主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人浅井通泰、同安倉孝弘の上告理由について一本件は、有限会社D商店が被上告人に対して有する生命保険金二五〇〇万円の支払請求権について債権差押え及び転付命令を取得した上告人が、被上告人に対し右保険金の支払を求め、被上告人は告知義務違反を理由に生命保険契約が解除されたと主張してこれを争う事案であるところ、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。 1 D商店と被上告人は、昭和六三年一二月八日、被保険者をEとし、保険金受取人をD商店とする生命保険契約を締結した。本件契約に適用される約款には、被上告人が解除の原因を知った日からその日を含めて一箇月を経過したときには契約を解除することができない旨の定めがある。 2 Eは、D商店の唯一の取締役であった。 3 Eは、昭和五五年までに解離性大動脈瘤である旨の診断を受け、同五九年ないし同六〇年ころには解離性大動脈瘤により二箇月間の入院加療を受けたこととがあったが、本件契約締結の際には、被上告人に対し、過去五年間において病気で七日以上の治療を受けたことや休養したことがなく、持病もなく、現在病気で治療を受けていないなどと回答した。 4 Eは、平成二年一〇月二三日、解離性大動脈瘤破裂による急性心不全により死亡した。同人の死亡によりD商店は取締役を欠く状態になったが、後任の取締役は選任されなかった。 5 横浜地方裁判所川崎支部は、上告人の申立てにより、D商店の特別代理人と- 1 -してF弁護士を選任した上、平成三年一月二三日、上告人を債権者、D商店を債務者、被上告人を第三債務者とする本件契約に基づく生命保険金二五〇〇万円の支払請求権についての債権差押え及び転付命令を発 -してF弁護士を選任した上、平成三年一月二三日、上告人を債権者、D商店を債務者、被上告人を第三債務者とする本件契約に基づく生命保険金二五〇〇万円の支払請求権についての債権差押え及び転付命令を発した。右命令は、同月二八日に被上告人に、同年二月一日にD商店の特別代理人F弁護士にそれぞれ送達され、同年二月八日確定した。 6 被上告人は、平成三年四月一日、本件契約の被保険者であるEに右1記載の告知義務違反があることを知り、D商店特別代理人F弁護士を名あて人とし、本件契約を解除する旨を記載した通知書を同社の住所地にあてて郵便で発送し、右通知書は、同月四日、同社の住所地に配達された。 7 被上告人は、平成五年一月八日、D商店を被告とし、本件生命保険金二五〇〇万円の支払請求権についての債務不存在確認を求める訴えを提起した。右事件の受訴裁判所は、同月一九日、G弁護士をD商店の特別代理人に選任した。右事件の訴状には本件契約を解除する旨が記載されており、右訴状は、同月二一日、G弁護士に送達された。 二右事実関係に基づいて検討する。 1 被上告人がD商店特別代理人F弁護士あての解除通知をした平成三年四月四日の時点においては、同弁護士の前記債権差押え及び転付命令申立事件についての特別代理人としての任務は終了しており、当時、同社は意思表示を受領する権限を有する者を欠く状態にあったというほかないから、同社に対する右解除通知は効力を生じないものというべきである。 2 それでは、本件における解除の意思表示の相手方は誰か、また右意思表示はいつまでにするべきかについて検討する。 (一) 有限会社を保険契約者兼保険金受取人とする生命保険契約における被保険者が死亡し、かつ、右有限会社が意思表示を受領する権限を有する者を欠く状態に- 2 -ある場合において、転 て検討する。 (一) 有限会社を保険契約者兼保険金受取人とする生命保険契約における被保険者が死亡し、かつ、右有限会社が意思表示を受領する権限を有する者を欠く状態に- 2 -ある場合において、転付命令により保険金受取人の保険会社に対する生命保険金支払請求権を取得した者があるときには、保険会社は、右転付債権者に対しても告知義務違反を理由とする生命保険契約の解除の意思表示をすることができるものと解するのが相当である。 けだし、被保険者死亡後の生命保険契約における主要な未履行の債権債務は生命保険金に関する債権債務だけであるのが通常であって、この時点においては、右生命保険金債権について転付命令を取得した転付債権者が右契約の帰すうにつき強い利害関係を有するものである反面、保険契約者兼保険金受取人である有限会社は、右契約の帰すうにつきほとんど利害関係を有していないものである上、法人の基本的な責務ともいうべき取締役の選任等を怠っているのであるから、解除の意思表示を受領する機会を失ってもやむを得ないといえるからである。また、保険契約者以外の者が保険金受取人と定められている場合について、通常の保険約款及び簡易生命保険法四一条一項は、保険契約者の所在を知ることができないときなどには保険金受取人に対しても解除の意思表示をすることができる旨を定めるが、転付債権者も右保険金受取人に準じた地位にあるということができるからである。 (二) 有限会社を保険契約者とする生命保険契約について、保険会社が告知義務違反による解除の原因を知った時点において解除の意思表示の受領権限を有する者がいないときには、本件約款の定める解除権の消滅についての右一1記載の一箇月の期間は、保険会社が右受領権限を有する者が現れたことを知り、又は知り得べき時から進行するものと解すべきである。 有する者がいないときには、本件約款の定める解除権の消滅についての右一1記載の一箇月の期間は、保険会社が右受領権限を有する者が現れたことを知り、又は知り得べき時から進行するものと解すべきである。 けだし、解除の意思表示の受領権限を有する者がいないという事態は保険契約者である有限会社が後任取締役を選任しないなど有限会社側の責めに帰すべき事由によって発生するのが通常であるから、保険会社が解除の意思表示を相手方に到達させることができないにもかかわらず、その解除権が解除原因を知った時から一箇月- 3 -の経過により消滅するとすることは、保険会社に著しく酷な結果をもたらすものであり、また、その後に後任の取締役等を選任した有限会社がこのことを保険会社に通知しない場合において、保険会社が速やかに右選任の事実を知ることは困難であるからである。 (三) 本件についてこれをみるのに、保険会社である被上告人が告知義務違反による解除の原因を知った平成三年四月一日の時点において、保険契約者であるD商店は意思表示の受領権限を有する者を欠く状態にあったが、上告人は既に転付命令により本件生命保険金支払請求権を取得していたから、被上告人としては転付債権者である上告人に対して解除の意思表示をすることができたのであり、したがって、解除権の消滅についての一箇月の期間は同日から起算すべきものと解さざるを得ないところ、被上告人は同日から起算して一箇月以内に上告人に対し有効な解除の意思表示をしていない。 3 しかしながら、被上告人は、転付債権者に対する解除の意思表示をすることには思い至らなかったものの、告知義務違反による解除の原因を知った直後にD商店の住所地にあてて解除通知を発送し、平成五年一月には、D商店を被告とする訴訟を提起した上、同社の特別代理人に送達されるべき訴状に い至らなかったものの、告知義務違反による解除の原因を知った直後にD商店の住所地にあてて解除通知を発送し、平成五年一月には、D商店を被告とする訴訟を提起した上、同社の特別代理人に送達されるべき訴状に本件契約を解除する旨を記載するなど、解除の意思表示をするために採るべき方法について非常に苦慮しながらもそれなりの努力を尽くしてきたものであることは前記事実関係から明らかである。他方、D商店は法人の基本的な責務ともいうべき取締役の選任を怠るなど専ら被上告人の解除の意思表示の到達を妨害するに帰する行為に終始した結果となっている。以上によれば、D商店が取締役を欠く状態にあったことを原因の一端とする解除権の消滅による不利益を一方的に被上告人に帰せしめることは、著しく不当な結果をもたらすものというべきであって、本件の事実経過は、信義則に照らし、被上告人の解除の意思表示が解除権が消滅する以前に上告人に到達した場合と同視- 4 -することができ、被上告人は、告知義務違反による解除の効果を転付債権者である上告人に主張することができるものというべきである。そうすると、本件契約が告知義務違反により有効に解除されたものとした原審の判断は、その結論において正当である。論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違法を主張するものであって、採用することができない。 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官大野正男裁判官園部逸夫裁判官千種秀夫裁判官尾崎行信 裁判官園部逸夫裁判官千種秀夫裁判官尾崎行信裁判官山口繁- 5 -
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