令和7(ネ)253 損害賠償請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
令和7年12月17日 福岡高等裁判所 佐賀地方裁判所 令和4(ワ)51
ファイル
hanrei-pdf-95386.txt

判決文本文7,438 文字)

- 1 - 主文 1 原判決を次のとおり変更する。 ⑴ 被控訴人は、控訴人Aに対し、33万円及びこれに対する令和3年3月8日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 ⑵ 被控訴人は、控訴人出口に対し、11万円及びこれに対する令和3年3月8日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 ⑶ 控訴人らのそのほかの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人Aに生じた費用の6分 の5及び被控訴人に生じた費用の9分の5を控訴人Aの負担とし、控訴人出口に生じた費用の10分の9及び被控訴人に生じた費用の9分の3を控訴人出口の負担とし、控訴人ら及び被控訴人に生じたそのほかの費用を被控訴人の負担とする。 3 この判決は、第1項⑴及び⑵に限り、仮に執行することができ る。ただし、被控訴人が控訴人Aのために33万円、控訴人出口のために11万円の各担保を供するときは、それらの仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を次のとおり変更する。 2 被控訴人は、控訴人Aに対し、220万円及びこれに対する令和3年3月8日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 3 被控訴人は、控訴人出口に対し、110万円及びこれに対する令和3年3月8日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要(略称は断らない限り原判決のとおり)- 2 - 1 事案の要旨⑴ 令和3年1月、控訴人Aが窃盗の被疑事実で逮捕・勾留され、控訴人出口が国選弁護人に選任された。その後、佐賀県警所属のB警察官(以下、原判決引 判決のとおり)- 2 - 1 事案の要旨⑴ 令和3年1月、控訴人Aが窃盗の被疑事実で逮捕・勾留され、控訴人出口が国選弁護人に選任された。その後、佐賀県警所属のB警察官(以下、原判決引用部分を除き「B」という。)は、控訴人Aの取調べ(本件取調べ)をした。 ⑵ 本件は、控訴人らが、Bは控訴人Aの黙秘権や控訴人らの接見交通権を侵害 したとして、被控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料等の損害金(控訴人Aが220万円、控訴人出口が110万円)及びこれらに対する不法行為後の日である令和3年3月8日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 原判決は、控訴人Aの請求を1万1000円の限度で認容し、そのほかを 棄却し、控訴人出口の請求を棄却した。控訴人らは、各敗訴部分を不服として控訴をした。 2 関係法令等の定め、前提事実、争点及び当事者の主張原判決事実及び理由第2の2~5を引用ただし、3⑴アの「共犯者」を「元妻の妹の元夫であるC(以下「C」という。)」 と、同ウの「共犯者」を「C」と、同⑶アの「1月28日」を「1月29日」と、「原告Aの共犯者とされた者の氏名」を「C」と、それぞれ改める。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は、Bが控訴人Aの黙秘権や控訴人らの接見交通権を侵害したと認められるから、控訴人Aの請求は33万円、控訴人出口の請求は11万円の限度 で理由があり、そのほかはいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。 2 認定事実証拠(後記(以下枝番省略)のほか、甲17、40、証人B、控訴人ら本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ⑴ Cは、令和2年9月頃、妻と離 る。 2 認定事実証拠(後記(以下枝番省略)のほか、甲17、40、証人B、控訴人ら本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ⑴ Cは、令和2年9月頃、妻と離婚したところ、控訴人AからCの元妻へ養育- 3 -費等として毎月約10万円を支払うよう要求された。そこで、Cは、養育費等の支払に充てるため、同年12月9日頃、工事現場で工事用の信号機を窃取し、これを控訴人Aと共に換金し、同月22日頃、他の工事現場で締固め機(ランマー)等を窃取し、これらを換金した。 そのような中、Cは、上記各犯行の被疑事実で逮捕・勾留され、警察官やD 検察官に対し、容疑を認めた上、控訴人Aも関与している旨供述していた。 (甲21、26、29)⑵ 数年前に窃盗罪で有罪判決を受けて執行猶予中であった控訴人Aは、令和3年1月25日、Cの前記供述等を基に、Cと共謀して信号機を窃取した旨の被疑事実で逮捕された。控訴人Aは、同月27日、担当となったD検察官によ る弁解録取手続において、口頭では「身に覚えはあります…(Cが盗んだことを)薄々気付いてはいました」などと述べつつ、調書では「身に覚えがありません」などと否認したが、勾留された。勾留期間中に国選弁護人として接見に来た控訴人出口は、控訴人Aに対し、事件につき黙秘することを指示した。 (甲1、3、24、25、36)⑶ 控訴人Aは、1月28日以降、上記指示に従い、取調べで事件につき黙秘した。 そのような中、Bは、翌29日、控訴人Aに対し、「しゃべってくれるなら(勾留延長は)10日を付けずに5日くらいでいけるかもしれん。追送致は 2件くらいにして、立件もなるべくせんどこうかな。俺は北署でエースだから、ある程度の権限は に対し、「しゃべってくれるなら(勾留延長は)10日を付けずに5日くらいでいけるかもしれん。追送致は 2件くらいにして、立件もなるべくせんどこうかな。俺は北署でエースだから、ある程度の権限はある」などと告げて自白を促した。それでも控訴人Aが黙秘し続けると、Bは、Cの自白調書を基に「私は、令和2年12月ころの夜中、C君と一緒に、工事現場用の信号機1台を盗んだことは、間違いありません」などと記載した本件調書①を作成し、控訴人Aに対して署名押印するよ う求めた。 - 4 -また、Bは、1月30日、控訴人Aに対し、「勇気を出してグー(自白)を出してくれ、こっちはチョキ(立件減)を出す。俺こう見えて結構権力持ってるっちゃん。俺で決まると思え。俺が課長、係長に言えば少なくできる」などと告げて自白を促した。 また、Bは、翌31日、控訴人Aに対し、「早く認めないと再逮捕になって 相手に迷惑になるぞ。(自白すれば)立件を少なくする。俺は北署のエースだからこんな事件を扱う暇がない」などと告げて自白を促したが、それでも控訴人Aが黙秘し続けると、本件調書①を基に「他にも盗みをしたこともあります」などと追記した本件調書②を作成し、控訴人Aに対して署名押印するよう求めた。 もっとも、Bの上長は、同日午後9時過ぎに取調べの終了を告げに来た際、黙秘しているのに自白調書を作成された旨の控訴人Aの訴えを聞き入れ、Bから本件調書②を回収した。 そして、2月1日、控訴人AがD検察官に対し、上記のように自白調書への署名押印を求められたと不満を述べ、同月3日以降、控訴人出口が佐賀県警 等に対し、Bは控訴人Aに便宜供与を持ちかけるなどして自白調書への署名押印を求めたとして苦情を述べ、調査等を求めた。 押印を求められたと不満を述べ、同月3日以降、控訴人出口が佐賀県警 等に対し、Bは控訴人Aに便宜供与を持ちかけるなどして自白調書への署名押印を求めたとして苦情を述べ、調査等を求めた。 Bは、同日以降、控訴人Aに対し、自白調書への署名押印を求めなくなった。 (甲5、7~10、18、22、24、26、31、39)⑷ Bは、2月10日、控訴人Aを同人がCと共謀して締固め機等を窃取した旨 の被疑事実で同月15日に再逮捕する方針を知り、遅くとも同月13日、同旨の再逮捕状が同月12日付けで発付されたことを知った。 しかし、Bは、同月11日から同月13日までの間、控訴人Aに対し、「15日の結果は出た。これは言えんとよ。後から変わることもあるけんね。裏切ったみたいになったらいかんし。取りあえず出たら仕事をした方がいい」 「15日に来る。証拠品を返さないかんけんね」「もう来たらいかんよ。こ- 5 -んな所は来る所ではない。ここを出て迷惑掛けた人とかに謝らんといかんね」「釈放後は任意で呼ぶと思う」などと完全な釈放を示唆した上で、調書はいつでも作成できるよう持参している旨告げていた。 (甲5~7、20~24、26、28、29、33~36)⑸ 控訴人Aは、2月15日、前記信号機を窃取した旨の被疑事実について処 分保留とされて釈放されると同時に、Cの前記供述等を基に、Cと共謀して締固め機等を窃取した旨の被疑事実で再逮捕された。 これを受け、控訴人Aは、Bにだまされたと思い、同人に対して抗議し、翌16日に同人にその旨の調書を作成させ、翌17日にはD検察官に対して苦情を述べた。また、控訴人出口は、同月22日、佐賀県警と佐賀地検に対し、 Bが控訴人Aを困惑させるような言動等をしたとして 16日に同人にその旨の調書を作成させ、翌17日にはD検察官に対して苦情を述べた。また、控訴人出口は、同月22日、佐賀県警と佐賀地検に対し、 Bが控訴人Aを困惑させるような言動等をしたとして苦情を述べ、調査等を再度求めた。 そのような中、Bは、同日と同月24日、控訴人Aに対し、控訴人出口が接見でどのように述べているかを尋ねた。 これに対し、控訴人出口は、同月26日、同県警と同地検に対し、Bが控訴 人Aに接見内容を聴いたなどとして苦情を述べ、調査等を求めた。 (甲2、4~7、11~14、20~24、28、29、33~36)⑹ 控訴人Aは、3月8日、締固め機等を窃取した旨の被疑事実について処分保留とされて完全に釈放された。 3 争点1(本件取調べが国家賠償法1条1項の適用上違法であるか否か)につ いて)⑴ 判断枠組み刑事訴訟法198条2項は、憲法38条1項の自己帰罪拒否特権を受けて、被疑者の黙秘権を、刑事訴訟法39条1項は、憲法34条の弁護人依頼権を受けて、身柄を拘束されている被疑者及び弁護人等の接見・秘密交通権を、 それぞれ定めていると解される。そうすると、身柄の拘束を受けた被疑者を- 6 -取り調べる司法警察職員は、事案の性質や容疑の程度、被疑者の態度など諸般の事情を勘案し、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度で行うべき注意義務を負っており、これに反して被疑者の黙秘権や被疑者・弁護人の接見・秘密交通権を侵害するような取調べを行った場合、当該取調べは国家賠償法1条1項の適用上違法になるというべきである(最高裁昭和5 7年(あ)第301号同59年2月29日第二小法廷決定・刑集38巻3号479頁参照)。 ⑵ 利益誘導による自白調書への署名 家賠償法1条1項の適用上違法になるというべきである(最高裁昭和5 7年(あ)第301号同59年2月29日第二小法廷決定・刑集38巻3号479頁参照)。 ⑵ 利益誘導による自白調書への署名押印の要求についてア前記認定事実によれば、本件取調べが行われた当時、Cは控訴人Aによる窃盗への関与を供述し、同人も弁解録取手続で「身に覚えはあります」な どと上記関与を認めるような供述をしたから、同人が窃盗の共犯者であると疑う余地は相当にあったといえる。しかし、Bは、本件取調べで、控訴人Aが事件への関与を否認し、その後は黙秘した以上、憲法31条が含意する無罪推定の原則に留意しつつ、事件前後の経緯等の事情を粘り強く質問するなどして、事件への関与の有無についての供述を促すべきであった。 ところが、Bは、黙秘開始日の翌日から3日間にわたって、控訴人Aに対し、自白すれば立件を減らすと誘いかけるなど、虚偽の自白を招きやすい態様で安易に自白を促し、うち2日間は、黙秘していたにもかかわらず、被疑事実を明確に認める旨の自白調書への署名押印を求めた。 Bの上長は、上記を不当とする控訴人Aの訴えを聞き入れ、Bから同調書 (本件調書②)を回収した。また、控訴人らは、それぞれ検察官や県警等に、同旨の苦情を述べ、調査等を求めた。 これらによれば、Bによる上記一連の取調べは、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度で行ったものとはいえず、控訴人Aの黙秘権を侵害する取調べであったというべきである。 イ被控訴人は、控訴人Aが窃盗への関与をほのめかす供述を繰り返してい- 7 -たから、同人に対して利益誘導を行う必要はなかったなどとして、Bが控訴人Aの黙秘権を侵害するような取調べをしていない旨主張す 訴人は、控訴人Aが窃盗への関与をほのめかす供述を繰り返してい- 7 -たから、同人に対して利益誘導を行う必要はなかったなどとして、Bが控訴人Aの黙秘権を侵害するような取調べをしていない旨主張する。 実際、控訴人Aは、弁解録取手続で窃盗への関与を認めるような供述をした。また、Bは、2月3日から3月2日までの間に、控訴人Aが本件取調べで「1回吐いたら全部話せる」などと犯行をほのめかす供述を繰り返し ていたこと等を報告する捜査報告書を18通作成した(甲19、乙1~17)。 しかし、Bが本件取調べでした言動に関する控訴人Aの陳述(甲17、39、本人尋問)は、本件取調べの期間中に、同人が被疑者ノートへ記載した内容(甲5、6)やD検察官に対して録音録画された取調べで供述した 内容(甲25~30、47、48)、控訴人出口が接見メモに記載した内容(甲7、31~35)や佐賀県警等に対して述べた苦情等の内容(甲8~14)と要旨において整合している上に一貫しており、具体的かつ合理的であるから、これを信用することができる。 仮に上記各捜査報告書の記載内容が事実であれば、控訴人Aは、Bに対し ては犯行をほのめかす供述を繰り返す一方で、D検察官に対しては事件について黙秘し、控訴人出口に対しては事件について黙秘している旨報告し、各被疑者ノートに同旨の記載をしたことになるが、そのように矛盾した行動に出る動機を想定することができない。また、上記各捜査報告書の記載内容が事実であれば、Bは、控訴人Aが犯行をほのめかす旨の調書を作 成したはずであるが、そのような調書を作成せず、かえって犯行を明確に認める旨の本件調書①②を作成した。これらの事情を総合すれば、上記各捜査報告書の記載内容のように、控訴人Aが本件取調べで 作 成したはずであるが、そのような調書を作成せず、かえって犯行を明確に認める旨の本件調書①②を作成した。これらの事情を総合すれば、上記各捜査報告書の記載内容のように、控訴人Aが本件取調べで「1回吐いたら全部話せる」などと犯行をほのめかしたとは認められない。 控訴人Aは、Cに対して同人の元妻へ養育費等として毎月約10万円を 支払うよう要求したところ、Cが信号機等を窃取して少なくともこれを控- 8 -訴人Aと共に換金したから、窃盗自体には関与していなくても、窃盗への関与を認めるような供述をする動機があったともいえる。また、上記各捜査報告書は、Bが控訴人Aに確認することなく作成し、Cの供述からでも作成可能な内容であることに照らせば、Cが控訴人Aを引き込んだ可能性を否定することもできない。 被控訴人の上記主張は、採用することができない。 ⑶ 虚偽告知による自白調書への署名押印の要求について前記認定事実によれば、Bは、控訴人Aにつき、信号機を窃取した旨の被疑事実による勾留の満期4日前になると、締固め機等を窃取した旨の被疑事実で再逮捕する方針を知っていたのに、本件取調べで、3日間にわたり、裏切 りになったらいけないなどと完全な釈放を繰り返し示唆した上で、自白調書はいつでも作成する旨告げていた。また、上記再逮捕後、控訴人らは検察官や県警等にそれぞれ苦情を述べ、調査を求めた。これらを考慮すれば、Bによる2月11日から同月13日までの取調べは、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度を逸脱した取り調べであり、これにより控訴人Aの 黙秘権を侵害したというべきである。 ⑷ 接見内容の聴取について前記認定事実によれば、Bは、控訴人出口による苦情や調査要求が相次ぐ 逸脱した取り調べであり、これにより控訴人Aの 黙秘権を侵害したというべきである。 ⑷ 接見内容の聴取について前記認定事実によれば、Bは、控訴人出口による苦情や調査要求が相次ぐ中、2月22日と同月24日、本件取調べで、控訴人Aに対し控訴人出口が接見でどのように述べているかを尋ねた。また、控訴人出口が同月26日に県 警等に苦情等を再々度述べた。これらを考慮すれば、Bによる同月22日と同月24日の取調べは、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度で行ったといえず、控訴人らに認められた秘密交通権を侵害する取調べであったというべきである。 ⑸ したがって、本件取調べのうち前記⑵~⑷で説示した点において、控訴人 らとの関係で、それぞれ国家賠償法1条1項の適用上違法であると認められ- 9 -る。 4 争点2(控訴人Aに生じた損害及びその額)について控訴人Aは、Bの前記各違法行為により、黙秘権と秘密交通権が侵害され、精神的苦痛を被ったといえる。併せてそのほかの事情も考慮すれば、控訴人Aの損害は、慰謝料が30万円、弁護士費用が3万円の計33万円とするのが相当 である。 5 争点3(控訴人出口に生じた損害及びその額)について控訴人出口は、Bの前記違法行為により、秘密交通権が侵害され、精神的苦痛を被ったといえる。併せてそのほかの事情も考慮すれば、控訴人出口の損害は、慰謝料が10万円、弁護士費用が1万円の計11万円とするのが相当である。 第4 結論以上と異なる原判決は一部失当であり、本件各控訴は一部理由があるから、原判決を変更し、主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第4民事部 裁判長裁判官松田典浩 部失当であり、本件各控訴は一部理由があるから、原判決を変更し、主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第4民事部 裁判長裁判官 松田典浩 裁判官 志賀勝 裁判官 矢崎豊

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る