20く4620.2.1東京高裁一部開示一部棄却316条の26第1項 主文 原決定を次のとおり変更する。 検察官に対し,A警部補が,犯罪捜査規範13条に基づき,平成19年2月1日までの被告人の取調べについてその供述内容や取調べの状況等を記録した備忘録で,捜査機関において保管中のものを平成20年2月5日までに開示することを命じる。 その余の本件証拠開示命令請求を棄却する。 理由 本件即時抗告の趣意本件即時抗告の趣意は,検察官C及び同D連名作成の即時抗告申立書に記載されたとおりであるから,これを引用する。 論旨は,要するに,原決定のうち「A警部補が,犯罪捜査規範13条に基づき,被告人の取調べについてその供述内容や取調べの状況等を記録した備忘録で,捜査機関において保管中のもの」の開示を命じた部分については,弁護人が開示命令請求の前提としての主張明示義務を果たしておらず,開示命令の対象と弁護人の主張との関連性が不明であって,被告人の防御の準備のために開示をする必要性が認められない上,これを開示した場合,一般に開示の弊害が極めて大きいため,開示することが相当とは認められないし,そもそも,このようなものは証拠開示の対象となり得ないというべきであるから,原決定のうち前記のとおり証拠開示を命じた部分には法令の解釈を誤った違法がある,したがって,当該部分を取り消し,弁護人の本件証拠開示命令請求を棄却するべきである,というのである。 本件証拠開示命令に至る経緯等そこで記録を調査して検討すると,本件公訴事実の要旨は,被告人が,夫に対し,殺意をもって,その頭部をワインの瓶で数回殴打して殺害し,その後,その死体を損壊し,遺棄した,というものである。そして,起訴後に公判前整理手続に付され,事実関係については,検察官及び弁護人か 対し,殺意をもって,その頭部をワインの瓶で数回殴打して殺害し,その後,その死体を損壊し,遺棄した,というものである。そして,起訴後に公判前整理手続に付され,事実関係については,検察官及び弁護人からそれぞれ具体的な証明予定事実ないし予定主張事実が明らかにされた結果,本件の争点は,本件各犯行の経緯,動機及び殺人に関する被告人の責任能力の有無であると整理された。他方,証拠関係のうち乙号証に関しては,弁護人が,平成19年11月19日の第2回公判前整理手続において,乙2の警察官調書及び乙3の検察官調書の任意性を争うとし,警察官調書の任意性を争う具体的事情として「警察官は,被告人の取調べにおいて,被告人に一方的な筋書きを押し付けて被告人がこれを否定しても応じず威圧し,被告人が勝手にストーリーを変えるんじゃない,被告人の話は後で聞くなどとして,被告人の認識とは異なる内容の供述調書を作成し,被告人の意思に基づかない調書に署名指印させた」と主張し,更に同年12月17日の第7回公判前整理手続において,乙4ないし7の警察官調書についても任意性を争うとした。そして,弁護人は,その間の同月10日,原裁判所に対し,被告人に対する取調べにおいて作成した取調べ小票,取調べメモ(手控え)等備忘録すべてを対象とする証拠開示命令請求(以下,この請求を「第一次証拠開示命令請求」という。)をし,同月13日,任意性を争う主張に関する前記の取調べをした警察官の中心は,Aであると明示した。それに対し,検察官は,第7回公判前整理手続において,被告人の自白が任意にされたことなどを立証趣旨として,Aの証人尋問の請求をし,その取調べが決定されたものの,弁護人の第一次証拠開示命令請求については,刑訴法316条の20の要件を充たしていないなどと反論した。これらの事情を踏まえながら,原裁判所は, Aの証人尋問の請求をし,その取調べが決定されたものの,弁護人の第一次証拠開示命令請求については,刑訴法316条の20の要件を充たしていないなどと反論した。これらの事情を踏まえながら,原裁判所は,前記の第7回公判前整理手続において,被害者遺族の心情や証人,鑑定人との日程調整を考えると,第1回公判期日をこれ以上先に延ばすのは避けたい,弁護人の第一次証拠開示命令請求に対しては,同種事案についての最高裁判所の判断が近々される見込みであることやそれに対する判断がなくとも審理計画の策定に大きく影響しないことなどから,留保したまま公判前整理手続を終結し,公判における弁護人の任意性立証の段階までに判断することとしたいという見解を示した。さらに,同月18日の第8回公判前整理手続において,証拠開示命令請求に対し,判断を留保したまま公判前整理手続を終結することも,当事者の意見や双方の主張,立証の内容からみて,当事者双方に異存が無ければ許される場合があるという見解を示した。これに対し,検察官及び弁護人が,その解釈に異存なく,公判前整理手続を終結することに異議ないと述べたことから,同月20日に第1回公判期日が開かれることとなった。その後,本件は,同月25日の第2回公判期日の後,期日間整理手続に付され,弁護人において,同日に後記の最高裁判所決定が出されたことを踏まえ,平成20年1月8日,第一次証拠開示命令請求を取り下げた上,改めて,被告人に対する検察官及び警察官の取調べにおいて作成した取調べ小票,取調べメモ(手控え)等備忘録すべてを対象とする証拠開示の裁定を求める本件証拠開示命令請求をした。そして,同月17日に第3回公判期日が,同月22日に第4回公判期日が開かれ,その各期日間に期日間整理手続が行われた。その際の打合せ等において,検察官は,裁判所から,後記の最高裁判 開示命令請求をした。そして,同月17日に第3回公判期日が,同月22日に第4回公判期日が開かれ,その各期日間に期日間整理手続が行われた。その際の打合せ等において,検察官は,裁判所から,後記の最高裁判所決定にいう備忘録の存在の有無を問われるとともに,対象の特定のためにその一覧表を作成して提示するように求められ,仮にその作成,提示ができないのであれば,特定及び弊害の有無を判断するために備忘録自体を提示するように求められたが,備忘録の存否は関知しておらず,一覧表の作成提示及び備忘録自体の提示にも応じられないなどと答え,さらに,どの取調べのときに聴取された内容がどの調書になっているかについても,一対一で対応していないので,その結び付きを明らかにするのは基本的に困難であると述べた。他方,弁護人は,被告人の取調べをした者を特定し,争う対象の調書も特定している上,検察官の証明予定事実と弁護人の予定主張事実の違いを見れば,押し付けられたストーリーの内容も明らかであるから,被告人の供述調書の任意性に関する主張としては十分であると考えられると述べた。 原裁判所は,これらを踏まえて,検察官に対し,A警部補が,犯罪捜査規範13条に基づき,被告人の取調べについてその供述内容や取調べの状況等を記録した備忘録で,捜査機関において保管中のものを平成20年2月5日までに開示することを命じ,その余の本件証拠開示命令請求を棄却する,との原決定をした。 判断 (1)以上を前提に考えるに,まず,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管しているものに限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含むと解するのが相当であり,取調べ警察官が犯罪捜査規 いるものに限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含むと解するのが相当であり,取調べ警察官が犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,個人的メモの域を超え,捜査関係の公文書ということができ,これに該当する備忘録については,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,証拠開示の対象となり得るというのが最高裁判所平成19年12月25日第三小法廷決定であり,原決定も,それを前提とした判断を行っている。当裁判所もこれを前提とするものであり,最高裁判所の前記決定の内容は不当であり,取調べ警察官が犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録は証拠開示の対象となり得ないとの論旨は理由がない。 (2)そこで,まず,主張関連証拠の開示を求める前提として,弁護人が,刑訴法316条の17の主張明示義務を果たしているかどうかを検討する。一般に,被告人又は弁護人は,同法316条の20の証拠開示を求める前提として,可能な限り具体的な主張を行うべきであることは当然である。 本件において,弁護人は,前記のとおり,任意性を争う乙号証及びその供述をした際の取調官を特定した上で,任意性を争う事情につき,当該取調官は,被告人の取調べにおいて,被告人に一方的な筋書きを押し付けて被告人がこれを否定しても応じず威圧し,被告人が勝手にストーリーを変えるんじゃない,被告人の話は後で聞くなどとして,被告人の認識とは異なる内容の供述調書を作成し,被告人の意思に基づかない調書に署名指印させた,と主張している。弁護人の前記の主張は,その取調べの時期が明確には特定されておらず は後で聞くなどとして,被告人の認識とは異なる内容の供述調書を作成し,被告人の意思に基づかない調書に署名指印させた,と主張している。弁護人の前記の主張は,その取調べの時期が明確には特定されておらず,また,取調官の威圧の具体的内容も明示されていないが,このような事情についても,弁護人において可能である限り,明らかにするべきである。 もっとも,弁護人は,公判前整理手続において,本件各犯行の経緯,動機等につき,予定する主張事実を詳細に明らかにした上,期日間整理手続の打合せにおいて,押し付けられたストーリーの内容については,予定主張事実と検察官の証明予定事実を対比すれば明らかであると述べている。そうすると,弁護人の主張は,要するに,被告人としては,取調べの際,本件各犯行の経緯,動機等につき,弁護人の予定主張事実のとおりの認識を持っていたにもかかわらず,取調官が,被告人の認識に従った供述調書を作成せず,検察官の証明予定事実に沿ったストーリーを押し付けて,威圧したり,被告人が勝手にストーリーを変えるんじゃない,被告人の話は後で聞くなどと述べたりした結果,乙2等の警察官調書が作成された,というものであると解することができる。すなわち,弁護人は,被告人が供述しようとしたとされる一連の事実経緯等と,結果として押し付けられたとされる一連の事実経緯等をいずれも主張として明確にして,一方的に押し付けた筋書きの内容を明らかにするとともに,押し付けた方法として,被告人の弁解を聞き入れないという威圧的な姿勢や「被告人が勝手にストーリーを変えるんじゃない,被告人の話は後で聞く」などという言動があった,という程度の具体性のある主張をしている。弁護人においてその時期を特定していなくとも,取調官において,その内容等から,その取調べがされた時期を特定することが十分に可能であると どという言動があった,という程度の具体性のある主張をしている。弁護人においてその時期を特定していなくとも,取調官において,その内容等から,その取調べがされた時期を特定することが十分に可能であると考えられる。加えて,任意性を争う乙号証及び取調官も特定されている。そうすると,検察官の任意性立証としては,その取調官の証人尋問等によって,任意性が争われている乙号証を作成する過程の取調べにおいて,被告人が,弁護人の予定主張記載書面に記載されているような供述をしたり,供述をしようとしたことがあったのかどうか,仮に被告人がそのような供述をしたり,しようとしたにもかかわらず,最終的にはそれと異なる供述となったのであれば,そのような供述に至った具体的理由は何か(弁護人のいうような威圧的な姿勢や言動等によるものかどうか,仮にそれ以外の具体的な取調べ時の状況等によるのであれば,その事情は何か)を積極的に明らかにすればいいのであり,任意性に関する具体的争点は明らかにされているといえる。他方,本件における弁護人の主張内容等に照らすと,被告人又は弁護人において,前記の主張以上に具体的な主張をするのが困難であるというのも理解し得ないではない。 以上によれば,主張関連証拠の開示を求める弁護人の前記の主張が,刑訴法316条の17の主張明示義務に違反するとまではいえないというべきである。 (3)次に,開示命令の対象の証拠と弁護人の主張との関連性について検討すると,弁護人が任意性を争っている警察官調書は,「犯行経緯,殺人の犯行状況等」を立証趣旨とする平成19年2月1日付けのもの(乙2),「被害者の死体の頸部を切断した状況等」を立証趣旨とする同年1月26日付けのもの(乙4),「被害者の死体の両腕部を切断した状況等」を立証趣旨とする同日付けのもの(乙5),「被害者の死体の胴 (乙2),「被害者の死体の頸部を切断した状況等」を立証趣旨とする同年1月26日付けのもの(乙4),「被害者の死体の両腕部を切断した状況等」を立証趣旨とする同日付けのもの(乙5),「被害者の死体の胴体部を切断した状況等」を立証趣旨とする同日付けのもの(乙6),「被害者の死体の上半身を遺棄した状況等」を立証趣旨とする同月25日付けのもの(乙7)である。その間,被告人は,同月10日に死体損壊,死体遺棄によって逮捕され,引き続き同月31日まで勾留され,さらに,同日に殺人によって逮捕され,同年2月2日から勾留され,それに伴い,同日に国選弁護人が選任されている。 そして,任意性を争う弁護人の主張は,前記のとおりであるが,検察官は,どの取調べのときに聴取された内容がどの調書になっているかについても,一対一で対応していないので,その結び付きを明らかにするのは基本的に困難であると述べており,具体的な対応関係を明らかにしていない。一般的にいえば,特定の調書の作成経緯として,それ以前の取調べが影響を与えることはあり得るということができる。 そうすると,原決定が開示を命じた証拠のうち,平成19年2月1日以前の被告人の取調べに関する備忘録は,同月1日付けのもの(乙2)の任意性を争う弁護人の主張に関連するというべきである。他方,同月2日以降の被告人の取調べに関する備忘録は,関連性が薄いと考えられる。 (4)被告人の防御の準備のために開示をする必要性の程度並びに開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮して,開示を命じることが相当といえるかどうかについて検討する。 本件は,前記のとおり,被告人が,夫を殺害し,その遺体を損壊,遺棄したという重大な事案である。また,本件の実体上の争点は,本件各犯行の経緯,動機及び殺人に関する被告人の責任能力の有無であるが, る。 本件は,前記のとおり,被告人が,夫を殺害し,その遺体を損壊,遺棄したという重大な事案である。また,本件の実体上の争点は,本件各犯行の経緯,動機及び殺人に関する被告人の責任能力の有無であるが,本件各犯行の経緯,動機は,本件における被告人の量刑を判断する上でかなり重要となるし,被告人の責任能力の有無の判断にも影響し得る事情であるということができる。そして,本件各犯行の経緯,動機等を認定,判断するに当たっては,被告人の供述内容等が重要となると考えられるから,前記の警察官調書の任意性の有無も,それ自体,重要な訴訟上の争点となるものである。特に,取調べ状況について取調官の尋問と被告人の質問が行われる場合,被告人と捜査官との間で,不当な取調べの有無を巡って水掛け論となりがちであると言われており,より確かな裏付けの存在が望まれるところである。そうすると,警察官が,犯罪捜査規範13条に基づいて,「当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し」,その経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならないものとして作成された備忘録は,一般的にいえば,より確かな裏付け証拠となり得るものとして,開示の必要性が高いというべきである(ただし,任意性が争われている供述調書の作成日後のものについては,関連性が薄く,開示の必要性も低いというべきである)。なお,本件において,検察官は,備忘録の存否を明らかにせず,その一覧表の作成提示及び備忘録自体の提示にも応じられないとしているため,個別の備忘録ごとにその必要性を判断することができない状況にある。 他方,開示によって生じるおそれのある弊害についても,検察官は,具体的な弊害の有無等を何ら主張せず,原裁判所の要請にも何ら応じていない。そうなると,一般的な弊害の限度で考察するしかないが,備忘録は,その目的に によって生じるおそれのある弊害についても,検察官は,具体的な弊害の有無等を何ら主張せず,原裁判所の要請にも何ら応じていない。そうなると,一般的な弊害の限度で考察するしかないが,備忘録は,その目的に照らすと,具体的な取調べ時における被告人の供述内容及び経過,態度等を主として記載するものと考えられ,そのほとんどは,取調官が公判において証人尋問で尋ねられれば,争点との関連性が明らかで,供述が義務付けられる性質のものであって,それ自体,捜査官が秘密にしておくべきものとはいい難い。また,その一部に,仮に第三者のプライバシーに関わる事項が含まれていたとしても,それは,被告人が予め知っていて自ら供述した事柄や取調官とのやり取り等によってその場で認識した事柄がほとんどであると考えられ,このような事柄は,被告人が弁護人に口頭で伝えることも可能であるから,備忘録の記載内容として被告人の防御活動のために弁護人に開示されても,その限度では,プライバシー侵害の程度は低いというべきである。所論は,備忘録には,取調官の感想や一般的捜査手法等に関する事項が渾然一体として記載されていることも少なくない,というが,そのような疎明はされていないし,具体的な取調べのやり取りの中で取調官が抱いた感想で,特に備忘録に記載するようなものは,それ自体,取調べの内容,方法等と密接に関係していると考えられ,開示の必要性も高いと思われる。 したがって,一般的に見て,開示の必要性が高いと考えられる前記の備忘録(平成19年2月1日までに作成されたものに限る。)について,検察官が何ら具体的な弊害を主張せず,裁判所による提示の要望にも応じない場合には,裁判所が,その開示を命じるのは相当であるといい得る。所論が引用するところの,開示に伴って発生することが予想される一般的弊害の故に開示するのは相当でな ,裁判所による提示の要望にも応じない場合には,裁判所が,その開示を命じるのは相当であるといい得る。所論が引用するところの,開示に伴って発生することが予想される一般的弊害の故に開示するのは相当でないとした裁判例は,いずれも,本件と事情を異にする。 なお,所論は,原決定において証拠開示命令請求を棄却した部分についても,原決定中の文言から証拠開示が命じられる可能性のあり得ることを想定して批判しているが,原決定が証拠開示命令請求を棄却した部分の結論に誤りはない。所論は,原決定の結論を導いた理由でない部分から推測した仮定の議論をしているにすぎない。 以上によれば,本件証拠開示命令請求は,検察官に対し,A警部補が,犯罪捜査規範13条に基づき,平成19年2月1日までの被告人の取調べについてその供述内容や取調べの状況等を記録した備忘録で,捜査機関において保管中のものを平成20年2月5日までに開示することを命じることを求める限度で理由がある。 よって,刑訴法426条により,原決定を変更することとし,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官・阿部文洋,裁判官・吉村典晃,裁判官・堀田眞哉)
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