平成27年第1162号覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件平成28年5月19日千葉地方裁判所刑事第2部判決 主文 被告人両名は無罪。 理由 1 本件公訴事実本件公訴事実は,「被告人両名は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,平成27年5月22日(現地時間),タイ王国所在のスワンナプーム国際空港において,ジェットアジア・エアウェイズ第988便に搭乗する際,覚せい剤1628.53グラムを隠し入れた浄水器用フィルター3個を収納した箱及び覚せい剤741.14グラムを隠し入れたコーヒーメーカー5個を収納したスーツケースを機内預託手荷物として預けて同航空機に積み込ませ,同日,千葉県成田市所在の成田国際空港内の駐機場において,同空港関係作業員に,同箱及び同スーツケースを同空港に到着した同航空機から機外に搬出させ,もって覚せい剤取締法が禁止する覚せい剤の本邦への輸入を行うとともに,同日,同空港内の東京税関成田税関支署第2旅客ターミナルビル旅具検査場において,同支署税関職員の検査を受けた際,関税法が輸入してはならない貨物とする前記覚せい剤を携帯しているにもかかわらず,その事実を申告しないまま同検査場を通過して輸入しようとしたが,同職員に前記覚せい剤を発見されたため,これを遂げることができなかったものである。」というものである。 2 争点本件の争点は,被告人両名が,タイから日本に持ち込んだ浄水器用フィルター3個(以下,「本件浄水器」という。)及び判示スーツケース(以下,「本件スーツケース」という。)に収納されたコーヒーメーカー5個 (以下,「本件コーヒーメーカー」といい,本件浄水器と併せて「本件浄水器等」という。)内に,覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているとの認識を有していたか否かで 収納されたコーヒーメーカー5個 (以下,「本件コーヒーメーカー」といい,本件浄水器と併せて「本件浄水器等」という。)内に,覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているとの認識を有していたか否かである。 3 依頼内容の不自然さについて(1) 関係証拠によれば,以下の事実を認定できる。 被告人両名は,平成27年5月2日(現地時間。以下,外国の出来事は全て現地時間である。また,特に断りのない限り,年については平成27年のことである。)から同月9日頃までの間に,知人であるCと称する女性(以下,「C」という。)から,被告人両名が,浄水器等の何らかの商品見本を,団体ツアーに参加する際に持ち込む方法によりタイから日本へ運搬すれば,報酬5万バーツを支払う,その際に発生する団体ツアーの旅行代金を含む渡航費用や日本における滞在費も全て負担する旨の依頼(以下,「本件依頼」という。)をされたため,これを引き受けることとした。 その後,被告人両名は,遅くとも,5月22日,タイのスワンナプーム国際空港発の航空機に搭乗するまでに,依頼者側の人物から本件浄水器等を渡され,これらを機内預託手荷物として同空港に預け,同空港から航空機で出発し,同日,本邦へ入国した。 (2) そうすると,このような依頼は,商品見本の中身が具体的に明らかになっていないのに,それをそのまま日本へ持ち込むことを引き受けさえすれば,自己資金を一切出さずに日本へ旅行することができ,しかも,帰国後には高額の報酬が得られるという余りにも怪しげでうまい話なのであるから,このような内容の依頼をされた者としては,その時点で,依頼者が述べるとおりの商品見本の運搬が真の目的ではなく,依頼者が述べる商品見本の中には,多額の渡航費用等をかけてまで人の手で直接外国まで運搬することに見合う価値のある物品が隠匿さ は,その時点で,依頼者が述べるとおりの商品見本の運搬が真の目的ではなく,依頼者が述べる商品見本の中には,多額の渡航費用等をかけてまで人の手で直接外国まで運搬することに見合う価値のある物品が隠匿されており,その隠匿物の運搬をさせられるのではないかとの疑いを通常は抱くはずである。そして, 被告人両名は,そのような依頼を引き受けた後に,本件依頼の依頼者等から本件浄水器等を受け取ったことになるのであるから,上記のような物が本件浄水器等内にそれぞれ隠匿されているかも知れないことに通常であれば気付くはずであるし,それらの内部に隠匿して運搬可能な物の一つとして,覚せい剤を含む違法薬物があり得ることも,容易に思い付くはずである。したがって,被告人両名は,特段の事情がない限り,タイで本件浄水器等の中に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されているかも知れないとの認識を有していたものと推認することができる。 4 被告人両名の弁解内容(1) これに対し,被告人両名は,Cからの依頼に応じ,本件浄水器等をタイから日本へ運搬した経緯について,当公判廷において,要旨,以下のとおり供述し,Cから本件依頼を受けてから日本へ渡航するまでの間,違法薬物の運搬ではないかと疑ったことは一度もなかったと主張している。 ア被告人Aは,遊園地の研修生として仕事に就いており,5月下旬頃には,正式な従業員として雇用され月額約9500バーツの給料を得る予定であった。また,被告人Aは,生活費が足りなくなると,母親からお金を借りていた。被告人Bは,レストランの従業員として同月1日から働いており,月額約1万バーツの給料が得られることが見込まれており,給料が出るまでの間は,被告人Aに生活費を出してもらっていた。 被告人両名は,本件犯行の2年前頃に知り合い,しばらくした後,恋人として交 おり,月額約1万バーツの給料が得られることが見込まれており,給料が出るまでの間は,被告人Aに生活費を出してもらっていた。 被告人両名は,本件犯行の2年前頃に知り合い,しばらくした後,恋人として交際するようになった。また,被告人Aは,本件以前にラオスに旅行した以外は国外へ旅行したことがなく,被告人Bは全く国外旅行の経験がなく,両名とも日本語を全く使えず,英語もほとんど理解することはできなかった。 イ被告人Bは,約2年前に職場でCと知り合い,約1年間同僚として一緒に働いていく中で,Cを姉のように慕うようになっていった。また, 被告人Bは,仕事を辞めた際に,Cからいい仕事があれば紹介する旨言われた。その後もCとの交際は本件犯行に至るまで継続していた。 被告人Aは,被告人BとCの関係を知っており,また,被告人Bを通じてCと知り合い,その後,フェイスブックのメッセージ等を利用して連絡を取り合っていた。 ウ被告人Aは,5月2日,Cから「浄水器等の商品見本を,被告人Bと共にツアー客として日本に行き,恋人の友人の下に届けて欲しい。報酬のほか,パスポートの取得費用,ツアー代金を含む日本への渡航費用,日本における滞在費用についても全て支払う。」旨の仕事の勧誘を受けた。 この説明を聞き,被告人Aは,ラオスに旅行した時の経験から脱税の疑いを持ったが,Cにそのことを伝えて否定され,その疑いがなくなったことなどから,被告人Bと一緒に行くことを前提にして,本件依頼を引き受けることにした。その後,被告人Aは,Cから本件依頼の報酬が被告人両名で5万バーツ,1人なら3万バーツである旨告げられた。 エ被告人Bは,5月2日,Cから「被告人Aと共に日本へお土産を運搬して欲しい。報酬は2人で5万バーツ,渡航費用や日本における滞在費用についても全て支払う。」 人なら3万バーツである旨告げられた。 エ被告人Bは,5月2日,Cから「被告人Aと共に日本へお土産を運搬して欲しい。報酬は2人で5万バーツ,渡航費用や日本における滞在費用についても全て支払う。」旨の仕事の勧誘を受けた。被告人Bは,報酬が高額だと感じ,本当に日本に渡航できるのか半信半疑であったが,被告人Aと相談し,同人が行くというので,上記の依頼を引き受けることとした。 オ被告人両名は,同月11日頃,パスポートを申請した際,Cから日本へ運搬する物は,浄水器の商品見本である旨告げられた。被告人Bは,この時点で初めて,日本への渡航が現実の話だと思うようになった。また,被告人Aは,大きなスーツケースを所持していなかったことから,本件スーツケースをCから借りることにした。 カ同月21日の夜,被告人両名は,ホテルの部屋で,C及びその恋人 に会った。そこには,本件浄水器が在中する箱が袋に包まれた状態で置いてあったほか,本件コーヒーメーカーや食料品等が収納されていた本件スーツケースも置いてあった。被告人両名は,Cから,本件浄水器は,ツアーの日程途中の新宿のデパートで,Cの恋人の友人に渡すように指示され,また,本件コーヒーメーカーについても,お土産としてその友人に渡すように指示をされた。被告人両名は,本件浄水器等についてそれ程綿密に確認することはなかった。 キ同月22日,被告人両名は,Cとともに空港に向かい,本件浄水器が在中する箱をツアーの添乗員の指示で袋から出し,本件スーツケースと共に機内預託手荷物として預け,日本へ渡航した。 (2) 以上の被告人両名の弁解内容は,少なくとも客観的な事実関係に関する部分は,相互に整合しており,その信用性を支え合っている上,供述も一貫しており,被告人AとCとの間におけるフェイスブックのメッセージ 以上の被告人両名の弁解内容は,少なくとも客観的な事実関係に関する部分は,相互に整合しており,その信用性を支え合っている上,供述も一貫しており,被告人AとCとの間におけるフェイスブックのメッセージの連絡状況とも整合するものであるから,信用することができる。よって,渡航経緯に係る客観的な状況については,被告人両名の弁解を前提に,以下判断する。 5 被告人両名の弁解の検討(1) たしかに,上記の被告人両名の弁解を前提としても,本件浄水器又はそのイラスト等が記載された外箱等を実際に目にしたならば,それらは,配送ではなく,わざわざ複数名で,しかもツアー旅行を利用して直接運搬する必要性を感じさせる物ではないことから,ビジネスとしての合理性に疑問を抱くのが通常であるし,本来の依頼人であるCの恋人の素性が分からないことはCへの信頼から生まれる本件依頼への信用度を低下させる事情であるようにも思える。 しかしながら,当裁判所は,本件依頼の誘いを受けてから日本へ渡航するまでの間,違法薬物の運搬ではないかと疑ったことは一度もなかったと いう被告人両名の弁解が必ずしも排斥できないと判断したので,以下その理由を述べる。 ア被告人両名とCとの関係性まず,一方で,被告人Bは,本件依頼の誘いを受けた頃,Cと親密な関係にあり,他方で,被告人Aもそのような関係を知っており,自身もCと連絡を取り合っていたのであるから,被告人両名が,本件依頼について,金銭的に余裕があるCが被告人両名のために特別に条件のいい仕事を用意してくれたものと考えたとしても不自然ではない。このことは,本件依頼に関するメッセージのやり取りがなされた直後に送られた「私はもういい生活ができたから,あなた達にも金持ちになって欲しいわ。」というCからのメッセージに対し,被告人Aが「優しい 。このことは,本件依頼に関するメッセージのやり取りがなされた直後に送られた「私はもういい生活ができたから,あなた達にも金持ちになって欲しいわ。」というCからのメッセージに対し,被告人Aが「優しいですね愛していますうらやましいです」というメッセージを返していることや,被告人AがCに対して,「姉さんがベル(被告人B)の知り合いで良かったです。でなければ,このようなチャンスはないと思います。」というメッセージを送っていることとも符合する。そうすると,被告人両名は,本件依頼を経済合理性に基づく純粋なビジネスとは考えていなかった可能性が高いから,本件依頼の仕事内容と報酬や経費等が釣り合っていないからといって,直ちに被告人両名が,本件依頼について,違法薬物の運搬ではないかとの疑問を持っていたとまで結論付けることはできない。また,被告人両名で日本へ渡航し,2人で運んだ方が報酬が高額になることやツアー旅行を利用することなど,商品見本の運搬という本来の仕事内容からすれば疑いに結びつくような事情についても,恋人との旅行というプレゼントとしての意味合いも持つ依頼と考えていたので,疑念に結びつけなかったというのもあり得ないことではない。そして,信頼できるCが具体的な仕事の内容を把握しており,被告人両名のために便宜を図って仕事の仲介をしてくれているという状況下では,被告人両名が事業主とされているCの恋人に関する 素性を特段気にしなかったというのが不自然であるとまではいえない。 これに対し,検察官は,被告人BとCの関係は,結局のところ,会社の元同僚以上のものではないから,最終的に被告人Bが本件依頼を何の疑いも持たずに信じたのはおかしい旨主張する。しかし,被告人BとCが親密な関係にあったことは,当公判廷における被告人Aの供述や被告人AとCとのメ のものではないから,最終的に被告人Bが本件依頼を何の疑いも持たずに信じたのはおかしい旨主張する。しかし,被告人BとCが親密な関係にあったことは,当公判廷における被告人Aの供述や被告人AとCとのメッセージのやり取りからも裏付けることができ,これを排斥する証拠は見当たらない。そうすると,被告人Bが,本件依頼について,信頼できるCから,以前に話のあった仕事の斡旋を実際に受けたものと考えたとしてもあながち不自然ではない。 また,検察官は,被告人Aは,本件依頼がなされるまでCと一度しか会ったことがなく,それ程深い関係にはなかったのであるから,脱税であることを疑っていた被告人AがCの言葉を何の疑いもなく信じ込むはずがない旨主張する。しかしながら,被告人Aは,Cと被告人Bとが前記のような関係にあることは知っており,また,当公判廷で取り調べられた証拠だけでも,被告人AとCとの間では,数時間にわたりプライベートな内容を含んだメッセージのやり取りをしていたことが認められるのであるから,被告人AもCに対し,かなりの程度心を許していたものと窺える。以上のような被告人AとCとの関係性からすると,一度は脱税を疑っていた被告人Aであっても,Cの言葉をそのまま信じることがあり得ないとまではいえない。なお,実際にも,本件依頼は,商品をそれと分かる状態で運搬する仕事であったのであるから,最後まで脱税の疑念が生じる余地はなかったといえる。 イ本件浄水器の価値等に関する被告人両名の認識加えて,被告人両名は,本件浄水器の値段や価値等については知らされておらず,むしろ,依頼者がそれを使ってコピー商品を作るなどと本件運搬行為の経済的価値が浄水器本体の値段だけでは決まらない趣旨の説明 をされており,また,本件浄水器を渡航直前に渡され,これを綿密に確認することもな 者がそれを使ってコピー商品を作るなどと本件運搬行為の経済的価値が浄水器本体の値段だけでは決まらない趣旨の説明 をされており,また,本件浄水器を渡航直前に渡され,これを綿密に確認することもなかったのであるから,本件浄水器を商品見本として日本へ運搬することで,どの程度の利益が生まれるかは具体的には分かっておらず,本件依頼内容と報酬・経費等との経済的な不均衡がどの程度であるのかについて,終始十分に検討できなかった可能性が高い。 ウ被告人両名が本件依頼を引き受けるに至った動機さらに,被告人両名は,裕福であったとはいえないものの,本件犯行時頃に,それぞれ相応の収入又はその具体的な当てを有しており,大金を必要とするような事情もなかったのであり,また,被告人Aは両親からの相応の経済的援助を受けることができ,被告人Bは被告人Aの経済力を頼って生活ができていたのであって,被告人両名とも,運び屋としてのリスクを覚悟した上で,二,三か月分の月収額程度の報酬を目当てに本件依頼を引き受けなければならない強い動機があったとは,証拠上窺えない。むしろ,被告人Bは,当公判廷において,報酬よりも日本に渡航できることを楽しみにしていたなどと供述しており,当初から本件依頼の報酬内容について,それ程関心を示していなかったことが窺える。 エ本件依頼に関する連絡状況そして,被告人両名とC等との関係性に照らせば,仮に被告人両名のいずれか一方が,本件依頼について,違法薬物の運搬ではないかとの疑いを持っていたのであれば,そのことを他方の被告人に伝えたり,あるいはC等に確認したりするのが通常であるはずなのに,そのようなやり取りがなされたことは証拠上窺えない。特に被告人AとCとの間では,当公判廷で取調べられた証拠だけでも5月2日から同月14日にかけてフェイスブック 認したりするのが通常であるはずなのに,そのようなやり取りがなされたことは証拠上窺えない。特に被告人AとCとの間では,当公判廷で取調べられた証拠だけでも5月2日から同月14日にかけてフェイスブック上で頻繁なメッセージのやり取りがなされているのに,その中で,被告人AがCに対し,タイから日本へ商品見本を運搬することについて疑問や不安を投げかけるようなメッセージはおろか,運搬対象物について関心 を示すようなメッセージすら送られていない。また,Cにそのような疑問を伝えられない事情も窺えない。 これに対し,検察官は,被告人Aが,Cから仕事の依頼をされた後,それまで直接会ったことがないDと称する人物(以下,「D」という。)に対し,「彼女が行くようにさせたとき何をしに行ったんですか?」というメッセージを送ったことや,Cに対し,「(Bが)行きたがっています。 でも怖いと言いました。」というメッセージを送ったことは,被告人Aが本件依頼について,疑問に思っていたことを示す事情である旨主張する。 しかしながら,いずれのメッセージも,被告人Aがいうように言葉の問題等に関する不安を解消するために送ったものとも解釈し得る。なお,この不安が,ツアーに日本語を話せる添乗員が同行することだけで解消していないことも十分考えられる。また,Dに対して上記メッセージを送ったのは,実際に日本へ渡航したDに対しそのときの状況を聞く趣旨であるから,依頼者であるCではなく,Dに聞いたとしても何ら不自然なことではない。したがって,上記のメッセージの内容が,必ずしも検察官が主張するように被告人Aが本件依頼について疑問に思っていたことを示す事情であるとまではいえない。 また,検察官は,被告人AがCに対し,「(Bが)行きたがっています。 でも怖いと言いました。」というメッセージを送 被告人Aが本件依頼について疑問に思っていたことを示す事情であるとまではいえない。 また,検察官は,被告人AがCに対し,「(Bが)行きたがっています。 でも怖いと言いました。」というメッセージを送っていることから,現実にも被告人Bが被告人Aに対し,本件依頼に関する不安を吐露していた旨主張する。しかしながら,この点に関しては,被告人両名ともに明確に否定していることや,被告人AがDに対しても同様に虚偽の内容のメッセージを送って同行を暗に依頼していることからすれば,真実は被告人Bが怖いなどと言っていないのに,被告人AがCの気をひくために虚偽の事実を伝えた可能性は十分にあり得る。 オ入国時の被告人両名の様子 加えて,被告人両名は,成田国際空港の検査台における税関検査を受ける際,外観から一見するだけで浄水器が在中していると判別することができ,ツアー旅行客の所持品として不自然な箱をむき出しの状態で持参するなど,本件浄水器を隠そうとした様子は証拠上一切窺えない。この事実は,被告人両名が,本件浄水器等に違法な物が隠されていると考えていなかったことと整合する。 (2) 以上の各事実に,被告人両名が,いずれも若年で社会経験を十分に有しておらず,海外旅行への期待感に浮足立っていたことも加味すれば,本件依頼について,Cの言葉を完全に信じてしまったため,違法薬物の運搬ではないかという疑いは一度も持たなかったという被告人両名の弁解も一概に不自然,不合理であるとまでいうことはできない。 そして,被告人両名は,Cらから,お土産として本件コーヒーメーカーを運搬する旨依頼され,これを引き受けているが,本件依頼について疑問を抱いていないのであれば,本件依頼と同様に,Cに言われるがまま何の疑問も抱くことなく,本件浄水器の運搬のついでに本件コーヒーメーカ を運搬する旨依頼され,これを引き受けているが,本件依頼について疑問を抱いていないのであれば,本件依頼と同様に,Cに言われるがまま何の疑問も抱くことなく,本件浄水器の運搬のついでに本件コーヒーメーカーを運搬することも決してあり得ない話ではない。また,旅行がプレゼントの意味合いを有していること,本件スーツケースを貸してもらった上でその中にすでに入れられていたことからすれば,本件コーヒーメーカーが,「ついで」としては多すぎる荷物であるとの点について疑義を感じなかったのも不自然であるとまではいえない。そうだとすると,本件依頼について最終的には何も疑問に思わなかったという被告人両名の弁解を排斥することはできないという本件事情の下においては,本件コーヒーメーカーについても何も考えずに運搬してしまったという被告人両名の弁解も同様に不自然,不合理であるとはいえない。 6 その他の検察官の主張の検討(1) 被告人Aの母親の忠告について 検察官は,被告人Aは,本件依頼について,違法薬物を運ばされるのではないかと母親から忠告されたと述べているにもかかわらず,Cを信じてしまったことについて合理的な理由を説明できていない旨主張する。しかしながら,前記のとおりの被告人AとCとの関係性に加え,被告人Aがまだ若く,恋人と2人で海外旅行に行けることで気持ちが高揚していたことや,そもそも,母親の忠告も毎日のように電話していた中での一度の出来事である上,運び屋との疑念以外に人身売買といった明らかに現実離れしていると感じられる疑念を含んだものであったことも併せ考えれば,母親の忠告を単なる杞憂と聞き流し,Cの言葉を一方的に信じてしまうこともないとはいえない。このことは,証拠上,脱税の疑いについてはCや被告人Bに相談していた被告人Aが,母親の忠告については えれば,母親の忠告を単なる杞憂と聞き流し,Cの言葉を一方的に信じてしまうこともないとはいえない。このことは,証拠上,脱税の疑いについてはCや被告人Bに相談していた被告人Aが,母親の忠告については,Cとの頻繁なメッセージのやり取りの中においても全く相談を行っておらず,恋人であり一緒に日本へ渡航することになる被告人Bに対しても相談した形跡が窺えないこととも符合する。 (2) 税関検査時の言動検察官は,被告人両名には,税関検査の際,違法薬物の隠匿を疑っていたことを示す言動がある旨主張する。すなわち,①被告人両名は,税関検査の際,確認書等に商品サンプルや他人から預かった物等はない旨の虚偽の記載をしており,②また,被告人Aは,X線検査の際,本件コーヒーメーカーに影が映し出されていただけで,まだ中身が何か明らかになっていない段階で,自分から「きっと悪いやつだわ。薬方面かな。」などと違法薬物が隠匿されていることを疑っていたことを示す言動をとっており,③さらに,被告人Bは,X線検査で,本件浄水器や本件コーヒーメーカーに異影が映し出された時だけでなく,それらの中から白色の薬物が見つかった時も,特に動揺したりする様子はなかったのであるから,違法薬物が隠されていたことを疑っていたはずであるというのである。 しかしながら,まず,①については,検査の面倒を避けるために預かった物等がない旨虚偽の申告をすることは間々あることであり,また,被告人両名の英語能力や日本語能力を踏まえれば,通訳人が到着する前の段階では,タイ語の確認書であったとしても,記載内容がよく分からないまま申告してしまった可能性もある。むしろ,被告人両名は,タイ語の通訳人が到着した後は,ほぼ一貫して本件浄水器等が預かり物であり,新宿のデパートにいる人に渡すという当公判廷におけ 容がよく分からないまま申告してしまった可能性もある。むしろ,被告人両名は,タイ語の通訳人が到着した後は,ほぼ一貫して本件浄水器等が預かり物であり,新宿のデパートにいる人に渡すという当公判廷における供述にも沿う言動を採っていることからすれば,なおさら確認書等に虚偽の記載があることをもって,違法薬物の隠匿を疑っていたなどということはできない。また,②については,被告人Aは,以前に薬物の密輸事件について,ニュースで見聞きしていた上,予めX線検査の前に税関職員に輸入禁止品の一つとして薬物の写真が載っている書類を見せられていたのであるから,仮に当初は違法薬物が隠匿されているとの認識を持っていなかったとしても,X線検査で異影が発見された段階で,その可能性に気付くことは十分にあり得る。 むしろ,X線検査での異影に関していえば,被告人Aは,異影が発見された後,目に涙を溜めたり,預けた人に対する感情を露わにするなど,それまでは違法薬物の存在を疑っていなかった者として自然な言動を採っている。さらに,③についても,内心が態度や表情等にどう表れるかについては,個人差があるのものであるから,被告人Bが動揺しているように見えなかったからといって,被告人Bが本件浄水器等に違法薬物が隠匿されていることを知っていたことを推測させる力は弱いというべきである。 7 結論これまで検討したところによれば,違法薬物の隠匿を通常は疑うべき状況にあったとは認められるものの,検察官が主張するいずれの点を踏まえて考えてみても,それ以上に被告人両名が本件浄水器等に覚せい剤を含む違法薬物が隠匿されていたことを現に疑っていたことを示す言動があっ たと認めることはできない上,被告人両名の弁解によれば,そのような疑いを持つことができなかった特段の事情がないとはいえないから,被告 が隠匿されていたことを現に疑っていたことを示す言動があっ たと認めることはできない上,被告人両名の弁解によれば,そのような疑いを持つことができなかった特段の事情がないとはいえないから,被告人両名に違法薬物についての認識があったと認めることには合理的な疑いが残る。 したがって,本件公訴事実について犯罪の証明がなく,刑事訴訟法336条により被告人両名に対し無罪の言渡しをする。 (求刑被告人両名に対し,それぞれ懲役12年,罰金500万円並びに覚せい剤46袋,現金2万円及び4600タイバーツの没収)(裁判長裁判官金子武志裁判官岡部絵理子裁判官野上幸久)
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