令和5特(わ)1278 不正競争防止法違反

裁判年月日・裁判所
令和7年2月25日 東京地方裁判所
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判決文本文28,120 文字)

令和7年2月25日東京地方裁判所刑事第8部宣告令和5年特(わ)第1278号不正競争防止法違反被告事件 主文 被告人を懲役2年6月及び罰金200万円に処する。 未決勾留日数中150日をその懲役刑に算入する。 その罰金を完納することができないときは、1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 この裁判が確定した日から4年間その懲役刑の執行を猶予する。 訴訟費用中、各証人に関する分は被告人の負担とする。 理由 【罪となるべき事実】被告人は、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という。)の上級主任研究員として勤務し、同研究所の材料・化学領域触媒化学融合研究センター革新的酸化チームにおいて、低環境負荷型フッ素材料の開発等に関する研究に従事し、同研究所からその営業秘密を示されていたものであるが、不正の利益を得る目 的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、平成30年4月13日午後4時28分頃、茨城県つくば市東1丁目1番地1同研究所つくばセンターつくば中央第五事業所つくば中央5-1D棟において、同研究所の営業秘密であるへプタフルオロイソブチロニトリル(化学式「C4F7N」。以下「C4」という。)の合成技術情報(以下「本件ノウハウ」という。)が記載されたファイルデータを、被告人が使用す るメールアドレス(以下「本件アドレス」という。)からB有限公司(以下「B社」という。)のCが使用するメールアドレスに電子メールに添付して送信し(以下、本件ノウハウに係るファイルデータが添付されたメールを「本件メール」という。)、もって営業秘密を開示したものである。 【争点に対する判断】 第1 本件の争点等 1 本件の概要本件は、産総研で ァイルデータが添付されたメールを「本件メール」という。)、もって営業秘密を開示したものである。 【争点に対する判断】 第1 本件の争点等 1 本件の概要本件は、産総研で上級主任研究員として勤務していた被告人が、産総研の研究成果であるC4の合成技術情報である本件ノウハウが記録されたファイルデータ(以下、単に「ファイル」という。)を、中華人民共和国(以下、単に「中国」という。)所在のB社の従業員宛てにメールに添付して送付し、産総研の営業秘密を開示した として不正競争防止法違反に問われた事案である。 2 本件の争点弁護人は、①そもそも本件メールの送信者は被告人ではない、②本件ノウハウに関する研究はB社が中国の研究施設で行っていたものであるから、本件ノウハウは産総研に帰属する研究成果物ではない、③本件ノウハウが産総研に帰属するとして も、営業秘密としての非公知性に欠ける上、秘密として管理されていることを客観的に認識することが可能な形で管理されていないから営業秘密に該当しない、などと主張するとともに、④仮に、本件ノウハウが産総研の営業秘密であったとしても、被告人はそのことを知らなかった、⑤被告人が本件ノウハウを産総研の営業秘密と知って開示したとしても不正の利益を得る目的がなかった、として、不正競争防止 法違反の罪について無罪であると主張する。 そこで、以下、裁判所が判示の事実を認定した理由について補足して説明する。 第2 証拠上容易に認定できる前提事実 1 C4及び本件ノウハウの内容の概略C4は、主に絶縁ガスとして使用されるフッ素化合物であり、同じく絶縁ガスと して使用される六フッ化硫黄(以下「SF6」という。)に比べて地球温暖化への影響が少ない物質としてその活用が期待されている物 、主に絶縁ガスとして使用されるフッ素化合物であり、同じく絶縁ガスと して使用される六フッ化硫黄(以下「SF6」という。)に比べて地球温暖化への影響が少ない物質としてその活用が期待されている物質であった。 本件ノウハウはC4の合成における合成工程と効率的な反応条件等に関するものであり、以下の内容を含んでいた。 ⑴ 工程 ①ヘキサフルオロプロペン(以下「プロペン」という。)とフッ化カルボニルを、 それぞれ気体の状態でパイプの中を流通させることで連続的に反応させ(気体の状態で物質を反応させる手法のことを「気相法」という。)、へプタフルオロイソブチリルフルオリド(以下「フルオリド」という。)を生成する(以下「第1工程」という。)。②①で生成されたフルオリドをアンモニアと第1工程同様、気相法により反応させ、へプタフルオロイソブチルアミド(以下「アミド」という。)を生成する(以 下「第2工程」という。)。③②で生成したアミドと五酸化二リンを高圧釜と呼ばれる攪拌装置で反応させ、C4を生成する(以下「第3工程」)。また、本件ノウハウは、各工程を装置で繋ぎ、第1工程から第3工程までを連続的に実施する手法(「連続工程」ともいう。)についても検討し、その実現可能性を示唆している。 ⑵ 効率的な反応条件 本件ノウハウは、第1工程及び第2工程の各工程について、反応温度、原料の比率、接触時間等を変えて合成実験を行い、各実験で得られた生成物の割合等についてガスクロマトグラフ分析装置(以下「GC」という。)等の分析機器により調査し、その結果を表(本件ノウハウに記載されている表1から3までは第1工程に関するもの、表4から6までは第2工程に関するもの)に記載して比較し、目的生成物を 最も効率的に生成できる反応条件を明らかにし の結果を表(本件ノウハウに記載されている表1から3までは第1工程に関するもの、表4から6までは第2工程に関するもの)に記載して比較し、目的生成物を 最も効率的に生成できる反応条件を明らかにしている。 2 被告人及び本件関係者、関係法人の概略、身上、関係性及び研究内容等⑴ 産総研について産総研は、国立研究開発法人産業技術総合研究所法(以下「産総研法」という。)等に基づいて、「鉱工業の科学技術に関する研究及び開発等の業務を総合的に行う ことにより、産業技術の向上及びその成果の普及を図り、もって経済及び産業の発展…に資することを目的」(産総研法3条)として設立された国立研究開発法人(産総研法4条、独立行政法人通則法2条3項)であって、その職員等は職務上知ることのできた秘密の漏示・盗用を禁じられており、その秘密保持義務違反等の罰則の適用については法令により公務に従事する職員とみなされる(産総研法10条の2、 10条の3、14条)。 ⑵ 被告人について被告人は、平成14年に産総研に入所して以来、同所の触媒化学融合研究センター革新的酸化チームや機能化学研究部門に所属するなどして低環境負荷型フッ素化合物に関する研究プロジェクト等に従事し、産総研つくばセンター内つくば中央第五事業所つくば中央5-1D棟(以下「5-1D棟」という。)内の事務室や実験室 を使用して研究を行っていた。 なお、5-1D棟等の産総研の施設には、産総研から付与された職員証(IDカード)がないと立ち入ることはできず、核磁気共鳴装置(以下「NMR」という。)が設置された区画等には入退室に改めて職員証による認証が必要なものがあり、実験機器等にも使用に職員証等が必要なものがあった。 ⑶ 産総研職員である関係者についてDは、平成26 いう。)が設置された区画等には入退室に改めて職員証による認証が必要なものがあり、実験機器等にも使用に職員証等が必要なものがあった。 ⑶ 産総研職員である関係者についてDは、平成26年頃、被告人が当時従事していた産総研と民間企業の共同研究プロジェクト(フッ素化合物からなる洗浄剤の合成技術の開発)に関して被告人の研究業務を補助する目的で、被告人が受入責任者となって契約職員として雇用され、本件当時も、被告人と同じ部門に所属し、5-1D棟内において、被告人と同じ事 務室・実験室を使用していた。 Eは、平成28年頃、被告人の推薦で産総研に入所して以来、産総研のパートナー研究員ないし派遣職員として産総研に在籍していた。Eの受入責任者は被告人とは別の研究者であったが、Eは、本件当時、日頃から被告人の研究室に出入りするなどしていた。 ⑷ B社及びその関係者についてB社は、北京市所在の化学工業を営む企業であり、本件当時、C4の製造等を行っていた。被告人は、B社の設立者、設立当初はその法定代表者であり、本件当時は、「化学研究顧問」としてB社に在籍していた(なお、被告人はこのような関与を単なる名義貸しであるとする。)。B社の本件当時の法定代表者は被告人の妻であっ た。また、Dは、B社の研究部長であった。 Cは、B社の事務室長であり、同社の特許申請の際の交渉等の行政事務を担当している従業員であった。Fは、被告人が以前所属していたG研究所で被告人の研究助手を務めていたが、本件当時は、被告人が董事長を務めるH社という企業の総経理兼法人代表であって被告人の部下であった。B社とH社とは資本関係があり、B社は華県のH社の工場の敷地を借りてC4製造技術を研究していたところ、Fはこ れに従事していた。 3 本 う企業の総経理兼法人代表であって被告人の部下であった。B社とH社とは資本関係があり、B社は華県のH社の工場の敷地を借りてC4製造技術を研究していたところ、Fはこ れに従事していた。 3 本件メールの送信に関する事実経過について⑴ Dによる本件ノウハウの提供Dは、平成30年4月13日午後4時13分頃、自己のメールアドレスから、被告人が産総研から供与されて使用していた本件アドレス宛てに、本件ノウハウとケ トンの合成ノウハウが記録された二つのファイルを添付したメールを送信した(以下「13分メール」という。)。この13分メールは、件名が「两篇know-how」(訳:二つのknow-how)とされ、本文に「A先生:こんにちは!二つのknow-howです。ご確認お願いします。」と記載されていた。 Dが13分メールにより送信した本件ノウハウは、同日午後4時20分頃、産総 研から貸与を受けて被告人が使用していたパソコン(以下「本件パソコン」という。)を操作した者によって本件パソコンの記録媒体に保存され、「B社新材料」というフォルダ内の「へプタフルオロイソブチロニトリル」というフォルダに収納されていた。 ⑵ 本件メール送信及びその前後の状況 本件パソコンを操作した者が、同日午後4時27分頃、本件アドレスから、B社の従業員であるC、D、B社の関係者であるF宛てに、メールを送信した(以下「27分メール」という。)。この27分メールは、件名が「七氟异丁腈know-how」(訳:へプタフルオロイソブチロニトリルknow-how)とされ、本文に「C添付した内容は機密資料ですので保管をお願いします。B社は、F、I、D、私の 4名のみに対し、所持、閲覧を許可しています。彼らに資料を渡す前に、事前に保 秘契約に署名を 、本文に「C添付した内容は機密資料ですので保管をお願いします。B社は、F、I、D、私の 4名のみに対し、所持、閲覧を許可しています。彼らに資料を渡す前に、事前に保 秘契約に署名をさせるようお願いします。急ぎでお願いします。A」などと記載されていた。 27分メールを送信した者は、同日午後4時28分頃、本件アドレスから、Cに対し、13分メールを転送する形で、ケトンの合成ノウハウは添付せず、本件ノウハウのみを添付した本件メールを送信した。本件メールは、件名が27分メールと 同じ「七氟异丁腈know-how」とされ、また、本文には転送前のDのメッセージを含め何も記載がなかった。 ⑶ 本件パソコンに係る利用・操作の状況被告人は、日常的に5-1D棟事務室(1103-3号室)内に設置された本件パソコンを利用しており、本件当日、産総研に出勤していた。本件パソコンは、ロ グインするためのIDとパスワードがなければ操作できない状態であり、被告人が離席しても一定時間が経つと改めてパスワードを入力しないとその操作ができないロック状態となる仕様であった。 また、本件アドレスにログインするためには別途IDやパスワードが定められてこれが必要となるほか、一定期間のうちに一度は2段階の認証が要求され、配付さ れていたセキュリティトークンにより表示される1回限りのパスワードを入力する仕組みとなっていたが、被告人は同トークンを自己の机の引出し内で保管していた。 このように、本件パソコンの起動・操作、本件アドレスによるメールソフトの起動・操作はいずれも被告人が設定したID及びパスワードを把握している者以外はできない状態にあった。試薬や器具等の調達、薬品等の管理、資産の管理及び事務 手続の補助等を担い、産総研での被告人の研究業務を はいずれも被告人が設定したID及びパスワードを把握している者以外はできない状態にあった。試薬や器具等の調達、薬品等の管理、資産の管理及び事務 手続の補助等を担い、産総研での被告人の研究業務を補佐していたJは、被告人のパソコン関係等の事務手続を補助することから、被告人から本件パソコン及び本件アドレスに係るID及びパスワードを教示され、代理でメールを送信することもあったが、Jが上記事務室で勤務していた間に他の中国人の研究員が本件パソコンを操作したことはなかった(なお、被告人は、Dに対しても本件アドレスに係るパス ワードを教えていたと述べる。)。 ⑷ 本件ノウハウに関連するその後の経過B社は、平成29年11月30日、中国で、C4の合成技術に係る特許(以下「特許a」という。)を出願していたが、本件メール送信の1週間後である平成30年4月20日、同様にC4の合成技術に関し、本件ノウハウと第1工程の方式が全く同じ内容の特許(以下「特許 b 」という。)を出願し、特許 b の共同発明者としてD らとともに被告人の名前が掲載されていた。 被告人の指示により、Dが、被告人を責任著者としてC4合成技術に関する論文を科学誌に投稿することも複数回あった。 第3 本件メールを送信したのは被告人か否か(争点①) 1 本件メールの送信者が被告人であることについて 前記第2の2⑵及び第2の3⑵⑶の認定事実からすると、本件パソコンは、関係者以外が容易に立ち入ることができない産総研5-1D棟事務室内に設置され、端末及びメールソフトのログインにIDやパスワードが設定され、基本的に産総研の業務に用いる目的で供与されて被告人が使用していたものであること、被告人から上記ID等を教示されていたのはDを除けばJ以外にないこと、本件メールと同一 ンにIDやパスワードが設定され、基本的に産総研の業務に用いる目的で供与されて被告人が使用していたものであること、被告人から上記ID等を教示されていたのはDを除けばJ以外にないこと、本件メールと同一 送信者が送信したと認められる27分メールには、本文の記載者として被告人の氏名が顕名されており、被告人が送信したとみるのが自然であること、Dが被告人に送信したメールに添付した本件ノウハウをD自ら本件パソコンを使用して再度転送するといった回りくどい操作を行うことは通常考えられないことを考慮すると、本件パソコンについて前記第2の3⑵のような操作を行い得たのは被告人のみである といえ、被告人が本件メールを送信したものと認められる。本件メール送信直前に、Dから提供を受けた本件ノウハウのファイルを本件パソコンの記録媒体に保存する操作をしていることも、本件メールを送信したのが被告人であるとの認定を補強する。 2 弁護人の主張及び被告人の弁解の検討 ⑴ Dが本件メールを送信した可能性について 弁護人は、Dが、被告人が離席しているタイミングを見計らい、被告人に無断で本件パソコンを使用して本件アドレスから本件ノウハウを送った可能性があるなどと主張する。 しかし、本件メールと同一送信者が送信した27分メールの指示内容を考慮すれば、被告人は、B社で研究内容に係る機密事項を開示する者の範囲等を定め、保秘 契約締結を事務室長に指示することができ、少なくとも研究部門ではDと比較して相当高位の権限を有する立場にあったと考えられる。Dが本件メールを送信したとすると、そのような地位にある被告人に了承を得ることなく、被告人が産総研で使用する本件パソコンから、被告人の名前をかたって、B社として一部の者にしか所持、閲覧を許可せずに保管すべき機 ルを送信したとすると、そのような地位にある被告人に了承を得ることなく、被告人が産総研で使用する本件パソコンから、被告人の名前をかたって、B社として一部の者にしか所持、閲覧を許可せずに保管すべき機密事項である本件ノウハウに係るデータを添付 し、特定の者との保秘契約を結ぶことを関係者に指示する内容の連絡をB社の事務室長にしたことになる。無断での本件メール送信が事後に被告人に明らかになれば、産総研における職務上の義務、B社における職掌権限等を含め、被告人との関係で深刻な問題が生じかねないことは明らかである。被告人の歓心を買いたい立場にあったDが被告人との関係にあつれきを生じさせるこのような不合理な行動に出る理 由がない。弁護人の主張は採用の限りでない。 ⑵ 被告人の推測について被告人は、Dが本件メールを送ったと考える理由について、Fは、B社の関係者として華県においてC4製造に従事しつつ、同時に本件ノウハウと類似の特許を保有する企業の発明者と親しい関係にもあったため、Fを通して同特許保有企業に本 件ノウハウの存在が漏れるとトラブルを生じるおそれがあることを危惧し、被告人の名前をかたればDより高い立場にあるFに保秘契約を締結させることができるなどと考えて被告人に無断でメールを送信したなどとの推測を述べる。 しかし、27分メールでは、B社による本件ノウハウの所持・閲覧の許可の対象者としてFが含まれていること(前記第2の3⑵)、被告人が特許 b の共同発明者 やC4合成技術に関する論文の共同著者としてDとともに名を連ねるなど、(同⑷)、 被告人が本件ノウハウをB社で利用することをいずれかの時点では承諾していたと認められることに照らすと、Dが上述した点で無理のある行動に出る理由は全くなく、被告人に上申してFに保 (同⑷)、 被告人が本件ノウハウをB社で利用することをいずれかの時点では承諾していたと認められることに照らすと、Dが上述した点で無理のある行動に出る理由は全くなく、被告人に上申してFに保秘契約を結ばせるように働き掛ければ済むといえ、Dが本件メールを送信したと考えるのは不自然、不合理であるとの評価は変わらない。 また、Dが本件メールを送信したとすれば、13分メールで本件ノウハウを被告人 に提供しつつ、27分メールや本件メールを程なく送信したことになるが、被告人に無断で本件パソコンを操作しながら被告人に露見しないようこれらのメールを削除した形跡もない上、自ら本件ノウハウのデータを保持しているのにDが本件ノウハウを本件パソコン内のフォルダに保存したことになりかねず、いずれの行動も合理的に説明できない。 ⑶ 弁護人の本件メール送信に係るその余の主張等について弁護人は、被告人は通常メールを転送する際に自動的に件名に追加される「FW:」という表示を消すことはないのに、本件メールではこれがないなどと指摘する。 しかし、そもそもメールの体裁は容易に似通わせることができ、メール送信者の特定に本質的な要素とはいい難いところ、指摘についてみても、件名自体を変更し ている場合にそのような前提が妥当するものではない上、逆に、本件メールと同一人物が送信したと認められる27分メールでは、送信先を全て宛先に入力する、メール本文末尾の記名を左側に記載するといった、被告人が作成したメールに通常見られる特徴が見受けられるのであって、弁護人の指摘には同調できない。 弁護人は、令和2年頃、中国にいる被告人に頼まれてDが本件パソコンを操作し たことを示すメッセージがある旨指摘するが、被告人に依頼されて行ったことがあったとしても、被告人に無断で できない。 弁護人は、令和2年頃、中国にいる被告人に頼まれてDが本件パソコンを操作し たことを示すメッセージがある旨指摘するが、被告人に依頼されて行ったことがあったとしても、被告人に無断で本件メールを送信したことを推認させる理由には全くならない。また、弁護人は、13分メールで提供を受けてから、わずか14分では本件ノウハウの内容を確認することができないとも主張するが、後述のとおり、C4の研究には被告人が関与し、平成30年3月29日には既に本件ノウハウと同 内容のデータをDから取得していたと認められるから(後記第4の2⑷)、前提を異 にしたもので採用できない。さらに、弁護人が主張する本件ノウハウの削除挿入履歴の点は、図表の挿入されたワードファイルは保存する際に機械的に削除挿入履歴が記録される可能性があり得ることを考慮すると、弁護人主張のように本件ノウハウのファイルに意図的な削除・挿入がされたとは認定できず、Dが本件メールを送信したと推認させる事情にならない。弁護人の主張はいずれも採用できない。 3 結論以上によれば、Dによって提供された本件ノウハウのファイルが添付された本件メールを送信したのは被告人であると認められる。 第4 本件ノウハウが産総研に帰属する研究成果物か否か(争点②) 1 産総研に帰属する研究成果物等の範囲 前記第3で検討したとおり、本件メールの送信者は被告人であると認められるが、メール送信による開示の対象となった研究成果物である本件ノウハウが産総研に帰属するものか否かが争点であるところ、本件ノウハウは直接的にはDが被告人に提供しているから、まず、産総研に帰属する研究成果物の範囲が問題となる。 産総研は、第2の2⑴のとおりの設立目的に照らして、我が国の公益のためにそ の研究開 件ノウハウは直接的にはDが被告人に提供しているから、まず、産総研に帰属する研究成果物の範囲が問題となる。 産総研は、第2の2⑴のとおりの設立目的に照らして、我が国の公益のためにそ の研究開発の最大限の成果を確保する必要がある。そこで、産総研では、産総研の研究成果物の帰属に関し、研究成果物等取扱規程(以下「成果物規程」という。)3条1項で「研究成果物等」を「論文、報告等としてまとめられるもの」(同項1号)、「研究によって又は研究を行う過程で得られたデータ、試薬、試料、実験動物、化学物質、菌株、試作品、実験装置及びソフトウェア」(同項2号)等と定義しており、 研究成果物等は「特段の登録等を必要とせず、発生した段階で研究成果物等として取り扱う」(4条)、「職員等によって研究所において職務上得られた研究成果物等は、特段の定めのない限り、研究所に帰属する」(5条1項)ものとしていた。 そして、産総研は、産総研の職員に対し、税金等の公費を原資とする研究費を交付しつつ、職務として研究に従事した対価として賃金を支給する一方、職員就業規 則(以下「規則」という。)で、産総研の規程に従う義務(規則45条)、産総研の 職務に専念する義務(規則44条)を課し、無許可の兼業を禁止していた(規則50条1項)。また、産総研は、建物等管理規程で、産総研の業務の目的以外で産総研の建物を使用することを禁止していた(同規程4条1項)。 これらの定めの目的・趣旨によれば、成果物規程5条1項は産総研に帰属する研究成果物等の範囲に産総研の施設で行われたものに限るとの場所的限定を付したと は考えられないから、兼業等が許されない限り、産総研の職員が職務上の研究により得た研究成果物等は基本的に産総研に帰属すると解される。殊に、産総研の施設及び たものに限るとの場所的限定を付したと は考えられないから、兼業等が許されない限り、産総研の職員が職務上の研究により得た研究成果物等は基本的に産総研に帰属すると解される。殊に、産総研の施設及び機器を用いて行った研究は、目的外使用禁止の上記規程と相まって、職員等によって職務上得られた研究成果物等に例外なく該当することになると考えられる。 そして、当該研究成果物等は発生した時点で当然に産総研に帰属するから、産総研 職員が職務上得た研究成果物等が当該職員に帰属する余地はないといえる。 以上の前提に従えば、本件ノウハウは、被告人の研究業務を補助するために産総研に雇用された契約職員であるDが被告人に提供したものであるから、Dの産総研における研究によって職務上得られた研究成果物等であると通常は考えられる。もっとも、例外的に産総研の研究成果物等であると認められない場合もないではない から、本件ノウハウが得られるに至る研究の経緯、殊に、研究の主体が産総研の職員であるか否か、研究が産総研の施設及び機器を用いて行われたか否かについて、以下検討する。 2 本件ノウハウの研究に係る事実経過について⑴ Eの週報について 本件パソコンの「(Eのアルファベット表記)」フォルダ内には、当時Eが産総研で従事していたプロジェクトを含む研究内容等が一定期間ごとに記載された週報と呼ばれるファイルが保存されていた。 そのうち、平成29年12月11日から平成30年2月2日までの分の週報には、本件ノウハウの第3工程の反応条件と同じ条件で、かつ、C4の純度と収率が本件 ノウハウの第3工程の項目に記載された純度・収率と一致する分析結果が記載され ていた。この週報に記載されたアミド・フッ化アンモニウム・C4の質量の比率は本件ノウハウ記載のそれ 本件 ノウハウの第3工程の項目に記載された純度・収率と一致する分析結果が記載され ていた。この週報に記載されたアミド・フッ化アンモニウム・C4の質量の比率は本件ノウハウ記載のそれらの物質の質量の比率(本件ノウハウには一定の割合でスケールアップされた数値が記載されていた。)が概ね一致することが判明した。 ⑵ Dの週報について本件パソコンの「(Dのアルファベット表記)」フォルダ内には、Dが産総研で従 事していた研究内容等が一定期間ごとに記載された週報と呼ばれるファイルが保存されていた。 「2018年2月5日―2018年3月16日業務総括及び計画 D 2018年3月17日」と題されたDの週報には、本件ノウハウの表1から3まで(第1工程に関するGC分析結果)に記載された10個のGCの分析結果に基づくデータと、 その数値が全て一致する分析データの一覧表が記載されていた。 「2018年2月26日―2018年3月30日業務総括及び計画 D 2018年3月31日」と題されたDの週報には、本件ノウハウの表4から6まで(第2工程に関するGC分析結果)に記載されたGCの分析結果に基づくデータと、反応時間の点を除いて全く同一の内容の表が記載されていた。 ⑶ 産総研で発見されたC4の合成実験に関する分析データについてア本件ノウハウ第3工程に関するGCデータ本件当時、被告人の研究室に設置されていたGC2台(以下「本件GC」という。)の制御用パソコン内から、平成29年12月頃から平成30年1月までに、Eが第3工程の試料を分析したと考えられるGCデータが複数発見された。 イ本件ノウハウ第1工程・第2工程に関するGCデータ本件GCの制御用パソコン内の「(Dの氏名のアルファベット表記)」フォルダ内から、本件当 したと考えられるGCデータが複数発見された。 イ本件ノウハウ第1工程・第2工程に関するGCデータ本件GCの制御用パソコン内の「(Dの氏名のアルファベット表記)」フォルダ内から、本件当時、Dが本件GCを使用した際に作成されたC4の合成研究に関連すると思われる分析データが多数発見された(以下、これらのデータをまとめて「本件GCデータ」という。)。 GCは、分析対象試料の構成成分などを明らかにする分析機器であり、気化させ た試料をカラムという管を通し、その通過時間(保持時間といい、物質ごとに特徴的な数値となる。)を計測することにより、試料内の構成物質の濃度を把握することができる。GCのデータから直ちに物質名を把握できるわけではないが、もし、各物質の保持時間をあらかじめ把握していれば、GCにより測定されたデータに基づき各物質の成分比や純度などを知ることができるという点に特徴がある。 産総研職員であるKが、本件に係る産総研の内部調査において、発見された本件GCデータに基づいて分析対象試料中の各物質の転化率(原料が異なる物質に転化した割合)、選択性(生成物中の特定の物質の割合)・収率(理論上特定の物質が生成される最大値に対し当該生成物が実際に生成した割合)などを計算し、Dの週報での研究成果、ひいては、本件ノウハウの内容と一致するかを検討したところ、本 件ノウハウの表1記載の4つの分析データのフルオリドとケトンの選択性の各数値、表4及び表5記載の合計6つ(重複分除く)のアミドの収率に関する各数値がいずれも小数第二位まで一致するなど週報の記載と一致するデータが存在していることが判明した。 ⑷ Dらのメッセージの内容等 ア本件ノウハウ第3工程に関するもの被告人やDのほか、B社に在籍する研究者 二位まで一致するなど週報の記載と一致するデータが存在していることが判明した。 ⑷ Dらのメッセージの内容等 ア本件ノウハウ第3工程に関するもの被告人やDのほか、B社に在籍する研究者であるIなどのB社関係者らは、WeChat上に「へプタフルオロイソブチロニトリルプロジェクト」と名付けられたグループチャット(以下「本件グループチャット」という。)を作成して参加し、C4に関する研究について連絡を取り合っていた。Dは、平成30年1月14日、本 件グループチャット上で、被告人に対し、「最近まだEにアミドとフッ化アンモニウムの混合物の脱水時の反応の研究をやらせています」などと本件ノウハウの第3工程に関する報告をした。 Dは、同月17日、被告人に対し、WeChat上で、第3工程に関するGCによる分析結果を報告し、第2工程の生成物アミドと副生成物フッ化アンモニウムを 分離せずに混合した状態でそのまま第3工程である脱水を行っても効率的にC4が 生成できる旨報告した。 イ本件ノウハウ第1工程・第2工程に関するものDは、平成30年3月13日、WeChatのトークルームにおいて、被告人に対し、C4の気相法合成に成功したなどとして気相法による第1工程の合成反応とGCの分析の結果の報告と思われるメッセージを送信し、さらに、同日、「おそらく 今日材料比と温度の最適化を行い、明日接触時間の最適化を行います。」などと記載したメッセージを送信したが、同日、上記⑶イの第1工程の合成反応に関する本件GCデータが作成されていた。 Dは、同日午後零時37分、同じくWeChatで、被告人に対し、「A先生、フッ化カルボニルとヘキサフルオロプロペンの気相法最適化は確かに良いです。温度 160度、フッ化カルボニルとヘキサフルオロプ 、同日午後零時37分、同じくWeChatで、被告人に対し、「A先生、フッ化カルボニルとヘキサフルオロプロペンの気相法最適化は確かに良いです。温度 160度、フッ化カルボニルとヘキサフルオロプロペンのモル比は3/1、対気速度はまだ大きくしており、今は720H-1です。ヘキサフルオロプロペンの転化率は100%、ペルフルオロイソブチリルフルオリドの収率は98.9%、対気速度は継続して拡大中です。」と気相法による第1工程の合成実験の分析結果に関するメッセージを送信しているところ、メッセージ中の反応条件や分析結果は、この メッセージが送信される10分前に実施された本件GCの分析データのファイル名や分析の結果からKが算定した転化率や収率の各数値と一致していた。 Dは、さらに、同日午後零時59分、被告人に対して「条件の最適化を完了したら、ここ二日で特許の原稿を書くので、その時は確認をお願いします。」などのメッセージを送信した。 Dは、同月14日午後6時38分、本件グループチャット上において、「この2、3日で既に気相法によるフッ化アシル(フルオリドを指す)調製の技術でブレークスルーを遂げましたし、条件もすでに改良し、現在特許の申請をしているところです。」などとメッセージを送信した。 また、Dは、同月29日午前10時36分、被告人に対し、「最新の2つのkno w-how」という件名で、「A先生:こんにちは!これは最新のへプタフルオロイ ソブチロニトリルとトリフルオロメチルペルフルオロイソプロピルケトンの合成know-howです。どうぞ厳しく審査をお願いします。」とのメッセージとともにC4の合成ノウハウ(本件ノウハウと同一の内容のもの)が記載されたファイルと、ケトンの合成ノウハウが記載されたファイルを添付したメール wです。どうぞ厳しく審査をお願いします。」とのメッセージとともにC4の合成ノウハウ(本件ノウハウと同一の内容のもの)が記載されたファイルと、ケトンの合成ノウハウが記載されたファイルを添付したメールを送信したが、これに先立つ同月28日午後1時51分から同月29日午前9時41分までに上記イの 第2工程の合成反応に関する本件GCデータが作成されていた。 ⑸ 本件ノウハウのMSスペクトル及びNMRスペクトル図本件ノウハウに添付されたMSスペクトルの数値は、Dが平成30年1月に被告人の実験室に設置されたガスクロマトグラフ・質量分析計(以下「GC-MS」という。)により取得されたデータに基づく。 また、本件ノウハウに添付されたNMRスペクトル図は、Dが、平成29年11月に、産総研に設置されたNMRで測定したデータを利用して作成された。 ⑹ D及びE両名の所在Dは、平成30年2月10日から同年3月4日まで中国に帰国していた期間を除き、その余のいずれの期間も日本に滞在しており、Eも同様(平成29年12月2 0日から同月25日まで及び同年2月9日から同年2月25日までの間に中国帰国)であった。 ⑺ 兼業許可の有無被告人において、産総研から本件ノウハウに係るC4合成研究を含む兼業許可を取得したことはなかった。 3 本件ノウハウの研究に係る主体及び産総研の施設・機器使用の有無⑴ 上記2の事実経過による本件ノウハウ第1工程・第2工程の研究に係る評価上記2⑶イ及び⑷イの各事情を総合すると、本件ノウハウ第1工程・第2工程に係る研究成果は、Dが産総研において実施した研究に基づくものであると認められる。 即ち、上記2⑶イの事実経過で認定したとおり、Dの週報に記載された本件GC による分析データと本件 係る研究成果は、Dが産総研において実施した研究に基づくものであると認められる。 即ち、上記2⑶イの事実経過で認定したとおり、Dの週報に記載された本件GC による分析データと本件ノウハウの分析データとがGCという機器の特性上同一機器で同一機会に行わないとずれが生ずる選択性・収率等の数値が多岐にわたって小数第二位まで完全に一致しており、本件ノウハウに使用されたデータは本件GCデータに基づくものであるというKの評価・分析は高い信用性を有すること、Dが本件ノウハウを作成するに当たり行った週報記載の第1工程及び第2工程の合成実験 とGC分析の期間及び内容が、Dが産総研において実施したC4の第1工程及び第2工程に関する本件GCによる分析の期間及び内容と合致していることを勘案すると、本件ノウハウの基となった第1工程及び第2工程の合成実験が産総研内で行われ、GC分析については少なくともその一部が合成実験により得られた資料により本件GCを用いて行われたものであることが明らかといえる。 また、上記2⑷イの平成30年3月13日にDが被告人宛てに送信した一連のメッセージや同月14日に本件グループチャットに投稿したメッセージの内容に記載された実験経過が、Dが本件GCデータを測定した日時及びその結果によく符合していることに鑑みると、Dが、同月13日に近い日時に、産総研5-1D棟内の実験室で気相法による第1工程の合成実験を行った上で、同日、本件GCを利用して 生成物の分析を行ったものと認められる。Dが同月29日に被告人に送信したメールにおいて本件ノウハウが研究成果として完成していたこととこれに先立って第2工程の合成反応に関する本件GCデータが作成され、各工程に係る研究がおおむね終了していたこととが一致していることは、実験経過と において本件ノウハウが研究成果として完成していたこととこれに先立って第2工程の合成反応に関する本件GCデータが作成され、各工程に係る研究がおおむね終了していたこととが一致していることは、実験経過として自然である。このことによっても、Dらが、産総研において、本件ノウハウの第1工程及び第2工程に関 する研究を行っていたことが裏付けられる。 ⑵ 上記2の事実経過による本件ノウハウ第3工程の研究に係る評価上記2⑴のEの週報の内容を考慮すると、同週報に記載した産総研内でEが実施した分析結果が本件ノウハウに利用されたと推認できる。また、上記2⑷のDのメッセージで被告人に報告されている結論は、第2工程の生成物を副生成物と混合し たまま第3工程に移行できることを示す本件ノウハウの内容と合致する。 これらに鑑みれば、本件ノウハウ記載の第3工程に関する実験結果は、平成29年12月頃から平成30年1月頃までの間に産総研においてEとDが実施した合成研究及び本件GCによる分析結果を使用して行われたものと認められる。 ⑶ 小括上記3⑴及び⑵の検討に加え、上記2⑸のとおりDにより産総研のGC-MS及 びNMRが使用されて本件ノウハウのデータの一部となっていることに鑑みれば、本件ノウハウに係る研究のうち、実験やデータ分析等の実務はまずもっていずれも産総研の職員であったD及びEが主体となって担われたものと認められる。また、D及びEが産総研施設内に設置された機器を用いて本件ノウハウの研究を行っていたことも明白といえる。 ⑷ 弁護人のKの分析(上記2⑶イ)に関する主張弁護人は、本件ノウハウ中の各表の一部の分析データがDらの週報記載のデータと一致すると結論付けた上記2⑶イのKによる本件GCデータの分析検討結果を論難し、①各 のKの分析(上記2⑶イ)に関する主張弁護人は、本件ノウハウ中の各表の一部の分析データがDらの週報記載のデータと一致すると結論付けた上記2⑶イのKによる本件GCデータの分析検討結果を論難し、①各物質の保持時間を把握した根拠となるEの週報記載の合成実験は液体の状態で物質を反応させる手法(以下「液相法」という。)によるものである上、使用 された触媒が本件ノウハウ記載のものとは異なる、②本件ノウハウ記載のGCの設定条件と本件GCの設定条件に一部異なる部分がある、③本件GCデータからKが算出した選択性や収率に関する数値と本件ノウハウ記載の数値が合致しないものがある、などの点を指摘し、本件ノウハウと本件GCデータは無関係であると主張する。 しかし、Kらは、まず、本件GCデータの各ファイル名に着目し(例えば「PreparationofIBF」(「IBF」はフルオリドを示す)を含むものであれば第1工程、「ReactionofIBFwithNH3」(「NH3」はアンモニアを示す)を含むものであれば第2工程など)、各工程ごとに関連すると思われるファイルを選別した。次に、Eの週報の内容から推察される別の機会 に実施されたGCの分析データとそのデータに示された各生成物との対応関係に基 づいて第1工程及び第2工程の生成物や副生成物の保持時間を把握するという手法で本件GCデータに示される構成物質を特定した。その上で、Kは、一般的な計算方法に基づいて、本件GCの分析結果から転化率、選択性、収率を計算した。このような一連の調査手法は、恣意性を排除して客観的に実施されたものといえ、不合理な点はない。その上で、Kは、別の機会に測定した分析結果は、例え同じ機器を 用いて完全に同じ条件で再現したとしても、GCの特性上、環境の 法は、恣意性を排除して客観的に実施されたものといえ、不合理な点はない。その上で、Kは、別の機会に測定した分析結果は、例え同じ機器を 用いて完全に同じ条件で再現したとしても、GCの特性上、環境の微妙な変化等により結果が変わってしまうため、その分析データから算出される選択性等の数値が小数第二位まで一致する可能性は極めて低く、本件ノウハウのうち、小数第二位まで数値が一致したものについては、本件GCデータに基づくものであると供述する。 このKの分析は、機器の特性に基づき、K自身が研究者としてGCを使用してきた 経験をも踏まえた合理的な見解として信用できるから、本件ノウハウの表1から6まで記載の分析結果のうち、少なくとも、本件GCデータと選択性や収率の数値が小数第二位まで完全に一致するものについては、本件GCデータに基づくものであると認められる。 他方、弁護人指摘に係る上記①の点については、保持時間は物質ごとに概ね同一 の特徴的な数値になるから、実験の順序や物質の合成方法により保持時間に大きな差異が生じるとは考えられない。そして、Kは、上記Eの週報記載の分析実験時と本件GCデータ測定時の本件GCの設定条件が同一であることを確認しているから、その調査手法が適切であるといえ、弁護人の主張は採用できない。 弁護人の上記②の指摘については、確かに、本件ノウハウに記載のGCの型番と 本件GCの型番とは異なり(なお、いずれの機器も性能に差はない。)、本件GCの設定条件と本件ノウハウ記載の設定条件も、カラムの内径、カラムの温度設定の点で条件の一部が異なっている。しかし、分析機器の設定条件自体については、同等の性能の機器を使用するのであれば、実際とは異なる記載をしたとしても、どの合成実験の反応条件が最も効率的かを明らかにするという本件ノ 一部が異なっている。しかし、分析機器の設定条件自体については、同等の性能の機器を使用するのであれば、実際とは異なる記載をしたとしても、どの合成実験の反応条件が最も効率的かを明らかにするという本件ノウハウの表1から6 までの目的や有用性に特段影響はなく、信頼性を高めるなどの目的で別の実験等に よる数値と組み合わせるなど実験結果が加工されることもあり得ることを考慮すると、これによって、データの一致から同じ実験の結果であるという認定の過程に疑問を生じさせるようなものではない。 更に、上記③で弁護人が指摘する、本件ノウハウに記載された数値と一部の本件GCデータの数値とが選択性や収率などの点で合致していない理由については、K も証言するとおり、単なる誤記、小数第三位の処理の差異(一致しないデータの中には0.01の誤差と認められるものも複数存在する。)、多数のGC分析データの中からKらがデータの特定を誤った可能性など、合理的な説明が可能な様々な要因が考えられるところである。また、Kの供述によれば、各工程における原料の転化率については、数値が合致しないものもまま見られるが、転化率の計算手法につい ては、生成された物質の質量を計測する手法など、Kが用いたものとは異なる一般的な手法もあり得るところである。そうすると、数値が一致しない分析データが一部あることもまた、上記の数値が一致する本件GCのデータについて本件ノウハウに利用されたものであるとの認定に疑問を生じさせないことは上記と同様である。 ⑸ 弁護人の合成実験に要する原料・機器の不足に関する主張 弁護人は、産総研には、本件当時、本件ノウハウに記載された合成実験を行うための原料、気相法で合成するためのパイプ式反応器、反応後の各生成物を分離するための分離塔(蒸留塔) 不足に関する主張 弁護人は、産総研には、本件当時、本件ノウハウに記載された合成実験を行うための原料、気相法で合成するためのパイプ式反応器、反応後の各生成物を分離するための分離塔(蒸留塔)、第3工程で使用する高圧釜などの各種原料・機器が存在しなかったから、産総研でこの合成実験を行うことはできず、本件ノウハウ記載の実験は全て中国にあるB社の実験設備で行われたものである旨主張する。 本件当時、被告人の研究室に存在した機器や原料の詳細については証拠上必ずしも明らかではない部分もある。しかし、弁護人が指摘する分離塔、高圧釜、第1工程の原料については、産総研に所属するK、L、Jらが、被告人の実験室に当時現存していたか、容易に代替や調達が可能であったと述べるところである。その他、毒性の高いフッ化カルボニルを使用するためのパイプ式反応器、マスフローメータ ー、アラームシステム等も、被告人の実験室には存在しない、他で代替が効かない 旨被告人は述べるが、これを裏付けて被告人主張のように認めるに足る証拠はなく、この点について弁護人は上記産総研の者らに尋ねてもいない。産総研で上記合成実験を行うのは不可能であったとの弁護人の主張に根拠があるとはいえず、本件ノウハウに記載された各工程の合成実験とそのGC分析が産総研において実施されたという本件GCデータの存在やDらのメッセージの内容等の客観的証拠に基づく上記 認定を揺るがし、産総研以外の施設でのみ本件ノウハウの基礎となった実験が行われた疑いを生じさせるものではない。 ⑹ 弁護人のその余の主張弁護人は、本件ノウハウ記載の各工程における合成反応時間を踏まえると、3月13日のうちに第1工程を行うことも、3月28日、29日の2日間で第2工程を 行うことも時間的に不可能である 余の主張弁護人は、本件ノウハウ記載の各工程における合成反応時間を踏まえると、3月13日のうちに第1工程を行うことも、3月28日、29日の2日間で第2工程を 行うことも時間的に不可能であるから、本件GCの分析データは本件ノウハウとは無関係であるなどと主張する。 しかし、反応時間については、触媒の活性が維持されたり、反応が安定しているように見せられるという観点から誇張された時間を記載することが考えられるということも考慮すれば、実際の実験より長い反応時間を本件ノウハウに記載した可能 性があるから、第1・第2工程の合成実験を行うことが不可能であるとはいい難い。 また、先に複数回合成実験を行った上、実験により採取した各資料について連続してGC分析を行うことが困難であるという事情も見出せない。第1工程・第2工程に係る合成実験の分析であるとファイル名から判別が容易な本件GCデータが上記日時に連続的に取得されたことは客観的に明らかで、弁護人の反応時間に関する主 張がその実験・分析の実現性や本件ノウハウが本件GCデータに由来することに疑問を生じさせるものではない。 また、弁護人は、第3工程が行われてから第1及び第2工程の研究を行っている点で、実験の順序が不自然であると指摘するが、本件ノウハウの各工程は分割して個別に実験することができるから、順序が前後することは格別不自然とはいえない。 弁護人は、本件ノウハウ記載の実験は全て中国国内にあるB社の実験設備で行わ れたものであり、本件GCのデータは本件ノウハウとは別にB社で実施されていた液相法によるC4合成研究の試料が、第三者検証という目的の下産総研に持ち込まれて分析された可能性があるなどとも主張するが、高価で稀少なNMRであればともかく、比較的ありふれた多くの研究機 されていた液相法によるC4合成研究の試料が、第三者検証という目的の下産総研に持ち込まれて分析された可能性があるなどとも主張するが、高価で稀少なNMRであればともかく、比較的ありふれた多くの研究機関が保有する機器であるGCによる分析を行うため、試料を国境をまたいで長距離移動させる合理性が見出し難い上、上記の Dのメッセージ内容も全く説明できないものであり、採用の余地がない。 4 本件ノウハウの研究に対する被告人の関与⑴ 本件ノウハウの研究に関するDらと被告人との報告・指示の状況平成29年10月から平成30年4月までの本件グループチャットや被告人とDとの間のメッセージ、Dの週報の内容等によれば、D及びEは、上記2⑴⑵⑷のと おり、平成30年3月頃、本件ノウハウに記載された気相法による第1工程及び第2工程に相当する実験を実施したが、それ以前の時期から、産総研やB社の研究施設において液相法によるC4の合成研究を実施していた。これらのC4の合成実験の進捗状況や結果について、Dは、被告人に対し、「これは今日行った第二段階反応で得た70kgの生成物です。おそらく来週に第三段階の脱水反応を行うことがで きます。」(Dの平成29年11月2日のメッセージ)、「A先生こんにちは。五酸化二リンを脱水し、ヘプタフルオロイソブチロニトリルを得ます。温度180度、収率90%、純度99.98%」(Dの平成29年12月6日のメッセージ)などと頻繁に報告し、それに対して、例えば、「わかりました。結果を待ちます」(被告人の返信メッセージ)などと被告人が返答することもあった。また、被告人は、Dに対 し、「私達の第一段階の収率はいくらですか?COF2から始めた場合」(被告人の平成30年1月4日のメッセージ)などとC4の合成実験に関する報告を求めてい ることもあった。また、被告人は、Dに対 し、「私達の第一段階の収率はいくらですか?COF2から始めた場合」(被告人の平成30年1月4日のメッセージ)などとC4の合成実験に関する報告を求めていた。 Dは、平成30年2月6日、被告人に対し、C4の合成技術に関する報告書を添付したメールを送信したが、その報告書の中には、「9、プロジェクト人員」と題す る項目に、責任者としてDが、実験室小規模テスト完成者としてD(経路設計と完 成)及びE(実験の最適化)が、C4の1キログラム華県大量生産完成者としてD(リモート指揮)及びIが(現場捜査[操作の誤記と認める。]と現場管理)、それぞれその役割とともに参加者として記載されていた。 Dは、本件ノウハウの被告人への提供(前記第2の3⑴)直前である平成30年4月10日、本件ノウハウと類似の中国の特許(以下「特許 C 」という。)を発見 したことから、被告人に対し、「私達のチームの技術ととても似ています。その為、私達の特許はなるべく早く出さなければ、申請の難易度がどんどん高くなると思います。」、「今のところその他の気相法の特許を見つけていません。A先生、私達の特許先生(「申請」の誤記)の事柄についてご検討をお願いします。」などとメッセージを送信し、被告人にC4研究に関する具体的な指示を求めた。 被告人は、本件グループチャットで、平成29年12月頃から平成30年3月までの間に、B社の研究員に対し、「最近、相手方がなかなかで、M社と供給契約を結んで、我々へ大きな圧がかかってきています。M社の契約は排他性があるので、とりあえず98%のものを作って1kg供給して、私が動きます。チャンスを失ってはなりません!」、「現在のプロジェクトの状況を理解しなくてはなりません。急い で 。M社の契約は排他性があるので、とりあえず98%のものを作って1kg供給して、私が動きます。チャンスを失ってはなりません!」、「現在のプロジェクトの状況を理解しなくてはなりません。急い でことを進めないとチャンスはありません。私はずっとこの件を見てきましたので。」などとC4の工業的な実用化について急がせる言葉をかけ、ときにC4の製造計画について具体的に指示する旨のメッセージを度々送信していた。 ⑵ 本件ノウハウの研究に対する被告人の関与状況・程度についての評価上記4⑴の被告人・D間の報告・指示の状況をみると、Dは、本件ノウハウを含 め、C4合成研究の進捗に応じてその成果に基づきノウハウや特許の草案などを作成して被告人に送付し、その内容の確認を求めたり、被告人にノウハウや特許出願の要否について指示を求めたりする一方、被告人もC4合成実験の詳細について報告を求めたり、B社の研究員にC4製造の進捗を急がせたり、製造計画に関する具体的な指示を出したりしていた。Dの報告書の記載内容も加味すると、本件ノウハ ウに係る一連のC4合成研究は日本にいるD及びEが産総研で基礎的な実験を担い、 そこで形成されたC4合成技術を基礎に中国の華県で工業的な大量生産方式による製造実用化を計画していたことが窺われるところである。 これらの状況に加え、Dは被告人が受入責任者として産総研に勤務し始め、被告人の研究業務を補助する目的で研究に従事していたこと(前記第2の2⑶)をも踏まえると、本件ノウハウに係る一連のC4合成研究は、被告人が監督・主導してD 及びEらが実験等の実務を担当して実施していたものと認められる。また、前記第2の3⑷記載のとおり、被告人は、特許b 出願の共同発明者としてDらとともに名を連ねたほか、C4合成技術に関する論 D 及びEらが実験等の実務を担当して実施していたものと認められる。また、前記第2の3⑷記載のとおり、被告人は、特許b 出願の共同発明者としてDらとともに名を連ねたほか、C4合成技術に関する論文の共著者となっているから(頼まれて名義を貸したにすぎない等とする被告人供述は措信できない。)、この研究につき自身の研究として主導していたとの認識を指し示している。この点も、本件ノウハウに 係る一連のC4合成研究における被告人が上記位置付けにあったことを裏付けるものといえる。 ⑶ 結論以上によれば、被告人は、Dが産総研の施設で機器を用いて実験等の実務を担っていた本件ノウハウに係る一連のC4合成研究について主導・監督する立場にあっ たもので、被告人は上記研究について産総研から兼業等を許されていないから(上記2⑺)、本件ノウハウがその研究成果物等であると認められない例外的な事情もない。したがって、本件ノウハウは、産総研職員である被告人及びDが共同で作成した研究成果物等であると認められる。 5 本件ノウハウが被告人の産総研における職務上得られたこと 上記3で検討したとおり、本件ノウハウは産総研の施設及び機器を用いて行った研究による研究成果物等であるから、上記1の基準に照らして、例外なく産総研に帰属する。 念のため、産総研職員である被告人の職務上得られた研究成果物等といえるかについてみても、被告人は、産総研に入所して以来、フッ素化合物の合成に関する研 究を行ってきたものであり、被告人の労働条件通知書によれば、産総研における被 告人の研究分野は「低環境負荷型フッ素材料の研究開発、特にフッ素材料の合成技術に関する研究」とされていた。C4はフッ素化合物であり、絶縁ガスとして使用されるフッ素化合物SF6に比べて地球 告人の研究分野は「低環境負荷型フッ素材料の研究開発、特にフッ素材料の合成技術に関する研究」とされていた。C4はフッ素化合物であり、絶縁ガスとして使用されるフッ素化合物SF6に比べて地球温暖化への影響の観点から低環境負荷材料として期待されていたものであって、被告人の上司に当たるLが述べるように、C4の合成技術の研究は被告人の産総研における研究領域に含まれると認められる。 本件ノウハウが、被告人がその産総研職員の職務上得られた研究成果物等であることに疑問の余地はない。 弁護人は、被告人が本件当時までに産総研に提出した研究計画書や研究ノートにC4合成技術に関する研究が一切記載されていないなどとして、被告人の産総研における研究対象ではないなどと主張し、被告人もこれに沿う供述をする。 しかし、被告人は、本件後、平成30年6月頃、上司であるLに対し、SF6の代替物質の研究について外部予算を受けられるか相談しているほか、産総研に提出した研究計画書でC4の合成技術の研究を題材としており、上記労働条件通知書の記載に照らしても、これが被告人の産総研における研究分野・領域に含まれることは自明である。被告人が当該年度に提出した研究計画書等に記載された研究しか産 総研に帰属する研究成果物等にならないなどという産総研に帰属する研究成果物の範囲に関する解釈は、上記1で検討した産総研の目的や規則及び成果物規程の趣旨に照らし、およそ採用する余地のないものである。そのほか、被告人が、本件ノウハウに係る一連のC4合成研究やDとの関係について述べるところは上記3及び4で検討・認定した事実関係に反しており、信用できない。 したがって、本件ノウハウは産総研職員である被告人及びDらによって産総研において職務上得られた研究成果物等であると認 ろは上記3及び4で検討・認定した事実関係に反しており、信用できない。 したがって、本件ノウハウは産総研職員である被告人及びDらによって産総研において職務上得られた研究成果物等であると認められ、本件ノウハウが営業秘密に当たるときは、産総研は、不正競争防止法2条1項7号にいう「営業秘密保有者」であるといえる。 第5 本件ノウハウの営業秘密該当性及び被告人の認識(争点③④) 1 秘密管理性 ⑴ 産総研における研究成果物等の取扱い産総研法及び規則は、産総研職員に対し、職務上得られた秘密に関する守秘義務を定め、成果物規程は、全ての研究成果物等について秘密保持義務を定め、各職員において研究成果物等を秘密として厳重に管理すべきこと、公表したり第三者に提供したりする場合には産総研の承認が必要であることなどを明記している。さらに、 産総研では、研究成果物の秘密管理を徹底するため、職員以外が立ち入ることができないよう研究施設を施錠するほか、職員固有のパスワードを入力しなければ産総研が貸与するパソコンを使用できないようにするなど秘密が漏洩しないための措置がなされていた(前記第2の2⑵、3⑶)。 以上によれば、産総研は、研究成果物等全般について包括的に秘密管理意思を有 しており、これは、産総研に所属する各研究者が職務として従事する日常的な研究の過程で得られた産総研に帰属する研究成果物等を産総研の国立研究開発法人としての性質に沿って我が国の公益のために最大限の研究成果物等を確保するための合理的な秘密管理の方法であるといえる。 そして、産総研では、職員全員に秘密保持に関する研修の受講を義務付け、成果 物規程や規則が定める秘密保持義務の内容や秘密として管理されるべき研究成果物等の範囲や秘密管理の方法等につい る。 そして、産総研では、職員全員に秘密保持に関する研修の受講を義務付け、成果 物規程や規則が定める秘密保持義務の内容や秘密として管理されるべき研究成果物等の範囲や秘密管理の方法等について周知を徹底していた。また、研究成果物等の定義についても上記のとおり明確に成果物規程で示されていた。産総研の職員は、産総研が研究成果物等について秘密として管理する意思があることも、その研究成果物等の対象範囲についても明確に認識できる状況にあったといえる。 したがって、産総研の研究成果物等である本件ノウハウについても、秘密管理性を有するといえる。 また、これらが規則や成果物規程に記載されていることや上記研修を被告人も受講していること、被告人自身が産総研での長期間にわたる研究の結果、特許ないし営業秘密に当たる種々の研究成果物等を得た経験があり、研究成果物等の産総研で の取扱い方法等を熟知していたと考えられること等からすれば、被告人にこの点の 認識があったことは明らかである。 ⑵ 弁護人の主張弁護人は、秘密管理意思としては、情報一般についての管理意思では足りず特定の情報の秘密管理意思が必要であるところ、本件当時、産総研は、本件ノウハウもC4の研究の存在自体すらも把握しておらず、内部調査後に初めてその存在を認識 したのだから、産総研に本件ノウハウの秘密管理意思は存在せず、また、本件ノウハウに機密であることが付記されてないから、秘密管理意思についての客観的な認識可能性も認められないなどと主張する。 しかし、弁護人の主張は、いわゆる職務発明ないし事業者が保有する営業秘密について使用者等に秘匿して従業者等がし又は取得した場合は使用者等が何らの権利 を有しないとする点で関連法規(特許法35条、不正競争防止法2条1項 いわゆる職務発明ないし事業者が保有する営業秘密について使用者等に秘匿して従業者等がし又は取得した場合は使用者等が何らの権利 を有しないとする点で関連法規(特許法35条、不正競争防止法2条1項4号、7号等)にそぐわない独自の見解といわざるを得ない。本件においては、上記の規程等が全ての研究成果物等について、産総研の把握の有無を問わず、これらを産総研に帰属させて研究者に秘密として管理させる意思が客観的に示されていることは明らかで、これが産総研の国立研究開発法人としての性質に沿った合理的な秘密管理 の方法であることは既に述べたとおりであり、産総研に個別の成果物の具体的な認識があることは秘密管理性の前提となるという主張は採用できない。一般に、営業秘密に当たる研究成果物等は産総研との雇用契約に基づき適用される成果物規程により原始的に産総研に帰属するから、当該研究成果物等の発生を職務上認識していればその職員は「営業秘密を保有者から示された者」に当たるのであって、産総研 職員等が秘密性の明認を怠ったとしても秘密管理性に影響を及ぼすことはない。 2 非公知性本件ノウハウと同様の合成技術が記載された論文等の文献や特許は一般に知られていなかったから(前記第4の4⑴)、本件ノウハウは、本件当時において、非公知性があったといえる。なお、本件ノウハウは第1工程と第2工程を気相法により連 続的に実施できる点や第3工程において生成物と副生成物を分離しなくてよい点、 最も効率的な反応条件を検討している点などで特許c と異なる有用性があるから、特許c が本件ノウハウの非公知性に影響を及ぼすものではない。 弁護人は、本件ノウハウに添付されたNMRスペクトル図は、産総研の機器を利用して作成されたにせよ、平成30年1月頃のB社の研究状況紹 、特許c が本件ノウハウの非公知性に影響を及ぼすものではない。 弁護人は、本件ノウハウに添付されたNMRスペクトル図は、産総研の機器を利用して作成されたにせよ、平成30年1月頃のB社の研究状況紹介資料や報告書等に掲載されたものを流用しており、非公知性がない旨の主張をする。しかし、弁護 人指摘の流用があったとしても、同図は本件ノウハウの一部にすぎないから、本件ノウハウ自体の非公知性は否定されない。 したがって、本件ノウハウには営業秘密の要素としての非公知性が認められる。 3 結論上記1及び2に加え、本件ノウハウの有用性は前記第2の前提事実等から明らか に認められ、弁護人も明示的に争わないことを踏まえると、本件ノウハウは「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(不正競争防止法2条6項)として営業秘密に該当すると解するのが相当である。 また、これらの要件を基礎付ける事実について、被告人が認識を欠く点も見当た らないから故意も認められる。 よって、被告人は、営業秘密である本件ノウハウを保有者である産総研から示された従業者であると認められる。 第6 不正の利益を得る目的の有無について(争点⑤)前記第4の4⑵のとおり、被告人が本件ノウハウに係る一連のC4合成研究によ り、自らがその研究開発に高い地位で関わっていたB社におけるC4の工業的な大量生産方式による製造実用化を目指していたことは明らかであり、被告人は、不正の利益を得る目的を有していたと認められる。 第7 結論以上の次第で、判示の事実を認定した。 【量刑の理由】 本件犯行の態様は、国立研究開発法人が保有する営業秘密である、地球温暖化への影 していたと認められる。 第7 結論以上の次第で、判示の事実を認定した。 【量刑の理由】 本件犯行の態様は、国立研究開発法人が保有する営業秘密である、地球温暖化への影響が少ない絶縁ガスとして利用が期待されていた化学物質の大規模生産を見据えた効率的な合成技術情報に関する研究成果を、その営業秘密の管理に係る任務に背き、上記法人から貸与されたパソコンを操作して、外国企業の従業員宛てにメールを送信して開示したものである。上記法人の研究施設内から勤務中に行われた背 信的で大胆な犯行といえる。被告人は、研究費の一部として国費が投入される国立研究開発法人に約25年間にわたって研究者として勤務していたところ、その信頼を裏切り、同法人の設備や機器等の資源を不正に利用し、自らが受入責任者として同法人研究員として受け入れた同胞外国人に指示して化学物質の合成技術に関する研究を秘匿しつつ進めた結果、合成技術情報のノウハウ等の営業秘密である研究成 果物がまとまるや、自身の妻が主たる株主になっている外国企業の事業に利用するために開示しており、犯行態様は高度の計画性がうかがわれる巧妙なもので悪質である。犯行動機は、同企業で当該化学物質の工業的量産等によりその利益等を図ろうとした利欲的かつ身勝手なものといえ、酌むべき点は見当たらない。 不正に開示された化学物質の合成技術情報の価値は客観的な算定が難しいが、被 告人の指示の下、上記法人の研究員として職務に従事すべき者らが不正開示を前提とする営業秘密の研究開発に相当期間携わり、外国企業が適切な対価を支払うことなくその成果を得るに至っていて、事後の調査を含め、公費等で賄われる上記法人の運営に少なからぬ支障を与え、事業者の公正な競争を阻害するところが小さくない。また、我が国において 適切な対価を支払うことなくその成果を得るに至っていて、事後の調査を含め、公費等で賄われる上記法人の運営に少なからぬ支障を与え、事業者の公正な競争を阻害するところが小さくない。また、我が国において高度な技能や知見を有する外国人人材の活用が重要視さ れる中で、本件のような事態が生ずると、その活動の規律の在り方にも深刻な懸念が生じかねないのであって、社会的な影響も大きい。 以上の犯情事実に照らすと、被告人の刑事責任は同種事案の中でも相応に重いものがあり、この種の犯罪への関与が経済的に引き合わないことを示すためにも懲役刑及び罰金刑を科すのが相当であるが、被告人は、不合理な弁解に終始し、反省の 態度は示されていない。 他方、本邦における前科前歴がなく、長期にわたる在職中には国立研究開発法人の研究開発業務に研究員として相応の貢献もあったことなどの被告人に有利な一般情状事実も認められる。 そこで、これらの諸事情を総合的に考慮した上で、被告人に対しては、主文程度の刑に処した上で、その懲役刑の執行を相当期間猶予するのが相当であると判断し た(なお、被告人の身上関係や罰金額等に鑑みると、判決の確定を待っては罰金の執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるとは認められないから、仮納付を命ずることはしない。)。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑懲役2年6月及び罰金200万円) 令和7年3月7日東京地方裁判所刑事第8部 裁判長裁判官馬場嘉郎 裁判官河村宜信 裁判官鍵谷蒼空 村宜信 裁判官鍵谷蒼空

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