令和6年5月23日宣告広島高等裁判所令和5年第115号公職選挙法違反被告事件原審広島地方裁判所令和4年(わ)第122号 主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人久保豊年(主任)、同吉谷光弘及び同三保友佳共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する(なお、弁護人は、当審第1回公判期日において、控訴趣意書第2の2項の公訴権濫用に関する主張は、不法に公訴を受理した違法をいう刑訴法378条2号の控訴理由を主張するものである旨釈明した。)。 論旨は、要するに、本件における現金の供与について選挙運動の報酬の趣旨を認めることはできず、被告人にその趣旨の認識があったと認めることもできないのに、それらを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、本件起訴はいわゆる公訴権を濫用した無効な公訴提起であるから、原判決には不法に公訴を受理した違法がある、というものである。 そこで、記録を調査して検討する。なお、弁護人の主張内容に鑑み、以下、控訴理由の論理的順序にかかわらず、事実誤認をいう論旨に対する判断を示した後に不法に公訴を受理した違法をいう論旨に対する判断を示すこととする(なお、略称については原判決のそれと同様である。)。 第1 事実誤認をいう論旨について 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、令和元年7月21日施行の参議院議員通常選挙に際し、広島県選出議員選挙の選挙人であり、同選挙に立候補する決意を有していたAの選挙運動者である被告人が、Aを当選させる目的で、同人への投票及び投票取りまとめなどの選挙運 動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、平成31年4月5日頃、自宅において、Aの配偶者であるBから現 選させる目的で、同人への投票及び投票取りまとめなどの選挙運 動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、平成31年4月5日頃、自宅において、Aの配偶者であるBから現金50万円の供与を受けた、というものである。 原判決は、本件選挙におけるAの置かれた状況、BがAの当選に向けて行っていた活動状況、被告人の立場、C問題を機に関係が悪化していたことを含む被告人とBとの関係性等のほか、本件当日におけるBの言動を踏まえ、Bは、奏功するか否かはともかく、被告人との関係改善を図ることを通じ、本件選挙においてAの当選に向け有利となる何らかの行動を期待して被告人に本件現金を供与したと推認できるとし、また、被告人も、上記のとおりのAの置かれた状況や本件選挙におけるBの立場を認識していたものである上、C問題が本件選挙に与える悪影響をBが懸念していたことも認識していたと推認することができるとし、そのような被告人は、本件当日のBの言動から、その際にAの選挙の話題があったか否かにかかわらず、Bによる現金交付の趣旨を認識したと優に推認することができるとし、なお、本件当時、被告人が「Aのことは別だ」などと発言し、これに対しBが応答することなく立ち去った行動について、被告人が本件現金について買収の趣旨が含まれることを認識し、かつ、Bがその趣旨を否定しないことも認識したことを示し、上記推認を裏付けているとして、上記のとおりのBの現金交付の趣旨を被告人も認識していたと認められるとの判断を示したものである。 所論は、①本件選挙に際し、Bにとっては選挙戦が厳しいものとは考えられない事情が複数あり、原審弁護人もそれらの事情を指摘しているにもかかわらず、原判決はこれらを無視ないし軽視している、②Bは、本件当時、C問題で険悪な関係になって っては選挙戦が厳しいものとは考えられない事情が複数あり、原審弁護人もそれらの事情を指摘しているにもかかわらず、原判決はこれらを無視ないし軽視している、②Bは、本件当時、C問題で険悪な関係になっている被告人に対し本件選挙でAのための何らかの選挙協力を期待できるような状況では全くなく、本件現金交付の趣旨は専ら被告人とBとの関係改善にあった もので、Bが、自ら被告人方を訪れ謝罪し、被告人にとって有利な提案をし、50万円もの本件現金を差し出した際に断られてもなお強い意思で現金を供与したという原判決が指摘する各事情は、Aの選挙応援の趣旨ではなかったとしても十分合理的である、③処罰されるべき選挙買収とそうではない政治家間の金銭授受を明確に区別するためにも、買収の趣旨を認めるには明確な依頼関係が必要であると解されるのに、原判決はこれを否定した上で明確な依頼関係のない本件において買収の趣旨を認めている、④被告人が「Aのことは別だ」と言ったのに対し、Bが何も述べずに立ち去ったのは、被告人の発言を肯定したとみるべきであり、百歩譲っても有耶無耶になるにすぎないのに、原判決はあえて被告人に不利に解釈して買収の趣旨が認められるという真逆の判断をしているなどと指摘し、本件現金について選挙買収の趣旨が含まれるものと認定した原判決を論難する。 しかしながら、上記所論①についてみるに、所論がいうように本件選挙においてAに有利な事情もあったことは否定できないにしても、広島県連がAの支援を行わない方針を決定し、Aが県内の支援団体等の組織的なバックアップを期待できなかったという当時の状況は、広島県全域を選挙区とする本件選挙においてAに不利に働き得る事情として指摘することができるのであるから、所論が指摘する事情は、当時の上記状況を指摘するなどして本件現 できなかったという当時の状況は、広島県全域を選挙区とする本件選挙においてAに不利に働き得る事情として指摘することができるのであるから、所論が指摘する事情は、当時の上記状況を指摘するなどして本件現金供与に選挙運動の報酬の趣旨が含まれていると推認した原判決の判断を左右するまでの事情とはいえない。 上記所論②についてみても、原判決が説示するとおり、被告人は、市議会議員かつ広島県連の副幹事長を含む複数の役職を務めている上、Aと同じa区を地盤として数百名規模の後援会を有し、Bの後援会会員とも一部会員が重複しているところ、Bにおいて、そのような被告人 との関係が悪化したまま市議会選挙が終われば、公示が約3か月後に迫った本件選挙における同地区での活動への悪影響が懸念され、被告人の選挙期間中に関係改善を図る必要があったと認められ、このような状況において、Bは、これまで被告人の選挙に際してしていなかったのに、50万円もの現金を供与しているのである。所論のいうように被告人とBとの関係が悪化しておりAのための協力依頼が期待できない状況であったにしても、Bがそのような状況を打開したいと考え、本件当日の言動に加え本件現金を供与することで、まずは被告人との関係改善をはかり、その関係改善を通じて本件選挙においてAの当選に向け有利となる何らかの行動を期待したものと推認した原判決の判断に何ら誤りはない。現金交付の趣旨が被告人とBとの関係改善にあることまで肯定しながら、本件選挙においてAの当選に有利となる何らかの行動を期待する趣旨は一切含まれないという所論は、むしろ不自然というべきである。 上記所論③については、そのような事柄が事柄だけに、供与者において現金の趣旨を明示したり露骨に選挙応援を依頼したりするのを避けようとすることは、むしろ当然のこ は、むしろ不自然というべきである。 上記所論③については、そのような事柄が事柄だけに、供与者において現金の趣旨を明示したり露骨に選挙応援を依頼したりするのを避けようとすることは、むしろ当然のこととして想定されるのであり、また、そもそも、授受される現金の趣旨が選挙買収である旨明示されず、また、具体的な選挙応援を依頼していないとしても、関係証拠から、現金が選挙買収の趣旨で授受され、受供与者がそれを認識していると認められるのであれば、そのように認定することに何ら妨げはないというべきであるから、所論は採用の限りではない。 上記所論④についてみるに、本件に至るまでの客観的状況や本件当時のBの言動から本件現金について買収の趣旨が推認され、それ故に被告人も買収の趣旨を認識して「Aのことは別だ」などと発言したものと認められるのであり、Bは、被告人の上記発言を否定せず、弁解 ないし反論することもなく立ち去っているのであって、このようにBは買収の趣旨の推認を妨げるような言動を何らしていないのであるから、BがAの選挙応援の趣旨を否定していないと説示した上で、そのやり取りを買収の趣旨を推認できる事情の一つとして指摘した原判決の説示に誤りはない。 その他、所論は、そもそも、相応の政治経験を有するBが、多数人に現金を配ればそれだけ露見するリスクがあるにもかかわらず、検挙されるリスクがある選挙買収となるような現金供与を行うはずがないなどともいうのであるが、そのような主張は、単に発覚するおそれのある犯罪はするはずがないなどというにすぎず、何ら具体的な根拠に基づかない主張といわざるを得ない。現にBは多数人に現金を供与する中で被告人にも本件現金を交付しているのであり、Bは本件買収の趣旨を否定していないのであって、所論は、当時のAの本件選挙に な根拠に基づかない主張といわざるを得ない。現にBは多数人に現金を供与する中で被告人にも本件現金を交付しているのであり、Bは本件買収の趣旨を否定していないのであって、所論は、当時のAの本件選挙に係る状況、BとAの関係、被告人の立場、被告人とBとの関係、本件当日のBの言動等の諸事情を踏まえ、本件現金について選挙買収の趣旨を認めた原判決の判断を的確に論難するものとはいえない。 所論は、本件現金に関する被告人の認識について、Bが、自ら来訪して被告人に謝罪し有利な提案もした上、被告人が一旦受取りを拒んだにもかかわらず現金を交付したことは、専ら被告人との関係改善を図るための合理的行動であって、Aの選挙応援依頼のためにされたとはいえず、また、Bからは本件選挙の話題すら出ていないのであるから、被告人としては選挙応援の報酬と理解しようがなく、それにもかかわらず、被告人が「Aの話は別だ」と言ったのは、万が一にもBにAの選挙応援を期待されてはいけないと思い、一方的に気を回した発言にすぎないのであり、そして、被告人は、応答しないBの態度から、「Aの話は別」ということをBも理解したと認識したと認められるの であるから、被告人が買収の趣旨を認識したとの原判決の認定判断には誤りがあるというのである。 しかしながら、Bの現金供与の目的がまずは被告人との関係改善にあったこと、本件当日被告人とBの間で本件選挙の話は明確には出ていなかったことや、「Aの話は別」との被告人の発言に対しBが応答しなかったことなど、これらの事実はいずれも本件現金の趣旨がAの選挙応援に対する報酬をも含むことを否定するような事情といえないのは前述したとおりである。また、一方的に気を回した発言にすぎないなどという所論についてみても、本件に至るまでの客観的な事実関係及び本 選挙応援に対する報酬をも含むことを否定するような事情といえないのは前述したとおりである。また、一方的に気を回した発言にすぎないなどという所論についてみても、本件に至るまでの客観的な事実関係及び本件当日のBの言動を基に、Bの現金交付を受けての被告人の発言内容をみれば、その発言はBの現金供与の趣旨にAの選挙協力依頼が含まれることを被告人が認識したが故の発言にほかならないというべきである。Bの言動等を含め、そのような被告人の認識や懸念を解消するような事情は何ら見出すことができないのであるから、原判決の認定判断に誤りはなく、所論は採用の限りではない。 その他、所論は、被告人がDの応援を行いAの支援は全く行っていないことは、被告人が本件現金について買収の趣旨であるとの認識があることを否定する重要な事情であると指摘し、そのような事情を考慮していない原判決を論難するものと解される。 しかしながら、被告人が本件現金供与について選挙買収の趣旨を認識したからといって、Aの選挙を支援するとは限らないのであるから、所論は当を得た主張とはいえない。被告人自身は、Dを支援しAを積極的に支援することはなかったことも明示した上で、そのような事情は被告人に買収の趣旨の認識があったことを妨げるものではないと説示する原判決の判断に誤りはない。 4 以上のとおり、所論を踏まえて検討してみても、原判決の認定判断に 論理則、経験則等に照らし特段不合理なところはなく、本件現金について選挙運動の報酬の趣旨を認め、被告人にその認識があったと認定した原判決に事実の誤認があるとは認められない。 事実誤認をいう論旨は理由がない。 第2 不法に公訴を受理した違法をいう論旨について所論は、政治家の間で金銭授受を行うことは常日頃行われていることで、違法な金銭授 あるとは認められない。 事実誤認をいう論旨は理由がない。 第2 不法に公訴を受理した違法をいう論旨について所論は、政治家の間で金銭授受を行うことは常日頃行われていることで、違法な金銭授受との線引きは曖昧であり、本件において、Aの選挙活動依頼が明確にされたものでも被告人自ら金銭交付を求めたわけでもなく、悪質性を認める余地はないなどと主張した上、検察官による「あなたに迷惑を掛けない」との発言は不起訴を期待させ、それを示唆するものであって、明示的な不起訴約束でなくとも虚偽自白を誘発する結果に変わりはないのであり、本件においては、検察官の発言の有無にかかわらず自認していたとされる現金供与の事実だけでなく、現金の趣旨やその認識が重要であり、それらの点に関する供述をゆがめることの違法性は重大であって、そのような違法な司法取引によって汚染された自白調書が作成され、同調書に沿った証言がBの公判でなされ、これら汚染された証拠を基にBの有罪判決がなされ、さらに、これらの汚染された証拠を踏まえて検察審査会において起訴相当の議決がなされているのであり、このように、検察によって司法の公正が大きく損なわれ、さらには、本件の関連事件でも本件同様の違法な司法取引が行われているのであるから、以上のような違法な司法取引は大規模かつ組織的なものであって、本件起訴には公訴権を濫用した重大な違法があるなどというのである。 しかしながら、本件は国政選挙において現職の衆議院議員から現職の市議会議員へ50万円もの現金が供与されたという選挙買収事件であって、公訴提起が十分あり得る悪質性を備えているということは原判決 が指摘するとおりである。そして、被告人を不起訴処分(起訴猶予)にした検察官の判断について、検察審査会が不当であるとして起訴相当の議決をし り得る悪質性を備えているということは原判決 が指摘するとおりである。そして、被告人を不起訴処分(起訴猶予)にした検察官の判断について、検察審査会が不当であるとして起訴相当の議決をしたことから、その議決を踏まえて、検察官が、再び被告人から聴取を行うなど再捜査をした上、問題とされる自白や自認供述を除いても有罪を立証できるとの判断のもと本件起訴に至ったという手続経過が認められ、検察官としても、最終的には被告人を起訴することを目論んで一旦は不起訴処分とし、この処分が検察審査会の審査対象となり、被告人を不起訴処分とした判断が検察審査会の審査結果として覆ることまで綿密に想定していたなどとはおよそ考え難い上、検察審査会の審査も、関連証拠を踏まえ総合的に判断したものとみられるのであって、問題とされる自白や自認供述だけから結論を得たとは考え難いのである。そうすると、そのような検察審査会の議決を受けて改めて被告人を起訴した検察官の本件公訴提起自体が、職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たる、あるいは、これと同視し得るような事情があるとは到底認められないのであるから、本件起訴には公訴権を濫用した重大な違法があって公訴提起自体が無効であると主張する所論は採用することができない。 不法に公訴を受理した違法があるという論旨も理由がない。 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。 令和6年5月23日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官森浩史 裁判官家入美香 裁判官富張真紀は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官森 裁判官家入美香 裁判官富張真紀は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官森浩史
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