令和6年12月25日判決言渡同日原本領収裁判所書記官令和5年(行ウ)第17号遺族補償給付等不支給処分取消請求事件口頭弁論終結日令和6年9月25日判決 主文 1 一宮労働基準監督署長が原告に対して令和2年9月29日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分をいずれも取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由 第1 請求主文と同旨第2 事案の概要本件は、福田悪水土地改良区(以下「本件改良区」という。)の職員であったAの父である原告が、Aが、上司等から人格や人間性を否定する言動を受け るなどにより、精神障害を発病して自死したと主張して、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたところ、処分行政庁が令和2年9月29日付けでこれらを支給しない旨の処分(以下「本件各処分」という。)をしたため、被告に対し、本件各処分の取消しを求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか後掲各証拠により容易に認められる事実)(1) 当事者等ア本件改良区は、愛知県稲沢市から名古屋市港区までの延長約16kmに及ぶ2級河川「福田川」の流域を受益地区とし、湛水被害の防除、維持管理排水路の改修工事、浚渫、草刈工事等の事業を行う土地改良区である (乙15・5頁、16)。 イ Aは、平成▲年▲月生まれの男性であり、平成29年3月に大学を卒業し、同年4月から、ホテルにおいてロビーサービスベルパーソン又はドアパーソンとして勤務した後、平成31年2月1日、本件改良 イ Aは、平成▲年▲月生まれの男性であり、平成29年3月に大学を卒業し、同年4月から、ホテルにおいてロビーサービスベルパーソン又はドアパーソンとして勤務した後、平成31年2月1日、本件改良区に採用され、事務局(以下「本件職場」という。)における業務に従事した(乙4・1、21、22頁、原告本人)。 (2) 本件の経緯ア Aは、平成31年4月2日、本件改良区での業務を早退した。 イ Aは、平成31年4月3日、Bクリニックを受診し、うつ状態と診断され、同日以降、本件改良区を休職した(甲5・1、2頁、乙24・9~12頁、26・2、3頁)。 ウ Aは、令和▲年▲月▲日午後0時44分頃、自宅において、自死した(以下「本件自死」という。乙1)。 (3) 労災請求等ア原告は、処分行政庁に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を請求したが、処分行政庁は、Aの精神障害の発病及び死亡と業務との 間に相当因果関係が認められないとして、令和2年9月29日付けで、これらを支給しない旨の本件各処分をした(甲2の1・2、乙2、3)。 イ原告は、本件各処分を不服として、愛知県労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、同審査官は、令和4年8月23日付けでこれを棄却した(甲3、乙5、6)。 ウ原告は、令和5年2月20日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。 (4) 「心理的負荷による精神障害の認定基準」について(乙7~14、35、36)厚生労働省労働基準局長は、精神障害についての業務起因性の認定基準として、平成23年12月26日付けで「心理的負荷による精神障害の認定基 準について」を示し、令和2年5月29日付けでこれを一部改め、さらに、 局長は、精神障害についての業務起因性の認定基準として、平成23年12月26日付けで「心理的負荷による精神障害の認定基 準について」を示し、令和2年5月29日付けでこれを一部改め、さらに、 令和5年9月1日付けでこれを廃止し、新たに認定基準を定めた(以下、これを「認定基準」という。)。 認定基準は、①対象疾病を発病していること、②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこ とのいずれの要件も満たす対象疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うものとしている。そして、上記②の要件に係る心理的負荷の評価に当たっては、発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、その心理的 負荷の強度はどの程度であるかについて、別紙2の「別表1 業務による心理的負荷評価表」(以下「別表1」という。)を指標とし、別表1の特別な出来事以外の出来事を、別表1の具体的出来事以下の表のとおり「強」、「中」、「弱」の3段階に区分し、その総合評価が「強」と判断される場合には、上記②の要件を満たすものとしている。(乙36・2~4頁) 2 争点及びこれに関する当事者の主張本件の争点は、Aの精神障害の発病及び死亡が業務に起因するものと認められるか否かであり、これに関する当事者の主張は、次のとおりである。 (原告の主張)(1) Aの精神障害の発病時期 Aは、平成31年4月2日に本件改良区における業務を早退し、同月3日にうつ病の診断を受け、 者の主張は、次のとおりである。 (原告の主張)(1) Aの精神障害の発病時期 Aは、平成31年4月2日に本件改良区における業務を早退し、同月3日にうつ病の診断を受け、その後休職したのであるから、Aの精神障害の発病時期は、同日である。愛知労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会(以下「本件部会」という。)は、Aの精神障害の発病時期を平成31年3月上旬頃とするが、具体的な機能不全がない段階で、精神障害の発病を容易に認 定している点で、妥当ではない。 (2) 業務起因性Aの精神障害の発病及び本件自死は、後記アないしウに記載の本件改良区の業務による各出来事を原因とするものであるから、業務に起因する。 ア上司等からAの人格や人間性を否定する言動があったことAは、本件改良区に就職した平成31年2月1日から同年4月2日まで の間、本件職場における業務中に、上司や同僚(以下「上司等」という。)から、前職、従前の学習状況、態度、周囲とのかかわり等の個人を形成する要素について、否定的な言動を繰り返し執拗に受けた。上司等のこれらの言動は、Aの人格や人間性を否定し、業務上明らかに必要性がない又は業務目的を逸脱した精神的攻撃を、繰り返し執拗に行ったものといえるか ら、その心理的負荷の強度は、「強」である。 イ転職及びその後の業務の変化があったことAは、ホテルのロビーサービスベルパーソン又はドアパーソンとして勤務していたが、その後、本件改良区に転職し、行政への申請や請求書、領収書の作成等、未経験の業務を行っていたところ、この転職及びその後の 業務の変化には、相当程度の心理的負荷があった。 ウ達成困難なノルマが課せられたこと上 請や請求書、領収書の作成等、未経験の業務を行っていたところ、この転職及びその後の 業務の変化には、相当程度の心理的負荷があった。 ウ達成困難なノルマが課せられたこと上司等は、転職をしたばかりで知識がないことが当然であるAに対し、必要な指導等を行わないまま、役場や農協において、手続を行うように命じ、できなかった場合には執拗に追及するような形で指導した。この達成 困難なノルマを課したこと及びその後の指導には、相当程度の心理的負荷があった。 (被告の主張)(1) Aの精神障害の発病時期本件部会の意見(乙17)に記載のとおり、Aは、平成31年3月上旬頃、 適応障害を発病した。 (2) 業務起因性後記アないしウに記載の理由から、Aの精神障害の精神障害の発病及び本件自死は、業務に起因しない。 ア人格や人間性を否定する言動はなかったこと上司等のAに対する言動は、Aが上司等からの質問に黙ってしまう、教 わったことを忘れてしまう等、社会人としての常識が疑われる数々の言動に対する指導又は教育の必要から行われたものであり、いずれも業務上必要かつ相当な範囲においてされたものである。また、その内容も、Aの人格や人間性を否定するようなものではない。したがって、その精神的負荷の強度は「弱」である。 イ転職につき業務起因性がないこと転職は、転職する当人の自由意志により行われるもので、転職先事業主の指示命令は及ばないものであり、Aが本件改良区に転職したことについての心理的負荷は、業務上のものではない。また、Aが担当した業務は、補助的業務にとどまるものであり、転職後の業務は困難でなく、心理的負 荷は軽微であった。 件改良区に転職したことについての心理的負荷は、業務上のものではない。また、Aが担当した業務は、補助的業務にとどまるものであり、転職後の業務は困難でなく、心理的負 荷は軽微であった。 ウ達成困難なノルマが課された事実はないこと上司等が、原告に対し、役場や農協への出張を命じたことはあるが、基本的には他の職員が同行していたし、また、一人で出張した場合にも、書類の受取りや提出のみであり、困難な業務ではなかったのであるから、そ の心理的負荷は軽微であった。 第3 当裁判所の判断 1 判断枠組み等(1) 労働者の疾病等を業務上のものと認めるためには、業務と疾病等との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12 日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。そして、労働者災 害補償保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該疾病等の結果が、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁、最高裁平成8年3月5日第三小 法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。 (2) 現在の医学的知見によれば、精神障害発病の機序について、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性・脆弱性との関係で決まるという考え方(ストレス-脆弱性理論)が合理的であるというべきところ、ストレス-脆弱性理論によれば、環境由来のストレスが非常に強ければ、個体側の 脆弱性が小さくても精神障害を発病するし、逆に、個体側の脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても破綻が生じる ころ、ストレス-脆弱性理論によれば、環境由来のストレスが非常に強ければ、個体側の 脆弱性が小さくても精神障害を発病するし、逆に、個体側の脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても破綻が生じるとされる(乙7、11、35)。 (3) このようなストレス-脆弱性理論を前提とすれば、精神障害の業務起因性の判断においては、環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性とを総合考慮し、業務による心理的負荷が、当該労働者と同程度の年齢、経験を有す る同僚労働者又は同種労働者であって、日常業務を支障なく遂行することができる者(平均的労働者)を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度であるといえる場合に、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものとして、当該業務と精神障害の間に相当因果関係を認めるのが相当である。 (4) そして、前記前提事実⑷及び証拠(乙8、12、14、36)によれば、厚生労働省労働基準局長は、精神障害の業務起因性を判断するための基準として認定基準を策定しているところ、認定基準は、行政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたものであり、裁判所を法的に拘束するものではないものの、精神医学及び法律学等の専門家により作成された「精神障 害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(乙11、13、35)に 基づき策定されたものであって、その作成経緯及び内容等に照らしても合理性を有するものといえる。そうすると、精神障害に係る業務起因性の有無については、認定基準の内容を参考にしつつ、個別具体的な事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。 2 認定事実 前記前提事実、当事者間に争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を 参考にしつつ、個別具体的な事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。 2 認定事実 前記前提事実、当事者間に争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。 (1) Aの業務内容等ア Aは、大学卒業後約2年間のホテルでの勤務を経て、平成31年2月1日、本件改良区に転職し、同日以降、本件改良区における各業務担当者の 見習いとして、本件職場において、上司等から指導を受け、受益地域及び管理施設の場所の把握、窓口受付業務の見習い、排水施設の点検業務の見習い、備品台帳の整理の手伝い等の業務に従事していた(乙4・22頁、15・138頁)。 イ平成31年2月1日から同年4月2日までの本件職場における人的構成 は、理事長、事務局長(同年4月1日以降は参与)、C副主幹(同年4月1日以降は事務局長心得。)、D主任及びAほか職員1名であり、主として、C及びDがAを指導する立場にあった(乙4・22頁、18、20)。 (2) 録音データ等によって認められる本件職場での出来事ア平成31年2月19日における備品リストに関するやり取り(甲7、1 1、乙20、21、27、28、31)Aは、平成31年2月19日、業務時間中、事務局長から作成の指示を受けた備品リストを提出した後、Dからその完成状況について問われた際、当初、自分の中では完成している旨述べたが、その後、事務局長から訂正指示を受けたことについて尋ねられると「今、途中です。」と述べた。D は、Aに対し、笑いながら、「ねえ、ねえ、ねえ、本気で言ってる?今。 ちょっと何か、A君、じゃあ、ちょっと自分の発言思い出そうね。自分の中で完成してるんでしょ?もう自分の説明破綻したの、破綻したことが分かってく 「ねえ、ねえ、ねえ、本気で言ってる?今。 ちょっと何か、A君、じゃあ、ちょっと自分の発言思い出そうね。自分の中で完成してるんでしょ?もう自分の説明破綻したの、破綻したことが分かってくれたらいいんだ、僕にしたら。いい?君はさっき『自分の中でこれは完成してる』って言ったじゃん。」と述べ、また、上記会話を聞いていたCは、「それ、事件ものだよね。」と発言した(乙31・4~9頁)。 これに対し、Aが「すみません、認識が間違ってました。」と答えたところ、Dは、「うん、だけど、この認識の間違いって起こり得そう?」、「普通だったら起こり得なさそうでしょ?だから、もしもそれが起こり得てるってことが…まあいいや。人の指示をちゃんと真面目に、聞いたつもりだけど、みんなから『それでいいよね』っていうことがあったのか、 多々あったんだと思うけど、よくあった?そんなことない?記憶にないかもしれない?」、「それってさ、結構さ、重篤な問題だと思わない?」(同9頁)などと述べた。 イ平成31年2月19日におけるAの一般常識の不足等に関するやり取り(甲8、12、乙20、21、27、28、32) (ア) Dは、業務時間中、Aに対し、同人の一般常識が不足していることを指摘する趣旨で、「そうか、勉強したくないのか?困ったな。」(乙32・1頁)、「勉強は僕はしたくありません、って言ってる。」(同5頁)、「前の職場でさ、ものを覚えないかんとき、どうやって覚えてたの?全然もの知らんなあって、言われたりしたことない?」(同7頁)、 「正直、腹が立ってる」、「うそという民族衣装をまとってる。できないことをすぐできないとつぶやく。もしくは、できないことをできるっていう言い方で説明しようとしている。もうそういうことの繰り返し。」(同9頁)、「A てる」、「うそという民族衣装をまとってる。できないことをすぐできないとつぶやく。もしくは、できないことをできるっていう言い方で説明しようとしている。もうそういうことの繰り返し。」(同9頁)、「A君ってさ、元々勉強が嫌い、苦手っていう意識が強いのって理解してる?」、「大学時代ってさ、勉強してた?」(同34頁)、 「徳川家康を本当に、お前知らないとか」(同35頁)などと述べた。 (イ) Dは、Cとともに、Aに対し、長さ広さの単位や比重等について教示した後、「だから、何にしても、学ぼうとしてこなかったっていう付けが今、ここに来てるだけの話であって、うん。うちとして君に期待してるのは、それは学んだら覚えられるということに対して期待をしてるのね。学んでも覚えられないってなってきたら、ちょっと話は別の話にな ってくるんだ、分かる?で、学ぶ気力が起きないっていうのはお前の問題だから。ねっ?で、学びたくないっていうのもお前の問題になってくるわけ。いい?」、「何でうちの方でさ、『これ覚えなあかんよ』っていったやつがさ、覚えようとしてくれないの?」、「仕事にならないから覚えるっていうだけの話じゃん。ただ、そのやつの英語力があまりに も低すぎるって分かってるから、どの程度の教科書選んでいいか分かんないよねって話をしてるわけで。で、そのやつの自己評価が君はちょっと、若干高そうなので危ないっていう風にちょっと心配してるとこある。」(乙32・53~55頁)などと述べた。 Aは、上記のやり取りの中で、勉強するための本を購入する旨を述べ、 Dに対し、「どれを選んだらよろしいでしょう?」と尋ねたところ、Dは、「今ここに物が一つもない状態で、『これです』って選ぶのは不可能だよね。お前、本屋行きたいの?」などと 購入する旨を述べ、 Dに対し、「どれを選んだらよろしいでしょう?」と尋ねたところ、Dは、「今ここに物が一つもない状態で、『これです』って選ぶのは不可能だよね。お前、本屋行きたいの?」などと言い、Aとともに、本件改良区における業務時間中に、自動車で書店に向かった。その道中において、Dは、Aに対し、「これはねえ、A君、その早めにこの段階でやっ とかないと。多分、自分で困ると思う。で、正直、その、自分でその、あまりにも幼い勉強を今からやり直すときに、まず、気持ちとして恥ずかしいよね。思う?返事したら。」と言い、Aは、「恥ずかしい」と答えた(同55頁)。その後、Dは、書店において、Aとともに、小学生向けの学習参考書である「中学入試まんが攻略BON! 慣用句・こ とわざ新装版」及び「中学入試まんが攻略BON! 算数仕事算 新装版」などを選び、Aに対し、これらを買い与えた(甲17、18、乙18、27、42)。 ウ平成31年4月2日におけるAの来客者への対応に関するやり取り(甲10、14、乙21、34)Dは、業務時間中、Aに対し、同人が来客者に対して挨拶をしなかった ことを注意する趣旨で、「何で言わないの?言われてない?」、「何でやんないの?そういうことって。」などと言い、Aが「すみません。」と謝ると、「何で?うん、謝る必要ない。何でかって俺は聞いている。」、「すみませんなんかじゃなくて。何でって聞きたいの。」(乙34・6~7頁)、「やってることは、前の会社に行ったときには、ちゃんとズボン 履いて行ったわけでしょ。」、「うちの会社に来た時には、そんなこと突然にパンツ1丁で来ました。何で?」、「前の会社はちゃんとズボン履いてったの?」(同8頁)、「まあ、簡単に言えばなめん ボン 履いて行ったわけでしょ。」、「うちの会社に来た時には、そんなこと突然にパンツ1丁で来ました。何で?」、「前の会社はちゃんとズボン履いてったの?」(同8頁)、「まあ、簡単に言えばなめんなよ、って思ってるだけで。」(同9頁)、「分かってくれるかな?で、何で?」、「ふーん。忘れちゃったんだよね、きっと。」、「じゃあさ、うん、じゃあ仕方 ないな、きっと。忘れたもんは仕方ない。」、「うん、そうだね。だから、いつもの無敵の免罪符だから、それは仕方ないと思います。はい、分かりました。じゃあそれでいいです。」(同10頁)などと述べた。 (3) Bクリニックへの受診及び通院ア Aは、平成31年4月2日、上記(2)ウのやり取りがあった後、昼食後 に本件職場を早退し、同月3日、気分の落ち込みを訴えて、Bクリニックを受診した。Aは、診察に際し、問診票(甲4)に、症状として「1か月前から気分がおち込み、人とあまり話をしにくい。言葉がでてこない」と記載をした上で、「詳しい内容・経緯」として「仕事を教わる中で人格を否定されるような怒り方をされる。」と記載し、また、医師に対し、本件 職場での出来事について、「初めて言われたのが、一般常識が無いとか、 人格を否定される」、「相手からしたら、事務職に入りたくて転職したなら、携わる地域(地元。稲沢)のことを知らないのか、と。土地勘とか無かった。そこに対して10分に1度は言われる。」、「自分が悪いなと思う事はあるが、今まで注意を受けず生きたので、人間トラブルがあったんじゃないの?といわれる。前職では先輩に助けられながらやっていた。」、 「反論しようとすると、それはほんとにただしいの?と。言われるの言葉を飲んでしまう。そうすると溜息ではないがフーッとなってしまう ないの?といわれる。前職では先輩に助けられながらやっていた。」、 「反論しようとすると、それはほんとにただしいの?と。言われるの言葉を飲んでしまう。そうすると溜息ではないがフーッとなってしまう。それを、人前ですると殴りたくなると言われた。」、「昨日色々言われた。」、「おやには相談した。が、身内には心配をかけたくないので受診」、「今までは気持ちを切り替える事は出来たが」、「正直休みたい気持ちがあ る。」と述べた。(甲5、乙4、26)イ Aは、平成31年4月3日から令和元年6月26日までの間、一、二週間に一回ほど、Bクリニックに通院し、通院精神療法を受けた(甲5、乙26)。 (4) 本件自死及びAの遺書(甲1、6、21、乙1) Aは、令和▲年▲月▲日午後0時44分頃、自宅において、縊死したが(本件自死)、それ以前に、スマートフォンのメモアプリで「遺書」と題するデータ(以下「本件遺書」という。)を作成していた。 本件遺書には、「僕は、今の会社に入り、自分が何も考えず、何の努力もせず、怠けて周りの人に迷惑をかけ、助けられて生きてきた事を再確認しま した。」、「『本当に前職で人間関係で問題なかった?うちに来て突然接客が悪くなることある?君がひどくて周りが何も言わないか、ホテルがなってないかどっちかしかないよね』、この言葉はきつかったです。自分のせいでEが悪く思われて、本当に自分自身、情けない気持ちになりました。役場や農協に行った時でも自分の無知さを痛感させる行為を何度かさせられ、僕は それから人と話すのが嫌になりました。」、「僕なりに何かを学んできたつ もりでしたがすべて無意味でした。それを今の会社で教えていただきました。 僕は只々逃げて、何も学ばず何の取り柄のない落ち から人と話すのが嫌になりました。」、「僕なりに何かを学んできたつ もりでしたがすべて無意味でした。それを今の会社で教えていただきました。 僕は只々逃げて、何も学ばず何の取り柄のない落ちこぼれだということを入社してからほぼ毎日痛感しました。」などの記載がある。 (5) 事実認定の補足説明被告は、本件遺書について、Aが作成したものか不明であるし、最終更新 者も、その更新時期が本件自死後であることからすれば、Aではあり得ないから、その内容を信用することができない旨の主張をする。 しかし、①本件遺書のデータが作成され始めたのは、平成31年4月10日であること(甲21・1頁)、②本件遺書のデータは、Aの使用していたスマートフォンに保存されていたこと(甲23、24、乙37)がそれぞれ 認められるところ、これらの本件遺書の作成方法やその時期に加えて、本件遺書の内容や分量等に鑑みると、Aが本件遺書を作成したものと推認することができる。また、③原告の妻が、令和▲年▲月▲日午前11時43分頃、縊頸状態のAを発見し、救急に通報したこと(乙40)、④本件遺書の最終更新日時が、同日午前11時48分であること(甲24)がそれぞれ認めら れるところ、人は、その親族が縊頸状態であるのを見つけた場合には、速やかに救急や警察に通報するのが通常であることに照らすと、確かに、Aが本件遺書に係るデータを最終更新したことはあり得ないものの、原告、その妻又はその他第三者が、上記最終更新日時までの間に、本件遺書のデータを書き換える時間的、精神的な余裕があったとは到底いい難く、原告の妻等がメ モアプリ上の本件遺書に係るデータに触れた際に誤って更新されてしまったことが合理的に推認できるし、その他、本件遺書が改ざんされたことをう 、精神的な余裕があったとは到底いい難く、原告の妻等がメ モアプリ上の本件遺書に係るデータに触れた際に誤って更新されてしまったことが合理的に推認できるし、その他、本件遺書が改ざんされたことをうかがわせる事情も見当たらないから、本件遺書はAが作成したものというべきであり、被告の上記の主張は採用することができない。 3 争点(Aの精神障害の発病及び死亡は業務に起因したものか)について (1) Aの精神障害の発病時期 Aの精神障害の発病時期について、原告は、平成31年4月3日と主張し、被告は、同年3月上旬頃と主張する。 この点について検討するに、①Aは、平成31年4月2日に本件改良区を早退するまでは就業を続けており(前提事実(2)ア及びイ、認定事実(2)イ)、同日以前に精神科を受診したことなどをうかがわせる事情はないこと、②A は、同月2日、言葉が話せないような状況にあり、その翌日の同月3日、自宅において、話をしたくても言葉が出なくなってきたなどと言い、自らBクリニックを受診したこと(認定事実(3)ア、乙23、原告本人)、③Aは、同月3日、Bクリニックを受診した際、昨日色々言われた、身内には相談したくないので受診した、今までは気持ちを切り替えることができたが、正直 休みたい気持ちがある旨の発言をしたこと(認定事実(3)ア)、④Bクリニックで同日に実施されたCES-D(うつ病自己評価尺度)では、中等度以上の抑うつ状態であることを示す点数が得られたこと(乙25、26)がそれぞれ認められ、これらの事実に照らせば、同月3日頃に、Aにおいて、精神障害の発病の兆候と理解し得る言動や医学的根拠があったと認められる。 一方で、AのBクリニックにおいて訴えた症状の経過によれば、同年3月上 れらの事実に照らせば、同月3日頃に、Aにおいて、精神障害の発病の兆候と理解し得る言動や医学的根拠があったと認められる。 一方で、AのBクリニックにおいて訴えた症状の経過によれば、同年3月上旬頃に気分の落ち込みなどの症状が出現していたことがうかがわれるが、Aを診察したBクリニックの医師が、Aが訴えた上記症状の経過のみならず、同日に実施した検査結果をも踏まえて、Aの傷病名がうつ病である旨の意見を述べていること(乙25)に加え、後記(2)ウのとおり、Aは、その前日 の同年4月2日に、Dから、業務上明らかに必要がないか、又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃に当たるような言動による相当程度の心理的負荷を受けていることを考え合わせると、Aの精神障害(うつ病)は、同月3日頃に、発病したと認めるのが相当である。 (2) 上司等のAに対する人格や人間性を否定する言動について ア平成31年2月19日の備品リストに関するやり取りについて 上記認定事実(2)ア及び証拠(甲7、11、乙31)によれば、Aが、事務局長から作成の指示を受けた備品リストの完成状況について、完成している旨を述べた後に途中である旨を述べたことについて、Dは、Cとともに、Aに対し、その各発言が矛盾していることを「破綻」「事件もの」などの同人を強く非難する表現を用いて指摘し、Aが謝罪した後も、上記 発言の矛盾の追及を継続したという経緯が認められる。これらの上司等の言動は、その内容や、Aの発言に笑いながら反応するなどの発言時の態度に照らせば、Aの発言の矛盾を注意指導するにとどまらず、同人の発言を嘲笑し、揶揄するような態度で追及し続けたものということができ、Aの担当業務に関する内容であることを踏まえても、Aの人格や人間性を否定 照らせば、Aの発言の矛盾を注意指導するにとどまらず、同人の発言を嘲笑し、揶揄するような態度で追及し続けたものということができ、Aの担当業務に関する内容であることを踏まえても、Aの人格や人間性を否定 する精神的攻撃を伴うものであって、Aに対する指導又は教育として必要かつ相当な範囲を逸脱しているというべきである。 イ平成31年2月19日におけるAの一般常識等に関するやり取りについて上記認定事実(2)イ(ア)及び(イ)によれば、Dは、同日のAとのやり取り において、同人に対し、同人の一般常識が不足していることを繰り返し指摘しており、その中には日本史に関する知識など本件業務と直接には関連しない事柄も含まれていたこと、Dの発言には、「正直、腹が立ってる」、「うそという民族衣装をまとってる」など同人を強く非難する表現も用いられていたことが認められ、これらの言動は、業務上の指導及び教育の必 要性を超えて、Aの一般常識が不足しているとの認識の下で、このことを嘲笑し、人格や人間性を非難しているものといわざるを得ない。 さらに、Dは、上記会話の中でAが一般常識を身に着けるために本を買うという趣旨の発言をしたことを受けて、業務時間中に、同人とともに本件職場を離れて書店に向かい、小学生向けの学習参考書を買い与えたとい うのであり、その行動は、本件職場における業務の範囲を明らかに逸脱し た態様であるとともに、当時24歳の社会人であったAに対して大きな屈辱感を与えるものであったといえる。 これらのことに照らすと、平成31年2月19日における上司等の上記言動は、それ自体、Aのこれまでの経歴やこれに基づく人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がないか、又は業務の目的を大きく ことに照らすと、平成31年2月19日における上司等の上記言動は、それ自体、Aのこれまでの経歴やこれに基づく人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がないか、又は業務の目的を大きく 逸脱した精神的攻撃に当たるというべきである。 ウ平成31年4月2日におけるAの来客者への対応に関するやり取りについて上記認定事実(2)ウによれば、Dは、来客者に対して挨拶をしなかったAに対し、挨拶しないことはズボンをはき忘れて会社に来るくらいのこと であるという趣旨で、前の会社に行ったときはちゃんとズボンはいて行ったにもかかわらず、本件改良区においてはちゃんとズボンはいて来ないのはなぜかと、屈辱的な言い回しを用いてその理由を執拗に問いただした上で「なめんなよ」と怒りをあらわにし、最終的に、Aが忘れたというのは「最強の免罪符」であると揶揄するような表現を用いて、あきれるような 態様で一方的に会話を終了させたことが認められる。上記のようなDの言動は、Aに対して挨拶をするように指導する必要性自体は認められることを踏まえても、上記のような屈辱的かつ揶揄するような表現を用いていることや、挨拶しなかった理由を執拗に問いただすものであったことに照らし、Aの意見や反論を許さない威迫的なものであり、かつ、Aの人格や人 間性を否定する精神的攻撃を伴うものであって、Aに対する指導又は教育として必要かつ相当な範囲を逸脱しているというべきである。 エ精神的攻撃の反復・継続性について上記認定事実(2)アないしウの各出来事は、上記アないしウで説示したとおり、いずれも上司等がAに対し、同人の一般常識が不足していること やその業務上の対応を執拗に嘲笑又は非難するものであって、これらがA の採用 来事は、上記アないしウで説示したとおり、いずれも上司等がAに対し、同人の一般常識が不足していること やその業務上の対応を執拗に嘲笑又は非難するものであって、これらがA の採用後間もない時期から休職直前の時期にわたって生じていることをも踏まえると、上司等のAに対する精神的攻撃は、Aが本件職場での業務に従事していた間、反復、継続して行われていたことを強くうかがわせるものといえる。また、上記認定事実(3)ア及びイ並びに(4)によれば、Aは、Bクリニックの医師に対し、本件改良区に就職して間もない時期から、本 件職場において、上司等から一般常識等の不足を繰り返し指摘され、人格を否定する発言を受けていた旨述べているほか、本件遺書においても、同旨の事実を記載したことがそれぞれ認められ、上記のAの発言及び記載の内容は、上記認定事実(2)アないしウのAとD及びCとのやり取りの内容と整合するものである。これらのことを考え合わせると、上記アないしウ に代表される上司等のAに対する人格や人間性を否定する言動による精神的攻撃は、平成31年2月から同年4月2日までの間、反復・継続していたものと認められる。 オ小括上記アないしエで認定及び判断をしたところによれば、Aは、平成31 年2月から同年4月2日までの間、上司等から、一般常識の不足や業務上の対応について、これらを揶揄するような言葉を用いて、繰り返し嘲笑又は非難されたほか、業務中に書店まで同行して小学生向けの参考書を買い与えられるという屈辱的な対応等を受けたものである。以上の出来事は、人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の 目的を大きく逸脱するような精神的攻撃を反復・継続するなど執拗に受けたものに当たるというべきで ものである。以上の出来事は、人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の 目的を大きく逸脱するような精神的攻撃を反復・継続するなど執拗に受けたものに当たるというべきであり、その心理的負荷の強度は、「強」と認めるのが相当である。 4 小括上記3で認定及び判断をしたところによれば、Aの精神障害の発病前おおむ ね6か月の業務による心理的負荷の強度は、「強」と認めるのが相当であり、 原告による労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料の請求に対し、Aの精神障害の発病及び死亡に業務起因性が認められないとして、遺族補償給付及び葬祭料を不支給とした処分行政庁の本件各処分は違法であるから、いずれも取り消されるべきである。 第4 結論 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとして、主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官五十嵐章裕 裁判官加藤優治 裁判官竹内峻
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