賃金仮払の仮処分を提起した後の平成15年7月4日になってからであって,自主的に撤回されたものではない。 したがって,単なる誤解や過失では説明できないような経緯を経ているのであって,担当者の単純な誤解によるものではなく,被告が確信をもって,労働基準法違反も覚悟の上で行った行為としか考えられず,被告の弁解は成立しないものである。 以上のとおり,被告による賃金カットは,単なる一担当者の過失などではなく,周到に準備され,違法行為を承知の上で原告に圧力を掛けるために実行された悪質な行為であり,慰謝料請求の対象となるものである。 カ(ア) 原告が被告の上記障害者差別によって被った精神的苦痛は甚大であり,慰謝料は500万円を下らない。 (イ) 原告は,本件訴訟を提起するために弁護士を依頼しなければならなかった。この弁護士費用は,50万円を下らない。 キよって,原告は,被告に対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償として,損害金550万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年9月19日か 。この弁護士費用は,50万円を下らない。 キよって,原告は,被告に対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償として,損害金550万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年9月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)ア急速な情報技術の発展により,徐々にAV学習センターの意義が失われ,同センターの本来の目的である視聴覚教材を利用して自主学習を行う生徒の数は減少を続けた。 このため,原告は,結局,AV学習センターにおいて,各種各教科の入試参考書を用いて,教材の指示や提供等の指導を行うという,あたかも私塾のようなことを始め,同センター本来の業務とは全く異なることを行うようになっていった。しかし,原告による上記のような一種の個別指導は,原告が自分の個人的好みとして,特定のごく少数の生徒に対してのみ行っていたにすぎず,被告の教育方針の下に,被告の命を受けて全生徒に対して行われるという性格のものでは全くなかった。このように原告の「個別指導」は,被告がAV学習センター指導員の職務として命じた業務ではなく,もとよりAV機器を活用してのAV学習センターの本来の活動とはほど遠いものであった。しかも,そのような個別指導なるものさえも,平成10年6月ころからはほとんど行われなくなったのである。 イ被告は,図書館が,築後30年以上たち老朽化し,また,理科センター講堂下の薄暗い環境下にあり,その利用者が減少していたことから,図書館の機能を拡充するめに図書館の改装工事を行うこととなった。そして,このように図書館の改装が検討されたのとほぼ時期を同じくして,阪神・淡路大震災の影響により,愛知県から図書館の耐震工事を行うようにとの指導があり,被告は,改装工事と耐震工事を同時並行的に進行させることとなっ に図書館の改装が検討されたのとほぼ時期を同じくして,阪神・淡路大震災の影響により,愛知県から図書館の耐震工事を行うようにとの指導があり,被告は,改装工事と耐震工事を同時並行的に進行させることとなった。被告は,図書館の改築とその後の運営について検討するため,平成9年3月3日,「図書館運営委員会」を発足させ,図書館の改築案を検討し,併せて,AV学習センターが図書館の一角にあり,昭和60年ころから既にその本来の目的で利用する生徒は皆無といってよい状況が続いており,また,原告が自主的に行っていた個別指導なるものに参加する生徒も平成10年6月ころまでにほとんどいなくなり,同センターの利用者が激減していたことから,今後の同センターの在り方についても検討することとなった。 図書館運営委員会において議論を重ねた結果,図書館の改装案が決定され,AV学習センターについてはこれまでのクローズ式からオープン式とすることになり,これについて職員会議でも承認され,被告は,AV学習センターをオープン式とすることを含め,図書館の耐震及び改装工事を行うことを決定した。 なお,原告も当初は図書館運営委員会の委員の一人として委員会に出席していたが,AV学習センターの改装案について,原告ただ一人,クローズ式とする案に固執し,オープン式とすることに反対し続け,図書館運営委員会において自らが主張するクローズ式の案が否決されると,平成10年4月,無責任にも同委員会の委員を勝手に辞任してしまった。 被告は,図書館運営委員会の上記決定に基づき,県及び国の補助金を得て,平成10年6月20日から同年9月17日まで図書館の改装及び耐震工事を行い,その工事のためAV学習センターを含む図書館全体が一時的に閉鎖された。 図書館は,耐震・改装工事完了後,平成10年10月1日にリニューアルオープン 同年9月17日まで図書館の改装及び耐震工事を行い,その工事のためAV学習センターを含む図書館全体が一時的に閉鎖された。 図書館は,耐震・改装工事完了後,平成10年10月1日にリニューアルオープンしたが,併せてAV学習センターもクローズ式からオープン式に衣替えして再開される予定であったところ,ほかならぬ原告自身により再開することができなくなってしまった。すなわち,原告は,改装工事完了後も飽くまでもクローズ式に固執しこれを被告に要求し,また,AV学習センター内に自分の控え室を作ること,図書館の非常口を同センターの通用口として使用するため非常口のかぎを渡すことを要求した。これに対し,被告が,そのような必要性が一切存在しないことから,原告の要求を拒否したところ,原告は,非常口の取っ手カバーを素手で壊し,非常口を通用口として強引に使用し始めてしまった。また,原告は,書棚等を使ってAV学習センターのコーナーの一角を囲い,控え室として占有し,さらに,同センターの出入口に机,いす,本棚等を並べて,立ち入り禁止の看板を立て,同センターを封鎖してしまった。このため生徒や教諭はほとんどだれもAV学習センター内に入ることができず,このような異常な状態が平成13年6月ころまで継続した。 ウ上記のようなAV学習センターにおける異常な状態が継続していたのであるが,前記のとおり,同センターの存在意義が薄らぎ,同センターの本来の目的に沿った形態で同センターを利用する生徒は皆無といってよい状態となっていった。 このため,被告は,AV学習センターの閉鎖を計画し,生徒がマルチメディアに気軽に触れて親しむことのできる,現代情報化社会にふさわしい施設を新たに設けることとした。すなわち,被告は,平成12年4月,図書館の一角に,無線によりデータの送受信を可能にする無線LANシス ィアに気軽に触れて親しむことのできる,現代情報化社会にふさわしい施設を新たに設けることとした。すなわち,被告は,平成12年4月,図書館の一角に,無線によりデータの送受信を可能にする無線LANシステムを構築し,生徒がノートパソコンを用いてインターネットを利用することができるインターネットコーナーをはじめ,ビデオ・オン・デマンドコーナー,CD視聴コーナー等から構成されたメディアサロンを設置した。 ところで,被告は,AV学習センターを閉鎖し,メディアサロンを同センターのあった場所に設置することを計画したのであるが,前記のとおり,原告が平成13年6月ころまで同センターを封鎖したため,結局,同センターはそのまま存続したままとなってしまった。 しかし,A中学校の平成16年度男女共学・平成17年度定員増に対応するため,図書館の書庫や開架式の閲覧コーナーを増設する必要性が生じ,このような状況の中で,時代のニーズに合わなくなり不必要となったAV学習センター用のコーナーを図書館の一角にそのまま残していること及びそのような有名無実となったAV学習センターのコーナーを原告が指導員という職名のまま占領し続けているがその仕事は全くなく,しかも事務職員である指導員の仕事しか命じられていないのに教諭と同等の給与の支給を受け続けていることに対し,被告内部において,批判が続出した。 エ原告の勤務内容は,普通一般の教育職員や事務職員に比して著しく軽微なもので,事実上午前9時半ころに悠然と出勤して,あたかも自分の個室のようにしてしまった図書館内の一角にあるAV学習センターのコーナーにこもり,余人を寄せ付けない日々を送るようになり,AV学習センターが実体を失うようになったころには午後4時ころに早々と退出するという状況で,給与だけは教育職員の俸給表に定められている高額のも ナーにこもり,余人を寄せ付けない日々を送るようになり,AV学習センターが実体を失うようになったころには午後4時ころに早々と退出するという状況で,給与だけは教育職員の俸給表に定められている高額のものをもらっており,このような被告による勤務面と給与面の破格の特別扱いに対しては,ほとんどの教職員から批判的に見られるようになっていった。ちなみに,一般の教育職員の場合,その勤務は正規の授業を受け持つ中で,週延べ600名ほどの生徒と接し,その上放課後は更に部活動の指導を担当するという,原告とは比べものにならないほど過密なものであった。 そして,原告の復職後の言動は,極めて攻撃的で自己主張が強く,仲間を平気で口頭はもとより文書によってさえ誹謗中傷するという態度をとるようになった。特に教育職員に対する誹謗中傷については異常と思われるほどであり,学校内において,特に教員間において,著しく協調性に欠ける存在となっていった。 そのような状況から,もともと破格の厚遇を受けていた原告に対する職場の仲間の不公平感や不平不満が次第に高まり,平成11年度の社会科の教科会では「社会科教員として除名」なるものが提案され,可決された。また,平成14年度の社会科の教科会では「授業を担当できないものは不要である。」という意見が続出し,校長に対し,代わりに新しい教諭を採用してほしいとの申入れがなされるに至った。 こうした状況の中で,当時の被告の総務部長であったW元学監が,原告を被告本部に呼び,職場の雰囲気,不公平感を伝え,原告本人の意向も聞いた上で善処しようとしたのであるが,これに対し,原告は,内容証明郵便を送りつけ,その中で自己弁護と他人攻撃を繰り返し,話合いに応じなかった。 被告の設置するA中学校・A高等学校は,生徒への教育サービスの向上を目指して耐震工事を兼ねたリニュ し,原告は,内容証明郵便を送りつけ,その中で自己弁護と他人攻撃を繰り返し,話合いに応じなかった。 被告の設置するA中学校・A高等学校は,生徒への教育サービスの向上を目指して耐震工事を兼ねたリニューアル工事を進める一方,教育活動の活性化を目指して,平成18年までの時限で55歳から62歳までの早期希望退職者を優遇する特別制度を労使双方の合意で設けるなどしているのであって,被告の財務体質も,原告が復職したころに比べて大きく様変わりしており,全く働いていない職員に高額の給与を支払い続ける体力も失われてきたのである。 オ以上述べたように,被告は,昭和54年3月以降20数年という長きにわたり,強度の視力障害により教育職員としての職務を全うすることができなくなった原告を,事務職員に職種替えし,AV学習センター指導員という特別の仕事まで与えて雇用する(しかも,給与は教員のそれとして)という温情的な措置を講じてきたのであるが,前記のような状況のため,被告は,平成15年度からAV学習センターを閉鎖することを決定した。 そして,被告は,原告に対して,平成15年3月31日付け辞令(甲11)をもって,AV学習センター指導員の職を解いた。 なお,AV学習センターの閉鎖に伴い,被告の職場には原告に適した職務が存在しなくなった。 カ前記のとおり,被告は,原告の復職に当たり,当時の本件組合の意向も尊重し,原告の職種替えを余り鮮明な形では公表しないという方針をとったため,原告に対しては正式な辞令(甲15の1)でAV学習センター指導員の仕事を命じながら,毎年度の校務分掌の決定においては,原告が教育職員であったときと同様の手続を継続していた。しかし,原告は,教育職員が本来従事するべき業務など何も行っていなかったのであり,かつまた20数年間AV学習センター指導員以外の校 においては,原告が教育職員であったときと同様の手続を継続していた。しかし,原告は,教育職員が本来従事するべき業務など何も行っていなかったのであり,かつまた20数年間AV学習センター指導員以外の校務分掌などなし得なかったものであって,原告に関する限り校務分掌に係る所定の手続は形式的なものであり,それがなくても甲15の1の辞令が効力を有する間は,原告の労働契約上被告に対して提供すべき労務はAV学習センター指導員のそれに特定されていたのである。 そして,前記のとおり,平成15年度からはAV学習センターが廃止され,平成15年3月31日付け辞令(甲11)によって,原告は正式にAV学習センター指導員の仕事を解かれたのであるから,被告が原告に対して平成15年度からAV学習センターの校務なるものを分掌させなかったとしても,そのことが債務不履行ないし不法行為を構成する余地がないことは明白である。 さらに,この点は,以下に述べるところからも一層明白である。すなわち,被告の設置するA中学校・A高等学校においては,分掌されるべき校務それ自体及びこれを分掌する教諭については校長にその決定権限が与えられているが,後者の決定に当たっては,校長,教頭,各部長及び在職10年以上で30歳以上の教員の中から選出される3名の教員代表によって構成される校務分掌委員会が,毎年2月上旬に校務分掌希望届用紙を配布して希望を調査し,次年度の分掌を審議し,これを校長に上申することになっているところ,校務分掌希望届用紙は,飽くまでも各教員の希望を把握するためのものであり,必ずしも希望どおりとなるものではない。 ところで,前記のとおり,AV学習センターは既に平成10年6月ころに時代のニーズに合わない不必要な施設となっていたのであるから,被告は,平成14年度以降事実上校務分掌希望届の分掌 なるものではない。 ところで,前記のとおり,AV学習センターは既に平成10年6月ころに時代のニーズに合わない不必要な施設となっていたのであるから,被告は,平成14年度以降事実上校務分掌希望届の分掌すべき校務の中に同センター指導員という校務を記載しなかったのである。また,前記のとおり,A中学校の平成16年度男女共学・平成17年度定員増に対応するため,図書館の書庫や開架式の閲覧コーナーを増設する必要性が生じていたことから,平成15年度にはAV学習センターそのものが制度としても閉鎖されたのである。にもかかわらず,原告は,校務分掌希望届に,勝手に手書きで実際には存在していない校務である「AV」なるものを書き加え,なおもAV学習センター指導員の校務を分掌させるよう事実上の要求をなしたのである。 しかしながら,平成15年度の校務分掌を審議していた校務分掌委員会において,原告が,既に閉鎖が決定され,したがって校務分掌希望届の用紙にも記載されていないAV学習センター指導員の校務を希望し,それ以外の校務について希望していないことと,教育職員としての労務を提供できるだけの視力を回復しておらず,復職後一貫して教諭としての職務を行ったことがないこと,また,専任教諭は,教科指導・部活動指導・各部署での指導を含め様々な校務を兼務しなければならないこと等の事情から,原告に分掌させる校務は存在しないという意見が続出した。なお,この校務分掌委員会は,原告と話合いを持って,原告の意向を確認しようと何回か接触を図ったが,原告は,「人事の件なら弁護士を通して」と返答するのみであった。そこで,校務分掌委員会は,全会一致で職場の総意として,原告を校務分掌から外す旨の申入れを校長に行うことを決定し,平成15年3月25日,校長に対し,その旨の上申書を提出した。 校長は,上記上申を 。そこで,校務分掌委員会は,全会一致で職場の総意として,原告を校務分掌から外す旨の申入れを校長に行うことを決定し,平成15年3月25日,校長に対し,その旨の上申書を提出した。 校長は,上記上申を受け,原告と話合いの機会を持って原告の意向も確認しようと,何回か接触を図ったが,原告はこれに応じようとしなかった。そこで,校長は,原告に対し,文書をもって,平成15年3月24日に話合いを持つことを求めたのであるが,これに対して原告は,「人事の件なら弁護士を通して」と返答するのみであった。もっとも,原告は,そうは言うものの,その弁護士の具体的名称を明らかにしないままであったことから,校長は,原告の意向を直接確認するすべを失った。 このため,校長は,校務分掌委員会の上記上申のとおりとすることを決め,平成15年度においてはAV学習センター指導員という校務を廃止し,これを原告に担当(分掌)させることをやめる旨の決定をしたものである。 以上のとおり,そもそも原告に対しては,校務分掌委員会における決定手続は本来形式的なものであり,法律的には意味のないものであるが,その点をしばらくおくとしても,被告が原告に校務分掌の手続において,それまでの年度のようにAV学習センター指導員を分掌させる旨決定しなかったことには合理的な理由があり,これを校務分掌のはく奪であるなどとする原告の主張は全く理由がない。 また,被告は,事実上原告に対し,部活動顧問も担当させていたが,そもそも部活動顧問は,教諭が兼務すべきものであるので,AV学習センター指導員の職を解いた時点で本来の形に戻し,原告に対し,平成15年度において部活動顧問も担当させないこととし,平成15年3月25日に発表された平成15年度の校務分掌及び部顧問一覧に原告の名は記載されなかったものである。 キ原告は,雇用促 告に対し,平成15年度において部活動顧問も担当させないこととし,平成15年3月25日に発表された平成15年度の校務分掌及び部顧問一覧に原告の名は記載されなかったものである。 キ原告は,雇用促進法によって,中高等学校を含む一般事業主等は身体障害者を一定割合で雇用することを義務付けられていると主張している。 しかしながら,雇用促進法は努力義務であることを明言しており,その定め方から明らかなとおり,同法は原告が主張するように,身体障害者の提供可能な労働の質がどんなレベルのものであっても,労働契約の内容がいかなるものであっても,とにかく提供さえすれば常に「債務の本旨に従った履行の提供があったとみなす」ものでないことは,一目瞭然である。 雇用促進法は,促進を図っている身体障害者と事業主との労働契約,特に給与等の条件についてまで,健常者と全く同一に扱うよう義務付ける規定を置いておらず,むしろ,雇用促進法は,健常者との間に労働の質の差があることを前提として,障害者に対しても努力を求めているのであり,事業主に対しては,そのような差があることを前提として,その能力を正当に評価し,その障害者の労働の質に見合った「適当な雇用の場」を与えるよう求めているのである。これを要するに,同法は,事業主が障害者の労働の質を正当に評価し,正当な雇用の場があれば雇用するようにとの努力義務を課しているにすぎないのであり,それ以上でもそれ以下でもないのである。 したがって,被告の原告に対する差別扱いが障害者という社会的身分を理由とした差別取扱いであるなどとする原告の主張は,雇用促進法の趣旨からしても全くの誤りであることは明白である。 被告は,昭和47年4月,原告を健常者である教諭として採用し,健常者としての労務が提供される前提の給与を支給することを約し,その内容の労務の提 法の趣旨からしても全くの誤りであることは明白である。 被告は,昭和47年4月,原告を健常者である教諭として採用し,健常者としての労務が提供される前提の給与を支給することを約し,その内容の労務の提供を求める権利を取得したのである。しかしながら,昭和53年1月7日付け診断書によれば,原告の視力は,右0.03,左0.02で,両眼とも「矯正不能」との診断がなされたのであり,原告は,復職の時点で,昭和47年4月締結の労働契約の債務の本旨に従った履行の提供は不可能となったのであり,現実にその後20数年という長きにわたり,単に事務職員が片手間に担当する程度の労務であるAV学習センター指導員の労務しか提供してこなかったのである。 この点につき,原告は,原告の視覚障害は種々の工夫により職務の遂行に何ら問題ない程度である旨主張する。しかし,原告が本人尋問に出頭した際の状況からも明らかなように,原告は,眼鏡によって視力を矯正することが不可能であることから,本人尋問の場に眼鏡さえ着用することなく現れたのであり,極めて特殊な望遠鏡のような補助具を取り出して,これを片目にあてがい,一字一字読むという,社会通念上教育の仕事に携わる者としての視力とはほど遠い視力しか有していないことを露呈したのである。この程度の視力では,昭和47年4月締結の労働契約で求められている債務の本旨に従った履行の提供など行えないことは明白である。すなわち,教育職員の業務の中の一例を挙げれば,教諭は,授業中に,生徒が教科書や資料集などを間違って読めばそれを訂正しなければならないが,原告の上記のような視力であれば,それは当然不可能であり,また,生徒が本当に教科書を開いて授業を受けているのか確認することさえ困難であって,生徒を十分に管理することも不可能なのである。以上のように,原告は,少なくと な視力であれば,それは当然不可能であり,また,生徒が本当に教科書を開いて授業を受けているのか確認することさえ困難であって,生徒を十分に管理することも不可能なのである。以上のように,原告は,少なくとも教育職員の業務についてみる限り,復職の時点において上記昭和47年4月締結の労働契約の債務の本旨に従った履行の提供は不可能な状態にあったのであり,現在もその状況に変わりはないのである。 原告は,全国では全盲の教師でさえ授業を行っている旨主張しているが,原告が主張する授業とは,視覚障害を有する身体障害者であることを前提として雇用された者ないしは当初の労働契約の内容を変更する新たな契約を締結した者のなす授業を前提としているのであって,原告が被告との昭和47年4月締結の労働契約に基づき負担することとなった,健常者の教諭として被告が求める質と量の労務の提供ではないことは明らかである。 ク以上から明らかなように,原告は,そもそも教諭としての職務を行っていなかったのであるから,教諭が行う「校務の分掌」という形で「AV学習センター指導員」を務めていたのではなく,事務職員としての職務として被告からこれを行うことを命ぜられていたのであるが,前記の経緯によりAV学習センターは事実上平成10年6月以降その本来の機能を全く失っていたのであり,かつてAV学習センターのあった場所が図書館の拡充に伴い改装されることになったという業務上の必要性に基づくものであるから,被告が原告に対し「AV学習センター指導員の職を解く」旨の発令をしたとしても,この事実をもって,被告が原告の校務分掌をはく奪したなどということはあり得ず,障害者差別などという不当な動機や目的を持ったものではないことは明らかである。 また,被告は,原告に対し,その後も教諭としての給与を支給し続けている以上,平成 をはく奪したなどということはあり得ず,障害者差別などという不当な動機や目的を持ったものではないことは明らかである。 また,被告は,原告に対し,その後も教諭としての給与を支給し続けている以上,平成15年度以降校務を分掌させなかったことが,原告に対し通常甘受すべき程度を超える著しい不利益を与えるものではないこともまた明らかである。 被告は,原告の処置について,視力の著しい低下によって当初の契約である教諭としての仕事を全うすることが困難であったが,引き続き事務職員として雇用を継続し,しかも一人分の労働として求められる仕事量に比してごく一部分を占めるにすぎない事務職員の仕事を担当させるという特段の配慮をなした上,そのような労働の対価として,教諭の給与という,事務職員に比して高額の給与まで支給してきたものであり,これまでの被告の学校法人としての収支が,原告に対するこのような特別扱いを可能としていたという事情はあったにせよ,被告が原告に対し社会通念をはるかに上回る厚遇をなしてきたことは余りに明白であって,それでもなお,差別扱いがあったかのようにいう原告の主張は論外の極みというべきである。 したがって,原告がいう債務不履行ないし不法行為なるものが成立する余地などないことは明白である。 ケ賃金不払に関し,原告は,被告が原告に対し,平成15年5月分及び6月分の賃金のうちの8割と同年の夏季手当のうち3分の1を支給しなかったことをもって,債務不履行ないし不法行為であると主張している。 しかしながら,被告は,上記不支給分を平成15年7月4日にすべて支払っているので,上記一部分の不払はその間限りのものであった。 しかして,被告による原告への給与の一部不支給は,以下に述べる経緯の中で,被告の人事担当者の理解不足に基づく過失によって偶発的に生じたものであり,もと ,上記一部分の不払はその間限りのものであった。 しかして,被告による原告への給与の一部不支給は,以下に述べる経緯の中で,被告の人事担当者の理解不足に基づく過失によって偶発的に生じたものであり,もとより故意ないし悪意をもって行われたものでは全くない。 すなわち,被告は,原告に対して,原告に分掌すべき平成15年度の校務が存在しないことから,平成15年4月3日付け文書をもって,同日以降出勤の要がないことを通知したが,その後も原告と話合いを持つべく,人事担当者から申し入れをなしたり,文書を出すなどの様々な手立てを講じた。しかし,原告は,同月8日から同月18日まで休みを取ったり,その後も何通もの抗議書兼通知書なる文書をもって,被告を非難するのみで,被告が再三にわたり求めても,人事のことなら弁護士を通せなどと言っては,被告側との話合いの場になかなか着こうとしなかったり,同月25日にようやく行われた被告との話合いの際にも自己の主張を繰り返すのみで,被告側の話を聞こうともせず,話合いは平行線をたどった。 このようなことから,当然被告は原告の労務を処分することができない状態が継続した。ところで,被告には,教諭が自費で海外研修に出掛けたりなどして本来提供すべき労務を提供しない場合に,ノーワークノーペイの原則により原則として賃金を不支給とする取扱いを行っているが,その場合でも所得税,住民税,共済掛金の引き落としの都合を考慮して賃金の2割については支給しているという制度が存在している。そして,被告の人事担当者は,原告に校務が存在せず出勤の必要性もなく,AV学習センター指導員以外の業務へ就くことについて,自らの意思によって拒んでいる状況であることから,原告の場合も上記と同様のケースに当たるものと誤解し,所得税等の引き落としの都合を考慮した賃金の2割相当分を支給 指導員以外の業務へ就くことについて,自らの意思によって拒んでいる状況であることから,原告の場合も上記と同様のケースに当たるものと誤解し,所得税等の引き落としの都合を考慮した賃金の2割相当分を支給するという措置をとってしまったものである。 被告による原告に対する賃金の一部不支給は,被告の人事担当者のこのような誤解によって発生したものなのである。 そして,被告は,原告がこれに対して仮処分申請をなした時点で,同事件の代理人として,本件の被告代理人らを選任したが,その時点で上記解釈が誤りであり,早急に残額の支払をなすよう指導され,直ちにその支払をなし,これを受けて原告も上記仮処分申請を取り下げているのである。 なお,被告は,被告代理人から上記のとおり指導を受ける以前に,特に弁護士等の専門家に相談することはなかった。 以上のとおり,被告による原告に対する賃金の一部不払は,被告の担当者の過失に基づく偶発的なものであり,特に原告に対して害意を持って行われたものでないことはいうまでもない上に,その一部不払の状態が継続したのも最大でも1か月半弱であり,それによる原告への影響の程度もわずかといっても過言ではないのである。これらのことを考慮すれば,上記原告に対する賃金の一部不支給により,原告はいまだ金員をもって慰謝すべき程度の損害を被ったものとはいえないものというべきである。 また,前記原告の不法行為の主張は,被告の原告に対する上記賃金の一部の一時的な不払,すなわち金銭債務の一部の一時的不履行をもって不法行為に当たるとするものである。 ところで,金銭債務の債務不履行の損害賠償については,民法419条は,約定利率の定めがない限り,その不履行による損害の額は法定利率分に尽きるものとしている。そして,原告は,被告の賃金債務の一部不払を不法行為と構成しているが,こ の損害賠償については,民法419条は,約定利率の定めがない限り,その不履行による損害の額は法定利率分に尽きるものとしている。そして,原告は,被告の賃金債務の一部不払を不法行為と構成しているが,このような法的構成は請求権の競合として認められているが,両者の法的構成の違いによって損害の額が異なることはあり得ないから,原告が被告の賃金不払の損害として,慰謝料を請求することは,失当というべきである。 このことは,財産権侵害については,原則として,財産上の損害が回復されれば,すべての損害が回復されたものというべきであると判示する多くの判例が存することからも裏付けられるのである。 ところで,不法行為責任が成立するためには,法的保護に値する利益を「違法」に侵害したことを要するものであるが,この違法性は,被侵害法益の性質と侵害行為の態様との相関関係において決せられるべきであるとするのが通説である。 仮に被告の原告に対する賃金の一部不支給が,侵害行為に当たるとしても,上記のとおり,被告は,原告に対し,一時的に賃金の一部を支給しなかっただけで,継続的に賃金の不払をしていたわけではなく,しかも,それは被告の担当者がノーワークノーペイの原則に基づく制度の適用を誤ったことにより,偶発的に生じたものであり,誤りであることに気付いた平成15年7月4日に直ちに原告に残り全額を支給しているのであって,不支給状態の継続はごく一時的なものであったのであるから,被告の原告に対する上記不支給という侵害行為の態様の程度は極めて軽微なものなのである。 一方,本件は財産権侵害の類型に該当するものではあるが,何らかの財産権を恒久的に消滅ないしき損したような事案とは全く異なり,本来の支給分の一部の支給が遅延したという事実にすぎず,しかも,前記のとおりその不支給分は早い段階で弁済されて るものではあるが,何らかの財産権を恒久的に消滅ないしき損したような事案とは全く異なり,本来の支給分の一部の支給が遅延したという事実にすぎず,しかも,前記のとおりその不支給分は早い段階で弁済されているから,本件における法益の侵害なるものの程度は,極めてわずかなものであったというべきである。 以上のとおり,侵害行為の態様と被侵害法益の内容を相関的に判断すれば,被告が原告に対して行った賃金の一部不支給には,不法行為を認めなければならないほどの違法性は存在しないものといわなければならないのである。 コ職員会議への出席拒否について,原告は,被告が原告に対し職員会議への出席も望ましくないとして差別的取扱いを継続しているなどと主張している。 そもそも,職員会議とは,カリキュラムの審議,授業内容の審議,考査・模擬試験等の成績分析と討議,生徒指導上の課題等の討議等を行うものであって,教育職員ではなく生徒指導を行っていない原告が参加する性質の会議ではないのである。 原告については,前記のとおり,復職時に,本件組合から,事務職員への職種変更が対外的に鮮明な形として表れないようにとの要望を受けていたことから,被告は,原告の机を従来どおり職員室に残していた。したがって,そこで職員会議が開かれるときには,事実上原告も同会議に出席しているように見えただけであり,もとより被告の方から原告に対し職員会議への出席を命じたことなど全くなければ,その出席を積極的に容認したことなどもないのである。 原告は教育職員ではないのであるから,被告からの原告の処遇は,いわば契約どおりのものといってよく,合理的理由が存することは明白である。 したがって,仮に被告側のだれかが,原告が職員会議に出席することは望ましくないと発言したとしても,そのこと自体何ら不法行為などには該当しないことは といってよく,合理的理由が存することは明白である。 したがって,仮に被告側のだれかが,原告が職員会議に出席することは望ましくないと発言したとしても,そのこと自体何ら不法行為などには該当しないことは明白である。 サ労働者は,使用者に対し,就労させることを請求する権利(就労請求権)を有してはおらず,使用者は,賃金を支払う限り,提供された労働力を使用するか否かの自由を有するのであって,特段の事情のない限り労働受領義務などというものは存在していないのである。 したがって,原告は,被告に対して,どこでどのように就労させろと求め得るような就労請求権を有してはいないのであるから,被告が原告に対し職員会議への出席も望ましくないと言ったとしても,そのことをもって不法行為となり得る余地は全くないことは明白である。 校務分掌にしても職員会議への出席にしても,本来は労働者側の義務に属する問題であり,これを与えられない(その労働を免除された)場合に,これらに従事させろという権利は労働者側には存在しないことは見やすい道理であるから,仮にこれらの仕事について使用者側に従業員を平等に取り扱うべき義務が存するとすれば,それは当該仕事の負担が平等になるよう配慮すべき点に尽きるのである。 しかも,原告と被告との前記のような特殊な労働契約関係の下においては,そもそも原告は,他の従業員と同等に債務の本旨に従った形で負担することが不可能なのであるから,この点において被告に対して平等に取り扱うことを求める権利は一層存しないというべきである。 この点,原告は,被告の主張は就労請求権の問題と平等取扱いの問題を混同するものである旨主張する。しかし,既に詳述したとおり,原告のAV学習センター指導員の業務を解いた被告の人事権の発令行為は,同センターの形骸化に伴う業務の不存在という合理的理由 等取扱いの問題を混同するものである旨主張する。しかし,既に詳述したとおり,原告のAV学習センター指導員の業務を解いた被告の人事権の発令行為は,同センターの形骸化に伴う業務の不存在という合理的理由に基づくものであるから,何ら障害者差別などではなく,もとより裁量を逸脱したものでもないのであって,適法であることは明らかである。 シ以上のとおり,原告が主張している各事実は,いずれも原告の主張する労働契約上の均等待遇原則・平等取扱義務違反という債務不履行はもとより不法行為をも構成するものではないことは明らかである。 第3 判断 1 前提となる事実について前記争いのない事実等に,甲24の1から7まで,甲33,101,乙32から37まで,証人F,同Y,同a,同H,同T,被告代表者本人,原告本人及び後掲証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。 (1) 原告は,昭和47年4月1日,被告にA高等学校社会科教諭として雇用され,社会科の政治・経済と倫理社会の授業を担当したほか,文芸部,柔道部,囲碁部などの部活動の顧問を兼務するなどしていた。 (2) 原告は,昭和51年12月14日ころ,両球後視神経炎にり患し,J大学付属病院に入院し,手術を受けた。 このため,原告は,昭和52年1月8日から同年4月7日まで90日間の療養休暇を取り,その後,被告を休職した。 原告は,完全失明状態となったため,開頭手術を受けることを勧められ,昭和52年7月4日,K大学病院に入院し(乙44),手術を受けた。 その結果,原告は,完全失明状態からは回復したが,弱視(右0.05,左0.03)のため,身体障害者手帳(視力障害3級)の交付を受けるに至った。 J大学付属病院のO医師の昭和52年12月14日付け診断書(乙31)では,両眼視神経萎縮,視力右0.05,左0.03,た ,左0.03)のため,身体障害者手帳(視力障害3級)の交付を受けるに至った。 J大学付属病院のO医師の昭和52年12月14日付け診断書(乙31)では,両眼視神経萎縮,視力右0.05,左0.03,ただし,弱視眼鏡など補助具の使用により日常の文書などの文字の認知は可能と考えられると診断された。 (3) 原告は,昭和52年12月ころ,上記乙31の診断書を提出して,被告に復職を要求した。 その後,原告は,被告から改めて診断書を提出するよう言われたので,J大学付属病院に診断書を発行してもらうために赴いたところ,O医師は不在であり,b医師が昭和53年1月7日付け診断書(乙1)を作成してくれたが,同診断書には,両眼視神経萎縮,視力右0.03(矯正不能),左0.02(矯正不能)などと記載されていた。 原告は,上記乙1の診断書を被告に提出した。 (4) その後,原告は,社会科主任のLなどから,復職が不許可となったようである旨伝え聞いた。 そこで,原告は,改めて,昭和53年3月12日付けの視力の矯正が可能であるとするc医師作成の診断書を添付して,Lを通じて,復職願を被告に提出し直したが,被告から,改めて不許可の通知が来た。 そこで,原告は,昭和53年3月27日付けの意見書(甲36)を被告あてに送付した。原告は,上記意見書において,①今回に限り休職期間が1年3か月と異常に長くなったが,その理由を知らせること,②原告の希望というのであれば,今回も3か月更新,すなわち,昭和53年4月2日まででお願いすること,③今回提出した復職願に対する不許可の理由を知らせること,前回と同じというのであれば,前回の理由も知らせること,④前回すなわち昭和52年12月22日の時点においても授業のできる自信があればこそ復職願を提出したが,客観的判断としては弱い面があったとしても,今回は, というのであれば,前回の理由も知らせること,④前回すなわち昭和52年12月22日の時点においても授業のできる自信があればこそ復職願を提出したが,客観的判断としては弱い面があったとしても,今回は,眼鏡矯正をすれば,教科書,資料集,新聞などが不自由なく読めるようになったことなどから,前回より復職条件は進展していると思うなどと記載した。 しかし,原告と被告との間の復職をめぐっての話合いは,被告側が,昭和52年12月の乙31の診断書より昭和53年1月の乙1の診断書の方が視力が低下している上,矯正不能とされているなどと主張して,進展しなかった。 そして,被告の理事会は,昭和53年4月18日,原告の休職扱いの件については,医師の診断,所見による結果は復職可能とも思われず,更に休職とすることを申し渡す旨決定した(乙7)。 一方,原告の依頼により原告と被告との間の話合いに立ち会ったLが,本件組合の執行委員であったことから,原告の復職問題に対する被告の対応状況を本件組合が知ることとなった。 本件組合は,原告の復職問題について,本件組合と被告との団体交渉事項とすることとし,原告もこれを了承した。 (5) 本件組合は,昭和53年4月21日付けの組合ニュース(乙8)で,原告の復職問題について組合の問題として取り組むことが確認された旨明らかにし,同日付けの被告に対する団体交渉申入れ書(乙9)において,原告の復職に関する件を団体交渉における要求項目として掲げ,その後も原告の復職問題が団体交渉事項とされた(乙10から12まで)。 (6) 原告は,本件組合が被告と交渉している間に,本件組合を通じて,被告に対し,J大学付属病院のO医師作成の昭和53年4月17日付け診断書(甲16)を提出した。これを受領したのは,平成15年3月まで被告の学監をしていたW元学監であり,人事課 に,本件組合を通じて,被告に対し,J大学付属病院のO医師作成の昭和53年4月17日付け診断書(甲16)を提出した。これを受領したのは,平成15年3月まで被告の学監をしていたW元学監であり,人事課長補佐のdが,その診断書の写しの欄外に同年5月31日の本件組合との話合いの際に本件組合の委員長のXが持参した旨記載した(乙39の3)。同診断書では,遠距離視力では,裸眼で右眼0.07,左眼0.04,矯正視力で右眼0.1,左眼0.05,近距離視力では,裸眼で右眼0.3,左眼0.1,矯正視力で右眼1.2,左眼1.0(近用特殊眼鏡使用)とされていた。 さらに,原告は,O医師作成の昭和53年7月31日付け診断書(甲17)を被告に提出した。同診断書では,遠距離視力では,裸眼で右眼0.09,左眼0. 07,矯正視力で右眼0.15,左眼0.1,近距離視力では,裸眼で右眼0.2,左眼0.2,矯正視力で右眼1.5,左眼1.0(近用特殊眼鏡使用)とされていた。同診断書の写しを受領したW元学監は,その欄外に昭和53年7月の県教委教職員課の採用基準は視力矯正で0.6以下は採用しないとしている旨の記載をし(乙39の4),原告の矯正視力が,遠距離視力が上記基準を満たさず,近距離視力も近用特殊眼鏡を使用しなければ上記基準を満たさないことから,原告が教諭として教壇に立つことはできないものと判断していた。 その後,被告の総務部人事課は,それまでに提出されたJ大学の各診断書に基づき,原告の視力の推移を一覧表に記載した(乙39の2)。 昭和53年9月6日,I学院長(当時は総務学監)らと原告は,原告の復職について話し合い,原告は,授業についてはある程度自信があり,教壇に立つことに備えて勉強しており,教室の管理も十分できるし,生徒の顔もよく見えるので,現状の視力で復帰したい旨述べ,これに対 告の復職について話し合い,原告は,授業についてはある程度自信があり,教壇に立つことに備えて勉強しており,教室の管理も十分できるし,生徒の顔もよく見えるので,現状の視力で復帰したい旨述べ,これに対し,被告側は,万全を期して復帰してほしいので,全治の上が望ましく,半治りの状態で復帰がよいか厳しい判断を下すことになるので,発想の転換をして他の面の勤務のことも考えてみてほしい旨述べた(乙39の1)。 (7) 被告は,本件組合との交渉の結果,原告を復職させることとするが,教壇には立たないこととし,AV学習センター指導員を任命し,高等学校教諭俸給表6番を給することを決定し,原告に対する昭和54年3月5日付けの手書きの辞令(乙2)が作成された。同辞令の現資格職名欄の記載は空欄とされ,発令事項として「A高等学校AV学習センター指導員を任命します高等学校教諭俸給表6番を給する辞令副書を添付する」と記載され,添付された辞令副書には「1,AV学習センターには室長・主任・研究員及び指導員をおく。2,指導員のAV学習センターでの役割はAV学習センター規程(仮称)による。3,給与は高等学校教諭俸給表を適用する。4,指導員の休日・休暇・勤務時間・出勤・退出等については事務職員に準ずることとする。」と記載された。なお,AV学習センターの室長は,それまで教諭が兼務していた。 これに対し,本件組合は,乙2の辞令の訂正を求め,昭和54年3月7日付けの被告に対する団体交渉申入れ書(乙13)において,原告の復職問題について,昭和53年12月時点の事務折衝において,①教育職,②昭和54年3月1日復職,③配属はAV学習センターということが合意されたが,その合意が実施されていないので完全実施を求めるとし,十分な誠意ある回答が得られない場合はストライキを決行する旨通知した。 ( 54年3月1日復職,③配属はAV学習センターということが合意されたが,その合意が実施されていないので完全実施を求めるとし,十分な誠意ある回答が得られない場合はストライキを決行する旨通知した。 (8) その後の本件組合と被告の交渉の結果,原告としては,原告の復職について,4条件が定められたと認識した。その4条件とは,①A高等学校社会科教諭として復職させること,②視覚障害があるので,当面はAV学習センター専任指導教諭とすること,③職員会議や社会科教科会議等の出欠については,原告の自由とすること,ただし,学校行事等で必要があるときには,校長が出席を命ずること,④勤務時間は他の教諭よりも開始,終了共に1時間遅くずらすことというものであり,職名がAV学習センター指導員となっても,教諭から事務職に職種変更されるものとは全く認識していなかった。 原告としては,教壇に復帰できないことが不本意であったが,これに応じて復職することとした。 (9) 原告は,昭和54年3月1日から,被告に復職していたが(甲93の1及び2,94の1及び2),復職の辞令を被告から交付されたのは,同月23日午前9時ころであり(甲15の2),交付されたタイプ打ちの同月5日付け辞令(甲15の1)には,現資格職名として「A高等学校教諭」と,発令事項として「復職させる(ただし視力障害強度のため教壇にはたたないこと) A高等学校AV学習センター指導員を任命します高等学校教諭俸給表6番を給する」と記載されていた。 原告としては,甲15の1の辞令の記載から,A高等学校教諭として復職するが,視力障害強度のため教壇には立たず,AV学習センター指導員を任命され,高等学校教諭俸給表6番を給されるものであると理解し,AV学習センター指導員とは,AV学習センター専任指導教諭であると理解した。 一方,被 強度のため教壇には立たず,AV学習センター指導員を任命され,高等学校教諭俸給表6番を給されるものであると理解し,AV学習センター指導員とは,AV学習センター専任指導教諭であると理解した。 一方,被告の理事会においては,甲15の1の辞令の発令に関し,職名変更の上で原告に復職を発令することとし,復職させるものの,視力障害強度のため教壇には立たないこととし,A高等学校AV学習センター指導員を任命し,高等学校教諭俸給表6番を給することが決定され,甲15の1と同内容の手書きによる辞令案が作成された(乙3)。 被告の就業規則(甲13)によれば,職員とは,被告に勤務して,給与を受ける専任者であって,教育職員・事務職員・医療職員・技能職員及び労務職員をいうとされ(3条(6)),業務上,必要あるときは,職員に職種の変更等を命ずることがある(10条)とされており,被告の給与規程(甲14)では,職員に適用される俸給表は,教育職俸給表(一),高校・中学教員俸給表,教育職俸給表(四),行政職俸給表(一),行政職俸給表(二),医療職俸給表(二),医療職俸給表(三)に分かれている。 (10) 被告は,原告の復職により,原告に高等学校教諭俸給表6番を給することとなったが,被告としては,愛知県から,私立学校経常費補助金を受けているところ,その中には教員数により算定される部分があるが,原告については,授業を持っていないので,教員としての算定の対象からは除外していた。 (11) AV学習センターとは,視聴覚教育の拡充のため,昭和47年に旧図書館の一部を改良して視聴覚機器を備えた施設として開設されたものであり,生徒自らが学力に応じて教材を選択して自主的に学習できるように,VTR教材を視聴するためのブースが設置され,開設当初は,AV学習センター担当教諭,視聴覚助手,図書館司書の して開設されたものであり,生徒自らが学力に応じて教材を選択して自主的に学習できるように,VTR教材を視聴するためのブースが設置され,開設当初は,AV学習センター担当教諭,視聴覚助手,図書館司書の3名の兼務によりその運営が行われていた。 原告が復職するころには,既に視聴覚助手や図書館司書はAV学習センターの仕事に直接的には関与しなくなっており,原告の復職に際しては,同センターの職務を専任で行う「AV学習センター指導員」という職種が設けられ,原告がこれを担当することになった。そして,昭和54年については,仕事の引継ぎもあり,その当時のAV学習センターの担当教諭であった教諭と原告の二人でAV学習センターの運営を行っていたが,翌年からは原告が一人でその運営を担当するようになった。 原告は,復職後の昭和54年9月4日には,AV学習センター規則を誠実に遵守する旨の請書(乙45)を被告あてに提出した上,AV学習センター指導員として,被告からの要望に応じ,AV教材としての既製教材の発見,発掘,整備,自主教材の作成(甲83の1及び2,84の1及び2),大学受験に必要な辞書,参考書,入試問題集の整備(甲71)などを行った。 また,原告は,復職後,休職前と同様,部活動の顧問を行ったほか,職員会議にも出席し,議案にすることを要求したり,資料の提出を要求するなどした(乙27の1及び2,28の1から3まで)。 なお,平成元年4月ころ,原告は,時間割係の教諭から,自習の監督を要請されたが,復職の際に,当時の校長らから,AV学習センターの職務に専念してもらうため,自習監督はやってもらわなくてよい旨言われていたため,校長なり被告の理事会の許可があればこれに応ずる旨応答した。 また,平成3年6月ころには,当時のR校長,S室長から,原告に対し,平成4年からのA中学校の再開に ってもらわなくてよい旨言われていたため,校長なり被告の理事会の許可があればこれに応ずる旨応答した。 また,平成3年6月ころには,当時のR校長,S室長から,原告に対し,平成4年からのA中学校の再開にともない,同中学校の公民関係の授業を担当するということで教壇復帰しないかという話があり,原告はこれに応ずる意向を示した。しかし,社会科教科会議において討議された結果,T教諭から反対意見が出たため,教壇復帰の話は立ち消えとなってしまった。 一方,昭和60年ころから,A高等学校の教員の中には,授業を全く行わない原告が教諭としての給与を受け取ることに対し,疑問を呈する者があった。 (12) A高等学校の平成3年度の学校要覧(甲20)では,AV学習センターの運営組織について,「運営は各教科から選出された1~2名のAV学習センター教材研究員(10名)と専任の指導教諭があたり」と記載され,原告が専任の指導教諭であることが明記されるとともに,「AVの指導に教諭をおいたのは,AV学習センターが生徒に充分利用されるための適切なアドバイスが与えられるようにという配慮からである。」と,教諭が専任で指導に当たることとされた理由についても明記されていた。 そして,上記の平成3年度の学校要覧(甲20)の校務組織図には,「視聴覚・AV」の下に原告の名が記載され,教職員一覧には,社会科教諭の欄に原告の氏名が記載され,校務分掌として「就職,AV,進路指導」と記載され,原告が社会科教諭として校務を分掌していることが明記されていた。 (13) 原告がA高等学校研究紀要に掲載するために執筆した「AV学習センターへの誘い」(甲18)では,AV学習センターの運営組織について,「企画及び運営は,毎年各教科から選出されたAV学習センター教材研究員約10名とAV学習センター専任指導教諭1名とで構 AV学習センターへの誘い」(甲18)では,AV学習センターの運営組織について,「企画及び運営は,毎年各教科から選出されたAV学習センター教材研究員約10名とAV学習センター専任指導教諭1名とで構成されるAV学習センター研究員会議で行なっている。そして,このAV学習センター研究員会議のなかから選出された主任が,校長・教頭・教務部長のもとで運営上の責任を有している。教材研究員は,市販教材の選定利用ばかりではなく,本校の生徒の実態に則した自主教材を作成し,授業についてゆけない生徒たちの特別指導に当る為に各教材ごとに独自の教材研究を進めている。」などと,原告がAV学習センター専任指導教諭であることを明示する記載がされた。 また,原告が平成4年8月にA高等学校研究紀要に掲載するために執筆した「AV学習センターへの誘い(Ⅱ)」(甲19)では,上記「AV学習センターへの誘い」のその後の経過と実績に関して,最初は,学習参考書・辞書・入試資料などを備えて,来室してきた生徒の学習相談に応じるという軽い気持ちで開始した学習相談コーナーが,いつの間にか生徒や父兄の要求に負けて「Qゼミ」と呼ばれる学習ゼミコーナーとなってしまったなどとして,4年間に上記ゼミの教え子から多数の進学者を輩出したことなどが記載された。 上記記載にあるように,原告は,AV学習センターにおいて,大学受験の指導を受けたいと希望する生徒に対し,その指導を行い,社会科のほかに,英語,数学,国語,小論文などの指導も行っていた。 しかし,AV学習センターの本来の目的である視聴覚教材を用いて自主的学習を行う生徒の数は減少していった。 (14) R校長は,平成6年1月17日,I学院長に対し,A高等学校の図書館が講堂下で薄暗く,日当たりの悪い場所に位置しているので,親しみやすく入りやすい施設とすべきであ 生徒の数は減少していった。 (14) R校長は,平成6年1月17日,I学院長に対し,A高等学校の図書館が講堂下で薄暗く,日当たりの悪い場所に位置しているので,親しみやすく入りやすい施設とすべきであり,蔵書もあと1,2年で収納不可となる状態なので,大規模な改造が必要である旨上申し,その中で,AV学習センターについて,図書館内の一角を仕切り,装置を約20台収容した施設であるが,このスペースを縮小し,蔵書数・閲覧コーナーの増を図るものとし,また,現AV装置は昭和50年・54年に購入したものであり機種も古く,生徒の利用も減少しているので,台数を減少してでも更新について検討願いたい旨上申した(乙16)。 その後,阪神・淡路大震災の影響により,愛知県から図書館の耐震工事を行うよう指導を受けたことから,被告は,改装とともに耐震工事を行うこととした。 そして,被告は,図書館の改築とその後の運営について検討するため,平成9年3月3日,「図書館運営委員会」を発足させ,同委員会において議論が重ねられたが,AV学習センターについてはオープン式とする意見が出された。 原告も当初は図書館運営委員会の委員の一人として委員会に出席していたが,AV学習センターのオープン式に反対した上(甲49,50),耐震工事案を作り直して職員会議に提示すること,AV学習センターの床面積を勝手に現状より縮小しないこと,AV学習センターと司書室は離れた場所に設置することを要望する旨の意見書(乙19)を提出するなどし,その要望が容れられなかったことから,平成10年3月25日,同年4月からの同委員会の委員を辞任してしまった(乙21)。 図書館運営委員会は,平成10年4月23日付けの最終報告案(乙17)を作成したが,その中では,AV学習センターについて,オープン式とする場合の場所と,クローズ式と 員を辞任してしまった(乙21)。 図書館運営委員会は,平成10年4月23日付けの最終報告案(乙17)を作成したが,その中では,AV学習センターについて,オープン式とする場合の場所と,クローズ式とする場合の場所とが併記された。そして,図書館運営委員会の平成10年5月13日付けの最終報告(乙18)では,AV学習センターはオープン式とすることとされ,職員会議において,その最終報告のとおりの図書館の改築とすることが承認された。 原告は,平成10年5月16日,I学院長らに対し,せめて,学習室としての仕切りをつけることと,非常口を設置することの2点だけでも実施してくれるよう請願し(甲51),同年6月にも同様の要望を行い(甲52から55まで),さらに,同年6月15日には抗議書(甲56)を送付するなどした。 しかし,被告は,原告の要望を容れず,職員会議の承認を受けて,平成10年6月20日から同年9月17日まで図書館の改装及び耐震工事を行い,同年10月1日,図書館の新装オープンとなった。 (15) 図書館の新装オープンにともない,AV学習センターの入口には書架が置かれて狭くなったほか,学習机等の備品もいったんは撤去された(甲42の1)。 原告は,平成10年10月27日,被告の理事会あてに,AV学習センターの南側に仕切りの壁面を設置することや,遅くまで学習指導した後の出入口に利用するため非常口のかぎを渡すことなどを要望する旨の請願書(乙20)と「A中学・A高校民主化の基本原則」と題する原告の意見書(甲70)を提出した。 原告は,平成10年11月末ころ,図書館司書の出入口に,原告の意見を無視して一方的にAV学習センターを破壊したことに抗議する旨の文書(乙22の2)を貼り付けた(乙22の1)。 原告は,平成12年3月10日,I学院長らあてに,AV学習センターの良き 口に,原告の意見を無視して一方的にAV学習センターを破壊したことに抗議する旨の文書(乙22の2)を貼り付けた(乙22の1)。 原告は,平成12年3月10日,I学院長らあてに,AV学習センターの良き再開を要望する旨の内容証明郵便を作成し,同月13日,発送した(甲48)。 原告は,書棚等を使ってAV学習センターのコーナーの一角を囲い,机,いす,本棚等を並べ,自習室との表示をして,平成13年6月ころから,生徒の学習指導を再開し,平成15年7月ころまでこれを継続した(甲42の2)。 (16) A高等学校の社会科教科会は,原告が社会科教員であると認識しており,平成11年11月11日の会議において,原告の教科会への参加呼び掛け,社会科教員としての復帰などの問題が取り上げられた(乙38)。 そして,平成11年12月16日の社会科教科会議において,T教諭から,原告について,20年以上教壇に立たない社会科教員に対して,また,教科会すら参加しない教員に対してこれ以上の同情を要しないと判断し,社会科教員として除名する旨の提案があった(甲25)。その提案に対し,社会科教員からの除名については,社会科教科会には権限がない旨の意見が出され,社会科教科会からの除名ということで話合いが行われた(乙24)。しかし,反対意見の表明があり,除名が明示的に可決されることはなかった(甲69)。 原告は,上記の除名提案に対し,反論の抗議書(乙25)を提出したが,平成12年1月13日の「社会科連絡」の用紙から原告の氏名が削除された(乙26)。 (17) 急速な情報技術の発展により,AV学習センターの存在意義が薄らぎ,同センターに設置してあった視聴覚機器がいずれも老朽化していたこともあり,前記のとおり,同センターの本来の目的に沿った形態でこれを利用する生徒がほとんどいない状態となったこ ターの存在意義が薄らぎ,同センターに設置してあった視聴覚機器がいずれも老朽化していたこともあり,前記のとおり,同センターの本来の目的に沿った形態でこれを利用する生徒がほとんどいない状態となったことから,被告は,平成12年4月,図書館の一角に,無線によりデータの送受信を可能にする無線LANシステムを構築し,生徒がノートパソコンを用いてインターネットを利用することができるインターネットコーナーをはじめ,ビデオ・オン・デマンドコーナー,CD視聴コーナー等から構成されたメディアサロンを設置の上,AV学習センターの閉鎖を計画したが,後記のとおり,実際の閉鎖は平成15年8月ころまでできなかった。 (18) A高等学校においては,毎年2月ころ,教員が校務分掌希望届を提出し,各教員に校務,部顧問が割り当てられてきた。 原告は,平成13年度の校務分掌(甲4の1)において,「AV」の担当とされ,また,同年度の部顧問一覧(甲5の1)において,「空手道」の顧問とされた。 ところが,被告は,平成14年2月,平成14年度校務分掌希望届の用紙からAV学習センターの項目を削除した。そのため,原告は,手書きで「AV」を希望する旨記載し,部活動顧問の欄には「空手道」と記載して,平成14年度校務分掌希望届を提出した(甲3の1)。 その結果,原告は,平成14年度の校務分掌(甲4の2)においても,「AV」の担当とされ,また,同年度の部顧問一覧(甲5の2)において,「空手道」の顧問とされた。 そして,平成14年度のA高等学校・A中学校の学校要覧(甲30)においても,社会科教諭の欄に原告の氏名が記載され,校務分掌として「AV」と,部活動として「空手道」と記載され,原告が社会科教諭として校務を分掌し,部活動の顧問もしていることが明記され,被告作成の平成14年度の教員緊急連絡網(甲28 名が記載され,校務分掌として「AV」と,部活動として「空手道」と記載され,原告が社会科教諭として校務を分掌し,部活動の顧問もしていることが明記され,被告作成の平成14年度の教員緊急連絡網(甲28)にも電報による連絡対象者として原告の名が記載された。 また,原告は,平成14年6月から1年間,土曜講座で講義を行い,そのための教材を作成した(甲85から87まで)。 平成15年2月,平成15年度校務分掌希望届の用紙からもAV学習センターの項目が削除されていたため,原告は,手書きで「AV」を希望する旨記載し,部活動顧問の欄には「空手道」と記載して,平成15年度校務分掌希望届を提出した(甲3の2)。 A高等学校・A中学校には,校務分掌委員会が存在しているところ(乙4),平成15年度校務分掌委員会は,平成15年度からAV学習センターの指導員という校務を廃止することを決定し,平成15年3月25日付けで,校長あてに,平成15年度の校務分掌に関して,原告より希望届が出されたが,校務分掌委員会としては,原告に校務分掌を当てることができないとの結論に至った旨の上申書(乙5)を提出した。 Y校長は,平成15年3月25日付けで,上記上申書が提出されたこと,原告との事前の話合いを試みたが,原告からは「人事の件なら弁護士を通して。」との返答であったこと等をI学院長に報告した(乙6)。 また,Y校長は,平成15年3月25日,上記上申書に「分掌委員会よりこのような書面が提出されました。事前に面談したかったですが残念でした。」と付記したもの(甲45の1)を封筒(甲45の2)に入れて,原告に渡した。 そして,Y校長が平成15年度校務分掌委員会の前記上申のとおりとすると決めた結果,平成15年3月25日に発表されたA高等学校の平成15年度校務分掌(甲4の3)及び部顧問一覧(甲5の3 原告に渡した。 そして,Y校長が平成15年度校務分掌委員会の前記上申のとおりとすると決めた結果,平成15年3月25日に発表されたA高等学校の平成15年度校務分掌(甲4の3)及び部顧問一覧(甲5の3)のいずれにも原告の名が記載されなかった。また,平成15年度のA高等学校・A中学校の学校要覧(甲31)においても,社会科教諭の欄に原告の氏名が掲載されなくなった。 これに対し,原告は,平成15年3月26日付けで,Y校長らに対し,全く一方的に校務分掌や部顧問から除外するという不当な職場行為があったとする旨の抗議書(乙30)を提出した。 原告が,平成15年度の校務分掌及び部顧問一覧に原告の名が記載されなかった事情について,平成15年4月から新たに校長となったF校長に問いただしたところ,F校長は,同月3日付けの通知(甲6の1)で,「この度平成15年度のA高校校務分掌決定にあたり,貴殿に担当して頂く校務分掌はありませんので,通知致します。なお,この事について,前もって15年3月24日に貴殿と相談したいと思いましたが,「人事の事なら弁護士を通して」とのことでした。したがいまして,貴殿の弁護士の連絡先について4月10日迄に文書をもってお知らせ頂きますようお願い致します。なお,校務分掌はありませんので,4月7日にはじまる新学期に出勤の要はありません事と,取り敢えず,4月分の給与はお支払いする事を申し添えます。また,この事について,弁護士を通す前に話し合いの機会を持つ意思があるならば,何時でも応ずる事と致しますのでその旨お申し出下さい。」と通知した。 これに対し,原告は,平成15年4月7日付けの「抗議書兼通知書」(甲6の2)をF校長あてに提出し,原告の身分や校務分掌については昭和54年3月1日の復職時に決着済みであるから,平成15年4月3日付けの通知による校務 は,平成15年4月7日付けの「抗議書兼通知書」(甲6の2)をF校長あてに提出し,原告の身分や校務分掌については昭和54年3月1日の復職時に決着済みであるから,平成15年4月3日付けの通知による校務分掌はく奪,出勤停止命令,給与不払の予言脅迫は撤回し謝罪するよう要求し,真面目で前向きで誠意のある話合いであるのならば,原告の基本的人権にも関わることであるので,弁護士を通す前に話し合う意思がある旨伝えた。 F校長は,平成15年4月11日付けの通知(甲6の3)で,原告に対し,同月25日に話合いを行うとし,弁護士の連絡先についていつ通知してもらえるか知らせるよう要求した。 原告は,平成15年4月16日付け「抗議書兼通知書(二)」(甲6の4)をF校長に提出し,合理的理由も明示しないままの全く突然の同月3日付けの校務分掌のはく奪,出勤停止命令,給与不払の予言脅迫は明らかに職権濫用の不法行為であるので謝罪し撤回するよう要求し,その実行を前提条件として,同月25日の話合いには応じるが,原告の依頼した弁護士の連絡先については原告が必要性を感じたときに通知する旨回答した。 F校長は,平成15年4月22日付けの通知(甲6の5)で,原告に対し,原告の謝罪・撤回要求は拒否するが,話合いの用意がある旨通知した。 原告は,平成15年4月24日付け「抗議書兼通知書(三)」(甲6の6)をI学院長,F校長らあてに提出し,校務分掌のはく奪,出勤停止命令,給与不払の予言脅迫の撤回と謝罪を改めて要求し,また,同月23日に事務長とF校長が引渡しを拒否したAV学習センターの予算書の引渡しを改めて要求した上,同月25日の第1回の話合いには取りあえず応じる旨回答した。 原告の依頼を受けた「働く障害者の弁護団」の代表であるG弁護士は,平成15年4月25日,F校長に対し,「障害のある教師を生か て要求した上,同月25日の第1回の話合いには取りあえず応じる旨回答した。 原告の依頼を受けた「働く障害者の弁護団」の代表であるG弁護士は,平成15年4月25日,F校長に対し,「障害のある教師を生かしていくことが生徒の皆さんにも決してマイナスではないと思います」などと記載したファックス(甲6の7)を送信した。 その後,平成15年4月25日午前9時40分から,A高等学校において,原告とF校長らとの話合いが行われた。F校長は,原告に対し,甲6の1の通知を差し出した経緯を説明し,原告には平成15年度において分掌すべき校務がないこと,それに伴い出勤する必要がないことを伝えた。これに対し,原告は,これまでどおり,AV学習センター指導員として勤務したいとして,甲6の1の通知の撤回を要求した。F校長は,AV学習センターの閉鎖は既に決定した事項であり,撤回は不可能である旨説明し,1時間程度話し合ったが,話合いは平行線のままであり,同年5月23日にもう一度話合いの機会を設けることになった。 F校長は,平成15年5月9日付けの通知(甲8)で,原告に対し,同年4月24日付け「抗議書兼通知書(三)」の要求を拒否するものであり,F校長の考えは,同月3日付け及び同月22日付けの通知に変わりがなく,原告が発した文書を省みると法廷闘争を望んでいるような記述が度々あり,既に争いの域にあると判断せざるを得ないので,解決まで同年5月以降の給与支払を保留する旨通知した。 (19) 被告は,平成15年5月13日付けで,総務部人事課名で,原告の給与を同月分から2割のみ支給する旨,理由の説明もなく,一方的に通告し,(甲7),同月の給与から通告どおりの給与の支給とした(甲12)。このため,原告は,平成15年5月分給与につき44万9812円,同年夏期賞与につき41万4000円,同 の説明もなく,一方的に通告し,(甲7),同月の給与から通告どおりの給与の支給とした(甲12)。このため,原告は,平成15年5月分給与につき44万9812円,同年夏期賞与につき41万4000円,同年6月分の給与につき44万9812円の合計131万3624円の給与カットを受けたが,これは就業規則(甲13)にも給与規程(甲14)にも根拠のないものであった。 平成15年5月21日,被告の人事課共済係は,原告に対し,同月の給与から2割支給となったので,共済貸付償還金が給与から天引きできないため,同封の振込用紙にて入金し,全額償還を希望するときは同封の任意償還申出書を提出するよう通知し(甲44の1),全額償還の際に用いられる貸付金任意償還申出書の用紙(甲44の2)及び振込依願書の用紙(甲44の3)を同封した(甲44の4)。 G弁護士は,原告の代理人として,I学院長及びF校長あてに,平成15年5月21日付け回答書(甲9の1)を郵送し,校務分掌はく奪と平成15年5月以降の給与不払(2割のみ支給)について,労働基準法違反である旨の指摘をして,その撤回を要求し,同回答書は,同月22日,I学院長とF校長に配達された(甲9の2及び3)。 原告とF校長及びH課長らは,平成15年5月23日午後1時10分から,A高等学校において,1時間30分程度の話合いの機会を持ったものの,話合いによる解決には至らなかったが,その話合いの中で,H課長は,原告の提出した書面等からはもう完全に法廷闘争になるのではないかと判断されてもしようがないものであり,原告に対する給与カットの措置をとらざるを得ないように今までの流れが来たわけであるから,だから原告が損をするのだという趣旨の発言をした(甲39の1及び2,40の1及び2)。 (20) 平成15年6月14日,H課長から,原告に対し,辞令 るを得ないように今までの流れが来たわけであるから,だから原告が損をするのだという趣旨の発言をした(甲39の1及び2,40の1及び2)。 (20) 平成15年6月14日,H課長から,原告に対し,辞令を渡すよう指示されていたが,先に連絡したように原告と話がしたいと思い手元にとどめていたものの,連絡がないので送ることにした旨記載された同月13日付けの手紙(甲10)と共に,同年3月31日付けのI学院長名による「A高等学校AV学習センター指導員の職をとく」との辞令(甲11)が郵送されたが,その辞令の「現資格職名」欄には「A高等学校教諭 AV学習センター指導員」と記載されていた。 そして,被告の平成15年7月現在の職員録(甲26)では,原告の肩書は「教諭」とされ,社会の担当とされていた。 (21) 原告が被告を相手に賃金仮払仮処分命令の申立てをしたところ,被告は,その手続において,不支給とした給与の支払を約束し,平成15年7月4日,不支給とされていた同年5月,6月分の給与と夏期賞与の全額を支払った(乙46の1から5まで)ので,原告は,同年7月28日,上記仮処分命令の申立てを取り下げた(乙47)。 (22) 被告は,平成15年7月15日,本件組合に対し,原告を解雇する方針で話を進めたいが,原告の復職時に本件組合の強い要望があった経緯からしてこの方針に対する見解を聴きたい旨通知し(乙14),本件組合は,同月24日,本件組合は関知しない旨回答した(乙15)。 (23) 被告は,A中学校の男女共学化に伴い図書館の閲覧スペースを拡充する必要があると判断し,AV学習センターのスペースに書棚を移動し,閲覧スペースを拡張することを決定し,平成15年7月17日,原告に対し,AV学習センターの跡に中学校の開架図書コーナーを作るため,同月22日にAV学習センターの物品 ンターのスペースに書棚を移動し,閲覧スペースを拡張することを決定し,平成15年7月17日,原告に対し,AV学習センターの跡に中学校の開架図書コーナーを作るため,同月22日にAV学習センターの物品を撤去するので,立ち会ってもらいたい旨連絡した。 被告は,平成15年7月22日,原告の立会いがないまま,AV学習センターの物品を強制的に撤去して,AV学習センターを閉鎖し,いったん空き地状態とした後(甲42の3),平成16年4月,以前奥にあった書棚並びに司書室前にあった机及びいすがそこへ移動され(甲42の4及び5),そのため空き地状態となっていた司書室前には,同年9月になって机といすが設置された(甲42の6)。 F校長は,AV学習センターは閉鎖した旨利用者に表示するとともに(甲46),平成15年9月4日付けで,原告に対し,AV学習センターの物品撤去作業を行ったので,私物は持ち帰るよう通知した(甲47)。 (24) その後も,被告は,原告に対し,校務を分掌させず,職員会議への出席も望ましくないとしてこれを認めない扱いを継続している。 被告の平成16年6月現在の職員録(甲27)では,原告の肩書は「教諭」とされ,社会の担当とされているが,平成16年度の教員緊急連絡網(甲29)には原告の名が掲載されず,同年度のA高等学校・A中学校の学校要覧(甲32)においても,社会科の教諭の欄に原告の氏名は掲載されなかった。 2 争点(1)(原告の地位確認請求につき確認の利益があるか)について(1) 前記認定事実によれば,被告は,原告の復職に際して,原告の職種が教諭から事務職に変更されたものであるとして,その職種が教諭であるとする原告の主張を争い,平成15年度から,教諭としての校務を分掌させず,原告が希望した部顧問にも就けず,出勤の必要もないとした上で,平成15年5月,6 更されたものであるとして,その職種が教諭であるとする原告の主張を争い,平成15年度から,教諭としての校務を分掌させず,原告が希望した部顧問にも就けず,出勤の必要もないとした上で,平成15年5月,6月の給与と同年夏期賞与の減額措置を一方的に行い,その後,減額分については支払ったものの,その後も,校務の分掌,職員会議への出席を認めないままの状態を継続しているものである。 そして,前記認定事実によれば,被告の就業規則10条で,職員に職種の変更等を命ずることがあるとされており,就業規則上は教育職員から事務職員への職種変更もあり得るものとされているとはいえるが,給与規程に基づいて適用される俸給表は教育職員と事務職員とで明らかに違うものであり,その俸給表の違いは,教諭という職種にあるか否かによって生じるものといえる。 したがって,被告が主張する事務職員であるのに高等学校教諭俸給表6番が給される地位というのは,いかなる法律関係に基づくものであるのか明確でなく,現時点ではその給与が現実に支払われているとしても,極めて不安定なものといわざるを得ない。現に,被告は,原告に対する復職発令時点で,原告が定年退職するまでの間恒久的に事務職員の業務であるAV学習センター指導員の仕事を教育職員の給与のまま行わせることを約束したものではない旨主張しているものである。 以上によれば,原告としては,被告が争っている教諭としての職種から生じる適用俸給表の違いに基づく給与請求権を初めとして,上記職種から派生する諸々の権利ないし法的利益に対する危険や不安を除去するために,教諭の職種にあることを確認しておくことに法律上の即時確定の利益があるというべきである。 (2) これに対し,被告は,労働者が,使用者に対し,就労請求権を有していないことから,教諭としての賃金が支払われている以 あることを確認しておくことに法律上の即時確定の利益があるというべきである。 (2) これに対し,被告は,労働者が,使用者に対し,就労請求権を有していないことから,教諭としての賃金が支払われている以上,原告に教諭の地位の確認を求める利益はない旨主張する。 しかし,そうすると,解雇の効力が争われている事案においても,労働者としては,就労請求権が認められない場合には,賃金請求ができるのみで,労働契約上の地位の確認を求める利益はないことになるが,そのように解することは相当でないといわざるを得ない。 3 争点(2)(原告は,被告の設置するA高等学校教諭の地位にあるか)について(1) 前記認定事実によれば,原告は,昭和54年3月1日から,被告に復職したものであるが,その復職に当たり,被告において当初作成された辞令(乙2)は手書きのものであり,その辞令には,発令事項として「A高等学校AV学習センター指導員を任命します高等学校教諭俸給表6番を給する辞令副書を添付する」と記載され,添付された辞令副書には「1,AV学習センターには室長・主任・研究員及び指導員をおく。2,指導員のAV学習センターでの役割はAV学習センター規程(仮称)による。3,給与は高等学校教諭俸給表を適用する。 4,指導員の休日・休暇・勤務時間・出勤・退出等については事務職員に準ずることとする。」と記載されていたものである。したがって,上記辞令の記載自体からは,高等学校教諭俸給表6番を給されるAV学習センター指導員に任命されるものと理解されるにとどまり,その記載から,AV学習センター指導員の職が教育職員ではなく事務職員であることが明確にされているわけではない。 しかも,上記辞令に添付された辞令副書においても,AV学習センター指導員の職は,室長・主任・研究員の職に並べて記載されているところ が教育職員ではなく事務職員であることが明確にされているわけではない。 しかも,上記辞令に添付された辞令副書においても,AV学習センター指導員の職は,室長・主任・研究員の職に並べて記載されているところ,室長は教諭が兼務していたものであり,また,休日等の給与以外の労働条件については,事務職員に準ずるとされ,事務職そのものとはされていないのであるから,辞令副書を併せ考慮してもなお,AV学習センター指導員の職が教育職員ではなく事務職員であることが明確にされていたものということはできない。 さらに,前記認定事実によれば,本件組合は,そのような記載の上記辞令について,事務折衝において教育職としてAV学習センターに配属されると合意されたことが実施されていないとして,合意の完全実施を求め,十分な誠意ある回答が得られない場合はストライキを決行する旨通知して,上記辞令の訂正を求めたものであり,その結果,現資格職名欄に「A高等学校教諭」と,発令事項として「復職させる (ただし視力障害強度のため教壇にはたたないこと)A高等学校AV学習センター指導員を任命します高等学校教諭俸給表6番を給する」と記載され,タイプで打たれた新たな辞令(甲15の1)が作成されたものであり,被告の理事会においては,その辞令の発令に関し,職名変更の上で原告に復職を発令することが決定されたが,そのことは原告には伝えられておらず,原告としては,上記の新たな辞令の記載から,A高等学校教諭として復職するが,視力障害強度のため教壇には立たず,AV学習センター指導員を任命され,高等学校教諭俸給表6番を給されるものであると理解し,AV学習センター指導員とは,AV学習センター専任指導教諭であると理解したものである。 (2) また,前記認定事実によれば,原告は,復職後,AV学習センター指導員として, されるものであると理解し,AV学習センター指導員とは,AV学習センター専任指導教諭であると理解したものである。 (2) また,前記認定事実によれば,原告は,復職後,AV学習センター指導員として,被告からの要望に応じ,AV教材としての既製教材の発見,発掘,整備,自主教材の作成,大学受験に必要な辞書,参考書,入試問題集の整備などを行ってきたものであり,また,部活動の顧問を行ったほか,職員会議にも出席し,議案にすることを要求したり,資料の提出を要求するなどもした。 前記認定事実によれば,このような原告のAV学習センター指導員の立場について,A高等学校の平成3年度の学校要覧では,AV学習センターの運営組織について,運営は各教科から選出されたAV学習センター教材研究員と専任の指導教諭が当たる旨記載された上,教諭が専任で指導に当たる理由についても明記され,その学校要覧の校務組織図では,「視聴覚・AV」の下に原告の名が記載され,教職員一覧には,社会科教諭の欄に原告の氏名が記載され,校務分掌として「就職,AV,進路指導」と記載されていたものであり,平成13年度,14年度の校務分掌においても,原告は,「AV」の担当とされ,また,同年度の部顧問一覧において,「空手道」の顧問とされていたものであって,原告は,社会科教諭としての校務の分掌として,AV学習センターの専任指導教諭を担当し,部活動の顧問もしていることが明記されていたものであり,被告作成の平成14年度の教員緊急連絡網にも原告の名が記載されていた。そして,このようなAV学習センター指導員としての原告の立場や活動内容については,原告がA高等学校研究紀要に掲載するために執筆した「AV学習センターへの誘い」にも明記されていたものである。 前記認定事実によれば,A高等学校の社会科教科会としても,原告が社会科 動内容については,原告がA高等学校研究紀要に掲載するために執筆した「AV学習センターへの誘い」にも明記されていたものである。 前記認定事実によれば,A高等学校の社会科教科会としても,原告が社会科教員であると認識しており,原告に教科会への参加を呼び掛けた上,20年以上教壇に立たない社会科教員に対して,また,教科会すら参加しない教員に対してこれ以上の同情を要しないとして,社会科教員として除名する旨の提案をしたりしたものである。 (3) 前記認定事実によれば,その後,平成15年度校務分掌及び部顧問一覧のいずれにも原告の名が記載されなくなり,また,平成15年度学校要覧においても,社会科教諭の欄に原告の氏名が掲載されなくなり,平成16年度の教員緊急連絡網には原告の名が掲載されず,同年度の学校要覧においても,社会科の教諭の欄に原告の氏名は掲載されなくなったったが,被告の平成15年7月現在の職員録及び平成16年6月現在の職員録では,原告の肩書は「教諭」であり,社会の担当とされていた。 (4) 前記認定事実によれば,平成15年3月31日付けの辞令(甲11)において,原告の現資格職名は「A高等学校教諭 AV学習センター指導員」と記載されていた。 被告は,甲15の1の辞令の現資格職名欄に「A高等学校教諭」と記載したことについて,同辞令によるAV学習センター指導員任命前の資格職名を記載したにすぎず,AV学習センター指導員任命後の資格職名ではない旨主張しており,そうであれば,甲11の辞令により,AV学習センター指導員の職を解かれる前の原告の資格職名は,A高等学校教諭兼AV学習センター指導員ということにならざるを得ない。 この点につき,被告は,甲11の辞令の原告の現資格職名が「A高等学校教諭 AV学習センター指導員」と記載されているのは,原告が当初被告に教諭 兼AV学習センター指導員ということにならざるを得ない。 この点につき,被告は,甲11の辞令の原告の現資格職名が「A高等学校教諭 AV学習センター指導員」と記載されているのは,原告が当初被告に教諭として採用されていたことを示す以上の意味はない旨主張する。しかし,当初教諭として採用されていた者が事務職員に職種変更された後に,その事務職員の職を解く辞令を発するに当たり,既に変更されている「A高等学校教諭」という当初の職名をあえて現資格職名として記載するということは合理性を欠くものといわざるを得ず,被告の前記主張は採用できるものではない。 (5) 以上のとおり,被告理事会は,原告の復職に際し,職名変更の上で原告に復職を発令することを決定したが,その職名変更が教育職員から事務職員への職種変更によるものであるとは原告に伝えられておらず,原告に交付された辞令の記載からは,原告において,A高等学校教諭として復職するが,視力障害強度のため教壇には立たず,AV学習センター指導員を任命され,高等学校教諭俸給表6番を給されるものであると理解し,AV学習センター指導員とは,AV学習センター専任指導教諭であると理解するのが当然というべきであり,現にA高等学校内においても,原告はAV学習センターの専任指導員となるが,なお社会科教諭の地位にあり,教壇には立たないAV学習センターの専任指導教諭であると認識され,平成14年度までは現実に教諭としての取扱いを受けてきたものであって,原告が平成15年3月31日付けでAV学習センター指導員の職を解く旨の辞令を受けた際も,原告の現資格職名はA高等学校教諭兼AV学習センター指導員とされていたものである。 以上によれば,原告の復職に際し,教諭から事務職員への職種変更があったものとは到底認めることができず,休職前に教諭であった原告は, 名はA高等学校教諭兼AV学習センター指導員とされていたものである。 以上によれば,原告の復職に際し,教諭から事務職員への職種変更があったものとは到底認めることができず,休職前に教諭であった原告は,教諭として復職したが,教壇には立たないこととして,AV学習センターの専任指導員の校務を分掌することになったものといわざるを得ない。 (6) これに対し,被告は,本件組合によるストライキ等を恐れ,その要求を一部のみ,原告の復職を認めざるを得なくなったが,教諭として復職させることはできないと考え,事務職員として復職させることとし,必要もないAV学習センター指導員という専任の仕事を新たに設け,給与については教諭の俸給表を適用するという温情的扱いをした旨主張する。しかし,前記認定事実によれば,本件組合としては,原告が教育職として復職することを要求し,辞令の訂正まで要求したものであって,被告が,本件組合によるストライキ等を恐れ,その要求を一部のみ,原告を復職させ,給与については教諭の俸給表を適用することとしたというのであれば,給与について教諭の俸給表を適用するということが単なる温情的扱いということはできず,本件組合の要求を容れ,教壇には立たない教諭として復職させたものと認めるのが合理的であり,それが前記の各辞令の記載や愛知高等学校内における現実の取扱いにも合致するものである。したがって,被告の前記主張は,採用することができない。 また,被告は,原告が事務職として復職した根拠として,原告の視力障害の程度についてるる主張する。しかし,被告の主張は,教壇に立つことが困難な理由としての意味しかなく,前記認定事実のとおり,教壇に立たない教諭の職としてAV学習センター指導員の職が設けられたものと認められる以上,原告の視力障害の程度は事務職としての復職の根拠になるも 難な理由としての意味しかなく,前記認定事実のとおり,教壇に立たない教諭の職としてAV学習センター指導員の職が設けられたものと認められる以上,原告の視力障害の程度は事務職としての復職の根拠になるものではない。 さらに,被告は,原告が教育職員から事務職員へ職種変更された事実は,教諭については,愛知県より一人当たり所定の金額の補助金が支給されるが,原告は教諭として発令されておらず,その職務にも従事していないことから,被告は原告をその補助金の計算基礎の人数には加えていないことからも明らかである旨主張する。しかし,前記認定事実のとおり,原告が教壇に立たない教諭として復職したものと認められる以上,授業を担当していない原告が補助金の受給要件との関係で補助金の計算基礎の人数に加えられていないからといって,そのことが原告が事務職として復職したことの根拠となるものではない。 (7) 以上によれば,原告は,被告に対し,原告が,被告の設置するA高等学校教諭の地位にあることの確認を求めることができる。 4 争点(3)(被告に債務不履行ないし不法行為があったか)について(1) 前記認定事実によれば,被告において,図書館の大規模な改造が必要であるとの意見が出され,愛知県から図書館の耐震工事を行うようにとの指導もあったことから,改装とともに耐震工事を行うことが決定され,図書館の一角にあったAV学習センターについては工事後はオープン式とすることが決定された。 原告は,これに対し反対意見を述べるなどしたが,容れられず,平成10年10月1日,図書館が新装オープンし,AV学習センターの学習机等の備品がいったん撤去されるなどした。原告は,原告の意見を無視して一方的にAV学習センターを破壊したと抗議するなどした上,AV学習センターのコーナーの一角に自習室との表示をして,生徒の学 の学習机等の備品がいったん撤去されるなどした。原告は,原告の意見を無視して一方的にAV学習センターを破壊したと抗議するなどした上,AV学習センターのコーナーの一角に自習室との表示をして,生徒の学習指導を再開した。その後,被告としては,急速な情報技術の発展により,AV学習センターの存在意義が薄らぎ,同センターに設置してあった視聴覚機器がいずれも老朽化していたこともあり,同センターの本来の目的に沿った形態でこれを利用する生徒がほとんどいない状態となったことから,平成12年4月,図書館の一角にメディアサロンを設置の上,AV学習センターの閉鎖を計画した。そして,その後,被告は,A中学校の男女共学化に伴い図書館の閲覧スペースを拡充する必要があると判断し,AV学習センターのスペースに書棚を移動し,閲覧スペースを拡張することを決定し,平成15年7月17日,原告に対し,AV学習センターの跡に中学校の開架図書コーナーを作るため,同月22日にAV学習センターの物品を撤去するのでこれに立ち会うよう連絡した上,原告の立会いがないまま,AV学習センターの物品を強制的に撤去して,AV学習センターを閉鎖した。 (2) 前記認定事実によれば,A高等学校においては,毎年,教員が校務分掌希望届を提出し,各教員に校務,部顧問が割り当てられてきたものであり,原告も,平成13年度までは,校務分掌希望届を提出し,「AV」の校務分掌の担当とされ,また,「空手道」の部活動顧問とされてきたものである。ところが,被告は,平成14年度校務分掌希望届の用紙からAV学習センターの項目を削除したため,原告は,手書きで「AV」を希望する旨記載し,部活動顧問の欄には「空手道」と記載して,平成14年度校務分掌希望届を提出し,その結果,平成14年度の校務分掌では「AV」の担当とされ,また,同年度の部 ,原告は,手書きで「AV」を希望する旨記載し,部活動顧問の欄には「空手道」と記載して,平成14年度校務分掌希望届を提出し,その結果,平成14年度の校務分掌では「AV」の担当とされ,また,同年度の部顧問一覧においても,「空手道」の顧問とされたものである。しかるに,被告は,平成15年度校務分掌希望届の用紙からもAV学習センターの項目を削除し,原告は,手書きで「AV」を希望する旨記載し,部活動顧問の欄には「空手道」と記載して,平成15年度校務分掌希望届を提出したが,A高等学校・A中学校の平成15年度校務分掌委員会は,平成15年度からAV学習センターの指導員という校務を廃止することを決定し,平成15年3月25日付けで,校長あてに,平成15年度の校務分掌に関して,原告より希望届が出されたが,校務分掌委員会としては,原告に校務分掌を当てることができないとの結論に至った旨上申し,Y校長が,その上申のとおりとすると決めた結果,A高等学校の平成15年度校務分掌及び部顧問一覧のいずれにも原告の名が記載されなかった。これに対し,原告は,抗議書を提出するなどしたが,F校長からは,校務分掌がないので,新学期に出勤の要はなく,取りあえず4月分の給与は支払う旨の通知があり,平成15年5月以降は給与を支払わない旨が予告された。原告は,F校長らに対し,数回にわたり,抗議書兼通知書を提出して,校務分掌はく奪,出勤停止命令,給与不払の予言脅迫は撤回し謝罪するよう要求し,平成15年4月25日に話合いの機会を持ったが,F校長は,AV学習センターの閉鎖は既に決定した事項であり,原告には平成15年度において分掌すべき校務がないから,出勤の必要がない旨述べ,話合いは平行線のままとなった。そして,F校長は,平成15年5月9日付けの通知で,原告に対し,既に争いの域にあると判断せざる は平成15年度において分掌すべき校務がないから,出勤の必要がない旨述べ,話合いは平行線のままとなった。そして,F校長は,平成15年5月9日付けの通知で,原告に対し,既に争いの域にあると判断せざるを得ないので,解決まで同年5月以降の給与支払を保留する旨通知し,被告は,同月13日付けで,原告の給与を同月分から2割のみ支給する旨,理由の説明もなく,一方的に通告し,就業規則にも給与規程にも根拠のないまま,同月の給与から通告どおりの支給とした。その後の平成15年5月23日の話合いの場では,H課長は,原告の提出した書面等からはもう完全に法廷闘争になるのではないかと判断されてもしようがないものであり,原告に対する給与カットの措置をとらざるを得ないように今までの流れが来たわけであるから,だから原告が損をするのだという趣旨の発言をした。その後,平成15年6月14日,H課長から,原告に対し,同年3月31日付けのI学院長名による「A高等学校AV学習センター指導員の職をとく」との辞令(甲11)が郵送され,以後,被告は,原告に対し,校務を分掌させず,職員会議への出席も望ましくないとしてこれを認めない扱いを継続している。 (3) 前記認定事実によれば,被告は,平成15年7月15日,本件組合に対し,原告を解雇する方針で話を進めたいが,この方針に対する本件組合の見解を聴きたい旨通知した。 (4) 以上によれば,被告において,図書館の改装とともに耐震工事を行うことを決定し,図書館の一角にあったAV学習センターについて工事後はオープン式とすると決定したことには,A高等学校を設置運営する被告の判断として合理的理由があったと認められるのであり,図書館が新装オープンした後,AV学習センターの学習机等の備品がいったん撤去されるなどしたからといって,その後,再びAV学習センター 運営する被告の判断として合理的理由があったと認められるのであり,図書館が新装オープンした後,AV学習センターの学習机等の備品がいったん撤去されるなどしたからといって,その後,再びAV学習センターとして再開されたのであるから,図書館の改装・耐震工事とAV学習センターのオープン式化に関して,被告が一方的にAV学習センターを破壊したものであり,原告を退職に追い込むべく嫌がらせ行為として行われたものということはできない。 また,その後,被告が,急速な情報技術の発展により,AV学習センターの存在意義が薄らぎ,同センターに設置してあった視聴覚機器がいずれも老朽化していたこともあり,同センターの本来の目的に沿った形態でこれを利用する生徒がほとんどいない状態となったことから,平成12年4月,図書館の一角にメディアサロンを設置の上,AV学習センターの閉鎖を計画したことも,A高等学校を設置運営する被告の判断として合理的理由があるというべきであり,これが原告を退職に追い込むべく嫌がらせ行為として行われたものということはできない。 さらに,被告が,A中学校の男女共学化に伴い図書館の閲覧スペースを拡充する必要があると判断し,AV学習センターのスペースに書棚を移動し,閲覧スペースを拡張することを決定し,平成15年7月17日,原告に対し,AV学習センターの跡に中学校の開架図書コーナーを作るため,同月22日にAV学習センターの物品を撤去するのでこれに立ち会うよう連絡した上,原告の立会いがないまま,AV学習センターの物品を強制的に撤去して,AV学習センターを閉鎖したことも,前記のとおり,AV学習センターの閉鎖計画自体に合理性が肯定される以上,閉鎖後,直ちに中学校の開架図書コーナーが作られていないからといって,これが原告を退職に追い込むべく嫌がらせ行為として行われた 前記のとおり,AV学習センターの閉鎖計画自体に合理性が肯定される以上,閉鎖後,直ちに中学校の開架図書コーナーが作られていないからといって,これが原告を退職に追い込むべく嫌がらせ行為として行われたものとまでいうことはできない。 (5) しかし,一方,前記認定のとおり,原告が教諭として復職したものである以上,被告が,平成15年度校務分掌希望届の用紙からAV学習センターの項目を削除したのに対し,原告が,手書きで「AV」を希望する旨記載し,部活動顧問の欄にも「空手道」と記載して,平成15年度校務分掌希望届を提出したにもかかわらず,平成15年度からAV学習センター指導員という校務を廃止することを決定したとの一事をもって,原告に対する一切の校務分掌を行わず,また,AV学習センター指導員という校務の廃止とは直接の関係がないにもかかわらず,部活動顧問も原告に割り当てず,職員会議への出席も認めなかったことは,合理的理由を欠くものといわざるを得ない。 しかも,被告は,校務分掌がないことを理由に,原告に対し,出勤の必要がなく,給与も支払わない旨予告し,既に争いの域にあると判断せざるを得ないので,解決まで同年5月以降の給与支払を保留するとした上,原告の給与を同月分から2割のみ支給する旨一方的に通告し,就業規則にも給与規程にも根拠がないまま,同月の給与から通告どおり2割支給(ただし,税金等の支払や共済貸付償還金の天引きにより,実際の手取額はゼロとなり,むしろ,共済貸付償還金の返済が必要となる。)とし,その後の話合いの場でも,原告の提出書面等から法廷闘争になるのではないかと判断されてもしようがなく,原告に対する給与カットの措置をとらざるを得ないように今までの流れが来たわけであるから,原告が損をするのだという趣旨の発言がされたものである。 以上によれば,被告が,原 かと判断されてもしようがなく,原告に対する給与カットの措置をとらざるを得ないように今までの流れが来たわけであるから,原告が損をするのだという趣旨の発言がされたものである。 以上によれば,被告が,原告に対し,平成15年度以降,一切の校務分掌を行わないこととし,それを理由に給与カットをしたのは,原告との法廷闘争を有利にするためのものであったと認めるのが相当というべきところ,このような給与カットが全く法的根拠を欠いた違法なものであることは明らかである。 そして,その後の平成15年6月14日,被告から,原告に対し,同年3月31日付けのAV学習センター指導員の職を解く旨の辞令が交付され,被告は,同年7月15日,本件組合に対し,原告を解雇する方針で話を進めたいが,この方針に対する本件組合の見解を聴きたい旨通知しているものであり,被告としては,同年3月の時点で既に原告に校務を分掌させないことを決定しており,同年7月には既に解雇の方針で臨むことを考えていたものである。 (6) 以上によれば,被告(被告代表者及び校長ら被告職員を含む。)が,教諭として復職した原告に対し,AV学習センター指導員の職を解いた後,一切の校務を分掌させず,部活動顧問も割り当てず,職員会議への出席も認めず,校務分掌がないことを理由に出勤不要とした上,原告が法廷闘争を望む以上給与も支給できないとして,一方的に8割もの給与カット(前記のとおり実質支給額はゼロ)をしたのは,それ自体が,合理的根拠ないし法的根拠を欠いたもので,違法評価を受けるものといわざるを得ず,その直後に被告が原告を解雇する方針であることを明らかにしていることに照らせば,それらの違法行為は,原告を退職に追い込むためのものであったと推認することができ,原告の人格権を侵害する違法行為であったというべきである。 そうすると,前 であることを明らかにしていることに照らせば,それらの違法行為は,原告を退職に追い込むためのものであったと推認することができ,原告の人格権を侵害する違法行為であったというべきである。 そうすると,前記認定事実によれば,前記給与カットを受けた原告が被告を相手に賃金仮払仮処分命令の申立てをしたところ,被告が不支給としていた額のすべてを支払ったことが認められるが,そのことによって,原告を退職に追い込むために行われた給与カットの違法性やその違法行為を理由とする慰謝料の発生が当然に否定されることはないというべきである。 (7) これに対し,被告は,復職後の原告の労働契約上,被告に対して提供すべき労務はAV学習センター指導員に特定されていたものであり,同センターの閉鎖に伴い被告の職場には原告に適した職務が存在しなくなったから,校務を分掌させなくなったものである旨主張する。しかし,前記のとおり,原告は,A高等学校の教諭として復職したものと認められるのであって,復職の際の担当職務がAV学習センター指導員とされたからといって,その職務のみを担当する旨特定されたものと認めることはできない。しかも,前記認定事実によれば,O医師作成の昭和53年7月31日付け診断書(甲17)では,原告の視力は,遠距離視力では,裸眼で右眼0.09,左眼0.07,矯正視力で右眼0.15,左眼0.1,近距離視力では,裸眼で右眼0.2,左眼0.2,矯正視力で右眼1.5,左眼1.0(近用特殊眼鏡使用)とされているところ,証拠(甲35,37,証人b)によれば,全盲でも教壇に立っている教員がいることが認められるのであり,また,前記認定事実によれば,原告は,AV学習センター指導員として,被告からの要望に応じ,AV教材としての既製教材の発見,発掘,整備,自主教材の作成,大学受験に必要な辞書,参考 認められるのであり,また,前記認定事実によれば,原告は,AV学習センター指導員として,被告からの要望に応じ,AV教材としての既製教材の発見,発掘,整備,自主教材の作成,大学受験に必要な辞書,参考書,入試問題集の整備などを行ったほか,AV学習センターにおいて,大学受験の指導を受けたいと希望する生徒に対し,その指導を行い,社会科のほかに,英語,数学,国語,小論文などの指導も行っていたものであるから,被告が主張するA高等学校がいわゆる進学校である点を考慮しても,AV学習センター指導員のほかに原告に適した職務が被告の職場には存在しないものとたやすく認めることはできない。 また,被告は,原告に部活動顧問を担当させないこととしたのは,部活動顧問は教諭が兼務すべきものであるからである旨主張する。しかし,前記のとおり,原告がA高等学校教諭として復職したものと認められる以上,被告の主張は理由がない。 さらに,被告は,給与の一部不支給は,一時限りのものであり,被告の人事担当者の理解不足に基づく過失によって偶発的に生じたものであるから,原告としては金員をもって慰謝すべき程度の損害を被ったものとはいえない旨主張する。しかし,前記のとおり,被告としては,原告に対し,既に争いの域にあると判断せざるを得ないので,解決まで給与支払を保留する旨通告し,その後の話合いの場でも,原告の提出書面等から法廷闘争になるのではないかと判断されてもしようがなく,原告に対する給与カットの措置をとらざるを得ないように今までの流れが来たわけであるから,原告が損をするのだという趣旨の発言がされているのであって,被告による給与カットは,原告との間の法廷闘争を有利にするために行われたものといわざるを得ず,被告の人事担当者の理解不足に基づく過失によって偶発的に生じたものということはできない。 いるのであって,被告による給与カットは,原告との間の法廷闘争を有利にするために行われたものといわざるを得ず,被告の人事担当者の理解不足に基づく過失によって偶発的に生じたものということはできない。 また,被告は,金銭債務の不履行については,損害の額は法定利率分に尽きるのであり,慰謝料を請求することは失当である旨主張する。しかし,前記のとおり,被告による給与カットは,単なる債務不履行にとどまるものではなく,他の違法行為と相まって,原告を退職に追い込むための一環として行われたものであって,その違法行為が全体として原告の人格権を侵害するものと評価される以上,その違法行為を理由とする慰謝料請求が失当となるということはできない。 さらに,被告は,原告の職員会議への出席が望ましくないとの発言があったとしても,教育職員ではなく生徒指導を行っていない原告が参加する性質の会議ではないから,その発言が不法行為などに該当しないことは明らかである旨主張する。しかし,前記のとおり,原告はA高等学校教諭として復職したものと認められるのであり,前記認定事実によれば,原告は,復職後,休職前と同様,職員会議にも出席し,議案にすることを要求したり,資料の提出を要求するなどしていたのであるから,職員会議が原告が参加する性質の会議ではないと認めることはできない。 そして,被告は,原告に就労請求権がないことを理由に,原告が差別と主張しているのは労働者としての義務を免除されたにすぎず,合理的理由のない差別的取扱いではない旨主張する。しかし,前記のとおり,被告の違法行為は,原告を退職に追い込むために行われたものと推認できるのであって,原告に就労請求権がないからといって,そのことを理由に人格権侵害の違法性が否定されるものではない。 (8) 前記認定の原告の人格権を侵害する被告(被告代 込むために行われたものと推認できるのであって,原告に就労請求権がないからといって,そのことを理由に人格権侵害の違法性が否定されるものではない。 (8) 前記認定の原告の人格権を侵害する被告(被告代表者及び校長ら被告職員を含む。)の違法行為によって,原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,被告が原告のAV学習センター指導員の職を解いたこと自体は違法とはいえないこと,違法な給与カットをされた額の全額が原告に支払われていることなど,被告に有利にしんしゃくすべき事情も勘案し,原告に対する校務分掌が行われず,部活動顧問の割当てもなく,職員会議への出席も認められていない状況が継続している期間の長さ等の諸般の事情を考慮し,200万円をもって相当というべきである。 また,本件訴訟追行の経緯等に照らせば,弁護士費用相当額20万円も,被告の違法行為によって原告が被った損害と認めることができる。 よって,原告は,被告(被告代表者及び校長ら被告職員を含む。)の不法行為に基づき,被告に対し,損害金合計220万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年9月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 なお,原告主張の債務不履行による損害賠償請求は,不法行為による損害賠償請求と選択的併合の関係にあると解されるので,判断の要はない。 第4 結論以上によれば,原告の請求は,主文掲記の限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却し,被告が申し立てた仮執行の免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第1部裁判官橋本昌純 主文 さないこととし、主文のとおり判決する。 理由 名古屋地方裁判所民事第1部裁判官橋本昌純

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