平成16年10月27日判決言渡平成14年(ワ)第27819号損害賠償請求事件判決 主文 1 被告は、原告らに対し、それぞれ金890万円及びこれに対する平成13年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は、これを5分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は、原告らに対し、それぞれ金6218万7316円及びこれに対する平成13年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は、平成10年から被告の開設するAクリニック(以下「被告クリニック」という。)に通院していた亡Bにつき、被告クリニックの職員が平成13年1月13日に千葉県東金市のC病院へと搬送する際に、不適切な処置等を行ったために搬送中に容態が急変し、死亡するに至ったとして、亡Bの両親である原告らが、不法行為に基づき、損害賠償を請求している事案である。 1 争いのない事実等(1)ア亡Bは、昭和44年生の女性であり、仙台市内の看護学校を卒業後、東京都内で看護師として働きつつ、大学に通うなどして一人暮らしをしていたが、平成8年ころから精神的に変調を来し、平成9年7月には看護師を辞め、平成10年11月2日から被告クリニックの診察を受けるようになり、被告クリニックへ通院したり、被告の往診を受けるなどして被告からカウンセリングや投薬治療等を受けていた(争いのない事実、 看護師を辞め、平成10年11月2日から被告クリニックの診察を受けるようになり、被告クリニックへ通院したり、被告の往診を受けるなどして被告からカウンセリングや投薬治療等を受けていた(争いのない事実、乙A1)。 イ原告Dは亡Bの父親であり、原告Eは亡Bの母親である(争いのない事実)。 ウ被告は、昭和62年にF大学医学部を卒業後、医師免許を取得し、千葉県及び東京都内の病院の精神科の非常勤医師、東京都内の病院の精神科の常勤医師を経た後、平成9年に東京都杉並区において、精神科を専門とする被告クリニックを開設し、医業に従事している(甲B16)。 エ G及びHは、平成13年1月当時、いずれも被告クリニックの職員であり、Gは看護学校の学生であった(乙B18)。 (2) 被告は、亡Bにつき、入院が必要であると考え、平成13年1月13日、原告Eへ連絡した後、亡Bのアパートに赴き、亡Bに対して入院させる旨告げたところ、亡Bが抵抗し、自傷行為に及んだので、亡Bの口内にティッシュペーパー6枚を入れ、さらにタオルで猿轡を噛ませた上、手足を縛り、鎮静作用を有する薬剤等を注射して入眠させた上、自動車の後部座席に寝かせ、GとHに指示して、千葉県東金市にあるC病院まで高速道路を通って搬送させた(以下「本件搬送」という。)。 ところが、搬送中に亡Bの身体状態が悪化し、同日午前9時30分にC病院へ到着した時には既に心肺停止状態であり、直ちに蘇生措置が行われたが、同日10時10分、死亡が確認された(争いのない事実、甲A1)。 2 争点(1) 本件搬送における被告の過失の有無等(2) 損害 3 争点についての当事者の主張(1) 争点(1)(本件搬送における被告の過失の有無等)について(原告らの (1) 本件搬送における被告の過失の有無等(2) 損害 3 争点についての当事者の主張(1) 争点(1)(本件搬送における被告の過失の有無等)について(原告らの主張)ア亡Bの死因について(ア) 亡Bの死因は窒息死である。 本件においては、①死体検案書の死亡原因の直接死因の欄には「窒息の疑い」と記載されていること、②司法警察員作成の死体見分調書に「右上眼瞼結膜下に針頭大の溢血点3個を認め、下眼瞼結膜下に溢血班を認める。左下眼瞼結膜下に針先大の溢血点1個、針頭大の溢血点1個を認める。右眼球結膜に針先大2個、針頭大4個の溢血点、左眼球結膜に針頭大の溢血点を認める」との記載があるところ、眼瞼結膜、眼球結膜に現れる溢血点は窒息死における重要な外表上の一般所見の一つであること、③司法警察員作成の死体解剖鑑定立会い結果報告書の死因説明欄に「左右上下眼瞼結膜は鬱血状を呈し、溢血点が広く発現している」「心臓内には暗赤色流動性血液を入れている」「心臓、肺の表面には溢血点の発現が認められる」「各臓器は鬱血状を呈している」との記載があるから、亡Bの死体は、窒息死体の三大主徴である暗赤色流動性の血液、粘膜の溢血点、内臓の鬱血を全て満たしていること、④本件刑事事件における各証言においても死因は窒息死であるとされていることなどの事実に照らせば、亡Bの死因は窒息死であったといえる。 被告は、ティッシュペーパーが気道を圧迫していれば、亡Bがもがき苦しんだはずであると主張するが、亡Bは手足を縛られ、口腔内にはティッシュペーパーを詰め込まれた上にガムテープで口を塞がれ、中枢神経を抑圧する鎮静剤であるホリゾン、セレネース等を注射されていたのであるから、もがくこと自体が不可能であ Bは手足を縛られ、口腔内にはティッシュペーパーを詰め込まれた上にガムテープで口を塞がれ、中枢神経を抑圧する鎮静剤であるホリゾン、セレネース等を注射されていたのであるから、もがくこと自体が不可能であった。また、被告がティッシュペーパーを亡Bの口腔内に入れた理由は、亡Bが舌を噛むなどして自殺を試みるのを防止するためであったから、ティッシュペーパーは舌の動きを抑制できるだけの多量であった。そうであるとすれば、仮にティッシュペーパーが咽頭部分に達していなくても、舌を強力に圧迫し、舌根によって気道が閉塞されたことも十分考えられる。 なお、仮にティッシュペーパーが口腔を完全に閉塞していなくても、窒息で死亡することは十分あり得る。すなわち、窒息とは、呼吸が障害されて酸素の摂取と炭酸ガスの排出が阻害された状態をいい、窒息の原因としては、気道閉塞、呼吸運動障害及び低酸素環境の3つに大別されるから、完全に気道が閉塞されていなくても、呼吸運動が障害され、また酸素環境が悪ければ、窒息が生ずる。 本件においても、亡Bは、口を完全に塞がれ、さらに口腔内に多量のティッシュペーパーを詰め込まれており、気道の状態は仮に閉塞していなくても、著しく悪化していた。これに加え、本件搬送前に注射された薬剤により呼吸器の機能が低下しておりその調節機能は悪化していた(後記エ参照)。さらに身体を拘束され、かつ薬剤によって意識が喪失しており、回避行動が出来なかった。 このような状態下であれば、仮に気道が完全に閉塞されていなくても、一部分が閉塞されたことから、徐々に酸素状態が悪化して呼吸停止に至るということは十分あり得ることである。 (イ) 自殺の可能性はないこと亡Bは、本件搬送前日や当日、自殺企図を被告その たことから、徐々に酸素状態が悪化して呼吸停止に至るということは十分あり得ることである。 (イ) 自殺の可能性はないこと亡Bは、本件搬送前日や当日、自殺企図を被告その他に述べたことはなく、またそのようなことをほのめかす遺書もない。 被告は、本件搬送当日、亡Bが舌を噛もうとしたと主張するが、亡Bの口角から血が出ていたからといって舌を噛んだとは断定できず、さらに、仮に舌を噛んだとしても、そのことから直ちに自殺を図ったものということはできない。 また、亡Bの部屋にトリプタノールの薬袋が残っていたとしても、そもそも亡Bがそれを飲んだのかどうか、飲んだとしてもいつどれくらい飲んだのかなどは全く不明である。 したがって、本件において亡Bが自殺した可能性は存しない。 (ウ) トルサード・ド・ポアントの可能性もないことトルサード・ド・ポアントは、多形性心室頻拍を指すが、死亡前後の亡Bの心電図等が一切ない以上、トルサード・ド・ポアントが起こったという具体的証拠は存しない。また、トルサード・ド・ポアント自体稀な症状であり、これが本件でたまたま発生したと考えるのは不合理である。 被告は、亡Bの死因が窒息ではないということを大前提とした上で、トリプタノールの大量服用の副作用として心室細動が起こり得ると主張するが、仮定に仮定を積み重ねるものであって、憶測の域を出ない。 イ被告の過失被告には以下の過失がある。 すなわち、被告は、①亡Bが平成13年1月13日当時、病状が悪化し、心身ともに衰弱している状態であったにもかかわらず、②亡BをC病院へ搬送するため、亡Bに対し、本件搬送前にショック、気道閉 すなわち、被告は、①亡Bが平成13年1月13日当時、病状が悪化し、心身ともに衰弱している状態であったにもかかわらず、②亡BをC病院へ搬送するため、亡Bに対し、本件搬送前にショック、気道閉塞、呼吸抑制等の重大な副作用を伴う薬品を注射し、③手足を紐で縛るなど抑制を施した上、口腔内にティッシュペーパー数枚とタオルを入れてその上にガムテープを貼るなどして猿轡を噛ませたことに加え、④搬送時間は2時間を超えることが予定されていたのであるから、亡Bにおいて、搬送中にティッシュペーパー等により気道が閉塞され、また仮に気道が完全に閉塞されてなくとも注射された薬品の影響により呼吸が抑制されることによって酸素濃度が低下して呼吸環境が悪化するなどしても、身体が強度に抑制されていたことから、自らの状態を訴えたり、改善することができないため、窒息する可能性があることを予見すべき義務があり、さらに、本件搬送に際しては、医師か搬送経験豊かな看護師を同乗させ、常にバイタルサインを確認し、亡Bの容態が急変したときには直ちに亡Bの呼吸状態を改善させ、必要とあれば蘇生措置を施すなどして、亡Bの窒息を防止すべき義務があった。 ところが、被告は上記義務を怠り、バイタルサインを確認するための機材も持たせずに、医学的知識、医学的経験及び搬送経験のいずれにおいても乏しいGとHのみに本件搬送を行わせ、これによって亡Bを窒息死させた過失がある。 (被告の主張)ア亡Bの死因について(ア) 窒息死の可能性は低いこと亡Bの口腔内のティッシュペーパーは、Gが指二本で簡単に取り出しており、咽頭部分にあったとは認められない。テイッシュの塊は球形状態のまま取り出されている。 ティッシュペーパーが扁平状態となっていてその端をつま 腔内のティッシュペーパーは、Gが指二本で簡単に取り出しており、咽頭部分にあったとは認められない。テイッシュの塊は球形状態のまま取り出されている。 ティッシュペーパーが扁平状態となっていてその端をつまみ出したのではない(仮に扁平状態であればそもそも気道を塞ぐことはない)。 仮にこのような球形のティッシュペーパーの塊が咽頭部位まで落ち込んでいたとすると、指二本で簡単に取り出せるものではなく、鉗子等の器具を要するし、また、その場合には、相当に苦しみもがいた上で即座に窒息により死亡していなければならないが、そのような事実もない。 医師でない者が器具を使用せずに口腔内のティッシュペーパーを確認できるのであれば、咽頭部の最上端部位であると考えられ、これは気道を塞ぐ位置ではない。 もし気道を塞ぐ位置までティッシュペーパーの塊が落ち込んでいたのであれば、見ることもできないし、そのような位置に落ち込んだ球形で濡れたティッシュペーパーの塊を指二本で簡単に挟んで取り出すことが不可能であるばかりか、ティッシュペーパーの塊の上下部分に指を差し入れるどころか、逆に奥に押し込んでしまう可能性の方が高い。 また、咽頭部から肺へと通じる部位に挿管することは医師でも困難な技術であり、この箇所にティッシュペーパーがあったとすれば、Gが指のみでこれを探り当てることは不可能である。 さらに、ティッシュペーパーの塊が扁平ではなく球形であったことからすれば、気道の一部分のみを閉塞していたことは考え難く、仮に一部分のみの気道の閉塞であったとしても、ティッシュペーパーが気道を閉塞していればやはりもがき苦しんだはずである。後記イにおいて述べるように、本件搬送における注射によって患者が眠ったまま窒息することもあり得ない。 であったとしても、ティッシュペーパーが気道を閉塞していればやはりもがき苦しんだはずである。後記イにおいて述べるように、本件搬送における注射によって患者が眠ったまま窒息することもあり得ない。 加えて、被告は、亡Bの搬送に際して、首の下に枕を置き、気道確保の措置を採っており、ティッシュペーパー等が気道を塞ぐ位置まで落ち込まない限り、窒息となることはない。 なお、咽頭部分の浮腫は、C病院における緊急の蘇生術の際に、気管挿管が行われており、さらに亡Bの歯が抜け、大量の血が溜まるほどの状態になっていたことから、相当緊急の処置がされたのであり、処置した医師が気付かぬうちに、気管挿管の管がちょうどカーブしている部位に当たる咽頭部分に当たり、浮腫を生じさせたものと考えるのが自然である。この際、心肺停止状態であった点については、人工呼吸等の処置で心肺を活動されているので、生体反応は当然起こるのであり、浮腫の反応が起こることは不自然ではない。 以上により、亡Bの死因として窒息の可能性は考え難い。 (イ) 自殺の可能性が高いこと亡Bは、境界性人格障害のため、自殺行為を繰り返してきた。そして、本件搬送の前日、亡Bは被告より入院する旨を告げられたが、亡Bが入院を嫌がっていたことは既に明らかになっており、そうであるからこそ、被告は本件搬送に当たり抑制の準備をしていたのである。そして、実際本件搬送当日、亡Bは舌を噛もうとした事実があり、その自殺企図の存在を明確に窺い知ることができる。 そして、亡Bの死後、その居室には、亡Bがこれまでに何度も自殺のために服薬してきたトリプタノールの薬袋が空になって残されており、また、その致死量が記載された書籍、「今日の治療薬」も残され そして、亡Bの死後、その居室には、亡Bがこれまでに何度も自殺のために服薬してきたトリプタノールの薬袋が空になって残されており、また、その致死量が記載された書籍、「今日の治療薬」も残されていた。さらに、亡B自身看護師の資格を有しており、トリプタノールの薬効は熟知していた。 以上の状況からすれば、本件搬送当日の午前6時30分ころ、被告らが亡Bのアパートを訪れた際、亡Bが既にトリプタノールを大量服薬していた可能性が窺われ、さらに、亡Bが相当のアルコールを摂取していたこともあり、本件搬送中にトリプタノールの大量服薬による急性死に至った可能性が強く推認される。 (ウ) トルサード・ド・ポアントの可能性もあることトルサード・ド・ポアントは、平成8年に初めて報告された致死性頻拍性心室性不整脈で、高用量のハロペリドールあるいはクロロプロマジンを投与した場合の発現が多いが、低用量のハロペリドール経口での発現の報告もある。これにより心室細動を惹起し、数分で死に至る。 ハロペリドールとは、セレネース、ハロマンス等の抗精神病薬であり、亡Bのように同薬剤が長期投与されている場合には、心室細動が起こり得る。 また、抗うつ剤であるトリプタノールの過量服薬によっても致死性の心室細動が起こり得る。実際、亡Bはトリプタノールの大量服薬により緊急入院もしている。しかし、これは被告の処方量を遙かに超えるものであることや、亡B自身看護師仲間から薬剤の横流しを受けていたと話していたこと、さらには亡Bの居室に被告の医院以外の病院の薬袋があった事実からも、亡Bが横流しを受けた薬剤を大量に所持していた可能性が高く、亡B自身の有していたトリプタノールの大量服薬によるトルサード・ド・ポアント発現の可 Bの居室に被告の医院以外の病院の薬袋があった事実からも、亡Bが横流しを受けた薬剤を大量に所持していた可能性が高く、亡B自身の有していたトリプタノールの大量服薬によるトルサード・ド・ポアント発現の可能性も高い。 死体見分調書中の「眼瞼結膜、心臓、肺等に溢血点が発現している」「各臓器が鬱血状を呈し」「心臓内の血液が流動性」といった状態は、アレルギー性ショックや多剤服用によるショック、大量服薬による心不全、致死性の不整脈等の原因による急性死でも起こり得るものであり、この点からも亡Bの死因としてトルサード・ド・ポアントが考えられる。 イ本件搬送に当たり行った注射の薬剤の影響について本件搬送に当たり行った注射の内容は、テラプチク(呼吸機能の賦括効果に対する有効性がある)、強力ミノファーゲンシー(解毒や肝臓の庇護のため)、セレネース(鎮静剤)、ホリゾン(鎮静剤)及びアキネトン(セレネースの副作用止め)である。これらの薬剤の併用の危険性がないことは、実際の臨床現場での使用状況及び亡Bへの実際の使用状況より明らかである。 すなわち、上記のうち、呼吸を促進させるテラプチク以外は同じ組み合わせで何度も使用しているが、問題が生じたことは一度もない。精神安定剤を使用したからといって被告が経過観察する必要性は存在せず、それにもかかわらず本件搬送時にはテラプチクまで使用しているのであるから、被告は十分に慎重を期していたものである。 ウ抑制等の必要があったこと本件搬送に当たって、手足の抑制は、搬送途中で暴れたり、入院を嫌がって自殺しようとすることを防ぐためであり、口腔内のティッシュペーパーはやはり舌を噛むことによる自殺を防止するためであった。注射は、鎮静、呼吸促進、肝臓の庇護 の抑制は、搬送途中で暴れたり、入院を嫌がって自殺しようとすることを防ぐためであり、口腔内のティッシュペーパーはやはり舌を噛むことによる自殺を防止するためであった。注射は、鎮静、呼吸促進、肝臓の庇護等のためのものであり、このような患者には一般的な処方であり、実際にも呼吸促進剤以外のテラプチク以外は本件搬送前日まで何度も亡Bに使用して何らの危険も存しなかったことは上記イにおいて述べたとおりである。 エ GやHは適切な搬送を行ったこと搬送の職員のうち、Gは准看護師の学校に通う学生であり、バイタルサインを取ることができ、被告から亡Bの搬送中のバイタルサインに注意することを命じられ、その連絡のための携帯電話も預かっている。 Gが実際の搬送中に、被告の医院に電話して留守番電話になっていたとの点については、被告は、亡Bの搬送を見届けてから一旦簡単な朝食を摂ってすぐに医院に出掛けており、亡Bの搬送に対する注意義務に反することはない。 オまとめ被告に対し、以上の処置以上に要求されるものはない。本件搬送途中の亡Bの容態の変化については、およそ予想できるものではなく、被告の責任となるものではない。特にトルサード・ド・ポアントは数分単位で死に至るものであり、被告が同乗していたとしても亡Bの救命は不可能であった。 すなわち、そもそも被告に亡Bの搬送に同行すべき義務は存在しないが、仮に被告が同行していたとしても、結果回避は不可能であった。亡Bが通常の窒息状態に至ったものであれば、Gらのティッシュペーパー除去で十分対処できており、自殺やトルサード・ド・ポアントによるものであれば、被告においても対処は不可能であり、今回と同様にC病院への搬送を急ぐしか手はなかったからである。 ( ティッシュペーパー除去で十分対処できており、自殺やトルサード・ド・ポアントによるものであれば、被告においても対処は不可能であり、今回と同様にC病院への搬送を急ぐしか手はなかったからである。 (2) 争点(2)(損害)について(原告らの主張)ア亡Bの病態と将来の就労可能性について亡Bが境界性人格障害であったことから逸失利益を否定するのは妥当でない。 境界性人格障害の患者の予後は決して悪くなく、長期の治療を続ければ、3分の2の患者が改善し、50パーセント以上の患者が社会適応をしている。したがって、亡Bが死に至らず適切な治療を受けていれば、5割以上の確率で社会復帰をしていたものといえる。 また、自殺率についても、確かに一般人に比べれば高いかもしれないが、実際に自殺に至る例は10パーセントに満たない。したがって、境界性人格障害の患者が死亡する可能性は医学的には決して高くない。 さらに、亡Bがアルコール依存症であったことを加味しても、逸失利益を否定するのは妥当でない。 診断5年後のアルコール依存症の患者の生存率は50ないし80パーセントであり、平均寿命は52ないし53歳である。加えて、アルコール依存症の患者の自殺率は7. 4パーセントであって、一般人の死亡率の3.4パーセントと比較した場合、高率ではあるが顕著に高いわけではないのである。しかも、アルコール依存症の患者の予後をみると、約7割の患者が何らかの職業に就いているし、4割の患者が自立して生活している。さらに、亡B自身、アルコール依存症に関し、断酒の意欲を持ち、これを実践すべく努力していたのである。亡Bのアルコール依存症が悪化したとすればそれは被告の治療方針の誤りによるものであり、そのことを逸失利益の算定において患者であった亡Bの不 し、断酒の意欲を持ち、これを実践すべく努力していたのである。亡Bのアルコール依存症が悪化したとすればそれは被告の治療方針の誤りによるものであり、そのことを逸失利益の算定において患者であった亡Bの不利に考慮すべきではない。 亡Bは、社会復帰する能力も意欲も持っていた。 すなわち、看護師の免許を持っていたことに加え、死亡する2年前の平成10年後半までは、アルバイト等を行って就労していたし、平成11年には仕事の面接にも行っていた。つまり、亡Bは、病気が治癒さえすれば容易に就職が可能な看護師という資格を有していたことに加え、職を得るための努力も常時行っていたのである。 イ損害額について(ア) 亡Bの損害a 逸失利益本件においては、上記アのとおり、亡Bに十分逸失利益が認められる。そしてその額は、亡Bが大学在学中の平成5年から平成9年まで看護師として稼働していた時期の給与が最終的に年間497万7250円程度であったこと、大学を卒業・中退後は職務に専念できるからさらに多額の給与を得ることも可能と考えられることなどからすれば、少なくとも高専・短大卒女子労働者の賃金センサスを用いて逸失利益を算定すべきである。 そして、中間利息控除については、現在の低金利状況等に鑑み、2パーセントして計算すべきである。 以上によれば、亡Bの逸失利益は、408万4400円(高専・短大卒女子労働者賃金センサス)×(1-0.3)(生活費控除)×25.48884(就労可能年数36年のライプニッツ係数;2パーセント)=7287万4632円b 慰謝料3000万円c 小計 84(就労可能年数36年のライプニッツ係数;2パーセント)=7287万4632円b 慰謝料3000万円c 小計1億0287万4632円d 相続上記cを両親である原告らが各2分の1ずつ相続した。 (イ) 原告ら固有の損害a 葬儀費用原告らにつき各75万円(計150万円)b 慰謝料原告らにつき各500万円(計1000万円)c 弁護士費用原告らにつき各500万円(計1000万円)(ウ) 合計以上合計すると、各原告につき、それぞれ6218万7316円となる。 (被告の主張)ア亡Bの病態と将来の就労可能性について亡Bには、上記(1)(被告の主張)において述べたような自殺志向のほか、境界性人格障害の昂進、アルコール中毒状況等があり、およそ一般的な生活への復帰及び就職稼働の見込みは極めて乏しく、早晩重篤な状況、事故あるいは自殺等の結果に至っていたであろう可能性が高い。仮に死亡まで至らずとも、以上の症状からすれば、通常の社会生活に復帰できる見込みは極めて少ない。 すなわち、境界性人格障害は、対人行動、気分、自己イメージ等の不安定さを特徴とする神経症性の性格障害であり、予想不能な衝動的行動、激しい気分変動、激しい攻撃性、自己同一性、性同一性、将来の目標や価値等の不確実さに現れる。境界性人格障害の患者は、持続的空虚感を抱え、生きている意味を確認できないことなどから、自殺の危険性が極めて高い。また、安定した医師患者関係が維持しにくいため、多くの困難が伴う。境界性人格障害の患者は、大うつ病、摂食障害、解離性障 虚感を抱え、生きている意味を確認できないことなどから、自殺の危険性が極めて高い。また、安定した医師患者関係が維持しにくいため、多くの困難が伴う。境界性人格障害の患者は、大うつ病、摂食障害、解離性障害、強迫性障害その他の神経症性障害、アルコール依存、あるいは家庭内暴力等を併存した状態で受診することが多いが、これらの併存症状を標的とした治療を施行しても期待する効果が得られることは少なく、むしろ、希死念慮、自殺の脅し、服薬による自殺企図等を悪化させて入院を繰り返すことが多いが、他の患者との共存が難しいため、入院治療を受け入れる病院は極めて少ない。したがって、境界性人格障害の患者であった亡Bの予後は悪いと考えられる。 また、亡Bは死亡時31歳の女性で、それ自体でも予後が極めて悪いアルコール依存症を併発しており、その上で、反社会的行動や自殺行為を繰り返し、最終的には転落事故まで起こすなど、差し迫った危険が予想されるほどに極めて重篤な状況にまで陥ったため、やむを得ず遠方の病院にまで搬送しようとした事例である。上記のように境界性人格障害の患者の予後は悪く、アルコール依存症の患者も予後は悪い。境界性人格障害で何度も大量服薬による自殺行為を繰り返しており、かつ重度のアルコール依存症を合併していた亡Bの予後の悪さについては言うまでもない。このように亡Bの具体的な病状に照らせば、将来の稼働可能性を認めることはできないのであって、原告らが主張しているのは、単に抽象的な一般論にすぎず、本件において具体的に逸失利益を認めるべき根拠とはならないものである。 以上によれば、亡Bについて、今後一定の収入を見込むことは困難であって、逸失利益を認めることはできず、むしろ、原告らには相当の治療費等の費用の出費が必要になったものと推測される。 イ損害 以上によれば、亡Bについて、今後一定の収入を見込むことは困難であって、逸失利益を認めることはできず、むしろ、原告らには相当の治療費等の費用の出費が必要になったものと推測される。 イ損害額について争う。 逸失利益が認められないのは、上記アにおいて述べたとおりである。 また、被告は、亡Bに対し、採算上は必ずしも得策でない自費診療を熱心に行い、往診も度々行い、治療の難しい境界性人格障害についても伝を頼ってC病院へ受入を依頼したものである。 このように、被告は、亡Bに対する治療を熱意を持って行っていたのであり、その死の責任を一面的に被告に問うのは妥当でない。 第3 当裁判所の判断 1 証拠(文中に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、本件の診療経過について以下のとおり認められる。 (1) 本件搬送に至るまでア亡Bは、昭和44年6月28日、原告らの第2子(長女)として出生した(甲B22、C1、乙A1)。 イ亡Bは、高校在学中の17歳の時、朝の通学路で見知らぬ男性に自動車へ連れ込まれた上、性的な暴行を受けるという被害に遭い、大きな精神的苦痛を受けた(甲B16、22、乙A1、B16、原告D本人)。 ウ亡Bは、地元の高校を卒業後、看護学校へ進学し、平成3年5月20日、看護婦(当時)の資格を取得し、看護師として就職した(甲C2、乙A1、原告E本人)。 エ亡Bは、平成5年4月、大学進学のために上京し、看護師として働きながら、大学に通う生活を開始した。 平成5年12月からは、Iクリニックにおいて勤務していたところ、平成9年7月に同所を辞職し、その後は看護師としての就労をしていない(争いのない事実、甲B22、乙A1、原告E本人)。 オ亡Bは、平成8年ころ、大学の Iクリニックにおいて勤務していたところ、平成9年7月に同所を辞職し、その後は看護師としての就労をしていない(争いのない事実、甲B22、乙A1、原告E本人)。 オ亡Bは、平成8年ころ、大学のフェミニズムの授業において、歴史上女性が虐待、性的暴行等を受けていたというような内容が取り扱われたところ、過呼吸や動悸が発現し、授業中にそのような状態になった自分を恥ずかしいと感じた(乙A1・3頁)。 カその後、亡Bは、人と顔を合わせ、緊張すると、過呼吸や動悸が起こるという症状に悩むようになり、平成10年11月2日、被告クリニックを受診して被告の診察を受け、境界性人格障害であると診断されて、その後継続的に同クリニックに通院するようになった(乙A1・3頁等、B16.17)。 キ被告は、昭和62年3月にF大学を卒業し、同年5月に医師免許を取得した後、同大学医学部精神科教室に入局するとともに、C病院で1年、東京都の職員として半年、J病院に10年勤務した後、平成8年6月1日に本籍地において精神科を専門とする被告クリニックを開設し、院長として医業に従事していた。 被告は、本件搬送当時、厚生労働省の精神保健指定医になっており、精神鑑定の指定医となっていた。 被告は、師であるKの手法を受け継ぎ、患者を寝椅子に寝かせ、思い付いたことを話してもらって、患者の自然治癒力を刺激する方法(仰臥法)を主体とし、夢分析、あるがままの自分を認めるモニター療法等を併用しており、亡Bに対しても、おおむね同様の手法を採っていた(甲B16、19、乙A1ないし3)。 ク亡Bは、平成10年11月2日の初診時から、同年12月1日まで保険診療で計16回被告クリニックへ通院した。 亡Bは、初診時、原告らについて、父親である原告Dは優しくて好きであ )。 ク亡Bは、平成10年11月2日の初診時から、同年12月1日まで保険診療で計16回被告クリニックへ通院した。 亡Bは、初診時、原告らについて、父親である原告Dは優しくて好きであること、母親である原告Eは小さい時は厳しかったがやはり好きであることを述べていた。 被告クリニックにおける治療の中で、亡Bは、上記イの被害の件についての苦痛や恐怖感、その後学校の教師に心ない言葉を浴びせられたこと、警察の事情聴取に対して被害事実をありのままに述べたところ、母親である原告Eから叱られたこと、その他家族に対する不服の気持ち、家に帰ると飲酒するようになったことなどを述べていた。 また、亡Bは、同年11月10日には、その前日手首を切りそうになったこと、1回1錠服用として処方されたデパス(抗不安薬)を1度に6錠服用したこと、同月24日には知人からもらった睡眠薬を大量服薬したことを被告に告げていた(乙A1)。 ケ被告は、保険診療の場合、カウンセリングの時間が10分から15分程度しか取れないこと、自費診療の場合およそ1時間で1万5000円の治療費となるが、時間的には余裕があり、ゆっくりと話を聞いて精神療法を行うことは非常に効果的だとされていることなどから、自費診療の方が望ましいと考えていた。 亡Bについても、平成10年12月2日以降、1回1万5000円の自費診療となった(乙A2、B16、20)。 コ亡Bは、平成10年12月2日以降、平成11年4月26日までの間、被告クリニックにおいて、約40回の自費診療を受けた。 その治療の中で、亡Bは、上記イの被害の件についての話を詳細に語っており、今でも辛い体験として思い出すことなどを述べていた。 母親に関する話として、母親である原告Eから人に迷惑を その治療の中で、亡Bは、上記イの被害の件についての話を詳細に語っており、今でも辛い体験として思い出すことなどを述べていた。 母親に関する話として、母親である原告Eから人に迷惑をかけるなということをいつも言われること、原告Eは、上記イの犯人を殺してもよいと言っていること、母親の言うことを聞かないから亡Bの人生が良くならないと言っていること、自分の話を十分に聞いてくれないことなどを述べ、父親に関する話として、原告Dは上記イの被害の件について訴訟を起こすと言っており、亡Bとしては胃の痛い思いをしていること、原告Dは「俺がお前を守る」と言いつつ「俺を追いつめるな」と言うなど態度が変転すること、亡Bが原告Dに対して「あなたが変な正義感を植え付けるから私はこんなに苦しむのよ」と言い放ったことなどを述べていた。 また、平成10年12月26日には、自殺しようと思ったこと、平成11年2月20日及び同年4月19日には手首を切ったこと、同月8日には自宅で自ら頭を打ちつけてL病院に救急車で運ばれたこと(頭部CTには異常なし)を告げた。 被告は、同年2月20日には亡BをPTSD(心的外傷後ストレス症候群)の患者としてF大学附属病院内科へ紹介した。 亡Bはその他にも薬の過量服用、リストカット、タバコの火の押しつけ等の自傷行為を数多く行う一方、飲酒して包丁を忍ばせて被告クリニックに来院し、被告に包丁を向けることもあり、被告はそれらの包丁を取り上げて保管していた(乙A1)。 サ原告D及び亡Bの兄は、平成11年4月11日、亡Bと同席の上、被告と面談した。被告からは、亡Bの病名はノイローゼであること、治療はまず3箇月を目途に考えてほしいことなどを告げた。原告Dは、自費診療をやめて福島の病院へ転院させたいという考えを述べ と同席の上、被告と面談した。被告からは、亡Bの病名はノイローゼであること、治療はまず3箇月を目途に考えてほしいことなどを告げた。原告Dは、自費診療をやめて福島の病院へ転院させたいという考えを述べたところ、被告は、大学の先輩がいるM病院を紹介したが、亡B本人の意思を大切にしてほしいとも述べていた。 なお、被告は、亡Bが人間を敵味方の二面的な分類で考えるため、亡B抜きで家族と面会すると、被告自身が亡Bの敵だということになって、被告に本当のことを言わなくなるというおそれがあったため、亡Bの家族と面会する際には、常に亡Bと同席の上で面会するという方針を採用しており、また、境界性人格障害の患者については、真実の病名を告げると医師と家族との間に溝を作る場合が多いという懸念から、境界性人格障害であるとは伝えないこととしていた。 原告D及び亡Bの兄は、同月20日ころ、亡Bをアパートから連れ出し、M病院を受診させたが、亡Bは、医師との関係が上手くいかず、すぐに帰京し、再び被告クリニックにおいて受診することになった(甲B15、乙A2、B16、17、原告D本人)。 シ亡Bは、原告らへの反発感もあって、生活保護を受給したいと考えており平成11年4月26日以降、生活保護を受給しようとし、被告は、同日付けで治療の予定期間を平成13年4月25日までとし、長期の外来通院を要すると記載した通院医療費公費負担申請用診断書を作成した。それに伴い、被告クリニックにおける治療も再び保険診療になり、同年6月以降、生活保護の給付が開始された(甲A1、B16、19、乙A1ないし3、B16)。 ス亡Bは、平成11年4月26日以降、本件搬送の当日である平成13年1月13日までの1年8箇月余り、平成11年4月には4回、同年5月には11回、同年6月には14回、 A1ないし3、B16)。 ス亡Bは、平成11年4月26日以降、本件搬送の当日である平成13年1月13日までの1年8箇月余り、平成11年4月には4回、同年5月には11回、同年6月には14回、同年7月には10回、同年8月には9回、同年9月には18回、同年10月には13回、同年11月には7回、同年12月には3回(平成11年4月26日以降同年12月末日まで合計89回)、平成12年1月には3回、同年2月にも3回、同年3月には4回、同年4月にも4回、同年5月には6回、同年6月には13回、同年7月には11回、同年8月には20回、同年9月には11回、同年10月には12回(同一日に外来と往診を行っている場合には各1回とする。以下同じ。)、同年11月には21回、同年12月には28回(平成12年は合計136回)、同年1月には9回(本件搬送を含まない。)、総計234回被告クリニックによる治療(外来、往診、訪問看護等すべての形の治療を含む。)を受けた(乙A3)。 セ亡Bは、平成10年11月2日の初診時からアルコール依存症の傾向が見られていたが、平成11年4月ころ以降から、度々多量に飲酒をした状態で被告クリニックに来院するようになり、カルテにもアルコールを飲み続けているといった記載が頻繁に見られるなど、その傾向を強めていったし、一時期暴力団員と同棲したり、その後年下の男性と継続的に交際したほか、売春行為も行うようになった。被告は、アルコールを飲まないようにという指示を出し、同棲をやめ自分を大切にするようになどと説得していたが、亡Bは、それに従うことが困難であった(乙A1ないし3)。 ソこの時期の亡B及び被告と原告らとの関わりなどについては以下のとおりである。 被告が原告らに対し、亡Bの上記同棲の事実を伝え、引き離した方がよいのではな った(乙A1ないし3)。 ソこの時期の亡B及び被告と原告らとの関わりなどについては以下のとおりである。 被告が原告らに対し、亡Bの上記同棲の事実を伝え、引き離した方がよいのではないかと助言したことから、平成11年6月10日、原告Dと亡Bのおじが亡BをMに連れ戻そうと同棲相手の家にやって来たが、亡Bがヒステリー発作を起こしたことから、連れ出しは失敗に終わった。 また、亡Bは、同年8月27日、原告らから電話があると無理して「元気です」と返事するしかなく、特に原告Eからの電話は嫌だと被告に述べていた。 さらに、亡Bは、同年11月30日、原告Eから、ゆっくり治れと言われたり早く治せと言われたりして困惑すると被告に述べていた。 原告Eが、平成12年1月9日、被告クリニックに来院し、被告に対し、現在の状態はどうか、半年間で500万円をかけたがまだ治らないのか、生活保護は亡Bが望んだことなのかという質問をした。これに対し被告は、現在は食べ物を受け付けず、点滴で栄養を補給している状態であることなどを説明した。 亡Bは、同年3月19日、原告Dの求めにより郡山のNクリニックで受診したが、このときのことについて、亡Bは、同原告が以前亡Bが犯人に捕まった道を亡Bを連れて歩くことに嫌悪感を持っていることを被告に述べていた。 もっとも、亡Bは、同月27日には「親ってさあ、憎みきれないよね。憎んでも憎んでも愛してる」という気持ちも吐露していた(乙A3)。 タ亡Bは、平成12年6月28日に、睡眠薬を多量に服用して救急車でO病院へ入院したものの、自ら点滴を引き抜き非常口から脱院するという事件を起こしていたところ、同年7月9日にトリプタノール等を大量服薬して自ら救急車を要請し、O病院救急外科を受診した。同 て救急車でO病院へ入院したものの、自ら点滴を引き抜き非常口から脱院するという事件を起こしていたところ、同年7月9日にトリプタノール等を大量服薬して自ら救急車を要請し、O病院救急外科を受診した。同病院で胃洗浄等の処置を行い、一旦帰宅したが、再びトリプタノール、ドグマチール(抗精神病薬)を酒とともに飲み、再び同病院を受診し、入院した。翌10日に同病院心療内科を受診したときには症状が落ち着いており、同月11日には退院の手続がとられ、急性薬物中毒、境界性人格障害疑いという傷病名を付された上で被告クリニックを受診するよう指示された。 ところが、亡Bは、同月13日、またも大量服薬をし、当時交際中の男性に意識レベルが大幅に低下した状態(血圧は30/10)で被告クリニックに運び込まれた。被告クリニックにおいて応急の処置を行ったが意識レベルが上昇せず、救急車にてO病院へ搬送された(その際の診療情報提供書には傷病名が急性薬物中毒、境界性人格障害、アルコール依存症と記載されている。)。その数日後、同病院を退院し、従前どおり被告クリニックに通院等するようになった。 その後も、同年9月7日にはアスピリンを大量服薬して胃洗浄の処置を受けたことがあった。 また、同年11月17日には、往診に赴いた被告に対して包丁を向け、被告にこれを取り上げられるという事態も起こしていた(乙A3、B16、19、20)。 チ平成12年12月2日、亡Bが被告に対し、原告Dが抜き打ちでアパートに来ている、これ以上親に気を遣うのは嫌だ、すぐに来てほしいと連絡したため、被告は緊急往診を実施した。亡Bにはアルコールを無理に飲んでいるような印象もあり、被告は、亡Bに対し、強力ミノファーゲンシー1アンプル、ホリゾン1アンプル、アナフラニール(抗うつ薬)1アンプルを注 被告は緊急往診を実施した。亡Bにはアルコールを無理に飲んでいるような印象もあり、被告は、亡Bに対し、強力ミノファーゲンシー1アンプル、ホリゾン1アンプル、アナフラニール(抗うつ薬)1アンプルを注射した。被告は原告Dと面接したところ、原告Dは、①入院は必要ないのか、②肝臓は大丈夫かと質問したため、被告は、①入院して断酒したいという気持ちが亡Bにないと難しい、②血液検査のデータからは正常範囲内であると回答した。 被告は、亡Bについて、平成12年11月ころから、断酒に伴うと推測される幻視・幻覚が現れるようにもなっていたところであって、亡Bのアルコール依存症が悪化してきたと考え、入院の必要性が高まったと判断したため、平成12年12月22日にJ病院東京アルコールセンターへ入院させることとし、亡Bも同センターへ向かったが、同女の断酒の意思があいまいであり、境界性人格障害があると入院は難しいとして、外来での治療を勧められたために、この入院は実現しなかった(甲B16、乙A3、B16)。 ツ被告が、平成13年1月3日に亡Bの居宅へと往診した際、原告Dも同所へ来ていた。被告が原告Dと話をしたところ、原告Dは、亡Bを入院させることを希望していた。 被告もその方が良いと思っていたことから、亡Bを同月5日にJ病院へ入院させようと考えた。 しかしながら、亡Bが、翌4日に入院を拒否し、同月5日に被告クリニックに来院しなかったことから、上記の入院を実施することはできなかった。すると同日、原告Dから電話で亡Bを強制入院させてもらいたい旨の依頼があった。 被告が同月7日に亡Bのアパートへ往診したところ、亡Bは、アルコールの影響によってアパートの階段から転落したとのことで頭を13針縫い、包帯をぐるぐる巻きにしている状態であったため、被告は、早 被告が同月7日に亡Bのアパートへ往診したところ、亡Bは、アルコールの影響によってアパートの階段から転落したとのことで頭を13針縫い、包帯をぐるぐる巻きにしている状態であったため、被告は、早急に措置入院が必要であると判断し、a警察署の警察官に通報したところ、亡Bは激しく暴れて抵抗し、被告を叩くなどした。亡Bは、多数の警察官に取り押さえられ、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律24条に基づく警察官の通報によりP病院に入院し、被告はそのまま措置入院になるものと期待しその旨を原告らに連絡したが、同病院においては措置入院の必要を認めず、亡Bは同月9日に退院してアパートへ帰宅した(甲A1、B16、19、乙A3、B16ないし18、原告D本人)。 テ被告は、亡Bの入院の必要性を強く感じ、P病院、Q病院、J病院、R病院等へ入院受入れの要請を行ったが、いずれも拒絶された。さらに被告が、同月12日、以前勤務したことのある千葉県のC病院へ入院依頼をしたところ、同病院において亡Bの入院を受け入れるとの回答があったため、被告は、亡BをC病院へ入院させようと考えた。 被告がGと共に、同日午後8時30分ころ、亡Bのアパートへ赴いたところ、亡Bはアパートの階段踊り場で幻覚を見ていたようであった。被告は亡Bに対して、強力ミノファーゲンシー、ホリゾン10、セレネース5及びアキネートの混合液を注射し、亡Bが落ち着いたところで、翌日入院することを伝えたところ、亡Bは入院は嫌だと述べた(甲B16、17、乙A3、B16、17)。 ト被告は、被告クリニックに戻った後、翌日早朝に亡BをC病院へ搬送することを決定し、被告、G及びHの3名で、その計画について以下のとおり話し合った。 被告は、G及びHに対し、交通渋滞を避け搬送時間を短くするために朝一番で た後、翌日早朝に亡BをC病院へ搬送することを決定し、被告、G及びHの3名で、その計画について以下のとおり話し合った。 被告は、G及びHに対し、交通渋滞を避け搬送時間を短くするために朝一番で千葉県東金市にあるC病院へ搬送すること、高速道路を利用して2ないし3時間程度かかること、亡Bについては薬で眠らせて運ぶことなどを告げ、搬送のための道程を教示した。これに対してGから、薬の作用の持続時間及びもし薬の作用が切れて亡Bが暴れ出し、車から飛び出したり、自殺を図るなどの事態が生じたらどうすればよいかとの質問があった。被告は、薬の作用の持続時間はせいぜい1時間半程度であること、もし薬の作用が切れて亡Bが暴れ出すなどすると困るので、手足を縛るなどして身体を抑制の上搬送することなどを説明した。 被告は、上記のような抑制を行うため、ガムテープ、ビニールひも、タオル等を準備し、被告ら3名は、翌日の搬送に備えて被告クリニックに泊まることにした。 被告は、この段階では亡Bの両親である原告らと連絡が取れていなかったが、上記ツのとおり、元々原告Dが亡Bの措置入院を希望していたことから、翌朝出掛ける前に連絡をすればよいと考え、C病院に電話して、両親と連絡が取れてC病院へ向かわせるとの旨を伝えた。 なお、C病院は、千葉県東金市に所在し、同病院への搬送は他県への搬送となるため、各自治体管轄の救急車による搬送はできなかった。こういった場合、通常は患者の家族が警備会社等に依頼して搬送するのであるが、本件の場合、原告らが被告の治療に対して否定的な評価を有しており、原告らの負担において亡Bの搬送を依頼することは困難であったこと、入院に緊急性が認められると考えられたことなどから、被告は、自ら亡Bを搬送することとした(甲B8、9、17ないし19、 価を有しており、原告らの負担において亡Bの搬送を依頼することは困難であったこと、入院に緊急性が認められると考えられたことなどから、被告は、自ら亡Bを搬送することとした(甲B8、9、17ないし19、乙B16、19、20)。 ナ(ア) Gは、今まで患者宅と被告クリニックの間を搬送したことはあるが、自分だけで搬送したことがあるのは患者の同意があるときのみであり、他病院への搬送を医師の付添なしで行うのは初めてであったことから、本件搬送については、意識のない患者を運ぶこと、経験のない県外移送であって移動距離が長いこと、千葉県は道が不案内であること、患者が暴れるあるいは自傷・自殺を図るおそれがあることから、不安を持っており、上記トのように被告に対して質問をして指示を仰いだ。それでも不安を完全に解消するには至らなかったが、最終的には、眠らせて抑制するのであれば大丈夫だろうと考えるに至った(甲B8、乙B18ないし20)。 (イ) Hは、以前被告クリニックにおいて神経症性抑うつ状態の治療を受けていた者であるが、本件搬送当時、被告クリニックにおいては、受付等の事務を担当しており、医療の経験を持たず、患者のバイタルサインを取るなどの知識も持っていなかった(甲B8)。 ニ被告が平成13年1月13日早朝、原告らの自宅に電話をしたところ、原告Eが電話に出た。被告は、亡Bの状態が芳しくないこと、東京都内の病院にいくつか当たったがいずれも入院を断られたこと、被告が以前勤務していたC病院が引き受けてくれるので入院を承諾してほしいこと、担当医師はS医師という人物であること、親には保護義務者になってほしいことを伝えたところ、原告Eはいずれも了解、承諾した(甲B15ないし17、乙A3、B16、17)。 なお、原告らは、この時原告Eが被告に対し、被告 であること、親には保護義務者になってほしいことを伝えたところ、原告Eはいずれも了解、承諾した(甲B15ないし17、乙A3、B16、17)。 なお、原告らは、この時原告Eが被告に対し、被告も搬送に同行するのかを尋ねたところ、被告が肯定の返事をしたと主張し、この点について、原告ら本人と被告本人の供述は相反するものとなっているが、この時被告が原告Eに対し、自分が搬送に同行すると述べたか否かが被告の過失の有無に直結するものとは考え難いところである。 ヌ亡Bに投与されていた薬剤については、当初(平成12年3月ころ)は肝臓庇護の効果を有する強力ミノファーゲンシーの点滴がされていたが、同年8月ころから鎮静作用を有するホリゾンの投与もされるようになっていった。なおホリゾンは当初1アンプルの投与であったが、同年11月ころからは一度に2アンプル投与されることもあった。さらに、同月ころからはやはり鎮静作用を有するセレネースも投与されるようになった。平成13年1月4日にはセレネースの副作用止めとしてアキネトンも投与されていた。加えて、平成12年11月18日には抗精神病薬のハロマンス、同月29日以降は抗うつ剤のトリプタノールやパシキル等も処方されていた。 強力ミノファーゲンシー、ホリゾン及びセレネースの混合液は、何度も亡Bに対して投与されていたが、それによって特に副作用を生じたという例はなかった(乙A3、B16)。 (2) 本件搬送についてア被告ら3名は、平成13年1月13日午前6時過ぎに亡Bのアパートへ自動車で向かった。被告が亡Bの居室でノックをすると、やがて亡Bがドアを開けたので、被告らは居室に入った。亡Bは、昨夜の往診時と同じ衣服を着用し、ぼうっとした様子で、Hに対してVサインをして話しかけたりしていたが、被告は、精神 の居室でノックをすると、やがて亡Bがドアを開けたので、被告らは居室に入った。亡Bは、昨夜の往診時と同じ衣服を着用し、ぼうっとした様子で、Hに対してVサインをして話しかけたりしていたが、被告は、精神保健指定医の証明書を呈示し、母親の同意を得たのでこれからC病院へ強制的に入院させる旨を通告し、亡Bを奥の部屋へと連れて行った。すると、亡Bは入院は嫌だと述べ、舌ないし唇を噛んで出血したため(この時に亡Bが口を噛み出血した事実は、猿轡として噛ませたタオルに血痕様の付着があったこと(甲B3)から明らかである。)、被告は、直ちに亡Bの自殺企図を食い止める必要性があると考え、とりあえず側にあったティッシュペーパー(約20センチメートル×約18センチメートルでごく薄い紙が2枚重ねてあるタイプのもの)6枚を手に取り、一旦被告の口の中で湿らせ、それを亡Bの口の中に移し、奥歯の辺りに詰め込んだ。その上で、持参したタオルを鋏で切断し、歯と歯の間に猿轡のように噛ませて自傷・自殺行為に及ばないようにし、さらにこのタオルをガムテープで固定した。 また、被告が、まず呼吸促進作用のあるテラプチクを亡Bの左上腕に筋肉注射したところ、亡Bは痛がって暴れ、抵抗したため、GとHが亡Bの肩を押さえ、被告は引き続いて強力ミノファーゲンシー、セレネース5、ホリゾン10及びアキネトンの混合液を注射した(以下「本件注射」という。)。 本件注射の効果によって亡Bがおとなしくなったので、被告は、搬送途中に暴れないよう、亡Bの手足をタオルできつく縛った上、重ねてガムテープとビニールひもでも厳重に縛り、保温等のため毛布を亡Bの体に巻いて搬送用の自家用普通乗用自動車(フォルクスワーゲン)の後部座席に乗せた。この際被告は、亡Bの呼吸に関して気道を確保する必要があるとの考えから、亡Bの も厳重に縛り、保温等のため毛布を亡Bの体に巻いて搬送用の自家用普通乗用自動車(フォルクスワーゲン)の後部座席に乗せた。この際被告は、亡Bの呼吸に関して気道を確保する必要があるとの考えから、亡Bの首の下に枕を置き、頭部後屈おとがい部挙上法(頭部を後屈させ、おとがい部を挙上させる方法で、二次的に咽頭蓋靱帯が引き上げられて咽頭蓋が開き、舌根沈下を防ぐ効果があるとされる。)をとって後部座席に寝かせた。 被告は、亡Bの容態に異常が生じた場合に備えて、Gに対し、被告の携帯電話を手渡し、もし亡Bの容態が急変したらすぐに被告に連絡するよう指示をしたものの、搬送中、亡Bのどのような点に注意すべきかというところまでは指示をせず、体温計や血圧計も携帯させなかった。また、このとき亡Bの居室内のこたつの上には、T薬局等の内用薬用の袋のほか、トリプタノール錠5錠(8錠一体のシート入りのもののうち、3錠が使用済みとなっているもの。)を含む数種類の薬品が置かれていたが、被告がこれらを詳しく調べたり、他に大量の薬剤を服用した形跡がないか否かを調べることはなかった(甲A1、B1、3ないし5、8、10、16ないし19、乙B15ないし20)。 なお、被告のGに対する指示内容については、被告はより詳細な指示をしたと主張しているが、これについては後記3(2)エにおいて判断する。 イ G及びHは、同日午前7時ころ、亡Bのアパートを出発した。出発直後はGが運転したが、Gは道に不案内であり、運転も慣れていなかったため、まもなく運転をHに代わり、Gは助手席に座った。 高速道路を走行中、Gは助手席から何度か後部座席を振り返り、亡Bの様子を見ていた。そして、同日午前8時ころ、車が首都高速道路のディズニーランド付近を通過する辺りで、Gは、そろそろ本件注射の効果が 高速道路を走行中、Gは助手席から何度か後部座席を振り返り、亡Bの様子を見ていた。そして、同日午前8時ころ、車が首都高速道路のディズニーランド付近を通過する辺りで、Gは、そろそろ本件注射の効果が切れるころではないかと考え、被告に連絡を取ろうとしたが、被告から借りた携帯電話の操作方法が分からず、Hに被告への連絡を取ってもらったものの、被告の方は留守番電話となっていた。この時点では、亡Bの脈を取ることができていたが、呼吸については、Hが喫煙のために車の窓を開けていたため、確認することができなかった。 Gは、上記連絡の直後、本件注射の効果が切れてもよい時刻であるのに亡Bがおとなしかったことから、亡Bの状態を確かめようとして亡Bの首筋に手を当てたところ、脈が取れたため、まだ本件注射が効いていて亡Bがおとなしいのだと考えた。しかしながら、その後も亡Bの様子に変化が見られなかったため、Gらは不安が募り、車が京葉道路に入った辺りで、Gがもう一度亡Bの脈を取ったところ、なかなか脈がGの手に伝わらず、また、Gが亡Bの鼻に手を持っていくと、呼吸している様子がなかった。そのため、GはHに被告と連絡を取るよう指示し、Hが被告の留守番電話に連絡をくれるよう伝言を残した。さらにGが亡Bの額に手を乗せると、冷たい感じを受けたことから、亡Bに異変が起こったのではないかと考え、Hに早くC病院へ向かうよう急かした。 その後、同日午前8時50分ころ、車が京葉道路から東金有料道路に入った辺りで、Gが被告から借りた携帯電話に被告から連絡が入った。Gが被告に対し、亡Bの呼吸が取れないこと、脈が取れにくいことを報告したところ、被告は亡Bの抑制を解くよう指示した。そこでGは、亡Bの口を塞いでいたガムテープ、タオルを取り除くとともに、ティッシュペーパーを指で挟んで取 呼吸が取れないこと、脈が取れにくいことを報告したところ、被告は亡Bの抑制を解くよう指示した。そこでGは、亡Bの口を塞いでいたガムテープ、タオルを取り除くとともに、ティッシュペーパーを指で挟んで取り出した。このとき、ティッシュペーパーは唾液で濡れている状態であった。Hも亡Bの異変に気付き、車を路肩に停め、後部座席のドアを開け、亡Bの手足のビニールひも等を取り去った。この時、Gが亡Bの顔を見たところ、亡Bの唇は紫色をしており、脈や呼吸の確認ができず、Gが亡Bの体を揺すったり叩いたりしても亡Bは全く反応しなかった。 Gらは、亡Bに対して人工呼吸等の応急処置を講ずることもなく、ひたすらC病院へ急行し、同日午前9時30分、同病院へ到着して、亡Bは病院職員へと引き渡された(甲A1、乙B16、18ないし20)。 なお、上記の経過につき、Gは刑事事件における証人尋問で、午前8時50分ころの段階では、亡Bの呼吸が取りづらかったものの脈は大丈夫だった旨証言しており(甲B8、9)、被告も同趣旨の供述をしているが(甲B16)、上記証言自体本件搬送から1年以上も経過した後にされているものであることに加え、これは本件搬送直後のG自身の供述調書の内容(乙B18、19)と相反しており、さらに、本件搬送直後に記載されたC病院の診療録にも「…当院到着の30-40分前に路肩に駐車し、両上肢の抑制を解除したが、その時点で、患者に自発呼吸があったか、動脈拍動を触知できたかどうかの確認はできなかった」と記載されているから、上記の点については、乙B18、19の内容の信用性が高く、これに反する甲B8、9、16は、上記経緯に関しては採用できないというべきである。 ウ亡Bは、同日午前9時35分、C病院外来処置室へ搬入されたところ、看護師の声掛けに反応がなく、血 が高く、これに反する甲B8、9、16は、上記経緯に関しては採用できないというべきである。 ウ亡Bは、同日午前9時35分、C病院外来処置室へ搬入されたところ、看護師の声掛けに反応がなく、血圧も測定できず、動脈も触診できなかった。同日午前9時37分、医師が心肺停止を確認し、アンビューバッグにてマスク換気を開始し、心臓マッサージを開始したが、瞳孔対光反射消失、平坦心電図が確認された。その後も人工呼吸、心臓マッサージ、薬物投与等の蘇生措置が行われたが、同日午前10時10分、亡Bの死亡が確認された(甲A1、B20、乙A3)。 (3) 解剖所見等ア C病院の医師であり、亡Bの蘇生処置も担当したU医師は、本件搬送当日、亡Bの死亡診断書において、直接死因を窒息の疑い、傷害発生時を平成13年1月13日午前8時50分、傷害が発生したところを千葉県千葉市b区とし、直接には死因に関係しないが傷病経過に影響を及ぼした傷病名等として境界性人格障害とアルコール依存症を挙げていた(甲A1、B13、20)。 イ本件搬送当日の午後2時38分から午後4時00分までに実施された死体見分の結果の要旨は以下のとおりである。 両眼は軽く閉じ、左右瞳孔は正中正円にして5ミリメートルに散大し、右上眼瞼結膜下に針頭大の溢血点3個を認め、右下眼瞼結膜下に溢血班を認める。左下眼瞼結膜下に針先大の溢血点1個、針頭大の溢血点1個を認める。右眼球結膜に針先大2個、針頭大4個の溢血点、左眼球結膜に針頭大2個の溢血点を認める。 左口角より左方水平に約4.5センチメートルの乾いた血様液の付着を認める(甲B1)。 ウ平成13年1月15日(本件搬送翌々日)の午前10時35分から午後0時05分までにV大学医学部法医学教室教授W(司法解剖経験年数25年、経験事 トルの乾いた血様液の付着を認める(甲B1)。 ウ平成13年1月15日(本件搬送翌々日)の午前10時35分から午後0時05分までにV大学医学部法医学教室教授W(司法解剖経験年数25年、経験事例2400件余り)によって実施された死体解剖鑑定の結果の要旨は以下のとおりである(甲B2、11)。 (ア) 両眼はわずかに開き、左右眼瞼は鬱血状を呈する。左右上下眼瞼結膜は鬱血状(血管の中、臓器等に血液がたくさん溜まっている状態)を呈し、蚤刺大、粟粒大の溢血点(細い血管が切れた、小さな出血)数個を発現する。左右眼球結膜にも蚤刺大、粟粒大の溢血点数個を発現する。 (イ) 心嚢内膜はやや鬱血状を呈する。 左右心房に粟粒大等の溢血点数個が散在する。 心臓内には暗赤色流動性血液を入れている。 (ウ) 左肺の肺門部気管支内には血様粘稠液少量を入れる。内膜は軽度の鬱血状を呈する。 右肺の下葉前縁付近に蚤刺大、粟粒大の溢血点状の外膜下出血が散在する。葉間部にも溢血点状の外膜下出血が散在する。肺尖部等にも蚤刺大、粟粒大の外膜下出血が散在する。 肺門部気管支内には血液を含む赤褐色泡沫液多量を入れ、内膜は軽度の鬱血状を呈する。 (エ) その他、頸部器官の内膜、咽頭内膜、食道上下部の内膜、気管内膜、胸壁肋膜、十二指腸内膜、小腸内膜、大腸内膜、腎盂粘膜、膀胱内膜、左右卵巣表面及び右卵巣内部はいずれも鬱血状を呈する。 また、胃噴門部前壁から小弯側にかけて広く蚤刺大の溢血点を発現していたほか、腎盂粘膜にも蚤刺大の溢血点数個を発現する。 (オ) 上記(ア)ないし(エ)のとおり、眼瞼結膜、心臓、肺等に溢血点が発現していること、心臓内の血液が流動性であること、各臓器は鬱血状を呈していること 粘膜にも蚤刺大の溢血点数個を発現する。 (オ) 上記(ア)ないし(エ)のとおり、眼瞼結膜、心臓、肺等に溢血点が発現していること、心臓内の血液が流動性であること、各臓器は鬱血状を呈していること等から考え、解剖を担当したW教授は亡Bの死因を窒息の疑いと判断した。 W教授が「窒息」と断定せずに「窒息の疑い」としたのは、上記の所見からして死因として一番考えられるのは窒息であり、100パーセント近く窒息死だろうと思ったが、確たる窒息に至った原因の痕跡が分からなかったためである。 (4) 被告は、平成14年3月22日、業務上過失致死罪で千葉地方裁判所へ起訴され、同刑事事件は現在同裁判所に係属中である(以下「本件刑事事件」という。)(争いのない事実、弁論の全趣旨)。 2 証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件に関する医学的知見等について以下のとおり認められる。 (1)ア南山堂発行の「医学大辞典」(18版)は、人格障害について、次のとおり説明している。すなわち、「人は、思考や行動様式、社会的態度、関心や興味等においてそれぞれに一つのまとまりをもった特徴ある型(パターン)を持っている。それは社会生活を送る上で本人の生活を向上させ、社会へ貢献するものであるが、これが平均的姿からひどく遊離してくると、逆に本人ないしは社会のいずれかが悩むほどに個人の生活を阻害し周囲に困難を引き起こすようになる。このようになると人格障害として位置付けられるようになる。(中略)類型としては、DSM-Ⅳ(米国精神医学会の診断基準)では、妄想性、分裂病質、分裂病型、反社会性、境界性、演技性、自己愛性、回避性、依存性、強迫性の10型の人格障害に、ほかに分類されない人格障害を加えている。」とされる。 このように人格障害というのは、精神分裂病(統合失調症)や躁 会性、境界性、演技性、自己愛性、回避性、依存性、強迫性の10型の人格障害に、ほかに分類されない人格障害を加えている。」とされる。 このように人格障害というのは、精神分裂病(統合失調症)や躁鬱病のような精神的な疾患ではないが、感情や行動、ものの見方等に偏りがあり、そのために通常の社会生活を円滑に営めず、自ら悩んだり、対人関係上のトラブルや反社会的行動を起こすような人格傾向を指す。人格障害を生む原因としては、遺伝的な素因の他に、親のアルコール嗜癖や虐待、友人関係や地域環境等が大きく影響していると言われ、そうしたゆがんだ環境の中でゆがんだ反応様式が習得され、人格的に発展したものと考えられる(乙B1、2、22)。 イ境界性人格障害は、上記DSM-Ⅳにおいて人格障害の一つとされ、臨床的に不安定な対人関係・自己像・感情及び著しい衝動性の広範囲な様式とされる。診断的には、①現実に又は想像の中で見捨てられることを避けようとするすさまじい努力、②理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴付けられる不安定で激しい対人関係様式、③同一性障害:著明で持続的な不安定な自己像又は自己感、④自己を傷つける可能性のある衝動性で少なくとも2つの領域にわたるもの(浪費・性行為・物質乱用など)、⑤自殺の行動・そぶり・脅し、又は自殺行為の繰り返し、⑥顕著な気分反応性による感情不安定性、⑦慢性的な空虚感、⑧不適切で激しい怒り、⑨一過性のストレス関連性の妄想様観念又は重篤な解離症状、のうち5つ以上により示される。成人期早期に始まるとされているが、患者の多くに幼時の被虐待体験が見られることが次第に明らかにされ、外傷性精神障害の一つであるとの見方が強まっている。 治療方法には、精神分析的療法として中立的な態度で分裂を基盤とした防衛機制を解釈してい 時の被虐待体験が見られることが次第に明らかにされ、外傷性精神障害の一つであるとの見方が強まっている。 治療方法には、精神分析的療法として中立的な態度で分裂を基盤とした防衛機制を解釈していく方法や集団精神療法が用いられるが、患者の多くは人間に対する基本的な信頼感が損なわれているため、病棟でも、医療・看護スタッフを分裂させるような行為がみられ、病棟全体が巻き込まれることがある。患者の主体性を尊重した上での枠組みの保持、リミット・セッティング(限界設定)とスタッフ・カンファレンス等で看護者が自身の感情を表現し、チームでかかわっていくことの重要性が指摘されている(甲B3、23、乙B2、16、22)。 ウ欧米では境界性人格障害患者の70パーセント以上が1回以上の自殺企図を行い、3回以上の自殺を企図するものが57パーセントであって、患者の8ないし10パーセントが自殺で死亡するという報告がある。別の調査によれば、境界性人格障害の患者の自殺率は4ないし9.5パーセントであるともいわれる。また、境界性人格障害の患者には自傷行為をしばしば認めるが、従来の指摘のように、必ずしも他者を操作するための自殺行動だけではなく、実際には致死性の高い自殺企図も認められるという危険を指摘する研究もある。また、境界性人格障害の患者で以前にも自殺企図を認める場合は、今後同様の行動を繰り返し、自殺に至る危険が決して低くない。 これは境界性人格障害のもつ精神病理がいかに自殺と密に結びついたものであるかを示している。 自殺企図に及ぶ精神病理については、①抑うつ、絶望による真の自殺行為、②衝動的、虚無的あるいは自罰的な憤怒、③対人関係におけるジェスチャー、④自己不全感を回避するための自傷あるいは過量服薬というように分類する見解がある。 境界 うつ、絶望による真の自殺行為、②衝動的、虚無的あるいは自罰的な憤怒、③対人関係におけるジェスチャー、④自己不全感を回避するための自傷あるいは過量服薬というように分類する見解がある。 境界性人格障害において自殺企図の既往を有するものは再企図の危険性が高いといわれているが、その時期や状況を正確に予測することは困難である。それは慢性的に自殺念慮を持っていたり、些細なことで自殺念慮が急激に高まることがあるためである(乙B3、21、22、24)。 エ境界性人格障害の患者については、上記イのように、他人を操作してかき回すことがあり、医療現場がかく乱されることもあるため、警戒感を示す病院が多く、患者の受入れをしてもらえないことも珍しくない(甲B14、乙B11、12、16、17)(2)アアルコール・薬物依存症は、ある薬物(アルコール・アヘン・モルヒネ・シンナー・マリファナ・睡眠薬・精神安定剤・コカイン・覚せい剤・鎮痛剤等の依存性物質)を摂取した効果(快楽等)を繰り返し得たいという欲求から、継続して摂取を続けるうちに耐性が生じ、量を増やさないと同じ効果が得られなくなり、身体的健康や生活上の他のことよりも優先するなどして摂取の仕方を自分でコントロールできなくなってしまう病気である。 身体が薬物(物質)漬けになってしまい、身体の中に薬物が入っているのが当たり前で、薬物が切れると離脱症状(不眠、振戦、発汗、イライラ、幻覚等)が生じるようになる(乙B3)。 イ 「アルコール依存症者には自己破壊行動が認められ、アルコール依存は慢性ないし部分的自殺である」といわれる。すべてのアルコール依存患者が自殺や直接的自己破壊行動を行うわけではないが、アルコール依存症の死亡率は極めて高く、平均寿命は52ないし53歳、診断後の5年生存率は50ないし80パ である」といわれる。すべてのアルコール依存患者が自殺や直接的自己破壊行動を行うわけではないが、アルコール依存症の死亡率は極めて高く、平均寿命は52ないし53歳、診断後の5年生存率は50ないし80パーセントといわれている。 死因としては、肝硬変28.4パーセント、心不全16.0パーセント、不慮の事故12.3パーセント、その他には癌、脳血管障害、自殺、糖尿病、肺炎等であるとする報告がある(乙B3、16)。 ウ平成10年の人口動態統計における死亡原因をみると、自殺の割合は3.4パーセントであるのに対し、アルコール依存症患者では7.4パーセントであるとの報告がある。 また、高齢群と低齢群では、自殺率は低齢群の方が高いとの報告がある(乙B3)。 エアルコール依存症の治療はある意味では単純であり、酒を飲まなければ良いのだが、この単純なことができないことに治療の難しさがある(乙B3)。 (3) 境界性人格障害とアルコール依存症を併発した場合には、予後はさらに悪くなる。 すなわち、境界性人格障害とアルコール依存症との合併は、自殺に直接結びつく衝動をコントロールする力を失う危険を高めており、このような合併のある患者では、アルコール依存症のみの患者に比べ、自殺企図を有意に高めるとの報告も存在している(乙B16、21ないし23)。 (4) 各薬剤の効能等については以下のとおりである(甲B6、9、13、18、乙B9、16、弁論の全趣旨)アテラプチクは、呼吸興奮作用(抑制された呼吸を回復する)、循環賦括作用(血圧上昇、心筋収縮力増強の作用)を有する薬剤である。 イ強力ミノファーゲンシーは慢性肝疾患における肝機能異常の改善作用を有する薬剤である。 ウホリゾンは、神経症における不安・緊張・抑うつの 昇、心筋収縮力増強の作用)を有する薬剤である。 イ強力ミノファーゲンシーは慢性肝疾患における肝機能異常の改善作用を有する薬剤である。 ウホリゾンは、神経症における不安・緊張・抑うつの軽減の効能効果がある薬剤であり、鎮静及び緊張除去作用、筋弛緩及び抗痙攣作用、自律神経安定化作用を有する。副作用として依存性、舌根沈下による気道閉塞・呼吸抑制、刺激興奮、錯乱、循環性ショックが指摘されており、使用上の注意として眠気、注意力、集中力、反射運動能力等の低下が起こり得ることが指摘されている。 エセレネース(一般名ハロペリドール)は統合失調症、躁病に対する効能効果を有する薬剤であり、幻覚や妄想を止める作用がある。使用上の注意として眠気、注意力、集中力、反射運動能力等の低下が起こり得ることが指摘されている。 オアキネトンは特発性パーキンソニズム等に対する効能効果(パーキンソン病の改善)がある薬剤であって、セレネースの副作用止めに用いられる。 カトリプタノールは抗うつ薬であり、催眠・鎮静効果が比較的強い薬剤であるとされている。また、アルコールと併用されることにより、作用が増強されることがあり、過量投与によって心不全等の循環器症状、呼吸抑制、低体温等が現れることがある。 (5) トルサード・ド・ポアントとは、心電図の基線を中心にねじれた形に見える、発作性の多形性心室頻拍のことをいう。平成8年に初めて報告された致死性頻拍性心室性不整脈で、QTc延長、QRS軸の捻転、心室細動への移行を特徴とする。 抗精神病薬の死に至る重篤な副作用として、悪性症候群、心循環器系の副作用、特にトルサード・ド・ポアント及び水中毒は臨床上極めて重要な問題となっている。 すべての抗精神病薬は心循環器系への影響を有している。ハロペリドール等の 用として、悪性症候群、心循環器系の副作用、特にトルサード・ド・ポアント及び水中毒は臨床上極めて重要な問題となっている。 すべての抗精神病薬は心循環器系への影響を有している。ハロペリドール等の長期投与では、高頻度にQTc延長やT波変化等の心電図異常が出現するといわれている。特にトルサード・ド・ポアントは、突然死との関係から注目されている。これまで国内外で数十例の症例報告のみで、比較的稀な副作用ではあるが、心室細動を惹起して数分で死に至る重篤な病態である。 高用量のハロペリドールあるいはクロロプロマジンを投与した場合の発現が多いが、ジャクソンらは低用量のハロペリドール経口での発現を報告して注意を促している(乙B4ないし8、B16)。 (6) 溢血点(細い血管が切れた、小さな出血)は、窒息死の場合に著明に現れ、その他急性死の場合においても現れることがある。眼瞼結膜の溢血点は首を絞めたときに特に現れるが、それ以外の窒息死でも現れる。また、心臓や肺の溢血点は、呼吸しようとしてもなかなかできなかったという呼吸障害の場合に出ることが少なくない。 また、通常の病死の場合、血液は死亡直後は流動性であるが、その後凝血となるのに対し、窒息死の場合には凝血が溶けてしまい、流動性になる(甲B11、12、20)。 3 争点(1)(本件搬送における被告の過失の有無等)について(1) 亡Bの死因についてア前記2(6)において認定したとおり、溢血点や鬱血、心臓内の血液が流動性であることは窒息死の著明な特徴であるところ、前記1(3)において認定したとおり、亡Bにはこれらの所見がいずれも明確に認められており、また、前記1(2)アにおいて認定したとおり、本件搬送の方法は、ティッシュペーパー6枚を奥歯の辺りに詰め込み、持参したタオルを鋏で切 したとおり、亡Bにはこれらの所見がいずれも明確に認められており、また、前記1(2)アにおいて認定したとおり、本件搬送の方法は、ティッシュペーパー6枚を奥歯の辺りに詰め込み、持参したタオルを鋏で切断し、歯と歯の間に猿轡のように噛ませて自傷・自殺行為に及ばないようにし、さらに、このタオルをガムテープで固定し、呼吸抑制作用のあるセレネース、ホリゾン(前記2(4)ウ、エ)を含む注射をした混合液を注射した上、搬送途中に暴れないよう、手足をタオルできつく縛った上、重ねてガムテープとビニールひもでも厳重に縛って、車の後部座席に寝かせて搬送したというものであって、それ自体窒息死を招く危険性の否定できない方法であり、被告においても当然このことを予見すべきであったということができる(X医師は、ティッシュペーパーを患者の口の中に入れたまま搬送することは、ティッシュペーパーが唾液を含むことによって気道を閉塞する可能性が高いことを指摘している(甲B14)。また、被告自身、テラプチクを注射しなければという条件付きであるが、このような搬送方法に窒息死の危険性があることを認めている(甲B17))。C病院のU医師が亡Bの前記1(3)アの所見から死因を窒息の疑いとしたこと及び亡Bを解剖したW教授が前記1(3)ウに挙げた各点を指摘の上、亡Bの死因を窒息と判断したのは、いずれも合理性があり、首肯することができる。 イ被告は、亡Bの口内に入れたティッシュペーパーが原因となって窒息したのであれば、テイッシュペーパーは塊となって咽頭部奥深くまで落ち込んでいたはずであり、Gが指でこれらを容易に取り出せたわけはないから、亡Bの死因は窒息ではないと主張する。 しかしながら、証拠(甲B11)によれば、気道が不完全に閉塞された場合、窒息までに時間がかかることがあって、そのよ らを容易に取り出せたわけはないから、亡Bの死因は窒息ではないと主張する。 しかしながら、証拠(甲B11)によれば、気道が不完全に閉塞された場合、窒息までに時間がかかることがあって、そのような窒息死でも溢血点が発現したり心臓の血液が流動性を有するということは十分あり得、さらに、薬物で鎮静させられている人間の場合、気道が塞がれても、それほど暴れることなくそのまま窒息する可能性もあるというのであり、また、証拠(乙B13)によれば、抗精神病薬で鎮静した患者を搬送する場合、血圧低下や舌根沈下による呼吸抑制や薬物自体の作用による呼吸抑制が生ずる可能性があるというのであるから、前記1(2)アにおいて認定したとおり、本件注射によって鎮静させられていた亡Bにつき、注射による呼吸抑制作用と口を塞がれていることによる呼吸の制限が相まって、あるいは舌根沈下等も生じ、ある程度時間をかけて窒息したという機序も十分考えられるから(前記1(2)イにおいて認定したとおり亡Bの脈が途中で弱くなり、遂には感じられなくなったという経緯からすれば、むしろこのような転帰の方が合理的であるとも考えられる。)、ティッシュペーパーが気道を完全に閉塞して窒息に至ったという因果経過のみを唯一の前提としてこれを批判する被告の指摘は、採用することができない。 ウ被告は、仮に亡Bの死因が窒息であるとしたら、亡Bは死ぬ前に暴れたりもがいたりしたはずであるのに、そのような形跡がないから、亡Bの死因は窒息ではあり得ないとも主張する。 しかしながら、上記イにおいて判示したとおり、薬物で鎮静させられている人間の場合、気道が塞がれても、それほど暴れることなくそのまま窒息する可能性もあるというのであるから、本件注射によって鎮静させられていた亡Bが死亡に至った際に、暴れたりもがいたりし 静させられている人間の場合、気道が塞がれても、それほど暴れることなくそのまま窒息する可能性もあるというのであるから、本件注射によって鎮静させられていた亡Bが死亡に至った際に、暴れたりもがいたりしていなからといって、亡Bの死因が窒息であるという判断と積極的に矛盾するとはいえず、被告の主張は採用できない。 エ被告は、亡Bが薬剤の大量服用等により自殺を図った可能性が高いとも主張する。 被告のこの点にかかる主張は、そもそも亡Bの死因が窒息ではないことを前提として、そうであるならば考えられる死因としては自殺があり得るとするものにとどまるものであるところ、上記ア、イにおいて判示したとおり、亡Bの死因は窒息であると認められるから、被告の主張は前提を欠くものといわなければならない(なお、これは後記オのトルサード・ド・ポアントの可能性についての主張に関しても同様である。)。 また、被告が亡Bの自殺の可能性を裏付ける事実として指摘するものとして、従前の薬剤の過量服用、本件搬送当日早朝舌を噛んだことがあるところ、前者については、確かにこれまで亡Bは薬を過量服用して救急搬送されたことが何度かあり、その中には死の危険を感じさせるような重篤なケースもあったことは事実であるが(前記1(1)コ、タ)、その事実から本件搬送当日にも薬を大量服用したことを推認することは困難であり、その他、亡Bが本件搬送前に薬を大量服用していたことを窺わせる具体的根拠も見出せない。その上、被告は、かなり長期にわたって亡Bの診察に当たっており、同女が薬剤を過量服用した事実を熟知していたのであって、本件搬送前日にも同女を診察し、それらを踏まえて本件搬送当日の同女の様子を診ているにもかかわらず、同女が薬剤を大量に服用したことを前提とした措置を採った形跡はなく、居室内の薬剤 知していたのであって、本件搬送前日にも同女を診察し、それらを踏まえて本件搬送当日の同女の様子を診ているにもかかわらず、同女が薬剤を大量に服用したことを前提とした措置を採った形跡はなく、居室内の薬剤の残存状況を調べることもなく、予定どおり搬送に踏み切っていることからすると、被告もまた同女に薬剤の大量服用をうかがわせる所見を認めなかったものといわざるを得ない。また、本件搬送当日早朝の流血については、それが果たして舌を噛んだものか、唇を噛んだものか必ずしも判然とせず、明確な自殺企図に基づくものと解する根拠も存しない。 したがって、亡Bが本件搬送に当たり、薬剤の大量服用等により自殺を図った可能性を認めることはできない。 オ被告は、亡Bがトルサード・ド・ポアントにより死亡した可能性があると主張する。 この点についても上記エのとおり、亡Bの死因が窒息であると認められる以上、主張の前提を欠くものというべきであるが、さらに、前記2(5)において認定したとおり、トルサード・ド・ポアントの特徴として心電図上QTc延長、QRS軸の捻転等があるといわれているところ、本件では亡Bの心電図の記録がなく、また、トルサード・ド・ポアントの原因としては多くは高用量のハロペリドールの服用であるとされているところ、そのような服用がされたという証拠はなく、本件注射中のセレネースの作用によってトルサード・ド・ポアントが発生したと認めるに足りる証拠もない。 かえって、前記2(5)において認定したとおり、トルサード・ド・ポアントの場合、心室細動となり数分で死に至るとされており、それ以前に呼吸が停止することは考えられないところ、前記1(2)イにおいて認定したとおり、亡Bについては、まず呼吸が不確かとなったのちに、脈が弱くなり、遂には感じられなくなったの に至るとされており、それ以前に呼吸が停止することは考えられないところ、前記1(2)イにおいて認定したとおり、亡Bについては、まず呼吸が不確かとなったのちに、脈が弱くなり、遂には感じられなくなったのであって、この間、数分という単位とは比較にならない程度の時間を要しているという経緯からすれば、亡Bがトルサード・ド・ポアントによって突然死したとは容易に認め難い。 カ以上要するに、亡Bの死因については、溢血点や鬱血の存在、心臓内の血液が流動性であることなど窒息死に著明な所見が認められていること、本件搬送方法自体が窒息死を招く危険性のあるものであったことからすれば、窒息であったと認めるのが相当である。被告はティッシュペーパーの位置や亡Bが苦しがって暴れなかったことなどを挙げて窒息死であることに疑問を投げ掛けるが、ティッシュペーパーを口内に詰め込み、タオルで猿轡を噛ませたことによる呼吸の制限と、鎮静作用を有する複数の薬剤の投与によって呼吸が減弱したことが相まって、亡Bの呼吸状態が悪化し、結果として死亡に至ったと考えれば矛盾はせず、被告らの上記主張はいずれも亡Bの死因が窒息であるという認定を左右しないものである。 また、被告は、窒息以外の考え得る死因として自殺、トルサード・ド・ポアントを挙げるが、そもそも上記のとおり、亡Bの死因として最も考えられるのはやはり窒息であり、さらに、自殺に関しては何ら具体的裏付けがなく、トルサード・ド・ポアントについてもやはり何らの具体的裏付けを欠くばかりか、亡Bの死亡に至る経過と整合しない点も見受けられるのであって、いずれも採用することはできない。 よって、亡Bの死因は窒息であったと認められる。 (2) 本件搬送における被告の過失の有無ア本件搬送において抑制をしたこと自体の過失の有無 て、いずれも採用することはできない。 よって、亡Bの死因は窒息であったと認められる。 (2) 本件搬送における被告の過失の有無ア本件搬送において抑制をしたこと自体の過失の有無原告は、本件搬送に当たり、薬剤で鎮静させるのであれば、そもそも亡Bを抑制する必要がなかったと主張するが、前記1(1)ク、コ、タにおいて認定したとおり、亡Bはこれまでも自傷行為を行ったり、被告に対して暴力的な行動に出ることがあった上、本件搬送の前には、アルコール依存症も著明な悪化傾向を見せ、幻覚まで現れるような状態になっており、さらに本件搬送当日の朝には被告の入院指示に従わず、自ら口を切るような行為に出て暴れていたのであるところ、本件注射の効力は1時間半程度で切れることも予想されるものであったのだから、高速道路を利用して2時間以上かかることが予想される本件搬送において、薬剤の効力が切れ、車内で暴れ運転に危険を及ぼしたり、自傷・自殺行為に及んだり、自動車から飛び降りたりするといったリスクを防ぐため、亡Bの身体を抑制の上搬送したという措置自体は妥当なものであって、これを直ちに批判することはできないというべきである。 イ本件搬送における抑制方法の過失の有無原告は、本件搬送に当たり、亡Bの口内にティッシュペーパーを入れ、タオルで猿轡を噛ませるなどした上で手足を縛って抑制した方法に過失があったと主張するが、前記1(2)アにおいて認定したとおり、亡Bは本件搬送当日に自ら口を切るような行為に出ており、歯で唇や舌を噛む危険性も相当程度存したものと考えられるから、こういった危険を防ぐため、被告において、これまでも経験がある方法として湿ったティッシュペーパーを患者の奥歯の辺りに入れ(甲B16)、さらに歯を使わないようタオルで猿轡を噛ませた と考えられるから、こういった危険を防ぐため、被告において、これまでも経験がある方法として湿ったティッシュペーパーを患者の奥歯の辺りに入れ(甲B16)、さらに歯を使わないようタオルで猿轡を噛ませたという処置が不適切であるとはいえない。また、前記1(2)アにおいて認定したとおり、亡Bは本件搬送当日、被告の入院指示に従わず、暴れていたのであるから、手足を縛ること自体が亡Bの容態の悪化に結びつくものではないことからすれば、薬剤の効果が切れたときのことを慮って手足を縛ったことも、差し当たりは妥当な措置であったと認められる(エアウェイやバイトブロックの使用については、必ずしも一般の病院に普及しているとは言えないこと(乙B11、12、16)からしてこれを必ず用いなければならないとまでは認められず、本件のような抑制方法を採用したことを前提として、搬送に当たりいかなる注意義務が課されるかという点において考慮すれば足りるものと考えられる。)。 ウ本件注射を行ったことの過失の有無原告は、本件注射に含まれるホリゾン、セレネース、アキネトンはいずれも劇薬であって慎重な投与が必要であり、特にホリゾンは舌根沈下による気道閉塞、呼吸抑制の副作用があることが効能書きにも記載されており、これらの薬剤には呼吸を抑制する作用がある反面、被告が呼吸改善の目的で投与したテラプチクには呼吸を改善する作用に疑問があり、仮にそれがあったとしても極めて短時間しか作用しないものであったから、こういった薬剤を注射したことも過失であったと主張する。 しかしながら、前記1(2)アにおいて認定したとおり、亡Bは本件搬送当日、被告の入院指示に従わず、暴れる様子を見せていたのであるから、安全に搬送するため、ひとまず薬剤で鎮静化させて搬送の準備をするという方針を採ることにも合理 アにおいて認定したとおり、亡Bは本件搬送当日、被告の入院指示に従わず、暴れる様子を見せていたのであるから、安全に搬送するため、ひとまず薬剤で鎮静化させて搬送の準備をするという方針を採ることにも合理性が認められる。そして、本件注射に含まれるホリゾン、セレネース、アキネトンはいずれも1アンプルにとどまり、この量では通常直接死に至るような呼吸抑制が起こるとまでは認められず(乙B16)、他方でホリゾン及びセレネースの鎮静作用の有効性はこれを認めることができ、アキネトンもセレネースの副作用防止のために有効であるから(前記2(4)ウ、エ、オ)、これらを注射したことが過失であるとはいえない。また、被告は本件注射において、呼吸促進を図るため、テラプチクを加えているところ、前記2(4)アにおいて認定したとおり、確かにテラプチクには呼吸賦活効果があるとされており、被告においても、上記薬剤の鎮静作用から来る呼吸抑制に一定の配慮をしていたものと認めることができる(W医師はテラプチクの効果に疑問があるとするが、自身の直接的な体験ではなく、又聞きによるものにすぎず、一般的に認められている効能(甲B6参照)を否定する根拠にはならない。)。さらに、前記1(1)ヌにおいて認定したとおり、ホリゾンとセレネースを一緒に投与することはこれまでの診療においても幾度となく行われており、これにさらにアキネトンを加えたこともあったが、いずれも別段の副作用の発現もなかったのであるから、本件注射を行ったこと自体を過失ということはできない。 エ本件搬送方法の過失の有無原告らは、被告には、本件搬送に当たり、医師や看護師を同乗させず、適切な対処を行い得なかった過失があると主張する。 そこで検討するのに、本件搬送に当たっては、亡Bに対し、口にはティッシュペーパーを入れ 告には、本件搬送に当たり、医師や看護師を同乗させず、適切な対処を行い得なかった過失があると主張する。 そこで検討するのに、本件搬送に当たっては、亡Bに対し、口にはティッシュペーパーを入れた上でタオルで猿轡を噛ませて手足を縛り、呼吸抑制作用もある注射を行って鎮静させていたのであるから、亡Bの呼吸については、呼吸自体は鼻からのものに限られ、呼吸作用も一定程度減弱していたのであって、これは相当程度呼吸が制限されていたものと考えられ、場合によっては舌根沈下が生じ、あるいは口内のティッシュペーパーが咽頭部に落ち込むなどして呼吸が困難になる危険性も十分に考えられたものであったというべきである。加えて、亡B自身は上記のように薬剤で眠らされた上、口は塞がれ、手足も自由を奪われていたのであるから、自ら異常を訴えることは困難であって、搬送者において、亡Bの状態に注意し、適切な処置を行うことが必要であった。 したがって、被告としては、本件搬送に当たって、このような亡Bの状態に細心の注意を払い、わずかな異変も見逃さず、これに適切に対処すべき注意義務があったものというべきであるところ、被告の採った措置は、前記1(1)ト、ナ、(2)において認定したとおり、被告自らは同行せず、当時看護学校の1年生を終了したにすぎず、患者の同意のない搬送については経験のなかったGと、事務員であって医学的な判断、知見に乏しいHの2名に搬送を委ね、連絡体制についても、具体的にどのような点に注意すべきかという細かい指示はせずに、緊急の事態が発生した場合には連絡するようにと述べて携帯電話を渡したにとどまるというものである。 被告は、このときGに対し、5分おきに脈、呼吸、体温及びチアノーゼの有無をチェックし、15分おきに病院に連絡するよう指示したと主張し、被告本人もこ 電話を渡したにとどまるというものである。 被告は、このときGに対し、5分おきに脈、呼吸、体温及びチアノーゼの有無をチェックし、15分おきに病院に連絡するよう指示したと主張し、被告本人もこれに沿う陳述(乙B16、17)をするが、被告の陳述自体、本件搬送当日の警察での取調べではGへの具体的指示について特に言及せず(甲B16)、平成13年2月5日の警察での取調べでは「彼女の呼吸を診ていろ、何かあったら電話をしろ」と指示をしたと供述し(甲B17)、さらに同年12月17日の検察での取調べでは「呼吸に気をつけろ、バイタルチェックを忘れるな、何かあったらすぐ携帯で電話をしろ」と指示をしたと供述しており(甲B19)、その供述が時間を経るごとに詳細になっていくことからすると、上記陳述自体俄には採用し難く、さらに本件搬送を実際に担当したGは本件搬送の直後の取調べにおいて、そのような指示の存在について言及しておらず、そもそも同人は当初搬送用の自動車を運転していたことからすると、運転しながら実行できないような指示が出されていたとみるのは不自然であるし(乙B18、19)、その後、検察官からの被告から具体的な指示があったかとの問いに対し、これを否定しており(乙B20)、さらに、被告の主張するように脈、呼吸、体温等のバイタルサインをこまめにチェックするよう指示をしたのであれば、当然その前提として体温計や血圧計を携帯させるべきであるのに、Gはこれらの器具を持たないまま車に乗り込み、被告もこういった器具を持つよう指示した形跡が窺われないことを併せ考えれば、被告の主張は採用できず、本件搬送時の指示としては、上記のように、もし容態が急変した場合には電話連絡するようにという概括的な指示にとどまっていたものと認められる。 そして、実際の搬送経過としても、前記 採用できず、本件搬送時の指示としては、上記のように、もし容態が急変した場合には電話連絡するようにという概括的な指示にとどまっていたものと認められる。 そして、実際の搬送経過としても、前記1(1)アにおいて認定したとおり、搬送車には体温計や血圧計はなく、Gらが定期的に亡Bのバイタルサインをチェックして被告に連絡することもなく、脈の減弱、呼吸の消失といった重大な変化が生じて初めて慌てて被告と連絡を取り合い、C病院へ急行したものの、手遅れであったというものである。 以上によれば、被告としては、自らが同行するか、少なくとも他の経験豊富な医師ないし看護師を同行させた上、亡Bの容態を常時監視し、必要に応じて即座に抑制を解くなどして亡Bの身体状態に配慮すべきであったものというべきであり、被告にはかかる注意義務に違背した過失があると認められる。この点、本件刑事事件の検察側証人X医師が経験ある医師ないし看護師の同行の必要性を指摘する(甲B14)ほか、弁護側証人のY医師及びZ医師も、一般論としては、経験のある医師、看護師等が同行した方が望ましいことを認めており(乙B11、14)、本件において、被告が亡Bの搬送に同行するなどすべきであったことは、明らかである。 そして、被告がこのような措置を採っていれば、亡Bの呼吸が減弱した段階で直ちに抑制を解除し、必要に応じて人工呼吸をしつつ、救急車を呼ぶことなども可能であり、亡Bが窒息するという事態が引き起こされることもなかったというべきである。 すなわち、被告には、自ら本件搬送に同行するなどして亡Bの身体状態に万全の配慮を尽くして窒息を防止すべき義務があったのにこれを怠った過失があり、この過失によって亡Bの死亡という結果がもたらされたものと認めるのが相当である。 (3) 以上のとお て亡Bの身体状態に万全の配慮を尽くして窒息を防止すべき義務があったのにこれを怠った過失があり、この過失によって亡Bの死亡という結果がもたらされたものと認めるのが相当である。 (3) 以上のとおり、被告による亡Bの本件搬送に関し、抑制を行ったこと、抑制の方法、本件注射を行ったことについてはいずれも過失を認めることができないが、本件搬送に当たって同行するなどして亡Bの身体状態に万全の配慮を尽くすべき義務があったのにこれを怠った過失が認められる。そして、被告の上記過失と亡Bの死亡との間には、因果関係が認められる。 4 争点(2)(損害)について(1) 逸失利益の有無についてア本件において、原告らは、亡Bには逸失利益が認められるべきであり、その基準としては賃金センサスに依拠すべきであると主張するのに対し、被告は、亡Bの病態等に照らし、亡Bには逸失利益を認めることができないと主張する。 そこで検討するのに、前記1(1)カ、ク、コ、セ、タないしテにおいて認定したとおり、亡Bは境界性人格障害と診断され、さらにアルコール依存症も合併し、いずれについてもその診療経過は芳しくなく、自殺未遂ないし重大な自傷行為を繰り返し、アルコール依存症の治療には断酒を励行するため入院治療が欠かせないと考えられるにもかかわらず、本件搬送の直前にはP病院への措置入院が実現せず、同病院をはじめQ病院、J病院、R病院等の入院の要請がいずれも拒絶されるといった状況であったこと、本件搬送の数日前からは幻覚が出現している様子すら窺われたことに加え、前記2(1)エにおいて認定したとおり、境界性人格障害はその治療が容易でなく、患者の受け入れ自体を敬遠する病院も少なくないのであって、さらにその予後が決して良くないことは、本件刑事事件における多くの証人が指摘するとこ て認定したとおり、境界性人格障害はその治療が容易でなく、患者の受け入れ自体を敬遠する病院も少なくないのであって、さらにその予後が決して良くないことは、本件刑事事件における多くの証人が指摘するところである(甲B14、乙B11、12)。本件においてもようやく確保した入院先であるC病院においてもはたして継続的な入院が可能であったか否かは明らかでなく、そして、前記2(2)、(3)において認定したとおり、入院治療ができない場合、アルコール依存症もその予後は楽観できるものではなく、自殺率も大幅に高めるなどするのであって(しかも低年齢の方が予後は悪い。)、これを併発した場合には、当然予後に悪い影響を及ぼすとされていることなどを総合考慮すれば、亡Bの回復可能性にはかなりの程度疑問があり、仮に亡Bが本件搬送前のような生活を維持したとしても、なお治療に相当の費用がかかることも加味すれば、少なくとも、亡Bが将来的にこれらの治療費用や自らの日常生活に最低限要する費用を超えて所得を得ることができた蓋然性は認め難く、逸失利益を認めることまではできない。 原告らは、亡Bの逸失利益の算定をするに当たり、民事訴訟法248条によって損害額を認定すべきであるとも主張するが、本件の場合、そもそも前提となる損害(逸失利益)の存在を認定すること自体に困難があるから、同条適用の余地はないというべきである。 イ原告は、境界性人格障害の患者の予後は必ずしも悪くないと主張するが、まず、論拠として挙げる甲B24(なお、甲B23は甲B24を引用しているものである。)は、海外のチェストナット病院における追跡調査であって、確かに境界性人格障害の患者について相当数の社会復帰例があることが窺われ、また、甲B26(甲B23と同一の筆者によるものである。)も、特定の医師による体験を述べ トナット病院における追跡調査であって、確かに境界性人格障害の患者について相当数の社会復帰例があることが窺われ、また、甲B26(甲B23と同一の筆者によるものである。)も、特定の医師による体験を述べるものであって、これも上記と同様、境界性人格障害の患者について一定の改善率があることが窺われるが、これらはいずれも調査例をあげているものであって、これまでに認定説示したような亡Bの病状、特に境界性人格障害にアルコール依存症を併発し、本件搬送前には急激に病状が悪化していたことを考慮してもなお一般論として適用できるか否かについては疑問があり、亡Bについて逸失利益を認めるべき論拠としては、いまだ十分なものとはいえない。 ウまた、原告らは、亡Bの上記病状の悪化を被告の責任であるとし、被告が招いた病状の悪化を被告の有利に援用すべきでないとも主張するが、前記1(1)において認定した亡Bの診療経過において、少なくとも亡Bの病状の悪化が被告の治療に起因するものであるというべき確たる根拠は見出し難い。前記2(1)において認定したとおり、境界性人格障害の治療は必ずしも容易なものではなく、また、アルコール依存症の根本的治療方法は断酒であるが、これは患者の意思にかかっているところ、現実問題として決して容易ではないことは前記2(2)において認定したとおりである。 したがって、原告らの上記主張は、その前提を欠くものであって、失当である。 エ以上検討したとおり、亡Bについて、死亡による逸失利益を認めることは困難であるというほかはない。もっとも、亡Bにおける将来の回復可能性及びそれによる就労の可能性を完全に否定し切ることもまたできないのであって、この点は、後記(2)アの亡Bの慰謝料の算定において、増額要素の1つとして、その限度において考慮することとする。 回復可能性及びそれによる就労の可能性を完全に否定し切ることもまたできないのであって、この点は、後記(2)アの亡Bの慰謝料の算定において、増額要素の1つとして、その限度において考慮することとする。 (2) 慰謝料額についてア亡Bの慰謝料について亡Bの死亡慰謝料については、以下の事情を考慮すべきである。 まず、亡Bは、本件搬送時31歳であって未だ若年であったこと、上記(1)エにおいて判示したとおり、将来の回復可能性等も皆無とまでは言い切れないし、ほとんど唯一人信頼していた被告の過失によって死の結果を招いたことについては、同女自身の慰謝料を考慮する際には無視し得ない要素と言うべきである。 他方で、亡Bは、前記1(1)カ、ク、コ、セ、タないしテ、2(3)において認定したとおり、これまで幾度となく自殺未遂や自傷行為を繰り返しており、重篤な状態に陥り救急搬送されたこともあったこと、境界性人格障害という治療の難しい病気に罹患していた上、アルコール依存症も併発しており、予後は悪いことが予想され、しかも本件搬送の直前には、P病院を脱院し、P病院、Q病院、J病院、R病院等へ入院受け入れの要請がいずれも拒絶されるなどその病状自体も悪いものであったと推測されることなどの事情も存在している。 さらに、被告に関しては、亡Bに対する従前の治療自体は、頻回に外来診療、往診、訪問看護等を行い(前記1(1)ク、コ、ス)、それらは丁寧かつ熱心なものと評価することができ、亡Bの病態の改善に向けて努力していたものと認められること(原告らは、亡Bの病態が改善しなかったことや被告のカルテ記載が判読し難いことから、被告の治療には疑問があるとするが、これまで認定説示したとおり、境界性人格障害の患者の治療には相応の困難があるから、状態が改 、亡Bの病態が改善しなかったことや被告のカルテ記載が判読し難いことから、被告の治療には疑問があるとするが、これまで認定説示したとおり、境界性人格障害の患者の治療には相応の困難があるから、状態が改善していないから治療が悪かったなどと断定することはできず、また、カルテの文字が判読しがたいことと治療内容に有意な関係があるとも考え難いから、原告らの上記主張は採用できない。)、亡Bが自殺未遂等起こしたときにも適切な救急活動を行い、最終的には大事に至らず済んでいたこと(前記1(1)タ)、本件搬送も、県外への移送であるために救急車を利用することができなかったところ、本来であれば原告らにおいて警備会社に依頼するなどして多額の経済的負担をした上で搬送しなければならないところ(前記1(1)ト)、被告クリニックにおいていわば好意で搬送したものであることなど、一概に亡Bの死亡に至った経緯について同女の死亡後に第三者が強い非難を向けるには躊躇される事情も存在する。 以上のほか、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、本件における亡Bの死亡慰謝料としては、1500万円を認めるのが相当である。 イ原告ら固有の慰謝料について本件においては、乙A1ないし3において記載されている診療経過からも容易に推測できるように、亡Bの境界性人格障害には、前記1(1)イの被害が大きく影響していることが容易に看取されるところ、前記1(1)ク、コ、シ、ソにおいて認定したとおり、亡Bは、このときの原告らの対応に少なからぬ不服を抱いており、さらに、原告らに対してはもちろん肉親としての愛情も感じていたものの、根強い不満も繰り返し述べていたところであって、原告らとの関係については原告らが陳述ないし供述するほど円満であったとは考えにくいこと、前記1(1)サ、ソにおいて認定 親としての愛情も感じていたものの、根強い不満も繰り返し述べていたところであって、原告らとの関係については原告らが陳述ないし供述するほど円満であったとは考えにくいこと、前記1(1)サ、ソにおいて認定したとおり、原告らとしても、一応地元で治療を受けさせようと試みたことはあったものの、被告クリニックでの治療を希望する亡Bの意思に強く反対はせず、結局亡Bの面倒を専ら被告に委ねる結果になっていたこと、亡Bは、平成5年4月に上京して以来、本件搬送によって死亡した平成13年1月まで8年弱の期間を原告らとは離れて生活していたことなどの事情が存するところであり、このように亡Bと原告らとの関係が通常の親子としての親密な関係というにはやや疑問があることに照らすと、原告ら固有の慰謝料を認めるべきかという点にはなお疑問が残り、当裁判所としては、上記アにおいて認容した亡B自身の慰謝料に加えて原告ら固有の慰謝料を認めることまではできないものと判断する。 (3) その他の損害についてア葬儀費用亡Bの葬儀費用中、被告の過失と因果関係のあるものとして原告各自につきそれぞれ60万円を相当な損害と認め、各2分の1ずつを原告ら各自の損害と認める。 イ弁護士費用原告らは、原告ら代理人弁護士らに本訴提起及び訴訟追行を委任したが、被告の過失と因果関係ある弁護士費用は原告各自につきそれぞれ80万円が相当であると認める。 (4) 合計上記(2)の額を原告らが各2分の1ずつ相続し、これに上記(3)の額を加えると、原告ら各自についての損害額は、それぞれ890万円となる。 5 結論以上によれば、原告らの請求は、主文の限度で理由があるからその限度でこれらを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。 主文 以上によれば、原告らの請求は、主文の限度で理由があるからその限度でこれらを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官藤山雅行 裁判官金光秀明 裁判官熊代雅音
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