平成15(ネ)87 損害賠償請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成17年4月13日 名古屋高等裁判所 金沢支部 金沢地方裁判所 平成11(ワ)307
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判決文本文40,353 文字)

主文 1 原判決を次のとおり変更する。 2 控訴人は,被控訴人Aに対し36万円,被控訴人B,被控訴人C及び被控訴人Dに対し各12万円並びにこれらに対する平成11年6月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,控訴人と被控訴人Aとの間においてはこれを30分し,その1を控訴人の負担とし,その余を同被控訴人の負担とし,控訴人と被控訴人B,被控訴人C及び被控訴人Dとの間においてはこれをそれぞれ90分し,その1を控訴人の負担とし,その余を同各被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。 (2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。 2 被控訴人ら(1) 本件控訴を棄却する。 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は,亡E(以下「E」という。)が国(訴訟承継前控訴人)の設置に係る病院に入院中,その承諾がないのに比較臨床試験の被験者とされ,治療方法に関する自己決定権を侵害されて精神的苦痛を被ったとして,国家賠償法1条1項,民法715条1項又は民法415条に基づき,国に対し,Eの夫である被控訴人Aが540万円,子である同B,同C,同Dが各180万円及びこれらに対する不法行為のあった日の後で,訴状送達の日の翌日である平成11年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案の控訴審である。 原審は,被控訴人Aの請求につき82万5000円,同B,同C及び同Dの請求につき各27万5000円及びこれらに対する平成1 法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案の控訴審である。 原審は,被控訴人Aの請求につき82万5000円,同B,同C及び同Dの請求につき各27万5000円及びこれらに対する平成11年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員の各支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却したところ,これを不服とする国が本件控訴を提起した。 国立大学法人法(平成15年法律第112号)により,上記病院の業務に関する国の権利義務は平成16年4月1日に控訴人に承継されたため(同法附則9条,同法施行令附則4条),控訴人が本件訴訟における控訴人(1審被告)の地位を承継した(以下において,上記承継の前後を通じて「控訴人」という。)。 2 前提事実次のとおり補正するほかは,原判決の事実及び理由の第2,1に記載のとおりであるから,これを引用する。 (原判決の補正)(1) 原判決4頁16行目ないし18行目の括弧書きを削除する。 (2) 原判決7頁1ないし3行目の括弧内を次のとおり改める。 「・白血球数 3000/μl以上・血小板数 100000/μl以上・血色素量 10g/dl以上・GOT,GPT 正常値の2倍以下・総ビリルビン量 3.0mg/dl以下・クレアチニン  2.0mg/dl以下orクレアチニンクリアランス 60ml/min以上・BUN 30mg/dl以下」(3) 原判決7頁6行目の「層別した上で,」の次に「化学療法を」を加える。 (4) 原判決7頁9行目冒頭に「本治療の」を加える。 (5) 原判決7頁10行目を次のとおり改める。 「ファックスによりその治療法をArmA(高用量CAP療法)とするかArmB(高用量CP療法)とするかの指示を受ける。」(6) 原判決7頁12ないし14行目を次のとおり改める 次のとおり改める。 「ファックスによりその治療法をArmA(高用量CAP療法)とするかArmB(高用量CP療法)とするかの指示を受ける。」(6) 原判決7頁12ないし14行目を次のとおり改める。 「 初回投与は初回手術のできるだけ早い時期(2週間以内)に開始する。投与周期は原則として3ないし4週間ごととする。 高用量CAP療法及び高用量CP療法のいずれの場合も,シスプラチン90mg/㎡を用い,8サイクルとする。」(7) 原判決7頁17行目の「基準をもうけて」を「次の基準に従って」と改める。 (8) 原判決7頁末行の次に,改行の上,次のとおり加える。 「 ただし,次の場合はG-CSFの投与を中止する。 ・明らかなアレルギー様症状が出現した場合・各観察及び検査項目に異常がみられ(副作用の発現を含む。),治療の継続が不可能と判断された場合」(9) 原判決8頁1ないし3行目を次のとおり改める。 「(ク) 経過観察,観察・検査項目(観察時期)及び評価項目追跡報告書を使用し,本治療終了後年1回,5年間追跡調査を実施する。化学療法終了後の経過観察中の維持経口化学療法は行わない。 必要に応じ,次の検査を施行する。 ① 腫瘍所見:MRI,CT,超音波,胸部レ線,腹部レ線にて治療前後の画像診断を必ず施行する。 ② 腫瘍マーカー:CA125,CA19-9,CEA,LDHなど担当医師は,治療終了後又は治療中止時に,以下の項目について臨床評価を行う。 ① 再発確認時期及び生存の有無を追跡調査する。 ② 化学療法剤の一般的な副作用も評価する。」(10)原判決8頁5行目の「各群60例。」を「完成例として各群60例とする。」と改める。 (11)原判決8頁7行目の括弧内を「体表面積1㎡当たりの投与量を表す。以下同じ。」と改める。 3 争点及びこれに関す 8頁5行目の「各群60例。」を「完成例として各群60例とする。」と改める。 (11)原判決8頁7行目の括弧内を「体表面積1㎡当たりの投与量を表す。以下同じ。」と改める。 3 争点及びこれに関する当事者の主張(1) Eの本件クリニカルトライアルへの症例登録の有無とEに対する本件プロトコールに基づく化学療法実施の有無(被控訴人らの主張)a医師及びb教授は,平成10年1月19日,Eに無断で,Eを本件クリニカルトライアルの被験者として症例登録し,その後本件プロトコールに従ってCP療法を実施した。もっとも,Eに対する上記CP療法は,Eの腎機能が著しく悪化したため,予定されていた8サイクルのうち1サイクルが実施されて中止された。 (控訴人の主張)原判決12頁10行目から13頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 (2) 治療法選択に当たっての説明義務違反の有無(被控訴人らの主張)ア がん治療として化学療法を受ける患者の中には,治癒する可能性があれば副作用をおそれずに副作用の強い抗がん剤治療を希望する者もいれば,激しい副作用を起こさない範囲での抗がん剤治療を望む者,苦痛を軽減して残された時間を充実させようとする者などもいると考えられる。そうすると,患者が自己に対する治療法を選択するにつき自己決定をするためには,各化学療法についても説明しなければならない。 イ Eに対する化学療法においても,たとえばCP療法ではアドリアマイシンによる抗がん効果が見込めないが,CAP療法よりも副作用が軽いという特徴を有するなどの相違点があるから,控訴人病院の担当医師としては,自らががんであることを知っていたEに対し,CP療法のほかに,CAP療法やタキソール療法を説明すべき義務があったのに,これを怠った。 (控訴人の主張)ア 日本におけ ,控訴人病院の担当医師としては,自らががんであることを知っていたEに対し,CP療法のほかに,CAP療法やタキソール療法を説明すべき義務があったのに,これを怠った。 (控訴人の主張)ア 日本における卵巣がんの化学療法は,欧米諸国の研究成果を踏まえ,CAP療法が一般的であったが,CP療法とCAP療法とは,その奏効率(抗がん効果)及び生存率向上の差異は認められず,両者は同等の効果を持つ治療法であるとの世界的コンセンサスが確立するにつれ,CP療法を採り入れる医療機関は多くなっていた。そして,平成5年にCP療法とCAP療法との比較調査が行われ,両者に優劣がなかったことから,Eの治療が行われた平成10年当時はもとより,現在でも,両療法は奏効率(抗がん効果)及び生存率向上において優劣差のない標準的治療法として,各医療機関ないし医師の裁量により混然と使用されている。なお,CP療法の方が副作用が軽いとの報告もあるが,副作用につき有意差は認められないとする報告もあるから,アドリアマイシンを含まないため,CP療法は副作用が軽い療法であるといえても,明らかにCP療法の方が副作用が軽い療法であるとまではいえない。 イ このようにCP療法とCAP療法との間に効用において有意差がなく,医師が患者にCP療法の方が副作用が軽いなどと説明することは,かえって不適切かつ無責任な説明になるから,医師が,患者に対し,選択する療法の構成薬剤の相違についてまで説明すべき義務があるとはいえない。 ウ (被控訴人らの主張に対する反論)(ア) 入院して治療を望む患者にとって,その第1目的が治癒又は症状の改善にあることは当然であり,そのための投薬には多かれ少なかれ副作用が避けられないため,まずは症状の改善に有効な投薬を行い,副作用については別途手当てをするのが通常であるから(CP療法, 又は症状の改善にあることは当然であり,そのための投薬には多かれ少なかれ副作用が避けられないため,まずは症状の改善に有効な投薬を行い,副作用については別途手当てをするのが通常であるから(CP療法,CAP療法の副作用である白血球の低下に対してはG-CSF,嘔気,嘔吐に対しては5-HT3受容体拮抗型制吐剤,腎機能の低下に対しては輸液療法による各対処方法がある。),あたかも対処法のない副作用が生ずるかのような被控訴人らの主張は失当である。 (イ) また,タキソール療法は,卵巣がんの治療薬としては,平成9年12月から販売が開始された薬剤であり,平成10年1月当時の石川県内の販売実績は4例のみの状態であった。しかも,タキソールについては,アレルギーショックによる死亡例も報告されていた。医師としては,このように販売されたばかりで使用経験がなく,リスクのある治療薬を直ちに患者に投与することには慎重になるのは当然であるから,平成10年1月当時,控訴人病院の医師がEにタキソール療法について説明すべき義務はなく,また,Eに対してタキソール療法を施す義務もなかった。 (3)高用量のシスプラチン投与に当たっての説明義務違反及びシスプラチン投与量を減量すべき注意義務違反の有無(被控訴人らの主張)ア 本件クリニカルトライアルは標準的投与量を超える高用量のシスプラチンを投与するものであった。すなわち,日本におけるシスプラチンの標準的投与量は75mg/㎡/4週であるのに対し,本件クリニカルトライアルにおけるシスプラチンの投与量は90mg/㎡/4週であったから,上記標準的投与量を超えるものであった。 イ そして,患者は,抗がん剤の抗がん効果に期待する一方,副作用をできる限り軽くしたいという相反する心情の中で,自らの治療方針を自己決定するのであるから,標準的投与 的投与量を超えるものであった。 イ そして,患者は,抗がん剤の抗がん効果に期待する一方,副作用をできる限り軽くしたいという相反する心情の中で,自らの治療方針を自己決定するのであるから,標準的投与量を超える高用量のシスプラチンを投与することは,患者にとって自らの治療方針を自己決定する重要な情報として,これを説明すべきであった。 ウ また,Eは,平成10年1月16日時点では,クレアチニンクリアランス値が本件プロトコール上の腎機能に関する減量基準(乙12)及び第16回婦人科がん化学療法共同研究会総会記録集記載の減量基準(乙9の20ないし21頁)に該当していたのであるから,シスプラチンの投与量を減量すべきであった。 エ ところが,Eの担当医師であるa医師は,標準的投与量を超える高用量のシスプラチンを投与すること及びこれにより通常よりも副作用が強く出ることのいずれも説明せず,また,Eの腎機能障害を疑う状況にあったにもかかわらず,減量措置を講じなかったのであるから,高用量のシスプラチン投与に当たっての説明義務違反及びシスプラチン投与量を減量すべき注意義務違反がある。 (控訴人の主張)ア 被控訴人らの主張アは否認する。シスプラチンの投与量は,添付文書上では「16.7ないし25mg/㎡/週」とされており,東京慈恵会医科大学産科婦人科学教授c作成の意見書(乙31)によれば,本件クリニカルトライアルにおけるシスプラチンの投与量(90mg/㎡/4週)は適正と判断されており,実際上も,控訴人病院産科婦人科では,本件クリニカルトライアルに登録されていない子宮がんないし卵巣がん患者のすべてに対し,上記投与量のシスプラチンを投与していた。 イ 被控訴人らの主張イは否認する。平成5年発表の「21施設による進行卵巣癌の治療成績-とくに治療法の相違による生存率の差異を し卵巣がん患者のすべてに対し,上記投与量のシスプラチンを投与していた。 イ 被控訴人らの主張イは否認する。平成5年発表の「21施設による進行卵巣癌の治療成績-とくに治療法の相違による生存率の差異を中心に-」(乙65)のとおり,北陸地方で行われていた治療が医学的に不適切であったので,患者にとってより良い治療(医学的に妥当で治療効果のある治療)を実施するために,90mg/㎡/4週の投与量に設定したものであるから,このような点についてまで医師に説明義務はない。仮に従前の治療との相違や実施しようとする治療が行われるに至る経緯まで説明しなければならないとすると,あらゆる治療につき医学の進歩及び当該医師の経験等に基づく考慮が反映されている以上,その説明内容が極めて広汎なものとなり,説明すべき範囲を画することが困難であるし,当該患者にとっても,その医学的内容を正確に理解できるとは限らず,混乱する可能性もある。 ウ 被控訴人らの主張ウは否認する。クレアチニンクリアランス値は,日々変動することや蓄尿が煩雑であることから,臨床現場では,あまり使用されないパラメータであり,クレアチニンクリアランス値によりシスプラチンを減量することは一般に行われていない(特段の事情もないのに安易に減量すると,抗腫瘍効果の低下を招き,かえって妥当でない。)。 Eの腎機能低下は,腫瘍による尿管圧迫とステントの結石による尿流量の低下を原因とするものであったが,腎ろう術による尿路変更により速やかに改善していた。化学療法を行うに当たっての腎機能の評価は,フローチャートによる産婦人科診療指針(乙23)及び産婦人科ベッドサイドマニュアル第2版(乙24)にあるように,BUN,血清クレアチニン値及びクレアチニンクリアランス値を総合的に考慮するのが医学の常識であるところ,EのBUN及び血清ク (乙23)及び産婦人科ベッドサイドマニュアル第2版(乙24)にあるように,BUN,血清クレアチニン値及びクレアチニンクリアランス値を総合的に考慮するのが医学の常識であるところ,EのBUN及び血清クレアチニン値は正常の範囲内であり,クレアチニンクリアランス値も基準値を多少下回っている程度であったから,特に問題はなかった。 エ 被控訴人らの主張エは否認する。 (4) 本件クリニカルトライアルへの症例登録に当たっての説明義務違反の有無(被控訴人らの主張)原判決9頁24行目から11頁17行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 (控訴人の主張)原判決13頁16行目から15頁17行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 (5) 損害(被控訴人らの主張)ア Eは,上記説明義務違反により,自己の治療方法を選択するについての自己決定権を侵害され,多大な精神的苦痛を被った。また,実際上も,Eは,高用量のシスプラチン投与を原因とする腎機能低下等の副作用が生じたことによっても肉体的精神的苦痛を受けたのであるから,Eの慰謝料としては900万円を下らない。 イ 被控訴人らは,本件訴訟を提起するに際し,被控訴人ら訴訟代理人弁護士にその訴訟追行を委任し,その弁護士費用として180万円を要した。 ウ 被控訴人らは,その相続割合に応じ,上記アの慰謝料請求権を相続し,同イの弁護士費用を負担したことにより,Eの夫である被控訴人Aが540万円,その間の子である被控訴人B,被控訴人C,被控訴人Dが各180万円の損害賠償請求権を有する。 (控訴人の主張)被控訴人らの主張は否認する。 Eには,被控訴人ら主張の説明義務違反等によって何らの損害も生じていない。すなわち,控訴人病院医師がEに対して実施したCP療法は,平成10年1月当時のEの症状に最適の化 控訴人らの主張は否認する。 Eには,被控訴人ら主張の説明義務違反等によって何らの損害も生じていない。すなわち,控訴人病院医師がEに対して実施したCP療法は,平成10年1月当時のEの症状に最適の化学療法であったから,本件クリニカルトライアルの症例登録の有無にかかわらず,Eには治療上何の損害も生じていないし,実質的にみてEの自己決定権に対する侵害もない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件クリニカルトライアルへの症例登録の有無等)について当裁判所も,Eは,本件クリニカルトライアルの対象症例として登録され,本件プロトコールに従ったCP療法を受け,第1サイクル目の抗がん剤の投与を受けたと認定するが,その理由は,次のとおり補正するほかは原判決の事実及び理由欄の第3,1に記載のとおりであるから,これを引用する。控訴人が当審において提出した証拠は,上記判断を左右するに足りるものではない。 (原判決の補正)ア 原判決18頁8行目の「『No1』も」から同9行目の「されていない。」までを削除する。 イ 原判決19頁14行目の「20」の次に「,69」を加える。 ウ 原判決19頁16ないし18行目を次のとおり改める。 「(ア) Eは,本件手術に際し,左尿管膀胱新吻合術も受けたが,平成9年12月23日から腹水の量が急激に増加し,右水腎症が発現するなどしたため,同月26日,その右尿管にカテーテルの一種であるステント(乙25)が留置された。 本件プロトコールで予定された化学療法剤投与スケジュールは,初回投与は初回手術のできるだけ早い時期(2週間以内)に開始するというものであったが,平成10年1月5日の時点の診察時においても,Eの術後の回復状態が不良と判断されたため,同人に対する化学療法の開始はしばらく見送ることとされた。」エ 原判決20頁2行目の「a医 うものであったが,平成10年1月5日の時点の診察時においても,Eの術後の回復状態が不良と判断されたため,同人に対する化学療法の開始はしばらく見送ることとされた。」エ 原判決20頁2行目の「a医師は,」の次に「Eのクレアチニンクリアランス値が正常値をやや下回っているものの,血清クレアチニン値等が正常値を示していたことから,これらの検査値を総合的に判断して,」を加える。 オ 原判決20頁17,18行目の「であり,腎機能が著しく低下していることが判明した。」を「であった。」と改める。 カ 原判決20頁23行目末尾に次のとおり加える。 「なお,2月2日以降,Eにはカンジダ菌の感染が認められたが,これは発熱に対する抗生剤投与により,菌交代現象が発生したものと判断された。」キ 原判決20頁24行目の「Eの」から21頁1行目の「示し続けた。」までを削除する。 ク 原判決21頁7行目の「Eの腎機能が低下しているので,シスプラチン」を次のとおり改める。 「本件手術により摘出することなく残存させていたEの膣断端部腫瘍(膀胱と癒着しており,これを摘出しようとすると,膀胱まで全部摘出することになって生活の質が著しく低下するとして,治療効果とも比較の上,膀胱の全摘は適切でないと判断されて残存された。)に増大傾向が認められ,尿管にも閉塞所見がみられたため,このように腎臓に負担のかかる状況にあっては,腎機能障害の副作用のあるシスプラチン」ケ 原判決21頁10行目の「腎ろうが設置された。」を「腎ろう形成手術(尿路のバイパス手術)が行われたため,同月22日には解熱した。」と改める。 コ 原判決21頁19行目の「等からタキソール療法への変更を提案し,了承された。」を次のとおり改める。 「,販売されたばかりで,当初は使用経験のなかったタキソールにはアレルギーショックによる める。 コ 原判決21頁19行目の「等からタキソール療法への変更を提案し,了承された。」を次のとおり改める。 「,販売されたばかりで,当初は使用経験のなかったタキソールにはアレルギーショックによる死亡例の報告があったものの,同検討会の時点では,2,3例の使用経験を経て副作用が少ないことも確認できていたことから,Eに対する化学療法は,2回目以降,タキソール療法へ変更することが決定された。」サ 原判決21頁21行目と22行目との間に次のとおり加える。 「(ケ) 血清クレアチニン値の変動状況は,別表記載のとおりである。」シ 原判決23頁21行目の「しかし」から24頁11行目までを次のとおり改める。 「しかし,平成9年12月18日実施の手術終了時点では,Eの卵巣がんが膣断端部のがんが転移したものか,別個に発生したがん(重複がん)であるかの判断ができず(乙1の62頁),病理の結果を待つこととされていたところ,平成10年1月27日になって,他院から取り寄せたEの子宮の病理検査結果報告書により,卵巣の増生パターンとは異なる別のがんであるとの所見が報告されたこと(乙1の94頁)で,重複がんと確定されたことが認められ,それ以前にEが重複がんであったとの確定的診断がなされたことを認めるに足りる証拠はないから,上記主張は,その前提を欠き,採用できない。」 2 争点(2)(治療法選択に当たっての説明義務違反の有無)について(1) 卵巣がんの治療に関する医学的知見前記前提事実(3)(原判決5頁1行目から6頁3行目まで)及び証拠(後記各証拠)によれば,卵巣がんの治療に関する医学的知見は次のとおりであったことが認められる。 ア 卵巣がんの進行期は,国際進行期分類(FIGO,1988)によれば,Ⅰ期(卵巣内限局発育),Ⅱ期(腫瘍が一側又は両側の卵巣に存在し,さらに 関する医学的知見は次のとおりであったことが認められる。 ア 卵巣がんの進行期は,国際進行期分類(FIGO,1988)によれば,Ⅰ期(卵巣内限局発育),Ⅱ期(腫瘍が一側又は両側の卵巣に存在し,さらに骨盤内への進展を認めるもの),Ⅲ期(腫瘍が一側又は両側の卵巣に存在し,さらに骨盤外の腹膜播種並びに/あるいは後腹膜又は鼡径部のリンパ節転移を認めるもの。また腫瘍は小骨盤に限局しているが,小腸や大網に組織学的転移を認めるものや,肝表面への転移の認められるものもⅢ期とする。)及びⅣ期(腫瘍が一側又は両側の卵巣に存在し,遠隔転移を伴うもの。胸水の存在によりⅣ期とする場合には,胸水中に悪性細胞を認めなければならない。また肝実質への転移はⅣ期とする。)に分類される(乙63)。 イ 卵巣がんの治療に関する基本的な考え方は,がんが限局していれば,外科的摘除が奏効し,根治することが可能であるが,局所を超えて浸潤や転移形成が起これば,一次的根治療法は不可能となり,抗がん化学療法を行う必要があるというものである(平成9年7月10日発行「NEW産婦人科学」(乙6))。 これは,平成12年8月発行の「婦人科腫瘍委員会『卵巣がんの治療の基準化に関する検討小委員会』報告」(甲10)において,進行性卵巣がんの場合でも,開腹して腫瘍をできるだけ摘出する手術療法を原則とし,手術に引き続いて全身的な化学療法を施行することが治療の基本と位置付けられていることとも整合する(甲25の233頁も同旨)。これに対し,卵巣がんに対する放射線治療は最後の手段と位置付けられている(証人a)。 もっとも,卵巣がんは,臨床症状に乏しく,卵巣の解剖学的位置関係などから正確な診断法が確立されていないため,臨床的に診断された時点では進行例であることが多い。このような観点から,局所療法である手術療法ととも ,卵巣がんは,臨床症状に乏しく,卵巣の解剖学的位置関係などから正確な診断法が確立されていないため,臨床的に診断された時点では進行例であることが多い。このような観点から,局所療法である手術療法とともに全身療法である化学療法が,卵巣がんの治療において極めて重要な位置を占める(平成9年1月1日発行「産婦人科の実際」(乙3))。 ウ そこで,化学療法に用いられる抗がん剤の選択が重要な課題となるが(甲10),抗がん剤の使用に際しては,次のような副作用に関する原則を念頭に置く必要がある(甲23)。 ① 副作用のない抗がん剤はない。 抗がん剤は正常細胞に対しても作用するので,副作用は必発と考えておくべきである。一方,抗腫瘍効果はがん細胞の感受性などに依存するので発現するとは限らない。 ② 最大耐量と治療量との差が小さい。 治療効果が確実に期待でき,副作用が発現しない投与量の設定は容易ではない。すなわち,毒性のために効果を得るのに十分な投与ができないことが少なくない。したがって,副作用の発現様式を抗がん剤ごとに熟知して,臨床管理の対策を計画することが重要である。 ③ すべての抗がん剤にそれぞれ特有の用量規制毒性がある。 ④ 抗がん剤の副作用は時に致死的となりうる。 血液毒性や消化器毒性などにより苦痛を与えるのみならず死に至ることもあり,supportivecareの実施は必須である。 ⑤ 化学療法は多剤併用療法が主流である。 抗がん剤同士の相互作用によって副作用が修飾されることがあるので,注意を要する。 エ 平成4年7月31日発行の「がん化学療法の副作用対策」(甲26)によれば,抗がん剤の有用性(及び投与法)については,次のとおり理解されていた。すなわち,抗がん剤の有用性は,効果と副作用のバランスの上で決定され,副作用の発現を抑えながら,できるだけ 」(甲26)によれば,抗がん剤の有用性(及び投与法)については,次のとおり理解されていた。すなわち,抗がん剤の有用性は,効果と副作用のバランスの上で決定され,副作用の発現を抑えながら,できるだけ多量の抗がん剤を投与することが優れた効果を得るための1つの要点である。抗がん剤によって効果が出現するためには,その投与総量が一定のレベルを超えることが必要であって,少量の投与では急性の副作用だけが出現することになって,全く意味がない。自覚的副作用の多くは,急性に投与の比較的初期に出現するもので,抗がん剤の1回投与量が多いほど,あるいは投与間隔が短いほど強い。多くは投与中止によってすぐに消失するもので,あとに重大な障害を残さないが,患者には嫌われる。一方,他覚的副作用の多く,すなわち,臓器障害,脱毛,皮膚の変化などは抗がん剤の投与総量がある程度以上になると,漸次出現し,投与中止後も一定期間継続し,時に重大な状態になることもある。効果出現のためには抗がん剤の投与量は多いことが望ましいが,その1回量が多いほど自覚的副作用が強くなるし,投与総量が多くなるとともに,臓器障害の頻度,程度が増す,つまり,抗がん剤の1回量を規制するのが急性の副作用であり,投与総量を規制するのが臓器障害である。抗がん剤の多くは治療量と中毒量の幅が狭い,つまり,治療量を超すと,すぐに重篤な副作用の出現する危険性がある。できるだけ十分な量の投与を行うこと,しかも副作用が強く現れないように,投与量をコントロールすることが化学療法を成功させるための要因である。 オ 抗がん剤の具体的な副作用には,血液毒性,腎障害,消化器障害,肝障害,神経障害,過敏症,肺障害,循環器系障害,性機能障害,皮膚障害・脱毛及び2次発がん等があるが,このうち腎障害は,シスプラチンの用量規制毒性の1つであり, には,血液毒性,腎障害,消化器障害,肝障害,神経障害,過敏症,肺障害,循環器系障害,性機能障害,皮膚障害・脱毛及び2次発がん等があるが,このうち腎障害は,シスプラチンの用量規制毒性の1つであり,タンパク質非結合型シスプラチンが近位尿細管細胞内のSH基を持つタンパク質と結合し,リソゾーム酵素の細胞内流出を招き,尿細管細胞壊死をもたらすものである。障害の多くは急性腎不全として発症するが,長期間投与により,遷延性腎障害が生ずる場合もある(甲23)。ただし,腎不全は一過性であり,投与中止により正常値に比較的早く回復する(甲26)。 カ 卵巣がんの化学療法の実施状況につき,平成9年1月1日発行「産婦人科の実際」(乙3)によれば,欧米においては次のとおりであった。すなわち,欧米においては,シスプラチンが最も強い抗腫瘍効果があることが判明したため,1970年代後半からCAP療法が標準的化学療法とされてきた。しかしながら,CAP療法におけるアドリアマイシンの副作用としての心毒性などが臨床上問題となったことを契機として,CAP療法とCP療法との無作為比較試験が行われたところ,CAP療法が生存率が良いとの研究報告もあったものの,結局は,両群間の生存率に有意な差は認められず,Ⅲ期の術後化学療法においてアドリアマイシンを加えても,無病期間及び生存期間の延長は認められなかった。また,副作用の面からは,血液毒性については差が認められなかったのに対し,悪心・嘔吐の発現率は,CP療法群では3.6%であったのに対し,CAP療法群では9.3%と高く,心毒性が3.0%認められた。 また,「本邦における卵巣癌(悪性表層上皮性・間質性腫瘍)に対する化学療法の現況」(平成9年発行,乙4)によれば,日本においては次のとおりであった。すなわち,日本でも,CAP療法が卵巣がんの化 。 また,「本邦における卵巣癌(悪性表層上皮性・間質性腫瘍)に対する化学療法の現況」(平成9年発行,乙4)によれば,日本においては次のとおりであった。すなわち,日本でも,CAP療法が卵巣がんの化学療法としてほぼ定着していたところ,最も有効な薬剤であるシスプラチンを中心とした組合せのうちCAP療法とCP療法の比較試験についての外国報告により,シスプラチンの投与量が同一の場合,両者の奏効率に有意差は認められず,副作用はCP療法の方が少ないことから,CP療法はCAP療法に匹敵する有効な組合せであると認識されるようになった(もっとも,「第16回婦人科がん化学療法共同研究会総会記録集」(平成11年7月25日発行,乙9)では,CAP療法とCP療法の奏効率に有意差は認められず,副作用のうち悪心,嘔吐についても両者の間に有意差はみられなかったと評価している。)。 キ 製薬会社作成のシスプラチンの説明書(甲16の1及び2)には,シスプラチンの投与法等について,次のように説明されている。すなわち,シスプラチンは,日本においては1979年から臨床治験が開始され,1983年に卵巣がんをその効能・効果に含むものとして製造承認を受けたものである。卵巣がんの場合は,B法(シスプラチン50~70mg/㎡を1日1回投与し,少なくとも3週間休薬する。これを1クールとし,投与を繰り返す。)を標準的用法・用量とし,患者の状態によりA法(シスプラチン15~20mg/㎡を1日1回,5日間連続投与し,少なくとも2週間休薬する。これを1クールとし,投与を繰り返す。),C法(シスプラチン25~35mg/㎡を1日1回投与し,少なくとも1週間休薬する。これを1クールとし,投与を繰り返す。)を選択するものとされている。 そして,その添付文書(甲6,なお,乙59は平成13年1月改訂後のもの 5~35mg/㎡を1日1回投与し,少なくとも1週間休薬する。これを1クールとし,投与を繰り返す。)を選択するものとされている。 そして,その添付文書(甲6,なお,乙59は平成13年1月改訂後のものである。)には,使用上の一般的注意として,悪心・嘔吐,食欲不振等の消化器症状がほとんど全例に起こるので,患者の状態を十分に観察し,適切な処置を行うこと,腎不全,骨髄機能抑制等の重篤な副作用が起こることがあるので,頻回に臨床検査を行うなど,患者の状態を十分に観察すること,異常が認められた場合には,減量,休薬等の適切な処置を行うこと等が必要である。重篤な腎障害のある患者は禁忌とされ,また,腎障害のある患者には慎重に投与すべきものとされている。腎臓に関する副作用として,急性腎不全等の重篤な腎障害が現れることがあるので,観察を十分に行い,BUN,血清クレアチニン,クレアチニンクリアランス値等に異常が認められた場合は,投与を中止し,適切な処置を行うこととされている。 ク シスプラチンの適切な投与量をめぐっては,種々の医学的意見がある。たとえば,75mg/㎡を3,4週ごとを基本とする見解(甲10の1330頁),16mg/㎡/週まで高くするのが臨床上の限界値とする見解(乙3の75頁),50mg/㎡を当初の標準的投与量とする見解(乙4の4頁),50~80mg/㎡/3週ごとを化学療法例とするもの(乙6の567頁。4週ごとに換算すれば,66~106mg/㎡),50mg/㎡は国際的レベルからみれば低用量であるとする見解(乙9の32頁),75~100mg/㎡を最も望ましいとする見解(乙16の1及び2。乙16の2中の「74」とあるは「75」の誤記と認める。),75mg/㎡/4週ごと以上が日本で効果の期待できる量とする見解(乙31の3頁),50mg/㎡/3週ごとが減量 する見解(乙16の1及び2。乙16の2中の「74」とあるは「75」の誤記と認める。),75mg/㎡/4週ごと以上が日本で効果の期待できる量とする見解(乙31の3頁),50mg/㎡/3週ごとが減量せずに全期間予定どおりの治療を完遂できる適正な用量であるとする見解(甲24の225頁。4週ごとに換算すれば,66mg/㎡)等がある。そのため,実際になされた治療におけるシスプラチンの投与量も一定ではなく,平成5年4月発行の「21施設による進行卵巣癌の治療成績-とくに治療法の相違による生存率の差異を中心に-」(乙65)によれば,1976年から1990年までの症例についてではあるが,シスプラチンの1回投与量を50mg/㎡未満とするものから,70mg/㎡,50ないし80mg/㎡とするもの,さらには125mg/㎡(ただし,5日間にわたって投与)とするものもあった。 そして,平成12年4月20日発行の「抗癌剤投与の実際-腫瘍別・抗癌剤別投与法-」(乙43)には,次のとおり説明されている。すなわち,シスプラチンの標準的投与法は全く確立されておらず,日本における実際の投与を敢えて整理すれば,①70,80,100又は120mg/㎡,4wごと,②50mg/㎡,day1,2,4wごと,③20mg/㎡,day1~5,4wごと,④5~7.5mg/㎡を週に5日,継続,となる。しかし,日本では適正な比較が行われておらず,欧米ではいくつかの比較試験が行われているが,これらの成績が一定しないため,いずれがよいのかは明らかでない。敢えて総括すれば,100mg/㎡,4週ごと,又は週当たり25mg/㎡の強度以上であれば,投与法の果たす役割は少ない。1回200mg/㎡の投与も可能ではあるが,神経毒性その他のために継続できない一方,25mg/㎡/w以下のdoseintensityだ り25mg/㎡の強度以上であれば,投与法の果たす役割は少ない。1回200mg/㎡の投与も可能ではあるが,神経毒性その他のために継続できない一方,25mg/㎡/w以下のdoseintensityだと効果が落ちるから,日本で汎用されている上記①ないし④の投与法はいずれも適正である。しかし,欧米では,比較的多い量を短い時間で点滴静注すべきであるというdoseintensityを求める傾向にある。 なお,「婦人科悪性腫瘍の薬物・放射線療法」(甲23の148頁以下)では,シスプラチンの大量化学療法として,G-CSF併用によるシスプラチン投与量の増量可能な限界は通常投与量の2倍とされ,これ以上の投与量の増量には造血幹細胞移植の併用が必要になるとしている。 ケ タキソールは,抗腫瘍性植物成分製剤に分類され,平成9年7月2日に日本への輸入が承認され,同年10月に発売され,同年12月12日に卵巣がんに対する治療薬として薬価収載されたが,そのため,タキソール療法は,平成10年1月当時,卵巣がんに対する臨床実績が少なく,その奏効率がCAP療法及びCP療法との比較で優位にあるとの実証もされていない段階であって,卵巣がんに対する化学療法として標準的な治療法とはなっていなかった。そして,タキソール療法による死亡例も報告されていた。本件当時のタキソールの採用件数は次のとおりであった(甲18の1,甲23,乙7)。 全国石川県平成9年12月 106件 1件平成10年1月 255件 3件平成10年2月 354件 5件平成10年3月 455件 6件平成10年4月 516件 7件平成10年5月 573件 7件平成10年6 10年2月 354件 5件平成10年3月 455件 6件平成10年4月 516件 7件平成10年5月 573件 7件平成10年6月 627件 8件しかし,現在では,タキソール療法が卵巣がんの化学療法の7,8割を占めるようになり,控訴人病院でも,タキソール療法が主流となり,CP療法,CAP療法は卵巣がんの第1選択の化学療法としては全く行われなくなった(証人a,証人b)。 (2) 控訴人病院の治療指針証拠(甲11,乙32,69,証人a,証人b)及び弁論の全趣旨によれば,上記(1)のとおり,CAP療法及びCP療法とも,卵巣がんに対する標準的な化学療法として確立されていたのであり,そして,最適な投与法(投与量と投与サイクル)について,欧米では,CAP療法又はCP療法におけるシスプラチン1週当たり25㎎/㎡の量を3週間あるいは4週間をサイクルとして投与することでほぼ標準的なものとなっていたものの,我が国では,標準化したものがなく,なお各医療機関において種々の投与法が実施されていた状況にあったこと,金沢大学医学部産婦人科学教室のb教授は,欧米における研究等の結果から,CAP療法又はCP療法におけるシスプラチン1週当たり25㎎/㎡の量を3週間あるいは4週間をサイクルとして投与するのが最も有効であるとの考えから,自ら主導して,平成7年,控訴人病院における悪性卵巣腫瘍に対する治療指針として,「悪性卵巣腫瘍の金沢大学産婦人科治療指針」(以下「本件治療指針」という。)を定めたこと,以後,控訴人病院では,卵巣がん患者に対する化学療法は,本件治療指針に従って行われるようになったが,本件治療指針における化学療法の内容は,本件プロトコールが定める内容とほとんど同一であり, たこと,以後,控訴人病院では,卵巣がん患者に対する化学療法は,本件治療指針に従って行われるようになったが,本件治療指針における化学療法の内容は,本件プロトコールが定める内容とほとんど同一であり,臨床進行期Ⅱ期以上の悪性卵巣腫瘍に対しては,原則として,CAP療法又はCP療法におけるシスプラチン1週当たり90㎎/㎡の量を4週間ごとに投与するものとしていたことが認められる。 (3) 被控訴人らは,がん治療の化学療法を受ける患者に対し,自己に対する治療法の選択につき自己決定の機会を与えるためには,CP療法以外の,CAP療法やタキソール療法の各化学療法について説明すべき義務がある旨主張する。 患者との間にその患者の抱える疾患の治療を目的とする診療契約を締結した医療機関又は医師は,当該疾患の治癒又は症状の改善のため,その患者に対してその時々の具体的な症状に適合した医療行為を行うことを内容とする事務処理義務を負うのであり,同事務処理義務の主体又はその履行補助者として患者の治療に当たる医師は,医療に関する専門家として,患者に対し,当該医療機関の性格等から求められるべき医療水準に従って適切な治療等の医療行為を行うべきものであるが,当該患者に対する具体的な医療行為として何が最も適切な治療方法であるかを決定するに当たっては,複雑で高度に専門的な領域に属する医療行為の特殊性に照らして,疾患に関する医学的研究の進展状況などに関する専門的知見に基づく相当に広範な裁量権を有するものというべきである。他方,医師が行う医療行為には患者自身の生命身体に対する軽微とはいい難い侵襲を伴うものがあるため,そのような医療行為を行うに当たっては,患者がその必要性を理解し,これに納得して,真意に基づく自由な同意を得ることを要するのであり,また,ある医療行為を受けることが,その成 侵襲を伴うものがあるため,そのような医療行為を行うに当たっては,患者がその必要性を理解し,これに納得して,真意に基づく自由な同意を得ることを要するのであり,また,ある医療行為を受けることが,その成功不成功のいかんを問わず,その患者の心身に与える影響のために当該患者のその後の生き方(ライフスタイル)を変える場合があるから,そのような場合において,当該医療行為を受けるか否かはその患者が自己の生き方をどのように決定するかに関わることとして自己決定権に属することでもあるため,医師は,患者の生命身体に軽微でない侵襲を発生させる可能性のある治療法を実施するに当たっては,診療契約に基づき,緊急事態等の特別の事情のない限り,患者に対し,自らの意思で当該治療法を受けるか否かを決定することができるよう,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の治療法の内容,その治療に伴う危険性,他に選択可能な治療法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があるというべきである。したがって,この説明義務における説明は,患者が自らの身体に対して行われようとする治療法について,その利害得失を理解した上で,当該治療法による治療を受けるか否かについて熟慮し,決断することを援助するために行われるのであり,そのために必要なものである。 上述のとおり,治療行為に当たっての医師の説明義務は,患者が当該治療行為を受けるか否かを熟慮して自己決定するための援助のために医師に課された義務であるから,その説明義務は,必ずしも当該治療行為に関係するあらゆる医学的知見の説明に及ぶものではなく,患者の自己決定に必要な範囲で十分な説明をする義務にとどまるものと解するのが相当である。 (4) 上記(3)で説示した説明義務の見地から,本件において,a医師が,Eに化学療法としてのCP療法を実 く,患者の自己決定に必要な範囲で十分な説明をする義務にとどまるものと解するのが相当である。 (4) 上記(3)で説示した説明義務の見地から,本件において,a医師が,Eに化学療法としてのCP療法を実施するに当たって,Eに対して,卵巣がんに対する化学療法として,CP療法のほかに,CAP療法があることを説明すべき義務があったか否かについて検討する。 ア 上記(1)で認定した卵巣がんの治療に関する医学的知見に照らせば,化学療法としてのCP療法には,相当に激しい副作用があることが予想されていたのであるから,a医師が,これをEに行うに当たっては,Eに対し,診断(病名と病状),実施予定の治療法の内容,その治療に伴う危険性について説明すべき義務のあることは明らかであるところ,上記1で認定した事実及び証拠(乙1の47頁,51頁,65頁,乙20の86頁,証人a)によれば,E及びその夫である被控訴人Aは,a医師から,当初,卵巣がんに対する治療法として手術,化学療法及び放射線療法がある旨概括的な説明を受けた上,その後の各種検査結果を踏まえ,手術の必要性と手術後の化学療法実施の可能性についての説明を受け,化学療法の開始に当たっても,放射線療法ではなく化学療法を行うこと,これには副作用が伴うこと,副作用に対しても対処法があることにつき具体的説明を受け,上記化学療法を受けることに同意したことが認められる(なお,Eに対する明示的ながん告知があったかは明らかでないものの,その家族に対してはがん告知がなされ,Eに対しても「(たちの)悪い細胞」としての告知が行われたというのであって(乙1の47頁,乙20の44頁),看護記録(乙20)上,窺われるEの発言やこの点に関する被控訴人Aの認識(甲27)に照らしても,Eは自らががんに罹患していたことを知っていたものと認めることがで て(乙1の47頁,乙20の44頁),看護記録(乙20)上,窺われるEの発言やこの点に関する被控訴人Aの認識(甲27)に照らしても,Eは自らががんに罹患していたことを知っていたものと認めることができる。)。 イ そして,a医師は,本件手術後の卵巣がんに対する化学療法としてCP療法を実施したのであるが,上記(1)で認定した卵巣がんの治療に関する医学的知見に照らせば,平成10年1月当時,卵巣がんに対する化学療法として,CP療法のほか,CAP療法があり,我が国においては,CAP療法及びCP療法のいずれも標準的な治療法として確立していたのであり,また,CAP療法及びCP療法の間において,CAP療法がCP療法より生存率がわずかに良いとの研究報告があるものの,一般的には有意差はないものと評価され,他方,副作用はCAP療法がCP療法より大きいとされていた状況であったから,結局,Eに対してCAP療法及びCP療法のいずれの化学療法を実施するかにより,Eに対する予後やその生き方について特段の相違が生じるとは認めることができないものであった。 そうすると,Eが卵巣がんに対するCP療法による化学治療を受けるか否かの自己決定をするためには,卵巣がんに対する化学療法として,CP療法のほかに,CAP療法があることや,CP療法とCAP療法との間の薬剤や効用上の相違等について説明を受ける必要があったということはできず(上記のとおり,CP療法は,CAP療法に比べて副作用が少ないものであったから,一層そのことが当てはまるものということができる。),したがって,a医師が,Eに対してCP療法による化学療法を実施するに当たって,Eに対し,卵巣がんに対する化学療法として,CP療法のほかに,CAP療法があることを説明すべき義務があったということはできない。 (5)次に,上記( てCP療法による化学療法を実施するに当たって,Eに対し,卵巣がんに対する化学療法として,CP療法のほかに,CAP療法があることを説明すべき義務があったということはできない。 (5)次に,上記(3)で説示した説明義務の見地から,本件において,a医師が,Eに化学療法としてのCP療法を実施するに当たって,Eに対して,卵巣がんに対する化学療法としてCP療法のほかに,タキソール療法があることを説明すべき義務があったか否かについて検討する。 上記(1)で認定した卵巣がんの治療に関する医学的知見に照らせば,タキソールは,卵巣がんに対する治療薬としては,平成9年12月に薬価収載されたばかりの新薬であり,そのため,タキソール療法は,平成10年1月当時において,卵巣がんに対する臨床での使用実績が少なく,その奏効率がCAP療法及びCP療法による化学療法との比較で優位であることの実証もされていない段階であって,卵巣がんに対する化学療法として未だ標準的な治療法となっていなかったこと,控訴人病院でも,卵巣がんに対する化学療法としてのタキソール療法についてはほぼ同様な状況にあったものであり,Eに対しては,CP療法後にタキソール療法が行われたが,それは,CP療法が副作用に反して奏効しなかったために2次的に選択された結果であったのであるから,a医師には,平成10年1月当時において卵巣がんに対する化学療法として標準的な治療法であったCP療法をEに対して実施するに当たって,Eからの特段の求めもないのに,未だ標準的治療法として確立していなかった治療法であるタキソール療法について説明するまでの義務はなかったものというべきである。 (6) したがって,争点(2)に関する被控訴人らの主張は採用できない。 3 争点(3)(高用量のシスプラチン投与に当たっての説明義務違 説明するまでの義務はなかったものというべきである。 (6) したがって,争点(2)に関する被控訴人らの主張は採用できない。 3 争点(3)(高用量のシスプラチン投与に当たっての説明義務違反及びシスプラチン投与量を減量すべき注意義務違反の有無)について(1) 被控訴人らは,本件クリニカルトライアルの定めに従ってEに投与したシスプラチンは我が国における標準的投与量(75㎎/㎡/4週)を超える高用量(90㎎/㎡/4週)であったから,その投与に当たってはその旨をEに対して説明する義務があった旨主張する。 ア 上記2(1)で認定した卵巣がんの治療に関する医学的知見によれば,平成10年1月当時において,我が国における卵巣がんに対する化学療法のシスプラチンの投与量は,各医療機関において1回の投与量,総投与量とも様々な状況にあって,標準的な投与量として確立したものがあったということはできないから,被控訴人らの上記主張はその前提を欠くというべきである。 なお,甲14,23には,標準的投与量(75㎎/㎡/4週)とされているが,それは,平成10年ころに行われた比較臨床試験の成果に基づくものであって(甲10,23,乙9),平成10年1月当時において,上記投与法が標準的な投与量あるいは投与サイクルとして確立していた状況にあったわけではない。 イ もっとも,卵巣がんに対する化学療法のシスプラチン投与量90㎎/㎡/4週は,少なくとも北陸地方で従来実施されていたシスプラチンの投与量と比較して高用量であったことは明らかであるし(証人b),1回当たりの投与量でみると,我が国の医療機関において実施されていた投与量中では多い方に属するものといえるし(乙4,65での1回当たりの投与量の最高は80㎎/㎡である。),シスプラチンの添付文書 ,1回当たりの投与量でみると,我が国の医療機関において実施されていた投与量中では多い方に属するものといえるし(乙4,65での1回当たりの投与量の最高は80㎎/㎡である。),シスプラチンの添付文書に記載の卵巣がんに対する投与量が50~70㎎/㎡(B法)とされていることに照らしても,高用量であるというべきである。 しかし,上記2(1)で認定した卵巣がんの治療に関する医学的知見に照らせば,北陸地方で卵巣がんに対する化学療法として従来実施されていたシスプラチンの投与量の方が90㎎/㎡/4週のシスプラチン投与法より適正量であったとする根拠はなく,また,同化学療法における90㎎/㎡/4週のシスプラチン投与法が,当時の我が国における医学水準を逸脱する投与法(投与量及び投与サイクル)であるということはできない上,シスプラチンの添付文書でも,子宮頚癌に対する投与法(E法)として,シスプラチン投与量90㎎/㎡の1日1回の投与が認められ,上記B法も,「50~70㎎/㎡の1日1回投与,少なくとも3週間休薬」というものであるため,50~70㎎/㎡の1日1回投与を3週間当たりの投与量とみて,4週間当たりに換算すると,90㎎/㎡の1日1回投与も許容範囲内と解する余地があることを考慮すると,シスプラチン投与量90㎎/㎡/4週がシスプラチンの添付文書上の用法・用量を逸脱するものともいうことができないから,卵巣がんに対する化学療法におけるシスプラチン90㎎/㎡/4週の投与は,平成10年1月当時の我が国における卵巣がんに対する化学療法におけるシスプラチンの投与法に関する医学水準に適合するものであったというべきであり,したがって,その投与法がシスプラチンの添付文書上の用量・用法の範囲内にある限り,医師の合理的な裁量に委ねられていたものというべきである。 そして,シスプ に適合するものであったというべきであり,したがって,その投与法がシスプラチンの添付文書上の用量・用法の範囲内にある限り,医師の合理的な裁量に委ねられていたものというべきである。 そして,シスプラチン90㎎/㎡/4週の投与が,たとえば被控訴人らが標準的投与量であると主張するシスプラチン75㎎/㎡/4週の投与との比較で,新たな副作用を発現させるということは考え難いところであるから,シスプラチン90㎎/㎡/4週の投与とシスプラチン75㎎/㎡/4週の投与における副作用の相違といっても,結局は,程度の差にすぎないことになるが,卵巣がん患者に対してシスプラチン投与を内容とする化学療法を行うに当たって相当強度の副作用があることの説明を受けた上で同化学療法に同意した患者を前提とすると,同患者に対して,シスプラチン投与量における上記程度の相違による副作用の内容・程度の相違を具体的に説明することはほとんど困難であって,「少し強い副作用が出るかもしれません」という程度の抽象的な説明に終始せざるを得ないと思われるが,そのような抽象的な相違に関する説明を受けることが患者の自己決定の際の考慮事情として重要であると解することはできない。 そうすると,a医師がEに対して卵巣がんに対するCP療法による化学療法を実施するに当たって,投与法がシスプラチン90㎎/㎡/4週であることを説明するまでの義務があったものということはできない。 ウ したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。 (2) 次に,被控訴人らは,平成10年1月16日当時のEのクレアチニンクリアランス値が,本件プロトコール上の腎機能に関する減量基準(乙12)等に該当していたから,シスプラチンの投与量を減量すべきであった旨主張する。 ア シスプラチンの説明書上,腎障害のある患者に ンス値が,本件プロトコール上の腎機能に関する減量基準(乙12)等に該当していたから,シスプラチンの投与量を減量すべきであった旨主張する。 ア シスプラチンの説明書上,腎障害のある患者には慎重投与を要するとされていること(甲16の1ないし3),平成9年3月の婦人科がん化学療法共同研究会「卵巣がん第5次一般研究実施要綱」(甲4)が定める選択基準として,クレアチニンクリアランス値60ml/min以上,血清クレアチニン値0.8㎎/dl以下とし,また,臨床試験方法において,減量及び投与中止基準としての腎機能評価は原則としてクレアチニンクリアランス値にて行うとし,同値が50~59ml/minであるときにはシスプラチンの投与量を25パーセント減量して投与し,50ml/min未満のときは投与を中止するものとし(甲4。なお,乙9),本件治療指針及び本件プロトコールも,初回投与開始基準又は対象症例として,クレアチニンクリアランス値60ml/min以上又は血清クレアチニン値2.0㎎/dl以下とし,腎機能に関する減量基準として,血清クレアチニン値1.2~1.5㎎/dl以下又はクレアチニンクリアランス値40~60ml/minであるときにはシスプラチンの投与量を25パーセント減量して投与することを定めていること(甲11,乙12),a医師は,平成10年1月12日,泌尿器科医師からEの腎機能検査としてクレアチニンクリアランス値を調べるよう指示されたため,同月15日に採取した尿750mlについて同検査を行った結果,Eのクレアチニンクリアランス値は51.3ml/minであり,これを上記減量基準にあてはめると,Eに対するシスプラチンの投与量は基準投与量の75パーセント(25パーセント減量)とすべきであったことが認められ,クレアチニンクリアランス値については,腎 nであり,これを上記減量基準にあてはめると,Eに対するシスプラチンの投与量は基準投与量の75パーセント(25パーセント減量)とすべきであったことが認められ,クレアチニンクリアランス値については,腎毒性の早期発見の観点からは,BUN,クレアチニンは糸球体機能の指標としては感度が悪いため,臨床上,一般にはクレアチニンクリアランス値が用いられるが,クレアチニンクリアランス値は,蓄尿が不正確であるとデータの信頼性が乏しいものとなり,糸球体濾過値を実際以上に低く評価してしまうことが多いとか,不完全な排尿が大きな誤差の原因になると指摘されていること(「がん化学療法の副作用対策」(甲26の274頁),「臨床検査法提要」(甲7の1))が認められる。 イ しかし,他方,シスプラチンの説明書上,その投与時の腎機能検査としては,尿量,検尿,血清クレアチニン,BUN,クレアチニンクリアランス,血清電解質が並列的に記載されていて,クレアチニンクリアランス値を絶対的なものとは定めていないこと(甲16の1ないし3),平成9年3月の婦人科がん化学療法共同研究会「卵巣がん第5次一般研究実施要綱」が定める選択基準及び減量基準,本件治療指針及び本件プロトコールの対象症例及び腎機能に関する減量基準においても,上記のとおり血清クレアチニン値も規定されていること(もっとも,平成9年3月の婦人科がん化学療法共同研究会「卵巣がん第5次一般研究実施要綱」が定める減量基準では,腎機能評価は原則としてクレアチニンクリアランスにて行うとした上で,やむを得ない場合は血清クレアチニンにて代用してもよいとしていること),EのCP療法による化学療法開始当時の血清クレアチニン値は0.5㎎/dlであって,上記各減量基準のいずれも全く該当しないものであったこと(乙1の117頁,証人a),そ 代用してもよいとしていること),EのCP療法による化学療法開始当時の血清クレアチニン値は0.5㎎/dlであって,上記各減量基準のいずれも全く該当しないものであったこと(乙1の117頁,証人a),そして,クレアチニンクリアランス値については,上記のとおり,医学文献において,蓄尿が不正確であるとデータの信頼性が乏しくなり,不完全な排尿が大きな誤差の原因になるとの指摘がされていたこと,Eのクレアチニンクリアランス値51.3ml/minは,上記のとおり,同月15日に採取した尿750mlについての検査結果であったが,同日までの約10日間のEの1日尿量は,看護記録上,1250mlから356ml+αまでの量となっていて,変動が激しく,また,通常の1日尿量は少なくとも1000ml程度はあるため,上記750mlは1日尿量としては相当に少な目の量であって,蓄尿が正確にされた結果の尿量であるというには疑いがあったこと(乙1,69,証人a,証人b),a医師は,Eのクレアチニンクリアランス値のみならず,血清クレアチニン値等の他の検査値も考慮した上,本件プロトコールのCP療法において定められたシスプラチン製剤の投与基準90㎎/㎡を減量することなく投与する旨決定したこと,Eには腫瘍による尿管圧迫とステントの結石による尿流量の低下があったところ,腎ろう術による尿路変更により改善がみられたこと(乙1,61)の各事実が認められる。 そして,抗がん剤の投与がその効果と副作用のバランスの上で決定されるべきものであり,いたずらに減量しても,副作用が生ずるのみであって奏効しないこと,シスプラチンの腎毒性も一過性であり,投与中止により正常値に比較的早く回復するものであるところ,別表記載のとおり,Eの血清クレアチニン値が一時的に悪化したことはあるものの,その後一時退院が可能になる シスプラチンの腎毒性も一過性であり,投与中止により正常値に比較的早く回復するものであるところ,別表記載のとおり,Eの血清クレアチニン値が一時的に悪化したことはあるものの,その後一時退院が可能になるほど改善をみたことに照らせば,平成10年1月当時,Eの腎機能がシスプラチンの投与量を減量しなければならないほど低下していたとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 ウ そうすると,上記イの諸事情によれば,上記アの点を考慮に入れても,a医師が,Eに対するCP療法による化学療法の実施において,減量しないシスプラチン製剤の投与をしたことが不適切な治療行為であり,過失があったということはできない。 したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。 4 争点(4)(本件クリニカルトライアルへの症例登録に当たっての説明義務違反の有無)について(1) 本件クリニカルトライアルの性格あるいは目的等ア 被控訴人らは,本件クリニカルトライアルがいわゆる比較臨床試験,すなわち,当該患者の治療を第1目的とせず,新薬や治療法の有効性や安全性の評価を第1目的として,人を用いて,意図的に開始される科学的実験であり,複数の治療方法や薬物の有効性ないし安全性を比較研究することを目的とするものであったと主張する。 (ア) 本件クリニカルトライアルは,前記前提事実(4)のとおり,卵巣がんに対する最適な治療法を確立するためのCAP療法とCP療法を無作為で比較する試験ないしは調査を内容とするものであるが,上記3のとおり,平成10年1月当時において,CAP療法及びCP療法とも,卵巣がんに対する標準的な化学療法として確立されていたのであり,そして,最適な投与法(投与量と投与サイクル)について,欧米では,CAP療法又はCP療法におけ 当時において,CAP療法及びCP療法とも,卵巣がんに対する標準的な化学療法として確立されていたのであり,そして,最適な投与法(投与量と投与サイクル)について,欧米では,CAP療法又はCP療法におけるシスプラチン1週当たり25㎎/㎡の量を3週間あるいは4週間をサイクルとして投与することでほぼ標準的なものとなっていたものの,我が国では,標準化したものがなく,なお各医療機関において種々の投与法が実施されていた状況にあったのである。 (イ) 証拠(甲11,乙32,69,証人a,証人b)及び弁論の全趣旨によれば,金沢大学医学部産婦人科学教室のb教授は,卵巣がんに対する標準的な化学療法としてのCAP療法及びCP療法に関する上記状況にあって,欧米における研究等の結果から,CAP療法又はCP療法におけるシスプラチン1週当たり25㎎/㎡の量を3週間あるいは4週間をサイクルとして投与するのが最も有効であると考え,自ら主導して,平成7年に控訴人病院における悪性卵巣腫瘍に対する化学療法に関する治療指針として本件治療指針を定め,以後,控訴人病院では,卵巣がん患者に対する化学療法は,本件治療指針に従って行われるようになったが,本件治療指針における化学療法の内容は,本件プロトコールが定める内容とほとんど同一であり,臨床進行期Ⅱ期以上の悪性卵巣腫瘍に対しては,原則として,CAP療法又はCP療法におけるシスプラチン1週当たり90㎎/㎡の量を4週間ごとに投与するものとしていたこと,b教授は,北陸地区の医療機関においては,CAP療法及びCP療法による化学療法において投与される薬剤量が,副作用をおそれて,1週当たり10㎎/㎡程度と著しく低量であるのが一般的であり,治療効果が上がっていないと認識していたため,北陸地区における医療機関において,臨床進行期Ⅱ期以上の卵 される薬剤量が,副作用をおそれて,1週当たり10㎎/㎡程度と著しく低量であるのが一般的であり,治療効果が上がっていないと認識していたため,北陸地区における医療機関において,臨床進行期Ⅱ期以上の卵巣がんの患者に対して本件治療指針とほぼ同一の化学療法を実施することを通じて,その有効性を実証して,そのことにより北陸地区における医療機関が卵巣がん患者に行う化学療法を本件治療指針と同内容のものとして標準化して(そのことは,結果として,従前の北陸地区における医療機関が化学療法として実施してきたCAP療法又はCP療法におけるシスプラチン投与量を高用量化することであったこと),治療成績を上げることを意図して,北陸GOG研究会に働きかけた結果,その活動として本件クリニカルトライアルが実施されることになったこと,本件手術後のEについては化学療法の適応があったことが認められる。 (ウ) 上記の諸事実に照らせば,本件クリニカルトライアルは,卵巣がんに対する標準的な化学療法として既に確立されていたCAP療法及びCP療法を,その適応のある患者に対して本件治療指針で定める投与方法とほぼ同内容で実施することを通じて,当該患者に対する治療成績を上げ,そのことにより北陸地区における医療機関が卵巣がん患者に行う化学療法を本件治療指針と同内容のものとして標準化しようとしたものということができるから,本件クリニカルトライアルに症例登録した患者の治療が第1目的ではなく,新薬や治療法の有効性や安全性の評価を第1目的として,人を用いて,意図的に開始される科学的実験であり,複数の治療方法や薬物の有効性ないし安全性を比較研究することを目的とするものであったと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 イ また,被控訴人らは,本件クリニカルトライアルの目的がノイ 治療方法や薬物の有効性ないし安全性を比較研究することを目的とするものであったと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 イ また,被控訴人らは,本件クリニカルトライアルの目的がノイトロジン(G-CSF)特別調査にあったとも主張し,本件プロトコールの目的に関する記載(乙12)や北陸GOG研究会作成の「ノイトロジン特別調査Ⅱ(卵巣癌)」(甲9)には同主張に沿う趣旨の記載がある。 しかし,ノイトロジンは,平成3年10月時点で,卵巣がんにおける化学療法による好中球減少症をその効能に含めて製造承認を受けた薬剤であり(乙37),上記「ノイトロジン特別調査Ⅱ(卵巣癌)」(甲9)は,市販後調査審査委員会に提出済みとされた正式文書ではあるものの,試験期間(登録集積期間)を平成7年9月から平成9年8月までとされていたこと,本件プロトコール(乙12)は,その登録集積期間の記載から平成7年9月9日以前に作成されたこと,控訴人病院においては,これらの文書に基づき,平成8年6月1日以降,上記調査が実施されていたところ,平成9年4月の薬事法改定内容に準じた見直しにより上記調査は継続が困難となったものとの判断で,平成9年3月31日をもって中止されたこと(乙9,66)が認められるから,本件クリニカルトライアルへのEの症例登録がされた平成10年1月当時には上記調査は行われていなかったことは明らかである。したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。 ウ しかし,本件クリニカルトライアルは,患者の治療を通じて,卵巣がんの最適な治療法を確立するために高用量のCAP療法とCP療法との無作為比較試験による患者の長期予後の改善における有用性について検討するために計画されて実施されたものであることは,その実施要領を定めた本件プロトコールの目的規定上明ら 量のCAP療法とCP療法との無作為比較試験による患者の長期予後の改善における有用性について検討するために計画されて実施されたものであることは,その実施要領を定めた本件プロトコールの目的規定上明らかであるから(なお,本件クリニカルトライアルは,当初,上記検討のほかに,併せて高用量の化学療法におけるG-CSFの臨床的有用性についての検討も目的となっていたのであるが,平成10年1月当時には,上記イで認定した経緯で,この検討は本件クリニカルトライアルの目的から除かれていたものである。),各医療機関がその治療実績及び治療態勢等を考慮して患者のために最適な診療方法と考えられるところを一般的に定める治療指針とは異なるのであり,本件クリニカルトライアルが専ら患者の治療のみを目的として定められたものでないことも明らかである。 そして,上記2(1)で認定した卵巣がんの治療に関する医学的知見に照らせば,Eのような進行性の卵巣がん患者にあっては,治療の継続を希望する限り,手術に引き続いて全身的な化学療法を実施することがほとんど不可避であり,ここで予定される化学療法としてはCAP療法及びCP療法のいずれも標準的な治療法として確立され,効用において有意な差異がないものとされていたのであるから,本件クリニカルトライアルは,CAP療法とCP療法のいずれがより適切な治療法であるかの比較研究が目的とされていたものの,そのこと自体には試験的ないしは実験的意味合いはほとんどなかったものということができる(乙69,証人b)。 これに対して,上記2(1)認定の医学的知見に照らせば,EにCP療法が行われた平成10年1月当時において,卵巣がんに対する化学療法としてのCAP療法とCP療法におけるシスプラチンに関して,少なくとも我が国においては医学的に確立された標準的投与量があっ EにCP療法が行われた平成10年1月当時において,卵巣がんに対する化学療法としてのCAP療法とCP療法におけるシスプラチンに関して,少なくとも我が国においては医学的に確立された標準的投与量があったわけではなく,特にCAP療法又はCP療法におけるシスプラチンの1回の投与量を90㎎/㎡で4週間サイクルで投与(1週当たりでは22.5㎎/㎡の投与)するという投与法は,それまで控訴人病院を除く北陸地区の医療機関において実施されていたシスプラチンの投与量と比べて高用量であったのみならず,全国的にみても,1回の投与量としては相当に高用量の投与法であった上(乙65の「21施設による進行卵巣癌の治療成績-とくに治療法の相違による生存率の差異を中心に-」(平成5年4月刊の日本産科婦人科学会雑誌)でも,1回の投与量としては80㎎/㎡が最高であり,1施設だけが25㎎/㎡ずつを5日にわたって連続投与し投与量合計125㎎/㎡となることが報告されているのみであり,乙43の平成12年4月20日発行の「抗癌剤投与の実際-腫瘍別・抗癌剤別投与法-」では,卵巣がんに対するCP療法におけるシスプラチン製剤の投与法として70~100㎎/㎡が紹介されているが(84頁),他方では,シスプラチンの標準投与法は全く確立されておらず,様々に投与されている(206頁)ともされているのであり,その他の証拠を検討しても,我が国における1回の投与量を90㎎/㎡とする実施例やその効用を報告あるいは研究した文献は見当たらない。),従前この量での投与法での効用を確認した研究はなかった(少なくとも公表されていなかった)ものと認められるから,本件クリニカルトライアルが定める進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対する化学療法としてCAP療法又はCP療法におけるシスプラチンの1回の投与量を90㎎/㎡とし,これ いなかった)ものと認められるから,本件クリニカルトライアルが定める進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対する化学療法としてCAP療法又はCP療法におけるシスプラチンの1回の投与量を90㎎/㎡とし,これを4週間サイクルで行うという投与法には実験的ないしは試験的な側面があることを否定できない(証人bは,本件クリニカルトライアルを実施することで,相当多数の,進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対する化学療法としてのCAP療法又はCP療法におけるシスプラチンの1回の投与量を90㎎/㎡で4週間サイクルで投与するという投与法の効用を調査し,確認するという目的があった旨証言するが,この証言は,本件クリニカルトライアルの有する上記のような実験的ないし試験的な側面を肯定する趣旨のものと解される。)。 もっとも,上記のとおり,EにCP療法が行われた平成10年1月当時において,進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対する化学療法としてのCAP療法又はCP療法におけるシスプラチンの投与法(投与量,サイクル)に関しては,我が国において医学的に確立された標準的投与量があったわけではないのであるから,投与すべき用量・用法に関する投与法が,シスプラチンの添付文書上の用量・用法の範囲内にある限り,医師の合理的な裁量に委ねられていたものというべきであり,本件クリニカルトライアルの有する上記のような実験的ないし試験的な側面といっても,上記合理的な裁量の範囲内におけるものということができる。 (2) 被控訴人らは,本件クリニカルトライアルは,患者の治療を第1目的とせず,新薬や治療法の有効性や安全性の評価を第1目的として,人を用いて,意図的に開始される科学的実験であり,複数の治療方法・薬物の有効性・安全性を比較研究することを目的とする「比較臨床試験」であり,したがって,これへの症例登録する の評価を第1目的として,人を用いて,意図的に開始される科学的実験であり,複数の治療方法・薬物の有効性・安全性を比較研究することを目的とする「比較臨床試験」であり,したがって,これへの症例登録するについては患者であるEに対して説明し,その承諾を得る義務がある旨主張し,他方,控訴人は,「比較臨床試験」とは,①医薬品の製造承認を受けるための臨床試験(治験),②医薬品の市販後調査のうちの市販後臨床試験,③病院内で,市販医薬品の保険適用外使用や院内特殊製剤の製造と使用を目的とした院内臨床試験等に限られ,本件クリニカルトライアルのような医薬品の保険適用使用内での最適治療法の開発研究は①,③の「比較臨床試験」に該当しないから,これへの症例登録するについては患者であるEに対して説明義務やその承諾を得る義務はない旨主張するので,検討する。 ア 本件クリニカルトライアルは,そこに症例登録された進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対するCAP療法又はCP療法による化学療法を行うこと,すなわち,治療を主たる目的としたものであって,被控訴人らが主張するような,新薬や治療法の有効性や安全性の評価を第1目的として,人を用いて,意図的に開始される科学的実験という意味での「比較臨床試験」とはいえないことは,上記(1)で説示したとおりであるから,被控訴人らの上記主張中これに反する部分は失当であるが,本件クリニカルトライアルには,上記の主たる目的のほかに,そこに症例登録された進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対するCAP療法又はCP療法による化学療法において,シスプラチンの1回の投与量を90㎎/㎡とし,これを4週間サイクルで行うことを通じて,シスプラチンの高用量投与法の効用を検討するという実験的ないしは試験的な側面があり,そのことが副次的な目的となっていたことも,上記(1) 量を90㎎/㎡とし,これを4週間サイクルで行うことを通じて,シスプラチンの高用量投与法の効用を検討するという実験的ないしは試験的な側面があり,そのことが副次的な目的となっていたことも,上記(1)で説示したところから明らかである。 したがって,本件クリニカルトライアルに症例登録された進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対して本件クリニカルトライアルに従ってされるCAP療法又はCP療法による化学療法は,当該患者に対する治療を主たる目的としているのではあるが,そのことのみが目的ではなく,他に上記のような副次的な目的を有するものであったということができる。 イ ところで,このように,ある治療行為が,専ら患者の治療のみを目的としてなされるのではなく,患者の治療を主たる目的とするものではあるが,これに治療以外の他の目的が随伴する場合(以下,この目的を「他事目的」といい,他事目的を随伴する場合の治療行為を「他事目的随伴治療行為」という。)においては,医師は,患者に対し,当該治療行為を行うに当たって,当該治療行為に関する説明義務のほかに,当該治療行為について治療以外の目的(他事目的)があることに関しても患者に対して説明義務を負担するのか,同説明義務を負担する場合の説明義務の内容について考えるに,医師は,一般に,患者の身体に対して軽微でない侵襲を伴う治療行為を行うに当たっては,前述のとおり,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の治療行為の内容,当該治療行為に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務を負うのであるが,これは,治療行為が生命身体等の患者の権利利益に対する侵害の危険性を伴うものであるため,患者が当該治療行為を受けることの利害得 ,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務を負うのであるが,これは,治療行為が生命身体等の患者の権利利益に対する侵害の危険性を伴うものであるため,患者が当該治療行為を受けることの利害得失を理解した上で,これを受けるか否かについて熟慮し,自己決定することを援助するために要求されるものである。ところで,他事目的随伴治療行為といっても,患者に対して治療行為として行われる医療行為は主たる目的である治療目的に従って行われる医療行為があるのみで,他事目的があるが故に何か特別の医療行為が行われるということは通常考え難いから,その意味においては,医師が患者に対して他事目的随伴治療行為に係る医療行為をなすに当たっても,医師が患者の身体に対して軽微でない侵襲を伴う治療行為を行うに当たってなすべき説明義務を尽くすことにより,患者が当該治療行為を受けることの利害得失を理解した上で,これを受けるか否かについて熟慮し,自己決定するための説明義務は尽くされていることになるものと解される。したがって,他事目的随伴治療行為の場合にあっては,他事目的が随伴することについての説明がないからといって,当然に上記の自己決定権の侵害としての説明義務違反を来すものということはできないが,他事目的随伴治療行為を受ける患者について,他事目的が随伴することにより,他事目的が随伴しない治療行為にはない権利利益に対する侵害の危険性があるときには,診療契約上の付随義務又は信義則に基づき,医師には,他事目的が随伴しない治療行為について患者の自己決定のために要求される説明義務に加えて,これに随伴する他事目的があること及びこれにより生ずることのある危険性についても,患者に説明すべき義務を負うと解するのが相当である(以下,この場合の説明義務を「他事目的説明義務」という。)。 に随伴する他事目的があること及びこれにより生ずることのある危険性についても,患者に説明すべき義務を負うと解するのが相当である(以下,この場合の説明義務を「他事目的説明義務」という。)。 ウ これを本件クリニカルトライアルに症例登録された進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対して本件クリニカルトライアルに従ってされるCAP療法又はCP療法による化学療法についてみるに,本件プロトコールの規定においては,①患者に治療方法を割り付けるにつきCAP療法とCP療法のいずれとするかは無作為によるとされていること,②化学療法剤投与スケジュール上,開始時期は,個々の患者の状況にかかわらず,2週間以内とされていること,③投与される用量及びサイクルも,個々の患者の状況にかかわらず,一律に規定され,また,その後の患者の状況の変化に伴う減量基準及び中止基準が一律に定められているにとどまることに照らすと,高用量のCAP療法とCP療法との無作為比較試験を通じての検討という他事目的があるが故に,当該患者の個別具体的な症状を捨象した画一的治療が行われる危険性を内包する危険があることは否定できない。 すなわち,一般に,医師は,診療契約上の義務として,疾患を抱える患者のその時々の症状に応じて,その治癒又は病状改善のために,患者に対し,医療機関の性格等から要求される医療水準に照らして最善の医療行為をするべき義務(以下,この義務を便宜「最善医療義務」という。)を負っているのであり,その最善の医療行為が,その医師の属する医療機関が疾病あるいは症状の類型ごとに定めた治療指針の定める医療行為に合致する場合には,それに従った医療行為を行い,仮にその最善の医療行為が,上記治療指針の定める医療行為に合致しない場合には,これに拘束されることなく,最善の医療行為を実施すべきものであ る医療行為に合致する場合には,それに従った医療行為を行い,仮にその最善の医療行為が,上記治療指針の定める医療行為に合致しない場合には,これに拘束されることなく,最善の医療行為を実施すべきものである。したがって,仮に本件クリニカルトライアルが,医師に対し,これに症例登録された患者に対して,その個別具体的な症状に応じた最善の医療行為をすることより,本件クリニカルトライアルに従って画一的なCAP療法又はCP療法による化学療法を行うことを優先させるよう要求する趣旨のものであったり,そうでなくとも,医師が自己の患者を本件クリニカルトライアルに症例登録することにより,当該医師に対し,本件クリニカルトライアルに従ってCAP療法又はCP療法による化学療法を行うことを,疾患を抱える患者のその時々の症状に応じた最善の医療行為をすることに優先させるような心理的な規制となることで,最善医療義務の履行が阻害されるおそれがあるときにも,本件クリニカルトライアルには上記危険(他事目的が随伴しない治療行為にはない権利利益に対する侵害の危険)があるものというべきであるところ,本件クリニカルトライアルは,北陸GOG研究会(金沢大学及びその関連病院の婦人科学医師を会員とする研究組織)がその組織として行うものであること及び本件プロトコールの上記内容に照らすと,少なくとも,医師が自己の患者を本件クリニカルトライアルに症例登録することにより,本件クリニカルトライアルに従ってCAP療法又はCP療法による化学療法を行うことを優先させる心理的な規制となることを否定できないものというべきである。この点において,同じく多数の症例を集積してこれを比較検討することにより,治療法等の有効性の有無,程度等を明らかにするための医学的な臨床研究であっても,過去の実際の症例についての比較研究を行う る。この点において,同じく多数の症例を集積してこれを比較検討することにより,治療法等の有効性の有無,程度等を明らかにするための医学的な臨床研究であっても,過去の実際の症例についての比較研究を行う場合(レトロスペクティブな臨床研究)と,本件クリニカルトライアルのように,将来的に一定の方針に従って治療を行い,そのようにして行った症例についての比較研究を行う場合(プロスペクティブな臨床研究)とには明らかな相違があることになる。 エ もっとも,本件クリニカルトライアルの本件プロトコールは,控訴人病院が定める本件治療指針とほとんど同一内容であったから,本件クリニカルトライアルに患者を症例登録した医師にとって,当該患者の治療行為において,本件プロトコールが本件治療指針と同一の影響しか及ぼさないものものであって,進行期Ⅱ以上の卵巣がんの患者に対するCAP療法又はCP療法による化学療法の一応の基準を定めたもので,当該医師において,当該患者の時々の具体的症状に応じて何時でも本件クリニカルトライアルから自由に離脱することができる旨明記されて,実際上そのような運用がされている場合には,上記のような危険は存在しない,あるいは,法的に考慮に値する程度には存在しないものと解するのが相当であるが,本件クリニカルトライアルには上記自由な離脱に関する定めはないし,本件に顕われた全証拠を検討しても,本件クリニカルトライアルについて上記のような運用がされていたことを認めるに足りる証拠はない(証人bの証言は,上記運用を認めるに十分ではない。)。 かえって,a医師のとった次の(ア),(イ)の医療措置については,a医師の,本件クリニカルトライアルの本件プロトコールをEに対する最善医療義務の履行に優先させる心理状態による影響を疑わせるものがある。 (ア) 卵巣がんに対す の(ア),(イ)の医療措置については,a医師の,本件クリニカルトライアルの本件プロトコールをEに対する最善医療義務の履行に優先させる心理状態による影響を疑わせるものがある。 (ア) 卵巣がんに対する化学療法としてのCAP療法及びCP療法は卵巣がんに対する優劣のない標準的治療法として承認されているのであるが(そして,そのために,前述のとおり,CAP療法及びCP療法のいずれにより化学療法を行うかについて医師には患者に対する説明義務はないと解するものであるが),CP療法は,アドリアマイシンの抗がん効果を見込めない一方,副作用がCAP療法よりも軽いという特徴があり,他方,CAP療法には,CP療法より多少延命効果が高いとの研究報告があるのであるから,医師としては,患者の身体状態,がんの特徴及び進行状況等を具体的に検討して,その患者にCAP療法とCP療法のいずれが適しているかを選択するとともに,薬剤の投与量,投与スケジュール等を決定するべきものであり,そうではなく,療法の選択を無作為割付けに委ね,薬剤の投与方法を本件プロトコールに従うのは,患者のために最善を尽くすという治療目的以外に,本件クリニカルトライアルを成功させ,その目的に寄与するという他事目的が考慮されていることになるところ,a医師は,Eを本件クリニカルトライアルに症例登録するに際して,本件プロトコールに従った療法の選択を無作為割付けで行った疑いが大きい。 この点について,控訴人は,本件プロトコールでは療法の選択が無作為割付けと定められているが,実際には,医師が療法を指定することがあり,a医師も,Eの症状等からCP療法が望ましいと判断してCP療法を指定した旨主張し,a医師の供述中には同主張に沿う部分がある。しかし,証拠(乙1の66頁)によれば,a医師は,Eを本件クリニカルトライアル 医師も,Eの症状等からCP療法が望ましいと判断してCP療法を指定した旨主張し,a医師の供述中には同主張に沿う部分がある。しかし,証拠(乙1の66頁)によれば,a医師は,Eを本件クリニカルトライアルに症例登録することとして,d医師に対して,上記登録を指示する際,「CAPorCP」とのみ指示していたことが認められる上,証拠(乙28の2及び3,乙29の2,7,8,11,16,18ないし20,22,24,25,27ないし30,34,35)によれば,E以前の登録症例のうち,残存腫瘍径2㎝以下の19例のうち,CAP療法が選択されたのが10名,CP療法が選択されたのが9名であることが認められるから,Eに対して無作為割付けがなされても,CP療法が選択されていた可能性が高かったものと推認されるから,Eに対するCP療法の選択が,無作為割付けによるものではなく,a医師がEの症状等からCP療法が望ましいと判断してCP療法を指定した旨のa医師の上記供述は容易に措信し難く,他に控訴人の上記主張を認めるべき証拠はないのである。 (イ) 上記3(2)で説示したとおり,a医師が,本件プロトコールに従ってEに対してCP療法の1サイクルを実施した際,シスプラチンの投与量を減ずることはなかったのである。このこと自体は,前述のとおり,医師の有する裁量の範囲内であり,a医師の不適切な医療行為であるとか,過失に当たるということはできないのであるが,CAP療法及びCP療法において臨床上,投与対象患者の腎機能を測定するためにクレアチニンクリアランス値が重視されていたということができるから,Eの腎機能に関する意見を求めた控訴人病院の泌尿器科医師からの指示により検査がなされた結果である同値が,本件プロトコールの定める初回投与基準を満たさず,また,その定める減量基準に合致していた状況にお の腎機能に関する意見を求めた控訴人病院の泌尿器科医師からの指示により検査がなされた結果である同値が,本件プロトコールの定める初回投与基準を満たさず,また,その定める減量基準に合致していた状況においては,a医師として,仮に同値が正常値を下回るものであったことの原因として,基礎となった1日尿量の採取が正確にされなかった疑いがあるということにあったとすれば,看護師にその点の確認を行うとか,あるいは,再度,同検査を実施して上記検査結果を検証するなどの慎重な措置をとるのが相当であったと考えられるが,a医師が,そのような措置をとることのないままで,シスプラチンの投与量を減ずることなく,本件プロトコールに従ってEに対してCP療法の1サイクルを実施するに至ったことは,a医師において,本件プロトコール中の「少なくとも2サイクルまでは全量投与する」との定めに従った結果ではないかとの疑いを払拭し難い。 オ そうすると,a医師は,Eを本件クリニカルトライアルの対象症例として登録するに当たっては(遅くとも本件プロトコールに従って化学療法を開始するまでには),他事目的説明義務に基づき,Eに対し,本件クリニカルトライアルの目的,本件プロトコールの概要,本件クリニカルトライアルに登録されることがEに対する治療に与える影響等について説明し,その同意を得る義務があったものというべきである。 本件プロトコール(乙12)において,対象症例の条件として,患者本人又はその代理人の同意を得られたことが掲げられているが,これは,北陸GOG研究会としても,同様の認識を有していたことを推認させるものである。 カ なお,控訴人は,上記(2)のとおり主張し,本件クリニカルトライアルが控訴人主張の「比較臨床試験」の①,③のいずれにも該当しないから,患者を本件クリニカルトライアルの対象症例 させるものである。 カ なお,控訴人は,上記(2)のとおり主張し,本件クリニカルトライアルが控訴人主張の「比較臨床試験」の①,③のいずれにも該当しないから,患者を本件クリニカルトライアルの対象症例として登録するに当たって,患者に対し説明して同意を得る義務はない旨主張する。しかし,本件クリニカルトライアルについても前述したような実験的ないしは試験的な側面があるのであり,そのことによる他事目的のために最善医療義務の履行が阻害される危険がある以上は,本件クリニカルトライアルが控訴人主張の「比較臨床試験」の①,③のいずれにも該当しなくとも,患者を本件クリニカルトライアルの対象症例として登録して本件プロトコールに従って化学療法を行おうとする限りは,医師には,その症例登録に当たって(遅くとも本件プロトコールに従って化学療法を開始するまでには),患者に対して上記説明義務があるものというべきであり,したがって,控訴人の上記主張は採用できない。 また,証拠(乙53ないし56)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人病院は,大学の附属病院として医学部又は歯学部の教育研究のために必要な施設として設置されるものであって,日常的に医学に関する研究を行っていることが認められるが,そのことから,控訴人病院で診療を受ける患者が,本件クリニカルトライアルに症例登録されて本件プロトコールに従って化学療法を受けることを黙示に包括的に承諾しているということはできないし,患者に対する上記説明義務の有無が左右されるものではない。 キ 以上によれば,Eの診療に当たった控訴人病院の医師には,他事目的説明義務に基づき,Eに対し,本件クリニカルトライアルの目的,本件プロトコールの概要,本件クリニカルトライアルに登録されることがEに対する治療に与える影響等について説明し,その同意を得る義 他事目的説明義務に基づき,Eに対し,本件クリニカルトライアルの目的,本件プロトコールの概要,本件クリニカルトライアルに登録されることがEに対する治療に与える影響等について説明し,その同意を得る義務があったところ,a医師を含む控訴人病院の医師がEに対して同説明をせず,その同意を得なかったことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるから,Eの診療に当たった控訴人病院の医師には,他事目的説明義務違反(以下「本件説明義務違反」という。)があったものである。 そして,本件説明義務違反は,控訴人病院を設置していた国とEとの間の診療契約上の債務不履行に当たり,また,Eの診療に当たった控訴人病院の医師のEに対する不法行為にも当たるものというべきである。 5 争点(5)(損害)について(1) 上記4で説示したところによれば,Eは,本件説明義務違反によって被った損害について,診療契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,また,民法715条1項による損害賠償請求権に基づき,控訴人病院の業務に関して国の権利義務を承継した控訴人に対し,その賠償を請求することができる。 なお,国立病院に勤務する医師が同病院において患者を診療する行為は,特段の事情のない限り,国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に当たる行為ということはできないところ,本件において上記特段の事情を認めることはできないから,被控訴人らの同法に基づく損害賠償請求は,その点で既に失当である。 (2) そこで,本件説明義務違反によってEが被った損害について検討するに,本件説明義務違反は,上記4のとおり,本件クリニカルトライアルの目的,本件プロトコールの概要,本件クリニカルトライアルに登録されることがEに対する治療に与える影響等について説明をし,その同意を得なかったことにあるところ,証拠(甲 ,本件クリニカルトライアルの目的,本件プロトコールの概要,本件クリニカルトライアルに登録されることがEに対する治療に与える影響等について説明をし,その同意を得なかったことにあるところ,証拠(甲2の1,2,甲27,28)及び弁論の全趣旨によると,Eは,a医師が,Eの治療のみを目的としてCP療法による化学療法を行っているものと信じて抗がん剤による激しい副作用にも耐えたが,CP療法による化学療法終了後,本件クリニカルトライアルに登録されていたことを知り,自分に対する治療が一種の実験だったと理解し,激しい憤りを感じるとともに,a医師及び控訴人病院に対する不信を抱き,控訴人病院で継続して治療を受けることを止めて,他の病院で治療を受けるようになったことが認められるから,Eは,本件説明義務違反により,相当程度の精神的苦痛を被ったものと認めることができる。 しかし,上記1ないし4で認定し説示したとおり,a医師が,Eを本件クリニカルトライアルに登録し,Eに対して本件プロトコールに従ってCP療法による化学療法をしたことに関して,Eに対して不適切な医療行為がされた事実を認めることはできないし,被控訴人らが主張する他の説明義務違反もこれを認めることができないから,Eが本件説明義務違反により被った精神的苦痛を慰謝するための金員は60万円をもって相当というべきである。 (3) そして,被控訴人らが本件訴訟の提起及び追行を被控訴人ら訴訟代理人弁護士らに委任したことは記録上明らかであるところ,本件事案の内容,審理経過,認容額等の諸般の事情を考慮すると,本件説明義務違反行為と相当因果関係のある弁護士費用は12万円と認めるのが相当であり,これを被控訴人Aがその2分の1の6万円,その余の被控訴人らが各その6分の1の2万円をそれぞれ負担したものと推認するのが相当で 反行為と相当因果関係のある弁護士費用は12万円と認めるのが相当であり,これを被控訴人Aがその2分の1の6万円,その余の被控訴人らが各その6分の1の2万円をそれぞれ負担したものと推認するのが相当である。 (4) Eの死亡により,その相続人である被控訴人Aは,Eの権利義務の2分の1を相続し,その余の被控訴人らは,Eの権利義務の各6分の1を相続した。 他方,控訴人病院の業務に関する国の権利義務は,平成16年4月1日をもって控訴人がこれを承継した。 (5)したがって,被控訴人Aは,控訴人に対し,Eの国に対する損害賠償請求権の2分の1である30万円に弁護士費用6万円を加えた36万円の損害賠償請求権を有し,その余の被控訴人らは,それぞれ,控訴人に対し,Eの国に対する損害賠償請求権の6分の1である10万円に弁護士費用2万円を加えた12万円の損害賠償請求権を有するものである。 6 結論(1) 以上によれば,被控訴人らの控訴人に対する診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求は,被控訴人Aが36万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年6月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,その余の被控訴人らが各12万円及びこれに対する同日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから,同限度でこれを認容し,その余はいずれも理由がないから棄却すべきである。 (2)よって,本件控訴に基づき原判決を上記のとおり変更することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61条,64条本文,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所金沢支部第1部裁判長裁判官長門栄吉裁判官渡邉和義裁判官 負担について民事訴訟法67条,61条,64条本文,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所金沢支部第1部裁判長裁判官長門栄吉裁判官渡邉和義裁判官田中秀幸別表 (省略)

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