主文 1 被告は,原告X1に対し金300万円,同X2に対し金150万円及び前記各金員に対する平成11年9月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告X1に対し金500万円,同X2に対し金500万円及び前記各金員に対する平成11年9月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要原告X1は,平成11年8月11日から,第1子の出産のために産婦人科医師である被告の診療を受けていたが,胎児は,同年9月21日,原告X1の胎内で死亡した。 本件は,胎児が死亡したのは,被告が,出産予定日の平成11年9月8日以降,胎児の発育・健康状態に関する確認を怠り,胎盤機能不全を原因とする非対称性子宮内胎児発育遅延を見落としたことに原因があるなどと主張して,胎児の両親である原告らが,被告に対し,診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づき,胎児死亡による慰謝料請求をしている事案である。 1 争いのない事実等(証拠等によって認定した事実は末尾に当該証拠等を掲記する。なお,以下の出来事は,特段の断りがない限り,すべて平成11年の出来事であるので,平成11年を省略する。)(1) 当事者ア原告X1(以下「X1」という)は,昭和45年6月4日生まれの女子で,出産のために被告の診察を受けていた者であり,原告X2(以下「X2」という)は,X1の夫である(以下,X1及びX2を併せて「原告ら」という)。 イ被告は,B産婦人科(以下「被告医院」という)という名称で に被告の診察を受けていた者であり,原告X2(以下「X2」という)は,X1の夫である(以下,X1及びX2を併せて「原告ら」という)。 イ被告は,B産婦人科(以下「被告医院」という)という名称で産婦人科医院を開業している産婦人科医師である。 (2) 被告による診察以前の事実経過の概要ア X1は,2月3日,訴外E病院産婦人科(以下「E病院」という)の医師F(以下「F医師」という)の診察を受け,胎児(以下「本件胎児」という)の頭殿長の数値などから,妊娠7週5日相当であるとの診断を受けた(甲3,14の1及び2)。 イ F医師は,2月16日,X1を診察し,X1の出産予定日は9月8日であると診断した(以下「本件出産予定日」という,甲6)。 ウ X1は,3月30日まで,E病院で診察を受けた後,身体の負担を軽くする目的で,原告らの自宅近くにある訴外Gクリニック(以下「Gクリニック」という)に転院し,同医院の医師H(以下「H医師」という)の診察を受けた。F医師が,Gクリニックに対し送付した3月30日付妊婦紹介状(甲16)には,X1について,胎盤の辺縁が内子宮口部にあり,今後,経過観察してほしいとの記載がある。 エ X1は,7月27日まで,Gクリニックで診察を受けた。H医師は,5月10日,F医師に対し,本件胎児の発育は良好であること,胎盤は内子宮口より離れてきておりしばらくこのまま経過観察すると報告している(甲15)。 (3) 本件出産予定日以前における被告の診察経過の概略ア X1は,初産であったことから,実家のある岡山市で出産することにした。そのため,H医師は,7月27日,被告に対し,紹介状により,X1を紹介した。前記紹介状には,X1のこれまでの経過として,「順調です。分娩よろしくお願い申しあげます」との記載がある(乙4【3頁】)。 イ被告は, 医師は,7月27日,被告に対し,紹介状により,X1を紹介した。前記紹介状には,X1のこれまでの経過として,「順調です。分娩よろしくお願い申しあげます」との記載がある(乙4【3頁】)。 イ被告は,8月11日,X1を診察し(以下「本件初診」という),その後,同月18日,同月25日,9月1日及び同月8日にも,X1を診察したが,その際の本件胎児の児頭大横径,X1の子宮底長,腹囲,体重,血圧等の各計測値は次の表のとおりである(乙4【2,5頁】)。 児頭大横径(㎝)子宮底長(㎝)腹囲(㎝)体重(㎏)8月11日(妊娠36週)8.7 81.5 8月18日(妊娠37週)8.77 83.5 8月25日(妊娠38週)8.9 9月1日(妊娠39週)9.0 56.59月8日(妊娠40週)9.1 56.5(注)子宮底長は安藤式による。 (4) 本件出産予定日以降の被告による診察経過の概略ア X1には,出産予定日の9月8日を過ぎても,明らかな陣痛が起きなかった。 そのため,被告は,9月8日,X1について,子宮頸管熟化不全の診断をし,9月8日,同月13日,同月16日の各診察時,X1に対し,子宮開大を誘発する子宮頚管熟化剤のマイリス(以下「マイリス」という)を各200㎎静脈注射した(乙4【1,5頁】,同5【2頁】,被告本人【6,45頁】)。 イ X1は,9月17日,被告に対し,陣痛があると伝えた。これに対し,被告は,X1に対し,陣痛の間隔が5分間になったら来院するように伝えたが,同女の陣痛は消失した(X1本人【6頁】)。 ウ被告は,9月18日,X1の自宅に電話連絡し,X1の様子を確認したところ,X1の父は,被告に対し,陣痛がなくなったと答えた(X1本人【7頁】)。 エ 同女の陣痛は消失した(X1本人【6頁】)。 ウ被告は,9月18日,X1の自宅に電話連絡し,X1の様子を確認したところ,X1の父は,被告に対し,陣痛がなくなったと答えた(X1本人【7頁】)。 エ X1は,9月21日午後4時ころ,陣痛が5分間隔になったため,被告医院に連絡したところ,被告から入院準備をするようにとの指示を受け,被告医院に行った(X1本人【8頁】,弁論の全趣旨)。 オ被告が,本件胎児の児心音を確認したところ,心臓の拍動が止まっていた。 さらに,超音波断層検査(妊娠中の胎児の生存を確認する方法として,超音波断層画像により,視覚的に子宮内の胎児像,心拍数を確認する方法)でも心拍停止が確認された。 カ X1は,直ちに,被告医院から訴外H病院(以下「H病院」という)に緊急搬送されたが,9月22日午前4時9分,同病院において,本件胎児を自然死産した(甲5)。 キ原告ら及びその家族の意向により,本件胎児に対する解剖は行われなかった(乙6【3頁】)。 2 争点(1) 本件胎児の死因(以下「本件死因」という)は何か。 【原告の主張】本件死因は,胎盤機能不全又は胎盤機能の不良・不全による非対称性子宮内胎児発育遅延(以下「非対称性発育遅延」という)によるものないしはその蓋然性が高い。 被告は,本件胎児の臍帯血管(以下,本件胎児の臍帯を「本件臍帯」といい,本件臍帯の血管を「本件臍帯血管」という)の一部が露出していたことを根拠に,本件死因を酸素欠乏と主張する。しかしながら,本件臍帯血管の一部に露出が認められることから直ちに酸素欠乏が本件死因であると断定することはできない。 【被告の主張】本件死因は,臍帯異常を前提とした突然の酸素欠乏と考えられ,本件胎児が発育遅延状態にあったことと本件胎児の死亡との間には直接の関連性がない。 すなわ あると断定することはできない。 【被告の主張】本件死因は,臍帯異常を前提とした突然の酸素欠乏と考えられ,本件胎児が発育遅延状態にあったことと本件胎児の死亡との間には直接の関連性がない。 すなわち,本件臍帯血管は,通常,ワルトン膠様質に包まれ,外部からの圧力から保護されている。ところが,本件臍帯は,臍帯中の血管が臍帯表面に露出,蛇行していた。そのために,陣痛開始に伴う子宮内圧の上昇により,本件臍帯血管が直接圧迫を受け,前記血管を通過する血液が減少し,酸素欠乏状態に陥り,本件胎児が死亡したものと推認することができる。 (2) 被告には,本件胎児の死亡に関し,注意義務違反が認められるか(被告の責任原因)。 【原告らの主張】被告は,本件胎児の出産に関する診療行為に際し,母胎及び胎児の健康,発育状態などに応じて,その都度,産婦人科開業医の一般的な診療水準に応じた適切かつ十分な診察を行うべき注意義務を負っていた。しかるに,被告は,次のとおり,前記注意義務を怠った。 ア胎盤機能不全,非対称性発育遅延に対する過失(ア) 被告は,遅くとも9月13日ないし同月16日には,X1が過期妊娠に陥るおそれと本件胎児の発育遅延の可能性について,医療水準に照らして,一応の疑いを持つことが可能であった。 (イ) ところが,被告は,本件出産予定日以降,本件胎児の全身の発育・健康状態を確認する必要があったにもかかわらず,超音波断層検査,ノンストレステスト(外界から何らストレスを加えない状態で,胎動に伴う胎児心拍の変動から胎児の状態を判定する方法,以下「NST」という)及び尿中エストリオール(胎児胎盤系で産生される代表的なホルモン,以下「E3」という)の測定などの必要な検査を全くせず,本件胎児の安全管理を怠った。 (ウ) 仮に,被告が,9月13日以降,本件 いう)及び尿中エストリオール(胎児胎盤系で産生される代表的なホルモン,以下「E3」という)の測定などの必要な検査を全くせず,本件胎児の安全管理を怠った。 (ウ) 仮に,被告が,9月13日以降,本件胎児の発育・健康状態に留意し,前記(イ)の各検査を実施していれば,本件胎児について,何らかの異常を発見し,死産率の高い妊娠42週に達する以前に出産の可能性を検討し,帝王切開による分娩を行うか,十分な検査設備の整った病院に転院させるなどの適切な処置を採ることが可能であった。 (エ) 以上のとおり,被告は,9月13日以降,漫然と陣痛開始による自然分娩を待つのみで,X1に対し,適切な検査及び診療を怠り,その結果,本件胎児を死産させたのであるから,被告は,本件胎児が死亡したことについて,原告らに対し,責任を負う。 イ酸素欠乏に対する過失(ア) 仮に,本件死因が,被告の主張するとおり,本件胎児の臍帯血管が一部露出していたことによる酸素欠乏であったとしても,被告が,9月13日から同月21日までの間に,前記ア(イ)記載の各検査等を実施していれば,子宮内圧の上昇による酸素欠乏を生じさせる陣痛を待つことなく,X1に対し,帝王切開による分娩を行い,無事に本件胎児を出産させることが可能であった。 (イ) したがって,本件胎児は,死亡を免れる蓋然性が十分にあったのであるから,被告は,本件胎児が死亡したことについて,原告らに対し,責任を負う。 ウ診察,検査及び測定義務の懈怠(ア) また,本件死因を特定することができないとしても,被告は,死産をもたらす可能性があるといわれるハイリスク時期に達しつつある妊娠41週6日まで,全く分娩の兆候が認められないX1に対し,前記ア及びイ記載のとおり,適切かつ十分な診療行為をせず,漫然と胎在処置を継続した。 (イ) 被告が,9月8 るハイリスク時期に達しつつある妊娠41週6日まで,全く分娩の兆候が認められないX1に対し,前記ア及びイ記載のとおり,適切かつ十分な診療行為をせず,漫然と胎在処置を継続した。 (イ) 被告が,9月8日から同月21日までの間に,前記ア(イ)及び同(ウ)記載の診療行為を行っていれば,本件胎児は死亡を免れた蓋然性が高い。よって,被告は,本件胎児が死亡したことについて,原告らに対し,責任を負う。 エ期待権の侵害(ア) 被告には,9月13日以降,X1に対し,適切かつ十分な検査及び治療を行うことが期待され,また,これを行うことが可能であった。しかるに,被告は,特段の事情がないのに,前記ア(イ)及び同(ウ)記載の診療行為を怠り,そのために本件胎児は死亡した。 (イ) したがって,原告らは,被告による診療行為の懈怠により,適切かつ十分な診察を受ける機会を奪われ,本件胎児が無事に出産することについての期待権を侵害された。 (ウ) よって,被告は,原告らの診療上の期待権を侵害したので,原告らに対し,責任を負う。 【被告の主張】ア胎盤機能不全,非対称性発育遅延に関する過失の主張に対し(ア) 本件死因は,臍帯異常による酸素欠乏と考えられ,本件胎児の死亡と胎盤機能不全,非対称性発育遅延との間には直接の関連性はない。 (イ) 本件胎児の児頭大横径は順調に伸びており,子宮底長も異常性を示すほどの低成長とはいえない。また,X1がGクリニックで診察を受けていた妊娠33週までは,何ら異常はなかったのであるから,被告において,子宮内胎児発育遅延を予見することは不可能であった。 (ウ) さらに,仮に,本件胎児が,子宮内胎児発育遅延の状態にあったとしても,被告がX1を診察したのが妊娠36週目以降という妊娠末期であったこと,本件胎児は非対称性発育遅延の状 とは不可能であった。 (ウ) さらに,仮に,本件胎児が,子宮内胎児発育遅延の状態にあったとしても,被告がX1を診察したのが妊娠36週目以降という妊娠末期であったこと,本件胎児は非対称性発育遅延の状態であったことに照らすと,当時の医療水準からすると,本件胎児を健康な状態で分娩させることは不可能であった。 イ酸素欠乏に関する過失の主張に対し本件胎児のように臍帯中央部の臍帯血管が露出することは極めて稀である。そして,臍帯血管の露出は,超音波断層検査,NST及びE3の測定では発見することができない。さらに,陣痛開始に伴う子宮内圧の上昇によりはじめて胎児に酸素欠乏状態が生じ,胎児仮死の危険が顕著になるのであるから,陣痛開始前に胎児や臍帯の異常性を予見することは不可能であった。 ウ診察,検査及び測定義務の懈怠並びに期待権侵害の各主張に対しいずれの主張も争う。 被告が,9月13日,同月16日,同月20日のX1に対する各診察において,それまで行っていた詳細な診察を行っていないことは認める。しかし,原告らが主張するような診察等をしたとしても,被告が,本件臍帯血管の異常を発見することは不可能であった。よって,被告には,本件診療行為について,注意義務の懈怠はない。 (3) 原告らが被った損害は幾らか。 【原告らの主張】原告らは,被告の過失により,初めての子供を失った。その精神的損害は少なくとも,それぞれ500万円を下らない。 【被告の主張】争う。 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(本件胎児の死因)について(1) 前記争いのない事実等及び証拠(甲5,6,9,10,乙3ないし6,7の1及び2,同8,9,X1本人,被告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア死産時の状況について(ア) X1は,妊娠42週 実等及び証拠(甲5,6,9,10,乙3ないし6,7の1及び2,同8,9,X1本人,被告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア死産時の状況について(ア) X1は,妊娠42週0日に当たる9月22日午前4時9分,H病院において,本件胎児を自然死産した。 (イ) 本件胎児は,死産時において,身長が48㎝,体重が2506gであった(甲5)。 (ウ) X1の羊水は,本件死産時,本件胎児の胎便で汚染され,黄色に混濁していた。また,本件胎児の身体にも胎便による黄染が顕著に見られた。胎児による胎便の排出は,子宮内における低酸素血症で胎児仮死が起きたときに見られる(乙6【2,3頁】,8,弁論の全趣旨)。 (エ) 本件胎児は,X1の子宮内で死亡しているが,本件胎児の身体には死後変化を示す浸軟が見られなかった。したがって,本件胎児は,死亡後,死産に至るまで長時間経過していないことが推認される(乙6【2頁】,弁論の全趣旨)。 (オ) 胎児の臍帯はその表面をワルトン膠様質で覆われ,内部には2本の臍動脈と1本の臍静脈が通っているが,死産時における本件臍帯は,その一部が細くなっており,臍帯動脈が分離・露出していた(乙6【2,3頁】,同7の1及び2,同8,9)。 イ医学的知見について(ア) 子宮内胎児発育遅延とは,胎児の出生時体重がそれに相当する妊娠週数の基準体重よりもはるかに低下している場合をいい,体重と身長の割合がとれている対称性子宮内胎児発育遅延(symmetricalIUGR,以下「対称性発育遅延」という)と体重のみ障害され皮下脂肪の少ないやせたタイプの非対称性胎児発育遅延(asymmetricalIUGR,以下「非対称性発育遅延」という)とに分けられる(甲9【199頁】,甲10【89頁】)。 (イ) 非対称性発育遅延の大部分は胎 やせたタイプの非対称性胎児発育遅延(asymmetricalIUGR,以下「非対称性発育遅延」という)とに分けられる(甲9【199頁】,甲10【89頁】)。 (イ) 非対称性発育遅延の大部分は胎盤機能不全が原因で発生する(甲10【89頁】,甲11【267頁】)。 (ウ) 胎盤機能不全とは,胎盤の機能不全により胎児に低栄養・低酸素状態が続いた状態をいい,子宮内胎児発育遅延のほか,胎児仮死,子宮内胎児死亡などを認めることが多く,非対称性発育遅延の発生原因としては,母体因子,臍帯因子,胎盤因子,胎児因子に大別できるが,臍帯因子としては卵膜付着,辺縁付着などの臍帯付着部異常が挙げられる。また,胎盤因子としては周郭胎盤,過小胎盤などの胎盤形成異常が挙げられている(甲10【89頁】,12【114,115頁】,弁論の全趣旨)。 (エ) 陣痛開始時には子宮内圧が上昇し,臍帯を圧迫する(乙8,弁論の全趣旨)。 (2) 前記認定事実から,本件胎児の死因を検討する。 ア前記(1)ア(イ)によれば,本件胎児の死産時の体重は2506gである。他方,本件胎児の9月8日時点の児頭大横径の計測値は9.1㎝であり,この児頭大横径の数値から推定される本件胎児の平均体重は2900gである(甲10【91頁】,乙3)。 そうだとすると,本件胎児は,死産時において,非対称性発育遅延の状態であったと認めるのが相当であり,この点は,被告も本人尋問の中で認めるところである(被告本人尋問調書【27,28頁】)。 イ X1の羊水は,本件死産時,本件胎児の胎便で汚染されていたこと,このような状態は子宮内における低酸素血症の際見られること,非対称性発育遅延の大部分は胎盤機能不全が原因であること,胎盤機能不全とは胎児に低栄養・低酸素状態が続いた状態をいうこと,これらの事実に死産時における本 態は子宮内における低酸素血症の際見られること,非対称性発育遅延の大部分は胎盤機能不全が原因であること,胎盤機能不全とは胎児に低栄養・低酸素状態が続いた状態をいうこと,これらの事実に死産時における本件臍帯の動脈部分が分離・露出していたことを併せ考慮すると,本件胎児の死亡のメカニズムは次のように推認することができる。 すなわち,本件胎児は,胎盤機能不全のため十分な酸素と栄養が得られず成長が停止し,低栄養・低酸素状態が続き,非対称性発育遅延に陥っていた。これに加え,本件臍帯血管の一部が露出していたために,陣痛時,子宮内圧の上昇により,前記血管が圧迫され,更なる低酸素状態に陥り,死亡するに至ったと推認するのが相当であり,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 2 争点(2)(被告の責任原因の有無)について(1) 予見可能性の有無ア前記1で認定したとおり,本件胎児の死因は,胎盤機能不全により低栄養・低酸素障害のため非対称性発育遅延に陥っていたことに加え,陣痛時における子宮内圧の上昇により臍帯血管が圧迫され更なる低酸素血症状態になったことにある。ところで,被告の責任が認められるためには,まず第1に,被告において,本件胎児の死因である胎盤機能不全ないし非対称性発育遅延を予見することができたか否かという点が問題となる。この点に関し,原告は予見可能性があったと主張し,被告はこれを否定するので,以下,この点について判断する。 イ医学的知見(ア) 子宮内胎児発育遅延については,子宮底長が妊娠週数と比べて著しく低いほかは特別の所見はないため,超音波断層検査により,児頭大横径,大腿骨長,腹部断面積から児体重を推定し,診断するとされている。また,胎児・胎盤機能検査としては,E3測定があるとされている(甲12【116,117頁】)。 (イ) 子宮底長 査により,児頭大横径,大腿骨長,腹部断面積から児体重を推定し,診断するとされている。また,胎児・胎盤機能検査としては,E3測定があるとされている(甲12【116,117頁】)。 (イ) 子宮底長の測定方法としては,安藤式と今井式があり,安藤式が一般に用いられている。安藤式は膝を曲げ子宮底の最高部位を触知し,皮膚上に印を付け,次に膝を伸ばした状態で,恥骨結合上線から,子宮底の到達し得る最高点(先ほどの印の所)までの距離を計測する方法である(乙2【122ないし124頁】)。子宮底長の計測は,胎児の発育状態を判定する方法として,実地臨床面で最も簡単に実施されており,かつ,信頼性が高いとされている(甲10【90頁】)。ところで,安藤式による子宮底長は,妊娠36週で31㎝,40週で35㎝が平均であるとされている(乙2【122頁】)。 (ウ) 子宮底長が,標準曲線上の数値と比べて明らかに2ないし3㎝以上短い場合は胎盤機能不全を疑う必要がある。具体的には,子宮底長の測定値が,妊娠30週で26㎝未満,同32週で28㎝未満の場合には胎盤機能不全を疑うべきであるとされている(甲10【90頁】)。 (エ) 超音波断層検査では,児頭大横径などを測定し,児体重を推定する。児頭大横径の計測値が,妊娠28週で7㎝未満,同30週で7.5㎝未満,同32週で8.0㎝未満の場合には胎盤機能不全を疑うべきであるとされている(甲10【90頁】)。 (オ) ところで,子宮内胎児発育遅延のうち,非対称性発育遅延は,妊娠中期から妊娠後半期(28ないし29週以降)に発症するとされている(甲9【199頁】,甲12【114頁】)。 (カ) 児頭大横径による胎児発育状態の評価は,遅くとも30週ごろまでは比較的信頼しうるが,それ以降は児頭大横径の発育が緩慢となるため,その評価には限界がある。 頁】,甲12【114頁】)。 (カ) 児頭大横径による胎児発育状態の評価は,遅くとも30週ごろまでは比較的信頼しうるが,それ以降は児頭大横径の発育が緩慢となるため,その評価には限界がある。ことに,36週以降では1週当たり児頭大横径の増大は1.2㎜程度しかなく,児頭大横径の測定値だけで妊娠末期の胎児の発育を評価することはいささか無理があるといわれている(甲13【459頁】)。 ウ本件胎児の発育状況等(ア) 前記争いのない事実等(3)イによれば,被告は,X1を,8月11日,同月18日,同月25日,9月1日,同月8日にそれぞれ診察しているが,その際の児頭大横径,子宮底長(安藤式による),腹囲,体重の各測定値は,争いのない事実等(3)イの表記載のとおりである。 (イ) 証拠(X1本人【3頁】)によれば,被告は,9月8日の超音波断層検査の際,本件胎児が成長していないことを疑い再検査をした。 (ウ) 証拠(甲33,35,36)及び弁論の全趣旨によれば,X1は,平成12年12月25日,第2子を出産しているところ,第2子については,妊娠32週に子宮内胎児発育遅延と診断されたが,妊娠33週1日に子宮内胎児発育遅延の管理を目的とした治療を受けることにより,無事出産していることが認められる。 エ以上の医学的知見及び本件胎児の発育状況を前提に,被告において本件胎児の胎盤機能不全ないし非対称性発育遅延を予見することができたか否かを判断する。 なるほど,本件胎児の児頭大横径の測定値をみる限り,本件胎児の胎盤機能不全等の異常を予見することは困難といえよう。しかし,妊娠30週以降の妊娠後期においては,児頭大横径の数値のみを重視することはできないとされており(前記イ(オ)),ことに本件胎児が陥っていた非対称性発育遅延では,頭蓋は正常で体重に異常がある性質のも 妊娠30週以降の妊娠後期においては,児頭大横径の数値のみを重視することはできないとされており(前記イ(オ)),ことに本件胎児が陥っていた非対称性発育遅延では,頭蓋は正常で体重に異常がある性質のものであることに鑑みれば,胎児の発育状況を判定するためには,児頭大横径の数値のみでなく,子宮底長の長さ等をも併せて判定するのが相当であると解される。 これを本件についてみるに,安藤式による子宮底長は,妊娠36週で31㎝,40週で35㎝が平均であるところ,X1の子宮底長は妊娠36週で27㎝,37週で25㎝,38週で25㎝,39週で28㎝,40週で28㎝と安藤式による子宮底長の数値を大きく下回っていた。子宮底長が平均値より2ないし3㎝以上短い場合は胎盤機能不全を疑う必要があるとされていること(前記イ(ウ))に照らすと,被告は,遅くとも9月8日(X1の妊娠40週)の時点では,本件胎児の胎盤機能不全ないしこれによる非対称性発育遅延を予見することができたというべきである。 また,証拠(甲12【116頁】,同36,X1本人【3頁】)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,9月8日の超音波断層検査の際,本件胎児が成長していないことを疑い再検査をしており,超音波断層検査では,児頭大横径等の数値から本件胎児の成長曲線が情報化され,被告は本件胎児の成長曲線が下がっていることを容易に認識し得たことも,被告が,9月8日の時点で,本件胎児の異常を予見することが可能であったとの認定を裏付けるものといえる。 (2) 結果回避可能性の有無ア前記1で認定したとおり,被告は,遅くとも9月8日の時点では,本件胎児の胎盤機能不全ないしこれによる非対称性発育遅延を予見することができた。 しかし,被告の責任を肯定するためには,予見可能性があるだけでは足りず,被告が,9月8日の時点で,本件胎 日の時点では,本件胎児の胎盤機能不全ないしこれによる非対称性発育遅延を予見することができた。 しかし,被告の責任を肯定するためには,予見可能性があるだけでは足りず,被告が,9月8日の時点で,本件胎児の胎盤機能不全ないしはこれによる非対称性発育遅延を知ったなら,適切な治療を施すことにより,本件胎児の子宮内胎児死亡という結果を回避することができた,換言すれば,結果回避可能性が認められてはじめて,被告の責任が肯定されると解するのが相当である。よって,以下,結果回避可能性の有無について検討を進めることにする。 イ前記争いのない事実等及び証拠(甲9,11,12)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (ア) 子宮内胎児発育遅延に陥った胎児は,妊娠中から子宮内胎児死亡,胎児仮死になる例が多く,分娩時も胎児死亡や頭蓋内出血が見られ,新生児脳障害,低体重,低血糖を起こしやすい。また,出生児の器官,組織の発達遅延のために,様々な障害を起こし,長期的なハンディキャップを残す可能性もある(甲9【199頁】,同12【118頁】)。 (イ) 他方,子宮内胎児発育遅延のうち,染色体や感染症による早期発症型である対称性発育遅延の予後は不良であることが多いが,非対称性発育遅延については,超音波断層検査の著しい進歩により,子宮内胎児発育遅延の確定診断率が高くなり,胎児治療も積極的に行われるようになりつつある。そして,胎児仮死及び新生児仮死の発症,重症化を予防することにより,ある程度,出生児の予後を改善することが可能になってきている(甲9【199頁】,同12【118頁】,弁論の全趣旨)。 (ウ) 非対称性発育遅延の治療方法としては,臥床安静とし,良質の蛋白質の多い食事をとらせ,10パーセントマルトース輸液,アミノ酸輸液を行う方法や,胎盤賦活剤で胎盤の血流を 8頁】,弁論の全趣旨)。 (ウ) 非対称性発育遅延の治療方法としては,臥床安静とし,良質の蛋白質の多い食事をとらせ,10パーセントマルトース輸液,アミノ酸輸液を行う方法や,胎盤賦活剤で胎盤の血流を改善するといわれるソルコセリルの投与も試みられている。また,子宮収縮を抑制することにより胎盤血流量を増加させるβ2刺激剤の投与も有効であるとされている。このような母体療法を行っても胎児仮死の改善が見られない場合は,急速遂娩を行い,子宮外治療に切り替えるのが相当であるとされている(甲9【200頁】,甲11【234頁】)。 ウ以上によれば,胎盤機能不全による非対称性発育遅延に陥った胎児の予後は,一般に良好とはいえないものの,対称性発育遅延の場合と異なり,子宮内胎児死亡が必至であるとまでは認められず,前記1で認定したとおり,本件胎児が子宮内で死亡した主要な原因の一つは,陣痛による子宮内圧の上昇により,露出した臍帯血管が圧迫され,低酸素状態が悪化したことにあると推認できるから,本件において,被告が,X1に対し,NSTやE3の測定を継続的に行うとともに,胎児仮死の状態が疑われるときには,帝王切開などの急速遂娩を行い,子宮外治療に切り替えていれば,子宮内胎児死亡という結果を回避できた蓋然性は高いものと認められる。加えて,証拠(甲36,42,47)及び弁論の全趣旨によれば,X1は,第2子の出産に当たって,妊娠32週3日に子宮内胎児発育遅延と診断されているが,妊娠33週1日に子宮内胎児発育遅延の管理を目的として入院し,治療を受けることにより,第2子を無事出産しており,第2子と本件胎児の体重を比較すると,本件胎児が上回っており,本件胎児の方が成熟していたものと推認でき,適切な治療を実施していれば,第2子と同様に救命できた蓋然性は高いと認められる。 エよっ おり,第2子と本件胎児の体重を比較すると,本件胎児が上回っており,本件胎児の方が成熟していたものと推認でき,適切な治療を実施していれば,第2子と同様に救命できた蓋然性は高いと認められる。 エよって,本件では,被告がX1及び本件胎児に対し適切な治療を行うことにより,本件胎児が子宮内で死亡するとの結果を回避することが可能であったものと認められ,これを覆すに足りる証拠は存在しない。 (3) 注意義務違反の有無ア被告の注意義務被告は産婦人科医としてX1の診療に当たっていた者であるところ,前記(1),(2)で判断したとおり,遅くとも9月8日の時点で胎盤機能不全ないしはこれによる非対称性発育遅延を予見することができ,しかも,適切な治療を施すことにより,本件胎児の子宮内死亡という結果を回避することができた。そのような地位にあった被告としては,胎盤機能不全,非対称性発育遅延の経過観察のために,9月8日以降,本件胎児の発育状態及び成熟度を慎重に確認し,適切な治療方法を採るべき注意義務を負っていたというべきである。具体的には,妊婦管理の目的で,診察のたびに毎回実施する尿検査,血圧及び体重測定,子宮底長,児頭大横径及び腹囲の計測,浮腫の有無の確認のほかに,NST,E3測定を行い,胎盤機能の異常の有無を確認すべき義務を負っていた。そして,胎児機能の異常(非対称性発育遅延)に対処するため,妊婦に対し,臥床安静,良質の蛋白質の多い食事をとらせるなどの母胎療法を行い,これを行っても改善がみられない場合は,帝王切開などの急速遂娩を行い,子宮外治療に切り替える等の治療法を採るべき注意義務を負っていたというべきである。 イ被告の注意義務違反そこで,被告に,上記アの注意義務違反があるか否かについて検討する。 証拠(甲11,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次 療法を採るべき注意義務を負っていたというべきである。 イ被告の注意義務違反そこで,被告に,上記アの注意義務違反があるか否かについて検討する。 証拠(甲11,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 被告は,本件出産予定日以降,9月13日,16日及び20日,X1に対し,子宮口を開大させるためにマイリスを注射し,ドップラーで児心音を確認したほかは,出産予定日を過ぎた妊婦管理のために最小限行うべきと被告自身も認識している子宮底長及び超音波断層検査さえ怠っていることが認められる。 加えて,証拠(被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告医院にはNSTの機械があり,被告も入院中の妊婦に対してはNSTを実施していること,被告自身,以前は,E3の測定をしており,NST及びE3の測定が胎児機能の診断に有用であることを認識していたこと(被告本人【21頁】)が認められる。ところが,被告は,E3の測定を行うどころか,E3の測定の障害となる(甲11【235頁】)マイリスの投与を漫然と継続している。しかも,被告は,X1に対し,非対称性発育遅延に対する検査,治療は何一つとして行っていない。 以上によれば,被告が上記アで述べた注意義務に違反していることは明らかである。 (4) 小括以上のとおり,予見可能性,結果回避可能性,注意義務違反の認められる本件にあっては,被告は,原告らに対し,本件胎児の死亡について,診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づき,原告らの被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。 3 争点(3)(原告らの損害額)について本件は,被告による不適切な診療行為により,胎児が,X1の胎内で死亡したものである。本件胎児は,原告らにとって,初めての子供であり,本件は,出産直前の死亡であるから,X2は父親として,X1は母親 本件は,被告による不適切な診療行為により,胎児が,X1の胎内で死亡したものである。本件胎児は,原告らにとって,初めての子供であり,本件は,出産直前の死亡であるから,X2は父親として,X1は母親として,本件胎児の出産に対する期待が高まっていた状態にあるものと推認できる。そうだとすると,本件胎児の死亡は,新生児が死亡した場合にも比肩する精神的損害を被ったものと認定するのが相当である。さらに,妊婦であるX1は,妊娠,分娩における苦労や苦痛があったことに鑑みれば,その被った精神的苦痛は,X2の被った精神的苦痛と比べて大きいものと認めるのが相当である。そして,被告の注意義務違反の態様・程度その他,本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,原告らに対する慰謝料の額は,X1につき300万円,X2につき150万円が相当であると認めるのが相当であり,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 第4 結論よって,原告らの請求は,X1に対し300万円,X2に対し150万円及び前記各金員に対する本件胎児の死産の日の翌日である平成11年9月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することにする。なお,仮執行免脱の宣言については,本件事案の性質上相当でないので,これを付さないこととする。 東京地方裁判所民事第36部裁判長裁判官難波孝一裁判官足立正佳裁判官富澤賢一郎 足立正佳裁判官 富澤賢一郎
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