主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 主位的請求(1) 被告は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真くず《註;判決には「葛」の異字体が表記されているが,便宜上,ひらがなの「くず」を使用する。以下,ひらがなの「くず」を使用した部分は同趣旨である。》」,「真葛焼」及び「真くず焼」との表示を別紙商品目録記載の商品並びにその容器,包装及び宣伝用カタログに使用し,又は商品,容器若しくは包装にこれらの表示を付した別紙商品目録記載の商品を販売し,若しくは販売のために展示してはならない。 (2) 被告は,その所持に係る別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真くず」,「真葛焼」及び「真くず焼」との表示を付した別紙商品目録記載の商品並びにその容器及び包装を廃棄せよ。 (3) 被告は,原告に対し,2220万円,及び内468万円に対する平成9年10月1日から,内468万円に対する平成10年10月1日から,内468万円に対する平成11年10月1日から,内468万円に対する平成12年10月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 第1次的予備的請求被告は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真くず」,「真葛焼」及び「真くず焼」の標章を別紙商品目録記載の商品又はその容器,包装若しくは宣伝用カタログに使用する場合には,これらの標章と一体化し,かつ,これらの標章の文字フォントサイズのポイント数と同じポイント数のフォントサイズによる「京都」又はこれと同一性のある文字を表示せよ。 3 第2次的予備的請求被告は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真くず」,「真葛焼」及び「真くず焼」の標章を ォントサイズによる「京都」又はこれと同一性のある文字を表示せよ。 3 第2次的予備的請求被告は,別紙標章目録記載1ないし3の各標章並びに「真葛」,「真くず」,「真葛焼」及び「真くず焼」の標章を別紙商品目録記載の商品又はその容器,包装若しくは宣伝用カタログに使用する場合には,これらの標章と一体化し,かつ,これらの標章の文字フォントサイズのポイント数の半分以上のポイント数のフォントサイズによる「京都」又はこれと同一性のある文字を表示せよ。 第2 事案の内容 1 概要本件は,被告が原告の登録商標に類似した標章を表示した商品を販売する等して原告の商標権を侵害したとして,原告が被告に対して,主位的にそれらの差止め及び組成品の廃棄並びに損害の賠償を,予備的に本件標章の使用時に混同を防ぐための表示を付加することを,それぞれ求めた事案である。 2 争いのない事実(1) 原告の登録商標原告は,下記の2つの商標を登録している(以下,これらの商標をまとめて「本件登録商標」といい,その登録を「本件登録」と,これらに係る商標権を「本件商標権」という。)。 記ア登録番号第2593798号登録商標真葛(ただし,縦書き)商品の区分旧第19類指定商品台所用品(電気機械器具,手動利器及び手動工具に属するものを除く。),日用品(他の類に属するものを除く。)出願年月日平成3年12月13日出願番号商願平3-130259出願公告年月日平成5年1月26日出願公告番号商公平5-9762登録年月日平成5年10月29日イ登録番号第2639377号登録商標真葛(ただし,縦書き)商品の区分旧第20類指定商品家具,畳類,建具,屋内装置品(書画及び彫刻を除く。), 5年10月29日イ登録番号第2639377号登録商標真葛(ただし,縦書き)商品の区分旧第20類指定商品家具,畳類,建具,屋内装置品(書画及び彫刻を除く。),屋外装置品(他の類に属するものを除く。),記念カップ類,葬祭用具出願年月日平成3年12月13日出願番号商願平3-130260出願公告年月日平成5年5月13日出願公告番号商公平5-50401登録年月日平成6年3月31日(2) 被告による標章使用被告は,本件登録以前から,茶器等の陶器を製造・販売し,別紙商品目録記載の各商品の底部裏面,並びにその容器である箱及びこれを販売するための広告書籍に,別紙標章目録記載1ないし3の各標章又は「真葛」,「真くず」,「真葛焼」若しくは「真くず焼」の標章(以下,まとめて「本件標章」という。)を表示して販売する等して,現在もこれを使用している(以下,被告の販売する上記各商品をまとめて「被告商品」という。)。 (3) 本件登録商標と本件標章の外観及び称呼における近似性本件標章は,本件登録商標と外観及び称呼において近似する。 3 主な争点本件の主な争点は,以下のとおりである((1)は(2)と(3)の前提問題となる争点である。)。 (1) 「真葛焼」の発祥と原被告の家系譜(2) 主位的請求の成否ア被告による本件標章の先使用権の有無(ア) 本件標章の被告商品表示としての周知性の有無(イ) 被告の不正競争目的の有無イ原告の権利濫用の有無ウ原告の損害(3) 予備的請求の成否 4 争点に関する両当事者の主張(1) 「真葛焼」の発祥と原被告への家系譜(争点(1))(原告の主張)「真葛」及び「真葛焼」という商標は,原告の曾祖父である初代Mα(C)が,京都の真葛ヶ原(現在の京都市 関する両当事者の主張(1) 「真葛焼」の発祥と原被告への家系譜(争点(1))(原告の主張)「真葛」及び「真葛焼」という商標は,原告の曾祖父である初代Mα(C)が,京都の真葛ヶ原(現在の京都市東山区東山の麓の円山公園の一部)に窯を有して陶器を制作し,妻子門弟とともに京都から横浜の南太田に移って開窯し,伝統的釉薬と化学的釉薬とを用いて独自の陶器を作り出したことを発祥する商標で,初代α及びその後継者の作品である陶器を表す商標として,日本のみならず世界的に周知・著名となっている。『広辞苑』に,「真葛焼」が「太田焼」の別称と記載されているのも,「真葛焼」が初代Mα及びその後継者の制作した陶器を表示するものとして周知・著名であることを明示している。 茶道の世界は伝統が重んじられるもので,何らかの特別な血縁関係を持たない者は容易には受け入れられるものではなく,1人の長と何人かの職人のグループ及び製陶設備からなる「窯」は,代々その「窯」の長の子等の血縁者によって引き継がれていくものであって,「真葛焼」が同時期に2つ存在することはあり得ない。原告は,初代及び2代目Mαの家系の3代目Mα(D)の四男で,昭和20年に同家を家督相続した(原告の3人の兄は既に他界していた。)から,「真葛」及び「真葛焼」又はこれに類似する商標に化体した信用は,原告が有することになったのであり,初代Mαの後継者として「真葛」及び「真葛焼」の商標を正当に使用できるのは,原告を除いて存在しない。 (被告の主張)初代Mα(C)が京都・真葛ヶ原に窯を有して陶器を制作し,明治3年ころ妻子門弟とともに横浜に移って開窯したことは認めるが,その際に,京都でCを手助けしていたM家の本家筋に当たる被告の系統のEβは,そのまま京都に残って陶芸活動を続け,茶器を初めとした伝統的な京焼の陶芸を極 門弟とともに横浜に移って開窯したことは認めるが,その際に,京都でCを手助けしていたM家の本家筋に当たる被告の系統のEβは,そのまま京都に残って陶芸活動を続け,茶器を初めとした伝統的な京焼の陶芸を極めていった。つまり,この時に真葛焼は,京都と横浜とに分岐し,その後京都(被告「β」の系譜)においては伝統的な陶芸を,横浜(「α」の系譜)においては,外国人に好まれる斬新な陶芸をそれぞれ開花させていった。被告は,この京都の真葛の大名跡・Mβの5代目(真葛βとしては父に継ぎ2代目)を襲名し,昭和20年の横浜大空襲により横浜真葛の陶芸活動が絶えた後も,「真葛焼」を伝承する著名な陶芸作家として茶器や花瓶等を創作してきた者である。 なお,4代目αは,原告の叔父であるFであって,Fの死去により,横浜の真葛焼の系統は後継者がなく,陶芸家としてのαの系譜は途絶えたのであり,現在では京都の真葛しか存続していない。 原告は,「真葛」を表示する独占的権利は直系の原告自身が承継保有し,これを未成年であった原告がFにライセンス(使用許諾)していたというが,窯の復興の努力すらせず陶芸に無縁の原告がそのような意思を有するはずもなく,かえって叔父である4代目α(F)にすべてを委ねていたとみるべきである。 (2) 本件標章の被告商品表示としての周知性の有無(争点(2)ア(ア))(被告の主張)被告は,その作品の芸術性の高さや,茶陶の道を極めることから,茶道の千家流のお家元と繋がりが深いということもあって,京都においてはもとより,全国的にも有名な陶芸家である。今日において,真くず焼の真贋鑑定はすべて被告に依頼があり,これを行っている。このようなことからも,本件標章が全国的に被告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていることは明らかである。 (原告の主張)否 焼の真贋鑑定はすべて被告に依頼があり,これを行っている。このようなことからも,本件標章が全国的に被告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていることは明らかである。 (原告の主張)否認する。 (1)における原告の主張のとおり,「真葛」又は「真葛焼」といえば,原告の家系にある初代Mαの父・MG及び歴代のMαの陶器を表す商標として日本及び日本国外において周知・著名な商標であって,被告の制作した陶器を表す商標として周知であるものではない。被告は京都においてそれなりの製陶活動を行っているようではあるが,その陶器はMG及び歴代のMαを受け継ぐ陶器として誤って認識され,本件標章は純粋に被告個人の陶器を表す商標としては認識されていない。 また,被告商品を表すものとして周知になったとしても,そのような内容の雑誌やパンフレットの発行された昭和53年以降のことである。 (3) 被告の不正競争目的の有無(争点(2)ア(イ))(被告の主張)被告は,5代目Mβとして,いわば自身の腕だけで世間に評価される逸品を創作し続けてきたのであり,不正競争の目的などあろうはずがない。大正5年5月の初代αの葬儀に際しては,被告の先代のMβが親戚総代として列せられるほどで,京都のM家と横浜のM家の親交が厚く円満かつ良好であったことは容易にうかがい知れるところであり,原告の主張するように,両家は親戚関係になく被告が勝手に親戚であることを名乗っているにすぎないとか,京都「真葛」の陶芸活動を横浜M家が知らず,知っていれば許さなかったとかいうことは,全くあり得ないことである。 ちなみに,「真葛」という商標の商標権は,もともと被告及びその先代が保有していたが,商標権の更新手続を忘れたために抹消されたという経緯がある。被告等が「真葛」を商標登録出願したのは,いうまでもな ちなみに,「真葛」という商標の商標権は,もともと被告及びその先代が保有していたが,商標権の更新手続を忘れたために抹消されたという経緯がある。被告等が「真葛」を商標登録出願したのは,いうまでもなく,M家による「真葛」の名称を保全しておくためであり,横浜真葛の信用を利用しようと企図したものなどではなく,第三者による侵害から防護するためのものであることは明らかである。原告が証拠の提出を求める昭和35年以前においても,被告は,「真葛」又は「真葛焼」の標章を使用していた。 (原告の主張)被告は,「真葛」及び「真葛焼」の制作者として有名なMα家と何らの関係がないにもかかわらず,同家の家系図をねつ造し,あたかも自分が同家と関係がある旨の虚偽の広告活動を行って取引需要者を欺き,自ら制作した陶器を「真葛焼」と称して製造・販売しているのであり,この被告の行為は,被告の制作した陶器が,初代Mα及びその後継者の作品と関係があり,これと同品質を有するものと誤認混同させる不正競争行為である。 仮に京都等において,被告にある程度の地位・名声があったとしても,それは,被告が昭和40年代から歴代のMα及びその作品である真葛焼の名声及び信用を不当に利用して作り出したものにすぎない。「真葛」「真葛焼」といえば,歴代のMαの制作した陶器を表すものとして世界的に著名となっている中で,歴代のMαが,その窯と関係のない被告やその先代に対し,その商標の使用を許可するわけはない。被告の先代であるMβは,歴代のMαが商標権の取得を考えなかったことにつけこんで,「真葛」に化体した信用を利用しようと企み,商標登録出願を行い,商標権を取得した。歴代αの容認を得て「真葛」「真葛焼」の名称を使用したとすれば,歴代α名儀で登録を受けていなければならないものである。 (4) 被告による本件標 用しようと企み,商標登録出願を行い,商標権を取得した。歴代αの容認を得て「真葛」「真葛焼」の名称を使用したとすれば,歴代α名儀で登録を受けていなければならないものである。 (4) 被告による本件標章の先使用権の有無(争点(2)アのまとめ)(被告の主張)被告は,昭和21年に茶陶の道に入って以来,今日まで途切れることなく陶芸活動に親しみ,数々の名品を世に出してきており,その都度,本件標章を使用してきたのであるから,被告商品について継続して本件標章を使用していることは明らかであり,被告商品についての本件標章の使用は,商標法32条1項の先使用権の成立要件をすべて充足しているから,被告は,被告商品について,固有の,又は先代の業務を承継した者として,本件標章を使用する権利(先使用権)を有する。 (原告の主張)争う。なお,被告が茶陶の道に入ったのは昭和30年以降と思われる。 (5) 原告の権利濫用の有無(争点(2)イ)(被告の主張)商標登録の実際は,特許の登録審査のように技術的な比較判断が伴うものではなく,比較的容易に商標権を取得し得るため,他人の使用ブランドが未登録であることを奇貨として自己が商標登録を行い,かかる商標権に基づいて他人に対して不当な商標権行使を画策するという例がないではないことから,不当な商標権行使と認められる場合には,当該商標権の行使が権利濫用に当たることは判例法理となっている。 「真葛焼」という言葉は,もともと京都の真葛ヶ原という場所に窯を持って陶芸活動が営まれていたところから生まれたものである。また,原告は,陶芸界や芸術界に全く名前を知られず,正当な形で本件登録商標を指定商品に使用している事実はないのに対して,被告は昭和21年に陶芸の道に入り,研さん努力の末,今日,真葛焼を伝承する非常に有名な陶芸家としての名声を博 に全く名前を知られず,正当な形で本件登録商標を指定商品に使用している事実はないのに対して,被告は昭和21年に陶芸の道に入り,研さん努力の末,今日,真葛焼を伝承する非常に有名な陶芸家としての名声を博するようになった。今日において真葛焼といえば,正当に被告の作品を指称し,その出所を表示するものではあっても,原告自身の出所を表示する機能は全くない。原告は,被告や神戸M家に問い合わせるなど,誠実かつ慎重に調査すれば,家系図に接する機会を得るなどして,被告が家系をねつ造していないことが容易に判明したはずであるのに,一切そのようなこともせず,被告の祖先のことを何ら分からないまま,被告の名声を汚すなどの挙に出た挙げ句,本訴を提起してきたのであり,かかる理不尽な本件請求は,権利の濫用以外の何ものでもない。 原告自身がたとえ最近にいたって日曜大工的に陶作を行い始めたとしても,原告自身が「真葛」に化体した信用を有するわけではなく,そのことは,被告に対する関係において本件商標権を行使することが権利の濫用であることに,何ら消長を及ぼすものではない。 (原告の主張)争う。「真葛」又は「真葛焼」の商標は,その名前の当初の由来から離れていて,MG及び歴代のMαの制作した陶器を表す標章として世界的に著名であり,産地名称としてよりも商品の出所表示力は強い。また,真葛αを名乗れる立場の人間は3代目αの息子である原告以外に存在しないことから,原告は,本件登録を受け,真葛窯を再興せんとして平成元年から再び陶器を作り出し,「真葛」の商標を使用してきているのであり,技量において未だ歴代αには及ばず,芸術界に名前こそ知られてはいないものの,被告に対し商標権を行使することについて何らの不都合もなく,そのことが権利濫用になどなり得る余地がない。 (6) 原告の損害(争点(2) 未だ歴代αには及ばず,芸術界に名前こそ知られてはいないものの,被告に対し商標権を行使することについて何らの不都合もなく,そのことが権利濫用になどなり得る余地がない。 (6) 原告の損害(争点(2)ウ)(原告の主張)被告は,平成8年9月1日から平成13年5月25日までの間に,被告商品を少なくとも3億4154万円以上販売し,この商標の使用に対して原告の受けるべき対価は,商品販売価格の10パーセントが相当である。 (被告の主張)被告が,平成8年9月1日から平成11年9月末日までの間に,被告商品を2億2200万円以上販売したことは認めるが,損害性は争う。 (7) 主位的請求の成否(争点(2)のまとめ)(原告の主張)原告は,被告に対し,主位的に,ア商標法36条1項に基づき,本件商品並びにその容器,包装及び宣伝用カタログに本件標章を使用し,又は本件標章を表示した本件商品を販売し若しくは販売のために展示する行為の差止めと,イ同条2項に基づきアの侵害行為を組成した物の廃棄を求めるとともに,ウ民法709条に基づき,(6)記載の原告が受けるべき対価の内金(被告商品販売価格の6.5パーセント)として2220万円及びこれに対する不法行為の後である「第1 請求」の1(3)記載の各期日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の損害賠償を求める。 (被告の主張)争う。 被告は,本件標章の先使用権を有し,また,原告による本件商標権の行使はそもそも権利の濫用であるから,原告の請求はいずれも理由がなく,排斥されるべきである。 (8) 予備的請求の成否(争点(3))(原告の主張)仮に,被告の先使用の抗弁が認められ,原告の主位的請求が認められない場合には,原告は,被告に対し,予備的に,商標法32条2項に基づき,ア第1次的には本件標 求の成否(争点(3))(原告の主張)仮に,被告の先使用の抗弁が認められ,原告の主位的請求が認められない場合には,原告は,被告に対し,予備的に,商標法32条2項に基づき,ア第1次的には本件標章と同じフォントサイズで,イ第2次的には本件標章の半分以上のポイント数のフォントサイズで,「第1 請求」の2又は3のとおり,出所混同防止表示をすることを求める。 (被告の主張)争う。 原告の予備的請求は,審理終結間際になって新たな請求を追加するもので,明らかに時機に後れた攻撃方法であり,却下を求める。 仮にそうでなくても,誤認混同防止表示付加請求権は,先使用権が成立する場合に常に商標権者に付与されるものではなく,誤認混同のおそれがあり,その必要性が認められて初めて,かかる請求権が成立するところ,本件において,被告商品は,極めて美的価値が高い美術陶芸品であるから,制作者によって作品の評価も変わってくるものであり,抽象的な「真葛」という表記のみに着目されて取引されるようなものではなく,陶芸家として無名の原告と被告の作品とが,取引の実状において誤認混同を来すなどということはあり得ない。また,そもそも今は無き横浜真葛の歴代αの真葛窯を引き合いに出すのも明らかに失当ではあるが,これと歴代の京都真葛のMβの真葛窯が,陶芸界においてそれぞれ別個に相当な評価を受けるようになったのも古く第2次世界大戦前にまで遡るのであり,双方の窯の作品は,その作風の違いなどから,美術陶芸品の需要者の間においても厳然と区別して扱われてきて,歴史的に立派に併存しているのであり,そのような来歴にもかかわらず,両者に誤認混同が生じるとして,わざわざ「京都」なる表示を冠記しなければならないという原告の主張は,全く理解できない。 このように,そもそも原告の作品と被告の作品との間に ような来歴にもかかわらず,両者に誤認混同が生じるとして,わざわざ「京都」なる表示を冠記しなければならないという原告の主張は,全く理解できない。 このように,そもそも原告の作品と被告の作品との間に誤認混同など生じるはずがないのであるから,それを防止するための表示付加請求権は発生しない。仮にこれが発生し得るとしても,原告が,本件商標権により保護されるべき経済的・社会的実体を何ら備えない一方,被告は長く「真葛β」とか「真葛さん」とも称されるに至っていること等に鑑みれば,原告による表示付加請求権の行使は権利濫用と評価されるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 「真葛焼」の発祥と原被告への系譜(争点(1))について(1) 判断の順序本件は,直接には,「真葛」という商標権(本件商標権)の侵害訴訟であるが,背景事情として,「真葛焼」という焼き物の発祥の経緯とその原告・被告双方への関わりが,本件標章に周知性があるか否か,それがあるとして誰の商品に係るものとしての周知性か,被告による本件標章の使用に不正競争の目的があるか否か,等の本件各請求に係る主要事実に関する争点(争点(2)及び(3))に深く結び付いており,その点が先決の争点であると位置付けられるので,まずこの点に係る両当事者の主張の当否を判断する。 (2) 「真葛焼」の制作と原被告の家系に関する事実ア認定できる事実そこで検討するに,証拠等(適宜末尾に略記する。)によれば,「真葛焼」の制作と原被告の家系に関する事実として,以下の各事実が認められる。 (ア) 「真葛焼」の発祥と江戸時代におけるM家の作陶活動京都・下河原で楽焼を作っていた茶碗屋・MHは,安永2年(1773年)に没したが,その息子である2代目Hは,家業を継ぎ,下河原の真葛ヶ原に陶窯を築いて土焼をした。「真葛焼」の名は,2代目 作陶活動京都・下河原で楽焼を作っていた茶碗屋・MHは,安永2年(1773年)に没したが,その息子である2代目Hは,家業を継ぎ,下河原の真葛ヶ原に陶窯を築いて土焼をした。「真葛焼」の名は,2代目Hの直系であるGが同所においてさらに家業を継ぎ,真葛と号して陶器を制作したことに由来する。 Gは,文化文政時代(1804-1830年)のころには,名石工として知られたIとも親交があって楽Gとも呼ばれたが,妻・Jとの間に幼いK(安政6年(1859年)生まれ)を残して死亡したため,Jは,Kを連れて,Gの弟・C(天保13年(1842年)生まれ)と再婚した。 なお,そのころ相前後して,茶碗屋の遠戚である絵師・E赤?βが京都・b東に,その弟・Lが同じくb西において,それぞれ作陶を営んでいた。 ((ア)全体につき,甲1・17,乙1・50,乙52の1から8,弁論の全趣旨)(イ) Cの移住と横浜M家Cは,Gの遺志を継いで,真葛αの号をもって作陶活動を続け,真葛焼の名をさらに高め,有栖川宮の勧誘と薩摩藩士・小松帯刀の後援により,明治3年(1870年)に家族を連れて横浜に移住した。 Cは,同所の南太田に陶窯を築いて制作に励み,成長したKもこれを手伝った。 Cは「舶来α」として,日本のみならず欧米にもその名を知られるようになり,その後帝室技芸員となって,アメリカ合衆国シカゴで開催された万国博覧会にも出品する等の活躍をしたが,大正5年(1916年)に死没し,K及びその嫡子のDが2代目・3代目αとして跡を継ぎ,Dの妻・N並びにKの妹O及びその夫・Pが,これを助けた。 ((イ)全体につき,甲1・13から15・17)(ウ) 京都におけるMβの系譜他方,京都においては,a東のE赤?βを慶応元年ころに家督相続した養子・Q(弘化3年(1846年)生まれ。幼名q)が, ((イ)全体につき,甲1・13から15・17)(ウ) 京都におけるMβの系譜他方,京都においては,a東のE赤?βを慶応元年ころに家督相続した養子・Q(弘化3年(1846年)生まれ。幼名q)が,Qβを名乗って戸籍上の名も「β」に変更し,Cを手伝っていた(乙1の80頁以下,乙3・4,弁論の全趣旨)。Cの転出後,Qβは,明治42年5月5日に馬町通に分家し,その長男・MR(明治27年2月2日生まれ)がa東の籍を継いだ。大正6年5月4日,Rがβを襲名し,Qβは戸籍名をqqに再び変更した。(乙3・4)Rβの弟でQβの次男であるS(明治30年4月23日生まれ)は,それを遡る小学校修了後の明治42年ころから京都市徒弟伝習所において作陶を学び,その後も制作経験を重ねてやがて主に茶道具の芸術活動を志すようになっていた(乙1の76頁以下)。 Sは,大正6年秋にはTと結婚し(ただしこの時点では未入籍),Rβが大正8年2月15日に死亡したためこれを家督相続した。大正8年7月3日に長女・Uが産まれた後,同月5日にβに戸籍名を変更,同月9日にTと入籍し,その後さらに1女を設けた。(乙1の79頁,乙4・5)。 Sβは,昭和4年には茶道の名門・Vに入門して学ぶとともに,昭和5年の帝展以降,様々な展覧会にも茶器を出品するようになった。主に欧米向けに鮮やかな装飾をもって制作され「マクズ・ウェアー」とも称されるようになっていた横浜の真葛焼(甲1・11・13・18・33,証人Z1)とは異なり,Sβの作品は,真葛Gのころの京焼の作風を志向した。Sβは,やがて横浜でCαを継いでいたKα(2代目真葛α)らにも認められて,昭和8,9年ころから真葛βを名乗るようになり,前記Vから「真くず焼」の箱書をもらう等して,その後も茶道の宗匠の御好物に指定される作品を作り続ける等の活躍を たKα(2代目真葛α)らにも認められて,昭和8,9年ころから真葛βを名乗るようになり,前記Vから「真くず焼」の箱書をもらう等して,その後も茶道の宗匠の御好物に指定される作品を作り続ける等の活躍を続け,永誉βとも呼ばれるようになった。(乙1の76頁以下,乙2・43から49,被告本人)Sβは,昭和15年4月5日及び昭和36年4月1日には,陶磁器類等を指定商品とする「真葛」の商標を登録した(乙7の1・2,乙8の1・2)。 (エ) 被告とMβ家との関わり被告は,大正11年3月9日,W1とW2の間に長男として生まれた(乙6・51)が,Tと従姉弟の関係にあったため,Sβの家には幼いころから馴染みがあった(乙1の79頁,被告本人)。 被告は,第2次世界大戦に出征帰還後の昭和21年4月に国立陶器試験所(訓練校)に入校する(乙51,被告本人)とともに,昭和22年6月21日にSβの長女・Uの籍に入って婚姻し,作陶の修業を積んだ(乙6,弁論の全趣旨)。 被告は,昭和44年3月7日に,Tが死亡した後,同年6月19日にMβ(Sβ)と正式に養子縁組する旨の届出をして,同年7月3日に現在の肩書住所地に転籍し,同年11月6日に昭和36年の登録商標権を,昭和47年の春に家督とβの名跡を,それぞれSから譲り受けて陶芸活動を続け,以後概ね「真葛さん」と呼ばれている。Sβは,隠居後,昭和62年5月3日に死亡した。(乙1の79頁,乙5・6,乙8の2,乙31被告本人)(オ) 横浜M家のその後と原告横浜のM家では,Kαが昭和15年4月19日に死亡し,その後,D及びその妻並びに長男・Z3らも陶芸活動をしていた最中の昭和20年5月29日に,横浜大空襲に被災して死亡し,Dの子らのうちでは,次男及び三男も既に他界していたため,四男である16歳の原告及び姉たちのみが残され(甲1 長男・Z3らも陶芸活動をしていた最中の昭和20年5月29日に,横浜大空襲に被災して死亡し,Dの子らのうちでは,次男及び三男も既に他界していたため,四男である16歳の原告及び姉たちのみが残され(甲14・15・32,原告本人),原告がDを家督相続したが,未成年であったため,Dの弟・Fが後見人となった(甲16)。 Fは,Dの生前は,主に釉薬の調合を行う職人としてDを補助していたにすぎず,被災後,α窯は途絶えていたが,1年後,親戚のX1が出資と窯の再興を提案したため,Fはこの話に乗り,製陶を始めて,4代目A4を名乗った。しかし,Fの作品は,次第に商業主義的・大衆主義的な傾向を強める等したこともあって,陶芸界から評価されることはないまま,数年して廃業し,Fは昭和34年7月7日に死亡した。(甲12・32・37,証人X2,原告本人)原告は,他人の資本でα窯を再興するのは面白くないと考えていたため,Fのもとを離れて後,陶芸活動に携わることなく,技術系の会社員等として生計を立ててきていたが,子供の手の離れた平成元年ころに,持ち家を改築するのを契機としてα窯を復興することを考え,以後,会社員をしながら陶器を焼き,これに「真葛」の表示をしている。原告の制作した陶器は,知己や隣人が分けてほしいと言ってくれば売ることはあるが,未だ陶芸界では全く認められるに至っていない。(原告本人,弁論の全趣旨)イ反対証拠等の評価なお,上記認定に反するいくつかの証拠及び原告の主張があるが,これらについては,以下のように考えられる。 (ア) 神戸M家作成の家系図(乙50,乙52の1から8)についてまず,標記の書証中,明治9年1月21日生まれのMQとの表記があるが,これは,戸籍の記載に照らすと明治27年2月2日生まれのMRの誤りではないかと思われる。同家系図はL筋の子 の1から8)についてまず,標記の書証中,明治9年1月21日生まれのMQとの表記があるが,これは,戸籍の記載に照らすと明治27年2月2日生まれのMRの誤りではないかと思われる。同家系図はL筋の子孫である神戸M家のX3及びX4の手により昭和2年及び14年に作成されたものであり,傍系の親族であるE赤?β筋の特に古い時分の家系については,信用性がやや落ちると考えられるので,公文書で信用性が高いと考えられる戸籍(乙3・4)及びこれと一致する被告の著した書籍『真葛』上の記載(乙1の85頁)を真実と認める。 なお,同家系図にこのような誤りが一部あるとしても,その全体としての証拠価値が低下するものではない。 (イ) 書籍『真葛』(乙1)及びM家々誌(甲17)に登場する人名について次に,標記の各書証上,戸籍名と異なる表記がされている者が散見されるが,時代背景からして,戸籍名と読みの同じ通称表記を用いる場合も多かったと考えられ,これらは同一人物とみて問題ないと解される(この場合,初出時に,通名(上記各書証上の表記)に続いて,括弧内に戸籍上の本名を併記した。)。 ただし,「T」と「t」とは相当に氏名が相違するが,これについても,『真葛』におけるTの死亡日と戸籍上のtの死亡日が一致していること,だいたいの結婚の時期(なお,大正時代当時は結婚と入籍の時期が数年単位で一致しない場合もあったと解される。)及びTが2女を設けてその長女がUであるとの記述もtの戸籍と合致すること,被告本人が養母をTと呼んでおり,名を間違えるとも考えにくく嘘を述べる理由も格別ないことから,同一人物であると認める。 (ウ) 永誉βの活動の有無に係る原告の主張について原告は,永誉βの昭和35年ころまでの陶芸活動が不明である旨を主張するが,茶道のZ212代家元・X5宗匠の昭和4年又は9年 一人物であると認める。 (ウ) 永誉βの活動の有無に係る原告の主張について原告は,永誉βの昭和35年ころまでの陶芸活動が不明である旨を主張するが,茶道のZ212代家元・X5宗匠の昭和4年又は9年ころの花押のある真くず焼七宝スカシ水指(乙44から47・49),昭和13年真葛β作の「以良保写」の茶碗(乙33から35)及び利休居士350年記念(昭和15年。乙43)の「利休頭巾」の食籠の真くず焼(乙36から39)並びにこれらについて前記Vの息子・X6の記した文章(乙1の12頁),X7(昭和23年)作成の「真くず」の額(乙40から42),X5の孫でZ213代家元・X8宗匠の昭和25年の花押のある真くずヤキ祥瑞写(乙2・43・48)等が現存することからすれば,永誉βは昭和の初期から積極的に制作活動に励んでいたと十分に認められるのであって,原告の上記主張は全く根拠がない。 (エ) 京都M家の活動に対する横浜M家の認識に係る原告の主張についてまた,原告は,Kα又はDαは,被告又は永誉βが「真葛」という商標(本件標章)の使用していたことを知らなかったのであり,被告はこれらを勝手に使用している旨を主張する。 しかしながら,原告の母であるMNからMβ宛の昭和11年4月23日消印の封書(乙27の1・2)の存在及び内容,並びに永誉βが横浜にも行ったことがあるという被告本人の具体的な供述からは,横浜M家と京都M家との間には親戚付き合いがあって,また,種々の贈り物もしていたことが明らかである(なお,乙27の1・2の原本の所在は不明であるが,封書に貼付された切手の額面額は「参銭」で,その消印も現在と異なり右から「神奈川」となっていて,作成時期が古く,横浜から投函されたことをうかがわせること,封筒と本文の筆跡が同一であると認められることから,その作成は真正であり は「参銭」で,その消印も現在と異なり右から「神奈川」となっていて,作成時期が古く,横浜から投函されたことをうかがわせること,封筒と本文の筆跡が同一であると認められることから,その作成は真正であり,被告が真実紛失しているだけであると認めることができる。)。これらの事実と,前記のとおり,既に昭和初期から永誉βが「真葛」を名乗って活動していたこととを併せかんがみれば,KαやDαが永誉βが「真葛」の商標を使用していたことを知らないはずがなく(なお,乙18,乙28の1・2,乙59,乙60の1・2,証人X9の一部も参照),同αらは,少なくとも黙示的には,永誉βが「真葛」の商標を使用することを許諾していたというべきである。 原告は,父のDや,叔父であり後見人であったFから,京都にも真葛窯があるとか,その使用を許可したとかいった話は聞いていない旨を供述するが,Dの生前は,原告が未成年であり,かつDは自らの死を予期できないような亡くなり方をしたのであるから,必ずしも近くはない親戚筋の話まで原告に伝え聞かせるとは限らないし,Fについては,もともと職人上がりでその後の真葛焼との関わりからしても陶芸そのものには明るくなかったことがうかがえるから,同人自身京都の真葛窯の存在を知らなかったこともあり得る。また,原告の姉・Y(甲15上はy)の手紙(甲19)も,Mβ家と親戚付き合いがあったとは認識していない旨を綴っているが,叔父のF家との親戚付き合いすらしていない者が,それより遠い親戚筋との付き合いについて詳しく知っているとも思われず,その内容的な信憑性は低いといわざるを得ない。いずれにしても,これらの証拠が,Kαが真葛βの活動を了承していたことを覆すに足りるものであるとはいえない。 (オ) 被告提出書証のねつ造等に係る原告の主張についてその他,原告は,被告提 を得ない。いずれにしても,これらの証拠が,Kαが真葛βの活動を了承していたことを覆すに足りるものであるとはいえない。 (オ) 被告提出書証のねつ造等に係る原告の主張についてその他,原告は,被告提出の証拠について,ねつ造や過誤の事実を指摘するが,ア認定の事実は,原告提出の書証であるM家々誌(甲17)の内容等に照らしても矛盾するものではない上,被告本人の供述態度及び被告提出書証の原本の状況からしてもねつ造等の事実は認められないというべきであり,他に,これらの証拠の内容が虚偽であると認めるべき点もない。 原告の上記主張は,思い込みに基づく面が強く,採用することができない。 以上より,ア認定の事実が認められる。 (3) 原被告又はその先代による「真葛焼」の制作活動の実態ア被告の家系の制作活動これらの(2)アに認められる各事実によれば,もともとの「真葛焼」の名の由来となった真葛ヶ原の窯は,Cが明治3年に横浜に移転したのに伴ってその後しばらくは使われなくなっていたというべきであるが,Sβが作陶活動に励んで真葛βを名乗ることが世に認められて以来,それとは別の窯で同人又はその婿養子である被告の手により制作された陶器類もまた,「真葛」又は「真葛焼」と呼ばれて,それが次第に定着していったと解される。つまり,京都の真葛焼は,横浜に移転した真葛焼の窯系譜を直接に引き継いだわけではないが,いわば,横浜の「元祖・真葛焼」に対して,京都の「復刻・真葛焼」とも評すべき形でその知名度を上げていったというべきである。特に,第2次世界大戦の戦火により横浜に移転した当初の真葛窯(α窯)が使われなくなり,さらにFが昭和34年7月に死亡して以降は,むしろ陶磁器類の需要者の間では,「真葛」又は「真葛焼」といえば,S永誉β又は被告の手になる陶器類を指すものとして,広く認識さ 窯(α窯)が使われなくなり,さらにFが昭和34年7月に死亡して以降は,むしろ陶磁器類の需要者の間では,「真葛」又は「真葛焼」といえば,S永誉β又は被告の手になる陶器類を指すものとして,広く認識されるようになり,その状況が現在にいたるまで続いてきたと解するのが相当である(乙9から15・19から24・26)。 イ原告の制作活動これに対し原告は,平成に入ってから窯を新たに造って,初めて本格的に作陶に取り組みはじめたもので,「真葛」の商標を付けるものの,その作品は陶磁器類需要者の間には認知されていない。 ウ Z1証人の証言についてZ1証人は,「真葛」を名乗るのを許されるのは,MG及び歴代α以外に存在しないと供述するが,同証人自身,そのいうところの「真葛焼」を「横浜真葛焼」と呼ぶこともあること自体は認めており,これは横浜以外にも真葛焼が存在することを推認させる事実である。もとより,同証人は,学生時代に世界美術史(日本と欧米間の美術交流)を専攻して,神奈川県立博物館(現・神奈川県立歴史博物館)に就職した者であり,就職後も神奈川県と関係する美術の範囲での研究が主で,茶陶美術には明るくない(甲18,証人Z1)というのであるから,茶陶界における京都真葛の地位について詳しくは知らない立場にあるというのが相当である。同証人の掲記の供述は,同時期に同じ名前の窯が2つ存在するのは考えられないという先入観に支配されて,相応の裏付けとなる調査をしていない上でのものであるから,こと京都真葛焼に関する部分は採用することができない。同供述が上記認定を覆すものではないというべきである。 (4) まとめよって,上記(2)ア並びに(3)ア及びイに認定した事実が認められるから,これらを前提に,以下,原告の各請求の成否を判断する。 2 主位的請求の成否(争点(2))に いうべきである。 (4) まとめよって,上記(2)ア並びに(3)ア及びイに認定した事実が認められるから,これらを前提に,以下,原告の各請求の成否を判断する。 2 主位的請求の成否(争点(2))について(1) 被告の主張まず,原告の主位的請求の成否を判断するが,被告は,原告の主位的請求に対する抗弁として,商標法32条1項に基づき被告による本件標章の使用に先使用権が認められる旨と,原告による本件商標権の行使は濫用である旨とを主張するから,前者に係る争点(争点(2)ア)から検討する。 (2) 本件標章の被告商品表示としての周知性の有無(争点(2)ア(ア))前記1(3)ア及びイに認定した事実によれば,本件登録商標が登録出願された平成3年12月13日には,本件標章は,既に被告商品を表示するものとして陶磁器類商品の需要者の間に広く認識されていたと認められる。 原告は,「真葛」又は「真葛焼」といえば,MG及び歴代αの陶器を表す商標として認識されていたと主張し,これに添う証拠(甲2・9)も存在するが,平成3年12月13日の時点においては,既に歴代αの手になる「真葛焼」が制作されなくなって久しかったから,これらの商標(本件標章)は,むしろ先代の永誉βによる昭和8,9年ころの著名な作陶活動から継続して制作活動に勤しんできた被告の茶陶器類等を示すものとして需要者には認識されているというべきである。『広辞苑』(甲2)等を援用する原告の上記主張は採用することができない。 (3) 不正競争の目的の有無(争点(2)ア(イ))また,前記1(2)ア(ウ)及び(エ)に認定した事実によれば,被告は,いわばKαから「真葛」を名乗ることを認められていた永誉βの跡を継ぐ形で真葛βを名乗っていただけで,横浜真葛とは異なる純京焼の制作を志向していたのであって,既に制作され 定した事実によれば,被告は,いわばKαから「真葛」を名乗ることを認められていた永誉βの跡を継ぐ形で真葛βを名乗っていただけで,横浜真葛とは異なる純京焼の制作を志向していたのであって,既に制作されなくなっていた横浜の「真葛」又は「真葛焼」の商標の持つ顧客吸引力にただ乗り(いわゆるフリーライド)しようとか,これを希釈化(いわゆるダイリューション)しようとかいった不正競争の目的のために本件標章を使用したものではないと認められる(永誉βによる商標登録についても同様である。)。 原告は,「真葛」又は「真葛焼」の商標を用いることができるのは,Kα及びDαの家督相続人である原告を措いてほかに存在しない旨を主張し,それを根拠として,被告による本件標章の使用が不正競争行為であると主張するようである。しかし,そもそも歴代αがこれらの商標を先行して登録していなかった以上,その商標の専用使用権が相続の対象になるものではないし,茶陶界のしきたりとして1つの商標を複数の家系で使うことが許されるか否かという事実上の問題はあるとしても,法律上は,先行の商標使用者(横浜のMα)が後行者(京都のMβ)による商標使用を了承した以上,当該後行者による商標の使用は問題がなく,それを受け継いで当該商標を使用している者にも,原則として不正競争の目的はないと評価せざるを得ないというべきであるから,原告の上記主張は失当である。 (4) まとめ以上によれば,被告は,本件登録に係る出願(平成3年)前から,日本国内において,不正競争の目的でなく,本件登録商標の指定商品である被告商品について本件標章の使用をしていた結果,本件登録に係る出願の際に,現に本件標章が被告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたというべきであるから,本件登録商標と本件標章とが類似しているとしても,被 標章の使用をしていた結果,本件登録に係る出願の際に,現に本件標章が被告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたというべきであるから,本件登録商標と本件標章とが類似しているとしても,被告は,商標法32条1項に基づき,継続して被告商品について本件標章を使用する権利(いわゆる先使用権)を有するというべきである。 被告が,被告商品に本件標章を表示して販売し又は販売のために展示する等の行為は,いずれにせよ正当な行為であるというべきであるから,原告の主位的請求は,その余の点(本件登録商標と本件標章の類似性並びに争点(2)イ及びウ)につき判断するまでもなく,既にこの点において理由がない。 3 予備的請求の成否(争点(3))について(1) 予備的請求に係る主張の可否以上のように,原告の主位的請求は理由がないから,次に原告の予備的請求の成否を判断する。 なお,被告は,原告の予備的請求である混同防止表示付加請求が,口頭弁論終結予定の期日に向けた準備書面において初めてされたことを捉えて,これを時機に後れた攻撃方法であるとして却下すべき旨を主張するが,予備的請求の追加は,訴えの変更としてそれ自体攻撃的な申立てであっても,その「方法」ではないと考えられる(大審院昭和16年10月8日判決・民集20巻20号1269頁参照)し,実質的にみても,商標法32条2項に定める混同防止表示付加請求権は,同条1項の先使用の抗弁が成立することを前提として認められるもので,訴訟の当初において,これに基づく請求を立てることを原告に期待することはできない性質のものであるから,本件における原告の予備的請求は,時機に後れた攻撃方法として却下すべきではない。 (2) 商標法32条2項の趣旨と混同防止表示付加請求権の成否の判断基準そこで,検討するに,商標法32条2項は,類 ,本件における原告の予備的請求は,時機に後れた攻撃方法として却下すべきではない。 (2) 商標法32条2項の趣旨と混同防止表示付加請求権の成否の判断基準そこで,検討するに,商標法32条2項は,類似の商品・役務についての類似の商標の使用に,一定の場合に先使用権を与えた同条1項を受けて規定されたものと考えられる。具体的には,同条1項にいう「類似」の商標とは,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるかによって決すべき(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)ところ,このような類似商標について先使用権を付与することによって,誤認混同のおそれがある複数の商標の使用が競合する状態を放置するのは,需要者にも不利益を及ぼすことから,需要者に誤認混同させることのないよう,同条2項は,商標権者に特別の請求権を付与したものと解されるのである。 そうすると,同条2項規定の混同防止表示付加請求権の成否を判断するにあたっては,翻って,問題となっている両商標がそもそも誤認混同を生じるおそれのある「類似」の商標であるか否かの検討が欠かせないところ,この商標の類否は,商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想の近似性の程度,一方の商標の周知著名性及び独創性の程度や,登録商標の指定商品等と先使用権者の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度,並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(前掲最高裁昭和43年2月27日判決,最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決・集民165号407頁,最高裁平成12年7月 需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(前掲最高裁昭和43年2月27日判決,最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決・集民165号407頁,最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁,最高裁平成13年7月6日第二小法廷判決・裁判所時報1295号353頁,各参照)。 (3) 本件登録商標と本件標章の類似の有無そこで,上記の見地に立って本件をみると,本件登録商標と本件標章は,外観及び称呼において近似することは争いがなく,観念についても,ともに京都の真葛ヶ原に由来する固有名詞であるという意味で共通し,近似性があることは認めなければならない。 しかしながら,被告が本件標章を表示している商品(被告商品)が主に観賞用の高価格の陶器類である(乙2)という特殊性にかんがみると,その取引者及び需要者は,普通に払われる注意力をもってすれば,当該商品に表示された標章(商標)にばかり着目することなく,その商品に現れた作者の能力・作風等から真贋等に注意して購入するのが通常であると考えられる。そして,前記認定(1(2)ア(オ)及び同(3)イ)のとおり,原告の陶芸経験・能力が必ずしも十分でないことからすると,本件登録商標に係る指定商品の取引者及び需要者において普通に注意力を払えば,本件標章を表示した被告商品と原告が本件登録商標を使用・表示した指定商品との間で,商品の出所に誤認混同を生じることは,まずあり得ないというべきである。 要するに,本件標章と本件登録商標は,その外観,観念,称呼において相当に近似するが,その表示される商品の取引の実情等をも含めて総合的に判断すれば,これらの間に商品の出所の誤認混同を生じるおそれはなく,結局において,本件標章と本件登録商標とはそもそも「類似」していないものといわなけ その表示される商品の取引の実情等をも含めて総合的に判断すれば,これらの間に商品の出所の誤認混同を生じるおそれはなく,結局において,本件標章と本件登録商標とはそもそも「類似」していないものといわなければならない。 (4) まとめよって,もともと本件標章と本件登録商標とは,その商品の出所に誤認混同を生じるおそれはないのであるから,本件標章の使用につき原告に混同防止表示付加請求権は発生しないというべきであって,これを求める原告の予備的請求は,第1次的なもの(第1の2)及び第2次的なもの(第1の3)のいずれを問わず,理由がない。 4 結論以上によれば,原告の主位的請求及び2つの予備的請求は結局いずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法65条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。 横浜地方裁判所第1民事部裁判長裁判官岡光民雄裁判官窪木稔裁判官平山馨
▼ クリックして全文を表示