【DRY-RUN】主 文 1 原判決を破棄する。 2 被告人は無罪。 理 由 本件控訴の趣意は、弁護人杉本昌純、同仙谷由人、同笠井治が連名で差し出した 控訴趣意書記載
主文 1 原判決を破棄する。 2 被告人は無罪。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人杉本昌純、同仙谷由人、同笠井治が連名で差し出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。 控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について所論は要するに、本件犯行当時被告人は心神喪失又は心神耗弱の状態にあつたのに、原判決は、当時被告人は複雑酩酊の状態にあつたとはいえ未だ心神喪失の状態でもなく、心神耗弱の状態でもなかつたと認定しているのであつて、この点において原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。 そこでまず、原審が弁護人の心神喪失及び心神耗弱の主張を排斥した理由をみてみると、主として被告人の当時の行動と被告人の犯行時の状態は病的酩酊とはいえないとするA作成の精神鑑定書の記載によつたものであることが判文上明らかである。そして、原判決の掲げる証拠によれば、原判示のとおり被告人が本件犯行前約三時間にわたり酒四合、ビール一本半、ウイスキーダブル四、五杯程度を飲酒し、犯行当時相当酔つていたこと、現在犯行当時の記憶を殆んどすべて欠いていること及びその犯行の態様も原判示のとおりであることが認められ、この点は当審において取調べた各証拠に照らしてもそのとおり認めることができる。 問題は、犯行当時の被告人の精神状態をどのようにみるべきかにあるが、当審鑑定人Bの第三、四及び一一回公判における各供述(ただし第三、四回公判分については供述調書。以下これらをB鑑定と総称する。)によると、被告人には内因性精神病、てんかん、中毒性及び病状性精神病は認められないが、メジマイド賦活による脳波検査(けいれん閾値を測定するための検査)及び飲酒時脳波検査、頸圧試験の結果などからみて、けいれん準備性が は内因性精神病、てんかん、中毒性及び病状性精神病は認められないが、メジマイド賦活による脳波検査(けいれん閾値を測定するための検査)及び飲酒時脳波検査、頸圧試験の結果などからみて、けいれん準備性が正常人よりも高く、何等かの原因でてんかん発作を起しやすい素因を有していること(この点はA鑑定人も否定していない)、被告人が帰寮後被害者達の部屋に寄つてベツドに寄りかかつた頃から犯行直後被害者から頭部を強打されて気がつくまでの間のことにつき完全健忘を残していること、本件犯行そのものが被告人の日頃の人格とは全く異質的であることなどからみて、本件は、酩酊中に意識障害を起しやすい被告人が、無差別、盲目的な興奮により突如として病的酩酊に陥り、もうろう状態にあつて、周囲に対する本質的な事実を誤認して犯行に及んだものと考えられる、というものである。 一方原判決の基礎となつた前記A作成の鑑定書では、本件当時被告人は泥酔していたが、これを病的酩酊と断定する根拠は乏しく、異常ではあつたが、病的とはいい難い、という結論を示しており、更に当審第七ないし九及び一二回公判における各供述(ただし第七ないし九回公判分は供述調書。以下右鑑定書を含めてこれらをA鑑定と総称する。)によると、同鑑定人が行つたメジマイド賦活による脳波検査の結果では、てんかん圏に入れられる病的状態は認められなかつたが、飲酒時の脳波検査の際、四三パーセントのアルコールを含むウイスキー四二〇CCを被告人に飲ませたところ、いわゆるα―δ(アルフアーデルタ)睡眠(これを病気の範ちゆうに入れてよいかは未だ見解が統一されておらず、断定し難い)と呼ばれる極めて特異な、異常に深い睡眠に入つたもので、このことからみて、被告人はアルコールの保有がある量に達した時点で突然深い睡眠に入る傾向を有しているものと認められ、本件 ておらず、断定し難い)と呼ばれる極めて特異な、異常に深い睡眠に入つたもので、このことからみて、被告人はアルコールの保有がある量に達した時点で突然深い睡眠に入る傾向を有しているものと認められ、本件当時の被告人は、本来ならばこのような深い睡眠に入るべき状態にあつたところ、何等かの強い刺激のため眠ることができないでもうろう状態になつていたものと考えられ、その状態は病的とはいい難いものであるが、しかしいわば病的酩酊と等価的な状態(意識障害が病的酩酊とほぼ同様の状態)にあつたと考えても差支えない異常な状態にあつたと判断される、というのである。同鑑定人はまた、このような状態は身体的には起きていたが、精神的には寝ていたというべき状態(夢中遊行あるいは悟性もうろう状態)といえるし、別の表現をすれば、精神的視野が極度にせばまつた状態ともいえる旨の説明も加えている。 右のようにB鑑定とA鑑定とではその内容に差異がみられるが、このような差異が生じた主な原因はメジマイド賦活による脳波及び飲酒時脳波の各検査結果並びにこれに対する所見の相違によることが明らがである。すなわち、B鑑定においては、メジマイド賦活による脳波所見として「メジマイド静脈注射後三分四〇秒後(メジマイド七五ミリグラム)に、全誘導に小棘波を伴つた高振巾徐波群発が両側同期性にみられ、明らかな低閾値を示しており、その脳波像はてんかん性の発作波である。」とし、これが病的酩酊の結論を導いた一つの重要な根拠となつているのに対し、A鑑定(当審における鑑定)では、このメジマイド(一〇〇ミリグラム)の負荷所見は「基礎律動の軽い不規則化がみられるが、徐波群や棘波等の発作波の出現はみられなかつた。」となつている(なおA鑑定の際、B鑑定にみられるような低閾値がなぜ示されなかつたのかは明らかでない)。一方飲酒時脳波検 律動の軽い不規則化がみられるが、徐波群や棘波等の発作波の出現はみられなかつた。」となつている(なおA鑑定の際、B鑑定にみられるような低閾値がなぜ示されなかつたのかは明らかでない)。一方飲酒時脳波検査においてA鑑定人がα―δ睡眠を認めていることは前記のとおりであつて、これが同鑑定人の判断に重要な根拠を与えているのに対し、B鑑定人はこの現象を認めていないのである。また、A鑑定人は本件当時被告人は泥酔すなわち強度の急性アルコール中毒状態にあつたとし、B鑑定人は、被告人の場合身体的失調を欠いており、泥酔状態とはいえないとするが、この違いはひつきよう泥酔の意義についての見解の差異に帰するものと思われる。 右のとおり両鑑定人の所見は、ある程度の相違を示してはいるが、本件当時の被告人の精神状態に対する大局的な見解については、その表現に差異はあるものの、実質的には近似していると認められるのであつて、これを病的酩酊と呼ぶか、あるいは病的酩酊と等価的な状態と呼ぶかの差異はあるが、当時被告人は精神的視野が極度に狭さくされた一種のもうろう状態にあつたという限度では一致した見解を示していると理解し得るのである。 そして、病的酩酊とまで断定するB鑑定人の所見についても、完全健忘、異常な酩酊状態、脳波異常などの根拠や、病的酩酊と等価的状態にあつたとするA鑑定人の見解に照らし、にわかにこれを否定し去ることは相当でないと考えられる。 もつとも、本件当時の被告人の行動は前判示のとおりであつて、一見通常人の意識的、合目的々行動であるかのように見えるが、C、D、Eの司法警察員に対する各供述調書、当審証人F、同Gの公判準備における各供述及びB、A両鑑定人の当審での各供述に照らすと、被告人はやゝ短気なところはあるようであるが、いわゆる酒癖は良く、飲酒して本件のような行動に出 する各供述調書、当審証人F、同Gの公判準備における各供述及びB、A両鑑定人の当審での各供述に照らすと、被告人はやゝ短気なところはあるようであるが、いわゆる酒癖は良く、飲酒して本件のような行動に出ることは平素の被告人の人格からは容易に考えにくいものであることが認められ、その意味で本件行為は人格異質性を示していること、またA鑑定人の供述によると、もうろう状態にあつても平素生活している寮内のことであるから、一階から二階の自室まで行つてナイフを持ち出し、階段を駆け降りるという行動は可能であつて、これを矛盾というべきでないことが理解されるのであつて、被告人の行動が一見悟性の整つた行為に見えることを理由として、前記両鑑定人の所見を否定することは相当でないものといわなければならない。また、当審証人Hの供述及び同人作成の現行犯人逮捕手続書の記載によれば、本件後間もなく(約一一分後)同人が被告人を現行犯人として逮捕する際、ぼう然と立つていた被告人に対しどうしたのかときいたところ、同人は「自分の部屋からナイフを持つてきてやつた」旨答えていることをうかがうことができ、また当審証人J晃の供述及び同人作成の弁解録取書によると、その約一時間後に川崎署内において、同人に対し「Iさんと喧嘩した覚えはあるが、刃物で刺した覚えはない」と答えていることが認められるけれども、被告自身は当審公判廷において右H、Jの両名にそのようなことを述べた記憶はなく、犯行直後から後のことに関しては、病院に連れて行かれ手術を受けた時のことを部分的にうつすら覚えているだけで(本件犯行の前後頃原因は不明であるが、被告人自身も腹部や胸部に切創を負つたことが証拠上明らかである)、翌朝一〇時頃留置場で目を覚ますまでのことを何も覚えていない旨供述しており、右供述が虚偽とも思われないことや、AB両鑑定 明であるが、被告人自身も腹部や胸部に切創を負つたことが証拠上明らかである)、翌朝一〇時頃留置場で目を覚ますまでのことを何も覚えていない旨供述しており、右供述が虚偽とも思われないことや、AB両鑑定人のこの点についての供述に徴すると、犯行直後被告人は被害者から頭を強打され異常な酩酊状態から急速に覚醒の状態に向かい、その後は島状健忘(部分的健忘)を残すに至つたこと、右H、J両名に対する被告人の供述は、右の覚醒の際の感覚や周囲の状況などから、これに接着した過去の事態をある程度さかのぼつて推断して述べたものとも考えられるのであつて、これらの供述内容から直ちに前記の両鑑定人の判断に疑問をさしはさむことも相当でないというべきである。 <要旨>以上のとおり、被告人の本件行為は、外形的には一見まとまりのある行動を示してはいるが、その平素の人</要旨>格態度からは相当かけ離れた異常な行動ということができ、しかも同人には右行為についての殆んど完全な健忘がみられるのであつて、B、A両鑑定人の前記の各鑑定結果を参酌して右行為当時の被告人の精神状態を考えると、当時被告人はアルコールなどの影響により病的酩酊ないしは極めてこれに近い意識障害をきたし、いわゆるもうろう状態に陥つていて、是非を弁別し、その弁別したところに従つて行動する能力を全く欠いていた疑いが濃厚であるといわざるを得ない。 当裁判所は、被告人の本件行為が一見悟性の整つた者の行動に見えるだけに、この点につき慎重に審理したが、結局のところ、被告人が当時右の能力を欠いていなかつたとまでは認めることができず、そうとすれば被告人の本件行為は刑法第三九条一項にいう心神喪失者の行為と評価、認定するほかなく、従つてこれを認めなかつた原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があることに帰する。 よつて、その余の控訴 れば被告人の本件行為は刑法第三九条一項にいう心神喪失者の行為と評価、認定するほかなく、従つてこれを認めなかつた原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があることに帰する。 よつて、その余の控訴趣旨につき判断するまでもなく本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八二条によつて原判決を破棄し、本件はすでに取調べた証拠により当裁判所において直ちに判決をすることができるものと認められるので、同法四〇〇条但書により自判する。 本件の公訴事実は原判決の罪となるべき事実と同一であり、ここに記載された外形的事実は原判決の掲げる各証拠に照らしてこれを認めることができる。しかし、前説示のとおり、被告人の本件行為は心神喪失者の行為と認めるべきであるから、本件は罪とならないときにあたるので、同法四〇四条、三三六条前段により主文2のとおり無罪の言渡をする。 (裁判長裁判官牧圭次裁判官永井登志彦裁判官本郷元)
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