昭和41(行ウ)119 免職処分取消請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和51年5月24日 大阪地方裁判所
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【DRY-RUN】○ 主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 ○ 事実 第一、当事者の求める裁判 一、原告 被告が原告に対し、昭和三八年六月二八日付でなした懲戒免職処分はこれを取消 す、訴訟費用は被

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○ 主文原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 ○ 事実第一、当事者の求める裁判一、原告被告が原告に対し、昭和三八年六月二八日付でなした懲戒免職処分はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決。 二、被告主文同旨の判決。 第二、当事者双方の主張(請求の原因)一、原告は、昭和二六年四月二〇日国税庁税務講習所名古屋支所普通科研修生として採用され、昭和二七年一月大阪国税局西税務署員として勤務、その後同局管内の竜野、生野、東成各税務署勤務を経て同三五年七月から天王寺税務署に勤務し、後記のとおり、同三八年六月当時、全国税労働組合(以下、全国税労組という。)に加入し、同組合東大阪支部天王寺分会書記長の職にあつたものであるが、同年六月二八日付で、被告から次の理由により懲戒免職処分(以下、本件免職処分という。)を受けた。 すなわち、被告のいう本件免職処分の理由(以下、本件処分理由という)は、「原告は、昭和二六年四月二〇日付をもつて名古屋国税局に採用され、以後西、竜野、生野及び東成の各税務署を経て、同三五年七月二三日付をもつて天王寺税務署徴収課管理係へ配置換になり、同三六年七月二四日から同署徴収課納税貯蓄組合係(以下、納貯係という。)に勤務し、同年八月一九日から同三七年八月二四日まで全国税労組東大阪支部書記長として、同三七年八月七日以降同支部天王寺分会(以下、分会という。)書記長として同組合の業務に従事し、前記東成税務署在勤中、違法な組合活動等を行つて再三にわたり懲戒処分に処せられたのみならず、平素から勤務時間中、ひん繁に、ほしいままに職務を怠り、かつ、上司の再三にわたる執務命令に従わなかつたものであるが、(一)、昭和三八年三月二三日午前九時ころから同一一時二〇分ごろまで自席において長時間にわたり職務外の新聞を読むなどし ままに職務を怠り、かつ、上司の再三にわたる執務命令に従わなかつたものであるが、(一)、昭和三八年三月二三日午前九時ころから同一一時二〇分ごろまで自席において長時間にわたり職務外の新聞を読むなどしてほしいままに職務を怠り、かつ、この間、同一〇時二〇分ごろ、納貯係長から徴収係移管該当滞納処分票(以下、処分票という。)の抽出を命ぜられたにもかかわらず「徴収係の平職員の同意なしでやつていけない」等の言辞を弄してこれに従わなかつた。 (二)、同年四月四日午前九時ごろから同一二時ごろまで、自席において職務外の文書を読むなどしてほしいままに職務を怠り、かつ、この間午前一〇時ごろ前記納貯係長から滞納処理のため出張するよう命ぜられたにもかかわらず、これを無視し、また、午後し時一五分ごろから同四時ごろまで、自席において職務外の謄写版原紙を切り、あるいは職務外の文書を読むなどしてほしいままに職務を怠り、かつ、この間、午後二時ごろ、前記納貯係長から再度出張するよう命ぜられたにもかかわらず、「今日は出張できまへんのや」と言い張つてこれに従わなかつた。 (三)、同年四月九日午前九時ごろから同一一時ごろまで、自席であるいはみだりに離席して、前記分会の謄写版原紙を切り、これを印刷するなどしてほしいままに職務を怠り、かつ、この間同九時二五分ごろ及び同九時三〇分ごろの二回にわたり、前記納貯係長からこれらを中止して直ちに執務するよう命ぜられたにもかかわらず「その方も急ぐかもしらんがこつちも急ぎまんね」等の言辞を弄するなどしてこれに従わず、また、同一一時三〇分ごろから同一二時ごろまで、自席において前記分会の掲示用ビラを作成するなどしてほしいままに職務を怠り、かつ、この間、同一一時五〇分ごろ同署徴収課長からこれを中止して執務するよう命ぜられたにもかかわらずこれを無視した。 ( 、自席において前記分会の掲示用ビラを作成するなどしてほしいままに職務を怠り、かつ、この間、同一一時五〇分ごろ同署徴収課長からこれを中止して執務するよう命ぜられたにもかかわらずこれを無視した。 (四)、同年五月一三日午前九時五分ごろから同九時三〇分ごろまで、みだりに離席して前記分会執行委員Aとともに、同分会のビラを謄写版印刷し、これを同署職員に配付してほしいままに職務を怠り、かつ、この間、同九時一〇分ごろ前記納貯係長から、同九時一五分ごろ前記徴収課長から、それぞれこれを中止して執務するよう命ぜられたにもかかわらず「わかつてますがな、やりますよ」あるいは「そんなやかましく言いなさんな」等の言辞を弄してこれに従わなかつた。 (五)、同年五月一八日午前九時ごろから同九時二五分ごろまで、みだりに離席して、前記Aとともに前記分会のビラを謄写版印刷し、これを同署職員に配布してほしいままに職務を怠り、かつこの間、同九時五分ごろ前記納貯係長から、同九時一〇分ごろ前記徴収課長から、それぞれこれを中止して執務するよう命ぜられたにもかかわらず「わかつてます」あるいは「ちよつと待つてくれ」と言うのみでこれに従わなかつた。 以上原告の行為は、国家公務員法(以下、国公法という)九八条一項及び同法一〇一条一項の規定並びに人事院規則一四-一(職員団体に関する職員の行為)三項の規定に違反し、国公法八二条一号及び二号に該当するので、同法八二条の規定により懲戒処分として免職する。」というにある。 二、しかしながら、本件免職処分には、次のような違法があるので、取消さるべきものである。 1、原告には、本件免職処分に該当する事実がない。 2、仮に原告において本件処分理由にいうような行為があつたとしても、これらはいずれも労使慣行上、組合結成以来長年月にわたり黙認されていたこと、組合活 1、原告には、本件免職処分に該当する事実がない。 2、仮に原告において本件処分理由にいうような行為があつたとしても、これらはいずれも労使慣行上、組合結成以来長年月にわたり黙認されていたこと、組合活動それ自体として適法であること、その目的、規模その他の態様等に照らして、実質上、国の業務の正常な運営を阻害しない程度のものであることなど考慮すると、労働組合活動の通常許容された範囲内での正当な行為であり、これを理由に処分することは許されないものである。 しかして、被告が本件免職処分をなした真意は、原告が所属労働組合である全国税労組の幹部の地位にあり、かつ活発な活動家であつて、その故に原告に対して不利益な扱いを強行し、ひいては全国税労組の団結権を破壊し活動全体をも抑圧することをねらつてなされたものである。 このような本件免職処分は憲法二八条に違反し、同時に当時施行の国公法九八条三項(現行法一〇八条の七)に違反する無効なものである。 その理由は、次のとおりである。 (一)、国税当局は、かねてより全国税労組(国税庁関係の職員を組織対象とする労働組合)に対し、組織破壊弾圧の政策方針をとつてきたが、昭和三七年から同三八年にかけて右組合の壊滅をねらつて全職制機構を総動員して露骨な組合脱退強要を集中して行つてきた。この組合脱退強要の経過は、昭和三七年五月に関東信越地方(関東信越国税局管内)に、同年六月に四国地方(高松国税局管内)に、同年一〇月に北陸地方(金沢国税局管内)に、同三八年二月に北海道地方(札幌国税局管内)に、同年四月に東北地方(仙台国税局管内)に、そして同年五月に近畿地方(大阪国税局管内)に、同三九年一月に東海地方(名古屋国税局管内)にそれぞれ集中的に行われた。これを大阪国税局管内についてみるに、同局、その傘下の税務署が一体となつて全職制を総動員し 五月に近畿地方(大阪国税局管内)に、同三九年一月に東海地方(名古屋国税局管内)にそれぞれ集中的に行われた。これを大阪国税局管内についてみるに、同局、その傘下の税務署が一体となつて全職制を総動員し、全国税労組所属の部下職員を同組合から脱退せしめるべく督励し、これを受けた職制らは、同組合所属の部下職員に対し、「損をする」「にらまれる」「おれの顔をたててくれ」「幹部会に出席させない」「まだ残つているのか」「配転なり将来の保障をしかねる」「わしの立つ瀬がない」「残つていたら今まで言わなかつたことでも言わないかんようになる、もうやかましく言わんならん」「縁談にもさしつかえることになるだろう」「組合をやつておつたら得はしない、仕事を人並にやつておつても年に一回の定期昇給すらストツプされる、それでもいいか」「上から言われてわしの立場も辛いんだ」「意にそわなてところへ配転させられる可能性もある」「脱退すれば転課させる」「やめるなら局に報告の都合があるから四月二〇日までに」「あんたの将来が心配だ」などと、脅迫、脅喝、泣きおとし、利益誘導、義理人情、差別待遇、いやがらせの手段を用いて組合脱退をしようとした。その結果、全国税労組の全組織人員は、昭和三六年に一万九、〇〇〇名であつたのが、同三八年末には五、七八八名に激減した。これを全国税労組近畿地方連合会(大阪国税局管内)についてみても、昭和三七年六月に四、七二〇名であつたのが、同三八年一二月末には一、一四八名に減少し、さらにその傘下の天王寺分会、西成分会、堺分会についても、同三八年二月に各七五名、一一二名、九一名であつたのが、同年一二月にはそれぞれ九名、二九名三〇名に激減し、脱退工作の激しさを物語つている。 (二)、一方、原告は、昭和三〇年八月当時、生野税務署に勤務していたが、そのころ、生野税務署職員労働 であつたのが、同年一二月にはそれぞれ九名、二九名三〇名に激減し、脱退工作の激しさを物語つている。 (二)、一方、原告は、昭和三〇年八月当時、生野税務署に勤務していたが、そのころ、生野税務署職員労働組合が結成されるや、当初からこれに加入し、活発な組合活動を始めた。 そして、同年一〇月から同組合執行委員に選出され、組合の中心的活動家としての活動を始めた。各税務署ごとに結成されてきた職員組合が、同年一二月に単一体組織の大阪国税職員労働組合としてまとめられ、生野税務署職員組合がその支部となつてからも、原告は支部執行委員及び第一地区協議会執行委員として活動してきた。それ以降今日までの原告の組合役員歴は次のとおりである。 (イ) 昭和三一年八月から同三二年七月までの間大阪国税職員労働組合生野支部書記長同労組第一地区協議会執行委員(ロ) 昭和三二年八月から同三三年一二月までの間同労組東成支部書記長同労組第一地区協議会執行委員(ハ) 昭和三三年一二月から同三五年七月までの間、全国各地の国税職員労働組合が全国税労組に単一化されるにともない、全国税労組東大阪支部東成分会書記長同労組同支部執行委員(ニ) 昭和三五年八月から同三六年七月までの間同労組天王寺分会執行委員同労組東大阪支部執行委員(ホ) 昭和三六年八月から同三七年七月までの間同労組東大阪支部書記長(ヘ) 昭和三七年八月から同三八年八月までの間同労組天王寺分会書記長(ト) 昭和三八年一〇月から同三九年九月までの間同労組中央執行委員同労組近畿地方連合会書記長(チ) 昭和三九年一〇月から同四五年八月までの間同労組中央執行委員同労組近畿地方連合会執行委員(リ) 昭和四五年一〇月から同四七年八月までの間同労組近畿地方連合会書記長(ヌ) 昭和四七年九月から同四八年八月までの間同労組近 年八月までの間同労組中央執行委員同労組近畿地方連合会執行委員(リ) 昭和四五年一〇月から同四七年八月までの間同労組近畿地方連合会書記長(ヌ) 昭和四七年九月から同四八年八月までの間同労組近畿地方連合会書記長同労組中央執行委員(ル) 昭和四八年九月から同四九年八月までの間同労組中央執行委員(ヲ) 昭和四九年九月から同五〇年八月までの間同労組近畿地方連合会副執行委員長(ワ) 昭和五〇年九月から現在まで同労組中央執行委員同労組近畿地方連合会副執行委員長原告は、右の組合役員歴が示すとおり、昭和三〇年に国税庁関係の職場に労働組合が再建されて以来、一貫して闘いの先頭に立つて活動してきたものであり、国税労働者の劣悪きわまる労働条件を改善するため正当な要求を掲げ、正当かつ活発な組合活動を行つてきた。そして、国税庁当局が昭和三七年五月から関東信越地方、四国地方において全国税労組の破壊活動を策動しだし、それが全国に及ぼうとしている情勢の中で、同労組東大阪支部、天王寺分会の活動の中心となつて多くの闘争を組織し、組織を充実させた。その具体例を掲げれば、次のとおりである。 (イ) 昭和三七年五月から同年七月にかけての配転闘争において、原告はその先頭に立ち、B天王寺税務署長(以下、B署長という)をして、不当配転の辞令に押しつけないという労働者にとつて有利な約束をなさしめた。 (ロ) 天王寺分会における昭和三七年七月から同年八月にかけて闘われた徴収係、納貯係の出張予定簿の記入提出反対闘争において、原告は先頭に立つて職場仲間を団結させ、権力的な仕事のやり方の一方的な変更に反対し、事実上の集団交渉を組織し、闘いを勝利させた。 (ハ) 昭和三七年八月から同三八年六月にかけては、給与の損失是正の闘争がたたかわれたが、原告は、B署長に「調査し是正のために努力す 方的な変更に反対し、事実上の集団交渉を組織し、闘いを勝利させた。 (ハ) 昭和三七年八月から同三八年六月にかけては、給与の損失是正の闘争がたたかわれたが、原告は、B署長に「調査し是正のために努力する」という約束をさせた。 この約束は、その当時の国税局の「全ての是正は終り、損失はない」という方針と全く喰い違うものであり、全国税労組にとつて非常に大きな成果となり、国税庁当局にとつては大きな打撃となつた。天王寺税務署における調査は、号俸の低い者から一人づつ署長室で行われたが、原告は、その経過を逐一分会速報に報道し、国税庁当局に約束を守らせるよう努力した。B署長のサボタージユと約束違反を原告が中心となつて追及した。その結果、各課長が調査することになり現実に調査もなされたが、昭和三八年七月B署長が転勤したのを機会に、国税当局は団交の約束を破り、調査結果についての何の回答も是正もせずに終つた。しかしこの闘いは一年間にわたり徹底的にたたかわれた。 (ニ) 旅費の職制への差別的配分に反対する闘いにおいても、天王寺分会は先頭をきつていた。全ての課、係の全集会が持たれ、全課長、全係長に申入れが行われ、その結果、朝九時から午後五時まで終日幹部会が開かれ、各課長が妥協工作に動き出すような事態となつた。 (ホ) その他天王寺分会は数多くの職場要求を掲げて闘争してきた。例えば、昭和三八年一月には、一ヵ月六回にわたり署長交渉が、また厚生委員会という名目で課長交渉が行われた。このようなたたかいの中で、天王寺分会は一五名の組合員を拡大し、分会機関紙の発行も週二回にするなどの体制を作りあげた。 (三)、国税庁当局側は、当局側のとつた前記(一)のような組合破壊政策に対抗し、団結を強めて闘う原告の右のような活発な組合活動を嫌悪し、原告の直属の上司である納貯係長C(以下、C係長 を作りあげた。 (三)、国税庁当局側は、当局側のとつた前記(一)のような組合破壊政策に対抗し、団結を強めて闘う原告の右のような活発な組合活動を嫌悪し、原告の直属の上司である納貯係長C(以下、C係長という)をして原告の日常行動を監視し、メモせしめた。そして、国税当局は、日常的に黙認され、職場慣行とされていた勤務状況自体を処分事実として取りあげ、組織破壊策動における脅迫を本件免職処分という事実で示すと同時に、原告の正当な組合活動を嫌悪し不利益な扱いを強行するに至つたものであつて、このような本件免職処分は、憲法二八条に違反し、同時に当時施行の国公法九八条三項(現行法一〇八条の七)に違反する無効なものである。 3、本件免職処分は、国公法七四条一項にいう公平公正の原則に違反している。 すなわち、同条項は、公務員の身分を保障し、その懲戒分限等の処分がなされる場合、公平公正でなければならないことを定めている。 ところが、本件免職処分は、結局のところ、被告において原告が時間中ごく短時間組合活動をしたことを理由としているものに帰するが、一方では、実際の職場慣行としては勤務時間中であつても職務に特段の支障をきたさない範囲での短時間の組合活動は本件処分時に至るまで原告に限らず容認されていたし、また他方、組合活動でないその他の私用等についても勤務時間中であつても些細なことであれば事実上黙認されていたのである。このような慣行や実情に反し、ひとり原告に対してのみ厳しく本件の如き処分をなすということになれば、右は国公法にいう公平公正の原則に違反するものといわねばならない。 4、本件免職処分は懲戒権の濫用であつて無効である。 本来、職員に対する懲戒処分は、国公法八二条の規定によつて明らかな如く、免職、停職、減給、戒告の四種類が定められている。ところで、いずれの処分を選ぶか 本件免職処分は懲戒権の濫用であつて無効である。 本来、職員に対する懲戒処分は、国公法八二条の規定によつて明らかな如く、免職、停職、減給、戒告の四種類が定められている。ところで、いずれの処分を選ぶかは、一応処分権者の裁量に任されているとはいえ、それは、いわゆる法規裁量であつて恣意的処分は許されず、具体的状況に応じ法に適合した客観的に相当、公正、妥当性、あるものでなければならない。 本件についてこれをみるに、本件免職処分説明書記載の如き些細な事実をとらえ、しかも、それぞれの行為時において注意問責する等のことなど一切なさず、かなりの日時が経過してのち、処分権者がすでにこれに対する責任を追及する意思を放棄したものと認められるのを相当とする時期に至つて、あえて本件免職処分をすることは、原告に対し、著しく不当かつ過酷な処分として到底許されるところではない。 加うるに、昭和四七年一一月一日、八尾税務署徴収部門D上席徴収官が、同部門の係員Eに対し、勤務時間中の「朝から夕方まで」自宅で「組合に加入すると不利益を受ける」といい、不当労働行為を行つた。これに対し、大阪国税局長は「部内の処分」訓告処分を行つたにすぎない。国税当局は、不当労働行為ではなく、第二組合員が「組合活動を時間中にした」としている。職務上の地位においても、D上席徴収官が原告よりもはるかに上席であり、八時間の時間内組合活動が訓告処分である。原告は、単なる一係員にすぎず、本件免職処分として取り上げられた組合活動は、三ヵ月間の積み重で一一時間二五分である。さすれば、本件免職処分は、右D上席徴収官に対する処分に比しあまりに重きに失し、明らかに、原告、全国税務労組に対する差別的極刑処分といわざるをえない。 また、勤務時間中の正当な組合活動が問題とされ、昇給ストツプとなつた事例は、全国税労組員の中にあ 処分に比しあまりに重きに失し、明らかに、原告、全国税務労組に対する差別的極刑処分といわざるをえない。 また、勤務時間中の正当な組合活動が問題とされ、昇給ストツプとなつた事例は、全国税労組員の中にあつたが、免職処分というのは本件のみである。 このように、本件免職処分はその裁量権の範囲を逸脱した違法がある。 三、原告は、本件免職処分について、人事院に対し、不利益処分審査請求をなしたが、昭和四一年八月五日、原処分を承認する旨の判定がなされた。 しかしながら、本件免職処分には、前記のとおり違法かつ重大な瑕疵があり当然取消されるべきである。 (請求の原因に対する被告の答弁及び反論並びに主張)一、答弁及び反論1、請求の原因第一項の事実は認める。 2、同第二項1は争う。 3、(1)、同第二項2の事実中、全国税労組、同労組近畿地方連合会、同労組天王寺、西成及び堺各分会の組織人員が減少したこと(ただし、その人数は除く)、原告が昭和三六年八月から同三七年までの間、同労組東大阪支部書記長、同年八月から同三八年八月までの間、同労組天王寺分会書記長であつたことは認めるが、その余は争う。 (2)、原告は、本件免職処分が、全国税労組に対するいわゆる当局の組織破壊攻撃の一環として行われた無根の事実に基づく不当な処分であり、また、仮に本件処分理由の如き事実があるとしても、それらはきわめて軽微な行為にすぎず、懲戒処分をもつて問責されるいわれはないと主張する。 しかしながら、国税庁当局が、原告のいうごとき労働強化等の施策を行つたことのないのはもとよりのこと、税務行政を円滑適正に遂行するため、むしろ職員の待遇改善等その福祉に日夜努力を重ねているところであり、職員団体が結成されて以来、一貫してこれらの団体との間に正常な関係が保たれるよう努力してきたのであつて、職員団体に対し支配ある め、むしろ職員の待遇改善等その福祉に日夜努力を重ねているところであり、職員団体が結成されて以来、一貫してこれらの団体との間に正常な関係が保たれるよう努力してきたのであつて、職員団体に対し支配あるいは介入を図る等の考えのないことは言うまでもなく、いわんや当局が全国税労組の組織破壊等を策したことは全くない。 また、原告は、不当な脱退干渉等いわゆる不当労働行為が国税庁当局によつて行われたと主張するが、国税庁当局としては、国税局、税務署等の幹部職員に対し、国家公務員関係法令には労働組合法七条に相当する不当労働行為の禁止規定はないが、管理者が職員団体の適法な活動に不当に介入することは条理上不穏当である旨常々教育、指導してきたところであり、この趣旨に基づき、幹部職員の注意喚起のため、通達(昭和三七年一一月六日官総一-二八〇国家公務員法九八条二項に関する取扱いについて、昭和四八年一一月六日大局総々(二)第六八六号職場管理体制の維持に当り当面留意すべき事項について)が発せられたにすぎない。このように、国税庁当局においては、職場秩序の維持の必要等から適宜適切な処置を行うことはもとより当然であるが、全国税労組に対する不当な干渉を行つた事実がないことはいうまでもない。もつとも管理者としては、職場秩序、服務規律を維持する職責を有しているものであるから、職員団体の活動が違法にわたる場合、これに対して指導を加え、自覚を促すことのあるのは当然のことであつて、ことに納税者の批判を受けやすい税務の職場においては、このような措置はなおさら必要と考えられるものであり、また、それと同時に課長等の地位にあるものが、個々の職員に接する場合にも、その職員の将来を考え、全く私人としての立場において自己の経験ないし意見を述べることがあつても、これまたあえて異とするには当らないのであ 同時に課長等の地位にあるものが、個々の職員に接する場合にも、その職員の将来を考え、全く私人としての立場において自己の経験ないし意見を述べることがあつても、これまたあえて異とするには当らないのである。 さらに、昭和三七年から同三八年にかけて全国税労組の組織人員が急激に減少したのは、まず同労組の「職制抵抗闘争」、「不服従闘争」、「業務規制闘争」によつて敵と呼ばれた課長、係長らの幹部職員が自己の組合員たる地位に疑問を持つに至り、相次いで脱退したことに始まり、身近な経済的要求を望む職員の希望に反して政治闘争に終始し、違法行為を繰返すような組合活動に対し、これが税務職員としての健全な組合活動とは相容れないとする反省と批判が高まり、たまたま脱退者が出たのを機として、前記期間に大量の脱退者を出すに至つたのである。したがつて、組織人員の減少は、当局としては全く関知しないところである。 原告は、また、原告に関するC係長の監視とメモは、本件免職処分を行うために、あらかじめ準備したものであるかのように主張するが、C係長が幹部手帳に原告の勤務状況を記載し始めたのは、昭和三七年五月ごろ係員の指導矯正に資するため、当時のF徴収課長(以下、F課長という)から係員全体の勤務状況を的確に把握しておくようにと指示されたことによるのであつて、原告のみを監視するためのものではない。 4、(1)、同第二項3の事実中、その主張の規定のあることは認めるが、その余は否認する。 (2)、本件免職処分当時、職場の慣行としては、天王寺税務署は言うに及ばず、他の税務署においても、勤務時間中に組合活動を行うといつた慣行は全くなかつたことはもとより、勤務時間内の組合活動が厳重に禁止されていたのである。ただ、組合活動でない私用としての食事、散髪とかは、職員の福利厚生の見地から設けられた施設を利用 を行うといつた慣行は全くなかつたことはもとより、勤務時間内の組合活動が厳重に禁止されていたのである。ただ、組合活動でない私用としての食事、散髪とかは、職員の福利厚生の見地から設けられた施設を利用するものであり、できる限り多数の職員に利用させようとの考えから、署の管理者としては、これら施設の利用が若干勤務時間内にわたつてもやむを得ないとして、これを黙認していたにすぎず、かかる特段の理由のあるものは別として、職務外の行為を勤務時間中に行うことは、組合活動たると否とにかかわらず、禁じていたのである。 ところで、勤務時間中の組合活動については、当時施行の国公法九六条一項に「すべて職員は国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、かつ職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」、同法一〇一条に「職員は人事院規則の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、政府のなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」「職員は、政府から給与を受けながら職員の団体のため、その事務を行ない、又は活動してはならない。但し、職員は人事院によつて認められ又は人事院規制によつて定められた条件又は事情の下において、第九八条の規定により認められた行為をすることができる。」と規定し、勤務時間中の職務専念義務と組合活動禁止の原則を明定している。そして、例外として、当時施行の人事院規則一四-一「職員団体に関する職員の行為」により、勤務時間中であつても勤務を要しない時間及びあらかじめ承認を得た休暇期間における組合活動と勤務時間中の適法な当局との交渉を行う行為とが特に許容されているのである。そして、これらの例外規定は、国家公務員の法的地位からみて、厳格に適用され、解釈されるべきものであつて、それ以外の場 合活動と勤務時間中の適法な当局との交渉を行う行為とが特に許容されているのである。そして、これらの例外規定は、国家公務員の法的地位からみて、厳格に適用され、解釈されるべきものであつて、それ以外の場合にまで勤務時間中の組合活動を許容すべき余地はないのである。 5、同第二項4の事実中、職員に対する懲戒処分の種類及び処分の選択が原告の主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。 6、同第三項の事実中、原告が人事院に対して不利益処分審査請求をなしたが、昭和四一年八月五日原処分を承認する旨の判定がなされたことは認めるが、その余は争う。 二、主張1、原告には、本件処分理由にいうとおりの事実がある。 (一)、昭和三八年三月二三日の違法事実について(1)、同日、原告は午前九時ごろから自席(天王寺税務署徴収課納貯係)でアカハタを読んだり隣の管理係の執務の妨害になるほどの大声で隣席のG事務官と野球のことやアカハタ紙上に掲載されている将棋やクイズのことを話したりして職務を怠つていた。このような原告ら納貯係員に対して、同一〇時二〇分ごろC係長が、原告らの席の前に行き、「君らの分担している滞納のうちで処理困難であるもの、あるいは猶予等の繰り返しで悪質なもの等で徴収係へ移管を適当とするものをより出して僕の手元まで報告してほしい。」と局通達(三五年四月一九日付大局徴管(組)第二七三号)に基づく処分票の選別抽出を命じた。 しかるに原告は、「そんなことやるんやつたら、まず徴収の平さん(一般職員のこと)と話し合いをして納得させてからでないとやつたらあきまへん。」と反ばくして従おうとしなかつた。そこで、C係長は、右選別抽出命令は課長、係長らの話し合いによるものであつて原告の意見は取り上げ得るものでないこと、右作業は納貯係の分担滞納が非常に増えているのでその事務軽減の て従おうとしなかつた。そこで、C係長は、右選別抽出命令は課長、係長らの話し合いによるものであつて原告の意見は取り上げ得るものでないこと、右作業は納貯係の分担滞納が非常に増えているのでその事務軽減のためのものであることを再三再四説明し、重ねて処分票の選別抽出を命じたが、原告は、依然として前記態度を変えなかつた。のみならず、原告は、その後も同一一時二〇分ごろまで自席でアカハタやスポーツ新聞を読んで全く執務しなかつた。 (2)、右のように、C係長が処分票の選別、抽出を命じたのは、当日、I天王寺税務署徴収課長(以下、I課長という)、C係長らが納貯係の分担する滞納整理件数が徴収係のそれに比して多くなかつたので、その事務量軽減のための打開策を検討し、先ず第一段階として、とりあえず、「納貯係担当の滞納整理事案のうちで処理困難なもの、あるいは猶予等の繰返しで悪質なもの等は徴収係へ移管すべき旨」を定めた前記局通達に基づいて徴収係へ移管すべき件数を早急に把握することに決定した結果なのである。 したがつて、C係長のこの命令は、納貯係の事務の円滑化を図るため及び前記局通達を実施するため、きわめて重要かつ緊急なものであつたのである。 (二)、昭和三八年四月四日の違法事実について(1)、同日、原告は午前九時ごろから自席で同人が平素から持ち歩いている労組関係書類を読んだり、何事か記入したり、あるいは、わら半紙や大判大学ノートにメモしたりして職務を怠つていた。このような原告を含む納貯係全員に対し、C係長が同一〇時ごろ自席から、「みんな昨日の打合せで言つたとおり、時効関係の整理を至急やつてんか。時効を完成させるようなことがあつたら、我々の責任やから絶対そんなことのないようすぐ手を打つてほしい。約束どおり今日からすぐ出張して処理してんか。」と滞納処理のための出張を命じたが を至急やつてんか。時効を完成させるようなことがあつたら、我々の責任やから絶対そんなことのないようすぐ手を打つてほしい。約束どおり今日からすぐ出張して処理してんか。」と滞納処理のための出張を命じたが、原告はこの命令を無視して従わず、引き続き前記労組関係書類綴を読んだり、何事かを記入したり、あるいはわら半紙や大判大学ノートにメモしたりして同一二時ごろまで全く執務しなかつた。 さらに、原告は、午後一時一五分ごろからも、自席で午前同様前記労働関係書類綴を読んで職務を怠り、同二時ごろには労組関係の謄写版原紙切りを始めたので、C係長は、直ちに自席から原告に午前中同様再度滞納処理のための出張を命じたが、原告は、「今日は出張できまへんねや。」と不服従の態度を示したので、C係長が重ねて、「出張できまへんのやでなく、出張せなあかんやないか。」と命じたが、これを無視し、前記謄写版原紙を同二時一五分ごろまで切り続け、さらにその後も同四時ごろまで自席で午前同様前記労組関係書類綴を読んだり、整理したり、大判大学ノートに記入したりして全く執務しなかつた。 (2)、ところで、原告は、分担事務の中でも、時効関係の滞納整理が特に重要なものであることを熟知し、しかも自己の分担する滞納整理事案中には、未処理のまま放置してあつたため、昭和三八年度中に消滅時効の完成するものがあることも十分認識していたにもかかわらず、この再三にわたる命令に対し、そのつど全く取るに足らない詭弁を弄して従わず、しかもこの間、命ぜられた事務はもちろんのこと、他の事務にも従事することなく全然執務しなかつたのである。 (三)、昭和三八年四月九日の違法事実について(1)、同日、原告は、午前九時ごろから自席で労働関係書類綴を読んだり、わら半紙にメモしたりして職務を怠つており、同九時二〇分ごろから自席で、全国税天 。 (三)、昭和三八年四月九日の違法事実について(1)、同日、原告は、午前九時ごろから自席で労働関係書類綴を読んだり、わら半紙にメモしたりして職務を怠つており、同九時二〇分ごろから自席で、全国税天王寺分会速報の謄写版紙を切り始めたので、同九時二五分ごろ、C係長が自席から謄写版原紙を切つている原告に対し、「私用の仕事はやめなさい、今やつている仕事(一人別照合カードの集計事務)は急ぐ仕事だから本来の仕事をやりなさい。」と命じたが、原告は、「やります。」と答えながらも、一向に原紙切りを中止しようとはしなかつた。そこで、C係長が重ねて、「急ぐ仕事だからすぐやりなさい。」と命じたにもかかわらず、原告は依然として原紙を切りながら、「その方も急ぐか知らんが、こつちも急ぎまんね、お客さん(外部労組員)も来ることになつているし。」と言い返して右命令に従わず、原紙切りを同九時三〇分ごろまで続けた。次いで、原告は、この原紙を使用して天王寺税務署一階事務室内に設置されている同署の謄写版で、青色、赤色、黄色の三種類の紙に印刷を始めた。これに対し、C係長が自席から原告に「何やつているんや」とただしたところ、原告は、両手指先で約一〇センチ四方位の四角形を描いて、「これ刷つてまんね。」と返答したので、C係長がそれを中止し仕事をするよう命じたが、これを無視して同九時四〇分ごろまで印刷を続行し、その後も引き続き同一一時ごろまで、明坂サドル製作所労組の闘争資金カンパ員二名と談合したり、離席したり、あるいはJ事務官(当時分会副分会長)とともに、K天王寺税務署総務課長(以下、K課長という)に抗議に行つたり、自席で前記労組関係書類綴を読んだり、メモしたりして執務しなかつた。さらに、原告は、同一一時三〇分ごろから自席で前記労組関係書類を読んだりメモしたりして職務を怠つていたが、 いう)に抗議に行つたり、自席で前記労組関係書類綴を読んだり、メモしたりして執務しなかつた。さらに、原告は、同一一時三〇分ごろから自席で前記労組関係書類を読んだりメモしたりして職務を怠つていたが、同一一時五〇分ごろから自席で新聞二ページ大の模造紙に墨汁と筆を使用して掲示用ビラ(内容は、前記明坂サドル製作所争議の資金カンパの呼びかけ)を作成し始めた。I課長は、直ちに原告に「業務外のことは時間外にやりなさい、そんなビラ書きはやめなさい。」と命じたが、原告はこれを無視してそのビラの作成を続け、同一二時ごろ出来上つたビラをもつて離席し、同一二時三分ごろには、前記明坂サドル製作所労組員二名とともに同署一階食堂に通ずる廊下にある裏階段横の出入口の扉に右ビラを掲示し、その前でチユーインガムやチヨコレートの販売を行つていたのである。 (2)、ところで、納貯係では、昭和三八年四月一〇日までに納貯組合員の現況を報告するよう国税局から命ぜられていたので、これに対処するため、C係長は原告ら納貯係員全員にこれに伴う作業手順等を指示説明して謄写版で一人別照合カードの用紙の作成に取りかかるとともに、同カードに納貯組合台帳に載つている組合員(約五、〇〇〇名)を記入し、これを徴収カードと照合して国税を納めている人だけを抜き出し集計するという作業を進めさせたのであるが、納貯係だけで処理できる作業量でなく、かつ、原告が四月五日、六日の両日休暇をとつたので、徴収係から延七人の応援まで求めて作業を進めたにもかかわらず、報告期限の前日である四月九日になつても集計事務が残つていたのである。したがつて、このような状況のもとに発せられたC係長の前記命令が緊急かつ重要なものであつたことはいうまでもないところである。 しかるに、原告はこのような状況のもとに四月九日中に完了せねばならない自己 したがつて、このような状況のもとに発せられたC係長の前記命令が緊急かつ重要なものであつたことはいうまでもないところである。 しかるに、原告はこのような状況のもとに四月九日中に完了せねばならない自己の分担分が残つていることを熟知しながら、前記の如くC係長から再三にわたり至急集計事務をやるよう命ぜられ、さらにI課長からも執務するように命ぜられたにもかかわらず、これを全く無視して従わず、しかもこの間命ぜられた事務はもちろんのこと、他の事務にも従事することなく全く執務しなかつたのである。 (四)、昭和三八年五月一三日の違法事実について(1)、同日、原告は午前九時五分ごろ出勤し、直ちに持参した、「全国税天王寺分会速報情宣部一七六三、五、一二。二三号(超勤旅費アンケートの集計と題するビラ)」の謄写版原紙を取り出し、前記謄写版を使用して印刷を始めた。これに対し、同九時一〇分ごろC係長が自席から原告に、「何刷つてんねん。」とただしたところ、原告は両手指先で約一〇センチ×二〇センチ位の四角形を描いて、「これ刷つてまんねん。」と返答したので、C係長が、「すぐやめなさい、勝手な仕事をせず決められた仕事にかかりなさい。」と命じたにもかかわらず、原告は、「すぐ終ります。」と言いながらも印刷を中止しなかつた。そこで、C係長は、「朝、出勤時間に遅れて来て、しかもそのうえ勝手なことをやるとはいかんやないか、すぐやめて席に戻りなさい、やることになつている仕事(前日手渡した消込連絡せんの未了分の消し込みで、即日処理を命じてあつたもの)をやりなさい。」と重ねて命じたが、原告は、「わかつてますがな、やりますよ。」と言いながら従おうとしないので、さらにC係長は、仕事をするよう命じたが、原告はこれを全く無視して従わなかつた。 さらに、同九時一五分ごろ、分会執行委員Aが、この印刷 わかつてますがな、やりますよ。」と言いながら従おうとしないので、さらにC係長は、仕事をするよう命じたが、原告はこれを全く無視して従わなかつた。 さらに、同九時一五分ごろ、分会執行委員Aが、この印刷に加わつたので、直ちに、I課長が原告らの側に行き、両名に対し、「自席に帰り、仕事をしなさい。」と命じたが、原告らは、「そんなやかましく言いなさんな。」等と反ばくし、I課長に、「勤務時間中は職務に専念すべき義務があるんだ、組合関係の印刷をすることは義務違反になる、だから注意しているのだ。」と繰返し命ぜられても、これに応ぜず、これを無視して同九時二五分ごろまで印刷を続行した。 次いで、原告は刷り上げた前記ビラを同九時三五分ごろまで同署一階事務室内間税課及び総務課職員に配布して執務しなかつた。 (2)、原告は、これまでC係長、I課長、K課長、B署長から事務打合会、署長交渉等機会あるごとに再三注意されていたにもかかわらず、前同日、勤務時間中分会速報の謄写印刷を行い、さらにC係長、I課長の再三にわたる執務命令を無視して謄写印刷を続行したのである。 原告は、自らの行為が違法にわたるものであることを熟知しながら、そのつど上司の命令を適当にあしらい、あるいは愚弄するがごとき態度に終始してこれに従わず、しかも、その後も刷り上げたビラを配付して執務しなかつたのである。 (五)、昭和三八年五月一八日の違法事実について(1)、同日、原告は、午前九時ごろからみだりに離席して、前記Aとともに前記謄写版を使用して、「全国税天王寺分会速報二四号情宣部一九六三、五、一八(今年の賃上げ斗争の第一歩今日賃金要求アンケートを行いますと題するビラ)」の印刷を始めた。これに対し、同九時五分ごろ、C係長は、自席から原告に対し、「すぐ印刷をやめて仕事にかかりなさい。」と大声で命じたが、原告は、 の第一歩今日賃金要求アンケートを行いますと題するビラ)」の印刷を始めた。これに対し、同九時五分ごろ、C係長は、自席から原告に対し、「すぐ印刷をやめて仕事にかかりなさい。」と大声で命じたが、原告は、「わかつています。」と言いながらも印刷を続けた。そこで、さらにC係長が、「聞えたらやめんか、すぐやめて仕事をしなさい。」と重ねて命じたにもかかわらず、原告はこれを無視して従わず、右Aとともに印刷を続行した。同九時一〇分ごろ、K課長の命を受けたL天王寺税務署総務課総務係長(以下、L係長という)が原告らの印刷現場へ行き、原告らに、「こういうことをしてもらつては困る。」と注意したにもかかわらず、原告は、「わかりました。」と言いながらこれに従わず、印刷を続けた。ために、I課長もわざわざ原告らの側に行き、原告らに対し、「すぐ止めて仕事を始めなさい。」と命じたが、原告らは、「ちよつと待つてくれ、そうやかましく言いなさんな。」等と抗弁したので、さらに、同課長が、「すぐ仕事にかかりなさい。」と、重ねて命令したにもかかわらず、原告らは、「あまりやかましく言いなさんな。」と抗弁を続け、同九時二〇分ごろまで印刷を続けた。 原告は、その後も刷り上げた右ビラを他のビラとともに同署一階事務室内徴収課及び間税課職員に配布して同九時三五分ごろまで執務しなかつた。 (2)、原告は、平素から再三注意されていたにもかかわらず、またも前同日、勤務時間中分会速報の謄写印刷を行い、さらにC係長、I課長から繰返し執務するよう命ぜられたのに「あまりやかましく言いなさんな。」等と言い返すなど、そのつど上司の命令を適当にあしらう態度に終始してこれに従わず、その後も刷り上げたビラ等を配布して執務しなかつたものである。 (六)、原告に対する本件免職処分理由の事実は、右(一)ないし(五)の事実であるが 上司の命令を適当にあしらう態度に終始してこれに従わず、その後も刷り上げたビラ等を配布して執務しなかつたものである。 (六)、原告に対する本件免職処分理由の事実は、右(一)ないし(五)の事実であるが、原告が本件免職処分を受けるに至つた背景には、次のような情状がある。 (1)、原告の平素の勤務状況は、きわめて不良であつた。 その具体的事例を示せば次のとおりである。 (イ)、原告は、納貯係に在勤中、昭和三七年五月以降同三八年三月までの間において、勤務時間中、ひん繁に、かつ、そのほとんど終日あるいは半日に及ぶなど長時間にわたり、みだりに離席し、あるいは職務外の文書を読み、天王寺分会の会合に参加するなどほしいままに職務を怠つていたが、右期間における原告の職務懈怠の日数を指摘すれば実に一四三日の多きにのぼり、このうち職務を怠つた時間が半日以上の長時間に及ぶ日は、この九割に近い一二五日の多きにわたつている。 (ロ)、原告は、C係長から符せんあるいは口頭をもつて再三至急処理を命ぜられ、そのことを熟知していたにもかかわらず、右命令を無視して職務を怠り、いたずらに放置し国税徴収法一五三条の規定に基づく滞納処分の停止の要件に該当する事実が存するか否かの調査すら行うことなく、昭和三七年五月以降同三八年三月までの間において、八件に及ぶ租税債権を時効消滅せしめた。当時、この八件の時効消滅の事例のように、漫然と放置して時効消滅せしめるが如き事態を生ぜしめないよう通達をもつて時効関係滞納整理事務は優先して処理するよう定めるなど厳格に措置されていたもので、納貯係においても、かかる事例は原告を除き他になかつた。 しかるに、原告は、前記のとおり再三にわたる上司の命令を無視して、なおかつ職務を怠り、漫然と放置して八件に及ぶ租税債権を時効消滅せしめたものであつて、その情はきわめて悪 は原告を除き他になかつた。 しかるに、原告は、前記のとおり再三にわたる上司の命令を無視して、なおかつ職務を怠り、漫然と放置して八件に及ぶ租税債権を時効消滅せしめたものであつて、その情はきわめて悪質である。 (ハ)、原告が、納貯係在勤中、昭和三七年五月以降同三八年三月までの間において、納貯係長、徴収課長から、あるいは総務課長を通じて署長からそれぞれ「計画整理実績簿(以下、実績簿という)」の整理提出、処分票の消し込み、出張等の執務を命ぜられたにもかかわらず再三にわたりこれに従わなかつた。 そして、右期間における原告の執務命令違反の回数は、C係長の執務命令に違反したもの四一回、F及びI各課長の執務命令に違反したもの数回、B署長の執務命令に違反したもの七回に及ぶのである。 (ニ)、原告は、昭和三七年五月以降同三八年三月までの間、原告分担にかかる納税貯蓄組合の普及、育成及び滞納整理各事務の処理遂行状況が全般的にきわめて不良であつた。 すなわち、納貯係では、国税局から指示された納税貯蓄組合(以下、納貯組合という)組合員倍加運動の目標を達成するため納貯組合未設立団体(以下、普及対象団体という)に納貯組合を設立せしめることに重点をおき、昭和三七年八月ごろ、C係長は原告ら三名の各係員にそれぞれ九件から一四件程度の普及対象団体を分担させ、自らも同程度の件数を分担し、それぞれ分担にかかる普及対象団体に納貯組合を設立せしめるよう努めることとした。しかして、分担者M、G両納貯係員は、それぞれ分担の普及対象団体に相当数の納貯組合を設立せしめ、C係長も同様相当数の納貯組合を設立せしめた結果、昭和三八年三月の時点では約三五件から四〇件の納貯組合の新規設立を数えるに至つたのであるが、原告の分担する普及対象団体からは遂に一件の納貯組合の設立もみなかつたものである。しかも、 設立せしめた結果、昭和三八年三月の時点では約三五件から四〇件の納貯組合の新規設立を数えるに至つたのであるが、原告の分担する普及対象団体からは遂に一件の納貯組合の設立もみなかつたものである。しかも、この間、C係長の加入勧奨によつて天王寺医師会会員中、同医師会納貯組合未加入者が同納貯組合に加入することとなつたので、同係長は原告にその加入に伴う事務手続を行うよう命じたのであるが、原告はこれすら行わなかつたのである。 次に、C係長は、天王寺税務署着任時(昭和三六年七月)に、納貯組合数、滞納者数、各係員の納貯係事務経験年数等を総合勘案して各係員に均等に分担させたのであるが、約半年後、他の二名の各係員の分担する納貯組合員の滞納は分担当初より減少したにもかかわらず、原告の分担する納貯組合員の滞納は逆に増加を示した。 このため、C係長は、やむなく分担換えを実施して原告の負担の軽減を図らざるを得なかつたのである。このような分担換えを実施したにもかかわらず、その後昭和三八年三月末の時点では、やはり他の二名の係員の分担では滞納が減少したが、原告の分担では納滞は再び増加したのである。このような結果は、まさに原告が職務を怠つたためであつたことに外ならない。 (ホ)、以上(イ)ないし(ニ)記載のとおり、原告は昭和三七年五月以降同三八年三月までの間、勤務時間中の勤務状況がきわめて不良であつたことが明らかである。しかも、このような原告の勤務状況がきわめて不良であつたことに対して、C係長、F、I及びK各課長、B署長らも再三再四にわたり時間内組合活動をやめるよう、かつ勤務時間中は職務に専念するよう注意を与えその勤務状況を改めるよう指導を繰返したにもかかわらず、原告は、「一人だけでも一般の人のレベルより低いところのレベルで頑張ることによつて全体の仕事のレベルはこの辺まで下る、 務に専念するよう注意を与えその勤務状況を改めるよう指導を繰返したにもかかわらず、原告は、「一人だけでも一般の人のレベルより低いところのレベルで頑張ることによつて全体の仕事のレベルはこの辺まで下る、労働者は最低労力で最高賃金を獲得することにあるから、私はそういう意味で仕事をしていない。」「私が仕事をやるということは、M、Gさんの仕事が目立たなくなるだから私は仕事をしない。」「私は労働者で労働を売つているのであるから労働を高く売るのが当り前である労働をいかに高く売るかということについては、サボらなければいけない、サボるだけサボればそれだけ労働を高めることになるのだ。」などと、かえつて自ら意識的に職務を怠ることを標榜するが如き態度を示して上司の注意指導を全く受け入れず、依然として勤務時間中ひん繁に組合活動を行うなど、その勤務状況をいささかも改めようとしなかつたものである。 (2)、原告は、東成税務署に在勤中、違法な組合活動等を行つて再三にわたり、被告から懲戒処分に処せられた。 その事例は、次のとおりである。 (イ)、昭和三二年一一月二三日東成税務署長の宿直勤務命令に従わず、ほしいままに勤務を怠つたこと及び同三三年一月二九日勤務中の同署徴収課長らに対し抗議を続けて勤務を妨害したこと、並びに同年三月一五日同署長の超過勤務命令に従わず、ほしいままに勤務を怠つたことなどにより同年五月一〇日付懲戒処分として一ヵ月間俸給月額の一〇の一を減給された。 (ロ)、昭和三四年五月一日、全国税労組員約七〇名とともに南税務署に乱入して同署幹部をつるし上げる等の業務阻害に参加し、同署長から繰返し発せられた退去要求に応ずることなく警察官から警告されるまで退去しなかつたこと及び同年五月七日八尾税務署において全国税労組員ら約三〇名とともに同署署長に抗議を行つた際、同署長から 、同署長から繰返し発せられた退去要求に応ずることなく警察官から警告されるまで退去しなかつたこと及び同年五月七日八尾税務署において全国税労組員ら約三〇名とともに同署署長に抗議を行つた際、同署長から繰返し発せられた退去要求に応ずることなく警察官から警告されるまで退去しなかつたこと、並びに同年五月一四日生野税務署において全国税労組員及び外部団体員約八〇名とともに約二時間にわたり同署階下事務室に居すわる等の業務阻害に参加し、他の者とともに同署所得税課長をつるし上げ、かつ同署長から繰返し発せられた退去要求に応ずることなく警察官の実力行使に至るまで退去しなかつたことなどにより同年六月一二日付懲戒処分として一ヵ月間俸給月額の一〇分の一を減給された。 (ハ)、昭和三五年六月四日東成税務署において、全国税労組東成分会員及び外部団体員ら三〇数名が玄関前及び東門前において午前八時一〇分ごろから同九時三〇分ごろまで入署阻止及び午前八時四五分ごろから同九時三〇分ごろまで玄関前で職場集会を行なつて同署の業務の運営を阻害した際、同人は集会において開会宣言する等積極的にこれに参加し、同署長から繰返し発せられた登庁命令に服することなく午前八時三〇分ごろから同九時三〇分ごろまで勤務しなかつたことなどにより、同年七月九日付懲戒処分として戒告に処された。 2、本件免職処分の理由となつた事実は以上のとおりであるが、前記(一)ないし(五)の事実のうち、原告が全く執務しなかつた事実は国公法一〇一条一項に、また職務命令違反の事実は同法九八条一項に、勤務時間内組合活動禁止違反の事実は、当時施行の人事院規則一四-一、三項にそれぞれ違反し、これらがいずれも同法八二条一号及び二号に該当することは明らかであるので、原告を懲戒処分に付すべきところ、原告の右各行為は、執務しようとする意欲を全く欠 行の人事院規則一四-一、三項にそれぞれ違反し、これらがいずれも同法八二条一号及び二号に該当することは明らかであるので、原告を懲戒処分に付すべきところ、原告の右各行為は、執務しようとする意欲を全く欠き、かつ上司の命令、否上司の存在すら頭から無視した態度に起因するというほかなく、単純な命令違反や職務懈怠と異なり、きわめて悪質かつ重大な違法行為であり、加うるに原告の過去の懲戒処分歴並びに平素の勤務状況が不良であつた事実からみて、その情がきわめて重いことは論を俟たない。このような原告に対して免職以外の懲戒処分を繰返しても、原告に自戒あるいは反省を望むことは到底不可能であり、また免職処分をもつて臨まなければ他の職員へ及ぼす影響もきわめて大きいものがあつて公務員秩序を維持することも困難となる。 したがつて、被告が前記処分理由により原告を懲戒処分に付するに当り懲戒免職処分を選択したのは相当であり、本件免職処分は合理的根拠を有する適法な処分というべきである。 (被告の主張に対する原告の答弁並びに反論)一、答弁1、主張1、(一)の事実中、C係長が原告に処分票の選別抽出を命じたこと、これに対し原告が反対の態度を示してこれに応じようとしなかつたことは認めるが、その余は争う。 2、同1、(二)の事実中、C係長が、その主張の日時ごろ、その主張のような発言をしたことは認めるが、その余は争う。 3、同1、(三)の事実中、原告が少くとも同日午前九時二〇分から同四〇分ごろまでの間ビラを作成したこと、原告が、勤務時間中、仕事の合間に明坂サドル製作所労働組合の闘争資金カンパ員と応接し、またK課長と話をしたこと及び食事時間帯の物品販売活動に従事したことは認めるが、その余は争う。 4、同1、(四)及び(五)の事実中、その主張のとおりビラの印刷及び配布をしたことは認めるが、その 接し、またK課長と話をしたこと及び食事時間帯の物品販売活動に従事したことは認めるが、その余は争う。 4、同1、(四)及び(五)の事実中、その主張のとおりビラの印刷及び配布をしたことは認めるが、その余は争う。 5、同1、(六)、(1)、(イ)の事実は争う。 6、同1、(六)、(1)、(ロ)の事実中、租税債権の消滅時効の事実は認めるが、その余は争う。 7、同1、(六)、(ハ)ないし(ホ)の事実は争う。 8、同1、(六)、(2)の事実は認める。 9、同2の事実は争う。 二、反論1、昭和三八年三月二三日の事実についてC係長が、処分票抽出の職務命令を出したのはこのときが最初で最後であつた。従来、天王寺税務署において仕事のやり方については係の打合せで指示が出され、係の者の意見を聞いて納得を得たうえでやつていくという慣行があつたので、原告は、被告主張のような意見を述べたのであつて、何ら責められるべきことではない。原告は、C係長の命令が厳しいものであつたので、納得しないまま同月二五日(月)午前九時一〇分に処分票の抽出をしている。 一方、原告と同僚のM納貯係は、同月二三日(土)及び同月二五日欠勤しており、また、同G納貯係も当初C係長の右命令に従わず、結局当日(二三日)一二時ごろになつて、ようやく処分票を提出したのである。右のように、同月二三日の勤務終了時刻に提出したG納貯係と同月二五日(月)の勤務時間開始直後に提出した原告とでは業務への支障の程度は変りなく、しかも提出した処分票は、そのまま直ちに活用されず、M納貯係の提出をまつて活用せられたと考えられるのである。 したがつて、原告に処分票の抽出に関し、職務規律違反があるとしても業務の運営への支障がみられず、その非違性はきわめて軽微である。 2、昭和三八年四月四日の事実について同日、原告が一日中全く仕事をしなか たがつて、原告に処分票の抽出に関し、職務規律違反があるとしても業務の運営への支障がみられず、その非違性はきわめて軽微である。 2、昭和三八年四月四日の事実について同日、原告が一日中全く仕事をしなかつたということはない。原告は、内部事務に従事していたのである。 ところで、C係長の出した出張命令は、前日の打合せに反するものであつた。すなわち、同月三日午前中、納貯係の四月分の事務打合せ会があり、四月分事務計画の日割として、月初めに(1)処分票の消込み(2)処分票の棚卸し(3)実績簿の締切り及び改帳を実施し、その他の事務として四月一杯納貯組合員の滞納の整理に専念する、という打合せが行われたのである。したがつて、その翌朝の出張命令は、自らが指示した内部事務の処理命令にも反するものであり、この時まで納貯係で具体的な出張命令が出されたこともなかつたので、原告は、右命令を職務命令と理解していなかつたのである。M、G両納貯係も、C係長に午前中は内部事務を処理して、午後から出張する旨返答し、C係長の了解を得ており、この限りにおいて、一応午前中の出張命令は撤回されたといえよう。同日午後、M、G両納貯係は出張したが、原告は内部事務に専念していたほか、午後四時ごろ、選挙の補充選挙人名簿の登録に区役所に行く用件があり、出張の段どりが悪かつたため、出張しなかつた。 また、当日、原告が、組合関係の謄写版原紙切りをしていたが、当日配布した旅費実績支給反対のビラは、出勤時に配布されているから、当日ビラ作成のために、右原紙切りをしていたことはありえない。 仮に、原告が、他に何らかの組合活動のための謄写版原紙切りをしていたとしても、仕事の合間をみての右原紙切りは、大目にみられていたのである。そして、同月四日付のビラは、旅費実績支給の当局方針を翌五日の幹部会で討議されることを 組合活動のための謄写版原紙切りをしていたとしても、仕事の合間をみての右原紙切りは、大目にみられていたのである。そして、同月四日付のビラは、旅費実績支給の当局方針を翌五日の幹部会で討議されることを報じ、明日の幹部会で、「課長、係長は、係の意見を聞いてきめよ、局のおしつけをやるな、と発言する」よう各課、各係で申し入れをしようと訴えた緊急性のあるビラであり、当時の職場における労使間の緊迫した状況を示している。加えて、当時、国税庁当局の不当労働行為が勤務時間中にも横行して、組合員の脱退が相次ぐ一方、職場の労働条件もいろいろ急激に変化していくという状況があつた。このような認識に立つていた原告にとつて、旅費実績支給という労働条件の切り下げ方針に効果的に反撃し、また、当局の不当労働行為に対応していくために、勤務時間中原紙切りをしていたことも理解できることである。現に天王寺税務署においても、署長以下全職制の脱退工作により同年四月には、同分会の組合員数は、七〇名から一挙に四五名に激減したものであり、原告には、このような当局側の不法行為に対抗し、組合活動を強化しようとする姿勢が窺えるので、原告のみ責めることはできない。 3、昭和三八年四月九日の事実について当時、組合のビラ作成は黙認されていたし、また、一一時五〇分ごろから通常食事に行くことが認められていたのである。当日、原告は、一一時から一一時三〇分までの間照合票の集計をやり、K課長の了解を得たうえで食事時間帯の物品販売に従事したのである。したがつて、原告には、職務規律違反、職務命令違反として明確な意識がなく、慣行的に日常やられていることを行つたにすぎない。 4、昭和四八年五月一三日及び一八日の事実について従来、勤務時間中における組合のビラの作成配布は、組合結成以来認められ、署の印刷機の使用についても同 慣行的に日常やられていることを行つたにすぎない。 4、昭和四八年五月一三日及び一八日の事実について従来、勤務時間中における組合のビラの作成配布は、組合結成以来認められ、署の印刷機の使用についても同様であつた。昭和三七年九月以前は、執行委員会の勤務時間中の開催が認められており、同月以降執行委員会の開催が認められなくなつてからも、朝のビラの配布は認められていたのである。けだし、他の職員が、配られたお茶を飲み、世間話をしている間になされていたからである。 5、被告は、本件免職処分の情状事実として、原告の平素の勤務成績の不良及び懲戒処分前歴の存在を挙げるる述べている。 ところで、被告が原告に対し本件免職処分に際して交付した処分説明書(以下、本件処分説明書という。)によれば、処分事実として(一)ないし(五)の処分事実がかなり具体的に指摘されている外に、その情状事実として、「原告が東成税務署在勤中違法な組合活動等を行つて再三にわたり懲戒処分に処せられたのみならず、平素から勤務時間中ひん繁にほしいままに職務を怠り、且つ上司の再三にわたる執務命令に従わなかつた」として、再三の懲戒処分、職務怠慢、職務命令違反の事実を掲げている。したがつて、本件処分理由書の記載からすれば、被告において主張する本件処分理由の基本的事実はあくまでも右理由書の(一)ないし(五)記載の事実であり、その情状事実は、右三点の事実であつて、本件免職処分については右基本的事実のみで、本件免職処分が基本的に妥当適法なものであることを根拠づけるものでなければならない。 仮に被告において情状事実を処分理由の一つとして掲げうるにしても、それはあくまでも処分の基礎となるべき処分事実を色付け化粧をほどこすが如き附随的第二次的性格を持つものでなければならないというべく、このようなことは情状そのものの性 由の一つとして掲げうるにしても、それはあくまでも処分の基礎となるべき処分事実を色付け化粧をほどこすが如き附随的第二次的性格を持つものでなければならないというべく、このようなことは情状そのものの性格上当然のこととして予定されているものである。ところが、本訴において被告によつて主張されるに至つた右情状事実たるや原告の過去数年にわたる行状に及び、その規模たるや質及び量において処分事実をはるかに凌駕するものであり、それはもはや前記情状のもつ基本的性格とは似ても似つかぬものとなつているのである。このような情状は、情状の範囲を逸脱したものというべく、もはや情状として主張すること自体許されないのである。のみならず、被告は、前記情状事実の外に、人事院の公平審理手続の中で租税債権の消滅時効を完成させた事実を情状として附加主張し、さらに本訴においては分担事務処理遂行状況不良及び意識的に職務怠慢を標榜した事実を併せ主張するに至つたが、これらの情状事実もその本質は前記情状と同一であり、このような情状事実を処分事実と同一性格のものとして主張したいのであれば、本件処分時において右情状事実を処分事実として本件処分説明書に明瞭に記載すベきであつたのである。しかるに、これらはいずれも本件処分説明書に記載されていないのであるから、本訴において情状として主張すること自体許されないのである。 仮に、その主張が許されるとしても、被告のいう原告の職務怠慢、職務命令違反の事実は、C係長ら原告の上司が、原告の組合活動を嫌悪するあまり、恣意にその勤務評定基準をとり、勤務の不良を事務日誌、幹部手帳に記載してことさらに職務怠慢職務命令違反の事実を主張するにすぎないのである。 また、租税債権の時効消滅についても、当時の納貯係の上司の消滅時効に対する態度も特段これを重視するものではなく、した 手帳に記載してことさらに職務怠慢職務命令違反の事実を主張するにすぎないのである。 また、租税債権の時効消滅についても、当時の納貯係の上司の消滅時効に対する態度も特段これを重視するものではなく、したがつて、管理者側に時効完成の早期発見システムがあるわけでなく、昭和三八年一月下旬に発見された時効消滅に対しても、単に「消滅決議」として形式的な指示があつただけである。 現に、そのころ時効消滅したことについて、原告は上司から何ら注意等を与えられていないし、また、同年三月ごろ完成した三件の時効についても、当時全く問題とされなかつたのであり、本件免職処分発令後になつて、初めてこれを問題とすることになつたのである。 次に、被告は、情状として、原告の三回にわたる懲戒処分前歴を主張しているが、この三回の処分と本件免職処分との間には、三年ないし五年という長い時間的経過の隔たりがあり、かつ、処分理由とされる事実とその質を異にしているなど特に取り上げて本件免職処分の情状とする合理性に乏しい。 6、ところで、被告が、本件免職処分の理由として上げている処分事実、情状事実の大部分は、いうまでもなく原告が勤務時間内において組合活動をしたということであつて、被告は、右時間内組合活動が許されざるものとの前提に立つている。そこで、この点についてみるに、時間内組合活動を考える場合、時間内組合活動の必要性と業務支障の有無、慣行の有無、緊急事態における組合活動の必要性等につき考察する必要がある。 まず、時間内組合活動の必要性として「組合側の維持運営上の必要性」が問題となるが、この点は原告が当時置かれていた天王寺分会書記長としての立場から疑問の余地なく肯定される。専従のいない職場で、日常の組合活動の責任者として、職場における組合員あるいは管理者側に有効な組合活動を展開するには時間内組合 時置かれていた天王寺分会書記長としての立場から疑問の余地なく肯定される。専従のいない職場で、日常の組合活動の責任者として、職場における組合員あるいは管理者側に有効な組合活動を展開するには時間内組合活動が不可欠である。執行委員会は、組合員の意見交換とその統一のために不可欠であるし、組合員らが職場にいる勤務時間内において最も有効になしうる。しかも、当局の全国税労組攻撃が激化し、当局のなり振構わぬ時間内組合脱退工作に何らかの対処をするには、時間内にこれを反撃する以外有効な対抗手段を考えることができない。当時の天王寺税務署における大量の組合脱退を前にして直ちに有効な対処をするべく努力を重ねていた原告を強く非難することはできない。 次に、時間内組合活動と業務の支障の有無との関係であるが、当時の実態としては、時間内組合活動は「お茶のみ時間」「雑談時間」の有効な活用であつた。職場において、職員全員が一生懸命働いているとき、一人堂々と原紙切り等の組合活動ができるものではない。仮に、原告がこのような時間内組合活動をしていたならば、それをなしうる「職場の条件」があつたからである。 また、業務の支障の有無として「職場の秩序の維持」の問題を考える必要がある。 職場の秩序維持の問題は、優れて人間関係の問題である。原告自身、今度のような「命令、命令」を体験したことがない。命令によつて何らの生き生きした職場秩序は生まれない。むしろ、C係長ら原告の上司のかたくなな命令行為こそが業務の支障に結びついているのである。 さらに、慣行の有無の問題であるが、本件の事態は慣行として存在していたものが、次第に当局によつて崩されていく過程の問題といえる。原告らのたたかいは、過程におけるそれに外ならない。 本件で問題となつている原告の行動は、緊急事態における行動である。組合の存続と維持に たものが、次第に当局によつて崩されていく過程の問題といえる。原告らのたたかいは、過程におけるそれに外ならない。 本件で問題となつている原告の行動は、緊急事態における行動である。組合の存続と維持に重大な関心と責任をもつ原告にとつて、平時業務の遂行と徹底した当局の組合破壊攻撃に対処していく、いわば「戦時行動」を同時遂行せざるをえないところに、原告にとつて異常なまでの厳しさがあつた。組合の防衛は、不当な攻撃に直ちに反撃する以外に有効な手段はないのである。 このような意味で、原告の行為は、何ら懲戒処分の対象になりえないのである。 第三、証拠関係(省略)○ 理由一、請求の原因第一項記載の事実及び原告が本件免職処分について、人事院に対し不利益処分審査請求をなしたが、昭和四一年八月五日原処分を承認する旨の判定がなされたことは、当事者間に争いがない。 二、以下、被告の原告に対する本件免職処分の適法性について判断する。 1、基本的処分事由の存否について(一)、昭和三八年三月二三日の事実について原本の存在並びに成立に争いのない(以下、他の書証についても単に成立に争いのないと略省する。)乙第一九号証の一ないし九(Cの証人尋問調書)、乙第二〇号証(Iの証人尋問調書)、乙第二四号証(Bの証人尋問調書)、証人Cの証言により成立の認められる乙第九号証の一、同Iの証言により成立の認められる乙第九号証の二、証人C及び同Iの各証言を総合すると、次の事実が認められる。 天王寺税務署にあつては、従前、納貯係の後記職務内容は、徴収課管理係の職務の一部として担当処理されていたが、昭和三六年七月ごろ、納貯係が右管理係から係として独立し、新たにC係長以下原告、M及びG各係員の合計四名の構成で発足したこと、納貯係の職務分掌は、主として納貯組合及び同組合員の指導育成、同組合の普及、同組 年七月ごろ、納貯係が右管理係から係として独立し、新たにC係長以下原告、M及びG各係員の合計四名の構成で発足したこと、納貯係の職務分掌は、主として納貯組合及び同組合員の指導育成、同組合の普及、同組合員の滞納整理並びに納税表彰事務であつたこと、国税庁当局の指示に基づき、昭和三六、三七年の両年にわたつて実施された納貯組合員の倍加運動の結果、同三八年三月ごろ天王寺税務署管内の同組合員数が増加し、これに比例して納貯係の担当する滞納件数も相当数増えたが、反面、同署徴収係(以下単に徴収係という)の滞納整理件数が減少し、両係の係員一人当りの滞納整理件数に相当の開きが出、納貯係が徴収係の約二倍近く担当するようになつたため、同年三月二三日午前九時三〇分ごろ、I課長は部下のC係長及びN徴収第一係長を自席に呼び、右事務量の不均衡を是正する方策を検討したこと、その結果、(イ)納貯係と徴収係の事務量を比較する種々の係数を集める、(ロ)その係数に基づいて再検討する、(ハ)とりあえず納貯係担当の滞納の中で、処理困難なもの、あるいは猶予等の繰返しで悪質なもの等は徴収係へ移管すべき旨を定めた大阪国税局通達(以下、移管通達という)とおりに移管するとすればそれに該当するものがどの程度あるか把握する、との三点を決定し、同日午前一〇時一五分ごろ右打合せを終えたこと、一方、原告は、同日午前九時ごろから自席で新聞を読んだり大声で隣席のG納貯係と野球のことや新聞紙上に掲載の記事等について話をしたりして執務していなかつたこと、このような原告ら納貯係員に対し、同日午前一〇時二〇分ごろ、C係長は、原告らの席の前に行き、「君らの分担している滞納のうちで処理困難なもの、あるいは猶予等の繰返しで悪質なもの等で徴収係へ移管を適当とするものをより出して僕の手元まで報告してほしい。」と移管通達に基づ 原告らの席の前に行き、「君らの分担している滞納のうちで処理困難なもの、あるいは猶予等の繰返しで悪質なもの等で徴収係へ移管を適当とするものをより出して僕の手元まで報告してほしい。」と移管通達に基づく処分票の選別抽出を命じたこと(この点、当事者間に争いがない)、しかるに、原告は、「そんなことやるんやつたら、まず徴収係のP3さんと話合いをして納得させてからでないとやつたらあきまへん。」と反ばくしたので、C係長は、「それは課長、係長で話合つてそのうえで我々の責任において実施することやから君らは処分票の抽出をやればいいんだ。 」と、原告の意見は取り上げ得るものではないことを説明して重ねて命じたこと、原告は、「Mさんが今日休んでいるのやし、月曜日に係で打合せをやつてからやつたらよろしいがな。」と反論し、右命令に従おうとしなかつたこと、C係長は、「M君には自分から伝える、君は言われたことをやればいいんだ。」と繰返し命じたが、「徴収係のP3職員の同意なしでそんなことをやつたら絶対あきまへん。」と答え、右命令に応じようとしなかつたこと、これに対し、C係長は、「それは課長、係長の話合いで決めることで、君らが口出しすることはいらへん。課長がやれと言えばやらなあかん、僕は君に処分票の抽出をせよと言つてるんやから、それをしなさい。」と、原告の意見が取り上げ得るものでないことを再び説明し、繰返し、処分票の抽出をするよう命じたこと、しかるに原告は、なおも、「命令でやらせる言うんでつか、そんなら命令を出してみなはれ、命令出したらよろしいがな。」と、あくまで不服従の態度を示したこと(原告がC係長の命令に従おうとしなかつたことは当事者間に争いがない。)、C係長は、「納貯係の分担滞納が非常に増えているので、その事務量軽減のための第一段階として前記移管通達で指示されてい したこと(原告がC係長の命令に従おうとしなかつたことは当事者間に争いがない。)、C係長は、「納貯係の分担滞納が非常に増えているので、その事務量軽減のための第一段階として前記移管通達で指示されている移管該当滞納の件数を把握したい」旨事情を説明し、重ねて処分票の抽出をするよう命じたが、原告はこれにも応ぜず、さらにその後も同一一時二〇分ごろまで自席で新聞を読んで全く執務をしなかつたこと、同一一時二〇分ごろから原告は執務したが、その内容は、右命令と異り処分票と計画整理実績簿の整理をやつたにすぎないこと、一方、G納貯係も、原告と同様C係長の右命令に服しなかつたが、同日午前一二時五分前ごろ、ようやく右命令に従つて処分票の抽出提出を行つたこと(原告は、同月二五日午前九時ごろ、再びC係長から前同様処分票の抽出提出を命ぜられたので、同九時一〇分ごろ、ようやく命令どおり処分票を抽出提出したこと)、以上の事実が認められ、右認定に反する、成立に争いのない乙第二八号証(原告本人の尋問調書)の供述記載部分並びに原告本人尋問の結果部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく信用できない。 もつとも、成立に争いのない甲第二二号証(原告の計画整理実績簿)によれば、昭和三八年三月二三日(土)の事務内容欄に「(1)〇・五」との記載があり、他方、前掲乙第二八号証及び原告本人尋問の結果によれば、もともと計画整理実績簿は、納貯係が納貯組合員の滞納処理状況について、毎日逐一記入し、上司に提出して決裁印を受け、もつて日々の処理状況を明確ならしめるために作成される帳簿であることが明らかであるから、これらを総合すると、原告は、昭和三八年三月二三日正常に土曜日の半日勤務についていたことを推測しえなくもないが、成立に争いのない甲第二四号証の一、二、甲第二九号証の三、五、一五、一八、二〇、二二及 これらを総合すると、原告は、昭和三八年三月二三日正常に土曜日の半日勤務についていたことを推測しえなくもないが、成立に争いのない甲第二四号証の一、二、甲第二九号証の三、五、一五、一八、二〇、二二及び二四、乙第二一号証(Fの証人尋問調書)、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二〇号証、証人C及び同Iの各証言を総合すると、原告は再三にわたりC係長及びF、I各課長から計画整理実績簿を日々整理記入し上司に提出するよう命ぜられたにもかかわらず、これを無視して、昭和三七年五月ごろから同年一二月までの間、ほとんど提出することなく、かつ、この間、同実績簿自体四半期ごとに改帳することを大阪国税局通達によつて義務付けられているにもかかわらずこれを行わず、同三八年一月以降においても、三日ないし一〇日分をまとめて記載し提出していたこと、ところで、昭和三八年五月上旬ごろ、大阪国税局管理課長の事務視察が行われることとなつたが、原告の右実績簿は、同三七年四月から同年一二月分まではほとんど記載がなく、また同三八年一月からの分についてはその記載が不備であつたため、C係長の指示に基づき、原告が右期間中職務の遂行に努めていたかのような外観を整えるために適当に記載し、上司の決裁印が押印されていない個所にはC係長印、F及びI各課長印を押印(F課長は、当時すでに淀川税務署へ配置換になつていたので、C係長が、同課長から円形印を借用して押印した)し、原告の計画整理実績簿が、局通達どおり日々記載のうえ上司に提出されていたかのように体裁を整えたこと、したがつて、原告の右実績簿は、後日、適当にその不備を補つたため、昭和三七年八月二〇日、実際には年次休暇をとつているのに、右実績簿には当日出勤して執務したように記載され、反対に同三八年四月四日には年次休暇をとつていないのに右実績簿には半日の年次 備を補つたため、昭和三七年八月二〇日、実際には年次休暇をとつているのに、右実績簿には当日出勤して執務したように記載され、反対に同三八年四月四日には年次休暇をとつていないのに右実績簿には半日の年次休暇をとつたように記載されていたり、また、同三七年五月二七日及び同年一一月五日の日曜日にまで上司の決裁印が押印されたり、さらに、同年六月一六日、同月一八日、同年七月三一日、同年九月三日、同月一一日、同年一一月五日等には、現実に租税債権につき処理がなされているのに、右実績簿にはその記載のないことが認められるところである。 右のように、原告の計画整理実績が後日適当に補充作成され、かつ、その記載内容も全く不正確きわまりないものであることが明らかであるから、右実績簿の昭和三八年三月二三日の事務内容欄に原告が平常どおり勤務したかのような記載がなされていても、右記載はたやすく信用できないところであり、右実績簿の存在も前認定の事実を左右するものではない。 ところで、前掲各証拠に原告本人尋問の結果を総合すると、昭和三八年三月当時、納貯係の実施担当の職務内容は、毎月立案作成される事務計画にのつとつて行われていたこと、右事務計画案は、係長が前月の末に翌月分を策定し、当月初めに係員全員に示し、係員の意見を徴して一応の案を作り、最終的には署長決裁を得て各人の分担事務を確定していたこと、右事務計画の具体的内容が確定されると、各係員はその方針に従つて自主的に事務処理を進めていくことになるが、係長ら職制は、部下職員の事務につき、事務計画の方針に副つた処理がなされるよう監督指導していくのを原則としているが、他に緊急あるいは必要な事務が発生した場合には、右計画案とかかわりなく、口頭あるいは文書で職務の執行を指示し、係員においてこれを処理してきたことが認められるところである。 も くのを原則としているが、他に緊急あるいは必要な事務が発生した場合には、右計画案とかかわりなく、口頭あるいは文書で職務の執行を指示し、係員においてこれを処理してきたことが認められるところである。 もとより、右事務計画案なるものが、法律上作成を義務づけられ法的拘束力を付与されたものでなく、事柄の性質上、単に税務処理をより円滑に能率的に行うための方法としてとられたにすぎないものであるから、他に緊急必要な事務あるいは事務処理上より効率をあげうると判断されたものについては、職制は、右計画案とは別個な事務を部下職員に命じうるのであり、右職務命令が適法である限り、その部下職員はこれを拒否しえないことはいうまでもないところである。したがつて、C係長の命じた処分票の抽出提出命令が、昭和三八年三月分の原告の事務計画案になかつたとしても、右処分票の抽出提出が、納貯係と徴収係の滞納処理件数の平均化を図る前提として必要であり、これによつて滞納整理並びに徴税事務の円滑化に役立つものであり、しかもその職務命令の決定も、単に納貯係長の一存でなく、徴収課長を初め同課の職制の合議によつてなされているのであるから、原告ら納貯係員は、他の係と相談すべきであるとか、緊急性がない等といつた理由でこれを拒否しえないといわなければならない。加えて、当日、納貯係員が欠席し、納貯係全体として、移管通達に基づき徴収係に移管すべき滞納件数の把握が後日になるとしても、このこと自体、原告が、当日における前記C係長の職務命令を拒否しうる正当な理由になりえないことはいうまでもない。 以上のとおり、原告が、午前九時ごろから同一一時二〇分ごろまで全く執務しなかつた事実は国公法一〇一条一項に違反し、また、この間、同一〇時二〇分ごろC係長から繰返し処分票の選別抽出を命ぜられたにもかかわらず、これに従わなかつ 前九時ごろから同一一時二〇分ごろまで全く執務しなかつた事実は国公法一〇一条一項に違反し、また、この間、同一〇時二〇分ごろC係長から繰返し処分票の選別抽出を命ぜられたにもかかわらず、これに従わなかつた事実は同法九八条一項に違反し、これらが、いずれも同法八二条一号及び二号に該当することは明らかである。 (二)、昭和三八年四月四日の事実について前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二四号証、証人Cの証言とこの証言により成立を認めうる乙第一〇号証によれば、次の事実が認められる。 昭和三八年四月四日午前九時ごろ、原告は、自席で労働関係書類綴を読んだり、何事か記入したり、あるいはわら半紙や大判大学ノートにメモしたりしていたこと、このような原告を含む納貯係全員に対し、C係長は、同一〇時ごろ、自席から、「みんな昨日の打合せで言つたとおり、時効関係の整理を至急やつてんか、時効を完成させるようなことがあつたら、我々の責任やから絶対そんなことのないようすぐ手を打つてほしい、約束どおり今日からすぐ出張して処理してんか」と指示したが、原告はこれに従わず、引き続き前記労働関係書類綴を読んだり、何事か記入したり、あるいはわら半紙や大判大学ノートにメモしたりして同一二時ごろまで全く執務しなかつたこと、一方、M、G両納貯係は、交々、「午前中は、内で整理する仕事がありまつさかいに昼から出まつさ」と答え、午前中は署内で執務し、午後に出張したこと、ところが、原告は、午後一時一五分ごろからも、自席で午前同様前記労組関係書類を読んで執務せず、同二時ごろには労組関係の謄写版原紙切りを始めたので、C係長は、自席から直ちに、「O君、業務外の仕事をせんと昨日の打合せどおり時効関係の出張をせんか」と、午前中同様再度出張するよう促したが、原告は、「今日は出張できまへんねや」と、不服従の態度を示 で、C係長は、自席から直ちに、「O君、業務外の仕事をせんと昨日の打合せどおり時効関係の出張をせんか」と、午前中同様再度出張するよう促したが、原告は、「今日は出張できまへんねや」と、不服従の態度を示したので、C係長が、重ねて、「出張できまへんのやでなく、出張せなあかんやないか」と、再度指示に従うよう命じたにもかかわらずこれを無視して従わず、前記謄写版原紙を同二時一五分ごろまで切り続け、さらにその後も同四時ごろまで自席で午前中と同様に前記労組関係書類綴を読んだり整理したり、大判大学ノートに記入したりして全く執務しなかつたこと、そして、同日午後四時ごろ、「これから選挙の補充選挙人名簿の登録に区役所に行かしてもらいまつさ」と、いつて退庁したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する前掲乙第二八号証の記載部分及び原告本人尋問の結果部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 もつとも、成立に争いのない甲第二一号証の一、二(C並びに原告の旅行命令等決議簿)、前掲乙第二八号証及び原告本人尋問の結果によれば、昭和三八年四月四日、C係長は、味原へ普及のため、また原告は上汐へ滞納処分のため、それぞれ日帰り出張をして、両名とも、当日天王寺税務署に不在であつたことを窺わせるが、前掲乙第一九号証の一ないし九、成立に争いのない乙第一六号証、乙第一七号証の二、乙第二三号証(Kの証人尋問調書)並びに証人Cの証言を総合すると、昭和三七年五月以降同三八年三月までの間、天王寺税務署における係員の出張旅費は、出張の実績とは関係なく、各人に同額を支給していたものであり、同じく係長以上の旅費も、同三七年五月以降同年一二月までは係員と同様で、同三八年一月以降同年三月までの間は一部実績を加味した平等配分方式をとつて支給していたこと、その に同額を支給していたものであり、同じく係長以上の旅費も、同三七年五月以降同年一二月までは係員と同様で、同三八年一月以降同年三月までの間は一部実績を加味した平等配分方式をとつて支給していたこと、そのため、右旅費支給に必要な旅行命令等決議簿には、係員及び係長以上の者の分についても、右のような旅費支給を行うため、当局から割当指示のあつた旅費金額に満つるまで出張を行つたよう適当に記載をなしていたこと、納貯係にあつても、右同様、C係長が、原告を含む係員について、月末もしくは翌月初めに一括して適当に出張の事実を右旅行命令等決議簿に記載していたこと、ところでこのような実績に基づかない旅費の支給については、B署長は実績による支給に改めるべく、昭和三八年四月以降全署的に完全に実施しようとし、同月以降、係長以上については、ほぼ実績を原則とし、これに一部平等配分を加味するようになつたが、係員については、天王寺分会の是正阻止行動に会つて実現せず、同月以降も従前どおりの支給かなされていたことが認められるところである。 右事実によれば、原告及びC係長の前記旅行命令等決議簿は、旅費支給金額に応じて適宜記載されたもので、原告及びC係長の出張の実態に即して記載されたものでないから、甲第二一号証の一、二も前記認定を動かすものではない。 また、前掲甲第二二号証(原告の計画整理実績簿)によれば、昭和三八年四月四日の事務内容欄に「(G)〇・五年休〇・五」との記載があり、当日原告が半日正常に勤務し、半日休暇により欠勤したかのように解されるが、前認定のとおり甲第二二号証の記載内容自体信ぴよう性が薄いのみならず、成立に争いのない甲第二四号証の二(原告の出勤簿)によれば、同日、原告が休暇をとつていないことが明らかであるので、これらを勘案すると、右計画整理実績簿の記載もたやすく信用でき う性が薄いのみならず、成立に争いのない甲第二四号証の二(原告の出勤簿)によれば、同日、原告が休暇をとつていないことが明らかであるので、これらを勘案すると、右計画整理実績簿の記載もたやすく信用できず、右記載の存在も前認定を左右するものではない。 ところで、原告は、C係長の出張の指示を職務命令として理解していなかつた旨、換言すれば、出張命令は存在しなかつた旨主張するが、前認定の事実によれば、C係長が、原告ら納貯係員に対してなした、出張して租税債権の滞納処理をするようにとの指示は、正式に「職務命令」であると明示されてなされたものでないとはいえ、その指示内容からして単なる事務処理上の示唆に止まらず、右滞納処理のための出張を命じた職務命令であると容易に解しうるのであつて、原告が(原告は、後記のとおり全国税労組の役員として一般の人以上の判断能力と指導力を有している)これを職務命令と理解しなかつたとは、到底解することはできない。 また、原告は、右職務命令は、同年四月分の事務計画方針に反する旨主張するが、その主張内容からしても、右計画方針には納貯組合員の滞納整理も含まれているところであるから、その手段方法として出張による滞納処理を命じることは、右事務計画方針に反するものではないし、仮に、右計画方針に、出張による滞納処分が含まれていないとしても、原告の上司であるC係長が、当然のことながら納貯係の本来の職務である滞納整理につき職務命令を出しうること、したがつて原告がこれを拒否しえないことは前認定のとおりであるから右主張も理由がない。のみならず、C係長が、M、G両納貯係の意見を容れ、両名の出張を午後からにしたからといつて、原告に対する前記出張命令中、午前中の命令を撤回したと解することもきわめて困難である。 次に、原告は、当時組合のビラ作成といつた組合活動は、 貯係の意見を容れ、両名の出張を午後からにしたからといつて、原告に対する前記出張命令中、午前中の命令を撤回したと解することもきわめて困難である。 次に、原告は、当時組合のビラ作成といつた組合活動は、勤務時間内といえども当局から許容されており、仮に、これが許されないとしても、当時、当局の不当労働行為が行われ、組合との関係が緊迫した状態にあり、このような状況のもとでは、勤務時間内の組合活動は許容さるべきである旨主張するが、後述のとおり、組合ビラの作成を含め勤務時間内の組合活動を当局が承認し、あるいは労働慣行上許容されていたとは認められないし、また、当然正当とされるものとも解されないから、右事実をもつて、C係長の職務命令を拒否しうる正当な理由となりえない。 以上のとおり、原告が、午前九時ごろから同一二時ごろまで及び午後一時一五分ごろから同四時ごろまで全く執務しなかつた事実は、国公法一〇一条一項に違反し、また、この間午前一〇時ごろ及び午後二時ごろ、C係長から繰返し滞納整理のため出張を命ぜられたにもかかわらずこれに従わなかつた事実は、同法九八条一項に違反し、これらがいずれも同法八二条一号及び二号に該当することは明らかである。 (三)、昭和三八年四月九日の事実について原告が、少くとも、昭和三八年四月九日午前九時二〇分ごろから同九時四〇分ごろまでの間、組合ビラを作成していたこと、同日、勤務時間中に、原告が仕事の合間に明坂サドル製作所労働組合の闘争資金カンパ員と応接し、またK課長と話をしたこと及び食事時間帯の物品販売活動に従事したことは当事者間に争いがない。 成立に争いのない甲第二四号証の二、乙第八号証の一、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二〇号証、乙第二三号証及び乙第二四号証、証人Cの証言により成立の認められる乙第一一号証の一、証人Iの証言により成立の に争いのない甲第二四号証の二、乙第八号証の一、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二〇号証、乙第二三号証及び乙第二四号証、証人Cの証言により成立の認められる乙第一一号証の一、証人Iの証言により成立の認められる乙第一一号証の二、証人C、同Iの各証言に、右争いのない事実を総合して考察すると、次の事実が認められる。 昭和三八年四月四日ごろ、納貯係では、同月一〇日までに納貯組合員の現況を報告するよう国税局から命ぜられていたので、これに対処するため、C係長は一人別照合カード約五、〇〇〇枚を作成するとともに、原告ら納貯係全員にこれに伴う作業手順等を指示説明し、同カードに納貯組合台帳に載つている組合員(約五、〇〇〇名)を記入し、これを管理係の索引簿と照合して国税有資格者を抜き出し集計するという作業を進めさせたのであるが、納貯係だけでは処理できる作業量でなく、かつ、原告が、同月五、六日の両日休暇をとつたので、徴収係から延約七人の応援まで求めて作業を進めたにもかかわらず、報告期限の前日である同月九日になつても集計事務が残つていたこと、同日、原告は、午前九時ごろから自席で労働関係書類綴を読んだり、わら半紙にメモしたりしていたが、同九時二〇分ごろから自席で「全国税天王寺分会速報(偽装閉鎖による全員解雇に反対して斗う明坂サドル製作所労組の行商カンパに御協力をと題するビラ)」の謄写版原紙を切り始めたので、同九時二五分ごろ、C係長が、自席から原告に対し、「O君、私用の仕事はやめなさい、今やつている仕事(一人別照合カードの集計事務)は急ぐ仕事だから、本来の仕事をやりなさい。」と命じたが、原告は、「やります。」と答えながらも、一向に原紙切りを中止しようとはしなかつたこと、そこで、C係長が重ねて、「O君、急ぐ仕事だからすぐやりなさい。」と命じたにもかかわらず、原告は依然 」と命じたが、原告は、「やります。」と答えながらも、一向に原紙切りを中止しようとはしなかつたこと、そこで、C係長が重ねて、「O君、急ぐ仕事だからすぐやりなさい。」と命じたにもかかわらず、原告は依然として原紙切りをしながら、「その方も急ぐか知らんが、こつちも急ぎまんねん、お客さんも来ることになつているし。」と返答し、同九時三〇分ごろまでこれを続けたこと、次いで、原告は、この原紙を使用して、同署一階事務室内に設置されている同署の謄写版で、青色、赤色、黄色の三種類の紙に印刷を始めたこと、これに対し、C係長が、自席から直ちに、「O君、何やつているんや。」とただしたところ、原告は、両手指先で約一〇センチ四方位の四角形を描いて、「これ刷つてまんね。」と返答したので、C係長が、「すぐやめて仕事をしなさい。」と重ねて命じたが、これに従わず、同九時四〇分ごろまで印刷を続行し、その後も引き続き同一一時ごろまで明坂サドル製作所労組の闘争資金カンパ員二名と談合したり、あるいは同業J事務官(当時天王寺分会副分会長)とともに、K課長に抗議に行つたり、自席で労組関係書類綴を読んだりメモしたりして、執務しなかつたこと、さらに、原告は、同一一時三〇分ごろからも、自席で前記労組関係書類を読んだり、メモしたりして執務をしなかつたが、同一一時五〇分ごろから自席で新聞二ページ大の模造紙に墨汁と筆を使用して掲示用ビラ(内容は縦書で、「西成区の明坂サドル製作所の争議で偽装閉鎖による全員解雇と闘つている同労組の資金カンパに応援してやつてほしい、チユーインガム二〇円、チヨコレート五〇円」という意味のもの)を作成し始めたこと、それに対し、I課長が自席から、「業務外のことは時間外にやりなさい、そんなビラ書きはO君やめなさい。」と命じたにもかかわらず、原告はこれを無視してビラの作成を続け う意味のもの)を作成し始めたこと、それに対し、I課長が自席から、「業務外のことは時間外にやりなさい、そんなビラ書きはO君やめなさい。」と命じたにもかかわらず、原告はこれを無視してビラの作成を続け、同一二時ごろ、出来上つたビラを持つて離席したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。 もつとも、前掲甲第二二号証、乙第二八号証、原告本人尋問の結果によれば、原告の計画整理実績簿の昭和三八年四月九日の事務内容欄に「(1)〇・五、年休〇・五」との記載があり、原告が同日、半日の正常勤務に服し、半日休暇をとつたことを窺わせるが、前説示のとおり、甲二二号証(原告の右実績簿)の記載自体信用性に乏しいもので、にわかに措信できないし、これと符合する原告本人の供述も、また、たやすく信用できないから右各証拠の存在も前記認定を動かすものではない。 ところで、原告は、勤務時間内の組合活動、ことに組合のビラ作成は、当局から承認され、あるいは労働慣行上認められたものであるし、また、それ自体許容さるべきものであるから、原告に服務規律違反、職務命令違反はない旨反論するが、後記認定のとおり、その主張にかかる勤務時間内の組合活動は許されるものではないから、右主張は理由がない。 以上のとおり、原告が、午前九時ごろから同一一時ごろまで執務しなかつた事実及び同一一時三〇分ごろから一二時ごろまで執務しなかつた事実は、国公法一〇一条一項に違反し、かつ、この間、同九時二〇分ごろから同九時四〇分ごろまで組合活動を行つた事実は、当時施行の人事院規則一四-一、三項に違反し、また、午前九時二五分ごろ及び同九時三〇分ごろC係長から繰返し一人別照合カードの集計事務を命ぜられたにもかかわらず、これに従わなかつた事実並びに同一一時五〇分ごろI課長から執務するよう命ぜられたにもかかわら 九時二五分ごろ及び同九時三〇分ごろC係長から繰返し一人別照合カードの集計事務を命ぜられたにもかかわらず、これに従わなかつた事実並びに同一一時五〇分ごろI課長から執務するよう命ぜられたにもかかわらず、これに従わなかつた事実が、国公法九八条一項に違反し、これがいずれも同法八二条一号、二号に該当することは明らかである。 (四)、昭和三八年五月一三日の事実について原告が、昭和三八年五月一三日午前九時ごろから同九時三〇分ごろまでの間、被告主張のとおりビラの印刷及び配布をしたことは当事者間に争いがない。 右争いのない事実に、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二〇号証、乙第二四号証、成立に争ない乙第八号証の二、証人Cの証言により成立の認められる乙第一二号証の一、証人Iの証言により成立の認められる乙第一二号証の二、証人C、同I及び同Bの各証言を総合すると、次の事実が認められる。 原告は、昭和三八年五月一三日午前九時五分ごろ出勤し、直ちに持参した青色の風呂敷包より、「全国税天王寺分会速報情宣部一七六三、五、一三(超勤旅費アンケートの集計と題するビラ)」の謄写版原紙を取り出し、前記謄写版を使用して印刷を始めたこと、これに対し、同九時一〇分ごろ、C係長が自席から、「O君、何刷つてんねん。」とただしたところ、原告は両手指先で約一〇センチ×二〇センチ位の四角形を描いて、「これ刷つてまんねん。」と返答したので、C係長が、「すぐやめなさい、勝手な仕事をせず、決められた仕事にかかりなさい。」と命じたにもかかわらず、原告は、「すぐ終ります。」と言いながら、印刷を中止しなかつたこと、そこで、C係長は、「朝、出勤時間に遅れて来て、しかも勝手なことをやるとはいかんやないか、すぐやめて席に戻りなさい、やることになつている仕事をやりなさい。」と重ねて命じたが、、原告は、「わかつ と、そこで、C係長は、「朝、出勤時間に遅れて来て、しかも勝手なことをやるとはいかんやないか、すぐやめて席に戻りなさい、やることになつている仕事をやりなさい。」と重ねて命じたが、、原告は、「わかつてますがな、やりますよ。」と答えながらこれに従おうとしないので、さらに、C係長が、「やめよと言つたらやめんか、直ちに席に帰り仕事をやれ、やめると言いながらやめてないじやないか。」と大声で繰返したが、原告は、「大きな声を出さんでもよろしいがな。」とこれを無視して従わなかつたこと、さらに、同九時一五分ごろ、分会執行委員Aがこの印刷に加わつたので、I課長が、直ちに原告の側に行き、両名に対し、「自席に帰り、仕事をしなさい。」と命じたが、「そんなにやかましく言いなさんな。」等と返答して、同課長から、「勤務時間中は職務に専念すべき義務があるんだ、組合関係の印刷をすることは義務違反になる、だから注意しているんだ。」と繰返し命ぜられても、原告は、「課長はそんなことを言うが、食事の時間にしろ、係長のところに私用のお客さんも来て話をしているではないか。それらも義務違反になりますかなあ。」等と言つてその命に従わず、同九時二五分ごろまで印刷を続行したこと、そして、原告は、刷り上げた右ビラを同九時三五分ごろまで同署一階事務室内間税課及び総務課職員に配布して執務しなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。 ところで、原告は、組合ビラの作成は、勤務時間内といえども当局から許容されていたし、また、組合活動としても当然許されるべきものであるから、右原告の組合ビラの作成及び配布行為は何ら違法はない旨主張するが、後記認定のとおり、右組合活動は許されるものではないから、右主張は理由がない。 以上のとおり、原告が、午前九時五分ごろから同九時三〇分ごろまで組合 ビラの作成及び配布行為は何ら違法はない旨主張するが、後記認定のとおり、右組合活動は許されるものではないから、右主張は理由がない。 以上のとおり、原告が、午前九時五分ごろから同九時三〇分ごろまで組合活動を行つて全く執務しなかつた事実は、国公法一〇一条一項及び当時施行の人事院規則一四-一、三項に違反し、かつ、この間、同九時一〇分ごろC係長から、同九時一五分ごろI課長から、繰返し執務するよう命ぜられたにもかかわらず、全くこれを無視して使わなかつた事実は国公法九八条一項に違反し、これがいずれも同法八二条一号及び二号に該当することは明らかである。 (五)、昭和三八年五月一八日の事実について原告が、昭和三八年五月一八日午前九時ごろから同九時三〇分ごろまでの間、被告主張のとおり組合ビラの印刷及び配布をしたことは当事者間に争いがない。 右争いのない事実に、前掲乙一九号証の一ないし九、乙第二〇号証、乙第二三号証、乙第二四号証、成立に争いのない乙第八号証の三、四、乙第二二号証(Lの証人尋問調書)、証人C、同I、同Bの各証言によれば、次の事実が認められる。 昭和三八年五月一八日、原告は、午前九時ごろから離席して、Aとともに謄写版を使用して、「全国税天王寺分会速報二四号情宜部一九六三、五、一八(今年の賃上げ斗争の第一歩今日の賃金要求アンケートを行いますと題するビラ)」の印刷を始めたこと、これに対し、C係長は、同九時五分ごろ、自席から「O君すぐ印刷をやめて仕事にかかりなさい。」と大声で命じたが、原告は、「わかつてます。」と言いながらも印刷を続けたこと、そこで、さらに同係長が、「聞えたらやめんか、すぐやめて仕事をしなさい。」と重ねて命じたにもかかわらず、原告はこれに従わず、Aとともに印刷を続行したこと、そのため、C係長は、K課長に右事実を報告するとともに、同課長か が、「聞えたらやめんか、すぐやめて仕事をしなさい。」と重ねて命じたにもかかわらず、原告はこれに従わず、Aとともに印刷を続行したこと、そのため、C係長は、K課長に右事実を報告するとともに、同課長からも原告らに注意するように求めたこと、そこで、同課長は、このような原告らに対し、同九時一〇分ごろL総務係長をして、「こういうことをしてもらつては困る。」と注意させたこと、しかし、原告は、「わかりました。」と言いながらもこれに従わず、なおも印刷を続けていたこと、このような経過から、I課長も、同九時一二分ごろ、原告らの側に行き、原告らに対し、「すぐやめて仕事を始めなさい。」と命じたが、原告らは、「一寸まつてくれ、そうやかましく言いなさんな。」等と反論し、同課長の、「だめです、すぐ仕事にかかりなさい。」との命令も無視し、結局、同九時二〇分ごろまで印刷を続けたこと、そして、原告は、引き続き右印刷したビラを、原告の机の上にあつた他のビラとともに同署一階事務室内徴収課及び間税課職員に配布して、同九時三五分ごろまで執務しなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。 ところで、原告は、前同様、組合ビラの作成は勤務時間内といえども当局から許容されていたし、また、組合活動として当然許されるべきものであるから、同月一八日のビラの作成及び配布は何ら違法でない旨主張するが、後記認定のとおり、右組合活動は許されるものではないから、右主張は理由がない。 以上のとおり、原告が、午前九時ごろから同九時二五分ごろまで組合活動を行つて全く執務しなかつた事実は、国公法一〇一条一項及び当時施行の人事院規則一四-一、三項に違反し、かつ、この間、同九時五分ごろC係長から、同九時一〇分ごろI課長から繰返し執務するよう命ぜられたにもかかわらず、全くこれを無視して従わ 法一〇一条一項及び当時施行の人事院規則一四-一、三項に違反し、かつ、この間、同九時五分ごろC係長から、同九時一〇分ごろI課長から繰返し執務するよう命ぜられたにもかかわらず、全くこれを無視して従わなかつた事実は、国公法九八条一項に違反し、これらがいずれも同法八二条一号及二号に該当することは明らかである。 2、情状事実について原告は、本件免職処分説明書に記載されている情状事実は、再三の懲戒処分、職務怠慢及び執務命令違反であるから、右説明書に記載のない事実は、情状事実といえども主張しえないのはもちろんのこと、情状事実は、基本的処分事実を附随的に色付けする程度の質、量に限定されるべきである旨主張するのでこの点について検討する。 およそ公務員に対する懲戒の本質は、公務員の勤務についての秩序を保持し、綱紀を粛正して、公務員としての義務を全うさせるために、職員に職務上の義務違反その他公務員としてふさわしくない非行に対し、いわゆる特別権力関係に基づく行政監督権を発動して職員に制裁を科するにある。そして、その職員の非違行為に対して、いかなる制裁を科するかは、右懲戒権の本質、目的に照らして妥当と考えられる量定がなされるのである。この場合、懲戒処分が、非違行為者の特定の非違行為を理由としてなされ、かつ、右非違行為の評価が客観的になされなければならないことはいうまでもないが、もともと懲戒処分を科する対象は、非違行為を行つた行為者であるから、非違行為を評価するに当つては、これを行為者と切り離して独立にそれだけの評価として行うべきではなく、非違行為者の当該行政組織体における全生活態度の中の一行為として評価せざるをえないのである。 このような意味からすると、懲戒権者が、当該職員を懲戒するに当つては、懲戒に該当する一定の具体的非違行為を確定したうえ(以下、このような ける全生活態度の中の一行為として評価せざるをえないのである。 このような意味からすると、懲戒権者が、当該職員を懲戒するに当つては、懲戒に該当する一定の具体的非違行為を確定したうえ(以下、このような事実を基本的処分事由という。)、さらに右行為に関連してその処分までに行為者に発生した一切の事情(以下、附加的処分事由という)を考慮して相当と認められる懲戒処分を科すべきこととなる。 反面、懲戒権の発動に当り、公務員の身分保障と懲戒処分の公正を図ることも公務員法上の秩序維持の面から要請されるところであつて、処分時に被処分者に全く知らされない事実で処分することは右要請に背馳して許されるものではなく、この要請に基づき、国公法八九条一項は、「・・・・・・懲戒処分を行わうとするときは、処分を行う者は、その職員に対し、その処分に際し、処分の理由を記載した説明書を交付しなければならない。」と規定し、いわゆる処分説明書の交付を義務づけ、もつて当該職員に処分事由を熱知させ、これに不服がある場合には、人事院に対する不服の申立(審査請求または異議の申立)等の機会(同法九〇条、九〇条の二)を与えているのである。このような立場からすると、処分説明書に記載を要する処分事由の範囲程度は、懲戒処分の基本的処分事由たる事実は、被処分者が如何なる事由で処分されたかを知り得る程度、換言すれば、事実関係の同一性を判別しうる程度において総て記載するを要し、基本的処分事由については、後日、右説明書に記載のない事実を処分の当否を争う争訟手続の過程で主張しえないというべきである。しかしながら、付加的処分事由、すなわち情状事実については、必ずしも総て記載を要するものでなく、後日における争訟手続の過程において、処分説明書に記載された事実について、より詳細に、かつ広範囲にわたつて具体的事実を摘示 的処分事由、すなわち情状事実については、必ずしも総て記載を要するものでなく、後日における争訟手続の過程において、処分説明書に記載された事実について、より詳細に、かつ広範囲にわたつて具体的事実を摘示して主張することが許されるのはもちろんのこと、処分説明書に記載のない事実も主張することが許されると解するのが相当である。 したがつて、情状事実に関する原告の右主張は、採用することができない。 進んで、被告主張の情状事実の存否について検討する。 (1)、原告が担当する滞納租税債権につき、昭和三七年五月以降同三八年三月までの間において、八件の租税債権が時効により消滅したこと、被告主張のとおり、原告が過去三回にわたり、懲戒処分を受けたことは当事者間に争いがない。 しかしながら、右租税債権の消滅については、当時天王寺税務署において、租税債権の消滅時効の完成といつたことは絶無ではなく、また管理体制としては、滞納処分上、厳格かつ有効な時効完成発見体制が整えられていたともいえない状況にあつたし、右八件の租税債権のうち昭和三八年一月下旬に発見された五件については、C係長は、原告に消滅決議の指示をし、原告もこれに従つて決裁に回したが、何ら注意その他の処分も受けていないこと、その後、同年三月までに完成した三件の消滅時効についても、C係長ら職制はもとより、原告自身もその時効完成に気付かず、本件免職処分後になつて調査した結果判明したものであることが原告本人尋問の結果により認められる。もとより、租税債権の消滅時効の完成が、税務事務処理上ありうべきものでないことは論をまたず、かような意味で租税債権の消滅時効を国税当局が重視することも当然といえようが、前記の天王寺税務署の職場の実情からすると、後日になつて、原告にのみその職務怠慢の責任を負わしめることは妥当性を欠くものである。 意味で租税債権の消滅時効を国税当局が重視することも当然といえようが、前記の天王寺税務署の職場の実情からすると、後日になつて、原告にのみその職務怠慢の責任を負わしめることは妥当性を欠くものである。したがつて、このような租税債権の消滅時効完成の事実は、本件免職処分の情状事実として考慮するに価しない。 (2)、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二〇号証、乙第二一号証、乙第二三号証、乙第二四号証、証人C、同I及び同Bの各証を総合すると、原告は、前認定の昭和三六年七月ごろ納貯係となつてから以降本件免職処分の事由(一)の行為のあつた同三八年三月までの間において、その勤務時間中、組合活動その他の用件で無断で離席することが多く、時には、それが長時間にわたることもあつて、この間執務を怠り、納貯係の事務処理においても、他の係員に比して著しく処理件数が少く、ために分担件数の平均化を図るべく件数の割替を実施しなければならないようにもなつたこと、また、原告は、前認定のとおり、職務上義務づけられている計画整理実績簿の日々記載を怠つていたこと、このように、原告の勤務状態は他の一般職員に比して不良であつたこと、そのため、C係長、I課長ら原告の上司が、勤務態度を改め、勤務時間中は職務に専念し、命じられた職務を行うよう注意を与え指導してきたにもかかわらず、原告は、「私は意識的に仕事をしていないのだ、一般の人が仕事するレベルがここにあるとすると、私と同じレベルまで仕事をすると全体のレベルはここになる、すると必ずこのレベルを上げろ、と言われる、だから一人だけでも一般の人のレベルより低いレベルで頑張ることによつて全体の仕事のレベルはこのへんまで下る、労働者は最低労力で最高賃金を獲得することにあるから、私はそういう意味で仕事をしていない」「私が仕事をやるということは、M、Gさ 低いレベルで頑張ることによつて全体の仕事のレベルはこのへんまで下る、労働者は最低労力で最高賃金を獲得することにあるから、私はそういう意味で仕事をしていない」「私が仕事をやるということは、M、Gさんの仕事が目立たなくなる、だから私は仕事をしない」「私は労働者で、労働を売つているのだから、労働を高く売るのが当り前である、労働を如何に高く売るかということについては、サボるだけサボらなければいけない、サボるだけサボれば、それだけ労働力を高く売ることになるのだ」などと上司の指導を素直に受容れる様子が見られなかつたことが認められ、右認定に反する乙第二八号証の記載部分、証人A(第一、二回)及び原告本人の各供述部分はたやすく信用できないし、また、原告本人尋問の結果成立の認められる甲第二五号証(滞納額増減情況)には、右認定に反する記載があるが、右は、原告が、原告の計画整理実績簿(甲第二二号証)の中から滞納処理件数を集約整理したものであるところ、前認定のとおり、甲第二二号証の記載自体信ぴよう性を欠くものであるから、これを前提とした甲第二五号証の記載もにわかに措信しえない。被告は、右期間内における原告の平素の勤務状況の不良事実として、百数十日に及ぶ職務懈怠及び数十回にわたる職務命令違反等を主張し、証人Cの証言により成立の認められる乙第二号証の一、乙第三号証の一、二(C作成の業務日誌)、乙第一四号証(同人の幹部手帳)には、右主張に副うような記載がなされている。そして、前掲Cの証言によると、右業務日誌及び幹部手帳等は、C係長が、職場内の事務処理等に関し、日々記載していたものであるが、右業務日誌の記載を詳細に検討してみると、原告に関する記事のうち、その記載上、明らかに後日記入したと窺われる個所が、例えば、昭和三七年五月二二日記載の「行方不明」、同月二三日記載の たものであるが、右業務日誌の記載を詳細に検討してみると、原告に関する記事のうち、その記載上、明らかに後日記入したと窺われる個所が、例えば、昭和三七年五月二二日記載の「行方不明」、同月二三日記載の「内〇・二不明」、同月二八日記載の「〇・二執委」、同二九日記載の「内〇・二組合」等を初めとして六十数個所に及び、また、C係長作成の右幹部手帳との記載を対比すると、例えば、同三八年一月一七日については、幹部手帳では全く記載がないのに、右業務日誌では原告は、一日中組合活動をしていたことになつている反面、成立に争いのない甲第二四号証の二によれば、原告は、当日、半日の年次休暇をとつていることが明らかである。このようにみてくると、前記業務日誌及び幹部手帳の記載は、全てにわたつて、正確に記載されているとは思われず、その信用性にも疑問があり、したがつて、これらをもつて、直ちに被告主張のような詳細な数字的回数の違反を伴う勤務成績の不良があつたとまで認めることは困難である。 もつとも、成立に争いのない甲第二三号証の一、二(原告の職員別給与簿)、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三七年及び同三八年ともに定期昇給しているし、また、同三七年五月以降三月までの間において、当局が原告に対し給与法上の給与の減額処理を行つたことも認められないので、原告の勤務成績は、不良ではなかつたとみられなくはない。 しかしながら、証人B及び同Iの各証言によれば、当時、天王寺税務署長は、前認定のような原告の勤務成績の不良を給与の減額処理などの方法で是正するのではなく、あくまでも日常の執務を通じて指導するよう努め、定期昇給についても、署長が昇給の内申をする時期になると、原告は自らの勤務態度を改めるかのような姿勢を示すので、署長も昇給させないようにとの上申をしなかつたものであること、その て指導するよう努め、定期昇給についても、署長が昇給の内申をする時期になると、原告は自らの勤務態度を改めるかのような姿勢を示すので、署長も昇給させないようにとの上申をしなかつたものであること、その結果、原告の昇給発令が行われたことが認められるところである。 したがつて、原告につき、給与の減額処理が行われていないとか、定期昇給もしているからといつて、原告の成績が不良でなかつたとするのは早計であり、右事実も前認定を左右するものではない。 3、原告は、被告が本件免職処分の理由としてあげている基本的処分事由、情状事実の大部分は、原告が時間内組合活動をしたことを理由とするものであるが、右時間内組合活動は、当局も承認してきた労働慣行に基づくものであり、かつ、その必要性緊急性からみても当然許容されるべきであると主張する。 本来、国家公務員については、当時施行の国公法九六条一項が、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」同法一〇一条一項が、「職員は人事院規則の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、政府のなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。職員は、人事院規則の定める場合を除いては、官職を兼ねてはならない。職員は、官職を兼ねる場合においても、それに対して給与を受けてはならない。」同条三項が「職員は、政府から給与を受けながら、職員団体のため、その事務を行ない、又は活動してはならない。但し、職員は、人事院によつて認められ又は人事院規則によつて定められた条件又は事情の下において、第九八条の規定により認められた行為をすることができる。」と規定し、勤務時間中の職務専念義務と組合活動禁止の原則を明定している。そ 認められ又は人事院規則によつて定められた条件又は事情の下において、第九八条の規定により認められた行為をすることができる。」と規定し、勤務時間中の職務専念義務と組合活動禁止の原則を明定している。そして、例外として、当時施行の人事院規則一四-一「職員団体に関する職員の行為」により、勤務時間中であつても勤務を要しない時間及びあらかじめ承認を得た休暇期間における組合活動と、勤務時間中の適法な当局との交渉を行う行為とが特に許容されているのである。このような法の建前からすると、国家公務員の勤務時間中の組合活動は、原則として禁止され、ただ団結権保障のため必要と認められる限度において例外的に許されているにすぎないのである。 しかして、右規定は、当事者の意思によつて内容を変更して適用されるべき性格のものではなく、当局の承認あるいは慣行があつたとしても、組合活動を禁止した右原則に対する例外と考えるべきものではない(もつとも、右の当局の承認あるいは慣行の存在も時間内組合活動の違法性自体を阻却するとまではいいえないにしても、当局が、当局の承認ないしは労働慣行に基づいて行われた勤務時間内組合活動の違法をとらえて懲戒処分の対象とし、懲戒権を発動することは信義則上許されない場合もあるといえよう。)。右規定を超えて、なお勤務時間内の組合活動が許容されるか否かは、憲法の団結権保障の趣旨と国の業務の正常な運営確保と公務員秩序維持の必要性との調和の立場から判断されるべきであつて、具体的には、その組合活動が組織の維持運営のため緊急かつ必要最少限度のものであり、かつ、実質上、国の事務の正常な遂行を阻害するに至らないものと認められる場合にのみ正当な組合活動として許されると解するのが相当である。 これを本件についてみるに、前認定の、基本的処分理由の対象とされた非違行為ないし情状 務の正常な遂行を阻害するに至らないものと認められる場合にのみ正当な組合活動として許されると解するのが相当である。 これを本件についてみるに、前認定の、基本的処分理由の対象とされた非違行為ないし情状事実として取りあげられた原告の勤務時間内組合活動が、組合の組織維持ないしはその活動上必要な行為であることは論をまたないが、後記のとおり、当時、全国税労組に対する組織介入の問題があり、また、天王寺税務署内において、職場内の労働条件につき当局と対立する問題を抱えていた時期であつたことを考慮してみても、前記原告のなした勤務時間内組合活動の内容が、勤務時間内にやらなければならない程緊急かつ最少限度必要な組合活動であつたとは、到底認められないし、その他本件全証拠を検討しても、右緊急かつ最少限度の必要性を認めることは困難である。 もつとも、原告が右勤務時間内組合活動を行つた当時、天王寺税務署においては、始業時間、昼食時間その他勤務時間内の私用の取扱の点で、多少厳格さを欠いていたことは、証人A(第一、二回)の証言並びに原告本人尋問の結果により認められるところであるが、また、当時の事情として、天王寺税務署の管理者が、職員の福利厚生のために設けられた施設を利用するに当り、できる限り多くの職員にこれを利用させようとの見地から、食事、散髪等の施設の利用が、若干勤務時間にわたつてもやむをえないと考え、これを黙認してきたことは、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二三号証、乙第二四号証に徴して明らかであるから、当時、勤務時間内における就業の態様に厳格さが欠けていたことをもつて、直ちに原告のなした前記勤務時間内組合活動の正当性を理由づけることには、にわかに左袒しえないところである。 次に、原告主張の労働慣行についてみるに、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二三号証、乙第二 ちに原告のなした前記勤務時間内組合活動の正当性を理由づけることには、にわかに左袒しえないところである。 次に、原告主張の労働慣行についてみるに、前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二三号証、乙第二四号証、乙第二八号証(一部)、証人B、同C、同P(一部)、同Q、同A(第一、二回)(一部)の各証言並びに原告本人尋問の結果(一部)によれば、天王寺税務署においては従前、分会の組合ビラの作成(署の謄写版を使用)、配布、短時間の執行委員会等は勤務時間内に行われており、当局側も勤務時間内の執行委員会開催については、これを聞知すれば一応注意を与えてきたが、実力その他の方法により強硬にこれを阻止するまでには至つていなかつたこと、しかし、昭和三四、五年ごろから、勤務時間内組合活動に対する当局の禁止態度が表面化し、同三七年ごろには、勤務時間内組合活動を禁止するよう強く指示を繰返すようになつたこと、そのため、分会でも、同年九月ごろ勤務時間内執行委員会開催を中止したが、ビラの作成、配布等については、当局側の注意を無視して続けていたこと、当局側も、勤務時間内のビラの作成、配布といつた行為については、右のとおり一応の注意を与えていたが、これを実力で阻止したり、本件免職処分まで懲戒処分の対象とすることはなかつたことが認められる。 右事実からすると、勤務時間内組合活動のうち、執行委員会の開催は、当局から厳重に禁止され組合もこれに従つたものの、ビラの作成、配布については、当局が、従前これを黙認もしくはその禁止を指示しても、その態度がゆるやかであつて、必ずしも積極的にこれを禁止しようとする意図があつたかどうか疑わしいことは窺えても、それを越えて、当局が承認した労働慣行が存在したとまでいうことはきわめて困難である。 右にみてきたところによれば、前認定の原告のなした勤務時間内組 うとする意図があつたかどうか疑わしいことは窺えても、それを越えて、当局が承認した労働慣行が存在したとまでいうことはきわめて困難である。 右にみてきたところによれば、前認定の原告のなした勤務時間内組合活動が労働慣行に基づくものであり、かつ、緊急性必要性からみて当然許容されるべきものであるとの原告の主張は理由がない。 4、以上のとおり、本件免職処分には、処分理由不存在の違法はないといわねばならない。 三、原告は、被告が本件免職処分をなした真意は、原告が、所属する全国税労組の幹部の地位にあり、かつ活発な活動家であつて、それ故に原告に対し不利益取扱をし、ひいて全国税労組の団結権を破壊し、活動全体を抑圧することをねらつてなされたものである旨主張するのでこの点について判断する。成立に争いのない甲第三号証、甲第八号証の一、二、甲第二八号証、証人Pの証言により成立の認められる甲第二号証、甲第四号証、甲第五号証、甲第七号証、甲第九号証、甲第一〇ないし第一二号証、証人Rの証言により成立の認められる甲第一三号証、甲第一六号証、甲第一七号証、原告本人尋問の結果成立の認められる甲第三〇号証の一ないし三、証人P、同S、同T、同R、同U、同V、同W、同X、同A(第一、二回)、同Y、同Z、同P1及び同P2の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると次の事実(一部争いのない事実を含む)が認められる。 (1)、昭和三七年五月ごろ、関東信越国税局管内で、同局、管下各税務署の係長、課長等が中心になつて全国税労組に対する組織介入が行われたのを始めとして、以後、順次全国各地の国税局管内に波及していつたこと、右組織介入は、職制らが、全国税労組に加入している場合は自ら同労組を脱退するのはもちろんのこと、部下職員に対しても、「配転なり将来の保障をしかねる」「残つていたら今までいわなか 波及していつたこと、右組織介入は、職制らが、全国税労組に加入している場合は自ら同労組を脱退するのはもちろんのこと、部下職員に対しても、「配転なり将来の保障をしかねる」「残つていたら今までいわなかつたこともいわないかんようになる、やかましくいわんならん」「縁談にもさしつかえるだろう」「組合をやつておつたら得はしない、仕事を人並にやつておつても年一回の定期昇給すらストツプされる、それでいいか」「上から言われてわしの立場がつらいんだ」等と全国税労組からの脱退を呼びかけ、第二組合結成の動きをしめしたこと、そのため、全国税労組から一日に一職場で数十名の大量脱退も出るなどしたこと、大阪国税局管内においても、昭和三八年四月ごろから、右同様の手段で、職制らによる全国税労組からの脱退勧誘が行われ、管内の各分会で大量の脱退者が出たこと、その結果、全国税労組の全組織人数は、昭和三七年初めに約一万九、五〇〇名であつたのが、同年八月約一万二、〇〇〇名、同三八年初約八、〇〇〇名、同年末約五、八〇〇名に、同労組近畿地方連合会の組織人数は、昭和三七年末に約四、七〇〇名であつたのが、同三八年六月に約二、〇〇〇名、同年末約一、一〇〇名に、さらにその傘下の同天王寺分会、西成分会、堺分会のそれも、同三八年初ごろそれぞれ七五名、一一二名、九一名であつたのが、同年末にはそれぞれ九名、二九名、三〇名に、各激減したこと、このような職制による全国税労組員に対する脱退勧誘運動が、同労組に対する当局からの組織介入であるとして昭和三七年の国会(参議院社会労働委員会)でも取り上げられ、ために、国税庁長官は、昭和三七年一一月六日付官総一-二八〇をもつて、「一、国家公務員には、労働組合法七条に相当する不当労働行為禁止規定はないが、国家公務員法九八条二項により職員団体の結成が認められている趣旨に 長官は、昭和三七年一一月六日付官総一-二八〇をもつて、「一、国家公務員には、労働組合法七条に相当する不当労働行為禁止規定はないが、国家公務員法九八条二項により職員団体の結成が認められている趣旨にかんがみ、管理者が職員団体の適法な活動に不当に介入することは条理上不穏当であること、二、管理者が、税務行政の遂行上または職場秩序を維持するため職員団体の違法または不当な活動に関してこれを批判し、または所要の措置を講ずることはその職責上当然であること」とする通達を発し、職制の組織介入に警鐘を与えたこと、(2)、一方、原告は、昭和三〇年八月当時、生野税務署に勤務していたが、そのころ、生野税務署職員労働組合が結成されるや、当初からこれに加入し、活発な組合活動を始めたこと、そして、同年一〇月から同組合執行委員に選出され、組合の中心的活動家として活動を始めたが、同年一二月に単一体組織の大阪国税職員労働組合が結成され、生野税務署職員組合がその支部となつてからも、原告は、支部執行委員及び第一地区協議会執行委員として活動してきたこと、それ以降原告は、本件免職処分時まで次のような組合役員に就任したこと、(イ) 昭和三一年八月から同三二年七月までの間大阪国税職員労働組合生野支部書記長同労組第一地区協議会執行委員(ロ) 昭和三二年八月から同三三年一二月までの間同労組東成支部書記長同労組第一地区協議会執行委員(ハ) 昭和三三年一二月から同三五年七月までの間全国各地の国税職員労働組合が、全国税労組に単一化されたことにともない、全国税労組東大阪支部東成分会書記長同労組同支部執行委員(ニ) 昭和三五年八月から同三六年七月までの間同労組天王寺分会執行委員同労組東大阪支部執行委員(ホ) 昭和三六年八月から同三七年七月までの間同労組東大阪支部書記長(ヘ) 昭和 同支部執行委員(ニ) 昭和三五年八月から同三六年七月までの間同労組天王寺分会執行委員同労組東大阪支部執行委員(ホ) 昭和三六年八月から同三七年七月までの間同労組東大阪支部書記長(ヘ) 昭和三七年八月から同三八年八月までの間同労組天王寺分会書記長このように、原告は、同労組の中心的立場にあつて組合を指導してきたが、天王寺分会においても、同分会の中心となつて活動していたこと、そして、(イ)昭和三七年七月の定期異動の際、天王寺税務署H総務係が、兵庫県加古川市方面に転勤を命ぜられたが、同人の住所が奈良県にあつて、新勤務地には二、三時間の通勤時間を要し、通勤が不可能であること、そこで同分会ではこれを不当配転であるとして署長交渉をし、H総務係についてはできる限り早急に通勤可能な地域に転勤させること並びにこれまで転勤は一方的発令が多く、一旦発令されるとこれを撤回しない状況にあつたので、同署においては将来不当配転の場合は辞令を押しつけないという約束をさせたこと、(ロ)、同年七月から八月にかけて、当局は徴収係と納貯係の出張予定簿の記載について従来の記載方式を改め、詳細な記入をするよう変更通知してきたが、天王寺分会では、原告らがこれに反対し、結局、国税局の指示よりは相当簡単な記載内容でよいとの約束をとりつけたこと、(ハ)、ところで、同年七月ごろ、当時、国税局側は、職員のこれまでの給与の損失是正は全て終了したとの立場に立つていたのであるが、原告らを中心とした天王寺分会ではB署長に具体的事例を示して給与の損失是正が終了していないことを説明して交渉した結果、同署長に職員一人ひとりについて事情を聴取し調査する旨を約束させ、現実に、署側より一部その調査が行われたこと、(ニ)、さらに、前認定のとおり、天王寺税務署における旅費の配分は、従来均等配分を原則として 署長に職員一人ひとりについて事情を聴取し調査する旨を約束させ、現実に、署側より一部その調査が行われたこと、(ニ)、さらに、前認定のとおり、天王寺税務署における旅費の配分は、従来均等配分を原則としていたが、昭和三八年一月、その年度の旅費の増配がなされ、職制は平均約金八、〇〇〇円、一般係職員は平均約八〇〇円といつた差別配分がなされようとしたことに天王寺分会が反対し、原告が中心になつて、全職員均等配分を要求して当局と交渉し、結局、同分会の要求どおりの配分がなされたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する前掲乙第一九号証の一ないし九、乙第二〇号証、乙第二一号証、乙第二三号証、乙第二四号証の各記載部分、証人C、同I及び同Bの各証言部分はたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右事実を総合すると、原告が、組合の中心的活動家であり、当局に対し、諸要求を掲げて活発な組合運動を展開していたことが明らかであり、したがつて、この意味で、当局側が好ましい人物と考えていなかつたことは優に推知しうるところであるが、このことから直ちに、原告を職場から排除するなど不利益に取扱うとする意図があつたとすることは、いささか早計にすぎようし、また、原告の上司であるC係長らが、前掲業務日誌、幹部手帳等に原告の日常行動、勤務状況等を記載していたことは前認定のとおりであるが、これは、一面では、原告の日常行動を監視していたと解しうる余地もあろうが、反面、その記載は、原告のみならず、他の職員の行動にも触れ、当時の職制が部下の勤務状況、態度を把握するために記載したものともいえるので、右事実をもつて、当局が、原告を落し入れるために職制をしてその行動を監視せしめたと即断することは困難なことであろう。 もつとも、右に指摘したような事実に、本件免職処分の発令された時期 ともいえるので、右事実をもつて、当局が、原告を落し入れるために職制をしてその行動を監視せしめたと即断することは困難なことであろう。 もつとも、右に指摘したような事実に、本件免職処分の発令された時期が、前認定のとおり、国税の職場において、職制を中心とした者が、積極的に全国税労組への組織介入をし、その切り崩しを図り、実際にもその効を奏しつつある時間であり、このような時期に、被告が、組合活動家である原告を違法な組合活動をも理由の一にあげて本件免職処分を発令したことは、被告に原告の組合活動を理由とする不利益取扱いの意思の存在を疑わしめる素地は残るであろう。 しかしながら、本件免職処分は従前から当局が承認していた行為ないしは労働慣行として認められていた行為を理由とするものではなく、また原告において基本的処分事由とされた職務専念義務違反、職務命令違反行為のあつたことは前認定のとおりであるし、その非違行為の態様をみると、原告の行為は、組合業務を優先させるあまり、なすべき職務を遂行しようとする意欲を欠き、かつ、上司の存在やその命令を無視しようとした態度に基因するものというほかなく、このような原告に対し、右非違行為の中止を求めて、上司から再三にわたる注意警告がなされたが、その効を奏さなかつたことが認められるところである。 加えて、原告は前認定のように過去三回にわたつて減給、戒告等の懲戒処分を受けているのであり、右各懲戒処分理由とされた事実は、本件免職処分理由の事実とその性格が若干異るとはいえ、いずれも上司ないし上級者の指示あるいは命令に反抗したことに基因した非違行為であり、右三回の懲戒処分のうち最後の処分を受けた時(昭和三五年七月九日)より一年を経過するかしないかの昭和三六年七月ごろからは、原告の勤務態度は不良であり上司の指導にも反抗する態度があつたこと 行為であり、右三回の懲戒処分のうち最後の処分を受けた時(昭和三五年七月九日)より一年を経過するかしないかの昭和三六年七月ごろからは、原告の勤務態度は不良であり上司の指導にも反抗する態度があつたことは前認定のとおりであり、そして本件の基本的処分事由とされた各非違行為に及んだというのであるから、、このような原告に対しては、もはや免職処分以外の処分をもつてその勤務態度を改めさせるようなことは困難であると被告が判断したことは、容易に首肯しうるところであるし、また公務員の綱紀の粛正と職場秩序維持を図る意味からしても、このような非違行為者を排除すべき理由と必要性は十分に存するものといわねばならない。 以上のような点からして、本件免職処分につき被告に原告の組合活動を理由とする不利益取扱いの意思の存在等を疑わしめる素地を否定しえないとはいえ、結局は、本件免職処分はもつぱら公務員法上の秩序維持のためになされた止むを得ない処分であつたと言うべきであつて、原告が主張するような労働組合活動を理由とする不利益取扱、労働者の団結権侵害の事実を肯認するに至らない。この点に関する原告の主張は採用することはできない。 四、原告は、本件免職処分は公平公正の原則に反するものであり、またその裁量権の範囲を超えて濫用に当る場合であると主張する。 しかしながら、本件免職処分は、原告が主張するようにごく短時間の勤務時間中の組合活動のみを理由とするものでなく、また従来の慣行や実情に反したものとはいえず、原告の職務専念義務違反、職務命令違反等の事実その他の情状からして止むを得なかつたものと言うべきであることは、上来説示したところであり、後記のD徴収官に関する事実を考慮しても、本件免職処分が公平公正の原則に反するとは認められず、むしろ妥当なものであつたと断ぜざるをえない。 また、原告は、 べきであることは、上来説示したところであり、後記のD徴収官に関する事実を考慮しても、本件免職処分が公平公正の原則に反するとは認められず、むしろ妥当なものであつたと断ぜざるをえない。 また、原告は、本件免職処分が徴戒権の濫用に当ると主張し、その事例として、D徴収官の勤務時間内活動とその処分をあげているが、仮にその事例が主張のとおりであるとして、原告の非違行為とこれを比較すると、原告の各非違行為における勤務時間内組合活動時間はいずれもD徴収官の八時間には及ばないことは明らかであるが、その回数、行為者の態度をみると、同徴収官のそれは一回で、かつその行為の途中で警告を与えられたこともないのに反し、原告のそれは数回にわたつて行われ、再三の警告にもかかわらずこれを無視して非違行為を継続しており、このような非違行為の態様を比較すれば、原告のそれは、D徴収官のそれと質的に相違し、きわめて悪質なものといつても過言でなく、これに前認定の職務命令違反等の非違事実を加えると、D徴収官が原告より上席でありながらその処分が訓告処分であつたとしても、それとの比較において原告の本件免職処分が妥当性を欠く不相当なものということはできない。 そして、そのほか前認定の本件免職処分理由とされた非違行為の態様、違反の程度等諸般の事情を考慮しても、本件免職処分が、裁量権の範囲を超え、あるいはその濫用にあたるとは到底認め難く、他に原告の右主張を認めるに足る的確な証拠もない。 したがつて、原告の右主張は採用できない。 五、上来説示してきたとおり、被告が原告に対してなした本件免職処分は適法であつて、これに原告主張の違法は認められないからその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官石井 つて、これに原告主張の違法は認められないからその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官石井玄田畑豊窪田正彦)

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