【DRY-RUN】主 文 本件控訴を棄却する。 理 由 控訴の趣意は、弁護人田島久嵩、同星野タカ、同児島惟富共同提出の控訴趣意書 及び同補充書記載のとおりであるから、これを引用
主文 本件控訴を棄却する。 理由 控訴の趣意は、弁護人田島久嵩、同星野タカ、同児島惟富共同提出の控訴趣意書及び同補充書記載のとおりであるから、これを引用する。 控訴趣意第一点について。 所論は、要するに、原判決は本件当時の生活保護基準が違憲・違法とは断じ難いと判断しているが、同基準が健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りない劣悪・違法なものであることは明らかである、したがつて原判決には憲法二五条、生活保護法一条、二条、三条、八条、一二条、一三条の解釈適用、採証法則を誤つた違法、重大な事実誤認、理由不備、審理不尽などの違法があると主張する。 思うに憲法二五条は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として定めたもので、国が直接個々の国民に対して具体的・法律的な権利を付与し、これに照応する義務を負担したものではない。ただ国民は、憲法の趣旨を生かすために制定された法律、すなわち生活保護法によつて、厚生大臣の定めた保護基準による最低限度の生活を保障され、同法による保護請求権を有するものと解される(同法二条、八条一項参照)。もとより右の保護基準は、健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものであることを要するが(同法八条二項)、ここにいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは、固定した絶体的概念でなく、そのときどきの文化的・政治的・経済的状勢によつて流動する相対的概念であり、その具体的内容は、ある程度の個人差・地域差を免れない事柄の性質上、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定され得るものである。したがつてその認定判断は、厚生大臣の合目的的裁量(これは審議会の答申にもとづいて行われるが、最後には種々の条件を考慮した政治的判断による) 確定的要素を綜合考量してはじめて決定され得るものである。したがつてその認定判断は、厚生大臣の合目的的裁量(これは審議会の答申にもとづいて行われるが、最後には種々の条件を考慮した政治的判断による)に委ねられ、この結果については、当不当の問題として政府の政治的姿勢・責任が問われることはあつても、直ちに違憲・違法の問題を生ずるわけではない。単にその裁量が現実の生活条件を全く無視した著しく低い基準を設定する等、明らかに憲法・生活保護法の趣旨に反すると認められる場合にたけ、権限の濫用として違法の問題を生ずることが<要旨>あると解するのが相当である(以上昭和四二年五月二四日A訴訟事件最高裁大法廷判決参照)。記録を精査</要旨>し、かつ当審における事実取調べの結果をも参酌すると、本件犯行当時の保護基準は、社会福祉審議会生活保護分科会の中間報告にもとづき、それまで「エンゲル係数方式」によつていたものを合理的に改善した「格差縮小方式」によつて算定したものであること、この方式は昭和四〇年度から実施されており、従来「エンゲル係数方式」によつて算定された保護基準を前提としながら、一般の生活水準が相当伸びてきている状況にかんがみ、その伸び率以上に生活保護基準を伸ばし、両者の格差を縮小することをねらつたものであること、昭和四〇年度から四四年度にいたる扶助基準改定率は政府の経済見とおしによる個人消費支出の伸び率よりも〇・一ないし三・三パーセントほどうわまわるところで決定されていること、その結果、昭和四三年度および四四年度の一般勤労世帯と被保護労働者世帯の消費支出の格差は、東京都の場合で約五三パーセントにまで縮小され、そのうち一人当りの飲食物費支出は、昭和四三年度で一般勤労者世帯が月六、三九八円、被保護労働者世帯が五、〇二四円、四四年度で前者が月七、一三四円、後者 東京都の場合で約五三パーセントにまで縮小され、そのうち一人当りの飲食物費支出は、昭和四三年度で一般勤労者世帯が月六、三九八円、被保護労働者世帯が五、〇二四円、四四年度で前者が月七、一三四円、後者が五、七一一円となつていて、その格差はそれぞれ七八・五パーセント、八〇・一パーセントにまで縮小されていること等の事情が認められる。これらの事情に徴すれば、当時の生活保護基準は、いちおうの合理的な算定方式によつて設定されており、明らかに憲法・生活保護法の趣旨・目的に反するといえるほど低額・劣悪であつたとは考えられない。論旨は結局理由がない。 控訴趣意補充書第一点について。 所論は、本件保護基準が違憲・違法でないとしても、これが適正な基準を大幅に下廻つていることは明らかであり、国がこのような基準しか設定せず憲法上の義務を怠つている場合には、原則として刑罰を科することは許されない、適正基準を確定し、生活保護費、現実の収入などを合算して、これが右の適正基準をこえる場合にはじめで処罰てきるのである。そうであるのに原判決が適正基準を具体的に確定することも、被告人の全収入がこれを越えたかどうかを判断することもしないて、直ちに違法性を認めたのは、審理不尽、理由不備、法令適用の誤りであると主張する。 しかし、健康で文化的な最低限度の生活とは、先に説いたとおり流動的な相対的概念であつて、その具体的内容は、事柄の性質上多数の不確定要素を勘案して決定せざるをえないものてあるから、特定の時期をかぎつても、それを算術的正確さで明確に決定するのは困難である(所論が引用する厚生省の予算要求説明書は、予算要求のための資料であつて、ここに記載された数字を動かしがたいものとみることはできない)。このような事情にかんがみ、その最終決定は、厚生大臣が専門・技術的な審議会の答申にも の予算要求説明書は、予算要求のための資料であつて、ここに記載された数字を動かしがたいものとみることはできない)。このような事情にかんがみ、その最終決定は、厚生大臣が専門・技術的な審議会の答申にもとつき合目的・政治的観点から下すべきものとされているのである。したがつて、裁判所がその適正な具体的基準を認定しこれを基礎に問題を判断すべきであるという所論は、裁判所に託された司法審査の限界をこえた要求というほかなく、原審が適正基準を確定しなかつたことが不当・違法であるとはいえない。論旨は前提を欠き採用できない。 控訴趣意第二点について。 所論は、要するに、原判決は、「保護基準が違憲・違法なものであつても、」被告人が毎月三五、二五〇円から七〇、八七八円の収入を得ていながら本件犯行に及んだのであるから、これを正当な権利行使と認められないと説示するが、保護基準が違法ならば、適正な基準額にみつるまでの保護請求権を有するはずであり、その限りにおいて被告人の行為は右の請求権の行使であり、国には財産的被害がないから無罪である。かりに被告人の収入が一部適正基準をこえた場合にも被告人にはどの部分が超過したのか区別がつかず騙取の故意がないからやはり無罪である、原判決には審理不尽、理由不備、事実誤認などかあると主張する。 しかし、所論指摘の原判決にいう「保護基準が違憲・違法なものであつても」という趣旨は、原判決全体をよむと、「自己の生存権を確保するためなら国に対しどんな手段に訴えてもよいという筋合いのものではない、そこにはおのずから限度があり、欺罔という違法な手段で過分な保護費を入手することまで正当な権利行使とみることはできない、かりに所論のような保護請求権があるとしても、その行使は、適正な手段・手続によるべきである。」というにすぎないと解される。またこれまで な保護費を入手することまで正当な権利行使とみることはできない、かりに所論のような保護請求権があるとしても、その行使は、適正な手段・手続によるべきである。」というにすぎないと解される。またこれまでに明らかにした事情にかんがみれば、法律上被告人に欺罔の意思がないとすることは困難である。以上の理由でこの点の論旨も採用することはできない。 控訴趣意第三点について。 所論は、元来不正受給には行政指導・行政処分が優先し、実際にもそのような取扱いしかされていなかつたのに、被告人が「B会」の理事をしていたためこの組織を壊滅させるため及び生活保護費受給者を減らすためという政治的・政策的意図からした違法な公訴の提起であるから、刑訴法三三八条四号により公訴を棄却すべきであり、これをしなかつた原判決は、刑訴法一条、検察庁法四条の解釈を誤り、刑訴法三三八条四号に違反していると主張する。 しかし、およそ詐欺罪にあたる不正受給の容疑がある場合に、これを捜査し公訴を提起し得ることはいうまでもない。生活保護法の諸規定にかんがみても、不正受給にかぎつて行政指導、行政処分を優先させるべきであるとは思われない(この点は後述)。また、本件が長期にわたつて行われ、被害総額も四〇五、五三〇円に達していることなと事案の具体性に着目すれば、当時の被告人の家庭の生活状況、犯行の動機等を考慮しても、本件が処罰に値いしない行為とは認めがたく、他の同種事案に対する判決例と比較しても本件起訴に公平さを欠く点があつたとは考えられない。なお所論にかんがみ記録を検討しても、本件起訴が不当な政治的考慮にもとづいて行われたという証拠はない。論旨は理由がない。 控訴趣意第四点および同補充第二点について。 <要旨>所論は、要するに、本件には生活保護法八五条本文を適用すべきであり、これに刑法二四六条一項 づいて行われたという証拠はない。論旨は理由がない。 控訴趣意第四点および同補充第二点について。 <要旨>所論は、要するに、本件には生活保護法八五条本文を適用すべきであり、これに刑法二四六条一項を適用し</要旨>た原判決は、右各法条の解釈適用を誤つていると主張する。しかし、原判決のかかげる証拠によれば原判示事実を優に認めることができ、これが刑法二四六条一項に該当することは疑いない。たしかに本件は同時に生活保護法八五条本文にも触れるものと認められる。しかし同条但書は、刑法に正条があるときは刑法によつて処罰する旨明確に規定しているから、本件につき詐欺罪を適用した点に違法はない。所論指摘の所得税法二三八条は規定の態様・趣旨を異にし、本件に適切でない。論旨は理由がない。 控訴趣意第五点について。 所論の要旨は、被告人の担当ケースワーカーCは、被告人が稼働―収入を得ていることをある程度知つており、また福祉事務所も被告人の本件程度の別途収入は容認しながら生活保護費を支給していたものと思われるから、欺岡行為とそれによる錯誤はない、原判決が本件を詐欺罪と認定したのは、刑法二四六条一項の解釈適用を誤り、採証法則に違反して事実を誤認したものであるという。 しかし、Cは原審で証人として尋問を受けたさい、昭和四四年一〇月末か一一月初旬に被告人が働いて収入を得ているとの旨の電話密告を受けたので、被告人に会つて真否を確かめ、保護辞退の申請手続をとらせた、その以前には被告人が働いていたことは知らなかつたとはつきり証言しており、この供述の信用性には格別の疑問点は見あたらない。もつとも、ケースワーカーが被保護世帯における若干の臨時収入の存在を感知しながら見て見ぬふりをし、これを深く追求しないことがあることは証拠上も否定しがたい。しかし本件のように一定の会社に雇われ ない。もつとも、ケースワーカーが被保護世帯における若干の臨時収入の存在を感知しながら見て見ぬふりをし、これを深く追求しないことがあることは証拠上も否定しがたい。しかし本件のように一定の会社に雇われ、継続して相当額の収入を得ているような場合まで、これを看過して保護費を支給する取扱いがされていたとは考えられない。このことは、被告人につき保護打切りの措置がとられた経緯に照らしても明らかである。なお別途収入のある場合にこれを届出ることは法律的義務と認めるほかないこと、(生活保護法六一条参照)、被告人がこの義務を怠つて所定の届出を全くしなかつたこと、このため福祉事務所長が被告人に別途収入のあることを知らず、被告人を有資格者と誤信して毎月法定の保護費を交付していたこと等は、証拠上疑いがない。したがつて原判決に所論のような誤りがあるとは考えられない。論旨は理由がない。 控訴趣意第六、第七点について。 所論は、本件行為は可罰的違法性がなく、また被告人に対して真実の収入額を屈出させることの期待可能性もないから無罪である、原審はこれらの点で刑法二四六条一項の解釈適用を誤り、重大な事実誤認、審理不尽の違法を犯したものであると主張する。 たしかに生活保護基準が相当低く、被告人のように育ちざかりの学童二人と病弱な妻を抱え、自らも持病を有するものにとつて、保護費だけて生計を立て、子供達を養育し教育することが容易でなかつたことは証拠上も察するにかたくない。しかも被告人の場合、生活保護を受ける前からの借金が累積し、これを保護費の中から返済していたというのであるから、なおさらであつたと思われる。被告人が持病をおして警備会社に就職した心情は十分理解できる。これらの点については同情を禁じえないとともに、政治的・行政的施策が一層適切に行われるよう期待する。しかし、生活 さらであつたと思われる。被告人が持病をおして警備会社に就職した心情は十分理解できる。これらの点については同情を禁じえないとともに、政治的・行政的施策が一層適切に行われるよう期待する。しかし、生活保護を受けているもの一般の苦しい生活の実態、これに近い生活を送つている低所得の人達が数百万に及んでいる事情に、被告人が得た収入が毎月三五、二五〇円から七〇、八七八円でその大部分は生活保護基準額をうわまわつていたこと、それにもかかわらず一年以上も全然収入の届出をせず、結局合計四〇五、五三〇円もの金員を扶助費名下に入手したものであることなとをあわせ考え、あれこれ勘案すれば、本件について違法性がないといえるほど事案が軽微であるとか、被告人に期待可能性がないとかいうことは困難である。論旨は理由がない。 そこで、刑訴法三九六条に則り、本件控訴を棄却し、当番における訴訟費用は同法一八一条一項但書に従い被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官横川敏雄裁判官柏井康夫裁判官斎藤精一)
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