主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役1年4月に処する。 原審における未決勾留日数中60日をその刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人今井光作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから,これを引用する。論旨は,要するに,被告人に対し,窃盗2件及び窃盗未遂1件の事実を認定した原判決には,事実の誤認があり,被告人を懲役1年4月に処した原判決の量刑は重きに失する,というのである。 論旨に対する判断に先立ち,職権で原審の訴訟手続について検討する。まず,本件公訴事実(要旨)は,「被告人は第1 平成14年7月30日午後4時20分ころ,広島市a区にある株式会社Aにおいて,同店店長B管理に係るたちうお刺身1パックほか3点(販売価格合計2,156円)を窃取した第2 同年9月10日午前8時30分ころ,同市a区にある広島市中央卸売市場内のC株式会社南側通路上において,D所有に係るひらめ1匹ほか2点(仕入価格合計7,700円相当)を窃取した第3 同日午前8時45分ころ,前記広島市中央卸売市場内のE株式会社果実売場において,同社代表取締役F管理に係るみかん1箱(販売価格3,000円)を窃取しようとしたが,同社従業員に発見されたため,その目的を遂げなかったものである。」というものである。 そして,原審の審理経過は,概ね,次のとおりである。 ① 被告人は,第1回公判期日における被告事件に対する陳述において,「公訴事実第1について,私は財布を忘れていたことにレジのところで気づき,お金を支払わずに商品を持って店を出たところで従業員に捕まりました。私は,財布を取りに帰ろうとしていたのであり,窃盗をするつもりはありませんでした。公訴事実第2及び第3について,市 ところで気づき,お金を支払わずに商品を持って店を出たところで従業員に捕まりました。私は,財布を取りに帰ろうとしていたのであり,窃盗をするつもりはありませんでした。公訴事実第2及び第3について,市場では明くる日に商品のお金を支払うシステムになっていて,私は商品を盗む意思はありませんでした。」と陳述した。弁護人(国選)は,公訴事実第1については争わず,公訴事実第2及び第3については被告人に窃盗の故意はなく,無罪を主張する旨述べた。 ② 弁護人は,公訴事実第1に関する検察官請求の書証について全部同意し,公訴事実第2及び第3に関する検察官請求の書証については,写真撮影報告書(原審検29号証),被告人の警察官に対する供述調書(原審検35号証)及び検察官に対する弁解録取書(原審検38号証)の各一部につき信用性を争う旨意見を付加した上で,書証全部について同意した。原審裁判所は,検察官請求の書証を全て採用して取り調べた。 ③ 第1回ないし第3回公判期日において,検察官,弁護人及び裁判所から被告人質問が実施され,第3回公判期日では,検察官請求に係る被告人の取調べを担当した警察官2名に対する証人尋問がなされた。 ④ 弁護人は,第2回公判期日以降,検察官から補充立証のために請求された書証についても全部同意し,原審は,これらの書証を全て採用して取り調べた。 ⑤ 原判決は,これらの証拠に基づき,本件各公訴事実について,いずれも被告人を有罪と認定した。 ところで,被告人が公訴事実について否認の陳述をしているのに対し,弁護人が公訴事実を争わない旨の意見を陳述し,その主張が相反している場合には,刑訴法326条1項が書証に対する同意権者を被告人と規定していることにかんがみ,検察官請求の書証について,弁護人が全部同意すると述べたとしても,直ちに被告人が書証を証拠とするこ 反している場合には,刑訴法326条1項が書証に対する同意権者を被告人と規定していることにかんがみ,検察官請求の書証について,弁護人が全部同意すると述べたとしても,直ちに被告人が書証を証拠とすることについて同意したことになるものではなく,裁判所は,弁護人とは別に被告人に対し,被告人の否認の陳述の趣旨を無意味にするような内容の書証を証拠とすることについて同意の有無を確かめなければならないと解する。なぜならば,弁護人は,被告人の行うことができる訴訟行為のうち性質上代理を許すもの全てについて,包括的な代理権を有しており,争点の内容に応じて,被告人の意思に反しない限り,検察官請求の書証について全部同意した上で,反証を挙げて公訴事実を争うことも許されるところであるが,被告人の明示又は黙示の意思に反する代理行為は無効であると解されるからである。 本件の場合,被告人は,公訴事実第1について,財布を取りに帰ろうとしていたのであり窃盗の意思はなかったと否認の陳述をしているのに対し,原審弁護人は,事実を争わない旨意見を述べたのであって,その主張が明らかに相反していたものと認められる。したがって,被告人の弁解内容や審理の経過に照らし,被告人の否認の陳述の趣旨を無意味にするような内容の証拠,すなわち,逮捕前後の被告人の言動などが記載されていて,被告人の窃盗の犯意の立証に資する保安員Gを逮捕者とする現行犯人逮捕手続書(原審検1号証),同人作成の被害届(原審検2号証),同人の司法警察員に対する供述調書(原審検3号証)に関する原審弁護人の同意は,被告人の意思に反している疑いが濃厚であり,それをもって,被告人の同意があったと理解することはできない。被告人が当審公判廷において,公訴事実第1の犯行状況を現認し,被告人を現行犯逮捕したGについて,証人として呼んで確めてみ いが濃厚であり,それをもって,被告人の同意があったと理解することはできない。被告人が当審公判廷において,公訴事実第1の犯行状況を現認し,被告人を現行犯逮捕したGについて,証人として呼んで確めてみたいという気持ちがあったと供述していることも,このことを裏付ける。そうだとすると,原審裁判所としては,原審弁護人とは別に,被告人に対しても,検察官請求の上記証拠に関する意見を聴取し,当該書証を証拠とすることについて同意の有無を確かめるべきであり,被告人の同意が得られなかった場合には,証拠として調べることができないのに,原審裁判所が,その手続を執ることなく,直ちにこれらの証拠を同意書証として採用して取調べを済ませ,事実認定の資料とした点で,刑訴法326条1項の適用を誤った違法があるというべきである(もっとも,原審弁護人は,第4回公判期日における最終弁論において,公訴事実第1に関する主張を変更して,被告人には不法領得の意思がなく無罪である旨主張するに至ったが,そのことをもって,上記訴訟手続の違法が治癒されたと考えることはできない。また,被告人は,弁護人が書証の取調べに同意した際,何ら異議を述べていないのであるが,被告人質問においても明確に犯意を否定する供述をしているのであるから,この被告人の対応をもって,被告人が黙示的に書証の取調べに同意したと捉えるのは相当でない。)。 そして,これらの証拠を除くと,原判示第1の事実(公訴事実第1)を認定することができないから,この訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 次に,公訴事実第2及び第3については,被告人と原審弁護人の主張は一致している上,原審弁護人は,検察官請求の書証について全て同意しているものの,その一部について信用性を争う旨意見を付加し,被告人の弁解の正当性を裏付けるべく については,被告人と原審弁護人の主張は一致している上,原審弁護人は,検察官請求の書証について全て同意しているものの,その一部について信用性を争う旨意見を付加し,被告人の弁解の正当性を裏付けるべく,積極的に被告人質問を展開している。被告人は,当審公判廷において,公訴事実第2及び第3に関しては,被害者など卸売市場の関係者を証人として呼んで確かめたいという気持ちはなかった旨述べている。そうすると,検察官請求の書証に対する原審弁護人の同意の意見が,被告人の意思に反していたとは認められないから,原審弁護人の同意により,被告人の同意があったとして書証を採用して取調べを済ませ,事実認定の資料とした原判決の手続に違法はない。 ところで,原判決は,原判示第1の窃盗罪と原判示第2の窃盗罪及び原判示第3の窃盗未遂罪とを刑法45条前段の併合罪の関係にあるものとして1個の刑をもって処断しているから,刑訴法397条1項,379条により原判決を全部破棄し,事実誤認及び量刑不当の論旨に関する判断を省略し,当審における事実取調べの結果をも総合して,同法400条ただし書に従って,当裁判所において,更に判決する。 (罪となるべき事実)原判示第1の事実に代えて,当裁判所において,次のとおり認定する(要旨)。 被告人は,平成14年7月30日午後4時20分ころ,広島市a区にある株式会社Aにおいて,同社所有のたちうお刺身1パックほか3点を窃取したものである。 そのほかは,原判示第2,第3の認定事実のとおりである。 (証拠の標目)省略(弁護人の主張について) 1 弁護人は,第1の事実について,被告人は,買い物の途中で,財布を忘れたことに気付き,家に取りに帰って代金を支払う気持ちがあったから,不法領得の意思を欠き,無罪である,第2及び第3の事実について,被告人は,かつて鮮 の事実について,被告人は,買い物の途中で,財布を忘れたことに気付き,家に取りに帰って代金を支払う気持ちがあったから,不法領得の意思を欠き,無罪である,第2及び第3の事実について,被告人は,かつて鮮魚店を営んでいたことがあり,その当時,市場では翌日決済の方法が取られていたため,本件についても,翌日決済するつもりでいたから,窃盗の故意及び不法領得の意思を欠いており,無罪であると主張し,被告人もこれに沿う供述をしているので,補足して説明する。 2 第1の事実について(1) 関係証拠によれば,①被告人は,平成14年7月30日,株式会社Aの1階食料品売場において,商品であるたちうおの刺身1パックほか3点を,手に持っていたTシャツにくるみ,レジを通ることなく,代金の支払いをしないまま店内のエレベーターにいったん乗り込み,その後,1階出入口から店外へ出たこと,②被告人は,店員に対し,商品を店外に持ち出す理由について説明したり,その許可を得たりしていないこと,③被告人は,店外において,追い掛けてきた保安員のGから「どういうこと。」と声を掛けられた際,「友達が待っている。」などと答えたこと,④被告人は,その際,所持金が全くなかったことが認められる。 これらの事実によれば,被告人は,特段の事情のない限り,本件の食品4点について,権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従って利用し又は処分する意思,すなわち不法領得の意思があったと合理的に推認することができる。 (2) そして,被告人は,捜査段階の当初,財布を取りに帰るつもりだったと言い訳をしていたが,間もなく代金を支払うつもりはなかったと供述を変更し,万引きをした事実について明確に認めているところ,虚偽の自白を誘発するような利益誘導など不当な取調べがなされたような事情はな 言い訳をしていたが,間もなく代金を支払うつもりはなかったと供述を変更し,万引きをした事実について明確に認めているところ,虚偽の自白を誘発するような利益誘導など不当な取調べがなされたような事情はなく,その供述内容に不自然・不合理な点はないから,十分信用することができ,上記推認を裏付ける。 他方,被告人は,原審及び当審公判廷において,家に金を取りに戻り,代金を支払うつもりであったと弁解しているが,犯行当時,被告人が酒に酔っていたことを考慮してみても,上記認定に係る被告人の言動と符合しないし,捜査段階の上記自白と相反しているから,信用することができない。 (3) 以上によれば,第1の事実は合理的な疑いを超えて証明十分である。 3 第2の事実について(1) 関係証拠及び回答書(原審検52,57号証),捜査関係事項照会にかかる回答書(原審検54号証)によれば,①被告人は,平成14年9月10日,広島中央卸売市場にあるC株式会社南側通路において,同所に置かれていた発泡スチロールの箱やトロ箱からタコ,ヒラメ,鯛各1匹(仕入価格合計7700円相当,以下「鮮魚3点」という。)を取り出し,被告人が使用していた自転車の前かごに入れたこと,②これらの鮮魚3点は,Dが仲卸業者から仕入れたものであり,「D」などと記載された受渡票が付いていたこと,③広島中央卸売市場では,原則として許可を得た組合員でなければ取引ができないところ,被告人は,その組合員でなかったし,鮮魚3点について,卸売業者との間で購入のための交渉や代金の確認などを全くすることなく,引き続き,第3の事実の現場であるE株式会社の果実売場に移動していること,④被告人は,生活保護費として毎月初めに7万7690円を,原爆手当として毎月20日ころに3万4330円の支給を受けていたが,9月10日の所持金は の現場であるE株式会社の果実売場に移動していること,④被告人は,生活保護費として毎月初めに7万7690円を,原爆手当として毎月20日ころに3万4330円の支給を受けていたが,9月10日の所持金は200円程度であり,被告人名義の銀行預金口座にも鮮魚3点を購入するために必要な残高はなかったことが認められる。 これらの事実によれば,被告人は,特段の事情のない限り,鮮魚3点について,他人の占有する財物を,占有者の意思に反して占有を侵害し,自己の占有に移すことを認識認容しており,かつ権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従って利用し又は処分する意思があったこと,すなわち窃盗の故意及び不法領得の意思があったと合理的に推認することができる。 (2) そして,被告人は,事件の当日である平成14年9月10日付け警察官調書(原審検35号証)において,第3の事実と合わせて本件犯行を認める供述をしていたところ,前同様,虚偽の自白を誘発するような不当な取調べがなされたような事情はないし,その供述内容は具体的で自然であるから,上記の推認を裏付ける。 ところが,被告人は,その後,鮮魚に売渡票が付いていたことには気付かなかったとか,盗むつもりはなく,「H」で伝票を切ってもらい,翌日,代金を支払うつもりであったなどと供述を変遷させ,原審及び当審の公判廷でも同様の弁解を繰り返している。 しかしながら,鮮魚に付いていた売渡票の大きさや現場の明るさによれば,被告人が,酒に酔っていたことを考慮しても,売渡票に気付かなかったというのは不自然であるし,被告人は,昭和40年代の初めころ,鮮魚店を営んでいたが,その後,30年余りの間,卸売市場で仕入れをするような仕事に就いていないこと,「H」という組合は既に解散していて存在しないこと,上記( あるし,被告人は,昭和40年代の初めころ,鮮魚店を営んでいたが,その後,30年余りの間,卸売市場で仕入れをするような仕事に就いていないこと,「H」という組合は既に解散していて存在しないこと,上記(1)の被告人の行動内容や経済状態などに照らすと,被告人の弁解は,信用することができない。 (3) 以上のとおり,原判示第2の事実を認定することができる。 4 第3の事実について(1) 関係証拠及び回答書(原審検52,57号証),捜査関係事項照会にかかる回答書(原審検54号証)によれば,①被告人は,第2の犯行に引き続き,同じ卸売市場にあるE株式会社果実売場において,積まれていたみかん1箱(5キログラム入りのもの,販売価格3000円相当)を手で持ち,上記自転車の前かごの上に乗せて持ち去ろうとしたこと,②このみかん1箱は,E株式会社の所有物であり,松江市場に配送する予定のものであったこと,③被告人は,上記のとおり広島中央卸売市場の組合員でなかったし,このみかん1箱について,卸売業者との間で購入のための交渉や代金の確認などを全くしていないこと,④被告人の所持金は上記のとおり200円程度であり,鮮魚3点に加えて,みかん1箱を購入するだけの預金残高はなかったことが認められる。 これらの事実によれば,被告人には,特段の事情のない限り,みかん1箱について,窃盗の故意及び不法領得の意思があったと合理的に推認することができる。 (2) そして,被告人は,上記警察官調書(原審検35号証)において,本件犯行を認める供述をしていたところ,前同様,虚偽の自白を誘発するような不当な取調べがなされたような事情はないし,その供述内容は具体的で自然であるから,上記の推認を裏付ける。 ところが,被告人は,その後,みかんを盗むつもりはなく,青果市場で伝票を切っても ような不当な取調べがなされたような事情はないし,その供述内容は具体的で自然であるから,上記の推認を裏付ける。 ところが,被告人は,その後,みかんを盗むつもりはなく,青果市場で伝票を切ってもらい,翌日,代金を支払うつもりであった,逃げようとしたことはないと供述するに至り,原審及び当審の公判廷でも同様の弁解を繰り返している。 しかしながら,被告人の弁解内容は,上記(1)の各事実と符合しないし,被告人は,30年余りの間,卸売市場で仕入れをするような仕事に就いていないこと,E株式会社の取締役Iに取り押さえられた際,「Jに持って行き買おうと思った。」などと弁解していたが,Jは野菜の卸売業者であり,青果の卸売りとは関係がないこと,原審公判廷では,Jという会社の名前は話していないと不自然に供述を変遷させていることなどに照らし,信用することができない。 (3) そうすると,原判示第3の事実を認定することができる。 (法令の適用)罰条当裁判所が認定した第1の行為刑法235条原判決の認定した第2の行為刑法235条原判決の認定した第3の行為刑法243条,235条併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の最も重い原判示第2の罪の刑に法定の加重)未決勾留日数刑法21条(原審における未決勾留日数のうち60日を刑に算入する。)訴訟費用刑訴法181条1項ただし書(原審分及び当審分について,被告人に負担させない。)(量刑の理由)本件は,窃盗2件及び窃盗未遂1件の事案であるが,安易な犯行に酌むべき事情はない。被告人には前科前歴が多数ある上,前刑の執行猶予期間中に本件各犯行に及んでおり,規範意識や更生の意欲が十分でなかったといわざるをえない。 しかも,不自然な弁解を繰り返している。 酌むべき事情はない。被告人には前科前歴が多数ある上,前刑の執行猶予期間中に本件各犯行に及んでおり,規範意識や更生の意欲が十分でなかったといわざるをえない。 しかも,不自然な弁解を繰り返している。 そうすると,本件の犯情はよくなく,被告人の刑事責任は軽視することができない。 しかしながら,被害品は返還されていること,被告人の健康状態がよくないことなど被告人のために酌むべき事情も認められるので,これらを総合考慮して,主文のとおり刑を定める。 平成15年9月2日広島高等裁判所第一部裁判長裁判官久保眞人裁判官芦髙源裁判官島田一
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