平成17(行ウ)286等 教科書採択差止請求事件(第一事件),教科書採択差止請求事件(第二事件)

裁判年月日・裁判所
平成17年7月25日 東京地方裁判所 その他
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判決文本文12,644 文字)

主文 一本件訴えをいずれも却下する。 二訴訟費用は第一事件原告ら及び第二事件原告らの負担とする。 事実及び理由 第一請求の趣旨及び請求の原因本件訴えの請求の趣旨及び請求の原因は、別紙1(第一事件の訴状の写し)、別紙2(第一事件原告らの平成17年7月19日付け準備書面(1)の写し)及び別紙3(第二事件の訴状の写し)のとおりである。 第二当裁判所の判断一本件は、東京都杉並区の住民である第一事件原告ら及び第二事件原告ら(以下、併せて「原告ら」という。)が、株式会社扶桑社発行に係る「中学社会改訂版新しい歴史教科書」(代表執筆者藤岡信勝)及び「中学社会改訂版新しい公民教科書」(代表執筆者八木秀次)(以下、両者を合わせて「本件各教科書」という。)は、その内容が憲法や教育基本法に違反しており、杉並区立中学校で使用する教科用図書として採択されるべきでないにもかかわらず、杉並区教育委員会において採択されようとしているなどと主張して、同教育委員会が本件各教科書を杉並区立中学校で使用する教科用図書として採択してはならないとの裁判を求める行政訴訟である。 二職権により、本件訴えの適否について検討する。 1(一) 第一事件原告らは、平成17年7月1日、杉並区教育委員会において、同年8月3日に本件各教科書が採択されることが予定されているので、行政事件訴訟法37条の4に基づきその差止めを求める訴えを提起すると主張して、当庁に第一事件の訴状(以下「本件第一訴状」という。)を提出した。したがって、差止めの対象行為までの期間が短いので、この訴訟は迅速な審理が望まれるところ、本件第一訴状は、被告が誤っていて、そのまま送達すると、第一事件原告らに不利益である上、その中心的主張は、第 したがって、差止めの対象行為までの期間が短いので、この訴訟は迅速な審理が望まれるところ、本件第一訴状は、被告が誤っていて、そのまま送達すると、第一事件原告らに不利益である上、その中心的主張は、第一事件原告らが杉並区民であって、本件各教科書の採択によって杉並区民の基本的人権・法的権利が侵害されるというものであり、いわゆる客観訴訟である疑いが強かった。そこで、当裁判所は、第一事件原告らに対し、被告の補正を命ずるとともに、訴えの適否についての主張の補充を促す同年7月6日付けの補正命令を発した。同補正命令は、同日、第一事件原告ら訴訟代理人事務所にファクシミリ送信され、同月11日に第一事件原告ら訴訟代理人に正式に送達された。 (二) これに対し、第一事件原告らは、平成17年7月19日、同日付け準備書面(1)(以下「本件準備書面」という。)を提出したが、本件準備書面は、被告を「杉並区」と補正するとともに、「原告適格」の表題の下、第一事件原告らはいずれも杉並区民であり、本件各教科書の採択がされた場合、杉並区民の思想・良心の自由、信教の自由が侵害され、また、第一事件原告らのうち1名は、中学校2年生の子供の保護者であり、3名は来年度に中学生となる子供の保護者であって、本件各教科書の採択は、保護者の子供を教育する権利を侵害するので、いずれも原告適格がある旨記載しており、さらに、「法律上の争訟性」という表題の下、上記「原告適格」の項と同様の権利、利益の侵害がある旨の主張がされている。 (三) さらに、第二事件原告らは、平成17年7月22日、同日付け訴状(以下「本件第二訴状」という。)を当庁に提出した。本件第二訴状は、その請求の趣旨及び請求原因が本件第一訴状及び本件準備書面を合わせたものと同旨であり、第一事件との弁論の併合申立書が添付 日付け訴状(以下「本件第二訴状」という。)を当庁に提出した。本件第二訴状は、その請求の趣旨及び請求原因が本件第一訴状及び本件準備書面を合わせたものと同旨であり、第一事件との弁論の併合申立書が添付されていた。なお、本件第二訴状には、第二事件原告らのうち1名は、中学校1年生の保護者であり、3名は、来年度又はさ来年度に中学生となる子供の保護者である旨記載されている。 (四) 当裁判所は、平成17年7月22日、第一事件に第二事件の弁論を併合した。 (五) また、本件第一訴状及び本件第二訴状は、本件各教科書の内容が憲法前文、9条、13条、99条、教育基本法前文、1条、8条2項に違反するとした上、本件各教科書の採択が、(1)前記のとおり杉並区民の基本的人権を侵害するとした上、(2)中学生の思想・良心の自由や信教の自由、教育を受ける権利を侵害し、(3)中学生の保護者の教育権を侵害し、(4)中学社会科教師の学問の自由、思想・良心の自由や、教育基本法10条、学校教育法28条6項の保障する教師の職務権限を侵害し、(5)在日韓国・朝鮮人及び中国人に耐え難い精神的苦痛を与えるものである旨の主張を掲げている。さらに、本件第一訴状及び本件第二訴状は、本件各教科書の採択による、回復困難な重大な損害として、中学生の思想・良心の自由、信教の自由及び教育を受ける権利の侵害と重大な政治的影響を挙げるほか、このような教科書の使用は、反憲法教育の宣言であって、韓国及び中国との外交関係を修復不可能なまでに悪化させるものであり、侵略戦争を起こす引き金となり、杉並区民のみならず、国民全体の平和的生存権を侵害することも十分予想されるなどと主張している。 2 以上を前提として、本件訴えが裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たるか否かを検討する。 民のみならず、国民全体の平和的生存権を侵害することも十分予想されるなどと主張している。 2 以上を前提として、本件訴えが裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たるか否かを検討する。 裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」として、裁判所の審判の対象となるのは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に限られるというべきである(最高裁平成2年(行ツ)第192号同3年4月19日第二小法廷判決・民集45巻4号518頁参照)。 本件訴えは、本件第一訴状及び本件第二訴状掲記の条文によれば、行政事件訴訟法上の抗告訴訟の一種である差止めの訴え(同法3条7項、37条の4参照)であるということになる。しかし、本件第一訴状及び前記補正命令に応じて提出された本件準備書面並びに本件第二訴状の内容に照らせば、本件訴えは、杉並区民であると主張する原告らが、原告ら個々人の権利、利益ではなく、杉並区民ないし杉並区の中学生一般、あるいは社会科教師、さらには国民全体等の権利、利益の侵害を避けるということを標榜する訴訟であり、本件各教科書の採択を批判、非難して、本件各教科書の採択を差し止めようとしているものであることが明らかである。 そうすると、本件訴えは、抗告訴訟であると主張されているものの、その実体は、杉並区民の資格によって、広く杉並区の公教育において使用される可能性のある教科書の内容を問議し、本件各教科書の採択を阻止しようとするものであって、原告ら個々人の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であるということはできない。これを言い換えれば、本件訴えは、裁判の形式を借りて、住民が一般的な教育行政に直接に介入しようとするものであって、裁判所に行政権の行使を求めるものに等しく、司法権の範囲 であるということはできない。これを言い換えれば、本件訴えは、裁判の形式を借りて、住民が一般的な教育行政に直接に介入しようとするものであって、裁判所に行政権の行使を求めるものに等しく、司法権の範囲外のものというべきであり、本来は、政治的な運動ないし意見の表明として行われるべきものといわざるを得ない。 以上によると、本件訴えは、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たらず、むしろ、客観訴訟の一種である「民衆訴訟」に当たるというべきである。民衆訴訟は、法律の定める場合において、法律の定める者に限り、提起することができる(行政事件訴訟法42条)ものであるところ、本件訴訟について、そのような法令の規定は存在しないから、本件訴えは不適法であることが明らかである。 3(一) 次に、念のため、原告ら主張のとおり本件訴えを抗告訴訟の一種である差止めの訴えと解した場合の原告適格の有無についても検討することとする。 差止めの訴えの原告適格については、行政事件訴訟法37条の4第3項が規定しているところ、同項にいう行政庁が一定の処分をしてはならない旨を命ずることを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の差止めの訴えにおける原告適格を有すると解するのが相当である(最高裁昭和57年(行ツ)第46号 保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の差止めの訴えにおける原告適格を有すると解するのが相当である(最高裁昭和57年(行ツ)第46号平成元年2月17日第二小法廷判決・民集43巻2号56頁、最高裁平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁、最高裁平成6年(行ツ)第189号同9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号250頁、最高裁平成8年(行ツ)第76号同11年11月25日第一小法廷判決・裁判集民事195号387頁参照)。 さらに、行政事件訴訟法37条の4第4項で準用する同法9条2項は、「裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。」と定め、処分等の相手方以外の第三者の原告適格を基礎づける「法律上の利益」の有無を判断する際の考慮事項を規定している。 そこで、個々の事件において、原告適格の有無を検討するに当たっては、行政事件訴訟法9条2項に掲げられた各事項をも参酌、勘案して、原告らの法律上保護された利益の存否を判断すべきことになる。 こで、個々の事件において、原告適格の有無を検討するに当たっては、行政事件訴訟法9条2項に掲げられた各事項をも参酌、勘案して、原告らの法律上保護された利益の存否を判断すべきことになる。 (二) 上記の観点から、本件各教科書の採択の差止めを求める訴えについて、杉並区の住民が原告適格を有するかを検討するに、まず、憲法上の保護を見てみると、子供は憲法26条1項の定める教育を受ける権利の主体者として、公正適切な教育を受ける基本的人権を有している者である。そして、大学教育の場合には、学生が一応教育内容を批判する能力を備えているものであって、その教育内容等について意見を表明したり、一定の利害を有する事態も考えられる。しかし、少なくとも、中学校における教育については、①生徒にこのような能力はなく、②また、子供の側に学校や教師を選択する余地が乏しい上、③教育の機会均等を図る上からも、全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があるということができる。他方、一般に社会公共的な問題について国民全体の意見を集約し、財政的手当てを行って、これを実現していくべき立場にある国は、国政の一部として、適切な教育政策を立てて、これを実現すべきであるから、教育の概括的水準やその基本的内容について、必要かつ相当と認められる範囲において、決定する権能を有するものと解すべきである。もちろん、国法上の意思決定は、政治的要因によって左右されるものであるから、文化的営みとしての性質を有し、批判能力が乏しいからこそ一方に偏しない公正な教育が望まれる中学校の教育に、党派的な政治的思惑や政治的利害が入り込むべきでないことはいうまでもないところであり、子供が独立の人格として成長することを妨げるような教育に対する国家的介入が憲法上許されないことは明らかであるが、このような点が、前述の 治的利害が入り込むべきでないことはいうまでもないところであり、子供が独立の人格として成長することを妨げるような教育に対する国家的介入が憲法上許されないことは明らかであるが、このような点が、前述のような、子供の教育内容に対する国の適切な決定権能を否定する理由となるものではない。そうすると、中学生には教育を受ける権利が、その親には教育を受けさせる義務があるけれども、基本的にいかなる内容の教育を受けるか、あるいは受けさせるかという点についてまで、教育権、ないし思想・良心の自由、信教の自由等として、住民ないし国民一般、あるいは中学生又は中学生の子供の親等に憲法上の保障が及んでいると解することはできないというべきである。 (三) 次に、本件に関係する可能性のある法律、命令、規則等による保護を検討すると、教科用図書の発行、採択、給付、使用等については、以下のように法令において定められている。 (1) 学校教育法は、中学校においては、文部科学大臣の検定を経た教科用図書又は文部科学省が著作の名義を有する教科用図書を使用しなければならず(同法40条、21条1項)、上記の教科用図書以外の図書その他の教材で、有益適切なものは、これを使用することができると定めている(同法40条、21条2項)。そして、この教科用図書の検定に関し必要な事項については、教科用図書検定規則(平成元年文部省令第20号)が定めているが、同規則2条は、「教科用図書」とは、小学校、中学校、中等教育学校、高等学校並びに盲学校、聾学校及び養護学校の小学部、中学部及び高等部の児童又は生徒が用いるため、教科用として編修された図書をいうとしている。また、教科用図書の検定の基準は、文部科学大臣が別に公示する教科用図書検定基準の定めるところによるとされていて(同規則3条)、 児童又は生徒が用いるため、教科用として編修された図書をいうとしている。また、教科用図書の検定の基準は、文部科学大臣が別に公示する教科用図書検定基準の定めるところによるとされていて(同規則3条)、同規則4条以下に、検定の申請、審査、不合格理由の事前通知と反論の聴取、意見の申立て等検定手続の詳細が定められている。そして、上記の教科用図書検定基準である義務教育諸学校教科用図書検定基準(平成11年文部省告示第15号)は、教科用図書の検定においては、その教科用図書が、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、教授の用に供せられる児童又は生徒用図書であることにかんがみ、教育基本法に定める教育の目的、方針など並びに学校教育法に定めるその学校の目的及び教育の目標に基づき、第2章及び第3章に掲げる各項目に照らし適切であるかどうかを審査するものとするとしており(同告示第1章)、各教科共通の条件として、①中学校学習指導要領(平成10年文部省告示第176号)に示す教科及び学年、分野又は言語の「目標」に従い、学習指導要領に示す学年、分野又は言語の「内容」及び「内容の取扱い」に示す事項を不足なく取り上げていること、②本文、問題、説明文、注、資料、作品、挿絵、写真、図など教科用図書の内容には、学習指導要領に示す目標、学習指導要領に示す内容及び学習指導要領に示す内容の取扱いに照らして、不必要なものは取り上げていないこと、③図書の内容は、その学年の児童又は生徒の心身の発達段階に適応しており、その能力からみて程度が高過ぎるところ又は低過ぎるところはないことなどを掲げている(同告示第2章1(1)から(3)まで)。 (2) 文部科学大臣の検定を経た教科用図書について、実際に無償給付を受けて使用する教科書を選択することを採択といい、これは、 などを掲げている(同告示第2章1(1)から(3)まで)。 (2) 文部科学大臣の検定を経た教科用図書について、実際に無償給付を受けて使用する教科書を選択することを採択といい、これは、公立中学校については所管の教育委員会が行う(地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条6号)。 (3) 教科書の発行に関する臨時措置法(昭和23年法律第132号)1条は、同法の目的につき、教科書の需要供給の調整を図り、発行を迅速確実にし、適正な価格を維持して、学校教育の目的達成を容易ならしめることにあると定めている。同法2条1項は、この法律において、「教科書」とは、小学校、中学校(…(中略)…)において、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、教授の用に供せられる児童又は生徒用図書であって、文部科学大臣の検定を経たもの又は文部科学省が著作の名義を有するものをいうと定めている。そして、文部科学大臣は、教科書の目録を作成して、都道府県の教育委員会に送付し、同教育委員会は、この目録を当該都道府県の区域内にある中学校等に配布することとしている(同法6条1項、2項)。その上で、市町村の教育委員会(…(中略)…)及び私立学校の長は、採択した教科書の需要数を都道府県の教育委員会に報告しなければならず、同教育委員会は、都道府県内の教科書の需要数を文部科学大臣に報告しなければならないとされている(同法7条1項、2項)。この需要数を基にして、教科書の発行の指示、教科書の供給等が行われるわけである(同法8条から16条までのほか、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(昭和38年法律第182号))。 (4) 義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律1条は、この法律の目的につき、教科用図書の無 教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(昭和38年法律第182号))。 (4) 義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律1条は、この法律の目的につき、教科用図書の無償給付その他義務教育諸学校の教科用図書を無償とする措置について必要な事項を定めるとともに、当該措置の円滑な実施に資するため、義務教育諸学校の教科用図書の採択及び発行の制度を整備し、もって義務教育の充実を図ることを目的とすると定めている。同法3条は、国は、毎年度、義務教育諸学校の児童及び生徒が各学年の課程において使用する教科用図書で(…(中略)…)採択されたものを購入し、義務教育諸学校の設置者に無償で給付するものとすると定めている。そして、同法10条から13条までによると、上記採択は、市町村又は特別区の教育委員会が、都道府県教育委員会の指導・助言・援助を受けて、必ず、文部科学大臣の検定を経た教科用図書の中から、都道府県教育委員会の設定した採択地区ごとに、行わなければならず、この場合において、採択地区が2以上の市町村又は特別区の区域を合わせた地域であるときは、当該採択地区内の市町村又は特別区の教育委員会は、協議して種目ごとに同一の教科用図書を採択しなければならないとされている。また、この採択に当たっては、都道府県の教育委員会は、教科用図書の採択の適正な実施を図るため、義務教育諸学校において使用する教科用図書の研究に関し、計画し、及び実施し、かつ、前記の市町村の教育委員会に指導、助言又は援助を行うためには、あらかじめ教科用図書選定審議会の意見をきかなければならないとされている(同法11条)。 (四) 以上の関係法令の定めからすると、中学校の教科書は、国が作成し又は命令の上作成させた特定の一種類の教科書を使用するというものではなく、多様 ならないとされている(同法11条)。 (四) 以上の関係法令の定めからすると、中学校の教科書は、国が作成し又は命令の上作成させた特定の一種類の教科書を使用するというものではなく、多様な著作者及び発行者が各々中学校の生徒用の教科書を作成、発行することができ、ただし、これを実際に中学校で教科書として使用してもらうためには、教科書用図書検定基準の定めに従った文部科学大臣の検定を受けなければならず、中学校においては、教科用図書として、この検定を経た図書を使用しなければならない(学校教育法40条、21条1項)という法的仕組みとなっているということができる。 そして、本件訴えで問題となっている採択制度とは、この検定を経て一定の水準を確保された教科書の中から、さらに、市町村又は特別区の教育委員会や私立学校等が、所管する中学校において実際に使用する教科書を選択して、公的費用による給付を求めることができることとした制度であるということができる。その結果、文部科学大臣の検定を経た教科用図書のうちから、市町村又は特別区の教育委員会や私立学校等が採択をした教科書が、実際に購入され、当該教育委員会や私立学校等の所管する中学校において使用されることとなるわけである。 なお、文部科学大臣は、前記義務教育諸学校教科用図書検定基準に従い、中学校学習指導要領の内容等を勘案して検定を行うものであり、これを適切に行うべき義務を負っているものであるが、これらの基準ないし要領をどのように定めるか、いかなる内容の検定をすべきかといった事柄について、中学生やその親ないし保護者の具体的権利、利益を保護していることをうかがわせる規定は存在しない。 また、市町村又は特別区の教育委員会が行う教科用図書の採択は、都道府県の教育委員会の指導、助言 ないし保護者の具体的権利、利益を保護していることをうかがわせる規定は存在しない。 また、市町村又は特別区の教育委員会が行う教科用図書の採択は、都道府県の教育委員会の指導、助言、援助により適正に行われるべきであり、市町村又は特別区の教育委員会は適正な採択をすべき義務を負っているというべきであることはもちろんであるが、これは、当該採択地区の住民ないし国民全体に対して負担する一般的、抽象的義務であって、個々の生徒又はその親ないし保護者に対し、一定の教科用図書が採択されるべき権利、利益を付与していることをうかがわせる法令の規定は見当たらない。 (五)(1) 以上を前提に、公立中学校の教科書の採択の差止めを求める訴えにおける住民の原告適格について検討すると、教科書の採択に関して、当該採択地区の個々の住民の権利、利益を保護する趣旨旨を含む法令の規定は見当たらない。 また、実際に購入の上、所管する公立中学校において使用される教科書は、採択制度により、市町村又は特別区の教育委員会が適正に選択することとなっているが、この教科書の選択が適正にされるべきであるということは、既に判示したところからすると、公益であって、その選択によって個々の住民自身の権利、利益に変動があると解することはできない。 そうすると、杉並区の住民である原告らが、本件各教科書の採択によって、具体的権利又は法律上保護された利益を侵害され、又はそのおそれがあるということにはならないというべきである。 (2) これに対し、原告らは、本件各教科書の採択により、住民の思想・良心の自由及び信教の自由が侵害されると主張するけれども、前述したところからすれば、住民ないし国民一般が、一定の教育内容を一定地区の子供 これに対し、原告らは、本件各教科書の採択により、住民の思想・良心の自由及び信教の自由が侵害されると主張するけれども、前述したところからすれば、住民ないし国民一般が、一定の教育内容を一定地区の子供に受けさせる、ないしは受けることを求める法的権利、利益があるとは到底認められないから、検定を経た特定の教科書が採択されることにより、原告らの思想・良心の自由や信教の自由が侵害されると解する余地はない(このような権利、利益を認めるのであれば、どの歴史教科書、公民教科書を採択しても、これに反対する一定の者の思想・良心の自由等を侵害することになってしまう。)。また、杉並区内の中学生が特定の教科書に基づいて教育を受けたからといって、中学生ではない杉並区内の住民である原告らの思想・良心の自由及び信教の自由が制約を受けることは、そもそもあり得ないというべきである。 よって、原告らの主張は、いずれにせよ失当である。 (3) したがって、原告らが、杉並区の住民であるという理由で、本件各教科書の採択の差止めを求めるについて法律上の利益を有しているものということはできない。 (六)(1) 次に、原告らは、原告らのうち2名は、中学生の子供の保護者であり、6名は、来年度又はさ来年度に中学校に進学する子供を持つ保護者であると主張する。 しかし、既に検討したとおり、教科書の採択につき、当該採択地区の個々の保護者の権利、利益を保護する法令の規定は見当たらない。教科書の適正な選択が保護者のためのものではなく、公益であることも、住民について検討した場合と同じである。 そうすると、仮に、現在杉並区内の公立中学校に通学する中学生の子供を持つ保護者であっても、本件各教科書の採択によって、具 であることも、住民について検討した場合と同じである。 そうすると、仮に、現在杉並区内の公立中学校に通学する中学生の子供を持つ保護者であっても、本件各教科書の採択によって、具体的権利又は法律上保護された利益を侵害され、又はそのおそれがあるということにはならないというべきである。このことは、将来、杉並区内の公立中学校に進学するかもしれない子供の保護者であると主張する者については、なおさらである。 (2) これに対して、原告らは、中学生の子供を持つ保護者については、本件各教科書の採択により、民法820条による親権者の教育する権利を侵害されることになる旨主張する。 確かに、親は、子供の教育に対する一定の支配権、すなわち子女の教育の自由を有すると認められるけれども、このような親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由に現れるものであり、一定の範囲にとどまるものと考えられる。そして、前示のとおり、公教育の内容については、必要かつ相当な範囲において、国において決定する権能を有するものと解すべきである(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。 もとより、子供の親ないし保護者として、子供の公的教育につき、一定の意見、希望を持ち、あるいはその教育内容について批判的見解を有する事態があることは十分理解し得るところであり、また、教育行政も行政の一環として、住民ないし国民一般の意見や要望に配慮して、できる限り、それらを取り込みながら計画、実施されるべきことはいうまでもないところである。しかし、これらのことは、配慮が望まれることであり、あるいは保護者の教育運動ないし地域の政治運動として、教育内容に 限り、それらを取り込みながら計画、実施されるべきことはいうまでもないところである。しかし、これらのことは、配慮が望まれることであり、あるいは保護者の教育運動ないし地域の政治運動として、教育内容について議論がされ、批判されることがあるというにすぎず、このことによって、個々の親ないし保護者が、一定の教育内容をその子供に受けさせる法的権利、利益を付与されていると解することはできない。 以上によれば、子供の教育に対する親の一定の支配権は、中学校で使用される子供の教科書の選択についてまでは及ばないというべきである。これを認めることは、むしろ、個々の親ないし保護者が中学校において一定の教育内容を子供に強制する権限や、教科書の内容を検閲したり、個人ごとに異なる教科書の使用を求めたりする権能を認めることになり、到底容認することはできない。したがって、中学校の教科書の採択により、中学生の親ないし保護者の法的権利、利益が侵害されることはないというべきである。 この点についての原告らの主張は、採用することができない。 (3) さらに、原告らは、本件各教科書の採択により、杉並区内に住む保護者は、その思想・良心、教育上の信条を曲げない限り、高い学費を負担することを覚悟して子供を私立中学校に通わせるか、杉並区外に転居することを余儀なくされるとも主張する。 しかし、子供が特定の教科書に基づいて教育を受けたからといって、保護者の思想・良心の自由が制約を受けることになるとは到底いえないことは、既に判示したところから明らかである。また、原告らの主張するような子供が私立学校に通うことになることや杉並区外に転居することになるというのは、いずれも本件各教科書の採択により生ずることではなく、むし に判示したところから明らかである。また、原告らの主張するような子供が私立学校に通うことになることや杉並区外に転居することになるというのは、いずれも本件各教科書の採択により生ずることではなく、むしろ、それぞれの親及び子供が、その意見、信条や希望等に従って選択した結果にすぎないというべきであるから、原告らの主張は失当である。 (4) したがって、原告らの中に、もし、来年度に杉並区立中学校に進学する中学生の子供を持つ保護者がいたとしても、この者らが、本件各教科書の採択の差止めを求めるについて法律上の利益を有しているものということはできない。 (七) そうすると、原告らについては、いずれも原告適格を有しないことが明らかである。 三以上によれば、本件訴えは、本件各教科書の採択の処分性の有無や、本件各教科書の採択により重大な損害を生ずるおそれの有無等その余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法なものであって、その不備を補正することができないことが明らかであるから、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法140条により、これらを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第38部裁判長裁判官菅野博之裁判官市原義孝裁判官小田靖子

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