昭和38(ネ)720 普通預金払戻請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和42年2月27日 福岡高等裁判所
ファイル
hanrei-pdf-23596.txt

タグ

判決文本文6,160 文字)

主文 原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。事実 控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上の主張・証拠関係は、一、 控訴代理人において(一) 訴外Aは、控訴銀行に届出の印と同一の押印ある本件普通預金払戻請求書を持参し、被控訴人の正当な代理人としての外観を備えていたから、本件預金債権の準占有者である。また、控訴銀行の係員は、Aが被控訴会社の実力者ないしは幹部であることをよく承知しており、そのうえ、大丸タクシー株式会社における関係でも、Bは副社長、Aは経理課長として控訴人との間の銀行取引を通じ顔なじみであつたからこそ、控訴人はAが真実被控訴会社の代理権を有するものと信じて本件払戻に応じたものである。よつて、控訴人のAに対する弁済は善意無過失であつたというべきであるから、被控訴人の本訴請求は失当である。(二) 訴外Aは、被控訴会社の取締役および会計担当者として被控訴会社設立に関する一切の事務を処理する権限を有していたのであるから、仮りにAの本件預金払戻の請求は同人の越権行為であつたとしても、控訴人はAにその権限があるものと信じ、かく信じるについて正当の理由があつたのであるから、被控訴人は民法一一〇条により本人としての責任を免れない。(三) 仮に控訴人に本件預金債務の支払義務があるとすれば、控訴人の二重払は、被控訴人の被用者であるAが、その事業の執行について控訴人に加えた損害にほかならないから、被控訴人は使用者としてこれが損害を賠償すべき責任がある。よつて、控訴人は右損害賠償請求権をもつて本件預金債務と相殺の意思 用者であるAが、その事業の執行について控訴人に加えた損害にほかならないから、被控訴人は使用者としてこれが損害を賠償すべき責任がある。 に本件預金債務の支払義務があるとすれば、控訴人の二重払は、被控訴人の被用者であるAが、その事業の執行について控訴人に加えた損害にほかならないから、被控訴人は使用者としてこれが損害を賠償すべき責任がある。よつて、控訴人は右損害賠償請求権をもつて本件預金債務と相殺の意思 用者であるAが、その事業の執行について控訴人に加えた損害にほかならないから、被控訴人は使用者としてこれが損害を賠償すべき責任がある。よつて、控訴人は右損害賠償請求権をもつて本件預金債務と相殺の意思表示をする。と述べ、立証として、乙第六ないし第一三号証を提出し、当審証人C、D(第一、二回)、E(第一、二回)F、G、H(第二回)の各証言と当審鑑定人Iの鑑定の結果とを援用し、後記甲第一三号証の成立を認め、二、 被控訴代理人において、当審における控訴人主張の抗弁事実は否認する。被控訴人の当審における相殺の抗弁は、時機におくれた防禦方法であるから却下されるべきものである。のみならず、Aは被控訴会社の専務取締役として行動したのではなく個人として行動したのであるから、控訴人は、同人の相続人(昭和三五年九月二九日にAは死亡)に対して損害賠償を請求すべきであつて、被控訴人に請求するのは筋違いである。いずれにしても控訴人の抗弁は理由がない、と述べ、立証として甲第一三号証を提出し、当審証人H(第一回)J、Kの各証言、当審被控訴代表者尋問の結果および当審鑑定人Lの鑑定の結果とを援用し、前記乙第六ないし第九号証の成立は不知、その余の前記乙号各証の成立を認めると述べた。ほか、原判決の事実摘示と同様であるからこれを引用する。理由 一、 被控訴人が昭和三四年六月六日控訴銀行大分支店に普通預金として金二九〇万円を預け入れたこと、控訴銀行が訴外Aの払戻請求に応じ、昭和三四年六月一〇日金二四〇万円を、翌一一日金五〇万円を同人に払戻したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。よつて、控訴人主張の抗弁について判断する。二、 控訴人は訴外Aが被控訴会社の専務取締役として本件預金の払戻を受ける権限を有していたから、被控訴人がした前示弁 、以上の事実は当事者間に争いがない。よつて、控訴人主張の抗弁について判断する。二、 控訴人は訴外Aが被控訴会社の専務取締役として本件預金の払戻を受ける権限を有していたから、被控訴人がした前示弁済は有効である旨主張するが、成立に争いがない甲第一二号証によればAは被控訴会社の単なる平取締役の一員であつたにすぎない事実を認めることができるのみならず、成立に争いがない甲第二、第三、第八、第九号証中にはAが本件預金の払戻を請求するに必要な印を保管し事務を処理していたなど前示控訴人の主張に副うかのような記載があるけれども、右の証拠は成立に争いがない甲第四、第五、第七号証と原審被控訴代表者尋問の結果とに照らし措信することができないし、他にAが本件預金の払戻を受ける代理権限を有していた事実を認めるに足る証拠はないから、前示控訴人主張の抗弁は採用することができない。 ない甲第二、第三、第八、第九号証中にはAが本件預金の払戻を請求するに必要な印を保管し事務を処理していたなど前示控訴人の主張に副うかのような記載があるけれども、右の証拠は成立に争いがない甲第四、第五、第七号証と原審被控訴代表者尋問の結果とに照らし措信することができないし、他にAが本件預金の払戻を受ける代理権限を有していた事実を認めるに足る証拠はないから、前示控訴人主張の抗弁は採用することができない。三、 次に前示Aに対する本件預金の払戻が債権の準占有者に対する弁済として有効である旨の抗弁について判断する。成立に争いがない甲第一、第五ないし第九号証(ただし甲第八、第九号証は前示措信しない部分を除く)、第一二号証、同じく成立に争いがない乙第一ないし第四号証、第五号証の一・二、第六ないし第一二号証、原審証人M、原審と当審証人E同D(いずれも当審は第一、二回)、当審証人H(第一・二回)、同F、同Jの各証言および原審と当審被控訴代表者尋問の結果を総合すれば、左の事実を認めることができる。(一) 被控訴会社は昭和三四年六月四日に設立されたが、その代表取締役となつたBは、以前から訴外大丸タクシー株式会社の副社長をも兼ねており、Aは右訴外会社の経理主任としてBの下で働きその経理能力を買われていたので、同人が前示被控訴会社を設立するに際しては、Aはその相談対手となり定款の起草、株式払込金 ー株式会社の副社長をも兼ねており、Aは右訴外会社の経理主任としてBの下で働きその経理能力を買われていたので、同人が前示被控訴会社を設立するに際しては、Aはその相談対手となり定款の起草、株式払込金委託契約書、株主名簿の作成などの設立事務に従事してBを補助してきた。なお被控訴会社は独立の事務所を持たずその設立事務は前示訴外会社の事務所を使用して行われた。そして、被控訴会社の設立と同時にAは取締役の一員として名を連ねた。(二) 前示大丸タクシー株式会社は被控訴人とかねてより銀行取引があり、Aは右訴外会社の経理事務一切をやつていたので、訴外会社の預金の出し入れ、手形資金の操作などの経理事務に関して、しばしば控訴銀行に出入りし、銀行員とは顔なじみとなつていた。(三) ところで、Bは被控訴会社の設立に当り、払込の取扱を控訴人に委託し、その結果別段預金として金三〇〇万円を預け入れていたが、その設立登記を完了した後の昭和三四年六月六日Aも列席する場で控訴銀行の係員に指示して、右別段預金を被控訴会社(商事部)取締役社長B名義で、内金二九〇万円を普通預金に残金一〇万円を当座預金に振り替えた。 務に関して、しばしば控訴銀行に出入りし、銀行員とは顔なじみとなつていた。(三) ところで、Bは被控訴会社の設立に当り、払込の取扱を控訴人に委託し、その結果別段預金として金三〇〇万円を預け入れていたが、その設立登記を完了した後の昭和三四年六月六日Aも列席する場で控訴銀行の係員に指示して、右別段預金を被控訴会社(商事部)取締役社長B名義で、内金二九〇万円を普通預金に残金一〇万円を当座預金に振り替えた。(四) その後同月一〇日、AはたまたまBの出張不在中同人が保管していた控訴銀行に届出の被控訴会社代表取締役の印を盗んで普通預金払戻請求書二通に押捺し、金二四〇万円と金五〇万円との二通の払戻請求書を作成して控訴銀行員に対し、「預金通帳は持参しないが、後刻直ぐに持つてくる。手形の決裁資金として金二四〇万円入要だから至急払い戻ししてくれ。残りの金五〇万円は明日手形が廻つてくるからその決裁資金に宛ててもらいたい。」と言つてこれを提出し本件預金の払戻を請求した。(五) 控訴銀行係員は、Aにおいて本件普通預金通帳は呈示しなかつたけれども、届出の代表者印と前示払戻請 てくるからその決裁資金に宛ててもらいたい。」と言つてこれを提出し本件預金の払戻を請求した。(五) 控訴銀行係員は、Aにおいて本件普通預金通帳は呈示しなかつたけれども、届出の代表者印と前示払戻請求書の押印とを照合し、その同一であることを確認し、かつ、Aは得意先たる訴外大丸タクシー株式会社において副社長Bの下で経理主任をしており、しばしば控訴銀行に出入りし面識の間柄であること、また控訴銀行は被控訴会社の払込取扱を委託されていた関係で、AがBを補助して被控訴会社の設立事務にも従事し、その設立後は取締役の一員として名を連ねていたことなどの事情を知つていたので、Aには本件預金払戻請求の代理権限があるものと信じ、同人の請求にしたがい本件普通預金の払戻をした。以上の事実を認めることができ、前示被控訴代表者尋問の結果中判示と副わない部分は措信できない。<要旨>ところで、銀行の普通預金通帳と弁済を受けるに必要な届出印を呈示して預金の払戻を請求する者は、一般取</要旨>引の観念の上から、債権の準占有者に該当する場合が多いといわなければならないが、たとえ通帳を占有しない者に対して払出した場合でも、その弁済は一概に無効ではなく、その者が諸般の事情から債権者又はその代理人であると見られるような外観をそなえておれば、弁済者が善意かつ無過失である限り債権の準占有者に対する弁済としての効力を認めてさし支えないと解すべきである。 示して預金の払戻を請求する者は、一般取</要旨>引の観念の上から、債権の準占有者に該当する場合が多いといわなければならないが、たとえ通帳を占有しない者に対して払出した場合でも、その弁済は一概に無効ではなく、その者が諸般の事情から債権者又はその代理人であると見られるような外観をそなえておれば、弁済者が善意かつ無過失である限り債権の準占有者に対する弁済としての効力を認めてさし支えないと解すべきである。これを本件についてみるに、前認定の事実によればAは控訴銀行の届出の印と同一の印を押した払戻請求書を呈示し、被控訴代表者の代理人をよそおい本件払戻を請求したものであるから、債権者の代理人であると見られるような外観をそなえていたということができるし、控訴銀行がAをBの代理人と信じ善意であつたことも前認定により明らかである。そこで問題は 件払戻を請求したものであるから、債権者の代理人であると見られるような外観をそなえていたということができるし、控訴銀行がAをBの代理人と信じ善意であつたことも前認定により明らかである。そこで問題は控訴人がこのように信じたことについて無過失であつたか否かであるが、前認定のとおり、控訴銀行の係員において、被控訴会社の代表者BとAとは被控訴会社における代表取締役と平取締役との関係に止まらず、その以前から訴外会社内にあつても副社長と経理主任としてのつながりがあり、被控訴会社の設立にもAは関与し、同人は控訴銀行にもしばしば出入りし面識の間柄であつたことなど前説示の事情を知つていた本件においては、払戻請求書の印を照合してその届出印と同一であることを確認した以上、Aに対する弁済について控訴銀行の係員に過失はなかつたと解するのが相当である。右の点について被控訴人は、本件預金関係に用いた被控訴会社(商事部)と異なるゴム印を押捺した払戻請求書により、しかも時間外に預金全額の払戻を求めるAの態度に何ら疑念を持たず被控訴会社代表者Bに照会することもなくその要求に応じたことは控訴人の重大な過失であると抗争する。なるほど、前挙示の証拠によれば、本件普通預金名義人の表示に日新興産株式会社(商事部)の記載があるのに、前示Aが呈示した払戻請求書には右(商事部)の表示がないことを認めることができるけれども、右は本来の届出印たる代表取締役の印と異なり、単に被控訴会社の一営業部門を特定する記名印にすぎないし、当時被控訴会社は他に普通預金口座を有しなかつたことも前挙示の証拠により明らかであるから、右(商事部)の表示がないことをもつて控訴人の過失を認めることはできない。 の表示に日新興産株式会社(商事部)の記載があるのに、前示Aが呈示した払戻請求書には右(商事部)の表示がないことを認めることができるけれども、右は本来の届出印たる代表取締役の印と異なり、単に被控訴会社の一営業部門を特定する記名印にすぎないし、当時被控訴会社は他に普通預金口座を有しなかつたことも前挙示の証拠により明らかであるから、右(商事部)の表示がないことをもつて控訴人の過失を認めることはできない。また控訴人がAに対し本件払戻をしたのは営業時間を三〇分程経過した午後三時半であつたことも前挙示の証拠によ 明らかであるから、右(商事部)の表示がないことをもつて控訴人の過失を認めることはできない。また控訴人がAに対し本件払戻をしたのは営業時間を三〇分程経過した午後三時半であつたことも前挙示の証拠によりこれを認めることができるが、右時間外取扱をしたことをもつて直ちに控訴人側の過失を認めることができないことはいうまでもなく、さらには控訴銀行係員に知られた前認定のBとAとの関係その他前認定の事情のもとにおいては、本件払戻が預金全額であり、またあらかじめ被控訴代表者Bに照会しなかつたことなどをもつて控訴人側の過失であるということもできない。よつて、被控訴人の前記主張は採用できない。右に説示したとおりであるから控訴人のAに対する本件払戻は債権の準占有者に対する弁済として有効であり、この点についての控訴人主張の抗弁は是認しなければならない。四、 なお、被控訴人は予備的請求として不法行為による損害賠償を求めるけれども、本件払戻につき控訴銀行の係員に過失がなかつた以上、右請求は採用の限りでない。五、 故に、当審と異なり被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、本訴請求を棄却することとし、民訴法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官佐藤秀裁判官亀川清裁判官高石博良)

▼ クリックして全文を表示