平成9(ワ)4993 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年4月12日 名古屋地方裁判所
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判決文本文21,985 文字)

主文 1 被告らは各自,原告ら各自に対し,金1950万円及びこれに対する被告Aは平成8年10月9日から,被告新潟県は平成10年1月29日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告らの負担とする。 4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告らは,原告ら各自に対し,連帯して金6083万9788円及びこれに対する平成8年10月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,平成8年10月9日に肺癌で死亡したB(以下「B」という。)の妻である原告C(以下「原告C」という。)とB・原告C夫婦(以下「BC夫婦」という。)の長女である原告D(以下「原告D」という。)の両名が,Bが死亡したのは,当時新潟県立がんセンター新潟病院(以下「被告病院」という。)に勤務し,Bの診療を担当した医師である被告A(以下「被告A」という。)が早期に適切な診療を行わなかったためであるとして,被告Aに対しては不法行為に基づく損害賠償を,被告新潟県に対しては診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償をそれぞれ求めた事案である。 1 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(1) B(昭和36年12月17日生)は,新潟大学理学部助教授であったが,平成8年10月9日,肺癌により34歳で死亡した。原告C(昭和40年2月6日生)はBの妻,原告D(平成5年1月25日生)はBC夫婦の長女であり,いずれもBの相続人である。(争いがない)(2) 被告新潟県は,被告病院を開設している。 被告Aは,昭和60年に自治医科大学を卒業後,医師として10年目のころ,肺癌について勉強するため平成6年 いずれもBの相続人である。(争いがない)(2) 被告新潟県は,被告病院を開設している。 被告Aは,昭和60年に自治医科大学を卒業後,医師として10年目のころ,肺癌について勉強するため平成6年4月から平成7年3月まで新潟県病院局から被告病院に派遣され,被告病院の内科に勤務し,平成6年9月2日から平成7年2月20日までBの主治医として同人の診療を担当した(乙25,争いがない)。 (3) Bは,平成6年8月に行われた新潟大学の職員健康診断で胸部X線写真撮影検査を受けたところ,同年8月30日,検査の結果,左中肺野に結節影があるので精密検査が必要である旨の通知を受けた。Bは,同年9月2日,被告病院に診療を依頼し,同人と被告病院との間にBの疾病に関する診療契約が成立した。(争いがない)(4) Bは,平成6年9月2日以降,被告病院の内科において,被告Aの診察,胸部X線写真撮影,ツベルクリン検査等の検査を受けた。 Bは,同年9月29日以降被告病院で結核のための治療を受け,平成7年2月20日の際,被告Aから同年7月の来院を指示された。(争いがない)(5) Bが平成7年7月10日,被告Aの指示に従い被告病院に来院したところ,主治医がE医師(以下「E医師」という。)に変更されていた。Bは,以後E医師の診察,胸部X線写真撮影等の検査を受け,同年8月14日,E医師から肺癌である旨を告知された。原告CとBの母は,同年8月16日,E医師からBが肺癌Ⅲ期であること,手術ができないこと,化学療法と放射線治療をしても5年後の生存率は20パーセントであること等の説明を受けた。(争いがない)(6) Bは,平成7年8月21日から同年11月22日まで被告病院に入院し,退院後は被告病院に通院して治療を受け,平成8年2月7日から同年6月末まで名古屋記念病院に入院し,同年7月 。(争いがない)(6) Bは,平成7年8月21日から同年11月22日まで被告病院に入院し,退院後は被告病院に通院して治療を受け,平成8年2月7日から同年6月末まで名古屋記念病院に入院し,同年7月4日から同年9月5日までは新生会第一病院に通院,同年9月10日以降は木曽川病院に入院するなどして治療を続けたが,同年10月9日同病院で死亡した(甲16,争いがない)。 2 争点(1) 被告らの責任(原告らの主張の要旨)ア診療義務違反(ア) Bの肺野部の結節状の陰影には,平成6年9月2日から平成7年2月20日までの間に,次の①ないし③のとおり肺癌の可能性を強く示唆する所見が認められた。 ① 平成6年9月14日及び平成7年1月10日のCT画像上,いずれも辺縁結節状,内部の小透亮像,スピキュラ(けば立ち)といった肺癌の特徴として典型的な所見が見られ,その点につき放射線科のF医師の指摘があり,かつ肺癌が疑われる旨の診断もなされていた。 ② 平成6年9月から平成7年2月までに撮影された6回の胸部単純X線写真及び2回のCT画像において,Bの腫瘤は増大している。 ③ Bの胸部単純X線写真上もCT画像上も結核腫の特徴である石灰化や周辺の衛星病巣は見られないし,平成6年9月から平成7年2月までの諸検査によっても結核菌は出ず,血沈も正常であり,結核を疑うべき所見はない。 (イ)a 平成6年9月20日に行われた気管支鏡検査によっても癌細胞も結核菌も検出されず,病気の確定には至らなかった。また,上記(ア)の①ないし③のとおりBの病変が肺癌であることが否定されず,逆に肺癌であることが強く示唆された。したがって,被告らは,平成6年9月2日から平成7年2月20日までの間に諸検査(再度の気管支鏡検査,胸腔鏡下の肺生検,経皮的肺生検,開胸肺生検)を段階的 されず,逆に肺癌であることが強く示唆された。したがって,被告らは,平成6年9月2日から平成7年2月20日までの間に諸検査(再度の気管支鏡検査,胸腔鏡下の肺生検,経皮的肺生検,開胸肺生検)を段階的に行って検査を尽くして確定診断に至り,肺癌の治療をなすべきであったのにこれをせず,平成7年2月の段階で,Bの肺癌が否定されておらず,直ちに確定診断のための検査(再度の気管支鏡検査,開胸肺生検など)がなされるべきであるのにこれをせず経過観察とし,同年7月の来院を指示して約6か月の診療の空白をもたらした。 b 被告AがBを経過観察とした根拠に合理性がないことは以下の① ないし⑦のとおりである。 ① ツベルクリン反応は結核菌に対する感染(免疫)の有無を調べるものであって,その時点の陰影が結核であることを根拠付けるものではない。結核と肺癌が合併している場合もあり,ツベルクリン反応が強陽性であるからといって肺癌を否定することはできない。 ② Bが若年であったことは単なる確率の問題であって,個々の症例において肺癌であることを否定する根拠たり得ない。 ③ 腫瘍マーカーは鑑別診断の決め手にはならない。 ④ 平成6年9月20日の気管支鏡検査において癌細胞も結核菌も検出されなかったのであるから,鑑別はできなかったのであって,この検査結果から肺癌を否定することはできない。Bは癌であったにもかかわらず,癌細胞が検出されなかったのであるから,同年9月20日の気管支鏡検査において病巣を擦過していないことは明らかである。 ⑤ 被告Aは,呼吸器内科の部長であるG(以下「G医師」という。)と共同で検討した結果であることを強調するが,その結果自体の適否が問題である。また,G医師が関与していたのは平成6年9月末までである。 ⑥ 気管支鏡検査の際の であるG(以下「G医師」という。)と共同で検討した結果であることを強調するが,その結果自体の適否が問題である。また,G医師が関与していたのは平成6年9月末までである。 ⑥ 気管支鏡検査の際の擦過によって病巣部が広がったから結核腫が疑われると考えることは短絡にすぎる。病巣を擦過していなくても,病巣の近くを引っ掻けば,そこに炎症が起き,像の周辺が広がって映ることは十分あり得る。 ⑦ 肺癌になる確率が高いのは喫煙者であるからといって,個別の事例について安易に確率論に依拠して診療を行うべきではない。 c 鑑定は,安定した結核と診断したのであれば経過観察とする選択肢があるとするが,被告Aは結核腫の陳旧化したものという診断をしたのであって,安定した結核との診断ではなかった。 dBが診療にかかっていた当時,被告病院では,胸腔鏡下の肺生検,開胸肺生検は行われていた。CTガイド下の肺生検も当時愛知県下の民間病院でも行われており,被告病院でも行われていたはずである。 イ説明義務違反被告Aは,平成6年9月28日の段階でBに対し,肺癌の可能性があること,未だ肺癌を否定する材料が得られていないこと,したがって肺癌でないとする確定診断を下すことができないこと,確定診断の必要性,そのための検査方法,検査の計画,確定診断への道筋などをBに説明すべきであったのにこれをしなかった。 平成7年1月23日の時点では肺癌であることの確定診断がなされているべき時期であり,従って肺癌の治療についての説明がなされるべきであった。 被告Aの説明義務違反は,それ自体診療義務違反となるだけではなく,被告Aが平成6年9月29日以降肺癌の可能性を念頭から払拭していたことを推認させる事実であり,また,慰謝料算定の重要な要素となるものである。 (被告らの主張 診療義務違反となるだけではなく,被告Aが平成6年9月29日以降肺癌の可能性を念頭から払拭していたことを推認させる事実であり,また,慰謝料算定の重要な要素となるものである。 (被告らの主張の要旨)ア診療義務違反について(ア) 被告Aは,Bの診療に際し次のように肺癌の可能性を常に念頭においていた。 平成6年9月の時点での気管支鏡検査までの一連の検査は肺癌診断のためのものである。同年9月以降平成7年2月までの胸部単純X線写真撮影による検査は抗結核薬の治療効果を確認するためのものであると同時に肺癌の可能性を考えて陰影の増大傾向を確認するためのものである。被告Aは,平成7年1月10日にCT検査を行い,同年1月23日に6か月に1度の経過観察をすることにし,同年2月20日に胸部単純X線写真を撮影することにした(正確には,平成7年2月20日の胸部単純X線写真による再検査を指示したうえでそこから5か月後の7月の再受診を指示したものである)。被告Aは,平成7年2月20日,5か月後の同年7月の胸部単純X線写真撮影による検査,CT検査の予約をしている。 (イ) 平成6年9月2日の初診時において,Bの疾病は肺癌と結核腫とのいずれも考えられたが,被告Aは,同年9月29日までの間に肺癌の確定診断のために必要とされる諸検査はすべて行ったうえで,Bの陰影は,結核腫の疑いが強いと判断して結核に対する治療を開始した。胸部単純X線写真上もCT画像上も肺癌を特に疑う所見はないこと,ツベルクリン反応が強陽性であること,Bが若年であること,腫瘍マーカーが陰性であること,確実にヒットしたと思われる気管支鏡検査の結果でも癌細胞は検出されなかったこと,G医師らと共同で検討した胸部単純X線写真及びCT画像で肺癌(肺腫瘍)より炎症性腫瘤(結核腫)を疑ったこと( あること,確実にヒットしたと思われる気管支鏡検査の結果でも癌細胞は検出されなかったこと,G医師らと共同で検討した胸部単純X線写真及びCT画像で肺癌(肺腫瘍)より炎症性腫瘤(結核腫)を疑ったこと(被告AとG医師らは,CT画像について比較的境界がはっきりした不整形陰影で辺縁やや結節状で内部に小透亮像あり,周囲に変化なしと読影した。肺癌にみられる典型的なスピキュラがあるとは読影しなかった。なお,ノッチやスピキュラの所見は,肺癌でも非癌病変でも見られる。),平成6年9月2日の胸部単純X線写真に比較して同年9月28日の胸部単純X線写真は病巣部の軽度の拡大傾向が認められたこと(結核腫などの炎症性病変では,気管支鏡検査での擦過により炎症が広がることはまま認められる。),Bが非喫煙者であったことからすれば,平成6年9月の時点で被告AがBの肺腫瘤について結核の方を強く疑い,とりあえず結核の治療を開始したことは問題ない。 (ウ)a 被告Aが平成7年1月あるいは2月の時点で同年7月の再診という形で経過観察としたことに問題はない。 平成6年9月から平成7年1月までの間に陰影の増大傾向は認められなかった(平成6年9月28日の胸部単純X線写真の陰影は,同年9月2日よりも増大しているが,これは同年9月20日実施の気管支鏡検査によって擦過された腫瘤の炎症が拡大したためであると考えられた。その後同年10月12日の胸部単純X線写真では陰影の大きさは減少し,それ以降はBの腫瘤の陰影は,胸部単純X線写真上増大していない。2度目のCT検査の結果は1度目のCT検査の結果と比べて基本的に変わりはない。横断面について増大しているが,炎症性疾患でもこの程度の変化はあり得るし,平成6年9月20日の気管支鏡検査の影響を考慮すれば,1度目のCT検査の結果に比べて2度目のC と比べて基本的に変わりはない。横断面について増大しているが,炎症性疾患でもこの程度の変化はあり得るし,平成6年9月20日の気管支鏡検査の影響を考慮すれば,1度目のCT検査の結果に比べて2度目のCT検査の結果腫瘤の大きさが増大しているのはむしろ当然であり,単純比較はできない。CT画像から腫瘤の上下方向の大きさは正確に判断できるものではない。)。 放射線科のF医師は,2回の胸部CT検査のそれぞれの画像について腫瘤陰影の特徴として内部の透亮像,スピキュレーション,及び辺縁結節状を挙げている。 しかし,これらがあっても結核腫などの炎症性肺腫瘤であることは十分にあり得る。また,F医師のカルテの記載は,放射線科医師としての画像診断上の意見であり,一つの参考にすぎない。肺癌の確定診断は,画像診断以外に種々の検査を経たうえで行うべきである。 b 平成7年1月10日のCT画像上も肺野部の高分化型腺癌に特徴的な画像所見を認めなかったこと,血沈も正常であり,Bには何の症状もなかったことのほか,上記(イ)で述べた事情を考慮して肺癌の疑いを残しつつも陰影は陳旧化(不活動化)した結核腫と考えて当時の被告病院における肺癌の診断の一般的手順に従い経過観察とした。そして再度間違いがないか確認するため同年2月20日胸部単純X線写真撮影をし,被告病院での3か月,3か月,6か月,6か月という一般的な経過観察の間隔に従って同年7月の再診を指示したものである。 cBの経過観察により得られた上記所見からすれば,当時の被告病院で開胸肺生検が適応となるケースではなかった。また,再度の気管支鏡検査が必ず必要というものでもない。 被告病院では当時CTガイド下肺生検及び胸腔鏡検査は肺癌診断のためには未だ実施されていなかったため,平成7年1月あるいは同年2月の た。また,再度の気管支鏡検査が必ず必要というものでもない。 被告病院では当時CTガイド下肺生検及び胸腔鏡検査は肺癌診断のためには未だ実施されていなかったため,平成7年1月あるいは同年2月の時点で考えられる侵襲的検査は開胸肺生検であったが,平成6年当時,2センチメートル以下の肺野小型病変の画像診断で肺癌か非肺癌かを鑑別する確立した診断基準はなく,CT画像上いかなる所見が得られれば経過観察を経ずに侵襲的検査に踏み切るべきかという基準も存在しなかった。平成6年当時,被告病院では,①画像所見で肺野部末梢発生の腺癌に特徴的な所見を呈するもの,②経時的に増大傾向を認める症例に限って開胸肺生検を考慮していた。 本件の場合上記の要件に該当せず,被告Aに開胸肺生検を行うべき義務はなかった。Bにかかる前記のような種々の要素もあわせて考慮して結核腫の疑いが強いと判断したうえで万一肺癌の可能性を考えて経過観察を継続したものである。 本件において,Bの肺腫瘤を結核腫と疑う根拠が存在したこと,開胸肺生検の侵襲の度合いの大きさを考慮すれば,経過観察という処置は,現場の医師の裁量に属する事柄というべきである。 イ説明義務違反について被告Aの説明に不十分な点はない。被告AはB及び原告Cに対し,平成6年9月29日,CT画像上は肺癌,結核腫などが考えられたが,気管支鏡検査を行っても癌細胞は検出されず,肺癌よりも結核腫が考えられる旨を伝えた。被告Aは,被告病院の基準からすればBが開胸肺生検の適応となるケースではなかったことからこれについて説明しなかったが,このことが説明義務違反となることはない。確立した治療法のうちどの治療法を選択するかは医師の裁量の範囲内の問題であり,侵襲性の高い診療・検査方法と低い診療・検査方法の二つの選択肢があり,医師がよ ,このことが説明義務違反となることはない。確立した治療法のうちどの治療法を選択するかは医師の裁量の範囲内の問題であり,侵襲性の高い診療・検査方法と低い診療・検査方法の二つの選択肢があり,医師がより侵襲性の低い診療・検査方法を選択した場合,侵襲性の高い方法の存在やその内容について説明しなかったとしても説明義務違反は生じない。 (2) 因果関係(原告らの主張)予後の決め手は発見時期である。 平成7年1月の時点でリンパ節への転移はなく,遅くとも平成7年2月の時点で肺癌が発見され,直ちに縦隔郭清を含めた肺葉切除手術が行われていれば,Bの予後は良好でその5年生存率は80パーセントを超えていたはずであり,死亡することはなかった。 予後が悪いとされる野口分類のタイプDは低分化型腺癌とされているから中分化型腺癌であるBの癌はタイプDではないし,本件でタイプを特定することは不可能である。 (被告らの主張)Bの肺癌は,平成7年2月までの段階で既に転移していた可能性が高い。 平成7年2月以降,同年7月までの間に仮に肺癌と診断されていたとしてもBには同年1月か同年2月の時点では既に縦隔リンパ節に微小転移があったと推測される。また,その増大スピードは原発巣に比べてはるかに速いことから,Bの癌はかなり予後の悪い腺癌であり,野口分類でいえばタイプD以上であった。平成7年1月の時点で手術をしていてもBの予後は基本的に変わらなかったというべきである。 (3) 損害(原告らの主張)ア逸失利益原告ら各自につき4333万9788円Bの平成7年の給与所得は,695万1634円であった。34歳で死亡した者の就労可能年数は33年間,新ホフマン係数は19.183であり,Bの生活費控除割合は35パーセントが適当であるから,Bの死亡による 平成7年の給与所得は,695万1634円であった。34歳で死亡した者の就労可能年数は33年間,新ホフマン係数は19.183であり,Bの生活費控除割合は35パーセントが適当であるから,Bの死亡による逸失利益は8667万9576円である。原告らは,Bの逸失利益を2分の1の割合で4333万9788円ずつ相続した。 イ慰謝料原告ら各自につき1500万円ウ弁護士費用原告ら各自につき250万円第3 当裁判所の判断 1 事実経過第2の1の事実と証拠(甲15の1・2,16,24,乙1,2,3の1ないし3,4の1ないし4,5の1・2,6ないし8,9の1ないし4,10,11,12の1ないし5,13の1・2,25,26の1ないし4,32,証人G,同H,原告C,被告A,鑑定人Hの鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。ただし,乙25,32の記載及び被告Aの供述のうち以下の認定に沿わない部分は採用しない。 (1) Bは,平成2年3月に新潟大学理学部大学院博士課程を終了した後,平成4年4月に新潟大学理学部助手となった。Bの平成7年の給与所得は695万1634円であった(甲24)。 (2) Bは,新潟大学の職員となった平成4年4月から毎年職員健康診断を受けていた。Bは,平成5年7月16日に職員健康診断で撮影された胸部X線写真では異常なしとされたが,平成6年7月に行われた職員健康診断で胸部X線写真撮影検査を受けたところ,同年8月30日,検査の結果,左中肺野に結節影があるので精密検査が必要である旨の通知を受けた。Bは,癌の可能性を考え,専門の病院がいいと判断して被告病院を受診することにし,同年9月2日,被告病院内科外来を受診した。(争いがない,甲15の1・2,16,乙1)(3) 平成 旨の通知を受けた。Bは,癌の可能性を考え,専門の病院がいいと判断して被告病院を受診することにし,同年9月2日,被告病院内科外来を受診した。(争いがない,甲15の1・2,16,乙1)(3) 平成6年9月2日の初診時にはBには自覚症状は認められず,同日の胸部X線写真では左上肺野部に小さな肺野孤立性結節性陰影が認められ,肺癌や結核腫が疑われた。 胸部X線写真を読影した医師の診断及び所見は小腫瘤陰影あり,左肺腫瘍,左肺門リンパ節腫大なし,というものであり,被告Aは,初診時の診療録に「淡い結節影」と記載した。 被告Aは,同年9月2日,その他に上記陰影の鑑別のために,ツベルクリン反応検査,血液・血清・生化学検査,腫瘍マーカー(CEA,NSE,SCC)による検査を行い,同年9月14日の胸部CT検査を予約した。 上記検査のうち,ツベルクリン反応検査の結果は,発赤径が49ミリメートル×40ミリメートル,二重発赤径が23ミリメートル×18ミリメートルであり,強陽性と診断した。CEA,NSE,SCCの各腫瘍マーカー等その他の検査結果はいずれも異常なしであった。喀痰は出ないということで検査ができなかった。(甲16,乙1,3の1ないし3,25,被告A)(4) 平成6年9月14日,被告Aは銭型陰影としたうえで胸部CT検査を依頼した。その結果,F医師により,左肺上葉に約1センチメートル径の不整形陰影あり,辺縁やや結節状で内部に小透亮像あり,スピキュラもあり,周囲に変化なし,撮影されている範囲で他肺野に異常なし,左上葉に肺癌が疑われ,臨床的にはT1N0である旨の診断及び所見が示された。 被告Aは,同年9月19日,HRCTでは肺癌よりは結核腫を最も疑う,内部に石灰化ありか,とする診断をし,また,気管支鏡検査を行うこととした。(甲16,乙1,4の1ないし4)被告 見が示された。 被告Aは,同年9月19日,HRCTでは肺癌よりは結核腫を最も疑う,内部に石灰化ありか,とする診断をし,また,気管支鏡検査を行うこととした。(甲16,乙1,4の1ないし4)被告Aは,同年9月20日,気管支鏡検査を実施し,病巣と考えられた肺の左上葉の気管支分岐のB3a末梢から経気管支鏡的にX線TVを併用して末梢病巣擦過を試みた。G医師は同検査に立ち会い,モニター画面を見ていた。なお,病巣部位は不可視であった。被告Aは,結核腫の疑いがあるとしたうえで,念のため悪性細胞の有無の検査のためとして細胞診を依頼し,また,培養検査に提出した。細胞診の結果はクラスⅡであり強い炎症,悪性を示す所見はみられなかった。また,結核菌検査の培養成績,塗沫成績はいずれも陰性であった。(甲16,乙1,25,被告A,証人G)被告Aは,X線透視下で病巣部への到達を確認したこと,感触から病巣部にあたったと判断した(被告A)。 なお,気管支鏡検査実施前,被告A,G医師らは,Bの胸部X線写真及び同年9月14日に撮影したCT画像の読影を行った。被告A,G医師は,左肺上葉のS3の区域に約14×11ミリメートル程度の腫瘤があり,比較的はっきりした不整形陰影,辺縁やや結節状で内部に小透亮像あり,周囲に変化なしと読影したが,スピキュラがあるとは読影せず,当時肺野型腺癌で一番多いタイプとされた癌の特徴的所見(中心濃度が濃く,周りが淡いすりガラス状の陰影が表れる不均一な濃度,スピキュラ,胸膜陥入像)を認めなかった。また,CT画像上リンパ節に腫大はなく,異常は認められなかった。被告A,G医師らは,初診時のツベルクリン反応が強陽性であったことやBの年齢等を考慮するとBの左上肺野部の腫瘤影について癌,非癌両方考えられるが,癌(腫瘍)よりも炎症性の腫瘤(結核腫など)の疑いが 被告A,G医師らは,初診時のツベルクリン反応が強陽性であったことやBの年齢等を考慮するとBの左上肺野部の腫瘤影について癌,非癌両方考えられるが,癌(腫瘍)よりも炎症性の腫瘤(結核腫など)の疑いが強いとの見解に至った。 G医師は,CT画像上一部石灰化が疑われる所見があるとの認識があった(証人G)。 被告Aは,放射線科医であるF医師と診断が異なっていることについてF医師との協議は行わなかった。(乙25,32,証人G,証人H,被告A,鑑定)(5) 被告Aは,平成6年9月28日,Bについて結核腫の疑いとしたうえで胸部単純X線写真撮影を依頼したところ,I医師により同年9月2日に比べて腫瘤陰影が増大している旨の診断及び所見が示された。被告Aは,前回に比して陰影が増大している旨の診察をした。また,血液・血清・生化学検査,赤沈検査も行われた。 (乙1,乙5の1・2)被告Aは,気管支鏡検査の結果が出た後,同年9月29日までの間に再度G医師にCT画像,胸部X線写真を見てもらい検討をした。被告Aは,G医師と検討した結果,年齢が若いこと,ツベルクリン反応が強陽性であったこと,画像上は,癌・非癌両方考えられるが非癌である炎症性の腫瘤と考えても問題ないこと,病巣部拡大は病巣を擦過したためと考えられるところ,癌細胞が検出されていないことから,非癌の可能性が高いと考え,9割から9割5分は肺癌でないであろうと考え,経過観察とすることにした(乙32,証人G,被告A)。 なお,G医師は,Bの診察に関し,平成6年9月末に経過観察に移る直前まで関与していたが,同年10月以降はBのCT画像,胸部単純X線写真を見たことはなく,その診察に関与しなかった(証人G,被告A)。 (6) 平成6年9月29日,被告Aは,これまでの検査結果を聞くために被告病院を訪れたBと原告Cに対し,心 のCT画像,胸部単純X線写真を見たことはなく,その診察に関与しなかった(証人G,被告A)。 (6) 平成6年9月29日,被告Aは,これまでの検査結果を聞くために被告病院を訪れたBと原告Cに対し,心配はないこと,結核腫の疑いということで診断書を書いておいたこと,結核腫とは結核の残骸のようなものであり心配はないがとりあえず結核の薬を出しておくことを告げたが,肺癌の可能性,確定診断の方法についての言及はなく,上記判断に至った経緯についての説明も特になかった(甲16,原告C)。そして,被告Aは,Bに対し結核の治療を行いつつ経過観察を行うことにし,抗結核薬であるINH,RFP,薬剤の副作用予防のためのビタミン剤の投薬を行うことにして結核の治療を開始した(乙1)。 これに対して被告Aは,検査結果,被告病院内部でのCT画像の検討結果を説明し,肺癌とそうでないものと両方考えられるが癌細胞が検出されなかったこと,肺癌より結核等の炎症性肺腫瘤が考えられること,ツベルクリン反応が強陽性であるから抗結核薬で経過観察をさせて欲しい旨を話したと述べるが,上記認定した事実に照らし採用できない。 (7) 被告Aは,平成6年9月29日付の新潟市長あての結核医療費公費負担申請書において,結核腫疑い,X線写真の所見欄には「CTでは内部にわずかの石灰化あり」,今後6か月間INHとRFP内服予定と記載し,伝染病患者届出票には病名欄に結核,発病年月日欄に平成6年9月頃,決定月日欄に平成6年9月29日とそれぞれ記載した。また,被告Aは,同年9月28日,新潟大学理学部にあてた「病用御返事」において,結核腫疑い,念のため抗結核薬の内服を3か月ないし6か月実施する旨の記載をした。(乙1)(8) 当時被告病院では,癌か非癌かを確定するためにまず気管支鏡検査とX線透視下の経皮的肺生検を おいて,結核腫疑い,念のため抗結核薬の内服を3か月ないし6か月実施する旨の記載をした。(乙1)(8) 当時被告病院では,癌か非癌かを確定するためにまず気管支鏡検査とX線透視下の経皮的肺生検を行い,それによって確定診断が得られない症例では開胸肺生検を考慮していたが,気管支鏡検査で確実に病巣を擦過したと思われる場合は,経過観察とすることもあった。開胸肺生検は,侵襲の大きな手段であり,気管支鏡検査と経皮的肺生検で確定診断のつかない症例のうち,画像所見で肺野末梢発生の腺癌に特徴的な画像所見を呈するもの,あるいは経時的に増大傾向を認めるものに限って,開胸肺生検を考慮していた。当時は,画像診断の際には,高分化型腺癌に特徴的な所見(ノッチ,スピキュラ,気管支透亮像,腫瘤内濃度不均一,末梢収束像,胸膜陥入)が認められるかどうかをまず見ていた。なお,当時被告病院ではCTガイド下の経皮的肺生検は実施しておらず,胸腔鏡下の肺生検は当時肺野小型病変の確定診断の方法としては確立されていなかった。 経過観察を行う際には3か月ごとに胸部X線で病変を追跡し,拡大傾向があれば直ちにCT検査で確認し,増大が確認されれば気管支鏡検査あるいは経皮的肺生検を行い,3か月ごとの経過観察で6か月まで経過を見て,増大傾向がなくてもその後6か月ごとに1年半から2年は経過観察を行うこととしていたが,最終的な経過観察の方法は主治医の判断で決定していた。(乙32,証人G)(9) その後,被告Aは,平成6年10月12日,結核腫と診断したうえで胸部単純X線写真の撮影を依頼したところ,I医師により同年9月28日に比べて変化なしという診断及び所見結果が示された。また,血液・血清・生化学検査,赤沈検査も行われた。被告Aは,同年10月12日,結核腫疑い,自覚症状なし等の診断をした。(乙1 により同年9月28日に比べて変化なしという診断及び所見結果が示された。また,血液・血清・生化学検査,赤沈検査も行われた。被告Aは,同年10月12日,結核腫疑い,自覚症状なし等の診断をした。(乙1,6,被告A)(10) 被告Aは平成6年10月31日,結核腫の疑いとしたうえで胸部単純X線写真の撮影を依頼したところ,I医師により同年10月12日に比べて変化なしという診断及び所見結果が示され,被告Aは,縮小傾向と診断した。また血液・血清・生化学検査,赤沈検査も行われた。(乙1,7,被告A)(11) 被告Aは,平成6年11月28日,結核腫の疑いとしたうえで胸部単純X線写真の撮影を依頼したところ,J医師により同年10月31日に比べて著変ないが同年9月2日と比べて少し大きくなった感じがする旨の診断及び所見結果が示された。また,血液・血清・生化学検査が行われた。(乙1,8)(12) 被告Aは,平成6年12月の診察時に平成7年1月10日にCT検査を行い,その画像のチェックをすることにし,同年2月いっぱいで治療は中止とすることとした(乙1)。 (13) 被告Aは,平成7年1月10日に末梢の結節影,結核腫としたうえで胸部CT検査を依頼した。その結果,F医師により,腫瘤は平成6年9月14日と比べてやや増大している印象,辺縁結節状でスピキュラあり,内部に小透亮像あり,CT画像上は依然として肺癌が十分に疑われる,リンパ節腫大なし,胸水なし,撮影されている範囲で他肺野に異常なし,肺癌らしい,左上肺,との診断及び所見が示された。(乙1,9の1ないし4)被告Aは,左肺上葉のS3の区域に約15×12ミリメートル程度の辺縁結節状で内部に小透亮像がある腫瘤陰影があると読影し,性状は平成6年9月14日と比べると変化がないと判断した(乙25,被告A) 被告Aは,左肺上葉のS3の区域に約15×12ミリメートル程度の辺縁結節状で内部に小透亮像がある腫瘤陰影があると読影し,性状は平成6年9月14日と比べると変化がないと判断した(乙25,被告A)。 被告Aは,平成6年9月14日と比べて,腫瘤は,1ミリメートル程度大きくなっているものの,平成6年9月28日に気管支鏡検査で一度炎症が拡大し,それが縮小してきたと考えていたことから,実質的には腫瘤の大きさに変化がないものと判断し,平成7年1月23日の診察で,同年1月10日のHRCTでは石灰化不明,HRCT画像は変化なしとし,同年2月で治療を中止して6か月に1度の経過観察をすることにした。そして,胸部単純X線写真を撮影することとした。被告Aは,同年1月23日の診察でBに対し,同日出す薬30日分を飲みきって薬は終わりにすること,念のため半年後にまた見せてほしいこと,胸の陰もちょっと小さくなっているように思われることを告げた。(甲16,乙1,原告C,被告A)(14) 被告Aは,平成7年2月20日,結核腫としたうえで胸部単純X線写真の撮影を依頼し,その結果,I医師により平成6年11月28日と比べて変化なしとの診断及び所見が示された。被告Aは,陰影の推移を観察したが,平成6年9月14日のCT画像に比較して明らかな増大傾向がないと考えたこと,肺野末梢部発生の肺癌の典型的所見に乏しいことなどから陳旧性炎症の判断と矛盾しないと考え,結核に対する治療を中止して,6か月後の再診とすることにして経過観察をすることにした。そして,次回の診察の際,HRCT検査,胸部単純X線写真の撮影を予定し,Bに同年7月10日の再診を指示した。(甲16,乙1,10)なお,被告Aは,約6か月開けて経過観察とすることについて,G医師には相談しなかった(被告A)。 部単純X線写真の撮影を予定し,Bに同年7月10日の再診を指示した。(甲16,乙1,10)なお,被告Aは,約6か月開けて経過観察とすることについて,G医師には相談しなかった(被告A)。 平成6年9月から平成7年2月にかけての経過観察の間,Bの腫瘤の大きさはほぼ変わらず,また,リンパ節の腫大も認められなかった(証人H,鑑定)。 この点に関し,原告らは,E医師が平成6年9月から平成7年2月までに撮影された胸部単純X線写真に増大傾向を読みとっていることを根拠にし,また,平成6年9月14日に撮影されたヘリカルCTの画像と平成7年1月10日に撮影されたヘリカルCTの画像のそれぞれにおいて腫瘤の縦方向の大きさを計算し,両者を比較したうえで,腫瘤の増大傾向が認められると主張する。 しかし,原告の上記主張はH医師の証言及び鑑定の結果に照らして採用できないし,CT画像はもともと横断面での情報を得るための検査方法として予定されたものと認められることからすれば,CTの種類如何にかかわらず,CT画像から腫瘤の縦方向の大きさを計算して比較することは相当でない。 (15) Bは,平成7年7月10日の再診時,自覚症状はなかった。E医師は,異常陰影としたうえで胸部単純X線写真の撮影を依頼し,その結果I医師により,同年2月20日に比べて左肺野腫瘤影増大,左肺門腫瘤との診断及び所見が示された。また,E医師は,同年7月18日,異常陰影で経過観察としたうえで,胸部CT検査を依頼し,その結果,F医師により,同年1月10日に比し左肺上葉のS3aの腫瘤影明らかにやや増大し,スピキュラ,ノッチ著明化,小結節状陰影の出現,左肺内と左肺門縦隔リンパ節腫大出現,左肺癌,左上葉,臨床病期T1N2M1(肺内転移)との診断及び所見が示された。E医師は画像上銭形陰影 かにやや増大し,スピキュラ,ノッチ著明化,小結節状陰影の出現,左肺内と左肺門縦隔リンパ節腫大出現,左肺癌,左上葉,臨床病期T1N2M1(肺内転移)との診断及び所見が示された。E医師は画像上銭形陰影増大と診断し,気管支鏡検査をすることにし,さらに同年8月8日,銭形陰影増大,肺癌を最も疑うとしたうえで気管支鏡検査・細胞診を依頼し,細胞診の結果同年8月9日,腺癌を考えるとの報告がなされた。同年8月11日には,中分化型腺癌である旨の病理組織検査報告がなされた。(乙1,11,12の1ないし5)(16) E医師は,平成7年8月14日,Bに癌であること,手術はできるが左の片肺をすべて取らなければならないことを告げた。また,同年8月16日,Bの母と原告Cに病状の説明を行い,5年生存率は20パーセント,大血管と腫瘍が接しており手術できるかどうか難しいこと,CT検査の結果をみてから治療方法を選択すること等を説明した。(甲16,乙1)同年8月14日の胸部X線撮影では,同年2月20日に比べ左肺中野の結節影は増大,直径2センチメートル大,リンパ節の腫大あり,臨床的分類はT1N2である旨の診断及び所見が示された(乙1,13の1・2)。 また,同年8月16日のCT検査では腫瘤の大きさは同年7月18日に比べて変化がないが,リンパ節の腫大が著しい旨の診断及び所見が示された(乙1,26の1ないし4)。 (17) Bは,平成7年8月21日に被告病院に入院した。入院時Bの病期は,T1N2M0であり,化学療法を選択し,同年8月28日から抗癌剤であるシスプラチン,マイトマイシン,ビンデシンの三剤併用療法を開始した。 化学療法の3コース目が終了した段階で有効と判定し,同年11月20日から同年12月28日まで胸部放射線療法61Gyを追加した。(乙2)B イトマイシン,ビンデシンの三剤併用療法を開始した。 化学療法の3コース目が終了した段階で有効と判定し,同年11月20日から同年12月28日まで胸部放射線療法61Gyを追加した。(乙2)Bは,同年11月22日に被告病院を退院し,以後通院して上記の治療を受けた(争いがない)。 (18) Bは,平成8年1月中旬ころから右肩痛が出現し,同年1月26日,骨シンチで多発性骨転移が認められた。同年1月29日,E医師がBと家族に右肩,左肋骨,腰の骨に転移しており,4ないし6か月の余命であることを告げたところ,Bは,実家近くでの治療を希望して同年2月7日名古屋記念病院へ転院し,化学療法と放射線療法を受けた。(甲16,乙2)同年6月末,Bは名古屋記念病院を退院し,新生会第一病院へ通院していたが,同年9月10日町立木曽川病院へ入院し,同年10月8日意識不明となり,同年10月9日午前4時38分に同病院で死亡した(甲16)。 2 被告Aの責任について(1) 鑑定の結果によれば,平成6年9月14日のCT画像上(乙4の3・4),八つ頭状の形状,ノッチ,スピキュラ,部位によっては血管の収束像があり,肺癌を疑わせる異常陰影が認められる。 しかし,鑑定を行ったH医師の証言からすると,平成6年9月14日撮影のCT画像から肺癌の疑いを高めるような異常陰影を読影するのは困難であると認められ,被告AやG医師が肺癌を疑わせる形状があるという印象を受けなかったことが直ちに誤りであるということはできない。そして,平成6年9月に行われた各種検査の結果やBが若年であったこと等からすればこの時点で,被告Aが放射線科医の意見を踏まえたうえでもなお直ちに侵襲の大きい検査をせず,結核の治療を行いつつ経過観察としたことも一つの手段であったと考えられる。 (2)アもっ こと等からすればこの時点で,被告Aが放射線科医の意見を踏まえたうえでもなお直ちに侵襲の大きい検査をせず,結核の治療を行いつつ経過観察としたことも一つの手段であったと考えられる。 (2)アもっとも,平成6年9月20日の気管支鏡検査で結核菌も癌細胞も検出されなかったということは,Bの腫瘤の原因は特定できなかったということであり,経過観察は常に肺癌の可能性を念頭に置いて行うべきである。結核として治療を開始した後も注意深い観察が必要であることは文献(甲1の5)上も指摘されているところである。 そして,H医師の鑑定結果及び証言によれば,結核に関しては経過観察の期間は投薬から3か月が限度であり,それ以上陰影の縮小をみない場合には結核以外の疾患も考慮してさらなる検査をする必要があると認められる。 本件において,平成7年1月までの約3か月の経過をみると,Bの陰影の大きさが縮小した形跡はなく,抗結核薬の効果自体必ずしも明らかでなく,結局Bの腫瘤の原因は特定できていなかったということについては平成6年9月と変わることはない。したがって,Bの担当医師である被告Aは,遅くとも平成7年1月あるいは同年2月の時点では再度の気管支鏡検査をし,これにより確定診断がつかなかった場合には開胸肺生検等のより侵襲的な検査に踏み切るべき注意義務があったと認められる。 そして,被告病院では当時開胸肺生検は行われていたのであるから,これに踏み切らなかった被告Aには上記の診療上の注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。 イこの点被告Aは,当時開胸肺生検はほとんど行われていなかった旨供述する。 しかし,一定の条件に当てはまるものに限られているにせよ,被告病院において開胸肺生検が確定診断の手法として行われていたことは前記1(8)認定のとおりであり,この点の被告A いなかった旨供述する。 しかし,一定の条件に当てはまるものに限られているにせよ,被告病院において開胸肺生検が確定診断の手法として行われていたことは前記1(8)認定のとおりであり,この点の被告Aの供述を採用することはできない。 また,被告Aは,平成7年1月まで陰影の大きさに変化がなかったことから結核腫が陳旧化したものと考えさらに6か月様子をみることにした旨供述する。 たしかに,Bの腫瘤陰影の大きさは,平成6年9月から平成7年2月にかけてほとんど大きくなっていないし,関係文献によれば,肺癌の特徴とされているものは非癌病変にも認められる場合のあることが指摘されており,当時いかなるCT画像所見が見られれば経過観察期間を経ずに侵襲的検査に踏み切るべきかという基準は必ずしも確立されていない面もあったことがうかがわれ,また,無用の侵襲的検査を避けるべきという考え方自体は合理性を有するものである(乙16,22,30,41,45参照)。 そして,被告Aとして平成7年2月に至るまで6度の胸部X線写真撮影,2度のCT検査,数回の血液検査等を行うなど真摯に診察していたことがうかがわれ,さらなる経過観察としたことにもそれなりの理由を認めることができる。 しかし,Bの陰影は明確に大きくなってもいないが,小さくもなっておらず,平成6年10月以降抗結核薬の治療効果の確認がなされた形跡もなく,確定診断がついていないことは前記のとおりであるし,陰影の大きさに変化がないことが必ずしも肺癌の疑いを減少させる要素であるともいえず,一方で肺癌が疑われる場合は躊躇することなく開胸肺生検等の侵襲的検査に踏み切るべきであるとする文献も多数存在するところである(甲1の3・4・5・7,3の3,22,乙23,24参照)。 加えて被告病院は癌の専門機関 は躊躇することなく開胸肺生検等の侵襲的検査に踏み切るべきであるとする文献も多数存在するところである(甲1の3・4・5・7,3の3,22,乙23,24参照)。 加えて被告病院は癌の専門機関であること,Bは定期検診で胸の異常陰影を指摘され,癌かどうか発見するためにわざわざ癌の専門医療機関である被告病院を訪れ,この事情は被告Aも了知していたところであり,それに応じて医療水準に照らし相当と認められる精度において検査を行うべきと考えられること,放射線科医が2度にわたって肺癌を疑う旨の診断を行っていること,肺癌と結核の鑑別は100パーセントではないにしても衛星病巣,石灰化がひとつの重要なポイントである(甲1の2・4,乙22参照)と認められるところ,鑑定の結果によれば,平成6年9月14日のCT画像(乙4の3・4),平成7年1月10日のCT画像(乙9の4),平成6年9月2日(乙3の1),同年9月28日(乙5の1),平成7年2月20日(乙10)の胸部X線写真において石灰化を示す所見はなく,通常の結核腫特有のX線診断上の所見はないことからすれば,被告Aの判断にそれなりの理由があったことを考慮しても同被告の過失を否定することはできない。 もっとも,H医師は,鑑定あるいは証言において一方で結核の陰影と判断しても矛盾はなく,医学上誤りとはいえないとし,主治医が安定した結核と診断した場合には医師の裁量として経過観察とする選択肢があるとするが,H医師の鑑定あるいは証言の趣旨は本件に関してはさらに経過観察をするとしても1か月程度を念頭においたものと理解できるから,被告Aの過失を肯定した前記判断を左右するものではない。 (3) なお,前記1で認定したとおり,被告Aは,Bの診療にあたった期間を通じて,同人に肺癌の可能性やいくつかの検査方法の存在を きるから,被告Aの過失を肯定した前記判断を左右するものではない。 (3) なお,前記1で認定したとおり,被告Aは,Bの診療にあたった期間を通じて,同人に肺癌の可能性やいくつかの検査方法の存在を告げなかったことが認められる。 診療にあたる医師は,患者自身が治療方法を選択することが可能になるように疑われる病名や種々の検査方法の存在を患者に伝えるべきであり,通常いろいろな検査方法,選択肢の存在を伝えるべきことはH医師も指摘しているところである。 特に本件においてBが来院した経緯,同人が高い関心をもって積極的に受診していた様子がうかがわれること等を考慮すれば,被告Aとしては少なくとも疑われる病名と診断手順,検査方法を告げ,選択肢をBに与えるべきであり,担当医として説明が不十分であったことは否定できない。 3 被告新潟県の責任について被告新潟県の職員たる被告Aは被告新潟県とBとの診療契約について被告新潟県の履行補助者としての立場にあるから,前記のとおり被告AのBに対する診療について過失が認められる以上は,被告新潟県はBとの診療契約上の義務違反による債務不履行責任を免れないことになる。 4 被告Aの過失とBの死亡との因果関係について本件において,平成7年1月あるいは同年2月の時点でBの担当医師である被告AがBの腫瘤の原因の確定に至るまで再度の気管支鏡検査あるいはより侵襲的な開胸肺生検を行うべきであったことは前記のとおりであり,また,被告AがBに肺癌も疑われる病名の一つであること,検査方法を説明していれば,Bの来院経緯等からして,同人自身さらなる侵襲的な検査に前向きの姿勢を示していたであろうことが推認され,開胸肺生検を行っていれば肺癌の確定診断に至っていたものと推認できる。 そして,肺癌の予後はリンパ節への転移の有無が重 ,同人自身さらなる侵襲的な検査に前向きの姿勢を示していたであろうことが推認され,開胸肺生検を行っていれば肺癌の確定診断に至っていたものと推認できる。 そして,肺癌の予後はリンパ節への転移の有無が重要な要素であるところ,鑑定の結果及び関係文献によれば,肺癌についてリンパ節への転移がなければ5年生存率は70ないし80パーセント程度はあるが,一方で,リンパ節への転移があれば予後がかなり悪くなるとされている(乙42参照)。 また,腫瘍細胞の進展様式に着目したいわゆる野口分類では,タイプA,Bの5年生存率は100パーセント,タイプCの5年生存率は約75パーセントであるが,タイプD,E,Fは最も予後が悪く,タイプDの5年生存率は50パーセント程度とされている(甲3の4,乙31,34参照)。 本件において,Bには,平成6年9月14日撮影のCT画像上も平成7年1月10日撮影のCT画像上もリンパ節の腫大は認められず,H医師の鑑定結果及び証言によれば,平成7年2月時点でも病期は臨床的にはステージⅠA,T1N0M0(腫瘍径が3センチメートル以下で所属リンパ節への転移がなく,遠隔転移がない)であったことが認められる。 しかし,H医師は,一方で,平成7年1月にはリンパ節の腫大がなかったにもかかわらず,同年7月には明らかな腫大が認められることからすると平成7年1月の時点で既にリンパ節への微小転移はあったかもしれず,リンパ節への転移があれば統計的には5年生存率は30パーセント以下に下がる旨述べ,また,画像上からはBの癌は予後の悪いいわゆる野口分類にいうタイプD以上であった可能性も否定できない旨証言する。 そうすると,CT画像上はリンパ節への転移は明確でなく,また,野口分類のタイプDに該当するのは低分化型腺癌であるとされているのに平成7年8月の病理組織検査ではBの癌は 性も否定できない旨証言する。 そうすると,CT画像上はリンパ節への転移は明確でなく,また,野口分類のタイプDに該当するのは低分化型腺癌であるとされているのに平成7年8月の病理組織検査ではBの癌は中分化型腺癌と診断されているとはいえ,Bの肺癌が平成7年1月あるいは同年2月の段階でリンパ節へ転移していた可能性及び野口分類による予後の悪いタイプであった可能性を否定できないから,仮に平成7年1月あるいは同年2月の段階でBの癌が発見され,縦隔郭清を含めた肺葉切除手術が行われていたとしてもBがこれにより救命されたとはにわかに認め難いといわざるを得ない。 他方で,H医師の証言によっても肺癌を早期に発見して治療に努めればそれだけ患者の生存率が高まることが認められるのであるから,平成7年1月あるいは同年2月の段階でさらなる検査が行われ,Bの肺癌に対する治療が開始されていれば,Bは現実に死亡した平成8年10月9日よりは相当程度延命することができたものと認めるのが相当である。 5 損害について(1) Bの逸失利益本件において,Bが被告Aの過失(被告新潟県の債務不履行)により被った損害として延命期間中の逸失利益が考えられるが,上記4のとおり平成7年1月あるいは同年2月の段階でさらなる検査が行われ,Bの肺癌に対する治療が開始されていればBは現実に死亡した平成8年10月9日よりは相当程度延命することができたものと認めることができるものの,被告Aの過失がなくBが適切な検査,治療を受けていればどの程度延命できたのか,また,どの程度の就労が可能であったのかについては本件の全証拠によっても確定することができないから,Bの逸失利益の算定は不可能といわざるを得ず,この点は後記の慰謝料算定の一事情として考慮することとする。 (2) 慰謝料 件の全証拠によっても確定することができないから,Bの逸失利益の算定は不可能といわざるを得ず,この点は後記の慰謝料算定の一事情として考慮することとする。 (2) 慰謝料原告各自につき1800万円本件においては,前記のとおり,被告Aの過失(被告新潟県の債務不履行)がなければ,Bを救命できたとはにわかに認め難いものの,Bは現実に死亡した平成8年10月9日よりは相当程度延命することができたものと認めることができるから,Bの妻子である原告らにおいてBが延命の利益を失い,死期が早められたことにより精神的苦痛を受けたことは明らかであり,原告らが受けた精神的苦痛も被告Aの過失(被告新潟県の債務不履行)と相当因果関係にある損害というべきである。 そして,本件において前述したBの予後について重要な意味を持つBの肺癌が平成7年1月あるいは同年2月の段階でリンパ節へ転移していたかあるいは野口分類による予後の悪いタイプであったかの点については可能性に留まり,これを直接裏付ける明確な証拠はないこと,Bの年齢・職業・被告Aの過失の内容・診療経過等本件に現れた一切の事情を総合考慮して,原告らの精神的苦痛に対する慰謝料の額を原告各自につき1800万円と定めることとする。 (3) 弁護士費用原告各自につき150万円被告Aの過失(被告新潟県の債務不履行)と相当因果関係にある弁護士費用の損害としては,本件事案の性質,審理の経過,認容額等を考慮して原告各自につき150万円と定めるのが相当である。 6 まとめ以上のとおりであるから,被告Aは不法行為責任に基づく損害賠償金として,また,被告新潟県は債務不履行責任に基づく損害賠償金として,各原告らに対し各自金1950万円及びこれに対する被告AについてはBが死亡し とおりであるから,被告Aは不法行為責任に基づく損害賠償金として,また,被告新潟県は債務不履行責任に基づく損害賠償金として,各原告らに対し各自金1950万円及びこれに対する被告AについてはBが死亡した平成8年10月9日から,被告新潟県については同被告に対する訴状送達の日の翌日である平成10年1月29日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払義務があることになる。なお,被告Aの不法行為責任に基づく損害賠償債務と被告新潟県の債務不履行に基づく損害賠償債務とは不真正連帯債務の関係に立つものと解される。 7 結論よって,原告らの本訴請求は,被告らに対し前項記載の金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第6部裁判長裁判官氣賀澤耕一裁判官目代真理裁判官藤田敏は転補につき署名・押印できない。 裁判長裁判官氣賀澤耕一

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